2007年12月19日

署名活動

息子の学校から「きょうされん 第31次国会請願署名・募金運動にご協力ください」というチラシが回ってきました。
「きょうされん」というのは、旧称:共同作業所全国連絡会。
成人期の障害者や家族、関係者の願いをもとに、小規模作業所問題の解決をはじめ障害者施策の発展を目指している団体です。
今回の署名は障害者自立支援法の「応益負担」をなくすことを求めるものでした。

もともとほとんど収入がない障害者に、負担を求めること自体酷な話。
こんな弱い者いじめしなくたって、あるところにはあるだろうと腹が立ちます。
応益負担のために通所していた施設に通えなくなる例は実際に聞きますし、卒業間近の息子がすぐ直面する問題ですから、私としても他人事ではありません。
自立支援法に反対する署名活動や抗議行動は再三繰り返されているはずで、だから福田首相も無視できなくなったのか、見直しを口にしていたと思います。
抗議の決起集会に駆けつけたりハンストする元気もない私に出来ることは、署名活動に協力するぐらいだなあ…とペンを取りました。

署名用紙には10人分の欄があり、それぞれカンパを募って金額を書き入れる欄もあります。
1、2年前にも同じ署名をやったなあ、全く同じ体裁だった、と思い出しました。そのときは用紙が足りなかったのか、コピーしたものが配布されていました。
私の家族や身内で十人分を埋め(本来はいけないことですが、やっている人が大半だと思います)、一人50円見当で500円玉を添えて提出したような記憶があります。
全国では山のような署名が集まったでしょうし、集まった書類を整理して提出するのもそうとう労力を使う仕事だと思います。それだけの署名に込められた国民の思いをすぐにでも受け止めてほしいものですが、一度や二度の署名では全く手ごたえがなくて、何度も何度も繰り返さなければならないのでしょうか。

卒業も近いから学校で集めるのはこれが最後かも…と自分の名前・住所を書き入れました。でもそこで手が止まりしばし考えたのは、こんな昔ながらの署名活動は、もう時代に合わないんじゃないかということでした。
私のような当事者が署名しなくて誰がするんだ、という強い思いはあります。それでも今回、10人分を埋めることには抵抗があり、書くのを止めてしまいました。

個人情報保護法の施行から以降、一般大衆の、個人情報への意識は大きく変わったと思います。
以前なら街角の署名運動にも(趣旨に賛同できるものなら)気軽に応じていた私も、最近は住所や名前を書き込むのに迷いを感じるようになりました。
ましてや、いくら身内とはいっても人の名前や住所を勝手に記入するのは、今は許されることではないと思います。
その署名した用紙が悪用されるかもしれないから、というのではなくて、名前や住んでいる所というプライバシーをさらけ出す(のを求められる)ことに平気でなくなった、ということですね。
余談ですが、日本では表札を出している家庭が大半ですが、世界的に見たらこれは珍しいそうですね。郵便物は名前でなく住所で届くそうです。
家族の名前や住所を書いた表札もありますが、考えようによってはとても危険なことだと思います。

いいことと信じて必死でたくさんの署名を集めている人に、その熱意を否定するような物言いで恐縮ですが、もう、他の手段を考えるべき時代ではないかと思います。
posted by dashi at 22:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うーん、そうですよね。
アメリカも、そういえば 郵便受けにも、名前が出してあるのは見たことがなかったかも、、、?
その代わり、歴代住んでた人の郵便物がいっぱい着ましたね。


日本も、表札も、ないところ、あっても苗字だけ、があっと言う間に増えました。

署名、私はですが、町の名前くらいまで(中央区大手町2丁目、位)とフルネームを書いてます。
特定はイヤだなと思ったときは、名前をひらがながきにしてます。

親類を含む ほかの人には、「こういう趣旨の署名に名前借りてもいい?」と聞いて 同じように町の名前まで。これでもいいのか?ダメなのか?
それとも、署名に替わる何かいい方法があるのか?
疑問はつきません。
Posted by mm at 2007年12月20日 00:21
 こんにちは。
 たしかに,署名で実名や住所を記載するのは抵抗がありますね。特に街頭署名は昔から危険度が高いイメージが強く,絶対にしません。
 最近は,表札は苗字だけでも抵抗があるし,NTTの電話帳掲載も恐いです。昔と比べて,個人情報に対する感覚が確実に変わってきているなと自分自身でも感じます。
Posted by かば at 2007年12月20日 03:08
Dashiさん、こんにちは。

自立支援法で負担を強いた場合の収入は見込みいくらで、それは何かを節約した余剰金で埋められるレベルなのかどうかということまで示して欲しいところです。そして、なぜそれが絶対に必要なことなのかも・・・。日本はアメリカなど海外にお金を使いつつ、国内はどんどん心も経済も格差が出て貧乏になっちゃうんでしょうか。

話は変わって、確かにイギリスでも、表札は滅多に見ないですねぇ。最近ではゴミをあさって個人情報を探ろうという人も居ると聞きましたが・・・。

昔は二十歳になった時に晴れ着の売り込み電話が来たり、受験前に家庭教師の宣伝電話が来たりして、どこまで個人情報が漏れているのか、ぞっとしたこともありました。

親しくなった患者さんから年賀状を毎年いただいたり、こちらから出すこともあったのですが、最近ではそれも問題になるらしいですね。なんか情の薄い世の中だなぁとちょっと悲しいです。
Posted by Kashin at 2007年12月20日 08:08
mmさま、かばさま、Kashinさま、コメントいただいて有難うございました。
あけっぴろげにすることに、あまり抵抗がないのが日本人のいいところのようだった気もしますが^^。もうそんなのどかな時代ではないですしね。
ウチの息子宛に成人式用スーツの売り込みハガキ(アオキだったかコナカだったか…)が一枚届いて、最近は少なくなったなあと面白かったです。
娘たちのときは呉服店でしたが、一枚こっきりってことはなかったような。

署名活動に代わるようなものって簡単に思いつきませんが、もっと効率的な即効性のある活動ってできないものでしょうか。
行政府の中にオンブズマンを抱えて、守屋前次官みたいなことは見逃さない仕組みを作って無駄を省き、福祉や医療関係、文化的予算は削らないでもらいたいなあと個人的には思っています。
Posted by dashi at 2007年12月20日 18:25
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/73656001
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。