2014年12月31日

みなさま、どうぞよいお年を

まさに光陰矢のごとし。あっという間に一年が過ぎ、大みそかも夜遅くとなってしまいました。
みなさまにとってどんな年だったでしょうか。

  私は今年もまた、息子の世話と受験勉強を最優先に過ごした一年でしたが、眼底の再出血を繰り返した右目がほとんど見えない状態が続き、無理もできないと腹をくくった年でもありました。7月の受験当日には、疲れたのか左目までよく見えなくなってしまい、答案用紙を前にしばし呆然とする場面もありました。(幸いごく短時間で終わりました)
右目をつぶって過去問と格闘した日々を頑張ったよねと振り返る一方で、頑張るだけじゃだめだ、結果を出さないと。必ず結果を出して社会的弱者から脱出するんだと鉢巻を締めなおす気分でいます。

それにしても法律用語の独特なこと。連帯保証と保障連帯は違い、組合と匿名組合は全くの別物。巨大なモグラ叩きをしているようなものです。叩いても叩いても、だだっ広い地面に無数に開いた穴からぴょこぴょこと頭を出すモグラが、へへへと笑っている、そんな感じ。
でも実際、ぱしっと決まった時の快感も悪くありません。あと半年、頑張ります。

どうぞよいお年を。
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2013年12月27日

気がつけば12月も末

気がつけば12月も末

もうずーっと盆も正月もない日々。今年はクリスマスをすっかり忘れていて、娘が仕事の帰りにケーキ屋さんに寄るというメールに「えー、太る薬はやめとき、なんか買ってきてくれるならみかんにして」と返信した私でした。クリスマスだからケーキか、とあとで気づいてあきれられましたが、私とすれば受験勉強優先、それどころではないというのが正直なところです。

三年もやっていればさすがに少しはわかってきて、勉強も面白くなってきました。
先ごろ、非嫡出子の相続分が嫡出子の半分なのは憲法違反、という最高裁判決が出ましたが、こういうのが私たちの受験勉強にすぐ反映されます。
たとえば1200万円を残して亡くなった人がいて、奥さんと子供二人、愛人の子一人(認知している。認知しないと他人)がいるとします。
最高裁の判決が出るまでは、法定相続分は配偶者(奥さん)が半分の600万円、子供二人が愛人の子の倍で残りの600万円を2:2:1の割合で分けて240万円ずつ、でした。これからは子供三人仲よく200万円ずつ、ということになります。
手持ちの問題集はもちろん元のままなので、気を付けないと相続額の計算をまちがえてしまいそうです(よく出題されるところです)。
この判決が出て喜ぶ人泣く人いろいろいるだろうなあと考えてしまいます。

ところで安藤美姫の赤ちゃんは、お母さんが結婚して父親に認知されたら、準正という制度で嫡出子となります。結婚前に認知しても(婚姻準正)結婚後に認知しても(認知準正)大丈夫ですから、個人的には是非そうやって嫡出子にしてあげてほしいと思います。相続で差別がなくなったとはいっても、非嫡出子のままでは、戸籍謄本を大きくなって本人が見たらいい気持ちはしないでしょう。

ちなみに結婚相手が実の父親かどうかは問われません。DNA鑑定でもしないかぎり、母親と神のみぞ知る。
DNA鑑定と言えば、なんか、17歳になって実の父親が別人だったというのが判明したアイドルの子がいるようですね。今さら気の毒な話です。育ての父親は、親子関係不存在確認の訴え、というのは提訴期間に制限がないからできると思いますが、そこまでして他人になりたいのかな。

閑話休題。
今年は受験勉強を優先と割り切って、年賀状を書くのもあきらめました。たいした枚数でもないしその気になれば出来なくはないのですが。

皆様よいお年をお迎えください。


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2013年07月09日

力及ばず

この日曜日、司法書士受験に行ってきました。
早々と目が覚めて、予定通りの時間に家を出て、電車とバスに乗って坂道を上がり。。
去年もそうだったけど、暑い一日でした。
去年は帰りに雨が降り出して、バス停で待っている間雨宿りしたのを思い出しました。

出口でもらった解答速報で見たところ、残念ながら今年も力及ばず、足切りにあったのがわかりました。
午前二時間、午後三時間という長い闘いですが、午前中の択一問題で七割取れなければ足切りで、午後の分は採点もしてもらえません。
生まれて初めてというくらいの疲れ方をして、二日目の今日もまだ力が出ない感じですが、あと一年頑張ってまたチャレンジしようと思っています。

司法書士は11科目の受験です。民法、憲法、刑法、会社法が午前中。午後は不動産登記法、商業登記法、民事訴訟法、民事執行法、民事保全法、供託法、それに司法書士法。登記の記述式問題もふたつ。
私が好きでわりと得意としているのは刑法、去年も今年も全部できましたが、70問中の3問しかないマイナー科目です。今後は苦手な会社法で取りこぼしをしないよう、頑張っていきたいと思います。
民事訴訟の勉強をする以上、傍聴にも行こうと思っています。
来年の今日は、口述試験の対策を考えている自分でありたい。
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2013年03月03日

春一番

金曜日は春一番が吹き荒れ、息子と一緒に坂道を歩いていたら吹き飛ばされそうでした。
信号を渡って陸橋を越え、階段を下りてぐるっと回ってまた坂道を上って、いつもの床屋さんへ。
一週おきの金曜日夕方に床屋さんへ行って、息子の頭を2ミリに刈ってもらいます。襟足や眉のまわりもきれいに剃ってもらうので、頭は寒そうながらもすっきりして気持ちよさそうです。
「かみのけ、かみのけ」と連呼しながら走って行こうとするのを、何度も呼び止めて待ってもらいながら同行します。たぶん一人でも問題なく行けるだろうとは思うのですが、トラブルが心配で過保護にしています。
散髪が終わって家に帰る途中の道から、晴れていれば富士山が望めます。晴れていることはめったにないので、見えたら超ラッキーという感じ、息子にも「ほら、富士山が見えるよ! 珍しいよ!」と声をかけても、ちらと頭を向けるだけで無関心、です。

早くも三月に入り、私の司法書士本試験まで四か月を残すのみとなりました。
webで講義を聞いていて「えっ、なんのこと?そんな話初めて聞いた」。が、以前のテキストを開くとしっかりマーカーが引いてあり、見覚えのある字で書き込みまで。でもそんな記憶がまるごと抜けていて、認知症が始まったのかもーと心の中は春一番ーーそんな時期も過ぎて、落ち着いて勉強を続けています。
眼底出血をした右目ではまだ直線が波打って見え、肩は凝りますが、再出血はなく飲み薬もだいぶ前におしまいになりました。健康に何の不安もなかった若いときに勉強を始めていれば、と考えることもありますが、人生経験を重ねた今こそできる仕事もきっとあるはずだと信じて頑張っていきたいと思っています。

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2012年09月19日

眼底出血

飛蚊症で眼科受診をして眼圧が高いことがわかり、眼圧を下げる薬を寝る前に点眼しています。
飛蚊症自体は老化現象によるもので(ほかに重大な疾患はなし)慣れるしかないということで、明るいところでは多少うっとうしいながら、まあ特に不自由もせずにやっていました。
ところが先日、左の眼だけで本を読もうとしたら、明らかに飛蚊症とは違う症状でよく見えない。メガネに薄い色つきの水滴がかかった感じ、とでも表現したらいいでしょうか。目をつぶると白いかたまりがいくつか見えます。白い床を見たら薄緑色のスライム状のものが見えたことも。
あれっ、変だなとは思ったものの見えないわけではないのであまり深刻に考えず、三日ばかりたってから眼科に行きました。自然に治る気配がなかったからです。
眼底検査であっさり「出血してますね」。えっ? 視力検査、血圧測定その他もろもろの検査をして、眼底出血の写真を見せられたときは少なからずショックを受けました。
高血圧や糖尿病ではないからまだしもですが、運転やパソコンに向かっているとかなり疲れます。
あさってまた受診して経過を観察。
いい機会だから眼底出血のことを書きたいところですが、それはまた回復(するのか?)してから。
勉強の方はペースダウンしてやっています。
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2012年07月03日

捲土重来

7月1日の司法書士本試験、ほんっとに残念だけど、足切にあってあえなく敗退した模様。
昨年の受験はいわゆるお試し本試験、民法と不動産登記法の初歩を習っただけの段階で翌年に備えて受けました。当然全然できず、未習の商業登記法は書式の答案を白紙で出すしかなく、とても無念でした。「来年はすらすら書いてやるう」と誓ったものだけど、すらすらにはほど遠く、力不足を思い知らされました。
一年後の本番では絶対決めてやると、LECから伊藤塾に代えて勉強を再開しました。一部では有名な人気講師のクラス、初学者20か月用の授業を一年でなぞる予定です。
本試験では3問しか出ないマイナー科目の「刑法」が一番好き。主要教科の「商業登記」がどうも苦手というのが最大の問題ですが、必ず克服して捲土重来を期すつもりです。

受験会場に行って思ったのは、中高年も案外多いなということ。学生風の若い人が大半なのは当然として、白髪混じりの人も珍しくなかったです。
私の斜め前にいた女性は白髪頭をひっつめにして、闘志満々。小さくもない目覚まし時計を2つも机の上に置いていました。集めるとき、答案がびっしり埋まっていたのが見えたので(私の前の若者は白紙でした)、必死に勉強したんだろうなあと思った次第。
法律家として人の人生にかかわるのは、ある程度人生経験を積んだ人のほうが落ち着いて対処できるんじゃないかと思います。私はちょーっと歳をとりすぎだけど。
私の受験を聞いた姉が「ボケ防止にはいいだろうねえ」と笑っていました。私が受かるなんて思えないのだろうなあ。予想を裏切るべく頑張らなくっちゃ。
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2012年05月11日

受験近況

木曜日の昼間、遅めの昼食をとりながらの楽しみが「ひるおび」の「解決・ジャッジマン」というコーナーです。もと裁判官の弁護士さんがクイズ形式で出題、面白くて民法の勉強になります。
前回こんな問題が出ました。
おとなりの奥さんが自分の自転車をいつも勝手に乗り回しているが、黙認していた。ある日スーパーの店先で自分の自転車を発見、ちょうど荷物も多いし奥さんに黙ってこれ幸いと乗って帰った。すると乗っていった奥さんがあとで激怒、これって犯罪よと泥棒呼ばわりをする。自分の自転車なのに窃盗になるの?
なるんですよねえ、これ。奥さんの「占有下にあるもの」を勝手に乗って帰ったから。所有権と占有権って別物なんですけど、そういうのってなんか納得いきませんが、民法で決まってます。
法律の勉強って、初めて耳にするような言葉が次々に出てきて、用語に慣れるだけでも一年以上かかるように思います。
たとえば、「ほんとはイケナイんだけどヨシとすることにします」という意味で「瑕疵が治癒される」なんていうんですよ。笑っちゃいそうです。不動産登記ではなぜか、甲乙丙丁戊が出てくる。甲土地、乙土地とか。思わず戊の次はなんだっけと調べました。(己、庚、辛と続くようです)

ところで今日初めて全国公開模試というのを受けてきました。
あまりの不出来にがっくりきて、生ぬるい勉強をしてきたかなと反省。ことに会社法を好きになれず、ないがしろにしていたつけが大きかった。記述式も全滅、訓練不足で時間が全然足りなかった。たぶん悲惨な成績。でも終わったことは仕方がないので、気を取り直して、頑張ろうと思っています。
ふだんパソコンだけが相手なので、(去年のお試し本試験を除けば)同じ試験を受ける人と同席するというのは初めてで、とても新鮮でした。金土日の三日から選んで受けることになっていて、今日はその初日。もともと全国で千人も受からない試験だから受講生もそう多くはないと思われ、教室もがらがら。当然ながら、学生と思われる若い人が大半でした。中高年も少々いました。
勉強仲間(友達)がほしいところですが、とても話しかけられる雰囲気でもなく、すごすごと帰りの電車に乗った次第。
朝から夕方まで一日がかりの受験なので、息子は昨日お泊り、きょうは一時間延長をお願いしました。
模擬試験があと3回、本番は日曜日なので娘に頼むことになるでしょう。
刺激を受けるためにと娘に勧められて、ツイッターを始めてみました。アカウントはdashixinzです。
熱中しないで勉強しないと。
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2011年12月31日

みなさま良いお年を

光陰矢のごとし。あっという間に一年が経ってしまいました。
千年に一度といわれる大震災、津波、原発事故と続いて、降り続ける放射能。
いったいこの国はどうなってしまうのだろうと呆然としましたが、何事もなかったようにNHKは紅白のお祭り騒ぎしてるし、池上さんはニュースの解説をしてる。
平和な日常はありがたいけど、これでいいのかと一抹の不安も残ります。

それにしても、しょっちゅう余震で飛び起きていたころは、うちでもレトルトのご飯を備蓄したりもしました。2年以内に大地震が来るのは70%の確率と脅かされて、不要の棚(はずせる上置きの)を処分したり、それなりに気を付けたものですが、もうすっかり優先順位が下がってしまっています。

1日も休まずこつこつと法律の勉強を続けてきて、本番まであと半年。
合格ラインには程遠いですがもってまわった法律用語にもだいぶ慣れ、条文を読むスピードは上がりました。とはいえ忘却とは忘れ去ることなり、を地でいってますが、どこまでやれるか、引き続き頑張っていきたいと思います。

来る年が実りの多い明るいものとなりますよう。どうぞ良いお年をお迎えください。


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2010年12月04日

近況

12月1日に宅建の合格証書が届きました。一生有効の国家資格と思うと有難さも一入ですが、宅建主任者登録するには講習に通わなければならないし、登録料も高い(37000円プラスα)。登録はしないことになるでしょう。
残念ながらこれを生かす仕事が私に出来るとは思えません。
なにしろ息子の送迎優先、夜と週末は子守です。息子は破衣行動が再発したので、片時も目が離せません。夜はアイロンビーズ制作を手伝ったりもします。
私が自由になる時間は息子が不在となる平日の昼間だけ、今までに出来たのは食堂のおばちゃんとホームヘルパーだけでした。
不動産関係の仕事で夕方・週末働けないなんて、ありえないです。

では、なぜ宅建受験したのか。言えば小手調べといったところです。
ヘルパー先で人生の先輩をたくさん見ました。学ぶことも多かったですが、自分の無力さも含め歯がゆい思いをすることも多々ありました。そして、「私も近い将来、こうなるんだ」と当たり前のことですが強く実感し、自分の残り時間の少なさを思いました。
そんなある朝、起き抜けにぼんやりしているとき、娘に「何してるの」と声をかけられ、「砂時計の落ちる音を聞いているとこ」と反射的に口をついて出た言葉にはっとしました。
そう、私の残り時間は音を立てて流れていく。もう大半の砂は下に落ちてしまった。あと4分の1あるかどうか。
やり残したことがあるなら、すぐやらないと間に合わない。今のままでは、障害のある息子を育てるためにやりたいことが何にもできなかった(本当は息子のせいではないのは自分でもよくわかっている)、不本意な人生だったと愚痴を言うだけの余生になってしまう。これでは死んでも親に合わせる顔がないと思いました。

かといって私に何が出来るのか。
若い頃仕事の関係で勧められたことのある、宅建の解説書を開いてみました。
今はチャレンジする人も多くて難易度が上がったとはいえ、資格試験の中では別格に易しいCランク。(それでも見たことのない用語がてんこもりです)
前途洋洋の若い人と同じスタートラインに立つのだから、この宅建を独学で一発で取れないようなら、自分の能力に見切りをつけ諦めようと思いました。
幸いこのハードルはクリア。楽勝とはほど遠いながらも民法を面白く感じる余裕はありました。

宅建が足し算とすれば因数分解ぐらいかなと思いながら、今は司法書士の勉強中です。
現在、民法1044条のうち200条あたりに来たところ。まだ始めたばかりで、民法のあと民事訴訟法、不動産登記法、刑法など未知の分野にチャレンジが続きます。本試験を受けるのは再来年の7月。
独学は無理と判断しましたが、平日の昼間というコースがないので(渋谷本校にはあるらしい)Webコースを選択せざるを得ませんでした。自分でパソコンを見なくなればそれで終わり、勝負はモチベーションを維持できるかどうかです。
司法書士&成年後見人として知的障害者や高齢者の人生に寄り添う。学校出たての若い人よりはずっといい仕事が出来るつもりなのですが。身の程知らずの野望に終わらせず、自分自身納得のいく老後を送るべく頑張っていきたいと思っています。

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2010年03月24日

映画「NINE」

レギュラーの仕事にキャンセルが出て時間が出来、雨と寒さでくさくさすることもあって、気分転換に映画を見に行きました。水曜日だから大半の劇場が1,000円です。
何がいいかなと娘の意見を聞いたらNINEを勧められました。好都合なことに一番近くの劇場で上映中。監督は「シカゴ」の人で、ミュージカル。
ミュージカルなら劇場で見るのがいいですね。シカゴはDVDだったけど劇場だったらもっとずっと楽しめたでしょう。

それは楽しそうだと乗り気になってネットで検索したら、いくつもの映画賞にノミネートされていて、ソフィア・ローレンやペネロペ・クルスも出る由。
映画も久しぶり。最近はとみに出不精の私ですがいそいそと出かけました。
レディースデーだから女性ばかりなのはうなずけるとして、劇場はガラガラなのにはちょっと驚き、ハズレだったかと頭をよぎった不安はみごと的中。もう出ようかと途中で思ったぐらいです。最後にどんでん返しでもあって面白くなるのかも…とずるずる最後まで見てしまい、「時間とお金を無駄にした…」とつぶやいてしまいました。

……つづきは明日。
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2010年03月11日

ご無沙汰しました

ご無沙汰をいたしました。
息子はすっかり落ち着いて、娘たちもそれぞれ元気にやっていて、私のヘルパーの仕事も順調。目下は心を悩ますことがらもなく(花粉症ぐらいですね)平穏に過ごしています。
毎日平凡な暮らしですが、最近ちょっといいことがありましたので、書いておこうかと思います。

娘の描いた絵が、映画「食堂かたつむり」の背景の一部になりました。
専門学校時代の友人のツテで、舞台となる食堂の壁に貼られた映画ポスターの、原画を描きました。封切を見に行った娘によると、映画ではちらっと出ただけで、「自慢するほどのものじゃないよ」。何度も描きなおしがあってうんざりしていましたが、スタッフロールにばっちり名前が出たそうで、記念になると喜んでいました。
ちなみに、「包帯クラブ」という映画では、主人公?が執筆している設定の、マンガ原稿を描いたこともあるようです。
(親バカとお笑い下さい^^)

それから、このごろはメールで投稿できるので、このテーマならいけるんじゃないかと軽い気持ちで送信した文章が採用になり、今朝の某新聞に掲載されました。が、いざ載ってみると…タイトルを始めだいぶバッサリとやられて(長すぎるので趣旨を変えない範囲で詰めます、と事前に電話をいただきました)、プロ相手に僭越ではありますが、いささか不満が残りました。
活字が大きくなった分字数が減って、私の記憶では昔は800字以内だったものが、今数えてみるとたったの540字。あまりに短いと言いたいことも十分に伝えられない気がします。結局、好きなだけ書ける自分のブログが一番いいということですね。
私が投稿した、もとの文章を以下に載せておきます。


人生台無し

先日、大正一ケタ生まれの女性と話していたときのことです。
私に重い知的障害のある息子がいると知ると、自分の夫の妹のとこ
ろもそうだと話してくれました。上の三人のあと年の離れた子を生ん
だら、重い脳障害を持っていたそうです。
自分の家にも何度か妹が連れて来たけど、奇声をあげたりしつこい
悪戯するので閉口した夫が、もう来ないでくれと言ったとか。
夫が亡くなってからだいぶたつので近況はわからないが、今は親元
ではなく施設に入っているようす。
「妹の夫はいいところに勤めていたから、この子のことがなかったら
幸せな奥様をしてられたのよ」と女性はつぶやき、「この子を産んだ
ばっかりに、人生台無しよね」と私の顔を見ました。
あなたもそうなのね、気の毒に、と言いたかったのでしょうか。
そう言われて思い出したことがありました。
息子の養護学校を通じて知り合った友人の中に、見てくれも知性も
生活環境も、申し分ないお母さんがいます。彼女の障害のある息子の
上にはこれまた申し分のないお嬢さんがいて、すでに同級生と幸せ
な結婚をしています。
このお母さんと以前食事をしたとき、「アナタは息子の障害さえなか
ったら、パーフェクトな人生ね」と冗談まじりに話しかけたことがありま
した。
そのときの彼女の返事は印象的でした。まったく躊躇することなく軽く
首を振ると「息子のことがないと、とっても鼻持ちならないヤツだった
と思う。だからこれでいいの」。
彼女にとっては人生台無しどころか、「トラに翼」なのでした。


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2009年05月19日

長い間ありがとうございました

身辺でいろいろとありまして、気力も続かず、中途半端なままだったこのブログはおしまいとすることにしました。
長い間、ご愛読ありがとうございました。



連絡用にメールアドレスを載せておきます。
mrs_gorugo@yahoo.co.jp
ただ、ただちに返信できるかどうかはわかりませんので、あらかじめご了承下さい。


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2009年03月31日

ヘルパー再開

息子が出ている平日のみ、10時〜15時。こんな贅沢な条件で仕事が簡単に見つかるはずがないのは、自分でもよーくわかっていました。仕事とともに住まいも失う切羽詰った若い人がたくさん求職している時代ですから。
ハローワークで言葉使いは丁寧ながらけんもほろろの対応を受け(慇懃無礼というやつかしら)、ホームヘルパーをやるしかないと決心して、登録ヘルパー募集の張り紙があった事業所に行きました。
すぐにも働けるかと思ったら、もう半月たちますがまだ再開といきません。
まず健康診断を受けさせられて、その結果を見てから面接、契約という流れです。それなりの人材でないと採用しない、よく言えば慎重なきちんとした事業所なのでしょう。

通りすがりに飛び込んだのでよく知りませんでしたが、病院系列の大手の法人だったらしく、健康診断を無料で受けられたのは幸い。ヘモグロビンの値が正常値から0.1低いぐらいで、就業にさしつかえない健康体とお墨付きをいただきました。
きのうやっと面接、それに合格したようで、4月2日に契約することになりました。給与振込みのため指定された銀行に新しい口座を作り、その通帳を持参することになっています。
契約してからもたぶん、同行と呼ぶベテランから仕事を教えてもらう見習いの日があって、独り立ちするのはもっと先。一人で見ず知らずのお宅に伺って仕事するわけですから、決まりごとみたいなのもあって、いきなりは無理なのです。

私が以前ヘルパーをしていた頃とは介護保険法も改正されてだいぶ変わっているようです。勉強しなくちゃね、と思ってますが、最近はややこしい書類を見るとすぐ眠くなってしまうので、どうなることやら。
ヘルパー不足から時給はそう悪くはないよう。びっちり働いていた食堂ほどの収入(微々たるもの)は望むべくもありませんが、やりがいはたぶんこっちの方が味わえるでしょう。
空いた時間はのんびりくつろいで、英語や歴史の常識問題をやったり、数独や映画も楽しみたいと思っています。
この頃老眼が進み、白髪も増えて娘に「染めれば」と再三言われる私。頭がすっきりして身体も元気にしてられるのは、せいぜいあと2〜30年ってところでしょうか、後悔のないよういきたいものです。

それにしてもこの先、私たちの暮らしはどうなっていくんでしょうね? 定額給付金や高速料金の一時的値下げや、裁判員制度など、一時の思いつきで決めたとしか思えないいいかげんな政策にうんざりです。
国民不在という(昔よく聞いた)言葉を思い出します。
引き際を心得ない口下手な党首と、諫言を受け入れてもらえない無念さが伝わってくる民主党にもうんざり。これで次期政権を担うつもりなんでしょうかね? 自民党の不人気イコール民主党票だと甘く見ないでほしいです。
次の選挙には、息子宛にも投票ハガキ(引換券)が送られてくるはず。納税の義務を果たしてないのだから参政権を行使できないのも仕方ないとは思うけど、ハガキを手にしたら感傷に浸ってしまいそうです。
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2009年03月11日

長谷寺

関東地区に住んでいる高校時代の友人でミニ同窓会という催しがあって、鎌倉に一泊してきました。
我が家からは近いですが、一番遠い人はさいたま市からの参加。卒業以来初めての再会でした。
この年齢になるともう子育ても終わった人ばかりで、一番下が結婚が遅かった友人のところの高校一年生。子どもを人に託すのは私だけです。
私の都合に合わせた平日の企画なので、フルタイムで働く人は年休を取ってくれました。薬剤師をしている友人は「花粉症の季節で繁忙期、仕事を休めない」ため不参加。ほかにもぎっくり腰でドタキャンする人も出ました。
一人がご主人の勤務先の保養所を借りてくれたので、格安で久しぶりのご馳走(透明なアナゴの稚魚やら、白子や刺身やら)とおしゃべりを堪能しました。
息子は二週続けて火曜日はお泊り(短期入所)ということになりましたが、息子のことは全く気にしないで(忘れて)過ごせて、ありがたいことでした。

チェックインして荷物を置いたあと、みんなで宿の近くの由比ガ浜を散歩しました。息子と散策やドライブですぐ近くをよく通るものの、砂浜に降りて歩くのは初めてです。強風で波が高くサーファーはいませんでした。
市内に住んでいる友人の話では、この浜には寒い時期に桜貝(貝殻)が多数打ち揚げられる日があるそうです。波打ち際が「桜色に染まるくらい」だそうで、そう言えばその日の昼食を用意してくれた彼女の家には、拾った桜貝がガラスのカップに一杯飾ってありました。
その殻の持ち主はどうなったのだろう、まとめて(タコなんかに?)食べられてしまったのかしら、とおよそロマンチックにはほど遠いことが気になる私でした。

翌朝は宿に荷物を置かせてもらって、歩いて長谷寺にお参りしました。
巨大な長谷観音で知られたところですが、拝観料(入山料)300円の元は取れる(たぶん)、美しく見ごたえのあるお寺です。入り口で(中は撮影禁止だから)さかんに写真を撮っている外人さんが何人もいました。
そこで面白いものを見つけたのでご紹介したいと思います。
社会科見学や修学旅行で子どもの団体も多いのでしょう、子供向けの案内チラシが置いてありました。それが英文のものまであったのです。
さて、次はあるものを解説した文章です。「Who am I?」

I am one of the seven gods of fortune: the god of treasure.
I carry a mallet in one hand, and I carry a bag of treasure over my shoulder.
I stand on a straw rice bag.
When anyone prays to me, I will shake my mallet, and treasure and food will be given to everyone.

ヒント:malletは「木づち」です。
この長谷寺はとりわけ外国人観光客に人気が高いのでしょうか、ホームページを見ると「英語、ハングル、中国語繁体字(台湾、香港の中国人や華僑向け)、中国語簡体字(中国本土の人向け)」の案内文が用意されていました。
http://www.hasedera.jp/
子供向けのチラシも英文以外の用意がほしいところです。

上の答え:Daikokuten(大黒天)でした。



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2009年03月05日

ちょっとお疲れ

九州の実家に住んでいる姉からのSOSで、急遽帰省してきました。
義兄が小さい手術ながら一ヶ月弱入院することになり、独りぼっちでは心細かったのでしょう。同じ敷地内に姉の次男の家もあり、次男夫婦が共働きなので孫を保育園に迎えに行くなど交流はありますが、基本的に別世帯です。
私も仕事を辞めてからはヒマを持て余していたし、このタイミングで遠出するのもいいかと応じることにしました。とは言ってもまずは息子を預かってもらえたらという条件つきです。幸いこれがOKでした。
今まで学校のキャンプや修学旅行以外では外に連泊したことがない息子を、初めて2泊3日で預かってもらいました。日中はいつものところでいつもの作業、特に連絡はなかったので問題なく過ごせたようです。

飛行機に乗るのも久しぶりでしたが、あいにく行き帰りともどんよりしたお天気。雲の上は陽射しがまぶしい「銀の裏地」でした。
雲のじゅうたん、という言い方がありますが、絨毯と言うより(わたの玉があるので)布団を作るときに広げる「布団わた」の印象です。真っ白でふわふわと柔らかそうで、太陽光線を反射してきれいに光っていました。
下界が見えないのでは飛行機に乗る楽しみも半減です。帰りは雲が切れて富士山が見えたそうです(わざわざ機内放送してくれました)が、私の席は反対側だったので見ることが出来ず残念でした。
偶然行き帰りとも全く同じ時間の出発でしたが、行きは2時間、帰りは一時間半のフライトでした。たぶん飛行経路の違いによるものだと思いますが、30分余分に飛べば燃料代もずいぶん違いそうだなあと、ぼんやりそんなことを考えました。

実家にはあとひと月弱で姉の長男一家が戻ってきて、姉たち夫婦は少し離れた小さい家に引越します。ちょうどいい機会だからあちこち拭いて磨いて、モノを捨てられない姉の代わりに私がせっせとゴミ袋を満杯にしてきました。帰ったら家の掃除もしよう…と思いつつ。
ふだんあまり使わない筋肉を使って、長距離移動して、いささかお疲れモードです。
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2009年02月15日

気分転換

仕事を辞めてからというもの、気分がスカッとしなくて困っています。
花粉症も始まったようで、目のかゆみや鼻づまりも。薬を買ったらこれがまたべらぼうに高い…。
情緒が不安定になっているのが自分でもわかって、人と会って話をするのがおっくうで、気が引ける感じです。
気分にかなりムラがあり、ひどいときは「私なんて何にも出来ない、ホントにつまんない人間かも」と落ち込んだりしています。これが高じたら鬱になるのでしょう。
先日は前から決まっていた会合があったので出かけましたが、いつもは楽しく話をする人たちと一緒にいても気分が沈み、「この人、なんて愚かなことを言ってるんだろう」とマジで腹が立つ有様です。同席している自分にもイライラする。

こんな精神状態の時は静かにしているに限ると判断。
家に引きこもり、自由になる(コマギレの)時間はあるので、気分転換にレンタルの映画を見ました。
わりとよかったのが、前から見たいと思っていた「ミスト」と「最高の人生の見つけ方」。
(コメディがいいかと思って「Mr.ビーン カンヌでなんとか」も借りてみましたが、あまりにつまらなくて、半分も耐えられませんでした。ウィル・スミスが一人生きのこる映画も、突っ込みどころ満載で不満)
ミストは後味の悪い終わり方で、いつもなら「サイアク!」と思ったかもしれません。でも今の私にとっては悪くない結末でした。こんなのもありかな。
「この森で天使はバスを降りた」「ラット・レース」「ロズウェル(これはテレビドラマ)」で印象的だった俳優さんたちが出ていて、脇をよく固めていると思いました。
突っ込みどころもありますが、ハラハラドキドキできました。それに案外、考えさせられる映画です。

「最高の…」の方は、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの共演で話題になった映画です。
こんな冗長な邦題にしないで、もっとどうにかならなかったのかと思いました。原題はBucket List、「棺おけリスト(死ぬ前にやりたいことリスト)」という意味らしいです。
二人とも末期のガン患者という設定で、それぞれ髪の毛を剃って丸坊主姿になっていました。(ジャック・ニコルソンは頭部の手術のために剃りましたが、モーガン・フリーマンは抗癌剤の副作用で抜けたかも?)丸坊主姿は初めて見ましたが、二人ともなかなか似合ってました。
死期が迫っていると知ったときどう生きるか、という重いテーマを軽快に扱っていて楽しめました。見る人の年齢や境遇によって受け取り方はかなり違いそうです。
それにしてもジャック・ニコルソンは年を取ったなあという印象。アバウト・シュミットのときよりさらに。老いは誰の上にも等しく訪れるのですよね、その意味では実に公平。

明日は保護者会。気分転換もしたことだし、スッキリと目覚めて行きたいものだと思っています。
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2009年01月29日

近況

ご無沙汰をいたしました。
こんなことは初めてですが、更新しようとして書いてはやめ、書いてはやめを繰り返しているうちに日にちが経ってしまいました。
これは、火曜日の夜に書いたものを一部手直ししたものです。


きょう(27日)は、息子の一つ上の学年にいた子のお父さんの、お通夜でした。
小学部のときは3年間同じクラスだったし、積極的に学校行事に出てくるお父さんだったので、個人的に話をしたことこそありませんがよく会ったことのある人です。まだ死ぬような歳ではありません。パーキンソン病で入退院を繰り返していたと今回聞きました。
息子を泊まりで預かってもらえたので、電車を乗り継いで会場のほうさい殿に出向き、ビジネスライクに進められる儀式に出席してきました。

息子より一つ上の子が長男で、下に弟が一人。弟がまだ成人してないからでしょうか、喪主はお母さん(故人の奥さん)になっていました。
長男は知的障害児で、話すことができません。うなるような声をしきりに出して、出席した学校関係者(校長とか)の方にしきりと顔を向けていました。
この子を残して、弟息子のお嫁さんや孫の顔も見ずに、自分の母親より先に逝かなければならなかった、故人の無念さに心が痛みます。
精進落とし?のお寿司を食べて、香典返しの紙袋を持って帰途につきました。

きょうはもう一つ、私にとっては転機となることがありました。
流行りのCHANGEを気取ったわけではないけれど、1月いっぱいで仕事を辞めることにしたのです。
月曜から休んでいるので、最後の一週間は欠勤することになります。
長いこと仕事をしたいと思っていてやっと迎えたチャンスだったから、今までどんなに疲れても嫌なことがあっても、行きたくないと思ったことはありませんでした。
足の小指にトレイを落として腫れ、一ヶ月以上靴が履けなかったときも休みませんでした。
適度に動くから体調もよく、仕事にも慣れ、常連さんの顔も覚えてそれなりに楽しくやっていたのです。ずっと働くつもりでした。

…例えは悪いけど、こんな感じ。
「良かれと思って猿山のボスの席をきれいに洗ったら、座ったボス猿がすべって岩山から転げ落ち、膝の骨にひびが入ってしまった。一週間ぐらいでボスは復活したけど、痛みは取れないらしい。それ以来私を見かけると威嚇するし、他の猿も冷ややかな態度をとる」
まあ、知らなかったとは言え原因を作ってしまった私が悪いです。マネージャー(所長ではない)に言いくるめられたらしく、自宅で転んだことにして労災を使えなかった不満もあるようです。
でも夢の中でまで怒鳴られるのにはマイッタ。このままではホンモノの鬱になってしまう、と決心して、仕事を辞めることに。退職願はあとで郵送することにして、置き傘などの荷物を取りに行ってきました。
所長は最後まで優しく、「辞めたい人、オレは止めないよ。無理すると身体を壊すからね。dashiさんに合った仕事がまた見つかるさ」と励ましてくれました。


私の周囲にも鬱で苦しんでいる人、苦しんだ経験のある人が何人もいます。私自身にも、あの時期は鬱だったと確信できるときがありました。二度とゴメンです。
葬儀で痛感しました、人の命には限りがある、順番もアトランダム。なるべく後悔のないように今を大事に生きるべきなのです。
とは言え、どんなに辛くても辞めるわけにはいかない人もいるでしょう。私の場合、逃げ出す自由があることに感謝しています。

きょう29日、ハローワークをのぞいてきました。
外国人が5人ばかり、私のすぐそばで順番を待っていました。
どこの国の人か(日本語で)聞いてみたら、ペルーとのことでした。みんな日産の工場をくびになって、仕事を探しているようです。
ペルーはスペイン語ですが、日本語があまりできないというので英語で話してみたら、全くわからない様子でした。日本で働くのに日本語も英語も出来ないのでは、厳しいでしょう。
みんな子どももいる年齢に思えましたが、スペイン語しか出来ない人たちを組織的に日本に送り込んだ人たちは、結果的に罪作りなことをしたものだと思いました。
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2009年01月01日

謹賀新年

明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。

雪で帰省の足を奪われる地方もあるのに、こちらは連日よく晴れて、しかるべき場所に行けばおそらく富士山がよく見えるだろうと思われる日が続いています。日本も広いですね。
スキー場のリフトで宙吊りになった人が居る一方、沖縄では初泳ぎのニュース。テレビ画面では全然寒そうに見えませんでした。

暮れの30日には小春日和の中、散歩がてら息子と鎌倉の鶴岡八幡宮にお参りしてきました。韓国や中国・台湾からの団体客と思われる人たちなど、けっこうな人出、小町通のクレープ屋さんに行列が出来ていました。

年が明けて初外出から戻り息子がテレビをつけたら、ちょうど笑点をやっていました。見るともなく見ていたら、コロッケに綾小路きみまろまで出てくる豪華版です。
ボクシングの元世界チャンピオンを揃えたり、女芸人を集めての大喜利。
最後に、上方と江戸の落語家対決。上方の圧倒的勝利でした。
どどいつなど即興の笑いを求めるものも多く、適度にシモネタが混じる。久しぶりに大笑いさせてもらいました。鶴光さんは「オールナイトニッポンでコーナー持ってたなあ」となつかしく拝見しました。(あの髪はかつらかしら?)

プロは自分の容姿も私生活も(八方さんはストーカーで逮捕された?)すべて笑いのネタにするし、他の人にも突っ込まれる。そしてきっちりやり返したりして、さらに笑いを誘う。自虐ネタにも暗さがない。
当意即妙な話術はさすがだと思いました。
笑うのはやっぱり、いいです。笑う門には福来る、というのは真実だと思います。今年は笑うことの多い楽しい一年にしたいもの。
皮切りの一日は十分に笑えたので、継続できるように心がけたいです。
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2008年12月31日

行く年

今年はなんだかすごく話題てんこ盛りの一年で、何年分も重なったような気がします。
毒ギョウザ事件、四川大地震、メラミンミルク事件。そしてラサ暴動に北京オリンピック。
外国ではあまり報道されなかったと思いますが、国内では農民の大規模な暴動が散発。
中国関係だけでもこんなにあります。
せっかく北京オリンピックが平和裏に開催されたというのに、評価されることもなく叩かれて気の毒な気もしますが、まだまだこれからの国であることは確かでしょう。

私は、長いこと中途半端なままでほっておいた中国語に自分なりに区切りをつけようと、中国語検定試験2級を受けるべく勉強していました。たとえ合格したところで自己満足以上のものはないのですが…。
苦手なヒアリングを克服するべく教材を買い込み、CDをi podに落として聞きながら寝るなど、数ヶ月は地道に努力していたのですが、一連の中国報道にほとほと愛想がつき、すっかり意欲をなくしてしまいました。
娘の勧めもあり、3級で気持ちに整理をつけることに。
受験に行ってみたら、とても広い会場にいっぱいの受験生。学生風の若い人ばかりでなく、中年老年もちらほら見えます。私の若いときとは雲泥の差で、学習者の裾野は格段に広がっていると痛感しました。
3級の問題は易しく感じ、合格してもあまり喜びはありませんでした。私は所詮こんなものかとも思いますが、ある程度の能力は認められたわけで、ないよりはまし。
中国が、うんざりする対象でない日が来たら、また再開したいと思います。

今年は仕事に出て、労働者の置かれた厳しい環境や不条理さなどについても、いろいろと悟ることの多い年でもありました。仕事に出る前と現在とでは、派遣切りや雇い止めについても、受け止め方がずいぶん違うような気もします。
私のいとこが大手の自動車会社に勤めていて、年齢的にも幹部のよう。最近、赴任先のフィリピンから予定を繰り上げて帰国しました。電話したら「こっちは大変だから、もっと向こうにいたかったんだけどさ〜」とぼやいていましたが、そのあと会社は派遣切りをマスコミでさんざん叩かれています。
未曾有の不況下、会社は正規の労働者を守るだけでも精一杯なんじゃないかなあと気をもんでいます。
派遣会社に与えた規制緩和が諸悪の根源なのでは。労働基準法って何のこと? と言いたくなる劣悪な労働条件で働いている人の方が、残念ながら多数派のようですね。
それにしても、正社員で雇ったら企業に金を出すと決めたとか、正社員を募集していると特定の企業(いい宣伝になりました)を持ち上げたりとか、何だかな〜と首をひねりたくなることも多かったです。

暗いニュースの多い中で、今年は人種差別の現実を大きく転換させるであろう、オバマ当選の快挙がありました。
就任は年が明けてからになりますが、この選挙の意味するものは計り知れないほど大きいものだと思います。
自分にも何かできるかもしれない、変わることができるかもと励まされる人も多かったでしょう。
彼のスローガン、「Yes, We Can!」を、私も噛みしめて新しい年に臨みたいと思います。

今年もお付合いいただいて、どうもありがとうございました。
来たる年があなたにも私にも、実りの多い素晴らしい年になりますように。


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2008年12月22日

Seesaa不調

Seesaaブログを利用していますが、少し前から不調が続いています。
コメントが読めなかったり、移動に信じられないくらいの時間がかかったり。
数日前にはメンテナンスのため休止していましたが、うまくいかなかった模様。私が昨日書いた記事は、何度やっても更新されないままでいます。
もしかして次の記事を書けばアップされるかも…と期待半分。
どんな理由から不調になったのかわかりませんが、こういうのって実に残念です…。
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2008年12月17日

終わりよければ

…すべてよし。
息子がハガキや封筒を見ると破ってシュレッダーにかけてしまうため、簿記の受験票(ハガキ)は雑誌の間に隠していました。ところが、どんなに探してもない!!
もしかして他のところに隠したのかもしれないけど、息子がシュレッダーでゴリゴリやってしまった可能性が大です。
ネットで調べれば試験の結果を知ることが出来るようだったけど、受験番号を控えてなかったため、受験票がない限りはじっと連絡を待つしかない状況でした。
きょう帰宅して郵便受けに商工会議所の角封筒を見つけたときは、だから「やっと来た!」とときめきました。前回は「残念でした」のハガキ一枚だったので、角封筒で届くということは合格かなと思いました。
思ったよりちゃんとした証書で、折れ防止の厚紙も同封してあります。ちょっと嬉しいので、ここに公開します。

goukakuhappyou.JPG

結果は100点満点の89点、私としては遅刻寸前で駆け込んだわりに落ち着いて結果を出せたと満足しています。合格したからといって何かあるわけでもないけれど、努力は必ず報われるんだなあとちょっと感慨深いです。
今年も半月を残すのみとなりましたが、最後にいいプレゼントを貰って素直に嬉しい。来年も頑張ろうと思いました。

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2008年12月16日

銀の裏地

歯は痛むし肩は凝るし風邪もよいで調子が悪い。そんな私にうってつけの言葉を見つけました。
「すべての雲には銀の裏地がある」
Every cloud has a silver lining.

イギリスの詩人ミルトンに由来する言い回しだそうです。
厚い雲に覆われた陰鬱な日でも、雲の裏側(上)では太陽が明るく輝いて雲が銀色に光っている、そういう情景を表現した言葉です。
ミルトンがこの言葉を使ったのは1634年ということですから、ミルトン自身はその光景を見たことがなかったでしょう。
現代では曇った日に飛行機に乗れば確認することが出来ますね。私も小雨模様の日に搭乗して、雲の上に出たら窓の外が明るく輝いていてその別世界ぶりに感動したことがありました。

silver liningは辞書を引くと(逆境の)希望の光、明るい見通しとあります。
体調は悪いけど、昨日から自分の(ぶかぶかでない)靴を履けるようになりました。左足小指がようやく元に戻ったようで痛みがなくなったのです。
身体中の発疹も、残ったところもかなり色が薄くなって、本来の皮膚に戻りつつあります。
歯の痛みも、痛み止めを飲むほどではなくなりました。
今年は例年になくリンゴを食べているので(南部市場で箱買い)、風邪も重症化しないですんでいるような感じもします。

明日はお天気が崩れるそうですが、雲の上では銀色の裏地が輝いていることでしょう。
posted by dashi at 22:48| Comment(2) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月14日

歯痛その後

その後、一晩は8度ぐらいの熱が出て、朝には下がったのでなんとか仕事に行きました(休めない事情があったので)。
のどの斜め上あたり(首を左手で押さえたとき親指がくる位置)にぐりぐりが出来てさわると痛む。もみほぐしたくなりますが、そんなことをするとまずいような気も。
看護師の姉に電話して聞いたら、リンパ腺が腫れているのだろうから、さわらないで栄養(と休養)を摂れというアドバイス。
「そこで菌を中に入れないように闘ってるんやで、応援しちゃり」。
抗生剤飲んでるんやろ、と聞いてくるあたりがさすが看護師。
「うん、化膿止め飲んでる」
「途中でやめたらあかんよ、全部のまな」。歯科でもそう言われました。

食欲がなくて、歯も痛いしでろくに食べてなかったのを反省。すぐありあわせの豚肉と野菜でスープ(大量)作って飲みました。
ヨーグルトやチーズ、パンに寿司と食べまくり、時間があったらすぐ横になる(細切れだし熟睡できないものの、信じられないくらい眠りました)という週末を過ごして、ぐりぐりも小さくなりました。
明日は歯科の予約日なので、仕事のあと行く予定です。
息子はガイドヘルパーさんが連れ出してくれ(今週はたまたま土日とも予約できてました)、ボーリングと水族館というゴージャスな週末でした。
posted by dashi at 21:21| Comment(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月10日

歯痛

左足の小指にトレイを落として、(病院には行かなかったものの骨にひびが入った状態と思われ)押しつけると痛いので靴がはけないまま約一ヶ月。サンダルとぶかぶかの靴(娘のお古)で今も過ごしています。
同じような症状だった友人は病院で、小指は隣の指をギブスがわりに一緒に包帯で巻くぐらいしかできないと言われたという話でした。彼女も一ヶ月ビーチサンダルで過ごした(夏だったから)そうです。
痛みが引いたころに全身発疹まみれ。顔と足の裏以外は真っ赤になって、熱を持ったりしてエライ目にあいました。
それが一段落して少し赤みが残るくらいになったら(うまくしたもので、もらった塗り薬がちょうどなくなるころあい)、今度は歯痛です。おとといあたりから林檎が噛めないくらいの痛みでしたが、ゆうべからずきずきし始めました。
きょう、仕事のあと息子を延長で預かってもらい歯科に行って痛み止めを処方してもらいましたが、これが効かない。多少削ったあと、化膿止め服用で様子を見ることになっているので、痛みと折り合いつけながら過ごすしかないようです。
こんなに次から次にトラブルが続くのは、よほど日ごろの行いが悪いのかしら。思い当たることはないけどなあ、とぼやいています。

気分転換に綾小路きみまろと落語のCDを借りてみました。買わなくてよかった…。
posted by dashi at 20:34| Comment(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月27日

痒み

かゆいかゆい、暖房を入れてあったまるとかゆい。
最初は手の甲にほちっとだけでした。かゆいので無意識に掻いているうちにだんだん広がり、なんと全身が発疹だらけになってしまいました。
お酒で蕁麻疹が出たり、椿の毛虫やぎんなんにかぶれたりと、あまり病院に行かない私も皮膚科には時時お世話になります。麻にシルクも化繊も、アクリル毛布にもかぶれる体質なので、発疹は持病と諦めています。
打ち身の貼り薬でも二度、ひどくかぶれました。

手の甲は赤くてでこぼこ(ここだけ)なので、食堂に来たお客さんに不快感を与えないよう、接客中は白い長めの薄いゴム手袋をしています。
全身に広がってしまいましたが、特にひどいのが太もも。餅に青かびが生えたみたいな…という描写でわかる人はあまり若くないかもしれません。あるいは、豆絞りの手ぬぐい(豆はかなり小さい)。
昨日、ついに皮膚科に行きました。仕事のあと、息子を一時間延長で預かってもらって。
塗り薬とかゆみ止めの飲み薬をもらってきました。そのおかげか、今朝はだいぶましだったような気もします。

でも、夜になって見たら、昨日より発疹が広がっています。
幸い顔には出ていないので、明日もなんとか仕事には行けそうですが、接客は遠慮して洗い場と交代してもらうことになるかもしれません。
お風呂であったまって痒くなったところへ皮膚科の薬を塗りたくり、痒み止めを飲んで寝ます。
明日は働き者のおばちゃんが一人年休を取るので、お休みしないで行って来るつもりです。

一番つらい拷問は、「寝かせない」ことと「痒みを与えること」だといいますね。
痛みより、痒みのほうがつらいそうです。
痛みを感じる神経は脳下垂体を経由するから、ブロックできる。
でも人体の痒みを感じる神経は、脳下垂体を経由せずに、直接、指先に信号を送るから、ブロックできない。
たしかに、痒い、と思ってから掻くんじゃないですもんね。
私のは見た目のすごさほどには痒くないので、拷問にはほど遠い。それでも、健康な皮膚のありがたさが身にしみます。
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2008年11月22日

お別れをしたい

息子よりひとつ下の学年の子のお母さんから、卒業行事に関する問い合わせでメールを貰いました。
思えばもう11月も下旬、卒業を控えた立場の人にとっては進路先の決定や卒業式(式自体は学校がやってくれますが、そのあとの謝恩会は保護者主催です)など頭を悩ます時期です。
このお母さんも私同様小学部から入った人なので、小学部のうち3年間は同じクラスでした(1,2年生、3,4年生、5,6年生でそれぞれ一クラスになる)。幼児のようだったお互いの子どもたちも成人して、親も年をとりました。

卒業後の進路が決まらないで落ち着かないころですが、この時期に毎年卒業旅行があります。夜には校長との懇談会もあって親睦の色合いが強く、原則親子参加ということになっています。
昨年の私たちのクラスは、幸いみんな都合がついて母親も全員参加。仕事を持ってたりで普段あまり顔を合わせない人も揃い、賑やかに旅行を楽しんだのは、昨年ここにも書きました。

旅行は案外楽しめますよ、と私は返信に書きましたが、今年はちょっと事情が違うようです。
親は仕事でもあるのか(平日に一泊で行くので)子どもだけで参加する子がいる一方、夫婦揃ってなど父親の参加も三人。うち一人は抗癌剤治療中というのです。
そりゃあ、周囲は気を使ってあまり楽しめないかもね。でもいったい誰だろう?
夜遅くなりメールも出来ない時間になっていたので、私の知っている人かしら…と一晩考えました。小学部からのお付き合いならともかく、中学部、高等部から入った人はお母さんすらあまり知らない人もいます。

翌日、それが誰か知って驚きました。たった一度ですが二人きりでじっくり話し込んだことのある、よく知っているお父さんです。
この人の子は高校に上がってから交通事故で知的障害が残った、いわゆる高次脳機能障害者です。欠員があったため高等部の途中から入ってきました。
親は学校の存在を知って「この子が通う学校がやっと見つかった」と感動したそうで、毎日お母さんが付き添い、埼玉県から片道3時間かけて通っていました。もちろん帰るわけにはいきませんから、学校が終わるまで空いた部屋で待っているようでした(必要なときボランティア的なことはされていたと思います)。

もとは東大にでも入れるくらい優秀な生徒だったそうで、親の無念さは察するに余りあります。でもお父さんは敬虔なクリスチャンなので、神様の思し召しに恨みがましいことは一切口にしませんでした。
軽自動車を運転していた女性ドライバーが自転車に気づき、ブレーキを踏むところを慌ててアクセルを必死に踏んだらしいんですよね、と淡々と話してくれたものです。
事故の直後は生命も危なかったそうですが、懸命のリハビリのおかげで一見とても健康そう。脳のどこを損傷したのか、簡単な会話をしている分には障害者にも見えない明るい少年でした。

お父さんはもうあまり食事も摂れない(胃癌)状態だけど、「みなさんと最後のお別れをしたい」から、旅行に参加するのだそうです。
この子を残して去らなければならないというのは、どれほどに心残りなことでしょう。子どもを知っている人すべてに「この子をどうかよろしく」と頭を下げて回りたい心境なのかもしれません。
上にお兄さんお姉さんも複数いますが、まだ若い。学生もいるようです。
今は、お母さんも付き添って来ることが出来ないのでしょう、学校が設置した指導寮(ウチの子が卒業する年に開所)から学校に通っているそうです(徒歩20〜30分という話)。
身辺自立や協調性は大丈夫な子なので、卒業後はどこかのグループホームに入れてもらうのかもしれません。

「お別れをしたい」と言われても、気持ちよく受け入れる人ばかりではないと思います。せっかくの記念の旅行なのに楽しみも半減、と迷惑に思う人もいるかもしれません。旅行先で容態が悪化したら、親睦どころではなくなります。
それでも、たぶんそういうこともすべて承知で、おそらく最後になるであろう息子の理解者たちとの旅に、行かずにおれないお父さんの気持ち。他人事ではないと心が痛みます。
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2008年11月21日

便利の代償

ここ数日パソコンの動きがやけに鈍いなと思っているうち、きのうはキーボードがまったく効かなくなりました。マウスは大丈夫なのでネットにつないで閲覧は出来るのに、検索しようとすると動かない。英字と日本語の切り替えも出来ません。
気がつけば、キーボードの電池が切れていたのでした。たしかに電池を交換したのはずいぶん前のことで、切れても不思議がない時期です。
私のパソコンはキーボードとマウスがコードレスで、電池を入れて使うようになっています。富士通の通販で買うときにはコードレスと知らず、品物が届いて初めて知りました。
ちなみにこの機種に決めたのは、以前使っていたマックのようにデスクトップと本体が一体(背負っているような形)であることと、キーボードを本体の下に収納できる(場所をとらない)のが気に入ったからです。

キーボードとマウスがコードレスなのは便利だけど、今回のように電池が切れたとき買い置きの電池がないと、キーボードを操作することが出来ません。もちろん、ほかのを持ってきて(借りて)使うことは可能だと思いますが…。
電池がなかなか入手できない環境だったら、これはかなり困りそうです。
それにしても、もっと困るだろうなと思うのが停電になったとき。
パソコンはもちろん、我が家の場合暖房も使えなくなります。電気のエアコンのほか、ガスFF式ファンヒーターがありますが、これも電源を入れないと動きません。
記録的な大雪が降って大停電なんて、怖ろしくて考えられませんね。昼間からありったけの布団をかぶって震えることになる…かも。
重い灯油を運んで給油する必要もない。スイッチをポンと押すだけで快適な暖かさになる便利さ、その代償はもしかして高いものかも、と急に寒くなったこのごろ一抹の不安を覚えています。
posted by dashi at 23:37| Comment(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月16日

終わった!

目が覚めて時計を見ると8時過ぎ、ゲッと飛び起きて大急ぎで家を出ました。
二階から駆け下りてきた娘がパジャマの上にコートを羽織り、車で駅へ送ってくれました。おかげで特急電車に乗ることが出来て、9時開始の試験に滑り込みセーフ。
目覚めがあと10分遅かったら確実にアウトだから、まあ、ラッキーと言うべきでしょうか。昨夜なかなか寝付けず、新聞配達のバイクの音を聞いたあと眠ったので、いつもならとっくに目を覚ましている時間に爆睡していたのでした。でもよく寝たおかげで頭はスッキリ。
「ハハア、ここで引っかかる人がいそう」などと、落ち着いて問題に取り組めました。
平成20年度、第120回日商簿記検定試験、3級を無事受験してきました。

終わって家に電話すると、息子はジグソーパズルをやってるから大丈夫、とのこと。
駅のコーヒーショップでスパゲティを食べていたら、隣に高校生ぐらいの三人連れがやってきました。見覚えのあるピンクの紙(問題用紙)をとり出して「今回は前よりやさしかったよ」と大きな声。私と同じ試験を受けたようです。
そうそう、前よりだいぶやさしかったよね、と声をかけたいところですが遠慮しました。
でもこの若者たち、やさしくても軽く出来たというわけではないらしく、「あんなにたくさんあるから(勘定科目を)覚えきれない」とか、「こんな問題、見たことあるなと思った」などと笑い転げ、屈託ありません。一回落ちて「今度こそ」と奮起したわけではないようです。
こういう、合格ラインにはほど遠い子たちでも、学校の方針で受験させられるのかもしれません。学校によっては合格が卒業の条件になったりもするようですね。

私はちょっと時間が足りなかったし、計算が合わなかったところもあるので、楽勝とはいきませんがまあまあ出来たかなという感じ。合否はともかく、やることはやった、と満足しています。
とにかく終わった終わった!
簿記も2級以上は難しいけれど3級は数字パズルみたいで簡単、という意見を聞きました。
たしかに、私の大好きな数独に通じる面白さはあります。以前家計簿をつけていましたが、縦(一日ごとの支出)と横(項目別支出)の合計がぴったり合うのはけっこう快感でした。そんな面白みもあります。
簿記3級が「簡単」かどうかは微妙ですが、やってみて案外面白いと思う人は少なくないと思います。この面白さに気づかせてくれる、優秀な教師にめぐりあった幸運な生徒たちは一発で合格、卒業までに2級も取るのかもしれませんね。
私が見かけた若者は「幸運な生徒たち」ではなかったのでしょう。

このひと月半、オバマ次期大統領が決まるなど世界は大きく動きました。
昨日は食パン一袋が200円以上するのに驚き、きょう給油に行ってレギュラーガソリンが128円にびっくり。200円まで上がると脅されたのがウソみたいですね。
筑紫哲也にフランク永井も亡くなり、小室哲哉は詐欺で逮捕。
清濁併せ呑み怒涛のように流れる日々。せめて健康で前向きに、少しは笑顔も持てる毎日を送りたいものです。(敬称略)


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2008年09月30日

再チャレンジ

早いものでもう9月も終わり。7月から仕事に出るようになって三ヶ月が過ぎました。
自分の食い扶持ぐらいは稼ぎたい、という長年の願いが叶って、それなりに充実した三ヶ月でした。
初めの数日は腰もだるくヘロヘロに疲れて、この歳で仕事を始めるなんて無謀だったかと弱気にもなりました。思うように身体が動かずヘマばかりして、自己嫌悪のカタマリにもなりました。「考えられるあらゆるヘマをしたな〜」と今となっては笑えます。
身体もすっかり慣れて、疲れて口もききたくない、夕食もほしくない、という時期を過ぎ、息子を迎えに行って帰宅してからも、普通に活動できるようになりました。

それで、前回ダメだった日商簿記3級に、再チャレンジすることにしました。
再開してみると、一度ざっとやった内容なのでよく頭に入ります。わかったようなわからないような…という状態だったところが霧が晴れたように理解できます。
面白いし、余裕を持って学習に臨める、という感じです。
今さら簿記をやって何になる、とは思いません。簿記の知識はこれからの(あまり残ってませんが)人生にだって十分役に立つと思います。貸倒引当金はここのネタにもなりましたしね。

負け惜しみじゃなくてたぶん客観的な情報だと思いますが、前回、私がダメだった回の問題はかなり難しかったようです。私の勉強不足は認めるにしても、見たこともない問題が出てボーゼンとしたものでした。
会場でいろんな人に声をかけてみましたが、難しくなかったと答えたのは、生意気そうな若い学生風青年だけでした(きっとウソだと思う)。
がっくりと「勉強しなかったから…」とうなだれる30歳ぐらいの男性、携帯で「ダメだ、スゲー難しかったよ!」と大きな声で話している中年男性も見ました。
次はそれほどでもないんじゃないか、と言う人もいます。
ホントかどうか知りませんが、奇数回は難しいんだったか易しいんだったか、一回置きに難しいという噂もあります。それからすると次回は易しいはず。でも易しくなくても受かるよう、ちゃんと勉強したいと思います。
というわけで、10月はここによほど書きたいことがある場合を除き、受験勉強を優先します。今もけっこう休みがちですが、無理もきかないのでぼちぼちやっていこうと思っています。
試験は11月…朗報を書けたらいいのですが。

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2008年09月07日

祝日

仕事を始めて二ヶ月あまり。仕事にも慣れて順調に日課をこなしていますが、思いがけない問題が発生しました。
最初に契約書をちゃんと読まなかった私が悪いのだけど、「祝日は休みじゃない」職場だったのです。正確に言うと「休みとは限らない」。
そこのビルに出勤する予定の社員が百人を超えたら食堂を開く、という決まりで、休みになるかどうかは会社から食堂のトップに連絡が来ることになっているそうです。
普段は300人以上のお客があるようですから、用意する食数も少なくなり、たぶん仕事としてはラクになるでしょう。だから、8人のパートのうち3人は休んでもいい、と言われているそうです。

求人広告では土日(私は祝も含むと思い込んでいました。今切り抜きを見かえしたら、確かに大型連休有と書いてあるだけで、祝日は休日になってません)休み、10:00〜14:30の勤務時間となっていたので、この時間帯なら私にもできる、私のためにあるような仕事だワと面接に行きました。
すると面接では、9時半出勤にしてほしい、ほかの人はみんな無理を言って9時半に出てきてもらっている、との話。終了も30分早まって14時です。
でも私は9時ちょっと前に到着するように息子を送っていくので、そのあとの移動時間を考えたら9時半出勤は物理的に無理。事情を話し、10時なら絶対大丈夫かと何度も念を押されて、私だけ10時出勤にしてもらっています。
職場には9時40分すぎに着き、それからトイレと着替えを済ませて、念入りに手を洗って仕事を始めるのが毎朝9時50分ごろです。

私としては、何も怠けて遅れているわけではないし、みんなが忙しく働いている中に遅れてノコノコ入っていくのも気が引けて嫌なものです。
まあでも、それはしかたない。なるべく迷惑をかけないように出来るだけ急いで支度して、たっぷり10分はただ働きしてる。20分分の仕事を少しでも取り返せるように、一生懸命働いています。
…でもそれはすべて、私の言い分。

祝日3人休んでいいということなら、休めると思った私はとっても甘かった。
10時出勤という「優遇措置」を受けているアナタは、これ以上甘えちゃダメ、とぴしゃりと言われました。
言ったオバサンは私と同い年のベテラン(プロの仕事ぶり)で、家には寝たきりの親がいるそうです。朝5時に起きて支度して、親をデイサービスの送迎バスに乗せてから車で(特別に車通勤が認められている)一時間以上かけて通勤しているらしい。
たしかに大変な事情のある人ですから、10時出勤が認められた私に対して複雑な思いがあるようです。
私以外の7人で相談して休む3人を決めたらしく、カレンダーに名前が記入してありました。

7、8月は祝日がなかったのでうっかりしていましたが、秋はウンザリするくらいあります。
息子を一人で家に置いておけない以上、私の代わりに誰かが息子の世話(見守り)をしなければならない。
とりあえず9月は、15日の敬老の日は長女、23日の秋分の日は次女に頼むことで落ち着きましたが、娘たちも自分のことで忙しいから私としては気兼ね。私の4時間の時給より高い日当を払うことにしています。
10月は体育の日、11月は文化の日、勤労感謝の日と続きます。
文化の日は息子の卒業した学校の文化祭・バザーの日なので、これはなんとしても休ませてもらうつもり。
祝日はみんな会社休めよ〜とぼやきながら、これからの対策(ガイヘルさん、一時預かりetc)を考えています。

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2008年08月22日

パソコン不調

この2,3日パソコンの調子が悪く、しょっちゅうフリーズや接続不能になります。
本体ではなくルーターかエアマックに問題があるように思いますが、さしあたりここは調子が戻るまでお休みいたします。
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2008年08月19日

姉妹

私はすぐ上の姉と4つ離れています。
ホントはその間にもう一人(女)生まれたのだけど、未熟児で虚弱体質だったため生後数ヶ月のとき、ムカデに刺された傷がもとで亡くなりました。(私は戸籍上は六女ですが、普段は五女で通しています)
母は「もし生きていてもおそらく障害が残ったと思う」と話していました。
生まれたとき病院の先生は「この子はすぐ死ぬ」と言って、洗ってもくれなかったといいます。
私の祖母が家で(病院のすぐ近くです)産湯を使い、愛情をかけて世話をした。一ヶ月検診で病院に連れて行くと、先生は「死ななかったのか。育てるのが上手だねえ」とあきれていたそうです。
5人目の女の子を亡くして、母があきらめきれずに私を生んだのは、跡継ぎの男の子が欲しくてたまらなかったからです。私が生まれたとき父は「また女か」と吐き捨て、一週間ぐらいは顔を見てもくれなかったと聞いています。

一人死んで4年あいての赤ちゃんだから、私はみんなにとても可愛がられたそうです。(男だったらもっと可愛がられた、とはずいぶん言われました)
それまで末っ子だった姉が4歳のとき私が生まれて、この姉の性格形成にかなりの悪影響を与えたようです。
この姉は「松島トモ子に似ている」可愛らしい顔だったそうで(今も痩せるとたぶん姉妹一の美人…たいしたことありませんが)、特に祖母に溺愛されてのびのび育っていました。
ほかの姉たちの証言によれば、この姉はみんなの愛情を盗ってしまった私を憎み、すっかりいじけてしまったそうです。だから周囲に甘えることをせず、可愛がられもしなくなったのだそう。
私は私で、わがまま放題でヤな性格に育ったから、この姉とは折り合いがとても悪かったのです。仲良く一緒に何かしたという記憶はほとんどなく、じっくり話をしたのは大人になってからでした。

そういうことを思いだしたのは、北京オリンピック女子レスリングでメダルを取った伊調姉妹の、引退発表のニュースに接したからです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080818-00000932-san-spo
姉妹で共通の夢を持ち、励ましあって夢の実現を目指した。姉が引退するなら、妹も行動を共にするようです。
何も言わなくても相手の考えていることがわかるような、強い絆で結ばれたきょうだいなのでしょう。
…羨ましい。
私たちとは、同じ姉妹でもエライ違いです。姉妹の仲が悪いのは母にとって頭痛の種、ずいぶん気にしていました。今でこそ仲良くしていますが、ほんとうに親不孝な娘だったと申し訳なく思っています。
伊調姉妹は、ご両親にとって誇らしいだけでなく深く安心させてくれる、親孝行な姉妹だなあとため息が出ます。
親は離婚、親戚縁者は遠方、弟は最重度の知的障害という境遇のウチの娘たちも、伊調姉妹のように仲良く助け合ってやってくれたらいいのですが、どうでしょうか。
posted by dashi at 00:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月08日

残暑

きのうは立秋でした。
立秋からは暑中じゃなくて残暑になりますね。私も息子宛にいただいた暑中見舞いのお返事を「残暑お見舞い申し上げます」と書いて出しました。
とは言え、暦をあざ笑うかのようなこの暑さ。
こまめに水分補給しないと熱中症になりそうで、私も息子も、こんなに水を飲む夏は初めての経験です。

この暑さの中、甲子園では熱戦が繰り広げられていますし、とうとう北京オリンピックも始まりました。
今NHKテレビでは開会式の様子を中継していますが、張芸謀監督のプロデュースらしい、色彩にこだわった人海戦術といった感じの出し物が続いています。
中国の人たちにとってオリンピックは、誇らしい待ちかねたイベントでしょう。いろいろ批判があるのはともかくとして、平和裏に閉会式を迎えられることを願っています。
残暑と大気汚染にもめげず、選手の皆さんは実力を発揮できますように。

息子も私も、来週いっぱいは夏休みです。
きょう息子のお迎えに行ったときに職員さんに「なんとか乗り切ってください」と声をかけられ、「たった一週間ぐらい、頑張ります!」と元気よく答えた私でした。
立秋を過ぎたということは暑さのピークは越えたと信じたい。水分を補給しながら息子と出歩きたいと思っています。

私の仕事場には、午後からは隣にある大きな病院で給食配膳の仕事をやっている働き者のオバサンがいます。
「夏休みはどこか行くんですか」と聞いたら、「仕事! 稼ぎ時です!」との返事。(手当がつくのかな)
ああそうか、入院している人には夏休みはないよな〜と思ったら、「子どもは夏休みの間に手術する子が多いの。すごく多いのよ」とのことでした。
入院している子は涼しい部屋に居るとしても、看病に通う家族にとっては残暑がこたえるかもしれませんね。
それぞれの夏、残暑には手加減してほしいものです。
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2008年07月31日

7月の収支決算

社員食堂のおばちゃんを始めてひと月経ちました。
まあなんとかやっていけそうだし、元気で働けるのはありがたい。来月の給料日を楽しみにしています。
こういう職場では大柄で力持ちの、無口な気のいい人が一番。息子の養護学校では卒業生(女の子)が働いていましたが、もっと知的障害者が進出してもいい分野かも、と思います。

食べ物にはゼッタイ素手で触らないとか、食材ごとに手袋を換えるとか、へえ〜ナルホドと興味を覚えることも多く、なかなか勉強になります。
食中毒を出すのが何より恐れる事態なのでしょう、消毒などの衛生管理は厳しいです。検食用の食材を冷凍保存して、二週間経ったものを毎日廃棄しています。
業務用の調理済み食材の多さにも感心します。コストはずいぶん節約できることでしょう。スーパーによっては、ああいうのを小さいパックに詰め替えただけのものを売っていそうです。

そして、業務用の設備が、関わる人間を減らせるように工夫を凝らしてあることも面白く観察しています。
食べ終わった食器は、回転寿司みたいなベルトコンベアーでトレイごと流れてきますが、トレイは自動的に積みあがるようになっています。
食器も自動分別できたらすごいですが、日本のように和洋中といろんな料理を食べるところでは食器の種類も多いし、振り分けるのは無理でしょう(これを人力でやってるから大変)。
食器がよくできています。安っぽくない見栄えのいい食器ですが、強化プラスチックというのか、かなりの勢いで落としても割れず(欠けず)、ほどほどに軽い。これが普通の陶器だったら数も減っていくでしょうし、重くてみんな腰を痛めると思います。

パート8人ほか3名を統べる所長は優しくてよく気のつくナイスミドル。
本部のマネージャーから注文をつけられてパートの勤務時間が減らされ、板ばさみで困っているようです。
お休みが二人出て滅茶苦茶忙しかったりサービス残業をするハメになっても、この所長に同情しているからか、誰も文句一つ言いません。
典型的な(若くない世代の)日本人ばかりだなあ、と興味津々で見ています。若い人や中国人だったら、時間が来たら(終わってなくても)さっさと帰ってしまうかも…。
労働者の権利、など言い出したらこういうところでは働けないでしょう。過労死する人の心理がよくわかるような気がします。私たちはせいぜい4時間半かそこらだから、過労死する心配はないわけですが。

働き始めて間もなく、「よかったら注文してください」とお中元のカタログを渡されました。
所属する食品会社の営業所ごとに注文をとっているようです。
ちょうどいい記念になるから、と姉たち4人に北海道の珍味セットを送ることにしました。初給料からの天引きです。自分の稼ぎでこういうことが出来るのはずいぶん久しぶりで、嬉しく思いました。
そしてそれが到着したそうで次々と電話があり、一人は仕事の休憩時間に携帯でメールをくれました。そこには「美味しかった、ご飯二杯も食べちゃったよ」の一文があり、なんだかとーってもシアワセな気分になった私でした。

7月の収支を簿記風に書くとこんな感じ(かな?)。
借方/自己満足100 社会勉強100 ダイエット10 筋トレ10
貸方/自由時間の減少100 筋肉痛・疲労10 資本110
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2008年07月20日

夏休みとおさらば

金曜日に下校中の小学生が、防災頭巾を抱えていました。
ああ、夏休みになるんだなと思ったことでした。
ウチの息子も春にやっと学校生活を終わったので、毎年「果てしなく続くと思われた」夏休みともようやくおさらば。毎日お供して出かけていた私としては、解放感に浸っています。
3連休ぐらい、しかたありません。
クーラーの効いた部屋でごろごろするばかりなのも退屈だろうと、今日もちょっとだけドライブがてら買い物に連れて行きました。ウィンナーの試食で食べ過ぎないように見張り、人ごみの中を走らないように注意し、トイレに促す。去年までは夏の間中これをやってたっけ、と思いました。
週日は空調の整った職場で作業に専念する、息子だってそういう規則的な生活の方がいいだろうと思っています。

この3連休のうち二日間は、娘たちの彼氏やいとこなど来客が続き、私は専ら「まかないオバサン」でした。
ふだん一人暮らしのいとこは「おかずが二品以上あるのは久しぶり!」と目を輝かしてくれたし、若い人は健啖なので作りデがあります。
しかし、台所は暑い。絶え間なく火を使うから灼熱地獄というやつです。
(来客中は)汗をかいてもすぐシャワーというわけにもいかず、ある程度はちゃんとした格好をしてないといけない。娘が「レストランの洗い場みたい」と称した汚れ物の山を、(夕食後の片づけを手伝うのは息子の仕事になっているので)息子と二人片付け終わるころには汗でどろどろ。
静かになった明日は私も娘にちょっとだけ休みを貰い、駅前のイレブンカットで髪を切ってもらうつもりです。(平日は仕事から帰るとすぐ息子のお迎えにいくので、切りに行くヒマがありません)だいぶ涼しくなるだろうと楽しみです。
毎年ゆううつだった夏休みがなくなるし(8月に少しあります。私の休みと重なるので助かります)、さっぱりした頭で頑張ろうっと。
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2008年07月17日

酒、米、塩

現在の家に引っ越して20年になりますが、ちゃんとした手入れをしないうちに、庭の木はずいぶん大きくなってしまいました。知人に留守の間に切ってもらったら下のほうの枝だけを落としてくれたのでますます上に伸び、この2、3年は梅の実は高すぎて取れないくらいでした。
出入りしていた大工さんに少し切ってもらったことがあるくらいで、茂り放題。ネズミモチの枝を伝って台湾リスがやって来て実生の枇杷の実を食べたり、いろんな野鳥が柿の実を狙ってくる。住宅地に居ながら山奥みたいな風情なのはいいのですが…。
狭い庭に木が茂って困るのは、風通しが悪いために洗濯物が乾かないことと、お隣が陰になってしまうことです。
思い切って植木屋さんのお世話になることにしました。

今朝8時すぎに植木屋さんがやって来て、以前にざっと打ち合わせしていたことを確認。特に切られて困る木はないので、あとはお任せして息子を送ったあと仕事に行きました。
帰ってみたらびっくりする明るさ。ずいぶん景色が変わってて感激しました。やはり梅の枝を切るのが大変だったようで、お隣の方に倒さないよう苦労したようでした。
きょうもとても暑かったし、植木屋さんは「30分で汗びっしょり」だったそうで、玄関脇にシャツが干してありました。日当もそれなりですが、ウチの場合は木(特に幹)の処分費用の方が高かったようです。
びっしり生えていたドクダミも簡易草刈り機で始末してもらい、とても助かりました。

ところで今朝出掛けようとバタバタしていたときに、植木屋さんの指示で「酒、米、塩」を用意しました。
「木を切るときは、要るんですけどね」と言われ、そのときは急いでいたので「そんなものか」と思ったくらい、「私がやっておきますから」の言葉に甘えてすっかりお任せでした。
あとで調べてみたら、生きている木を「切らせてもらう」のだから当然の儀式だったらしいですね。大きな木を切るときは「お祓い」の役割をするようです。
ウチの梅や柿は切り倒したわけではないですがかなり大きな幹も落としましたし、根っこから切ってもらった木も何本かあります。「祟り」は避ける必要があったかも。
我が家には料理用の酒しかなくて(しょっぱいらしいですね)、あまり美味しくなくて神様はおかんむりだったかもしれません。

ちなみに、斧には片面に3本線が描かれていて、「酒、米、塩」を表しているそうです。
木を倒す前には、この3本線の面をこちらに向けて斧を木に立てかけ、 「これから切らせていただきます」と木にお伝えする。木を切るときに毎回、この「酒、米、塩」を持っていけるとは限らないので、その思いを斧に描いた3本線なのだだそうです。
「酒、米、塩」は木だけではなくて、地鎮祭でも用いられるようですね。
また、丁寧にやる地方では何日も前から「酒、米、塩」に加え灯明とお線香をお供えし、何度も何度もお詫びを言ってから(許しを乞い)木を切るそうです。
迷信と笑えない何かがありそうですね。自分自身こういう伝統を無視して年を取り、子どもに伝承できなかったことに対して多少負い目を感じたことでした。
posted by dashi at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月12日

逢茶喫茶 逢飯喫飯

禅の言葉に、
「逢茶喫茶 逢飯喫飯(ほうさきっさ ほうはんきっぱん)」
というのがあります。
「お茶が出たらお茶を飲み、ご飯が出たらご飯を食べる」
コーヒーの方がいいとか、ラーメンがよかったなどと贅沢を言わず、自分に与えられたものをありがたく享受する、といったことでしょうか。貧しい時代ならともかく、今では案外難しい人生訓かもしれません。
隣の芝生は青いかもしれない、向かいの家の子の方が出来がいいかもしれないが、それはそれとしてうらやむことはない。自分の分を知って、欲を持たない生き方は、若い人には反発されそうですね。

…7月から、大手企業の社員食堂で働き始めました。
そこの企業から社員食堂の運営を任された食品会社の、パート従業員という位置づけです。
平日の昼間だけ(それも移動の時間を考えたら10〜15時前)という私の条件にぴったりの仕事が見つかり、ダメモトで面接に行ったらアッサリ採用が決まりました。健康診断書を自己負担(一万円弱)で用意しました。
ホームヘルパーを除けば、ちゃんと就労するのは結婚以来初めてです。
そのビルでは500人ぐらい働いているそうですが、社員食堂を利用するのは300人弱といったところでしょうか。実物のサンプルを見てイソイソとやって来る人たちに、温かい食事の提供をする仕事は張り合いがあって楽しいです。
仕事が14:30に終わってからみんなで昼食(一食100円ちょっと、なかなかご馳走)ですが、私は食事はなしで先に帰ることにしています。息子の送迎のために、車を取りにいったん家に帰らねばならないのです。
(歩いて帰宅しようとしたら息子が全速力で走り出し、家の前で着ていた服を破ってしまったことが二回続いたので、残念ながら帰りは車にしています)

自分の食い扶持ぐらいは稼ぎたいとずっと思っていました。
若いときのようには身体は動かず、疲れ果てて口もききたくない日もありますが、慣れるまでのことでしょう。働ける曜日の働ける時間帯に、やりがいのある仕事を与えられたことに感謝して、頑張りたいと思っています。
posted by dashi at 23:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月07日

いよいよ

ご無沙汰をいたしました。
いよいよ明日が、日商簿記の試験日です。同じ日に時間をずらして全ての級をやるようなので、2級と3級の併願する人も多いと思います。
2級以上は顔写真も必要となりますが、私は3級なので関係なし。
知り合いが高校時代に、替え玉に受けてもらった(もちろん合格)と笑っていました。聞いた私が驚くと「みんなやってたよ〜」とあっけらかんとしたものでした。さすがに日商2級以上はそれを防止したいのでしょうね。

人事を尽くして天命を待つ、といきたいところですが、残念ながら人事は尽くせませんでした。やり残したところがいっぱいあって、明日の試験も正直なところあまり自信ありません。
引っかけ問題に引っかからず落ち着いて処理できるか、計算間違いをしないでやれるか、それから…わかんない問題が出ないでくれるか。あとは私の体調次第、でしょうか。
とにかく、出来るだけ頑張ります!
posted by dashi at 16:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月03日

食べちゃったパン

昨日、息子を迎えに行った帰りに、普段はあまり行かないスーパーに寄ったときのことです。
ちょっとした買い物をしてレジで支払いをしようとしたとき、横にいたはずの息子の姿が消えました。慌てて周囲を見渡すと、通路の向かい側のパンコーナーに駆け込んで、カウンターに置いてあった小さい篭に手を伸ばすのが見えました。
急いで駆けつけて、おそらく試食のもの(食べていい)と判断したのであろう息子を、叱りながら引き離しました。
そばにはお店の人(中年女性)がびっくりしたように立ちすくんでいて、謝る私に「間違えちゃうんですよね」ととりなすように言ってくれました。

親指と人差し指で作る輪よりちょっと大きいくらいの、ポン・デ・ケージョというパンです。まあこれなら、容器も容器だし、たしかに試食と間違えても無理はないかもしれません。
「食べたの一個だけでしょうか」と確認して、63円を支払いました。
ここで「申し訳ないから」とパンを買ったりすると、誤学習をさせてしまうだろうなあと思います。
こんなこともわからないのかと情けなくもあり、こんなことしか楽しみ(人生の目的)がないのかと不憫に思ったり。
レジの人や次の番を待っている人に迷惑をかけた(支払いには間に合いましたが…)し、好奇や憐れみの視線にもうんざり。

スーパーで試食したがるのを「一個だけにして」と制限したり、「もうやめて」と止めたりしたことは今までも何度かあります。でもすっと消えて食べに行ってしまうのは止めようがなく、私の知らないところで無礼なことをしてきたかもしれません。
パン屋さんによっては(あっという間に試食用を食べ尽くして)迷惑をかけてしまうので、行けなくなった(自粛)スーパーもいくつかあります。
「試食は一個だけ」と最初に教え込めなかった私の落ち度なのか、そもそも能力的にそういう聞き分けのできる子ではないのか、私としては後者と思いたいところですが…。

それにしても、私にとって、カウンセラーに話を聞いてもらうのと同じ効果を上げているのがこのページ。
ズボンを破られたときもそうですが、今回のことも文章化して客観視することですっかり気持ちが落ち着き、マッタク次々とやってくれるよねと笑い飛ばす気分になりました。ありがたいことと感謝しています。

それだけ存在意義のあるこのページですが、しばらく更新をお休みします。日商簿記3級を受けることにしたので、約一ヶ月(息子のことを除けば)最優先課題として、集中して勉強したいと思います。
ワードとエクセルだけでは役に立たない、仕事するなら簿記の知識が必要ではないのかとかねてから思っていました。いずれケアホームの事務や運営にタッチすることがあるとすれば、これは役に立つだろうとも思います。
もっとも、日商簿記3級は「日本語の読み書きができる」くらい、持っていてアタリマエの資格だという人もいますから、笑われるくらい「たいしたことない」ものかもしれません。それでもまるきり知識のない私にとっては、3級でも十分に手ごわい相手。甘く見ないで頑張ってみたいと思います。
posted by dashi at 23:04| Comment(6) | TrackBack(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月01日

ズボン破り

息子を迎えに行って帰ろうと信号を渡ったとたん、息子がだっと走り出しました。
なんか不吉な予感…ズボンを破る気じゃないかとイヤーな予感がありましたが、私が息子の速さで走れるわけもなく、出来るだけの急ぎ足で後を追いました。
道が歪曲していたり高架橋があったりで見通しが悪く、途中で全く息子の姿は見えませんでした。全速力で駆け抜けたものとみえます。
マラソン大会では走らなかったくせに、ムダに走るときだけは速い…。
結局約20分後に家に着いたら、門扉が開いていて、ビリビリに破ったズボンを手にした息子が立っていました。
私の顔を見るなり「ゴメンナサイ」を連発、叱ってほしそうにもじもじしていました。

この春からはユニクロのスウェットを卒業して、少しはこざっぱりした格好で通わせようと思っていました。
ジーンズみたいにきつい服は嫌いだろうから(と言うか、破るだろうから)、ウェストがぐるりとゴムの、おそらく年配者向けと思われる木綿のズボンをはかせていました(短足だから丈はつめる)。着心地は悪くないと思ったのですが…。
私に止められないように、一人になるために全速力で帰宅。思うままにビリビリできて、本人は満足だったでしょう。
昔、息子のことでぼやいたときに(何のことだったか思い出せませんが)、先輩お母さんに「無理に止めてもダメよ、そしたら隠れてやるようになるから」と忠告されたものでした。
追いつけない速さで先に帰ってビリビリするのも、「隠れてやる」のと同じ発想ですね。そんな知恵があるならほかで使えよ…と言いたくなりますが。

少し前に、シワがひどくてアイロン掛けようと思っていたズボンを破られたこともありました。このときは、つい油断して数日ほったままだったので、出しっぱなしにして片付けなかったこちらも悪かったと反省したものです。
でもきょうは、多少暑かったかもしれないけど、破られる理由はありません。連日着ているものを破られ続けた、あの悪夢のような日々が頭をよぎりました。
落ち着けば息子は一人で通うようになるだろう、と考えていたのは甘かったかもしれない。私は一生この子の送迎から解放されず、それも、ダイエットを兼ねて歩くというこちらの思惑どおりにはならないのかも。

まあでも、学校やスクールバスのポイントと比べるとはるかに近いので、送迎はずっとラクです。運動不足解消のために歩く、というのをあきらめて車にして、代わりに時々プールに通うというのもいいかもしれない。
知恵比べでは負けないハズ…なので、一枚うわてを行きたいところです。

きのう久しぶりに会った友人(ウチと同じような息子がいる人)に、彼女の趣味のさおり織りのことを「やってる?」と聞きました。すると「遠くに通うようになって、時間がないからこのごろはさっぱり」だそう。
「自分の趣味に熱中してると、子どものことがあと回しになっちゃうのよね」
「どうしても子どものことが優先順位の一位というのは、譲れないでしょう」
との言葉に深くうなずいたことでした。
私たち障害児・者の親は、「障害児の親」以外の顔も持つべきだとは思います。気晴らししたり視野を広げるのは大事なことだし、趣味と実益を兼ねたら言うことなし。難しいのはそのさじ加減、でしょうか。

余談ですが…。
私が最近ハマっているのは、「寿司打」というゲーム。タッチタイプ(ブラインドタッチ)練習用のソフトで、打てた文字に応じて寿司の皿が積みあがります。
http://neutral.x0.com/home/sushida/play1.html
コマギレの時間で出来るのがいいです。息子に中断させられても腹が立たない。
いつまでたっても初心者コースから抜けられない私ですが、美味しいお寿司を堪能した気分で楽しんでいます。そのうちここの文章もタッチタイプであっという間に打てるようになればいいのですが。




posted by dashi at 21:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月20日

太りすぎ

息子の卒業した養護学校に、ちょっとした移動にも息を切らす肥満体の子(Kくん)がいました。
身長は140cm台で腹回りは150cm以上(私が手を回すと両手が届かなかったので)。どう考えても不健康で、生活習慣病予備軍なのは間違いないと思います。
小さいときは普通の体型でしたが、あまり動くのが好きではないせいもあってか徐々に太り続けています。学校で運動させてくれても、走るわけではなくてゆっくり歩くだけですから、たいしてカロリー消費はしていないように見えました。
お母さんが一念発起して連日プールに通い、8キロばかり減量した夏もありましたが、たちまちリバンドしたようです。リバウンドすると前よりずっと太りやすいのは周知の事実で、Kくんもその例にもれませんでした。

問題はKくんのお母さんに危機感がないことで、「このままじゃ病気になるからダイエットさせなきゃダメだよ」といくら言っても、言い訳して軽く受け流されてしまいます。
Kくんは毎朝納豆で丼飯を二杯食べる、と聞きました。(私としては手っ取り早いダイエットとして、その丼を小さい飯碗にすればと言いました)
納豆キナーゼのおかげか、それほどの肥満に関わらず血液検査の結果は問題なし。心臓の精密検査も今のところは大丈夫だそうです。
Kくんのお母さんは一度、話を逸らしたかったのか、以前その子と同じような体型だった子のことを持ち出して、「Sクンは痛風になっちゃったんだって!」と言い出したことがありました。

「お医者さんにすごく叱られたらしいよ。だから必死でダイエットさせたんだって」
身を乗り出して目を輝かす彼女に、アナタの子はもっと太ってるから危ないよ、見習って痩せさせたらと食い下がって嫌われた私でした。
風が吹いても痛むから痛風、そりゃ〜可哀相です。80〜90%になんらかの腎障害が現れるそうですし、合併症も高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満、動脈硬化、心筋梗塞。周囲も真剣にならざるを得なかったでしょう。
痛風はかつては美食のせいとされましたが、現在では否定されています。アルコール、激しすぎる運動、ストレスが関連を疑われているようですが、それらに無縁と思われるSクンの痛風は、肥満の結果なのだと思います。

Sクンは劇ヤセしました。別人のようにすっきりして見違えたものでした。
Sクンのお母さんも太めで、血圧や血糖値の治療中らしいですが、残念ながら痩せたのはSクンだけのようです。
私がダイエットしたときにしきりに羨ましがるので、アナタもやりなさいよと勧めました。枇杷の葉を煎じて飲むなど民間療法を試みていましたから、それよりダイエットが早いと強く勧めました。
でも彼女は愛嬌のある顔で「わかってるけど出来ないのよね。コンデンスミルクに××を落としてちびちび飲むのが最高なの〜」と無邪気に笑うだけでした。(××が何だったか思い出せません)
そばにいた友人が「コンデンスミルク!?」とあきれて大きな声を出していました。
痩せた方がいいのは百も承知。痩せれば体調も良くなるのは重々承知だけど、今目の前にある誘惑に勝てないのでしょうね。
彼女が自分も痩せなきゃと目が覚めるのは、糖尿か痛風を宣告された時なのかもしれません。

きのう久しぶりに会った年下の友人が、私の顔を見るなり「とうとう酒をやめた」と言いました。「もう2ヶ月、一滴も飲んでない」。
そう言われてみると顔は(皮下脂肪が減って?)「つやつや」が緩んで目が大きくなった感じ。肩や足も固かったのが柔らかくなっていました。
「これから急激に体重が落ちるかもね」と励ましたことでした。彼女の娘3人はみんな可愛い顔をしているので、彼女も痩せると驚くような美人になるかもしれません。
結婚以来の肥満体、原因はストレスを紛らす酒(ビール)とわかっているので、やめるように私が再三意見していた人です。
その彼女が酒をやめたきっかけは、膝が痛くなって階段を上れなくなったこと。糖尿かもしれないとコワくなったそうです。
以前、糖尿になって30キロダイエットしたら治療の必要がなくなったという知人の話をし、糖尿の合併症で脅したこともあったので、頭の隅にあったのかもしれません。かなり辛辣なことも言って敬遠され気味でしたが、結果的によかったと嬉しく思っています。

自分の心がけひとつで解決できるダイエットは、しない手はないと思います。
多少の小太りは大目に見るとして(その方が丈夫とも言うし)、適度な体型で最後まで元気に過ごしたいものです。食べたいものを食べたいだけ、自分でコントロールできる自由に感謝しつつ。
posted by dashi at 20:48| Comment(3) | TrackBack(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月06日

餃子パーティーで

朝刊を広げてびっくり。私が昨日参加したイベントが地方面に大きく紹介されていて、笑っている私の顔もばっちり写っています。記者やカメラマンらしい人も何人か来ていたから不思議はないけれど、予想よりだいぶ大きな記事でした。
それは数日前に同じ地方面で見かけたイベントです。
横浜市の中学生が、冷凍餃子問題で冷え切った日中の関係をなんとかしたいと思い立ち、手作りの餃子パーティーで友好を温めたらどうかと企画。
日中友好「餃子料理教室」を楽しむ会・主催とし、神奈川県日中友好協会と(財)横浜市芸術文化振興財団・磯子区民文化センター「杉田劇場」の協力で開かれました。

日にちと開かれる予定の時間帯が、ちょうど息子をガイドヘルパーさんにお願いすることになっていた時間とぴったり同じ。いつもの自宅ではなく会場からすぐの駅改札で息子の送迎をすることにすれば大丈夫、と計算しました。
週末に開かれる(障害者向けなど息子と一緒に出かけられるもの、ではない)イベントは、今までは興味があってもハナから諦めていましたが、今回はまさに「おあつらえ向き」です。これは参加しなさいということだろうと、記事を読んですぐメールで申し込みました。
私以外の参加者たちは、日中友好協会の人やそこで中国語を習っている仲間とか、中学生の学校関係者(保護者、生徒)が多かったようです。

企画したのが中学生というのがすごいですね。どんな子たちかと思ったら、特別優等生ふうでもない、ごく普通の中学生でした。
大人が思うほど肩に力が入ってなくて、一人は「長野県でそば打ちをしたノリで」と話していました。
文革や天安門事件の記憶のある私としては、中国に対しては少なからず警戒する気持ちがどうしてもあります。冷凍餃子やチベット問題にしても、ありそうなことだと思っています。
でも問題が山積みと言ってもお隣・中国との友好は避けて通れない問題。これからはこういう先入観のない若い世代が関係を作っていくのでしょう。

餃子はたまに作りますが、皮はこれまで市販のものを使っていました。
中国に住んでいたときにコックさんが粉から皮を作るのを見ていて、そう難しいものでないことは知っていました。
今回は実際に作ってみて、やっぱり皮から作った方が美味しいし、皮の買い置きがなくても思い立てばすぐ作れる。第一面白いので、これからは皮から作ることにしようと密かに誓った次第。
中国では餃子と言えば水餃子のことで、日本で多く食べる焼き餃子は「鍋貼(guotie)」と呼ばれて、一般的なものではありません。今回作ったのも水餃子にしていただきました。

友好を深めるのが狙いと言っても参加者はほとんどが日本人で、中国人は講師の女性と、特別参加の少年だけでした。日中友好協会の人が声をかけたら来てくれたそうです。
他の人たちは連れがいる感じだったし、私は専らこの少年とお話しをしました(迷惑がりもせずよく相手してくれました)。
訛りのないきれいな日本語を話すので日本の生活が長いのかと思ったら、来日してまだ一年半とのこと。
来日直後は言葉が通じなくて大変だったそうです。中国であらかじめ日本語を勉強したわけではないそうですから、来日してからよほど頑張ったのでしょう。頭もいいのでしょうね。
受験して公立の商業高校(名門)に受かったそうで、来週から高校生とはにかんでいました。

冷凍餃子事件ではどうだった、と聞いたら、やはりずいぶん影響があったそうです。多くは語らないけど、いろいろ言われて大変だったと苦笑していました。卒業してホッとしたかもしれません。
日本語の検定試験は受けたの、と聞いたら、受けたけどダメだったそう。一級の文法問題がまるきり歯が立たなかったそうです。その若さで一級を狙い、またチャレンジするそうで、将来有望だなあと思いました。
ちなみに彼の両親は周囲が中国人ばかりの環境で(お父さんは餃子を作る職人ということでした)日本語はあまり話せない。彼自身は「中国語を忘れないように」家では中国語で話しているそうです。

日本語一級(志望)の彼に話すのも恥ずかしいけど、私は先月中国語検定3級を受けたところ。いずれは2級にもチャレンジしたいと話したことでした。
いつかまたどこかで再会して、そのときは彼と中国語で会話したいものだと思っています。



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2008年04月02日

これから

BBCの、ペンギンが空を飛ぶ映像には笑えましたね。エイプリールフールを楽しめるユーモアには脱帽。
その昨日から、息子は自閉症に特化した通所施設に通い始めました。行事が苦手な自閉症者向けに、入所式のようなセレモニーもない淡々とした始まりです。
「明日からどこそこに行きます」と前の日に何度か言われ、よくわからないながらも何か環境の変化を感じ取った息子は、多少落ち着かない様子でした。当日に行ってみると、実習で一週間(5日間)通ったこともある見知った場所なので、ホッとしただろうと思っています。
事前の打ち合わせがとても丁寧だったこともあり、息子のことはよく把握してあって安心してお任せできます。卒業した学校からも、進路の先生が様子を見に行かれたようです。

これからは行事の類は一切なし、夏に一週間の休暇があるだけで冬休みも年末年始のほんの数日、春休みにいたってはゼロという、私にとっては夢のような(待ち望んだ)生活が始まります。
学校に通うのは、遠いから交通機関を利用しなければならず、いったんは出来ていた自力通学も挫折しました。
今度ばかりはゼッタイ一人で通うようになってほしい。そのために、早足で片道20分の距離を歩いて通っています。
息子は往復するだけですが、相伴する私は二往復、最低でも80分歩くことに。息子が一人で行く日を楽しみに、路線バスに乗る誘惑と戦うつもりです。
毎日のウォーキングで身体を鍛えながら、「これから、どうするか」を真面目に考えたいと思っています。

きのうの朝、息子を送り届けた帰りに区役所に行って用事を一つ片付け、そのあとハローワークに寄ってみました。私にも出来そうな仕事があるかどうか、求人の状況を調べようと思ってのことです。
案外ハードルが高かったのが、勤務終了時刻でした。
息子の送迎(いずれは単独帰宅)を考えると、働ける時間がおのずと制限を受けます。朝はいいのですが夕方が早すぎて、こちらの望むような時間帯の仕事は皆無。
ハローワークの方は私の境遇に同情的で、とても親切でした。こちらの事情を話して労働時間に融通がきかないか相手方に訊ねてくれたりもしました(施設の指導員)。

私もいつの間にかこんな年齢になって、見てくれにも体力にも全然自信はありません。これで勤務時間に注文をつけるなど、とんでもないワガママというのはよくわかっています。
ワードやエクセルを使うような「綺麗な」仕事は、よほどの実務経験がない限りは若い人のもの。まあ、そりゃそうですよね。娘の友人(20代)も、事務の実務経験は豊富でも今はなかなか仕事が見つからないと言っていました。
結局、コマギレの時間で働く(効率の悪い)ホームヘルパーしか見当たりません。いずれまた、「ヘルパー2級」を使うときが来るのかなと思いました。

先日、ヘルパーを何年もやっている私より少し若い友人と会いました。
実務日数が受験資格に達したので、介護福祉士を受験したというのには感心しました。
彼女も障害児のお母さんですが、「上手に育てたなあ」と私が一目置いている人で、決して軽度ではない息子を社会にうまく順応させています。
週に3回ホームヘルパーをやって、一回は(断れない事情があって)近くの作業所でボランティアをやっている。ほとんど休みがないとぼやきながらもすこぶる元気そうでした。
彼女に言わせるとホームヘルパーは「ラク」だそうです。デイ(デイサービス)は入浴介助が主で「さっさとやめた」そう。体力のある男性や若い人の仕事かもしれませんね。そうじゃない私にはとても無理、canとhopeをよく見極めて行動しようと思ったことでした。





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2008年03月11日

授業終了ほか

きょうは息子の授業が終了した日でした。
あとは来週卒業式の予行演習のため登校して、一日置いたらもう卒業式です。
(息子が)まだコドモコドモしていた小学部から14年間通い慣れた学校ですから、去るのには少なからず感慨があります。
きょうは課外活動(のようなもの)がある日で、もともと学校まで迎えに行くことになっていました。いい機会なので私も学校の周辺をぶらつき、バス通りに沿って長く延びる商店街を歩きました。卒業するともうあまり来ることもないだろうな、と思いながら。

有名人がごひいきにしているらしい、有名な和菓子屋さんの本店もあります。
元町にも近いですが、どっちか言うと下町っぽい庶民的なお店が多いです。
中華街から流れてきたような本格的な中華料理店や、入ったことはないけどギリシャ料理店なんてのもあります。
行事で学校に来たときに何度か食事をした、思い出のお蕎麦屋さんの前も通りました。そのとき一緒に食事をした友人も、もうほとんどが卒業したか、今年か来年には卒業です。
学校の生徒も保護者も、知らない顔がほとんどになってしまいました。

先日、義兄が入院したという知らせが入りました。
普段はあまり交流のない姉たちとの電話が行きかい、すると久しぶりなので長電話になります。
義兄は早期退職をしたばかり、これから悠々自適の年金生活を楽しもうと考えていたと思います。
なぜそれほどに…と言いたくなるくらい大量にお酒とタバコを飲む人でした。でも身体がとびきり丈夫で、これまで一度も病院にかかったことがないそうです。
夏ぐらいから食欲が落ちて(もともと食の細い、痩せた人です)、姉がどんなに病院に行くように勧めても、頑として聞かなかったそう。

ところが、今回あまりに具合が悪くて診てもらったら、手遅れの食道ガンであることが判明。余命数ヶ月という話です。
姉が言うには「たまにおかしくなる」そうなので、脳に転移しているのかもしれません。
急な話でびっくり、私もすぐ、息子を預けてお見舞いに行こうと手配を始めました。
でも、入院して処置してもらったら「やけに元気になった」。
遠くに住む私までが駆けつけたら、自分はそんなに悪いのかとショックを受けるかもしれない。来るのはもう少しあとにしてくれと連絡がありました。
そりゃあ私としても、息子の卒業式が終わって、出来たら4月に入ってからの方が助かります。
とりあえずは少し様子見というところ。

両親を亡くすのは順番と思うし、二人とも長寿を全うしたのでさほどの衝撃は受けませんでした。
でもきょうだいとなると、そんな年じゃないのにとかなり落ち込みます。
命に限りがあることを、あらためて痛感させられます。元気なうちに、やるべきことで今やれることはやっておかないと。

ところで、おとといの女子マラソンで、無名の新人が優勝した映像を見ながら私が思ったのは、日本の女子マラソンは層が厚いなあ…ということでした。
その層の厚さを形成するのに、Qちゃんはかなり貢献したと思います。
8年前のオリンピックで金メダルを取って、「とっても楽しかった」と笑顔を見せたQちゃん。彼女にあこがれて、あとに続いた女の子もたくさんいたと思います。そういう子たちが8年後のQちゃんを追い抜き、置き去りにしていくのは当然とも言えるでしょう。
去年の夏にひざの手術をしたばかり、35歳のQちゃんに負けるようなら、それこそあまりに情けない。
Qちゃんにはもう、ボルダーやら昆明やらで修行僧のような生活をしないで、市民と一緒に走ってあのQちゃんスマイルを惜しげなく振りまき、走ることの楽しさを伝えてほしいと思います。
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2008年02月22日

ボランティア

成り行きで頼まれたら断われない性分で、我ながら思いがけないボランティアをしています。
ボランティアを頼まれそう…と言いかけたら娘に「ボランティアなんかやってるヒマあるの!?」とあきれられたので、決定してからも言い出せず、相手と私と仲介する人しか知らない。娘たちにちょっと秘密を持った気分で楽しんでいます。
で、そのボランティアというのが、日本人と結婚したウクライナ人に日本語を教える仕事。
相手の家が駅に近いので好都合。私が息子を迎えに行くとき少し早く家を出て、一時間ちょっと過ごして、そのまま駅に向かいます。
週に一回か二回程度だし、たいした負担にもなりません。

聞けばウチの上の娘と同い年の、白人にしては小柄と思える可愛い女性です。
ご主人は彼女が可愛くてたまらない様子で、勤務先がすぐ近くなのでお昼は毎日帰って食べるそう。私が行って終わる少し前に「お先に」と仕事に戻っていきます。
外国人妻としては過保護な方だろうなとほほえましく見ています。
ご主人が先回りして何でもやってくれているようですし、ご主人の実家やお姉さんの住まいも近く、助けてくれる人はたくさんいる模様。
過保護にされる人は皆そうじゃないかと思いますが、この若いオクサン、あまり必要に迫られないようで、日本語はあまりできません(私は英単語を並べたりしてやっています。電子辞書持参)。

しかし、たどたどしい日本語をしゃべる外国人って、実にカワイイです。
ニンジンの写真を見せて、これをお店で買うときどう言えばいいか、と訊ねたら、ちょっと考えて、
「ニンジン、イイデスカ?」
通じるでしょうね、たぶん。でも、それではちょっと…。
「ニンジンください」と言ったら、神妙にうなずいて「クダサイ」とノートにメモしている。日本語の発音をロシア語(ウクライナ語?)で音訳しているようです。ノートをのぞくと恥ずかしそうにニコニコ。
終わって帰るときは玄関で「タノシカッタ」「ドウモアリガト」と何度も言ってくれます。
いや〜、ホントにカワイイです。彼女に日本語を教えるボランティアなんて、声をかけたらやりたい人はいっぱいいるんじゃないかな。

実はこれまでも残留孤児二世(中国で生まれ育ったけど国籍は日本?)の人と、韓国からお嫁に来た人に日本語を教えた経験はちょっとだけあります。
韓国の人は引越しで終わりになったけど、中国から来た人は朝に電話でドタキャンされてそのまま連絡が途絶え、なんとなく後味の悪い思いをしました。日本語がだいぶできる人だったので、もうイラナイと思ったのかもしれません。中国の人は概してそういうところはとてもドライだと思います。
どちらも短期間で終了しましたが、今回も(息子は卒業するし)あまり長くはできません。4月からは在留外国人向けの講習会に参加できるようなので、それまでのつなぎでもいいかと思っています。
……問題は、毎回とーっても美味しいケーキを出されること。好きなのをどうぞ、と4つも買って用意してあります。太るクスリ、と断わるわけにもいかない…ですよね^^。
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2008年02月19日

残り時間

息子のお迎えのために駅へ向かう途中、向こうから見たような人が歩いて来ました。
ふわっとした多目の髪、少し太めで大柄な身体をコートに包み、寒そうに肩をすぼめています。
あ、Y田さんだ、久しぶり〜と一瞬思ったあと、冷水でも浴びたような気分で立ち止まりました。
そのまま茫然と立ちつくして、近くで見ると似ても似つかない全くの別人がすれ違って行くのを見送りました。
Y田さんのはずはないのです、彼女は先ごろ亡くなったのだから。

彼女は3人の子の末っ子が私の長子と同い年で、私よりはだいぶ年上の人でした。
愛くるしい笑顔のY子ちゃんが幼稚園でウチの娘と仲良くしてくれて、親同士も一時は家に行き来するくらい交流がありました。
彼女のご主人は一人息子で、昔かたぎの姑さんと同居していました。ご多聞にもれず姑さんにはよく叱られるようでしたが、ニコニコとよく笑う明るい人でした。
姑さん用に夕食には煮物を必ず作るという話に、子ども向きの食事ばかり作っていた私には別世界の生活に思えたものでした。

同じ町内会に属していますがあまり近くではなく、駅とはお互い逆の方向なので用がないと出向かない位置関係。卒園して小学校に上がってからは、子どもの学区が異なったためすっかり疎遠になり、たまに道で会って立ち話する程度でした。
Y子ちゃんには少し年が離れたお兄ちゃんとお姉ちゃんがいて、YMCAの活動や習い事もしていました。彼女はそっちの役員もあっていつも忙しそうでした。
…私の子どもに障害があり離婚したと知ったとき、彼女の反応は意外なくらい冷淡なものでした。難しい姑さんに仕えて苦労していた(と思う)彼女には、別れてしがらみを断ち切る自由が羨ましかったのかもしれないと思っています。

数年前、自治会の回覧板で彼女のご主人の急逝を知り驚きました。
近所の人に聞いたところではこんな感じです。
仕事から帰ってソファーで休んでいるときに異変が起きた。脳梗塞の発作(?)。
ご主人は大きな病院の外科医(部長だったと思います)なので、自分に何が起こったかすぐわかったようです。
ただちに自身の勤務する病院に運んでもらい、同僚(後輩)医師や技師にてきぱきと指示。CTを撮っている最中だかに意識をなくし、そのまま亡くなったそうです。
あまりに突然で、私としてはおくやみに行くのも躊躇してしまっていました。
そのころには姑さんは認知症が進み、施設に入っていたらしいといううわさも聞きました。逆縁の悲しみを知らなくてすんだのは幸いだったかもしれません。

心労がたたったのか、そのあと彼女は体調を崩して何度か入院していたようです。
そしてまた私は、回覧板で彼女の死を知ることとなりました。
幼稚園の保護者仲間には電話連絡網が回って、みんなで葬儀に参列したらしいです。
私は途中で引っ越して電話番号が変わったために、(調べてまで知らせてくれるほど仲のいい人が担当ではなかったのでしょう)連絡が来なかったようです。
ご主人が亡くなる数年前に建て替えた豪邸に、今はY子ちゃんが一人だけで住んでいるそう。昼間は仕事に出ているY子ちゃんは、毎日どんな思いで家の鍵を開けるのでしょう、気の毒で言葉もありません。

あなたも残り時間は少ないのよ。つまんないことで忙しがってないで、ちゃんと考えて行動しなさいよ。あとで後悔したって遅いんだからね!
歯切れのいい明るい声で、彼女にどやされたような気がしたことでした。





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2008年02月15日

雑用山積み

きのうは最後の授業参観・個人面談で一日息子の学校で過ごしました。
きょうは区役所に書類を提出しに行ったり、大口の支払いのため銀行に行ったり。印鑑証明を貰いに行っておきながら、カードを忘れたのに気がついて出直したりと、何かと忙しい思いをしました。
おとといもあれこれ忙しくて、夕方に予約を入れていた歯医者さんに息子を連れて行くのをすっかり忘れてしまいました。
フルタイムで働いている人は、こんな雑用はどうやって片付けているんでしょうね?
ここで書きたいような話もいくつかあるのですが、また後日。
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2008年02月10日

連休中日

最近は3連休が多すぎると思う。長いよ。
…とぼやきながら、息子と一緒に出かけました。
相模原の方はすごい雪だったそうですが、こちらは不気味なくらいの暖かさでした。ゆうべは雨だったし、雪と言えば先週のが少〜し残っているところがあるくらい。
風も冷たくなくて、気持ちよく歩けました。
近隣の学校合同企画のイベントで息子の作品が展示されているという、外人墓地近くの西洋館に行きました。

横浜山手芸術祭・中区区制80周年イベント、山手西洋館ユースギャラリーという企画。
会場は西洋館や大仏次郎記念館など6箇所に分かれていて、きょう行ったのは山手234番館というところです。
優秀な子ばかり集まる名門校や、中華学校の生徒作品に混じって、息子の養護学校の生徒作品が展示してありました。
特別に出来がいいから展示されたというのではなくて、だいたい全校生徒もれなく展示されたのだと思います。
息子のはマカロニなどパスタ(?)を使った貼り絵で、ジェットコースターを表現してありました。

一緒に行った息子はそこに展示された自分の作品に気づいたのかどうか、ちらっと見て先に行きました。お母さんがわざわざ足を運んでくれたと、少しは喜んでくれたと思うことにします。
この建物は息子の学校からはわりと近くですが入ったこともなく、もう卒業だし今後入ることはないだろう、いい記念になったと思いました。
帰りは外人墓地わきの坂道(階段)を降りて、元町を横断して中華街に回ってみました。
春節の賑わいを覗いてみようと思ってのことですが、例のギョウザの影響でしょう、お正月というのに拍子抜けするような人出です。普段の日曜日より少ないと思いました。
中国らしいテカテカのド派手な廟にお参りして、山下公園側に抜けて帰りました。
それにしても、中華街の肉まんって、どうしてあれほどに強気の値段なんでしょうか。一個420円。売れるのかな…。

おとといは最後のひなまつり学習発表会もありました。
木琴を叩く姿に、こんな才能が眠っていたのかとびっくり。在学中にちゃんと引き出してやっていれば、楽器を演奏する楽しみに目覚めて、もうちょっと意味のある余暇を過ごせたかもしれないと反省したことでした。
反省も悔いも棚上げして、とにかく来月には卒業です。
あとは家から歩いて通えるところに行くので、こっちにはあまり来なくなるだろうなと思いながらベイブリッジを眺めました。
明日は3連休最終日。掃除や片付けものをしてゆっくり過ごしたいところですが、家では退屈で死にそうな(?)息子のお供をすることになるでしょう。
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2008年02月05日

500円のイチゴ

きょう生協の店舗に買い物に行ったら、イチゴのパックに一つだけ3割引のシールが貼ってありました。何気なくもとの値段を見てびっくり、498円です。3割引でも350円ぐらい。
大粒の美味しそうなイチゴです。買って買えないことはないけど、千疋屋や新宿高野でもないのにとため息が出ました。
娘はケーキより安いよと言いますが…。
だいたい、雪が降るような季節にイチゴを食べること自体が、身の程知らずの贅沢かもしれません。もともと初夏の頃(と秋?)が旬だと思いますが、いったいいつからクリスマス前後が売れ筋になったのでしょうか。
真冬に店頭に並べるには、ハウスの中で、がんがん暖房を入れて栽培するのだと思います。

安いものを作っていては赤字だから、国産では付加価値をつけて高いものを栽培する方がいい。農協がそういうやり方を推奨しているのなら、国産の野菜や果物がますます高価になって、庶民には手が届かない。食料自給率が下がるのも無理ないという気がします。
東国原知事の人気にあやかって、一時は一個5,000円だかする完熟マンゴーがもてはやされていました。でも、話の種に贈答用に一度は買っても、リピーターとなる人はそうそういないでしょう。設備投資をした農民は泣くんじゃないかと私はひそかに心配しています。

先日国産ニンニクを買おうとしたら、一個で250円ぐらいでした。国産の野菜ってそんなにコストがかかるんでしょうか。中国産はその何分の一かの値段でしたが、結局どっちも買う気がしませんでした。
国産の方が安全とは必ずしも言えないだろうけど、農薬の規制などが行き届く分、安全管理はしやすいはずです。離農人口が増えるのを黙って見てないで、安易に外国に依存しすぎないで、自給率を上げる道を探ってほしいと思います。
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2008年01月30日

近況報告

長らくお休みしました。(捲土重来にはほど遠いながら復活したいと思います)
その間に息子は成人式を無事に終え、記念写真も撮ってもらいました。出来上がるのは来月になりますが、姉たちにもコピーを送ろうと楽しみにしています。
希望していた施設からも内定の連絡をいただきました。卒業後の進路がほぼ決まって一安心。いずれは、たぶん一人で歩いて通うようになるでしょう。
同じ訓練会の、よく知っている(お母さんも)子も一緒とわかり、心強く思いました。こちらは公立の養護学校を卒業予定で、息子より二つ年下です。

息子の学校では寒空の下、全校参加のマラソン大会がありました。
会場となる森林公園を3周、3.9キロばかりあるようです。年齢や体力によって一周、2周の子も全員、厚着した保護者の声援に一瞥しながら先生とともに走り(歩き)ます。
今までの13回は、ウチの息子は走れば速いはずなのに池に石を投げて遊んだりして、脚に障害のある子にも負ける根性なしでしたが、今年は違いました。全力疾走にはほど遠いけど、ちゃんと走っていました。最後というのがわかったのかもしれません。

卒業式後の謝恩会の案内状(退職された先生方に出します)の作成を頼まれ、ワードを久しぶりに操作しました。ワードの資格は取ったくせに、往復ハガキへの印刷にオロオロ。娘にはバカにされ、勉強し直しを誓った次第。独力でなんとかやりましたけどね。
それと私はもう一つ…。


杞憂

「杞の国に住む人が、天が落ちてくるのではないかと憂えた」という逸話から「杞憂」。
天が落ちてくるとは思わないけど、たぶんこれも心配しすぎ。「杞憂だろうけど」と言いながらC型肝炎検査を受けてきました。
肝炎訴訟のニュースに他人事としか思ってなかった私ですが、私と似たような年代の人が、出産のとき大量出血したため(薬剤を投与されて)感染した、という話になんだか暗雲たちこめる気分になりました。
C型肝炎は慢性化しやすく(自然治癒しない)、自覚症状がない人が多いというのも気になります。

もう20年以上も前の話で、傷も細く目立たなくなったとは言え、何しろ3回も切っています。
輸血はしてないけど、最初の帝王切開のときは出血が多量と母子手帳に書かれていました。止血を早めるための点滴ぐらいはされたかもしれません、手術後数日間はずっと点滴につながれていました。
以前に健康診断で一般的な血液検査は受けましたが、C型肝炎の検査はそういうのとは別らしいですね。特に希望して受けない限りわからないようです。
区役所に行ったついでに保健所で確認したら、無料で受けられるから是非にと勧められました。その日の朝刊にも、検査を勧めるチラシが入っていました。

保健所では月に二回しかやってない上に予約制ということなので、行くのに便利な、近くの大きな病院で検査を受けました。
もっと近いところ(医院)では「ウチではやってない」「できたらよそで受けてほしい」と二箇所で断られたので、面倒なわりに報酬が少ない仕事なのかもしれませんね。大きな病院は数をこなせるからいいのだろうと思いました。
手馴れた中年の看護師さんに「案外たくさん採るんですね」と軽口叩きながら採血してもらいました。耳たぶで採るようなわずかな量では検査も出来ないのでしょう。
気になりながら待つこと一週間あまり。「陰性」の検査結果にホッとしています。
気のせいか体調も俄然良くなったような…。

「杞憂」の出典は列子・天端。
その杞の人は、「天が落ちてくるのでは」だけでなく、「地面が陥没するのでは」とも心配していたそうです。
ある親切な人が、
「天は気体で出来ていて、この気体は上下四方に満ちている。太陽も月も星も、空中で光を放っている気体のカタマリに過ぎない(まあ、ここらへんはご愛嬌ですね)から、落ちてきても大丈夫。地面は土が積み上げられたものであるから、陥没するわけがない」
と説得に来てくれました。
おかげで食事ものどを通らず夜も眠れずにいた杞の人は、胸のつかえが取れたそうです。

傍目には「そんなバカなこと」と思えるようなことでも、悩んでいる本人にとっては深刻なことなのですから、真面目に相手してくれる存在は貴重だと思います。
本来は家族がそういう役割を果たすべきなのでしょうが、今は家族でもあまり顔を合わせなかったりするから、難しいですね。
posted by dashi at 21:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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