2007年10月24日

ずる

少年事件の供述調書を漏洩した医師が逮捕された事件で、朝日新聞社などは強く抗議しています。
(逮捕までする必要はない、これは「見せしめ」だ、という主張には一理あります)
この抗議する姿勢に対して、長年朝日を購読している私はなんとも不愉快な思いをしているのですが、それが何故か考えました。
週刊朝日11月2日号を買って<「取材源」逮捕で始まる「言論封殺」>なる記事も読んでみました。
江川紹子さんのコメントがありました。これは彼女のブログから編集に都合のいい部分だけを切り貼りしたに違いない、と私は思いましたが、違うでしょうか。
江川さんのブログ:http://www.egawashoko.com/c006/000239.html
週刊朝日の記事もまず結論ありき、牽強付会の印象です。

きょう、ミートホープの社長以下幹部が逮捕されたというニュースがありました。社長の指示に従って不正を繰り返していたようです。
事情を知る人にとっては、生活のために良心を押さえつけ、きっと「いつばれるか」と気の重くなる仕事だったでしょう。我慢できなくて内部告発したり辞めた社員も何人もいたはずです。
告発した先が不適当だったから(ミートホープにかぎたばこをもらっていた?)放置され、摘発が遅れた分不正も大胆悪質になりました。
赤福や、比内地鶏のごまかしも明らかになりましたね。広島の食肉加工会社でも何かやってたようです。
雪印、不二家の虚偽記載etc.も記憶に残ります。

例の「供述調書丸写し」のジャーナリストも、やったことはこれらの食品会社と同じではないかと思うのです。
厳しいノルマを自分に課すこともなく、消費者(読者)をカモにしか見ず、社員(協力者)の迷惑や正義感(苦悩)は無視。自分の儲けや社会的地位を高める(会社を大きくする、有名になる)ことの方に重きを置く。
そのために平気で「ずる」をするということです。
…「言論の自由」を言い訳にする分、卑怯だと思います。

鎌倉に本店のある鳩サブレの会社(豊島屋)は、品質管理が出来なくなるからと、近場(神奈川県内と都内)以外には出店しない方針と聞きました。近場でもその人気のわりに扱う店は少ないと思います。
http://www.hato.co.jp/shop/index.html
出来立てを売りにしている商品ではあリませんよ、主力商品の鳩サブレは生菓子ではないです。
身の丈に合わない拡大展開は自粛して消費者の信用に応える。これが本来の姿ではないでしょうか。
赤福のようにすごい数の売り場で、その日の出来立てを売りにする生菓子なら、大量の売れ残りを出さないためには毎日「夕方には売り切れて買えない」のが当然だと思います。
そうでなければ、その日の売れ具合に応じて日に何度も生産量を調整する(コンビニの本部みたいな)、かなり高度のチェック体制が必要なはずです。

セブンイレブンは自社工場ではなく、おにぎりや弁当は食品会社に発注しています。
その日に何個注文が入るかわからないから、工場ではこれくらいだろうと見越して多めにご飯を炊く。注文が入ってから米を洗っていては間に合わないからです。
見込みがはずれて大量に余ったときには大損害、すべて廃棄処分です。工場内で余った食材を肥料にする施設が作られているそうです。
最低賃金に限りなく近い時給でそこでパートしていた人は、炊きたてのおいしいご飯で作ったおにぎりを捨てに行く仕事がイヤでたまらなかったと話していました。
ここで「もったいないから」と捨てるのをやめて、炊きたてでない米で商品を作ったら。ばれたら超大口顧客のセブンイレブンから切られ、ライバル社に仕事を奪われる。たちまち営業危機です。
大損を覚悟で廃棄せざるを得ない。
ずる」をしない(できない)会社はみんな、それくらい厳しい経営をしているのだと思います。

供述調書で知った内容が驚愕の事実で、これはぜひ世間に知ってもらいたいと思ったとする。
それなら、それをそのまま引き写すのではなく、それをもとに取材をしたらどうなんでしょう。
相手は少年だし、個人情報保護の壁があって、取材は困難を極めると思います。でも、本を一冊書いて世に出そうと思うなら、それくらいするのが当然じゃないでしょうか。
ジャーナリストの仕事って、提供されたネタをそのまま「引き写す」ほど甘ったれたものなんでしょうか。提供した医師とどんな取引があった(ないとは思えません)か知らないけど、医師が漏洩の罪に問われるはずがないと、まさか考えたわけではないでしょう。(逮捕は想定外かもしれないけど)
言い得て妙、のどどいつがあったのでご紹介します(作者は裁判官)。
「ひとの作文 丸写しする ことに決めた」じゃ 「著者」じゃない
http://blog.goo.ne.jp/gootest32

少年は広汎性発達障害だった。そのために起こった事件であり、その事情を知ってほしかった、と医師が供述しているという小さな記事が朝日に載りました。(週刊朝日の件の記事にもあります)
医師は(当事者が身内にいるなど)広汎性発達障害に特別な思い入れがある人なのかもしれません。もしかしたら、悲壮な使命感から(あるいは逮捕も覚悟の上で)漏洩したのかもしれません。
でも、もしそうなのだとしたらなおさら、安易に提供者を特定できるようなやり方で裏切り、少年を含む遺族のプライバシーに土足で踏み込んで、さんざん踏み荒らして山ほど後顧の憂いを残した本を出した草薙厚子なる女性と講談社は、これ以上ないくらいの「ずる」をしていると思います。

漏洩はたしかに立派な犯罪。でも、それを写真にとって持ち出し、そのまま本にして出版しさえしなければ医師の逮捕はなかったし、遺族が苦しむこともなかった。
今までだって、こっそり漏らされた情報から世紀のスクープが生まれ、大統領の失脚につながったようなことはありました。でも、記者は情報をそのまま、どこから漏れたかすぐわかるような形で使ったのではない。命がけの取材とセットのはずです。漏洩する人の覚悟を思えば、それくらい、当然ではないですか。
言論の自由だの、知る権利だのと、勝手な理由付けで正義漢ぶるのはやめてほしい。朝日新聞社は、著者をかばわないでほしいと思います。
posted by dashi at 22:22| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月09日

コンビニ

万引き犯を捕まえようとして追いかけ、刺殺された青年の葬儀があったそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071009-00000923-san-soci
責任感から追いかけたのでしょうに、「捕まりたくないから」という自己本位な理由で刺されて落命し、本当に気の毒なことでした。
犯人はまだ未成年ですし、出頭しているし、「殺すつもりはなかった、死ぬとは思わなかった」と殺意を否定するでしょう。更生の余地はあるとやらでたいした量刑にならないのではと思います。
短絡的な犯行を「未熟な、若気の至り」と思うか、「あまりに愚かで人間以下、動物並み。弁解の余地無し」と思うかで、印象もずいぶん違いそうです。

私が今回の事件を聞いて思ったのは、これは「万引きに対して寛容すぎる」社会全体が生んだ犯罪だ、ということです。
万引きした子どもたちは、「たかが万引きぐらいで」そんなに真剣に追いかけてくるとは思わなかったんじゃないでしょうか。ナイフをちらつかせたらすぐ諦めると、甘く見ていたと思います。
追いつかれて初めて、焦った。だから逃げるために刺しただけで、あとのことなんかナーンニモ考えてなかった。
つくづく被害者やそのご家族が可哀想でなりません。

ウチの近くのコンビニでも、店頭の駐車場で、塾帰りとおぼしき小学生や中学生がかたまって何やら食べたりしています。
私は個人的には、学校でちゃんと勉強しないで、塾を口実に夜遊びする習慣が諸悪の根源と思っています。9時過ぎに子どもが外にいる状態って、不健全すぎませんか。いったい何時に寝てるんでしょうね。親と話す時間なんてあるんでしょうか。
それにしても、そこで買ったものを食べているならいちおう客だから、たむろするのを追い払えないコンビニも気の毒なことだと同情してしまいます。
少し前に、コンビニの屋外コンセントから携帯の充電をした中学生(だったかな)が、巡回中の警察官に、窃盗(電気の)で補導されたというニュースがありました。
被害額は1円ということです。第三者の私としては笑ってしまいますが、コンビニは(たちの悪い)客の傍若無人ぶりに音を上げていたかもしれませんね。これで「たむろする」子どもが減ったら助かるんじゃないでしょうか。

そもそもコンビニは単価が高いから、買う品数は少ないですよね。客単価はしれたものだと思います。
雑誌と弁当(おにぎり)、ペットボトルのお茶が売れ筋ということですが、そんなもの売ってたって、いくらも儲からないでしょう。よほど立地が良くて客がひっきりなしに来るのでなければ、経営は厳しいと思います。
その上家庭ごみの捨て場にされたり、ちょこっと買ったものを店頭の駐車場で食べ散らかされたり、万引きしまくられては、コンビニもたまらないですね。

万引きは窃盗、ドロボウです。やったらすぐ捕まえて締め上げ(「かわいがる」という意味ではなく)、二度としないと泣いて後悔させるべきだと思います。いじめの一環で人にさせている子には、同じだけの罰を与えるべきです。
「万引きはゼッタイさせない、したら捕まえてすぐ警察に突き出す」方針でやってほしいし、そのためには万引き防止の対策も採ってほしいです。
ダミーを混ぜるとしても監視カメラをたくさん設置して死角を作らないとか、ICチップ(?)を導入して(TUTAYAなどでやってるみたいに)未会計のものを持ち出そうとしたら警報音が鳴るようにするとか。
本部はそれくらいの設備投資をしてあげてほしいです。各店舗の負担でなくて。
「あそこはヤバイから」と不心得の子どもが寄り付かなくなれば、商売もやりやすくなるんじゃないでしょうか。

コンビニが犯罪の温床になる状態が続けば、万引きや強盗に無抵抗となり、店員のなり手は減って時給も上げざるを得なくなるでしょう。ますます経営が厳しくなる。
大半のコンビニはフランチャイズ方式で、店長が出資する場合が多いと思います。
出店計画が不適切でつぶれたと思われる例も(私が知る範囲でも)少なくないですが、つぶれたら出資した個人ばかりが損をするようになっているようです。
それで裁判沙汰になっている話も聞きますが、コンビニの新規出店は相変わらずよく見かけますね。
コンビニはその名のとおり、「困ったとき<便利で>助かる」ために存在する、希少価値のある店であるべきなんじゃないのかあ、こんなに増えていいのかしらと思っています。
posted by dashi at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月04日

わからないこと

私がトシを取りすぎたからでは(まだ)ないと思いますが、最近の世の中はわからない…。

学校の給食費や保育園の保育料を何年にもわたって滞納する親が話題になります。
どうしてそんなことを許すの?
携帯は滞納したらすぐ切られるから、みんな素直に払います。水道もガスも電気も、料金を支払わなかったら使えなくなります。
サービスが打ち切られるなら、滞納なんかしなくなるでしょう。打ち切られっこないとなめてかかられてますね。
失業なんかでホントに払えない人と、カネはあるけど払わない人とは区別して考える必要があるかもしれないけど、あまりに及び腰に思えます。
弁護士に頼んで内容証明なんかで督促すれば、あわてて払う親が大半なんじゃないでしょうか。どうしてやらないんでしょう?

「女王様」キャラとかいう若い女優が、主演した映画の舞台挨拶であきれた態度をとって話題になっています。
件の映像を私も見ましたが、不思議でならないのは、周囲にいた人たちがなぜ傍観したかということです。
印象に残ったシーンは、と聞かれて「別にないです」と切り口上で言った時点で、誰かがフォローするべきだったと思います。女優のためにじゃなくて、前にいた観客のために。
あんな無礼な態度がありますか、信じられない。
媚びるようなインタビューを続ける前に「女王様はご機嫌ナナメだから、○○さんに聞いてみましょうか」と他の出演者に振るなり、わざとらしく他の話を始めるとか。他の出演者が割り込んでしゃべってもよかったと思います。うまく茶化してその場をまとめる(ごまかす)べきだったのでは。
あとでブログで謝罪したり泣いたりしたって、やったことは取り返せない。可愛い若い娘のやることだからって許してくれる人も(小倉さんとか)いないことはないけど、映画を見るのをやめようと思う人の方がずっと多いでしょう。
監督がその場に居たのなら、声を荒げて叱責しても当然だと思います。
この女優、大物の愛人か何かでアンタッチャブルなんですか?
むかし「オレはビッグだから」と放言して干されたタレントも居たけど、今回はただの勘違いと違って気分悪いですね。

渦中の時津風親方が民放の番組に出て、死者を出したリンチ事件を兄弟子のせいにしようとしたようです。
どうしてこんなミエミエのウソをつくんでしょうね? 
死体を部屋で火葬するのに失敗して、解剖所見という明白な物証もあるのだから、暴行の事実を否定できるわけがない。当然警察の取調べがあって、兄弟子たちは真相に近いことを言うに違いありません(言わなきゃ偽証罪です)。今さら言い逃れしようなんて、そんなこと出来るわけがないってことは子どもにもわかると思います。
弟子たちをかばうならともかく、自分の責任逃れのために事実を捻じ曲げるなんて、正気とは思えませんね。
この親方のもとで厳しい修行に励んできた弟子たちもカワイソウです、リンチして殺した行為を差し引いても。
こんな見苦しい親方の行動を、誰もどうにも出来ないんでしょうか。どうして? すねに疵(きず)があるの?
遺体を見た親が動くまで、問題視されなかったのもおかしい。死亡診断書を書いた医師に罪はないんでしょうか。

そして、どうしてこれほどに「隔靴掻痒」という感じのペースで進むんでしょうか。
兄弟子の聴取を「検討している」ときのう報道されました。亡くなったのはたしか6月のはず。
「まだ」話を聞いていないのかとあきれます。真相究明をしたくないように見えますね。
しごきに名を借りた私的制裁(リンチ)自体よくあることで、たまたま死んで「ヘタを打った」程度に考えているとしか思えないです。
身内に甘いという体質はどこも同じだけど(社会保険庁とかね)、一人の将来ある若者の死を、真剣に受け止めているとはとても思えませんね。
どこの部屋でもそうだとは思いたくないけど、暴力が日常化している業界なら、大事な子どもを託そうと思う親はいなくなるでしょう。来春入門予定だった3人の中学生が揃って「高校へ行きます」と辞退してきたという話も聞きました。
力士を目指すなら、ある程度の実績を引っさげて(幕下付け出しとか?)入門する学生相撲出身者ばかりになりそうですね。強くない状態で入門するのは命がけ?
posted by dashi at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月28日

世界に一つだけの花

SMAPの歌う「世界に一つだけの花」が一世を風靡したのは、何年前のことになるでしょうか。
人より遅れているところの多い障害児の世界では、その存在を堂々と主張できるお墨付きといった風にも受け止めて歓迎されていたようでした。
ことさらに言い張らなくても、個人は、特に生み育てた親にとっては、世界に一つだけの大切な花です。
私も、重い知的障害のある息子が(5時間)いなくなったら、心配で不安でいたたまれませんでした。
昨日の(行方不明の)話の続きですが、水族館は海のそばにあるので、万が一ということも頭をよぎりました。無事に家に戻ったと知ったときは、ほっとして泣きそうになったくらいです。
夜中に寝かせてくれないときや服を破られたときなど「出てって! アンタなんかいらん!!」と怒鳴ったことも(恥ずかしながら)一度や二度ではありませんが、本心ではなかったことを昨日再確認しました。

「おかあさん」と呼ぶこともない子ですらそうなのですから、甘えん坊の幼児期から人並みの成長をしてきた子なら、たとえ一時期反抗的な態度をとっていたとしても、それなりに期待もしつつ可愛く思うのが当然だと思います。
世界にたった一つしかない花を引きちぎって何度も叩きつけ、へし折って、ぐちゃぐちゃに踏み潰されたら。
その花をほしい、大切に育てるからと言われて渡した相手にそうされたら。
どうして渡してしまったのだろう、取り返すチャンスはあったのにと一生後悔することになるでしょうね。

ゾッとするような情報があります。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070928-00000169-jij-spo
相撲協会、独自調査へ=過去10年の死亡例も−力士急死
9月28日19時38分配信 時事通信

 6月に時津風部屋の序ノ口力士、斉藤俊さん=当時(17)、時太山、新潟県出身=が急死した問題で、日本相撲協会の北の湖理事長(元横綱)は28日、文部科学省の指導に基づいて独自調査を行う考えを示した。過去10年分の現役力士死亡例も検証するという。

(中略)
  過去の死亡例は、協会に記録が残っている1985年以降、斉藤さんの前に16人おり、最近10年では4人。病気入院中の例もあるが、死亡時の状況などを把握し、再発防止策に生かす。
 (後略)

16人も死んでるんですって! この10年で4人ですって!
そんな、命がけで飛び込む危険な(恐ろしい)世界だったんでしょうか。
どうして今まで問題にならなかったんでしょうね?
事件を報じた週刊誌もあったような気もしますが、大きく取上げられることはこれまでありませんでした。
理事長をはじめ、関係者がこれらの事実(事件性があるかどうかは別として)を把握してなかったとは思えません。
今回、部屋で火葬するというのを断って遺体を新潟まで運び、その姿に驚いて解剖を依頼したからこそ公になったわけですよね。
何も知らないで火葬に応じていれば闇に葬られて、18人目の犠牲者が出たに違いありません。

この事実を知っていれば、日常的に暴力のある部屋に、かけがえのないわが子を預ける鬼親はいないと思います。
わが子の額で親方のビール瓶が砕けるなんて! 金属バットで殴られ、タバコの火を押し付けられていたなんて!
オレはそんなに悪い子だった? どうしてこんな目に遭うんだ、と亡くなった17歳は無念でならなかったでしょう。
相撲部屋はタコ部屋じゃないですよね? 刑務所でも女郎部屋でもないですよね? 
まさかそんなところに息子を送り込んだなんて、親は夢にも思わなかったでしょう。支度金をもらったのかもしれないけど、息子の命を売ったつもりはなかったでしょう。多少荒い修行も、息子のためになると信じていたに違いありません。
今のこの平和な時代に、リンチで殺すなんて…。連合赤軍を思い出します。

そしてコワいな〜と思うのは、この時津風部屋や親方は評判がよかったという点です。
部屋の力士たちは礼儀正しく素直だということで、支援者には好感を持たれていたようです。
親方は人格者として知られているそうです。
そういう人だと信じて息子を託した親は責められないですね。愛の鞭以上のものとは思わなかったでしょう。


ウチの娘が小学生のとき、クラスの女子から手首に爪を立てられて、泣いて帰ってきたことがありました。
手首に爪のあとがいくつも残っていました。
たまたま家にいた父親がすぐその子の家に電話して、母親に、
「…お宅のお嬢様は、いったい、どうして私(わたくし)の子にこんなことをなさるのか、理解できないのですが…」
とか何とか、低音で(とてもいい声と定評がありました)ゆっくりと、慇懃無礼に抗議したことがありました。
母親がすぐさま謝罪に飛んできましたが、コワい人と思われたのかもしれません。
たった一度だけど「オレの大事な娘に何をする!」と本気で怒った、ちょっと嬉しかった思い出です。
posted by dashi at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月24日

表現の自由

少年事件(奈良医師宅放火殺人)の供述調書などを著書に引用したフリージャーナリスト(と出版社)が、プライバシー侵害の程度が著しく人権侵害に当たるとして、関係者への謝罪と被害回復措置を講じるよう勧告された事件で、記者会見があったそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070923-00000049-jij-soci
(消えてしまうのでコピペすると…以下同様)
取材源明らかにしない=調書引用「違法性ない」−奈良母子放火殺人の著者草薙さん
9月23日16時31分配信 時事通信

 奈良県田原本町で起きた母子放火殺人をめぐり、少年院送致された長男(17)らの供述調書を引用した本が出版された秘密漏えい事件で、家宅捜索を受けた著者のジャーナリスト草薙厚子さんが23日、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見し、「取材源は、命を差し出しても言えないと捜査当局に説明している」と話した上で、取材方法にも違法性はないと強調した。
 14日に奈良地検が家宅捜索した後、草薙さんが公の場で事件について説明したのは初めて。
 草薙さんや弁護士によると、地検の事情聴取は、家宅捜索があった14日から23日まで計5回。草薙さんは聴取に対し、ある人物から許可を受けて捜査資料を閲覧し、一部をカメラで撮影したと説明した。取材源を特定する質問については、回答を拒否しているという。
 草薙さんは取材源との間に金銭の授受などは一切ないとした上で、「取材手法に違法性は全くない」と訴えた。


著者は、写真もありますが、なかなかの美人です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070923-00000026-jijp-soci.view-000
Yahooの日本タレント名鑑にも載ってました。
http://dir.yahoo.co.jp/talent/8/w07-1586.html

この件に関しては、日本ペンクラブが「表現の自由を侵すものだ」として捜査に抗議したそうです。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200708/2007083000710&rel=y&g=soc
2007/08/30-16:39 日本ペンクラブが抗議声明=「僕はパパを殺すことに決めた」への勧告で
 奈良県での放火殺人事件を扱った本「僕はパパを殺すことに決めた」(講談社)について、東京法務局が7月に「人権侵害」を理由に関係者への謝罪と被害回復措置を行うよう著者のフリージャーナリスト草薙厚子さんと同社に勧告したことに対し、日本ペンクラブ(阿刀田高会長)は30日、「表現の自由へのあからさまな介入」とする抗議声明を出した。


阿刀田高さんが会長だそうですが、ペンクラブは事情をよく調べてから声明を出したんでしょうかね。日本ペンクラブとして、その姿勢をサポートするべきジャーナリストなんでしょうか。
ずいぶん安易な仕事をするなあ、とあきれたのは私だけでしょうか。
取材手法に問題はない? 正気で言ってるとは思えませんね。
取材源は言えない? バカなことを。
アンタが命を差し出そうが差し出さまいが、そんなの調べたらすぐわかるに決まってるでしょう。供述調書を手に出来る人はごく一握りなんだから。その上手袋もしないで(指紋を残して)コピーしたらしいし。
アンタの口から言わなきゃ秘密が守れると思ってるなら、シロウト以下だと思います。
秘密漏示容疑で、医師宅は14日、強制捜査に。
秘密漏示罪は医師や弁護士などが、正当な理由もなく業務上知り得た人の秘密を漏らした時に適用されるもので、六カ月以下の懲役か十万円以下の罰金となるそうです。確定するかどうかはともかく、医師はえらいツケを払わされました。

漏洩に手を貸した医師とどういう関係なのか知らないけど、何か断れない事情があったのだと誰でも思います。
医師生命を懸けてまで(それだけの自覚はあったでしょう)渡さなきゃいけなかった、二人は何か特別な関係に違いないと、三流週刊誌はほっておかないでしょう。
おそらくイヤでイヤでたまらなかったけど断れなくて、医師は供述調書を渡した。そのコピーをそのまま引用するなんて、取材源を名指しするようなものじゃないですか。
「まさかそのまま引用するとは思わなかった」と医師は供述しているらしいですが、ホンネだと思います。
ひどい迷惑をかけたのは無論医師だけじゃない。表に出す必要のないプライバシーもぶちまけられた、少年法で守られるべき少年やその親族の人生はどうなる。償いようがない。
表現の自由の範疇じゃないです。

世間が忘れないうちに本を出したくて急いだんでしょう。調書をいじる時間も才覚もなかったんじゃないのかと私は思っていますが、違うでしょうか。
この人はジャーナリストと名乗るのはあつかましい。日本ペンクラブはかばうべきではない。
これは売れると踏んで、安易に出版させた講談社も同罪です。


posted by dashi at 20:10| Comment(0) | TrackBack(2) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月21日

義父の虐待

もう何日も前のことになりますが、息子のスクールバスを待つ間にラジオを聞いていたら、子どもの療育相談をやっていました。いつもはちょっとしたクセとか登校拒否などの相談が多いようですが、この日はすごいのがありました。義父の虐待です。

電話に出てきたのは子どもたちの母親のお母さん。母方のおばあちゃんにあたる人。
誰かに聞いてもらいたくてたまらなかったようで、電話がつながるや否や堰を切ったように勢い込んで話し出しました。本人も興奮している上になまりも強くて、正直なところ何を言っているのかよくわからない。支離滅裂で、背景の時間もたびたび錯綜します。
気おされていた司会者が割って入って、話の整理を始めました。
中学生と小学2年生の、二人の孫がいるらしい。離れて住んでいるけど、その気になればすぐ会えるぐらいの距離のようです。別れたのか死別かわからないけど実父はいなくて、母親とともに義理の父親と暮らしているようです。

この子たちを預かっていたときに、突然おばあちゃんの目の前でハサミで自分の手を切ったそうです。
びっくりしてやめさせたけど、手や身体が傷だらけなのにそのとき気がついた。
これはどうした、と問い詰めても自分の不注意で怪我した、などとミエミエのウソをついて、本当のことを言おうとしないそうです。
そのあと母親と一緒に迎えに来た義父の前で、子どもたちは「直立不動で」義父の言いつけを聞いていた。義父は何か脅すような口調ですごんでいたようです。
娘に事情を聞こうとしてもうるさがられるだけで、最近は訪ねて行っても居留守を使って会ってくれない。
実はこの男にはマエがあるらしい…と言いかけたのを回答者がさえぎっていましたが、前科がある(凶暴)という意味だったでしょうか。

相談の電話がつながったときには、これで孫を助けてやれるかも! と藁にもすがる思いだったかもしれません。
頼れる人もなく、おばあちゃんは一人でもんもんとしていたようです。(おじいちゃんはいないのでしょう、話に全く出てきませんでした)
泣き出さんばかりに話し続けるおばあちゃんに対し、司会者(女性)と回答者(中年以上の男性)はあくまでも冷静で、聞いていると冷たくすら感じます。相手を落ち着かせるためにはそうするべきなのでしょう。
これは余談ですが、私が以前住んでいた家のそばで交通事故があり、頼まれて119番したことがありました。こっちは初めて目撃する事故に動転して(失神して動かなかった人を死んだと思った)、舌ももつれそう。電話の相手が低いゆっくりした声で「まず住所を言ってください」と答えるのに、「何を悠長なことを! 大変なのに!」と苛立つ一方で、そうだ、場所がわからないと救急車も来れないや、とクールダウンしたものでした。

おばあちゃんは警察にも児童相談所にも相談に行ったけれど、あまり取り合ってもらえなかったようです。
私の想像ですが、電話に出てきたときのように意味不明のことをまくし立てて、相手も困ったのではないでしょうか。生放送のラジオ番組だから気長につきあってもらえたけど、相手が公務員なら適当にあしらわれたんじゃないかと思います。
警察には、何か起こらないと手が出せないと言われたそうです。でも傷だらけの肉体という証拠があるのだから、何とかしようという気があればやりようはあると思います。
児童相談所には、親権者の母親がどうかしようと思わない限り、どうにもならないと言われたようです。調査ぐらいしたらどうなんでしょう。

いいところで息子が帰ってきたので私も最後まで聞けなかったのですが、回答者は児童相談所に一回だけでなく何度も相談に行くことを勧めていました。そして、母親が子どもを連れて逃げ込める施設の存在を教えていたようでした。
別れ話に逆上して殺すというのは珍しくもないし、遠くに逃げた先を突き止めて殺した、なんて事件も先ごろありました。この母親もそういう不安があるのかもしれません。
母親が相談に来ないとどうにもならないなんて、寝ぼけたことを言うなとどやしたくなります。
おばあちゃんの目の前で手(手首?)を切る行為のことを、回答者は「助けてくれ、というサイン」だと言っていました。今すぐ助けてあげるべきです。
やられる前にと思い詰めて殺したり、やられて大怪我したり、食べ物を与えられずに餓死するような事態になる前に、虐待があるようだと相談があった時点ですぐ適切な対応をするべきだと思います。

posted by dashi at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月17日

敬老の日に

きょうは敬老の日でした。
スーパーに行ったら、少量パックの和食弁当やおはぎやお団子など、老人へのおみやげを意識したようなものが山積みになっていました。
少し前から雑貨や衣料品なども老人向けのが表に出ていました。
敬老の日も、デパートやスーパーにとっては「いい商機」なのだろうと思ったことでした。
それにしても、
「老人は淡白な和食と甘い和菓子が好きで、くすんだ色の服を好み、演歌を聞く」
というステレオタイプの老人像(そんな品揃えでした)は、もう時代遅れではないかと思います。
今はマクドナルドで食事する高齢者もよく見かけますし、あんこよりチーズケーキが好きという人も多いでしょう。
スパンコールの入ったものや、男性でもピンクのシャツをおしゃれに着こなしている人も見ます。
そういうことを考えると、老人施設で一律に給食をあてがわれる生活は、健康な人ならまっぴらかもしれませんね。不自由でも一人がいいかもしれません。

先日テレビで、三國連太郎さんと対談している日野原重明先生(もうすぐ96歳)をお見かけしました。
東京駅の階段、54段だかあるそうですが、そこをせっせと上ったらエスカレーターを利用した連れがずっと遅れてやってくる。やったぞ、と小さい達成感を覚えるそうです。
なんて元気なとあきれ(驚き、感心し)ましたが、若いときに結核をやったという話にはもっと驚きました。結核で死にかけて生き返ったら、すっかり丈夫になってそれからは全く病気をしないそうです。
三國さんも昔カリエスだったかで命拾いし、その後は病気知らずだという話でした。高熱が出て悪い菌を全部殺したのかな、なんて話していた(と思う)のですが、人間の細胞はほとんど全部数日で入れ替わるんだから、医学的にはどうなんでしょう。
なお日野原先生の話では、「熱があってもお風呂に入ったらいい、気持ちいいですよ」「安静にしていたら弱ります」などと旧来の常識を批判的に見ていらして、なんて柔軟な若々しい発想をする人かと、その点でも驚きました。

対談ではさっと流されてしまいましたが、三國さんのお話の中でとても印象的な内容がありました。
10年前(?)に亡くなった三國さんのお父様は、金貸し業をされていたそうです。
入院していた病室の引き出しに、借用書の束があった。亡くなる前に、お父様はその束を全部細かく裂いて、燃やしてしまったそうです。「お前たちには関係ないから」と言い残して。
三國さんは生前お父様と確執があったようですが、その話を聞いて「親父を見直した」と話されていました。
詳しいことはわかりませんが、(高利の)金貸しにお金を借りた人にはそれぞれ深刻な事情があることでしょう。借金を返さなくてよくなったと知ったら、涙を流して感謝してくれたかもしれません。
借用書をめぐって遺族がトラブルに巻き込まれるのを避けたかったのかもしれませんね。
それまで非情な取立てで恨まれることも多かったかもしれないけど、蜘蛛を踏み潰さなかっただけで蜘蛛の糸をおろしてもらえた(無駄にしましたが…)カンダタのように、息子に見直されるというご褒美をもらって、いい死に方をした人だなあと思ったことでした。

総務省が16日に発表した資料(15日現在)によれば、80歳以上の人口は約713万人。前年は674万人だったそうですから、急激に増えた印象です。これからしばらくは増加が続くのでしょう。
男性236万人に対し、女性は478万人と倍以上です。
80歳以上で働いている人や、株や不動産などで高い収入のある人は、数から言ったら少ないと思います。ほとんどの人は年金や貯蓄の取り崩し、子どもの援助などでつつましく暮らしていることでしょう。
また80歳以上で、頭も身体も健康という人は少ないと思います。
今の勢いで高齢者が増え続けたら、現在でさえ予算がないと言われている介護保険がどうなるのか、心配です。
少ないパイの取り合いは結局一部のパイプを持つ人間が勝つのか。妻がいとこ同士だからと収賄としか思えないようなことを繰り返していた役人の、今後が気になります。
マスゾエさんが大なたを振るってくれるのか、内閣改造で交代させられるのか、個人的には自民党総裁選よりも気になっています。

posted by dashi at 23:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月13日

お姫様の裏切り

江川紹子さんが、オウム真理教教祖の四女に対して務めていた、未成年後見人を辞退したそうです。
「父親を『グル』とあがめる気持ちが深まっている。教祖の後継者という自覚で行動している者を支援していくわけにはいかない」と説明しているそうで、こんな裏切りを受けて江川さんは、どんなにか無念なことだろうと心が痛みます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070912-00000234-jij-soci
もともと四女は「教団と距離を置きたい」として、江川さんに電子メールで相談するようになったということです。
江川さんは四女の人権を守るという立場から受けて立ち、父親の控訴審弁護人を務めた弁護士を解任して、3月から後見人を務めていました。
江川さんが住居や生活費の面倒を見て自立支援をしてきたそうですが、オウム側に接触されて洗脳されたのか、7月末に家出、8月からは音信不通ということです。

そもそも、教祖の子としてお姫様で育った子ですから、教団内部にいる方が待遇はいいでしょう。
行動に対して意見する人(江川さんが厳しかったわけではないと思いますが)もいない。
後ろ指をさしたり仲間はずれにするどころか、神聖な後継者扱い。
家族が恋しくなるのも無理もないことですし、姉たちとは悩みを共有できるでしょう。教団は居心地のいい空間かもしれません。
麻原妻子は今も教団(もと信者も含む)から高額の生活支援を受けているそうです。理解に苦しみますが、自由に海外旅行にも行く優雅な生活のようです。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/44055/
私としては、松本や地下鉄のサリン事件をはじめ、今も辛い苦しみが続く被害者を生んだ教団に対して、どう考えているのか聞きたくなります。
そして、この夏のセミナーでオウム真理教(アーレフ)は約2000万円、教団と袂を分かった上祐史浩前代表の「ひかりの輪」は700万円も集めたということです。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200708/2007082900362&rel=y
その指示に従ったばかりに死刑となった者が何人もいて、自身も大量殺人犯として死刑が確定。そんな男を教祖として慕い続ける人間が今もいて、これほどに金が集まるということには、いったいどんな魔法を使ったのかと不思議でなりません。

宗教のよろいを着た人には、力づくでも札束を積んでも、泣き落としも説得も無駄。
殺されても殉教者になるなら喜んで命を差し出すのでしょうから、お手上げ。部外者のものさしでは測れないと思います。
それにしても、坂本弁護士をオウム被害者に紹介した(から一家殺害事件につながった)という負い目から、暗殺されかけてもひるまずずっとオウムを告発し続けてきた江川さん。後見人を引き受けたと聞いたときには私も驚きましたが、彼女の命を張った誠意が裏切りという形で終結したのは残念でならないです。
社民党福島党首がうまいこと言うところの(さすがに弁護士さん)、「ぼくちゃんの投げ出し内閣」騒ぎですっかりかすんでしまったけれど、私にとってはとても気が重くなるニュースでした。


(9月16日追記)
江川さんがご自身で書かれた文章がありましたので、ご紹介いたします。
http://www.egawashoko.com/c006/000237.html
posted by dashi at 23:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月11日

9月11日

今日の夕刊に「イラク米軍3万人削減」の見出しがありました。
「削減」が3万人。いったいどれだけの人がイラクに投入され、無意味に殺しあい、終わりの見えない不毛な戦いをやっているのかと暗澹たる気分になりました。
きょうは9月11日。
9月11日と言えば世界的に記憶される記念日となってしまいました。
アメリカは本土を攻撃されたことはないから、それこそ「オレ様に何をする!」と怒った。
なぜ相手がそんな強行手段をとってまで歯向かってきたのか、自らを省みて検証することはしないで、いきなり報復に走ったと私は理解しています。
周りが止めても聞く耳を持たない。ジャイアンがスネ夫をふり回すみたいに、ごねにごねてきた6年間だったと思います。
常識家の出来杉クンもしずかちゃんも、ジャイアンには意見するのを諦めて静観してる、そんな感じ。
イラクに投入する軍事費を平和的に使っていたら、人々の暮らしは落ち着いて豊かになり、無辜の人々が次々と殺されることもなかったでしょうに。

昔見た「プラトーン」という映画に、ソンミ村虐殺事件をモデルにしたようなシーンが出てきました。
ベトナム戦争時、ゲリラ(ベトコン)に手こずる冷酷な小隊長が、何の関係もない村民をゲリラをかくまっていると決めつけ、次々と惨殺していく。何の武器も持たない村民相手に機関銃を乱射するシーンもあったように思います。戦争の狂気を具現化したようなむごたらしいシーンでした。
そして、仲間とはぐれて一人になった軍曹(無用な殺人に反対する人だったでしょうか)が、ゲリラに追い詰められて延々と逃げ回った挙句、報復に(?)殺されてしまいました。

ゲリラをあぶりだすためにと撒かれた枯葉剤は今も後遺症を残しています。帰還兵が精神を病んだり畸形児が誕生しているのも厳然たる事実。
…ベトナムの教訓を、アメリカはなぜ生かすことが出来ないのでしょう。
なぜ9・11の悲劇を、被害者としてしか考えられないのでしょう。
戦争は不毛な殺し合い。報復の連鎖。
一日も早く断ち切って、異文化を理解して許容し合い、資産や労力は平和な世の中を作るための教育に(無知が暴力を生むと私は思っています)使ってほしいと思います。
posted by dashi at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月10日

DDTの功罪

書店で見かけて興味を覚え、買ってきた「メディア・バイパス あやしい健康情報とニセ科学」(松永和紀/光文社新書)。
ひどい食中毒に見舞われた「白インゲン豆ダイエット」騒ぎをはじめ、誤解や偏見に満ちた報道や有機栽培、バイオ燃料など、いろんな事例が取上げてあります。
著者は毎日新聞の記者を10年勤めたあとフリーの科学ライターとして活躍している人。中学生の娘もいる主婦(女性です!)としての視点も生かし、わかりやすく説明してあってなかなか勉強になりました。
マスコミはセンセーショナルであることを優先して、一面的・一方的な報道をすることが多いのですが、ものごとには裏表、功罪(リスクとベネフィット)併せ持つ場合が多い。そのことをあらためて考えさせられました。

その中でひときわ私の興味をそそったのは、DDTに関する記述です。
スリランカでは、DDTが(禁止されて)使われなくなった結果、それまでにほとんどなくなりかけていた(110人)マラリアの年間患者数が、100万人(!)を超えてしまったそうです。
アフリカの貧しい地域ではもっと深刻で、毎年3億人がマラリアにかかり100万人が死亡。その大半は抵抗力の弱い子どもです。
この事態を受け、WHOでは農薬としての禁止は続けるものの、殺虫剤として家の壁にスプレーする方法は推奨しているそうです。マラリアを媒介する蚊が壁に止まって休む性質を利用したものですが、壁にスプレーするだけで蚊が死ぬ、しかも一年に一度スプレーするだけで効果は持続する
(これはこちらのサイトに書いてあります。http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak386_390.html#zakkan388
そうですから、その毒性・保持性はちょっとコワい気もします。

DDTというと私には、戦後海外から引き揚げて来た人たちが通関の際に頭からかけられた白い粉、というイメージがあります。
(まだ生まれてなかったので、実際に見たわけじゃないですが)
ノミ、シラミに対し、殺虫剤として抜群の効果をあげる薬品だったようですね。
シラミ退治は(なかなか死なないしすぐ増える)とても困難を極めるようです。DDTを頭からかけられた人は災難でしたが、そのおかげでシラミ(その子孫)もずいぶん死んだことでしょう。
取り付いていた人が死ぬときはシラミがごっそり引っ越す。ぞろぞろ這い出してくるので死ぬとわかるというのを何かで読んで、ゾッとしたのを覚えています。身体が弱っているときにシラミに血を吸われて、どんなに痒く辛かったことかと思いました。こういう人にはDDTを全身スプレーしてあげたら感謝されるかもしれません。

DDTが使用禁止になったときのニュースを私も聞いたような気がしますが、日本では1971年に全面使用禁止となりました。
とても安く大量生産が出来る上に少量で効果があるため、貧しい国などはとても助かったと思いますが、発癌性が疑われ、「沈黙の春」などでその有害性を無視できなくなったという事情はあったようです。
殺虫効果が高いものはそりゃ人体に有害でないとは思えないですね。でも当時考えられたほどには毒性が強くなく、発癌性自体も現在では疑問視されています。
ただDDTは自然界では分解しないので生体内に残って蓄積し、猛禽類の卵の殻を弱くする(孵化できない)など生態系に悪い影響を与えるのは疑いのないところだそうです。
DDTのリスクは認めたうえで、マラリア発生を防ぐために使われるということですね。

ずいぶん昔のことになりますが、テレビでこんなシーンを見ました。
食品添加物、保存料の有害性についてとても批判が強まっていた時期に、そういうのを使用している食品会社の人がインタビューを受けていました。
発癌性や催奇性について非難がましいことを言われたとき、この社員(社長だったかもしれません)は躊躇しながら言葉を選ぶようにゆっくりと、
「みなさん批判ばかりなさるけど、こういうものを使うようになってから、食あたりで亡くなる人はうんと減ったんですよ」
と言いました。子どもだった私も、それはそうかもしれないと妙に納得したものでした。(今は当時よりはるかに安全なものが使われていると思います)
なにごとも功と罪を天秤にかけて、その都度判断しながら選んでいくしかないのかもしれません。
posted by dashi at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月08日

「負けない」人

関西発YOMIURI ON LINEに、こんな記事がありました。
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20070904p202.htm
消費者金融業者から不当に高い金利を払わされたとして、京都市の女性(45)が、弁護士に依頼せず、貸し手12業者を相手に計約460万円の過払い金返還請求訴訟を起こし、勝訴や実質勝訴の和解で全額を取り戻した。
女性は、法律とは無縁のシロウト。返済に苦しんでいたとき、たまたま立ち読みした本で払う必要のない金を7年間も払い続けていたことを知り、悔しさがこみ上げた。
弁護士を雇う金はないから自力で訴訟を起こす決心をしたそうです。

20代半ばで始めた夫の夢だった店をつぶしたくない一心で、多重債務に陥って払いすぎていた利息を全額取り返した。
昼間は夫の店を手伝いながら、独学で次々と訴訟を起こし、2件は最高裁まで闘って先月確定、全部勝訴したそうです。
女性は「借り手の弱みにつけ込み、不当な利息で貸し付ける業者の姿勢をあきらめずに追及したことが全面解決につながった。ほかにも多くの人が被害に遭っていると思う。絶対負けないで」と訴えている。
ということですが、まったくそうですね。マスコミにはこれから取上げられるのかもしれませんが、大々的にPRして、多重債務で苦しんでいる人、ことに一家心中や自殺に走ろうとする人に、こんな例もあるんだぞと教えてあげてほしいです。
自力で勝訴するところまでいかなくても、弁護士費用を払ってでも助かる人は多いでしょう。
「そのお金は払わなくてもいいんですよ、もしかしたら戻ってくるかも」と言ってもらうだけで救われる人も多いと思います。

30年ぐらい前になるでしょうか、サラ金地獄で一家心中(子ども連れの無理心中)が相次ぎ、深刻な社会問題になっていた時期がありました。
そのあと規制が厳しくなってベラボウな利息は禁止となったはずですが、法には抜け道が作られるようで、今でも時々追い詰められて死を選ぶ人がありますね。
何年か前には、関西で線路にしゃがみこんで心中した老家族がいました。たった2万円だったかの借金が雪だるま式に増えて、違法な取立てに悩まされてのこと。
可愛い女の子や犬まで使って気軽に貸し付けようとする業者に、生活苦(夫や義弟の病気)から引っかかったおばあさんを軽率と責めるのは酷です。
(警察にも相談したけど、埒が明かなかったようでした。私の知る範囲でも、警察は相談機関としてはあまり、と言うかほとんど、機能してないように思います。)
その返済はおかしい、ここに行けばなんとかしてくれるよ、と適切な助言をしてくれる人が周囲にいたら防げた死だったと思っています。
ほんとは市役所にそういう窓口を設けるべきだと思うのですが、今は弱者に冷たい、生活保護の申請用紙もくれないトンでも役所も実在する世の中ですから、なかなか難しいですね。

私の親もそうでしたが、(トシを取ると特に)人と争うのを嫌がる人は多いです。言いたいことも呑み込んで、払えるものなら払って穏便に済まそうとする。
詐欺に引っかかっても、騙された自分が悪いんだから勉強代だと思ってあきらめる。騙されるより騙す方が辛いんだよ、とまだ性善説に立っていたりします。
それでもなんとか生きていけるのならいいけど、身ぐるみはがされて赤裸、今日食べる米もない窮地に陥ったら? 
死ぬしかないと思い詰めないで、「負けないで闘った」人のことを思い出して、立ち上がってほしいと思います。

立ち上がってどこに行くかわからなくても、とにかく誰かに相談してみましょう。人に甘える勇気もたまには必要だと思います。
北九州で餓死した男性だって、何か食べたいと言いさえすれば、なんとかしてくれた人が周囲に必ずいたはずです。
posted by dashi at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月02日

産科の現場

受け入れる病院がなかなか見つからなくて、腹痛を訴えて救急車を呼んだ妊婦が流産したというニュースがありました。
「出産直後に容態が急変して、転送先が見つからずに命を落とした女性」の教訓が生かされなかったということで、マスコミは的外れな批判で産科医を追い詰めています。
病院にだってキャパはある。他の患者で手がいっぱいだったら、事情がわからない急患の搬入を断るしかないでしょう。
受け入れてあと回しになったことで、もともとの患者が急変したり、受け入れたものの待たされて間に合わなかったら、その方が問題ではないのですか。
ただでさえ産婦人科を希望する「奇特な」医師は少ないというのに、無茶を言うなって私としては思っています。

私の最初のお産は、知り合いから紹介された小さな開業医のところでした。
貧血があって鉄剤を処方されたのを除けば順調で、私も母や4人の姉(みんな安産)と同じように、なんということもないお産をするつもりでした。
胎児がへその緒をたすきがけにしていて下りなかった、と説明されましたが、微弱陣痛が続き下りてこない。分娩台でいきんでみたりもしたけどダメ。午前中に入院したのに夜になり、心音が途切れがちになって母子とも危険、という状態だったとあとで聞きました。
夫が行方不明でつかまらなかったため(携帯電話もないころで…)手術に踏み切れず、長い事待たされました。助っ人の先生が駆けつけての帝王切開、開始は夜中の11時半ごろになったようです。
お医者さんはその夜何時に寝られたのでしょうか。

二度目のお産は、上の子の世話もあったので実家に帰り、姉の同級生で地元では評判のいい先生の病院でしました。
また帝王切開になるかもしれないが、なるべく自然分娩で、ということで、少し早めに入院して陣痛促進剤の点滴を受けたりもしました。
結局また切ることになってしばらく入院しましたが、そこで見聞きした先生の働きぶりはすさまじいものでした。
冗談抜きで、いったいいつ寝てるんだろうと不思議になるくらいでした。
昼間は外来に妊婦(じゃない人も)が押しかける。合間を縫うようにして、入院患者の様子を覗きに来る。連休どころか半日だって休めないだろうと思いました。
明け方にお産する人がいるのは、痛がって吼える声が聞こえるのでわかりました。
私の手術の開始前には、何か予定外のことがあったようで、診察台の上で半裸状態のままたっぷり30分は待たされました(眠くなりました)が、腹が立つより「大変だな〜」と同情する気持ちが強かったです。

三度目は母に来てもらってこちらで産みました。月に一度の検診は開業医のところで受け、何ヶ月目かになったら、そこで紹介状をもらって大きな共済病院に行きました。
このときは最初から無理をしないで切ることとし、手術の日にちも時間も病院の都合で事務的に決定しました。
そこで行われる無数の手術の一つにすぎなかったのですが、予定外だったのは前の2回の手術による癒着がひどくて、「剥がしては縫う」作業でかなり手間取ったことです。たしか40分ぐらい延びたと思いますが、途中で麻酔が切れて追加の麻酔はなしで続けられました。
途中で「まだ終わらないのか、応援に来たぞ」と言いながら上司らしい人が加わりました。次の手術予定の人は待たされたかもしれません。
(このときは最後まで意識があったので、摘出した胎盤を見せてもらったりしました。時間に追われていてもきっちりと面倒を見てくれて、いい病院だなあと思ったことでした。)

私は軽いお産の経験はないので、「無事に生まれて当然」とは思いません。出産は命がけの危険な大事業だと思います。
麻酔をして手術をする医療スタッフや設備がなかったら、私も子どもたちも今この世に存在していません。お世話になった病院に足を向けては寝られないと思っています。(思っているだけで、物理的に無理ですが)
そして、産科の現場がどんなに大変か、みんな(特にマスコミ)にわかってほしいと思います。
交代勤務の24時間営業が可能な病院ならいざ知らず、急患の搬入を断るのも、陣痛促進剤でお産の時間を早めるのも、個人的には無理ないんじゃないかと思っています。

お産は時も場所も選ばずに始まりますし、安産のはずの妊婦が死にかけるような不測の事態も日常茶飯事。
思いがけない大出血や、胎児の異常など、人智の範囲を超えることも多々あると思います。産科の医師は魔法使いではないのだから、最善を尽くしてもなお助けられないこともあるでしょう。
そういうことを、医師個人のせいにして責めるのはやめてほしいと思っています。責めるなら、ちゃんとした医学的裏づけ(不可抗力ではない、という)を取ってからにして下さい。
posted by dashi at 23:46| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月30日

民主党の人選

「姫の虎退治」なるキャッチコピーで、片山虎之助氏を落選させた姫井由美子議員に、とんでもないスキャンダル。
百歩も千歩も譲って、この自称もと愛人(不倫相手)の話が事実だとしても、こんなの墓場まで持っていくべき内容でしょう。こんな汚らわしい行為、人間として許せないですね。
どうせいいかげんな話を針小棒大に拡げたんだろうと私は思いますけど(写真やビデオなんかいくらでも偽造できるんだし)、たとえ事実無根だったにしても、槍玉にあげられた本人はショックで死にたくなるかもしれませんね。

この「お姫様」、48歳のハンデを感じさせない可愛らしい女性で、選挙中はストーカーまがいのファンが続出していたそうです。
http://www.zakzak.co.jp/top/2007_08/t2007082018.html
いますよね〜、いくつになっても可愛らしい人。八千草薫さんなんかおばあちゃんという年齢になってもやっぱり可愛らしいです。
可愛らしくてモテモテなのはいいけれども、目立って狙い撃ちされるという面はあるかもしれない。虎の恨みもあるだろうし。
横恋慕した相手を道連れに自殺した警官もいたけど、ストーカーって精神状態尾がおかしくなっている場合が多いと思う。この自称もと愛人だって似たようなものではないのかしら。
鬼の首を取ったようにマスコミが追っかけるのは、あまりに低俗すぎて恥ずかしい話です。

菅さんのときもそうだったけど、民主党はスキャンダルへの対応がお粗末すぎると思う。
人選をして民主党の公認で議員にした人なら、ちゃんと責任もって対処したらどうなんだろう。
今回の記事に関しては、あまりに個人の尊厳を貶める行為。毅然と法的手段をとってもいいんじゃないかと思います。
人間、叩けば多少はホコリも出るだろうけど、そこをうまくやってくれないと、せっかくの追い風波が逆流してしまいます。
雲隠れさせてこじらせないで、ここは針のむしろでも何でも座る覚悟で潔く事実関係を説明させたら。
世間を騒がせたことを謝罪するなり、バカなことをしたが別れて正解の男だったと反省するなり、事実無根と胸を張るなり、すればどうなんだろう。10年も前のことなら、もう忘れてしまったととぼけても誰も責められないと思う。
民主党の幹部には全力で彼女をフォローしてあげてほしい。だって、こんなプライベートないいかげんなスキャンダルで、辞職にはならないでしょう? 支援者もかわいそうです。

そして、もし万が一この男の話(不倫という部分だけで十分です)が事実だとしたら、民主党の議員候補の人選はあまりにお粗末とあきれるばかりです。
まさか、ちょっと(見てくれがよくて)人気が出そう、名前が知られている(集票力がある)、というだけの理由で白羽の矢を立ててるんじゃないですよね? 人格や素行を、まさか、まったく考慮しないんじゃないですよね?
このお姫様と同時期に、なぜかプロゴルファーの父親というだけ(?)で有名人となった人が、民主党の公認を受けて当選。
ところが賭けゴルフをやっていただの借金でトラブルになっているだの、人格や品行に問題のある人物らしいことが明らかに(この話は自称もと愛人の与太話と違って、内輪では有名な話らしい。ちゃんとした人が実名で語っているようです)。
賭けゴルフは10年前にやったと本人が弁明したとかで鳩山さんが説明していましたが、それを信じる人なんているんでしょうか。

先の参院選で民主党が大躍進したのは、この国をなんとかしてほしい、安心して歳を取れる社会にして欲しいという国民の悲痛な叫びでした。私たちの期待に、応えて下さい。
員数あわせが至上命題なのはわかりますが、誰でもいいはずはない。それなりの、その後問題は起こさないようなちゃんとした人物を候補に選んで欲しいと思います。
ミッテラン大統領(当時)は非嫡出子の存在をすっぱ抜かれても「それが何か?」と平然としていたものでした。日本とはずいぶんお国柄が違いますね、真似て欲しくはないけれど。
posted by dashi at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月23日

監督の熱中症

甲子園で準優勝した広島・広陵高校の監督が、押し出しとなったフォアボールをはじめ、一連の審判の判定に対して不満をぶちまけて、高野連に叱責を受ける事態になっているそうです。
http://sports.yahoo.co.jp/baseball/hs/news/20070823-00000081-mai-spo/
高校野球部の監督なら先生という立場でしょうに、ずいぶんあとのことを考えない軽率な行動をとったものです。
特待生もいない公立の学校に負けたのがそんなに悔しいのでしょうか。優勝旗を持って帰らないと立場がないというか、今後の自分の待遇にそうとう影響があるんでしょうかね。

一流の指導者なら、そんな愚かなはずはないけど…と思っていたら、去る18日のことですが、こんなニュースを見つけました。
この中井監督、第4試合の聖光学院戦の試合中に熱中症の症状を起こして、ベンチ裏で身体を冷やすなどの手当てを受けたそうです。
http://www.sankei.co.jp/sports/baseball/070818/bbl070818010.htm
(生徒たちは自分たちだけでサインを出し合って戦い、快勝したそうですから、日ごろの鍛練がものを言いましたね。)
もしかして、頭の中もまだ熱中症状態で、熱にうかれて理性がきかない。自分の行動を抑制できないでいるんじゃないでしょうか。
そうでも考えないと理解できない言動に思えます。
プロ野球では乱闘なんてこともたまにありますけどね、教育の一環のはずの高校野球ですから。

監督が試合中に手当てを受けるんだから、よほど体調が悪かったんでしょう。我慢できる限りは我慢したでしょうからね。
そうとうひどい熱中症で、無理していたと思います。ダメージもかなりあったんじゃないでしょうか。ふらつくとか、ぼんやりするとかいった後遺症が残っても当然という気がします。
それにしても、炎天下で走り回る選手じゃなくて監督が熱中症とはね。歳のせいでしょうか、ベンチの中もさぞかし暑いんでしょうねえ。
先日も書きましたが、熱中症で深刻な犠牲者が出る前に、大会の真夏開催自体をよく考えてほしいと思います。


posted by dashi at 22:24| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月20日

失くしたもの

中華航空機爆発炎上のニュースには驚きました。
まさに危機一髪だったみたいですね。パイロットが窓から飛び降りるなんて話、聞いたことがありません。
怪我した人もいるようですが、大惨事に至らなかったのは何よりでした。
乗客が巨大な滑り台みたいな(ダストシューターのような、と形容している局もありました)救命装置で脱出する映像が(不鮮明ながら)流れ、ああ、ほんとにあんなふうになってるんだ、と興味をひかれました。

私は昨年から何度も九州まで往復しその都度航空機を利用しましたが、乗ったらまず必ず救命具の説明があります。
(酸素が必要となったらマスクが自動的に降りてきます、という説明を聞くたびに、飛行機って危険な乗り物なんだなあとあらためてちょっと緊張します)
以前は乗務員が数人通路に立ち、手にマスクや救命胴衣を持って、こうやるんですよと実演して見せてくれていました。
そのあとは受像機が入って実演の映像になり、現在は可愛らしいCGを使った説明になっているようです。

その映像のイラストで、あの滑り台型救命具は何度も見ていました。
それの印象から、私はもっと幅の広い、2、3人並んですべることの出来るものだと思い込んでいましたが、きょう見た映像では一人ずつが精一杯というくらい幅の狭いもののようでした。
一人ずつすべる方が怪我はしないと思いますが、脱出までに時間がかかりそうですね。大型機だとまた違うのかもしれません。

ところで、すべり降りる人の映像を見て私が思ったことは、みんななんにも持ち出せなかったんだろうなということ。
CGを使った解説でも、手荷物は一切持ってはいけないと言っていました。時計やネックレスもはずすんじゃなかったでしょうか。たしかに身につけたままだと危険は増すと思います。
娘が小さいとき、首にかけていたおもちゃのネックレスの鎖が、らせん型の滑り台の金具に引っかかって、危うく首吊りしそうになったことがありました。滑り台に金具は危ないと思います。
とは言え、それがいざというときの換金用にいつも身につけている金のネックレスや、大事な人の形見だったら、はずせと言われても抵抗したくなりそうですね。女性だったらハンドバッグは抱えたまま降りたいと思うでしょう。

きょうの爆発直後は、命が助かっただけでありがたいと神に感謝するかもしれません。
でも日が経つにつれ、失くしたものへの未練がつのることと思います。着陸直後だから、預けた荷物はまだ全部貨物室の中だったのでしょうしね。
燃えてしまったものの中にはお金で補償できないものもたくさんあることでしょう。
無事だったんだからよかったよと慰められても、ゼイタク言っちゃバチ当たるよと突き放されても、澱のように胸の底に溜まったものに引きずられて、辛い思いをするかもしれませんね。
…爆発炎上のニュースに何を思うかは人それぞれでしょうが、私が思ったことはそんなことでした。

阪神大震災の折、こんな例を聞きました。
その人は旧家の立派な家に住んでいて、地震のほんの数ヶ月前に大金(1000万単位)かけて家の全面補修をしたばっかりだったそうです。ところが家は地震であっけなく全壊してしまった。
その人はショックで重い鬱になり、数年後には病死してしまったそうです。
地震で5000人だかの人が亡くなったのに、せっかく助かってもこの人には生き残ったことが救いにはならなかった。失くしたものがそれほどに大きかったのでしょうね。
先ごろの新潟の地震で、避難してきたおばあさんが、「命があっただけまし、命が一番」とさばさばと語っていましたが、その気持ちをずっと持ち続けて前向きに生きてほしいと思ったことでした。
posted by dashi at 23:20| Comment(3) | TrackBack(1) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月18日

猛暑

今朝は涼しくて、気持ちのいい目覚めでした。
西の方では暑かったらしいですが、こちらは昨日までの猛暑を忘れるような気候でした。秋も近いですね。
油断すると揺り戻しがコワいですが…。
きのう横浜駅でルミネの本屋さんに寄ろうとしてエレベーターを待っていたら、気持ちの悪くなる暑さでした。サウナに入っているような、と形容したらいいでしょうか。
風通しの悪いところはたちまち気温が上がるようです。地下街にもエアコンが入っているらしくて、天井に冷房効果を上げるための小さいスクリーンが吊るしてありました。

自宅に居ながら熱中症で亡くなる人が続出していますが、さもありなんという暑さの中、甲子園ではいつものように熱戦が繰り広げられています。文字通りの「熱」戦ですね、学ラン姿の応援団員をはじめ、観客にとっても拷問じゃないかと思えます。
(私も昨年だったかここで書きましたが、名物のかちわりがバカ売れしていることでしょう。)
選手はよくまあ、みんな走れるなあと感心しきりです。並みの肉体ではないのでしょうね。
昔は、沖縄や鹿児島のチームが有利で、暑さに慣れていない東北北海道のチームは早々に敗退、という図式でした。沖縄代表の選手は他の地域の選手とは肌の色も違っていたような記憶があります。
今は事情も変り、北海道のチームが優勝するような時代になりました。北海道の高校に所属するといっても道産子は少なくて、全国から精鋭が集まっているのでしょうし、甲子園の暑さを意識した練習もしているのでしょう。

それでも、この暑さでは本来の力を発揮できなかったり、体調の悪さを言い出せない選手もいるんじゃないかと気になります。
熱中症で死者が出るとか、重い後遺症が残る選手が出る前に、夏の甲子園開催は再考したほうがいいんじゃないかと私は思っています。
やめるわけにはいかないなら、気温何度以上は涼しくなる夕方に始めるとか、なんとか工夫できないでしょうか。
私も在校中貸し切りバスで母校の応援に駆けつけ、一勝して旅館に泊まった経験があるので、スケジュールが狂うと出費がかさむ(遠方の応援団関係者が連泊すると額も半端じゃない)のはよくわかるのですが。
ドーム球場は人工芝だからやるわけにはいかない(慣れてないと滑って危険?)と聞きますが、それも検討してほしいと思います。
暑さに負けないで頑張っている選手を、無邪気に称える気には、とてもなれません。

24時間テレビとやらで、今年66歳になる欽ちゃんがチャリティーマラソンに挑戦するそうで、お医者さんの団体が「医学的に非常識」と批判しています。
http://www.asahi.com/culture/update/0817/TKY200708170305.html
この記事によれば、欽ちゃんってヘビースモーカーなんですね。
(ほかのサイトの情報では、一日40〜60本吸うそうです。健康診断でも肺に問題があるから禁煙するように言われているとか)
そして70キロも走る気らしいです。
本人は7月に合宿までやって走る気満々らしいですが、テレビ局、こんな無謀なこと、やらせていいんですか? 明日がもしまた猛暑なら、命取りにもなりかねないですね。

こんなことで感動や勇気を押し付けないでほしい。
地震や猛暑は、人間には刃向かうことの出来ない大きな力。少しでもその被害を小さくするように、謙虚にやり過ごす叡知を持つべきだと思います。
posted by dashi at 23:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月12日

日航機事故の思い出

きょうは日航ジャンボ機墜落事故の起こった日です。あの惨劇からもう22年が経過したそうです。
私などはテレビの画面に釘付けになったものですが、もう事故の記憶もない世代も増えたことでしょう。
夕方のニュースで「連絡が途絶えた、レーダーから機影が消えた」と一報があって、山が燃えているとか、火の玉が飛んでいったと目撃情報があったとか、続報がわずかにありました。
墜落を避けられないと判断した機長が、二次災害を防ぐために人里離れた山の中に機体を運んだものだったと記憶しています。これがもし本来のルートを飛んだままだったら、被害もさらに甚大だったはずです。
でもそのために捜索は明るくなってから(一晩経過)と出遅れ、救出活動は難航を極めました。

一説によれば、事故を察知した、静岡県に駐留していた米軍が協力を申し出たのに、日本政府はそれを断ったとか言われました。米軍の最新鋭の軍用機(夜間でも飛べるヘリとか?)の威力があったら、生存者はもっと増えていたかもしれません。
(米軍のヘリがいち早く現場に駆けつけたのに、命令で引き返したという話もあります)
生存者は4人きりでしたが、助かった人たちはあまりひどい状態ではありませんでした。(それでも腰の骨を折るなど、軽い怪我ではないですが。)救出までに時間がかかったことから、一刻を争う重傷者はそれまでにみな亡くなったのではないかと思っています。
墜落当時は生存していた人も夜闇の中で絶命したという事実は、奇跡的に生還した川上慶子さんの証言で明らかになりました。大勢の声が聞こえ、慶子さんの妹やお父さんも初めは声をかけあったりしていたのに、だんだん聞こえなくなったそうです。

川上慶子さんは当時まだ小学生だったでしょうか、スリムで短髪だったから、最初「男の子が生存」と速報が流れました。
自衛隊のヘリコプターに抱きかかえられて収容される映像には私も涙がこぼれました。
夏休みの家族旅行が最悪の結果になってほんとうに気の毒なことでした。後年、看護師として元気に働く彼女の消息を聞いて、我が事のように嬉しく思いました。
慶子さんに関しては「奇跡の少女」と救世主的扱いで好意的でしたが、偶然乗り合わせていた日航乗務員の女性は(ごく一部の人に)いわれもない中傷を受けていました。事故を起こした日航に対する不信感が彼女に向けられたのだと思いますが、人間の冷たさ卑劣さを思い知らされる嫌な出来事でした。
この女性は後に専門家らしい詳細な証言をして、事故調査や再発防止に大いに尽力してくれたと思います。

当時、航空機は今ほど一般的でなく、ことに羽田−大阪路線は新幹線もあることですからどちらかと言うと贅沢な感じでした。航空券を高いと思わない(時間を買う)裕福な層が多く搭乗していたのではないかと思います。
歌手の坂本九さんが乗り合わせていたり、どこかの社長さんなど重要人物も多数犠牲になりました。
ダッチロール状態で数分飛んだから、家族宛に遺書(メモ)を書き残した人も多く、数々のドラマが報道されました。
生存者の証言でも、機内は助け合って救命具をつけるなど乗客は比較的冷静で、乗務員の指示に良く従ってくれたような話でした。日本人じゃないとこうはいかないんじゃないかと思いました。

事故機の一本前の便、あとの便に乗った人は何事もなかったわけですよね。家でそんな話をしていたら、夫が「親父はアメリカで命拾いしたんだって」と話し出しました。
義父は仕事の関係でときどきアメリカに出かけていましたが、その日、相手(取引先)に引き止められて予定を一日延ばしたそうです。そんなことはめったにない人で、予定を変更するのも初めてだったとか。
そしたら、乗るはずだった飛行機(国内便?)が墜落して、多数の死傷者が出たということでした。
もしかしたら、その機にキャンセル待ちをして乗った人がいたかもしれません。人の運命って紙一重ですね。

私の良く知る知人は、報道記者として取材のため日航機墜落現場に向かいました。
電車や車で行ける所まで行って、あとはクマザサをかき分けながら何時間も歩いたそうです。そのクマザサは人の背丈ほどもある深いもので、一歩一歩踏みしめてたどり着くまでに、すっかり消耗してしまった。
人に先んじようと単独行動で急いだら、途中で方向を間違えて迷いそうになった。周りはひと気のない原生林、ここで遭難したら死ぬしかないと頭を掠めたとか。タフな人ですが「オレはいったい何をしてるんだろう」と自問せずにおれなかったそうです。
すごい臭いに、真夏の太陽。ヘリの爆音。この世のものとは思えない墜落現場ではずっと吐いている記者もいたそうです。
途中の木の枝にひっかかった肉片や焦げた遺品の写真がFOCUSに載りましたが、あの通りだった。この取材で人生観がすっかり変わったとあとで話していました。「どう変ったの?」と聞いても簡単には言葉にならないと、教えてもらえませんでしたが。

私の記憶だけで書きましたが、なにぶん昔のことですから、もし事実誤認があったらお詫びいたします。
posted by dashi at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月11日

でき婚は真似しないで

ダルビッシュ有なる青年は、そりゃあ文句なしにカッコイイです。
野球選手というのは特別なオーラがあってとにかく素敵、と書いていたのは作詞家の山口洋子さんだったと思いますが、その中でも投手となると格別ですよね。
中東系(イラン人)の血を引くエキゾチックな顔立ちに、196センチの長身。鍛えぬいた肉体。
どんな球種でもマスターしてしまう天賦の才能に、あまり笑わないクールな印象。

稼ぐだけじゃなく、 特定非営利活動法人 日本水フォーラムの「ダルビッシュ有 水基金」というのもやっていて、一勝するたびに10万円ずつ寄付。賛同する人の寄付も併せて、開発途上国の水資源開発のために資金提供しているそうです。
http://darvish-yu.jp/waterfund.html
この基金の説明に、
<※基金は、日本水フォーラムの活動・経費等には一切充てず、全てを「水で生命を救う活動資金(海外送金経費等を含む)」として充当します >
という一文がありました。非営利団体の活動に対しては、寄付金の使途について明朗でない団体に批判があるからでしょうね。
ダルビッシュ有、若いのになかなかやりますね。

まだ高校生のころにタバコを吸いながらパチンコしてたのを写真週刊誌に撮られ、謹慎したのもものかは。日本ハム入団後は、それがどうした、とせせら笑いそうな活躍ぶりです。
(こういう不良っぽいのがまた、女性受けするんですよねえ。親の金で遊んでるんじゃないし。)
喫煙すると背が伸びないと聞いてますが、彼の場合はDNAの方が勝ちましたかね。
いずれにしろ品行方正な青年ではないようで、いわゆる不純異性交遊も年季が入っていそう。きょうは早々と恋人の懐妊と結婚することをお立ち台で宣言しました。

これほどの人気者で、堂々としているから、マスコミはとても好意的です。おめでとう、と祝賀ムードいっぱい。
小倉キャスターが「巨人だったらゼッタイもみ消されてたよ!」と言ってましたが、私にも「よくもまあ…」とあきれる軽率さに思えます。
(相手の女の子は事情通によれば「とてもいい子」だそうですから、うまくいくのかもしれないけど。彼のお父さんも早婚だったらしくてまだ40歳とかいう話ですね /訂正:47歳だそうです。私が40代と40歳を聞き間違えたのだと思います、どうも失礼しました。12日記)

できちゃった婚、今は「でき婚」と言うらしいですが、珍しいものでも恥ずかしいものでもなくなったような風潮に、私は大いに不満です。
安室奈美恵、土屋アンナ、最近ではモーニング娘のなんとか。まだ遊びたい盛りの年齢で妊娠して結婚、出産。
そりゃ、中絶よりはいいですよ。でも出産が一過的なものならともなく、生まれてきた子どもに対してはそのあとずーーーっと母親として責任を負うわけでしょ。育児は放棄できませんよ。
代わりに育ててくれる人がいるのかもしれないけど、成り行きで覚悟もなく安易に母親にならないでほしい。
でき婚でないとたぶん結婚できなかった(から、確信犯の)人気者の真似をして、避妊をさぼらないでほしい。

私はどうしても考えてしまいますが、生まれてきた子が重い障害を持っていたらどうする? そのときはわからず、数年後に知的障害がわかったり、病気や怪我で障害が残ったら。
障害がなくても、親からしたら「とても出来の悪い」子だったら? ブサイクで頭が悪くて、かけっこしたらビリ。いじけて暗い性格だったら?
ちっとも可愛く思えなかったら。この子のせいで私の人生台無しだ、と憎らしくなったら…。
まさか、赤ちゃんポストに入れてしまえ、なんて考えないでしょうね。
でき婚は真似しないで。見習うとしたら山口百恵みたいにいさぎのいい、真剣な生き方を真似てほしいと思います。
posted by dashi at 00:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月07日

角界に言いたい

仮病でおしおきを受けたはずの横綱が、抑うつとやらで帰国が検討されてるらしい。それじゃ謹慎でもなんでもないんでは? 
帰国させるんなら廃業届けを出させてからにしろ、と思ってる相撲ファンも多いんじゃないでしょうか。
謹慎期間にちゃんと監視(指導?)ができないのが見えてるからかしら。無断帰国しそうだもんね。

仮病で巡業をさぼり、モンゴルで元気にサッカーする。その映像が日本で流れてしまったからごまかしようがありません。
巡業を楽しみにしていたファンや、準備に奔走した東北の後援者はいい面の皮です。
審議委員会も巡業部長も、バカにするなって本気で怒っているのに、親方はかばう(励ます)だけ。違うでしょ! …この人が将来を期待されながら横綱になれなかった理由がわかるような気がする。

横綱の地位にある人間が平気でウソをついてトンズラするなんて、信じられない。横綱が泣くってもんです。
一人横綱で何年も頑張ったからって、それとこれとは話が別。その間べつに無給のボランティアしてたんじゃないでしょう。休暇だってないわけじゃない。
新横綱が誕生して、横綱土俵入りの代わりが出来たからいいだろう、という理屈でしょうか。ずいぶん甘く見られたものです。
双羽黒はさっさと辞めさせた相撲協会も、今はずいぶん商業主義というか、弱腰になりましたねえ。

私の祖父は老いたのちテレビで相撲中継を見るのが一番の楽しみで、キセルをくわえながらじーっと見ていました。ひいきの力士が出ると正座して応援していたものです。
私も祖父の傍らで柏戸・大鵬や明武谷の名を覚えました。
ずっと庶民の娯楽として親しまれてきた、相撲の長い歴史をないがしろにしてほしくないです。

八百長疑惑は裁判に持ち込まれたようだけど、若い(15歳?)弟子がしごきという名の集団リンチで亡くなった事件は、どうなったんだろう。
上はわがままし放題、それをじかに諌める人もなく、「にんべんにゲンコツ」が残る古い社会。
…こんなことをしていては、今後も新弟子が集まらず(前回は応募がゼロと聞いています)、相撲人気は廃れると思います。

posted by dashi at 23:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月31日

子どもの万引き

大阪から修学旅行に来ていた中学生が、東京ディズニーランドで集団万引きをしていたそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070731-00000907-san-soci
TDLは警察に被害届を出さず、学校は商品を店に返させて、反省文を書かせただけ。
「見つかって運が悪かったな。まったくドジを踏みやがって」と笑いながら話している生徒たちの顔が見えるような事件だと思いました。
TDLは大口の顧客を失いたくないし、学校はできることなら秘密裏に済ませたい。たとえ捕まったとしてもたいした処分を受けないのは生徒も見越してのことでしょう。即退学処分となる私立の生徒なら、誘われてもかなりためらうんじゃないでしょうか。

こういうのは、警察に突き出してぎゅうぎゅうに油を絞ってもらうべきではないんですか。もう絶対しないぞって思い知るべきだと思います。
そうでなければ再発は防げないんじゃないでしょうか。
もし黒幕がいて、その子がいじめの一つとして万引きさせていたなら、学校の先生の手に負える相手ではないでしょう。学校から引き離して警察に任せるべきです。
やっていいことと悪いことのけじめは、厳然とつけるべきだと思います。

万引きに関しては、不愉快な思い出があります。
娘が、クラスの男子が万引きの成果を自慢している、と私に訴えたことがあったのです。
どこそこの店はやりやすいとか、何人かの生徒がよく教室の話題にしていたそうで、娘はそういうのが嫌でいやで、学校に通うのが苦痛でたまらないようでした。聞いた私はとても驚きました。
折りよく学校で個人面談があったので、私は担任にその話をしました。担任は30代始めぐらいの男性教師でしたが、話をそらして、まともに聞いてくれないのです。娘から聞いた実名をあげても、「その生徒はとてもいいお子さんですから」と取り合わないのです。
「聞かなかったこと、なかったこと」にしたかったんでしょうね。

ギターで弾き語りをしてくれるという、明るく人気のある先生のようでしたが、私はすっかり失望してしまいました。万引きして、その成果を競っているのが事実としたら、それは「たいしたことない」ことなんでしょうか。
べつにその子を呼び出して問いただせと言ってるんじゃありません。クラスでさりげなく万引きの話題を取上げて、「もしやったことのある子がいたら、反省して、もう二度とやるなよ」と言ってもらうだけでも、かなり効果はあったと思うのです。
勇気を持ってチクってくれた娘の気持ちは無視されたままでした。もし娘が、自殺したくなるほどひどいいじめに遭っても、この先生は何もしてくれないだろうなと思いました。

うっかりしたことを言うと、すぐさま問題視される風潮は確かにあります。
生徒を疑うようなことをすれば、「うちの子を泥棒呼ばわりするのか」と怒鳴り込んでくる保護者もいるかもしれません。

それでも万引きはいけない。窃盗は刑法犯です。
「刑法第二百三十五条  他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」
子どもだからって大目に見るべきではないと思います。
posted by dashi at 23:39| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月30日

責任は取るべきだ

とうとう農民票が離れたな、農民票が取れなければ自民党は勝てないのでは、と昨夜の開票速報を見ながら思いました。
保守色の強い地方で自民党が負けるなんて、こんなこと初めてです。一人区で野党が勝つなんて信じられない、おとなしい日本人も目覚めたなあと思いました。

だから首相続投と聞いて耳を疑いました。
これだけわかりやすい民意を、無視するんですか。いったい、誰のための政府なんでしょうね。
(お人よしで)部下をかばうだけじゃなくて、自分にも大甘な人だったんですね。
続投を支持するセンセイ方は、いったい、どんな弱みを握られてるのかと思いました。
これじゃみっともなくて恥ずかしい、責任を取るべきだって鈴をつけにいくのに、それほど勇気が要るんでしょうかね。
伊吹文部大臣あたり、年の功で捨て身になって、進言してくれませんかね。

「ボクのせいじゃないもん! 反省するって言ってるんだからいいでしょ!」…って駄々をこねてるガキンチョみたいです。
この人について行きたくはないと大半の人は思ってるんじゃないでしょうか。
今回の結果に責任を取るということは、これだけの逆風にもめげず応援してくれた有権者に対しても、必要なことなんじゃないかと思います。
posted by dashi at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月28日

人のカネ

私は不思議でならないのだけど、赤城農相ってどうしてあんなに強気なんだろう。
政治活動費の二重計上問題について、「単純な事務的ミスで、すでに訂正している」と繰り返し、「ニセ領収書」と報じた週刊現代に対しては「弁護士と対応を協議している」そうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070727-00000155-mai-pol
実家を実体のない事務所にしたり、顔の絆創膏について聞かれても「たいしたことじゃない」と突っぱねる。
特権階級であると思い上がって、やりたい放題という印象を受けますね。今回が参議院じゃなくて衆議院の選挙だったら、この人が再選されるのかどうか興味深いところです。

一般企業で二重計上がばれたら、「単純な事務的ミス」じゃすまないでしょう。税務署からどれだけいじめられる、じゃない、温かいご指導をいただくことかと思います。
確定申告の折や税務署の査察が入ったときに、みんな「すまして」言いたいですよね、「あ、これ? 単純な事務的ミスが見つかりましたね、訂正します」って。「たいしたことじゃないでしょ? なにか問題でも?」って。
「訂正するからいいでしょ」で通るなら、世の会計担当者はどれほど仕事がしやすくなることか。

だいたい、自殺した前任者もそうだけど、人のカネ(税金)を気安く使わないでほしいものです。

新潟の地震で家をなくしたお年寄りが、灼熱地獄の避難所で仮設住宅に入れるのを待ってます。あの人たちはこれから、家を始め失った多くのものへの未練とともに、不安でならない老後を送ることになります。
あの人たちだって、何十年にもわたって税金を納めてきた。これからも、たとえ最低限の生活を余儀なくされるとしても、モノを買うたびに消費税は払わなければならない。介護保険料だって年金からしっかり引かれます。
血税って言葉があるように、税金って庶民のなけなしの財布から搾り取ったものじゃないんですか。法人税だって、払うために企業は涙ぐましい努力をしていると思う。それだけの重みをわきまえて、大切に使わなきゃバチが当たるってもんですよ。

この間、ドーナツ屋におばあちゃんと来ていた小さい子が二人、かじったドーナツを「もういらない」と押しやっていました。
『そのドーナツ、いったいいくらすると思ってるの!食べきれないほどせがむなよ!』
と隣の席でムッとした私ですが、おばあちゃんはニコニコとそのドーナツを紙ナプキンに包んでいました。たぶん、おばあちゃんがあとで食べるんだろうなあ。(「使いますか」と折りたたんだ小さなコンビニ袋をあげたら、とても喜んでもらえました)
小さい子はしかたない(たまに会うおばあちゃんだから甘くなるのかもしれないし)けど、高校生ぐらいの子がもったいないことしてるのを見ると、「この子にお小遣いあげるためにお母さんはパートに出てるのかも」と複雑な気分になります。自分で稼いだカネならそんな使い方はしないんじゃないの、と思うことありますね。

閑話休題。
政治家がいいかげんなことを言ったりしたりするのは、有権者が甘いからだと思います。
甘くするとなめられるのは、朝青龍も同じですね。疲労骨折で巡業をお休みのはずがモンゴルに帰国してサッカーに興じるとは。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070728-00000014-sanspo-spo&kz=spo
今度ばかりは相撲協会もカンカンのようです。どうする、北の海理事長。
またまた閑話休題。
一般庶民が政治家に注文をつけることが出来るのは投票のときだけ。今回棄権する人は、自分の納めたカネがどう使われようとかまわないってことですね。赤城農相に文句を言う資格はないと思います。
posted by dashi at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月03日

辞任は当然だ

まったくとんでもない人物が防衛大臣をやっていたものです。

誰も「誤解」なんかしてません。
「発言が誤解を与えたから」じゃなくて、そんなことを考えている人物だと知られてしまったから。こともあろうに防衛大臣とはね。アメリカ追随は個人のレベルでやってほしい。
大臣に不適格な人物だということがバレバレになってしまったからには、もはや誰も庇えない。辞任は当然です。

私の実家にはかつて、原爆で焼け出された遠い親戚が身を寄せていたそうです。
私が生まれる前に亡くなったので直接は知らないのですが、原爆症で苦しんでいた様子はよく聞きました。親類の中には原爆手帳を持っている人や原爆二世が何人かいるようです。
私の同級生にも一人、小学生で白血病のため亡くなった二世がいました。
広島に住んだことありますが、広島は長崎と違って平らだから被害が大きく、市内に住んでいた人は大半死んでしまった。今の広島の住民はたいてい周囲から流れて来た「よそ者」だという話でした。
そんな大勢の無辜の民が、何のために残酷なやり方で殺戮されなければならなかったんでしょうか。

何の罰を受けるはずもない人たちが、突然巨大な放射能つき焼却炉に投げ込まれたんですよ。
「しょうがない」で済まされてはたまらないですね。
「過ちは繰り返しませんから」と誓ったんじゃないんですか。
沖縄など基地の住民に対しても似たような感覚なんでしょうかね。
「誤解、言葉足らず」と言い繕って粘ろうとした往生際の悪さも、任命した責任は棚上げで庇おうとした首相も、その姿は<お人好しで長くやりたい放題を許して来た>国民の目に、強く焼き付いたことでしょう。
堪忍袋にもサイズってものがありますよね。派手に破裂させるには投票に行かなくちゃ。
この絶好の機会に、野党は大いに奮起してもらいたいものです。


(パソコン不調で昨日はお休みしました)
posted by dashi at 21:58| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月01日

マスコミの良識

朝、テレビに肥満体のタレントが出ていました。太った体が売りのお笑い芸人のようで、たるんだ皮で後頭部にできた肉の段(くびれ)で「携帯電話の充電をする」という(私には)笑えないギャグをやっていました。
太っている(そのことでいじられる)以外にアピール出来るものがある人なのかどうか、よくわかりませんでした。
番組の企画で3ヶ月で30キロの減量、というのをやっているそうです。まあ、これはやったらすごいです。(KONISHIKIにもやってほしい)
すでに2ヶ月すぎたのにまだ13キロ(だったかな)しか減量出来てないそうで、本人は弱気。

「大丈夫、強力な助っ人を呼んであります」
というので、こりゃゲストに噂のビリーなんとか(ブートキャンプの)が出るんだと確信。つい先日来日して、仕事をしまくったらしいですからね。
民放だからさんざんじらされましたが、案の定、その通りでした。
ネットで話題になってる人なので、いったいどんなエクササイズをやるのか興味津々。
お待ちかねのブートキャンプは、たしかに効きそうでした。大勢で一斉にやるなら気合いも入って楽しくエクササイズ出来そうです。
(参考までに、こんなものです。http://xn--fdkvaj3f4db.sblo.jp/
一人ではそうそう続かないだろうし、わざわざ一本1万円以上もするDVDを買うまでもないような気もしましたが、元をとろうと思って頑張るならそれもいいでしょう。

件のタレントはすぐ汗びっしょり。あんな激しい運動をしても内蔵は大丈夫なのかなあと、私としてはちょっと心配になってしまいました。
あの運動を毎日少しでも続ければ、ブートキャンプの名の本来の目的(肥満体の軍人を短期間で絞る)通り、ごく短い期間でもシェイプアップ出来るんじゃないかと思いました。
それにしても、つまらない茶々(笑えないギャグとか)をいれてレベルを下げ、ダイエットを軽薄なショーみたいに見せる番組の作り方には大いに不満です。ビリーに対しても失礼なんじゃないかと思いました。
せっかくビリーをゲストに呼ぶなら、ブートキャンプがなぜ効果的なのか科学的に説明するとか、続けるためにはどんな工夫が必要かなど、視聴者に役に立つ情報を提供して欲しかったと思います。

Yahooに面白いニュースが出ていました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070701-00000022-jij-ent
アメリカの女性キャスターが、パリス・ヒルトンのニュース原稿をトップで読むのを拒否し、原稿を破ったりシュレッダーにかけたりしたそうです。
話題作りをしてもっと大手の放送局に移りたいとかいった売名行為でやった可能性もありますが(私はそのキャスターを知らないのでわかりませんが)、あまりのバカバカしさに腹を立てた良識ある行動だとすれば、よくぞやったと快哉を叫びたいですね。
パリス・ヒルトンをご存じない人はこちらをどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3
そもそも何故収監されたのかは棚上げにして(私は、ひどい事故を起こす前に彼女を逮捕した警察に勲章をあげたい)、なんとかおつとめが終わったら、まるで偉業を成し遂げた英雄扱い、獄中記も書くようです。こんな勘違い女は世のいい子に悪い影響しか与えないんだから、マスコミはゲテモノとして扱うべきです。
日本でも小倉キャスターが批判的らしいですが、売れりゃいいだけじゃなくて、マスコミには良識を期待したいです。
posted by dashi at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月28日

会社の罪

北海道・苫小牧の食品加工会社で、20年にもわたって呆れるような不正が行われていたのが明らかになりました。
肉の種類をごまかすだけなら、まだしも健康被害は(アレルギーの人を除けば)出ないかもしれませんが、臭いがするような古い肉や廃棄するはずの冷凍コロッケまで出荷していたそうで、いったい叩けばどこまでホコリが出るかわかりませんね。
他社で使っている袋を入手して、同じもの(用があるのは、そこに印刷された文面ですね)を印刷会社に発注して使ってまでいたらしいですから、かなり悪質です。いつばれるかと内心びくつきながらも、明るみに出ないままにずるずるとエスカレートしたものでしょう。
5年も前から、思い余ったもと役員が現物を持ち込んでまで再三告発したのに、放置した挙句いいかげんなウソで責任逃れをしようとする農政事務所(国・農水省)にも腹が立ちますね。

私も生協の店舗で件のコロッケを買って食べたこと何度かあります。家庭で作るようなコロッケとは似て非なるものですが、まあそこは妥協していました。
家で揚げるからアツアツだしコロッケは好物なので、毎回それなりに美味しくいただいていました。
いつも「ずいぶん安いものだなあ」と思っていましたが、安くあげるためにこんなからくりがあったなんて…。
規格外のジャガイモを(地元だし)大量に仕入れて原価を抑えているのかなと思ってましたが、いくらも入ってない(とっても少ないです)肉片をごまかすぐらいで、そんなに違うもんなんですね。

生協の商品は(生協は直接工場は持たず)委託製造していることは知ってました。
相手の工場には生協の定める厳しい検査基準があるに違いありません。合格したところにだけ委託しているのだと思います。
それなのにその会社が(ここでは北海道カト吉)孫請けに出すなんて、そんなこと許されるんでしょうか。カト吉の工場で作るものだから(と信じていたから)納入させてたんじゃないんでしょうか。
ミートホープ社や北海道カト吉の担当者は論外としても、生協の管理体制も甘かった。全国の生協利用者は「信じてたのに…」とがっかりしたことでしょう。

今回の事件を知って私がまず思ったのは、「パートのオバちゃんカワイソー」ということでした。操業停止になればパートは自宅待機、時給雇用でしょうから収入が途絶える。その間予定していた給与が入らなければ、みんな困ると思いました。
実はそんな生易しいものじゃなくて、会社は刑事罰対象になりそうで(封鎖?)、みんな失業ですね、未払い分の給与も退職金ももらえないんじゃないでしょうか。何も知らないで真面目に働いていたオバちゃんにしたら寝耳に水。再就職も難しそうですね。
(深刻さからいったら一家の主の正社員でしょうけど、正社員にはそれだけ責任もあるし)

それにしてもテレビカメラの前で「迷惑している。ちゃんと補償してもらわないと」とやけ気味につぶやいていたオバちゃんには、思わず「そりゃ違うでしょ」とつぶやいた私でした。
たとえ何も知らなかったにせよ、結果的に不正に加担していたのは従業員ならみんな同じ。「あたしゃ言われたとおりにしただけ、関係ない」ではすまさえないと思います。
迷惑したのは事実だし、私も大いに同情はするけれど、「被害者づら」するのは間違っている。会社への不満をぶちまけるのは内輪の場所だけにして、あそこでは沈黙するか、心ならずも「世間をお騒がせして申し訳ない」と神妙にするべきだと思います。

ここまで書いたところで、こんなニュースを見つけました。
解雇通告を受けた従業員が「一方的に解雇されるのは不当」として、27日付で労働組合を結成した、そうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070628-00000029-mai-bus_all
「全員解雇の撤回と雇用の確保」ほかを求め、「生活がかかっている」と涙ながらに訴えたということですが、この人たちは自分の働いていた会社がやったことを、ほんとにわかっているのかと聞きたくなりました。
たとえば唯一の路線を抱える鉄道会社みたいに、つぶすわけにはいかない会社は別です。ほかにいくらでも代わりがある、長年にわたって世間を欺いてきた会社の存続を、社会が許すと思っている? 悪いのは社長だけ?
重ねて言いますが、私も大いに同情はしますよ。でも、本当の被害者はあなたたちではないでしょう。泣き落としはみっともないです。


posted by dashi at 14:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月24日

情報提供

1992年に発生し未解決のままになっている(時期も現場もきわめて近い)2件の強盗殺人について、北海道警釧路本面本部(訓本と略するらしいですね)と釧路署が捜査検討会を開き、
「最後まで全力で事件解決に取り組むことを確認するとともに、現場近くの大型店で情報提供を呼びかけるビラを買い物客に配り、協力を求めた」そうです。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/society/33781.html
時効目前の、事件から15年もたつ今じゃなくて、どうしてもっと早くやらなかったんでしょうね?
時効寸前のキャンペーンが功を奏して逮捕されたというと福田和子を思い出します。緊張の糸が切れたのか収監されて間もなく亡くなりました。時効寸前じゃなくてもっと早く捕まえていれば、被害者も浮かばれ、彼女もちゃんと罪を償い更生出来たと思います。

刑法が改正されて現在は殺人事件の時効は25年(死刑に当たる罪)になっていますが、これは法改正以降に発生した事件に適用されるので、改正前の事件は時効15年のままです。
それでも15年は長いです。事件当時5歳の子なら成人を迎えてしまう。もしかしたら被害者の遺族にも無念のうちに亡くなる人がいたかもしれません。
上の事件は92年の7月と8月に相次いで起こった強盗殺人事件だそうです。北海道の釧路地方ですし、15年前なら行きずりの外国人の犯行といった捜査しにくい事件でもなかったでしょうに、迷宮入りしそうなのは残念です。
それにしても、一般の人に情報提供を求めるなら、もう遅すぎるのでは。初期の捜査が決め手になるんじゃないでしょうか。
犯人を見た人がもしいたとしても、事件の経過とともに記憶は不確かになるし、犯人だって風貌がかなり変わってしまうでしょう。証拠物件だって残っているわけがない。
時効になりそうだとあわてて情報提供を求めるのではなくて、もっと早い段階で、マスコミに協力を呼びかけてキャンペーンを張ったらどうなんでしょう。福田和子だってそれで捕まったんだし。

ほんとに情報を求める気があるんだろうか、と私がかねがね疑問に思っているのはオウム真理教の3人組です。
あの3人の写真はあちこちで見かけます。もし今でもあの3人が写真そっくりの姿かたちだったら、そりゃ通報のひとつもあるかもしれない。でもそんな間抜けなことはあり得ないですよね。
とってつけたように、少し顔のシワを加えたイラスト(「現在のイメージ図」だそうです)が公開されています。
http://www.iga-younet.co.jp/modules/x_movie/images/shots/688.jpg
あれで情報が集まると警察が本気で考えているとしたら、あまりにおめでたいと思います。
スキンヘッドを含めた各種の髪型を想定し、正面、横顔、斜め下、笑った顔に怒った顔、驚いた顔、寝顔、泣き顔。10キロばかり太った、痩せた顔。各種眼鏡着用。
写真(動画がベスト)を手を尽くして入手し、コンピューターグラフィックスを駆使して加工し、あらゆる表情の顔を掲示するべきじゃないんでしょうか。

イギリス人英会話講師の若い女性を殺して逃走している男についてもそうです。
身元までわかっているのに、どうしてもっと本気を出して探そうとしないんでしょうか。
あの眠そうな顔の写真だけじゃなくて、にっこり笑った顔、考え込んだような顔、上を見上げた顔、長髪などなど。知人や身内に写真を提供してもらうなり、CGでシュミレーションするなり、やりようはあると思うのです。
被害者の父親が来日して会見した時、その流暢な日本語に胸を打たれました。お父さんが日本びいきだから彼女も日本に関心を持ってやって来たのだと思います。
治安のいいはずの大好きな日本で、まさかこんな恐ろしい目に遭うなんて微塵も予想していなかったでしょう。早く犯人を挙げて、彼女の霊を慰め、お父さんに報告してあげてほしいと思います。

もうひとつ、暮れの東京の街中で、一家4人がむごたらしい殺され方をした事件も。
犯人に結びつくと思われる情報が、ずいぶん時間がたってから小出しにされている印象を受けます。後手に回りすぎていませんか。
今は次々と驚くような凶悪犯罪が起こるので、世間の関心もいつまでもひとつの事件に留まっていません。発生当時は大きなショックを受けた事件も、そう言えばあったわねえそんな事、という位置づけになってしまいます。

最近は何か事件が起こると、被害者を異様に英雄扱いしてお涙頂戴に仕上げてしまうマスコミの風潮も気になっています。
被害者をいたずらに美化したストーリーを作るのではなくて、冷静な目で事件を見てほしい。客観的事実を提示し、解決に結びつく手がかりがないか情報提供を呼びかけ、再発防止策を考えてほしいと思います。


posted by dashi at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月21日

朱鷺の飛ぶ空

中国産のおもちゃ(機関車トーマス)から有害な鉛が検出され、話題になっています。
塗料に鉛を混ぜると、安いコストできれいに仕上がるらしいですね。100円ショップで買ったおもちゃを、なめて遊んでいる赤ちゃんからあわてて取上げたお母さんもいたかもしれません。
きょうは中国産ピーマンから禁止農薬が見つかったというニュースも見ました。
シイタケもピーマンも中国から輸入するしかないなら、輸入商社は監視を緩めないでほしいですね。
国内にいったん入ってしまえば、消費者が国産の野菜にこだわったところで、加工されて外食のランチや給食、冷凍食品にも使われるのでしょうし、防ぎようがないと思います。

もうずいぶん前のことになりますが、無農薬をうたった、日本で販売する冷凍用のほうれん草を作っている中国の農場を訪ねた朝日の記者が、農薬を使わないで青虫を「箸で」取り除いているという記事を書いていました。
その記者は相手の話をまるきり信用していたようで、中国の人の細やかな心配りで無農薬の野菜が供給されると感激した様子でした。私としてはかなり胡散臭く思っていたところ、案の定、そのすぐあとに禁止農薬検出で回収騒ぎになりました。

だいたい、青虫を一匹ずつ箸でつまんで駆除するような原始的な農法で、売り物になるような青菜を一定量供給できるわけがない。宮崎産マンゴーみたいに法外な値段がつけられる作物ならともかくね。
ホントに虫を箸でつまんでいると信じた記者は、かなりおめでたいと思いました。
中国の農民だって、なにも滅私奉公のボランティアではありません。ペイしないことをやるはずないです。
ほどほどの値段で無農薬の野菜を供給したいなら、管理された工場で人工太陽の光を浴びたものしかないと思います。(小松菜や小ねぎ、スプラウトではもう出回っているようですね)

ところで、日本の朱鷺(トキ)が絶滅したのは、乱獲(美しい羽根が珍重され、その肉は産後、冷え症の妙薬とされた)で数が減ったところに、1950年代から使われだした化学肥料と農薬で餌が激減したかららしいですね。見通しのいい高い木に巣(ねぐら)を作るので、それが出来なくなる森林の伐採も拍車をかけたようです。
朱鷺が棲めなくなった環境の意味するものを、私たちはもっと考えるべきなのではと思います。有吉佐和子「複合汚染」も知る人が少なくなり、環境汚染に対する感覚がかなり麻痺している気もします。
中国から贈られた番から増殖を試みている(現在108羽)佐渡トキ保護センターでは、朱鷺を野生に帰す日を目指して、生息地となる周囲の森と水辺の確保や、有機農業推進とセットで取り組んでいるようです。

中国でも朱鷺の保護政策が進められていて、陝西省の保護区(洋県。佐渡の朱鷺もここから来た)では、朱鷺のエサ場となる麓の村での農薬や化学肥料の使用が制限されています。
先日テレビで見た映像では、農民が不満そうに「朱鷺のせいで収益があがらず大変だ」とこぼしていました。
農薬や化学肥料を使わないで生産性が落ちる分に対しては補償を受けられることになっているのでしょうが、実際には農民の手に渡る前にピンハネされているのかもしれないなと思いました。

野生の朱鷺が繁殖できる土地は、人間も含め朱鷺以外の生物にとっても(一部は朱鷺の餌になるにしても)豊かな自然の残る天国。
日本の佐渡でも、朱鷺が生息できるくらいなら人間にとっても安全な作物が生産されるはず。この点をうまくPRして付加価値のついた農産物を作り、朱鷺の棲息できる地域を広げていけないものかと思いました。
朱鷺はニッポニア・ニッポンの名のとおりかつては日本全国で普通に見られた、朱鷺色(淡紅色)の羽を持つ美しい鳥です。(下のサイトに羽を広げて飛翔する写真があります)
http://www4.ocn.ne.jp/~ibis/goannai.htm
広い空を飛び交う野生の朱鷺を、私も一度見上げてみたいです。


posted by dashi at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月16日

介入が遅すぎる

英会話のNOVAとコムスンで学ぶ人に対して、「教育訓練給付金」が出ないことになったそうです。
その補助金を当て込んで受講を申し込んでいた人(今からキャンセルできるのでしょうか?)にとっては、とんだ迷惑。わざわざ役所や勤務先で用紙をもらって申し込んだのでしょうに、時期が悪かったとあきらめるには不満が残ることでしょう。
教育訓練給付金についてはこちらに詳しい説明があります。
http://insurance.yahoo.co.jp/social/info/unemployment_each_03.html

私の知っている人は大手企業を早期退職して、会社の世話で学校に通い資格を取りました。今のところ、その資格を生かして再就職するつもりはないけど、自己負担がないから申し込んだと言っていました。面倒見のいい会社で、退職後のことまで心配して勧めてくれたようです。
この人はほかに再就職するだけの技術や人脈もあるよううでしたが、ない人にとっては、この制度が出来て助かっていると思います。
私が受講したパソコン講座もこの給付の対象になっていたようで、みなさん書類をもらっていました。マウスにさわったこともない人がエクセルを操作出来るようになるのだから、教育訓練という意味ではとても実効のある講座でした。
この制度を創設した人は、こういう実効のある使い方をしてほしいと思っているでしょう。お粗末な授業や不満が残るような教育に、食い物にはされたくなかったと思います。

それにしても、NOVAで途中解約するとかなり割高で納得できないとか、希望の時間に受講できないといった不満は、全然関係ない私の耳にもずいぶん前から届いていました。
どこかのサイトでは、以前NOVAで働いていたという人が、資料をもらいに来た(だけの)人を入会させないとペナルティーがあるとか、文句言ってくる人をなだめるのが大変(マニュアルはある)といったことを書き込んでいるのも見ました。(NOVAならずとも英会話学校はノルマもあってきついらしいですね)
こういう不満が行政に届いていなかったとは思えません。
いきなり学校の存続が危ぶまれる事態になる前に、もっと早い段階で厳しく(全くしてないとは思えないので、なめられない程度に)指導するとか、マスコミにリークして自浄作用を期待するといったことを、してくれていてもよかったんじゃないでしょうか。

コムスンのこともそうです。利用者が7万人にも膨れ上がる前に、きっちり指導するべきではなかったのですか。
介護保険を利用している人は、(そうでない人もいますが)毎日が綱渡りです。急にコムスンのサービスを受けられなくなって介護疲れの殺人や無理心中が起きたら、いったい誰が責任をとれますか。
コムスンの不正を告発した人が今までいなかったはずはないです。内部告発や生活相談センターへの電話相談は多数あったに違いありません。放置できない数に達しただけだと思います。

私はソフトバンクのことで消費者生活センターに行ったことがあります。(近くまで行く用があったからついでに寄っただけで、そう切羽詰ったことではありません)
「どう考えてもおかしいと思うのだけど、こういうやり方は問題ではないのか」と相談員に訊ねたところ、
「実はソフトバンクについては相談が多数寄せられています」ということでした。
センターは問題のある相手と相談者との仲介をするだけ(上に報告はする)で、相手の事業を差し止めるといった権限はないそうです。多少圧力にはなるでしょうが、意に介さないようなあつかましい企業相手だと、適当にあしらわれるのだろうと思いました。

そしてそこでは「ぜひ、ここに電話して訴えて下さい」とメモをくれました。
「総務省 電気通信消費者相談センター、消費者用相談窓口  電話:03-5253-5900」
(この場合ソフトバンクだから電気通信になります)
国は、少数の意見には耳を貸さないのだそうです。無視できないくらいたくさんの人が電話して苦情を言い、看過できない惨状を切々と訴えて、初めて動いてくれるのだそうです。

それでは遅すぎます。
犠牲者がわずかなうちにこそ介入し、適切に指導するべきだと思います。処分に至らないうちに改善されれば、社会的影響も未然に防げ、お互いその方がいいんじゃないでしょうか。
第二のNOVA、第二のコムスンを出さないよう、芽は早く摘んでほしいと思います。
posted by dashi at 23:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月14日

やっていいこと、悪いこと

高田の馬場・スーパー「オリンピック」の火災で、近くに住む小学生が放火の疑いで補導されたそうです。
きのうニュースを聞いて「知的障害の子じゃないのかな」と思っていたら、案の定、そう書いた記事を見つけました。
http://www.sankei.co.jp/shakai/jiken/070613/jkn070613003.htm
ショッキングなニュースのわりにその後の報道が控えめ(続報を聞かない)なのは、やはりこの知的障害というのが大きいんじゃないかと思っています。
同じ知的障害の子(最重度の知的障害を伴う自閉症)を持つ身としては、世間の目が厳しくなるようで複雑な気分。
児童相談所に通告されてそのあとどうなるのか知りませんが、こういう事件を起こしても知的障害があるからと全く社会的制裁を受けなくてもいいとすれば、それは大いに疑問です。
子どもに知的障害があるのは母親のせいではない。でもそういうことをしかねない知的障害のある子なら、目を離さない責任が周囲(この場合は母親)には絶対あると思います。

さっと消えてしまって追いつけない、でも何をするかわからないような子なら、少なくとも危険物のあるスーパーには連れて行くべきではない。どうしても連れて行く必要があるなら、自分の買物は最低限そそくさと済ませて、極力子どもを視界に入れておくべきです。
ほかの売り場でも火をつけようとしてるのを目撃されているのだから、一瞬目を離しただけというのではないでしょう。
最近は火に興味を持って、いろんなものを燃や(そうと)したりしていたのではなでしょうか。
段ボールに火をつけようとしたのを見つけたとき、周囲の大人はなぜ放置したのでしょう。その時点でもう立派な放火未遂犯。その場で取り押さえて警察を呼んでもやりすぎではないと思いますが、今はそんなことをしたら中傷されて大変でしょうか。
万引きした子どもを追いかけたら逃げる途中列車にはねられて死亡。追いかけるのが悪いと非難されて(なぜ?)閉店に追い込まれた書店主もいましたからね。

程度はさまざまですが、あまり軽くない知的障害のある子なら、(家族を含め)周りに負担をかけないで生きていくことは不可能だと思います。独立してグループホームで暮らすにしても、そこの運営には税金から補助が出ているでしょう。
卑屈になる必要はないし、多少のことはお互い様としても、「お世話になっている」周りに我慢を強いるようなこと、迷惑をかけるようなことは極力自粛させるべきです。
「やっていいことと悪いこと」を教え込むのは、親として何より大事な仕事だと思いますし、言ってもわからない子なら付き添って未然に防ぐしかないんじゃないでしょうか。
未然に防げないことももちろんあります。ウチの息子はこのところまた自分が着ているズボンや履いている上履きをバリバリ手で裂いて破いてしまいますが、これはいったん始めたらもうどうやっても抑えることは出来ません。他人に危害を与える行為ではないからと目をつぶっています。
これが人の着ている服を破るのなら、どんなことをしてもやめさせなければなりません。

「やっていいこと、悪いこと」をわきまえさせる、これは障害児のことだけじゃなくて、知的に遅れのない子も同じです。
私の娘が幼稚園に通っていた遠い昔の話ですが、(あまり話したことのない)お母さんと言葉を交わしていたら、その人が連れていた下の子が、何を思ったか急に私のすねを蹴飛ばしたことがありました。
正直、びっくりしました。「なんで蹴飛ばすの。痛いよ」ととがめました。(実際、かなり痛かったです。弁慶の泣き所ですからね)
私の感覚では、よその大人に向かっていきなり蹴飛ばすなんて、信じられない蛮行でした。蹴飛ばされるだけの理由があるならともかくね。
あきれたのは、その母親の反応。ちょっと眉をひそめただけで、無言、知らん顔なのです。わが子を叱るでもなく私に詫びるでもない。なぜそんなことをしたのか問いただすでもない。子どもは(謝りもせず)ぷいっと逃げてしまいました。
この母親はどんな場面で子どもを叱るんでしょうね、テストの成績が悪いとき?

子どもは親の言うことは聞かないけど、まねはする。子どもに「やっていいこと、悪いこと」を教えるなら、大人はその範を垂れなければなりませんよね。
発車間際の電車に駆け込むなんてもってのほかです。どうしてもその電車に乗らなければならない事情があるなら、命をかける覚悟でやってほしい。
そしてマスコミは、立場上へりくだって「車掌の確認不足」と言わざるを得ない(本屋さんの二の舞は避けたい)小田急の言い分に便乗しないで、次の電車を待て、駆け込み乗車はとっても危険だ、と警鐘をこそ鳴らしてほしいものです。
監視カメラで安全を確認したあとにも駆け込もうとする人がいるのは、私も日常的に目撃します。
(もっとも、今回大怪我をした人が無理な駆け込み乗車をしようとしたかどうかはよくわかりませんね、駆け込もうとしたのは確からしいですが)
いずれにしろ、車掌さんが責められるのはとても気の毒です。安全確認のため電車が遅れたら遅れたでまた文句言われるのでしょうし。まあ、遅れても小田急には日勤教育とやらはないでしょうけどね。
posted by dashi at 23:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月09日

天網

きょう、「天網恢恢疎にして漏らさず」を実感するニュースを見ました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070609-00000171-mailo-l14
主婦をひき殺して逃げていたトラックの運転手が逮捕されたという事件ですが、逮捕の決め手となったのは、車体の底に残っていたわずか3センチの綿だったというのです。
主婦が着ていたダウンジャケットが事故で裂けて、中の綿がマフラーをつるす金属部品に引っかかっていました。調べると主婦と血液型が一致する血痕もあったそうですから、物証としては十分なのでしょうか。運転手が強硬に否定すると決め手に欠けるような気もしますが、今はわずかな血痕からDNA鑑定も可能なのでしょうね。運転手も真っ青になって犯行を認めたということです。
3センチの綿の背後に、天を覆う巨大な網の目を見るような記事でした。

それにしてもこのトラックを絞り込むのに相模原署では、
『事故発生と同じ時間帯に通行する車の検問で目撃者を探した。同時に近くの道路が映る防犯カメラで速度や交通量を調べ、目撃情報と照合するなどして、トラック280台を抽出。1台1台の所有者を訪ねて確認する「車(しゃ)当たり」を始めた。』
ということですからすごい執念です。
午前3時半では人通りも少なかったでしょうし小雨も降っていたなら視界は悪かったでしょう。目撃証言はあまり取れなかったのでは…と思いますが、そこをよく通るトラックででもあったのでしょうか。
死亡事故でなかったらここまで一生懸命探してもらえなかったんじゃないかという気もしますが、短期集中的な捜査でホシを挙げた相模原署はほんとうにお手柄でした。マスコミも警察を叩くだけじゃなくて、その的確で迅速な仕事ぶりをもっと高く評価してほしいですね。

「天網恢恢疎にして漏らさず」は広辞苑によれば、
老子・第七十三章「天網恢恢、疎爾不失」
天の網は広大で目があらいようだが、悪人は漏らさずこれを捕える。悪い事をすれば必ず天罰が下る意。です。(以前にも書いたことがありますが個人的に気に入っている言葉なので再度)
最近はやり逃げみたいな後味の悪い事件も多発しますが、世の中は勧善懲罰でないとフラストレーションがたまるし、天網恢恢であってほしいなあと思います。

きのうは「23日の刑期をたった4日に短縮? それじゃお灸にもならないわ。天網も金には負けるのかしら」とちょっとがっかりしていた「パリス・ヒルトン釈放」のニュースでしたが、さすがにブーイングの嵐。裁判所が取り消し命令を出して再度収監されたそうです。
その決定を聞いたときにパリスは「ママ、これは間違っている!」と泣き叫んだとか。刑務所でもそうだったらしいけど、泣いて駄々をこねたらわがままが通ると思っている。幼稚園の子どもじゃあるまいし、26歳にもなるのに反省は全く無し、世の中は自分とその一族を中心に回っていると信じて疑わないのでしょうね。
そもそも収監されたのが飲酒運転、無免許運転をやめないという世間をなめきった行動。事故を起こしたら「私の車の前にノコノコ出てくるから悪いのよ!」なんて開き直りそう。ティーンのアイドルらしいですが、世のイイ子は変な影響を受けないでほしいものです。

介護の世界では悪評高かったコムスンも(あそこはダメよ、と私も聞いていました)制裁を受けるようですが(まだ流動的ですね。会長の年収6000万というのには到底納得できません)、税金や善意を食い物にするのは絶対許されるべきではない。「悪いやつほどよく眠る」のではない、きちんと天網に絡め取られる社会であってほしいと思います。

posted by dashi at 23:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月04日

6月4日

きょうは「6・4」、いわゆる天安門事件が起こった日です。
1989年のことですからもうずいぶん時間がたってしまいました。天安門事件と聞いても「それなんだっけ?」「私の生まれる前の事件だ〜」という人も増えたことでしょう。
民主化を求めて天安門広場に結集した学生たち(とそれを支持する一般民衆)を戦車で排除した映像に、戦慄を覚えた人も多かったと思います。戦車の前に立ちはだかって兵士を説得した若者が、英雄のように伝えられたりもしました。
でも結局は民衆の敗北に終わり、リーダー格だった学生たちは命からがら逃げ出して、一部はアメリカに亡命しました。
ハンガリーでは、弾圧を怖れて逃れてきた人たち(数百人いたそうです)がもととなって、今ではちょっとしたチャイナタウンが出来上がっているという話も聞きます(首都のブダペストに4万人の中国人がいるとか)。
つてを頼れたり海外逃亡する資金のある学生は幸いで、さほど政治的意識は高くないのにつられて騒動に参加した学生の中には、命をはじめ社会的身分(今のことはよくわかりませんが、当時の中国では大学生は数も少なくかなりの特権階級でした)など大切なものを失った人も多かったと思います。

北京大学の柴玲という女性は美人でマドンナ的存在でしたが、逃げたアメリカで整形手術を受けて顔を変えたという話も聞きました。やはりテロを怖れたのでしょう。
ウイグル族出身のウーアルカイシ(吾爾開希)という変わった名前の青年は、私がちょっと通った大学の先生の教え子だったそうで、「不真面目なふざけた学生だった」と吐き捨てていらしたのが印象的でした。立場上、擁護は出来なかったでしょう。(彼は、今は台湾に住んでいるそうです)
きょうはビザ無しで成田に着いた魏京生が入国を拒否されたというニュースも流れました。日本で開かれる記念集会に出て講演しようとしたようです。
事件の前もあとも報道が錯綜して、何百人も殺されたとか、虐殺なんかなくて静かなものだった、と正反対の情報が流れました。
当時、私のよく知る人は出張で北京に行っていて、この騒ぎに巻き込まれました。日本人であることを隠し、知り合いの中国人に助けられて必死で逃げたそうです。
流れ弾がほおをかすめたと言っていたので、軍部が無差別に発砲したのは間違いないでしょう。大勢の人が無抵抗のまま殺されたのは疑いのないところだと思います。

私たちが北京に住んだのはその少しあとで、駐在員の奥さんや日本人学校の先生などから事件のことを聞く機会もありました。みなさんそうとう怖い思いをされたようでした。
日本人には恨みを持つ人も少なくないので、暴徒化した群集が(相手が日本人とわかると)何をするかわからない。危険だから外に出るなと指示されていたようです。
当時は日本人など外国人が住む団地(マンション群)には敷地の入り口や棟の入り口に警備員(人民解放軍の兵士?)が常駐していて、家にこもる分には安全だったのです。
私たちの住んだ高層住宅は天安門広場から歩いて行けるところだったので、もし当時そこにいたら、家にこもっていても銃声や悲鳴がよく聞こえたことでしょう。まだ幼い子どもたちにその阿鼻叫喚地獄を見聞きさせなくて済んだのはよかったかなと思っています。
天安門広場に立つと、その広さに圧倒されます。あの広場を埋めつくした群集を抑えようとすれば、(あまりに数が多いから制御不能で)軍力をもって制圧するしかなかったのかと考えさせられました。
……フセイン大統領の強権政治は非難の的だったけど、今の混乱の方がいいのかどうか。

逃げ込んだ先が中国だったら、韓国じゃなくてもと来た場所へ投げ返されていたでしょう。
北朝鮮から小船で逃げてきた4人に対して、世間の反応は概して温かいように思います。人権に配慮して、希望通り韓国に行けるようですね。
でも、同情して済む問題なんでしょうか。
スパイじゃなかった(らしい)からいいようなものの、沿岸警備が甘すぎるんじゃないの? と首をひねってしまった私です。
密輸や拉致も、把握されていない分がたくさんあるんだろうなあ。日本では根絶したと言われる狂犬病や、西ナイル病の保菌者が乗り込んでいたらどうなったんでしょうか。ツボカビ病を持ち込まれたら? 何のための検疫でしょう。
去年だったか、密入国と思われる集団が山陰の港に(?)現われて、トラックが来てみんなを乗せていった、というニュースも聞きました。こんな無防備で、お人よしでいいんでしょうか。
天安門事件のようなことが起こらない(に違いない)国なのはありがたいけど、今の政権はどうも頼りなく思えて心配です。

posted by dashi at 19:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月03日

脳の損傷

最近矢継ぎ早に、高次脳機能障害といわれる例に3件接する機会がありました。多いとは聞いていたけど、これほどに身近なものかと驚いています。
高次脳機能障害については先日書きましたので、よろしければご確認ください。
http://dashisroom.seesaa.net/article/35745346.html

一例は先ごろ知り合った人のお兄さんで、自殺を図って走行中の電車の窓から飛び降りました。命は取りとめたし、列車を止めたわけじゃないから賠償請求がなかったのはまだしも幸いだったけど、脳(前頭葉)に重大な損傷を受けて障害が残った。
婿養子に入っていた婚家には縁を切られ、担ぎ込まれた病院(外科)や精神科で長いこと治療やリハビリを受けました。認知症となった高齢の母親と共に、今は自称「行かず後家」の妹(知人)の世話になっているそうです。
まるきり寝たきりで動けない人と違って、自由に歩き回れるし会話も出来る。傍目にはブラブラしている怠け者としか見てもらえず、本人も家族も辛い思いをしたようです。
買物に行ってもお釣りの計算は出来ないけれど、古い記憶(技能)はそのまま残るようですね。昔から好きだった囲碁は今も唯一の楽しみで、日中は地区センターに出かけてパチリパチリやっているということでした。

あとの二例は本人に会いました。
一人は障害のある子のお兄さん。学校の卒業目前に、就職が内定した職場での事故だったそうです。
男の子二人だけの兄弟で、弟は頻繁に発作を起こす重い知的障害児。お母さんは(よく知っている人です)この子まで、とどれだけ悩み悲しんだことでしょう。
幸い適切な治療(リハビリ)を、時期を失さずに受けられたようで、だいぶ良くなったらしいという話を聞いていました。
たまたま本人と出会う機会があったので、声をかけたらこころよく応じて話してくれました。会話は出来ますが、なんとなくかみ合わない。こちらの言っていることを理解したり、自分の話したいことを言葉にするのに、努力を要するようでした。
どんな事故だったのか聞いてみましたが、事故の前後の記憶はすっぽり抜けていて何も知らないそうです。
大きな開頭手術を受けたらしく、髪を伸ばしている途中(と思われる)の頭には、白い筋が何本も走っていました。まだ20代始めの若さだから、脳の可塑性に期待したいところです。

もう一例は、県で一番の進学校に通っていた高校生の交通事故です。塾の帰りに自転車に乗っていて、女性ドライバーの軽乗用車にはねられました。
女性は、自転車に気づいてブレーキを踏もうとして、誤ってアクセルを踏んでしまったということでした。頭の前部を道路に激しく打ち付けて脳を損傷してしまいました。
どこの大学にも行けると言われたくらい、優秀な高校生だったそうです。兄弟がたくさんいる中の末っ子で、ご両親からしたら可愛さも一入の子だったに違いありません。
出来ることは何でもしてやろうと決心されたのでしょう、お父様は仕事を辞めて息子の治療介護に専念。一年半、家から片道3時間あまりもかけてリハビリに通ったりしたそうです。身体的な課題はその時期に克服出来たようでした。
事故の前はチェロを習っていたとかで、今は演奏こそ出来ないけれど、音楽を聴くとかなりいい反応があるそうです。
この子も、言語野に損傷を受けなかったのでしょう、普通に会話が出来ます。スポーツも問題ないようです。話す内容が幼稚で不自然なことや、言葉に詰まったり「わかんない」と照れくさそうに笑う姿を見て初めて、障害の存在を悟ります。
中途障害者は、もとの有能さを知っているだけに、家族にとってありのままを受け入れるのには辛いものがあることでしょう。でも彼の場合は屈託のない笑顔を振りまいていて、注がれている愛情の深さを感じさせられました。

人間の脳は頑丈な頭蓋骨に守られていますが、猛スピードで走る鉄のカタマリ(車)にぶつかったのではひとたまりもない。一瞬にして将来有望な少年の未来を奪ってしまい、どんなに札束を積んでも取り返すことは出来ません。
私もハンドルを握る一人として自戒したいと思うし、危険な職場には安全対策を万全にして、高次脳機能障害の増殖に歯止めをかけてほしいものです。
そして不幸にして事故にあった人には、「まだ治らないのか、いつまでかかるんだ」なんて言わないで、きちんと検査や治療を受けさせて下さい。
亡くなった女性のことばかりが報道されましたが、ジェットコースターの事故だって、頭を強打した人もいたかもしれません。高いお金を払って遊具に乗るのは、安全が保証された上でのスリルを楽しみたいから。命がけなのは気分だけにしてほしいですね。
posted by dashi at 23:26| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月11日

自己保身

きょうの朝、片側一車線の狭い国道を逆走する、若い女性の自転車を見かけました。
遅刻しそうになって急いでいたのでしょう、必死でペダルをこいでいます。
道路の左側を走ると、車が後ろから迫ることになるので怖いのでしょうか。
大型トラックもよく通る通行量の多い国道で、おまけに少しカーブになっている場所です。いくら路肩ぎりぎりを走っていると言っても、車からしたらとんでもない行為に見えます。
ヘルメットもかぶっていないし、ドアミラーに接触でもしたらあっさり倒れて大怪我するところでしょう。
危ないなあと思っていたら、案の定トラックに派手にクラクションを鳴らされ、あわてて歩道に入っていました。

いくら逆走をしていたといっても、自転車の相手に怪我をさせたら悪いのは車です。過失相殺が多少は認められるでしょうけど、減点の対象になり次回の任意保険料はハネ上がる。とんだ迷惑です。
よけるために中央線に寄ったら、危険だし対向車にも迷惑をかけてしまいます。
車の方がよけてくれるだろうと思わないでほしいものです。
初めて自転車対象の一斉交通取り締まりが行われたとニュースで言ってました。びしびしやってほしい。
マナーの悪い自転車に泣かされた人は、車の運転者に限らず、多いと思います。転んで骨を折った話も聞きますね。
私もバス停に立っていたとき、猛スピードの自転車を腕にぶつけられたことがありました。「いったーい!」と叫んだ頃には中学生ぐらいの子の自転車ははるか先に去っていました。

時間がたってウェブからは削除されてしまいましたが、先日こんなニュースがありました。(愛知県岡崎での事件で、毎日新聞に載ったようです)
警報機が鳴っている踏切を遮断機をくぐって渡った高校1年の女の子が、道路交通法違反で検挙されたそうです。
そばに交番でもあったんでしょうか、まあ捕まるのは珍しいでしょうね。そういうことがよくある「開かずの踏み切り」なのかもしれません。
警報機が鳴っているのに平気で渡るのが慣例化しているならそれは困る。事故が起きてからでは遅いと、警戒していたのかもしれませんね。今回の検挙、見せしめとしての効果は絶大なのではと思いました。
「急いでいたから、つい」と女の子はしょげていたらしいですが、気持ちはわかるけど絶対やめてほしいです。

信号待ちしていた自転車が青になって飛び出し、右左折のトラックに巻き込まれる事故は相変わらずなくなりません。
よく見ないで突っ込んだトラックの方が悪いのは当然ですが、轢きたくて轢いたのではないはず。横断歩道を渡っていたのだからこちらに非はない、と言ったところで失われた命や健康は賠償金で買い戻すことはできません。
事故のあとで責任問題を云々するより、不幸な事故を起こさないように万全を期すべきだと思います。
信号が変わっても飛び出さないで、左右を確認する習慣をつければ防げる事故だと思います。自転車の練習をしているときに、親はそのことを厳しくしつけるべきではないんでしょうか。
自分の身はまず自分で守る、そのことをしっかり教え込んでほしいと思います。
教え込むためには、親自身もお手本となるような行動をとらなければなりませんけどね。

ところで、先ごろ、幼い子どもたちだけ在宅の家で火事があって、子どもが焼死するという痛ましい事故が続きました。子どもは危険な遊びもしますし、非常事態に適切な行動をとれない。こっちに来い、と声をかけなければ逃げることも出来ないかもしれませんね。
でも、子どもだけで留守番させるとは、なんて非常識な親だ、と非難する資格は私にはありません。
広島に住んでいたころ、赤ん坊だった上の娘が昼寝をしている間に自転車で買物に行くことが私自身何度かありました。住んでいたマンションは坂の上にあって途中が長い階段、ベビーカーを抱えて降ろすのが面倒でもあったからです。
スーパーまで自転車で5分ぐらい、そう長いことかかっていたわけではありませんが、ある日同じマンションの奥さんに注意されました。
「赤ちゃんを一人にしたりして。アメリカでは通報されるのよ。もし地震があったらどうするの。あなたが事故にあっても帰れなくなるでしょ」
私はすっかり恥じ入って、二度と一人きりにはしませんでした。親しくもない私を穏やかに諭してくれたその奥さんには感謝しています。
赤ちゃんのときは全力で守り、そのあとは自分で自分の身を守ることを教えるのが、親の大切な仕事かと思います。

posted by dashi at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月03日

性の決定

きのうの朝ラジオのニュースで、戸籍の性の変更した人が(法改正からこれまでにだったか、この一年でだったか、不明)500人あまりになる、と聞きました。運転しながらいいかげんに聞いていたので正確かどうかわかりません(あとで調べても出てきませんでした)。
性同一障害に悩んできた人たちが法律の改正で戸籍上の性を変更することが可能になりました。申し立てて却下されたケースも数件あったらしいですが、それだけの数の人が認められたということだったと思います。

心と体の性が一致しない性同一性障害(GID:Gender Identity Disorder)の人は全国で2,200〜7,000人と見積もられ、違和感を持ちながらも結婚して子どもを持つ人も、一割近くいるそうです。
2004年7月施行の「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(通称:特例法)」は、「家裁に審判を請求して認められれば戸籍の性別を変更できる」と規定していますが、それには「二人以上の医師が性同一性障害と診断」し、「成人」で、かつ「未婚で子どもがいない」人に限る、という条件があります。申し立てを却下されたのはこの条件を満たさない人たちなのでしょう。

結婚して子どもをもうけたあとに離婚した人が、戸籍の性別を女性に変更するのを認めるよう家裁に申し立てた事例も複数あるようです。
http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000151790.shtml
「未婚で子どものいない人」とした方が無用のトラブルは避けられるでしょうが、離婚が成立しているのなら認めてあげてもいいんじゃないのかと私は思います。本人は長いこと苦しんできたでしょうからね。
自分のGIDをはっきり自覚しないままに流されて子どもも持ってしまった人の、その後の人生にも配慮が必要とされるでしょう。条件を盾に排除されたら、勇気を奮ってやっとそこまでたどり着いた人たちを奈落の底に突き落とす、心ない仕打ちのようにも思えます。

そもそもなぜGIDが発生するのか。性はいつ、どのように決定するのでしょうか。
人間の胎児は8週ぐらいまでは(遺伝子は決まっていますが)男女の区別はまだ分化しておらず、外見も爬虫類のようなものだそうです。
生物学的に見てヒトでは女性型が基本で、ほっておくと全部女性になります。
Y染色体上にあるSRY遺伝子が働くことによって性腺に精巣(睾丸)が出来る。そこで抗ミュラー管ホルモンを分泌します。ミュラー管は子宮と卵管のもとになるものですが、このホルモンによって殺され萎縮してしまいます。そのあとで男性ホルモンが男性の生殖器に変えていくのだそうです。
8週から12週ぐらいで急速に性の分化が進むようですね。
時に性分化がうまくいかない場合があります。外性器の形態異常や両性の性腺共存,外性器と性腺の不一致などです。ホルモンの分泌だけで男女が決定するのなら、うまく分泌が出来なくて分化がきちんと進まないことも起こりうるのは当然だと思います。

ところで、男子の出生率は105:100で女子よりも多いとされています。畸形などで流産したり出生直後に死亡するのも男の方が多いそうです。子どものうちに死んでしまうのも圧倒的に男が多く、だから大人になるころには男女の数が釣り合っている、と昔習ったような気もします。
出生時に男子が多い理由は、Y(男)の精子はX(女)の精子と比べて小さいために動きが早く、Y(男)の精子の受精しやすいと考えられている、そうです。(個人的には、ホントかなあ、そんなに違いはないんじゃ、、、とかなり疑問)
ちなみに105:100というのは統計であきらかになっている数字で、厳然たる事実のようです。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/P_Detail2004.asp?fname=04-01.htm&title1=%87W%81D%8Fo%90%B6%81E%89%C6%91%B
私の身内には女の子が圧倒的に多く、私の実家も隣の家も女ばかりの5人姉妹でした。親戚には男の子だけ5人という家もありましたが、統計に入ると平均されてしまうんでしょうね。



posted by dashi at 23:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月02日

なにをいまさら

横浜高校野球部が春季県大会の出場を辞退する騒ぎになったようです。
特待生制度で入学した部員がいるかららしい。
なにをいまさら!!
横浜高校に息子が通っていた(もう卒業した)友人がいますが、入学のときにはっきり言われたそうです。
学業優秀で秀才クラスに入った子(特待生)はいい大学に入ることで学校にハクをつけ、スポーツ特待生の子たちは横浜高校の名前を世間に広く知らしめる宣伝部隊、それ以外の大多数の子は授業料で学校に貢献するんだって。だから滞納するなって。

運動部、特に野球部に特待生が入るのは周知の事実だったはず。べつに秘密でもなんでもないでしょう。
それがいいこととは言わないけれど、もう何十年も続いてきた悪しき慣習です。高校野球の強豪校(私立)から(大学を経て)プロになった選手のうち、高校や大学で特待生ではなかった人がいったい何人いるでしょうか。
桑田や清原がPL学園を選んだのはPL教の信者だったからですか? 違いますよね。激しい争奪戦があったと聞いています。条件が一番いいところを選んだんだろうと私は思いますが、的外れですか?
古い話ですが、作新学院で一世を風靡した江川が、希望していた大学に入れなかったときには「特待生を採らないんだ!」とその大学を見直した記憶があります。(慶応です)

ついでに言えば相撲界だって陸上だって、特待生だらけだと思います。プロゴルフ界のお姫様の父親が、先ごろ娘が特待生だったことを認めるコメントを出していたはずです。是非ウチに来てくれ、って勧誘するのだから(監督を慕い、希望してやってくる生徒もいるでしょうけど)、授業料や寮費を免除するのは自然な流れではないんでしょうか。
この春までに卒業した生徒はなんでもなくて、今在籍している生徒たちだけが割りを食うのは、人生を大きく左右される分、あまりに可哀相だと思います。本人は慣例にならっただけで、悪いことをしているつもりは毛頭なかったでしょう。
いけないことなら、周りの大人がもっと早くなんとかしなければならなかった。まずやめさせる努力をするべきだったと思います。
責任があるとすれば、それは現状を把握していながら(全く知らなかったとは思えません)指導もせず、長年漫然と放置していた、高野連や文部科学省の側にあるんじゃないでしょうか。
赤さびが出ていると知りながら2年も放置していたオーチスエレベーターと、どう違う?

いま関係者の処分を始めて、今後いったいどうするつもりなんでしょう。どこまで広げるんですか? 時効にかからないところまで?
大リーグで活躍している選手への調査、処分はどうするんですか。
どう考えても公平、公正な処分というのは不可能だと思います。
特待生制度を採っていた、と聞いて驚く人はあまりないと思います。「そりゃそうじゃないのかな。それが何か?」というのが一般的な反応なのではないでしょうか。
マスコミも無責任にあおることなく、落としどころを間違わないでほしいです。

一連のニュースに喜ぶのは地方の公立高校の野球部員でしょうか。アマチュアっぽい、地元出身の生徒だけの高校がこの夏甲子園に登場しそうですね。
もちろん、それが本来の姿だとは私も思っています(私の母校が甲子園に出場したときもそうでした)。
posted by dashi at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月24日

振替通知の廃止

私と同じくソフトバンクの携帯電話を持っている友人が、「おかしいと思わない?」と聞いてきました。
ソフトバンク(157)から来たメールによれば、今後使用料金の口座自動振替に際し、通知ハガキ(封書?)を出さないことにした。使用明細を知りたい人はこちらのサイトで確認してくれ、ということでアドレス表示があって、括弧に「通信料有料」とあります。
これって、「アンタの使った分を銀行でタダで引き落としてやるから、いくらだったか知りたきゃカネを払ってアクセスしなさいね」という意味ですよね。全く、面倒なことを、、、と舌打ちでもされているような不愉快さを覚えます。

有料というのにも引っかかるけど、友人は以前初めてのサイトにアクセスしたら迷惑メールがどっと届くようになって、アドレスを変えたことがあるそうです。だからアクセスしたくないのだけども、料金がいくらかかったのかぐらいは把握しておきたい。
「何かのミスで何万も請求されてることだってありうるし、それを記帳してはじめて、あとで知るのって嫌だ」
「いくら引き落とされるかは前もって知りたい」
もっともな意見だと思いました。残高との兼ね合いもありますしね。
口座自動振替って、集金の手間(コスト)を省くために企業の方が「よろしかったら、そうさせていただけませんか」とやっているものだと思ってました。「今月はいくらいくらになりますから、その金額を引き落としますよ。いいですか?」という意味合いで明細が届いていると思っていましたが、違うんでしょうか。

私はずっと、携帯は通話とスカイメール(ソフトバンク同士、電話番号でメールできる)しか使ってなくて、プランを変更してメールを使えるようにしたのはごく最近。だからメールでのお知らせも届かなかったのでしょう。先月の使用明細に、通知を廃止するというお知らせが同封してあったような気もするけど、ろくに見てないので覚えていません。
同じソフトバンク系列の別会社、パソコンのプロバイダからは毎月の料金をメールで知らせてきます。そして「領収書及び次回振替のお知らせ」のハガキも来ます。広げると3枚分になるけどシール状に貼りついているのでハガキ1枚の料金です。
(電話で確認しましたが、廃止の予定はないそうです)
集金の手間がかからない上に取りっぱぐれがないんだから、助かるはず。これくらいしてくれていいんじゃないでしょうか。
いくらか知りたきゃ自分で調べろ、ただしカネもかかるよ、、、こんなことがよく出来ますね。メールでもいいから前もって知らせてくるべきだと思います。
つくづくソフトバンク(モバイル)にはうんざりです。

家に帰ってソフトバンクに電話してみました。
自動音声に従い、まず携帯電話の番号とパスワードを打ち込みました。
何度か番号を推して目的地に近づき(ジャングルをかき分けて進んでいく心境)、そこで「ただいま電話が大変混み合っております。5分ほどお待ちいただくことになります」と脅されます。
もういいや! と受話器を置いてもらうのが目的でしょう。それならそうと番号を打ち込む前に言うべきじゃないの、失礼なと腹が立つ。自慢じゃないけど、私は自分の携帯の番号を打ち込むためにわざわざメモを引っ張り出したんだからね。
負けるもんかとむきになり(我ながらヒマですね〜)ほかのことをしながら待っていると、「時間がかかる」と再三音声が流れ、10分ばかりたってようやくつながりました。

鼻にかかった声の総合案内の女の子が、明細の通知を廃止したことを伝え、「ご理解いただけたでしょうか」と聞くのに思わず「いいえ、ご理解できません」と切り返していろいろ聞いてみました。
引き続き通知をもらう選択も出来るけど、経費がかかるから、なんと毎月105円負担しないといけないそうです。
去年の10月から総合カタログでお知らせした、という言い分だけど、総合カタログを手にする人なんて新規契約や機種変更をする人ぐらいでしょう。古い顧客は眼中にないんでしょうね、ウチなんかJフォンからのお得意なのに。
また去年の9月から明細にお知らせを同封していたらしいですね。「重要なお知らせ」と書かれた封筒が来ていたような気もするけど。ずいぶん一方的なやり方ですね。
アクセスする通信料っていくらぐらいかかるんですか、と聞き、答えを聞いてあきれました。プランによるけど、数十円から数百円かかると平気で言うのです。それを利用者に負担しろと?

もっとも、ソフトバンクの名誉のために書くと、無料で確認する方法はあるようです。157と、55−55で確認するのは通信料はかからないということでした。
でも私が今携帯で157に電話してみると、登録しろと出ました。157とプッシュするだけではいけないようです。これは、110や119で問題になった、アレでしょうか、そのままの番号ではないんですね。
電話を切ってしまったので確認できませんが、私と同じような目に遭う人はたくさんいそうです。
「文句はなかったのか」聞いたら、ご意見はいただいております、だって。日本人っておとなしいなあ。

口座振替通知書の廃止を調べてみてちょっと驚きました。ほとんどは自治体のようですが、珍しいことではないんですね。
この春から、自治体によって町県民税、固定資産税・都市計画税、軽自動車税、国民健康保険税、介護保険料などを対象に廃止に踏み切ったところが多いようです。
でも、これらは毎月か毎年、だいたい決まった額のものだと思います。上下水道料金を除く、としている自治体もありました(納得)。
自治体の財源はもともと税金だから、経費節減することに反対する人はいないでしょう。個人情報保護の観点からも言い訳できそうですね。
毎月使用料が異なる携帯電話の料金に通知廃止するのは、どうかと思います。ソフトバンクのやり方はえげつないと思いますが、世間の流れとしてはどうなんでしょう。
posted by dashi at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月23日

弔い合戦

長崎市長選直前に、現職の市長が射殺されるという惨劇。
1990年、現職(3期目)の本島等市長の襲撃(奇跡的に助かりました)を思い出させる事件でした。
長崎は原爆の経験があり、また本島市長はクリスチャンで(隠れキリシタンの末裔だそうです)平和主義の人だったから、反戦平和を前面に出し公然と昭和天皇の戦争責任を口にしてもいました。
だから右翼に銃撃されたのにも、それなりに理由はあり筋は通っていた(正義ではないですよ)。一時は80台の街宣車が長崎に終結して本島市長の「天誅」を叫んでいたそうですからね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%B3%B6%E7%AD%89

共産党ですら一目置いた本島市長を、多選を批判して5期目に破ったのが自民党が推した、今回亡くなった伊藤市長。皮肉なものですね。
それにしても、昭和天皇の戦争責任を認めて右翼の凶弾を受けるのなら、卑劣と怒りは覚えるとしてもまだ納得は出来るでしょう。本人や家族にもそれだけの覚悟があっての発言だったと思います。襲撃を受けたのは「戦争責任」発言から一年余りたって警備が緩和されてからのことでした。
今回はそういう大義名分も見当たらない、私怨を晴らすための無茶苦茶な犯行のようで(何かまだ裏事情があるのかもしれませんが)、恨まれる筋合いもない(たぶん面識もない)男に理不尽に命を奪われた市長は本当にお気の毒です。遺族も夢にも思わなかった事態で、悲しむ余裕も怒りの持って行きようもないですね。

いずれあとを継ぐにしても当分先のことと心の準備も出来ないままだったに違いない、市長の娘婿が立候補したのには「ああ、弔い合戦か」と複雑な気分になりました。正直なところ、日本人は「浪花節」が好きだから、この人が当選するのだろうなと思っていました。
もとは他人、の娘婿じゃなくて血のつながった娘や(いるのかどうか知りませんが)息子や、奥さんだったら、その行政手腕とは無関係に当選したのではなかったかと思います。娘婿ですら1000票に満たない僅差だったそうですし。
長崎市職員を四半世紀務め、実績と人望のある人
(このサイトに詳しいです:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070423-00000050-mai-pol
が立ったからよかったけど、そうでなければ長崎市は全くのシロウト(人物についても未知数)を市長にいただくことになっていたでしょう。

東京で新聞記者をしていた(事件発生時は首相官邸)人の「義父の遺志を継ぐ」という言葉を白けて聞いていた私です。
だから今回の選挙結果にはなんだかホッとしました。(長崎市民でもないのに、余計なお世話ですが。。。)
同情と政治は別、と誰か言ってましたが、その通りだと思います。
特に地方政治は日常の生活に直結する分、その土地の事情をよく知る、信念を持った、安心してついて行きたくなる人に任せるべきです。時には県や国とも渡り合い、市民の幸福を最優先に模索するのが市長の仕事だと思います。ヨソモノやシロウトには無理なのではないでしょうか。
秘書などを務めてずっとその政治家に関わった人でもない限り、血縁関係だけで後継者を名乗って、政治を私物化するべきではないと思います。

弔い合戦を広辞苑で引くと「戦死者の復讐をしてその霊を慰めるためにする合戦。とむらいいくさ」とあります。亡くなった人の霊を慰めるための、自分たちの気休めのための戦いなんですね。
本命の人が亡くなったとき、殊に急死したような場合、配偶者や子どもが代わりに出馬することがあります。そういうのは俗に弔い合戦と呼ばれていますね。有権者の同情をひいて泣き落とし、かなり有利な選挙となるようです。
私が強く印象に残っているのは、現職で脳梗塞のため亡くなった小渕首相のお嬢さんです。父の死の翌月に代議士生活をスタートさせました。 
首相となった父親の私設秘書をつとめていたから多少経験はあったとはいえ、弔い合戦でなかったら20代の若い女性(小娘、と言いたいところです)が圧勝することはなかったでしょう。選挙でモノを言うのは経験や実績、人柄ではなくてカンバン、ジバンなのだと実感させられた出来事でした。
弔い合戦はもう過去の遺物にしてほしいです。

posted by dashi at 23:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月31日

過失相殺

可愛がっていたペットが急死したとき、友人のご主人がすっかり参ってしまったという話を聞きました。それまで深刻なトラブル続きにも平静を保ち、さすがに男は違うと思っていた友人にとって、思いがけないことだったようです。
こういうのにはペットロス症候群というれっきとした病名もありますね。高齢者の場合認知症の引き金になることがあるとも聞きます。
「ペットロス症候群」とは「Pet Loss」(ペットを失うこと)による精神的・身体的ダメージを指します。
悲しくて泣き、外出したくない、 誰とも話したくない、 家事が出来ない 。不眠、食欲不振、過食、疲労感、胃痛など、さまざまな症状が現れます。「うつ」と診断されそうですね。

飼い主にとってはそれほどに大きな存在であるペットですが、法律上はペットは「モノ」扱い。ペットの犬を怪我させたり死なせたりしても「器物破損」になってしまいます。
平静11年に春日井市でこんな事件がありました。
散歩中のポメラニアンが、手綱を離れた別の飼い主の犬に咬まれて死亡。ポメラニアンの飼い主が相手犬の飼い主に対し、38万円の損害賠償を請求しました。
判決は6万3,300円の支払いを命じます。毎日散歩させて可愛がっていたことを考慮し、慰謝料3万円を含めての額だそうです。
事故当時の被害犬のような犬の時価は8万円だったそうですが、このポメラニアン(人からもらった犬で血統書なし)は8歳前後ですでに老齢期でした。だから犬の価値はわずか3万3,300円、器物だからこんなものなのでしょうか。慰謝料3万円というのもあんまりな気がしますね。

人が犬に咬みつかれた事例で興味深いものがありました。
平成13年に京都で起きた事件です。
会社一階の階段口付近に鎖でつながれていた犬に、仕事で訪問してきた女性が腕を咬まれた。女性は約5か月の通院(22日ほど)を経て、腕に傷跡としびれの後遺症が残ったそうです。
被害者は飼い主に対し約493万円の損害賠償を求めました。  
これに対し判決は、犬の保管場所は鎖の長さも含め会社の出入りに支障のない場所であり、自ら近寄って犬に触って(! ちょっとびっくりですね)咬まれた女性の過失を6割としたそうです。      
犬の飼い主としては4割の支払いでも不満かもしれませんね。子どもならともかく、いい大人が知らない犬に触るなよ、と怒鳴りたいかもしれません。ただ、それまでにも2回咬み付いた経歴のある犬だったそうなので、裁判所もそこは考慮したのでしょう。

もう一つ、平成11年に愛知県で起きた事件。
道路を歩いていた49歳の男性が、急に現われた犬に左足のふくらはぎを咬まれました。
この犬は飼い主宅の裏庭で放し飼いされていたものの、囲いに隙間があって外に逃げ出した。以前にも咬み付いたことがあったそうです。 
男性は怪我をした上に、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症。その影響で仕事が出来なくなったとして慰謝料を含め1,807万円の損害賠償を求めました。
これに対し判決は4割減額した790万円の支払いを命じました。「PTSDには個人差がある」という判断で、過失相殺の法理を類推適用したのだそうです。
(以上事件のネタ元:http://homepage2.nifty.com/dragonsam/ryoko_126.htm

「PTSDには個人差がある」。どこかで聞いたようなセリフです。
そりゃあ当然個人差はありますよね。同じことをされても怒る人、泣く人、我慢する人いろいろだと思います。怒って倍返しする人はPTSDにはならないでしょう。
過労によりうつ病を発症して自殺した小児科の医師に対し、「うつの発症には個人差があるから、労働時間との因果関係は認められない」として労災が門前払いだったのに、先日、裁判で一転認められるということもありました。
なんだか、PTSDやうつを発症するのは本人の過失と言われてるみたいですね。繊細で心優しき者には住みにくい社会かもしれません。
安易に個人差で片付けず、常に誰もが納得のいくような過失相殺にしてほしいと思います。
posted by dashi at 22:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月25日

命拾い

日曜日の昼間に起こった地震。テレビの画面に釘付けになり「えらい揺れだねーー」と娘と話したことでした。
一報を聞いて「原発は大丈夫か!?」と心配になった私。能登半島近辺にあると記憶していました。
少し古いデータですが、震源に近いところにたしかにあるようです。
http://sta-atm.jst.go.jp:8080/atomica/pict/02/02050105/03.gif
隠蔽体質が明らかになって反省の姿勢を見せた直後だから、何かあってももみ消されることはないでしょうか。
地震国日本で原子力発電所を作るのは、やはりとても無謀なことに思えます。地震がなくても臨界状態になる危険なものらしいですからね。
いったん事故になればひどいことになるのはチェルノブイリで実証済み。風力発電や太陽光発電など、コストの問題をクリアして、早く安全な発電方法にシフトしてほしいものだと思います。

ちょっと驚きましたが、新幹線の復旧はずいぶん早かったですね。それなりに丈夫に作ってあるということでしょうか。
高速道路らしきところの山肌を走る部分が激しく崩れ、その先の橋梁になった部分は大丈夫そうな映像がとても印象的でした。
亡くなった方もいらっしゃるし怪我された方もお気の毒ですが、揺れの割には人的被害は少ないように思いました。人口密度の関係でしょうか。みんなが寝静まった夜中や早朝(阪神大震災のような)なら被害はもっと大きかったかもしれませんね。
まさに危機一髪。全壊した家の中で、柱のすきまに入っていたため無傷で救出された女性がいたそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070325-00000077-jij-soci
50cmくらいの狭い空間に入り込んでいて、救助隊員の呼びかけに「痛いところはないが、窮屈やな」と応じたとか。

すきまで命拾いと言えば、中越地震の土砂崩れで車ごと生き埋めになり、4日後に奇跡的に助け出された坊やがいました。
お母さんとお姉ちゃんは亡くなったけど、この子はシートとシートのすきまにすっぽりはまり込んでいて助かった、と当時報道されました。怪我もほとんどないようでしたね。
そのときの県道が2年半たってようやく復旧され開通したそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070325-00000037-mailo-l15
坊やももう5歳になりました。せっかく拾った命だし、元気に長生きしてほしいですね。

阪神大震災のとき、尼崎に住んでいる私の義兄も命拾いしました。
何度も大きく報道された、倒壊して横倒しになった高速道路。義兄は毎朝あの道路を利用して通勤していました。
地震当日もあの現場を、ほんの5分だか10分だか前に通過したばかりだったそうです。
無事だと伝えたくても電話が通じない。家にいた姉はずいぶんやきもきしたらしいですが、どうしようもありませんでした。
私も姉3人の家族が関西に住んでいるので安否を知りたかったのですが、連絡は全くとれず。姉の一人が九州の実家に「みんな無事だから」と電話したのを、当時はまだ元気だった母が伝えてくれました。
神戸の姉の家では「割れるものは全て割れ」、駅の反対側は壊滅状態だったそうです。

今回の地震のニュースで阪神大震災の記憶が甦りました。
余震もしばらくは続くのではないでしょうか、片付けも気の重い仕事ですね。テレビのインタビューで「どうしたらいいのか」と途方に暮れた様子の人を見かけましたが、突然何もかも奪い去る地震は本当に怖いと思います。
襲われたらどうしようもないけれど、買物に出た際に非常用の「釜飯パック」を買い求めて気休めとした私でした。
posted by dashi at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月20日

洗脳

今日は地下鉄サリン事件から12年になるそうです。
あの日は息子の学校の卒業式の日でした。朝、東京の地下鉄で何かあったらしいと話している人もいましたが、式はごく平穏に行われ、式のあとクラスに戻っての会食や懇談もいつもどおりでした。終わって駅から電車に乗っても変わったことはなく、帰宅後テレビを見てびっくりしたものです。
東京に通勤通学する人も多い地域ですが、あれほどの惨事にも無関係で行われた卒業式。
修羅場となった地下鉄の車両に、乗り遅れた人もいたでしょう。一本早い電車に乗ったり隣の車両に乗って被害を免れた人も多かったと思います。

12年後の今日もやはり卒業式が行われ、私も列席しました。
小さな養護学校なので卒業式と終了式を同時に行い、退職する先生の紹介や皆勤賞や精勤賞の表彰もあります。
在校生の親も一緒に卒業を祝い、式の最後には両側に並んだ保護者が手を伸ばして作ったトンネルを、小さな花束を持った卒業生とその保護者が通るのが慣例です。
卒業生の中には泣く子もいますが、「おめでとう」の言葉と笑顔があふれます。
サリンで亡くなったり、今も身体の障害やトラウマに苦しむ人と、無関係に笑っていられる人を隔てるものは、いったい、なんなのでしょう。
元気で今ここに存在していることは、それだけですごい幸運の積み重ねなのだと実感します。

オウム事件で心が痛んだことのひとつは、傍目には幸福な生活を送っていたと思われる人たちが、一人の男に受けた洗脳で人生を滅茶苦茶に狂わせてしまったことです。
信じられないくらい多くの償いようのない犯罪に手を染め、取り返しのつかない不幸の元凶こなりました。彼らの抜きん出た頭脳が、一人の誇大妄想に利用されました。
彼らは、あの教祖と称する男にめぐり会いさえしなかったら、洗脳されさえしなかったら、たぶんありふれた(もしかしたらハイソな)家庭を持ち、世俗的な幸せに満足して一生を送ったのではないでしょうか。

自首を認められて無期懲役になった医師もいますが、多くの若い人が死刑判決を受けました。死刑を言い渡されてもなお、教祖への忠誠を誓ってはばからない人もいるようです。
彼らはアイデンティティを否定されるのが耐えられずに虚勢を張っているのでしょうか。ホントは、内心自分の犯した罪の怖ろしさに怯えているのでしょうか。殺された人の断末魔に眠りを破られるようなこともあるのでしょうか。
未だに逃亡を続けている人たちは、何を思っているのでしょう。
彼らの洗脳は、一生解けないのでしょうか。
オウムではないけれど、もと新体操の女王とか、ニュースキャスターや女優とかで、洗脳が解けて話題になった人たちがいました。同じような境遇の人のために、彼女らの体験談をもっと聞かせてもらえないものかと個人的には思っています。

私の高校の同級生が某宗教団体の信者になり、高そうな単行本を2回送りつけて来たことがありました。
20代前半から全く付き合いがなく、お互いに結婚した姓も知らない程度の間柄です。誰かから私の現在の住所と姓を聞いて飛びついたのでしょう、手当たり次第に本(教祖の著書)を送りつけているのだろうと思いました。
本代に送料も入れて、それを2回、全くもったいないことをしたものです。せっかくだからと手にすることを期待してのことでしょうが、私は関わりを持ちたくなくて、彼女には連絡を取らずそのままゴミに捨てました。
ベストセラーの上位にそこの教祖の本がよく入っているのはこういうことか、とため息が出ました。
本を送りつけてきた人は、秀才で美人で弁舌が巧みな、特に男子生徒に絶大な人気のある人でした。留学して幸福な結婚もしたと聞いていました。こういう人が、なぜ宗教のとりこになるのかと残念です。

宗教ではないですが、自閉症の息子がお世話になったある女性は、美顔器のマルチ販売に手を染めています。
素朴で優しくてとってもいい人で、犯罪の対極にいるような人だと思っていました。マルチの話を聞いたときはまさかと思い、実際に販売会に勧誘された人や、40万払って買った人から直接話を聞くまでは半信半疑でした。
「やっとの思いで断った」人もいると知り、貧乏人の私に勧誘はしないだろうとは思うものの、もうその女性とは会いたくない。もし会うことがあったらマルチはやめろと言うつもりです。
この女性はたぶん人を疑うことを知らず、販売員に洗脳されて「ホントにいいものだから、みなさんにも勧めてあげよう。みんなで奇麗になって幸せになろう」と本気で信じ込んでいるのだろうなあと思っています。

この女性から美顔器を買った知人(親しくはない)が、夫婦してはまってしまったらしい。ご主人は社会的地位も高い人ですが、職場の女の子たちに声をかけて誘っているという話を先日聞きました。
私に話してくれた人は知人と親しく、ご主人が失職するんじゃないかと心配していました。
かなり高収入だし資産もある人だそうですから、カネが目当てとは考えにくい。頭もいい人だろうに、洗脳されたんだろうなあと気が滅入ります。

それにしても、洗脳という表現はいい得て妙だと思います。ほんとに脳をじゃぶじゃぶ洗って一から作り変えるイメージ。
広辞苑によれば、第二次大戦後の一時期、中国の思想改造をbrain washiingと評したものの訳語らしいですけどね。
posted by dashi at 23:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月11日

高次脳機能障害

私の田舎でくも膜下の手術を受けた叔母が、手術後とても意地が悪くなったと娘(いとこ)がぼやいていました。
若くして未亡人になった人なのでもともと気丈ではあると思いますが、私が会うときはいつもニコニコして優しそうな女性でした。それが生死の境から甦ってからは、やけに人柄が悪くなったそうです。
ずけずけものを言うので人を怒らせることもしばしば。命が助かっただけで有り難いと感謝していても、度重なると疲れてしまうとこぼしていました。
「高次脳機能障害」という本(橋本圭司著、PHP新書)を読んでいたら、似たような例が載っていました。

脳血管障害(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など)、事故などによる脳外傷、脳炎、低酸素脳症などで脳を損傷したのちに、人が変わったように暴力的になったり、無気力になったり、物忘れが激しくなるようなことはしばしば見られるそうです。
これを「高次脳機能障害」と呼び、
・易疲労性(精神的に疲れやすい)
・注意障害(集中力がない)
・失語(言葉を理解・表現できない)
・記憶障害(新しく何かを覚えられない)
などなど深刻な症状が見られるそうで、その中に
・脱抑制(抑制がきかない)
というのもあるので、叔母の場合はこれだったのだと思います。
2004年の厚生労働省の調査では、高次脳機能障害者は全国に30万人いて、確実に増え続けているとのこと。

脳の損傷した箇所により症状は異なり、このような症状が出る人も出ない人もあるようです。
早期にリハビリが受けられれば症状はかなり改善されるそうですが、外見からぱっと見てわかりにくい、どこまでが正常でどこからが障害かの線引きが難しいことから、医療現場で見過ごされているケースも多々あるそうです。
極端な例としてあげてあるケース。
20歳の若者がスキー場の事故で脳外傷になった。奇跡的に命をとりとめ、手足の麻痺など運動障害は残らなかったため、日常生活は不自由ないくらいまで回復しました。
ところが、今話したことも、ご飯を食べたことも覚えていない。時間の感覚もわからない、突然キレて家の壁を蹴飛ばして穴を開ける、など以前には考えられなかったような行動が続出しました。

これはまさに高次脳機能障害の症状なのですが、事故後すぐにそういう後遺症があると診断されなかった(よく知らない医療関係者もいる)そうです。
意識不明から目覚めてしばらくはあまり動くことも出来ないでしょうし、手足がちゃんと動くようになることの方に注意が向けられて、それ以外のことは後回しになるのかもしれませんね。
理解のある医師となかなかめぐり会うことが出来ず、家族は彼を連れて病院を転々とした。自殺未遂までする辛い日々が続きました。
ようやく「高次脳機能障害」と診断されたのは、受傷してから4年7ヶ月も後のことだったそうです。
その後この青年は診断がついたことでもう一度自分を取り戻し、立派に社会復帰を果たしたということです。

上の本によれば、人の脳には、
1)手足や顔を動かす運動機能
2)音やにおい、手触りなどを感じる知覚機能
3)記憶、認知、感情、言語などを支配する高次脳機能
というおもに3つの機能があり、3)の機能が損傷したものが高次脳機能障害です。
そして、「高次脳機能障害」という用語は誤解を招くから、「神経心理機能障害」などとした方が混乱は少なかったかも、と書かれています。欧米では「高次脳機能」という言葉を使わず、「認知機能」「神経心理学的機能」という言葉を使っているそうです。

高次脳機能障害とわかれば、数は多くないけれども、それなりのリハビリを受けられる病院もあります。
でも回復には時間がかかるでしょうし、先のことを考えるとどうしても不安になりますよね。受傷後あまり時間をおかずに心のケア(気持ちを吐き出せる場所を持つ)を受けられた患者は、そうでない人に比べ、その後の日常生活能力や就労能力が、明らかに高いそうです。
そして高次脳機能障害が残った場合、当事者のみならず、介護に当たる家族も、不眠、不安、悪夢などのPTSD(心的外傷後ストレス障害)に侵されている可能性が高いそうです。
家族に対しても精神的サポートがほしいところですね。

こんな情報もありました。
http://health.yahoo.co.jp/news/detail?idx0=w14061010
オーストラリアの研究では、脳卒中後(大半が高次脳機能障害者やその予備軍と言えるでしょうか)にうつ病を発症する患者が17%もいるが、大半は見過ごされてうつの治療を受けている人はその22%に過ぎない。(でもうつの投薬治療を受けたら治療効果は72%で見られるそうです。)
日本でも似たような状況ではないかと思います。うつではない患者の方が長命で生活の質が高いのは常識、だそうですから、うつの症状に早く気づき、対応してあげられる体制が整うといいですね。

高次脳機能障害の存在、その内容について、もっと広く告知され、世間の理解が進めば救われる人も多いと思います。
posted by dashi at 23:13| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月16日

動物園とツボカビ病

15日の朝日新聞朝刊によれば、つい先日(12日)話題にした横浜市の金沢動物園が、野毛山動物園とともに来年春から、指定管理者制度に移行することになったそうです。横浜市直営から、期間を定めて外部委託することになる。旭区のよこはま動物園ズーラシアは(財)緑の協会が運営しているので、そこに一元化したい意向のようです。
指定管理者制度では、契約期間が終了すると改めて希望団体を募り、その度に経営団体を選定するそうです。ズーラシアが06年にこの制度に移行したときは緑の協会以外の団体も手を上げて競り合ったそうですから、何年の契約かわかりませんが、次もまた競ることになる可能性がありますね。

緑の協会は市の委託でズーラシア開園当初から運営していましたが、競り勝つために、飼育員、獣医師、事務員を2人ずつ減らしてスリム化したそうです。
金沢、野毛動物園の職員組合に対して横浜市は、飼育職員のうち希望する人は緑の協会に派遣し、嘱託職員は廃止すると提案。
「職員総入れ替えの可能性がある以上、長期的な視野に立って飼育や繁殖ができない」
「先行きが不透明すぎる」
と不安の声が強く昨年10月からの交渉は難航、この1月末にようやく決着したそうです。

市直営の動物園には約30人の動物職(技術職)の横浜市職員がいて(これは全国的に見ても珍しいそうです)、安定した待遇で(おそらく)大好きな仕事に打ち込んできた。
「希望すればほかの職場に配置転換もできる」と言われたそうですが、これはあまりにその職員さんたちの実績や特殊技術を軽視した言い分だと思います。
昔、金沢動物園にコアラがやって来たとき、繁殖に取り組んでいた飼育員さんが亡くなるという事件もありました。過労死するほど熱心に(入れ込んで)世話をしていた職員さんが、この言葉を聞いたらどんなに無念がることでしょう。

12日にも書いたとおり、金沢動物園は絶滅危惧種の繁殖に熱心なところで、アラビアオリックスなど成果もあげています。
でも地味な動物が多く、コアラのような目玉もいないことはありませんが、動物目当てで来園する人はそう多くないと思います。入場料収入だっておそらくたいしたことはないでしょう。でも、学術的、世界規模の貢献を考えたら、もっと評価されてしかるべきと思います。
私個人としては、教育的意味のある市民の公園に徹して入場無料にしたらどうかと思っています。横浜市の予算を、そのくらい割いたらどうなんでしょう。
無料の野毛山動物園は立地もよくて、市民に親しまれ、お金では量れない教育効果が上がっていると思います。

昨年末、アジアにはいないと思われていたツボカビ病のカエル(輸入もの)が日本で発見され、話題になりました。
このツボカビは真菌(カビ)の一種で、カエルで致死率90%(!)以上。伝播力が強くて世界中で猛威をふるい、いま地球規模で進行している両生類の劇的な減少や絶滅の主原因と考えられているそうです。
1980年以降に世界の両生類(カエル、サンショウウオ、イモリなど)5,743種のうち、120種が絶滅したと推測され、さらに1,856種(32%)は絶滅のおそれがあるそうですからすごい感染力です。
カエルなど両生類が減少すると、それを主な餌としている鳥類やヘビなども減ります。また、カエルは大食漢ですごい量の虫を捕食しているそうなので、いなくなると農業にもそうとうの痛手となるそうです。

ツボカビ病は元々アフリカが起源、感染しても発症しないアフリカツメガエル(ペットとして人気)やウシガエル、ペットや展示用両生類から広がった。この菌は走遊子という鞭毛のある形態で水の中を泳ぎ回ってほかの両生類に感染する(真菌の中で唯一だそうです)し、宿主がいなくても土の中などで長いと7週間も生きているそうです。いったん野生に出たら根絶は不可能とのこと。
だからツボカビのカエルを絶対外に逃がさないように、死体も地面に埋めないで、と緊急アピールで強く訴えています。
http://www.nacsj.or.jp/old_database/gairaishu/gairaishu-070113-appeal.html
獣医学部のある麻布大学では、心配な人には無料で検査をする(動物病院経由)し、「そんなカエルは飼いたくない」人からは引き取ってくれるそうです。ボランティアで協力する動物病院を全国的に組織し、相談にも乗ってくれる由。「日本の両生類を守れ」と必死の取り組みが伺えますね。

こういう場合、本来は動物園は先頭に立って積極的に取り組むところでしょう。
でも、身分も安定しない先行き不安な飼育員さんにその責務を期待するのは気の毒な気もします。
期限付きの契約型運営でなく、横浜市直営なり財団運営なり、腰のすわった事業主が長期的多面的に運営してほしいものです。



posted by dashi at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月15日

美談仕立て

自殺したくて踏み切りに入った女を助けようとして命を落としたお巡りさんの葬儀がありました。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070215it03.htm
いったんは踏み切りに入った女を救出し交番に連れ戻した。でも振り切って再び踏み切りに駆け込んでしまい、追って行ったお巡りさんともみ合った様子。
抱きかかえて避難しようとしたけど相手が暴れて抵抗するので手こずり、間に合わなかったようです。
普段から親切なお巡りさんだったそうで、亡くなったことを知った人が別れを惜しんで記帳や献花に続々つめかけ、小さい交番が人であふれていました。

「二階級特進」という報道を聞いた娘が「死んでから昇進してもね」とつぶやいていましたが、殉職した警官の場合はいつも二階級特進になるようですね。退職金や年金などに反映されるのかな、どっちかと言うと遺族のための慣例ではないのかなと私としては思っています。
それはそれで(名誉なことでもありますし)ありがたいことではあるでしょうが、遺族としてはやさしいお父さん(息子、きょうだい、etc)に、こんな可哀相な死に方をさせたくはなかったでしょう。電車にはねられる直前には恐怖に身体が凍りついたに違いありません。
英雄みたいにたたえなくていいから、あの人を返して! と叫びたいのではないでしょうか。
私は、やたらと美談仕立てにするマスコミの報道に言いたい。この人は本当に死ななければならなかったのか、どうすればこんな事故が防げるかをこそ提起するべきです。

韓国人留学生が、ホームから転落した酔っ払いを助けようとして亡くなる事故が以前ありました。その留学生をモデルにした映画が完成して、天皇夫妻もご覧になったそうです。
見てみぬふりが出来ないというのは、人間として崇高な資質に違いありません。多くの人がその人間性に感動したと思います。
でもその事故の直後に来日した留学生の遺族(母親だったと思います)は無念の気持ちをあらわにして、「相手も助けられなかったのだから犬死にだ、死ぬことはなかった、愚かなことだ」ととても悔しそうに泣いていたと記憶しています。
韓国では専門の「泣き女」を雇うほどオーバーに泣いて死を惜しむ文化があるそうなので、じっと耐え忍ぶのを良しとする日本人とは反応も違うのでしょうが、あれが正直な遺族の気持ちだと私は思います。
駅のホームの下に避難するスペースがあったら死ななくてもすんだ。客がホームから転落することを考えた設計だったら、そこに逃げ込めたはずです。(現在は改良されたと聞いています)
視覚障害者はかなりの率で駅のホームから転落した経験があるそうです。落ちて身を隠す場所もない駅ならば、危なくて絶対利用できませんね。同じような構造の駅があるなら放置しないでほしい。
青年の勇気をたたえるのは当然としても、そこのところをもっと追及してほしいものだとその時も思いました。

今回の事故では、踏み切りから入った二人がもみ合って電車にはねられるまでには、数分の時間があったようなのです。
http://www.tanteifile.com/diary/2007/02/14_01/index.html
このページの下半分に、目撃者の話が載っています。
(ホームに人はいたが誰も非常ベルを押さなかった、という報道はテレビでも聞きました)
(危機が迫っているのに気づいて)あせったけどどこにベルがあるかわからなかった。大声をあげてホームを走り必死に手を振りかざしたけど間に合わなかった、と書いてあります。目撃者もこの事件がトラウマになって長くつらい思いをすることでしょう。
目の前でもみ合っている二人がいる。そこは線路なのだからまもなく電車が来ることは、見ている人にはわかっていたはずです。まさかそんなに手こずるとは思わず、二人がすぐ出て行くだろうと傍観(油断)したのでしょう。
でも、すぐ目に付くところに非常ベルがあったら。ハッと気がついて間に合う時間に押していたかもしれません。

線路上を監視するシステムがちゃんとあったら。ホームに駅員さんがいたら。「電車を止めなきゃ」と思いつく人がいたら。誰でもすぐわかるところに非常ベルがあったら。「誰かベルを押して!」と叫ぶ人が一人でもいたら。
あるいはお巡りさんは死ななくてもすんだかもしれません。
駅員を配置出来ないなら、せめて目に付くところに(いたずらを警戒しないで)通報装置を取り付けるべきじゃないでしょうか。
この事故を教訓にするべきは、「電車は止めないとすぐ来てしまう」のだから、「今の状況を、まず来ている電車に知らせる」重要性だと思います。
美談仕立てでお涙頂戴だけでは、それではいけないと思うのです。

それにしても、「そんなに死にたきゃ誰もいないところに行ってこっそり死ねよ!」と一人毒づいた私。
そこで自殺されたら死ぬ本人は満足かもしれないけど、バラバラの肉片を拾い集めたり血を洗ったりと、誰かが後片付けをしなきゃならない。いやな仕事だと思います。
(昔、目撃したことがあります。駅員さんらしい人が、透明のビニール袋に挟み棒でつまんでぽいぽい入れていました)
いったんは引き止めた女が目の前で電車にはねられたら、お巡りさんだって寝覚めが悪かったでしょう。
電車に乗る予定だった人の「戻ってこない時間」はどうなる。
鉄道自殺だけじゃないけれど、なんの関係もない他人を巻き込む、迷惑をかける行為は慎んでもらいたいものです。

生きていてもしょうがないと思うなら、死んで楽になりたいと思うなら、ちょっと待って。深呼吸して、お茶かコーヒーでも一杯飲んでみて。一度食べてみたかった高いチョコレートを試してからでも遅くない。
いのちの電話で話を聞いてもらってみて。開発途上国の子どもの里親になれないか、骨髄提供が出来ないか(何か人様のお役に立てないか)、考えてみて。
焼かれて骨になる自分を想像してみて。熱そう、痛そう。自殺したら天国には入れてもらえない。ホントにそれでいいのかな。死ぬほどの問題かな、ちょっと考えてみて。
そして死ぬのを「明日」「また明日」に延ばしてほしいと思います。
posted by dashi at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

生きがい

「生きがい」や「はり」が「ある」人は、「ない」人の1.5倍長生きする。
東北大大学院医学系研究科のグループが、4万3391人を対象に追跡調査した結果、明らかにしたそうです。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20070212i402.htm
研究グループを率いた辻一郎教授(公衆衛生学)は、
「良好な感情を持つことは、感染症を防ぐ免疫系に良い効果があると言われている。定年後も、社会活動への参加などで生きがいを持ち続けることが大事だ」
と話しているそうですが、たしかに生きがいも感じられない生活だとNK細胞の働きは鈍りそうです。
自暴自棄になって寿命を縮めることもありそうな話ですね。

昼間の路線バスでは、パスを見せながら乗り込んでくるお年寄りの多さに驚かされます。正規の料金を払っている人がほとんどいないときもありますね。
昔は70歳になって申請すれば無料でもらえたらしいですが、今はいくらかお金を払って買うもののようで、その代金を上げようとしているらしい記事を先日読みました。
でも、私はこのパスの存在は、この市の医療費削減にかなり役立っているんじゃないかとにらんでいます。
ときどき老人の団体でバスが貸し切り状態のことがあります。にぎやかにおしゃべりして楽しそうです。帽子とリュックを持って、話の様子だとみんなで梅を見に行ったりしているようなのです。バス代ってけっこう高いけど、無料パスがあれば外出する気にもなりますよね。
そういう生きがい(楽しみ)があれば、生活にはりが出て食欲も増し、病気にもならないんじゃないでしょうか。

図書館に行ったら、お弁当持参で一日過ごしている高齢者もよく見かけます。本や雑誌、新聞ばかりでなく、大きなところだとテレビ番組や映画のビデオも見ることが出来て便利です。
もし何度もバスを乗り換えて行くのだとしたら、年金暮らしの高齢者には、(無料パスがない場合)往復のバス代を払うのはだいぶ痛いかもしれません。家に引きこもってテレビの番をすることになりがちです。
そうなると病気(ことに認知症)も増え医療費や介護保険費もかさむことになるでしょう。長い目で見たら結局こっち(無料パス)がずっと安上がりだと思います。

今朝の朝日新聞一面に、介護保険で新型リハビリ、という記事がありました。介護保険で一定期間を過ぎると打ち切りの対象となっていたリハビリを、継続して出来るように改正されるようです。
リハビリでのスモールステップを生きがいとして励み、社会復帰できるならそれに越したことはないと思います。
介護保険を見直すのは初めてだそうですが、ドンドン見直してよりよい制度にしてほしいですね。
きょう会って話をした高齢者は、大きい玉の卓球を始めたと楽しそうに話していました。ほんのわずかずつ上手くなるのが嬉しいそうです。こういう小道具が人生には大切だと思います。

私の(会ったことのない)遠い親戚に、重度身体障害の子をもつ母親がいて、いつもつきっきりで世話をしていたそうです。周囲が彼女を不憫がると「この子は私の生きがい」と笑っていたと母が話していたことがありました。
子どもや老人の介護を苦労と思うなら老け込んでしまいそうですが、生きがいとして積極的に取り組むなら、生活にはりが出て元気になるかもしれませんね。
この子がいるから病気なんかしてられない、とばかりにとてもエネルギッシュな障害児の親も私の周囲にたくさんいます。(もっとも、ちょっと具合が悪いぐらいでは病院に行かない(行けない)から、手遅れになって若くして亡くなる例もありますけどね)
「この子は私じゃなきゃ駄目なの」と、いつまでも子離れしないのも問題ではありますが。

posted by dashi at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月10日

セルフエスティーム

エスティームesteemを辞書で引くと、動詞もありますが名詞として
「(〜に対する)尊敬、尊重(respect);好意的な意見;名声」
とあり、用例に
「I have a great esteem for you. あなたにはとても頭が上がりません」
というのが載っています。(ジーニアス英和辞典)
このesteemにselfがくっついたself-esteemも同じ辞書にあり、こちらは「自尊心、うぬぼれ」とあります。
うぬぼれが過ぎるのは困りものですが、生きていく上である程度の自尊心は持ち合わせたいですよね。

非行を犯した少年(少年法の少年という意味−20歳未満ーで、男の子限定ではありません)たちに多い、自分に全く自信を持てない、劣等感のカタマリのような子どもたちのことを専門家は「セルフエスティーム(自己評価、自尊心)が低い」と表現しているそうです。
「日本裁判官ネットワーク」というサイトで見つけた、神戸家庭裁判所の伊東武是という方の文章にありました。http://www.j-j-n.com/
非行を犯した少年たちの矯正教育は、このセルフエスティームを回復するための取り組み、だそうです。セルフエスティームが高くなれば、一度きりの自分の人生を大切にする気になりそうですね。

自尊心を持てない少年が非行に走るのは無理もないと思います。
勉強もスポーツも、熱中できる趣味もなければ毎日が面白くないでしょう。いじめられたり馬鹿にされたり、家族にも無視されたりしたらなおさら。その場しのぎの快楽に身をゆだねて、刹那的に生きることに慣れ、成り行きや誘いに乗る形で道を踏み外すのだと思います。
今は豊かな時代なので少年の非行もゲームの延長みたいですが、昔はもっと深刻な犯罪も多かったです。
自分が非行に走ったのは社会が悪い、貧しさと無知のせい(でセルフエスティームが持てなかった?)だと居直ったのは永山則夫。
米軍基地から盗み出した拳銃で、連続して4人の男性を至近距離から射殺した19歳です。

北海道から京都と広範囲に及ぶ通り魔的な犯行と残忍な殺し方で、1968年10月〜69年4月にかけ、世間を震え上がらせました。被害者のうちあとの二人はタクシーの運転手だったので、当時若い男の1人客は乗車拒否にあったそうです。
(余談ですが、至近距離から頭を数発ずつ撃たれているのに即死した人はいないようです。脳幹に命中しなかったのでしょう)
少年ながら実名で報道され、死刑判決を受けました。
獄中で独学して執筆活動を始め「無知の涙」など何冊も本を書き、小説では新日本文学賞というのも受賞しています。印税もだいぶ受け取っていて、一部は被害者の遺族にも渡されたということです。
(著書に感銘を受けた支援者の女性と獄中結婚して話題になったこともあります)
彼はたしかに気の毒な生い立ちではあるのですが、7人いるほかのきょうだいは犯罪に走らなかったのですから、社会のせいにして居直る理由にはならないと思います。

セルフエスティームが低いのは、家庭的に恵まれないとか学校でいじめられたとか、そういう可哀相な状況の子ばかりではありません。
先ほど妹を殺してバラバラにした予備校生(もう少年ではありませんが)のような、傍目には幸福な環境で育つ者にも「セルフエスティームが低下する」状況があって、ちょっとした言葉をきっかけに重大な犯罪に走ってしまうという実例だったと思います。
一人ひとりを大切な存在と思えるような余裕のある教室、笑顔や会話のある温かい家庭が、セルフエスティームを高め、少年犯罪の抑止力になるということでしょうか。
posted by dashi at 01:14| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月29日

女は「産む機械」か

女は子供を産む機械だとか装置だとか発言した政治家が、辞任を求められる騒ぎになっています。この人がこともあろうに厚生労働大臣というのは、あきれてものも言えませんね。
発言するときに「こう言っちゃ申し訳ないけど」「ごめんなさいね」と言い訳してたそうですから、不適切という判断が少しはあったんでしょう。そこで言うのをやめておけばいいのに、あえて口にしたばっかりにとんでもないことになりました。
心の中で何を思おうと人にはわからないし、日本には言論の自由があるから基本的に何を言おうと勝手ですよ。でも厚労相が公の場所で言っていいことではないでしょう。

政治家は「相手を言いくるめる」能力が何より大切だそうです。白を黒と相手に本気で思い込ませるくらい、弁舌に巧みである必要があるということでしょうか。
まったくうそをつかない、人望だけでカリスマ性を保持できる政治家も、いないわけではないでしょうけどね。
この大臣は、あまりうそをつけない正直な人なのかもしれません。少子化で困っているから、「産める機械、産める装置」の人にはがんばってっもらいたいという本音が出たのだと思います。
でも政治家がそんな無神経で愚かでは困ります。いったいどういう経緯でこの人が厚生労働大臣に選ばれたのか、選んだ安倍首相には責任はないのか聞きたいですね。

この人は以前、代理母を容認するような発言をしています。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/23662/
今となっては、「子供がほしいけど産むことができない」人の側に立った発言でなく、「とにかく子供を増やしたい」からであるのは明らか。
子供を産んでもらうためには手段を選ばない、「機械や装置」に問題がない人に産んでもらえばいいという、安易な考えが伺われます。
今回は単なる失言ではなく、この人の本音であることははっきりしています。厚生労働大臣に不適切であるばかりでなく、人間的に問題のある人であることは間違いないでしょう。辞任することになっても「たった一回の失言で」と同情する必要は全くありません。

今回の騒ぎで一番腹を立てたり悲しい思いをしているのは、不妊治療にかかわっている人たちでしょうか。部外者は知らないけど、かなりの数いるそうです。
こんな時代遅れの恥知らずな人がいるから、皇太子妃だって病気になるほど苦しむことになる。
子供が出来なかったという安倍首相にとっても他人事ではないので、今度ばかりは本気で叱責したんではないでしょうか。
愛妻が「ちゃんと動かない壊れた機械」「油をさしても動かない存在価値のない装置」呼ばわりされたんですからね、こんな失礼な話はないでしょう。
さっさと辞めさせて、たまには毅然とした指導力を発揮してほしいものです。

私は子供は産みましたけど、普通分娩で死にかけたので帝王切開でした。お医者様のお世話にならないと産めなかったというのは、性能の悪い機械ということになりますね。
おまけに産んだ子の一人は最重度の知的障害。社会的援助がないと生きていけません。誰がなんと言おうと社会のお荷物です。こういう子を産んだ私は不良品を生産した機械ということになりそうですね。産めないよりもっと出来の悪い機械かしら。

長いこと不妊治療をしていた知人に、「あまり高齢になって産んでも障害児かもしれないし」と声をかけると「それはもう、覚悟の上ですから」と笑顔で返され、そんなにほしいんだ、と絶句したことがあります。
子どもが好きで、私の障害のある息子にも温かく接してくれる人です。この人の元にどうして子どもがやって来なかったのかととても残念、やさしい賢いお母さんになったに違いない人なのに。彼女は今度のトンデモ発言にどんなに傷ついたことでしょう。

とても許せる発言ではないですね。
posted by dashi at 13:54| Comment(4) | TrackBack(1) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月27日

手話の制限はおかしい

1月19日の定例記者会見で石原都知事は、聾学校で手話を中心とした教育が出来る教育特区を申請すると明らかにしました。知事の意向では、手話を第一言語とし、読み書きを第二言語にする「バイリンガル聾教育」に全国初で取り組むそうです。
部外者から見たら信じがたい話ですが、現行の学習指導要領に手話教育はないため、聾学校なのに手話は教えないし使用禁止、というところが多いらしいですね。中心となるのが口話と指文字です。
手話では健常者とのコミュニケーションが取れない、健常者と一緒に生きていくには不適切との判断があってのことでしょう。聾を一段低いものと見て、健常者のレベルに近づく努力を当然視する発想ではないかと思います。
口話は自分には聞こえない声を出して発声し、相手の唇の動きを見て読むわけですから、達成度にはかなりの個人差がありそうです。比較的マスターしやすい手話の習得は、努力を要する口話教育の邪魔となるとして禁じられたのだと思います。

友人のご主人に聾学校出身の方がいますが、両親はどちらも手話が出来ないそうです。子供との意思疎通は書き文字を使うようですが、手元に筆記具がなかったり面倒に感じたりしたら、もういいやということになるのではと余計な心配をしてしまいました。
学校で禁止するぐらいですから、両親としても敢えて習得しようとは思わなかったのでしょう。口話を使えるほうが本人のためだという親心かもしれませんね。
口話がある程度出来る人は働く場所の選択はぐっと広がりそうですが、相手が口をあまり開かずにしゃべる人だったり、下や横を向かれたりしたら唇を読めないでしょうし、集中しないといけなくてとても疲れるのではと思います。
学校で禁じても手話を使える人が多いのは、それだけ習える場所もあり仲間もいる、需要があるということだと思います。
手話を使って笑顔で会話している姿を見かけることがあります。よく話す人とおとなしめの人がいて、せわしなく話す人のんびりした人がいるのは、普通の会話と同じ。手話はひとつの言語と認めるのが当然だと思います。

先月私が始発電車に乗って発車待ちしていたときのことです。
乗り込んで来ようとした人が、入り口付近にいた二人連れに「この電車はどこそこに停まりますか」と聞きました。二人は顔を見合わせて、困ったように何も言いません。
もう一度聞いても返事しないので、私が奥から「停まりますよ、大丈夫です」と声をかけました。
意地悪で返事しない人たちのようには見えなかったので、もしかして外国人かなと思っていると、二人はそのうち手話で会話を始めたので、聴覚障害者だったのだとわかりました。
口話が(あまり)出来ない人なら、急に話しかけられても困るでしょうね。でも日本語がわからない外国人の場合だって、条件は全く同じだと思います。日本語がわからない人は日本に来ちゃいけないとは、誰も言わないでしょう。
学校教育の場で手話を教えるというのは、楽しくコミュニケーションできる便利なツールを手渡すことだと思います。当然手に入れる権利があるのでは。

健常者に混じって生活するための口話の習得に傾ける労力や時間を、手話を使った学びのために使ったら。そのほうがはるかに豊かな教育を受けられるのではないかと思います。
ポルトガル、フィンランド、ウガンダ、ベネズエラは公用語として手話が使われているそうです。ポルトガルでは幼児テレビ番組にも手話通訳が出てくるとか。
フランスのド・レペ神父が1760年代に世界初の聾学校を建て、寄宿舎を用意して教育を始めたときには専ら手話が使われました(これも世界初)。ルイ16世とマリー・アントワネットがこの学校を訪問したこともあったそうですし、革命の後もこの学校の教育は高く評価され、国立パリ聾学校の前身となりました。
これほどの歴史のある手話を、あまりに不当に扱わないでほしいと、私としては思っています。
posted by dashi at 23:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月23日

認識のずれ

捏造が発覚した「あるある大事典2」は番組打ち切りが決まりましたが、
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070123-00000119-jij-soci
決断が遅いという印象を受けました。役員の処分も案外軽いですね、制作会社の責任だって言わんばかり。
当初の記者会見でも「データを捏造したのは確かだが、納豆のダイエット効果はウソとは言えない」と弁解するなど、言い訳がましくて不愉快な対応でした。
みんなやってるくせに。バレない程度にうまくやればいいのに、と思っているのが私には透けてみえました。
過去の番組だって、私に言わせれば「やってないわけがない」。今回「だけ」こんな大胆なことをするはずがないです。まるきり捏造とは思わないにしてもテレビ局だってある程度の「いじり」は承知していたと思います。

私はこの番組をよく知らないのですが、花王の単一スポンサーだったようですね。花王はスポンサーを降りることをサッサと決めて、番組打ち切りより先に昨日発表しています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070122-00000106-yom-ent
世論を考えればもっともな方針決定で、テレビ局は自分たちのしたことの大きさを思い知るべきですね。
花王からしたらイメージダウンもはなはだしい、恥ずかしい事件だと思います。
水中毒で死者が出たのは無知からだろうけれど、こっちは死者こそ出ないけどもっと悪質。視聴者を欺いて怒らせ、関係ない人にまで「テレビってそこまでデタラメなのか、眉唾ばかりなのか」とあきれさせ、そんな番組に巨額の制作費を提供して来た花王はいい面の皮です。

制作側としては「納豆が身体にいいのは事実。納豆キナーゼに血栓を溶かす効果があるのは証明されている。安いものだし、食べるのは悪いことではない。ちょっとぐらい大げさにしてもいいじゃないか」という安易な考えがあったかもしれませんね。
でも、視聴者が怒っているのは「騙されて納豆を買わされた」からではない。テレビ報道に対する信頼が根本から裏切られたからだと思います。
お見合いの釣書に全く別人の写真や履歴書を使われたら。なんてスバラシイ人だろうとときめいてお見合いの席に臨んだら、写真とは全然似ても似つかぬ人が目の前にいたとすれば、こちらは激怒すると思います。釣書を持って来た人とは絶交しても当然でしょう。それと同じようなことではないでしょうか。

「ごめ〜ん、気に入らなかった? 性格はいい人なんだけどなあ。今度はホントに選り抜きの人を紹介するわよ、信用して」……出来ますかって、そんなこと。二度と気を許しませんよ、<わざと>ならね。 
誰の発言だったか忘れましたが、先日テレビでNHKは仕事がしやすいと言ってました。民放だとスポンサー以外の同業他社のものを番組で使うわけにいかないから、って。
もともとそういうしばりもあるのだし、番組制作には細心の注意が必要なはず。下請け孫請けが作った番組なら尚更、二重三重のチェックを経てから放映するべきです。捏造があったらその時点でわかりそうなものだし、わからなければならないと思います。

不二家もそうですが、企業と一般大衆とにはかなりの認識のずれがあるなあと思います。
そういう不祥事を招いた構造的な問題について、切羽詰まった危機感が欠落して見えます。とりあえず社長の首を入れ替えるぐらいで(創業家じゃないって言っても生え抜きだし)、いったい誰が納得出来るんでしょうか。
バレたからしぶしぶ謝っている感じ。「はいはい、悪かったですよ、社長が辞めてあげるから勘弁してね」と軽く言われているような不愉快さが残ります。
賞味期限を過ぎた牛乳を使ったから怒ってるんじゃないですよ。もっと前に別の問題があったことを知ったのに「雪印みたいになったら大変だから」って隠して「学習」をせず、同じようなことを続けて食中毒も出した。
これが食品会社のやることですか、「少しぐらい平気、たいしたことない。バレなきゃオッケー」って思ってるからこその行動でしょ。

きょう卸売り市場の小売りコーナーに寄ったら、お菓子屋さんで不二家のホームパイを売ってました。特に投げ売りでもなかったですね、影響を受けないところもあるんだとペコちゃんのイラストをまじまじと見てしまいました。
不二家のレストランが営業を再開したらしいのも見かけました。でも客足は戻らないでしょうねえ。さんざん嫌味も言われそうだけど営業せざるを得ない、フランチャイズの店主が気の毒です。
テレビ局も不二家も、庶民の目でものを見てシビアに進言する、認識に「ずれ」のない人を役員に迎えて、本気で改革してほしいものです。吉永みち子さんは忙しすぎないかなあ。
(一般大衆と私に認識のずれがないか、一抹の不安……)
posted by dashi at 21:43| Comment(6) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月22日

捏造

ここまで大胆に捏造すると、却って感心してしまいますね。
「これから放送する内容はフィクションです。こうあったらいいなという希望的観測の部分も含まれています」
と但し書き付で放映したら、ギャグと笑って済ませたのかしら。
関西テレビ「あるある大事典2」で、捏造「だけ」で番組がつくられていたことが判明しました。
http://www.excite.co.jp/News/society/20070120191400/20070121M40.027.html
納豆で痩せたという事実も架空なら、痩せた写真は全く無関係のもの。測定もしてないデータを捏造し、アメリカの学者の名前を勝手に謳う。まったく、やりたい放題。ウソのオンパレードです。
きのうの続きじゃないけど、ウソはいけません。閻魔様に舌を抜かれるぞ。

納豆がバカ売れして店頭から姿を消していたので、メーカーは増産の体制に入っているはず。納豆は仕込みから出荷まで10日ばかりかかるそうですから、あと数日分は大量に売れ残るのではないでしょうか。
普段は食べないけどダイエットのためにと、納豆を冷蔵庫に買い貯めた一般視聴者はどうなる。
納豆は安いからいくらかマシですが、それでも「騙された! カネ返せ!」と怒り心頭の人も多いでしょう。
子会社や下請けに制作を任せて、どーせ制作費はピンハネする上にろくにチェックもしてないんでしょうから、作る方としてはカネのかかる実験は省略したくなるんでしょうか。今回ばかりとは思えませんね。体質的に問題があるんでしょう。
それにしても全く、ヤラセや捏造って性懲りもなく繰り返されますね。
みなさん「川口探検隊」を連想しませんでしたか、合意の上(?)のヤラセ番組。普段見てなかった私がたまたま見た時は、ピラニアに掌を喰いちぎられて血だらけになるシーン、ぎょっとしました。

先日友人からこんな話を聞きました。
以前NHKテレビで紹介されて大反響を呼んだ(何度も再放送されたり続編も作られたりしたそうです)、ある作業所のケーキ作りの話。ダウン症ほか知的障害を持つ何人かの青年が、作業所の職員とともに無添加完全手作りのチーズケーキやクッキーを製造して販売、人気商品となっているそうです。
とにかくすごい美談仕立ての番組で、それを見た友人(ダウン症児の親)も「なんて素晴らしい作業所かしら。ウチの子もこんなところで働かせたい!」と感動し、うらやましさにため息をついたそうです。
ところがその作業所の事情に詳しい知人から電話が入り、「テレビを信じちゃダメ。あそこはいろいろと問題の多いところだけど、聞く耳を持たない。泣いてる人もいっぱいいるのよ」と教えてもらったというのです。
捏造やヤラセとは違うけど、実態とかけ離れたいいとこどりの番組だったようですね。
テレビ放映はどうしても提灯番組になりがち、一歩下がって見る目が必要なのかもしれません。

ところできょう、こんな話題を知りました。薬を使わない殺虫剤の発表資料です。
http://www.lion.co.jp/press/2007002.htm
人体に有害で臭いも気になる殺虫成分を使わず、氷点下40℃のスプレー(霧)で虫を瞬間凍死させるそうです。
これはスバラシイ、赤ちゃんの居る家庭でも安心して使えます、私も買おうと思いました。
これからCMや紹介が始まるのでしょうが、民放の番組なら、ほかの殺虫剤メーカーがスポンサーの場合は自粛するのかなあ、と考えてしまいました。

posted by dashi at 00:20| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月18日

事の軽重

夜帰宅した娘が「テレビは不二家のことばかり」とあきれていました。阪神大震災のことも「少しは言ってたけど」。
不二家を叩くのは簡単でフランチャイズ店の苦悩などドラマもあるだろうけど、そして、同じ食品界に警鐘の意味はあるのだろうけど、「やって当然」の品質管理を不二家はしてなかっただけ。社員合理化の弊害が出たというのは教訓になるにしても、社会的に見てそれほど大事な事件でしょうか。
きょう見ていたサイトに、阪神大震災復興に果たした日本人の勤勉さと優秀さについて書いてありました。
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=89954&pg=20070116
「結局、この国を支えているのは、無名の一般国民なのです。マスコミは、そういうことをもっと伝えて欲しいとおもいます。」
の一文のあと、この記事の最後に、
「バラバラ殺人の兄妹の話は、もういいです。一回聞けば分かります。
事の軽重を考えていただきたい」
と結んであって、そうだそうだと膝を叩きたくなりました。
最近は猟奇的な事件が続出するけど、「事の軽重」についてはもっと配慮がほしいと私も思います。

今朝の朝日新聞「声」の欄に、「無責任意見のブログに嫌気」と題した39歳会社員の声が掲載されていました。
「……無責任な書き込みが横行し、何が本当で何がウソなのか分からなくなり、ブログを読むことに嫌気を覚えた」そうです。最近は出来るだけ電話で連絡を取り、資料も足で集め、文書も手書き最優先、とのこと。
それはそれで結構なことだと思います。少なくとも「読めるけど書けない」漢字が増える心配が無くなる。パソコンだとパッと変換してくれるので漢字を忘れてしまう、というのはみんなよく口にしてますからね。
資料も足で集めて間に合うのなら、その方が大事に扱うと思います。
文書もよほどの悪筆でなければ、相手によっては手書きの方を喜ぶでしょう。年賀状なんて最近は宛名まで印刷されたものが増えましたしね、手書きの、毛筆だったら殊に歓迎されると思います。

しかし、無責任意見が横行しているのは何もブログに限らず、テレビや新聞、雑誌だって似たようなものです。
きょう出先で順番を待っている間に、置いてあった女性週刊誌に目を通しました。
向井亜紀の代理母「初めての独占告白」と表紙にあったので思わず「うそつけ……」とつぶやきながら読んでみると、見事に綺麗ごとばかり。よくもまあ、これだけ白々しいウソをでっち上げたものだと呆れました。
この代理母は、代理出産して間もない頃には、双児で帝王切開になって戸惑ったこと、自分も家族も動揺して、もう二度とやらないとインタビューに答えていたはずです。
http://www.globe-walkers.com/ohno/interview/dairibo.htm
ところがこの女性、なんと3月には別の日本人の代理母となるそうです。そのための美談仕立てなのでしょう。
出産は命がけの大事業と思う私としては、代理母という職業(?)を無責任に称えるとんでもない記事だと思いました。

テレビや新聞でやらせが横行しているのは周知の事実。かの朝日新聞だって珊瑚に落書きという全く恥さらしのヤラセをしました。
タウンミーティングのように、書かれた台本に沿って茶番が繰り広げられるのは、記者会見や国会での応答もそうだと思います。議論の内容ではなく、会議がスムーズに運行するかどうかが重大事。税金を大事に使うことより、知事のご機嫌取りの方が優先する……。全く、無茶苦茶なことばかりです。
小泉サンのことをみんな悪く言うけど、私は少なくともだいぶ風通しをよくしてくれたと思っています。昔の自民党だったらゼッタイもみ消していた事件がだいぶ表に引きずり出されたのではないでしょうか。
ところが絶好の機会に民主党が自滅。マスコミはどうでもいいようなことばかりをセンセーショナルに報道し、結果的に自民党がこれだけ好き勝手にやるのを黙認しました。

閑話休題。無責任なブログも多いとは思います。荒らされて炎上するところもあります。かの巨大サイトのように、匿名をいいことに言いたい放題、罵詈雑言捏造のオンパレード、というところも少なくありません。
韓国北朝鮮や中国、ライブドアや宗教がらみの記事には、実生活で口にすると人格を疑われそうなことが平気で書き込まれています。
差別用語を羅列して障害者を侮辱した書き込みを私も以前目にして、落ち込んだこともあります。
でも、それはハッキリ言って「そんなところにアクセスするから悪い」のです。ごく常識的で良心的な、少しは読んでためになる「事の軽重をわきまえた」サイトを取捨選択して、お気に入りにすればいいことだと思います。



posted by dashi at 00:02| Comment(6) | TrackBack(1) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。