2009年03月31日

ヘルパー再開

息子が出ている平日のみ、10時〜15時。こんな贅沢な条件で仕事が簡単に見つかるはずがないのは、自分でもよーくわかっていました。仕事とともに住まいも失う切羽詰った若い人がたくさん求職している時代ですから。
ハローワークで言葉使いは丁寧ながらけんもほろろの対応を受け(慇懃無礼というやつかしら)、ホームヘルパーをやるしかないと決心して、登録ヘルパー募集の張り紙があった事業所に行きました。
すぐにも働けるかと思ったら、もう半月たちますがまだ再開といきません。
まず健康診断を受けさせられて、その結果を見てから面接、契約という流れです。それなりの人材でないと採用しない、よく言えば慎重なきちんとした事業所なのでしょう。

通りすがりに飛び込んだのでよく知りませんでしたが、病院系列の大手の法人だったらしく、健康診断を無料で受けられたのは幸い。ヘモグロビンの値が正常値から0.1低いぐらいで、就業にさしつかえない健康体とお墨付きをいただきました。
きのうやっと面接、それに合格したようで、4月2日に契約することになりました。給与振込みのため指定された銀行に新しい口座を作り、その通帳を持参することになっています。
契約してからもたぶん、同行と呼ぶベテランから仕事を教えてもらう見習いの日があって、独り立ちするのはもっと先。一人で見ず知らずのお宅に伺って仕事するわけですから、決まりごとみたいなのもあって、いきなりは無理なのです。

私が以前ヘルパーをしていた頃とは介護保険法も改正されてだいぶ変わっているようです。勉強しなくちゃね、と思ってますが、最近はややこしい書類を見るとすぐ眠くなってしまうので、どうなることやら。
ヘルパー不足から時給はそう悪くはないよう。びっちり働いていた食堂ほどの収入(微々たるもの)は望むべくもありませんが、やりがいはたぶんこっちの方が味わえるでしょう。
空いた時間はのんびりくつろいで、英語や歴史の常識問題をやったり、数独や映画も楽しみたいと思っています。
この頃老眼が進み、白髪も増えて娘に「染めれば」と再三言われる私。頭がすっきりして身体も元気にしてられるのは、せいぜいあと2〜30年ってところでしょうか、後悔のないよういきたいものです。

それにしてもこの先、私たちの暮らしはどうなっていくんでしょうね? 定額給付金や高速料金の一時的値下げや、裁判員制度など、一時の思いつきで決めたとしか思えないいいかげんな政策にうんざりです。
国民不在という(昔よく聞いた)言葉を思い出します。
引き際を心得ない口下手な党首と、諫言を受け入れてもらえない無念さが伝わってくる民主党にもうんざり。これで次期政権を担うつもりなんでしょうかね? 自民党の不人気イコール民主党票だと甘く見ないでほしいです。
次の選挙には、息子宛にも投票ハガキ(引換券)が送られてくるはず。納税の義務を果たしてないのだから参政権を行使できないのも仕方ないとは思うけど、ハガキを手にしたら感傷に浸ってしまいそうです。
posted by dashi at 22:54| Comment(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月22日

ごめんね…

きょうはとんだヘマをして、息子に「ごめんね」と何度も声をかけてしまいました。
本人は状況を理解できないので知らん顔。むしろ気に入っているかもしれません。

髪の毛を抜くという行動を繰り返していたころに、緊急避難という感じで丸坊主にしました。
(人相が変わってとても違和感がありましたが、頭の形がいいから似合うとずいぶん慰めてもらいました)
初めは行きつけの床屋さんで刈ってもらい、そのあとはバリカンを買って家で刈っています。
昔は娘たちの散髪もしていましたがバリカンは初体験。私が初めてやったときは見事なトラ刈りで娘に笑われ、刈りなおしをしてもらったものです。今でもヘタですが、まあなんとかきれいに刈れています。

バリカンはPanasonicになる前のNational製で、価格は7千円台だったと記憶しています。これがなかなかのスグレモノで、モーターのうなりも小さく(うるさいと息子が嫌がると思います)、扱いやすい上によく切れます。
使用後に毎回掃除して給油と充電をするのが多少面倒ではありますが、床屋さんに連れて行く手間と値段を考えたら苦になりません。

冬はいかにも寒そうで(帽子も好きでないので)可哀相でしたが、ここ数日は暖房もいらないくらい暖かくなり、丸坊主も哀れさはなくなりました。
息子は丸刈りの頭が気に入っているようで、少し伸びてきたらしきりと頭をなでまわしてアピールします。
促すと嬉しそうに「ヤッテ下さい、アリガト」と言います。
私としては長髪のほうがいいので気は進みませんが、仕方なくバリカンを手にします。
このごろは一週間おき、日曜日の夜に刈るのが習慣になりつつあります。

きょうもいつものようにバリカンを持って、息子の頭に向かいました。額の中央から真上に、月代みたいにまず刈り込んでからぐるっと回る刈り方をしています。
周囲から刈り上げて、最後に残った頭頂部をあちこちの方向から刈って仕上げます。
バリカンを手にしてスイッチを入れたとき、ほんのちょっとアレ何か? と迷いがありました。そこで止めたらよかったのですが、バリバリ…と二、三列刈り込んでから気がつきました。3ミリにするの忘れた!
今までそんなことはなかったのに、慣れて油断したか他のことに気を取られていたか、とにかくバリカンの刃先に着けて長さをキープするプラスチックのアタッチメント装着を、すっかり忘れていたのでした。

アタッチメントをつけなければ、たぶん、いわゆる一枚刈りということになるのでしょう。まるで囚人!?
ど、どうしよう…と口に出して言ってみても、息子の反応はありません。
今さら止めるわけにはいかない…とそのまま続けて刈り上げたのは、見慣れない青々とした頭で、頭皮のでこぼこがよく目立ちます。おまけに角度によってはトラ刈りがよくわかります。
こ、こんなみっともない姿にしてしまって、ごめんよっ! 
猿カニ合戦のカニが「早く芽を出せ柿の種」と水をかけた(すぐ芽が出た?)のにあやかりたい気分です。早く伸びろ髪の毛〜。
posted by dashi at 22:00| Comment(2) | 自閉症関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月19日

遺体の移送

昨年末に実の父親を亡くした友人と会って、話を聞きました。
出身は青森県の田舎で、彼女が今住んでいるのは横須賀市。二人姉妹の長女で、妹も神奈川県内です。
いずれ両親を引き取るつもりで、専用の和室のある大きな家を買ってありました。でも一緒に住もうと彼女が再三誘っても、田舎を離れようとはしなかったそうです。
青森の実家にはご両親が二人だけで住んでいましたが、近くにすむ親類からどうもお父さんの具合がよくないようだと連絡があり、彼女が迎えに行きました。地元の病院に通っていたけどはかばかしくなかったようです。
横浜市内にお父さんが以前かかった病院もあり、そこで検査をしたらソク入院ということになってしまいました。彼女はずっと続けていた仕事も辞め、勉強していた資格試験(年に一度)受験も諦めて看病に専念。

80近い高齢の上にもともと肺に持病があったそうで、肺炎も併発して入院から二か月余りで帰らぬ人に。
入院後認知症も急速に進んだそうで、生前のお父さんからは考えられない言動に振り回されて悲しい思いをしたとのことでした。
お父さんは特定郵便局の局長さんを務め、短歌の会に属し、温厚な性格で近所の人に慕われた地方の名士のようでした。参列する人も多かったに違いありません、地元での葬儀はさぞかし盛大だったのだろうと推察されます。
友人は一人残ったお母さんの世話やら法要やらで何度も青森まで往復して、忙しくしています。ようやく落ち着いたのでランチすることが出来ました。

気になったので聞いてみました。葬儀が青森なら、お父さんのご遺体を青森まで運んだの? と。
飛行機なのかと思ったら、陸路を葬儀社の車で運んだそうです。その費用を聞いてびっくりしました、77万円です。
へーっと驚く私に、「そんなこと言ってられないから」。そりゃそうですけどね。お母さんや妹さんと、貯金があるからいいよ、と話し合ったそうです。
その後ご両親を亡くしたべつの知人の話を聞いたら、都内の病院から(わりと近い)横浜の葬儀場までで5万あまりかかった由。横浜から青森までならそのくらいかかるでしょうね、と冷静でした。

参考までに、遺体の移送は自動車と空輸の二通りがあるようです。業者のサイト。
http://www.funeral.co.jp/catalog/options/syaryou/hansou.html
貨物扱いで空輸するより、すぐ横に付き添うほうが日本人の感性には合うかもしれませんね。外国からならやむを得ず空輸になるでしょうけど。
お金さえ出せば青森まで丁重に運んでくれる業者があり、遠くても希望する場所でスムーズに葬儀を執り行えるわけですから、感謝すべきなのかもしれません。
業者は緑ナンバー(霊柩限定の営業ナンバー)の寝台車でなければ営業することができないそうです。また、病院からの搬送だけを請け負う下請け業者さんもいて、下げ屋さんと呼ばれているとか。接する機会がないと知らない分野が、まだまだこの世の中にはいっぱいです。
「おくりびと」はまだ見てませんが、こういうことも扱ってあるかもしれませんね。
posted by dashi at 22:31| Comment(0) | 興味津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月15日

映画「モーテル」

「一番怖い」と(一部で)評判の映画を娘に借りてきてもらいました。
原題は「Vacancy」、空き室あり、という掲示でしょうか。邦題は「モーテル」、2007年のアメリカ映画です。
http://www.so-net.ne.jp/movie/sonypictures/homevideo/vacancy/
監督はハンガリー育ちのアメリカ人(出身地はロサンゼルスとあります)ニムロッド・アーントル。1973年11月の生まれですからまだ30代半ば、これからという感じですね。この人がハリウッド進出第一弾として監督した作品だそうです。続編の企画も決まったそうなので、ひとまずは進出大成功というところでしょうか。

どんなに怖いかと覚悟して見ましたが、いやあ、予想以上の恐怖。見終わったとき身体がこわばっているのがよくわかりました。
映画はだいたい2時間120分が相場ですが、この映画は85分、スピーディーに話が進みます。この怖ろしさが2時間も続いたら気持ち悪くなるかもしれないので、個人的にはちょうどいいと思いました。
ホラーやサスペンスを見慣れた人は物足りなく感じるかもしれませんが、私はこういう古典的なというか、やたらと残虐なシーンがあるわけではないけれど、ひたひたとしのび寄る恐怖、に弱いです。
グロいシーンが(あまり)ないけど怖い、ということではヒッチコックの「サイコ」に通じるものがありますね。舞台設定も似ています。

<以下ネタバレあり>

近道をしようと高速を降りた挙句、道に迷った夫婦が深夜、そこがどこかもわからない寂れたモーテルに入ります。
野生のアライグマがいるような田舎道で車が動かなくなり、仕方なく2キロばかり歩いて、見かけていたモーテルまで引き返すのです。
映画のキャッチコピーに「決して、そのモーテルに泊まってはいけない」「宿泊料、イノチ」とあるように、そこは危険なモーテルであるわけです。

胡散臭さを感じた妻は再三泊まるのをやめようと言いますが、離婚寸前の夫婦は見事にお互いの言うことを聞きません。
(人生には幾度か、このような「あの時こうしておけば」「あの忠告を聞いておけば」とあとになって深く後悔したり反省したりすることが、あるんじゃないかと思います。)
でもここで妻の言うことを聞いてモーテルを出ていれば危機は去るのか、車がないのだから微妙ですね。周囲は闇に閉ざされた森だし、自分の居場所もわからない。携帯電話は圏外。
車社会のアメリカでは、長距離の移動でこんな田舎のモーテルに泊まらざるを得ないことも多いと思います。こんな映画があると、行きずりのモーテルは怖いと思う人が増えそうで、そういう意味では業務妨害だと迷惑に感じたモーテルもありそうです。

武装した殺人鬼(複数です)の襲撃に怯え、丸腰で逃げ回る怖ろしさはもちろんのことですが、この映画で私が底知れぬ不気味さを味わったのは、「スナッフ・フィルム」なるものの存在です。
そもそもなぜ敵はモーテルの宿泊客を襲うのか。単にカネが目当てなら到着してすぐ殺せばいい話です。
部屋に隠しカメラを何台も設置して、突然の襲撃に恐れおののいて逃げ回る(そして殺される)犠牲者の姿を執拗に撮り続けます。単に快楽殺人だからではない。そのフィルムが「売れる」からなのです、おそらく途方もない高値で。
スナッフ・フィルムは「実際の殺人の様子を映したフィルム」で、売買の対象になるものを指す俗語だそうです。殺人の何よりの証拠だから流通させる方も命がけですが、ホラー映画では飽き足りずにそういうものを求めて楽しむ狂気が日常に潜む気味の悪さ…。
もっともスナッフ・フィルムの「ホンモノ」はまだ表面化したことがなく、都市伝説とも言われているそうです。

誰かがやって来たので外部の人(客)だと思って必死に助けを求めたら、それがフィルムの買い手(一味)だった、というシーンがありました。
こういう映画の<お約束>ですが、頼ろうとした相手が「実はグルだった」というシチュエーションは、孤立感を際立たせ恐ろしさを倍増させますね。援軍が殺されたらなおさら。
それでも絶体絶命の状況の中諦めず、沈着冷静に賢く人間的に行動する夫婦の姿は感動的で、いろいろと考えさせられるものがありました。
すっかりネタバラシしてしまいましたが、「正統派の怖い映画」を見たい人にはオススメできる映画だと思います。
posted by dashi at 23:09| Comment(0) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月11日

長谷寺

関東地区に住んでいる高校時代の友人でミニ同窓会という催しがあって、鎌倉に一泊してきました。
我が家からは近いですが、一番遠い人はさいたま市からの参加。卒業以来初めての再会でした。
この年齢になるともう子育ても終わった人ばかりで、一番下が結婚が遅かった友人のところの高校一年生。子どもを人に託すのは私だけです。
私の都合に合わせた平日の企画なので、フルタイムで働く人は年休を取ってくれました。薬剤師をしている友人は「花粉症の季節で繁忙期、仕事を休めない」ため不参加。ほかにもぎっくり腰でドタキャンする人も出ました。
一人がご主人の勤務先の保養所を借りてくれたので、格安で久しぶりのご馳走(透明なアナゴの稚魚やら、白子や刺身やら)とおしゃべりを堪能しました。
息子は二週続けて火曜日はお泊り(短期入所)ということになりましたが、息子のことは全く気にしないで(忘れて)過ごせて、ありがたいことでした。

チェックインして荷物を置いたあと、みんなで宿の近くの由比ガ浜を散歩しました。息子と散策やドライブですぐ近くをよく通るものの、砂浜に降りて歩くのは初めてです。強風で波が高くサーファーはいませんでした。
市内に住んでいる友人の話では、この浜には寒い時期に桜貝(貝殻)が多数打ち揚げられる日があるそうです。波打ち際が「桜色に染まるくらい」だそうで、そう言えばその日の昼食を用意してくれた彼女の家には、拾った桜貝がガラスのカップに一杯飾ってありました。
その殻の持ち主はどうなったのだろう、まとめて(タコなんかに?)食べられてしまったのかしら、とおよそロマンチックにはほど遠いことが気になる私でした。

翌朝は宿に荷物を置かせてもらって、歩いて長谷寺にお参りしました。
巨大な長谷観音で知られたところですが、拝観料(入山料)300円の元は取れる(たぶん)、美しく見ごたえのあるお寺です。入り口で(中は撮影禁止だから)さかんに写真を撮っている外人さんが何人もいました。
そこで面白いものを見つけたのでご紹介したいと思います。
社会科見学や修学旅行で子どもの団体も多いのでしょう、子供向けの案内チラシが置いてありました。それが英文のものまであったのです。
さて、次はあるものを解説した文章です。「Who am I?」

I am one of the seven gods of fortune: the god of treasure.
I carry a mallet in one hand, and I carry a bag of treasure over my shoulder.
I stand on a straw rice bag.
When anyone prays to me, I will shake my mallet, and treasure and food will be given to everyone.

ヒント:malletは「木づち」です。
この長谷寺はとりわけ外国人観光客に人気が高いのでしょうか、ホームページを見ると「英語、ハングル、中国語繁体字(台湾、香港の中国人や華僑向け)、中国語簡体字(中国本土の人向け)」の案内文が用意されていました。
http://www.hasedera.jp/
子供向けのチラシも英文以外の用意がほしいところです。

上の答え:Daikokuten(大黒天)でした。



posted by dashi at 23:27| Comment(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月05日

ちょっとお疲れ

九州の実家に住んでいる姉からのSOSで、急遽帰省してきました。
義兄が小さい手術ながら一ヶ月弱入院することになり、独りぼっちでは心細かったのでしょう。同じ敷地内に姉の次男の家もあり、次男夫婦が共働きなので孫を保育園に迎えに行くなど交流はありますが、基本的に別世帯です。
私も仕事を辞めてからはヒマを持て余していたし、このタイミングで遠出するのもいいかと応じることにしました。とは言ってもまずは息子を預かってもらえたらという条件つきです。幸いこれがOKでした。
今まで学校のキャンプや修学旅行以外では外に連泊したことがない息子を、初めて2泊3日で預かってもらいました。日中はいつものところでいつもの作業、特に連絡はなかったので問題なく過ごせたようです。

飛行機に乗るのも久しぶりでしたが、あいにく行き帰りともどんよりしたお天気。雲の上は陽射しがまぶしい「銀の裏地」でした。
雲のじゅうたん、という言い方がありますが、絨毯と言うより(わたの玉があるので)布団を作るときに広げる「布団わた」の印象です。真っ白でふわふわと柔らかそうで、太陽光線を反射してきれいに光っていました。
下界が見えないのでは飛行機に乗る楽しみも半減です。帰りは雲が切れて富士山が見えたそうです(わざわざ機内放送してくれました)が、私の席は反対側だったので見ることが出来ず残念でした。
偶然行き帰りとも全く同じ時間の出発でしたが、行きは2時間、帰りは一時間半のフライトでした。たぶん飛行経路の違いによるものだと思いますが、30分余分に飛べば燃料代もずいぶん違いそうだなあと、ぼんやりそんなことを考えました。

実家にはあとひと月弱で姉の長男一家が戻ってきて、姉たち夫婦は少し離れた小さい家に引越します。ちょうどいい機会だからあちこち拭いて磨いて、モノを捨てられない姉の代わりに私がせっせとゴミ袋を満杯にしてきました。帰ったら家の掃除もしよう…と思いつつ。
ふだんあまり使わない筋肉を使って、長距離移動して、いささかお疲れモードです。
posted by dashi at 16:37| Comment(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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