2008年09月11日

9月11日

その夜、我が家ではめったに見ない民放の連続ドラマを娘と見ていました。優柔不断なお人よしのために窮地に陥った男性が、婚約者に失態がばれそうになって…最終回の大詰めのシーンでした。
コマーシャルのあと突然ニュース中継に切り替わり(と記憶しています)、旅客機がビルに突っ込む衝撃的な映像が繰り返し流れました。
日本は夜の10時近くでしたが、現地は朝日がビルのガラスに輝いていて、時差が一目瞭然でした。
映画の1シーンを見ているようで、現実の光景とはにわかに信じがたかったですね。
報道が一段落したとき、娘が「結末を見てない! どうなったか気になる!」とドラマのことをぼやいてましたが、テレビ局もそれどころじゃなかったでしょう(翌週再放送をやったと後で知りました)。ドラマ自体はやってないのにコマーシャルや次のドラマの予告などはちゃっかりやっていて、やらないのもいろいろ差し障りがあるのかな、などと思ったことでした。

もう寝ようとしていたもう一人の娘も呼んで、一緒にテレビ中継を見ました。
映画でも思いつかないような大胆な犯行で、それだけでも甚大な被害が予想されましたが、次々と別のテロも報道されて、エライことになったねと顔を見合わせたものでした。
アメリカはよそから本土攻撃を受けたことがないから、こんな目にあうのは初めて(テロはありますが)。怒って仕返しするぞ〜と思いましたが、私から見て子どもっぽい(乱暴な)反撃に出て、現在に至っています。
娘はアメリカが核兵器を使うんじゃないかと心配していました。広島や長崎に原爆を投下したパイロットが英雄視されている国ですからね。
ベトナムで枯葉剤をまいたのもそうですが、相手側のむごたらしい惨劇には良心が疼かないらしい。そもそも原住民を暴力的に追い払って囲い込んでいる歴史の国です。

やったらやり返す前に、相手がどうしてそんなことをするのか、どうしてそれほどの恨みを買ってしまったのかよく検討して、平和的な解決を模索するべきだったと思います。人間の英知はそういうところに使ってほしいですね、通訳を介せば会話も出来る、同じ地球人なんですから。
早いもので、あの9・11から今日で7年になります。当事者ではない私には記憶もかなりあやふやになりました。
どんな大事件もこうやって風化していき、なぜ始まったかわからなくなった紛争や駐留だけがだらだらと続きます。

9・11で人生が大きく方向転換した人も多かったと思います。
亡くなった人はもちろん、怪我や病気、その後遺症で長く辛い日々をおくった人、大切な人を失ったり傷つけられた人。
心ならずも、(パイロットなどの)社会的経済的に安定した生活を捨てて、加害者側に回らざるを得なかった人もいたと思います。
当時は英雄ともてはやされた消防士が、救出活動で吸い込んだ大量の粉塵のために肺を病んで苦しんでいるのに、何の補償も受けられないでいるという話は、先日マイケル・ムーアの問題作「シッコ」で見ました。
人生観が一変した人も少なくなかったでしょう。

以前ここに書きましたが、2年前に引退したイアン・ソープは、9・11を”ウェイクアップ・コール”だったと述べています。
http://dashisroom.seesaa.net/article/28146382.html
アメリカの同時多発テロの日、彼はニューヨークにいて、間一髪で危機を逃れたそうです。
その時のことを聞かれたインタビューで、
「あの事件は、いわゆる”ウェイクアップ・コール”だったんじゃないかと思う。何が大切なのかをもう一度考え直すための」
と答えています。(日豪プレスQLD版2002年1月号の独占インタビュー)


アメリカの次期大統領が誰になるのかわかりませんが、是非目を覚ましていただいて、大資本家の書いたシナリオではない、庶民のための政治をしてもらいたいものだと思っています。
…政権を投げ出したら後継希望者が5人もイソイソとノー天気に出てくる日本は、平和でありがたいですね。

posted by dashi at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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