2008年02月23日

息子の成人

かつて熱心に活動していた自閉症団体の機関誌に、息子の成人に際して寄稿を頼まれました。私も編集担当をしていた時は、該当者に寄稿依頼書を書き、原稿が届くと大喜びしたものです。
きょう掲載誌も届いたことだし、目新しい内容もあるので、そこに書いた文章を手直ししたものを載せたいと思います。


1月20日、横浜ラポールで開かれた成人の集いに出席してきました。
障害者とその保護者が、周囲に何の遠慮も気兼ねもなく、誇らしげに成人を祝うことの出来るこの会、とてもありがたく思いました。
その前の週には横浜アリーナで横浜市主催の成人式がありました。
もし息子が障害のない子でそちらに出ていたら、上の娘たちと同様、友だちと行くか行くのを拒否するかで、いずれにせよ親が同伴することもなかったでしょう。今の時代、わが子の成人式に同席してともに祝えるのは、障害者の親ぐらいかもしれないと思いました。
また、政情不安定や衛生状態が悪くて成人まで育つことが難しい国だったら、成人を祝うのも大きい意味を持つことでしょう。成人式が人生の一里塚として大きな意味をあまり持たない(ように見える)日本は、平和で豊かな国である証明かなとも思います。

障害者の場合、養護学校の高等部などを卒業して作業所その他に通うのは18歳からが一般的ですが、ウチの息子は学校に高等部専攻科(2年)があるため卒業はこの3月。成人式用に買ったスーツは、またすぐ卒業式で出番となります。
知り合いのお母さんがスーツを着たわが子のことを「馬子にも衣装」と笑っていましたが、ウチの息子もまさにそんな感じ。ネクタイやトレンチコートがサマになっていて、電車に乗っていても一人前の若者に見えるだろうと思いました。

式のとき私の隣は車椅子の女の子でした。
重い脳障害のある子のようで、車椅子に身体を投げ出すようにして座っていました。麻痺のある細い手がときどき私の目の横に伸びてきました。
絞り染めの和服を着て、頭はきれいに結ってあります(かつらだったかもしれません)。顔もお化粧してあって(ちらっと見ただけですが)赤い口紅が印象的でした。
親御さんにとっては娘が元気にこの日を迎えられたことが奇跡のような、そんな20年だったのではないかとそのご苦労を思いました。

我が家の場合、親の離婚で子どもたち、とりわけ父親の愛情を「全く」知らないで育った息子には、申し訳ないことをしたとずっと思っています。
離婚前、子どもたちを連れて8ヶ月ほど身を寄せていた私の実家のある田舎では、ヨソモノは目立つので、娘たちが学校でひどいいじめに遭いました。次女はいじめられても適当に受け流すたくましさがあったようですが、長女の方は深刻でした。
私は息子と一緒に出て昼間は留守なので、学校に行かないわけにはいかない。
学校が辛いばかりの場である上にくつろげない居候生活、親は不和、弟は障害児というこの試練に耐えられるのか、自殺するんじゃないかと私は本気で心配して、その後もかなり過保護で育ててしまったと思います。

息子は障害があるとわかって障害児の通園施設に通い始めましたが、なにしろ田舎のことですから遠いのには閉口しましたし、職員との関係にも不満が残りました。あとになってみると、あの時ああしておけばよかった、と反省することばかりです。
横浜に戻って療育センターの通園部(年長組)に入れたときは、その明るい雰囲気に驚き、手馴れた対応ぶりに「この子の居場所があった!」と涙がこぼれるほど安堵しました。
その後は運よく父親も望んだ養護学校に入学できて、今日に至っています。
息子の問題行動はひどい偏食、破衣行為などいろいろとありましたが(今でもたまにはやりますが)、「日にち薬」でもうすべて笑い話です。

ところで、今回の成人の集いに出かける朝、とても嬉しいことがありました。
前の日、娘が「まじめにお付き合いしている人がいる」と言うので、弟のことは話したのかと訊ね、早い段階で話しておくように言いました。娘はその夜、メールで「自閉症の弟がいる」と告げたようです。
そして朝、「自閉症のことはあまり知らないけど、これから勉強する」「レインマンは見た」「近く弟さんにも会いたい」と返事が来た、と教えてくれました。
障害児の親にとって、これほどに嬉しい反応はないと思います。娘の選択眼の確かさにも感激しました。

その前の日には、もう一人の娘の彼氏が遊びに来てくれました。
息子は促されてコンニチハとお辞儀をするなり部屋に引っ込んでしまいましたが、息子に向けた彼氏の顔は温かく笑っていてとても自然。
そして相模原市上鶴間で起こった、50代の母親が20代の息子二人(下が知的障害者)を殺害した事件を持ち出して、「ウチの近くなんですよ」とさらりと、少し残念そうに話していました。
息子の障害のことを、他人事と思わないで受け止めてくれているんだなあと、娘の味方になってくれそうだなと、これにも感激しました。

今後どうなるかは神のみぞ知るですが、そのうち息子にやさしいお兄さん(たち)が出来るかもしれないと、楽しみにしています。
成人した息子へ。春からは元気に職場に通って、しっかり働こうね!



posted by dashi at 23:12| Comment(4) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
dashiさん、こんにちは。いつも記事が楽しみですが、今回特に場面を思い浮かべながらじっくり読ませていただきました。

私がこういう事を言うのも失礼かもしれませんが、家族一丸で頑張ってきて、今ちょうど一息つきつつ以前のことを振り返る時間ができたという事かもしれないですね。
私の友達も、甥が自閉症、おうちがクリスチャンなどなどで一度婚約が破談になったことがありました。本人はすごく悩んでいましたが、その後、友達本人を大好きになった人と結婚して今は幸せそうです。
娘さんがたの彼、素敵な方ですね〜。というか、彼たちが娘さんがたにぞっこんなのではないかと思います。読んでいる方も幸せな気分になるお話です。

私の彼の弟も自閉症で、彼をライバルと思うのか彼とは喧嘩ばかりですが、私には挨拶をしてくれて、気づくとこっそり物影から観察されてました(笑)。いきなり脱いじゃったりしますが、毎日定期を持って仕事に通って頑張ってます。私の場合は国が違うので言葉はもともと通じませんから、次回は何かうまいコミュニケーション方法を考えていきたいと思います。


Posted by kashin at 2008年02月24日 08:55
こんにちは、コメントどうもありがとうございます。このごろはホントに、一段落ついたという気がしています。
夫が中国留学中に3人(一人は生まれたて^^)の子育てしていたころは、夕方に気がつくと朝から何にも食べてない、なんてこともありました。
どうしたらいいんだろう…と途方に暮れたり、身内の心ない言動に落ち込んだりと、心の休まらないない時期も長かったです。今は凪という感じですね。
今回は、娘たちの了解を得てアップしました。もう私の掌にはいないんだなあと^^。

Kashinさんも近々中国語で言うところの「喜糖を食べる」ですか?お相手はお隣の国の方かなと勝手に想像しています。弟さんのことは障害にならなかったんですね、私の立場としてはとても嬉しいです。
ウチの娘たちにとっても、自閉症の弟がいるということが、私が恐れていたほどのハードルではなかったのかな、とちょっとホッとしています。世間に理解が進んで(育て方のせいではない、うつらないなど)、以前ほど偏見を持たれなくなったのかもしれません。

さて、明日は件の採血のため小児療育センターに行きます。首尾はまた^^。
Posted by dashi at 2008年02月24日 21:50
早めの春がいっぺんに来たようなお話ですね。
目頭が熱くなっています。
それぞれのお子さんたちを、大事に育てられてきたからこそ、だと思います。

これからも 皆様に たくさんの幸せがありますように。
Posted by mm at 2008年02月25日 13:07
コメントありがとうございます、喜ぶのは早すぎるよと警戒するもう一人の私がいます^^が、まあなんとか。
それにしてもなかなか暖かくなりませんね、春よ来い。
Posted by dashi at 2008年02月26日 17:48
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