2007年12月01日

子供の虐待

子供への虐待予防や、被虐待児保護の仕事をしている人の話を伺う機会がありました。
核家族が増えて第三者の目が届かない世の中になり、虐待の数も増え、深刻になっているようです。
虐待の例として話されたのが、池田小学校で子供たちを殺傷しすでに死刑執行された宅間守のことでした。
彼の父親はアル中で、一升瓶を提げて話を聞きにいったリポーターには息子の子供時代の話など、(不利なことでも)何でもべらべらしゃべっていたそうです。「子供より酒を取るんですね」。
宅間自身も父親には「呑んでは殴られて」育ち、母親のことは自分からは決して口にしなかった。何度も聞かれてやっと「血まみれで倒れていた」姿をイメージしていたそうです。
DV(ドメスティック・バイオレンス)の加害者と被害者が両親というわけです。
どんな環境でもまっすぐに育つ子供もいるのですから、死刑執行を免れなかった男を弁護するつもりはありませんが、そんな家庭に生まれた不運は同情に値するかもしれません。

暴力を振るうのは傍目にもわかりやすく発覚もしやすいですが、ネグレクトと呼ばれる「ほったらかし」の方は、親にも虐待をしている自覚がなく、子供もその環境から逃げようとしないようです。
1988年に西巣鴨で実際に起こった事件をもとにした「誰も知らない」という映画は、ネグレクトがよく描けていると推薦されていました。

ご存知ない方のためにざっとあらすじを書いておくと…
父親の違う4人の子を持つ母親。出生届けを出しておらず、もちろん学校にも行かせていない。
引越しに際して大家には「父親は海外出張中で長男と二人暮らし」とウソをつき、存在を隠されている下3人の子供たちは大きな声を出すことも、外(ベランダも含む)に出るのも禁じられて生活する。
新しい恋人が出来た母親は、12歳の長男にあとを託して出奔する。勝手だとなじる息子に「私も幸せになっちゃいけないの?」と開き直って。
母からは時たま現金封筒が届くだけで全然足りず、家賃は滞納、電気もガスも水道も止められてしまう。コンビニの捨てる食材を恵んでもらい、公園の水でなんとか生き延びる子供たち。
下の子が椅子から落ちて死ぬ、という悲劇が訪れても、警察に行こうとしない長男。なぜなら、保護されるときょうだいが一緒に暮らせなくなるから…。

映画では事故になっていますが、実際の事件では長男のタチのよくない友人がふざけ半分で殺しています。山の中に捨てた遺体が発見されたときには長男も逮捕されたようですね。
放置された子供たちの長子(長男)を演じた少年が、カンヌ映画祭で最年少の主演男優賞受賞で話題になったこの映画、私も見ました。
気まぐれでペットを飼っているような、無責任に留守をするまだコドモの母親(YOUの演技は秀逸で、適役だと思いました)の描き方や、そんな母親でも帰りを待ち望むしかない子供たちの切なさに心が痛みました。

自分の気が向いたときだけ世話すればいいなら、子育てを楽しむ余裕もあるでしょう。虐待も起こらない。
また子供を産むとき、子育てにはお金がかかると覚悟している人はあまりいないんじゃないでしょうか。生活苦や病気、夫婦の不和(片親も含め)の中で常に笑顔で子供の相手をするのは難しいと思います。
母子家庭の生活保護の額を順次減らす(母子加算削減)というとんでもないことが行われていますが、そういうのは子供の虐待に直結すると断言できますね。
共産党の議員さんが母子加算削減の見直しを求めたそうです。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-12-01/2006120101_05_0.html
日本共産党の小池晃議員は三十日の参院厚生労働委員会で、生活保護費のうち一人親世帯に支給している「母子加算」を厚生労働省が二〇〇七年度から段階的に全廃する方針を決めたと報道された問題で政府をただし、廃止方針の撤回を求めました。
posted by dashi at 23:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
dashiさん、こんにちは。dashiさんの記事はいつも興味深いです。

「誰も知らない」、私はロンドンで観ました。イギリス人にとっては、子供達が学校に行っていないとはいえ、ネグレクトの状態が長く発見されなかったことに驚いたことでしょう。

子供が出来ずに治療を続けられるご夫婦もいれば、世話をしないのに複数の子供をもつご家族も居る、難しい世の中ですね。

片親で子育てを頑張っているおうちへの援助を減らす前に、実際は生活保護が必要ではない人たちへの取締りをしっかりする方が国の支出を抑えられるのではないかと私は思います。生活保護でもタクシーで病院にいらっしゃる方もいれば、生活保護が受けられずに餓死してしまう人も・・・。この差は一体何なのか、不思議です。

それに、片親でも子供を育てやすくする環境を作ることが、一番少子化対策につながるんじゃないかと私は思っているのですが、国会のオジサン達は頭が固いんでしょうか・・・。
Posted by Kashin at 2007年12月02日 02:00
Kashinさま
こんにちは、コメントありがとうございました。
映画、イギリスでも上映されたんですね。セリフが少ないから字幕やふきかえの翻訳はラクだったんじゃないかと^^。

何ヶ月も家賃を滞納しても追い出せない(法的手段をとらない)大家さんの、お人よしさが裏目に出た感じですね。コンビニの人がおにぎりをくれなかったら、やむにやまれず万引きしたりしてもっと早く保護されたでしょうし。
こういう、好意の結果が生む悲劇というのも、テーマの一つだと思いました。
それにしても、生物学的に母になるのと、母親になるのとは別物だなあと。先のことを考えない、刹那的な生き方を優先する女性。結果的に長男長女のけなげさや周囲の無邪気な善意が彼女の行動を助長し、悲劇につながるわけで…。

今は虐待に対する世間の目もだいぶ厳しくなりました。児童相談所のみならず警察が介入することも出来るようになったようです。この映画やもとになった事件の影響は少なからずあったと思います。

チャップリンも、兄と離れ離れになるのがイヤで、保護施設から引き取りにきたとき逃げたって聞きました。そのときの体験が「kids」に生かされているとか。
虐待のない世の中が一番ですが、万が一虐待されてもそこから抜け出して、たくましく生きてほしいですね。
Posted by dashi at 2007年12月02日 22:05
児童相談所の一時保護とは、どんなものか!
親の虐待により、とはいえ、昔ながらの躾をしていただけで、子供が憎くて手を挙げていたわけでないのに、学校は、今、何でもかんでも虐待にして、子供のいじめには、いじめられてる側の子供に、大丈夫?親には、相手は、イライラしての事のようです。と、平気で語り、やる側の親には、いじめをしてることを告げない。先生は、子供に親に、怯えて、強くでれる相手には、図々しく振舞う。
手を挙げられて、子供は、被害者なのに、冬休み、クリスマス、お正月を奪われ、家出をするような子供たちと、暮らし、学校に行けず、虐待と躾の区別もつけず、親子を引き離し、子供の人権を無視し、帰りたがる子供を拘束し、手紙のやりとりもさせず、実際は、虐待で死んでるのは低学年の子供であり、おおきくなり、躾を受けてる子が、保護され、逆に、虐待では!全ての楽しみを奪い、勉強をさせず、拘束し、学校へ行きだしたら、いじめがまっているのは、目に見えている。親からの虐待で、一時保護したつもりが、精神的に虐待され、自殺するかもしれない。何で学校や児童相談所は、家庭環境も見ず、手を挙げただけで、虐待!保護!なんだ。学校は、教育も躾もいじめも何もかも中途半端で、バカばかりだ。一時保護をするなら、親だろ。子供は、無実なのだから、普通の生活をさせるべきだ。馬鹿な世の中。だから、社会に出られないんだ。







Posted by 坂 at 2015年01月30日 21:17
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