2009年04月15日

ヘルパーのタブー

働き始めたばかりの事業所でヘルパー講習会があり、夜の6時からなので息子を預けて出席してきました。
利用者の移動やヘルパーの退職、報告書の書き方など事務的な話のあと、苦情やヒヤリハットの事例の話があって、みんな熱心に聞き入っていました。
私も以前別の事業所で働いた経験があるのでひととおりのことは心得ているつもりでしたが、今回とても印象に残るお話があり、講習の機会を作ってもらえてありがたかったと思いました。
それは、お嬢様育ちのある裕福な利用者さんの話題のときに出た注意です。
その人はとっても大きなダイヤの指輪をしているそうです、反対の手には金の指輪も。
でも、決してその指輪に「興味を示してはいけない」のだそうです。

「見事なダイヤですね」「素敵な指輪ですね」なんてゼッタイだめ。
万が一その指輪が見えなくなったとき、「あのヘルパーさんがこの指輪をほめていた」「この指輪が気に入っている」「きっと欲しいんだ」「あの人が盗ったに違いない」…。
実際にそんな事件があったのかどうかわかりませんが、確かにありそうな話です。
相手は介護保険のお世話になる高齢者、冷静な思考力は衰えているかもしれません。無用のトラブルを招いて、いやな思いをし、しこりを残します。
「服をほめるぐらいならいいけど、腕時計や貴金属のような、個人的に愛着があり、隠して持ち運びが出来るようなものについては、話題にしないこと」
という警告には深くうなずき、心したいと思いました。
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2009年04月02日

自費サービス

きょうようやっと契約にこぎつけ、無事ヘルパーとして登録されることになりました。現在調整中とのことで、来週から仕事が始まるようです。始めはほんのちょっとだけ、慣れてきたら少しずつ増やすということで、こういう面でもなかなか慎重な事業所と思いました。
何枚もの書類に署名捺印して契約となりましたが、前の事業所では経験がなくて「へえっ」と思ったのが、「自費ヘルパー派遣サービス」です。
基本的に介護保険の対象となるサービスを提供する事業所ですが、まだ始めてそれほどたたない(らしい)「介護保険の対象とはならないので、自費で受けていただくサービス」、メニューとしてはこんな例があります。
☆利用者以外の家族の分の食事作りや掃除
☆手紙の代筆、新聞や雑誌の代読
☆衣類の整理、アイロン掛け
☆外出・入院中の付き添い
☆家具の移動、電球の交換、年末の大掃除
☆冷蔵庫や食器棚の整理
☆お庭の手入れ
☆ペットのお散歩

確かにこういうことは、やってあげたいのはやまやまだけど、やってはいけないと言われていたことばかり。年老いて身体が不自由になって、介護保険のお世話になる人なら、ことに一人暮らしや高齢者だけの世帯では、こういうサービスは受けたいだろうと思います。
私の姉の姑さんは晩年一人暮らしでしたが、庭に一本生えている雑草が気になって気になって、抜きたくてたまらないから庭に出ようとして(危ないからやめとけと再三言われていました)、転んで骨を折ったということがありました。ヘルパーさんは入っていたけど、庭の雑草を取るのは(介護保険では)ダメだったからです。
私が以前入っていたお宅でも、庭に貧乏草が茂って気になる、整理したい衣類や雑誌が山積み、だけど手が出せないということがあり、こういうのはけっこうストレスになって困りました。

ヘルパーはお手伝いさんではないですから、女中扱いで用を言い付けられるのは困ります。でも仕事に見合う対価を自費で払ってもらえるなら、ヘルパーとしてもそれほどきつい仕事ではないし、気持ちよく労力提供できるでしょう。介護保険の限界を自費でフォローしようとするもので、喜ばれるサービスではないかと思います。
ただ、もちろんお金を払える人だけが受けられるサービスとなるので、介護の世界でも徐々に(かなり)進んでいる経済格差を具現するものと言えそうです。
いろいろと考えさせられることも出てくると思いますが、元気に前向きに陽気なヘルパー目指して頑張りたいと思います。
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2007年08月27日

今日のランチ

今日は、かつて一緒にヘルパー講習を受けた仲間3人と久しぶりにランチしました。
一人は昼間のパートに加えて夕方から家事援助に入るのを週に二回。
一人は月に一度だけも含め週5日ぐらいはホームヘルプをやっている様子。
腱鞘炎で休んでいるもう一人も9月からまた施設勤務を再開するそうです。
みんなよくやるなあ、頑張るなあと感心した次第です。
家庭優先で昼間短時間働きたい人、「一対一では何かあったとき怖いから施設がいい」という人、環境や考え方もいろいろです。適性や相性もあるでしょう、自分に合った形態や職場で働くのが長続きする条件でしょうか。

腱鞘炎は体位交換やおむつ交換が原因かと思ったら、移動の介助するときということでした。
ベッドから車椅子に移動するとき、わきの下に手を入れて抱えるというのもやりにくいので、ウェストのベルト(ゴム?)を掴んで持ち上げることが多い。その際、手首をくっとそり返さないと力が入らない。それで手首をいためたようです。
介護も力がないと難しい、老老介護は厳しい。力なら男が一番だけど、なにしろ薄給だから居ついてくれない。
施設職員は大変な仕事なのに、待遇が悪すぎるよねえとうなずきあいました。
腱鞘炎で仕事を辞めたとき、15日(けっこう長時間)出勤して、受け取った給料はわずか10万だったそうです。
好きでこの仕事をやっている人ですが、「アタシいったいなにやってるんだろう」と考えてしまったとか。

前に集まったとき、「何ヶ月も通っているのに(利用者のおばあさんが)一度も笑顔を見せてくれない」という話をしていた人に、その後笑顔を見られた? と聞いてみました。
残念ながら、そのおばあさんはとうとう笑顔を見せないまま亡くなったそうです。
「でもね、最後に行ったとき」
と彼女はしんみりと話し出しました。
「私がキッチンで食事作ってて、ふっとふり向いたら、そのおばあさんが後ろに立ってた。そして、『大変だね〜』と言ったのよ。ほとんどしゃべらない、そんなこと一度も言ったことない人だから、びっくりしたの」
それから何日もたたないうちに、急に亡くなったそうです。
ねぎらいや感謝を口に出せない人なりに、ヘルパーの彼女にお礼を言いたかったのだろうと話したことでした。

その彼女は訪問ヘルパーの仕事を気に入って精力的に働いているのですが、「ヘルパーに入っててイヤなことは…」やっぱりあるそうです。
それは、せっかく食事の支度をしても「食欲がないの」と言われること。
「今はほしくないから、あとで食べる」と言われて置いてきた(食べてくれたら片づけまでするのでしょう)食事が、次に行ったときに冷蔵庫の中にそのままあったりするそうです。
とくに「これを作って」と要求されないので、ある食材で適当に作るらしいですが(これも経験を要する高度な仕事ではありますね)、食べる気のしないものが出来上がったのでしょう。
そう口に出せないから(好意で)「あとで食べる」と表現するのでしょうね。利用者の優しさが裏目に出て、食材はもったいないし、作る労力も無駄になる。
なかなかハッキリ言わないのも昔かたぎの日本人なら仕方のないところですが、ヘルパー泣かせではあります。

夕方からヘルプに入る家は、背中の曲がったお姉さんが統合失調症の妹と暮らしている世帯。
妹を病院や施設に入れるのを潔しとせず、結婚もしないでずっと二人でやってきたそうです。幻覚のある妹は存在しない客人の食事を並べ、目に付いた物は全部食べてしまう。
もしお姉さんが転んで骨を折っても、脳梗塞で倒れても、妹は関心を示さないだろう。死んでもわからないだろうということです。
(ヘルパーが入っているから、何日も発見されないことはないでしょうが)
先ごろ東京でそんな事件があったねと話したことでした。

「ニチイがコムスンを買うらしい」という話が出ましたが、夜のニュースで言っていたので正式に決まったようですね。
今日集まったのはみんなニチイで学んだ仲間ですが、ニチイで働いているのは一人だけです。
コムスンの代わりができるほど人材が確保できるのかどうか。
コムスンのサービスを利用している人は私の周囲にもいますが、サービスの質が落ちないでスムーズにニチイに移行できたらいいなと思っています。
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2007年07月11日

長生き

先日ケアマネをしている友人が、長く施設で働いていた友達と一緒に、私をランチに誘ってくれました。すぐ近くにある施設なのでどんな感じか、会って話を聞きたいという私の要望に応えてくれたものです。
その人は無資格のパートで施設の入浴介助から始め、ホームヘルパーを経てそこの老健施設で創立以来働いていた人です。有給が残っていたらしく、まだ退職していないと言っていました。
介護福祉士の資格をとってから老健施設では事務の仕事をしていたけれど、やはりふれあう仕事の方が楽しいからと介護に戻ったそうです。細くて小柄な人ですが体力はあるようで、移動介助(ベッドから車椅子とか)も苦にならない。腰痛も経験ないそうで、コツがあるのよということでした。

ホームヘルパーのとき「何もしなくていいから、話し相手だけ」と頼まれた仕事は、やることがなくてヒマすぎて耐えられなかったそうですから、根っからの働き者なのでしょう。それに友人の話によれば、とてもきれい好きだそうです。こういう人にお世話してもらえたら幸せだろうなと思いました。
でも、介護の仕事を15年だかやったけれど、「もうダメ、誰も私を止められない」とのこと。あまりの薄給に見切りをつけ、今後はコンビニで働くそうです。その方がよほど稼げる。
とはいえよほど介護の仕事が好きらしく、どこかのコンビニが介護福祉士を常駐させるサービス(?)を始めるそうで、「私がその一号になる」と子どもに言っていると笑っていました。

これほどの人材が去っていくのって、なんとも惜しいことです。介護の世界があきれるほど薄給なのは、もうだいぶ知れ渡っていることと思いますが、ほんとになんとかならないのかと思います。
彼女が働いていた施設も職員の入れ替わりが激しく、3年以上だと長い方だということでした。
息子がお世話になっている(ガイドヘルパー)事業所は、一般企業から転職した若い男性がサービス責任者です。
(とても優しくて配慮が行き届き、息子も初めてのときからすぐなじんで、とても助かっています。ヘルパーさんも温かい。)
一度話をしていて驚いたのは、「転職したら給料が3分の1になりましたね」とさらっと言われたことです。3分の1ですよ!!
この人は優しすぎて一般企業になじめなかったのかもしれないけど、後悔はしてないかしら。この人には逃げ出さないでほしいと強く思っています。

友人の友達に話を戻して…。
長く老健で働いていると、自分の死生観にもかなり影響を受けるようです。死に慣れるというか、逃れられないものとして受け入れる覚悟は出来るかもしれません。あまり長生きしたくないわね、とつぶやく言葉に実感がこもっていました。
その人のお母様が末期の癌とわかったとき、身内は告知をためらったけど、彼女は話すべきだと主張して自分で告知したそうです。限りある命と知って大切に、と淡々と最後まで看取ったようでした。
認知症の母親がいる別の友人が、この前言っていました。もう意識もなくてチューブで「生かされているだけ」だって。お母さんだってきっと<もう行きたい>と思っているだろうと。すでに10年も今の状態のままだそうで、友人たち姉妹は毎月1万円ずつ、施設に通って世話をしている一番上のお姉さんに仕送りしているとか。

ケアマネの友人も、その友達も、介護保険の実態をよく知っているから、将来に対してはとても悲観的です。
予算が足りるわけがない、介護保険料が上がったり、一割負担が二割になっても無理ないと言います。
生活援助は1時間以上は実費負担になるらしいですね。ヘルパーがまたごそっと辞めそうです。
年金だって先行き不安だし、長生きが素直に喜べない時代ですね。
私も元気に老いて、なるべく介護保険のお世話にならないでPPK(ぴんぴんころり)といきたいものだとあらためて思ったことでした。
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2007年06月12日

ニチイ学館CMを見て

昼間、いつもは見ないチャンネルのテレビを見ていたら、鈴木京香のCMが流れました。決めゼリフは忘れてしまったけど、高い理念を強調した、なかなかカッコイイCMです。専門性を兼ね備えた優秀なヘルパーが介護に当たるとか何とか。
ところがそれがニチイ学館のCMと知り、失笑してしまった私です。

コムスンが介護事業から手を引くことにしたそうで(まともにやっていては儲かるわけのない事業だから、見切りをつけるのでしょう)、ヘルパー派遣事業はニチイが引き受けることになるようです。ニチイとしては登録ヘルパーごとそっくり引き継ぐので、現在深刻な人手不足という問題に関しては解決済みなのでしょうか。
でも、コムスンほど悪質じゃないし違法ではないかもしれないけど、いいかげんなことをしているのはニチイだって同じです。

私が、週に一度、2ヶ月間だけ学校に通えばヘルパー2級の資格を取れると知り、週に一度ぐらいならなんとかなる(息子のお迎えと見守りを頼める)と思って申し込んだのは、通える距離に教室があるニチイ学館でした。
熟慮断行じゃなく即断即決、よく調べなかった私も悪かったですが、申し込みの案内のどこにも「通信教育」という文字はありません。(家庭学習、という表記はあります)
http://www.e-nichii.net/cgi-bin/usr/school/school.cgi
だからネットで申し込んで前払いの学費を振り込むとすぐに、どさっと教材が届いたのには驚きました。なるべく講習が始まるまでに独習してレポートを出せと書いてあります。

レポートといっても簡単なマークシート式選択クイズです。(実習の分は別)
私は老人介護(特に認知症)にはもともと関心がありましたし、息子のことがあって多少知的障害に知識がある方なので、たいして勉強しなくてもクイズは出来ました。栄養や病気のことも、(主婦の経験から)けっこう常識の範囲内だったように記憶しています。
講習が始まったら、レポートが不合格で(70点以下でしたか?)再提出しないといけないと話している若い人がいましたが、彼女は中でおそらく一番有能なヘルパーになったと思います。
ヘルパーに要求されるのは、まず体力(若くて大柄な人がいいのは当然ですね。体育会系の男性も最適)。そして多少(かなり)のことにはめげない強靭な精神力です。白衣の天使気分でつとまる仕事ではないからです。(小遣い程度のホームヘルパーは別です)

教科書の内容は(たとえ完璧に身につけたとしても)机上の知識であって、ヘルパーの資質のごく一部。実技講習にこそ力を入れるべきなのは当然です。教科書の知識がないがしろにされている(としか思えない)のは、そういう事情に「つけ込んだ」としか思えません。
でも、実技をみっちりやるのはアタリマエとして、ろくに教科書も読まないまま「たまたまクイズが出来たら」、資格試験を受けることもなく(そもそも資格というのではないようです)粗製乱造のヘルパーの誕生で、いいんでしょうか。
わずかな受講時間内でパーフェクトにやるのはもちろん不可能でしょうから、独習を強いられるのは仕方ないことかもしれない。でも通信教育ということを隠して受講させ、クイズをさせて学科が終わったことにする。そういうやり方を放任して、とにかくヘルパーの頭数を増やそうとしたのは間違っていると思います。
その証拠に、高いお金を払ったはずのヘルパー受講者のうち、定着して(ヘルパーの)仕事をしているのはほんのわずか(2割とも3割とも聞きます)。粗製乱造だから技術もプライドも持てないし、待遇も悪い。すぐ辞めてしまいます。

学科はささーーっと流し、実技だって、申し訳程度のものでした。
もっとも、申し訳程度でも受けないよりはマシです。わずか3日間だけど施設の現場実習に行き、ホームヘルパー見習いを2回(各2時間)やったのは、たしかにとても勉強になりました。
ヘルパーの仕事をしなくても、いつかどこかで役に立つこともあるでしょう。講習仲間にも、年取った親の介護に役立てたいと言っている人がいました。
でも、これで十万近いカネを取るのはあざとい。詐欺に近いんじゃないかと思います。

何度目かの受講中、講師が私たちを愕然とさせることを言いました。ニチイのヘルパーは現場では評判が悪いというのです。「使い物にならないから」。
こんな講座じゃ当たり前、使い物にならないヘルパーを粗製乱造してるのはほかならぬアンタたちじゃないのかと腹が立ちました。
現場実習で知り合った、ほかの学校の生徒からも言われました。「ニチイって学費が高いんでしょ。金儲け主義だって聞いてるよ」と。
時間が短くても、教え方の上手下手というのもあるとも思います。私の受講した人は、ろくに授業をせずに雑談でごまかしたり、やたらと眠くなるだけの退屈な授業だったり、若くて未熟な人だったり。ちゃんとした面白い授業をしてくれた講師は一人だけでした。講師としての資質や育成は問題外なのだろうと思います。
これでは終了しても働く自信がない、とみんな言ってました。

それでも、なにしろヘルパーは慢性的人手不足ですから、使い物になろうがなるまいが、仕事はあります。ニチイの事業で職場は用意されている。私と一緒に受講した新人が、老人のグループホームで働かないかと誘われ、(夜は一人だから)怖くてできないと断った話は以前にも書きました。
ニチイの通信教育で促成した新人ヘルパーは、介護のプロではない。「プロになるために給料もらって修行している」人だと思います。利用者はいい面の皮。

まるでニチイ学館が、「プロのヘルパーです」と胸を張る人ばかりを輩出しているような自信過剰のテレビコマーシャルに、我慢できなくて書きました。
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2007年03月10日

80条許可車両

昨年初頭ホームヘルパーの仕事に入る前の面接で、「車の運転をする仕事は出来ないか」聞きました。
病院への送り迎えや買い物など出来たら、利用者はとても助かると思ったのです。
必要に迫られているから、もみじマークつけて気乗りのしない運転をしている世帯なら、その部分を交代できないかと思いました。代わりに運転してくれる人がいるなら免許証を返納してもいいと考える人は、少なくないのではないでしょうか。
事業所では「そういうこと(ヘルパーの運転)はしていない」という返事でした。
私としても、いくら必要に迫られるにしても素人が仕事として運転業務をするのは、白タク行為になるのだろうなと思って、あきらめていました。

「マッサージの出来るヘルパー」とともに、「運転の出来るヘルパー」をひそかに考えました。
どうせやるなら、本当に利用者の需要に応える、やりがいのある仕事をしたいですからね。
タクシーなど職業運転手の持つ、普通2種の免許を取って、さらに念を入れるなら「代行運転」の認可をもらえば、大いばりで利用者の送迎が出来るはずです。
代行運転は飲酒した人などに代わって運転する業務です(現在、需要は右肩上がりで増えていると思います)。以前は野放しだったのが事故が多くてトラブるために、今は普通2種の免許を取得した上で、警察の認可が必要とされています。
私の車で送迎するならいいですが、利用者の車を運転するなら代行運転業でしょう。

普通2種は頑張れば手が届きそうだと思い、ガイドブックを買ってみました。2種は学科試験が90点(!)とれないといけません。これは厳しい。20数年前の普通1種の学科では98点だったけど、あのころよりは記憶力もだいぶ落ちます。
実技も、一回では合格できないのが普通とか。S字クランク、鋭角カーブ、直角や縦列の駐車もやるそうです。はっきり言って、まったく自信ありません。
自動車学校に通って取得する(確実)ことも考えましたが、息子の送迎とぶつからないで通える距離にないのが判明。2種を扱う学校は少ないのです。

なんとか息子の卒業までに2種を取れないか、、、と考えていましたが、実はその必要がないことを先日知りました。
マイクロバスでない普通車に事業所の名前とともに「80条許可車両」と書かれた車を見かけたのです。ピンと来るものがあって、すぐメモを取り、帰ってから調べてみました。
まさに、私の望んでいるとおりのものでした。

<自家用車による有償運送>
【法80条許可】(二種免許が望ましいが一種免許でも可)
  緊急時または公共の福祉の確保のためやむを得ない場合
例) NPO法人や医療法人などによる福祉、過疎地有償運送
ヘルパーなどが自家用車で訪問介護と連続・一体として行う有償運送

<80条許可車両>           
車両は決まりが無く、介護事業所の車やヘルパーの私用車の場合もある。
車には80条許可車両または有償運送車両の表示義務あり(ナンバーは白色)。
運転手は普通免許で可だが必要な講習を受ける義務がある。
利用者は介護保険の対象者のみ。介護保険を利用して(乗降介助/身体介護・見守り)の通院の利用に限られる。
あくまで介護保険の利用が前提なのでケアマネージャーが認めプランに入っていることが必須。

こんな制度があるなんて、ちっとも知りませんでした。
私も知らなかったぐらいだから、介護保険を使ったこともない人は全く知らないと思います。行政としては、あまり使って欲しくないのかもしれませんね。でもこれはとても便利な制度で、上手く使うと助かる人は多いと思います。
少し前の民放のドキュメンタリー番組で、過疎の村(バスがない)で老人を病院に送迎していた人が、ガソリン代として500円をもらっていたら、白タク行為として逮捕(?)されたというのをやっていました。
介護タクシーを使え、というのが行政の言い分でしょうが、タクシーを使えるほど経済的余裕のある老人は(特に地方には)多くはないでしょう。タクシー業界の都合よりも、年老いて病気を抱える人の側に立って欲しいものです。
80条許可車両、すべての事業所で扱ってほしいと思っています。私もいずれやりたい。
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2007年02月18日

福祉、介護職

きのう団地の自治会で、介護保険の説明会をするというので出てみました。
私はいちおうヘルパー2級を持っているので介護保険については「習熟」しているはずなのですが、実際は習熟に程遠い。具体的な話を聞いて参考になればと思ってのことです。
用意した椅子が足りなくなってだいぶ追加するほどの人気で、関心の高さが伺われました。
息子を迎えに行かなければならないので私は途中で帰りましたが、おさらいという感じで勉強になりました。

この団地は畑だったところを開発して分譲したそうで、30年あまりの歴史があります。そのとき買ってよそから移ってきた人がほとんどで、二世帯住宅に建て替えて住み続けている世帯が多いようです。
住み始めは40代50代だった人たちも70代80代になっている計算ですね。
私も途中中断しましたがこの団地内で引っ越しながら20年あまり住んでいて、高齢者が多くなったなあと感じます。
昔少し離れたところにハングルを習いに行ったら、偶然すぐ近所の方とご一緒だったことがありました。きのう久しぶりに会場でその人を見かけたら、腰が曲がってすっかりおばあさんになっていました。
高齢者が多いから大多数は介護保険の対象になるはずですが、まだ使ったことがないという人も多いようでした。

講師として呼ばれていたのは団地の商店街にある事業所のケアマネージャーでした。老人ホームで介護福祉士として10数年、介護専門学校で講師として数年のキャリアがある人です。
その人の言葉で思わずソウダソウダとうなずいたのは、
「介護保険が成功したのは、皆さんの年金から保険料を天引きするシステムだから。取りっぱぐれがないんですよね」
たしかにそうです。国民年金みたいに未納ということはまず(ないとは言いませんが)考えられませんね。

それと、「税金はしっかり取られるけど、福祉は、こんなものがあるけどどうですか、と向こうから言ってくれることは絶対ありません。こういうことで困っているからなんとかしてほしい、とこっちから求めていかない限りサービスは使えません」。
これもその通りです。遠慮しないで相談に行って初めて知るサービスもたくさんあります。なにしろ、向こうは予算に限りはあるし、どうしても必要な人以外なるべく使わないでほしいんですから。
日本人らしく謙譲の美徳を発揮したり、役所は待たされるから嫌だとか、敷居が高く感じて敬遠する人は損するシステムですね。
切羽詰った人ばかりが使うなら予算は足りるかもしれないけど、予防給付の精神には反するように思います。

きょうある会合の席で、今年後半に開所する予定の福祉施設に関して、
「役所は、補助金をどんどん減らしているくせに、職員は増やせと言ってくる。看護師さんも置かなきゃならないんです。いったいどういうつもりだと考えて、わかってきました。セイショクを減らせと、そういうことなんですね」
といった発言があり、セイショクっていったいなんだろう、と一瞬考えてしまいました。続けて、
「セイショクなんか一人か2人で十分だろう、あとはみんなパートにしてしまえと、そしたら人件費も削減できるだろうと、こういうことなんですね」
と言われたので、ああ、正職かと気がつきました。

正規採用の職員を減らして、パートやアルバイトでほとんどの人員を確保するとしたら、そりゃあ安上がりにできるでしょう。
「コンビニと同じように考えてるんです」
と悔しそうに言われて、そういうことだろうな、ひどいこと考えるなあと腹が立ちました。
そこは、ウチの自閉症の息子も、私が高齢者施設に入るようなことにでもなったら、お世話になるかもしれない障害者入所施設です。

ちゃんと責任もって運営に関わる正規雇用の職員はほとんどいず、大半はろくに教育も受けていないであろうシロウト同然のパートばかり。そんな場所をついの住処として暮らす。いったいどんな生活になるのでしょうか。
オムツを替えてミルクを飲ませれば一日の大半は寝てばかりの乳幼児ですら、熱も出せばミルクも吐く。適切な迅速な判断がなければ命取りになることだってあります。
ノウハウの蓄積もないパート(ある人を確保するのは難しいでしょう)に、大人の障害者相手を、補助的な役割でなくて仕事の大半を任せてしまえ。安く上げろ。そうしろと役所が期待するのって、大問題だと思います。

正職でさえ悲惨な待遇の介護職を、さらにコストダウンしろと? 安すぎて日本人はやりたがらないからフィリピンから連れて来いって、そういう問題じゃないでしょう。
これでモチベーションを持って働ける人は、よほどボランティア精神にあふれた稀有な人だと思います。
つい先日、非正規採用の待遇を正社員並みに引き上げろと討論していたのは、どこの国のことでしたかね?
福祉、介護の世界が今後どうなるのか、ほんとに心配です。
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2006年11月07日

クロ現を見て

NHK「クローズアップ現代」で介護現場の話をやっていたので見てみました。
特養で職員が高齢の利用者の脇腹を殴ってアザを作った、虐待事件のことが出ました。夜二人体制でトイレを済ませたあと、一人でユニットのベッドに連れ帰った。そこで着替えさせようとすると、トイレでもそうだったのだけど暴れて、ツバを吐きかけて来たそうです。
ついカッとなって我を忘れ、手を出してしまった。
そこの副施設長が画面に出て来て「専門家として共感も同情もすることは出来ない」と話していましたが、そりゃーうっかり共感や同情をしたらどれだけ世間やマスコミに叩かれることかと思いました。

先日も書いた、特養で働いているヘルパー講習仲間のことを思い出しました。
袖をめくって見せてくれた腕に、無数のアザがありました。暴れて振り回した腕で殴られたり、つねられたり引っ掻かれたり噛みついたりされても、抵抗は御法度。
「痛いっ」と突き飛ばすどころか、暴れて転びそうになったら必死に支えなくてはなりません。相手は高齢者だから簡単にケガをします。大腿骨を折ったりすれば即寝たきりです。
ひたすら我慢。せいぜい手首を「軽く」握るくらいですね、と言われて、私にはできない仕事だなあと思ったものでした。

クロ現、わずか30分弱の時間では掘り下げた内容にもなり難いですが、ゲストの介護アドバイザーが歯に衣着せない発言でなかなか参考になりました。
特養での虐待をなくす試みのひとつとして、地域のボランティア(中高齢の婦人が多い)を活用している施設が紹介されました。専門的な介護は職員に任すとしても、見守りや話し相手になってくれるだけで、人手不足の施設としてはとても助かりそうです。
一見、とてもいい成功例に見えました。でも、意見を求められた介護アドバイザーの女性は、
「ボランティアと言ってもホントにピンキリで、中には利用者よりも気を使わされるボランティアもいる。そういう場合は却って疲れる」
といった内容のことを早口で言ったのです。

ボランティアを考えていた視聴者の中には、冷水を浴びた思いの人もいたんじゃないでしょうか。
でも、これは本当です。ボラさんの対応に困ったという話は、私の周囲でもたまに聞きます。
社会的弱者相手だから(無意識のことでしょうけど)優越感を隠さない人もいますが、まあこれは論外。
なまじ「好意」から出ている行動だから、迷惑に感じても注意しにくいところがあったりしますね。
本人の残存機能を生かすためには、手を貸すのをじっと堪えなければならないこともあります。無邪気に「親切にする」だけが求められるのではないこと、判断が難しいです。
ボランティアさんにしてもらえたことを当然のこととして職員にも求められたら、困ることもあると思います。ボランティアに比べて職員は冷たいと言われたら、立場がないでしょう。
善かれと思ってすることが、必ずしも歓迎されることとは限らないというのも現実です。

私にとって有り難迷惑だった思い出をひとつ。
ウチの息子がまだ小学部だったころ、ひと回り年上の顔見知りのお母さんと電車の中で一緒になりました。その人はむかし学校の先生をしていた人で、子どもの扱いには自信があるようでした。
何が原因だったか忘れましたが、ぐずぐず(言葉にならない喃語ですが)言いだした息子を、このお母さんが肩を抱かんばかりにあやし始めたのです。
「そうなの、立ってるのがイヤなのね〜。ほら、外を見てごらん、アレは何かな〜」
って感じに、優しい声でしきりとなだめにかかります。
ところがこっちは、ごちゃごちゃ話しかけられたり身体に触られるのが大嫌いな自閉症。ますます不機嫌になります。
お母さんは、(やめてもらおうと)声をかけようとする私を「大丈夫、大丈夫」と遮って(自分に気を使っていると思ったのでしょう)、暴れる息子を抱きしめたりまでするので、とても困りました。
幸い間もなく目的地に着いたので降りましたが、好意というものについて、考えさせられる体験でした。
posted by dashi at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月16日

特養ヘルパー哀歌

きょうは昨年一緒にヘルパー講習を受けた仲間と集まる予定の日でした。
同居の母親が入院したり急用が出来たりで、残念ながら出て来れない人もいて、結局は3人だけの淋しい同窓会。でも共通の話題があると話は大いに盛り上がり、私が息子のお迎えの時間になるまで楽しいひとときを過ごすことが出来ました。

一人は専業主婦の傍ら週3回のホームヘルパー。
水曜日には午前中と夕方の2回、同じ家に行くそうです。その家は坂の上にあるので通勤用に電気自転車(9万)を買った。思ったより漕ぐのに力が要るけど、頑張って元を取るワと笑っていました。
調理などの仕事をしながらもずっと声をかけ続け、無事を確認しているそうです。
利用者のおばあちゃんの一人は始終不安そうにしている人で、数ヶ月通っているのにまだ笑顔を見たことがないとか。「いつ笑ってくれるか楽しみだね」と励ましたことでした。

もう一人はまだ20代の大柄な元気な人で、特養で働いています。
特養というのは特別養護老人ホームの略称で、身体的、知的に障害があって(認知症が多い)家庭での介護が難しい高齢者のための入所施設。病気療養のための施設と異なり、終の住処となるのが一般的です。
夜勤のときなどは1ユニット11人を一人で見るとかで、なかなかにハードな仕事のようです。
まだ未婚で親と同居している人ですが、親が嫌うから家では絶対吸えないタバコを、夜勤のときは吸わずにおれないとこぼしていました。タバコが自分の身体に悪いのは百も承知だけど、ぶつける先がないストレスを鎮めないでいるのはもっと悪いと思う。
でも仕事は楽しいから、辞める気はないそうです。

ストレスの中身を聞いて、少しは予備知識もあったつもりだけど、うーーんとうなってしまいました。
まず、利用者からの暴力がひどい。叩かれたり蹴られたりつねられたり。噛みつかれたこともあるそうです。見せてくれた腕には爪を立てられたあとがアザになっていくつも残っていました。
水虫のある利用者の足の爪を切っていた看護師さんが(医療行為なので看護師さんの仕事です)、いきなり殴られてメガネが吹っ飛ぶのを見たので、怖くてメガネは使えないという話でした。
暴れる相手にも手首をつかんで押さえる(強くやりすぎると骨折するから、ゆるく)程度のことしか出来ず、やられて痛くてもひたすら我慢。怒鳴ったりすると上から叱られるそうです。

食事のときは一度に3人に介助することもあるけど、口を開けようとしない利用者がいて手こずる。食事をしないと薬が飲ませられないから、口を開けなくてもギブアップ出来ないのですね。
薬を抜くことは許されないから、朝と昼の食事の時間は空けないとまずい、と焦ってイライラする。誤って飲み込んでむせたり肺炎起こされでもしたら一大事ですから、無理に詰め込むわけにもいきません。
みんなが同じものを食べるわけでもなくて、飲み込みにくい人にはゼリー状の汁物を用意したりするので、どれが誰のという確認も必要です。人のに手を出す人は止めないといけないし。
やっと食事が終わったら、どのくらい食べたか(食欲はどれくらいか)一人一人きっちりと記録をする仕事も残っています。
私も現場実習で経験しましたが、食事介助というのはなかなか面倒で大変な仕事です。これが一日三回ですからね。

施設に入った人は残余能力が急速に衰えてしまうそうです。あっという間に、それまで出来ていたことが出来なくなってしまう。
それを見るのは辛いことだけど、介護度が重くなると世話がラクになるのは確か、と複雑な表情でした。介助してトイレに連れて行くよりも、おむつになった方が時間も手間も省けるそうです。
そこで踏ん張って、なんとかトイレに連れて行こうと頑張るのは、よほど良心的で人的手当の充実した施設か、家庭ということになるでしょうね。
仕事明けにはヘトヘトになってひたすら寝てばかり、若いのに、遊ぶに行く元気はないそうです。きょうは久しぶりに仕事以外の外出で、ついでにぶらぶらして買い物すると笑っていました。

職員の言葉による虐待で問題になった(隠しどりした録音テープで表面化)さくら苑についてどう思うか、聞いてみました。
「イヤですよねー。ついベッドの下をのぞいちゃいますよ。テープが置いてないかって」
「職場ではなにか注意されたりした?」
「貼り紙してありましたね。でもあんな職員ウチにはいませんよ」
利用者のおばあちゃんたちが「可愛くて」仕事を辞める気はないと話すこの人が、厳しい表情でベッドの下をのぞく光景を想像して、気が重くなりました。

そして、これだけの肉体的、精神的に消耗の激しい仕事なのに、月に4、5回も夜勤をするのに、月の手取りは12万という話には心底びっくり。
「そんなんじゃ、やる人いなくなっちゃうよ! みんな辞めるはずだね〜」とため息が出ました。
「仕事が楽しいから、給料が安いのくらいいいか〜」と彼女は思って続けているそうですが、親許にいるから出来ることです。結婚を考える男性職員は深刻かもしれませんね。
いったい何故これほどに待遇が悪いのか。こんな状況でフィリピン人介護士を導入したらどうなるのか。
無責任に施設を吊るし上げるだけのマスコミに、じっくりと追及してほしいものです。
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2006年09月20日

「ごめん」

8月に横浜市でこんな事件がありました。
57歳の会社員男性が、パーキンソン症候群に冒された弟(55歳)をシャワーヘッドで数回殴り、2週間のケガを負わせた。弟はその後死亡したので、兄は傷害致死容疑で緊急逮捕。検察側は暴行との因果関係が認めにくいとして傷害罪で起訴しました。
きのうその初公判が横浜地裁であり、被告は起訴事実を認め、即日結審したそうです。

朝日新聞の報道によれば、検察側は懲役1年6か月を求刑したのに対し、弁護側は減刑を求める161通の嘆願書の存在を明らかにして、再犯のおそれはないとして執行猶予を求めたそうです。
この被告は、今年3月に弟を引き取るまでは、寝たきりの母親の介護をしながら二人だけで暮らしていたということです。
弟が病気で転倒や失禁を繰り返すようになったのが今年の夏かららしいですが、病気の進行という認識に欠けていたのかもしれませんね。
パーキンソン病は難病指定も受けているわりと知られた病気ですが、パーキンソン症候群というのは私も今回初めて聞きました。

症候群の方はパーキンソン病に比べて進行が早いということですし、被害者は当時まだ55歳ですから、あっという間に重症化したのかもしれませんね。兄の目には甘えて失禁して自分を困らす、腹立たしい存在に映ったようです。
ほかの弟の目にも、弟が甘ったれているように見えていたそうです。
もちろん自分に余裕があれば、母親の介護で慣れてもいたでしょうから、病気の弟が失禁したぐらいで乱暴を働くことはなかったと思います。でもソファで仮眠して3交代勤務の仕事に行く兄は、母と弟二人の介護に疲れきっていた。
被告はまじめで、一生懸命に介護していたと友人は話しているそうです。自分でやりたいからと母親のヘルパーも頼まなかったとか。誠意が裏目に出ました。

事件の夜、失禁した弟の身体を洗うのにシャワーを使っていたのだろうと思います。
弟は思うように動かない自分の身体を情けなく思い、兄にすまないという気持ちでいっぱいだったでしょう。
パーキンソン症候群の症状としては、手足の震え、動作の緩慢、姿勢保持障害とあります。転倒したり失禁したりするのは仕方ないことなのですが、毎日その介護に当たっている兄からしてみれば、もっとしっかりしろよ、と叱咤したくなるのも無理もない話です。
弟が「兄ちゃんごめん」とつぶやいた。それを聞いて兄はカーッと頭に血がのぼったそうです。
「ごめん」は聞き飽きた!
手にしたシャワーヘッドで3回殴りつけ、浴室の水が赤く染まったのでケガをさせたことに気がついたということです。

ところで、この「ごめん」は聞き飽きた、という感覚。これは経験のない人にはピンと来ないかもしれません。
わが家の自閉症の息子も、こっちを怒らすようなこと(まだ新しい服を破るとか)をしたあとで「ゴメンナサイ」を連発します。こちらが怒りで黙り込んだりぼう然としていると、さらに「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメーンナサイ」と何度も繰り返すことがあります。
たいていの場合はそう腹も立たず、ちょっと注意するぐらいなのですが、
「ごめんで済めば警察はいらんわ!!」と怒鳴り、ますます怒り狂う時もあります。
「ごめん」と言うくらいなら初めからするなよ! って、それが無理だとわかっていても、とても許せない気分になります。やはりこちらが疲れていてイライラするような時はなおさらですね。
だから、「兄ちゃんごめん」でカーッとなったというの、とてもよくわかります。

亡くなった弟は絶命するまでの間、どんなにか悲しく切ない思いをしたことでしょう。水をくれ、と言っても拒否されたそうです。
でも、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた兄が疲れきっているのはわかっていたでしょう。ついに自分に手を上げて(初めてではなかったようですが)放置するのにだって、恨みはしなかったと思います。
いったい、何がいけなかったのでしょう。自分の身内の世話ぐらい自分でしたい、と無理を重ねた兄を責めるのも酷な気がします。
かと言って、兄自身が求めなければ公的援助の手は差し伸べられない。
世の中には老親の介護のために派遣されるヘルパーを家政婦みたくこき使う家族も少なくないのに、甘えられない人もいるんですね。難しいところです。
被告には必要以上に自分を責めず、残りの人生を自分自身のために生きてほしいと思います。
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2006年09月08日

私費の老人ホーム

目黒に行く用があったので、通り道にある大鳥神社に寄り道しました。
今年は1200年の大祭があるそうで、商店街に提灯が下がり、のぼりがはためいていました。
目黒の駅から徒歩10分ぐらいの便利なところで、歴史のある大きな神社ですからもちろん大木も育って(東京都の重要文化財の木もあったようでした)静かで緑も深い。
ここの周囲は、文教地区と言うのとは違うと思いますが、パチンコ店や風俗関係の店は開けないような規制がかかっているのではないでしょうか。環境として申し分のない土地だと思います。

この大鳥神社に隣接して大通りに面した場所が更地になって、何やら工事をしています。
白い幕で囲って工事しているので、マンションでも建てているのかと建築仕様の看板を見て驚きました。介護付き有料老人ホームです。
地下がなく地上6階建てとあります。お隣にもっと高いビルがあるので、6階までしか建てられないというわけではなさそうです。おそらく、間取りに余裕を持ったゆとりのある設計なのでしょう。
窓のカーテンを開けたら眼下は大鳥神社の緑。なんというゼイタクとため息が出ました。
入居一時金は億単位かしら。いったいどんなお金持ちが入居するのでしょうね。
「お金は、あるところにはあるからね」と一緒にいた人のつぶやきにうなずいた私です。

老人施設でヘルパーをしている人の話によれば、公営と民間の介護内容は全然違うそうです。
公営の施設で利用者をモノ扱いすることに耐えられず、民間の高級なところに移って、そのあまりの格差に愕然としたとか。その人はつくづく「老後はおカネ次第だ」と思うようになったそうです。
民間と言ってもおそらくピンキリでしょうが、少なくともお客様だから大事にしてくれるという話。
入居するときに何千万も払うところもあるそうですから、サービスを気に入らなくて出るからそれを(全額ではないにしろ)返せと急に言われたら、施設としては困ってしまいますよね。待機している人がいるならいいですけど。
入居している人も、払っているお金に見合うだけのサービスを当然期待し、卑屈に我慢する必要はないでしょう。
介護の世界にも、貧富の差と言うか二極化が進んでいるようですね。

友人の住まいの近くに来年、介護付有料老人ホームが出来ることになって、チラシがポストに入ってたというので見せてもらいました。場所は横須賀市近くの京浜急行の駅のそば。徒歩10分と書いてあります。
20年の利用権形式ですから、賃貸で入っているようなものですね。20年以上長生きすると面倒なことになりそうです。
要介護、要支援の全部の人対象、介護保険も申請中とのこと。入居者3名に対し1名以上の職員体制。週40時間換算とあります。
居室面積は18平米(約11畳)、夫婦部屋36平米。
そして問題の費用ですが、入居一時金が約300万円。90日以降に解約したら戻って来ないらしいです。
そして一時金がわりと安い分、月々の負担は大きい。約23万(食費込み)プラス追加サービス費用、プラス介護保険の負担がかかります。要介護5の人で3万弱というところ。
年金でまかなえる人は少なそうですね。
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2006年08月27日

施設の職員

障害者と老人の通所施設の事務職に応募した知り合いの若い女性が、面接で「ほかに仕事がないんだろう」とか「サービス残業はアタリマエ、仕事はキツい。給料は安いよ」「経験がないから最初はバイト。正社員はなかなか首に出来ないからね」などと言われたと憤慨していました。
ふだん障害児の相手をするボランティアをしているので、そういう仕事もいいかなと思ったそうですが、サービス残業を当然視する風潮にはついていけない由。
家に帰ってからあらためてネットで調べてみると、福祉関係に就職する人はお人好しが多いから、労働基準法に違反するような劣悪な労働環境で働かされたり、セクハラや利用者からの暴力に対しても泣き寝入りする人が多いと知ったそうです。

こういう書き込みも見たそうです。
やり甲斐のある仕事だからと介護の仕事を選んだけれど、相手をモノと思わないと仕事がこなせない。優しくするのは相手のためにもならないと思い知った。
高い金を払って入居する私費の老人ホームに移ったら、利用者の扱いが全然違う。人間、カネがないとダメだ、とつくづく思った。……
「見たの2ちゃんねるだから、ホントかどうかわからないけど」
「2ちゃんねるなら見て来たような作り話かも。でも本音が一番聞けるとこかもね」
一緒にため息つきながら、以前見学に行った障害者の入所施設で聞いた話を思い出しました。

そこの入所施設は、ほかの施設が受け入れに二の足を踏むような触法少年や激しい問題行動のある子でも、ほとんど断ったことがないという、駆け込み寺的な存在のところです。
施設長だったかに話を伺っている時に、具体的な問題行動の話題が出て、「よく目を突いて来る女の子がいたんですよ。突かれると痛くてね〜」と苦笑いされたのに、私たち見学者は凍り付き、顔を見合わせて黙り込んだものでした。
目を突かれてもこの人は平然とこうやって仕事を続けておれるんだ……と、複雑な思いで、わが子の属する特殊な世界に胸がふさがる思いがしました。
網膜に傷がついて失明した場合でも、相手が障害者なら罪には問えないでしょう。いくばくかの金銭的補償は受けるにしても、残りの人生をやり場のない怒りや後悔と共に過ごさねばなりません。

目を突いて来たとき、「何をするんだ!」とカッとなって相手を突き飛ばしたら、それは暴行ということになるのでしょうね。予測できなかった自分の不注意ということになるのでしょうか。
私は昔、ダウン症の子に後ろから髪の毛と襟首をガッとつかまれて、新品のセーターの襟は破れ、髪の毛はごっそり抜けるという被害に遭ったことがあります。怒らすようなことはしていません、スクールバスで前の席に乗っていただけでした。
添乗員さんがいくら叱っても手を放さないので、放すまでこちらも相手の髪を引っぱりました。短くてほとんどつかめなかったのですが。(その子の母親は私にお詫びの電話をして来たとき、自分の置かれた哀れな境遇をメソメソと嘆いて私をウンザリさせたものでした)
相手の髪をつかんだ私には、施設の職員は勤まりそうもありません。
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2006年08月10日

介護職はどうなる

先日も書いた東京の特養の事件、処分を見直して職員二人は現場に戻さないとか、今度は別の女性職員が体型を侮辱した発言など、続報が続いています。
このテープ録音は5月にも行われ、その時は施設側に見つかって没収されているそうです。
朝日新聞の筆調ではこの時のテープを返してくれないのが不満そうな書き方ですが、もし朝日新聞社に盗聴テープが仕掛けられて、そこに大物政治家を侮辱した発言やオフレコのスキャンダルが録音され、それが公表されたらどういう行動をとるのか、見てみたい気がします。

没収したテープには問題視するような罵詈雑言は録音されていなかったのでしょうか。
一回そんなことがありながら、施設側はテープを取り上げただけで反省もせず、そのことに対し何ら対策をとらなかったのでしょうか。
もし見つけなければ公表されていたかもしれないという事を、考えもしなかったのでしょうか。
そもそも、家族がそこまでするということの意味を、真剣に考えなかったのでしょうか。
これではいけないと職員に意識の改革を求めたり、普段の言動に注意するようにと注意しなかったとすれば、施設管理側の危機意識があまりにもお粗末とあきれてしまいます。

この事件のマネをして、ほかの施設でも録音する人が続出したら、いったいどうなるのでしょう。
よほど思い詰めてのことだったのだろうとは思うものの、こっそり録音したというその行為は、とても賛成出来ません。
新聞を読んでいた娘が「学校でやったらどうなるんだろう」と言いました。学校で教師のいじめに悩まされていたらしい娘は、録音してやろうかと考えたこともあったそうです。予備軍は多そうですね。
裁判では、相手が承知の上で録音したものでなければ、証拠能力は認められないことになっていると思います。やはりこっそり録音するという行為は、どう考えてもフェアじゃありません。自分がやられたら鳥肌が立ちそうです。

介護職の人がやる気をなくして一斉に仕事を離れたら、どういうことになるでしょうか。
イギリスで働いている人の話によれば、イギリスではナースの人手不足が深刻で、大半は出稼ぎに来ているフィリピン人とのことです。言葉の壁がないから働きやすいのでしょう。
また介護士は日本同様敬遠されがちの仕事で慢性的に不足していて、教育を受けていない移民や不法労働者、留学生などが多くを占め、質の低下が問題視されているそうです。
とても人ごととは思えませんね。日本でも外国人の介護福祉士を受け入れようとする動きがあります。
http://www.toonippo.co.jp/news_kyo/news/20060718010043591.asp

外国人は日本の文化に対する理解が足りずに無神経なことをしたり、言葉の不足から行き違いがあったりと、トラブルやストレスの種になるかもしれません。
「言わなくてもわかるだろう、これくらい黙っててもやってくれよ」の腹芸は通用しません。それに、頼まれたら断れない、というお人好しは、日本人以外にはあまりいないと思います。はっきり断られたら冷たいと思う人もいそうです。
また、よりキツく危険で汚い仕事を押し付けられる、差別やいじめに泣かされるといった、人道上の問題も出てきそうですね。
仕事を探している日本人も少なくないのだから、人手不足が解消出来るような、待遇の向上を望みたいところです。

今回の事件で一番の被害者は、ほかの入居者の家族だと思います。さくら苑が閉鎖されるようなことになったら、みんな認知症の家族を家に引き取るのでしょうか。これは大変な事態です。
場合によっては仕事を辞めざるを得なくなったり、家庭崩壊を招いたり、自分たちが病気になったりしかねないです。
指導や教育の行き届かない施設には、その点はなんとしても改善してもらわないといけません。ひとりの人間としてその人権を尊重するのは介護のプロとして当然のこと、施設には一人前のプロに育てる責任があると思います。
そして実際にその施設が果たしている社会的役割は、無責任に叩いてつぶすだけでなく、それなりに評価してあげてほしいと思います。介護に関わる人たちが誇りをもって胸を張れるように。
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2006年08月07日

報道は慎重に

東京・東大和市の特養で、男性職員が認知症の90歳の女性に性的暴言を吐いたということで処分を受ける事件がありました。
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200608060305.html
女性の家族が、排泄物が残っていたり手にあざがあることなどが続いたため、そこでの介護に不信感をもって録音テープを設置していたそうです。
30歳と21歳の男性職員が、「録音されてたらやばい」などと冗談めかした態度で人間の尊厳を踏みにじる失礼な発言をしたようです。家族からしたら怒り心頭というところでしょうか。
職員は7日と5日の停職、上司が減給などの処分で、女性の家族は処分が軽すぎると怒っているそうです。

こういう事件があると、マスコミは鬼の首を取ったように批判します。
でも、その報道はきちんとウラをとった正確なものでしょうか。尾ひれがついて大げさになっていないでしょうか。報道は中立の立場を守ったあくまで客観的なものでしょうか。
私は決してその職員を擁護するわけではないけど、報道には慎重を期してほしいと切に願うものです。施設の虐待事件の場合に実態とかけ離れた報道が一人歩きすることが、これまでにもありました(身近に例を聞きました)。
少しだけ介護の現場を知る者として発言させてもらえば、報道がほのめかしているような<性的いたずら>は、実際問題としてやってるヒマはないと思うのです。
この職員たちは非常識な愚かな発言をしたのは間違いないけれど、その内容は偽悪的なジョークに自分の境遇に対する鬱憤を晴らしただけではないでしょうか。

知り合いの女性がヘルパー講習で施設実習に行ったと言うので、おむつ交換はしたかと聞いたら、「一人に一時間もかかってあきれられちゃった」と苦笑していました。慣れない大便の始末でシーツを汚したり散々だったようです。
これはもちろん実習生だから許されることで、職員は手際よくさっさと片付けていかなくてはなりません。ことに夜中だとたった一人で何十人ものおむつ交換をすることもあると思います。
いたずらどころか、大急ぎでやらないと終わらないきつい仕事です。

二人で組んで仕事出来るのは恵まれた方だと思います。男性二人となると、太った人や骨太の大柄な人も苦労せずにおむつ交換出来て、羨ましい気もします。
私が実習した施設では、食事のあとにおむつ交換していました。台車におしぼりや洗浄具などの道具を積んで、端から順に換えていきます。中には嫌がって抵抗したり(私もつねられました)、断固交換させない人もいました。
そういう人は後回しにして機嫌のいい時を見計らって換えるらしいですが、うっかりしてそのままにしたのを家族が来て見たら、おむつも換えてくれてない、とがっかりするだろうと思いました。
その施設では床ずれやおむつかぶれが出来ないように配慮していて、おむつカバーもメッシュの伸縮素材のものを使っていました。防水の物の方がもれる心配はないでしょうが、そういう配慮はたまに来るだけの家族にはなかなかわかってもらえないだろうと思います。

家族にとっては、自分たちは介護の仕事から解放されて助かる反面、アンタたちはこれでメシ喰ってんでしょ、プロでしょ、ちゃんとやってよという気持ちもあるかもしれません。
でも、介護職員は常に求人しているくらい人手不足の分野。仕事のハードさに比べ待遇の悪い仕事だと思います。大人のおむつを取りかえるのに、マクドナルドの時給より安いんですからね。
天使のように優しく骨身を惜しまず働く人は、いないとは言いませんが、長続きする人は少ないでしょう。ある程度ドライで、仕事と割り切って働く人でないと続けるのは難しいと思います。
施設からしたら4年も働いてくれている職員は、ありがたい存在なのではないでしょうか。
その勤務態度に問題があると家族の訴えがあったなら、施設側は誠意をもってその話を聞くべきで、芽が小さいうちに摘んでおくべきだったと思います。

待遇には妥協するとして気持ちよく働くためには、やはりそれなりの見返りがほしいですよね。家族のねぎらいや感謝の言葉がその最たるものだと思います。
毎日介護しているのに不信感を持たれ、録音テープを置かれたのでは、あまりに救いがなくて暗澹たる気分になります。おそらく最初はちょっとしたジョーク、それが諌める人もいないままにエスカレートしたものでしょう。
録音テープまで用意しないと聞き入れてもらえなかった、家族をそこまで追いやった、そして職員に質すのを怠った、施設の管理側に責任があると考えます。
posted by dashi at 23:54| Comment(4) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月20日

障害者自立支援法に思う

きのう路地を歩いていたら、車椅子の高齢者を迎えのマイクロバスに乗せているところに遭遇しました。デイサービスに出るところだったのだと思います。
そこは駅に近い便利なところですが、建て替えるとたぶん今のスペースには建てられないだろう(建築基準法に違反している)と思われる、狭い路地に小さい家がひしめいたところです。
その家の玄関(入り口はガラスの引き戸)もとても狭く、車椅子の幅いっぱいという感じ。また上がりかまちからすぐ外になっていて、車椅子をいったん玄関に降ろしてから外に出るのは無理な構造。

迎えに来ている職員は中年の女性二人で、その家の主婦らしい人と協力しながら苦労して車椅子を持ち上げていました。
手伝えることがあったら、と思って私もちょっと足を止めたのでしたが、マイクロバスは玄関のすぐ前まで来ていましたし、いったん玄関を出てからはあっという間でした。
家の中から外の地面に降りたとき、ズシンって感じに車椅子が揺れました。そこから車に乗り込むスロープでも段差があって横に揺れました。椅子に座っている人にはかなりの衝撃だったと思いますが、認知症の人なのか、無表情のまま黙っていました。
雨も少し降り始めていましたから、職員としては早く乗せないと、と焦ったのだと思いますが、とても乱暴な扱いに思えました。

友人の息子さんが保育園で保父さん(保育士と言わないといけないのですが、私は保父という響きが個人的は気に入っています)をしています。
長く続いているようなので「エライね」と友人に言うと、「なかなか大変でホントはやめたいみたい」との答え。
女性の多い(というか、ほとんど)職場なので、力仕事は全部回って来るし、けっこうイジメられるそうです。
今は男女の待遇に差をつけることを禁じられていますから、保母さん(女性)とも給料は同じ。でも体格や体力には違いがあるから、どうしても重いものを持つとか、ケンカしてる子を引き離すとか、犬が入り込んだといった時には頼りにされますよね。

介護職員も話は同じで、先に書いた車椅子の移動も、男性職員がいたら椅子ごとひょいと抱え上げるか、利用者のおじいさんをおんぶすることを期待されるだろうなと思ってしまいました。
介護の世界に体格のいい力持ちの男性職員が増えてくれば、施設側も利用者も、とても助かると思います。
でも、若い男性はなかなか介護職員には魅力を感じてくれないようですね。
私が実習で接した施設勤務の若い介護福祉士も、この仕事じゃ結婚も出来ないと愚痴っていました。
薄給の上に不規則な勤務(泊まりがひんぱんにある)、おまけにかなりの重労働です。相手によっては引っ掻かれたり臭かったりもします。
良心的にやっていれば長くは続かないかもしれない、と私も思いました。

先ごろ障害者自立支援法の改正というのがあって、施設に出る公的補助金は実績に応じることとなりました。
例えば40人の利用者がいる施設には以前は自動的に40人分の補助金が出ていたのを、病気や家庭の都合で休むと、その分の補助金はカットする、というやり方です。
これは受け入れる施設にとっては死活問題。きょうは3人ばかり休みそうだから職員も一人休ませよう、なんてわけにはいきません。休まれると困るから、と無理に来させるわけにもいきません。
施設によっては膨大な赤字となり、経営が危なくなったところも少なくないようです。
正職員での採用は難しくなり、安上がりなパートで済まそうとするところは増えていくでしょうね。
ますます若い人には敬遠され、介護サービスの質の低下が懸念されます。
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2006年05月15日

貸しはがし

きょう、すっかり気が滅入ってしまうニュースを見ました。
介護保険を利用してレンタルしていた介護器具を、保険の改正で使用料を払えなくなったからと返却する人が多い。鹿児島の業者の倉庫に介護ベッドや車椅子などが山積みになっているというのです。
http://373news.com/2000picup/2006/05/picup_20060511_12.htm
以前はレンタル料の一割の負担だったので気軽に借りたものの、介護器具を保険でレンタル出来る基準が厳しくなって、保険でレンタル出来なくなった人が続出しているらしいのです。

今まで月1,200円でレンタルしていた介護ベッドを、もう介護保険は使えないから9割増の12,000円で借りろって急に言われても、そりゃあ困ります。
引き取りに行く業者も「『貸しはがし』のようで心苦しい」と言っているそうですが、それはそうでしょう、死者の衣類を剥ぐという奪衣婆にでもなったような、イヤな仕事だと思います。
私も不勉強で知りませんでしたが、この記事によれば電動ベッドでは「起き上がりや寝返りが全く出来ない」人にしか補助が出なくなったそうです。
手を添えてもらったり手すりにつかまったりすれば、なんとか起き上がったり寝返りを打てる人は、電動の介護用ベッドを介護保険を使ってレンタル出来ないことになったということです。

これでは、介護に当たる人が若くて力持ちでない限り、投薬のために背中を起こすのだってひと仕事。
おむつにするまいと頑張ってトイレに連れ出そうとしても、かなり負担がかかるようになります。
電動ベッドの上半分を動かして身体を起こしたり、着替えやシーツ交換のためにベッドを高くすると、介護する方は無理な姿勢をとることが減ってとても助かります。
これは、<享受することが贅沢な>手抜きでしょうか?
介護者に腰痛持ちが多いのは常識となってますが、さらに深刻な事態になりそうです。

車椅子の場合、5m程度の歩行が困難な場合のみ、保険でレンタル出来るようです。
では、リハビリに励んで6m歩けるようになった人は、車椅子を自腹で買うか、高いレンタル料を払わないといけないんでしょうか。経済的に困っている人をまず直撃する、薄情な改正(改悪)ですね。
足元のおぼつかない人を、リハビリを兼ねた散歩で介助したことがあります。見た目よりはるかにきつい重労働でした。少し離れたところに行きたいと言われたら、歩くのは断念して車椅子で押したと思います。
車椅子もピンキリで、安いものはクッションも悪くて疲れそうに見えます。でも自費で買うとしたら一番安いものしか買えない、という年金受給者も少なくないでしょう。
今まで1割負担でレンタルしていた車椅子を返却せざるを得なかった経済弱者の無念さを思うと、ほんとに憂鬱になります。「貸しはがし」。強引な取り立て。なんて残酷な仕打ちでしょうか。
経費を減らしたいと思えば、弱い者いじめじゃなくて、暴利をむさぼっている(ベラボーな価格でレンタルに出すなど)悪質な業者をまず締め出すべきです。

介護保険料の額は自治体で決めているので、自治体によってかなりのばらつきがあります。3年ごとに見直すそうで、現在は平均が月4000円ちょっと、政令指定都市でトップの堺市は5000円越えています。
若い人の少ない過疎の土地では、使う金額が大きいから保険料が高くなるのは当然。
保険料を安くするために新たな施設の建設を控えたり、施設に入らないで在宅を薦めるようにしたり(月1万円程度の手当を家族に出して)して、出費を抑えているというニュースを先日見ました。
本末転倒ではないのか、と思うのは私だけでしょうか。
介護に当たる人が中高年の場合、もう死にたいと思ったことのある人はとても多いそうです。
そんな人たちを救済するための介護保険導入ではなかったのでしょうか。
介護疲れの無理心中が増えるのは間違いないと思います。
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2006年04月14日

「死にたい」人

高齢で病気や障害を持っていて改善の見込みはない人(他人)に、会う度に「もう死にたい」って言われたら、なんて答えたらいいでしょうか。
ほんとに死にたいのではなくて、優しくされたり慰めてもらいたくて言っているのはわかっています。
身体の自由がきかなくて、身体が痛くて、歯がゆいし辛いだろうとは思います。でもそういうのは他人が代わりに引き受けられるものではありません。
初めの数回は心から気の毒に思い、もらい泣きしそうになるとしても、度重なると困ってしまいます。
愚痴を言うことで気が紛れるのなら、と思って、相手が望む通りに深く同情するふりをして、可哀想ですねと意思表示するべきでしょうか。
死期の迫った病人ばかりを相手にするホスピスの職員は、どう対応するのでしょうね? 

きょう私より少し年上の友人と久しぶりに会ったので、彼女の意見を聞いてみました。
彼女のお母様も、亡くなる前にはよく「もう早く死にたい」とつぶやいていたそうです。
持病があって何種類も薬を飲み、そのために胃が荒れてうまく消化出来なくなり、常に胃がもたれた状態。
いくら食べたくても油っこいものは無理だし、すっきりしなくて気分が悪い。夜もあまり眠れず鬱にもなったそうです。
「死にたいって言われて、なんて答えていた?」とストレートに聞いてみました。すると、
「死ぬ時が来るまで生きるしかないよ」と答えていた、ということでした。
実の娘だから一見突き放したような、そんな言い方も出来たのでしょう。他人が言うと「冷たい」と恨まれそうです。

「年取ったら生きててもつまんないよ。アタシはそうなったら自分で死を選びたい」
過激なことを言う友人は、そんなことを続けて言いました。
「だって、身体が弱って出歩けなくなるでしょ。目も見えなくなるから本も読めない。長く生きていて、どんな楽しみがある?」
ありますとも。パソコンが一台あれば十分だと私は思います。
「視覚障害者用に、書き込みを読み上げてくれるソフトがあるんだって。そういうのを使うと目は悪くなってもネットを楽しめるよ」
「ソフトと言えば、テレビ電話みたいなのはアタシも使ってるよ。一人になっても淋しい思いはしなくて済むかもね。
でも年を取ったら、勉強してもそれを使う機会がないから張り合いがない。何をしても面白くないんじゃないかな」

何をしても面白くないから、死にたいと口にするようになるのでしょうね。
面白くすればいいんじゃないかなあ。
私はそこで彼女に、ヘルパー実習先のデイケアセンターや老健施設の余暇活動で見た光景の話をしました。
認知症で半分眠っているような人たちが、ボランティアの演奏で「青い山脈」の合唱をしたときに生き返ったように笑顔を向けたこと。
童謡には反応がイマイチでしたが、みなさんの青春時代と重なるのでしょう、「青い山脈」の受け方はすごかったです。歌の持つ力を文句なしに実感しました。
私もこの歌は好きで(藤山一郎さんの声は最高でした)2番までそらで歌えるので、一緒に歌って楽しいひとときを過ごしたものでした。

デイサービスに来ている人たちが、テーブルの上でボールを打ち合うゲームも迫力がありました。
職員の手作りの、下敷きにコーヒーの空き缶で持ち手を付けたもの(ラケットがわり)をめいめいが持って、自分の前に来た布のボールを、打ち合うと言うより押し合うような、そんなゲームです。テーブルから落とした方が負け。
身体の自由がほとんどきかないような人も、夢中になってボールを目で追い、必死に押し返します。
これはいいリハビリになるんじゃないかと感心しました。
それに、あまり動けない人の前にゆっくりとボールを回してあげるといった、思いやりとか仲間意識とか、そういう優しさも見ることが出来て心が温かくなりました。

リハビリ体操というのもよかったです。残存機能に応じて重さの違うシート状のおもりをふくらはぎに巻き付け、療法士の号令に合わせてリズムよくその足を持ち上げたり回したりします。
楽しくリハビリ出来るように工夫されてるんだなあと感心しました。
脚力は特に、使わないと急速に落ちます。
今回介護保険法の改正で予防に力を入れることになりましたが、このリハビリ体操などをどんどんやってもらえばきっとめざましい効果が出ると思います。

早く死にたいとぼやくくらいなら(余命の無駄遣いではないでしょうか)、一歩外に出て、デイケアサービスを受けたらどうでしょう。
自分よりもっと身体の不自由な人が楽しそうに体操やゲームに興じる姿を見たら、励みになるんじゃないでしょうか。(同病で相哀れむのも、当人同士でやってくれれば周囲は助かります)
私に毎回「死にたい」と訴える人にもそう勧めているのですが、残念ながら一歩を踏み出してくれないでいます。



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2006年03月26日

介護保険制度の改正

4月からの介護保険制度改正により、生活援助2時間のサービス利用者は1.5時間が上限となりました。
生活援助というのはいわゆる家事サービスで、調理・掃除・洗濯・衣類の整理や補修・薬の受け取り・ベッドメイクなど。
普通の主婦なら慣れた仕事で、特に資格がなくてもやっているようです。ヘルパー3級の仕事に該当します。

これに対しホームヘルパー2級以上の資格が必要とされるのが身体介助で、利用者の身体に触れたりすぐそばで待機する仕事をします。
具体的には起床・就寝の介助、体位交換、衣類の着脱、整容(髪をとくなど)、入浴や食事の介助、排泄介助、外出の介助などですね。
車椅子を押すなど移動の介助もそうです。車椅子ではゼッタイに踏切に入ってはいけないということなど、一般の人は知らないでしょう。

おむつ交換にしても、褥瘡(床ずれです)や感染予防の知識などが必要とされるので、それなりの教育を受けた人しか介護保険下での仕事は出来ないということですね。
現実はお寒いものですが、そこはまあ置いとくことにして。

身体介助は生活援助に比べたら報酬も割高ですが、それだけをやるとなるとかなりの重労働。
施設などで専業で働く人以外の主婦の副業としては、身体介護0.5、生活援助1.5、合計で2時間といった働き方をしている人が多いと思います。
(ヘルパー2級に出来る仕事にも制限があって、医療行為はダメ。血圧を測ったり爪を切ったりするのは医療従事者の仕事になります)

一回2時間の生活援助のみ(身体介助なし)で済んでいる人は、つまり障害が軽い人ということになります。
障害の程度によって受けられるサービス時間が変わるので、軽い人は週に2回生活援助のみ、といった利用をしています。ちょっと身の回りの世話をしてもらえたらあとは大丈夫、ということですね。

実際、軽い認知症の高齢者でそうやってアパートで一人暮らししている人もいます。こういう人には影響が大きいですね。
今までヘルパーにやってもらっていたことの4分の1は、ないものとして諦めなければなりません。自腹で頼める人はいいですが、介護保険だと10分の1の負担ですから、大部分の人は我慢する方を選ぶでしょう。
いったん渡されたアメを取り上げられるようなもので、酷な改正だと思います。

一回2時間の家事サービス、たいしたことは出来ません。
行ってゴミの分別をチェックして集積所まで運ぶ。ざっと片付けて掃除機をかける。買い物を頼まれたら行って来て、お風呂やトイレの掃除。電球が切れていたら取り替える。食事の下ごしらえや調理をしていたら2時間でもとても足りません。それが1.5時間になってしまいます。

ヘルパーのやる気や要領の良さに左右されること大ですが、少なくともこれまでと同じサービスは受けられないでしょうね。
一人暮らしの高齢者の中にはヘルパーと世間話をするのが楽しみという人もいると思いますが(これも認知症進行防止には効果を上げているでしょう)、のんびり話し相手などしていられないかもしれません。
肉体的にも精神的にも、余裕が失われると思います。

また、往復の時間をかけてわざわざ出かけて行って、たった1.5時間しか働けない効率の悪さはヘルパー泣かせでもあります。ボランティア気分で(報酬は二の次で)やるのでない限り、続かないでしょうね。
資格をとってもヘルパー定着率はわずか3割ということですが、この改正はヘルパーの離職(人手不足)に拍車をかけそうだなと思っています。
posted by dashi at 00:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月10日

GHの虐待に思う事

残念だけど起こりうるだろうなと思ったニュースでした。
札幌市の認知症の高齢者向けGH(グループホーム)、「グループホームいちわ」で虐待が常態化しているという疑い。北海道ではまだ例がないという、介護保険法下の居宅サービス事業者の指定取り消し処分となるかもしれません。
メディアによってかなりトーンが違いますが、
★ 食事の量が極端に少ない
★ 入居者の行動を制限する
★ 入浴回数が(極端に)少ない
★ 廊下で壁に向かって座らせる
★ 禁止されている身体拘束をしている
★ 襟首をつかんで引きずり回した
……などの実態があり、証言する人がいるようです。

他にも領収書を偽造し入居者の家族に立替金として請求するなど、悪質なことが横行していたようです。
道は昨年から3回実地指導して改善を要求。いちわ側は虚偽の報告をして改善を装うなどしたため、道は今年1月に特別検査、2月には行政処分を前提に行う「監査」に踏み切っていたとのことです。
その上で道は介護保険法に基づく居宅サービス事業者の指定取り消し処分を検討、15日に聴聞を開いてホーム側の言い分を聞くことになりました。

「グループホームいちわ」の畑中妙子所長は聴聞に先立ち、10日に道庁で弁護士とともに記者会見し、
「すべて誤解、虐待があると言われるのは不思議」
と全面否定したようです。
でも、ここのやり方はひどいと義憤にかられた職員が書き残したのか、介護日誌の記載という物証もあるようですから、根も葉もないでっち上げとの主張は通らないでしょう。

このGHは2002年10月に開設され、札幌市手稲区の有限会社「いちわ薬品」が運営、定員18人です。
介護保険で取りっぱぐれがない、うまくすれば大もうけ……と、ノウハウの積み上げのない、民間から参入した業者(福祉はシロウト)のホームのようです。民営化の悪い例でしょうか。

少人数で家庭に近い環境で手厚い介護、というのがGHのウリでしょうから、そこで虐待が横行するとなるとこれは深刻。
職員数は絶対的に少ないし、相手はもの言わない(と思われる)認知症のお年寄りですから、密室犯罪のようなもので表沙汰になるのは難しいと思います。看過出来ないよほどひどい虐待が常態化していた(職員も耐えられないでいた)のでしょうね。
人生の終末をそんな地獄で迎えようとしていたお年寄りはホントに気の毒ですし、うすうす実態を知りながらも(他に選択肢がなく)預けていた親族も辛い思いをしていたことでしょう。

介護保険では、介護度によって細かく決められた利用料が支払われます。介護度の高い重い認知症の高齢者を集めれば、それだけ多額の保険料が下りる仕組みです。
預かってもらう家族はとても助かりますが、良心的な業者でないと手抜きしまくり、虐待も横行するのは当然ということになるでしょう。
徘徊したり弄便しないように、そういう服を着せたりベッドに縛り付ける行為(拘束)とか、おむつ交換の回数を減らすとか、食事の量や質を落とすとか。
入所施設に預ける家族が何より恐れていることが、このGHでは大っぴらに続けられていたようですね。

行政側が、利用者の受け入れ先(集団で移るとすれば。介護保険を使えないとなると高額で利用出来なくなる人が大半だと思います)を考慮して及び腰にならず、取り締まってくれるのは歓迎したいと思います。
指導が入った段階で改善しなかったGHの体質は残念ですが、指導してるからと逃げて放置しなかった、道の姿勢は評価出来るでしょう。貴重な介護保険料をそんな業者のために使わないでほしいものです。
苛酷な仕事と待遇にめげず、崇高な精神で頑張っているGH(少なくはありません)にとっては迷惑なニュースでしょうが、これが他の「良心的とは言えない」GH暴走の歯止めになってくれればと思います。
posted by dashi at 20:45| Comment(7) | TrackBack(1) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月02日

ヘルパーの立場から

1月から、ほんのわずかの時間ですが、訪問ヘルパーの仕事をやっています。
駆け出しながらいろいろと思うことがあるのですが、個人的な話となると守秘義務の壁にはばまれてここに書くことは出来ません。それで、人から聞いた話や一般的なところを少し、述べてみたいと思います。

介護保険制度については前にも少し書いたことがありますが、これは
「家族、特に嫁が世話をすることを当然のこととして期待されがち」
な状況を打ち破る、画期的な制度だと私は理解しています。
老親の介護を他人の手に委ねることは、特に二世代以上の家庭ではタブーに近い感覚でした。介護に疲れ果てて施設に預けることに決めたら、周囲からは白い目で見られ、罪悪感にさいなまされて来たと思います。
今はいろんなサービスを選ぶことが出来、家で(家族が)見るか施設か、の二者択一でない介護が可能となりました。

知り合いがホームヘルプをやっているところでは、少し認知症の入った穏やかなおばあさんが公営住宅の一室で一人暮らししています。
足が弱っているためリハビリを兼ねてヘルパーが支えて近くを散歩し、戻って掃除と夕食の支度。食べ終わるのを待って片付けて帰ります。
嫁いだ娘さんが近くに住んでいて、ヘルパーが帰る頃にやって来て様子を聞くそうです。
ヘルパーが入るのは週に2回で、他の日はデイサービスで入浴したり、病院でリハビリ受けたりしているようです。
週に2回部屋の掃除や食事の世話をして散歩に連れ出してくれるヘルパーの存在が、一人暮らしを可能にしています。

本人も娘さんも、それなりに平和な今の生活を続けたいと思っているでしょうが、近く介護度の判定基準が変わり、介護保険で使えるサービスに制限がつくことになるようです。
ヘルパーの派遣が今の一回2時間から1.5時間上限になるかもしれず、そうだとしたら何か受けられるサービスが減ることになるでしょう。
また、派遣されて仕事に行くヘルパーも、一回2時間を1.5時間に減らされたら、収入は減る上に往復にかかる時間(無給)は変わらない。やる気は失せると思います。

ヘルパーの講習を受けたとき、ホームヘルパー2級の資格をとっても、ヘルパーの仕事に定着する人は3割だと聞きました。
仕事自体がイヤという人はほとんどなく、もともと低い上に不安定な収入に困ってということのようです。
介護保険制度はよく変更があって、その度にケアマネージャーやヘルパーが振り回されています。
受けられるサービスを減らすような改革でなく、前のブログにも書いた、介護ベッドのレンタル料設定に上限をつけるなど、無駄遣いをなくす方向の改善をしてほしいものです。

今朝のテレビで、高齢者の孤独死を続発させてしまったことが報道されていました。
行き届いたシステムのおかげで、転倒して動けないでいた老人を発見することが出来た。でも警備会社の社員が救急車を呼ぼうとしたら老人に拒否されたそうです。
もともと「あまり構わないでほしい」と要望していた人で、病院には行きたくないと言ってきかなかったようです。ベッドに運んで一時間付き添い、外から施錠して帰った。

外から施錠したら「外出中」扱いになるのでその後の発見が遅れた。亡くなって何日もたってから発見されたようです。
あまり日にちを置かず似たようなことがまたあったそうで、電話でインタビューを受けた生活相談員やその上司は、鍵を開けて中に入るのには抵抗があった、と話していました。
そりゃあそうです。もし異変がない時だったら不法侵入となじられても仕方ありません。

自分の家に他人が入ることをとても嫌う人もいます。
人の世話にはなりたくない、と孤高を好む人も少なくありません。入院より孤独死を選ぶのも本人の自由だと思います。
一方、もし定期的にホームヘルパーが訪れるシステムだったら防げた死かもしれない。構えないでヘルパーの力を借りられたら本人だって助かるはずです。それで病気を防げて元気に過ごせたら、長い目で見てこっちの方が安上がりかもしれません。
ヘルパーを利用することに慣れてもっと活用してもらい、資格をとってもやらなかったりすぐ辞めてしまう7割のヘルパーが、もっと働きやすい安定した環境で楽しく仕事が出来たら、お互いのためになるのにと思います。

さらに、あえて書きますが、通信教育でろくな教育もしないまま、未熟なヘルパーを量産している現状は大いに問題。
今年の夏からはホームヘルパー2級の資格を単独で取ることが出来なくなる(らしい)のは、こういうことに対応してのことだと思いますが、駆け込みで取得する人も少なくありません。
一緒に講習を受けた仲間はみな、あの程度の学習や実習では仕事を始める自信がないと言っていました。仕事をやりながら実践で覚える(のが通例)というのは、サービスを受ける相手に失礼なことだと思います。
10万もの費用を払って、通信教育と知らずに受講して(意図的に隠してたとしか思えない)お粗末な教育しか受けられなかった(身体介護の即戦力にはなれない)私からの、是非言いたいことでした。
posted by dashi at 19:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

死に上手

私の母方の祖母はちょうど当時の平均年齢で亡くなりました。
とても我が侭なグータラな人で、家族に迷惑をかけてばかりいたようです。
婿養子の父とは折り合いが悪くて一緒にいられなくなり、私が小さい頃に離れた場所に小さい家を建てて祖父と二人だけで住むことになったぐらいです。
一人娘の母は、一人っ子じゃなかったらとっくに家出していた、とよくこぼしていました。
(それでも、子供の頃、周囲の人が祖母のワルクチを言うととても悲しくてたまらなかったそうです。子供ってありがたいですね)

祖父も一人娘のところにやって来た婿養子です。どういう事情があって婿養子に来たのかは知りませんが(庶子だったらしいです)、祖父は聡明で見てくれも良くて働き者でした。
祖母はだらしなく肥満して、顔もブサイクな方でした。
祖父は祖母には愛想を尽かしていたのかもしれませんが、行くところもなくて我慢していたのだと思います。
祖母が亡くなって法事も一段落したところで、さっさとあとを追うように亡くなったので、祖母を残しては死ねなかったのかもしれないね、と噂されたことでした。

祖母は晩年には肥満によると思われる糖尿を患い、しょっちゅうあそこが痛いのここが痛いのと、不定愁訴で周囲を悩ませていました。でも愚痴るだけで介護が必要なわけではなかったようです。
祖母は糖尿と言われても食事制限が出来るような人ではなく、その時も好物のバナナを口にしていました。
半分ばかり食べたところであお向けにひっくり返り、間もなく大いびきをかき始めたそうです。
救急車を呼んで病院に運ばれましたが、太っているから担架に載らないで担がれたという話です。消防署の人は気の毒なことでした。
脳梗塞で病院に入って半日もたたないうちに亡くなり、それほど遠くでもないところに住んでいた私も、死に目には遭えませんでした。


この祖母の葬儀の時には、集まった親戚、知人で泣く人は一人もいませんでした。
母や祖父はさすがに元気がなく沈んだ感じでしたが、送り出せてホッとしたのが本音だったと思います。
祖母の遠縁で妹分だったオバさんが、
「姉さんは死に上手だった、アタシもあやかりたい」
と繰り返し、みんなうなずいていました。

私がヘルパーの勉強をしていた時、合い言葉はPPKと習いました。
PPK。ピンピンコロリ、の頭文字です。
祖母はまさにそれでした。
posted by dashi at 00:21| Comment(9) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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