2007年06月08日

午後の遺言状

能楽師の観世栄夫(かんぜひでお)さんが亡くなりました。
79歳、大腸癌だったそうですが、今は70代ではまだ早いような気がします。
5月に交通事故で肋骨を折る怪我をしたということですから、死期が多少早まったかもしれませんね。ちなみにこのときは本人がハンドルを握っていて、助手席のマネージャーは死亡したそうです。
http://mfeed.asahi.com/culture/nikkan/NIK200705040009.html
七世観世流銕之丞の次男として生まれ、兄、弟とともに観世三兄弟と呼ばれた由緒正しい能楽師です。(八世銕之丞となった弟・静夫さんは人間国宝。肝不全のため00年、69歳で亡くなりました)
本人は喜多流に属してのち観世流に復帰するなど、波乱に富んだ芸歴ではあるようです。
一般大衆には能楽師としてより、俳優や演出家として知られていらした方でしょうか。

昨年の8月には、草津で室内オペラ「絵師」の公演に出演されたようです。その時のことが書かれた能楽師・柴田稔さん(弟子?)のサイトがありました。
http://aobanokai.exblog.jp/3161083/
「絵師」は芥川龍之介の「地獄変」で知られる話です。
広いとは言えない能舞台で牛車が炎上する(ように見せる)のはなかなか難しそうですが、裏方さんの努力で臨場感たっぷりのクライマックスに仕上がったとか。
ストーリーは上のサイトにありますが、長老の観世さんは、美しい娘を持つ偏屈な醜い天才絵師を演じられたそうです。
私はかねがね思っているのですが、演技というのは(厳しい修行が必要とはいえ)、幾とおりもの人生を疑似体験する、実に面白い職業。特にこの絵師のようなエキセントリックな人間というのは、(たぶん)自分の実生活とかけ離れていて、演じていて楽しそうです。
観世さんの場合は演じるだけでなく演出もされていたので、さらに密度の濃い面白い人生だったのではないかと思います。

ところで私の印象に強く残っているのは、「午後の遺言状」という映画での観世さんです。
この映画は、肝臓癌に冒された妻・音羽信子の遺作になるのを覚悟した新藤兼人監督がメガホンを取ったものです。彼女の最後の作品にはなりませんでしたが、音羽信子も主演の杉村春子も間もなく世を去り、そしてきょうは主要キャストの観世栄夫さんも。
時は矢のように過ぎ去っていくものだ、自分も含め知っている人がどんどん出口の方に押しやられていく…と改めて思いました。
この映画での観世さんは、認知症の愛妻に付き添って妻の親友(老大女優)を夏だけ滞在する別荘に訪ねる老人役です。
刃物を持った強盗を認知症の妻が撃退する楽しい場面もあり、老い、認知症、裏切りと深刻なテーマをさらりと描いてある秀作でした。

観世さんが、長門裕之をもっと渋くしたような顔で、長年連れ添った愛妻が壊れていくのに戸惑い、苦悩する姿がとても心に迫りました。
どんなに若くて美しい女性にも等しくおとずれる老い。髪が白く薄くなったり老眼になったり、足元がおぼつかなくなるようなことは仕方のないことと受け入れるとしても、認知症の進行を見守るのには(愛情が深ければ深いほど)周囲が実に辛い思いをします。
観世さん演じる夫の行動が決して賛成できないものであるとしても、身につまされた観客は多かったでしょう。高齢者社会が深刻化する今、この映画はもっと見直されていいんじゃないかと個人的には思っています。(一部敬称略)
posted by dashi at 23:42| Comment(0) | TrackBack(1) | 興味津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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芥川龍之介 絵師
Excerpt: 午後の遺言状 ... 昨年の8月には、草津で室内オペラ「絵師」の公演に出演された...
Weblog: ごろうの日記
Tracked: 2008-09-30 09:26
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