2009年02月08日

古ーいジョーク

調べ物をしていたら、偶然こういう一文を見つけました。

Full in care, cow was to become me is note.

そして、ははあと遠い昔・高校時代に、友人がニヤニヤしながら「面白いよ、訳してごらん」と持ってきた紙切れを思い出しました。
単語自体は難しくはないけど、なんか変…と首をひねっていると、笑いをこらえながら「発音してみて」。
言われるとおりに発音してみて途中で気づき、二人してゲラゲラ笑ったものでした。
そう、「古池や蛙(かわず)飛び込む水の音」の、音訳(?)なのです。

もうひとつ、昔、別の友人が持ってきたネタ。

To be, to be, ten made to be.

シェイクスピア「ハムレット」の有名なセリフ、
To be, or not to be, that is the question.
「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」
をもじったもの…かと一瞬思いましたが、これは私にもすぐわかりました。
答えは、「飛べ、飛べ、天まで飛べ」です。
…ふざけてばかりいないでちゃんと勉強してたらよかったんですけどね。
posted by dashi at 22:06| Comment(2) | 興味津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

誰も守ってくれない

話題の映画「誰も守ってくれない」を見てきました。
水曜日は女性だけ1,000円になるレディスデーなので、それをねらって今日行った次第です。
あまり当たっていないという話ながら、私の行った映画館は(とても小さいところですが)7分ぐらいの入りという感じ。レディスと呼ぶにはちょっと照れくさい(私もその一人ですが)オバサンがほとんどでした。
駅とデパートやスーパーに隣接しているという立地の良さもさることながら、やはり1,000円という値段がものを言っているのでしょう。映画はもっと安くしたほうが客は入って、結果的に収益は増すんじゃないのかなと。レンタルのDVDが百円玉2つ3つで借りられる時代に、一本1,800円は高すぎると思います。

閑話休題。
それはないでしょ、と言いたくなるようなシーンもありましたが、重いテーマをテンポよく一気に見せる、なかなかの秀作だと思いました。
18歳の少年が幼い姉妹を殺した罪で逮捕され、その15歳の妹を保護する任務を与えられた刑事の話です。何から保護するか? 加害者の家族も同罪ともみくちゃにして断罪しようとする世間、特にマスコミからです。
そしてこの映画の着目すべきは、ネットの暴力の恐ろしさを不気味なくらいリアルに映像化して見せてくれるところです。ネットの掲示板で実名、住所・学校に顔写真までさらし、逃避行先に押しかけて画像を流す。
保護すべき未成年の容疑者はおろか、中学生の妹に対してまでプライバシーを容赦なく暴いてしまう、その鬼畜集団と化した匿名性が助長するあざとい暴力(実際に暴力もふるいます)には、戦慄と激しい怒りを覚えます。

まだ犯人と断定されたわけでもない段階で、犯人と決め付けて動く捜査機関。(冤罪だったらいったいどうしてくれる、取り返しはつかないぞと思いました)
息子が逮捕されて動揺している両親に高圧的な態度をとり、「保護のために」と一方的に離婚・再婚を経て妻の旧姓に改姓させたり、妹の教育義務を免除する措置を取ったり(実際にはあんな滅茶苦茶なスピードで行われることではないと思いますが)、拉致するような勢いで妹を引き離す。
兄がむごたらしい殺人を犯したことを(たぶん)知りながら、そのことには何の関心もないように見える。母親が自殺したと知ると刑事を責めて泣きわめく妹。
自分の立場を全くわきまえない、無礼で自分勝手な行動。
15歳は子どもだからあんなものかと思う一方で、この妹に感情移入出来なかったのは、私にも「加害者の家族断罪を肯定する気持ち」があるのかもしれないと思ったりしました。

もう社会復帰を果たしたという、酒鬼薔薇の家族はどうなったのでしょう。いくらも年の違わない弟もいたはずです。母親の旧姓にしてひっそりと暮らしているのでしょうか。
宮崎勤(死刑執行されましたね)にも妹が二人いて、婚約中だった一人は自殺未遂したという話です。地方の名士だった彼の父親は入水自殺したのでした。
それにしても、裁判の席で被害者の家族が涙ながらに極刑を求めたら、お涙頂戴に弱い人なら躊躇なく死刑の判断に傾くかもしれません。専門の訓練を受けていない、法的な予備知識のない素人に判断を委ねていいのか、裁判員制度は時期尚早では…。そのことも考えさせられた映画でした。
posted by dashi at 23:20| Comment(3) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月01日

やめられない止まらない

「食べ始めたら止まらなくなってしまうものは何ですか」と朝日新聞が調査したところ、トップは「カルビーのポテトチップス」だったそうです(1月31日付Be)。
4位にかっぱせびせん、7位にじゃがりこと、カルビー製品が10位中3つも占めています。すごい人気ですね。株を買ったり就職するならカルビーかしら。
「やめられない止まらない」はかっぱせびせんのキャッチコピーでした。「100円でポテトチップスは買えますが、ポテトチップスで100円は買えません」というとぼけたコピーも記憶に残っています。宣伝のうまい会社ではありますね。

私がかっぱえびせんを初めて食べたのは、小学生のときでした。これはおいしい! と強く印象に残ったので、隣のうちの子にもらったことや、食べたのが夕方の我が家の庭先だったことまで覚えています。
それくらい画期的な美味しさであったわけです。もちろんデパートで贈答用に売られているようなものにはもっと美味しいものがあったに違いありませんが、子供が駄菓子屋で買えるようなものの中では、ということですね。
そのとき袋を見て、地方の聞いたことのない会社(CMでおなじみの大手ではない)で作っている製品であることが意外だったのですが、その後あれよあれよという間にかっぱえびせんは人気商品となり、それを私は子供心に当然だと思ったのでした。

確認のためにカルビーのHPを見たら、沿革に
1949年  松尾糧食工業所を松尾糧食工業株式会社として法人に改組し、広島にて設立。
1955年  社名を「カルビー製菓株式会社」に変更する。
1964年  「かっぱえびせん」 発売。
とありました。
本社を東京に移し、「カルビー株式会社」となったのは1973年です。
http://www.calbee.co.jp/company/enkaku.php
なお、カルビーの■社名の由来■は、
カルビーの社名はカルシウムの「カル」と、ビタミンB1の「ビー」を組み合わせた造語です。
カルシウムはミネラルの中でも代表的な栄養素、
ビタミンB群のなかでもB1はもっとも中心的な栄養素です。
みなさまの健康に役立つ商品づくりをめざして名づけました。
ということです。
ポテトチップスが商品化されたのはかっぱせびせんよりずっとあとですが、特に感動はありませんでした。

「やめられない止まらない」のトップに挙がるポテトチップスですが、食べすぎが身体に悪いことはみんな承知。
(なくなるまで)止まらないなら、あまり多くても困ります。袋の中が大半は空気で中身はちょっぴりしかないのも、消費者の健康を考えての上なのねと皮肉りたくなりますね。
ウチの息子は小さいときからの習慣で、ポテトチップスは袋の半分しか食べません。小皿を持ってきて、私が半分に分けるのを待っています。私が気がつかないでいると自分で半分ばかり皿にとって食べ、あとは残していることもあります。(誰も食べなければ残りはまた翌日に食べます)
自閉症の特性として残すのは嫌いなはずですが、残すという認識じゃないからできることかもしれません。他のお菓子も、皿に取った分だけとか、小袋の2つ(3つ)だけ、という食べ方をすることが多く、袋丸ごと食べるということはめったにありません。お菓子の食べすぎで太るという事態は、おかげで防げています。

それにしても、ポテトチップスは肥満を象徴する食べ物だと思います。(プラスコーラ、というのが正統派肥満食?)
一年で50キロ痩せたと話題になった、2007年のベストセラー「いつまでもデブと思うなよ」。娘が友人から借りて来たので、私もざっと目を通してみました。
(いやあ、すごく売れたみたいですね、8月20日初版でわずか10日後に3刷が出ています。)
この中に「ダイエット中の人の正しい(?)ポテチの食べ方」があったので、参考までにご紹介します。
まず、袋を開けて色形、塩の付き方などじっくりと厳選して5枚を選び出す。選び終わったら、袋を台所に持っていって水を入れ(食べられなくする)、そして捨ててしまうのだそうです。
ゴミ箱に放り込むだけではダメで、それだと著者の岡田斗司夫さんは何度も拾い上げて食べてしまった、そうです。
もったいないといっても、ゴミ箱に捨てるかおなかの中に捨てるかの違いだけ。もったいないと思えば3回買うところを2回、1回にすればいい。やめとこうと思うならそれが一番。
やめられない止まらないではマズイ人は、食べ始める前が勝負ですね。

ちなみに、漫画家の東海林さだおさんが昔ダイエットで10キロ落としたときは、ご飯にまず水をかけていた、ということでした。まずくてあまりたくさんは食べられないのだそうです。



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2009年01月31日

天地無用

今朝の朝日新聞「声」の欄に、天地無用の話が載っていました。
23日付の同欄に「天地無用といっても知らない人が多いから、倒置厳禁と表示したらどうか」と提案する意見があったようです。それに関連して、亡き父は「天地(をひっくり返す)」という表現を愛用していたという思い出話でした。
天地無用という言葉は、たまに段ボールの表面で見かけるくらいで、普段はあまり使う機会もありませんね。若い人には意味もわからないかもしれません。

小学生のときでしたか、私にはこんな思い出があります。
国語の教科書に、川柳がまとめて紹介されていました。昔のことでよく覚えていませんが、誹風柳多留の中の川柳(とすると江戸時代の句ですね)を習ったんではないかと思います。
いくつか風刺やユーモアの効いた川柳を楽しく解説してもらったあとに、
「これはどういう意味か、宿題にするから考えてくるように」と言われたのが、
「通り抜け無用で通り抜けが知れ」
というものでした。

ピンと来なかった私は、考えながら家に帰りました。
玄関に入ったら、足元に段ボール箱が置いてあって、上に「天地無用」と赤く書いてあります。それを見た瞬間、ぱあっと謎が解けました
通り抜け無用。「ここを通り抜けたらダメ」と言われて初めて、ここは向こうに通り抜けられる近道なんだと、知らなかった人にまで悟られる皮肉。狭い隙間を行きずる人に困惑する庶民の顔が見えるようでした。
そして、それまで意味も考えないで目にしていた「天地無用」が、天と地を逆にしちゃいけない、逆さまに置くな、という意味だとわかったのでした。

「無用」を禁止の意味で使うのは、今では「天地無用」と「口外無用」ぐらいでしょうか。
個人的には「無用」は、禁止(厳禁)と言われるよりソフトで、日本語らしい余韻を感じます。
時代劇では「問答無用!」と叫んで刀を抜いたりしますが、これは禁止の意じゃなくて「無用の長物」の無用(いらん! って感じ)ですね。中国語にも「無用」はありますが、こっちの「役に立たない」方の意味だけのようです。
なお、先ごろクイズ番組でやってましたが、天地無用は英語で「This Side up」と掲示するそうです。「こっちが上」、そのものズバリで面白さには欠けますね。
ちなみに中国語では「請勿倒放」「不可倒置」。現代の日本人には天地無用よりも通じるかもしれません。






posted by dashi at 18:26| Comment(0) | 興味津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月29日

近況

ご無沙汰をいたしました。
こんなことは初めてですが、更新しようとして書いてはやめ、書いてはやめを繰り返しているうちに日にちが経ってしまいました。
これは、火曜日の夜に書いたものを一部手直ししたものです。


きょう(27日)は、息子の一つ上の学年にいた子のお父さんの、お通夜でした。
小学部のときは3年間同じクラスだったし、積極的に学校行事に出てくるお父さんだったので、個人的に話をしたことこそありませんがよく会ったことのある人です。まだ死ぬような歳ではありません。パーキンソン病で入退院を繰り返していたと今回聞きました。
息子を泊まりで預かってもらえたので、電車を乗り継いで会場のほうさい殿に出向き、ビジネスライクに進められる儀式に出席してきました。

息子より一つ上の子が長男で、下に弟が一人。弟がまだ成人してないからでしょうか、喪主はお母さん(故人の奥さん)になっていました。
長男は知的障害児で、話すことができません。うなるような声をしきりに出して、出席した学校関係者(校長とか)の方にしきりと顔を向けていました。
この子を残して、弟息子のお嫁さんや孫の顔も見ずに、自分の母親より先に逝かなければならなかった、故人の無念さに心が痛みます。
精進落とし?のお寿司を食べて、香典返しの紙袋を持って帰途につきました。

きょうはもう一つ、私にとっては転機となることがありました。
流行りのCHANGEを気取ったわけではないけれど、1月いっぱいで仕事を辞めることにしたのです。
月曜から休んでいるので、最後の一週間は欠勤することになります。
長いこと仕事をしたいと思っていてやっと迎えたチャンスだったから、今までどんなに疲れても嫌なことがあっても、行きたくないと思ったことはありませんでした。
足の小指にトレイを落として腫れ、一ヶ月以上靴が履けなかったときも休みませんでした。
適度に動くから体調もよく、仕事にも慣れ、常連さんの顔も覚えてそれなりに楽しくやっていたのです。ずっと働くつもりでした。

…例えは悪いけど、こんな感じ。
「良かれと思って猿山のボスの席をきれいに洗ったら、座ったボス猿がすべって岩山から転げ落ち、膝の骨にひびが入ってしまった。一週間ぐらいでボスは復活したけど、痛みは取れないらしい。それ以来私を見かけると威嚇するし、他の猿も冷ややかな態度をとる」
まあ、知らなかったとは言え原因を作ってしまった私が悪いです。マネージャー(所長ではない)に言いくるめられたらしく、自宅で転んだことにして労災を使えなかった不満もあるようです。
でも夢の中でまで怒鳴られるのにはマイッタ。このままではホンモノの鬱になってしまう、と決心して、仕事を辞めることに。退職願はあとで郵送することにして、置き傘などの荷物を取りに行ってきました。
所長は最後まで優しく、「辞めたい人、オレは止めないよ。無理すると身体を壊すからね。dashiさんに合った仕事がまた見つかるさ」と励ましてくれました。


私の周囲にも鬱で苦しんでいる人、苦しんだ経験のある人が何人もいます。私自身にも、あの時期は鬱だったと確信できるときがありました。二度とゴメンです。
葬儀で痛感しました、人の命には限りがある、順番もアトランダム。なるべく後悔のないように今を大事に生きるべきなのです。
とは言え、どんなに辛くても辞めるわけにはいかない人もいるでしょう。私の場合、逃げ出す自由があることに感謝しています。

きょう29日、ハローワークをのぞいてきました。
外国人が5人ばかり、私のすぐそばで順番を待っていました。
どこの国の人か(日本語で)聞いてみたら、ペルーとのことでした。みんな日産の工場をくびになって、仕事を探しているようです。
ペルーはスペイン語ですが、日本語があまりできないというので英語で話してみたら、全くわからない様子でした。日本で働くのに日本語も英語も出来ないのでは、厳しいでしょう。
みんな子どももいる年齢に思えましたが、スペイン語しか出来ない人たちを組織的に日本に送り込んだ人たちは、結果的に罪作りなことをしたものだと思いました。
posted by dashi at 23:15| Comment(4) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月20日

きょうだい児の作文

小6の自閉症の弟がいる、3つ年上の中学生(兄)が書いた作文にうるうるしてしまいました。
第28回全国中学生人権作文コンテスト・神奈川県大会で優秀賞を得た文章。最優秀賞4編に次ぐ優秀賞12編のうちの一編です。
このコンテストには神奈川県内389校、60,383編の応募があったということですから、自由応募とは考えにくい。国語の宿題にでもなったのかもしれませんね。
全文をご紹介したいところですが、私がこれを読んだのは相模原市の自閉症団体の機関誌で、そこには「禁転載」の文字が。機関誌は横浜地方法務局の許可を得たようです。
全文はダメでも一部ならいいでしょということで、少しだけ引用します。

この中学生が卒業した小学校には、特別支援学級(特学)がなかった。だから弟(床をなめたり奇声をあげたりする、あまり軽くはない知的障害児のようです)は隣の学区の小学校の特学に通っています。
そのこともあってか、この少年に自閉症の弟がいるということを、学校の周りの人は知らないようです。(中学生ぐらいの年頃だと特に、家庭のことはあまり話さないんじゃないかとも思います)
この少年が通っている中学校には特学があり、障害のある子が通ってきています。
部活で一緒の友人たちが、障害のある子をからかったり軽んじているのを見て、少年は心を痛めます。
そして、ある日気がつきました。障害に対して差別的な言動をするのは、みんな特学のない小学校から来た生徒であることに。

特学のない小学校で学んだ人たちは、弟のようなタイプの人のことをよく知らないから、必要以上におかしいと思ったり気味悪がったりするのでしょう。
「知らない」ということは恐ろしいことです。
誰も悪気がなくても、大きな誤解や偏見、こころない差別を生んでしまうからです。
小さいころから障害者が身近にいて、自分たちと違う人がいるのは当たり前、何も変なことでもイヤなことでもないんだ、できる人が手伝ったり助けてあげるのが当たり前なんだ、と思える環境で育てば、意味もなく障害者をバカにしたり、差別することがなくなるのではないでしょうか。


そして彼は提案しています。
僕は、全国の小中学校すべてに、障害をもった人々と交流できる場を作ることを提案したいと思います。
それが、差別のない、基本的人権を尊重する社会を作るための第一歩だと思うからです。


この少年のお母さんはきっと、自閉症の息子を育てることに被害者意識を持たず、前向きで明るいのだろうなと思ったことでした。
それにしても一般には反抗期の中学生が、これほどに素直で建設的な作文を書くことに感心する一方、あまりに優等生過ぎて一抹の不安も感じてしまいました。先は長いのだから、頑張りすぎないでぼちぼちと、と言いたいです。
posted by dashi at 23:13| Comment(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月17日

経験の重み

厳寒のニューヨークで緊急着水し重傷者や死者はゼロ。ハドソン川の奇跡、感動的でした。
乗員乗客合わせて155人といいますから、あまり大きくない機体だったのも幸いしたのかなと思います。大型なら衝撃も大きくなるでしょうし、大勢乗っていたら脱出にも時間がかかりそうですね。
機長は二往復して残った乗客がいないのを確認してから脱出したそうですが、大型機だったらそんな余裕もなかったことでしょう。
鳥が吸い込まれたぐらいで飛行機が落ちるというのも怖い気もしますが、専門家の話ではバードストライクは防ぎようがないそうです。昔は鳥がぶつかった衝撃で機体に穴が開いて墜落、といった事故もあったような気もしますが、今は機体が強化されたため普段はトラブルは多くないそうです。

今回の事故では、機長の適切な判断・行動、優れた操縦技術が賞賛されています。グライダーの免許も持っているベテラン操縦士らしいですね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090117-00000096-san-int
 「ハドソン川の英雄」(米メディア)となったのは、チェスリー・サレンバーガー機長(57)。パイロットとして40年以上の経験を持ち、通算飛行時間は1万9000時間以上に上る。
 サレンバーガー機長は、米空軍士官学校を卒業後、インディアナ州のパデュー大学と北コロラド大学で修士号を取得した。その後、米空軍でF−4戦闘機のパイロットを7年間務め、1980年にUSエアウェイズの操縦士となった。
 陸、海、空の事故を扱う米運輸安全委員会(NTSB)の事故調査に加わったこともあるほか、現在も航空会社操縦士協会で安全担当の委員長を務めている。


私の印象に強く残ったのは、機長の57歳という年齢です。
まだあまり飛行経験のない若い機長だったらどうなっていたでしょう。十分に訓練は受けていても、修羅場に落ち着いて最良の選択を重ね続けるというのは、難しいのではないでしょうか。
バードストライクやそのほかの理由でエンジンが動かなくなったり、車輪が出ないとか胴体着陸(や、もうすこしでそうなっていた)の経験があれば、それはそのあとの仕事に十分に生かされると思います。(戦闘機に7年も乗っていたなら胆の据わり方もハンパじゃないかもしれませんね)
年齢を重ねることはそれなりの経験を重ねることであり、決して否定的に見るべきものではないのではないかと。経験者の言葉、行動にはそれなりの重みがある(ことが多い)ので、謙虚に耳を傾け、学ぶべきことは見習うべきではないかと思ったことでした。




posted by dashi at 20:39| Comment(0) | 興味津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月14日

ワークシェア

相次ぐ派遣切りのニュース、気の毒にと同情はしても、正直なところ自分とは無関係だと思っていました。
私が働いているのは大手自動車会社の関連施設の社員食堂です。
生産ラインのある工場の方は、操業を休む(生産調整)などもろに不況の影響を受けているらしいですが、私の職場はそことは別の場所。働いている社員はお昼になったら食事を食べなければならないし、格安の社員食堂の利用はむしろ増えるんじゃないかと思っていました。
ところが、私の職場と同じ敷地にある子会社などの派遣社員が、3月で契約が切れるとそのまま解雇されることが決まったそう。定年や早期退職でも辞める人がいて、合計で70人くらいが職場を去ることになったようです。
その70人分の仕事は残った人が負担するのでしょうから、まさに「去るも地獄、残るも地獄」かもしれません。

毎日300人余りのお客さんから(多少割り引いて)50人減るとしたら、薄利多売の食堂の採算には大打撃。
人件費にしわ寄せが来るのも無理ないところです。
ウチの所長はいわゆる雇われ管理職という感じで、人事の決定権などはすべて本社のマネージャーが握っている様子。所長は昨日の朝会議があって、マネージャーから人件費削減を要請されたようです。
所長は温厚な気のいい人ですから、私たちパートに解雇を言い出すようなことはしたくないのでしょう。交代で勤務時間を30分短縮するという案を出してきました。ワークシェアリングですね。

一人だけ30分遅れて仕事に入っている私にとっては、肩身の狭さから解放されて働きやすい環境になります。
でも片道一時間以上もかけて通勤している人たちにとっては、労働時間が30分短縮される(その分減収)のはあまり嬉しくない話だと思います。仕事自体はたいして減るわけではないのだから、忙しさも増します。
今も、8人いるパートが一人二人休んでも(休むのはなるべく一人だけにしてくれと言われていますが、やむを得ない日もあります)応援は入らず、やるしかないとみんながむしゃらに働いています。
人間は環境に順応するものなのだなあとつくづく思いますが、追いかけまくられるような働き方をしても、慣れてしまえばさほど疲れも感じません。でもこれが毎日だと辛いかな。

8人の仕事を7人で出来るのなら、毎日7人でいいじゃないかと経営者側は考えるに違いありません。8人は多すぎると所長に迫ったのではないかと私は思っています。
(3月いっぱいで辞める)お客さんが減るのは4月からかと思いますが、ワークシェアリングは前倒しで2月から実施されそうな気配。
家庭に閉じこもっていると不況も物価が上がったぐらいの影響しかありませんが、やはり短時間でも仕事に出ていると社会の変化が肌身に感じられます。

それにしても、マスコミはワークシェアリングを無邪気に無責任に推奨しすぎではないかと、私はつねづね考えています。
とりあえず失業者は減るかもしれないけど、泣く泣くシェアさせられる方も気の毒です。
収入が減ったら困る人も多いでしょう。アメリカのサブプライムローン問題を見ても、「予定していただけの収入がない」というのがいかに打撃を受けるものか、わかると思います。
ぎりぎりのローンを組んで家を買い、給料カットの上にあてにしていたボーナスが出なくて支払えず、結局手放すという人も増えるんじゃないでしょうか。
…定額給付金とやらをもらっても、ぱーっと気前よく散財する気分にはとてもなれませんね。そんなことで懐柔できるほど馬鹿な国民ではないと思います。
posted by dashi at 22:28| Comment(2) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月11日

「こだわり行動への対処」

息子が養護学校に入った年に受け持ちだった先生から、一冊の本を送っていただきました。
「自閉症・アスペルガー症候群と こだわり行動への対処法」
白石雅一著、東京書籍。

先生は既婚で子どものいない若い女性でしたが、そのあとご主人の転勤で東北に引っ越すことになり退職されました。昨年の春、息子の卒業式に駆けつけてくださって再会。雰囲気が当時とほとんど変わらず、あまり年をとらない人だなあと思ったことでした。

そのご主人が臨床心理士、自閉症の専門家だったとは知りませんでした。現在は東北の女子大で教鞭を取っていらっしゃるようです。
今までにも共著では何冊か出しているけれど、今回初めての単著(共著に対して単著というらしいですね)を出版。奥様である先生が、私にも記念に一冊贈ってくださったというわけです。
2008年12月16日に第一刷が出たばかりの、出来立てほやほやの本。
先生も現在は自分の育児(一人)も一段落して、自宅で子どもの療育ルームみたいなことをされているという話でしたから、出版には大いに協力、助言などされたのかもしれません。

自閉症の子の親なら、そのこだわり行動に悩まされない人はいないと思います。
私も息子が小さいころには、小さくなった靴を履きたがって困ったり、偏食に悩まされたりいろいろありました。まだ田舎の実家に居候していたころ(4歳)には、大きな(魚のぬいぐるみの)キーホルダーをいつも持ち歩いていて、私の父に「みっともないからやめさせろ」と言われて困ったものでした。
自閉症児のこだわりは、気持ちを落ち着かせるお守りのようなもの、無理にやめさせようとすれば必ずその反動が出て不幸なことになると私は思います。

こだわりをなくさなくても、その対処法がわかっていれば、こちらは一枚うわてを行くことができます。こだわりをうまく利用して世界を広げる、そういう高度なテクニックがあれば、あまり我慢を強いられず平和に共存できます。
その点この本は、写真入でとても具体的な支援(対処)の方法をわかりやすく解説。悩める親や、直接療育に関わる人たちにとって、大いに参考になる本だと思います。
「世界のナベアツ」が登場するなど、出たばかりの本ならではの新鮮なネタもあって、楽しめるかもしれません。
posted by dashi at 23:38| Comment(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月08日

知的障害者の犯罪

年をまたぎ、<軽い>知的障害者の凶悪犯罪が続きました。
簡単に死んでしまう幼女と、高架橋の下で雨露をしのいでいる高齢のホームレス男性。知能はともかく体力的に自分より弱い相手を襲い殺してしまう卑劣な犯罪です。
知的障害者でも実名で報道されるのには、法的責任を問える程度であること以上に、これで障害を隠れ蓑にしたら、世の善良な知的障害者に対する敵視が強まると判断されたのかなとも思います。
軽くても障害のある人は捜査員の誘導に乗りやすいと思うので、警察発表(調書)を鵜呑みにはできません。真相はヤブの中かもしれませんが、報道を通じて私の知る限りではこんな内容です。

一人は幼い女の子を自宅に連れ込み、帰ると駄々をこねたので手に余って(?)お風呂に沈めた。
お風呂だから裸にしたんでしょうか。遺体は近くの駐車場に運び、衣類は「怖くなって」窓から投げ捨て、それがちょうどマンションのゴミ捨て場に落ちたもののようです。
可愛い盛りの女の子が、リカちゃん人形の着せ替えでもするように服を脱がされ、無惨な遺体となって地面に転がされていた。かわいそうに、遺族や知人友人は、たまったものではないでしょう。
未解決の時期、遺体や遺留品の荒っぽい捨て方に、行き当たりばったりの稚拙な犯罪という印象でした。我が家では娘と「犯人は子ども(中学生含む)かね?」と話していたものです。
犯人が知的障害者と知って驚きましたが、携帯メールのやりとりもしていたらしいので、知的な障害自体はかなり軽そうです。
犯人の青年は家族と一緒に暮らしていて、少し前までは元気に布団屋さんで働いていたそうです。明るく素直な青年で、知る人は誰もが「そんな怖ろしいことをするような子ではない」と驚いているとか。
よく慣れた仕事から別の工程の作業場に移り、そこにうまく適応できなかった。仕事が面白くないと出勤を渋り、とうとう辞めてしまった。

新しい仕事に慣れようと努力して頑張り、普通ならしばらくしたら馴染むところ、それが出来なかったのが障害者たるゆえんかなとも思います。理解のある同僚(上司?)に恵まれていたようなのに、ホントに不幸なことでした。
障害のない人たちだって次々と職を失うご時勢、まして知的障害者は次の職場を見つけるのは難しかったと思います。家に籠ってテレビやパソコンでも見て、何か犯行につながるような負の刺激を受けたのかもしれませんね。
テレビニュースで使われている映像は凶悪な人相で、気味が悪い。そういうのを選んで使っているのかもしれません。でも布団屋さんで働いていたときは、あんな顔はしていなかったでしょう。
仕事を失うということが、人生の歯車を大きく狂わせたひとつの例かもしれません。

もう一人の方は、それまでの周囲の対応に、私としては個人的にかなり疑問を持つ内容でした。
知的障害者の施設に収容されていたが、夜にたびたび外出して、職員が止めてもきかなかった、そうです。勝手に外出できるくらいだから入所施設ではなく、グループ(ケア)ホームのようなところなのでしょう。
昼間はリサイクルセンターで仕事をしていたそうですから、施設側としても一人前の大人として扱って、過干渉はできなかったのであろうことは推測できます。
それでも、「いったい何をしているのだろう」と疑問を持ち、たまには尾行するぐらいのことはするべきではなかったかと思うのです。
ケアホームの職員は探すのが大変な人手不足の分野ですから、勝手に出かける人の相手まではしていられないかもしれません。でも、もし誰かの(警察でもいいんじゃないかと思いますが)手を借りて行動を把握していたら、防げたのではなかったかと残念です。

私の仕事先で、息子の送迎のために他の人より30分遅く出勤することについて、非難めいたことを言われることが何度かありました。
一人で通えないのか、という質問に対して、
「たぶん一人でも行けるだろうけど、何をするかわからないから心配で付き添っている」
と答えたら、
「過保護に育てちゃったんだね!」
と(茶化した言い方ではなくて)突き放したように言われ、言葉に詰まったことがありました。
障害児を持たない人の感覚はこんなものだろうと思うし、何かをしでかすのも覚悟の上で過保護にしない障害児の親も何人か知ってますが、こんな事件が起こっては不安も倍増だろうなと気が重いことです。

posted by dashi at 22:54| Comment(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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