2008年04月19日

終の棲家

最近は気の重くなる、長生きできないね〜とため息をつきたくなるような事件・政策が多くてイヤになりますが、とりわけ、岡山県津山市で起こったケアホームの虐待は、障害者の親としては目の前が真っ暗になるような衝撃的なニュースでした。
営利目的ではないと謳うNPO法人(「NPO」は、「Nonprofit Organization」あるいは「Not-for profit Organization」の略)が作るホームなら安心、と思うのは甘いんですね。
http://www.asahi.com/national/update/0417/OSK200804170099.html
高齢者虐待で指定取り消し 岡山・津山のグループホーム
2008年04月17日22時53分

 岡山県津山市日本原の介護事業所「グループホームRing」で、入所する認知症の高齢者が衰弱していることを把握しながら放置し、虐待していたとして、津山市は17日、このグループホームを運営するNPO法人「高齢者介護研究研修実践の会Ring」(藤井諭理事長)に対し、介護保険法に基づく事業者指定を30日付で取り消す処分を決定し、同法人に通知した。同市は、入所者が十分な食事を与えられていなかった疑いがあるとみている。厚生労働省によると、虐待を理由に介護施設の指定を取り消すのは初めて。

 同市高齢介護課によると、入所者の家族からの苦情などを受けて3月14日に同ホームへ監査に入ったところ、70代〜90代の女性入所者5人全員が入所時より体重が減っていた。このうち、3人が10キロ以上減り、入所後1年3カ月の間に45キロあった体重が28キロに減った人もいたという。

 同課が10キロ以上やせた3人について医師に診察を求めた結果、3人とも「栄養失調。絶対的なカロリー不足」と診断された。このため、同市は、施設内で入所者を衰弱させるような著しい減食や長時間の放置などの虐待が繰り返されていたと判断した。
(以下略)

他で読んだ情報によれば、2006年ごろから入居者の家族から訴えがあり、昨年の秋には「職員の指示に従わないと罰として食事を与えられない」由の内部告発があったのに、津山市は簡単な事情聴取しただけで虐待はないと判断、放置していたらしいです。餓死でもしてたらどうなってたんでしょうね。
少人数の家族的なケアを期待されて、終の棲家に選ばれて入ったホームでしょうに、とんでもない飢餓地獄が待っていたとは。
28キロなんて小学低学年の体重だと思います。骨もスカスカでしょう。軽いから移動などの介護するのにはラクだったかもしれませんね。


息子がまだ就学前に通園していたとき、「人のものを勝手に食べてしまって困る」とこぼすお母さんがいました。
ウチの息子は当時甘いものは一切食べなかった(飲まなかった)し、人のものに手を出すなんてことはありませんでした。そういう、小さい子がみんなやるようなことをしてくれたら、むしろ、喜んだかもしれません。
そのお母さんの悩みに対し、もう一人のお母さんが言いました。
「おなかがすいたら人のものでも取って食べてほしい。おなかがすいたと言えなくてすいたままでいるのは可哀相だから、私はその方がいい」
それはあまりに自己本位な考えではとあっけにとられながらも、ここまで大切に思ってくれるお母さんのもとに生まれた子は幸せだと思いました。

ウチの息子は「おなかがすいた」とは言わない(言えない)けど、しまってある食べ物を探したり、人のものを取って食べることはするかもしれません。
もしケアホームでそういうことをして、罰として絶食させられたら…と想像するだけで胃が痛くなりそうです。そんなホームなら、抵抗して暴れると縛られるか薬漬けにされそうだし。
障害児者の親にとって、自分たちが死んだあとの子どもの処遇は、最も気にかかるところです。
ウチはほかのきょうだいもいるし、母子二人だけでずっと暮らすのはよくないと思うし(共依存関係?)、いずれはグループホーム(ケアホーム)かな。安心して息子の老後を託せるホームを探すなり作るなりするのが、私の最後の仕事かな、と思ってきました。かなり困難で重要な仕事だ、と気の引き締まる思いです。
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2008年04月12日

職務に忠実

昨日の東名バス事故には驚きました。対向車線のトラックから外れたタイヤが飛んできて観光バスを直撃、運転手が死亡した事件です。
自分には何の落ち度もないのに、よりによって運転席を直撃されたために亡くなった運転手さんは本当にお気の毒です。
http://mainichi.jp/photo/archive/news/2008/04/11/20080411k0000e040084000c.html
大型トラックの整備不良の疑いということですが、その後の情報ではちゃんと車検を通っていたそうです。世界一厳しいと言われる日本の車検を通った車の、ボルトが全部錆びていたとはにわかに信じがたい、叩けばほこりが出るのかもしれません。

このニュースを聞いて映像を見たとき、最近のバスの車体はずいぶん頑丈なのだなあと思いました。100キロもある(と聞きました)タイヤが直撃したのにフロントガラスは一部しか割れず、亡くなったのも運転手一人だけ。これだけの事故となると、一昔前ならもっと悲惨なことになっていたと思います。
それと、運転手が亡くなったなら制御不能だろうに、バスが側壁にぶつかったり暴走したりせずに止まったようなのは、不思議に思っていました。バスが蛇行でもしていれば巻き添えになる車もあったと思います、なにしろ高速道路ですから。
今日になってその疑問が解けました。亡くなった運転手さんが、おそらく飛んでくるタイヤを視野にとらえたのでしょう、ブレーキを踏み、サイドブレーキを引いてバスを停めたらしいのです。

びっくりして身体をよけていれば、運転手さんは直撃を免れてあるいは助かったのかもしれません。でも逃げずに職務に忠実、非常事態にとっさにバスを停めようと行動して結果的にたくさんの命を救った。すごいなー、これこそプロの仕事と素直に感動しました。
トラックの運転手や、その運転手を雇っている会社の経営者が、もうちょっと職務に忠実だったら。安全を第一に法定の整備と点検をしていれば、起こらなかった事故、失われなかった命ではないかと残念です。
大型トラックはタイヤ一つも凶器になるのは、前例もあります。はずれた(トレーラーヘッドの)タイヤの直撃を受けて、ベビーカーを押していた若いお母さんが亡くなった事故もありました。これは三菱自動車の製造責任でしたが、よその事故は教訓としてほしいですね。

職務に忠実なのはビミョーと私が思うのは、ホームヘルパーの仕事です。
私が実習に行っていたとき、こんなことがありました。
利用者はアパートで一人暮らししているおばあさん。身の回りのことは大丈夫だけど足が不自由で家事は出来ないようでした。
幸いすぐ隣が小さいスーパーなので、買い物は便利。「きょうは何々を食べたい」と言われて、(出来合いのものを)買いに行っていました。
戻ってからお風呂とトイレの掃除、床にもざっと掃除機をかけます。
お正月の前だったので、おばあさんは換気扇の掃除や窓掃除をしてほしいと言いました。

いつもは一人のところに私もいたので、お安い御用とやろうとしました。換気扇をはずそうとするとヘルパーさんがあわてて止めます。
大掃除はいけない。要するに、介護保険でカバーしている(ケアの範囲)以上のことはやってはいけないのです。ボランティアならいいのですが公金が介在すると縛りが出てくるのですね。
結局換気扇ははずさずに拭くだけにして、それでも「きれいになったわ」と喜んでくれました。
窓ガラスも、内側を拭くのはいいが外はダメ(だったかな)とかいった決まりがあったようです。
そして、私がすごく疑問に思ったのは、電球を買ってきて換えてほしいという願いをヘルパーは「出来ない」と断ったことです。「ウチは全部主人がするから、私は換えたことがない」というのがヘルパーさんの言い分でした。

それが本当なら、あまりに無能なヘルパーだと思います。実は出来るけど、想定外の仕事だからやらない(やるべきでないと考えている)ならば、それはヘルパーの資質としていかがなものかと(意地が悪いと)思いました。
ところが後日私が仕事をしたお宅でも「前のヘルパーさんは電球を換えてくれなかった」と聞きました。そういう方針らしいのです。
派遣する事業所がヘルパーに電球の交換を禁じているならば、それはあまりに杓子定規な、現実を無視した方針だと思います。吹き抜けなど危険な高さならともかく…。
電球が切れていれば、夜はそりゃあ困るでしょう。
でも、そのくらいやってあげるよと「余分なことをやる」のは職務に忠実ではない越権行為なのだと思います。「あのヘルパーなら何でもやってくれる」というのも困る。結局自分の首を絞めることにもなりかねません。
…一事が万事。
世話好き、おせっかいな人にはホームヘルパーは向かない…かもしれない。
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2008年04月04日

老後の住まい

養護学校を卒業した子のお母さんと話していたら、
「(子どもが)学校に行ってる時はあまり考えなかったけど、自分の老後が気になるようになった」と言うので、
「自分よりまず親だよ〜、順番から言ったらそっちが先でしょ」と笑ったことでした。
彼女のご両親は90近い高齢ながらとても元気で、横浜近郊で農業を続けていらっしゃるそうです。だからあまり心配してないらしい。
「ずっと元気で働いててある日パタッと倒れて、見たら死んでた、という最期が理想ね」「私の親はそうなりそうな気がする」。
まさにPPK(ピンピンコロリ)、周囲に迷惑をかけない幸せな生き方(逝き方)ですね。

そりゃあそうなれば最高ですが(自分でも納得できる年齢まで生きたらね)、最期まで元気なままという人は少ないでしょう。
75歳以上が悪評高い「後期高齢者」という呼ばれ方をするのも、「その年齢だとどこもなんともない人は少ない」という前提に立ってのことだと思います。
「後期高齢者医療制度」なるものが始まったのも、
「あんたたちの世代はほとんどが病気持ちで医療費が大変なの。面倒見きれないから自分たちでも負担して、なるべく節約してね」
ということでしょ。まったくひどい話ですね、安心して歳を取れやしない。
取ってつけたように「長寿医療制度」という名称と併用するらしいですが、トシヨリと見くびって誤魔化してないかしら、朝三暮四のサルじゃないんだけど。

先日チラッと見たテレビで、高齢者向けの賃貸マンションを紹介していましたが、自分で身の回りのことが出来る元気な老人の住まいとしては悪くないと思いました。
3食付きで、月額10万ちょっとだったと思います。
食堂に集まって栄養士の準備した食事を摂るシステム。
出てこない人がいたら心配してもらえるでしょうし、少しでも人と話すことで孤独から鬱になるのを避けられる。一人っきりで黙って食べるより美味しいでしょう。バランスのいい食事をきちんと摂ることで、生活習慣病の予防にもなりそうです。
食べ物の好き嫌いがあまりなく、他の入居者とほどほどに仲良く出来る人ならば、いいシステムだと思いました。

同居できる家族がいる人でも、希望して入居していたりもするそうです。家族と一緒にいるのが必ずしも幸せとは言えませんよね。
特に女性の場合、家族からお手伝いさん代わりに当てにされる人も少なくないと思います。テレビでも「やっと食事作りから解放された」と笑っている入居者(オバサン)もいました。
私の母がよく嘆いていた「女は三界に家無し」というのを思い出します。子どものときは親に仕え、結婚したら夫に仕え、年老いては子に仕える。今はそんな境遇に喜んで甘んじる女性は多くはないでしょう。
自分の年金や貯えで賄えるようなら、これからこういう気楽な生き方を選択する人が増えるのではと思います。
ただ個室が4畳半ぐらいの広さしかないそうなので、荷物はほとんど持ち込めませんね。大胆に身辺整理をする勇気がないと難しそうです。
また、要介護の状態になれば出ることになるのだろうと思いました。

要介護の人の小規模集団生活はケアホーム(グループホーム)という形式で介護保険の対象。身内を託す家族は、家庭に近い環境で介護の目も行き届くと期待すると思います。
現実はなかなか厳しいようですが、これからますます需要の増える分野ですから、補助金をケチったりしないで行政はちゃんと手当てしてほしいと思います。
希望すれば待たされないですぐ入れて、行政に用意された(つまり公立の)住まいで安心して快適な老後を送る。そんな未来だったら、いいなあ。
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2008年03月26日

死生観

ずいぶん昔のことですが、日本人と中国人の死生観の違いを思い知らされたことがあります。
私が学生の頃、飛行場にハイジャックされて停まっていた機内に軍隊が突入し、人質が何人か殺されたという事件があったのです。
(私は西ドイツ=当時=と記憶していましたが、今調べてみると、場所はウガンダで、突入したのも機内でなくターミナルビル、突入したのはイスラエル特殊部隊のようです)
中国人留学生を交えた場でこの話題が出たとき、日本人学生はすべて「軍隊の突入は乱暴すぎる。まずは人質の安全を考えて慎重に対処するべきだ」という考えで一致していました。
でも何人かいた中国人留学生は、「突入は当然だ。テロリスト相手に生ぬるいことをするべきではない。人質が死んだのは気の毒だがやむを得ない」という意見。
中でも日本語が流暢なH君が目をぎょろつかせながら「中国人はみんなそう言うはずだ」と断言したものです。

大義の前には人権が消し飛ぶ。
チベットの騒乱を力ずくで封じ込める中国政府のやり方に、またかと天安門事件を思い出し、人間の尊厳なんてものはこの国にはないんだなあと改めて思ったことでした。
いったい何人のチベット人が殺され、濡れ衣を着せられて処刑され、便乗して財産を没収されるのか、真相は永久に藪の中でしょう。
かつてリチャード・ギアが懸念した事態が現実のものとなりました。
http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2006/07/ny_0477.html
こういう記事もあります。昨年夏から不穏な状況が伝えられていました。
中国による懐柔策は失敗 チベット民衆なびかずhttp://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/china/104672/
中国政府はダライ・ラマのインド亡命以来、チベット民衆に対して厳しい思想統制を敷き、僧侶を中心にダライ・ラマを否定する思想教育を強化してきた。その一方で、膨大な経済支援を投入するなど“アメとムチ”を使い分け、チベット民衆の懐柔に努めてきた。
 しかし、チベット亡命政府によると、毎年2000人ものチベット民衆が自らの生命を懸けて、同自治区などから国外に脱出し続けている。また、中国当局の厳しい監視下にもかかわらず、ダライ・ラマを慕う民衆の活動は活発化しており、暴動やデモなどもしばしば伝えられる状態だ。(昨年11月)


青海チベット鉄道(青蔵鉄路)の開通で、今までは秘境だったチベットに観光客や参拝客とともに漢民族の文化の押し付けが迫ったわけですね。
チベットは富士山の山頂並みに標高の高いところで、ゆっくり動かないと高山病に苦しむことになるそうです。そういう地域で信仰を生き甲斐に質素に暮らして来た人たちが、たまりかねて反乱を起こしても数を頼みにたちまち制圧される。
フランスは北京オリンピックの開会式ボイコットをちらつかせている(リチャード・ギアも呼びかけている)ようですが、チベット政策がそんなものに左右されることはないでしょう。

知り合いに薦められて、「脳死・臓器移植の本当の話」(小松美彦・PHP新書)という本を読んでいます。
その中に鳥肌が立ちそうな話がありました。
脳死患者(ドナー)からいざ臓器を取り出そうとメスを入れた瞬間、「脈拍と血圧が急上昇して」「動き出し、のたうち回る」から看護師は動転する。かくて、移植医はドナーに「麻酔」をすることを求め、アメリカではモルヒネの使用が普通のこととなっている、というのです。(89〜90P)
それで思い出したニュースがあります。
2006年7月26日 のニュースで現在は消えていますが、検索すると詳細が書かれたサイトがありました。
http://www.lifestudies.org/jp/ishokuho.htm#11
脳死:米国・カナダで判定の3人、日本帰国後に意識回復 (毎日新聞 2006年7月26日15時00分)

 米国やカナダ滞在中に脳血管の病気で意識不明になった日本人で、家族らが現地の医師から「脳死」と説明されたにもかかわらず、帰国後に意識を回復した人が3人いたことが中堅損害保険会社の調査で明らかになった。東京都内で開かれた日本渡航医学会で、損保の担当者が報告した。海外での脳死診断は日本ほど厳格でなく、治療を打ち切る場合があることを浮き彫りにする事例で、報告した担当者は「医療文化が違う国にいることをはっきり認識すべきだ」と警告する。

報告によると、02〜05年度に、旅行や仕事で米国、カナダに滞在中の旅行保険契約者9人が脳血管障害で入院。主治医は家族や損保の現地スタッフに「脳死」と説明した。うち3人の家族は「治療中止は納得できない」などと訴え、チャーター機で帰国。日本で治療を受け、意識が回復した。搬送費用の約2000万円は保険で支払われた。残り6人は、チャーター機手配に必要な額の保険に加入していなかったことなどから帰国を断念。現地で死亡したという。

 意識が戻った60代男性の場合、カナダで脳梗塞(こうそく)となり、入院した。人工呼吸器をつけなくても呼吸できる自発呼吸はあったが、医師は家族に「脳死」と説明したという。しかし、男性は帰国後1カ月で意識が戻り、記憶も回復した。 
 …日本医科大の横田裕行助教授(救命救急医学)は「海外の基準でも脳死なら意識は回復しない。米やカナダなどの一般医療現場では、回復は難しいなどの意味で脳死を使うことがある」と言う。


アメリカやカナダでは簡単に「脳死」ということになるみたいですね。
こちらの国とも死生観にかなりの違いがあるように思えます。どうせ間もなく死ぬ運命なら臓器を提供してよ、と言われても(合理的な考え方なのかもしれませんが)、一般的な日本人の死生観では簡単に応じられないだろうと思います。
上の本に、ハワイで交通事故に遭った24歳の女性の話が載っていました(392P)。
脳死ではないけど瞳孔は両眼とも拡大、重大な脳傷害で深昏睡状態。
家族は、「お嬢さん一人で20人の命が助かる」と多臓器の提供を求められたそうです。応じていれば「脳死」として処理されたのでしょう。若いからオイシイ臓器だったかもしれません。
母親はショックを受けながらも、「20人助けられるのなら娘の一人助からないわけがない」と気を取り直して要求を突っぱね、治療の継続を要求。彼女は助かり、今は社会復帰まで果たしているそうです。

上の本にもありましたが、日本から移植のためにアメリカに渡る子どもがよく話題になります。(募金活動とか)
日本では15歳以下の臓器移植提供が出来ないから海外に行くわけですが、その子たちに臓器を提供した海外の子どもたちは、きちんとした基準で脳死判定されているのか、ブローカーが介在していないか、気になります。
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2008年03月22日

感動を「与える」

ここ数年のことだと思いますが、一部のスポーツ選手の発言で私にはとても気になる言い回しがあります。「感動を与えたい」という言い方。
感動って、人に「与える」ものでしょうか?
その選手のプレーを見て観客が感動するのは、それはもちろん素晴らしいことだけど、「さあ感動してね」と言われてするものではないと思います。
人に感動してもらうためだけに競技をするのではないでしょう。
選手は自分の目的(達成感、金メダル、優勝賞金や名声、身分の安定)のために競技に臨み、結果的にそのプレーがその選手の生まれながらの天分やたゆみない努力を思わせ、見ている人がすごいなーとため息をつく。
時には天候や怪我など思いがけない要素で息を呑むドラマが生まれたりします。
感動というのは、自然発生的に副次的に生まれてくるはずのものではないでしょうか。
もっと言えば、感動を「与える」というのはいわゆる「上から目線」ってやつで、かなり「不遜」な言い方だと思います。

私がとりわけ違和感を持つのは、高校野球の出場選手の中にこの言葉をよく聞くことです。
きょうは春の高校野球(センバツ)の開会式でしたが、朝日新聞夕刊によれば、選手宣誓で「日本の高校野球の代表として感動を与え…」と語ったそうです。
たしか以前にも「感動を与えたい」と胸を張っていた高校生がいました。
学校関係者も新聞社も、この言い方が気にならないんでしょうか。
感動するかどうかは、見ている人が決めること。何も「与えて」もらうことではない、と私は言いたいです。
感動した、と言ってもらえたらそこで初めて素直に喜べばいい。自分のプレーは当然「感動に値するから、みんなを感動させてあげるよ」という態度、どうかと思います。
感動してもらえるようなプレーをしたい、と言うべきではないでしょうか。

その点、「自分で自分をほめたい」と言った有森選手は、立派だったと思います。
本来、スポーツ選手は自分のためにトレーニングに励んでいるはず。そこのところをわきまえてほしいと思います。
書いていて思いだしましたが、スポーツ選手だけじゃなくて、歌手などにもこういうことを臆面もなく言う人がいますね。「与える」という言葉のニュアンスがだいぶユルくなっているのかもしれません。
「さあみんなワタシを注目してね。うーんと感動させてあげるからね!」と胸の中で叫ぶのは、いくらでもやってもらって結構。頭の中でどんなに不遜なことを考えていようと、それは個人の自由。
でも感動を「与えたい」などと僭越な発言は遠慮してほしいと思います。
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2008年03月07日

でっちあげ

冤罪という言葉を使う気にもならない、出来の悪いでっちあげ。どうしてこんなことがまかり通ったのかあきれてしまう事件です。
04年3月、火事の焼け跡から刺し傷のある男性が見つかり、実の妹が窃盗と威力業務妨害の罪で逮捕されたあと、殺人と放火の罪で逮捕されました。
5日、福岡地裁は殺人・放火については無罪と判断、昨日の朝からこの判決のニュースが流れました。
http://www.asahi.com/national/update/0306/TKY200803050354.html
北九州市八幡西区で04年3月、無職古賀俊一さん(当時58)方が全焼し、刺し傷のある古賀さんの遺体が見つかった事件で、妹の片岸みつ子被告(60)に5日、殺人と非現住建造物等放火について無罪が言い渡された。裁判で争点となったのは、留置場で同房だった女性(25)が片岸被告から聞いたとされる「犯行告白」。福岡地裁小倉支部の判決は、その任意性と信用性に疑問を示した。

地元ではもっと詳しく報道されたのかもしれません。
テレビのニュース番組や新聞の報道を見ただけの段階では、要するに証拠不十分という感じでした。
窃盗などでは執行猶予のついた判決が下ったということで、「真っ白の白」で無罪、という印象を受けなかったのは私だけではないでしょう。
正直なところ、「ホントにやってないのかな」という目で彼女の映像を見て、「疑わしきは被告人の有利に」とか言うからな、と思ったものです。
それがとんでもない誤解だということはネットの情報で知りました。

こちらのサイトに詳細があります。
http://www.hikinoguchi.com/gaiyou.html
「窃盗」というのが、生前の兄(アル中)に再三、
「自分が死んだら預金を下ろして、次女に学費を渡してくれ、母の葬儀代にしてくれ、俺の後始末をしてくれ」
と頼まれていたから、その通りにしただけだというのです。
このお金をネコババしたわけでもなく、事情を聞きにきた刑事にも話したし、兄の家族にお金を渡そうとしていたらしいです(別居中だった妻に拒否されたとか)。
マスコミはもっとこういう実情を報道するべきだと思います。

もちろん、遺産相続者は配偶者と子ですから、妹が勝手に預金を引き出すのは法に触れます。妻が受け取りを拒否したというのもそういう不満があったからでしょう。
でも(そうと知らずか知ってか)似たようなことをしている人は世の中にたくさんいるでしょう。逮捕されるほどのことかと疑問に思います。
また威力業務妨害というのも、別居中の兄の妻が公文の教室として使っていた(だから業務の妨害とみなされるのでしょう)実家の離れに、兄や母の居室とするために壁を設置したというもの。大げさな罪名をつけて逮捕するようなことではないと思います。

彼女が殺人・放火で逮捕されることになったのは、留置場で不自然に長期にわたり同房となった若い女が「彼女から殺人の告白を聞いた」とメモした、たったそれだけの供述調書が根拠だそうです。
この女はこの「功績」により、かなり優遇されたようですね。取調官と特別な関係があったのかどうかは不明。
上のサイトを見れば、犯人扱いされた彼女が普通の幸せな家庭を持ち、パッチワークを趣味とする優しい市民であることが伺われます。
なぜ警察は、少女時代からたびたび補導され覚せい剤に手を出しているような女をスパイにし、その話を鵜呑みにしたのか。なぜ強引に、この善良な女性を凶悪犯に仕立て上げようとしたのか、どう考えても不思議です。
でっちあげた警察はともかく、検察はいったい何を考えて起訴したんでしょうか。

警察は、真犯人を実は知っていて、それを明らかに出来ない事情でもあるんでしょうかね? 警察関係者とか。
また、私が思うのは、亡くなった人の預金を下ろすことが出来たというのは、銀行の落ち度ではないのかということ。下ろせてなければ彼女は逮捕されず、殺人放火犯にされることもなかったと思います。
ひっそりと亡くなっていたのならともかく、こんな大きな事件は実名で報道されたはずです。銀行はすぐ口座を凍結しなければならなかったんじゃないでしょうか。
下ろした人を逮捕するなら、下ろさせた方にも同じくらい責任があると思うのです。

(おそらく)取引してスパイを仕立てる。「蜘蛛女のキス」という古い映画(ウィリアム・ハートとラウル・ジュリア)を思い出させる、嫌な気分になる事件でした(映画はとても良かったです)。
古くは三億円強奪事件のとき、別件逮捕という行為が激しく非難されました。あのときは怒ってたんすの上を叩いた行為が脅迫とされたような記憶があります。オウム事件のころは偽名でホテルに泊まったのが罪に問われたりしてましたね。
…なんにも悪い事をしてなくても、ある日突然凶悪犯に仕立て上げられることもある、日本ってそんな国だったのかとあきれたりゾッとしたり。
このお粗末な「でっちあげ」茶番劇のシナリオを書いた人物は、ちゃんと法の裁きを受けるのか、知りたいものです。
posted by dashi at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2008年03月02日

みっともない

最近、「みっともない!」と思わずつぶやいたこと。
時津風部屋のもと親方が、弟子のリンチ死について
「兄弟子たちが勝手にやったことで、自分は知らない」
と言っているという報道に対して。悪あがきというか、実に見苦しい。
こんな親方と知らないで入門した弟子たちがかわいそうです。
兄弟子たちは「親方の言葉には逆らえなかった」と言い訳しているようですけどね。人一人死んだというのに、誰も「自分が悪かった」とは思ってないんでしょうか。
以前、相撲界に身内がいる人に話を聞く機会があったとき、
「そのくらいのこと(しごき? リンチ?)はどこでもやってるよ、と笑われた」と言っていました。
「その親方は、酒癖がすご〜く悪いので有名だったんだって」とも。

「無理ヘンにげんこつ」と書いて「あにでし(兄弟子)」と読む、と言いますから、相撲部屋ではけいこに名を借りた鉄拳制裁が日常なのでしょう。特別なことをした意識はないのかもしれませんね。
「相撲は喧嘩だ」と発言して物議をかもしたのは、まだ日本語がたどたどしかった頃の小錦(現KONISHIKI)でした。相撲は礼に始まって礼に終わる、といった、ただの喧嘩(格闘技)とは違うということをちゃんと教え込まないと、
「強ければ何でも許される」
「強くなる(する)ためには手段を選ばない」
という風潮に流れるのも無理からぬところだと思います。

サイパンで三浦某にむらがるマスコミ(カメラ)もみっともないです。
昔の「ロス疑惑」騒ぎを知る者としては、あのころよりもカメラの数が多いような気がします。きっとフリーで写真を売り込もうとするカメラマンもいるんでしょうね。
ロス疑惑は、週刊文春のスクープ連載記事がきっかけとなって事件性が疑われ始めました。最初は悲劇の夫から、襲撃した女優の告白など紆余曲折を経て、テレビカメラが回っている前で逮捕というドラマチックな事件でした。
少年時代に放火で服役していたとか、本来なら暴いてはならないような過去も公になりましたし、往年の有名女優(叔母らしい)の隠し子という噂が流れたりと、ヘタな小説より道具立ても賑やかでした。
何年前になりますか、ワイドショーでリポーターをやっている姿には開いた口がふさがりませんでした。かつて極悪犯扱いして追い掛け回したテレビ局が…、なんでもあり、なんだなあと。(長くは続かなかったようです)
週明けにはロス移送となるんでしょうか、サイパンの人があきれ返るようなみっともない真似は、してほしくないところです。

恥の上塗りでみっともない姿をさらしているのは防衛大臣。マッタクとんでもない時に大臣にされちまったな〜とぼやいている声が聞こえるようです。
身内(党内)の加藤某からも批判されたとかですが、苦しい言い逃れをするというのは、平たく言えばウソを重ねることだと思います。
懲りずに問題発言を繰り返す法務大臣や、火をつけると燃えそうなすぐキレる若い知事など、最近はみっともない政治家が多いですね〜。
後任人事が話題になっている日銀総裁もそうでした。余人を持って換え難い重要な仕事なのかもしれないけれど、うやむやになった後味の悪さは印象に残っています。

みっともないのの親玉は、「メタミドホスは袋からしみ込むことが実証された」と発表したどこかの国ですかね。
マジ? と聞きたくなります。
冷凍食品が入っている袋がそんな「風通しのいい」材質だったら、保存が利かないはず。
文盲がほとんどいない、新聞ぐらいは誰でも読める(世界的に見たら少数派らしいですね)この国相手に、よくもまあこんな非科学的な言い逃れをするものです。
禁止薬物のメタミドホスが簡単に入手できることを実証しようとした(農家から買った)日本の記者が拘束されると、かの国のネットでは、まるで毒物混入の犯人を見つけたかのような話になっているらしいですしね。いやはや。

口直し(?)に珍しい写真をどうぞ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080226-00000000-hsk_yg-l35.view-000
白いイチゴを栽培する農家があるそうです。
白い生クリームの上ではよくわかりませんが、チョコレートケーキだと引き立ちそうですね。
紅白のイチゴで縁起物として使えそうとのこと。いずれは普及して、山口ならずともお目にかかれそうですね。
白いイチゴは薄いピンクがかった白色だが、切ると真っ白な断面が現れる。熟していないように見えるが味や香りは赤いイチゴと変わらないそうです。
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2008年02月20日

米の作りすぎ

今朝の朝日新聞・青鉛筆欄に気になるニュースがありました。
短いので全文書き出してみます。
△米の作りすぎは「資源のムダづかい」。農林水産省東北農政局がこんなポスターを市町村や農協などに配っている。米の消費低迷の折、過剰生産は「もったいない」と訴える。
△東北6県は07年産米で全国一作りすぎた福島県を始め、全県が過剰作付けだった。自給率の低い大豆や麦への転作を促すのが狙いという。
△福島県内の農協関係者は「農家にとって米の重みは他と全く違う。農政局が言うことか」と怒り心頭。転作の「勧め」ならぬ「裏目」にならない?


マッタクひどい話だと腹が立ったのは件の農協関係者と私だけではないでしょう。
農政局はこのポスターを3万枚印刷して配るそうですが、作る人の気持ちや生活に全く配慮のない、無神経なポスターだと思います。
よくそんな「無駄づかい」ができますね。開いた口がふさがらない。
イージス艦事故のせいでほかのニュースはすっかりかすんでしまいました。農政局にとってはラッキーだったかもしれません。
地元の新聞社のHPにポスターの写真がありますのでご覧下さい。
http://www.mutusinpou.co.jp/news/2008/02/841.html
新聞社のHPではすぐ消えるかもしれないので、こちらもどうぞ。
http://jcp-fujikawa.sakura.ne.jp/wp/?p=394

日本の農民はここまでなめられていいんでしょうか。
毎日天候を気にしながら長時間の肉体労働に耐え、農協のローンで高い農機具を買い、勧められるままに農薬や肥料を買って使う。(たぶんそうだろうと思って書いています)
組織してデモを打つわけでもなく、近郊農家以外は兼業で収入を確保し、ただ黙々と勤勉に働く人が大多数だと思います。
幸い大災害にも遭わずに豊作となり、たくさんの米が採れた。
農政局が「このくらいならいいな」と思っているのよりずっと多かった。するとたちまち「なんで言うとおりに作らないの。多すぎるよ、資源の無駄づかいだよっ」となじられる。

もう昔のことになりましたが、記録的な不作となって外国の米(中国、カナダ、オーストラリア産の米に、タイ米も)を食べたとき、日本の米はなんて美味しいんだと感動しました。
日本の米がずいぶん高いものであることもそのとき知りましたが、今は自由価格になったからスーパーの特売商品になったりして、かなり安いのもあります。
多ければ安いで豊作貧乏というのも気の毒ですが、喜んで食べてもらえば少なくとも作る喜びはあるでしょう。それなのに、資源の無駄づかい、もったいないとはなんと失礼な言い草でしょうか。

アホらしくて米作りなんかやめてしまいたい、という気分になるんじゃないでしょうか。
でも、やってらんねーー!! とクワを投げ捨てる、というわけにはいかない。今の農業は農林水産省の方針で大規模農家を推奨しているはず、機械化も進んでいるでしょう。
田植え機一台、いくらするんでしょうか。それで大豆の作付けはできないですよね。
おいそれとやめたら莫大な借金が残るだけ…だと思います。

そもそも米を減らして大豆や麦に転換してほしいのは、国際価格が高騰したから。勝手なものだと思います。
大豆や麦を作って、米並みの収入を見込めるんですか? 見込めないから、みんな作らなくなったんですよね。保護貿易をやってはもらえないんでしょ?
減反政策で休耕田が増えたとき、ほかの作物を作るように指導を徹底して、国際競争に負けないような施策をとらなかった結果が、食料自給率のあきれるほどの低さにあると思います。
こんなに農耕に適した気候や国土に恵まれた国なのに!
お上の方針に沿って、営々と米を作り続けた農民が悪いんですか?
未曾有の大災害で大凶作となったらどうするんでしょう。大豆や麦の国際価格が暴落したら?

米を作る人を侮辱するより、米の消費拡大の努力をしたらどうなんでしょう。学校給食で米をもっと増やすとか、米で作るパンや麺類に対し国を挙げて推奨するとか。
「米は太る」という根強い偏見を払拭して、米の栄養価やヘルシーさをもっとアピールするべきではないかと思います。
http://www.iy-place.com/kome-eiyou/
米に含まれる主な栄養成分は炭水化物で、その他、タンパク質、カルシウム、鉄、マグネシウム、亜鉛、ビタミンB1、ビタミンB2、食物繊維が含まれています。米を取り入れた食生活は、米自身が体に必要な栄養成分に必要な栄養素がバランスよく含まれている優れた食品であるという点に加えて、主食の米におかずを組み合わせることで更にバランスの取れたものになるというメリットがあります。

個人的には、食料自給率を上げるのには米をもっと食べてもらうのが近道なんじゃないかと考えますが、どうでしょうか。
もっと農業を大事にしてほしいなあと思ったニュースでした。
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2008年02月12日

割り箸事故

1999年杉並区で、盆踊り会場で綿菓子を食べながら転んだため、その割り箸が頭蓋内に刺さって、当時4歳の男児が死亡する事故がありました。
様子がおかしいから病院に連れて行ったのに、医師は刺さった場所を消毒しただけ。
発見が遅れたがために可愛い盛りの子どもを亡くした、その両親の無念さはよくわかります。
適切な治療が行われていれば死ぬことはなかったはずと信じ、医師を訴えたくなるのも人情というものかもしれません。
でも東京地裁は医師の過失を認めず、予見不可能として遺族の請求を棄却したようです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080212-00000096-jij-soci
遺族の賠償請求棄却=診察医師の過失認めず−男児割りばし死亡事故・東京地裁
2月12日15時31分配信 時事通信

 東京都杉並区で1999年、杉野隼三ちゃん=当時(4つ)=が割りばしをのどに刺し死亡した事故で、医師が適切な治療を怠ったとして、父の正雄さん(56)らが病院を経営する学校法人杏林学園(三鷹市)と医師に総額約8900万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が12日、東京地裁であった。加藤謙一裁判長は「頭蓋(ずがい)内損傷を予見することが可能だったとはいえない」として、医師の過失を認めず、遺族の訴えを棄却した。
 医師は、杏林大付属病院に勤務していた根本英樹被告(39)=業務上過失致死罪で一審無罪、検察側控訴=。民事訴訟でも刑事裁判と同様、根本被告の過失の有無と、死亡との因果関係が争点となった。
 加藤裁判長は、過去に同様の例が報告されたことはなく、事故時に大量の出血もなかったなどと指摘。「割りばしが頭蓋内に入った可能性を考えるべきかについては、否定するのが相当だ」と述べた。


この事件が社会に与えた影響は少なくありません。
ウチの息子が通う養護学校のバザーでは綿菓子販売もやりますが、この事件のあとは綿菓子を作って袋に入れるときに、ぽろっと取れなければしごくようにして、割り箸は抜いています。
それまで危ないとも思わず無神経に使っていたところに、神経が行き届くようになりました。
綿菓子だけでなく、危ないようなものは前もって極力避けるような方向に行っていると思います。
事故があって終わりでなく裁判に訴えたことで、安全性向上への企業努力を促したのは異論のないところでしょう。

娘の友だちは幼い頃食事中に転んで、口の中に箸を刺してしまったことがあるそうです。
割り箸だったら柔らかいから折れますが、彼女のは硬いプラスチックの箸でした。
幸い鼻の横の方に抜けたとかで、今は後遺症もなく元気にしています。
それでも長いこと入院して手術も受けたようです。あとわずか横にずれていれば失明したかもしれないし、命も危なかったそう。
お兄ちゃんと食事中ふざけていたのが原因だそうで、二人ともあとでひどく叱られたということでした。

息子の学校でこんなことがありました。
お昼の給食のあと小学部を通りかかったら、歯磨きしている児童の一人が、歯ブラシをくわえたまま走り回っているのです。ゾッとしました。
すぐ子どもを捕まえ、近くにいた先生に危ないから止めさせるように言いましたが、先生自身その危険性に鈍感なようでした。
歯ブラシはまあ、折れても頭蓋には刺さらないかもしれませんね。のどを突いただけでもかなり痛いとは思いますが。

ところで、この事件で頭蓋に刺さった割り箸は7.6センチもあったそうです。
http://www.jiji.com/jc/zc_p?k=2008021200614&rel=y&g=tha
(司法解剖で頭蓋(ずがい)内に7.6センチの割りばしが見つかり、)
口の中で割り箸が折れたとき、それだけの長さのものが消えていることに気づくとすれば、それはその場に居合わせた当事者に限られるでしょう。あとで診た医師が、割り箸は折れただけで一部なくなったりしてませんよね? と確認することはないと思います。
それだけの長さのものが折れて頭蓋に刺さるというのは、よほど激しく転んだのでしょうし、確率としてはかなり低いでしょう。医師が予測することは難しかっただろうと私も思います。
まだ幼児の子どもにとって、割り箸も含めありとあらゆるものが凶器になる可能性を、保護者としては忘れてはならないでしょう。
posted by dashi at 19:19| Comment(6) | TrackBack(1) | 社会問題

2008年02月07日

威力業務妨害

自分の実家に「歩きやすい状態で」行くために、線路にアスファルト状のものを敷いて勝手に「踏切」を作った男性が、威力業務妨害で逮捕されたそうです。
(下のサイトには現場の写真もあります)
http://www.asahi.com/national/update/0207/OSK200802070045.html
 線路を横切る里道を歩きやすくしようと、JR線の軌道上を勝手に舗装したとして、広島県警安佐北署は7日、奈良県橿原市白橿町3丁目、無職升岡了容疑者(73)を威力業務妨害の疑いで逮捕した。升岡容疑者は「舗装はしたが業務は妨害していない」と犯意を否認しているという。
調べでは、升岡容疑者は昨年8月後半以降に広島市安佐北区白木町井原のJR芸備線上で、幅約1メートル、長さ約3メートルにわたってレールの周囲をアスファルト常温混合物で舗装し、JRの保守点検業務を妨害した疑い。JR西日本が8月15日に現場付近を点検した際に異常はなく、12月18日になって舗装されているのを見つけたという。
 現場は升岡容疑者の実家前で、同容疑者は99年ごろからJR西日本広島支社に「軌道内の砂利が歩きにくいので踏切を作ってほしい」と要望していたが、断られていたという。同容疑者は「JRがしないなら自分でしてやる」とJR側に一方的に宣言し、舗装を始めたという。
 JR芸備線は単線で、平日は上下線合わせて1日43本が運行している。


逮捕されたのは奈良県の男性ですが、以前は現場(広島県)のすぐ前にある実家に住んでいたそうです。
線路の脇まで里道(という用語は初めて聞きました。農道のようなものでしょうか)が来ているようで、この男性以外にもここを日常的に通る人がいるなら、この「踏切」があると助かるかもしれませんね。
写真に立て看板が写っていますが、近くにホンモノの踏切があるそうで、そっちを通ってくれというのがJRの言い分なのでしょう。でも目の前の家に行くのに、わざわざ遠回りして(どのくらいの距離があるのかわかりませんが)足場のいい踏切を通る人というのも、あまりいないんじゃないかという気もします。
都市部のように数分おきに電車が通る路線とは違い、単線で一日43本ということですから、朝夕を除けば一時間に2回通るかどうかというのどかなところなのでしょうし。

線路の砂利(バラス)の上を歩いたことがある人は、今はあまりいないかもしれませんね。地面より高い位置にありますし、かなり歩きにくいです。
この逮捕された男性のような高齢者にとっては、足を取られて転びそうになる可能性大。舗装したくなる気持ちもわかる、と同情したくなります。
まあでも、同情されるまでもない元気な人なのでしょう、左官仕事の経験でもあるのか、なかなかきれいに仕上げてあるようです。
これくらい大目に見たらいいじゃん! って思わず言いたくなりますが、保守点検の妨げになる(と主張される余地)はたしかにありそうですね。線路は夏は伸び冬は縮むため隙間をあけて敷設するそうですし、余計なものをくっつけられても困るでしょう。
ただ、線路の両側にはちゃんと溝が作ってあったそうですし、実害はなかったような印象は受けます。まあ、真似されると困るからJRとしては放置するわけにはいかないんでしょうね。

それにしても「威力業務妨害」とは…。
「威力」は、法律用語として「人の意思を制圧するに足りる威圧的な行為」(by広辞苑)とあります。
刑法 第35章
(信用毀損及び業務妨害)
第二百三十三条  虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

(威力業務妨害)
第234条 威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。

三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金、けっこう重罪?
威力業務妨害罪は「威力」「業務」「妨害(明らかに業務に支障をきたした、という被害実態が必要)」という3条件がそろってはじめて有罪になるそうです。
「業務」を「妨害」したのは文句ないところでしょうが、「威力」というのに興味を覚えます。
逮捕された男性が「JRがしないなら自分でしてやる」とJR側に<一方的に宣言し、舗装を始めた>から「威力」ということなのでしょう。

業務妨害には「偽計業務妨害(信用毀損及び業務妨害)」と「威力業務妨害」があります。(今はそのほか、電子計算機損壊等業務妨害というのも。こっちは五年以下の懲役又は百万円以下の罰金
「結果として業務を失敗させる」のが偽計。「そもそも人に業務をさせない」のが威力。
「中華そば店に何百回も無言電話をかける」や、「デパートの売り場の布団に500本近い針を入れる」は、「そもそも業務をさせない」わけではないからか、偽計業務妨害の判例があるそうです。
一方、食堂に蛇を投げ込む、弁護士のかばんを奪って隠す、競馬場に釘を撒いて競馬の挙行を妨害する、といった行為は威力業務妨害。
なお、「漁場の海底に障害物を沈めて魚網を破損させる行為」は偽計となるそうです。コッソリやったから?

上の踏切は早ければ8月、遅くとも12月18日までに作られ、そのあと(最低でも)2ヶ月近くは何事もなく運行していたわけですから、これが威力業務妨害にあたるのかどうか。
本人が「舗装はしたが業務は妨害していない」と犯意を否認した、というのもうなずける話です。
いくらかかるか知らないけど、JRが踏切を作ってくれればいい話じゃん、とも思います。
私個人としては、どんな決着がつくのか興味津々です。原状回復を条件に不起訴、かな?
まさか逮捕までされるとは思わなかったでしょう。升岡さん、お疲れ様でした!
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2008年02月02日

中国の食べ物

例の冷凍ギョウザに関して、健康被害を訴える人が1,000人を突破したようです。
気のせい、勘違いという人も少なくないでしょうが、実際に問題のあるギョウザを食べたものの、毒物の濃度が高くなかったために(救急車を呼ぶほどの)劇的な発症に至らなかった人もたくさんいたかもしれませんね。
しっかり加熱して食べるものだったからいくらかマシだったかもしれません。これが自然解凍で食べるもので(大学芋とか)、留守番の子どものおやつだったりしたら死者も出ていたかもしれないと怖い思いをしています。

「中国製の」ギョウザだから、これほどに戦々恐々とするのでしょう。
五輪を控えた中国にとっては迷惑な話ですが、今までも残留農薬で死者が出たとか、何年か前には茹でたブロッコリーで危うく死ぬところだった香港の一家の例など、起こり得る話だと思わせる下地があるのは、残念ながら否定できないと思います。
少し前には中国・雲南省で、殺鼠剤の空き袋に油かす(おやつ)を入れて持ち出し、友達と食べた小学生が4人死亡するという事件もありました。
この事件のことはこちらに書きました。
http://dashisroom.seesaa.net/article/72122991.html
「よく効くから」と猛毒の殺鼠剤や農薬を日常的に使い、その毒性、管理に対してあまりに無知、無神経であるのは疑いのないところだと思います。

もともと殺鼠剤は劇薬ですから、日本でも昔は事故や故意でずいぶん人が死にました。
鼠自体が少なくなって今では殺鼠剤が使われることもあまりないでしょう。
農薬も管理が(ある程度)行き届いているようで、事故の話はあまり聞きませんね。毒性の弱いものが主流で、自殺したいと思って飲んでも、このごろのでは死ねないという話です。
私の高校時代、隣町で農薬散布後に死亡した人が出ました。効果を急いで高濃度のを散布したのか、当時はそういうのがたまにありました。
偶然、同じクラスだった子のお父さんが農協の(農薬指導の)担当者だったそうで、大変だったと話していました。
このごろは毒というとフグやキノコで死亡例を聞くぐらいですね。

フグも無許可で販売している店で買ったり、自分でさばくという無茶をしないかぎりは、死ぬことはまずないと思います。
余談ですが、私が学生時代にアルバイトしていた市場では、向かいが鮮魚店でした。
冬になると本場なのでフグを売っていて、私も売れ残りのフグ刺しを安く分けてもらったことがあります。この店では店頭でフグをさばいていて、猛毒の内臓が足元に無造作に置いてあったりしました(今はこんなことは出来ないはずです)。
この店に、朝、大きなドブネズミの死骸がころがっていた…という噂がありました。やっぱり毒があるんだ、とゾーッとしたものですが、真偽のほどはわかりません。
ただネズミが生息していたのは事実で、私が働いていた惣菜店でも、領収書をほしいと言われて引き出しを開けたら、巨大なネズミが飛び出したことがありました。

一昔前の話で恐縮ですが…。
北京に住み始めて間もないころ、露天の自由市場で豚の切り身(ブロック)を買ってきてカレーを作ったことがありました。コックさんは土・日お休みだったのです。
脂身が多目ながら味はまずまずでした。包丁で切っているときに、皮の部分が残っていたらしく薄茶色の体毛があるのに気がつきましたが、面白く思ったぐらいで全然平気でした。
ところが、後日その話を聞いた友人(数年住んでいる)が、「そんなの食べても大丈夫なの? 肝炎にならない?」と眉をひそめたのです。
衛生的に問題があるから、食べ物は友誼商店(外国人向け)か、遠いけど日本の店(当時は西友だけでした)で買うように勧められました。その友人は、わざわざタクシーに乗って西友まで買い出しに行っていたので、便乗したこともありました。
その西友で、日本製のポテトチップ(法外な値段でした…)を見つけた娘がとても喜んでいたのを思い出します。

もっとも、そういう人ばかりではなくて、自由市場で売っている「カエル」をよく食べると話す人もいました。鶏肉みたいな味で美味しく(だからでしょうか、中国語ではカエルを田鶏とも言います)、そのまま空揚げにして食べるとのこと。男の子ばかりだったからか、子どもたちも大好きと笑っていました。
話を聞いたあと、冷凍された、カエルのおなかから下半分がうず高く積んで売ってあるのを私も見ました。でも「カエル!? やだー」と娘二人に反対されて、とうとう食べずじまい。惜しいことをしました。
内陸の北京では魚はごちそう。荷車に積み上げて売ってある、氷に覆われた太刀魚などに人だかりができているのはよく見かけました。
でもその氷が透明や白ではなく、泥水のような色だったので気になり、こちらも食べずじまいでした。

名高い北京ダックも蓮の葉でくるんだおこわも、有名な宮廷料理も食べに行きましたが、一番おいしく思ったのは日本料理店で食べた秋刀魚の塩焼きでした。
こんな母親の嗜好の影響か、娘たちもせっかくの本場の中華料理を好きにならず、もったいないことでした。
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2008年01月10日

草思社の危機

目がしょぼつく日が続いて、ネットも新聞も思うように読めない状態。世の中はそんなこととは無関係に流れるように歴史が作られていきます。

新聞を読まなかったら気がつかなかったニュースに、草思社が民事再生法適用を申請した、というのがありました。
潰れるわけではなく、吉野家のように生き延びるのだろうとは思いますが…。
とても真面目な、大衆受けはしそうにもない本をたくさん出していて、個人的にはとても好感を覚える出版社。これから出る予定の本一覧を見ても、なかなか面白そうでポシャるのは惜しいです。
http://www.soshisha.com/book_soon/index.html
草思社は堅い本ばかりでなく、「間違いっだらけのクルマ選び」シリーズや「声に出して読みたい日本語」など、大ヒットも多数出している出版社。ヒットした儲けで売れない本を出していたのでしょうか、返本率もそうとう高かったようです。

新聞だって紙のはいずれなくなるだろうと言われるくらいですから、本が売れないのは無理もないところ。草思社のHPを見たら、ネットでタダで読めるものもたくさんアップしてありました。
http://web.soshisha.com/#word
もともと草思社の本は高いし、ますます売れなくなっていたんでしょうねえ。
草思社の本は私には、千円札2枚必要なハードカバーというイメージがあります。ビンボーな私には読みたいけど買えなくて、図書館で予約して借りたのも多いです。

出版社の不況は深刻で、それに伴い印刷会社の受注仕事も減っているようです。
知り合った人が印刷会社に勤めているとわかったので、最近は厳しいんじゃないかと聞いたことがあります。その人は、この業界は先細りと苦笑し、昔は名刺で食べられたんだけどね、と話していました。
名刺、今はパソコン使って自分で作りますよね。年賀状だって印刷会社に頼む人は(法人はともかく)稀になったでしょう。
長年働いて身につけた技術が不要となるような、そういうシビアな時代。昔、私がOLだったころにお世話になっていた写真植字会社の夫婦は、今ごろどうしているのかなとふと思ったりします。

草思社の土俵際うっちゃりに期待する一方、後に続く出版社も多いだろうなあと、職をなくす人も出るのかなあと思っています。
posted by dashi at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年12月19日

署名活動

息子の学校から「きょうされん 第31次国会請願署名・募金運動にご協力ください」というチラシが回ってきました。
「きょうされん」というのは、旧称:共同作業所全国連絡会。
成人期の障害者や家族、関係者の願いをもとに、小規模作業所問題の解決をはじめ障害者施策の発展を目指している団体です。
今回の署名は障害者自立支援法の「応益負担」をなくすことを求めるものでした。

もともとほとんど収入がない障害者に、負担を求めること自体酷な話。
こんな弱い者いじめしなくたって、あるところにはあるだろうと腹が立ちます。
応益負担のために通所していた施設に通えなくなる例は実際に聞きますし、卒業間近の息子がすぐ直面する問題ですから、私としても他人事ではありません。
自立支援法に反対する署名活動や抗議行動は再三繰り返されているはずで、だから福田首相も無視できなくなったのか、見直しを口にしていたと思います。
抗議の決起集会に駆けつけたりハンストする元気もない私に出来ることは、署名活動に協力するぐらいだなあ…とペンを取りました。

署名用紙には10人分の欄があり、それぞれカンパを募って金額を書き入れる欄もあります。
1、2年前にも同じ署名をやったなあ、全く同じ体裁だった、と思い出しました。そのときは用紙が足りなかったのか、コピーしたものが配布されていました。
私の家族や身内で十人分を埋め(本来はいけないことですが、やっている人が大半だと思います)、一人50円見当で500円玉を添えて提出したような記憶があります。
全国では山のような署名が集まったでしょうし、集まった書類を整理して提出するのもそうとう労力を使う仕事だと思います。それだけの署名に込められた国民の思いをすぐにでも受け止めてほしいものですが、一度や二度の署名では全く手ごたえがなくて、何度も何度も繰り返さなければならないのでしょうか。

卒業も近いから学校で集めるのはこれが最後かも…と自分の名前・住所を書き入れました。でもそこで手が止まりしばし考えたのは、こんな昔ながらの署名活動は、もう時代に合わないんじゃないかということでした。
私のような当事者が署名しなくて誰がするんだ、という強い思いはあります。それでも今回、10人分を埋めることには抵抗があり、書くのを止めてしまいました。

個人情報保護法の施行から以降、一般大衆の、個人情報への意識は大きく変わったと思います。
以前なら街角の署名運動にも(趣旨に賛同できるものなら)気軽に応じていた私も、最近は住所や名前を書き込むのに迷いを感じるようになりました。
ましてや、いくら身内とはいっても人の名前や住所を勝手に記入するのは、今は許されることではないと思います。
その署名した用紙が悪用されるかもしれないから、というのではなくて、名前や住んでいる所というプライバシーをさらけ出す(のを求められる)ことに平気でなくなった、ということですね。
余談ですが、日本では表札を出している家庭が大半ですが、世界的に見たらこれは珍しいそうですね。郵便物は名前でなく住所で届くそうです。
家族の名前や住所を書いた表札もありますが、考えようによってはとても危険なことだと思います。

いいことと信じて必死でたくさんの署名を集めている人に、その熱意を否定するような物言いで恐縮ですが、もう、他の手段を考えるべき時代ではないかと思います。
posted by dashi at 22:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年12月18日

量刑

福岡で泥酔した若い公務員が前の車にぶつけて川に落とし、幼い子ども3人が溺死した事件。
当然「危険運転致死罪」の適用になるものだと思ってましたが、地裁では「業務上過失致死」の適用になるかもしれないそうです。
http://www.asahi.com/national/update/1218/SEB200712180010.html
3児死亡で危険運転罪見送り 福岡地裁、業過致死適用か
25年と7年半。「適用できる最高刑に3倍以上の開き」があります。
厳正な法を適用となると、一般大衆の感情とはかけ離れてしまうのかもしれませんね。

それにしても、いったん逃走したあと戻ってアルコール検査をしたとき、泥酔の基準でなかったということらしいですが、私の記憶が正しければ、この加害者は直後にアルコール濃度を下げるために大量の水を飲んだ、という報道がありました(個人的には、のどに指を突っ込んで吐いてから水をがぶ飲みすると下がりそうに思いますが…)。あれはウソだったんでしょうか。
逃げないですぐ救出を手伝っていれば一人は助かったかもしれないのにとか、別人が運転していたことにしようとしたとんでもないヤツだとか、加害者に対してはかなり感情的な報道が多かったのも確かだとは思います。
裁判所は冷静な判断をしましょうということなんでしょうか。
たしかに、最長25年という刑期は、死刑の次の無期と長さとしては代わらないと思います(無期は15年程度で出所することもあるようです)。
残忍な強盗殺人でも(殺したのが一人なら)無期になることもあるようですから、結果は重大としても明確な殺意を持って虐殺したのとは違うこの事件、25年が適当かどうかは難しいところですね。

このニュースをさっきテレビでやってましたが、被害者の父親が出したというコメントには感銘を受けました。
加害者には厳罰をもって処してもらいたいが、裁判所の冷静で公平な判断については、それを受け入れましょう、といった内容でした。
いたいけな子どもを3人も、一度に失った無念さには私も心が痛みます。
たった7年かそこらの刑期では到底納得できないでしょう。
「死刑にしてくれ!」と言いたいんじゃないかと思います。冬の海に投げ込んで、子どもたちのように苦しみながら死なせろ、と叫びたいかもしれません。

でもこの父親は、そういうことは口にしなかった。事件のあと生まれた赤ちゃんと静かに生きることを望んでいるのかもしれません。
この事件をきっかけに道路交通法が大幅に改正されて、飲酒運転が激減したという現実があります。
運転のみならず、街から酔っ払いの姿が減ったという波及効果もあったと思います。
毎年暮れになると満杯だった酔っ払い収容施設「ブタ箱」が、出番がなくなって閉鎖されるというニュースも聞きました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071216-00000914-san-soci
子どもたちの死は無駄にはならなかった。親の無念さは埋まらないにしても、結果的に飲酒(運転)で命を落とす人を多数救ったということは言えるでしょう。
言いたいことはぐっと呑み込んで、感情的なコメントを抑えた父親は立派だと思います。
posted by dashi at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年12月10日

殺鼠剤

中国・雲南省で3日、
「インスタントラーメンを分けあって食べた小学生4人が、一時間半後に泡を吹いて倒れ、全員死んでしまった」
というショッキングな事件がありました。
折りしも輸入ウナギに禁止薬物が使われていたり、中国製のおもちゃに鉛が含まれていたなど、中国製のものに疑惑の目が向けられている時期。
インスタントラーメンにまで何か入っているのか、とぎょっとした人も多かったと思います。
一つのラーメンを4人で食べたなら、一人の食べた分はごく少しのはず。いったいどんな毒物が混入したのか…と続報を待っていたら、きょう、出ていました。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071210-00000006-rcdc-cn
<続報><中国食品>小学生即席めん中毒死事件、ビニール袋に付着した殺そ剤が原因―雲南省昭通市
12月10日11時24分配信 Record China

7日、雲南省公安庁は昭通市で発生した小学生中毒死事件に関する記者会見を開き、即席めんと一緒に食べた豚の油かすに殺そ剤が付着していたことが原因と発表した。
2007年12月7日、雲南省公安庁は昭通市で発生した小学生中毒死事件に関する記者会見を開き、即席めんと一緒に食べた豚の油かすに殺そ剤が付着していたことが原因と発表した。
3日朝、雲南省昭通市魯甸県楽紅郷楽紅村の小学生4人が死亡する事件が発生した。通学途中、即席めんと豚の油かすを食べたところ、1時半後に口から泡を吐き四肢をけいれんさせ意識をなくすなどの症状を示し、まもなく死亡した。
省公安庁の調べでは当初疑われた即席めんと豚の油かすには特に問題が見られなかった。しかし、豚の油かすを入れたビニール袋に殺そ剤が付着していたため、中毒を引き起こしたという。公安は毒殺を狙っての犯罪でなく、過失と見て調査を進めている。(翻訳・編集/KT)



ラーメンはシロで、ラーメンと一緒に食べた「豚の油かす」に殺鼠剤が付着していたようです。
子どものうちの一人が、家にあった「油かす」をビニール袋に入れて持ち出した。
親がいなかったか、親に内緒で、持ち出すために適当な袋に入れた。その袋が殺鼠剤の空き袋だった…のだろうと私は理解しています。
いずれにしてもごくわずかの量のはずですが、殺鼠剤が原因なら、泡を吹いて死ぬのもありそうな話です。
殺鼠剤は日本でも昔は子どもが誤って食べたり殺人に使われるなど(南房総「猫いらず殺人事件」というのもあります)、多くの人の命を奪ってきました。その毒性の高さはある程度の年齢の人なら納得できると思います。

現在日本では、農地を荒らす野ネズミ退治用は農薬として(農薬取締法)、家ネズミ用のものは薬事法で厳しい管理が義務付けられています。
また「猫いらず」(黄燐)など劇的な毒物は今はほとんど用いられず、もっぱら何度も食べて死に至らしめる累積毒剤が使われているそうです。
殺鼠剤による死者というのは日本ではあまり耳にしないように思いますが、管理がきちんとしていること以上に、社会の衛生状況が良くなって、殺鼠剤を使うことが稀になったからでしょうか。

ところで、死んだ子どもたちが食べた「豚の油かす」というのはいったいどんなものだろうと、人に聞いてみました。
はっきりしませんが、おそらくこういうものではないかと個人的に思ったのがこれ。沖縄の家庭料理です。
http://gajimaru.blogzine.jp/photos/insyoku/andakasi1.html
私の田舎(九州)では、肉屋さんで豚肉を買うと脂身をつけてくれます。料理をするときに、まずこの脂身をからいり(?)して油(ラード)を抽出して使っていました。
油を出したあとの「かす」はそのまま料理に入ってましたが(残されて犬の餌になることが多かったですね)、脂身の方が好きという親戚もいて、その人は喜んで食べていました。
これが完全な脂身じゃなくて少し肉の部分があったり、うまく料理すれば、上の写真のように美味しそうなものになるのかもしれません。
美味しいものが家にあったから、友だちにも分けてあげようとしたんじゃないのかなあ…と私としては思っています。
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2007年12月03日

病児の保育

養護学校のスクールバスに熱のある子を連れて来て、
「きょうはどうしても仕事を休めないから、お願いします!」
と強引に乗せていった母親がいたそうです。子どもはもう中学生の年齢ですが、健常児と違って家に一人で置いておくことはできないのでしょう。
話していた人はその母親の無責任さに怒り心頭という感じ。聞いていた同じ学校の保護者も口々に
「その子がかわいそう」「熱があるんじゃ休ませなきゃねえ」「他の子にうつったら困るね」
とあきれてましたが、考えてみたら仕事をどうしても休めない、預かってくれるところもないという状況は、働くお母さんならありうる話です。

子どもはかわいそうだし学校に迷惑をかけるのは百も承知。
だけど学校になら保健の先生もいるし保健室で寝ていることもできる。
ここなら安心だからと甘えてしまうことは、いいこととは言わないけど、あまり非難できないかもしれないなあと思いました。その母親のことは知らないけど、もしかしたら生活のために働かなければならないのかもしれないし(夫が闘病中という人もいます)。
ウチの子が通っている養護学校にも、フルタイムで働くお母さんは何人もいます。
そういう人の子は、夏休みにも一人で留守番できるくらい軽い障害であることが多いですが、たまには一人に出来ないこともあるでしょう。仕事を休めないなら、見てくれる家族や親族が近くにいないと、件の母親のように周りに迷惑をかけて顰蹙を買うはめになりますね。

医師や歯科医、通訳など、そのスキルを身につけるためにそうとうの努力や投資をしたと思われるお母さんたちもいます。男性に伍して働き、それなりの収入や社会的評価を得て当然の人たちですが、子どもの障害のために仕事を辞めたり、ほんの少しだけ仕事に出たりしているようで、不本意だろうなあと気の毒になります。
働くお母さんにとって一番困るのが子どもの病気でしょうか。
自閉症のようにめったに病気をしない子が多い障害もありますが、体が弱くてよく学校を休むような子の場合は、ことに大きくなってからは(入院以外)預けられる機関はないと思います。

障害児の場合はともかくとして健常児の病児保育は、少子化対策の中でも、その効果が顕著に現われるものじゃないかと思います。
「ここがウチの近くにあれば、私は仕事を辞めなかった」「もう一人生めた」とため息をつくお母さんがきっといそうな場所が、新潟にあります。
わたぼうし病児保育室
http://www.kodomo-iin.com/byouji/byouji.html
小児科の医院に併設された、病気の子どものための保育室。朝は8時から夕方まで2,100円で預かってくれるそうです。
はしか以外なら大丈夫。いざというときはすぐ診察も受けられるし、保育士4人で見守ってくれます。定員は8人ですが、今まで断ったことは一度もないということでした。

公の施設は急性期の病児を受け入れず、病後児のみを受けるなど親のニーズに叶っていなかった。市民が本当に求めるものを、ということで始められた事業です。
毎年大幅な赤字が出ているそうですが、続けられるだけ続けたい。
「私の夢は、どこの小児科医院にも病児保育室が作られ、かかりつけの小児科で必要なときはいつでも病児保育を受けられるということです」
と語る、塚田院長の使命感に支えられています。誰か大口の寄付でもしてあげてほしいものです。
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2007年12月01日

子供の虐待

子供への虐待予防や、被虐待児保護の仕事をしている人の話を伺う機会がありました。
核家族が増えて第三者の目が届かない世の中になり、虐待の数も増え、深刻になっているようです。
虐待の例として話されたのが、池田小学校で子供たちを殺傷しすでに死刑執行された宅間守のことでした。
彼の父親はアル中で、一升瓶を提げて話を聞きにいったリポーターには息子の子供時代の話など、(不利なことでも)何でもべらべらしゃべっていたそうです。「子供より酒を取るんですね」。
宅間自身も父親には「呑んでは殴られて」育ち、母親のことは自分からは決して口にしなかった。何度も聞かれてやっと「血まみれで倒れていた」姿をイメージしていたそうです。
DV(ドメスティック・バイオレンス)の加害者と被害者が両親というわけです。
どんな環境でもまっすぐに育つ子供もいるのですから、死刑執行を免れなかった男を弁護するつもりはありませんが、そんな家庭に生まれた不運は同情に値するかもしれません。

暴力を振るうのは傍目にもわかりやすく発覚もしやすいですが、ネグレクトと呼ばれる「ほったらかし」の方は、親にも虐待をしている自覚がなく、子供もその環境から逃げようとしないようです。
1988年に西巣鴨で実際に起こった事件をもとにした「誰も知らない」という映画は、ネグレクトがよく描けていると推薦されていました。

ご存知ない方のためにざっとあらすじを書いておくと…
父親の違う4人の子を持つ母親。出生届けを出しておらず、もちろん学校にも行かせていない。
引越しに際して大家には「父親は海外出張中で長男と二人暮らし」とウソをつき、存在を隠されている下3人の子供たちは大きな声を出すことも、外(ベランダも含む)に出るのも禁じられて生活する。
新しい恋人が出来た母親は、12歳の長男にあとを託して出奔する。勝手だとなじる息子に「私も幸せになっちゃいけないの?」と開き直って。
母からは時たま現金封筒が届くだけで全然足りず、家賃は滞納、電気もガスも水道も止められてしまう。コンビニの捨てる食材を恵んでもらい、公園の水でなんとか生き延びる子供たち。
下の子が椅子から落ちて死ぬ、という悲劇が訪れても、警察に行こうとしない長男。なぜなら、保護されるときょうだいが一緒に暮らせなくなるから…。

映画では事故になっていますが、実際の事件では長男のタチのよくない友人がふざけ半分で殺しています。山の中に捨てた遺体が発見されたときには長男も逮捕されたようですね。
放置された子供たちの長子(長男)を演じた少年が、カンヌ映画祭で最年少の主演男優賞受賞で話題になったこの映画、私も見ました。
気まぐれでペットを飼っているような、無責任に留守をするまだコドモの母親(YOUの演技は秀逸で、適役だと思いました)の描き方や、そんな母親でも帰りを待ち望むしかない子供たちの切なさに心が痛みました。

自分の気が向いたときだけ世話すればいいなら、子育てを楽しむ余裕もあるでしょう。虐待も起こらない。
また子供を産むとき、子育てにはお金がかかると覚悟している人はあまりいないんじゃないでしょうか。生活苦や病気、夫婦の不和(片親も含め)の中で常に笑顔で子供の相手をするのは難しいと思います。
母子家庭の生活保護の額を順次減らす(母子加算削減)というとんでもないことが行われていますが、そういうのは子供の虐待に直結すると断言できますね。
共産党の議員さんが母子加算削減の見直しを求めたそうです。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-12-01/2006120101_05_0.html
日本共産党の小池晃議員は三十日の参院厚生労働委員会で、生活保護費のうち一人親世帯に支給している「母子加算」を厚生労働省が二〇〇七年度から段階的に全廃する方針を決めたと報道された問題で政府をただし、廃止方針の撤回を求めました。
posted by dashi at 23:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年11月28日

怖ろしい話

きょう、「もう一つのサカキバラ」という話を聞きました。
神奈川県の全寮制の私立高校で、一年生の生徒が同級生をめった刺しにして殺し、生き返って仕返しされるのが怖くて、首を切り落としたという事件。昭和44年と言いますから、もうずいぶん昔の事件です。
当時の私はまだ九州に住んでいたこともあって、この事件にはあまり(かすかにあります)記憶がありません。センセーショナルな事件ではあるけど、昔は少年事件は今よりずっと慎重な報道でしたから、(地元以外では)扱いも大きくなかったのかもしれませんね。
ここ数年にテレビ朝日で取上げたり、本が書かれたりドラマ化されたりして、話題になったこともあるようです。

この話を私に聞かせてくれた人は社会的地位のある人で、場所は小さな講習会の会場でした。
この人は、加害者の少年が精神鑑定を受けて医療施設に入り、わずか2年で退院したことがとても不満な様子でした。少年はそれ以上何の罪も問われることなく、遺族に謝罪することもなく、善良な市民として社会に戻ったようです。
被害者の母親はショックで廃人同様になり、賠償金も加害者の父親の死により中断したまま、支払われていないそうです。
加害者の少年は父親の愛人の養子になって姓を変え、大学を二つと大学院を出て弁護士となり、今は成功して大きな事務所を構えているそうです。
「怖ろしくないですか? 弁護士ですよ。テレビドラマでもやってたし、詳しく解説したこれこれという本が出ていますから、興味のある人は読んでみてください」
と話は締めくくられました。

本当に怖ろしいのはこれからです。
図書館に寄って件の本を探しましたが書架になかったので、帰ってからネットで検索してみました。
そしてとても驚きました。例の本は、事件の精神鑑定書を公開しているサイトで
「…という本は、上の精神鑑定書を著者の意図に合わせてかなり悪質なやり方で編集して掲載していると思われます。」
と指摘してあるのです。
http://kangaeru.s59.xrea.com/kubikirikantei.htm
同じような内容の文章を、読後の感想を書いたものなど複数のサイトで見ました。

私もこの供述調書を読んでみて、きょう聞いた話とはずいぶんニュアンスが違うなあと思いました。
きょうの話し手は教養も社会常識も豊かな人なのに、件の本とテレビの報道(ネタ元は同じなのでは…)にだいぶ洗脳されたものと思われます。
書き手の恣意的な情報操作によって、偏った世論が形成される。
これほど怖ろしいことがあるでしょうか。まるで魔女狩りです。
私たちは、差し出された情報を鵜呑みにすることなく、反対の立場から、ナナメから上から、と視点を変えてものを見るクセをつけないと、とんでもないところに誘い込まれてしまうのではないか、と、そっちの怖ろしさに戦慄を覚えます。

怖ろしいついでにもう一つ。
少年事件といってあなどれないほど、少年による残忍な何の脈絡もなく発生する異常な事件が、ずっと昔から、日本のどこかで毎年必ず起こっているようです。
http://kangaeru.s59.xrea.com/ijou.htm
少年事件としてひとくくりに考えるのが妥当なこととは、私にはとても思えません。
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2007年11月14日

事件の背景

凄惨!!中国「エイズ村」潜入ルポ、という記事を読みたくて「読売ウィークリー・11月25日号」を買いました。
組織的に血を買う仕組みを作り上げ、貧しい農民から安く買い取ってブローカーが大もうけしている。農民にとっては魅力的な現金収入ですから、毎日のように売血する者もいたそうです。
注射針を換えるどころか、使わない成分を体内に戻すときには、作業の効率を優先に複数人の血液を混ぜるということまでしていたそうです。
その結果、エイズが蔓延した村が中国各地に点在。ほとんどが内陸の極めて貧しい農村です。

これが大昔の話ではなくて、1993〜1996年ごろのことだそうですから、中国はまだそんな段階なのかと驚かされました。
売血が日常化していた村ではHIV感染者が多数。医療の手当てもなく、差別や偏見に苦しみながら死んでいく人も多いようです。また、輸血で感染した人が裁判を起こそうとしても受理されない場合が多いとか。
北京オリンピックを前にしてイメージアップに必死の中国政府としては、出してもらいたくない記事だろうなあと思いました。
3回にわたってルポするそうで、これが第1回。著者は学習院女子大准教授の阿古智子という方ですが、刺客が放たれないかと本気で心配です。

この雑誌に、他にもびっくりするような記事がありました。
獨協医大病院(栃木県壬生町)の初調査によれば、
「飛び込み出産」過半数が「産み逃げ」
なのだそうです。
かかりつけの病院で毎月の検診を受けずに、いきなり救急車などで初めて運び込まれた妊婦。どんな状態かわからない危険な出産をあえて引き受け、無事に終わってホッとしたら…。
獨協医大病院では、なんと55%の産婦は出産費用を踏み倒していたのだそうです! ひどい場合は子どもを残してトンズラ…。
この調査は獨協医大病院だけのことですが、最近の病院はどこも(公立は特に)治療費の未払いに悩まされているらしいですね。

こんな現状があるなら、飛び込み出産の受け入れを拒否する病院を責められるでしょうか。
「産まれそう」と救急車を呼んだが、受け入れる病院が見つからずたらい回しされた、などとニュースになったりしています。一方的に病院を責め、無責任だの人命軽視だのと批判する。
無責任と批判するなら、毎月の検診を受けずにいきなり飛び込み出産をしようとする妊婦、費用を踏み倒す産婦の方じゃないですか。
病院はボランティア団体じゃありません。運営には人件費にランニングコスト、減価償却費、莫大な経費がかかります。かかった費用も払わないで逃げる患者ばかりではたちまちつぶれてしまいます。
真面目に働く医療関係者のモチベーションをなくすような、無責任な感情的な批判は控えてほしいものです。

いったいまた、どうしてと唖然とした「全盲の男性公園に放置」事件もそうです。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2007/11/14/03.html
糖尿病で失明した全盲の男性を、退院させようと自宅に連れて行ったけれども家族(?)が引き取りを拒否。公園のベンチに座らせ(置き去りというのとは違うようです)、通報して保護してもらった、というニュースの内容から、まるで捨て猫みたいな扱いだと怒った人も多いと思います。
男性は悲劇の主人公。
病院はとんでもないことをとあきれられ、患者の人命軽視と批判にさらされました。

病院側は職員が勝手にやったように言っているようですが、普通に考えて、必要がなければそんなことをするわけがない。職員だってほとほと困っての強硬手段だったに違いありません。
「もうゼッタイ連れて戻ってくるな」と(無言かもしれないけど)強い圧力があったからこその行動。ほかの病院に搬送して、ババを引き取ってもらいたい。そんな一心だったと思います。

この男性は7年前から入院し、糖尿病が進んで失明しました。
ほかの入院患者や看護師とトラブルが絶えず、6人部屋を一人で占領していた。大声でどなられるなど、この人が原因で辞めた職員もいたそうです。
入院が長引いたので医療費が自己負担になり、それを何年分も払っていなかった。185万円の未払いがあるそうです。
再三退院を勧め、障害者用の施設に移るよう諭しても聞いてくれなかった。
費用は「怖くて」督促しにくく、その担当者は困っていたのでしょう。だからほかの病院におしつけようと、後先考えない幼稚な行動に走ってしまいました。

そういう患者を、病院任せにしていること自体に問題があるんじゃないでしょうか。
長引くと医療費の自己負担分が増す、症状が固定した患者は追い出さないと病院の減収になる、そういうシステム自体が間違っているんじゃないでしょうか。
病院や、追い詰められた職員を批判するばかりじゃなくて、そういう行動に走るに至った事情もちゃんと報道して、再発を防いでほしいと思います。
posted by dashi at 23:07| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年11月08日

エチゼンクラゲ

巨大なクラゲの異常発生によってまるで漁にならない、というニュースを以前見ました。
定置網を引き上げたらこのエチゼンクラゲばかりで、がっくりする猟師さん。クラゲが浜一面に捨てられている映像もありました。
このクラゲ、大きいのは傘の直径2メートル、重さは15キロにもなるそうです。
異常発生は近年増えているそうですが、大きくて重いので駆除もままならず、網からはずしてそのまま海に捨てる場合が多いということでした。
江ノ島水族館で泳いでいるのを見たことがありますが、オレンジがかった薄ピンクのきれいなクラゲでした。
泳ぐ姿は優雅ですが、この大きさから底引き網を破ったり、他の魚の商品価値を落とすなど漁師泣かせの厄介者。また、原発や火力発電所の取水口を詰まらせるなどの被害もあるそうです。

水産試験場も手をこまねいていたわけではありません。このエチゼンクラゲをコマギレにする装置を開発して、きょう実地試験をしたそうです。
http://www.zakzak.co.jp/top/2007_11/t2007110846_all.html
約2メートル四方の枠内にステンレス製カッターが格子状に取り付けてある駆除器具」の中にクラゲを放り込んでいく。巨大な「ところてん突き」といったところでしょうか。
もともと身体の90%は水分ですから、小さく切られたクラゲは数日で溶解してしまうそうです。
クラゲなんかに負けてられませんね。早く装置の改良を進めて、頑張ってほしいです。

ところでこのエチゼンクラゲ、中華料理以外の食材として使う研究もされていて、商品化されたものもあります。
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091141606728.html
「かね徳」の「くらげポンチ」、こりこりしたナタデココのような食感だそうで美味しそうです。
今は細々と通販で売るだけらしいですが、宣伝次第では大化けするんじゃないでしょうか。
東国原知事みたく、行政も一役買って応援してあげてほしいと思います。

クラゲに有用成分を多く含むことがわかったというニュースもありますから、大手の食品会社がブームを作って売り出せば、案外いけるかもしれません。
http://www.asahi.com/science/update/0602/TKY200706010394.html
クラゲには<「ムチン」という糖たんぱく質が豊富に含まれている>が、中でもエチゼンクラゲは巨大なため、成分の抽出には好都合らしいです。
ムチンはオクラやサトイモなどのヌルヌル成分として知られる。細菌やウイルスを認識して、攻撃から守る作用や保湿、洗浄作用がある。医薬品や化粧品、食品添加物など数多くの目的に使えると期待され…
採取コストを10分の1ほどに下げられれば、産業化が可能
だということです。乞うご期待、ですね。
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2007年10月24日

ずる

少年事件の供述調書を漏洩した医師が逮捕された事件で、朝日新聞社などは強く抗議しています。
(逮捕までする必要はない、これは「見せしめ」だ、という主張には一理あります)
この抗議する姿勢に対して、長年朝日を購読している私はなんとも不愉快な思いをしているのですが、それが何故か考えました。
週刊朝日11月2日号を買って<「取材源」逮捕で始まる「言論封殺」>なる記事も読んでみました。
江川紹子さんのコメントがありました。これは彼女のブログから編集に都合のいい部分だけを切り貼りしたに違いない、と私は思いましたが、違うでしょうか。
江川さんのブログ:http://www.egawashoko.com/c006/000239.html
週刊朝日の記事もまず結論ありき、牽強付会の印象です。

きょう、ミートホープの社長以下幹部が逮捕されたというニュースがありました。社長の指示に従って不正を繰り返していたようです。
事情を知る人にとっては、生活のために良心を押さえつけ、きっと「いつばれるか」と気の重くなる仕事だったでしょう。我慢できなくて内部告発したり辞めた社員も何人もいたはずです。
告発した先が不適当だったから(ミートホープにかぎたばこをもらっていた?)放置され、摘発が遅れた分不正も大胆悪質になりました。
赤福や、比内地鶏のごまかしも明らかになりましたね。広島の食肉加工会社でも何かやってたようです。
雪印、不二家の虚偽記載etc.も記憶に残ります。

例の「供述調書丸写し」のジャーナリストも、やったことはこれらの食品会社と同じではないかと思うのです。
厳しいノルマを自分に課すこともなく、消費者(読者)をカモにしか見ず、社員(協力者)の迷惑や正義感(苦悩)は無視。自分の儲けや社会的地位を高める(会社を大きくする、有名になる)ことの方に重きを置く。
そのために平気で「ずる」をするということです。
…「言論の自由」を言い訳にする分、卑怯だと思います。

鎌倉に本店のある鳩サブレの会社(豊島屋)は、品質管理が出来なくなるからと、近場(神奈川県内と都内)以外には出店しない方針と聞きました。近場でもその人気のわりに扱う店は少ないと思います。
http://www.hato.co.jp/shop/index.html
出来立てを売りにしている商品ではあリませんよ、主力商品の鳩サブレは生菓子ではないです。
身の丈に合わない拡大展開は自粛して消費者の信用に応える。これが本来の姿ではないでしょうか。
赤福のようにすごい数の売り場で、その日の出来立てを売りにする生菓子なら、大量の売れ残りを出さないためには毎日「夕方には売り切れて買えない」のが当然だと思います。
そうでなければ、その日の売れ具合に応じて日に何度も生産量を調整する(コンビニの本部みたいな)、かなり高度のチェック体制が必要なはずです。

セブンイレブンは自社工場ではなく、おにぎりや弁当は食品会社に発注しています。
その日に何個注文が入るかわからないから、工場ではこれくらいだろうと見越して多めにご飯を炊く。注文が入ってから米を洗っていては間に合わないからです。
見込みがはずれて大量に余ったときには大損害、すべて廃棄処分です。工場内で余った食材を肥料にする施設が作られているそうです。
最低賃金に限りなく近い時給でそこでパートしていた人は、炊きたてのおいしいご飯で作ったおにぎりを捨てに行く仕事がイヤでたまらなかったと話していました。
ここで「もったいないから」と捨てるのをやめて、炊きたてでない米で商品を作ったら。ばれたら超大口顧客のセブンイレブンから切られ、ライバル社に仕事を奪われる。たちまち営業危機です。
大損を覚悟で廃棄せざるを得ない。
ずる」をしない(できない)会社はみんな、それくらい厳しい経営をしているのだと思います。

供述調書で知った内容が驚愕の事実で、これはぜひ世間に知ってもらいたいと思ったとする。
それなら、それをそのまま引き写すのではなく、それをもとに取材をしたらどうなんでしょう。
相手は少年だし、個人情報保護の壁があって、取材は困難を極めると思います。でも、本を一冊書いて世に出そうと思うなら、それくらいするのが当然じゃないでしょうか。
ジャーナリストの仕事って、提供されたネタをそのまま「引き写す」ほど甘ったれたものなんでしょうか。提供した医師とどんな取引があった(ないとは思えません)か知らないけど、医師が漏洩の罪に問われるはずがないと、まさか考えたわけではないでしょう。(逮捕は想定外かもしれないけど)
言い得て妙、のどどいつがあったのでご紹介します(作者は裁判官)。
「ひとの作文 丸写しする ことに決めた」じゃ 「著者」じゃない
http://blog.goo.ne.jp/gootest32

少年は広汎性発達障害だった。そのために起こった事件であり、その事情を知ってほしかった、と医師が供述しているという小さな記事が朝日に載りました。(週刊朝日の件の記事にもあります)
医師は(当事者が身内にいるなど)広汎性発達障害に特別な思い入れがある人なのかもしれません。もしかしたら、悲壮な使命感から(あるいは逮捕も覚悟の上で)漏洩したのかもしれません。
でも、もしそうなのだとしたらなおさら、安易に提供者を特定できるようなやり方で裏切り、少年を含む遺族のプライバシーに土足で踏み込んで、さんざん踏み荒らして山ほど後顧の憂いを残した本を出した草薙厚子なる女性と講談社は、これ以上ないくらいの「ずる」をしていると思います。

漏洩はたしかに立派な犯罪。でも、それを写真にとって持ち出し、そのまま本にして出版しさえしなければ医師の逮捕はなかったし、遺族が苦しむこともなかった。
今までだって、こっそり漏らされた情報から世紀のスクープが生まれ、大統領の失脚につながったようなことはありました。でも、記者は情報をそのまま、どこから漏れたかすぐわかるような形で使ったのではない。命がけの取材とセットのはずです。漏洩する人の覚悟を思えば、それくらい、当然ではないですか。
言論の自由だの、知る権利だのと、勝手な理由付けで正義漢ぶるのはやめてほしい。朝日新聞社は、著者をかばわないでほしいと思います。
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2007年10月09日

コンビニ

万引き犯を捕まえようとして追いかけ、刺殺された青年の葬儀があったそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071009-00000923-san-soci
責任感から追いかけたのでしょうに、「捕まりたくないから」という自己本位な理由で刺されて落命し、本当に気の毒なことでした。
犯人はまだ未成年ですし、出頭しているし、「殺すつもりはなかった、死ぬとは思わなかった」と殺意を否定するでしょう。更生の余地はあるとやらでたいした量刑にならないのではと思います。
短絡的な犯行を「未熟な、若気の至り」と思うか、「あまりに愚かで人間以下、動物並み。弁解の余地無し」と思うかで、印象もずいぶん違いそうです。

私が今回の事件を聞いて思ったのは、これは「万引きに対して寛容すぎる」社会全体が生んだ犯罪だ、ということです。
万引きした子どもたちは、「たかが万引きぐらいで」そんなに真剣に追いかけてくるとは思わなかったんじゃないでしょうか。ナイフをちらつかせたらすぐ諦めると、甘く見ていたと思います。
追いつかれて初めて、焦った。だから逃げるために刺しただけで、あとのことなんかナーンニモ考えてなかった。
つくづく被害者やそのご家族が可哀想でなりません。

ウチの近くのコンビニでも、店頭の駐車場で、塾帰りとおぼしき小学生や中学生がかたまって何やら食べたりしています。
私は個人的には、学校でちゃんと勉強しないで、塾を口実に夜遊びする習慣が諸悪の根源と思っています。9時過ぎに子どもが外にいる状態って、不健全すぎませんか。いったい何時に寝てるんでしょうね。親と話す時間なんてあるんでしょうか。
それにしても、そこで買ったものを食べているならいちおう客だから、たむろするのを追い払えないコンビニも気の毒なことだと同情してしまいます。
少し前に、コンビニの屋外コンセントから携帯の充電をした中学生(だったかな)が、巡回中の警察官に、窃盗(電気の)で補導されたというニュースがありました。
被害額は1円ということです。第三者の私としては笑ってしまいますが、コンビニは(たちの悪い)客の傍若無人ぶりに音を上げていたかもしれませんね。これで「たむろする」子どもが減ったら助かるんじゃないでしょうか。

そもそもコンビニは単価が高いから、買う品数は少ないですよね。客単価はしれたものだと思います。
雑誌と弁当(おにぎり)、ペットボトルのお茶が売れ筋ということですが、そんなもの売ってたって、いくらも儲からないでしょう。よほど立地が良くて客がひっきりなしに来るのでなければ、経営は厳しいと思います。
その上家庭ごみの捨て場にされたり、ちょこっと買ったものを店頭の駐車場で食べ散らかされたり、万引きしまくられては、コンビニもたまらないですね。

万引きは窃盗、ドロボウです。やったらすぐ捕まえて締め上げ(「かわいがる」という意味ではなく)、二度としないと泣いて後悔させるべきだと思います。いじめの一環で人にさせている子には、同じだけの罰を与えるべきです。
「万引きはゼッタイさせない、したら捕まえてすぐ警察に突き出す」方針でやってほしいし、そのためには万引き防止の対策も採ってほしいです。
ダミーを混ぜるとしても監視カメラをたくさん設置して死角を作らないとか、ICチップ(?)を導入して(TUTAYAなどでやってるみたいに)未会計のものを持ち出そうとしたら警報音が鳴るようにするとか。
本部はそれくらいの設備投資をしてあげてほしいです。各店舗の負担でなくて。
「あそこはヤバイから」と不心得の子どもが寄り付かなくなれば、商売もやりやすくなるんじゃないでしょうか。

コンビニが犯罪の温床になる状態が続けば、万引きや強盗に無抵抗となり、店員のなり手は減って時給も上げざるを得なくなるでしょう。ますます経営が厳しくなる。
大半のコンビニはフランチャイズ方式で、店長が出資する場合が多いと思います。
出店計画が不適切でつぶれたと思われる例も(私が知る範囲でも)少なくないですが、つぶれたら出資した個人ばかりが損をするようになっているようです。
それで裁判沙汰になっている話も聞きますが、コンビニの新規出店は相変わらずよく見かけますね。
コンビニはその名のとおり、「困ったとき<便利で>助かる」ために存在する、希少価値のある店であるべきなんじゃないのかあ、こんなに増えていいのかしらと思っています。
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2007年10月04日

わからないこと

私がトシを取りすぎたからでは(まだ)ないと思いますが、最近の世の中はわからない…。

学校の給食費や保育園の保育料を何年にもわたって滞納する親が話題になります。
どうしてそんなことを許すの?
携帯は滞納したらすぐ切られるから、みんな素直に払います。水道もガスも電気も、料金を支払わなかったら使えなくなります。
サービスが打ち切られるなら、滞納なんかしなくなるでしょう。打ち切られっこないとなめてかかられてますね。
失業なんかでホントに払えない人と、カネはあるけど払わない人とは区別して考える必要があるかもしれないけど、あまりに及び腰に思えます。
弁護士に頼んで内容証明なんかで督促すれば、あわてて払う親が大半なんじゃないでしょうか。どうしてやらないんでしょう?

「女王様」キャラとかいう若い女優が、主演した映画の舞台挨拶であきれた態度をとって話題になっています。
件の映像を私も見ましたが、不思議でならないのは、周囲にいた人たちがなぜ傍観したかということです。
印象に残ったシーンは、と聞かれて「別にないです」と切り口上で言った時点で、誰かがフォローするべきだったと思います。女優のためにじゃなくて、前にいた観客のために。
あんな無礼な態度がありますか、信じられない。
媚びるようなインタビューを続ける前に「女王様はご機嫌ナナメだから、○○さんに聞いてみましょうか」と他の出演者に振るなり、わざとらしく他の話を始めるとか。他の出演者が割り込んでしゃべってもよかったと思います。うまく茶化してその場をまとめる(ごまかす)べきだったのでは。
あとでブログで謝罪したり泣いたりしたって、やったことは取り返せない。可愛い若い娘のやることだからって許してくれる人も(小倉さんとか)いないことはないけど、映画を見るのをやめようと思う人の方がずっと多いでしょう。
監督がその場に居たのなら、声を荒げて叱責しても当然だと思います。
この女優、大物の愛人か何かでアンタッチャブルなんですか?
むかし「オレはビッグだから」と放言して干されたタレントも居たけど、今回はただの勘違いと違って気分悪いですね。

渦中の時津風親方が民放の番組に出て、死者を出したリンチ事件を兄弟子のせいにしようとしたようです。
どうしてこんなミエミエのウソを