2007年04月09日

入学式

きょうは息子の学校の入学式・始業式でした。
一般の学校では入学式を迎える子の保護者だけしか出席しないと思いますが、息子の学校では基本的に全保護者(ほとんどは母親だけ)が参列します。学校だけでなくPTA全体で新入生を歓迎するわけで、温かみのあるなかなかいいシステムだと思います。
小学部から高等部専攻科まで14学年あって、ウチの子は小学部から入学したのでもう14回目の入学式です。私も「いよいよ今年が最後だなあ」とちょっと感慨にふけりました。
最初のときは別居していた父親(夫)も出席してくれて、親子3人での入学式でした。娘二人のあと生まれた待望の男の子が養護学校に入ることになって、複雑な思いがあったことでしょう。息子のそばに寄ろうともせず、ほとんど口をききませんでした。
来春、最後の卒業式には出てくれるものか、声はかけるつもりでいます。

新入生紹介というのがあって、名前を呼ばれると親子揃って立ち上がり、お辞儀をします。
きょうは平日ですが休暇をもらったものか、大半のお父さんも顔を揃えていました。
毎回入学式で初々しい新入生を見るたびに、息子もこうだったなあと懐かしくなります。小学部の新入生なんかホントに可愛い。(小さい子というだけで可愛いと思えるのは、私も孫を持つような年齢になったからかもしれません)
新入生が最前列で、在校生、その後ろが保護者席ですから、背の低い小学部の新入生などは私たちには見えなかったりします。駄々をこねたり脱走しようとするのも、それもまた養護学校ならではの光景で微笑ましい。
子どもが小さいときは先行きが不安で、これからどうなるのかと心細い思いをするものです。きょう入学式に出ていた新参の保護者も、一般の学校のような晴れがましい笑顔というよりは不安そうな表情が多いように思いました。でも、子どもと一緒に親も成長するはずだから、卒業を迎えるころには悟りも開けていることでしょう(希望的観測)。

帰りのスクールバスに乗せてもらうことにしました。
保護者と一緒に車や公共機関で帰宅する子が多く、バスはがら空き。好きな席にどうぞと言われて座っていたら、去年入学したダウンちゃんが先生に連れられて乗って来ました。
この子が、お母さんが来ていないのに気づき泣きわめいて降りようとするのを、先生やバスの添乗員さんがなだめて止めています。
お母さんは子どもをバスに乗せて、自分はバスポイントまで自家用車で帰ろうとしていたようです。
学校に駐車場がないので離れたところに車を置いてきて、そこまで子どもを連れて行くのが大変だったのかもしれません。入学式でいつもよりは改まった服装なのに、子どもは歩くのが嫌になったら容赦なくおんぶやだっこをせがんできますからね。

通路の床に寝ころがって泣きわめくのを、「そこじゃ踏まれるよ、こっちにおいで」と私も席に引っ張り上げようと試みましたが、見かけより重い子(骨太?)の上に必死で抵抗します。うっかり引っ張って骨でもはずしたら大変なので、すぐやめました。
そのまま強引にバスを出すこともできるわけですが、この学校では無理強いするようなことはほとんどありません。様子を見ていた先生が諦めた様子でお母さんを呼びに行ってくれ、結局この子はバスから降りました。
添乗さんが「お母さんが来たよ、よかったねえ」と優しく話しかけながら小さいリュック(通学カバン)を背中に負わせると、その子はすぐ泣き止んで立ち上がり、嬉しそうにお母さんに抱きついていきました。
「勝ったね。粘り勝ち」と小さい背中に声をかけて笑ったことでした。

それにしても、その子の降りたあとにしみじみと「あれくらい思われてみたいわねえ」とつぶやいた私でした。
お母さんと離れるのが嫌で泣きわめき、お母さんが現われると大喜びで飛びついていく。
お母さんの背中が大好きで、おんぶされたまま安心して眠ったりもする。
時にはうっとうしくもあるけど、そこまで慕われたら母親冥利に尽きるというものではないでしょうか。
自閉症では期待できない場合が多いと思います。

息子の首がしっかりすわったら、私は次女に使っただっこひもを使うつもりでした。輸入品でけっこう高かったのに、子どもが少し大きくなったら窮屈になって長くは使えず、まだ新品同様だったのです。
もう今は使う人もいなくて生産されてないのかどうか、検索してみても見つかりませんでした。デニムの丈夫な生地の二重構造(前面にファスナー)で、カンガルーの袋みたいにすっぽりと入れた赤ちゃんを、身体の前で向かい合わせに固定するものです。ひもではなくて、ハンモックに手と足を出す穴を開けたみたいな感じでしょうか。
おんぶより、見えている分安全で、そそっかしい私が赤ちゃんを何かにぶつける心配もあまりありません。

ところが、息子はこの抱っこひも(袋)をとても嫌がったのです。腕をいっぱいに伸ばして突っ張り拒否します。身体を拘束(密着)されるのが嫌いのようで、おんぶもそっくり返って危険なのでほとんど出来ませんでした。
自閉症児の親同士で話していると、おんぶが出来なかったという話はよく聞きます。多動の子などはおんぶが出来ると親は助かるはずですが、そういう身体的接触は嫌がるようですね。
ついでに言うと、あやしても笑わず、ほかの子と一緒に遊ぶということも出来ませんでした。今も、自分の部屋に一人でこもっているのが何より好きなようです。
でも外出はしたがるし学校にも喜んで(?)行くので、まあ、これでいいのでしょう。
入学式から脱線しました。
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2007年04月08日

投票

きょうは我が家の有権者3人揃って投票に行ってきました。
県知事、県議会議員、市会議員の選挙がいっぺんに行われた合理的な選挙日です。開票作業は大変だろうけれど、3回に分けるよりは経費も大幅に節約できるだろうし、棄権する人も減ることでしょう。
ただ私について言えば、街頭演説などに行きあっても、誰がどれに出ているのかよくわからないままでした。ポスターもあまり見かけなかったように思います。
昔と比べたら選挙違反の摘発が厳しくなったからか、電話がかかったり知人から勧誘されるようなことも全くなくて静かなもの、選挙があることを忘れそうになるくらいでした。
誰に入れたらいいかわからないよ、とぼやく娘を「それでも行かなきゃ」と連れて行きましたが、娘の世代(20代前半)では棄権する人も多いようでした。

ところで投票所には息子も連れて行き、外の廊下で待っていてもらいました。
「来年は○○くんも投票出来るよ」
と息子に話しかけると、娘からは「代わりに投票するのは駄目なんでしょ。みんなどうしてるの?」ともっともな疑問。
息子はこの秋で20歳になるので選挙権を持ちますが、最重度の知的障害者ですから投票はもちろん無理です。
無理だけど、選管で振り分けられるわけもなく、平等に投票用紙は送られてくるそうです。
「「うん、せめて選挙の気分を味わわせてやりたいから、って投票には一緒に行くって人もいるよ」
「白紙で投票するのかな」
「そういう人もいるでしょ」
文字は書けなくても意思表示が出来る人なら、代わりに書いてくれる人が待機していると思いますけどね。

少し前に、(自閉症の)先輩お母さんたちとランチをしたときのことです。
一人のお母さんが、成人後見人がつくと選挙権を失うという話をしていました。彼女が関わっているグループホーム(今はケアホームと呼ぶのかもしれません)に住んでいる自閉症の若者に、該当者がいるのだったでしょうか。
制約は増えるにしても、選挙権を失うというのは知りませんでした。
成人後見人がつくということは、いろんな決定権を人にゆだねる、法的に一人前と認められないということです。だからこそ成人後見人の選定には裁判所の許可など厳しい審査があるわけです。
私としては被後見人が選挙権をなくすのも無理もないと思いましたが、彼女は、
「同じ人間なのに、投票も出来ないなんて、なんだか人間であることを否定されているようで不満」
という意見です。投票に行くかどうかはともかくとしても、権利を奪われるのが許せないようでした。

私は、ほかのお母さんが、
「被後見人は市民税も納めてないわけでしょ。納税の義務を果たしていないんだから、権利ばかり主張したって駄目よ」
と言うのにも一理あると思いました。もっとも、市民税を払ってない(収入がない)けど選挙には行く人もいますけどね。
先のお母さんは、
「わかるんだけど、そりゃそうなんだけど、それでもねえ。人間扱いされてないみたいで嫌なのよね」
と未練たっぷりです。
この人のような愛情をかけてもらえば、世話を受ける障害者も幸せだと思ったことでした。
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2007年04月06日

旅の途上


息子と、春休みが終わる前にちょっと旅行してきました。
出発して間もない電車の中でのことです。

運転席のななめ後ろ、行く手がよく見える二人がけの席が空いていたので、幸先がいいわと喜んで座りました。
リュックを膝において息子は線路の先を凝視しています。
途中の駅から乗り込んできた男性が、私のすぐ脇に立ちました。ぷんぷん漂う臭いで酔っ払いとわかりました。
そこは近くに場外馬券売り場と歓楽街のある駅で、普段から酔っ払いやホームレス風の、酒や尿の臭いを撒き散らす人が多いところです。
(昔、この駅から動物園に行ったときには、馬券を当てたという上機嫌のオジサンが話しかけてきて、まだ幼かった私の娘たちに小遣い1000円をくれたことがあります)

私はアルコールを全く受け付けない体質で、奈良漬けもブランデーケーキやラム酒入りのチョコレートも食べられません(蕁麻疹が出ます)し、泥酔した人の体臭だけで酔いそうになります。正直なところ、酔っ払いに近くに寄られると迷惑。
ラッシュ時を過ぎて車内はがら空きなのに、なんでまたよりによって、、、と恨めしくなりました。朝から飲んだのか、昨日の酒が残っているのかとチラッと見たら、比較的きちんとした身なりのまだ若い(中年より手前の)人です。
足元がおぼつかないのかフラフラと、ポールにつかまったまま、しきりとウチの息子に顔を寄せてきます。線路の向こうを見ている息子の顔を覗き込むようなことまでします。変質者のようには見えません。
もしかして、ボランティアかなにかで息子を知っている人かしら、とも思いましたが、そんな感じでもなさそうです。
さらにユラユラしているので、「座りますか?」と声をかけてみました。酔って具合でも悪いのかと思ったのです。

私が腰を浮かすと、男性は「いやいや、大丈夫」と手を振り、「ウチにも同じのがいるからさ、障害児」とつぶやきました。
あらそうなのかと私はちょっと意外で、「やっぱりわかりますか」と苦笑しました。
今朝はちゃんと髪もとかしたしひげも(少ししか生えてないけど)剃った。よそ行きのズボンを履いて、普通の若者っぽくしているつもりだったんだけどな。
「黙って座ってたらわからないかと思ったんだけど」
言いながらなんだか可笑しくなり、くすくす笑うと、相手は顔をくしゃっとさせてぽつりと「この子に罪はないんだよな」。
「ええ、罪なんかないですよ。産んだ私にはバチが当たったのかもしれないけど」
冗談に紛らわしたかったけど、相手はなんだか深刻そうに息子の横顔を見ています。

「障害があるなんて知らなくてさ、オレ、10年も殴って育てちまったよ」
しんみりと言うと、自分のこぶしを出してじっと見ています。子どもが10歳以上、、、私が思ったよりトシの人のようです。
「ああ、わかんないですよね。私も何年も気がつかなかったですよ。しつけようと殴る話もよく聞きますよ」
しゃべっているとアルコールの臭いも忘れ、連帯感というか親しみを感じる単純な私でした。
「自閉症は今、すごく増えてるらしいですよ」と私が言うと、相手は真面目な顔で、
「増えてんのは依存症だよ、依存症」ときっぱりと言ったあとで、「オレはアルコール依存症だから」と口を歪めました。
降りるまでいろいろと話したのですが、その人はいわゆるアルコール脳ではないかと思われました。いかにも酔ってますという様子ではなかったのに、話の辻褄があわない。支離滅裂なのです。
でもたぶんこれは真実だろうと思えたのは、自分の父親がヤクザだったという話。小さい弟たちをかばっていつも父親から殴られていたそうです。暴力の連鎖というのはよく言われますが、この人が障害のある子どもを殴っていたというのは、無理もないと思えました。

「昨日はヤクザを3人ぶん殴ってやったんだ、チンケな刺青をチラつかせるからよ。オレはガキんときからずっと親父の背中を見てるからよ、そんなもんでビビりゃあしねえんだ」
というようなことを、もっとそれらしい言葉づかいで(「ヤクザ」という言葉は使わなかったような。よく覚えてなくてすみません)話していました。ご披露した3人のヤクザの入れたものは、見慣れた父親のに比べると小さくて見劣りがしたそうです。
好奇心満開で、オヤジさんの背中の彫り物は何だったのか聞いたら、「毘沙門天」ということでした。見事な彫り物は芸術品的美しさがあるのでしょうね、ちょっと怖いけど見てみたい気もします。
宮大工をしていた(ちょこっと直すだけで10万円)とか、自分は40歳だけど長男は25歳(「いったい何歳の時の子? 出生届は受け付けてくれたの?」と聞いてしまいました)で鳶をしているとかいう話は楽しく聞いていたのですが、自衛隊に入っている間に子どもを(ヤクザに?)殺されたというのには、さすがにびっくりしてしまいました。
その話をしながら泣きそうな顔で息子をじっと見ていたのですが、まさか、事実ではない、、、アルコール脳の妄想だと思いたいです。
まだ若いんだから、依存症から脱却して、子どものためにもやり直してほしいと思ったことでした。

それにしても、熊本で母親から見放されていた障害児が餓死するという悲惨な事件が発生。ウチの息子も同い年なので、他人事とは思えません。
夕食のとき「この家に生まれてよかったね」と息子に声をかけたら、そばにいた娘に「同じことを言われてる子がたくさんいるでしょう」とまぜっかえされました。
子どもは親を選んで生まれてくることは出来ないのだから、不適格な親からは強制的に引き離せるような法の整備を望みたいです。
その意味からも、私は赤ちゃんポストには期待しています。


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2007年03月12日

白い杖

昼間の路線バスに乗っていたら、途中のバス停で視覚障害のある少女が一人で乗ってきました。
白い杖を持っていますが、全く見えないわけではなさそうです。私の向かいにある優先席に空席がありましたが、私が声をかけるまでもなくさっさと腰を下ろしました。そして、私はちょっと驚きましたが、すぐかばんから携帯のゲーム機を取り出して、遊び始めたのです。
ゲーム機に目をくっつけるようにして、夢中でやっています。かすかな電子音が聞こえます。
白い杖をついたり、一見して視覚障害者とわかる姿をしていたら、どうしても注目を浴びると思います。盗み見する人や、ぶしつけにジロジロ見る人もいるでしょう。
彼女はそういう好奇の視線を忘れるために、ゲームに没頭したいのかもしれないなと思いました。

気になったのは、彼女の両足に挟んだ白い杖です。少しずり落ちて、彼女のつま先より10センチばかり外に出ています。バスに乗り込んで来た人が、杖に気づいてよけたり、大きく跨いで通ったりしていました。
一人おいたとなりに座った年配の婦人が持っている杖は、しっかりと両足の内側に押し込まれています。彼女の杖もほんとはそういう持ち方をするべきです。
足が当たってもすぐ動くだろうからつまづくことはないか、危なくはないかと思いますが、邪魔なのは確かです。
私が足を伸ばして杖の先を押しやるなり、彼女に声をかけて注意を促すなり、するべきかとても迷いました。
乗ってくる客も途絶えたので特に注意する必要もなくなって、迷っているうちに彼女は降りていきました。

なぜあそこで気軽に注意できなかったのか、バスに揺られながら考えました。
注意されたからといって、彼女は気を悪くはしなかったと思います。それ以降バスに乗る度に気をつけるとしたら、それは彼女のためにもなります。ホントは注意するべきなのです。
彼女の障害を理由に気後れしたり、遠慮したりするのは、それは結局彼女を差別していることになります。哀れみの目で見られたり、対等に扱ってもらえないのは彼女の望むところではないでしょう。
きょう杖が飛び出していたのは、単にうっかりしていただけだと思います。危ないから引っ込めてね、とひとこと声をかければいいだけの話です。でも真向かいに座っていた私をはじめ、周囲にいた誰一人としてそれをしませんでした。

数年前地下鉄の中で、自閉症と思われる青年がすさまじい勢いで駆け抜けていったことがありました。なにやら独り言をつぶやきながら、がらがらでもない車内を走っていくのですから、当然人にぶつかります。
彼はお構いなし、むしろ人を突き飛ばしながら走っている感じです。まるで周囲の人が目に入らないような、文字通りの傍若無人ぶりです。
ぶつけられた人はギロっとにらみますが、文句を言おうにも、青年はもう次の車両に移っています。
こういうはた迷惑な人は、障害者への偏見を増長させるなあと思ったことでした。

ウチの息子も小学部低学年のころ、電車の中を走るのを止めないことがありました。車両の端から端まで何往復もします。ニコニコと実に楽しそうに(笑い声まであげながら)トコトコ走っていました。
一度人の足を踏んでどやされ、駅員さんにも叱られましたが、どうしようもありませんでした。抱きとめてもまたすぐするりと逃げてしまいます。
立っている人はいないぐらいのすいた時間帯の電車ですが、降りるまでの10分ばかりが途方もなく長い時間に感じられたものでした。
同じような話はよく聞きますが、たいていは一過的なもの。地下鉄の青年のように大人になってまでやる人はちょっと珍しいと思います。

ぶつかるほど乱暴な人はあまりないとしても、作業所から帰る障害者がバスの中でぶつぶつ独り言を言ったり、奇声を上げるのはよく見かけます。
周囲の人を観察すると、全く気にならないらしく無視を決め込んでいる人、不機嫌な顔をしてときどきちらっと横目で見る人、何か言いたげにジロジロ見る人とさまざま。でも「静かにしてね」と注意する人はまずいませんね。反応が怖いんでしょうか。
私も初めて奇声をあげる青年(一見自閉症)とバスに乗り合わせたときは、うっかり注意してパニックでも起こされたら困るな、と躊躇したものでした。
でも運転手さんの後ろの席で間歇的に大声をあげるので、事故が心配で声をかけてみました。もう少しで着くから静かにしてね、と言ったら、びっくりしたように私の顔を見て、あとは黙っていてくれました。一人でバスに乗っているくらいだから、ある程度のコミュニケーションはとれる人なのでしょうね。
もっとも、私は障害者も見慣れていますが、慣れない人は声をかけるのもなかなか難しいでしょう。

白い杖の少女は、知的障害者の場合ほど子ども扱いも出来ず、プライドを尊重しないといけないから、声をかけにくかったのかなと思っています。
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2007年03月08日

自閉症の難しさ

昨日の続きです。

給食を食べ始めるときに、Aくんが「きょうはボク野菜も食べます」と宣言しました。
この子は高等部から入った生徒ですが、IQはわりと高い。身辺自立という面では問題なく、会話も読み書きも出来るし、学校にも一人で地下鉄に乗って通ってきています。
お母さんの話では、下校後一人でプールに行って泳ぐのを日課にしているそうです。
クリスマス会などクラスで集まる席では、習っているバイオリンを披露してくれたりもします。

でも自閉症特有のこだわりの強い子で、先生の指示には従わず、制止されると狂ったように興奮して暴力も振るうし口汚くののしる。長いこと文字通り「腫れ物に触るような」扱いを受けていました。
2年ばかりはクラスのほかの子たちがみな不安定になり、直接関係あるかどうかはわかりませんが、途中で二人学校をやめました。
入学して4年になる現在はかなり落ち着いて、入学当初からすると別人みたいですが、偏食は今でも治っていないようす。家でも希望したものだけを食べさせてもらっているようです。
このAくんにとっては、嫌いな野菜を食べるというのは高い壁を越えるようなものなのでしょう。

もうちょっと早くなんとかしてあげられなかったのかと私としては思いますが、19歳の今からだって、遅すぎるってことはありません。
Aくんの宣言を聞いた先生(3人)は口々に「頑張って」「偉いじゃん」と笑顔で励ましています。残念ながらほかの生徒たちは関心を示しません。
私は離れた席だったので遠くから観察していました。
Aくんは何度も「ボク野菜も食べます」「野菜を食べたら若々しくなりますよ」「ビタミンCが、、、、」などとぶつぶつ言いながら、少しずつ食べていきます。お母さんがそういう言葉を使ったのだろうと微笑を誘われました。

野菜と言っても、ハムサラダにレタス、トマト煮に根菜類やインゲンが入っているぐらいで、いわゆる「野菜臭い」ものはなく食べやすかった方だと思います。
それでもAくんにとっては、なにせ19年の年季が入った偏食ですから、たやすいものではなかったでしょう。
努力して克服する、というのは評価に値すると思います。食べ終わったときには、Aくんには嫌われている私(うっかり注意してひどく面罵された経験あり)ですら「頑張ったね」と声をかけました。
先生たちはもちろん、「エラいねー」と拍手でたたえていました。

自閉症の難しさを痛感したのはそのあと。
彼は自分が頑張って野菜を食べたことを、ずーーーーーっと訴え続けたのです。
「頑張ったね、偉かったね」と一、二回言ってもらっただけでは気がすまないのでしょう。
連絡帳を書いている先生の首にかじりついて。ほかのクラスの先生が出入りする度に。ほかの子の世話をしている先生につきまとって。急いで移動している先生について早足で歩きながら。そっぽを向いているウチの息子にまで。
お帰りの会で授業の感想を聞かれたときにも言っていました。周囲の思惑に全く無頓着なところが障害児たる所以でしょうか。
「きょう野菜を食べたAくんは偉かったけど、それじゃ、ずっと前から野菜が好きなBくんはもっとエライね」
と言いたくなるのを我慢した私でした。
しつこいよ、とうんざりしたり怒った顔を見せなかった先生方は、さすがにプロです。

自閉症の子(知的な遅れがあまり大きくない子限定)は、「耳で聞いた言葉は飛んでいってしまう」のだそうです。聞く端からすぐ忘れる。だから何度でも繰り返して確認しないと不安でたまらない。
相手にしてみれば「そのことならさっきも言っただろ、何回言えばわかるんだ、しつこいぞ」と腹が立つところです。
有効な対策としては「文字にして書いたものを渡してあげるか、張り出す」。
アメリカの図書館で本の整理をしている高機能の自閉症者が、決まったところに戻さない利用者を見るとカッとなって、噛み付くので困っていた。彼はポケットに「人に噛み付かない」と書いたメモを入れることで解決、時々取り出して見ているそうです。
トイレの水を何回も流すのに悩んでいたお母さんが、専門家のアドバイスで「水を流すのは一回だけ」と張り紙したところ、ぴたっと収まったという話も聞きました。

Aくんを見ていてそんな話を思い出しました。
「Aくんは頑張って野菜を食べました。偉かったです」と書いたメモを渡してあげたらよかったのかな。
あらためて、自閉症には独特の難しさがあるなあと思った次第です。

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2007年02月23日

水戸事件とオンブズマン

きのうの弁護士さんの講演で、施設の虐待の事例が出ました。
その中の「水戸事件」というのはこういう内容です。
(ニュースに接した当時は、私も息子の将来に対して絶望的な気分になったものでした)
茨城県水戸市の段ボール加工会社「アカス紙器」社長・赤須正夫は、住み込みで働かせていた知的障害者の従業員20数名に対し、ほとんど賃金を支払わなかったばかりか、性的虐待(日常的に強姦していたらしい)、拷問としかいえない体罰を繰り返していました。食事も腐ったバナナなどひどいものだったようです。「こいつらはバカだから何でも食べる」とせせら笑っていた、という話もあります。
週末に自宅に帰ってきた子の身体のアザに気づいた保護者が、実態を知るにおよび警察に相談。
虐待での立件は証拠固めが難しいからか、ほとんどただ働きをさせていながら雇用助成金を受け取っていたことに対する詐欺罪で社長は1996年逮捕されました。

水戸警察署は詐欺だけでなく知的障害者に対する暴行・強姦でも捜査を進めました。
が、被害を受けた日時や状況を正確に証言できる被害者は少なく、20数件の被害届に対し立件できたのはわずか3件(詐欺罪および暴行2件、傷害1件)だけ。残りはすべて「時効」「嫌疑不十分」で不起訴となりました。
日本の裁判は証拠主義ですから、「これで間違いありません」とはっきり証言出来ないと採用されないのですね。いいかげんなことで冤罪になっても大変ですから、疑わしきは被告人の利益に、ということになっています。
もともと密室に近いところでの犯罪だから裁くのは難しい。社長の方も、どうせ相手はきちんと話も出来ないウスノロだ、証言なんか出来っこないと見越しての蛮行だったに違いありません。

障害者を積極的に採用する、地元の名士として通っていたという赤須被告に対し、裁判所は「懲役3年執行猶予4年」の判決を下します。執行猶予がついた理由が、「障害者雇用に熱心に取り組んできた」ことを評価したというのですから呆れた話です。
被害者が自分の家族だったらそんな判決は下せないでしょう。障害者の人権をまったく認めないあまりな判決に、原告はとうてい承服できない。
保護者や支援者が怒り心頭でつい感情的になり、裁判所から立ち去ろうとする被告の車に(結果的に)傷をつけたり、弁護士のネクタイをつかんだとしても、心情的には責められないものがあると思います。でも、そういう行為に及んだ人たちに対しては、件の赤須被告よりも重い実刑が言い渡されました。

不起訴になった性的虐待に対して、3人の利用者が民事で訴えました。こちらでは被告の言い分を全面的に認め、1500万円の賠償金を支払うように命じた判決が下され、確定したそうです。
民事では金銭的な補償だけですから、本人や家族、支援者としては「カネよりもアイツを刑務所に入れてくれ!」と言いたいところでしょうが、「そういうひどいことがあったのは本当です、アイツは悪いヤツです」と世間に知らしめることが出来て、いくらか溜飲は下がったでしょうか。
刑事裁判のほうが立件が難しいとは聞いたことがありますが、民事で全面的に認められたものが刑事では起訴も出来なかったというのは、裁判も人がするものだなあと、当たった検事、裁判官次第という運もあるなあと思います。

自閉症の人はよくオウム返しをするから、「これをやったのか」と聞かれて「これをやったのか」と返して有罪になった、笑い話のようなことが実際にあるそうです。
こういうことも<オウム返しする人もいる。会話は出来てしっかりしているように見えても、実はさっぱりわかっていないこともある>ことを知っている警官や検事、弁護士だったら、それなりの対応をしてくれるのかもしれません。
障害をわかってもらう努力をすることは、やはりとても大事なことだと痛感します。
余談ですが、塀の中の規則的な暮らしは、個室でさえあれば、自閉症症候群の人にとっては住みやすい環境らしいですね。刑務所の中には知的障害者が相当数入っていると聞きます。

ところでこの「水戸事件」を始め施設でしばしば起こる虐待問題は、「オンブズマンが入っていたら未然に防げることでしょう」ということでした。
たしかに、物言わぬ知的障害者と加害者ばかりでなく、第三者の目があれば虐待はなくなる(か、例外的なものになる)と思います。
千葉の無認可老人ホームでの虐待問題が話題になったばかりですが、起こった後に告発するより、未然に防げるほうがずっといいのは言うまでもないことです。
言葉はよく聞くけどその実態は案外知らない「オンブズマン」について、調べてみました。

オンブズマンombudsmanとは、スウェーデン語で「代理人」。もともとは国民の代理人として行政機関に対する苦情処理や行政活動の監視・告発などを行う人のことで、議会や行政から任命され、無報酬ながら情報公開を求める権限が与えられているそうです。
こういう、公的なオンブズマン制度は西欧を中心に普及していますが、日本にはなく、日本では弁護士などを中心に有志が集まって組織された市民オンブズマンだけが活動しているようです。
仕事内容からして社会的重要性は明らかですが、市民の寄付(カンパ、賛助会員)や弁護士費用の一部提供という資金で、ほとんどはボランティア活動というのが実態のようです。
虐待のような深刻な事例は別として、話し合いで改善の余地のある内容については、施設側にいる協力職員と相談しながら解決していくそうです。
昨日の講師の大石弁護士は、NPO法人「湘南ふくしネットワークオンブズマン」(略称Sネットオンブズ)の理事を勤められています。Sネットオンブズについてはこちらで。
http://www.npo-snet.com/
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2007年02月11日

喝采


昨日は息子の学校の学習発表会でした。
授業時間の中で舞台の背景の絵をみんなで描いたり、発表に使う小道具や衣装を作ったりするようです。
普段の学習の成果が無駄なく生かされていて、こういう形で発表できる舞台があるのは子どもたちはもちろんのこと、指導する側のモチベーション保持に効果的だろうなと思いました。
見る側としても、子どももそれなりに頑張ってるんだなと実感できます。
PTAからも新入生のお母さんのお披露目を兼ねて出演しますし、先生方も学部ごとに交代で(今年は高等部でした)出し物を見せてくれます。

小学部、中学部は学部ごとに太鼓などの合奏や踊りなど。小学部は可愛らしいし、中学部は可愛い子とカッコイイ子が混じって、大人になりかけという感じですね。
小学部にはよく、団体演技や太鼓などのうるさい音が嫌いで逃げ出したり泣いたりする子がいたものですが、最近はそんな光景もあまり見なくなりました。
ちゃんと演奏する子ばかりではなく楽しそうに(興奮して)走り回ったり、よそ見をしている子もいますが、それがよく知っている子だとなおさら、こちらも笑みが出たりして気楽に観賞しています。
本番で発揮できる力が、障害の重さと必ずしも一致しないのも面白いところです。

高等部は本科のほか専攻科もあって5学年なのですが、それぞれのクラス単位で出し物があります。
欠員があって今年度転入生があったクラスの出し物のとき、その転入生が花形になっていました。ちゃんと演技をして、台詞も長いのを明瞭に発音する。こういうのが出来る子はこの学校では少数派です。
この子は親の転勤でこの市に引っ越してきましたが、前に住んでいたところでは長いこと不登校だったそうです。生き生きと演技をしている姿からは想像できませんが、この学校に入る前はずっと家に引きこもっていたとお母さんが言ってたと聞きました。

高等部から編入してくる子は自力通学が出来るというのが原則で、比較的障害の軽い子が多いのですが、この子はその中でもだいぶ軽いようです。個人的には知りませんが、ふだんの日常会話はもちろん簡単な読み書きや計算も出来るんじゃないかと思います。
そういう子は小さいとき養護学校にはまず行かないから、普通校でいじめにあうこともよくあるようですね。昨日書いた、セルフエスティームを下げてしまう扱いを日常的に受けるんじゃないかと思います。
学校に行かなかった(行けなかった)のはそういうものから身を守るための、緊急避難だったのでは。

何人かの卒業生の例でも、ボーダーと呼ばれるような程度の軽い子の方が、卒業後の進路に困ったりしています。ウチのような最重度の子の親からしたら、会話も出来る子は羨ましい限りですが、そういう子にはそういう子の大変さがあり、本人がわかるだけに悩みも深刻ですね。
スポットライトと喝采をあびたこの日の思い出は、晴れがましい記憶としてこの子の心に長く残るかもしれません。それに卒業までにまだ何度かこういう機会はあります。
でも、この子も卒業のときとなると、再び難しい問題に直面します。障害区分によっては通所施設の利用が出来ず、健常者と同じように一般就労しなくてはなりません。
そこでまた引きこもらないで元気に働く強靭さを、この学校にいる間に身につけてくれたらいいなと思ったことでした。

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2007年02月08日

ローファンクション

自閉症のことについて語るときに、よく「高機能」という言い方をしますが、これは文字通り機能の高い人のこと。アスペルガーとどう違うかというのには諸説あるようで、同じと断定する専門家もいます。自閉症という障害はあるけど知的障害を伴わないか、かなり軽い人たちを指していて、だいたいIQ70以上を高機能自閉症と呼ぶようです。
高機能があるならその逆があるのも当然な話で、まだあまり一般的な言い方ではないかもしれませんが私たちは「ローファンクション」と呼んでいて、ローファンクションの親ばかりの集まりも持っています。
(高機能がハイファンクションだからその反対の言葉ですが、「低機能」と呼ぶのにはさすがに抵抗がありますね)

きょうはそのローファンクションの親が集まる会がありました。きのう別のところであった講演会(主催団体は別)で私を見かけましたよ、と声をかける人があり、自閉症の世界も狭いと笑ったことでした。
一人ひとり持ち寄ったQにAの形で専門家の話を伺いました。子どもの年齢は5歳から成人までさまざま、私の子は19歳ですから上のほうです。こじんまりした会で、お昼を食べながら茶話会形式で行います。
アドバイザーは学校を出たあと同じ入所施設で40年も働き続けている女性。「ほかを知らない」と笑っていらっしゃいますが、交代勤務になる前から私生活もすべて捧げて障害者ケアひとすじ。
それだけ長く続けられたということは、本人の熱意(使命感?)もさることながら、モチベーションを維持できる環境(主に人的資源)に恵まれたのでしょう。遠いので見学に行ったことはないのですが、いいところだという評判は昔から聞いています。

私も「自閉症者が年をとってから過ごす場所の理想的な姿」を質問させてもらいましたが、小さな子のお母さんの悩みを聞いていると、「ああ、私もそんなことで悩んだこともあったっけ」となつかしく思ったりして、「過ぎてしまえばみな美しい(という歌がありました)」を実感した次第。
40年も経験を積んだ先生のアドバイスはさすがに的を得ていて、もう子どもは大きくなった私にとってもなかなか勉強になります。
10年前に聞いていればわが子の子育てにも役立てられたのにと残念ですが、経験したことだから先生のお話をよく理解できるという面もありますね。
「孫に自閉症が生まれたら私がちゃんと育てるわ」と笑っているお母さんを見たことがありますが、私も今なら上手に対応できるかもしれないな、タイムマシンで戻って子ども時代からやり直し出来たらなあと思ったりします。

個別支援学級(もとの特殊学級)に行っているが、ほかの子が軽い子ばかりなので学校が楽しくなさそうだ、と発言したお母さんがいました。
それに答える先生の言葉の中で、印象に残った話がありました。
就学年齢に達して学校を決定するとき、この子は養護のほうが、、、と担当者が思っても、それを口にすると親のプライドを傷つけ、無用のトラブルを招くことになる。今はだいたい親が希望する学校に決まるそうです。
そして、親は学校を決めるときに自分の子の能力を、実際より高めに評価しがち、というのです。
うなずける話ですね、どうしても希望的観測が入り込むでしょう。
私たちが、いきなり言葉の通じない国の教室に放り込まれ、わけのわからない言葉で始終注意されてばかりいるとしたら。そりゃあ楽しくないですよね。知的障害がないならそれなりに順応するでしょうけど。

息子の学校の先輩お母さんが、入学する直前にお父さんに
「この子は、しゃべったら普通の子だろ? 養護学校に入れなきゃいけないの?」
と未練がましく言われたと笑っていたことがありました。けっこう知的に重い子でしたが、お父さんの目には「しゃべらないけど普通の子」としか見えなかったのでしょう。
気持ちはよくわかりますけどね。
まず自分の子のありのままを受け入れ、その子が楽しく過ごせ笑顔を見せてくれる環境で育ててあげてほしいと思います。
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2007年02月06日

絵空事


きょうは、横浜市を中心に自閉症児・者療育に長くかかわっていらっしゃる専門家・篁一誠先生の講演に出かけました。私も含めけっこう遠くから聴きに来ている人もいて、熱心に聞き入っていました。
篁(たかむら)先生は、講義録(ムック?)は多数出版されていますが、専門書は出されていない(本人が希望されない)そうなので、実績の割りに全国での知名度はいまひとつ。でも私を通じてこの先生を知った関西に住む姉(養護教諭)から、本を出されてないならと全講義録の注文を頼まれたこともあるほど、根強いファン(信奉者)も少なくありません。
自閉症者に向ける目は温かく常に的確なアドバイスを下さるので、おそらく講師として引っ張りだこなのでしょう、このごろはあちこちに出向いて講演されているようです。
私もこの先生のお話を聞くと実際の役に立つし気持ちがあったまるので、機会があったら出席することにしています。

とても上品な穏やかな話し方をされる先生ですが、きょうは「おおっ」と驚くような発言がありました。
「自閉症の人って○○が得意なんでしょ」と決め付けてきた人がいた。草薙某の主演のドラマを見てそう思い込んだらしいのです。
ところが先生はもう19年もテレビを見てないから、何のことかわからなかった。すると、自閉症の専門家なのに見てないのかとなじられ(?)たそうです。
「あんな絵空事を信じて、自閉症はこうなんだと決め付けないでもらいたい。特性は一人ひとり違うのですから」
「自閉症という障害を理解するよりも、今目の前にいる、この人を理解してください、と言いたい」
というようなことを、珍しく熱を入れて語られました。
一人ひとりの自閉症者の人格を尊重した、親身な発言だと感動して思わず「そうだそうだ」とつぶやいた私でした。

草薙某のドラマも、子どものドラマも、私の周囲の自閉症の親の中では賛否両論ありました。
少しでも自閉症を理解してもらうきっかけになるから、と評価する人もいる一方で、ありえない話でイヤになる、あれが自閉症と思われては迷惑と怒る人もいました。
先生は後者の立場なのでしょう。19年前に、ひどいテレビ報道で腹を立てるようなことがあったのかもしれませんね。
「あるある」捏造騒ぎのあとでは、素材としての自閉症も「見栄えのいい」「意外性のある」「絵になる」部分だけを強調して都合よく使われるのだろうなという気もします。

講演に顔見知りの人が来ていたので途中まで一緒に帰ったら、その人がこんなことを言っていました。
「自閉症と知的障害と両方あって、それぞれに軽い人から重い人までいる。その組み合わせを考えるとものすごい数のバリエーションがある」。
全く同感。自閉症とひとくくりに出来ないくらいいろんなタイプの子がいます。
知的障害が軽いと会話も出来てラクそうですが周囲の理解は得にくく、それでいて自閉が重いと本人も家族もとても苦しむことになります。
またてんかんの発作を起こした子とそうじゃない子は、「地獄と天国」と例える人もいます(ウチは今のところ天国)。
「絵空事」を信じて自閉症に対し一方的な理解をすることなく、一人ひとりを良く見てわかって欲しいと私も願っています。
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2007年01月31日

笑い死にの話

世の中にはホントに気の毒な死に方をする人もあるもので、今日読んでいた本に出てきたのは文字通りの「笑い死に」した人です。
先に本をご紹介すると、V.S,ラマチャンドランほか著、山下篤子訳の「脳の中の幽霊」(角川書店)。最近「脳の中の幽霊ふたたび」というのも出たそうです。
ラマチャンドラン博士はインド出身のアメリカの神経科医、心理学・神経科学者。カリフォルニア大学サンディエゴ校の神経科学研究所長です。
この本は、かの養老猛司センセイも「面白い」と絶賛されているそうで、センセイに面白いものが私に理解できるわけはなく、、、。面白いと思って読みながらも、残念ながら難しくてよくわからない本でした。それでもとても興味を惹かれる話がちょくちょく出てきて、この笑い死にもそのひとつです。

1931年ロンドン。ウィリー・アンダーソン(25)は母親の葬儀の日の朝、墓地の穴に棺が下ろされるときに笑い始めました。
どうしても抑えられず本人も狼狽して、悲嘆にくれる人々の視線を避けて遠ざかりながら、彼の笑いは数時間続いたそうです。
あまりに場違いな笑いに、その日の夕方いとこが彼を病院に連れて行きました。病院では瞳孔、脈拍や呼吸数など調べ、入院させて様子を見ていたようです。その二日後、重度のくも膜下出血のために意識不明で発見され、そのまま亡くなりました。
また1936年フィラデルフィアでは、58歳のキャリアウーマンが突然の頭痛のあと笑いの発作が止まらなくなりました。
意識はあって医師の指示に従うことも出来たけれど、脳の酸素不足で苦しがり、モルヒネも効かなかったそうです。
そして1時間半の激しい笑いのあとぐったりと昏睡状態になり、24時間後に亡くなりました。

笑いすぎると苦しくなるのは経験した人も多いでしょう。それが数時間も続いて、挙句に死んでしまうというのはとんでもない拷問に思えます。
上の二人は、解剖したら脳の中に大量の出血が見つかり、それが脳の中の組織を圧迫していました。
1930年代のことだったから助けられなかった、二人とも生まれたのが早すぎたと同情するしかありません。医学の発達した現代ならMRIで脳内出血が判り、ただちに開頭手術して助かったことでしょう。
なお笑い死にの症例はきわめて稀で、今までに20数例の報告しかないそうです。笑いの発作が短かったり、死亡までに日数があったりすると記録に残らないかもしれないですね。

イギリスの「ネイチャー」に報告された比較的新しい例では、難治性のてんかんで脳の一部を切除する手術を受ける少女(意識はあった)が、脳への電気刺激に反応して笑いが止まらなくなったことがあったそうです。
(脳は痛みを感じないので直接触れることが出来るのは、「ハンニバル」という映画(私は気持ち悪くて一部しか見てませんが)で脳を露出された男と会話をするシーンでも明らかでした。脳を切り取られても生きてましたね。ちなみに脳幹<呼吸中枢などを司る>を傷つけないと死なないから、頭を撃ち抜いて自殺するのって案外難しいそうです)
「患者を笑わせる異常な活動性ないし損傷は、脳の辺縁系、すなわち情動に関与する海馬、乳頭体、帯状回などを含む一つながりの組織の中にある」のだそうです。だからそこらへんが出血などで圧迫(刺激)されたら、笑いが止まらなくなることもありうるのでしょうね。

ところで、自閉症の子どもが葬儀などで笑い出して、親戚の顰蹙を買うという話はたまに聞きます。知人は「二度と連れて来るな」と実の父親から怒鳴られ、それから子連れでは帰省してないと言ってました。
ウチの息子も何年か前までは、満員電車の中など「よりによってこんな場所で」とこちらは泣きたくなるようなシチュエーションで、クスクスげらげらと笑い続けて困ったことが何度かありました。
「自閉症の子は可笑しいから楽しいから笑うとは限らず、どうしたらいいかわからない時にも笑う」
と解説されていますが、研究が進むとそのうち何か、医学的な説明がつくようになるのかもしれません。
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2007年01月25日

ポジティブ・シンキング

きょうは神奈川県知的障害養護学校PTA連合会(県知養P連)主催の、講演を聞きに出かけました。(きのうは学校のマラソン大会だったし、障害児の親もなかなか忙しいです)
講師は横浜市立大学医学部付属病院・小児精神神経科部長、医学部助教授(児童精神科医)で、学校保健審議会委員、日本児童青年精神医学会評議員などをされている竹内直樹先生、テーマは「障害とともに生きる」です。
途中まで車で行ったらえらい渋滞に引っかかり、10分ばかり遅刻してしまいました。コソコソと会場に入るとお話はもう始まっていて、用意された席がほとんど埋まる盛況ぶり。保護者(養護学校の母親がほとんど)の関心の高さが伺われました。

ウチの息子は本来ならもう養護学校高等部を卒業して社会人になっている年齢ですから、講演を聞くにはもう時期を過ぎたという印象はありました。先生もおっしゃっていましたが18歳を過ぎたら落ち着く子が多い。「障害児の親」も一段落です。どう「障害とともに生き」たらいいのか模索し、問題行動に振り回されて悩み、対応を人に相談したりするのはその前の時期だと思います。
私も小学部のころに聞いていれば子育ての参考になったかもしれない、と思える話が多かったですが、それでも心に残ったことはいくつかありましたので、ご紹介したいと思います。
(メモも取らずに聞いて、記憶だけで書いていますので多少私のフィルターで「脚色」されているかもしれません。その点割り引いて下さい)

机の上のものを払いのけてしまう、という行動に悩んでいる事例が出ました。食卓でこれをやられると、食器は倒れたり割れたり、中身はぶちまけられて食べられないし、あとの掃除も大変です。この子の場合は養護学校の先生たちが創意工夫して乗りきったようでした。
講演のあとの質疑応答で、この「払いのける行為」の原因は何だったのですか、という質問が出ました。
そこで先生がおっしゃったのは、原因を追究するのはとりあえず「棚上げ」した方がいい、ということです。なぜなら、原因を考えると「犯人」を作ってしまうから。お父さんがああ言ったからだ、お母さんがあそこでこうしたからだ、薬のせいだ、先生が……。

たしかに、子どもの行動に出ることにはいろんな要素が複雑に絡み合っているわけで、これと決めつけるのは不適当かもしれませんね。本当にそうだったのかは、神ならぬ身、誰にもわからないことです。
子どもを育てるのには周囲の人間が力を合わせていかなければならないから、犯人探しはしない方がいいのかもしれません。よりよい環境を整える努力はするべきでしょうけど。
詳しくは聞いていないのですが、問題行動の「原因」がわかっている事例は、(こうするとこう出ると一般に言われていることでも)実はホントはとても少ないものなのだそうです。
本人にも原因がわかっていないけどなんだかイライラして殴りたくなる。そういう時はとにかく殴られそうな人を物理的に離して様子を見るのがいい。なんとかその場をしのぐことを考える。

もう一つ、「ポジティブ・シンキング」のお母さんの話。
障害児の母親で、前向きに熱心に活動していた明るいお母さんが、脳腫瘍で手術を受けた例があったそうです。
するとこのお母さんはあくまでもポジティブ・シンキング(positive thinking 前向き思考)で、「いい先生に執刀してもらえてよかった」「今まで子どものことだけだったけど、自分のために時間を使ってゆっくり休める」と言っていたそうです。
でも実は、先生がおっしゃるには「明るい、前向きなだけの人は無理をしている」のだそうです。だから脳腫瘍にもなる(?)し、キッチンドリンカーにもなりがちとのこと。
「いつも明るい人は一人で泣いているんですよね」という言葉に深く納得した私です。
無理しないで愚痴も言い合える家族や友人の存在がとても大事、あらためて心したいと思いました。
なるべくポジティブ・シンキングでいきたいと思ってはいますけどね。
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2007年01月19日

水中毒

アメリカの話ですが、まったくバカな企画をやったものです。
3人の子どものために賞品の「任天堂 Wii」をゲットしたい一心で、「水がぶ飲み大会」で無理をした若い母親が、水中毒のために亡くなりました。
http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20070117-143430.html
水も異常に摂り過ぎると脳浮腫を起こすんですね。
時事通信の報道では、水中毒の危険性を警告する人がいたのに、司会者は「知ってるよ」「責任は負わなくていいんだ」と笑い飛ばした由。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070119-00000022-jij-int
水中毒の危険性を知らないで企画したのと、「危険を承知で署名して参加してるんだから自己責任」と言い放つのとでは、問われる罪状もかなり違って来るでしょう。これが事実だとすれば(放送された以上事実と思えますが)ラジオ局の重大な責任問題になるのは必至。いったい何人の首が飛ぶのか、深刻な事態に思えます。

水中毒というのは、腎臓の処理能力(1分に16ml)を超えるスピードで水分を摂り続けると、細胞が水膨れを起こし、低ナトリウム血症を起こすもの。腎臓がちょっとでも弱いと命取りになりそうですね。
無理しないでトイレに行ってさえいれば死ぬことはなかったわけですが、トイレに行くとリタイアになるため我慢した母親を、愚かと笑うことは出来ないと思います。
今回の事件で、これまであまり知られることのなかった水中毒について報道されることも増えました。
でも、飲み過ぎよりもっと身近で危険なのは脱水症状の方。インフルエンザなどで高熱出した子どもには「水」じゃなくて「ポカリスエットなどのスポーツ飲料がいい」と以前から言われていることが、常識になればいいなと思っています。
水中毒と言えば、このサイトに以前、水中毒で子どもが死にかけた(?)ことのあるお母さんが、体験談を書き込んで下さったことがあります。
http://dashisroom.seesaa.net/article/15580906.html
コメント欄の後ろの方です。

この方のように、水のがぶ飲みについては、自閉症児・者の中にはその心配をしなければならない子も少なくありません。「あるものを片付けたい」から、あるだけ飲む、空っぽになるまで飲む、となりがちです。
「空っぽにならない」水道の蛇口から出る水はどうかというと、笑い話のようだけど笑っちゃ悪いホントの話。
友人のところでは、ほっておくと果てしなく水を飲んでしまうため、台所の水道はナント流しの下の水栓を閉めているそうです(そこを操作してるのを見られないように用心)。
幸いにも「水は台所の水道で飲む」ことにこだわりがあるのか、ほかの洗面所やお風呂の水を飲むということはしないようです。
汗をかく夏場はともかく、トイレが近くなるので出先では困りますね。

ウチの息子はそこまで極端ではありませんが、ペットボトルの水やお茶だと一気に飲み干してしまいます。あまり水分を摂り過ぎるのもね、と喉が渇いてなくても私が少しもらって量を減らしたりしています。
レストランではコップの水を飲み干すので、何度も足しに来てくれるお姉さんに「もう注がないで」とお願いしたこともあります。でも料理に胡椒などドバッとかけたり、激辛ラーメン(私は辛いのはダメなので食べられない)を食べたりするので、ホントに水が欲しいのかもしれず見極めがつきません。
脱水状態の時に発作が起こりやすいと聞いてもいるので、水分は不足させたくないし、なかなか難しいです。
人生は試行錯誤。
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2007年01月18日

障害者の犯罪

今年は年頭から猟奇的なバラバラ殺人が続き、しかも兄妹や「セレブな」夫婦だったりと、大衆誌が飛びつきそうな事件ばっかり。合間には不二家も入るし、記者は休む暇がないですね。どうせなら少し時期をずらして発生してくれれば……とぼやく声が聞こえそうです。
それにしても、歯学部を目指す受験生だったり、ハイソなお嬢様の犯罪だったりで、「何をするかわからな」くて怖いのは、決して知的障害者ばかりではないというのははっきりしたと思います。
いつだったか、子どもをマンションから投げ落として殺し、掃除のオバさんまで投げようとした(抵抗されて逃走)のは、理容師あがりのカーテン屋さんの店長でした。

きょう施設の見学会で会った障害児のお母さんが、
「犯人って障害者じゃないよね?」と身を乗り出しました。
「福祉作業所で働いている男」が幼児を歩道橋から投げ落とした事件のことです。被害者はほんとに気の毒なことでした。頭を強く打ったそうで、後遺症が残らないといいのですが。
私もうなずいて「実名が出てたよね。障害者なら出ないだろうし」。
「もう6回も事件起こして、罰を受けてるんだって」
それは知らなかったので驚きました。「そんなヤツをなんで野放しにしとくんだ」とみのもんたが怒ったそうですが、世論がそっちに行きそうで気になります。

夜になってニュースを聞いていると、今までも子どもを連れ回す(可愛がるの延長?)などの犯罪はあったけど、凶暴な事件を起こすようなことはなかった(から対応が甘かった)とのことでした。
作業所で焼いたパンを移動販売していたけれど、事件の直前に職員に叱責されて逆上した(?)という報道もあるようです。

「騒ぎを起こせば作業所をやめられると思った。子どもが死んでもかまわないと思った」
と供述したと報道されていましたが、ホントかなあとにわかに信じられない私です。そこまで計算して計画的に投げたとは思えないのですが。
この男、いわゆるボーダーなのか精神障害者なのか、または全くの健常者なのかわかりませんが、取り調べに対して言われたままに肯定したり、おうむ返しをしたり、適当に答えている可能性も大いにあると思うのです。
「死んでもかまわないと思った」のと思わなかったのでは、量刑がかなり違うはずです。人権派の弁護士さんがついて、公正な裁判が行われることを願っています。
障害者の犯罪については、書きたいこともありますが、また後日に。
posted by dashi at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月14日

成人の集い

きょう、いつものように掃除のあと息子をボーリングに連れて行ったところ、駐車場があふれるくらいの人出。いったい何ごとかと思ったら、ホールで障害者団体連合の「成人を祝う集い」が開かれていたのでした。
いわば障害者向けのもう一つの成人式ですね。
障害者にも分け隔てなく成人式の招待状は届くので、一般の人と一緒に自治体の成人式に出る人ももちろんいます。養護学校ではなくて地元の特殊学級(個別支援学級)に通った子なら、健常児の友だちと一緒に出るのが普通かもしれません。
でもこちらは車椅子が邪魔者扱いされず、手話通訳が待機(たぶん)している施設での成人式。もし奇声をあげたり走り回ったりするとしてもあまり気にならないのは、親としては気兼ねがなくてホッとすると思います。

式の様子は見てないのでわかりませんが、一般の式のように延々と祝辞やお偉いさんの説教(?)が続くこともないだろうと思います。その点でも親は助かりますね。
遠い昔の自分の成人式を思い出すと、着慣れない和服を着て窮屈な上に寒くて(膝にショールを置いてましたが小さくて……)、早く終わらないかなあとばかり考えていたのを覚えています。
式が終わったあとは中学校の同窓会をすることになっていたので(小さい自治体なので中学校も一つしかありませんでした。今は平成の大合併で市になってますけどね)、そのことに気を取られていました。
式では残念ながら心に残るようなセリフのひとつも聞けませんでした。記念品を何かもらったはずですが、全く記憶にありません。

きょうは息子の学校の、上のクラスの先生が付き添いでいらしていて、息子に声をかけてくれました。この先生のクラスの子は今年が成人式で、春には卒業です。
もう終了したらしい受付に友人(同じ自閉症関係の団体所属)の顔が見えたので、寄って立ち話しました。彼女のところは昨年が成人式で、前年に出席したお母さんが順繰りにお手伝いすることになっているそうです。
私のところは来年ですから、再来年は受付を手伝うことになるのかもしれません。
友人と話していたら、久しぶりに会う知人(一緒に活動していた同志)も通りがかって旧交を温めました。
立ち話をしていた15分くらいの間、息子はそばでポケッと天井を眺めながら時々姿勢を変えて待っていてくれました。

ボーリングの順番を待ちながら見ていたら、式が終わって正装した親子連れがどっと出て来ました。
普通の成人式には親は出ないでしょうから、やはり「よくぞここまで育ってくれた」と感慨深いものがあるんじゃないかと思いました。
スーツに、男ならネクタイが多かったけど、羽織袴や振り袖姿の女性も見かけました。髪も華やかに結ってあるのが遠くからも目立ちました。
友人二人の子どもたちにも偶然会いましたが、ピシッとスーツで決めていると有能なサラリーマンという感じです。自閉症らしい端正な顔をちょっと緊張させていました。

来年はウチの息子もいよいよ成人。髭もちゃんと剃って、オトナっぽい髪型で、カッコ良く決めたいものです。隣の私が引き立て役、かな。
posted by dashi at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月10日

ブーバ/キキ効果

きのうの続きです。
日経サイエンス2月号「特集:ミラーニューロンと自閉症」の中にこんな話があって興味深く読みました。
「ブーバ/キキ効果」というものですが、心理学者のケーラーという人が60年以上も前に発見した法則なので、一部の人にとっては常識かもしれません。
2つの図形があります。片方は丸みを帯びた曲線で囲まれ、もう一方は鋭く尖ったギザギザの線で囲まれた図形です。
これを見てもらい、「この2つはブーバとキキというが、どちらがブーバか」と訊ねます。すると回答者の母国語に関係なく、98%の人が<曲線で囲まれた図形>をブーバ、<ギザギザの線で囲まれた図形>をキキと答えるそうです。

ヒトの脳には、形や音から抽象的特徴を抽出する能力があるらしい。
トゲトゲの形とキキという鋭い音(口を横に引っぱり喉を閉じてやっと出せる音)に共通して認識できるものがあるのだろうと推察されます。
そして、自閉症の子どもで実験したところ、98%の人がするように即座にギザギザ=キキと決定できなかったそうです。
脳の中の、視覚と聴覚(そして触覚)の中枢の交差するところにある角回という領域、ここではミラーニューロンに似た性質が確認されてもいるそうです。
脳のこの領域に損傷を持つ人(自閉症ではない)を対象に研究すると、ブーバ/キキのテストに失敗し、自閉症者と同じように隠喩(手を貸して、の意味するところが判らないなど)が通じにくい傾向が見られたということです。
やはり、今の科学はかなり自閉症の原因に迫っているような印象を受けました。

ところでこれは日経サイエンスとは離れますが、知り合いの自閉症者(アスペルガー)の人が「音に色がついている」と言うのを聞いたことがあります。
苦手な音だと、聴覚ばかりでなく視覚的にも猛烈な刺激となって苦しいそうです。
一人だけなら個性とも思えますが、その場にもう一人アスペの人がいて、「そうだよね〜」と深く共感していました。本人たちにとっては当たり前の情景のようでした。
ブーバ/キキの実験では98%の人は視覚と聴覚がクロスして普遍的(絶対的多数派)なものを認識するわけですが、自閉症の人はクロスの具合(角回の機能?)が他の人と違うのかもしれませんね。

もちろん、情緒的なものは人それぞれですから、音に色がついて(形が見えて)聞こえる人イコール自閉症と言っているつもりはありませんよ。そういう人、芸術家にはけっこういるようです。あまり珍しくないのかもしれません。
一つの物理的刺激が別の感覚を誘発するのが共感覚(Synesthesia)。
音を聞くと色が見えたり、味から物の形が感じられるようなことを指します。そして、こういう人は2000人に1人の割で遺伝的に存在し、女性が男性の6倍ということです。
また色聴(Colored-Hearing)は音を聴くと色が見えるもので、ナボコフ、コルサコフの二人の作曲家がそうだということです。なお、この色彩は個人の中では決まっていますが、他人との共通性が見られないそうです。なかなか面白いですね。

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2007年01月09日

自閉症の原因

「特集・ミラーニューロンと自閉症」
この表紙を見ては買わずにおれませんでした、日経サイエンス2月号。1400円という価格に一瞬たじろいだものの、気を取り直してすぐレジに向かいました。
最近は難しいものを読んでいるとすぐ眠くなってしまう私ですが、しっかり勉強して元を取らなきゃ。サイエンスと聞くだけで構えてしまいますが、案外やさしく書いてあって私にも読めそうです。
とりあえず「自閉症の原因に迫る」の項だけは一気に読みました。

カリフォルニア大学サンディエゴ校のV.S.ラマチャンドラン、L.M.オバーマン両氏の論文(原題は、Broken Mirrors:A Theory of Autism)。アメリカで昨年秋に発表されたものを翻訳してあるようです。最先端の研究であることは異論がないところだと思います。
結論として、「ミラーニューロンの機能不全が自閉症の一因である。そして『突出風景』を描くプロセスに歪みがある」という仮設に立てば、矛盾は生じないそうです。
ミラーニューロンとは何か、突出風景とは何か、と当然続けなければなりませんね。
ミラーニューロンについてはこちらをどうぞ。
http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/brain/brain/34/index-34.html

突出風景は、自信ないですが、「感情的重要性の知覚」と言えばいいでしょうか。
私たちは膨大な情報の中から感情的にピックアップした反応をしている(強盗に遭うと恐怖を感じ、取るに足りないものには無関心でいるなど)。自閉症の子はそれが上手く出来ないから、些細な事柄に執着したり、「自律神経系の嵐」(いわゆるパニック?)を引き起こしたりする。
それは脳の連絡に問題があるということのようです。視覚野と扁桃体の間の連絡、大脳辺縁系と前頭葉との間の連絡の2つのルートが考えられるとのこと。
そしてどうしてそうなったかというのに、側頭葉てんかんとの関連が示唆されています。

いずれにせよ、脳の中のどの部分を活性化すればいいのか、かなり絞り込めて来たような印象を受けます。今は脳波検査装置やMRIなどを活用すれば頭の中の働きも(開かなくても)視覚的にも捕えられて、実験もやりやすそうですね。
どこに問題があるのかがわかれば対処法を考えることが出来ます。
最近の研究では、まだ幼いうちからそれなりの訓練を受けさせることで、改善できる可能性が見えて来たようです。母親の妊娠初期にダメージを受けた、若い脳の可塑性に期待できるということかなと私なりに思っています。
まだ子どもが小さい人にとっては、大いに希望の持てる研究ではないでしょうか。ご一読をお勧めします。

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2007年01月05日

年末年始

昨年の暮れ、新聞の投書欄に、家族の介護をしている人が「年末年始は公的サービスが使えなくなるので憂鬱」といった内容の文章を寄せていて、ソウダソウダと同感した私でした。
役所関係はお休みになるし、図書館やら病院やらに行けないのも困りますね。
週に何度か訪れるホームヘルパーもこの時期には休みを取ると思います。入所している施設からは一時帰宅して、自宅で新年を迎えるのを本人も周囲も期待、当然視するんじゃないでしょうか。
介護に当たる側からしたらお正月気分も吹っ飛ぶ、大変な時期だと思います。手伝ってくれる人が帰省でもしてくれたらいいですけどね。

ようやっと世間も正常に動き始めました。昨日か今日が仕事始めだったところが多いと思います。
来週、ショートステイで息子を近くの地域活動ホーム(ここも年末年始は閉まっていました)に預かってもらうことになっています。
息子を泊まり(ショートステイ)で預けたことは何度かありますが、いつもよく慣れたところばかり。初めての場所に泊まるというのは久しぶりです。いつものところが都合がつかなかったからの選択ですが、こちらのショートステイが利用できれば安い上に近くて便利、とても助かります。
きょうはその準備段階として2時間の一時預かりを利用しました。
来週はここにお泊まりするよ、と、宿泊用の部屋を見せてもらって言い聞かせました。
言葉はほとんどわからない子だからちゃんと理解出来るとは思えませんが、自閉症の特性を考えて、前もって予告するという手段を取ってみました。

もう何年も前のことですが、田舎の両親がお正月に関西の姉の家に来るというので、私も出かけたことがありました。3人の子を連れて九州に帰省するのも大変なので、両親とも長く会ってなかったのです。
姉の家は新幹線の京都から私鉄に乗り換えて少し行ったところ、駅のすぐそばの広い家に引っ越ししたばかりでした。
息子は、心配した新幹線も時間が短いからかなんなくパス、姉の家では以前一緒に半年暮らしたこともある祖父母に再会しておとなしくしていました。大きくなったね、しっかりして来たねと声をかけられていたのでした。
ところが……。やっぱり初めての場所はイヤだったようで、寝る時になったら突然始まりました、服破りが。

着ていたトレーナーの肩口に手をかけ、いきなりバリバリと裂いていきます。何かに取り憑かれたように、すごい力で次々と破って、しまいにはハダカです。
破る姿を初めて見る姉も両親もびっくり仰天、気でも狂ったのかとあわてていました。
寒いから裸のままというわけにもいかず、姉の子(甥)の古着やら(またすぐ破られました)バスタオルを巻き付けるやら、ひと騒ぎしてなんとかその夜は過ぎました。
来る新年がいったいどんな年になるのか、私一人でちゃんと育てていけるのか、暗澹たる思いで息子の寝顔を見つめたことを思い出します。

今日はわずか2時間ながら、12月21日に冬休みが始まって以来私が一人で外を歩くのは初めて、とても新鮮でした。本屋さんで雑誌を物色したり、靴のバーゲン会場で試し履きしてみるなど、そんなことがこの上ない贅沢に思えます。
ふだん家族の介護に当たっている人には、半日でも交代して外出させてあげるのが何よりのプレゼントだと実感します。育児中のママにも言えますね。
ウチの息子はもうだいぶ落ち着いて来たので、3秒以上目を離せない、といった修羅場とは無縁。がらすきの年末のうちに神社詣でをするのも別に苦痛ではありませんでした。パターン化した行動なので抵抗なく、お賽銭を入れて手を合わせ、「ありがとうございました」とぎこちなく言ったりしていました。
年末年始は無事に終わり、今度は3連休。やれやれ。始業式が待ち遠しい。
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2006年12月12日

自閉症とてんかん

息子より少し年下の、ダウン症の子のお母さんをこのところスクールバスのポイントでよく見かけます。
もう何年も前から一人で通って来ている子だったので、どうしたのかと聞いてみたら、一度発作を起こしたから心配でずっと送迎をしているということでした。
電車とバスを乗り継いで通っている子ですから、その途中で発作を起こしたことがあったら、そりゃあ一人にするのは勇気が要りますね。その子は会話も出来る子なので、お母さんに「一緒に来て」と言うのかもしれないと思いました。

「発作って、……てんかん?」
と聞いたらおかあさんはうなずいて、
「熱はあったんだけどね。この年になれば熱性痙攣とは呼ばないんだって」
詳しく聞きたかったけど、バスが到着したのでそこで別れました。
ダウン症もてんかんの合併症が少なくなく、乳幼児で2%、20歳すぎると5%ぐらい見られるそうです。
自閉症の場合はもっとずっと多い。先日専門家のお話を伺ったところによれば、文献では25〜30%の合併率、脳波異常だけのものも入れると60%という報告もあるそうです。
うちの息子はこの60%に入ってるんだなあ、と思った次第。

てんかんはたいていの場合一つの適正な薬でコントロール可能な病気。治ってしまう人も多く、発作がなく脳波が正常な状態が5年続いたというのが、いちおう治癒(治療終了)の目安になっているそうです。ただもとが脳障害ですから、治療終了の見極めは難しいようです。
以前、投薬をやめたら発作が起きたという例を聞きました。その人は30歳過ぎてから子どもの時以来の大発作を起こしたそうです。ずっと薬を飲み続けていたけど、脳波もきれいだしもうそろそろいいか、ということになったようでした。
2階でドターンと音がした時、そのお母さんは発作だとピンと来たそうです。すぐ階段を上がって駆けつけ、いびきをかいて眠る息子の服を緩め、窒息しないように顔を横向きにしたとか。
「病院に運んでも眠るだけだから」と救急車は呼ばなかったそうです。
その沈着冷静さは見習いたいものだと思いました。

てんかんの治療をすることで、自閉症の子の行動障害、情緒障害が改善される場合もあるそうです。
逆に治療不十分のときに、行動障害がひどくなったりパニックが増えるという例もあるようですね。
てんかんによって性格が変わったり、薬の直接作用で多動、幻覚、妄想などといった症状が出ることもあるようです。
脳の働きに直接作用する薬ですし、てんかんといってもいろいろあるから、一人一人オーダーメイドで種類(調合)と量が決まります。必ず専門家の診察を受けて薬を処方してもらわねばならず、勝手に服薬を中止したり量を減らしたりするのは厳禁。量を減らすときは何週間、何ヶ月という単位で様子を見ながら慎重にやっていくものだそうです。
そしててんかんの薬は副作用として肝機能が落ちると言われ、定期的に血液検査も必要となります。
……ホントに大変そう。(きょうはここまで)
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2006年12月06日

火事

心の痛むニュースを見ました。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061204i312.htm?from=main3
木造2階建ての住宅が全焼。51歳の母親と12歳の長男が遺体で発見されました。
夜中ではなく夕方4時過ぎの火事ですから普通は活動している時間帯。
元気な子なら逃げ出したんじゃないかと思いますが、養護学校に通っていたというから障害児だったのでしょう。その子の名前を何度も叫びながら家に飛び込んだ母親ともども、煙に巻かれて亡くなりました。
父親のほか外出していた小5の弟もいるそうで、亡くなった二人も生き残った二人も、気の毒で言葉もありません。

ウチの息子は重度の知的障害ですが、多少の判断力はあり、笛吹きケトルが鳴ると火を止めてくれます(うるさいからかもしれませんが……)。消せるぐらいだから教えたら着火も簡単に出来ると思うのですが、こればかりは怖くてさせられないでいます。
自閉症の親仲間から聞いた、彼女が以前住んでいた市で実際に起こった事件。
重度の自閉症だけど、ちょっとした調理は出来る青年がいたそうです。家族と一緒に食事の支度もしていたらしい。
この青年が、ある日家族が寝静まっている夜中に起き出して、火を使った。夜食にラーメンでも食べようとしたのでしょうか、睡眠障害で眠れないでいたのかもしれませんね。

その火が何かに燃え移った。普通なら家族に知らせますよね、でもこの青年はどうしたらいいかわからなかったのでしょう、「彼にとって安全な場所である」自分の部屋に戻って布団にもぐりこんでしまったのです。
寝ていた家族が目を覚まし、驚いて逃げようとしました。
家族は当然、その青年を起こして一緒に外に出ようとしたけど、どうしても寝床から出ようとしなかったそうです。家族が抱えて逃げるわけにもいかない、体格のいい青年だったようです。
家族は泣き叫びながら必死で引っぱるけど、どうしても動かない。「安全なはずの場所」から動きたくなかったのでしょうね、布団をかぶって動かなかったそうです。
とうとう家は焼け落ち、青年はそのまま亡くなりました。家族の心中はいかばかりかと思います。

重度の知的障害児を一人家に残して、何時間も平気で外出する知人がいます。その子も慣れたもので、おなかがすくと冷凍してあるおにぎりを電子レンジでチンして食べるそうです。
これを聞いたときはびっくりしました。言葉がなくて会話は出来ないし、人の指示がほとんど入らない子なのです。こと自分が食べることとなるとちゃんとやれるもののようですね。
今は火を使わなくても電子レンジでたいていの食事はフォロー出来るみたいだし(美味しいとは言いませんが……)、電磁調理器も普及して来たようです。知らない間にONになっているという危険性も改良されるようですし、これからは高齢者の一人暮らしでも火事は少なくなるかもしれませんね。
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2006年12月05日

てんかん

ウチの息子がはっきり自閉症と診断されたのは5歳の時でしたが、そのとき先生が何げない口ぶりで、
「脳波検査の予約をしましょう」
と言われたのは意外でした。田舎にいたころ療育手帳発行の前に脳波をとらされたこともあるけど、診断がついたのになぜ? 私がよほど怪訝な顔をしていたのか、
「自閉症にはてんかんの子が多いんですよ。脳波をとればそれがわかりますから」
というようなことをおっしゃったのに、大ショックを受けた私。てんかん? わが子がそんな恐ろしい病気に? と、とてもうろたえました。てんかんと聞くと、泡を吹いてひっくり返る恐ろしい病気という先入観があったからです。
だいたい、漢字で書くと「癲癇」、この字面からしておっかないですよね。

私の小学校の同級生にてんかんの子がいました。私は見た記憶がありませんが、通学中や教室の中で発作を起こしたことがあり、いきなりバッタリと倒れた話などは耳にしました。普段はニコニコと穏やかな子でした。
私がてんかんと聞いて連想するのは、どうしてもその子のことになります。
昔の片田舎ではちゃんと「薬でコントロール出来る病気」という認識があったのかどうか。その子は病気とともに周囲の偏見(タタリとか遺伝とか)に悩まされていたのではなかったかと思います。
その子は成人したあと、入浴中に発作を起こして溺死したそうです。もう少しあとの時代に、もう少し都会に生まれていれば、ちゃんと専門病院で診察を受けて投薬され、死ぬことはなかったかもしれません。

正直なところ、息子が自閉症と言われたときは「ああ、そうだったのか」と謎が解けたような、安堵する気持ちもありました。続けて「脳障害ですから一生治りません(『えっ、がーーん』と来ましたが、それはともかく……)。育て方のせいでこうなったのではないです」とフォロー(?)してもらったこともあり、自閉症というのは納得できました。
でも、てんかんなんて。一体どうしたら?
先生は数多くのお母さんに同じことを言い続けて来たのでしょう、とても不安がる私に、一本調子で
「健常な子の10倍ぐらいの確率ですかね。20%の発症率と言うけど5分の4の子は出ないわけだから、まあ割合としては多いかどうかわからないね」(ずいぶん昔のことになるので、数字などはうろ覚えです)
と突き放したような言い方でした。ここで妙に優しく言われたら泣いたかもしれないので、先生のそっけなさは却って有り難かったです。

頭の中は開いて調べるわけにはいきませんが、今は脳波をとることでかなりのことが判断出来るようです。
悪戦苦闘して録った脳波のグラフを音をたててめくり、ちょっとあやしいスパイク(尖った波)があると言われました。いつ発作を起こされてもしかたない、と覚悟を決め、中学校を卒業するまで年に一度脳波を録り続けました。
あやしい波はそのままですが、発作を起こさなきゃこのまま様子を見ましょうということで、脳波を録るのは中断しました。幸いまだ発作は経験ありません。
一度発作を起こすとその後ずっとてんかんの薬を服用することになり、その間は定期的に血液検査をしなければならないそうなので、発作を起こすと起こさないは天地ほどの差があります。
初めて発作を起こすのには児童期と思春期が大半と言われますが、25歳や33歳になって起こした例もあるそうで(知人の一人もそうです)、一生油断は出来ません。
私の知る範囲では「暑くて脱水状態だった」「寝不足で疲れていた」「妙にハイだった」ときに初めて発作を起こした、と聞いているので、水分摂取は制限しないし、あまりに眠そうなときは無理しないで学校に遅刻して連れて行ったりもします。

ウチの息子のように脳波に異常があってもなんともない(発作を起こさない)子もいれば、脳波は全くきれいなのにひどい発作を起こす子もいます。また投薬がドンピシャと決まって二度目の発作は起こさないで済んでいる子もいれば、合う薬が見つからなくて発作を繰り返し、困り果てているお母さんもいます。
発作と言っても泡を吹いて倒れるようなのは大発作と言い(脳へのダメージ大)、そうそうあるものではないらしい。急に固まったり、妙な動作を繰り返し、時間が来るとハッと止んだりするのもあるようです。様子がヘンなのでそばにいたらわかるという話です。
ウチの息子なんか一人で部屋にこもってることも多いし、見てない時に発作を起こしてもわからない、と専門家に訴えたら、
「見てないものは、ないんですよ」
と笑顔できっぱりと言ってもらいました。一生見たくない……。


※てんかんや脳波については、薬のことも含め、また日をあらためて書きたいと思います。
posted by dashi at 20:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月01日

肥満

先日、障害者が日中通って働いている施設を見学しました。
下は18歳から上は54歳、平均33歳とかで比較的年齢のいった利用者が多く、わが子の将来を見るようで複雑な気分でした。33歳と言えば、サラリーマンだったら働き盛りで生き生きしている年代ではないかと思いますが、知的障害者の場合は動作も緩慢になり年齢よりも老けた印象を受けるように思います。
動作が緩慢になるということは、運動不足で太りやすいということでもありますね。子どものころ3秒以上は目を離せなかった多動の子でも、大人になると落ち着くのが普通。多動の時期は太りっこないですが、動かなくなったら周囲が気をつけないと肥満になりやすいと思います。

肥満とは、脂肪組織に脂肪が大量にたまり、体重が増加した状態。ホルモン異常や薬の副作用など、脂肪代謝の異常によるもの(症候性肥満)もありますが、ほとんどの場合は単なる食べ過ぎによる肥満(単純性肥満)だと思います。
大食い選手権で優勝する人が痩せっぽちだったりしますが、あれは症候性肥満の逆で、ホルモン異常や代謝異常(栄養を分解出来ない)なのではないでしょうか。
肥満がなぜいけないかは言うまでもありませんが、
心臓に負担がかかるので、狭心症や心筋梗塞のリスクが大きくなる。
糖尿病になりやすい。インシュリンの効きが悪くなり、血糖値が上がって悪化させる。
高血圧になりやすい。
高脂血症、脂肪肝になりやすい。
……病気のデパートですね。

また重い身体を支えなければならないから、膝をはじめ関節を傷めやすいです。腰痛の原因にもなるようですね。
重いから動くのが億劫になる、動かない。ますます太るの悪循環です。
身体に合う服が少なく、おしゃれも難しいし、高くつきますね。
私の祖母(肥満体で糖尿病、高血圧。最後は脳溢血で亡くなりました)に、昔、アメリカ土産の大きなパンツを買ってきてくれたオバさんがいました。市販のものは小さくて困っていたのです。
その人が満面の笑顔で「どや、これなら入るやろ〜」と両手でゴムの部分を引っぱって見せた巨大なパンツ、もう何十年も昔のことなのに、忘れられません。

今回の見学先に、まだ20代と思われるのにみごとな太鼓腹の利用者さんがいました。
他の人がふざけておなかをポンポン叩くと、トレーナーの上からもおなかの肉がぷるぷる動くのが見えました。
本人は怒りもしないで無抵抗です。たぶん食べることについてもそうで、おそらく目の前にあるものを果てしなく食べる人なのだろうと思いました。
自閉症者の中にはたまにとても太っている人がいます。糖尿になって施設で減量に取り組む話を聞いたりしますが、いったん太ってからでは痩せるのが難しいのは、世にダイエット本、食品があふれていることからも明らか。
本人が節制出来ないなら、周囲の人が気をつけて食事制限してあげてほしいと思います。
太った子のお母さんが痩せてたりしますが、そういうのは、食べるしか楽しみのない子だから……と不憫に思って食べさせているのでしょうか。実は毒を盛っているのだという認識を持つべきだと思います。
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2006年11月15日

難しい子

きょう自閉症関係の小さな集まりに出かけたら、数年ぶりに会うお母さん(Nさん)がいました。
Nさんとは親だけのつきあいで、家や学校が遠いこともあって子どもさんの顔は見たことがありません。
その人の子はウチよりいくつか年上で、養護学校を何年か前に卒業しました。問題行動の激しい子で大変だったけど、今は落ち着いて作業所に通っているらしいと人づてに聞いたのが、もう3年ばかり前のことになるでしょうか。
今もそこに通っていると思ったら、精神科で知られた病院にもう2年も入院していると言うので驚きました。

Nさんはあごを突き出し、そこに残った傷あとを撫でながら「噛みつかれたの。6針縫ったのよ」と苦笑しました。色白の痩せた顔で、その傷はよく目立ちます。
「噛みついて放さないわけ? ギリギリって噛みしめるの?」
痛そう……と眉をひそめながら(たぶん)、その情景を思い浮かべて身震いの出る思いがした私でした。
Nさんは自分の手指の傷あとを示しながら、「ここも噛まれたあと。ここも……」と淡々と話し、
「もう2年にもなるから聞かれても大丈夫。初めのうちは、とても人に話せる気分じゃなかったけどね」
とニッコリしました。

私が直接見たわけではないですが、Nさんの子の問題行動ぶりは仲間うちでは有名でした。
どこかへ行ってしまうとか、睡眠障害があるとか、他の子に噛みつくなどの他傷行為は、深刻は深刻だけど珍しい話ではありません。
以前話を聞いて「えーーっ」と私がびっくりしたのは、調理前の生の肉や魚も平気で食べてしまうから、食糧をしまった部屋には鍵をかけている。冷凍品も食べたこともあるが、不思議とおなかはこわさない、という話でした。
家族は、冷たいものを飲みたくなったらわざわざ鍵を開けて冷蔵庫にたどりつくわけです。
正直な話、よくそれで普通に生活出来るな〜とあきれました。お兄さんもいたと思いますが、そんな家庭がイヤにならないのかと同情したくなりました。

難しい問題行動が、投薬の成果があがって収まる子もいると聞きます。Nさんの子はアトピーもあって、効果のあがる薬にめぐり会えなかったという不運もあるようです。
Nさんが入院を選択したと聞いて、無理もないと思いました。家庭で見る限度を越えてると思う。
家族だって生身の人間なのだから、噛まれたら痛いし夜中に騒がれたら辛い。遠くで見つかって迎えに行くには交通費だってかかるし、頭も下げなければならない。
自分が噛まれるのも悲しいけど、よその子をケガでもさせたら大変です。
「こんな子は鎖でつないでおけ」だの「ちゃんとしつけろ」だのと罵られても反論出来ません。
本人が悪いんじゃない、悪いのはそういう行動をとらせる障害だ、と理屈を言われても、表に出る結果は同じです。
そこで耐えて耐えぬけば、明るい未来が約束されているというのなら話は別ですけどね。

なぜそういう行動に出るのか推測出来る場合も多いけど、全くなんの脈絡もなく突飛な行動に走る子もいます。
脳の障害であるからには、アドレナリンの異常分泌といったことがおこるのでしょうか。
人権がおろそかにされていた時代には、おとなしくさせるためだけに安易にロボトミー手術がされていました。故ケネディ大統領のお姉さんも施術されたそうですし(以前書きました)、映画「カッコーの巣の上で」で広く問題提起されましたね。
いい精神安定剤も増えて来た(という話です)今ではそんな乱暴なことをする必要もないでしょう。凶暴な場合に安定剤を大量投与して、副作用でおとなしく(朦朧と)なる、ということはあるでしょうけどね。
Nさんの子は病院(個室)がイヤではないようすで、落ち着いて暮らしているそうです。
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2006年11月14日

生まれ変わり

きょう、ひと回りも上の先輩お母さん(Hさん)と話す機会がありました。その人のお嬢さんは、週日はグループホームに暮らし、パート勤務で働いている社会人です。
自閉症独特の難しさもあるようですが、周囲の理解やサポートを得て、「ずっと働きたい」と仕事を楽しんでいるそうです。
Hさんは穏やかな人で、一人娘をいつくしむという表現がピッタリの育て方をされて来ました。子どもの障害をごく自然に受け止め、小さいころは一緒に遊ぶのを純粋に楽しんだそうです。
お嬢さんもお母さんの影響で刺繍や折り紙の上手な、趣味の多い人です。ディズニーランドの年間チケットを買って休みに出かけたり、一人旅で手塚治虫記念館を訪ねたりもしています。

このお嬢さんは以前、「人は死んだらどうなるのか」ということを強く意識していた時期があったそうです。子どもが暴行のあげく殺されるといったニュースを聞くと「もうダメで」、とても不安定になっていたということでした。
具体的にどういうことをしていたのかは聞きませんでしたが、おそらく強迫神経症的に、同じ事を何度も繰り返し聞いたりつぶやいたり、眠れずに困ったり、苛立たしげに歩き回ったりしてたんじゃないかなと、私なりに想像しました。
その危機を救ったのは、お嬢さんが可愛がって育てていた蝶でした。

お嬢さんは毎年、蝶の卵が産みつけられた葉っぱを見つけてはもらって来て、朝夕餌を与えて育て、「蝶々のお母さん」をしています。グループホームに入った今も近くの茂みや馴染みの園芸店で探しているそうです。
ある日、ミヤコ蝶々さんが亡くなったというニュースが流れた時に、ちょうど一匹の蝶が羽化しました。彼女が集める卵はアゲハチョウばかりのようなので、大きなアゲハが見事な羽をゆっくりと広げて羽ばたいたのではないでしょうか。
するとお嬢さんは「そうかー、人って生まれ変わるんだ!」とつぶやき、それがすっと心に落ちたそうです。ミヤコ蝶々さんの名前との語呂合わせに納得できたのでしょうか。

それ以来、不幸なニュースを聞いたあとには、新しい蝶が羽化する度に「この蝶はあの子、これはあの女の子の生まれ変わり」と自分なりに決めているそうです。だからオスメスの区別がとても大切なのだとか。
これはHさんにもとても印象的な出来事で、「幼虫にもオスメスがあるのよ〜。私も見分けられるようになったわ。模様が違うの」と眼を輝かして話してくれました。
理不尽な悲しみに心を傷めていたお嬢さんの目に、サナギから抜け出て大きく羽を広げたアゲハは希望に満ちた新しい命の象徴と映ったのでしょう。

自閉症者にとって一番大事なのは、「本人が納得すること」だと私は思います。
ウチの息子はHさんのお嬢さんほどIQも高くなく会話も出来ませんが、わからないなりに納得させることは可能な場合もあります。納得できたことではトラブることはありません。
すっと心に落ちる理論付けが、すべてのことで出来たらいいのですが。
posted by dashi at 23:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月02日

お姉さんの結婚

明日のバザー準備で学校に行って担当仲間でお昼を摂っていたら、お弁当のご飯をほとんど食べない人(Mさん)がいました。
もうすぐお嬢さんの結婚式があるのでダイエットしているそうです。
お嬢さんはウチの娘と同い年なので、先を越されたワと笑い合いました。
「親だったら着物を着るの?」
「ううん、洋服。Kがいるからやっぱり、着物はちょっとね。何があるかわからないから」
結婚するのはこの学校に通っているKくんのお姉さん。二人きりのきょうだいです。

Kくんが生まれたとき、Mさん夫婦はやはりお嬢さんが結婚する時のことをまず考えたそうです。
(Kくんはダウン症なので、出産直後に障害がわかります)
KくんをMさん夫婦の弟さんの養子にして戸籍から抜き、お嬢さんとは全く関係ないようにすることまで考えていたという話には、そんな早くからと正直なところ驚きました。弟さんがどういう人かわかりませんが、弟さんがそのことで悩むおそれが無いということは、子どもはいないのでしょうね。
きょうだい児がいる障害児の親にとっては人ごとと思えない話で、親の心配が杞憂に終わり堂々とお姉さんの結婚式に参列出来るKくんに、よかったねと自分のことのように嬉しく思います。

お姉さんが結婚を意識し始めた頃、Kさんはその相手の男性にはっきりと「戸籍をいじってもいい」と申し出たそうです。でも拍子抜けするくらい相手はKくんのことにこだわりがなかったとか。
相手の男性はKさんのお嬢さんと同じ職場で、障害や介護とは無縁の人です。でもその人のお母様や妹さんはボランティア活動に熱心だったり、また知り合いに障害者の人がいたりして、理解がある家庭の人のようでした。
「いいね〜」「いい人が見つかってよかったね〜」
食後のお茶をすすりながら、私たち保護者は羨ましさにため息をついたのでした。

見た目障害の存在がわかるダウン症の場合は、まだしも周囲の理解が得られやすいかもしれません。
沈んだ感じのダウンちゃんもたまに見かけますが、たいていは「天使の微笑み」と呼ばれる笑みをたたえた、天真爛漫にニコニコしているイメージがあります。
心臓に問題を抱えた子が多いので、運動会で全力疾走しているダウンちゃんがいると「おおっ、珍しいな」と眼を引かれてしまいますが、スポーツを楽しんでいる子も多いです。
多少手助けが必要としても、人なつっこいので可愛がられ、集団の中にとけ込んで適応出来る子が多いと思います。
自閉症の場合はそうもいきません。

きょうだいに自閉症者がいることを隠す、と聞いて私が連想するのは映画「レインマン」です。
真実を打ち明けられる前に親が亡くなり、遺産相続で初めて自閉症の兄の存在を知った弟の話でした。自分は破産寸前だから兄に入る遺産を目当てに同居しようとするなど、健常者のエゴが正直に描かれていたと思います。
あの兄は自閉症と言っても「サヴァン症候群」と呼ばれる一種の天才です。才能をうまく生かして弟と組んだカードで大勝ちしたりもします。
それでもあの通り日常生活を普通に送るのはとても難しく、パニックを起こすと弟を途方に暮れさせてしまいます。

親の葬儀に息子を連れて行って散々な目に遭い、二度とその子を連れて帰って来るなと怒鳴られた人の話を聞きました。私も最初から(遠くて交通費がかさむのもありますが)父の葬儀に息子を出そうとは思いませんでした。いったい何をしているのか理解出来ない場では、どれほどに不安な気持ちになるか、どんな突飛な行動をとるか、考えただけで気が重くなります。
それでも高等部の卒業式ではちゃんとネクタイも締めた息子、徐々に場をわきまえるということは出来るようになりました。時間も長い葬儀の場は難しそうですが、お祝いの席ではそれなりに行動出来そうな気もします。
二人の姉の結婚式には(その日が来るのかどうかわかりませんが)相手の親戚にも気後れせず、ピシッとスーツで決められたらいいのですが。
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2006年10月27日

実習終了

自閉症の息子が卒業後の準備として通った、地域作業所での実習が終わりました。
今回の実習では幸い問題も起こさず、利用者の皆さんにも可愛がられて、後半には笑顔も見せていたそうです。仕事はちゃんと片付け、給食も普通に食べて、指導員さんにも迷惑かけなかったようでホッとしました。
学校は遠くにあるので自家用車とスクールバスを乗り継いで行ってますが(たまには公営バスや電車も利用します)、今度の実習先は自宅から歩いても(かなりの早足ですが)15分ぐらいと近かったので、送迎する私にとってもずいぶんラクをした一週間でした。

きょうは養護学校の先生も参加しての反省会が行われ、平和裡に終了したことを確認しました。
今回の実習先は、障害者地域活動ホームという施設の分場(ブランチ)という位置付け。
週の終わりの金曜日午後には、いくつかある分場の利用者も全員活動ホームに集まって、レクレーションを楽しんだりお茶にケーキをいただいたりするようです。息子も他の人たちと一緒に活動ホームに移動して、近くの公園まで散歩に出たようでした。
終わったころに私が行くと、さっさとカバンを背負って帰ろうとし「気をつけピ、さようなら」を連発して笑われていました。

作業所の利用者さんたちが、帰る前に息子に「学校でもガンバッテね」「元気でね」「淋しくなるなあ」などと声をかけて別れを惜しんでくれました。ここの利用者さんたちには比較的年齢の高い人が多くて、弟か息子といった感じで可愛がってもらったようです。
みなさん知的に遅れはあるのでしょうが、こういう普通の感情を示してもらうと、指導員さんもやり甲斐があるんじゃないかなと思いました。
せっかく声をかけてもらっても、息子は手をちょっと振るぐらいでほとんど無視。どう行動すればいいのかわからないのでしょうね。
一見して自閉症とわかる男の子もいましたが、息子にはまったく関心なし。いかにも、でした。

給食費を5日分払って、お礼を言って辞しました。息子の学校の給食費は日数分戻って来ます。
実習先への謝礼は学校から渡されるようでした。
学校からは毎日先生が交代で来て、様子を見て帰られていました。クラスの子どもたちが全員、時期をずらしてあちこち実習に行くので、先生も長時間移動に取られてお忙しいことだろうと思いました。
来週からまた学校、金曜日はビッグイベントの文化祭バザーです。私も早く風邪を治して、その日は元気に働きたいものだと思っています。
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2006年10月18日

実習前面談

来週から息子が現場実習に行くので、養護学校の進路担当の先生も交えて事前の面談に出かけました。
息子は秋休みに見学に来たところだし、施設長さんとは運動会でもお会いしたので、慣れた様子で階段(ビルの4Fにあります)を上ってくれて助かりました。
自閉症の子は慣れない(初めてではなくても)場所をひどく警戒することも多くて、ウチの息子を以前東京・中野に住んでいた甥のアパートに連れて行ったときは、どうしても部屋に入ろうとせず、階段の下で待っていたものでした。
私の家に寄ってくれた友人に「お茶でも飲んでいけば」と声をかけても、子どもがゼッタイに入らないから無理だったということも何度かあります。

きょうレスパイトで泊まることになっている利用者さんがいて、私たちが話している間、そばのソファーでじっと待っていました。(ジヘイっぽく見えましたが定かではありません)
そこは小さな作業所ですが連携している施設が4カ所ばかりあって、共同で宿泊用の部屋を借りているそうです。
冠婚葬祭など緊急のときは言うまでもありませんが、親が旅行したいなどレジャー目的の場合でも、理由は問わず預かってくれるサービスがあって、これをレスパイトと呼んでいます。
もちろん有料ですが、障害児の親にとっては、目的を問わず預かってくれる場所があるのは有り難いことですし、そこが子どものことを熟知していて安心して預けられるところならなおさら心強いです。
今はこういう地域資源も充実して来て、障害児者を育てるのも以前と比べたら格段にラクになったようです。

きょうの面談で、「嫌がることはありますか」「不機嫌になったらこうすればいいというのはありませんか」など聞かれました。ケアをする側としたら、最優先に知っておきたいことでしょうね。
いろいろ話しているうちに、息子が(好きな曲でないBGMだと嫌がるから)運動会の出番の時はBGMを消した、と先生からお聞きして、そんな配慮までしてもらってたのかと恐縮でした。
レスパイトの青年(利用者)がトイレに立ち、そばを通ったときに半袖シャツだったので腕がよく見えました。
ハッとしたのは、肘から手首までの間に無数の傷跡があったことです。
おそらく自分で噛んだものと思われました。時間が経ってケロイド状になっています。

自閉症の人の中には自傷行為といって自分の肉体を痛めつける問題行動が見られることがよくあるのです。
髪の毛をむしり取ってしまうとか、頭を壁に何度も叩き付けるとか、この青年のように自分の腕に噛みつく話もよく聞きますね。ギリギリと血をにじませながら噛み続けるそうです。
他人を攻撃する他傷(他害)行為よりはまだはるかにマシですが、端で見ているととても耐えられない辛い光景です。ウチの息子もほんの一時期ですが自分の頭をゲンコツでポカポカ殴っていた時があり、一度は思わず「やめてよ〜」と抱きついて泣いたものでした。

不安定になってイライラすると自傷や他害が出かねないので、見通しをもって気持ちよく実習に臨んでほしいなと思っています。
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2006年10月08日

地域の運動会

きょうは皇室のお姫様も運動会だったそうで、晴天に恵まれて何よりでした。やっぱり晴れた方が警護もラクでしょうしね。
私の地元では障害者団体の連合運動会が開かれ、通所施設で働いていたり訓練会などを利用している人たち、その家族やボランティアの皆さんが地区センターのグランドに集まりました。
学校が家から遠い場所にあるため地域との接点はあまりないのですが、今はOBとして月に一度リトミックの日だけ出席している訓練会から、息子も参加しました。
こういう行事を楽しむのが難しい息子は、10時からでは長過ぎて持て余すし、私も疲労困憊してしまいます。OBの気楽さで、お昼頃に出かけて一緒にお弁当をいただき、午後の出し物だけ参加させてもらいました。

障害と言ってもさまざま。身体と知的の両方集まるので、車椅子の人もいれば、聴覚障害など一見なんともなさそうな人もいます。物陰に隠れてニコニコしている自閉症らしい子や、ボラさんと手をつないでいるダウンちゃんがいたりします。
社会のバリアフリー化なんて言っても、健常な人に混じればどうしても萎縮してしまいがちですから、こういう場ではみんな気兼ねがなくのびのびとしているように思います。
うちの息子も自分からは行きませんが、誘ったり促したりしていくつかの競技に出してもらいました。
リレーでは受け取ったバトンを持ってナントその場でもじもじ。「走れ〜」と声をかけられて初めて走り出すというハプニングもありました。ちゃんと走ったので遅れなくてよかったです。
息子を乗せた車椅子を押して短いS字カーブを走る競技では、3着のリボンをもらいました。

ここではふだん疎遠になっている古い知り合いに会ったりします。
だいぶ年上の、息子の学校の卒業生が来ていたので、そのお母さんと近況報告を交わしました。上のお嬢さんは結婚して出ていき、ご主人はもうすぐ定年。親も年を取るけど老け込んではいられないと元気です。
他の養護学校に行っている自閉症の子のお母さんとも久しぶりに会って話をしていたら、もうすぐ実習でスーパーに行くということでした。後方の仕事という話なので、野菜を計量して袋詰めにしたり、ラップを次々とかけていくような仕事なのかなと思いました。
その子は言葉もほとんどなく障害として軽くはない方ですが、手先は器用だし指示には従えるようです。
一般就労か、いいなあと私が羨ましがると、どうなるかわからないとお母さんは首を傾げました。
「その仕事をする能力があることと、ちゃんとやるかどうかは別だから」
「うん、それはそうね。たいていは人間関係がネックだもんね」
理解のある職場で気持ちよく働けたらいいね、とAくんの横顔を見たことでした。

小学生のころから知っている子にも会いました。お母さんの方はどこか行っていて、その子はボランティアさんと一緒に日陰のベンチで見物していました。
私の顔を見ると腕を伸ばして来て、挨拶代わりに「ガチャピン」「あにゃ」を繰り返しますが、これは小さいころからずっと変わりません(私も一緒に「ガチャピン、あにゃ」をハモります)。
笑って「○○ちゃんも語彙が増えないね」と言うと、隣にいたボランティアさんが「うるさい、は言うらしいですよ」とニヤニヤしていました。お母さんの口癖なのでしょうね。
そう言えば、広島にいたころの知り合いが、子どもが初めて覚えた言葉が「どいて」だったと苦笑していたのを思い出しました(綺麗好きな人でよく掃除してました。掃除の邪魔で「どいて」だったのでしょう)。

最後はグランドいっぱいに二重の輪になって、「マイムマイム」を踊りました。知っている曲だからか息子も嫌がらず、ふらふら動いていました。
いろいろあって、楽しい運動会でした。
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2006年10月03日

寝付けない夜

今朝は息子がなかなか起きてくれず、スクールバスに間に合わないかと心配しました。
それというのも、ゆうべ遅くまで寝付けなかったからです。早くから寝床に入っているのに、いつまでも思い出したように声を出すのが聞こえます。
こういうのは珍しいことではなく、睡眠のリズムが乱れるのは(睡眠障害)自閉症の子にはよくあることです。
小さい時はよく、夜中にトイレに連れて行ったり水を飲ませたりしたものでした。こちらも眠れない(起こされる)わけですから、けっこう辛い思いをします。

ゆうべもとても眠くて起きあがるのもイヤでしたが、このままでは寝ないだろうと観念してコップの水を持って行くことにしました。これで寝てくれることもよくあります(それでもダメな時の方が多いですが)。本人も眠いのか面倒なのか、声をかけても自分では飲みに行かないんですよね。
ノックして部屋を覗いたら、パソコンの電源が入ったままで青白いランプが光っているのに気がつきました。
いつも入浴の前に私が電源を切るのですが、もしかしたら時間が早くてスリープのままだったかもしれません。
息子は上の子が使わなくなったパソコンをCDプレーヤーとしてだけ使っています。CDを入れ替えたり曲を選んだりはするのに、電源を切るのは自分の仕事ではないと思っているのか、やろうとしません(やろうと思えば出来るはず)。
寝付けないのはこの光が原因だったかと納得して、コップの水を一気飲みしている息子に「ごめんね」と言いながら電源を切りました。「自分で切ればいいのに!」と言いたいところですが、ここらへんが自閉症たるゆえんだろうと諦めています。

前には、雨戸が閉まってなかったために寝付けないでいたことも何度かありました。
ガラス戸の内側にカーテンではなく障子戸があるので、雨戸が閉まってないと夜はぼわっと白く見えます。
水を持って行って気づいたこともあるし、朝になって気づいて「ゆうべなかなか寝なかったのはこのせいか」と、眠くて様子を見に起きなかったことを後悔したりします。
いつもは息子が雨戸を閉める担当なのですが、出かけたりしてて上の子が閉めることがあります。この子は「自分の部屋の雨戸ぐらい自分で閉めるべきだ」と言い張って、息子の部屋のは閉めてないことが多いのです(ホントは単に忘れてるだけだと思いますが)。そんな日にうっかりして閉め忘れてしまいます。

パソコンの電源ランプや障子の明るみが気になるのは、無理もないことだと思います。言葉のない子だからうまく伝えられないわけで、「いつもと違うことは苦手」な自閉症者としてはとても困る事態なのでしょう。
先輩お母さんがこんな話をしていました。連日熱帯夜が続いていた年のことです。
暑いからクーラーをタイマーにして寝たい。ところがクーラーがついたままだと自閉症の息子さんが気になって寝ない。タイマーが切れて止まるまで目をギラギラさせて見張っているそうです。息子さんが寝ないとうるさくてお母さんも眠れない。クーラーが切れると息子は寝るが自分は暑くて眠れない……。
そりゃあ困ったね、と聞いていたジヘイちゃんの親たちは口々に同情はするものの、妙案はなく、「涼しくなるまでの辛抱よ」と笑いながら慰めた(?)のでした。

私がクーラー(除湿)を切るのを忘れた日もあります。
朝になって息子の部屋に入ったらひんやりしていてびっくり。タオルケットを頭までかぶって丸まって寝ていました。
前の夜、息子は寝付けないでいたようだったのに私は爆睡してしまっていました。寒かっただろうなと心配しましたが、最近のクーラーは温度調整もちゃんとしていて冷えすぎないのか、幸い風邪引くことはなかったです。
こうして書いてみると、息子の睡眠障害は私の不注意によって起こることも少なくないようですね。以後気をつけよう。
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2006年09月30日

身辺自立

きのう、秋晴れに誘われて「くりはま・花の国」に出かけました。
せっかくの秋休みの大半を、部屋に引きこもったりドライブや買い物のお供で過ごしている息子孝行をしたかったのもですが、コスモスが見ごろと聞いてのことでした。
ネットで見つけた画像を見せて、「電車に乗って行きます」と何度か言い聞かせたら、すんなりわかってくれました。
ボランティアさんに電車で連れて行ってもらったこともあるし、一度は(ずいぶん前ですが)駅で待ち合わせて障害児仲間と行った事もあって、息子にとっては周知の場所のようでした。
駅を出て「どっちだったっけ?」ときょろきょろする私を尻目に、さっさと歩き出した息子。「慣れたところは好き」という自閉症の特性を発揮でした。

期待のお花畑のコスモスは、言っちゃナンですがすごくしょぼくて、笑ってしまいました。とても広い花畑ですが、緑の中にぽつぽつと花が咲いている感じ。
すれ違った人たちが、今年は異常気象で生育が悪いらしいと話していました。コスモスの中に入ってカメラを構えている人もいましたが、アップだとバックはうまく満開に写ったかもしれません。
平日の昼間なのに予想以上に人が多く、中高年の団体客が来ていたようでした。日差しが強かったので、日陰に入ってお弁当を広げている人たちもいて、コスモスはしょぼくても森林浴を楽しめる一日だったことでしょう。
息子はお花畑に下りるのを拒否して坂道をどんどん登るので、私も大股でその後を追いました。ときどき「待って」と声とマカトンサイン(バカ殿様とやらがする仕草? あごの下に手の甲を水平に置く)で注文を付けて、足を止めてもらいました。

息子が早足で先に行きたがった理由は間もなくわかりました。子ども向けの規模の大きなアスレチックの遊び場がある広場があり、そこの売店でソフトクリームを売っています。これを食べたかったんだと納得。
食べる前に、せっかくだから一回は滑り台を滑って来るように言ったら(長くて、上まで行くにはかなり距離があります)、経路の途中で足を止めて湾の向こう側に見渡せるみなとみらい地区(ランドマークタワーなど)に見入ったりしていました。
ノルマを果たしたという雰囲気で戻って来て、売店の横に張ってあるポスターから葡萄味とのミックスソフトを指差すので、それを買いました。
会話は出来なくても、ノンバーバルコミュニケーションが出来たらあまり困らないな、と思ったことでした。

駅ビルまで戻って、遅めのランチとってひと休みしました。
食事も行儀よく出来たし、ユニクロで靴下を買う間ベンチで待っていてくれたし、「この子を連れ歩くのは、もうあまり困らないな」とすっかり油断した私でした。
<以下、食事中の方は読まないで下さい>
電車に乗る前にトイレを済ますことにしました。いい年した息子とはもう好ましくないことですが、あったら障害者用トイレに一緒に入ることにしています。
(見失うのが心配なのと、「汚いからイヤ」という感覚が欠けているから。昔、横浜駅の男子トイレに一人で行かそうとして、何か胸騒ぎがしたので意を決して入ってみたら、とてもここには書けないような汚いトイレだったことがありました。あわてて出てコソコソと女子トイレに連れて入ったことがあり、やはり一人では心配なのです)

そこには障害者用トイレがありました。ところがあいにく塞がっていて時間がかかりそうだったので、別々に入ることにしました。駅ビルのトイレだし、心配要らないだろうと判断してのことです。
いつもは息子を待たさないように大急ぎで用を足すのですが、この日は混んでいて少し時間がかかりました。
少し不安な気持ちで出てみると、外で待っているはずの息子の姿が見えません。あせってそこらへんを探しまわり、人を待っていた様子のおじさんに「水色のシャツを着た子が通らなかったですか?」と聞いたりして、オタオタしてしまいました。
初めてのところだからお気に入りのところはないだろうと、近くにいるのだろうとは思いました。

もしかして、まだ出て来ていないのかなと考えました。
中を覗こうにも、男子トイレには次々と人が出入りして、なかなか無人になりません。入り口から息子の名前を呼んでも返事はなく(いつも返事はしませんが、声を出すのを期待)、中にいるのかどうかも不明。
出入りする男性が、入り口付近をうろつく私を不愉快そうに見ていきます。
出て来る人に「中に誰かいますか」と聞くとしても、それは最終手段。出来たら秘密裏に片付けたいところです。
やっと人の出入りが途切れたので、飛び込んで覗きました。個室が二つあってどちらも扉が開いていたので、ここにはいないと判断しました。

いったん出てまたウロウロしていたら、通りかかったオバさんが「中年の人?」と声をかけて来ました。
「いえ、18歳なんですけど」と答えたらあっさりと「じゃ違うわ」と行ってしまいました。
不安は募り、「もしかして、あの中に……」と考え直して、もう一度男子トイレに入ってみました。
いました……奥の個室に、ドアも閉めずに。冷たい水を飲み過ぎたのか、ゆるめの便が出たようです。拭いたトイレットペーパーを見て、何度やってもきれいにならないので困っているようでした。
(家にはウォッシュレットがあるので、いつもは一人で始末しています)
トイレに誰か入って来た気配がしたので、あわてて個室の扉を閉めました。いつも持ち歩いているウェットティッシュを何枚も使ってきれいにしてやり(久しぶりでした)、また人がいなくなるのを待ってから大急ぎで出ました。

つい私も楽観的に見てしまうのですが、息子が最重度の知的障害を伴う自閉症であることは、逃れようのない事実。生涯にわたって誰かの手を借りなければ生きていけない、厳しい現実を再認識した次第です。
息子の、300ピースのジグソーパズルをスイスイやっている姿や、見本通りにビーズを並べていく面倒な作業に集中している姿からは、大便の始末に手こずって困るなんてことは想像し難いです。
卒業式にネクタイ締めた時は、立派な青年といった風情でした。一人で出来ることもいろいろあります。
発達段階に非常にばらつきがあって、いわば虫食い状態の成長をするのが自閉症の特徴のように思います。
ところで前の日の実習先見学の際、「トイレは一人で大丈夫ですか」と聞かれ、「はい、場所さえわかれば自分で行きます」と答えた私。結果的にウソをついてしまいました。「小なら大丈夫」と面談の時に訂正しなければと思っています。
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2006年09月27日

実習先見学

自閉症の息子はただ今養護学校の秋休み。ちょっとしたお手伝いや買い物にお供するほかは、家でヒマそうにしています。
秋休みが終わったら後期の実習が始まります。前期の実習先とは別口に行くことにしたので、秋休みのヒマつぶしを兼ねて親子で実習先の見学が出来ないか希望していました。
前期の実習先には、バザーなどで行った他には馴染みがなかったので、それが不安定になった理由かもしれないと反省してのことです。
OKをいただいたので、きょう雨の中を実習先の見学に出かけました。

場所をネットの地図情報で検索してだいたいの場所は把握したものの、行き先は小さい作業所なので地図にも載ってないしHPもありません。住所と電話番号がわかれば大丈夫だろうと出かけました。
古本屋さんの入っているビルの前で作業所に電話したら、携帯がよく聞き取れない。
ビルの4階と言われてぐるっと周りを歩いてみてもわからずに困っていたら、所長さんが濡れながら走って来てくれました。その古本屋さんの上に入っていたのでした。
まだ出来たばかりの作業所で、看板も出ていないということでした。
国道に面しているビルで、近くに官庁やスーパーもある便利なところ。作業所にありがちな、交通不便で引っ込んだところではありませんでした。

言葉はほとんどない息子ですが、「きょうは見学に行きます」と何度か声をかけていたので、なんとなくわかっている様子でした。挨拶におうむ返しで応えています。
所長さんはまだ30代と思える若さで、とても優しそうな人でした。息子もすぐ気を許した様子で、初めての場所なのに全く警戒する気配もなくて落ち着いていました。
出してもらった冷たい麦茶を飲み干し、作業のスプリングを貸してもらって少しやったりしました。
利用者の方が息子よりだいぶ年上の人が多いようなのはちょっと気になりましたが、その分可愛がってもらえるかもしれないと虫のいいことを思っています。

一日の流れや仕事の内容など一通り説明していただいて、あらためて再認識したのは、日給200円という現実の厳しさ。給食が一食350円ですから、一日(作業して)働いて、150円の持ち出しです。
その他作業所の利用料が月3,000円、旅行用の積立金も3,000円。給食費の差額も入れたら毎月1万円あまりの持ち出しになるようです。
息子が行っているのは私立の養護学校なので学費と比べたらだいぶ安くなります。でも卒業しても稼ぐどころか親がかりが続くという現実には、わかっていたこととは言え、やっぱりちょっとブルー(死語?)になりますね。

内職の実態を知る人ならご存知でしょうが、下請け作業は工賃に今でも「銭」が残る世界です。いくつもやってやっと一円になる。
少しでも稼ごうと一生懸命になるわけもない、最重度の息子のこと。マイペースでのんびりするのかもしれないし、一日頑張ったところでたかが知れているのは確か。問題行動を起こさず落ち着いて作業するだけで褒めるべきかもしれません。
卒業後の息子には、最低賃金(労働基準法)とはまるきり別世界の現実が待っています。
スーパーの買い物に連れて行ったら、100円単位のものをいくつも籠に入れたがる息子に、それを許していいものかどうか悩んでしまいそうです。

知的にも身体にも何ら障害がない人にすらなかなか就職先が見つからない、見つかってもパートやアルバイトなど不安定な身分であることが大部分なのは、よく見聞きするところです。正式雇用された人との格差は、生涯賃金が倍以上とも聞きますね。
健常者ですらそれくらい厳しい時代なのですから、知的障害者の出る幕はさらに少なくなるのも無理ありません。
子どもを安全に預かってもらうだけでオンの字なのでしょうか。ふーー。
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2006年09月20日

出生前診断

先日、障害者のスポーツ施設に行きました。ロビーでひと休みしていたら、休日のため混雑していて、ひっきりなしにそれとわかる知的障害者が行き来します。
大きくなってしまうと障害者が気楽に出かけられる休日の行き先は狭まって来るので、こういうところにはかなり遠い地区からも大勢集まって来る感じです(うちもそうです)。
「こうして見ると障害者もずいぶん多いね」と私がつぶやくと、横にいた娘が急に「私、障害児とわかったら生まないよ」と言い出しました。
もう子どもを生んでもおかしくない年齢の娘が言うことですから、現実味があります。

「ゼッタイ検査を受ける。受けないで生んで障害児だったら、すっごく後悔すると思う」。
もうそんなことを考える年齢なんだな。自閉症の弟がいることが重荷なのかと、あらためてショックを受けた私でした。
「でも検査受けたって自閉症はわかんないよ」
「検査でわかる障害もあるんでしょ」
「ダウン症は今は血液検査でわかるらしいけど。でも普通受けないよ」
出生直後のフェニルケトン尿症検査(今のことは知りませんが、私の子たちは受けました。これは早期発見で治療出来るらしいですね)以外は、普通は受けないでしょう。誰も自分には五体満足な賢い子が授かると思っている。

息子がまだ小さい頃だから15年も昔の話ですが、下の子がいるダウンちゃんのお母さんばかり数人で話をしているのを横で聞いていたら、下の子を生む前に出生前診断を受けた人ばかりで驚いたことがありました。
当時はまだ羊水検査の時代で、おなかに針を刺して羊水を採取するわけですから、胎児を傷つけたり流産の危険もあったようです。でもみなさん、検査を受けないままでは生めなかったと言っていました。
同じ境遇の人同士じゃないと出来ない話だろうなと思ったことでした。
その後知り合ったダウンちゃんのお母さんの中には、診断を受けなかったという人もいました。
どんな子でも受け入れる覚悟だった、とニッコリしたのはクリスチャンの人だったと思います。
迷っているうちに時期を逃して…。でも受けなくてよかったと思っている、とおっとり話す人もいましたが、生まれなかったから言えるセリフかもしれません。

「障害児が生まれたら、家族の負担が大き過ぎるよ。ちゃんと愛せるか自信がない。本人だって障害児じゃない方がいいでしょ」
「まあ、家族は一生束縛されるね」
「障害児とわかってたら生んでないでしょ」と娘に突っ込まれ、思わず「うん、そりゃ、わかってたらね」と答えたあと、ちょっと気になっている私です。妊娠中にわかったとしても、迷いなく中絶するという人もあまりいないでしょうね。
広島に住んでいた頃、妊娠していると知らずに風邪薬を飲んだから、というだけの理由で中絶した若い母親がいました。悲しむ様子は全くなくて私は信じられない気がしたものですが、もし彼女に障害児が生まれていたら風邪薬のせいにされて、一生後悔したかもしれませんね。
自分の娘を苦しめる存在として、障害児の孫を疎む祖父母の話も聞きます。やはりきれいごとではないのです。

「自閉症が一人いたら、必ずその周りにもいる」と言われます。系図をたどれば身内に一人ぐらいはいるものらしいです。
自閉症スペクトラムを発症しやすい素質は遺伝する、ということでしょうか。昔は自閉症の観念もなかったわけですし、優秀なアスペルガーの人なら「変わり者」で通っていたでしょう。
そう言えば疫学的な研究に協力してもらえないか、と頼まれた話も聞きました。何代か前まで遡って家族全員のことを洗いざらい話さなければならないから、プライバシーの面から断ったということでしたが。
あまり考えたことなかったのですが、うちの二人の娘にも遺伝的素質は受け継がれているんでしょうね。
素質イコール発現ではないのは百も承知。それでも孫が生まれる日が来たら、私も密かに心配するのかもしれません。
posted by dashi at 18:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月12日

反抗期

うちの息子は、重い知的障害を伴う自閉症の割には、おとなしくて育てやすい子だったと思います。
多動というのはなかったし、言葉もほとんどありませんでした(自閉症に多い例に漏れず、初めちょっと話し始めて間もなく消えてしまいました)。声をほとんど出さないので耳が聞こえないのかと思われたりしました。
無理強いしようとすると暴れるけど(爪切りとか)、ほっておかれるのは平気。散歩に連れ出すと、私のあとを黙ってずっと着いて来ました。私が買い物に行った時も、買ってもらえると知るまでは黙ってそばにいました。
多動の子のお母さんの「片手で子どもの手をつかんだままレジに行き、お札を渡しておつりはわしづかみにしていた、手を離すとどこに行くかわからなかった」なんて話を聞くと、申し訳ない気分になるくらいです。
まだ幼児だったころ、家に遊びに来た友人が、30分もしてから部屋の隅でじっとしている息子に気づき「えっ、いたの!」と驚いたこともありました。

少し前までは周囲の言うことを素直に聞くことが多くて、お手伝いなども自分のやってることを中断してもサッとやってくれていたので、「イヤじゃないのかなあ」とちょっと気になっていました。
最近やっと遅ればせながらの反抗期なのか、気に入らないと「イラナイ、イラナイ」「シカラレタ」などと連呼して激しく拒否します。
夕食の片付けをしようと声をかけても「シカラレタ」と大声を出して部屋の戸を押さえて拒否します。
何度か「洗い物するよ〜」と誘って拒否られたあと、「お手伝いして下さい」と言い換えるとすんなり出て来てくれたりするので、言葉がわかるのかな〜と面白く思っています。

多動でないのは助かりましたが、息子は偏食が激しくて、小さい時はとても困りました。
せっかく作った離乳食を何度捨てたかわかりません。ご飯に海苔なら食べるとわかって、ご飯を柔らかく炊いて夫にはブーイングを受けました。栄養は主に牛乳と卵で摂っていたと思います。がりがりでした。
わけのわからない行動にはずいぶん戸惑い、夜中に突然号泣するのには一緒に泣いたものでしたが、住み慣れた家に戻ってからはそんなこともなくなりました。
自閉症と判定される前には、地方の小児科で「言葉が遅くて無気力なのはお母さんのかかわりが足りないからだ」なんて今思うと時代遅れも甚だしいアドバイスを受けたものでした。

発達段階を見るからということで、両手のレントゲン写真を撮ったのは4歳のときだったでしょうか。
手の骨を見たら身体の成長がわかると説明されました。
泣きわめく息子の手を広げてガムテープで張り付け、なんとか撮影してもらったその結果は「だいぶ発育が遅れている」というものでした。
ろくにものを食べないのだから栄養不良、発育不良なのは当然だろうと私も思いました。
でも、「馬を川のそばに連れて行くことは出来るけれども、水を飲ませることは出来ない」のことわざ通り、私にはどうすることも出来ず途方に暮れるばかりでした。

嫌いなものはとりあえず口に入れてハムスターのほお袋状態で粘っていた時期を過ぎ、小学部後半になって何でも食べるようになりました。
偏食で悩んでいるお母さんには、むきになっても逆効果だから、気長に時期を待つようにアドバイスしています。ほとんどは食わず嫌いで、いつ気が変わるかわからないから、働きかけだけは続けた方がいいですけどね。
今は苦手なものは水で流し込むということを覚えたらしくて、レバーも納豆も煮豆も、コップをそばに置いて食べています。いつもはコップをすぐ空にしたがるので、飲みかけの水があると、これは苦手なんだなとわかって興味深いです。
反抗期でも幸い食べ物には抵抗を示しません。もう一生分の偏食をしたのかもしれませんね。
posted by dashi at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月01日

卒業後の仕事

自閉症の息子もあと一年半で学校を卒業、そのあとは何か仕事を探して残りの人生を送らねばなりません。
仕事と言ってもなにしろ最重度の知的障害者ですから、それなりの職場を求めることになります。
夏休み前に一カ所職場実習に行きましたが、後期も一カ所行くことになっていて、希望を聞かれました。
息子の学校は高等部が本科年のあと専攻科2年という変則的な学制になっているので、専攻科の2年の間に計4カ所の実習に出ることが出来ます。

後期の実習先の参考にと、ある地域作業所の見学に行くことにしました。
自宅からかなり遠いのでそこで実習するのは難しいながら、そこは私が希望している「身体を使って働く」場です。ビルや団地内の清掃やアパートのハウスクリーニング、ワックスがけ、一般家庭の草むしりといった外仕事が主なところのようです。
病弱な人には無理でしょうが、幸いうちの息子はほとんど病気知らずで体力を持て余している健康体。
ちゃんと指導してもらえたら、それなりに働けるんじゃないかと思っています。

そういう仕事ですから、給与もある程度はいただけるところのよう。給料どころか親の持ち出しのところが大半の中、うまく順応してくれれば(親にとっては)夢のような生活が待っています。
ほんとうは今日見学に行くはずだったのですが、雨のために延期になりました。外の仕事だから雨天には待機する場合が多いそうです。
「大工殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降れば良い」と昔の人は戯れたようですが、作業所の障害者は幸い命はかかってないから、待機しながらちょっとしたゲームでも楽しむのかもしれませんね。

卒業後の進路については親の意向もいろいろ。息子がまだ小学部のころだったか、私が、
「卒業したらしっかり働いてもらわなくちゃ」
と発言したら、すっかり浮いてしまったこともありました。
子どもによっては学校の行き帰りだけでぐったり疲れる場合もあるそうなので、仕事なんてさせたら病気になりそうですね。利用者が体力をつけることを目標としている施設もあるようです。
一日過ごせるところがあるだけで有り難い、ずっと家にいられたら外出もままならない、と言われたらそのとおりです。障害児にも不登校や引きこもりの子はいて、自閉症の場合はより深刻ですからね。

この夏、わが家では雨戸を閉めるために開けた窓からセミが飛び込んで、狂ったように飛び回るという事態が何度かありました。ツクツク法師らしい(鳴かないのでわからない)羽根が透明の綺麗なセミですが、電球の傘にぶつかり壁に激突し、本棚の上のほこりをまきあげて……とひと騒ぎ。
初めはとても怖がった息子ですが、慣れると平然と見物出来るようになりました。それでもあお向けになって落ちたのを捕まえて「ほい」と差し出すと「イラナイ、イラナイ!」と激しく拒否。私がトイレの窓を開けて外に出すまでじーっと見張っています。
昨日はエアコンの上の壁をヨタヨタ歩いていたゴキブリを見つけると私に新聞紙を押し付けてきて、丸めて叩くのをじーっと見ていました。
カナブンやカマキリ、蝶や娥も苦手な息子、虫つきの草むしりだけは無理かもしれません。
posted by dashi at 23:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月20日

夏休み終了


永遠に続くかと思われた息子の夏休みも、ようやく終わりました。
明日から学校が始まり、水曜日からは2泊3日のキャンプに出かけます。
その荷物を明日届けなければならないので、きょうは大きなバッグを引っぱり出して荷造りをしました。
キャンプは山の家といったところで行い、最終日にはハイキングもあります。ビーチサンダルで山歩きというわけにはいかないでしょうから、ずっと履いてない靴と靴下も荷物に入れました。
「靴がないとハイキングに行けないんだからね。破らないでね」と言い聞かせながらバッグのファスナーを閉めてもらいましたが、果たして無事に返って来るのかどうか。

9月を待たないで学校が始まるのは、上の子たちが小さい時はとても助かりました。
息子をスクールバスに乗せて、またお迎えに行くまでの数時間は、上の子たちだけのお母さん。娘二人が残りの夏休みを満喫出来るように気を使いました。
障害児の弟がいるとそっちが優先になり、どうしても自分たちの欲求は抑えてしまいがちですし、一緒に出かけてものびのび出来ないことが多いです。
スーパーの買い物ひとつにしても、一緒にのんびりとお菓子を物色することが出来ます。息子と一緒の時ならせかしたり、何か聞かれても生返事するのがいつものことです。
息子を見失わないように、不機嫌にならないように気を使い、足を止めずに歩きながらポイポイとかごに入れて行く買い方ですから、普段は買い物自体を楽しむ余裕はありませんでした。

障害児のきょうだい児は、母親の愛情不足になりがちと言われます。
わがままを聞いて甘えさせてもらえないばかりか、小さいうちからしっかりとして母親を助けることを期待されたりします。
その淋しさを埋めようとするのか、極端に早く結婚したり、うんと年上の人を恋人にする傾向があると聞きました。
私は離婚しましたし、近くに親戚もいない環境で子どもを育てていたので、この話を聞いた時はとても辛いものがありました。母親の愛情不足を、父親や祖父母、私の姉やその子どもたちに埋めてもらうことも出来ないのですから。
だから、ふだん不足がちの愛情をそそげるチャンスは大切にしたつもりです。
娘二人、もう「極端に早い結婚」をする年齢は過ぎてしまったので、とりあえずそこのところはクリア。弟の学校が始まっても関係ない生活をしています。

夏休み最終日の今日は、まずは家中にまき散らしたシュレッダーのゴミを吸い取る「ついでに」掃除。
掃除も慣れて来て手早く上手になったし、終わったら「オワリマシタ」と声もかけてくれ、ちょっと嬉しい私でした。
その後きのうまだ乾いていなかった洗濯物の片付けをして、それからご褒美という感じにボーリングに出かけました。
日曜日の夕方遅く、障害者スポーツ文化センターの閉館時間前を狙って行くので人も少なく、ガーターばかりの息子でも気兼ねなく楽しめます。
よく見かける人たちがいて、だいたい友人連れで来ているようですが、みなさん知的障害者らしくあまり声を出しません。ストライクを出してもニコッとしてハイタッチがせいぜいです。これが一般のボウリング場なら騒々しく盛り上がるのでしょうが。
うるさいところの苦手な息子も楽しく夏休みを終えることが出来て、ほっとしています。
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2006年08月09日

「なんてこと言うの」

養護学校の遠足の日、集合場所で小学部の子どもの帰りを待っていた保護者の間で、こんなやりとりがあったそうです。
その日、子どもたちを乗せていったスクールバスが渋滞に巻き込まれたらしく、あまりないことですが到着がだいぶ遅れました。帰りが遅くなるとラッシュの時間と重なるので、無用のトラブルを避けるためにも、障害のある子の親としたらなるべく早く帰りたい。みんな少し苛立って来た頃……。
きょうはずいぶん遅いね、と誰かが言ったのに対し、Sさんが「このまま帰って来なくていいのに」と冗談を言いました。ほかのお母さんたちも相槌をうって笑っていたら、「なんてことを言うの」と本気で怒り出したお母さんがいたそうです。笑っていたお母さんたちはすっかり鼻白み、怒ったお母さんのご高説を拝聴したとのこと。

子どもは同じくらいの年齢でも、親の年齢はさまざまです。
冗談を言ったお母さんは20歳で結婚してすぐ生んだ第一子が障害児、若いお母さんでした。
一方むきになって怒った方は比較的年齢がいっていて、障害児は末っ子でしたから、だいぶ年上だったと思います。
またこの人はフルタイムの教師をして働いている人でした。いつもは子どもの送迎はおばあちゃんがしていましたが、この日はたまたま学校がお休みか年休とったのか、自分が来ていました。
ふだんお母さん同士の交流がないから、日常普通に飛び交うきわどい冗談に慣れておらず、笑う気になれなかったのだと思います。

以前に自閉症の息子(幼児)のことを「死んでくれないかしら」と言い放つお母さんのことを書いたことがありますが、それはまだ子どもの障害を受け入れられない未熟な母親だからのこと。
Sさんはそうではありません。若いけど子どもの障害をしっかり受け入れた優しいお母さんです。
「帰って来なくていいのに」という発言にほんの少しはホンネも含まれるかもしれないけど、行方不明になったら真っ青になって探しまわる人であることは間違いありません。ここで冗談言えたのは、学校の先生たちが一緒で心配いらないからですね。

自閉症の子どもが学校に行っている間に失踪し、翌日の午後になってやっと見つかった友人は、子どもが発見された地名から「朝霞○○くん」と子どもを呼んでいました。
どんなに心配して眠れない夜を送ったかは、同じような子を持つ私などにはよくわかりますが、「大変だったね〜〜」と同情されるよりは「一人旅して楽しかったかもね」「そうそう、うるさいママがいなくて羽根伸ばせたね!」と笑い飛ばしてもらったほうが気がラクなんじゃないかと思います。
でも、もしそこで誰かが「ずっと見つからなくてもよかったのにね」とニコリともせずにつぶやいたら、友人は果たして笑うことが出来たでしょうか。それこそ「なんてこと言うの」とマジ切れし、絶交するかもしれませんね。

見つかってホッとした直後に会って、友人自身が「帰って来なくてもよかったんだけど」と発言したら、こちらは顔が引きつるでしょうか。それがニヤッと笑いながらだったら、「残念だったね!」と返せるかもしれません。
同じことを言うにしても、時と場合、言う人に言い方次第という面はありますね。
暗黙の了解でお互いの境遇を笑いに紛らすことも、ストレスを貯めないための賢い処世術だと思います。
紋切り型で「なんてこと言うの」と叱られたら、そんなに肩に力入れない方がいいよ、先は長いんだから、とヘラヘラ笑いかけたいところです。
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2006年08月02日

運転免許

息子の通う養護学校を何年か前に卒業した女の子が、車の免許をとるために教習所に通っていると聞きました。取れるかどうかはわからないということでした。
この子は在学中も下の子の世話をよくしてくれていた子で、うちの息子も小学部の頃ずいぶん可愛がってもらいました。
先生のアシスタント的存在で、簡単な会話も出来ましたし、3桁の足し算をしていたのも見たことありました。お隣の市から電車とバスを乗り継いで一人で通学していました。
ただ話しかけても返事をしないことがあり、ここらへんが障害者かと納得したものでした。

問題をひたすら丸暗記してフォークリフトの免許を取った青年が、特例子会社(社員は障害者が大半)で働いているのを見たことがあります。
会社の敷地内で段ボールをトラックに積み込むだけの簡単な仕事に見えましたが、フォークリフトは小さいものでも免許がない人は操作出来ないそうです。
自前でフォークリフトの運転手を養成出来て、会社はとても助かっているようでした。本人も夜間の講習に通って頑張ったらしいけど、熱心に指導した会社の上司もエラいと思いました。
あとに続いて免許を取った人がほかにもいるということでした。

このフォークリフトの免許を取った青年は、きっと、車が大好きだから頑張れたのでしょう。
私の知るある卒業生は、車や電車の名前を辞書並みに記憶していて、初めての人と話す時にはまず「車は何に乗ってる?」とチェックします。
この子も、車が好きだから運転したくてたまらないのか、免許を取りたがっているそうです。
「20歳になったら免許取れるよ」と誰かが以前無責任に言ったらしくて、20歳になった今はずっと取りたいと言い続けて、お母さんを困らせているという話。
彼は一見フォークリフトの免許を取った青年と似た感じですが、車の名前以外の教習内容を理解して丸暗記出来るかはかなり微妙。希望通り教習所に通ったとしても、試験に合格しないとなるとそれを受け入れられるものかどうか、かなり引きずってしまいそうです。

自閉症の息子が免許を持っている、というお母さんに少し前に会いました。すごいですね、と感嘆したら、「そう? たくさんいるわよ」とアッサリ。
教習所に事情を話して、学科がとれるかどうか試験をしてもらってから入校させたそうです。やはりとても時間がかかり、人の倍ぐらいの費用もかかったとか。
「いいのよ、こういう子は大学にも行かなくて、教育費はかかってないんだから」
と笑顔で言われて、大らかな親のもとに生まれてその子は幸せだと思いました。
その子は免許証をもらうのが目的だったらしく、達成したことで満足して、運転したいとは言わないそうです。運転すると言い出したら困っちゃうわね、でも取ったのはもう何年も前だから、たぶんこれからも運転はしないんじゃないかな、とお母さんは大きな目をくりくりさせました。

先日、世界的に有名な自閉症者が、自転車の構造に興味があって修理はプロ並みに得意だったが、19歳まで自転車に乗れなかったという話をしていました。平衡感覚が鈍い例は聞くように思います。
自閉症者にとって一番苦手な、突発的事態の連続である車の運転。やはり、運転適性はないんじゃないかと思います。
子どもが好きな女の子も、取りたくてたまらない男の子も、もし免許を取れても取れた達成感だけで満足して、親を安心させてほしいなあと思っています。
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2006年07月30日

こだわりを「崩す」

先日、自閉症の人たちが働いている施設職員の方とちょっと話をする機会がありました。
私の住む地域にある、自閉症者に特化した施設の話をしたら、「見学者が多いでしょう」と言われました。全国的に有名な法人の施設なので、見学の申し込みは確かに多いらしいです。
「ええ、でも利用者が不安定になるから、見学はあまり受けてないみたいですよ。見学日が月に一度かな、設定されてるようですね」
「ほほー、ウチの子たちなんか見学者が来るの大好きだけどね」
横にいた、そこの施設に子どもさんが通っている保護者の方が、
「そうね、よく頑張ってるわね〜ってほめられるから。喜ぶわよね」
と一緒に笑っていました。

「見学者が大勢来てペース乱されるの、嫌いみたいですよ。変わったことが苦手でしょ、スケジュール通りで行事も一切ないらしいですね」
「えっ、行事がない? それってやりすぎじゃないの? こだわりは、ほら、崩していかなきゃ」
そこで人が来たので話は中断して、その方たちとも別れました。
それ以来そのことをずっと考えています。

専門家の講演で自閉症者の文化について聞いていた時、
「私たちだって、全く言葉の通じない外国に行ったときには、一度食べて美味しいものがあったらそれをずっと注文したくなるだろうし、迷わないように同じ道を通り同じホテルの同じ部屋に泊まりたいと思うでしょう、それと同じ。自閉症の人たちは、常に不安でたまらないんですよ」
と聞きました。そういう人たちは、毎日規則正しい生活をするのを望むに違いありません。
柔軟性のある人ならほかの食べ物やほかのホテルにも挑戦するのでしょうが、「バリバリの」自閉症なら、それは難しいと思います。

自閉症児の特性として、こだわりはたいていの子にあると思います。
うちの息子の場合、最近はずっとビーチサンダルです。ぞうり(素足)は脳を刺激して発達にいいと聞くので、まあいいかとどこにもビーサン。実習先でもわがままさせてもらいました。
初め、毎日靴下を破くので困り果てていました。そのうち、上履きを素手で破られることが続き、暑くなって蒸れるから靴や上履きを履きたくないのだとようやく気づいた鈍い私です。
先日泊まりで預かってもらったところでは、ビーサンでかなりの距離を歩き回らせてもらったようで、まだ新しかったビーサンがぼろぼろになっていました。

このこだわりを「崩そうとして」靴を履かせるのは、バリバリ破られることを覚悟。かなりの勇気が必要です。
ボーリングで靴を履き替える時、病院に行った時などに備えて小さいスニーカーソックスを持ち歩いています。そこでは履くのに抵抗しないので、わきまえはあるようです。ただ呆れるくらい時間をかけて履くので、本当はイヤなのでしょうね。
夏休みが終わったあと学校でどうするかは、その時に考えることにします。

私の息子が幼い頃、同じ場所に行くのにわざと毎回少し道を変えていた時期があります。いつも同じ道しか通れないという子の話を聞いて、それは困るなと思ってのことでした。
たまに、どうしても決まった道しかダメな日もありましたが、たいていの場合は「こっち行くよ」と声をかけると黙って付いてきました。
ほかの子の話を聞いて、うちの子は知的な遅れが大きい分、自閉はそれほど強くないのかもと思ったりします。ただ年齢とともに、こだわるところもはっきりしてきました。
IQは高くて会話も出来るような子が、奇妙なこだわりに固執する例はよく聞きます。それで不安が紛れるのなら、無理に崩すのは酷なような気もします。
「ライナスの毛布」をしきりに取り上げようとする姉ルーシーを連想してしまいます。無理にじゃなければいいのかもしれませんが。

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2006年07月24日

重複障害

同じバスに乗っていて一緒に降りた私と同年輩ぐらいの女性が、小さな手帳を提示して料金を払っていました。
横に少し行動が鈍い若い女性を連れていたので、障害者手帳だと見当がつきました。私は後ろにいたので手帳が縦書きになっているのがよく見え、珍しいなと思い、バスを降りたあと声をかけて見せてもらいました。
そこは自閉症団体の総会会場となるホテルの前で、おそらく私と目的地も同じ。同じような子を持つ人だとわかったので親近感を持てました。

見せてもらった手帳は小豆色の表紙に大きめの活字の縦書き。
「この手帳は古いもので、こっちもあるんですよ」
と言いながら見せてくれたもう一冊の手帳は、おなじみの療育手帳でした。その人は四国から来た人だったので、うちの息子のとはちょっとカバーの感じが違っていますが、だいたい同じでした。
療育手帳があると乗り物や文化施設などで割引が受けられますが、全国で共通して使うことが出来ます。

その娘さんは聴覚障害があって、自閉症(知的障害)との重複障害ということでした。身体障害者用の手帳と、療育手帳(愛の手帳)の両方を持っているようです。
歩きながら少し話しただけですが、
「最初はろうの子が行くところに通ってたんですよ。でも、どうも普通の聞こえない子とは様子が違う、と言われて」
と笑うそのお母さんと、
「うちの子は耳が聞こえないんじゃないかって言われて、検査を受けましたよ」
「聞こえてても返事しませんからね。耳の検査を受ける子は多いみたいですね」
すぐ打ち解けて話をしました。

「目じゃなくてまだしもよかったですね、視覚障害のある自閉症の子のお母さんに会ったことありますよ」
「そうですか。見たらわかるってことありますからね」
「絵カードとか使えないわけだし、やってみせる、ということが出来ませんよね」
「視覚に訴えられないのは困るでしょうね」
お母さんのすぐ後ろをおとなしく歩いているその子は、聴覚障害と知的障害があっても、穏やかに成長出来たようでした。
「お母さん、手話は出来るんですか」
「簡単な、使うものだけですね。あいさつとか、名詞や動詞を少しだけ。形容詞となるともうわかりません」
話していると会場に着いてしまい、すぐ離ればなれに。時間がなくて残念でした。

今回専門家の講演で、自閉症を伴う重複障害は多いと聞きました。身体障害と重複する例が多いようですが、びっくりするくらい種類が多い。
その中で印象に残ったのはダウン症との重複障害です。ジヘイっぽいダウンちゃんなら、私も何人か心当たりがあります。
ダウン症は染色体異常ですから科学的に証明が出来、出生と同時に障害が判明します。それに特徴のある風貌をしているので外見でもそうとわかり、周囲はその子をダウン症としてしか見ないと思います。
人なつっこい子が多いダウン症の子向けのカリキュラムで接されたら、もしかしたらその子は毎日が耐え難い苦痛の連続かもしれません。自閉症との重複障害なら、それなりの対応が必要だなと思ったことでした。
やはりどんな特性のある子かしっかり観察して、その子に合った療育や生活環境を、一人一人模索していくしかなさそうです。
posted by dashi at 23:40| Comment(4) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

診断書

自閉症の息子の障害区分認定を受けるために、意見書を書いてもらう予定の内科医院に行きました。
幼いときに3種混合を受けた近くの内科医には「扱ってないから」と断られてしまったので、福祉課で紹介してもらった医院に、雨の中探し回ってたどり着きました。
何か資料もないとと、とりあえず血液検査をしようということになりましたが、息子は採血を断固拒否。「イラナイ、イラナイ」と激しく抵抗するので中止しました。
とにかく意見書は書きますよ、でもきょう初診ですぐ書くのもまずいだろうから、とのことで、書類を揃えて来週また行くことになりました。

きょうも母子手帳を手がかりに生育歴などを書き出していったのですが、小さい時からの医師の診断書がないとなかなかOKとはいかないようです。
「腰椎なんとかかんとか症という診断書があれば重度だとすぐわかるけどね、腰が痛いと言うだけじゃダメなんだよ。それと同じ」
と言われて、それもそうだと納得しました。
和歌山カレー事件のとき、歩ける夫が障害一級の認定をうけて(医師に圧力をかけて診断書をごまかした)障害年金を受給していたことが問題になりました。
あんなことは出来ないように、今は認定もシビアになっていると思います。医師一人の診断書だけでは通らないのかもしれません。

先日にもここで書いた通り、ウチの息子は身体がとても丈夫で、ほとんど病院にかかったことがありません。熱が出た時も少し元気がないぐらいで平気そうにしていますし、次の日にはたいてい平熱に戻ってしまいます。
今まで耳垢を取ってもらいたくて耳鼻科に行ったのと(無駄足でした)、とびひで皮膚科に行ったぐらいで、かかりつけの病院もありません。
自閉症にはてんかんを発症する子の割合が高く、一度発作を起こすとずっと通院することになりますが、幸いまだ発作の経験はありません。
福祉課でも「たまにいるんですよね、病院知らずの人。こういうときに困るんですよ」と言われてしまいましたが、病気をしない子は一番の親孝行ですから、このくらい仕方がありません。

「5歳で自閉症と言われた時の診断書はないの?」
「その時は書いてもらってないんです」
「今からじゃ無理かなあ」
「もう13年も前の話なんですけど……カルテって何年保管しないといけないんですか」
「7年」
「じゃあ、もうないかもしれませんねえ」
ずっと診察は受けてないの、と聞かれてハタと思い出しました。

あやしい波(スパイク)があるからと、中3まで年一回脳波を撮っていたのです。
2年に一度でもいいヨと言われたのですが、脳波検査に慣れるために、と毎年やってもらっていました。毎回、昼間に寝るのを嫌がる息子を寝かしつけるのにひと苦労していたものでした。
脳波を撮って、そのあと結果を聞くために診察を受けています。どうして忘れてたんだろう!
脳波を撮っていた療育センターに出かけ、これまでの経過も含めた診断書を書いてもらうことにして診察の予約を入れ、一件落着。
最新の診断書を添付できたら意見書も書きやすいでしょうね。来週両方の診察に連れて行かれて、息子はどちらででも「なんだなんだ?」って感じでもぞもぞしていることでしょう。
認定が下りたらガイドヘルパーのサービスを受けられるので、息子の行動範囲も広げられるだろうと期待しています。
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2006年07月18日

子ども虐待

先日、障害児の母親数人が集まった席で、高校生の息子に噛みつかれてよく腕にあざを作っているという人の話が出ました。噛みつく現場を目撃した人が、ガブッと噛みついて絶対放さなかった。すごい力でどうしようもなかった、と恐ろしそうに身震いしていました。
その子は私の息子と似たようなタイプ(知的に重い)と思われる自閉症で、その母親は自閉症団体で以前熱心に活動していた時期があり、私とも面識がある人でした。
名前を聞いて納得しました。その母親はその子がまだ小学生のころ自閉症関係者の集まりの席で、普段子どもを殴って蹴ってしつけている、と平然と言い放った人だったからです。

自閉症者の特徴の一つとして、よく「忘れることが出来ない」ことがあげられます。
アスペルガーや高機能の人は本人も口にするので周囲も知ることがあると思いますが、何年も前に言われた罵詈雑言や殴られたり意地悪された記憶が突然よみがえり(フラッシュバックと呼ばれます)、激しいパニックを起こすことがあります。
こういう人は、鬼のような形相で自分を殴ったり蹴ったりする親の姿を決して忘れず、自分が大きくなって体力的に勝るようになったら、親のマネをするんじゃないか……と思っています。
もちろん、暴力を教えるのは親とは限りません。
全く体罰とは無縁の優しいお母さんでも、子どもに暴力を振るわれて傷だらけの人もいます。他人に向かうより有り難い、と力なく笑うお母さんにも何人か会いました。

私自身、息子に手を上げられた時は「ああやっぱり、とうとうその時が来たのだ」と観念したものでした(情けなくて涙がこぼれた息子の暴力が3回ばかりで収まったのは幸いでした)。
体罰がいけないことは重々承知ですが、ついカッとなって殴ったことは私にもあります。
しつけようと思ってのことではありません、自分を抑えきれなかっただけで、あとで自己嫌悪にさいなまされました。平然と習慣化した体罰とは違うかなと思っています。
専門家と話をする機会に恵まれたとき、「つい叩いてしまった時の対応」について聞いたことがあります。
相手は「無理もないこと」とこちらの味方をしてくれ、「暴力を振るってゴメンね」と心をこめて詫びられたらいいですよ、きっとその気持ちは通じますから、と慰めてくれました。

自閉症児に限らず、子育てに体罰はいけないと言われるのは、暴力を肯定し教え込むようなものだからです。
言ってもわからない3歳までは仕方ない場合もあるけど、それ以降は絶対ダメだとヨーロッパでは言われると聞きました。挑発にのってつい頭突きをしたジダンがあれだけ批判されるのも、スポーツマンシップに背く以外に、暴力は絶対いけないという文化が日本より強いからかもしれません。(言葉の暴力も同じくらい悪質と私は思いますが)
日本では有力な政治家が戸塚ヨットスクールの方針を支持して「体罰も教育」と発言するなど、この面では出遅れているように思います。
親に殴られて育った子は、同じように殴って子育てをするか、親を反面教師として非暴力を貫くか、ふた通りに分かれるのではないでしょうか。そして圧倒的に前者の方が多くなるような気がします。

冒頭に書いた集まりの席で、「自閉症児に体罰は厳禁、必ず後悔する日が来る」と私が力説したら、屈託なく「そうかなあ、自分はいつもやってるよ」と笑う自閉の子のお母さんがいて呆れました。
その人の子ももう高校生ですが、IQも低い上に敏捷な子ではないからか、今のところ他害行為は出ていないようす。
虐待をイヤだと思う感性がもとからなかったのか、鈍らされたのか、微妙なところです。
そのお母さんは以前から子どもを施設に預けるのを「可哀想だから出来ない」と言っています。自分と同じように他人(施設の職員)も子どもを殴ると思っているのかな、と気になります。
自分の暴力は肯定しても、他人に虐待される(と考える)のは耐えられないのかもしれません。

体罰は傷が残るなどわかりやすいですが、児童虐待にはこの身体的虐待の他に、性的虐待、ネグレクト(育児放棄)、心理的虐待とあります。病気なのにほっておくとか家や車に閉じ込める、ほかのきょうだいと差別的扱いをするのも立派な虐待ということになりますね。
ある地域の児童相談所に持ち込まれる相談のうち8割は虐待と言われ、本来は親がいないなどの理由で収容するための児童施設が、今は親の虐待から逃れて(引き離されて)来た子どもでいっぱいという話も聞きました。
緊急避難が出来た子は幸いですね。虐待の結果子どもを死なせる、殺すという親も最近は多くて気が重いことです。
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2006年07月11日

バリアフリー

きょうは千葉県自閉症協会会長の講演を聞きに行きました。
自閉症の二人の子の父親で、脳神経外科部長の肩書きを持つお医者さまですから、受診の時の患者側・医者側双方の気持ちがおわかりなのでしょう、医療証と一緒に手渡す「受診サポート手帳」を千葉県が作るのに尽力されたようです。
自閉症の人に対してはこういう配慮がほしい、こういう言い方をして伝えてほしい、といった説明が書いてあるようで(ちらっと見ただけなので詳しいことはわかりませんが)、スムーズな受診に有効だろうなと羨ましく思いました。
こういうものがほしいな、と自閉症の子の親が話しているのを聞いたことがありますが、私の住むところではまだ作られていないと思います。

この「受診サポート手帳」、認知症などの老人や、一般の人でも使う人があるそうです。
よく言われることですが、車椅子用に作られた道路や建物は、障害のない一般の人にとっても使いやすいそうです。それはそうですね、段差はない方がつまずく心配もないですから。
同じように、自閉症の子に伝えて不安を取り除くような工夫(特に視覚に訴える)は、一般の人にとっても有り難いものであると思います。
バリアフリーは合理的な配慮。バリアフリー策は合理的な支援。いろんなアイデアを持ち寄ってさらに発展させてほしいですね。

バリアフリー策の具体例と言ってもいいような場面が、そこで見せてもらったビデオ映像の中にありました。
テレビがきっかけで、当時小学生の男の子がパニックを起こしました。大声をあげて泣きわめき、タタミの上を転げ回って(家具の隙間の狭いところでですけど)います。
テレビ番組で流れた映像だそうですから、見慣れないテレビクルーが家の中にいる、それも不安を募らせる一因ではあったでしょう。
そばにいたお母さんが大きなバスタオルを顔にかけました。男の子はバスタオルで頭をすっぽり包んで、しばらくバタバタしたあと水が引くように落ち着きました。かなり短時間で収まったと感じました。
イヤなことがあるとタオルで顔をおおう(見えなくする)話を聞いたことはありましたが、見たのは初めて。子どもによってはますます怒ってタオルを放ったり、ひどい時は破くかもしれませんが、劇的な効果があがる子も多そうです。

この講演会の資料にあった一文。
「大切なこと:できるだけ不安や嫌なことを減らすように環境を整備する
       わかるように伝え、わかるように伝えてもらう」
のあとに、
「早すぎることはない
 遅すぎることもない
  気づいたときが始めるとき」
とありました。バスタオル一枚で環境が整備出来るなら有り難いですね。ほかにもちょっとしたことで環境整備が出来そうです。
うちの子はもう無理と諦めることなく、今からでも頑張って工夫してみよう……と思ったことでした。
posted by dashi at 23:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ガイドヘルパー制度

息子が18歳になったと知り、「ガイドヘルパー制度が使えるよ」と教えてくれた人がいたのですが、区役所に登録相談に行くのが億劫でずるずると一日延ばしにしていました。
以前息子の対応にほとほと困っていた時、男性ボランティア派遣の相談に行ったら返事を一年待たされたことがあり、ニーズに応える姿勢に不信感を持っていたことも事実です。
私は息子が幼いときから別居してそのまま離婚したので、息子は父親に可愛がってもらったことがほとんどありません。ホントに小さいときは人に甘えるようなこともしませんでしたし。
きょう昼間、お父さんの肩車で横断歩道を渡っている女の子の姿に、こういう経験がない息子のことを思って切なくなりました。

知的障害児を女親だけで育てる大変さは自業自得としても、息子にとっては体力のある男性と思う存分身体を動かすような活動もしたいだろうなと思っています。山歩きなどとてもいいと思うのですが、私にはもうついていけません。
ガイドヘルパー制度を利用すれば、いろんなところに連れて行ってもらえると思います。
ただ「移動介護」だけが対象なので、一緒にプールに入ることは出来ないそうです。連れて行って、連れて帰るだけ。外出時の付き添いという位置付けです。

もともとガイドヘルパー制度は「障害を持つ人の外出を支援し、障害者の自立と社会参加を促進する」目的のもので、身体障害の人のためのものとして始まったようです。
この制度は全国の自治体のうち導入しているのが1割という記述も見かけましたので、真偽のほどは判りませんが、自治体によって温度差がかなりあるようですね。大阪府は全国に先駆けて92年ごろから活動をはじめたとかで活発なようです。

この制度の有り難いところは、「気持ちだけ」でほとんど無償のボランティアとははっきり異なり、ガイドヘルパーには時給1,000〜1,440円程度の賃金が支払われる「仕事」であり、利用者は所得に応じて一部を負担する、という点です。
ハッキリ言って、頼みやすいです。仕事なら責任もってやってくれるだろうし、こちらも対等な立場でものが言えると思います。
また仕事としてやる以上はそれなりの縛りもあり、知的障害者の移動介護は「介護福祉士」「ホームヘルパー2級保持者」「従事者養成講座受講者」に限られるようです。

制度を利用するにはまず登録しないといけないので、区役所に出かけました。
以前は支援費制度のものでしたが、制度が変わったとかいうことでした。よくわからないままに書類を何枚か書き、病院で書いてもらう書類(障害の診断をつけるもの)をあとで送ってもらいました。
そこで困ったのが、健康でほとんど病気知らずの息子はかかりつけの病院がない点。(自閉症児にはてんかんとアトピー以外持病のない子が多いように思います)
何科の医者でもいいということだったので、幼い頃3種混合を受けた近くの内科に行ってみたのですが、うちでは扱っていないと断られてしまいました。
もう一度医師あての依頼書を用意してもらわないといけません。登録まで長い道のり(笑)。次はちゃんと確認して、断られないようにしようと思っています。
posted by dashi at 00:41| Comment(3) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月03日

就労支援

きょうは、ジョブコーチ(職場適応援助者)の経験もある専門家の「自閉症の人の就労支援」と題した勉強会に行って来ました。
授産施設や作業所など障害者のための施設で働く「福祉的就労」ではなくて、「一般就労」の場合の話がメインです。
うちの息子のように初めから福祉的就労しか考えられない人間には無縁なことも多かったのですが、就労のために家庭で気をつけたいことなど、それなりに勉強になる内容でした。
こういう勉強会は、行けば行ったなりに収穫があるので有り難い催しです。

そこで久しぶりに会った先輩お母さん二人とランチしました。
二人とも比較的高機能の子のお母さんで、息子さんはどちらも一般就労しています。
一般就労と言っても障害者雇用義務(※)に伴う採用で、一般の社員とは給与などの待遇にだいぶ差があるようでした。

※障害者雇用義務
「障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)」
では、身体障害者と知的障害者について(平成18年度からは改正法で精神障害者も対象となりました)雇用率が定められています。
なお障害者が在宅で就業することも奨励して支援しています(http://www5.ocn.ne.jp/〜tokunaga/news2006/2006.2.htm)。
従業員56人以上の民間企業で1.8%、48人以上の特殊法人、国および地方公共団体2.1%。
従業員1,000人の民間企業だと18人ですね。従業員数に比例する人数の障害者の雇用はなかなか大変そうですが、雇用率未達成の事業主は、不足分一人につき月額5万円(けっこうな額ですね)を支払わなければならないそうです。
企業の人事担当は、仕事のできる障害者の確保に心を砕いているようです。

一人は急いでいて先に帰ってしまったので、残った二人でゆっくり話をしました。
相手(Sさん)の息子さんは養護学校高等部を卒業後入った今の会社でずっと働いていて、先ごろは勤続10年の表彰も受けたそうです。
「似合わない背広を着て、会場のホテルに行きましたよ。社長さんもいる席だからとっても緊張してました。慣れた社員がついてるから大丈夫です、と言ってもらって、お任せしたの」
とSさんは照れくさそうに、誇らしげにニコニコしていました。
決して自閉の「軽い」お子さんではなくて、高等部一年までは就労は無理だろうと言われていたそうですが、ぴったりの職場に恵まれました。
トラックで運ばれて来た部品を、決められた場所(倉庫が3階まであるそうです)に片付けたりチェックしたり。人と接することがあまりなくて、気に入っている仕事のようです。クーラーもない倉庫の中を一日中歩き回っているとのこと。
Sさんとしてはせめて少しでも涼しい下着を、と、登山用の肌着など熱がこもらないものを買ったりしているそうです。

この息子さんの就労のきっかけを聞いて驚きました。
卒業する日も近いある日のこと。
養護学校の進路担当の先生が道を歩いている時、求人の張り紙に気付いて、飛び込みで職場を見せてもらったそうです。
そして「この仕事ならあの生徒に出来るかもしれない」とひらめいたというのです。
その職場は障害者雇用の経験がほとんどないところだったようで、先生の話に戸惑っていたということでした。
そして先生がついて(ジョブコーチのようなものですね)実習させてもらい、幸い相手先にも気に入ってもらえて、めでたく就職が決まったということです。
思わず「その先生って恩人ですね!」と嘆息した私でした。

障害者用の福祉就労も、需要と供給のバランスはとれていませんから、希望するところに入るにはちょうど欠員があるなどタイミング(運)が一番。
うちの息子も力は人並みにあるし、分類・収納など得意な分野もあるので、自閉症の特性をうまく生かせた仕事に恵まれたらいいなあと思っています。
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2006年06月26日

現場実習

知的な遅れも大きい自閉症の息子は、先週は自宅から近い通所更生施設で初めての実習でした。
小学部から同じ養護学校で12年も温室生活、家から連日他の場所に通うのは初めての経験です。
本人なりに不安だったらしく、初めて行く朝はとても抵抗しました。路線バスでちょっとの距離なのでバス停まで歩こうとしたのですが、車のキーを取ったり私のTシャツを引っぱったりして「いつものように車で行きたい」と激しく意思表示。
いったんゴミ出しに行かせて気分を変えようと試みましたが、またTシャツを破られそうになりました。
根負けして車で行く途中も、学校のスクールバスポイントの方に行く道を指差して、こっちに曲がれと意思表示。今日ばかりは命令を聞くわけにはいかないと、強引に連れて行きました。

学校のクラスの先生が一日付いてくれることになっていて、先生に引き渡して私は家に帰りました。
朝はまず着替えることになっていますが、ロッカーでいきなり着替えを入れていったリュックをばりばり破ったそうです。(先生もびっくりして対応に迷ったようですが、ひとしきり破ったあとは落ち着いて作業に取り組めたようでした。)
アシックスかどこかの、丈夫なリュックです。それを腕と歯だけでばりばり破ってしまうのですから、恐ろしいものがありますね。本気で噛み付かれたら肉を食いちぎられそうです。
ふだんはおとなしい子なのでこちらも油断していますが、本人の気持ちをくんで、ちゃんと対応しないといけないと反省させられました。

服をさかんに破っていた頃、カバンも連日破られていた時期がありました。しまいには毎日ビニール袋に着替えを入れて通っていたものでした。
今回も、続いたらどうしようかと腰が引けましたが、破られても惜しくない古いリュックを引っぱり出してなんとか大丈夫でした。
連日半ズボンを破り、最終日には上履きにしていたビーチサンダルの根元を引きちぎってしまいました。
慣れない環境で一日過ごすのは、自閉症の息子にとって私などの想像の及ばないストレスだったのかもしれません。
バスで迎えに行って路線バスも利用しましたが、帰りに乗る分は(家に帰れるとわかっているから)イヤではないようでした。わざと大きく迂回するバスにも乗りましたが、小旅行気分なのか楽しそうにしていました。

実習は先週で終わり、今日の夕方に反省会がありました。
そこで実習中にやった活動の説明を受けましたが、散策など外を歩き回る時間が多いのは意外でした。多少ゴミを拾うぐらいはしたようですが、作業と言うよりレジャーです。
事故を始めトラブルを起こすのが一番怖れるところですから、全体を把握しやすい、見通しが良くてあまり人気(ひとけ)のない公園や農園に出かけたりして楽しく過ごしたようでした。
その施設ではパンや焼き菓子を作って、保育園の昼食に卸したりあちこちに出店して売ったりしています。かなりの売り上げがあるようですが、その仕事に従事しているのはそこの利用者の3分の1というところです。
能力的なもののほか、適性や意欲など難しい面もあるのでしょうが、残りの3分の2はこれといった「換金力のある」「社会的に貢献する」仕事はしていない様子。いろいろと考えさせられました。

子どもを日中預かってもらい、給食もちゃんと食べさせてもらって楽しく過ごさせてもらえれば、それだけで親は助かります。安心してお任せ出来るし、親はその時間に自分の好きなことをしたり働いたりすることも出来ます。
でもそれだけでは就学前の幼児や、もう年をとって思うように身体の動かない、認知症や病弱なお年寄りと同じだと思うのです。
こちらは若くて力持ち、指先も器用に動く。やりようによっては世のため人のためお役に立てるはずです。指導が難しいのはわかりますが、「仕事」をさせて働かせてもらえないものかなあと思ったことでした。
とは言え、リュックや服を破ってストレス発散するようじゃ、仕事どころではないのも確か。身の程知らずのゼイタクを言っているのかもしれません。
自閉症の子の仕事しやすい環境について考え、家庭では何が出来るか思案中。親も子も試練が続きます。
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2006年06月22日

制作者の名前

今度私の所属する自閉症関係の団体が、他の団体と連携したイベントの一環として会の作品展を計画。出展の作品を募集しているということなので、私も息子が作ったアイロンビーズ作品を出そうかと考えています。
息子は見本どおりにビーズを探して並べただけで、それはそれで根気のいる作業ですが、どうってことはありません。私が評価したいと思っているのは、上の娘が自分でデザインした下絵を方眼紙に描いて、色鉛筆で彩色した見本を使った、姉弟の共同作業の作品であることです。

息子の興味を持ちそうなモチーフで、手持ちのビーズで間に合って、くっきりとしたきれいな絵となると、それなりに工夫もいるようです。息子も姉の絵をビーズで造り出すのは嫌いではないようで、絵を描いているときにそばでじっと待っていたりします。
ふだん姉には叱られてばかりの息子ですが、親にとっては、こういう光景を見るのはなかなかいいものです。
娘の描いた下絵を一緒に展示して、簡単なコメントをつけたいと考えています。
障害児の保護者にとっては、きょうだい児とのコラボという意味で参考になるかもしれません。

ところで今回の出展に私は少し不満なことがあります。それは応募要項に、
「作者の氏名は出しません。作品に作者の名前が既に入っている場合は、紙など被せて見えないようにします」
と「きっぱりと」書いてある点です。
「あなたの『自閉症の』子の名前が出るの、困るでしょ? イヤだよね? プライバシー侵害だものね。個人情報は大切に守りますよ〜」
と無邪気に笑いかけられているような気がします。
作品展なのに作者の名前を出さない? 自閉症の人の作品展だから? それって逆差別じゃないの?

困るかって? イイエ、私は全然イヤじゃありませんよ。
うちの子を知ってる人には「あの○○くん、元気にやってるみたいだな!」って思ってもらいたいし、知ってる子の名前があったら「あら、あの子はこんな絵が描けるんだ、ふーん」って感心するかもしれない。
山下清ばりの作品があったら、「さすがに自閉症だな、いい指導者に巡り会えたんだな。名前も立派ダワ」ってため息のひとつも出るかもしれない。
たいした作品じゃないにしても、それなりに時間をかけて集中して仕上げた、一人一人の努力のたまもの。制作中の写真など添えてコメントでもあったら、自閉症への理解も深まるかもしれません。

自閉症であることを「恥」とは思いませんよ。うちの場合は知的障害が重い子だから、自閉症であることを隠して生きることは所詮出来ないけど、隠したいとも思ったことはありません。
電車や飛行機の中では黙っててほしいけどね、それは周りに迷惑かけたくないからで。
おそらく本人だって、知的な遅れを伴う自閉症であることも含め、ありのままの自分を世間に受け入れてほしいだろうと思います。ハンデはあるけど、それなりに頑張ってるよ。「ボクの作品見て下さい!」ってアピールしたいかもしれません。
健常児の作品展でも、制作者の名前は隠すんでしょうか。まさか、そんなことはありませんよね。
posted by dashi at 23:09| Comment(3) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月21日

誤学習

長く知的障害児・者のケアを生業としてこられた先生を囲んでの勉強会に行って来ました。出席者の子どもの年齢は様々ですが、共通しているのは高機能やアスペルガーではない、知的な遅れがある自閉症児の母親という点です。
大勢が集まる講演会と違って直接話が交わせ、こじんまりした勉強会もいいなと企画してくれた役員さんに感謝した次第です。
Q&A形式でしたのでいろんな悩みが語られ、中には「ウチの子もそうでしたよ」と声をかけたくなるような質問もたくさん。先生は一つ一つに丁寧に答えられ、長い実践に裏付けられた的確なアドバイスをして下さっていました。お話を聞いていると、もっと前にこんな方法を聞いておけばあるいは……と思ったりしました。

先生のお話の中に「誤学習」という言葉が出ました。
例えばスーパーの棚に買ってほしいものがある時、大声を上げたり泣いたり、勝手に食べたりして我を通すことがあります。(健常児でも、おもちゃ屋の前に寝転がって泣きわめいている姿を見ることがありますね)
子どもがうんと小さいときなら抱きかかえてその場を去ることも可能ですが、ある程度の年齢になったら力づくでねじ伏せるのは無理です。
大声を出したり泣いたり、かじったりすれば欲しいものが手に入ると知る、これも誤学習です。
誤学習を防ぐには、多少カッコ悪くても「それは聞くわけにはいかない」と毅然と対応しなければいけない。こちらの事情で要求を聞いたり聞かなかったりとバラバラの対応は良くない、一貫することが大事です(難しいですね)。

誤学習という言葉は知らなかったけど、私も思い出したことがあります。
私の息子も以前、スーパーのポテトチップの袋を叩いて砕いたり、袋をちょっと破ったことがありました。あっという間にやってしまうので仕方なく買いましたが(いちおうゴメンナサイとは言わせました)、これは習慣化したらマズい、と私も考えました。
それで何回目か(3回ぐらい?)以降はまず叱り、破った袋をレジに持って行って事情を説明しお金だけ払い、品物は持ち帰らず処分してもらうようにしました。そう何度もやらなかったと思います。

一度渋滞でイライラした挙げ句に初めての(慣れない)スーパーに寄ったら、一目散にお菓子売り場に突進して、好きだけどずっと買ってもらえないでいたポテトチップの袋5つをバババババと連打。
なにせジーンズを腕力だけで破る子ですから、人並み以上に力はあります。丈夫な袋で破れなかったけど、おそらく粉々になっただろうと観念してレジに持って行きました。
(正直言って5つ分は痛かったですが、まだしも100円台のポテトチップでよかったです)
息子はたぶんそれを食べられると期待していたでしょうが、受け取らないでその場を去ったので未練がましそうにしていました。ひどいパニックを起こす子なら無理かもしれないですね。

幸い、その後はやらなかったように記憶しています。
私も買わないことにしている(味が異常に濃すぎる、油が多くて肥満が心配などの理由から)ものがある場所に連れて行くから悪いのだと反省し、極力買い物に同行させないように気をつけました。
以下余談。
今はポテトチップを欲しがった時はたまに買って、少しだけ皿に取って渡し、あとは袋に入れて冷凍しています。可哀想な気もしますが、翌日にまた食べられるので本人は納得しているようです。
フライドポテトを食べるのは(このところ家では揚げないことにしているので)、ファストフード店に行ったときの楽しみに確保しています。一番のお気に入りはファーストキッチンのじゃがバタポテトのようです。
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2006年06月17日

シュレッダーのゴミ

台所でプラゴミを一つにまとめていたら、床に細かいゴミがいくつも落ちているのが気になりました。
よし、部屋で退屈している息子に気分転換がてら掃除させることにしようと、戦闘開始。
まずは息子の部屋の戸を軽くノックして開け、「掃除機かけてくれる?」と声をかけながら、シュレッダーのゴミを入れた袋からひとつかみ取り出しました。
その細かい紙くずを台所に持って行き、掃除機をかけてほしい場所にぱらぱらと散らしました。
掃除機がいつもの場所になかったので「掃除機持って来て」と頼んだら、娘の部屋からか運んできました。
そしておもむろにコードを引き出してコンセントにさし、掃除機をちゃんとかけてくれました。まだ2、3回しかやったことないのに手慣れた様子、なんだか得意そうです。
終わったらそのまま行こうとするので、「片付けてね」と声をかけたら、コードを「しゅるしゅる」やって片付けてくれました。

「手を貸して、と言われたら手を差し出すのが自閉症」と言われます。「手」を貸して、と言われたから「手」を出した、それの何がいけないのか腑に落ちないでしょう。
「手を貸す」という言葉の言外の意味(手伝う)を理解する(想像する)のが難しいようですね。そのままストレートに言われないとわからないようです。それも手伝って、じゃなくて、何をどうして、と具体的に頼むのがベター。
「テーブルを拭いて」と布巾を渡されても、どこをどのように拭けばいいのかわからない。だからテーブルの両端に目印のテープ(出来たら1列ごとに色を変える)を貼り、ここからここまで、次はここからここまで、と「具体的に目で見てわかるようにする」のがいいようですね。
会話が出来ない重度の自閉症児ならなおさらのことです。
ここを掃除して、と言われるより、バラまかれた紙ゴミを全部吸い取るように(ついでにゴミも……)と指示される方がずっとわかりやすいでしょう。

掃除を教えるのにこういうやり方がありますよ、と聞いてほほーと思ったのはずいぶん前のことです。
その時聞いた小道具は「パンチのゴミ」、小さい丸い紙ゴミでしたから、わざわざパンチでチラシに穴を開けてゴミを作り、それを部屋に撒いて掃除させてみました。
でもその時は本人もあまりノラなかったので年齢による時期的なものもあるのでしょう。それにパンチで「ゴミを作る」のは効率が悪くて(紙を重ねるとくっついてしまう)、すぐやめてしまいました。
少し前に学校の先生にその話をしたら、学校ではシュレッダーのゴミを使っています、と言われて『そうか!」と膝を打つ思いでした。

シュレッダーのゴミならたくさんあります。
個人情報管理が法的に規制を受けるようになったころ、近くのホームセンターで格安の家庭用シュレッダーが売り出されました。小さい上にびっくりするくらい安くて、たしか400円足らずじゃなかったでしょうか。
買ったのは息子のおもちゃにというつもりはなく、DMの封筒(住所入り)を捨てるのに便利だな、と思ってのことでした。
ところがこれは息子に大受け。
DMの封筒なら指で開いて折れ目から破り切り、解体してからシュレッダーにかけます。
チラシはやっていいと知ると、新聞入れからチラシをぬいてはせっせと部屋に運び込んでいます(ハムスターみたいです)。消費スピードが追いつかないからたまる一方。私がたまにこっそり間引きしては紙ゴミに出しています。

当初はヒマさえあればゴリゴリ……とやって、家庭ゴミの日にスーパーの袋2つ分の紙くずを捨てたりしていました。使いすぎて、ヤワなシュレッダーのハンドルが壊れたり、プラスチックのケースが割れたりして、今は4代目。少し飽きたようなのでこれは長持ちしそうです。
安物はダメだと有名文具メーカーのにしたら頑丈さはイマイチ、でもゴミは細長くならないのでバラまき用にピッタリです。
シュレッダーの紙くずは、荷物を送るときの緩衝剤ぐらいしか使い道がなくて、ほとんどはゴミとして捨ててしまいます。
たまにこうして有効に使えると、こちらもストレス解消になってなかなかイイです。
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2006年06月13日

子どもの脳

佐賀県で車にひかれ、もう助からないと思った運転手に山の中に放置された小学生が、ほぼ全快したようで今日退院したというニュースを見ました。
テレビカメラに向けた目に多少腫れが残った感じで、会話の途中に記憶が途切れることがあるそうですが、奇跡的な回復ぶりです。
頭の骨を折る大ケガ・意識不明ということだったので、脳が大きなダメージを受けていて重い後遺症が残ると私は勝手に思い込んでいました。
医学の進歩もたいしたものだけど、子どもの脳ってホントに回復力がすごいんだなあ、とあらためて思ったことでした。思春期以降は脳細胞は修復されないって話ですが、子どもの脳はまだ可塑性があるらしいですね。

ところで今は自閉症の原因を、
「母親がほったらかしにしてテレビばかり見せていたからだ。育て方が悪いのだ」
なんて言う人がいたら、かなり遅れていると笑われると思います。
自閉症は後天的なものではなく生まれつきの脳障害で、
「心臓が悪いとか、足が悪いというのとおんなじです。脳に出ただけです」
と息子の判定をした先生はあっさりとおっしゃっていました。
でも、子どもの脳に可塑性があるとすれば、分泌が悪い情報伝達物質の「通りを良くする」ことはある程度出来るかもしれませんね。

そういうことを考えるのは、かつては自閉症児療育の主流でのちに否定された「統合教育」、「それでも統合教育のおかげで今日の徹之がある」と、当時の統合教育を勧められたことに感謝している明石洋子さんに、親しくお話しする機会に恵まれたからです。
NHKの「生活ほっとモーニング」などで明石さん親子の笑顔をご覧になった方もたくさんいらっしゃるでしょう。
精力的に全国各地や海外にも講演に出かけ、著書も何冊も出していらっしゃいます。
障害者に無縁の、一般の人の自閉症に対する認識を根底からくつがえした、自閉症児の親にとって憧れの方です。

明石さんのご長男は軽くはない自閉症児で、小さいときは明石さんも「この子を連れて死にたい」ともらし、
「死ぬときはお母さん一人で死んでね。テッちゃんは私が育てるから」
とボランティアさんにいなされたこともあるそうです。
持ち前の聡明さ(すごいです!)と子どもへの並々ならぬ愛情、薬剤師でいらっしゃるから医学的な知識や情報も豊富、また主治医が佐々木正美先生という僥倖もあってのことでしょう、周囲をすべて協力者にするすごい規模の「統合教育」の成果として、「テッちゃん」は現在川崎市の職員として一人前に働いています。

私に明石さんの真似は到底出来ないけど、もしうちの息子が明石さんの子として生まれていたら、きっと柔らかい脳に適切な刺激を与えてもらい、「脳の通り」はもっと良くなっていたに違いありません。おそらく会話も出来てちゃんと就労出来るまでになっていただろうな、と思ったりします。
うちの息子も養護学校卒業後に備えて、来週は通所更生施設での現場実習です。きょうその面接に出かけ、いよいよ社会に出る準備が始まるのだなあと少し緊張した私でした。
テッちゃんと違って会話もろくに出来ない最重度の息子、初めての実習を無事にクリアしてくれたらいいのですが。

posted by dashi at 23:48| Comment(6) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月30日

支援より理解を

先日、自閉症の一番の理解者である高名な先生の講演を聞く機会がありました。
先生は長年後進の育成にも携わっていらっしゃるので、教え子の中にも大きな業績を上げる方がたくさんおいでのようです。
そんな教え子の一人の仕事についてお話がありました。
その方は、高機能・アスペルガーに分類される、<知的な遅れはなくむしろ優秀な>人たちに直接話を聞いて、録音も多数残すことが出来たそうです。
本人の生の声というのはなかなか表には出て来ませんが、その方は自閉症スペクトラムと呼ばれる人たちに対して理解が深いので、胸襟を開いてインタビューに答えてくれる人がたくさんいるということです。

当事者たちが口を揃えて言うのは、
「支援より理解してほしい」「支援はいらないから理解してほしい」、さらには
「理解のない人には支援してほしくない」「理解のない人にはそばに来てほしくない」
ということだそうです。
裏返して言えば、理解がない人たちの対応に日常いかに傷ついているか、ということ。
だから<この人は理解してくれる、この人なら大丈夫>と思えば、生まれてこのかた誰にも話したことのない胸の内をさらけ出してくれるのだそうです。

当事者の声が今まで全く聞けなかったわけではありません。
「自閉症だった私へ」(ドナ・ウィリアムズさん)、「我、自閉症に生まれて」(テンプル・グランディンさん)など自伝を出して講演に来日した方の例もありますし、日本ではニキ・リンコさんや森口奈緒美さんなどこの世界では有名な方もいます。
でも、例えば光が他の人と違った形で見えているなんてことは本人でも気がつかないことも珍しくなく、身近にいて接している人にすら理解してもらうのは難しいでしょう。話を聞いてもなかなかピンときませんね。

今回印象的なお話がありました。自閉症の人たちは「瞬時に全体を見る」のが苦手、という話です。
前頭前野の働き(2つ3つのことを同時に出来る働きなど)云々ということから説明する学者もあるそうです。
(うろ覚えのまま書いているので、細かいところは違うかもしれません。また言うまでもありませんが、個人差もあります)
ピンポイントと言うのか、一度には一点だけしか把握出来ない。
たとえば紙が一枚あったときに、自閉症の人たちは「なめらかだ」とまず認識するそうです。それから「白い」「平べったい」「四角い」「柔らかい」などと次々と認識して、ついには総合的に「これは四角い白い紙だ」と認識するとのこと。
一瞬にして紙と認識する自閉症以外の人とは、根本的に違うものがありそうです。

でもこういうことを一方的に「理解してくれ」と言われても、それは無理な話。
自閉症の人たちの特殊な文化(障害ではなく文化の違いということのようですね)を広く理解してもらうには、彼ら自身がそれを誰にも理解出来る言葉で伝えてくれる必要があります。
「自閉症だった私へ」に、こんな一節がありました。後ろ向きの友だちのおさげを引っぱったら、おさげに顔がくっついて来たので<びっくりした>というのです。
髪の毛を引っぱられた友だちが振り向いたことが、そういうふうに認識されたわけですね。おさげ「しか」見てなくて、おさげも顔も含んだ頭全体として捉えてない。当事者以外にはわかりにくい感覚ですね。
目に見えない自分の「背中」の存在が理解出来ない、という話も今回の講演で聞きました。目に見えないものを想像する(類推する)というようなことが苦手、と解釈してもいいでしょうか。
やはり独特の文化、一般の理解を得るのはなかなか難しそうです。根気よく発信し続けるしかないでしょうね。
posted by dashi at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月22日

プライバシー侵害

40年もおしどり夫婦として有名だったある芸能人が、亡き夫を追悼した文章を読みました。
とても仲のいい夫婦だったらしく、二人の思い出のエピソードがあれこれ書かれています。
4ページにわたる文章の中で、二人の間に生まれた一人っ子のことについてはほとんど触れられていません。
「これから私と○○を空から見守って下さい」と名前が一回出て来るだけです。
子どもと言ってももういい中年でしょうから、ことさらに話題に出さなくても不思議はありません。

ただ、この○○さんという人は独立して自分の家庭を持った人ではなく、軽くはない知的障害者で(自閉症という噂です)、ずっと入所施設で暮らしています。この入所施設に近しい人が、行事があっても来るのはお手伝いさんだけで、親は全く顔を見せないらしいと不満そうにこぼすのを聞きました。
お母さんはかつて一世を風靡した大スター。お父さんも人気スターで、病で倒れる直前まで現役で働いていました。超のつく有名人を両親に持って生まれ、でもこの○○さんはろくに親に会うこともありません。
アメリカで指導を受けたことがあるとかで、施設では陶芸をしているそうです。スターの両親も子どものことを聞かれると「陶芸の方をやってます」と答えていたとか。
子どものプライバシー保護のことを思えば、いっそこれくらい親と無関係な人生の方がよかったのかもしれません。

この人のことと関係あるのかどうかわかりませんが、障害児の親の間で「あの人の子は障害児だ」と噂される芸能人は少なくありません。
ある有名歌手は本人が著書の中で、
「……入学の時はなぜか障害児であるという噂が流れて、おかげで全く騒がれなくて助かった」
と書いていました。
この噂は私も聞きました。それも「奥さんはどこそこの訓練会に参加して熱心に活動していた」だの、「整形手術してダウン症とわからなくした」だのとまことしやかです。
あるおしどり夫婦については、<大金を積んで他の人の養子にした、姓も変えてわからなくした>障害のある子を、私の息子が通う養護学校に入学させたという噂が流れ、「どの子?」と聞かれたりしました。
同じような噂のある有名人はほかに何人もいます。屈折したファン心理、仲間になってほしい願望の表れでしょうか。

ある自閉症関係の集まりの席で、子どものプライバシー保護について発言した権威の方がいました。
30歳ぐらいになった人が、自分のことについてかつて親が書いた文章を読んで大ショックを受けたという話。
「フランスでは子どもが70歳にならないと、子どものことについて本人の承諾なしに書くことは禁じられている。本当はそれくらい慎重にするべきではないか」
といったことを話されました。(うろ覚えなので違う部分があるかもしれません)
自閉症は知的障害を伴うことが多いですが、知的に遅れのない人、むしろとても優秀な人、サヴァン症候群の天才もと幅の広い障害ですから、中には自分のことを書いたものを読む人も出て来るわけですね。

「子どもの障害のことをそんなに大っぴらに話題にしていいのか。みなさん気にならないんですか?」
と問いかけられて、思い出したことがありました。
自閉症団体の会報に私が何年も前に書いた文章のことです。
もう大人になって一人前に働いている人が小さいときは大変だったという話を聞いて、ちょっとしたエピソードを紹介。お母さんに断らず勝手に載せました。
するとその文章を本人が読んで自分の話と気付いたらしく、お母さんに「何これ」と文句つけたそうです。
お母さんはまだ読んでいなかったので何も知らず、一緒に驚いたようです。ニヤッとする程度の話だったのですが、本人にしてみたら恥ずかしい失敗談だったのでしょう。
お母さんが書いたんじゃないからまだマシですが、「人に話したのか?」とムッと来たのかもしれません。
怒りはしなかったけど不服そうだったとのことで、悪かったなーと反省したものでした。

幼い時からの育児記録を惜しげもなく公開して、世の自閉症の親の尊敬を一身に集め、マスコミや講演を通じて自閉症への理解と協力提供に大きく貢献中のエネルギッシュな母子もいらっしゃいます。
プライバシーはだいぶ侵害されていますが、このお子さんの場合はそういう生活をむしろ楽しんでいらっしゃる様子です。
この方にはどれほどの人が勇気づけられ救われたことかと思います。
まず知ってもらうこと、親しんでもらうことを優先すれば、プライバシーはある程度犠牲になりますね。
そういうことをものともしない、たくましい行動力と信頼関係があれば大丈夫なのかな、と思っています。
posted by dashi at 23:14| Comment(3) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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