2007年09月05日

リュウちゃんのおばあちゃん

知的障害のある(と伝えたマスコミもあります)3ヶ月の孫の首をタオルで絞めて殺した祖母が、殺人で逮捕されたというニュースがありました。
http://excite.co.jp/News/society/20070904114400/20070904E40.042.html
「3ヶ月で知的障害がわかるということは、ダウン症かしらね」
と娘と話したことでした。知的障害はほかにもありますが、数や障害のわかりやすさから言ったらダウン症かなと思った次第。
自閉症の子ならそんな早くにはわからないです。

報道によれば普通の明るい家庭だったようで、この事件でみんなの運命はどう変るのかと考えさせられました。
人の命は地球より重いとか、孫でも一人の人格を持った人間なのだから許せないとか、正義感からこの祖母を非難するのはたやすい事です。
でも同じくらいに「孫の将来を悲観してのこと」「三女のこれからの苦労を思いつめての犯行」などと減刑嘆願も出てくるんじゃないでしょうか。殺人といっても行きずりの金目当てや暴行の挙句に殺したのとはわけが違います。
いずれ情状酌量が認められて執行猶予がつくか、正常な判断力がなかったとして裁かれないか、刑務所に入ることはないんじゃないかと思います。それでも犯した罪は死ぬまで抱えて生きていかなければならない。家族にとっても辛い日々が続くことでしょう。
せめてマスコミはこの家族を追いかけないでそっとしておいてあげてほしいと思います。

このニュースで私が思い出したのは「リュウちゃんのおばあちゃん」。
ウチの息子がまだ自閉症の診断もつかない段階で通っていた、障害児対象の療育施設で出会った人です。

九州の実家に身を寄せていたとき、年中の年齢で息子が通い始めた近くの保育園では、2日で「面倒見きれない」と断られました。
「これからどうします?」と園長先生は心配してくれましたが、加配の制度もない田舎の保育園。乳児も何人もいましたし、言うことを聞か(け)ない、昼寝をしない、何をするかわからない息子は危なくて預かれなかったようです。
そのあと紹介してくれる人があって、車で1時間以上かかるところにあるその施設まで通い始めました。

「知的障害がある」と言われてもなかなかぴんと来ませんでしたが、いきなり障害児ばかりの世界に飛び込んで、少なからずショックを受けました。
出産時の事故で重い脳障害を負った子数人をはじめ、突飛な行動に走る自閉症児、ダウン症の女の子、身体と知的の両方に軽めの障害を持った子、ヘッドギアをつけた重い点頭てんかんの子、などなど。
「ウチの子は、この子たちの仲間なのか!?」と厳しい現実にたじろぎました。こんなに可愛い、賢そうな顔をしてるのに! 身体もなんともないのに!
そこに行き始めて間もなく、その通園施設を含む障害者センター合同の運動会がありました。
大人から幼児まで、残余能力を使っていろんなゲームをしたり、ダンスしたりします。私も息子と一緒に、段ボールでこさえたキャタピラーの中に入って走(這)ったりしました。
スタッフやボランティアさんたちが笑顔で進行してくれたのですが、当時の私は「なんでわざわざ見世物になるようなことをするんだ?」と、イヤでたまりませんでした。

一見して「障害がある」とわかる子がほとんどでしたが、中でも初めて見たとき思わず顔をそむけそうになったのがリュウちゃんでした。
詳しいことは忘れてしまいましたが、発育不全のまま生まれて、頭の骨もまだよくつながってなかったんじゃないかと思います。
顔が文字どおりに「曲がって」いて、赤塚不二夫の漫画のよう。手術のあとの縫い目も目立つ。悪いけどギョッとし、正直に言って「この子、これでちゃんと育つの? よく生きてるな〜」と人体の不思議を見る思いでした。
ところがこのリュウちゃん、やたらと明るいのです。最初はひいてしまった私も可愛くなる、よく笑う子でした。
リュウちゃんの明るさには理由があって、それがフルタイムで働くお母さんの代わりにリュウちゃんの送迎をし行事のたびに出てくる、おばあちゃんでした。
このおばあちゃん、心底リュウちゃんが可愛くてたまらないようで、周りのお母さんたちが辟易して顔を見合わせるくらい、リュウちゃんの自慢ばかりするのです。

「リュウちゃんがあれをした、これをした」って、「それで?」と突っ込みたくなるような話を延々とします。
リュウちゃんは奇跡的に生き延びた子らしく、元気に育っていることがこのおばあちゃんにとって何よりの喜びのようでした。
おばあちゃんはいわゆるインテリではない、ごく庶民的なお年寄りでした。医学的なことは何もわからなかったと思います。ただ盲目的と言ってもいいくらいの愛情でリュウちゃんを包み、その、人と比べたらかなり遅い発達を無条件に喜んでいたのでした。
このおばあちゃんの成し遂げたことを実感したのは、保護者会結成(私が行っていた間に出来ました)10年目に開いてくれた同窓会に出席したときです。
ウチの子は年長に上がるときにこちらに引越したので、みんなに会うのは10年ぶりでした。まだ幼児だった子どもたちがいい大人になり、うっすらとヒゲが生えた子もいる中に、あのリュウちゃんがいました。

10年たっていても面影はあり、みんな顔はわかりました。リュウちゃんは独特な顔はそのままで大きくなっていました。
私がとても驚いたのは、リュウちゃんがお母さんと(誰とでも話せるわけではないようでした)おしゃべりをしていたこと、立って普通に歩き回っていたことです。お母さんの指示で何か運んだりとお手伝いもしていました。促されると挨拶もしてくれました。
ろくに歩けもしなかったあのリュウちゃんが! ニコニコ笑うだけだったあのリュウちゃんが! 
おばあちゃんが惜しみなく注ぎ続けた愛情が、形になって見えたような気がしました。もう身体が弱って外出は控えているということで、残念ながら再会は出来なかったのですが、家では元気にリュウちゃんの相手をしているという話でした。

生まれた赤ちゃんに重い障害があるとわかったとき、「子ども(孫)の将来を悲観して」「障害児の親になって苦労する娘が不憫」と殺してしまうおばあちゃん。
あやしたら笑った、その顔がとても可愛いと人に話さずにおれないおばあちゃん。
生まれた家によってこれほどの差が出るのも、やりきれない思いがします。

posted by dashi at 22:19| Comment(4) | TrackBack(0) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私もこの事件の話を聞いたときに「自閉症じゃないな」と思いました。
おばあちゃんといえば、息子のクラスでおばあちゃんがほとんど生活をみている子がいます。
就学前の母子通園から親子参加のプログラム、養護に入ってからは送り迎え、保護者会、連絡帳なども全部おばあちゃんです。うちと同じ重度の自閉症ですが、多動がなく過敏な面がないので育て易いとは思いますが、それでも60歳代とは思えないので大変だと思います。
いつも「私がやらないとならないから。使命感みたいなもんで」とおっしゃってます。
お孫さんが何かできる度に本当に嬉しそうに話してくれます。
何がすごいかって「高等部にはどの交通機関で(バスは中学までしか乗れないのです)送迎しようか」と今から悩んでること・・・。
私も負けていられません〜。
Posted by げげ at 2007年09月06日 17:30
おばあちゃんが世話してくれたら、お母さんもお勤め出来ていいですよね。
障害児が生まれたばかりに仕事を辞めた人を知ってますが、ご主人より稼いでいたそうで、とても未練が残っているようでした。転機を迎える人も多いです。

おとなしい子ってあとで大変だったりするんですよね〜。思春期は誰でも多少不安定になるし。
おばあちゃんもトシを取るから、高等部の付き添いは難しいかもしれないですね(そういう例を知っています)。今は孫が生き甲斐なんでしょうけど。
いつまでもお元気で活躍して、げげさんに刺激をくれたらいいですね。

コメントありがとうございました。
Posted by dashi at 2007年09月06日 23:53
私、このお話、とても好きです。

私の母だったか、義母だったかがチラッと、「育ちそうにない子は、昔は産婆さんが上手く始末してくれたけどね、、、」というのを聞いて、実際そういうこともあったかもしれないけど、、、豊かな今だから育てられるのかもしれないけど、、、

リュウちゃん、おばあちゃん、お幸せですね。私も そんなおばあちゃんになりたいです、、、。
言葉でこんな風に言うと、きれいごとかもしれないけど、、、実際そういう人がいらっしゃるというのは「すごい」と思います。
Posted by mm at 2007年09月10日 23:58
そうですね、逆の人は多いですが。自分や息子娘が悲劇の主人公みたいな、諸悪の根源は障害のある孫みたいな考えのおばあちゃん。
自分が死ぬときは「連れて行ってやる」とうそぶくおばあちゃん。
どんな姿かたちでも、知恵遅れでもなんでもかまわず愛せる、というのもすごい才能かもしれません。
見習わなくちゃ、ですね。

コメントありがとうございました。
Posted by dashi at 2007年09月11日 23:50
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。