2008年05月03日

食べちゃったパン

昨日、息子を迎えに行った帰りに、普段はあまり行かないスーパーに寄ったときのことです。
ちょっとした買い物をしてレジで支払いをしようとしたとき、横にいたはずの息子の姿が消えました。慌てて周囲を見渡すと、通路の向かい側のパンコーナーに駆け込んで、カウンターに置いてあった小さい篭に手を伸ばすのが見えました。
急いで駆けつけて、おそらく試食のもの(食べていい)と判断したのであろう息子を、叱りながら引き離しました。
そばにはお店の人(中年女性)がびっくりしたように立ちすくんでいて、謝る私に「間違えちゃうんですよね」ととりなすように言ってくれました。

親指と人差し指で作る輪よりちょっと大きいくらいの、ポン・デ・ケージョというパンです。まあこれなら、容器も容器だし、たしかに試食と間違えても無理はないかもしれません。
「食べたの一個だけでしょうか」と確認して、63円を支払いました。
ここで「申し訳ないから」とパンを買ったりすると、誤学習をさせてしまうだろうなあと思います。
こんなこともわからないのかと情けなくもあり、こんなことしか楽しみ(人生の目的)がないのかと不憫に思ったり。
レジの人や次の番を待っている人に迷惑をかけた(支払いには間に合いましたが…)し、好奇や憐れみの視線にもうんざり。

スーパーで試食したがるのを「一個だけにして」と制限したり、「もうやめて」と止めたりしたことは今までも何度かあります。でもすっと消えて食べに行ってしまうのは止めようがなく、私の知らないところで無礼なことをしてきたかもしれません。
パン屋さんによっては(あっという間に試食用を食べ尽くして)迷惑をかけてしまうので、行けなくなった(自粛)スーパーもいくつかあります。
「試食は一個だけ」と最初に教え込めなかった私の落ち度なのか、そもそも能力的にそういう聞き分けのできる子ではないのか、私としては後者と思いたいところですが…。

それにしても、私にとって、カウンセラーに話を聞いてもらうのと同じ効果を上げているのがこのページ。
ズボンを破られたときもそうですが、今回のことも文章化して客観視することですっかり気持ちが落ち着き、マッタク次々とやってくれるよねと笑い飛ばす気分になりました。ありがたいことと感謝しています。

それだけ存在意義のあるこのページですが、しばらく更新をお休みします。日商簿記3級を受けることにしたので、約一ヶ月(息子のことを除けば)最優先課題として、集中して勉強したいと思います。
ワードとエクセルだけでは役に立たない、仕事するなら簿記の知識が必要ではないのかとかねてから思っていました。いずれケアホームの事務や運営にタッチすることがあるとすれば、これは役に立つだろうとも思います。
もっとも、日商簿記3級は「日本語の読み書きができる」くらい、持っていてアタリマエの資格だという人もいますから、笑われるくらい「たいしたことない」ものかもしれません。それでもまるきり知識のない私にとっては、3級でも十分に手ごわい相手。甘く見ないで頑張ってみたいと思います。
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2008年05月01日

ズボン破り

息子を迎えに行って帰ろうと信号を渡ったとたん、息子がだっと走り出しました。
なんか不吉な予感…ズボンを破る気じゃないかとイヤーな予感がありましたが、私が息子の速さで走れるわけもなく、出来るだけの急ぎ足で後を追いました。
道が歪曲していたり高架橋があったりで見通しが悪く、途中で全く息子の姿は見えませんでした。全速力で駆け抜けたものとみえます。
マラソン大会では走らなかったくせに、ムダに走るときだけは速い…。
結局約20分後に家に着いたら、門扉が開いていて、ビリビリに破ったズボンを手にした息子が立っていました。
私の顔を見るなり「ゴメンナサイ」を連発、叱ってほしそうにもじもじしていました。

この春からはユニクロのスウェットを卒業して、少しはこざっぱりした格好で通わせようと思っていました。
ジーンズみたいにきつい服は嫌いだろうから(と言うか、破るだろうから)、ウェストがぐるりとゴムの、おそらく年配者向けと思われる木綿のズボンをはかせていました(短足だから丈はつめる)。着心地は悪くないと思ったのですが…。
私に止められないように、一人になるために全速力で帰宅。思うままにビリビリできて、本人は満足だったでしょう。
昔、息子のことでぼやいたときに(何のことだったか思い出せませんが)、先輩お母さんに「無理に止めてもダメよ、そしたら隠れてやるようになるから」と忠告されたものでした。
追いつけない速さで先に帰ってビリビリするのも、「隠れてやる」のと同じ発想ですね。そんな知恵があるならほかで使えよ…と言いたくなりますが。

少し前に、シワがひどくてアイロン掛けようと思っていたズボンを破られたこともありました。このときは、つい油断して数日ほったままだったので、出しっぱなしにして片付けなかったこちらも悪かったと反省したものです。
でもきょうは、多少暑かったかもしれないけど、破られる理由はありません。連日着ているものを破られ続けた、あの悪夢のような日々が頭をよぎりました。
落ち着けば息子は一人で通うようになるだろう、と考えていたのは甘かったかもしれない。私は一生この子の送迎から解放されず、それも、ダイエットを兼ねて歩くというこちらの思惑どおりにはならないのかも。

まあでも、学校やスクールバスのポイントと比べるとはるかに近いので、送迎はずっとラクです。運動不足解消のために歩く、というのをあきらめて車にして、代わりに時々プールに通うというのもいいかもしれない。
知恵比べでは負けないハズ…なので、一枚うわてを行きたいところです。

きのう久しぶりに会った友人(ウチと同じような息子がいる人)に、彼女の趣味のさおり織りのことを「やってる?」と聞きました。すると「遠くに通うようになって、時間がないからこのごろはさっぱり」だそう。
「自分の趣味に熱中してると、子どものことがあと回しになっちゃうのよね」
「どうしても子どものことが優先順位の一位というのは、譲れないでしょう」
との言葉に深くうなずいたことでした。
私たち障害児・者の親は、「障害児の親」以外の顔も持つべきだとは思います。気晴らししたり視野を広げるのは大事なことだし、趣味と実益を兼ねたら言うことなし。難しいのはそのさじ加減、でしょうか。

余談ですが…。
私が最近ハマっているのは、「寿司打」というゲーム。タッチタイプ(ブラインドタッチ)練習用のソフトで、打てた文字に応じて寿司の皿が積みあがります。
http://neutral.x0.com/home/sushida/play1.html
コマギレの時間で出来るのがいいです。息子に中断させられても腹が立たない。
いつまでたっても初心者コースから抜けられない私ですが、美味しいお寿司を堪能した気分で楽しんでいます。そのうちここの文章もタッチタイプであっという間に打てるようになればいいのですが。
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2008年04月20日

太りすぎ

息子の卒業した養護学校に、ちょっとした移動にも息を切らす肥満体の子(Kくん)がいました。
身長は140cm台で腹回りは150cm以上(私が手を回すと両手が届かなかったので)。どう考えても不健康で、生活習慣病予備軍なのは間違いないと思います。
小さいときは普通の体型でしたが、あまり動くのが好きではないせいもあってか徐々に太り続けています。学校で運動させてくれても、走るわけではなくてゆっくり歩くだけですから、たいしてカロリー消費はしていないように見えました。
お母さんが一念発起して連日プールに通い、8キロばかり減量した夏もありましたが、たちまちリバンドしたようです。リバウンドすると前よりずっと太りやすいのは周知の事実で、Kくんもその例にもれませんでした。

問題はKくんのお母さんに危機感がないことで、「このままじゃ病気になるからダイエットさせなきゃダメだよ」といくら言っても、言い訳して軽く受け流されてしまいます。
Kくんは毎朝納豆で丼飯を二杯食べる、と聞きました。(私としては手っ取り早いダイエットとして、その丼を小さい飯碗にすればと言いました)
納豆キナーゼのおかげか、それほどの肥満に関わらず血液検査の結果は問題なし。心臓の精密検査も今のところは大丈夫だそうです。
Kくんのお母さんは一度、話を逸らしたかったのか、以前その子と同じような体型だった子のことを持ち出して、「Sクンは痛風になっちゃったんだって!」と言い出したことがありました。

「お医者さんにすごく叱られたらしいよ。だから必死でダイエットさせたんだって」
身を乗り出して目を輝かす彼女に、アナタの子はもっと太ってるから危ないよ、見習って痩せさせたらと食い下がって嫌われた私でした。
風が吹いても痛むから痛風、そりゃ〜可哀相です。80〜90%になんらかの腎障害が現れるそうですし、合併症も高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満、動脈硬化、心筋梗塞。周囲も真剣にならざるを得なかったでしょう。
痛風はかつては美食のせいとされましたが、現在では否定されています。アルコール、激しすぎる運動、ストレスが関連を疑われているようですが、それらに無縁と思われるSクンの痛風は、肥満の結果なのだと思います。

Sクンは劇ヤセしました。別人のようにすっきりして見違えたものでした。
Sクンのお母さんも太めで、血圧や血糖値の治療中らしいですが、残念ながら痩せたのはSクンだけのようです。
私がダイエットしたときにしきりに羨ましがるので、アナタもやりなさいよと勧めました。枇杷の葉を煎じて飲むなど民間療法を試みていましたから、それよりダイエットが早いと強く勧めました。
でも彼女は愛嬌のある顔で「わかってるけど出来ないのよね。コンデンスミルクに××を落としてちびちび飲むのが最高なの〜」と無邪気に笑うだけでした。(××が何だったか思い出せません)
そばにいた友人が「コンデンスミルク!?」とあきれて大きな声を出していました。
痩せた方がいいのは百も承知。痩せれば体調も良くなるのは重々承知だけど、今目の前にある誘惑に勝てないのでしょうね。
彼女が自分も痩せなきゃと目が覚めるのは、糖尿か痛風を宣告された時なのかもしれません。

きのう久しぶりに会った年下の友人が、私の顔を見るなり「とうとう酒をやめた」と言いました。「もう2ヶ月、一滴も飲んでない」。
そう言われてみると顔は(皮下脂肪が減って?)「つやつや」が緩んで目が大きくなった感じ。肩や足も固かったのが柔らかくなっていました。
「これから急激に体重が落ちるかもね」と励ましたことでした。彼女の娘3人はみんな可愛い顔をしているので、彼女も痩せると驚くような美人になるかもしれません。
結婚以来の肥満体、原因はストレスを紛らす酒(ビール)とわかっているので、やめるように私が再三意見していた人です。
その彼女が酒をやめたきっかけは、膝が痛くなって階段を上れなくなったこと。糖尿かもしれないとコワくなったそうです。
以前、糖尿になって30キロダイエットしたら治療の必要がなくなったという知人の話をし、糖尿の合併症で脅したこともあったので、頭の隅にあったのかもしれません。かなり辛辣なことも言って敬遠され気味でしたが、結果的によかったと嬉しく思っています。

自分の心がけひとつで解決できるダイエットは、しない手はないと思います。
多少の小太りは大目に見るとして(その方が丈夫とも言うし)、適度な体型で最後まで元気に過ごしたいものです。食べたいものを食べたいだけ、自分でコントロールできる自由に感謝しつつ。
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2008年04月06日

餃子パーティーで

朝刊を広げてびっくり。私が昨日参加したイベントが地方面に大きく紹介されていて、笑っている私の顔もばっちり写っています。記者やカメラマンらしい人も何人か来ていたから不思議はないけれど、予想よりだいぶ大きな記事でした。
それは数日前に同じ地方面で見かけたイベントです。
横浜市の中学生が、冷凍餃子問題で冷え切った日中の関係をなんとかしたいと思い立ち、手作りの餃子パーティーで友好を温めたらどうかと企画。
日中友好「餃子料理教室」を楽しむ会・主催とし、神奈川県日中友好協会と(財)横浜市芸術文化振興財団・磯子区民文化センター「杉田劇場」の協力で開かれました。

日にちと開かれる予定の時間帯が、ちょうど息子をガイドヘルパーさんにお願いすることになっていた時間とぴったり同じ。いつもの自宅ではなく会場からすぐの駅改札で息子の送迎をすることにすれば大丈夫、と計算しました。
週末に開かれる(障害者向けなど息子と一緒に出かけられるもの、ではない)イベントは、今までは興味があってもハナから諦めていましたが、今回はまさに「おあつらえ向き」です。これは参加しなさいということだろうと、記事を読んですぐメールで申し込みました。
私以外の参加者たちは、日中友好協会の人やそこで中国語を習っている仲間とか、中学生の学校関係者(保護者、生徒)が多かったようです。

企画したのが中学生というのがすごいですね。どんな子たちかと思ったら、特別優等生ふうでもない、ごく普通の中学生でした。
大人が思うほど肩に力が入ってなくて、一人は「長野県でそば打ちをしたノリで」と話していました。
文革や天安門事件の記憶のある私としては、中国に対しては少なからず警戒する気持ちがどうしてもあります。冷凍餃子やチベット問題にしても、ありそうなことだと思っています。
でも問題が山積みと言ってもお隣・中国との友好は避けて通れない問題。これからはこういう先入観のない若い世代が関係を作っていくのでしょう。

餃子はたまに作りますが、皮はこれまで市販のものを使っていました。
中国に住んでいたときにコックさんが粉から皮を作るのを見ていて、そう難しいものでないことは知っていました。
今回は実際に作ってみて、やっぱり皮から作った方が美味しいし、皮の買い置きがなくても思い立てばすぐ作れる。第一面白いので、これからは皮から作ることにしようと密かに誓った次第。
中国では餃子と言えば水餃子のことで、日本で多く食べる焼き餃子は「鍋貼(guotie)」と呼ばれて、一般的なものではありません。今回作ったのも水餃子にしていただきました。

友好を深めるのが狙いと言っても参加者はほとんどが日本人で、中国人は講師の女性と、特別参加の少年だけでした。日中友好協会の人が声をかけたら来てくれたそうです。
他の人たちは連れがいる感じだったし、私は専らこの少年とお話しをしました(迷惑がりもせずよく相手してくれました)。
訛りのないきれいな日本語を話すので日本の生活が長いのかと思ったら、来日してまだ一年半とのこと。
来日直後は言葉が通じなくて大変だったそうです。中国であらかじめ日本語を勉強したわけではないそうですから、来日してからよほど頑張ったのでしょう。頭もいいのでしょうね。
受験して公立の商業高校(名門)に受かったそうで、来週から高校生とはにかんでいました。

冷凍餃子事件ではどうだった、と聞いたら、やはりずいぶん影響があったそうです。多くは語らないけど、いろいろ言われて大変だったと苦笑していました。卒業してホッとしたかもしれません。
日本語の検定試験は受けたの、と聞いたら、受けたけどダメだったそう。一級の文法問題がまるきり歯が立たなかったそうです。その若さで一級を狙い、またチャレンジするそうで、将来有望だなあと思いました。
ちなみに彼の両親は周囲が中国人ばかりの環境で(お父さんは餃子を作る職人ということでした)日本語はあまり話せない。彼自身は「中国語を忘れないように」家では中国語で話しているそうです。

日本語一級(志望)の彼に話すのも恥ずかしいけど、私は先月中国語検定3級を受けたところ。いずれは2級にもチャレンジしたいと話したことでした。
いつかまたどこかで再会して、そのときは彼と中国語で会話したいものだと思っています。
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2008年04月02日

これから

BBCの、ペンギンが空を飛ぶ映像には笑えましたね。エイプリールフールを楽しめるユーモアには脱帽。
その昨日から、息子は自閉症に特化した通所施設に通い始めました。行事が苦手な自閉症者向けに、入所式のようなセレモニーもない淡々とした始まりです。
「明日からどこそこに行きます」と前の日に何度か言われ、よくわからないながらも何か環境の変化を感じ取った息子は、多少落ち着かない様子でした。当日に行ってみると、実習で一週間(5日間)通ったこともある見知った場所なので、ホッとしただろうと思っています。
事前の打ち合わせがとても丁寧だったこともあり、息子のことはよく把握してあって安心してお任せできます。卒業した学校からも、進路の先生が様子を見に行かれたようです。

これからは行事の類は一切なし、夏に一週間の休暇があるだけで冬休みも年末年始のほんの数日、春休みにいたってはゼロという、私にとっては夢のような(待ち望んだ)生活が始まります。
学校に通うのは、遠いから交通機関を利用しなければならず、いったんは出来ていた自力通学も挫折しました。
今度ばかりはゼッタイ一人で通うようになってほしい。そのために、早足で片道20分の距離を歩いて通っています。
息子は往復するだけですが、相伴する私は二往復、最低でも80分歩くことに。息子が一人で行く日を楽しみに、路線バスに乗る誘惑と戦うつもりです。
毎日のウォーキングで身体を鍛えながら、「これから、どうするか」を真面目に考えたいと思っています。

きのうの朝、息子を送り届けた帰りに区役所に行って用事を一つ片付け、そのあとハローワークに寄ってみました。私にも出来そうな仕事があるかどうか、求人の状況を調べようと思ってのことです。
案外ハードルが高かったのが、勤務終了時刻でした。
息子の送迎(いずれは単独帰宅)を考えると、働ける時間がおのずと制限を受けます。朝はいいのですが夕方が早すぎて、こちらの望むような時間帯の仕事は皆無。
ハローワークの方は私の境遇に同情的で、とても親切でした。こちらの事情を話して労働時間に融通がきかないか相手方に訊ねてくれたりもしました(施設の指導員)。

私もいつの間にかこんな年齢になって、見てくれにも体力にも全然自信はありません。これで勤務時間に注文をつけるなど、とんでもないワガママというのはよくわかっています。
ワードやエクセルを使うような「綺麗な」仕事は、よほどの実務経験がない限りは若い人のもの。まあ、そりゃそうですよね。娘の友人(20代)も、事務の実務経験は豊富でも今はなかなか仕事が見つからないと言っていました。
結局、コマギレの時間で働く(効率の悪い)ホームヘルパーしか見当たりません。いずれまた、「ヘルパー2級」を使うときが来るのかなと思いました。

先日、ヘルパーを何年もやっている私より少し若い友人と会いました。
実務日数が受験資格に達したので、介護福祉士を受験したというのには感心しました。
彼女も障害児のお母さんですが、「上手に育てたなあ」と私が一目置いている人で、決して軽度ではない息子を社会にうまく順応させています。
週に3回ホームヘルパーをやって、一回は(断れない事情があって)近くの作業所でボランティアをやっている。ほとんど休みがないとぼやきながらもすこぶる元気そうでした。
彼女に言わせるとホームヘルパーは「ラク」だそうです。デイ(デイサービス)は入浴介助が主で「さっさとやめた」そう。体力のある男性や若い人の仕事かもしれませんね。そうじゃない私にはとても無理、canとhopeをよく見極めて行動しようと思ったことでした。
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2008年03月11日

授業終了ほか

きょうは息子の授業が終了した日でした。
あとは来週卒業式の予行演習のため登校して、一日置いたらもう卒業式です。
(息子が)まだコドモコドモしていた小学部から14年間通い慣れた学校ですから、去るのには少なからず感慨があります。
きょうは課外活動(のようなもの)がある日で、もともと学校まで迎えに行くことになっていました。いい機会なので私も学校の周辺をぶらつき、バス通りに沿って長く延びる商店街を歩きました。卒業するともうあまり来ることもないだろうな、と思いながら。

有名人がごひいきにしているらしい、有名な和菓子屋さんの本店もあります。
元町にも近いですが、どっちか言うと下町っぽい庶民的なお店が多いです。
中華街から流れてきたような本格的な中華料理店や、入ったことはないけどギリシャ料理店なんてのもあります。
行事で学校に来たときに何度か食事をした、思い出のお蕎麦屋さんの前も通りました。そのとき一緒に食事をした友人も、もうほとんどが卒業したか、今年か来年には卒業です。
学校の生徒も保護者も、知らない顔がほとんどになってしまいました。

先日、義兄が入院したという知らせが入りました。
普段はあまり交流のない姉たちとの電話が行きかい、すると久しぶりなので長電話になります。
義兄は早期退職をしたばかり、これから悠々自適の年金生活を楽しもうと考えていたと思います。
なぜそれほどに…と言いたくなるくらい大量にお酒とタバコを飲む人でした。でも身体がとびきり丈夫で、これまで一度も病院にかかったことがないそうです。
夏ぐらいから食欲が落ちて(もともと食の細い、痩せた人です)、姉がどんなに病院に行くように勧めても、頑として聞かなかったそう。

ところが、今回あまりに具合が悪くて診てもらったら、手遅れの食道ガンであることが判明。余命数ヶ月という話です。
姉が言うには「たまにおかしくなる」そうなので、脳に転移しているのかもしれません。
急な話でびっくり、私もすぐ、息子を預けてお見舞いに行こうと手配を始めました。
でも、入院して処置してもらったら「やけに元気になった」。
遠くに住む私までが駆けつけたら、自分はそんなに悪いのかとショックを受けるかもしれない。来るのはもう少しあとにしてくれと連絡がありました。
そりゃあ私としても、息子の卒業式が終わって、出来たら4月に入ってからの方が助かります。
とりあえずは少し様子見というところ。

両親を亡くすのは順番と思うし、二人とも長寿を全うしたのでさほどの衝撃は受けませんでした。
でもきょうだいとなると、そんな年じゃないのにとかなり落ち込みます。
命に限りがあることを、あらためて痛感させられます。元気なうちに、やるべきことで今やれることはやっておかないと。

ところで、おとといの女子マラソンで、無名の新人が優勝した映像を見ながら私が思ったのは、日本の女子マラソンは層が厚いなあ…ということでした。
その層の厚さを形成するのに、Qちゃんはかなり貢献したと思います。
8年前のオリンピックで金メダルを取って、「とっても楽しかった」と笑顔を見せたQちゃん。彼女にあこがれて、あとに続いた女の子もたくさんいたと思います。そういう子たちが8年後のQちゃんを追い抜き、置き去りにしていくのは当然とも言えるでしょう。
去年の夏にひざの手術をしたばかり、35歳のQちゃんに負けるようなら、それこそあまりに情けない。
Qちゃんにはもう、ボルダーやら昆明やらで修行僧のような生活をしないで、市民と一緒に走ってあのQちゃんスマイルを惜しげなく振りまき、走ることの楽しさを伝えてほしいと思います。
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2008年02月22日

ボランティア

成り行きで頼まれたら断われない性分で、我ながら思いがけないボランティアをしています。
ボランティアを頼まれそう…と言いかけたら娘に「ボランティアなんかやってるヒマあるの!?」とあきれられたので、決定してからも言い出せず、相手と私と仲介する人しか知らない。娘たちにちょっと秘密を持った気分で楽しんでいます。
で、そのボランティアというのが、日本人と結婚したウクライナ人に日本語を教える仕事。
相手の家が駅に近いので好都合。私が息子を迎えに行くとき少し早く家を出て、一時間ちょっと過ごして、そのまま駅に向かいます。
週に一回か二回程度だし、たいした負担にもなりません。

聞けばウチの上の娘と同い年の、白人にしては小柄と思える可愛い女性です。
ご主人は彼女が可愛くてたまらない様子で、勤務先がすぐ近くなのでお昼は毎日帰って食べるそう。私が行って終わる少し前に「お先に」と仕事に戻っていきます。
外国人妻としては過保護な方だろうなとほほえましく見ています。
ご主人が先回りして何でもやってくれているようですし、ご主人の実家やお姉さんの住まいも近く、助けてくれる人はたくさんいる模様。
過保護にされる人は皆そうじゃないかと思いますが、この若いオクサン、あまり必要に迫られないようで、日本語はあまりできません(私は英単語を並べたりしてやっています。電子辞書持参)。

しかし、たどたどしい日本語をしゃべる外国人って、実にカワイイです。
ニンジンの写真を見せて、これをお店で買うときどう言えばいいか、と訊ねたら、ちょっと考えて、
「ニンジン、イイデスカ?」
通じるでしょうね、たぶん。でも、それではちょっと…。
「ニンジンください」と言ったら、神妙にうなずいて「クダサイ」とノートにメモしている。日本語の発音をロシア語(ウクライナ語?)で音訳しているようです。ノートをのぞくと恥ずかしそうにニコニコ。
終わって帰るときは玄関で「タノシカッタ」「ドウモアリガト」と何度も言ってくれます。
いや〜、ホントにカワイイです。彼女に日本語を教えるボランティアなんて、声をかけたらやりたい人はいっぱいいるんじゃないかな。

実はこれまでも残留孤児二世(中国で生まれ育ったけど国籍は日本?)の人と、韓国からお嫁に来た人に日本語を教えた経験はちょっとだけあります。
韓国の人は引越しで終わりになったけど、中国から来た人は朝に電話でドタキャンされてそのまま連絡が途絶え、なんとなく後味の悪い思いをしました。日本語がだいぶできる人だったので、もうイラナイと思ったのかもしれません。中国の人は概してそういうところはとてもドライだと思います。
どちらも短期間で終了しましたが、今回も(息子は卒業するし)あまり長くはできません。4月からは在留外国人向けの講習会に参加できるようなので、それまでのつなぎでもいいかと思っています。
……問題は、毎回とーっても美味しいケーキを出されること。好きなのをどうぞ、と4つも買って用意してあります。太るクスリ、と断わるわけにもいかない…ですよね^^。
posted by dashi at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2008年02月19日

残り時間

息子のお迎えのために駅へ向かう途中、向こうから見たような人が歩いて来ました。
ふわっとした多目の髪、少し太めで大柄な身体をコートに包み、寒そうに肩をすぼめています。
あ、Y田さんだ、久しぶり〜と一瞬思ったあと、冷水でも浴びたような気分で立ち止まりました。
そのまま茫然と立ちつくして、近くで見ると似ても似つかない全くの別人がすれ違って行くのを見送りました。
Y田さんのはずはないのです、彼女は先ごろ亡くなったのだから。

彼女は3人の子の末っ子が私の長子と同い年で、私よりはだいぶ年上の人でした。
愛くるしい笑顔のY子ちゃんが幼稚園でウチの娘と仲良くしてくれて、親同士も一時は家に行き来するくらい交流がありました。
彼女のご主人は一人息子で、昔かたぎの姑さんと同居していました。ご多聞にもれず姑さんにはよく叱られるようでしたが、ニコニコとよく笑う明るい人でした。
姑さん用に夕食には煮物を必ず作るという話に、子ども向きの食事ばかり作っていた私には別世界の生活に思えたものでした。

同じ町内会に属していますがあまり近くではなく、駅とはお互い逆の方向なので用がないと出向かない位置関係。卒園して小学校に上がってからは、子どもの学区が異なったためすっかり疎遠になり、たまに道で会って立ち話する程度でした。
Y子ちゃんには少し年が離れたお兄ちゃんとお姉ちゃんがいて、YMCAの活動や習い事もしていました。彼女はそっちの役員もあっていつも忙しそうでした。
…私の子どもに障害があり離婚したと知ったとき、彼女の反応は意外なくらい冷淡なものでした。難しい姑さんに仕えて苦労していた(と思う)彼女には、別れてしがらみを断ち切る自由が羨ましかったのかもしれないと思っています。

数年前、自治会の回覧板で彼女のご主人の急逝を知り驚きました。
近所の人に聞いたところではこんな感じです。
仕事から帰ってソファーで休んでいるときに異変が起きた。脳梗塞の発作(?)。
ご主人は大きな病院の外科医(部長だったと思います)なので、自分に何が起こったかすぐわかったようです。
ただちに自身の勤務する病院に運んでもらい、同僚(後輩)医師や技師にてきぱきと指示。CTを撮っている最中だかに意識をなくし、そのまま亡くなったそうです。
あまりに突然で、私としてはおくやみに行くのも躊躇してしまっていました。
そのころには姑さんは認知症が進み、施設に入っていたらしいといううわさも聞きました。逆縁の悲しみを知らなくてすんだのは幸いだったかもしれません。

心労がたたったのか、そのあと彼女は体調を崩して何度か入院していたようです。
そしてまた私は、回覧板で彼女の死を知ることとなりました。
幼稚園の保護者仲間には電話連絡網が回って、みんなで葬儀に参列したらしいです。
私は途中で引っ越して電話番号が変わったために、(調べてまで知らせてくれるほど仲のいい人が担当ではなかったのでしょう)連絡が来なかったようです。
ご主人が亡くなる数年前に建て替えた豪邸に、今はY子ちゃんが一人だけで住んでいるそう。昼間は仕事に出ているY子ちゃんは、毎日どんな思いで家の鍵を開けるのでしょう、気の毒で言葉もありません。

あなたも残り時間は少ないのよ。つまんないことで忙しがってないで、ちゃんと考えて行動しなさいよ。あとで後悔したって遅いんだからね!
歯切れのいい明るい声で、彼女にどやされたような気がしたことでした。
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2008年02月15日

雑用山積み

きのうは最後の授業参観・個人面談で一日息子の学校で過ごしました。
きょうは区役所に書類を提出しに行ったり、大口の支払いのため銀行に行ったり。印鑑証明を貰いに行っておきながら、カードを忘れたのに気がついて出直したりと、何かと忙しい思いをしました。
おとといもあれこれ忙しくて、夕方に予約を入れていた歯医者さんに息子を連れて行くのをすっかり忘れてしまいました。
フルタイムで働いている人は、こんな雑用はどうやって片付けているんでしょうね?
ここで書きたいような話もいくつかあるのですが、また後日。
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2008年02月10日

連休中日

最近は3連休が多すぎると思う。長いよ。
…とぼやきながら、息子と一緒に出かけました。
相模原の方はすごい雪だったそうですが、こちらは不気味なくらいの暖かさでした。ゆうべは雨だったし、雪と言えば先週のが少〜し残っているところがあるくらい。
風も冷たくなくて、気持ちよく歩けました。
近隣の学校合同企画のイベントで息子の作品が展示されているという、外人墓地近くの西洋館に行きました。

横浜山手芸術祭・中区区制80周年イベント、山手西洋館ユースギャラリーという企画。
会場は西洋館や大仏次郎記念館など6箇所に分かれていて、きょう行ったのは山手234番館というところです。
優秀な子ばかり集まる名門校や、中華学校の生徒作品に混じって、息子の養護学校の生徒作品が展示してありました。
特別に出来がいいから展示されたというのではなくて、だいたい全校生徒もれなく展示されたのだと思います。
息子のはマカロニなどパスタ(?)を使った貼り絵で、ジェットコースターを表現してありました。

一緒に行った息子はそこに展示された自分の作品に気づいたのかどうか、ちらっと見て先に行きました。お母さんがわざわざ足を運んでくれたと、少しは喜んでくれたと思うことにします。
この建物は息子の学校からはわりと近くですが入ったこともなく、もう卒業だし今後入ることはないだろう、いい記念になったと思いました。
帰りは外人墓地わきの坂道(階段)を降りて、元町を横断して中華街に回ってみました。
春節の賑わいを覗いてみようと思ってのことですが、例のギョウザの影響でしょう、お正月というのに拍子抜けするような人出です。普段の日曜日より少ないと思いました。
中国らしいテカテカのド派手な廟にお参りして、山下公園側に抜けて帰りました。
それにしても、中華街の肉まんって、どうしてあれほどに強気の値段なんでしょうか。一個420円。売れるのかな…。

おとといは最後のひなまつり学習発表会もありました。
木琴を叩く姿に、こんな才能が眠っていたのかとびっくり。在学中にちゃんと引き出してやっていれば、楽器を演奏する楽しみに目覚めて、もうちょっと意味のある余暇を過ごせたかもしれないと反省したことでした。
反省も悔いも棚上げして、とにかく来月には卒業です。
あとは家から歩いて通えるところに行くので、こっちにはあまり来なくなるだろうなと思いながらベイブリッジを眺めました。
明日は3連休最終日。掃除や片付けものをしてゆっくり過ごしたいところですが、家では退屈で死にそうな(?)息子のお供をすることになるでしょう。
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2008年02月05日

500円のイチゴ

きょう生協の店舗に買い物に行ったら、イチゴのパックに一つだけ3割引のシールが貼ってありました。何気なくもとの値段を見てびっくり、498円です。3割引でも350円ぐらい。
大粒の美味しそうなイチゴです。買って買えないことはないけど、千疋屋や新宿高野でもないのにとため息が出ました。
娘はケーキより安いよと言いますが…。
だいたい、雪が降るような季節にイチゴを食べること自体が、身の程知らずの贅沢かもしれません。もともと初夏の頃(と秋?)が旬だと思いますが、いったいいつからクリスマス前後が売れ筋になったのでしょうか。
真冬に店頭に並べるには、ハウスの中で、がんがん暖房を入れて栽培するのだと思います。

安いものを作っていては赤字だから、国産では付加価値をつけて高いものを栽培する方がいい。農協がそういうやり方を推奨しているのなら、国産の野菜や果物がますます高価になって、庶民には手が届かない。食料自給率が下がるのも無理ないという気がします。
東国原知事の人気にあやかって、一時は一個5,000円だかする完熟マンゴーがもてはやされていました。でも、話の種に贈答用に一度は買っても、リピーターとなる人はそうそういないでしょう。設備投資をした農民は泣くんじゃないかと私はひそかに心配しています。

先日国産ニンニクを買おうとしたら、一個で250円ぐらいでした。国産の野菜ってそんなにコストがかかるんでしょうか。中国産はその何分の一かの値段でしたが、結局どっちも買う気がしませんでした。
国産の方が安全とは必ずしも言えないだろうけど、農薬の規制などが行き届く分、安全管理はしやすいはずです。離農人口が増えるのを黙って見てないで、安易に外国に依存しすぎないで、自給率を上げる道を探ってほしいと思います。
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2008年01月30日

近況報告

長らくお休みしました。(捲土重来にはほど遠いながら復活したいと思います)
その間に息子は成人式を無事に終え、記念写真も撮ってもらいました。出来上がるのは来月になりますが、姉たちにもコピーを送ろうと楽しみにしています。
希望していた施設からも内定の連絡をいただきました。卒業後の進路がほぼ決まって一安心。いずれは、たぶん一人で歩いて通うようになるでしょう。
同じ訓練会の、よく知っている(お母さんも)子も一緒とわかり、心強く思いました。こちらは公立の養護学校を卒業予定で、息子より二つ年下です。

息子の学校では寒空の下、全校参加のマラソン大会がありました。
会場となる森林公園を3周、3.9キロばかりあるようです。年齢や体力によって一周、2周の子も全員、厚着した保護者の声援に一瞥しながら先生とともに走り(歩き)ます。
今までの13回は、ウチの息子は走れば速いはずなのに池に石を投げて遊んだりして、脚に障害のある子にも負ける根性なしでしたが、今年は違いました。全力疾走にはほど遠いけど、ちゃんと走っていました。最後というのがわかったのかもしれません。

卒業式後の謝恩会の案内状(退職された先生方に出します)の作成を頼まれ、ワードを久しぶりに操作しました。ワードの資格は取ったくせに、往復ハガキへの印刷にオロオロ。娘にはバカにされ、勉強し直しを誓った次第。独力でなんとかやりましたけどね。
それと私はもう一つ…。


杞憂

「杞の国に住む人が、天が落ちてくるのではないかと憂えた」という逸話から「杞憂」。
天が落ちてくるとは思わないけど、たぶんこれも心配しすぎ。「杞憂だろうけど」と言いながらC型肝炎検査を受けてきました。
肝炎訴訟のニュースに他人事としか思ってなかった私ですが、私と似たような年代の人が、出産のとき大量出血したため(薬剤を投与されて)感染した、という話になんだか暗雲たちこめる気分になりました。
C型肝炎は慢性化しやすく(自然治癒しない)、自覚症状がない人が多いというのも気になります。

もう20年以上も前の話で、傷も細く目立たなくなったとは言え、何しろ3回も切っています。
輸血はしてないけど、最初の帝王切開のときは出血が多量と母子手帳に書かれていました。止血を早めるための点滴ぐらいはされたかもしれません、手術後数日間はずっと点滴につながれていました。
以前に健康診断で一般的な血液検査は受けましたが、C型肝炎の検査はそういうのとは別らしいですね。特に希望して受けない限りわからないようです。
区役所に行ったついでに保健所で確認したら、無料で受けられるから是非にと勧められました。その日の朝刊にも、検査を勧めるチラシが入っていました。

保健所では月に二回しかやってない上に予約制ということなので、行くのに便利な、近くの大きな病院で検査を受けました。
もっと近いところ(医院)では「ウチではやってない」「できたらよそで受けてほしい」と二箇所で断られたので、面倒なわりに報酬が少ない仕事なのかもしれませんね。大きな病院は数をこなせるからいいのだろうと思いました。
手馴れた中年の看護師さんに「案外たくさん採るんですね」と軽口叩きながら採血してもらいました。耳たぶで採るようなわずかな量では検査も出来ないのでしょう。
気になりながら待つこと一週間あまり。「陰性」の検査結果にホッとしています。
気のせいか体調も俄然良くなったような…。

「杞憂」の出典は列子・天端。
その杞の人は、「天が落ちてくるのでは」だけでなく、「地面が陥没するのでは」とも心配していたそうです。
ある親切な人が、
「天は気体で出来ていて、この気体は上下四方に満ちている。太陽も月も星も、空中で光を放っている気体のカタマリに過ぎない(まあ、ここらへんはご愛嬌ですね)から、落ちてきても大丈夫。地面は土が積み上げられたものであるから、陥没するわけがない」
と説得に来てくれました。
おかげで食事ものどを通らず夜も眠れずにいた杞の人は、胸のつかえが取れたそうです。

傍目には「そんなバカなこと」と思えるようなことでも、悩んでいる本人にとっては深刻なことなのですから、真面目に相手してくれる存在は貴重だと思います。
本来は家族がそういう役割を果たすべきなのでしょうが、今は家族でもあまり顔を合わせなかったりするから、難しいですね。
posted by dashi at 21:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2008年01月15日

しばらくお休みします

dashi's roomへお越しいただき、ありがとうございます。

今年はブログを卒業してホームページに移行したいとか、デジカメで撮った写真をアップしてカラフルにしたいとか、ひそかに野望を抱いていましたが、元旦の病気以来体調(精神的なものも含め)がどうもかんばしくありません。
前向きな気分になれなくて困っています。読んで下さいと言えるほどのものを書けそうにありません。
息子の成人式(成人の集い。一年前に書いたものがあります。http://dashisroom.seesaa.net/archives/20070114-1.html
や卒業を目前にして、片付けなければならない細かい用事があって忙しくもあります。
この際、ここはしばらく休んで、ゆっくり実生活のことに専念したいと思います。
いつか復活して捲土重来を期すつもりですので、その節はまたどうぞよろしくお願いいたします。

では皆様、どうぞお元気で。
posted by dashi at 17:40| Comment(4) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2008年01月13日

曇り空

曇り空の下、息子を助手席に乗せてドライブに出ました。
路地から右折で優先道路に出ようとしたところで、右から来た車に危うくぶつかりそうになりました。
左側から3台来ているのをやり過ごして、右から来ていないのを確認して出た、つもりでした。
ゆるやかなカーブになっていて見通しはあまりよくありませんが、見えないことはないはずの場所。なぜその車に気がつかなかったのか、自分でもさっぱりわかりません。
えっ、なんで車がいるの!?と正直、びっくりしました。
激しくクラクションを鳴らす車に手を合わせてお辞儀して、その車が止まってくれたから事故にならなかったのだと思うと、きょうの空のように気分はどんより。

その後、信号が青になって発進したとき、対向車線側から猫が飛び出してきました。
車が来ているのに止まる気配はなく、急いで渡ろうとしています
走ってきた対向車に巻き込まれるように入るのが見えたので、あっヤラレタか、とブレーキを踏み血の引く思いでいると、うまくすり抜けたらしく私の車の前を横切って、左手の草むらに駆け込みました。
こちらは発進したばかりでスピードも出てなかったから急ブレーキを踏んだわけでもないですが、道路の真ん中で停車したのだから、運が悪いと追突されるかもしれませんね。
猫を轢いたり轢かれるのを見なくてすんだのはよかったけれど、なんだか縁起が悪くて気はますます重くなりました。

初めてのホームセンターに寄ろうとしたら、息子は「イラナイ、イラナイ」と拒否。
息子には車で待ってもらうことにして、反対(?)を押し切って駐車場に入ったら、車庫入れのとき壁をこすってしまいました。
ほとんど停まるくらいのスピードだったから壁は大丈夫と思われるものの(もともと傷だらけでした)、バンパーに壁の緑色の染料がついていて、こすった場所がわかりました。
なんでこんなところを? と頭をひねりたくなるような位置です。
多少暗かったとはいえ、狭くて入れるのに苦労するような車庫でもなかったのに。
もう長時間の運転は自粛した方がいいのかもしれない、と暗く沈んだ気分で思いました。

ものは考えようで、
「危ない目にあったけど、相手が停まってくれたから助かった!」
「猫が無事でよかった、奇跡だった」
「こすったのが壁でよかった。へこむほどじゃなくてラッキーだった」
と考えたなら、どんより沈むこともないはずです。
でも楽観的になれないのは、反射神経やとっさの判断が、このごろ鈍ってきているのを実感しているからです。
更年期など一過的な不調(体調不良)ならいいのですが、加齢によるものだとしたら「まだそんな年ではないわ」とジタバタしたい一方、無理したらダメだよ、とも思います。

吾妻連峰で遭難し12日ぶりに自力下山した男性が、記者会見した様子をテレビや新聞で見ました。
http://www.asahi.com/national/update/0111/TKY200801110234.html?ref=goo
55歳の会社員で、介護中の母親(70代)より先には逝けないと歩き続けたそうです。この人が、
「『奇跡の生還』ではなく恥さらし」
「55歳ならまだやれると思っていた、生意気だった」
「迷惑をかけて申し訳ない。山登りはもうやめます」
と反省の弁を述べるのには、いろいろと考えさせられました。
私より少し年上の友人が「今の車が最後かな、と思っている(近い将来運転をやめる、という意味)」と話すのを切ない思いで聞いたことがあります。車の運転のみならず、自分の能力を客観的に判断する姿勢は必要かもしれません。
posted by dashi at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2008年01月06日

その後

家に籠っているうちにもう6日になってしまいました。

時間の経過とともに体調は戻ってきて、起きていられるようになりましたが、今回はなぜか目の回復が異様に遅いのです。
新聞も数行読むとくらくらして来て、涙がにじむ始末。
テレビもコマギレにしか見られないし、パソコンも自粛中。休み休み、ちょこっとだけです。
新聞もネットもテレビもダメとなるとあとはラジオくらい、かなり不便な、つまんない毎日。日にち薬とあきらめてのんびりやりたいと思います。
視覚のありがたさ、重要さを再認識、今後は目を酷使しないように気をつけたいと思いました。
(娘が黒豆を買ってきたので、醤油抜きで煮ました。アントシアニン補給します)

コメントをいただいた皆様、どうもありがとうございました。
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2008年01月04日

来た年

遅ればせながら、
明けましておめでとうございます。
皆様良いお正月をお迎えのこととお慶び申し上げます。


いや〜お正月早々エライ目に遭いました。
例の、息子の風邪がうつったものらしく、元旦早朝(5時ごろ)から突然激しい吐き下し。まるきり寝たきりの二日を経て、まだ起きてるとグラグラします。
今年は仕事なんて言う前に、この、風邪ぐらいで数日も寝込んでしまうヤワな身体をなんとかしたい。差し当っては献血でいつも断られる慢性貧血をきちんと治療して、更年期と老化を迎え撃ちたいものだと考えています。

今年も引き続きどうぞよろしくお付合いください。
posted by dashi at 17:27| Comment(5) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年12月31日

行く年

今年もあとわずかな時間を残すだけになりました。
このごろはあっという間に時間が過ぎて、この調子だと臨終の床で「えっ、もう!?」と叫んでしまいそうです。人生に退屈してないということで、喜んでいいことなのかもしれませんが…。
今年は昨年に引き続きこのブログで楽しめた一年でした。お付合いいただいた皆様に、深く感謝申し上げます、どうもありがとうございました。

今年は息子が20歳の誕生日を迎えました。
年齢にふさわしい成長は伴わない分、父親にも素直に祝福してもらえない息子ではありますが、大過なくここまで来たことに感慨を覚えています。
年が明けたら成人式、春には14年も通い続けた養護学校を卒業です。
長い冬休みもこれが最後、毎日通って作業に励む生活が待っています。
送迎に費やす時間が浮くのを心待ちにする一方、母子で14年間もなじんだ生活が激変することに対する不安もあります。一年後にはここにどんな感想を書いているか、自分でも楽しみです。

今年のちょっとした収穫は、ワードとエクセルの検定試験をクリアしたことと、そのとき投稿した一文が採用になって新聞に載ったことです。いい記念になりました。
とはいえ、新聞ではバッサリ短くされて大いに不満でした。手前味噌で恐縮ですが、削除されてない、投稿したもとの文章をここにコピペさせていただきます。

   誕プレ

狙ったわけではないけれど、会場の日程で偶然※歳の誕生日にMOS(マイクロソフト・オフィス・スペシャリスト)検定試験を受けました。
スペシャリストと言っても、賢いパソコンがぱっぱと仕事してくれる、その指示の出し方を覚えて簡単な操作ができる程度ですが、この資格があると就職に俄然有利のようです。
今回私が受験したのはワード2003で、主に文書の作成に使われるものです。チラシやラベルを作ったり、ひな型どおりに文書を仕上げるにはとても便利なソフトですが、給料計算やデータ処理、表・グラフなどはエクセルというソフトの仕事となるので、パソコンを使った事務ならエクセルは必須です。
私は先月エクセル2003も取得したので、これで「ワードとエクセルは出来ます」と胸を張れると思うと嬉しい。何よりの誕生日プレゼントとなりました。
私には障害のある子どもがいるので、この子の養護学校通学を最優先にやってきました。送迎に時間がかかり、年中行事や夏休みなど長期の休みもあるため不本意ながら無職でいると、身内からは「遊んでいる」と言われて肩身が狭い。働いている人に対してコンプレックスもありました。
来春、子どもが通い慣れた学校を卒業する予定。そのあとはたぶん規則正しいスケジュールの作業所に通うことになるでしょう。これを機に、自由に働ける時間帯で年齢不問の職場を探して、私も少しは社会参加したい。ワードとエクセルはそのための小道具です。
無理せず元気で一年を有意義に過ごし、来年の誕生日にも、自分で満足のいくプレゼントをゲットできたらいいなと思っています。


きょうは家の大掃除をしてからスーパーに出かけたら、風邪がずっと治らないでいた息子がトイレに再三駆け込んだり、通路の真ん中で嘔吐して、ちょっとした騒ぎになったりしました。食欲はずっとあったので甘く見ていましたが、そうとう具合が悪かったのかもしれません。
ちょっと吐いた時点でビニール袋をあてがうのをとっさに思いつかず、被害拡大。半分ぐらいは間に合いましたが、私も動転していたのだとあとで思いました。突発時に、冷静に適切に行動するのはなかなか難しいです。
今年のお騒がせ納めでした。お正月は退屈でも家でおとなしくさせる必要がありそうです。
みなさまもどうぞご自愛ください。

来る2008年がよい年になりますよう。
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2007年12月26日

ディズニーシーで

訓練会のイベントで、ディズニーシーに行ってきました。
福祉バスの貸切で、高速道路を通って行きました。息子にとってはなじみのない路線です。
途中渋滞したので着いたのは10時半近くでしたが、駐車場はガラガラ、バスは入り口のすぐそばに駐車できました。
入ってすぐのところに大きな地球儀があり、そこで記念撮影したあと小グループに分かれました。
ディズニー大好きの若いボラさんがファストパスのことを教えてくれたおかげで、あとでたいして並ばずに一番人気のアトラクション(ジェットコースタータイプ)に乗ることも出来て、息子は珍しく声を上げて喜んでいました。

ディズニーシーは息子も私も初めて行くところで、期待半分不安半分というところでしたが、かすかな予感が的中。
昼食後に連れと別れ(こちらが先に食べ終わって、待つのも大変そうだったので)息子と二人になって間もなく、ダッシュした息子を見失ってしまいました。ほんの2、3秒先に坂を駆け下りて、後に続いた私の前には4方向に分かれた道。
たぶんこっちだろうと見当をつけた私の判断が間違っていたのか、息子の好奇心が勝って飛ぶように走ったのか、姿が見当たりません。
初めてのところでは特に、ダッシュして先に行っても少し先で私を待っていることが多いのですが、きょうはダッシュするたびにボラさんや連れの子どもたちに押さえられていたので、自由に出来て嬉しかったのだと思います。

クリスマスイベントが終わった後は来場者が一気に減るそうで、きょうはお天気に恵まれた割りに空いていました。午後になって増えてきてはいましたが、ごった返すというほどではありません。
見通しがきかないことはなかったのに、途中で会った仲間(3組)に事情を話して気をつけてもらっても、いっこうに見つかりません。
迷子センターに登録してもらって、何かあったらわかるようにはしておきました。
迷子と言っても幼児でもないので、園側も敬遠気味。人に迷惑かけなきゃ一人で楽しむのもいいんだけど、集合時間もあるし…とだんだん焦ってきました。
はぐれて2時間近くたってまた迷子センターに寄ったら、上司という中年の男性が出てきて服装など詳しい情報を聞き、やっと保安要員に情報を流すと言ってくれました。一人でふらふら歩いていたら声をかけるけど、行列に並んでいたらそれは出来ないとの説明に、それはそうだろうなあとうなずきました。

集合時間になったので訓練会の長(古い友人なので、見たら携帯電話に番号がありました)に電話したら、バスにはみんなまだあまり戻ってきてないとのこと。
「ウチの子、戻ってないよね」とヤケ気味に聞いたら「え? とっくに戻ってるよ」。ええーーっ!!
なんと、はぐれた時から一時間後には戻ってきていたそうです。お母さんはどうしたのかな、と思った人(添乗員さん)もいたけど、本人が平然としているから(!)承知の上なのだろうと判断したらしい。
私の携帯の番号は知らない人がほとんどなので、連絡もつかなかったのでした。
私が焦って探し回り、迷子センターで詳細な情報を説明していたときには、とっくにバスに戻って誰かからお菓子を貰って食べまくっていた(リュックの中に包み紙がたくさん…)のでした。
私も「もしかしたら、バスに戻っているかも」とチラッと思わないでもなかったのですが、初めての場所、初めてのバスだから、まさかそれはないだろうと油断したのでした。
正直に言えば、出口までは行ったのですが(そこでふらふらしているのを期待して)、スタンプを押してもらっていったん外に出て、バスまで往復する(たぶん…)のがめんどくさかったのです。ズボラが高くつきました。

バスにいるとわかったので、迷子センターにお礼を言い、ペットボトルを一本買ってバスに戻りました。
私の顔を見てすぐボトルに手を伸ばした息子、さぞかしのどが渇いただろうと思ったことでした。
2時半から海?で大きなショーがあったので、もしかしたらそれを見ていたのかもしれません。ショーの最後に花火が上がったときに、耳を押さえて走る息子を仲間が見かけたそうです。声をかけたけどあっという間にいなくなったと…。
花火が上がったときには私も人垣の後ろを歩いていたので、直線距離にしたら近くにいたのかもしれないと思いました。
そこから(あまり遠くないので)偶然地球儀を見つけて、出入り口がわかったのかもしれません。
それにしても、似たようなバスがずらりと並んだ中でどうやってウチのバスを見つけたのか、仲間がしきりに感心したり不思議がっていました。

はぐれたのが後半だったおかげで、それなりにシーを楽しめました。アリエールのショーはダイナミックだったし、潜水艦や列車などもあまり待たずに乗ることが出来て、冬休みのいい思い出になりました。
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2007年12月23日

ここに行きたい

午後には晴れたので、息子と散歩に出かけました。
行き先は決めないままとりあえず駅に行って、上りの普通電車に乗りました。
少しは(運動と気分転換のため)歩く距離がある、少しは私にも行く意味のあるところ、息子が嫌がらない…と条件を満たすところで、私としては川崎大師にお参りに行きたいと考えました。
母の物故は年齢的に無理もないところだし、その後ごたつくこともなかった。親戚一同みんな元気で、今年はまずまずの一年でした。
昨年暮れに手を合わせたところには、出来たらお礼を申し上げたいところです。

ところが川崎駅で大師線に乗り換えようとしたら、息子が激しく拒否します。
二つ前の駅から、次(の次)で降りるよと予告して大事を取ったつもりでした。そこでイラナイと始まらなかったので大丈夫と思いましたが、いざ降りようとしたら嫌がって私を引きずらんばかり。仕方ないので先に行くことにしました。
前にも一度こんなことがあって、そのときは上野動物園に行ったのでした。不忍池沿いを歩いて蓮の花が咲いているのを珍しく見学し、アメ横を通って御徒町から電車に乗りました。
上野かあ、交通費は多少かかるけど、それもいいかと思い直しました。

様子を見ていたら息子もそのつもりのようで、先に立ってどんどん歩きます。
品川の乗り換えも「こっちでしょ、ボク知ってるよ」と言いたげ。
Suicaを持たせておけば一人で勝手に行くことも出来そうです。ホントはそうしたいのかもしれません、やらせてあげる勇気が私にないだけ。
上野に着いて、駅前の信号が青になるのを待ってダッシュした息子を見失わないように、早足で追いかけました。
幸い桜の季節のような混雑はなく、ずっと視界の中に収めることが出来ました。

入園前に自動販売機のカルピスソーダを飲んだからか、それとも寒かったからか、(恒例の?)売店のアイス(ソフトクリーム)はほしがりませんでした。
動物園の中では二回見失いましたが、ちゃんと少し先で待っていて、私が見つけるのを確認してから先に行きます。前回通った場所をなぞっているようでした(気に入ったのでしょう)。
自分が主導権を持って先に行き、私が追いかけるような形が、息子の自尊心を満足させるのだろうと思います。それが出来ない場合もあるけど、きょうは時間も行き先も決まってない散歩だからOK.
歩いてもすぐですが、息子のお気に入りらしいモノレールにも乗りました。
冬枯れの不忍池がよく見えて、前に来たときは(春休みでした)びっしり茂っていた蓮の葉がすっかり枯れてしまい、野鳥も寒そうに縮こまっているのが印象的でした。

そのあともずっと息子主導の行程。
「ここに行きたい」と言葉に出しては言えないけれど、行きたいところに行ける自由というのは、思えば素晴らしいものですね。きょうはかなり満喫できたと思います。
前にも行った、不忍池の弁天様でお参りして(ここにもお礼を言えてよかったです)、ミスド(ミスタードーナツ)で一休みして、アメ横の混雑の中を御徒町駅まで歩きました。
買い物などしていたら息子を見失いそうなので、横目でチラチラ見るだけです。
数の子やスルメの安売りをしていて、「えっ、もう?」と驚きましたが、考えたらお正月ももうすぐですね。

帰りは行きと違うルートで、途中から路線バスに乗りました。
これが予想外の渋滞に巻き込まれて時間がかかり、降りる一つ手前のバス停あたりからもじもじ。走って家に着くなり「トイレに行ってきます!」と叫んで直行した息子でした。
きょうはたっぷり行きたいところに行って、満足した様子です。
わざわざ上野まで行ったのにもったいない話、パンダもベンガルトラも見てない。まあ、仕方ないですね。
息子を目で追いながら動物園を駆け抜けたきょうの私の収穫は、ガラパゴスゾウガメと目が合ったことと(2秒くらい)、ガラガラヘビの尻尾の先にある、音を出す器官がはっきり見えたこと。
吹くと鳴りそうな、笛みたいな形に見えました。どんな音か聞いてみたい、興味津々です。
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2007年12月21日

冬休み初日

ウチの息子はきょうから冬休みです。1月7日まで、なんと18連休。
こんな長期の冬休みはもう最後(来年は27日か28日まで出ることになるらしい)とはいえ、公共施設が休みになる年末年始をはさんでの18日間、どう過ごそうかと早くも頭の痛いことです。
関西の姉たちの家をホテル代わりに神戸・大阪・京都見物、なんてのも考えましたが、人も多そうだし、繁華街やお寺回ったって息子自身は楽しくないだろうな…と断念。
今年もまた近場で初詣のはしごとなりそうです。

今朝は銀行と郵便局に行く用があり、それが終わって帰宅した時に、ダメモトで玄関周りの雑草取りに誘ってみました。
虫が嫌いな息子は土いじりは苦手、今までにやってくれたのは私がむしった草を捨てに行くことぐらいでした。
知的障害者の進路として園芸関係もありますが、ウチの子はゼッタイ無理でしょう。でもそこをクリアして家の雑用を手伝ってくれたら、私もとても助かります。
いったん家に入ってからでは拒否られるのはわかっているので、玄関より奥に行く前に声をかけたところ
なぜかうまくいって、すんなりお手伝いしてくれました。
新しい軍手をはめ、雑草用のハサミで、まずは枯れたオジギソウを切ってもらいました。

以前100円だったか98円だったかで買ってきた鉢植えのオジギソウを花壇に植えたところ、何もしないのに翌年も生えてきて(一年草です)株も増え、大きく育ったものです。
種が飛んだらしく、下にある車庫のコンクリートの隙間からも芽が出て、元気に育ちました。
夏場にピンクの可愛い花が咲きますし、葉っぱはさわると閉じて(おじぎまではあまりしない)面白いのですが、茎にトゲがあってこれがさわるとけっこう痛いのです。
もう枯れて種がついているオジギソウを刈り取って、枯れたのやら枯れないのやら雑草を刈ったり抜いたりしました。カヤ(すすき)もあるので、気をつけないと手を切ります。
息子が草を取って私が紙袋に詰める、という共同作業がよかったのか、嫌がる様子もなく頑張ってくれました。着実に成長しているなあ…と、ちょっと嬉しくもありました。
ときどき前の道路に草を投げますが、それもご愛嬌。あとでざっと掃きました。

郵便の差込口の下の位置に、前の住人が植えたヒイラギ南天があります。
今まで肥料一つやったことないのに、毎年元気に黄色い花と藍色の実をつけますが、これは葉っぱが尖ってて痛い。こんな感じの葉↓ですが、ウチのはびっしりです。
http://blogs.dion.ne.jp/eport_ys/archives/3560679.html
時々葉っぱや枝を落としてはいましたが、もっとばっさり切ろうかと息子にやらせてみたところ、予想外の熱中ぶり。
「もうそのくらいでいいよ」といった、あいまいな終わり方は自閉症者は苦手です。
案の定私の制止は聞かず、葉っぱと蕾のついた枝を全部切ってしまいました。残ったのはくねくねと曲がった丸裸の細い幹のみ。
ま、いいか。郵便配達の人やチラシを入れる人は喜ぶだろうと苦笑しました。

午後は(遠くて)なじみのないイトーヨーカドーへドライブがてら出かけ、ご希望の味噌ラーメンを食べてご機嫌でした。
困ったのはその後、私がレジで買い物の支払いをしている間に(ほんの数秒?です)パン屋さん(テナント)に飛び込んで、小さい籠に入った試食用のパンを(ガッと掴んでほとんど全部?)貪り食ったらしい…こと。ゴメンナサーイ。
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2007年12月07日

気晴らし

きょうは息子の乗るスクールバスのポイントが同じのお母さんたちと、忘年会がてらランチつきカラオケに行ってきました。
ウチの子は最高学年だし一番下の子ですから、予想はしていたものの、みんな私よりだいぶ年下。ひとまわり以上若い人もいたようです。
集まったのは、急に熱を出した子のお母さんをのぞく全員の9人。サラダ、ピザ、スパゲティを取り分けながら積極的に歌いまくっていました。
私も、風邪でのどが痛いと言いながら、出る声で楽しく歌ってきました。(低くてちょうどよかったのが、チョー・ヨンピルの「ソウル・ソウル・ソウル」でした)
タンバリンを鳴らしたりして盛り上げてくれる人もいる一方で、カラオケは初めてというお母さんもいました。気晴らしにもいろいろありますから、カラオケで発散する必要はないけれど、大声で歌うというのはとてもいい気分転換になると思います。

カラオケに向かう前にしゃべっていたときの話で、ビリーズ・ブートキャンプ(のエクササイズ)を毎日やっているというお母さん(子どもは小学2年生の自閉症)がいました。10分間だけだけど、毎朝の習慣になっていてやらないと落ち着かないそうです。
その人がブートキャンプを始めた動機を、「子どもを追っかける体力づくりに」と恥ずかしそうに言うのに、私にもそんな時代があったなあとなつかしい思いでした。
ウチの子は多動はなかったので追っかける苦労は(あまり)したことはありませんが、今でも、見失わないように早足で歩くのは慣性(ならいせい)になっています。

ブートキャンプは「除隊」して、ヨガにはまっているというお母さんもいました。
彼女の場合は肩こりによく効くそうです。ヨガをやるとぐっすり眠れるというのも聞きますね。
エクササイズもヨガも、体調を整えて気分転換になるのはとてもいいと思います。
障害児の親はどうしてもストレスがたまりますから、うまく気晴らしをして発散しないと、キッチンドリンカーや鬱になる危険性も高まるんじゃないでしょうか。
きょうだい児がいたらなおさらのこと、お母さんはなるべく明るい顔でいたいものです。

キャンディーズや山口百恵を「懐メロ」と呼ぶお母さんが、<幼稚園のときだった>という「ひまわり娘」(伊藤咲子・1974年)を歌ったので、一緒に口ずさんできました。
やっぱりあとでのどが痛くなり、ひりつきます。明日はひどいガラガラ声かもしれません。
気晴らしの代償としては許容範囲、かな。
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2007年11月23日

喪中ハガキ

昨年に続いて、今年も喪中ハガキを出す立場となりました。
元旦に年賀状が届かないというのも、思ったより淋しいもので、またかと思うと少し残念です。
今はメールで済ます人も多いために(ウチの娘たちもそうしているようです)、年賀状用ハガキの売れ行きも落ちているらしいですね。それでも年賀状を楽しみにしている人は多いと思います。
もらった年賀状を見ながら、「引越したのね」「子どもが結婚するのか」などと近況を知ったりしますが、考えてみたら、誰が読むかわからないハガキに個人情報満載というのも、危険な気もしますね。
娘が以前郵便局でアルバイトしたときには「ウラは読まないように」と厳しく言われたそうですが、全く目に入れないわけにはいきませんよね。その気になったら簡単に情報読み取り可能だと思います。
少なくとも携帯の番号とメールアドレスは載せない方がいいように思いますが、杞憂でしょうか。

ウチの喪中ハガキは、今年はネットで文例を探して作成しました。
こんな安易なものをもらっても迷惑かもしれませんが、いちおう近況報告ということで。
先に友人から二通届き、そのうちの一通が薄墨になっていたので、そうするのを思い出して倣いました。薄墨にするようなことも、ワードを使うと簡単にできて便利です。
印刷のページ設定など、ワード2003の知識が少しは役に立ちました。
それにしても、資格は取ったものの使わないでいるため、すごい勢いで忘れてしまっていて、あれ? と苦笑の連続でした。
ハガキの文面はこんな感じ。

今年も残り少なくなり 皆様も何かとお忙しいことと存じ上げます
さて、去る五月に実母が天寿を全ういたしまして ただいま服喪中でございます 年末年始ともご挨拶は差し控えさせていただきます
寒さの厳しい折から いっそうご自愛のほど念じ上げます
平成十九年十一月
 (住所、名前、電話番号)
昨年十月には実父と相次いで亡くし、仲のいい夫婦だったのねときょうだいで話したことでした。


All About(http://allabout.co.jp/family/ceremony/closeup/CU20031013A/index.htm)によれば、喪中ハガキのマナーとして、

年賀欠礼の挨拶状(喪中ハガキ)は、相手が年賀状を用意する12月はじめ頃までには届くようにしなければ意味がありません。11月初旬には取り掛かるようにしましょう

1)「年賀」は使用しません。「年始」「年頭」「新年」とします。
2) 誰がいつ亡くなったのかを明記します。
3) 年賀欠礼の範囲は、配偶者、きょうだい、直系の血族、配偶者の両親、祖父母がなくなった場合です。また、受け取る側の立場に立って、文中には故人との続柄を書き入れる事が大事です。


…ということです。
なお本来は、喪中ならお祝いの席や忘年会・新年会はもちろん、初詣も控えるものだそうです。
でも我が家の場合、冬休みのひまつぶしに息子を連れて散歩に行くのは、初詣がてらの寺社めぐりが恒例。来春もお参りに行って、無病息災や卒業後の進路などお願いをして来たいと思っています。
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2007年11月15日

卒業旅行

明日は一泊で息子の卒業旅行に同行です。
行き先は伊豆半島南の方。伊豆バイオパークや水族館に行く予定で、温泉宿に泊まります。
担任、副担のほか学部の主任、校長と先生方も一緒に行きます。
原則親子分離で別行動となるらしいですが、貸切のバスで往復だし、同じ宿に泊まるのだから息子のことを忘れて旅行を楽しむというわけにはいかないでしょう。
このところすっかり出不精の私としては、温泉より家のお風呂にバブを入れる方が気楽でいいというところですが、みなさんとゆっくりお話できるのも最後かもしれないし、魚が美味しいらしいし、楽しんで来たいと思っています。

卒業の足音が聞こえてきそうな思いがします。
学校を卒業するのは息子だけど、私もいろんなことを卒業することになるのだなあと、あらためて気持ちの引き締まる思いがしています。
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2007年11月10日

ハバネロのゲーム

小さいときには家のパソコンでシューティングゲームを楽しんでいた息子。
(複雑なルールや操作があるものは無理ですが、素早く動きながらクリックするのは好きなようで、学校のパソコンでは今もやっています。)
当時はMacのパソコンに、購入した(今思うとかなり高かったです)CD-ROMをセットしてやっていました。
パソコンを買い換えたら使えなくなり、そのうちMacのゲーム用CD-ROMは販売されなくなってしまいました。タダでダウンロードするのが普通の世の中になって、高いお金を払う客もいなくなったようです。
DLするMac用のゲームでは息子ができるほど易しいものもあまり見つからず、そのうち疎遠になってしまいました。

「簡単なシューティングゲームだから、これなら出来そう」
と娘が教えてくれたのは、東ハトの「暴君ハバネロ」のサイトにあるゲームでした。
http://tohato.jp/products/habanero/
このサイトの右上、「暴君ハバネロ THE GAME」のところをクリックすると始まります。
おヒマな方や、ヒマではないけど気分転換したい方はどうぞ。
キャラクターも可愛くて、単純で、幼児でも出来そうです。
これなら知的障害児にも楽しめそうなゲームだと息子を呼んでやってみました。
お菓子のハバネロは好きなようなので(あまり買いませんが…)興味を持つかと思ったのですが、残念ながら、ちょっと見ただけですぐ自分の部屋に引っ込んでしまいました。

慣れないものはダメだけど、見慣れたらやるかもしれない。というのを大義名分に、私がひとしきり遊んでみました。
単純なゲームだけどキャラクターも「スタッフが楽しんで作ったな」と思わせる出来で、けっこう楽しめます。
その昔インベーダーゲームが流行り始めたころには、あまりのヘタさに顰蹙を買った私。年を取った今ではさらに鈍くなってモタモタ、毎回ハバネロ大王(?)に高笑いされています。

ところでハバネロというのは、メキシコ・ユカタン半島原産の、世界中で最も有名な激辛トウガラシ。タバスコの約10倍の辛さがあるそうです。
こちらのサイトに写真がありますが、唐辛子のように細長くないのは珍しい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%90%E3%83%8D%E3%83%AD
色も熟すとオレンジのほか白やピンクになる。そして、ただ辛いだけじゃなく「柑橘系のフルーティーな香りがある」そうです。
野菜としては栽培は難しくない方。需要がないから栽培されていないだけで、京都府亀岡市では名産として知られつつあるとのこと。
ナス科トウガラシ属の一年草ですが、室内では容易に越冬できるそうです。
ほかのナス科の植物と同じように育てればいいようですし、見た目も可愛らしいから、辛いのが好きな人は挑戦してみるといいかもしれませんね。
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2007年10月31日

負傷

車のドアに右手親指をはさんでしまい、あまりの痛さに病院に行きました。レントゲンを撮って、骨に異常がないのはわかりましたが、一部皮膚がはがれて腫れあがり、痛みます。
心ならずも、長い文章は打てないため、またお休みします。
みなさま、どうぞご自愛ください。
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2007年10月26日

雨降り

久しぶりによく降りました。
雨が好きな人もいると思うけど、私は苦手です。雨が降るだけでかなりテンションが下がるというか、なんだか気が滅入ります。
フロントガラスにうちつけられた雨粒が、ワイパーで邪険に払いのけられる。まるで泣きじゃくりながらこぶしで涙をこすりとっている姿みたいです。
ただでさえそうなのですが…。

きょうは息子の実習最終日でしたが、すべて順調に終えそうだったまさしくそのとき、上履きにしていたスニーカーを破ってしまいました。これがなければパーフェクトだったのに。
実習も終わりだから、上履きを破壊してオシマイにしたかったのかもしれません。
買ったばかりだったのに、5日間履いただけで何千円かパーだ…とショック。
さらに、前の実習でもそんなことがあったことを話していたら、職員さんに、結局最初のときの対応が悪かったのだろうと指摘されました。かつて長く悩まされた服破りのことも。

ずっと自閉症専門でやっている人のアドバイス、きっと的を得ているのでしょう。本来なら素直に聞いて反省するべきところ、どーんと落ち込んでいます。
うまく対応したら服破りもやめてくれていたのか、私のやり方が悪くて「熱中できる遊び」に「してしまって」いたのか。いわゆる「誤学習」させていたのか…。
いやあれは不可抗力だった、私は出来るだけのことはやった、と叫びたい自分がいます。
そんなやり方じゃダメだったんだよ、と言われたわけでもないのに、そう受け取って落ち込むのは、心が疲れているのかもしれないと思います。

下から見上げたとき、雨ってちょうど槍が降っているように見えることもありますね。弱った心にグサグサ…というのは大げさですが。



※今後しばらく、元気が出た日だけ不定期に更新することにします。
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2007年10月25日

近況

卒業まで半年を切った息子は、今週最後の現場実習に出ています。
月、火、水、木ときて明日は最終日。2時から実習の様子を見せてもらい、そのあと反省会の予定です。
ここに行けたらいいな、と私が思っている第一志望のところですが、息子もとても気に入ってなじんでいる様子で、朝は早く行きたがってそわそわしています。
ここは設立のときに私もほんの少し関わったところ。ノウハウの積み上げがある法人が私の居住区近くで展開してくれた、自閉症に特化した通所施設です。
一人ひとりに合わせた指導をしてもらっているようで、前もって詳しい調査票も書きましたし、実習前の面接では一時間かけていろいろ聞き取りされました。
お昼は作りたての給食、おいしいという噂です。

明日一日行って、週末を過ぎるとまた学校。
11月3日の文化祭バザー準備の忙しい日々が始まります。息子たちはバザーの案内板を作ったり、チラシを配る手伝いをするようです。
毎年、担当によってはヘトヘトになるほど熱を入れた(山ほどマドレーヌを焼いたり、連日学校に通って手芸品を作ったりしました)文化祭バザーも、いよいよ今年が最後。母子とも楽しく過ごしたいものだと思っています。
あれほど暑かった日々も遠くなり、油断すると寒さに震えるようになってきました。風邪引く人も多いようですね。
風邪なんか引いてるヒマはないぞ、とつぶやきながら、布団にカバーをかけています。

皆様もどうぞご自愛ください。
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2007年10月17日

稲荷寿司

きのう息子の学校に行って作業をしていたとき、
「○○さんはエライよ、おでんを家で作るんだもの」
と言っている若いお母さんがいました。
「あたしは買ってきちゃうけどな。他にも2品作るから」と続けるその人に、思わず
「おでんぐらい作ったらいいじゃん、簡単だよ。煮ている間にほかのを作れるよ」
と口を挟んでしまい、姑根性丸出しとあとで反省した私でした。

そのお母さんがどこでおでんを買うのか聞き逃したけど、コンビニのおでんなら家庭で作るのより美味しいかもしれませんね。
別の人が、スーパーで材料だと思って買ったらもう煮てあるおでんだった、という話をしてました。急いでいたので、ぱっと取上げてかごに入れたそうです。
そう言えば最近は出来合いのおでんが袋に入って売ってありますね。私も以前買ったことがありますが、美味しいとは思えませんでした。ことにこんにゃくは、似て非なるものだと思います。
あれはかなりお手軽だから、バザーの屋台なんかでは大量に使われているかもしれませんね。単身者や家事に手間ひまかけていられない家庭では、食卓にも上るのでしょうか。

手間ひまかかるのは覚悟の上で、きょうは稲荷寿司を作りました。
母が昔作ってくれていた味が恋しくなって、たまに作りたくなります。具材がたくさん入った、五目稲荷と呼ばれるものだと思います。
ご飯は硬めにだし昆布を入れて炊くし、シイタケやかんぴょうは水で戻す時間も必要。こんにゃくは小さく刻んで湯がきます。
油揚げは熱湯をかけて油抜きし、ごりごりとしごいて(麺棒やビール瓶がいいんですが、べたべたになるので今日は箸で)半分に切って中を開く。そして煮ます。煮たあと煮汁にしばらく漬けたまま味をしみこませる
小さく刻んで別に煮た具材を酢飯にあわせ、油揚げに詰めてようやく完成です。
味を優先して厚めの油揚げを使ったらうまく開けず、詰めているうちに破裂するもの続出。見栄えはイマイチだけど、母のと同じくらい美味しく出来ました。
サッと煮たり炒めたりするだけの料理もいいけれど、たまにはこういう昔ながらの食べものもいいなと思った次第。

それにしても、これだけ手間ひまかけられるのはヒマジンだけ。もっと手軽に稲荷寿司を作る工夫として、ネットではいろいろ書いてあります。
私は甘すぎて敬遠していますが、市販の稲荷の皮やすし酢を使えば、手軽に出来ると思います。ちなみに、すし酢と普通の酢を半々に混ぜれば甘さもちょうどいいです。
具材にザーサイや、まぐろフレークを使ったり。
http://cookpad.com/mykitchen/recipe/434963/
こちらはアボガドと市販の皮を使ったもの、これは珍しくておもてなしにもウケるかもしれませんね。
http://cookpad.com/mykitchen/recipe/422071/

…やたらでかくてはみ出して、母が見たら笑いそうな稲荷寿司。息子は一瞥して顔をそらし、残しておいた白いご飯を選んでいました。食べられないことはないけど、あまり好きではないようです。美味しいのに。残念。
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2007年10月10日

呼び出し

親戚筋の人が家を売って引き払うことにしたそうで、わりと近くに住んでいる私に夜突然呼び出しがありました。
何年も空き家になっていたし、売るという話は聞いていたけど、急な電話で驚きました。
とりあえず息子を連れて駆けつけたところ、息子は長いことご無沙汰している家だからか警戒して、中に入ったもののすぐ玄関に戻って帰りたいとアピール。
そそくさと帰ってきましたが、明日からは(息子が学校に行っている時間帯に)あのゴミの山を片付ける手伝いを、しないわけにはいかないだろうと観念しています。
たぶん、分別をしなおすことになるでしょうね…。
すべて業者に任せてしまえばいいんでしょうけど、捨てたくないものもあるでしょう。目をつぶって全部ゴミにするのって、けっこう勇気が要ると思います。
息子用にスニーカーをもらうことにしたら、喜んでいました。

ということで、ここは数日お休みします。
posted by dashi at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年10月05日

ガングリオン

右手人差し指の、もとは火傷から長いことぐずぐずしている炎症があまりにも長引くので、皮膚科に行きました。そのときに、ついでにという感覚で左手薬指に出来ていたもの(少し盛り上がった状態)も診てもらいました。
先生はチラッと見てちょっと押しつけ、私の痛がる様子を見て「押すと痛い、と」とつぶやき、「ウィルス性のいぼだね。治療するから何回か通って」。
えっ、そんなたいそうなものだったのか、とうろたえた私。
治療は「液体窒素で焼く」と説明されました。
どんなものかと内心警戒していたら、液体窒素(白煙がドライアイスを水に投げ込んだ時みたいな、と思いましたが、同じようなものでしょうか)に綿棒を浸して、いぼにちょいちょいと何度か塗るだけでした。
塗られたところは白くなって、これがけっこう痛い。
「一週間後にまた来て」と言われ、ガーゼもなしにそのまま帰りました。

夜になって痛みが増してきました。なんだかずきずきします。
二日後には、腫れた部分は膿でも溜まったように緑がかった色になり、周囲の皮膚は赤黒くなってきました。
もともと押し付けると痛む程度でたいして気にもしてないものだったので、治療を受けて却って悪化したような印象です。
ネットで「ウィルス性のいぼ」を調べると、液体窒素で焼くというのはありふれた治療のようで、なかなか治らなくて何ヶ月も通う人もあるようです。焼いたあとの2〜3日はかなり痛むと書いてあり、そんなものかと安心(?)しました。
つついて穴をあけてはダメ、中の液体が他の部分につくと、うつると書いてあるところもありました。
うつっては大変、あまりさわらないようにしようとバンドエイドを貼ったりして様子を見ました。

一週間たったのでまた受診しました。
二日ばかりバンドエイドで隠したままにしていたら、腫れもだいぶひいていました。(もとに戻っただけのような気もしましたが…)
盛り上がりの頂上に目みたいなところがあるので「先生、これってウオノメとは違うものなんですか」と聞いたら、
「ウオノメはこんなところに出来ないよ」と笑われてしまいました。いつも擦れるところにしか出来ないそうです。
(実は、受診する前には「ウオノメテープ」を貼ってみようかなと考えていた私でした)
また液体窒素を塗って、先生はいぼを見ながら何か考え込んでいます。

「先生、これって最後はどうなるんですか?」と聞いたら、
「ぽろっとはがれるんだけどね。そろそろ剥がしてもよさそうだな」
と、先の尖ったピンセットを取上げていぼをほじり始めました。さすがに専門家、痛みもなく数回ですぐ上の皮がはがれました。
おや、と先生が身を乗り出しました。「これは…ガングリオンか?」
看護師さんにティッシュを持ってこさせ、拭き取りながら「先生間違いました、だよ。これは(いぼじゃなくて)ガングリオンだったね」と照れくさそうです。言わなくてもこちらはシロウトだからわからないのに、正直なお医者さんなのでしょう。
「ほら、ゼリーみたいなのが出てきてるだろ」と言われましたが、小さくて(老眼鏡がないと)よく見えない。見えませーん、と看護師さんと顔を見合わせて笑ったことでした。
切開してゼリーを出したから、治療は今日で終わりだそうです。

名前はなんだか大げさだけど、ガングリオンは腱を包んでいる腱しょうや、関節を包んでいる関節包が風船のようにふくらんだ良性の腫瘤(しこり)なので、不都合ががないかぎりは放置していてもかまわないそうです。出来る場所によっては神経を圧迫するのでしびれや麻痺が起こったり、痛んだりします。
大きくなって中のゼリー(状のもの)を注射器で吸いだしても、再発することが多い。完治させるには切開してゼリーの袋を取り出しますが、この手術は生命保険の手術保障の給付対象外となっているくらい、簡単な手術とされています。
…それでも痛そう。手術の写真がありましたので興味のある方はご覧ください。(グロ?注意)
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5429/ganglion.html
ガングリオンは体のいろいろな関節にできますが手首の甲側がいちばん発生しやすく、手のひらや指の付け根、肘関節周辺なども多い。女性に多いのが特徴(男性の3倍とか)だそうです。
posted by dashi at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年10月02日

身辺多忙につき…

…きょうはお休みいたします。明日まで時間がないかもしれません。
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