2006年04月30日

エイズの増加

新聞ではベタ記事で小さく扱われていただけですが、
「エイズ発症・感染者 昨年も最多の1199人」(HIV感染者とエイズ発症者の合計)
という報道には不気味なものを覚えました。前年を34人も上回り、2年連続千人台を記録したとのことです。
感染からエイズ発症までには5〜10年の潜伏期間があるそうですから、HIV感染に気付かず他人にもまき散らしている可能性大。
感染者の72%を20、30代が占めるといいますから、母子感染の危険がある年代でもありますね。

HIVというのはHuman Immunodeficiency Virusの略語で「ヒト免疫不全ウィルス」と訳されます。直径100〜120nm(ナノメートル)の球形ウィルスです。いくつか種類があり、それぞれに強弱や好む部位などに特色を持つそうですが、いずれもエイズを引き起こします。
エイズはAcquired Immunodeficiency Syndrome:後天性免疫不全症候群という、HIVによって引き起こされる病気を指します。
日本では初めは非加熱血液製剤による血友病患者への感染(薬害)が過半数を占めましたが、現在ではそのルートは無く、性行為による感染が大半。注射器の使い回しや母子感染はごくわずかということです。

アフリカの、国によっては平均寿命をひどく下げるほどエイズが蔓延している話はよく聞きますが、日本でも深く潜行しているようです。決して同性愛者や外国籍の風俗嬢のものではなく、HIV感染者の7割以上が日本国籍の男性という報告もあります。
HIV感染はコンドームの使用でほとんど防げるようなので、若い、特に学齢期の子どもに性教育を徹底したら感染率は下がるでしょう。でも性行為を推奨することになるのも学校としては困るでしょうし、難しいですね。
それでもクラミジアなど他の性病に感染しているとHIVウィルスの感染率は3〜5倍増加するそうですし、もっとコンドーム着用を当然視する方向に持っていってほしいですね。妊娠が防げて中絶も減ると思います。

かつてエイズというと不治の病と震え上がるような印象がありました。
免疫不全ですから、健康体なら免疫の力でなんなく退治してしまうような菌に冒されてしまいます。
カリニ肺炎やカボジ肉腫に罹患した映像などがかつては流され、ことにカボジ肉腫のショッキングな姿はエイズの恐ろしさを強く印象づけました。今はそういうものはほとんど見かけないですね。
現在は完全なウィルス除去はできないものの、エイズの発症を抑える薬が開発されているそうです。
HIV感染・エイズ未発症の段階での早期発見、早期治療がとても大切ということになるようです。

性行為による感染は自分の意志で防げるとしても、いつ大量の輸血を要する大ケガをしないとも限らない。
誰にとっても人ごとではないわけです。
献血にまぎれ込むのを防ぐためにも、HIV感染者の増加に歯止めをかけてほしいものです。
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2006年04月29日

無神経な発言

北朝鮮拉致被害者・横田めぐみさんのお母さんが、ブッシュ大統領との面会が叶って大いに力づけられたようです。人権の尊重を口にするブッシュ大統領には、イラクの人が聞いたらお笑いだろうと思いましたが、アメリカ大統領の口添えがあったらそれは絶大な効果があることでしょう。
これで、腰の重い日本政府も動かざるを得なくなるでしょうか。つくづく外圧に「だけ」弱い国です。
国民が「暴力的に誘拐」されて、本人も家族も長年辛い思いを強いられているというのに、一部の人たちの帰国<だけ>でお茶を濁そうとしているような印象を受けます。
今のままでは被害者の会も一枚岩ではなくなり、帰国した人たちも厳しい現実に苦しむばかり。帰国が叶っても叶わなくても、結局生殺しの状態が続くだけです。どんな事情があるのかよくわかりませんが、一日も早く解決してあげてほしいものです。

ところでこの会見の際に、ブッシュ大統領は
「めぐみさんがまだ元気に生きていると思っているのか」
と聞いたそうです。横田早紀江さんは
「本当のところはわからないけれども、無事だと信じている」
と必死に答えた様子。普通の人なら(早紀江さんはとても気丈な方だと思います)泣き出さずにおれない、残酷な質問だと思います。
朝のニュースでこの発言内容を聞いた時は、
「なんて無神経な発言だろう。日本人がこんなことを言ったら大顰蹙ものだ」
と驚きました。ちゃんと聞けなかったので発言内容を正確に知りたいと思って、その後のニュースを気をつけて聞きましたが、かなりトーンダウンしていました。

私の年上の友人に、幼い頃の脳症で障害が残った子どもを持つ人がいます。
女の子二人のあとの待望の男の子で、とても賢いいい子だったそうです。ある日突然の高熱で病院に運ばれ、退院した時には重い知的障害児となっていました。
うちの子のように生まれつきの障害の場合ですら、妊娠中にあんなことをしたからか、こんなことをしたからバチが当たったのか、とあれこれ悩むものです。(紙おむつで育てたからか、と人に聞いて笑われたことは以前にも書きました)
健康に生まれた子が途中で障害を負ったときは、親はどれほどに自分を責め後悔し苦しむことでしょう。たぶん「またいつか、もとのように『お母さん』と呼んでくれるのではないか」と、諦めもつかないで一層辛いと思います。

この友人の子が退院したとき、同じマンションに住む隣人が心配そうに「コレになっちゃったの?」と
<頭の上で指をくるくる回して掌をパッと広げる仕草をしながら>
声をかけて来たそうです。
私がこの話を聞いたのは友人の子が成人したずっとあとですから、それを言われたのは20年も前の話になります。
ふだん愚痴など一切言わない前向きな友人が、一瞬表情を曇らせ無念そうにこぼしたのが心に残りました。
悪気は全くなくても、無神経な物言いは人を深く傷つけるものですね。
自分も似たようなことをしていないかと省みて、大いに忸怩たる思いをしています。
posted by dashi at 20:32| Comment(5) | TrackBack(3) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月23日

戸塚ヨットスクール事件

名古屋市の引きこもり者更生支援施設で18日、入寮生が外因性ショック死するという事件がありました。
ここは引きこもりや不登校の若者らの社会復帰を支援する目的で1997年に設立されたといいますから、それなりの実績はあるところなのでしょう。10〜40代の約60人が共同生活を送りながら、アルバイト先などに通っているようです。
死亡した男性は世田谷区の無職男性26歳、家庭内暴力と引きこもりを理由に14日に入寮したということですから、まだ新参者だったわけですね。もしかしたら家族から強制的に入れられたのかもしれません。
17日夜から暴れ出した男性を職員が押さえ込み、添い寝した。朝になってぐったりしているのに気付いて病院に運んだということです。

体罰が日常的にあったのかどうかはこれから明らかになるでしょうが、激しく暴れるのを無理やり押さえ込んだら、結果的に殴りつけるのと同じような衝撃は与えるでしょうね。職員も痛い思いをしたのではないかと思いました。
何年か前、知的障害者の入所施設で、突然駆け寄って来て他の子をボカボカ殴り始めた障害者を、職員が数人がかりで押さえつけるのを見たことがあります。
女性職員が悲鳴を上げると男性職員数人がサッと駆けつけた素早さには驚き、よくあることで慣れているのだなあと思いました。
職員も人間ですから、部外者の私の目がなかったら、抵抗をやめさせるために殴る蹴るぐらいのことはしたかもしれません。

集団生活を強いられて(暴行を受けて)死亡、というと私が連想するのは戸塚ヨットスクールの事件です。
事件についてはこちらのサイトが詳しいのでご覧下さい。
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/totuka.htm
当時はまだ不登校の子どもが社会的に許容されない時期で、学校に行かない行けない子どもたちは、親にしてみれば死ぬほど頭の痛い問題だったのだと思います。鍛え直してもらうために、子どもを戸塚ヨットスクールに預けました。
身体を張ってヨットの操縦を教える、スパルタ教育という名目で激しい体罰が日常的に行われました。殴られたことによるショックで亡くなった子もいますし、暴行で弱った身体で訓練についていけず亡くなった子も、辛い生活から逃れようとフェリーから海に飛び込んで亡くなった子も二人。

これほどの犠牲者を出しながら、戸塚ヨットスクールは廃校どころか今も盛況、HPもあります。
http://totsuka-school.jp/
校長の戸塚宏氏は最高裁で懲役6年の刑が確定して服役しましたが、一審ではなんと懲役3年執行猶予3年という軽い判決が出ています。戸塚ヨットスクールで立ち直った子も少なくなく、親に感謝されたり有名人で絶賛する人もいたりして、裁判所としても全くその教育効果を無視することは出来なかったようです。
それにしても亡くなった子どもたちはどんなに辛い悲しい思いをしたか、哀れでなりません。
殺されるとわかっていれば親だって預けなかったでしょう。

数年前に、近くの駅の階段を降りて来る戸塚宏氏の姿を見かけました。よく陽に焼けて健康そうで、トレードマークの髪型はテレビで見るそのままでした。不敵な笑みを浮かべたような顔つきが強く印象に残りました。
戸塚ヨットスクールは今はもう体罰のない平和な訓練機関で、人気もあるようです。
戸塚宏氏は服役も終えて社会的制裁は受けたのだから、なんら恥ずべきことはないのでしょう。
でも無念のまま亡くなった子どもたちは二度と帰って来ないんですよね。事件のことは忘れず、マスコミにはせめてスクールを賞賛するのだけは遠慮してもらいたいと思います。
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2006年04月13日

詐欺の話

ワイドショーで先日やってましたが、代引き詐欺というのがあるそうです。
ひと月ぐらい前からネットではさかんに情報が飛び交っていたようですね。
検索してみましたらドッと出て来て、北は稚内から南は種子島まで全国に被害があるようです。
ホントかどうか知りませんが、大阪は少ないらしい。オレオレ詐欺もそうだったらしいから、金払いのいい(騙されやすい、お人好しの)地域を狙う傾向はあるかもしれませんね。
ときどき個人情報漏洩と騒いでいますが、ナルホドこういうところでと情報の使い道に納得した次第。
ただ、不在配達や受け取り拒否になった例が多く、実際に支払いまでした人は数%というところらしいです。

郵便局の代金引き換え郵便というのを悪用して、封書でディナーショーのチケットなるものを送りつける。
家族が、不在の宛名本人の代わりに代金を支払って受け取ってしまい、本人が不審に思いながらも開封してしまう。
チケットには「いつ」「どこで」「だれの」ディナーショーがあるのか書いてない。19500円からのちには16000円台に何故か値下がりしているようです。
一度開封したものは郵便局も返金に応じない、受け取った代金はすぐ差出人に振り込んで処理されてしまう、という仕組みらしいです。

郵便局側でもアヤシイと思ったら、「本人に確認しなくても大丈夫ですか」と念を押したり、不在配達ということにして持ち帰ってくれるところもあるそうです。ただ基本的には、確認を怠った支払人の自己責任ということになるようですね。
郵便局以外の民間業者では、代引き配達は登録しないと利用出来ないことになっているそうです。身元を隠したい詐欺犯には付け入る隙がありません。
トラブルの発生を前もって予測し防止していたのだとすれば、郵便局との意識の差は鮮明です。
郵便局は(利用者はみんないい人という)性善説に立った、時代遅れのやり方をしているのかもしれませんね。

詐欺グループも次々と新手の詐欺を考えてくれ、まったく油断がなりませんね。
この代引き詐欺は偽チケットを送りつける送料(代引き手数料も)はかかるし(大半は無駄になる)、警戒心の弱そうな郵便局を選んで小分けで持ち込み、振り込まれる代金をコンビになどでこまめに引き出す、詐欺としては効率の悪いセコいもののような印象を受けます。
騙された方も一家心中を招くほどの額ではないから、悔しいけど諦める人がほとんどでしょうね。
きょうのテレビでは、「お宅のご主人が痴漢で逮捕された。示談に180万必要」と電話がかかってきた話をやってました。オレオレ詐欺もまだたまに耳にします。架空請求も相変わらず多いようです。

ところで私の育った田舎は、今でも玄関に施錠しないのんびりとした町です。
詐欺犯にとっては拍子抜けするぐらい仕事のやりやすいところかもしれません。寸借詐欺をしたらおみやげまで持たせてくれかねないところです。
私の母も昔、昼間一人でいるとき被害に遭いました。
子どもだった私にもなんだかウソっぽく思えたものですが……。
呉服屋をしていたが不況で倒産、親は病気で寝込み、弟は進学を控えている。店の商品だった着物を持って来た、学費の足しにいくらでもいいから……と涙ながらに訴えられて、安物の人絹の着物を買わされたようでした。

ビンボーだからそもそも家に金はなかったはず、渡したのもたいした金額ではなかったと思いますが、父や姉たちに口々に責められて初めて騙されたと悟った母は、
「女の子が5人もいるんだから、誰かが着ればいい。無駄にはならない」
と開き直り、悪びれる様子はありませんでした。残念ながらそれは粗悪な着物で、結局誰も着なかったと思います。
「人を騙して生きている人間より、騙される方がいいんだ」
とあとで言っていました。負け惜しみというのではなくて、詐欺をしないと食べていけない境遇の相手に同情していたという感じでした。
生活苦から詐欺をしたとは思えませんが、母の常識では食べるに困らない人間が人を騙すというのは理解出来なかったのかなと思います。
母のような人がいいカモになっているんだろうな、と思ったりします。
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2006年04月06日

いろいろな死

中年より上の人しか知らないかもしれないけど、アイ高野の早すぎる死には驚きました。(4月1日)
「♪好きさ 好きさ 好きさ 忘れられないんだ」のあと、ドラムのスティックを突き出して「♪おまえの すべーてえーー」と声を裏返して絶叫? する姿は今も私の脳裏に。ファンでなくとも印象に残っている人です。
享年55歳の若さなのに、10年も前から肝硬変を患い、血を吐きながら飲むことが再三あったそうです。喪主は母親ということですから、自分だけの家族を持たない人生だったのかなと思いました。

母親と言えば、最近はすごく多いと誰か言ってましたが、中年(独身)の息子が一人で高齢の母親の介護をする例を私も身近に見ています。
6日朝に福井市で見つかったのもそんな人たちでした。53歳の息子が母親の首を絞めて無理心中。死後数日たってから、郵便受けに新聞がたまっているのを不審に思った近所の男性に発見されたとのこと。
詳しい事情はわかりませんが、介護保険をうまく使って他人の手を借りれば、死ななくても済んだんじゃないかと残念に思います。適切な助言をくれる人が周囲にいなかったのでしょうか。

無理心中と言えば3月の末に山形県鶴岡市の空き家で、さいたま市に住む所有者の女性(67)が重度知的障害の息子(28)を道連れに死んだ事件もありました。
女性は04年に夫を亡くし、自分も重い病気にかかったことから、息子と一緒に死にたいと周囲にもらしていたそうです。
自分は首をつったけれど息子には練炭による一酸化炭素中毒で死なせました。部屋に目張りするなど手間がかかったでしょうが、自分のベッドで眠ったままの、苦しまない死に方をさせてやりたかったのでしょう。
息子を置いては死ねなかった母親の愛情には、入所施設に入っている息子を殺すのは親のエゴだとは思うものの、同じ障害児の母親として心が痛みます。

札幌ではこんな判決がありました。
昨年夏、認知症の姉(当時71)を介護中に、無理やり布団に寝かせようと姉の両肩を両手で押し付けた上、脇腹をひざで圧迫。肋骨多発骨折を招き出血性ショックで死亡させた妹(58)に対し、傷害致死で懲役3年6月の判決。
執行猶予がつくのは懲役3年までですから、この場合はもちろん執行猶予がつかず実刑です。
妹は姉の介護のため03年4月ごろから同居していたそうです。相手は道理が通らない認知症で、殺意をもって殺したわけでもありません。
同情が集まりそうな事件なのに厳しい実刑(求刑は6年)となったのは、虐待と認定されたのでしょうか。日頃から虐待と思われるようなことがあったのかなと思いました。
身内の介護は、「あのお姉さんがこんなになって。情けない。信じられない」と感情的になる部分も大きいでしょう。虐待しそうになったら早めにSOSを出す勇気も必要だと思います。

それだけ人生を楽しめたなら満足だろう、と思えたのは日本スキー界の草分けの一人・三浦敬三さんの訃報に接した時です。(1月5日)
冒険スキーヤー三浦雄一郎さんが息子、孫の豪太さんも長野五輪モーグル代表。自分が楽しむだけでなく子や孫に尊敬されるスキーヤーであったことがうかがわれます。
本人は全日本スキー連盟の技術員として技術書の編纂をし、スキー製作の研究者でもありました。スキーを履いた山岳写真家としても一流でした。
77歳のとき親子3代6人でアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロに登頂し、スキー滑降。最年長記録を達成しました。(孫の豪太さんは最年少記録、当時11歳)
白寿(百から一ひいて99歳ですね)の時に一家3代での欧州モンブラン氷河スキー滑降に成功、話題になりました。百歳を超えても国内外でスキーを続け、101歳で亡くなります。
100歳越えててももう充分ということはないでしょうが、羨ましい死に思えました。
posted by dashi at 21:38| Comment(8) | TrackBack(1) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月05日

ペリュシュ事件

私が初めての子を身ごもった頃、住んでいた市内で風疹の流行がありました。小学校がいくつか学級閉鎖したのではなかったかと思います。
妊娠をあまり特別なことと思ってもいなかった私ですが、風疹は奇形児が生まれる危険性があるということは聞いていたので、近くでの流行は気になりました。
風疹のワクチンをしたことがなかったので抗体検査を受け、大丈夫だろうということでしたが、念のために人ごみは避けるように言われました。
小学校の先生をしている友人が遊びに来るというので警戒して聞いたら、ワクチンしてるからとアッサリ笑われて安心したものでした。(教員はすることになっていたようです。)

二人目を出産したあとに家族みんなで風疹にかかり私もエラい目にあったので、抗体があってもかかるもんなんだとちょっと驚いたものでした。ただ私は自然治癒しましたが、先に感染した夫(抗体なし?)は重病人状態でした。
今は三種混合などで風疹のワクチン接種はほぼ行き渡っているので、先天性風疹症候群(CRS)で障害が残る例も少なくなったことと思います。
妊娠初期には赤ちゃんの身体の各器官が形成されるので、この時期に風疹ウィルスに感染すると奇形になったり流産したりしやすい。CRSの感染率は5割以上とも言われます。
妊娠20週を過ぎてならほぼ安全ということですが、妊娠8ヶ月で風疹に感染したら赤ちゃんに難聴が出たという例もあるそうです。

以前沖縄で風疹が大流行して、聴覚に障害がある子どもたちが多数誕生したということがありました。そのときの聴覚障害の子どもたちが野球を楽しみ、甲子園を目指す実話は山本おさむのコミック「遥かなる甲子園」で広く知られ、映画にもなりました。
それで妊娠初期の風疹感染イコール聴覚の障害、と私は思っていたのですが、CRSは難聴以外にも心臓の奇形や白内障、緑内障なども発症する恐ろしいもののようです。
そんなに重大な障害が5割以上もの高率で発現するのなら、妊娠初期に風疹に感染した女性が中絶を考えたとしても、責めることは出来ないのかなと思ったりしました。
ペリュシュ事件のことです。

これはフランスで「子どもは望まない生(wrongful life)を拒否することが出来る」ことを認めた有名な裁判で、提訴した女性の名をとってペリュシュ事件と呼ばれているものです。
ペリュシュ夫人は妊娠初期に風疹感染の疑いがあったので、3度にわたり検査を受けました。感染がわかったら中絶する意志であることを伝えていたそうです。どういう手違いがあったのか、感染していないと誤った検査結果が出て、夫人はその子を1983年1月に出産しました。
子どもには重い障害がありました。グレッグ症候群(これはCRSのことですが)による重い神経障害(知能障害も?)、聴覚障害、右目の緑内障および心臓病で常に介護が必要とされる人生です。
ペリュシュ夫人は子どもの代理人として「生まれて来ない権利を侵された」「障害のある生という損害を受けた」として訴えをおこし、世論を真っ二つ(イギリスでは激しい反論があったようです)にした論争の結果、2000年にこの訴えは認められました。
障害に対して医師は責任はないけれど、過失により望まない生を誕生させた、と判断。
その後これは否定されて「反ペリュシュ法」と呼ばれるものが出来ているそうです。

重い障害があるから生まれて来るべきではなかった、という言い分(それも、本人の意思ではなく代理人の)が通るなら、常に介護を必要とする障害者(やその家族)はずいぶん肩身の狭い思いをしなくてはなりません。
CRSの罹患率が50%とすれば、健常な子が生まれる確率も50%なのに、中絶する権利が母親にあるのか。
合法的な殺人を認めることにならないのか。
障害者の人生は、生きるに値しないものか、それを誰が判断するのか。
障害はたまたま入り込んだ風疹ウィルスの仕業。(これほど多種の重い障害が残った例はあまりないのではないでしょうか。)
ウィルスの存在を見誤った医師の落ち度は、ウィルスの悪行や運の悪さ(神さまの気まぐれ)よりも大きく、責められるべきものだろうか……。
いろいろと考えさせられる事件です。

それにしても、この判決の翌日の新聞には、
「今度私は父を訴える。なぜなら髪が薄いのは父の遺伝だからだ」
という投稿が載ったそうです。フランス的エスプリと笑っていいのかどうか、とても微妙。

posted by dashi at 21:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月04日

JRも頑張ってます

お気に入りのサイトで、「(ハンドル形)電動車椅子でも新幹線に乗れる」という記事を見かけました。
http://ka-i-go.jugem.jp/?day=20060403
デッキ(通路)がある新幹線や特急の車内では、重量があって回転半径が大きいハンドル形電動車椅子は、移動が困難で他の乗客に危険、という理由で今まで受け入れていなかったそうです。
ハンドル形というのはスクーターのようにハンドルを持つタイプの3輪車や4輪車を指す(よく高齢者が乗っているシニアカーのイメージでしょうか)そうですから、ほかの車椅子のように狭いところで回転出来ません。
またハンドル形は後ろに取っ手がないので、緊急時に第三者がつかんだり操作出来ないから危ない、という理由もあったようです。
JR東海、西日本は、来春導入予定の東海道・山陽新幹線の新型車両で、受け入れる検討を始めたとのこと。
足代わりの電動車椅子ごと乗り込めないから新幹線を諦めていた人にとっては、待ち望んだニュースではないでしょうか。

詳しいことは上のサイトを読んでいただくとして、身障者などが利用できる多目的スペースやトイレを広くとるなどの工夫の結果、受け入れが可能になるそうです。
JR側からしたら開発費、製造費を投入した上に、乗り込める人数(定員)は減るし、障害者割引があるでしょうから一般客を乗せるより収入は減るはずです。
損得の勘定ばかりでなく、社会的貢献の精神がないと出来ない事業だと思います。
東横インの社長さんに聞かせてあげたいニュースですね。

もっともJRだって慈善団体ではありませんから、導入にはそれなりの背景もあります。
おそらく直接のきっかけとなったのは、大阪法務局が2004年の12月半ばにJR東海に出した勧告でしょう。
ハンドル形電動車椅子を使用する人が新幹線に乗れなくて困っている。深夜の夜行バスを利用するしかない。中部地方を独占的に営業している鉄道会社としていかがなものか。ハンドル形電動車椅子を拒否するのは不当な差別的取り扱いと、改善するように勧告したそうです。
鉄道会社への法務省の勧告というのはきわめて異例だそうですから、JRとしても対応せざるを得なかったというのが実際のところでしょう。

昨日はJR西日本の入社式のニュースで、「JRを変えるという気概を持ってほしい」みたいな訓示があって、昨春の尼崎の脱線事故の犠牲者を悼んで全員で黙祷する姿を見ました。
今のこの時期にJR西日本を職場として選ぶからには、メカとしての電車や電車で行く旅行が好きで、使命感を持った人が集まったのでないかなと思います。
会社の体質としてたしかにまだ問題は山積みで、駅員さんの態度も、ほかの私鉄と比べたら親方日の丸の意識が抜けない尊大な印象を受けることも少なくありません。
でもJRの場合は事故の報道などマイナス要因(お叱り)の報道ばかりが目立ち、このような良心的な事業は正当に評価されていない気がします。
導入された暁には、マスコミには利用者の喜びの声を<派手に>伝えてほしいと思います。
posted by dashi at 23:40| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月02日

障害児の命の値段

先日の朝日新聞夕刊の記事で、交通事故死したダウン症の子どもの逸失利益について、和解が成立したというのを読みました。裁判官から和解案が出されて「健常児並み」で和解出来たようです。
小学2年生の6月に、同じ学校の教師の車にはねられた事故でした。
生きていればこの春に小学校卒業だったので、校長が卒業証書を出してくれたそうです。
事故のあとの損害賠償で、ダウン症という障害を口実に加害者側は「逸失利益は発生しない」と主張。
「尚己を否定され、悔しかった」お母さんは事故2年後の命日に、損害賠償を求める民事訴訟を起こします。

一口にダウン症といってもいろんな子がいますが、この事故の被害者となった田代尚己くんはとても明るく元気で、家族に愛された幸せな子だったようです。
ネットで検索してみましたら、尚巳くんのお母さん(田代祐子さん)のHPが出て来て、バレエの発表会の時のスケッチがありましたから、バレエも習っていたようですね。
http://www.mika-y.com/ibook/tukanomanotenshi_info.html
お父さんが仕事が終わって家に帰ると、バタバタと玄関にお迎えに出ていた。「お帰り」と言う尚己くんの笑顔が活力源だった。それがないから淋しいとお父さんは言っていたそうです。

またほかのサイトで偶然、2年ほど前に
「障害に負けずに働いている人の情報があったら教えてほしい」
と呼びかけている祐子さんの書き込みも見かけました。
青森にお住まいの方なので情報収集も難しかったかもしれませんが、ネットで助言、協力してくれる人もたくさんいたようです。
健常の子に比べても見劣りしない尚己くんの作品や、ダウン症ながら社会で活躍する人49人分の活動記録を提出。事実の積み上げがものを言って、健常児並みの和解となったようです。

子どもを亡くす悲しみが逸失利益の額ではかられるわけではありませんが、「障害があるから健常児並みの賃金は稼げないはず」と決めつけられるのは失礼な話。
フランスには「八日目」という映画主演で日本でもおなじみになった、パスカル・デュケンヌというダウン症の俳優がいて、来日の記者会見でも立派にやりとりしていました。
http://www.asmik-ace.com/EighthDay/Press.html
鹿児島には一般の短大に行った女の子もいました。
ピアニストや画家もいるようです。
(ちなみに、ダウン症の人対象のバレエスクールというのもあるようです。参考までに。http://www.npotoybox.jp/lovejunx/top.html

自閉症のサヴァン症候群は言わずもがな、障害者だからって見くびらないでほしいですね。よほど優秀で働き者の人もいっぱいいるのですから。
逸失利益で差別するのは生命の重さに差をつけることで、法の下の平等にそむくのではないのかなと思います。

それにしても
「早く死んでくれて親も助かっただろう。逸失利益なんてゼイタクな」
といった中傷はきっとあるに違いありません。そういうことを言う人は、天使の微笑みと言われるダウンちゃんの笑顔を親しく見たことがないのだと思います。
自分の周囲にいない人にも、おなじみとなってほしいものです。
前にも書きましたが、「セサミストリート」を見習って、「お母さんといっしょ」や「英語であそぼ」にダウンちゃんや車椅子の子どもをドンドン出してほしい。
他の子と同じように歌い笑う姿に、「みんな同じ地球人」と再認識してほしいと思います。
posted by dashi at 22:38| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月27日

生きていてほしい

息子が通っていた療育センターに、身体障害(一部マヒ)と知的障害を併せ持つ子がいました。(重複障害というやつですね)
小柄な子でしたが胸に痛々しい傷跡があり、大きな手術を受けたと思われました。
数年後にそのお母さんと親しく食事する機会があって、話を聞きました。
お母さんをAさん、子どもをaちゃんと呼ぶことにします。
aちゃんはかなりの未熟児で生まれたため、内蔵の形成に問題がありました。詳しいことはわかりませんが、心臓にも穴が開いていたのではなかったかと思います。
生後間もなく極端に小さい身体で、何時間もかかるような大手術をしたとのこと。一度では済まず何度か受け、生死の境をさまようようなことも何回もあったそうです。

「手術を受けて元気になったら、普通の子になると思ってた。まさか、ね」
と冗談ぽく話してAさんはちょっと沈黙しました。
aちゃんに重い知的な障害もあるとわかったのはいつのことだったのでしょうか。一人で排泄することも出来ない現実には、やはりそうとう落胆したことでしょう。
aちゃんには上にお姉ちゃんお兄ちゃんもいて年もそう離れていないので、Aさんはとてもしんどい思いをして3人を育てていたようです。経済的な負担も大きい上に、どうしても父親を頼ることも多くなって、ご主人の仕事に影響が出ることもあったようでした。

ご主人はaちゃんと一切関わろうとせず、上の子たちやAさんと顔を合わすのも避けているようで、仕事が休みの日はほとんど寝ているし平日は家族が寝静まってからしか帰らないということでした。
激務の仕事人ならそういう家庭も珍しくないかもしれませんが、Aさんのご主人は残業もない規則的な仕事で、勤務先も遠くありません。
社宅住まいなので仕方なく帰っているのだろうけど、遅くまで毎日いったいどこで何しているのか、帰ってから夕食を食べているという話でした。
「アタシがあまりに可哀想で別れたいって言えないのね。お金がないからかな」
私が離婚していると知ってそんなことまで話し、Aさんは口を歪めて笑いました。

今はすっかり丈夫になったaちゃんですが、もし重大な病気が見つかり危険な大手術をしなければならなくなったら。
aちゃんの父親は、助かってほしいと神に祈ることはないかもしれません。でも毎日aちゃんの世話をし一緒に生きているAさんやaちゃんのお姉ちゃんお兄ちゃんは、理屈ではなく、aちゃんの無事を望むのではないでしょうか。
もう何年も前、私の自閉症の息子が珍しく高熱を出した時、
「この子が死んだら私は『本当に』悲しいだろうか」
と自問した日のことは忘れることが出来ません。でも歳月を共にして来た今なら「本当に悲しい」と断定出来ます。
知的障害児相手でもそうなのですから、苦楽を共にした家族の絆はもっとずっと強いと思います。

富山県射水市で、人工呼吸器をはずされた患者が何人も亡くなった事件。
もしかしたら最初は、患者が苦しむのを見ていられなかった家族が苦しいだけの延命治療をやめてほしいと願い、医者は苦渋の決断で呼吸器をはずしたのかもしれません。
命を救うのが医者の仕事ですから、死ぬとわかっていてやりたくはないはずです。
何度かやっているうちに感覚がマヒして、
「近いうちにいずれ死ぬのだから同じことだ」
「ベッドが空いたら助かる」
「家族だって疲れているのだから早くラクになって助かるだろう」
といった独りよがりの論理になってしまったのかなと思います。
苦しいだけの治療でなければ続けてもらい、一日でも長く生きてほしいと願うのが家族の気持ちだと思います。

「働けもしない障害者が生きてたって、税金を無駄に使うだけで世の迷惑だ。自分の稼ぎがそんなことに使われるのはイヤだ。働けない人はあまり長生きしないでもらいたい」
というドキッとするような書き込みを、きのう、検索していてまぎれ込んだ2ちゃんねるで見てしまいました。
他人の本音というのはそんなもんだと思っても、さすがに気が重くなりました。
娘に話すと
「みんな心の底ではそう思ってても口には出せないでしょ、匿名だから言うんだよ。そんなとこ見るのやめれば」
とあっさり受け流されて、どっちが親かわからないと苦笑した私でした。
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骨髄移植のこと

白血病の再発で入院闘病していた歌舞伎の市川団十郎氏が先ごろ復帰の記者会見を開き、
「無間地獄から戻ってきたようだ」
「まるで嵐の中で帆船に乗せられて船酔いを起こしている状態だった」
と振り返り、
「ベッドの中でも芝居のことばかり考えていた。一日も早く舞台に立ちたい」
と目を輝かせる姿には、それほどに思い入れのある仕事を持てた氏が羨ましくなりました。
氏の病気は「急性前骨髄球性白血病(APL)」、白血病の分類の中ではM3と呼ばれるもので、薬で治療しやすくほとんどの人が克服されるってことです。

ただ白血病は完全に治癒することのない病気だそうです。
治った状態を「寛解」と呼びますが、これは「白血球の数値が一定の基準を満たし正常の範囲内になった」だけで、白血病細胞は残った状態。
定期的に検診を受けてチェックしなければなりませんし、抵抗力が極端に落ちているので無理は禁物。過労や風邪が命取りになりかねないということです。
(抗がん剤が劇的に効く人もいるそうですが、この副作用はそうとう苦しい。身体中の痛みに文字通りのたうち回る人や、治療が続けられない人もいるそうです。薬の効き方ひとつにしても、個人差がとても大きいとのこと。)

いったん寛解したけど再発を繰り返し、結局骨髄移植した体験者の話を以前読みました。
骨髄移植というのはやはりかけがえのない治療法のようです。
骨髄移植推進財団、いわゆる骨髄バンクのHPを見てみました。
最新のマンスリーレポートによれば、日本骨髄バンクと日本臍帯血バンクネットワーク(11バンク加入)が実施した、非血縁者間移植の総累計が2月22日、1万件を突破したとのこと。

ドナー登録者現在数が24万人もいるというのは驚きました。
目標が30万人ということで、あと2年足らずで達成できそうだということです。
サッカーの井原正巳さんが登場した骨髄バンクのキャンペーンCMの効果は絶大だったようで、それまでの3倍のペースでドナー登録者が増えたということです。まず知ってもらい理解してもらうことが大事なのですね。

骨髄移植はドナーの負担も大きく、事故が起こったこともありますが、臍帯血ならその心配もなし。
赤ちゃんが生まれる時にはかならず手に入るへその緒、それには血液細胞を造り出す造血幹細胞がたくさん含まれているので、骨髄移植と同様の効果を得ることが出来るそうです。

私は3度目のお産のとき、もう最後のチャンスなので、希望して胎盤というのを見せてもらったものです。へその緒もついていました。色が薄めのレバーみたいでしたが、栄養はたっぷりという印象だったのをよく覚えています。
あれもそれなりの処理をすれば、誰かの血液細胞を作るのに役立ったのかもしれません。
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2006年03月24日

本日の「へー」

へー、そんなことがあるんだ、と驚くような出来事が起こる日ってありますね。
驚天動地と言うほどではないけど、家族で話題になるようなこと。
きょうはそんなのがいくつかありました。

まず、PSE法はリサイクル品は対象外になるらしいこと。
夜のニュースで記者会見の模様を映していたので、明日の朝刊には載るんじゃないでしょうか。
20日のここのページで建つ三介さんが「24日じゅうに回答があるらしい」とコメントを下さっていたので注目していましたが、なんだかやけにアッサリと決まったようです。
リサイクル家電で用を足そうと考えていたちびた母さんも、これでひと安心。
ビンテージものを除外させたというのが効いたんでしょうか。
お上の言うことにも噛み付いてみるもんですね。

石川県の原発に運転差し止め判決が出たのも驚きでした。
まだ地裁判決で、被告の北陸電力は控訴するそうですから、最終的にはどんな判断が下されるのかわかりません。
でもこの判決が、今後の原子力発電そのものに与える影響は計り知れないものがあるでしょう。原子力に替わるエネルギー、具体的には風力発電所の建設に拍車がかかるのかなと考えましたが、どうでしょうか。
それにしても、三権ってちゃんと独立してるんだ……と感激してしまいました。
私が「東京に原発を!」という本を夢中で読んだのはいつのことだったでしょうか。
チェルノブイリの教訓も警鐘とせず、こんなに危険で未来に禍根を残す発電所が地域振興と引き換えに次々と建てられることに対し、過疎地の必要悪ってものかと嘆いていました。だからこの判決はとても嬉しく思っています。
地震国の日本で原子力発電は、即刻やめてほしいですね。ヒロシマ・ナガサキの経験がある日本でなぜ容認されるのか、腹立たしいです。

偽メール(もうイイヨって感じですが)の仲介者の名前公表にもちょっとびっくり。
ネタ元バラして、今後困らないのかな。タチの悪い陰謀に引っかかった被害者ヅラするつもりかしら。
問題は得意ヅラして公の場で人を罵倒したことにあるんでしょ。問題をすりかえてない?
某人気ブログでは「西澤という名はネットで飛び交っているがそれはガセネタ。本当はFという人物だ」と書かれていた由。真相は薮の中? 黒幕は誰? 口封じはないのか、裏取引は、とミステリー的関心はそそられますが、そんなことやってる場合じゃないのも重大な現実ですね(笑)。

集団で強姦したという京大アメフト部の元部員、23日付けで退学処分になったそうです。判断がけっこう遅いですね、国立だからかな。
4年生もいたと思うんですが、卒業出来ないんでしょうね。

二輪車のETCも今秋から全国展開するとのこと。二輪車はまだだったんですね。高速道路が無料になる日は来ないようで(笑)。
きょうはこんなところです。
posted by dashi at 23:51| Comment(6) | TrackBack(1) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月22日

航空管制官のこと

日航機のニアミスで多くの乗客・乗員がケガをした事件、誤った指示を出した管制官に無罪の判決が出たというニュースは、ずいぶん大きく報じられました。
東京地裁は「管制官の指示は不適切だったが……指示だけではニアミスを招く実質的危険性はなかった」と断じ、事故を予見することは出来なかったとして無罪としました。
操縦した機長は業務上過失傷害で書類送検されたものの不起訴になったということですから、天災と同じように不運な事故だったということでしょうか。
航空機事故なだけに一歩間違うと大惨事、ケガをした人たちにとっては気も収まらないかもしれませんが、管制官や機長個人のせいにするのは酷な気もします。

アンジェリーナ・ジョリーがまだ若いミセスだった頃、夫(ビリー・ボブ・ソーントン)と共演した映画に「狂っちゃいないぜ!」というのがあって、主人公ジョン・キューザックとビリーは管制官の役でした。
ニューヨークにある3つの飛行場を離発着する、一日何千台という飛行機を安全に誘導するのが仕事。
1999年の映画ですからそんなに古くない話ですが、シュミレーションゲームのような画面に刻々と立体的に映し出される機体の印を、重ならないようにてきぱきと指示を飛ばしていく姿は神業に思えました。
集中しないと出来ない非常に緊張する仕事だから、心配事を持つこと、家庭(とくに夫婦仲)に問題を抱えるのはタブーということです。
映画だから実態とはかけ離れているでしょうし、日本の空港がそれほど混み合っているとは思えませんが、管制官は大変だなあと驚きました。

それにしても、管制官のミスがすぐ事故に直結するようなら、管制官も人の子である以上、事故はひんぱんに起こるに違いありません。だからそこはちゃんと操縦室に、管制官の間違った指示を修正するようなプログラムも備えてあるようです。
飛行機自体、精巧なロボットのようなものですね。
管制官の指示が間違った(機体を間違えたというのですから、信じられないあきれたミスに思えますが)だけでは事故にならないという今回の判決、少し安心出来たニュースでした。
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2006年03月20日

PSE法のこと

「まだやってる! そんなことよりもっと他に考えることがあるでしょ!」
きのうの昼間、ノーテンキな娘が珍しく怒っているのに、深く同意した私でした。
民主党が新聞に出した謝罪広告が目立たない場所にあり、自分は気がつかなかったとコメンテーターがぼやいていました。その広告費はいくらぐらいで、折半するとかどうとか。
今朝はまた、永田議員に辞職を促すとかしないとか。
いったいいつまで醜態をさらす気なんでしょうか、民主党。調整役として担ぎ出された人物、本当に役にふさわしい人物なんでしょうか。
党に何人もいるはずの、海千山千じゃなかった、錚々たるメンバーはいったい何を考えているのでしょうか。もしかして未熟な若手勢力を一掃するための陰謀かと勘ぐりたくなります。

で、娘にとって「いま一番に考えてほしいこと」は、PSE法(電気用品安全法)とのこと。
気に入っている雑貨店が、アンティークのランプといった雑貨の販売が出来なくなる、とネットで告知していたそうです。自分が買うものではないにしても、そういう自由が奪われることに娘なりに疑問を持ったようでした。
ところでPSEって何の略だろう、と調べてみたら思いのほか手こずりました。
担当省庁のHPでも意見広告でも見あたらず、2ちゃんねるに迷いこんでやっと見つかりました。Product Safety Electrical Appliance&Materialsの初めの3語の頭文字のようです。文字通り「電気用品安全法」なのでしょうが、略語を使うなら説明の最初に入れるべきではないのかな。
PSEって聞いたらまず「何の略だろう?」と考えるのは、ごく普通の反応だと思います。あまり親切とは言えない広報の仕方だな、と思った次第。

ビンテージものの楽器、素材の売買が出来なくなると抗議活動をした人たちの意見が通って、ビンテージものは規制の対象外となったようです。では、全く無名の人が同じ数の署名を集めて抗議活動をしたら、他のものも規制からはずしてもらえるんでしょうか。
ビンテージかそうじゃないか、誰がどこで決定するんでしょうか。
不要になったものを個人的に人に譲るのは(ネットオークション含む)規制の対象外だけど、大量だったり商売だとダメらしいです。
なんだか、かなりいいかげんで「口利き」や「利にさといホリエモンのような人」が幅を利かせそうな気がします。
パチンコの景品交換所的法の抜け穴を連想してしまった私でした。

ビンテージには縁のない貧乏人はリサイクルショップで中古家電を買えなくなるんですよね。PSEマークをつけたら売れるそうだけど、コストがかかってペイしないから中古家電売買は商売として成り立たなくなるでしょう。
私がたまに立ち寄っていたリサイクルショップには、パーツをとるためのジャンク品と称してタダみたいなのを売ってましたが、組み立てや修理が好きな人は趣味を奪われるのでしょうか。
そのショップが昨年閉店したのもPSE法のせいだったのかなあと思ったりしています。

100円ショップで売っているものに代表されるような、廉価で安全性に問題があるようなものが流入している現実はあると思います。何年前だったか、クリスマスのオーナメントの電球から発火したという事故もあったと記憶しています。
だから、政府が安全とお墨付きを与えたもの以外の流通を禁止したら、漏電や火災、不良品のクレームといったトラブルは減るかもしれませんね。
でもそれは売る側に都合のいい論理で、リサイクルで助かっている庶民層には迷惑な規制であることも確か。中古のミシンやアイロンを愛用している私も思いは複雑です。



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2006年03月16日

喫煙という習慣

きょう遠くのファミレスに行ったら、禁煙席はガラガラで喫煙席が満席。
逆のことはよくあるのできょうの店だけたまたまなのかもしれませんが、喫煙者ってこんなに多いんだ、とちょっと驚きました。一人でも喫煙者がいるとみんなで喫煙席に行くのが通例なんでしょうか。
「喫煙席はいつ空くかわからない」と言われて、しぶしぶという感じで禁煙席にやって来た赤ちゃん連れの家族には、そりゃあ違うんじゃないの〜と言いたくなりました。

喫煙する自由は誰にもあると思います。
肺ガンになって苦しむにしてもそれは個人の勝手。
下のサイトでは、非喫煙者、喫煙者、その長期にわたる人の肺の写真を見ることが出来ます。
http://user.shikoku.ne.jp/kaohashi/lung.html
タバコを吸う習慣がいかに恐ろしい結果になるか一目瞭然ですが、喫煙する人はもちろんそんなことは承知の上でのことでしょう。

自分だけ吸うのは自由。でも副流煙で会社の同僚や家族を同じ危険にあわせるのは、それは刃物を持って斬りかかったり毒を無理強いして飲ませるのと、変わりない行為だと思います。
低年齢で喫煙を始めた人間は、肺ガンの罹患率が高まります。20歳でタバコを吸い始めた人は30歳以上で始めた人の、4倍の確率で肺ガンにかかるそうです。
若い肺は感受性も強いのでしょう。
だとすると、赤ちゃん連れで喫煙席に行くというのは、ガス室に連れて行くようなものじゃないでしょうか。虐待の最たるものだと思います。

喫煙者の母親のへその緒はとても細くて胎児も弱い(奇形や流産も多い)、とは聞いていましたが、他にも恐ろしい影響があることをこのサイトで改めて知りました。
http://www2u.biglobe.ne.jp/〜MCFW-jm/tobacco1x.htm
喫煙は乳幼児突然死症候群(SIDS)の危険因子として知られ、胎児への血流障害を起こすことにより低体重児、結果的に脳や身体に問題を残すことがあるという話。
昔、知的障害児のお母さんが
「タバコなんか吸うからそんな子が生まれた、と言われるのが一番腹が立つ」
と言いながらタバコをふかしていたのに同席したことがありますが、まったく根拠のない言いがかりとは言えなさそうですね。
ただ、タバコもアルコールも全く無縁な私にも生まれたぐらいですから、喫煙は障害児誕生の十分条件には成り得ても必要条件ではないようです。

私の祖父は喫煙者でした。フィルターもない両切りタバコを好み、煙管のヤニの匂いは幼い私には馴染みのあるものでした。
本数は少なく、家では食事のあとや寝る前など、くつろいだ時に吸う程度でした。それでも肺は真っ黒だったと思いますが、祖父はずっと元気で、平均寿命よりだいぶ長生きしました。
祖父はたまたま頑健な肉体に恵まれ、空気のきれいな田舎に住んでいました。タバコが命取りにならなかったのはそういう幸運からだと思います。
この祖父が晩年に健康診断で肺に影があると言われたとき、すぱっと禁煙したと聞いた時は驚きました。60年続いた習慣でも断ち切れるのかと。

ところで、庶民に買えないくらい高いものだったら祖父もタバコを吸わなかったと思います。法に違反するならゼッタイ吸わなかったでしょう。
シックス・デイという映画を見ていたら、(数日前に)タバコを吸ったのがバレたかしらと怯えるシーンがあり(タバコが非合法化された近未来が舞台)、うちでは大受けでした。
私にとってタバコは、喉頭ガンや肺ガンばかりでなく他の内臓疾患を招き、骨がもろくなる(骨折しやすい)、老化が進むなど、法的規制を受けても不思議ないくらいの、即効性のない毒薬に思えます。

政府が医療費を安く上げようと思うなら、診療報酬をいじるといった小手先の、医療関係者がげんなりするようなやり方ではなく、社会的に喫煙の習慣を断つ方向に進めることが、ずっと効果的ではないでしょうか。病人(とその予備軍)は劇的に減ると思います。
喉頭ガンで声帯を失ったコロムビア・ライトさんが食道発声法で「タバコ、だめ」と訴えるCM、あれは衝撃的でした。あれでタバコをやめた(やめさせられた)人も少なくないのでは。
親がタバコを吸わなければ赤ちゃんが誤飲する事故はなくなる。長崎の認知症高齢者のグループホームの火災だって、喫煙者がいなかったら起こらなかったと思います。
それでもタバコを吸いたい人は、密閉された空間で自分だけで吸って下さい。
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2006年03月13日

9割の民意

厚木基地から米空母艦載機の移転について、受け入れ先となる岩国市の住民投票(投票率58%)で9割の住民が反対投票。
投票率が半数を切ったら無効になることになっていたとかで、岩国市の井原市長は「住民の意思が示せた」と喜んでいるそうです。
市長はかねてから
「反対多数なら国に計画撤回を求める」
と明言していたそうで(これに懐疑的な見方をする人もあるようですが)、一票を投じた市民は計画撤回を願って投票所に足を運んだのだと思います。

ところがこれだけ明確な住民の意思が示されたにもかかわらず、小泉首相は
「基地はどこでも住民投票をすれば反対でしょうね。そこが安全保障の難しいところです」
とあっさり流し、今月中に日米間で米軍再編の最終報告を取りまとめる方針については「変わりがない」と明言したそうです。
また安倍晋三官房長官も記者会見で同様のことを述べ、毎日新聞によれば、
「住民投票に否定だった方々は投票していない。新しい岩国市が(20日に)誕生するが、(合併相手の)周辺町村はこの住民投票に疑問を持っている方々が多いと聞いている」
と述べ、住民投票そのものに疑問を呈したそうです。

9割の民意が誰にもわかるような形で明らかにされた投票結果に対して、あまりにも失礼な言い方ではないでしょうか。
民意って9割の意思でもあっさり無視されるほど軽いものなんでしょうか。
反対の意思表示をした43,433人の声をハナから聞く耳を持たないのではないかと言いたくなります。住民投票の結果なんてまるきり「歯牙にかけていない」。
住民に対してはとって付けたように「今後とも誠意をもって説得していく」方針だそうで、つまりは「反対してるのはわかってるけど、仕方ないから、ひたすらなだめる」のでしょう。それなりの「見返り」を用意して駆け引きするということなのかと思います。


基地の街の住民がいくらイヤでも、国内の米軍基地を即刻なくしてしまうのは現実的には無理な話。いけにえ、犠牲、って言葉がちらつきます。
「はいはい、アンタたちの言い分はわかったよ。でも相手が相手だから仕方ないんだよ、いい子だからコレで我慢してね」
と何かを差し出されて、軽くあしらわれる住民の無念さ、怒りが目に見えるようです。
政府としては最終的に「方針を変えない」にしても、それはまず住民を納得させる「誠意ある話し合い」を重ねてからのことだと思います。
市長も43,433人の意思を代表して、頑張って(計画撤回の)交渉してほしいものです。せっかくの民意表明を無駄にしないで下さい。
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2006年03月11日

「中国人妻」の犯罪

滋賀県の園児二人惨殺の記憶も消えないうちに、今度は荒木虎美も真っ青の毒婦登場です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060311-00000007-mai-soci
今回は糖尿病ではない夫にインシュリンを大量投与、低血糖による脳障害を起こさせたという殺人未遂(平成16年春。保険金目当てらしい)ですが、千葉県警は、夫に熱湯をかけて大やけどを負わせた事件(平成15年)と、別棟に住んでいた義父母の殺人放火事件(平成7年末)についても立件するつもりのようです。勝算があると見越してのことでしょう。
約2年も前の犯罪で逮捕ですから、慎重な地道な捜査が続けられていたのかなと思います。証拠固めに時間がかかったのでしょうか。
長い間、あの女が犯人と確信しながらも手を出せないでいた親族は、さぞかし胸のつかえが下りたことでしょうね。

それにしても、「中国人妻の犯罪」という報道には違和感を覚えた私です。
この逮捕された女性は中国・上海(注:黒竜江省に訂正します。3月15日追記)の出身で、平成5年に農家の嫁不足解消のために訪中した男性とお見合いして平成6年9月に日本で結婚。15年4月には日本国籍を取得したそうです。
つまり今は正真正銘の「日本人」です。
二人の息子は中国にいる(この事情はわかりませんが)そうですから、子どもも生んで育て、平凡な日本人主婦として生きて来たのだと思います。日本語も上手く、挨拶もちゃんとして近所の人とも普通に付き合い、美人の奥さんと言われていたそうです。
ことさらに「中国人妻」と呼ぶのは不適切と思うのですが、どうでしょうか。

このニュースの第一報ではもと中国人ということがわからなかったのか、現在の名前だけで報道したところもありました。でも詳細が判明するにつれ、中国からお見合いでやって来た「中国人」であることが強調されているようです。
まだ20そこそこで日本の農村に嫁いで来た時には、悲壮な決意で海を渡ったことでしょう。一生懸命働いて中国の家族に送金しようとか、そういったことを考えていたかもしれません。
彼女が変質したとしたら、それは彼女が「中国人妻」だったからではなく、日本の社会がそうさせたのだと思います。

この事件は日本の農村の嫁不足の問題とか、中国の貧しい農村の実態とか、そこに付け込んで介在する結婚斡旋ブローカーの存在(自治体が好意でやってくれる場合もありますね)とか、インシュリンを提供して殺人を指南した日本人(夫が糖尿病だった)とか、犯罪を生んだ背景には考えさせられることが多いと思いました。
犯罪に走るまでは真面目に努めて「日本人になろうと」苦労して来たであろう容疑者にいったい何があったのか、年齢差も影響したのかと思ったりします。
(本人はまだ33歳、意識不明で入院中の夫は54歳です)
保険金でまとまった金を手にしたら、息子たちのいる中国に凱旋(?)して人生やり直すつもりだったのかもしれませんね。

私の近所には、タイからお嫁に来た人が住んでいます。もう長いので日本語も不自由なく、子どもたちも本人も外見からはわからないし、よく働いて姑さんとも仲良く暮らしています。
ここまで来るには人には言えない辛いこともたくさんあっただろうな、私も頑張らなくちゃと、彼女を見かける度に励まされます。
日本の社会にとけ込んで幸せに暮らしている「もと外国人」の妻も日本にはたくさん住んでいるのですから、その人たちが不本意な差別を受けることがないように、と願っています。
posted by dashi at 18:05| Comment(8) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月09日

しつけ、叱責

電車やバスの中で、幼児が靴をはいたまま座席に立つことがあります。
ひどい子はそこで飛び跳ねたり歩き回ったりもします。
靴ぐらいちゃんと脱がせろよ、そこをしつけるのがアンタの仕事だろ、って知らん顔の親に腹が立ちますが、きちんと脱がせる人を見るとオオッと思うくらい見慣れた風景になってしまいました。
もう10年も前になるでしょうか、若いお母さんに
「あの、靴ぐらい脱がせたらどうですか」
と出来るだけ優しく声をかけたことがあります。
すみません、と素直に靴を脱がせた(と思った)この母親、降りる時になったら隣の車両に移っていた私のところにわざわざやって来て、何か口汚い捨て台詞を吐いて行きました。
その時の不愉快さを思い出すと、なかなか注意出来ないでいます。

それにしても、座席に立つ時に靴を脱ぐことも教えられないで育った子は、学校の教室で座って授業を受けられるのでしょうか。
嫌いな給食が出て来たら何の抵抗もなく残飯入れに入れるのでしょうか。
先生に叱られて登校拒否になったら、先生は学校に出てくれと頭を下げに来るんでしょうか。
しつけって誰がするんでしょうね……。
有名小学校の制服を来た子どもたちが、とても行儀が悪かったりします。
勉強が出来ることよりも大切なことがあるんじゃないの、障害児じゃないんならわかるでしょ、と思いつつ、これもあまりにうるさい時ぐらいしか注意出来ないでいます。

学校に行け、と父親にきつく叱られた中学生(兄)が自分の部屋に放火。
生後2ヶ月の赤ちゃんが死亡し両親が重傷というきょうのニュースには、わが子を叱ってもいけないのかと呆然としてしまいました。
父親は再婚で赤ちゃんは義母の子らしいので、そういう複雑な家庭の事情も背景にあるようです。
父親は新しい妻の手前もあり息子にはちゃんとしてほしかったでしょう。
(学校に行かない子に、行けと叱るのはごく当然の反応だと思います)
息子は父親に向かって行く勇気はなくて放火したのかもしれませんね。まさかそんな大きな火事になるとは本人も思わなかったでしょうが、悲惨な結果になりました。
類焼はなくても放水で被害を受けた家はあるのでしょうか。同じマンションの住人はさぞかし不安な夜を過ごしたことでしょう。
きのうよりぐっと冷え込んだ今日、さらに冷え冷えとさせられたニュースでした。

posted by dashi at 21:38| Comment(5) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月08日

帝王切開の話

帝王切開のミスで患者を死なせた医師が逮捕されたというニュースを、2月に聞きました。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20060218ik06.htm
こういうトラブルはたまにあって訴えられるし、肉体的にもとてもハードな仕事ので、嫌気がさして産婦人科を希望する医師が少ないとも聞きます。
きょう朝日新聞でこの事件の詳細を知り、亡くなった女性(当時29歳)やその遺族の無念さに胸が痛みました。
でも医師は母親も子どもも救おうとベストを尽くしたのではなかったのでしょうか。逮捕されたのは、届けを出さないで隠蔽しようとしたからなのかもしれませんね。

私にとってこの事件は人ごとではありません。私が緊急の帝王切開で長女を出産した時、夫は死ぬほど心配したそうです。

夫はその夜夜勤のため不在で、私は一人でした。
予定日よりだいぶ過ぎても胎児が降りる気配がなかったので、少し歩き回った方がいいだろうと言われました。それで前の日に夫が仕事に行く前に水族館に連れ出してくれました。キッシングラミーという名の熱帯魚に、ユーモラスな命名だねと笑ったりしたものです。夕方から夫は仕事に行きました。
一晩中鈍い腰の痛みでよく眠れず、朝になって田舎の母に電話してみました。痛みがだんだん増して来るような感覚ではなく、鈍痛が続く感じです。
すると話を聞いた母(6人出産しています)が、それは陣痛かもしれないからすぐ病院に行くように言いました。

同じ公団住宅(借り上げ社宅)の他の階に夫の同僚夫妻が住んでいて、奥さんのAさんとは親しくさせていただいていたので、電話してみました。よく覚えてないのですが、一人で行く体力がなかったのじゃないかと思います。
夫は仕事で外に出ていて、何故かつかまりませんでした。ポケットベルはあったはずですが、携帯電話などはまだない時代のことです。
あの時はどこに行ってたの、会社の人もずいぶん探してくれたのよ、とあとで聞いても怒ったように「仕事だ」としか言わなかったので、何か人には言えないことをしていたのかもしれませんね(笑)。


Aさんはまだ朝食もとっていなかった私に、ありあわせのふろふき大根を出して食べさせてくれました。さっぱりしてとてもおいしかったのを覚えています。
そしてAさんがタクシーを呼んで付き添ってくれ、入院となりました。そのあと夫の上司の奥様もやって来て、腰をさすったりして下さいました。
陣痛促進剤の点滴もしたと思うのですが、微弱陣痛が続くのみで子宮口が開かず、分娩台でさんざんいきんだりもした挙げ句、胎児の心音が弱まって母子ともに危険ということで急遽帝王切開を受けることになりました。

手術を受けるには家族の承諾書が必要ということで、やっとつかまった夫が到着するまで待たされました。出産時刻が夜中の11時半ぐらいでしたから、丸一日うなっていたことになります。
私は意識が朦朧としていて、手術前は途切れ途切れの記憶しかありません。
綾織りのジャケットを着た快活な足取りの男性が近寄って来て、「すぐラクにしてあげますよ」と声をかけてくれました。
病院が小さい個人病院だったので、手術の応援に呼ばれたお医者さまだったのだと思います。うなずく元気があったかどうか覚えていません。
麻酔用のマスクが顔にかかって、あっという間に深い眠りに落ちたと思います。

死後の世界を彷彿とさせる、気味の悪い湿気たジャングルの中をさまよっていました。生物の気配がない無彩色の世界で(周囲に垂れ下がっているのも黒っぽい昆布のような物体です)全く音がありません。
不安で淋しくて泣きたい気持ちで夢中で歩いているうち、ぽかっと意識が戻り、周囲の声がはっきりと聞き取れました。
看護師さんが二人、呑気にストッキングの話をして笑っています。手術具を片付けていたのか、カチャカチャと金属の触れ合う音がしていました。
生還、というのを実感しました。あの世界からこっちに戻れて、涙が出るくらい嬉しかった。

夫の声がしました、看護師さんと何か話しています。まだ意識が戻らないと心配そうに言っているので、戻ってるよ、と伝えたくてたまりませんでした。
でも目が開かないのです。身体が動かず、ただほんの少しまぶたをひくつかせることが出来ました。
まぶたが動いた、とささやきあっています。私はちゃんと生きてるよと意思表示出来、ホッとしてまた意識をなくしてしまいました。

私は手術が無事に終わり、そのあとの二人も帝王切開で授かることが出来ました。子宮壁が薄くなっていて子宮破裂の危険があったとあとで言われたり、癒着がひどかったりなどいろいろありましたが、手術が出来ない時代や地方に生まれなかった幸運に感謝しながら生きています。
一時、自宅出産がブームに近い時がありましたが、私の娘がやりたいと言ったらたぶん賛成出来ないでしょう。出産はやはり命がけの難事業だと思います、それなりの人的環境や設備の整った場所で、安全に生んでほしいものです。
そのためにも、病院や医師には万全を期してほしいし、産科医師のやる気をなくすような対応はマスコミにも行政にも、しないでほしいと思います。



posted by dashi at 23:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月06日

It’s now or never

It’s now or never
慣れない英語のタイトルにしてみました(スペル間違ってないかな? 笑)
簡潔でなかなかいい表現ですよね。今こそその時だ、今じゃなきゃその日は永遠に来ないんだ……って、そんな感じでしょうか。
(何かの映画で、主人公を励ますセリフとして聞いた記憶があります。)
これはC型肝炎患者で、国と制約会社を相手取った薬害訴訟の原告になっている女性が出した、自伝の書名です。著者の福田衣里子さんは「今しかない」と訳をつけています。

福田さんは長崎市在住の25歳。
高校時代は空手部、大学に入ってからはヨーロッパ3ヶ月の一人旅もするような活発な女性だったようです。
20歳の時に受けた検査でC型肝炎であるとわかり、生まれた直後に投与された血液製剤クリスマシンがその感染源であると判明したことから、国と製薬会社に損害賠償を求めた「薬害肝炎九州訴訟」原告の一人です。

肝炎患者には根強い偏見があるため、実名を公表するのをためらう原告が大半の中、
「私は運良く肝炎と知ったから適切な治療を受けることが出来た。感染に気付かないでいる人が検査を受けるきっかけになれば」
と実名公表や自伝の出版に踏み切った勇気ある女性のようです。

闘病中の彼女は体力がないため、夢だったパン屋さんになるのはあきらめました。22歳の頃から始めた投薬治療では、ひどい副作用にとても苦しんだようです。
今は「薬害という言葉をなくすのが私の仕事」と、地元長崎の医大生らの支援を受けながら、被害を語る活動を続けているそうです。
「It’s now or never」は、日記やアルバムを基に書き上げ、この裁判が結審する22日に書肆侃々房(092-735-2802)から出版、全国の主要書店でも販売されるとのことです。

菅さんが厚生大臣(当時)に就任したころにはあれほど世間を騒がせた薬害問題も(あれは薬害エイズでしたが)、今は世間の関心も薄れて、マスコミの話題に乗ることも少なくなりました。でも苦しんでいる人は今もたくさんいるのですから、警鐘は鳴らし続けてほしいものです。
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2006年03月05日

マッサージ師の話

人間なにか取り柄はあるもので、私の場合はマッサージです。
ちゃんと習ったことは一度もなくて、幼い頃母のお供で行ったあんまさんの見よう見まねというところですが、才能があるらしく、たいていの人には喜んでもらえます。
訪問ヘルパーの仕事に行き、肩が痛いと言う相手にちょっともんであげたら、ぽかぽかして気持ちがいい、ラクになったととても喜ばれました。
私としたらどうせなら相手に喜ばれる仕事をして対価をいただきたいところですが、マッサージはヘルパーの仕事としては認められていません。それだけでなく、そういう行為をすること自体、法に触れるようです。

医師か「あんまマッサージ指圧師、はり師、きゅう師(以下、業界でも一般的に用いられている、あはき師という略称を使うことにします)」のいずれか以外の者が、「あんま、マッサージ、指圧、はり、きゅう」を反復継続の意志をもって施術を行うと、30万円以下の罰金に処することになっているのを、みなさんご存知でしょうか。
あんまやマッサージは医療類似行為と見なされるので、あはき師の国家資格の免許を持たないとやってはいけないことになっています。
これは「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」の第一条に規定されています。

横浜市で、無資格のマッサージ師を健康ランド等に派遣して荒稼ぎしていた業界大手の「エーワン」という会社が04年に摘発を受けました。
正規のマッサージ師資格を持っている会長と社長の二人が、養成学校を作って一ヶ月の受講でにわかマッサージ師を粗製乱造。中国人学生ら520人を派遣してマッサージさせていたそうです。
「うちは従来のマッサージとは違う。やっているのはマッサージではない」
と言われると摘発は難しく
(今回も「うちでやっていたのはボディケアでマッサージではない」と容疑を否認)、
実質野放し状態だったので、この摘発はとても珍しいことでした。

エーワンの場合は県警が厚生労働省に照会してマッサージの定義を「体重をかけ、対象者が痛みを感じる強さで行う行為」と回答を受け、(マッサージではない、という言い訳が通用せず、あはき師法違反は明らか)摘発に踏み切ったということのようです。
なにしろ、
★ あばら骨にひびが入った
★ 首が動かなくなった
★ 気分が悪くなった
★ 痛みが残った
……など多くの苦情が寄せられていたようですから、あはき師法、医師法違反のみならず傷害事件としても立件に自信を持ったということなのかもしれません。
なお現在は従来よりもあはき法の適用が厳しくなり、相手の身体に触れて施術するものはすべて摘発の対象(可能なだけ)になるようです。

エーワン側は「健康ブームで需要があり、免許がある者だけでは追いつかなかった」と供述しているということです。
たしかにマッサージはファンが多いようです。
英国式リフレクソロジー、タイ式マッサージ、カイロプラスティック、整体師。
街角のサロンで、温泉宿で見かけて試し、いい気持ちになったことのある人もいらっしゃるかもしれません。
若い人のみならず主婦層にも、学校に通ってリフレクソロジーの資格をとって、いずれは自分のサロン経営をと夢みる人も少なくないようです。そういう夢に付け込んだ詐欺まがいの学校もたくさんあるようですね。

私は、「さする程度にして下さいね」とケアマネージャーから言われながらコソコソするのではなくて、マッサージの出来るヘルパーとして堂々と働く道はないかと考えました。
マッサージ師の資格を取れたら問題ないはずです。
国家資格であるあはき師はどうかと調べてみましたら、3年間も専門の学校に通わないといけないんですね。学費はなんと400万もかかります。盲学校の養成コースだともっと安くなるのでしょうか。
(あはき師というと視覚障害者の重要な進路という印象ですが、今年のケアマネージャー試験には529人もの合格者が出たそうですから、今は晴眼者も増えているのだと思います。)

鍼や灸はいいからマッサージだけ、という選択は出来ないようです。
あはき師の教育を受ける人は、解剖学や生理学、マッサージの実習などを学び、看護師と同じ程度の医療知識を得るそうです。
だから最低限「マッサージをしてはいけない禁忌や不適応症」に関する医学知識があり、身体の出すサインに気付いて、どういった反応があった時にはマッサージではなく医者に委ねるべきかといった、ある程度の判断がつく。
そこが有資格者と無資格者の最大の差だそうです。
短期間の促成マッサージ師では無理な話ですね。

あはき師は諦めることとして、リフレクソロジーの資料を取り寄せてみました。
公的な資格とは言えないにしろ、足や手のマッサージなら気持ちいいだろうし、相手に命の危険はないと思ってのことです。
学校はたくさんあるようで、ネットで資料請求したら翌日にはどっと資料が届き、電話もかかって来たのには驚きました。
通信教育で勉強してもらい、短期間の講習に通うというのは、私が受けたお粗末なヘルパー講習とそっくりです。
週2回学校に通う方は、趣味として楽しくやるのは悪くないと思いました。技術があると少なくとも家族には喜んでもらえると思います。私は学校が遠くて通いきれないのと、案外高い学費であっさり断念しました。

知り合いの高齢者は、デイケアで行った先でマッサージをしてもらったら(病院を回っている有資格者)、これが痛くてたまらない。
「骨が折れるわ」と訴えたら「折れませんよ」と言いながら続けたそうです。
この高齢者はあまりの痛さに「もういいわ」と言ってやめてもらったそうですが、帰宅してからもずっと痛かったとか。
この人はパーキンソン病らしいので、リハビリを兼ねたマッサージは痛みを伴うのかもしれませんが、痛いだけの人は他にもいたそうです。
プロのマッサージが厚生労働省の見解通りに「体重をかけ、対象者が痛みを感じる強さで行う行為」だとすれば、当然なのかもしれません。

ある程度の医学知識と、禁忌事項と不適切な対応とはどういうものかだけしっかり教えてもらって、「体重をかけず痛みを感じない」マッサージ技術をみっちり仕込んだヘルパーを安い費用で養成してもらえれば、これからの高齢者社会にマッチすると思うのですが、いかがでしょうか。
posted by dashi at 17:01| Comment(9) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月28日

車椅子の市長を見て

トリノオリンピックにはあまり興味がわかず、
「たった一個が金メダルでよかったね〜、めでたしめでたし」
程度の感想しか持たなかった私ですが、閉会式の映像でちらっと見かけた車椅子の人は気になっていました。
きょう新聞の記事で、それが次回冬季五輪の開催地バンクーバーの市長サム・サリバン氏46歳だと知りました。
市長とバンクーバー市について少し検索してみたところ、なかなか興味深い事情を知ったのでご紹介したいと思います。

まず、バンクーバーは身体障害者にとてもやさしい街だそうです。バリアフリー化が進んでおり、街でも車椅子の人をよく見かけるとか。
市長は19歳のときスキーの事故で四肢に障害を負いましたが、障害者の自立を支援するNPO法人を次々と立ち上げるなど実績を重ねて来ました。
93年から市会議員を務めていたそうなので、政治家としてはキャリアがあるようです。
それでも、投票の結果で市長に選ばれたのには、障害があっても働きやすい環境の街であったことも大きいのではないかと思いました。

バンクーバーは市内だけに限ると人口50万。そのうち半分が中国系ということです。また外の町からやって来た住民が半数を占めるそうです。
それを意識してかどうか、市長は流暢な中国語(広東語)にイタリア語、フランス語をあやつり、トリノから中国語で発信もしていたそうです。
また、今はインドのパンシャブ語を特訓中とのこと。
障害者と異文化への理解という点では、とても期待の持てる市長のようです。
ただ昨秋就任したばかりの市長の任期は08年まで。オリンピック開催時に現役であるかどうかは、神のみぞ知るですね。

先ごろ東横インのお騒がせ社長のおかげで、ハートビル法なるものが脚光を浴びたりしましたが、日本ではバリアフリーはまだまだ。障害者への理解度も低いと思います。
東横インならずとも、決まっているから仕方なく設置しているけど、車椅子用の駐車場は(スペースを取るし、いい場所だし)出来ればなくしたい、(設備投資などに金がかかる)障害者の雇用もしたくないと思っている企業は少なくないでしょう。
(障害者雇用、今は義務づけられています。従業員数56人以上の企業は1.8%)
経済効率から言ったら仕方ないのかもしれませんが、行政側が無理強いしないとバリアフリーが進まない社会というのも寂しいですね。
やはり、根本的に意識変革に取り組むしかないと思います。

毎日車椅子の人を見かけて、障害者がいることが当たり前の社会に育った子供は、障害があることを特別なこととは思わなくなるのではないでしょうか。そういう子供が成長したら、偏見や差別意識のない大人になると思います。
「おかあさんといっしょ」を見かける度に思うのですが、お兄さんやお姉さんと一緒にはしゃいでいる子供たちの中に、車椅子の子やダウン症の子も、自然な感じに混ぜてもらえないでしょうか。
「セサミ・ストリート」には出てると聞きます。
日本ではまだ、車椅子の人は特別扱いですよね。車椅子の政治家はほとんどいませんが(私が知っているのは一人だけ)、もっと増えてもいいと思います。

昔私の母が九州の田舎から上京した時に、東京は車椅子の人が多いと驚いていました。
人口比にそれほど差があるとは思えないので、田舎より東京に住んでいる人の方が、車椅子で出かけられる環境が整っているということだと思います。
バリアフリーがもっと進んで、人の手を借りないで電車やバスに乗れて、特定の店じゃなくてもラクに出入り出来るようになったら、街に出られる人も増えることでしょう。
障害者だけではなく、足元がおぼつかなくなった高齢者に対しても、特別なことじゃなくてごく自然に手を貸せる、そういう社会が理想だと思います。
posted by dashi at 21:34| Comment(8) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月26日

ぬれぎぬ

次女はイヤなことがあっても、
「そこに至るまでの事情を説明するのが面倒くさい」
「イヤなことを口にすると、またそのイヤなことを思い出す」
という理由から(だと思います)、めったに話してくれませんでした。私が自閉症の弟の世話で手いっぱいとあきらめる気持ちもあったかもしれません。
小学生の頃、家を出て間もなく、学校に行きたくないと泣いて帰って来たことがありました。はっきりした理由は聞き出せませんでしたが、珍しいことながらも、あとを引かなかったのでそのままでした。

卒業したあとになって初めて知りました、次女がとんでもない担任に心を痛めていたということを。
その担任は(先生と呼びたくない気分です)、子供たちをえこひいきし、平気で子供を疑い、濡れ衣を着せる人物だったらしいのです。
娘はどっちかと言うとえこひいきをされる側で、直接被害を受けることはなかったようです。でも担任の言動をおかしいと思い、子供同士では少しは話題にも乗せ、イヤ〜な気分でいたようです。
イジメを苦にして自殺、というニュース報道を見ているとき、以前クラスであったことを話してくれました。

Aくんの机の中にあったノートにひどいイタズラ書きがあってAくんが泣いた。周囲の子はどうして泣いてるの、とAくんに訊ねました。
娘が通っていたのは閑静な住宅街の中にある落ち着いた雰囲気の学校で、子供たちも比較的おっとりしていて校内暴力などとは無縁のところでした。
泣く子がいたらみんなで心配してくれるような、温かい雰囲気の学校だったと思います。
(それでも長女はいじめられましたけど……。それは別として)

担任は「誰がやったの!」と怒り出したそうです。
その担任は同じぐらいの子供のいるお母さん教師でした。家庭訪問で会ったときそんな話をした記憶があります。
自分の受け持ちの子が、たちの悪いイタズラをしたことに逆上したのでしょうし、小学校高学年にもなって人前でメソメソ泣く子にも苛立ったのかもしれません。自分の子とオーバーラップして思うところがあったのかもしれません。
とにかく「やった子は正直に言いなさい!」と怒り狂いました。
そして、自首する子がいないことにキレ、一番前にいた子に、
「あんたがやったんでしょう!」と決めつけたそうです。

当然その子は「ボクじゃない」と抗議します。担任は意地になって何か言う。子供は言い返す。聞き入れられない。しまいにはその子は教室を飛び出して帰ってしまい(自宅は学校のすぐ近くでした)、周りにいた女の子たちは泣き出してしまったとか。
娘は白けた気分で傍観していて、泣きはしなかったけど、担任への不信感を募らせたようでした。
濡れ衣を着せられたという子は、幼稚園が一緒だったので私も知っている子でした。物怖じしないではきはきとものを言う、よく陽に焼けて健康そうな、賢そうな子でした。

そしてそのまま大きくなったようで、正義感が強く、その担任の行動に何か言うようなことが前にもあったようです。私立の名門中学に進学したそうですから成績も良かったのでしょう。
その子がイタズラをするような子じゃないというのは、みんな思ったようです。
担任も、引っ込みがつかなくて意地になっただけで、濡れ衣なのはわかっていたのではないでしょうか。ふだんから眼の上のたんこぶ的存在だったので、むきになったのかもしれません。

問題があるのは担任の方だというのは子供たちもよくわかっていました。
濡れ衣着せられた子がそのあと学校を休んでしまって、ほかの子供から話を聞いた保護者たちが学校に抗議したらしいということも、娘の口から聞くまで私は知りませんでした。
どうしても息子優先で、娘たちの学校のこと(当事者ではないからなおさら)は後回しになっていたことは否定できません。


それにしても「あんたがやったんでしょう!」と決めつけられた子が、正義感の強い優等生ではなくて、いかにもやりそうな子だったらどうなっていたでしょうか。
濡れ衣と思ってもらえなかったかもしれませんね。
民主党のメール騒ぎの報道に、もうだいぶ前のことになるこの事件を思い出しました。

どんなに疑わしくても確固たる証拠がなければ、たとえ殺人事件でも容疑者を有罪にすることは出来ません。(疑惑の銃弾、の三浦和義氏がその典型)
別件で逮捕して自供を引き出そうとしても、頑として否認されたら、責めを負うのは<罪のない人間>を逮捕した警察の方です。
状況証拠からほぼ犯人と間違いなく思われても、物証を用意しなければ裁判で負けます。詰めが甘いのは許されません。

今回の騒ぎは、たとえ本当はそういう事実があったにしろ、言いがかりとしか思えないですね。
ガセかどうかは別として、情報に軽率に飛びついたのはいただけません。相手が政治家でなくその身内(一般人)であることも、慎重にことを運ばなければならない要素だったと思います。
真偽を疑われるようなメールのコピーを証拠物件にしようというのは、「あんたがやったんでしょう!」と決めつけ、濡れ衣を着せる行為と差はないように思います。
前原代表は責任を取らないわけにはいかないんじゃないでしょうか。
posted by dashi at 16:06| Comment(14) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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