2008年01月30日

近況報告

長らくお休みしました。(捲土重来にはほど遠いながら復活したいと思います)
その間に息子は成人式を無事に終え、記念写真も撮ってもらいました。出来上がるのは来月になりますが、姉たちにもコピーを送ろうと楽しみにしています。
希望していた施設からも内定の連絡をいただきました。卒業後の進路がほぼ決まって一安心。いずれは、たぶん一人で歩いて通うようになるでしょう。
同じ訓練会の、よく知っている(お母さんも)子も一緒とわかり、心強く思いました。こちらは公立の養護学校を卒業予定で、息子より二つ年下です。

息子の学校では寒空の下、全校参加のマラソン大会がありました。
会場となる森林公園を3周、3.9キロばかりあるようです。年齢や体力によって一周、2周の子も全員、厚着した保護者の声援に一瞥しながら先生とともに走り(歩き)ます。
今までの13回は、ウチの息子は走れば速いはずなのに池に石を投げて遊んだりして、脚に障害のある子にも負ける根性なしでしたが、今年は違いました。全力疾走にはほど遠いけど、ちゃんと走っていました。最後というのがわかったのかもしれません。

卒業式後の謝恩会の案内状(退職された先生方に出します)の作成を頼まれ、ワードを久しぶりに操作しました。ワードの資格は取ったくせに、往復ハガキへの印刷にオロオロ。娘にはバカにされ、勉強し直しを誓った次第。独力でなんとかやりましたけどね。
それと私はもう一つ…。


杞憂

「杞の国に住む人が、天が落ちてくるのではないかと憂えた」という逸話から「杞憂」。
天が落ちてくるとは思わないけど、たぶんこれも心配しすぎ。「杞憂だろうけど」と言いながらC型肝炎検査を受けてきました。
肝炎訴訟のニュースに他人事としか思ってなかった私ですが、私と似たような年代の人が、出産のとき大量出血したため(薬剤を投与されて)感染した、という話になんだか暗雲たちこめる気分になりました。
C型肝炎は慢性化しやすく(自然治癒しない)、自覚症状がない人が多いというのも気になります。

もう20年以上も前の話で、傷も細く目立たなくなったとは言え、何しろ3回も切っています。
輸血はしてないけど、最初の帝王切開のときは出血が多量と母子手帳に書かれていました。止血を早めるための点滴ぐらいはされたかもしれません、手術後数日間はずっと点滴につながれていました。
以前に健康診断で一般的な血液検査は受けましたが、C型肝炎の検査はそういうのとは別らしいですね。特に希望して受けない限りわからないようです。
区役所に行ったついでに保健所で確認したら、無料で受けられるから是非にと勧められました。その日の朝刊にも、検査を勧めるチラシが入っていました。

保健所では月に二回しかやってない上に予約制ということなので、行くのに便利な、近くの大きな病院で検査を受けました。
もっと近いところ(医院)では「ウチではやってない」「できたらよそで受けてほしい」と二箇所で断られたので、面倒なわりに報酬が少ない仕事なのかもしれませんね。大きな病院は数をこなせるからいいのだろうと思いました。
手馴れた中年の看護師さんに「案外たくさん採るんですね」と軽口叩きながら採血してもらいました。耳たぶで採るようなわずかな量では検査も出来ないのでしょう。
気になりながら待つこと一週間あまり。「陰性」の検査結果にホッとしています。
気のせいか体調も俄然良くなったような…。

「杞憂」の出典は列子・天端。
その杞の人は、「天が落ちてくるのでは」だけでなく、「地面が陥没するのでは」とも心配していたそうです。
ある親切な人が、
「天は気体で出来ていて、この気体は上下四方に満ちている。太陽も月も星も、空中で光を放っている気体のカタマリに過ぎない(まあ、ここらへんはご愛嬌ですね)から、落ちてきても大丈夫。地面は土が積み上げられたものであるから、陥没するわけがない」
と説得に来てくれました。
おかげで食事ものどを通らず夜も眠れずにいた杞の人は、胸のつかえが取れたそうです。

傍目には「そんなバカなこと」と思えるようなことでも、悩んでいる本人にとっては深刻なことなのですから、真面目に相手してくれる存在は貴重だと思います。
本来は家族がそういう役割を果たすべきなのでしょうが、今は家族でもあまり顔を合わせなかったりするから、難しいですね。
posted by dashi at 21:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2008年01月15日

しばらくお休みします

dashi's roomへお越しいただき、ありがとうございます。

今年はブログを卒業してホームページに移行したいとか、デジカメで撮った写真をアップしてカラフルにしたいとか、ひそかに野望を抱いていましたが、元旦の病気以来体調(精神的なものも含め)がどうもかんばしくありません。
前向きな気分になれなくて困っています。読んで下さいと言えるほどのものを書けそうにありません。
息子の成人式(成人の集い。一年前に書いたものがあります。http://dashisroom.seesaa.net/archives/20070114-1.html
や卒業を目前にして、片付けなければならない細かい用事があって忙しくもあります。
この際、ここはしばらく休んで、ゆっくり実生活のことに専念したいと思います。
いつか復活して捲土重来を期すつもりですので、その節はまたどうぞよろしくお願いいたします。

では皆様、どうぞお元気で。
posted by dashi at 17:40| Comment(4) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2008年01月13日

曇り空

曇り空の下、息子を助手席に乗せてドライブに出ました。
路地から右折で優先道路に出ようとしたところで、右から来た車に危うくぶつかりそうになりました。
左側から3台来ているのをやり過ごして、右から来ていないのを確認して出た、つもりでした。
ゆるやかなカーブになっていて見通しはあまりよくありませんが、見えないことはないはずの場所。なぜその車に気がつかなかったのか、自分でもさっぱりわかりません。
えっ、なんで車がいるの!?と正直、びっくりしました。
激しくクラクションを鳴らす車に手を合わせてお辞儀して、その車が止まってくれたから事故にならなかったのだと思うと、きょうの空のように気分はどんより。

その後、信号が青になって発進したとき、対向車線側から猫が飛び出してきました。
車が来ているのに止まる気配はなく、急いで渡ろうとしています
走ってきた対向車に巻き込まれるように入るのが見えたので、あっヤラレタか、とブレーキを踏み血の引く思いでいると、うまくすり抜けたらしく私の車の前を横切って、左手の草むらに駆け込みました。
こちらは発進したばかりでスピードも出てなかったから急ブレーキを踏んだわけでもないですが、道路の真ん中で停車したのだから、運が悪いと追突されるかもしれませんね。
猫を轢いたり轢かれるのを見なくてすんだのはよかったけれど、なんだか縁起が悪くて気はますます重くなりました。

初めてのホームセンターに寄ろうとしたら、息子は「イラナイ、イラナイ」と拒否。
息子には車で待ってもらうことにして、反対(?)を押し切って駐車場に入ったら、車庫入れのとき壁をこすってしまいました。
ほとんど停まるくらいのスピードだったから壁は大丈夫と思われるものの(もともと傷だらけでした)、バンパーに壁の緑色の染料がついていて、こすった場所がわかりました。
なんでこんなところを? と頭をひねりたくなるような位置です。
多少暗かったとはいえ、狭くて入れるのに苦労するような車庫でもなかったのに。
もう長時間の運転は自粛した方がいいのかもしれない、と暗く沈んだ気分で思いました。

ものは考えようで、
「危ない目にあったけど、相手が停まってくれたから助かった!」
「猫が無事でよかった、奇跡だった」
「こすったのが壁でよかった。へこむほどじゃなくてラッキーだった」
と考えたなら、どんより沈むこともないはずです。
でも楽観的になれないのは、反射神経やとっさの判断が、このごろ鈍ってきているのを実感しているからです。
更年期など一過的な不調(体調不良)ならいいのですが、加齢によるものだとしたら「まだそんな年ではないわ」とジタバタしたい一方、無理したらダメだよ、とも思います。

吾妻連峰で遭難し12日ぶりに自力下山した男性が、記者会見した様子をテレビや新聞で見ました。
http://www.asahi.com/national/update/0111/TKY200801110234.html?ref=goo
55歳の会社員で、介護中の母親(70代)より先には逝けないと歩き続けたそうです。この人が、
「『奇跡の生還』ではなく恥さらし」
「55歳ならまだやれると思っていた、生意気だった」
「迷惑をかけて申し訳ない。山登りはもうやめます」
と反省の弁を述べるのには、いろいろと考えさせられました。
私より少し年上の友人が「今の車が最後かな、と思っている(近い将来運転をやめる、という意味)」と話すのを切ない思いで聞いたことがあります。車の運転のみならず、自分の能力を客観的に判断する姿勢は必要かもしれません。
posted by dashi at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2008年01月11日

濫竿数を充たす

「中国成語故事」という本を読んでいたら、「濫竿(らんう。ホントは竿でなくて下がはねる字ですが、PCが認識してくれないので竿で代用させていただきます)数を充たす」というのが出てきました。
この本(上野恵司・著、NHK出版)には20の成語が出てきますが、「トラの威を借る狐」とか「推敲」「画竜点睛」など日本でもおなじみの成語が多い中で、この成語(濫竿数を充たす)は私も知りませんでした。
日本語に該当する言い方はないんじゃないかと思います。「濫竿」で検索しても中国語や韓国語のサイトばかり出てきて、日本語のものは見当たりませんでした。
ちょっと面白いと思ったので、ご紹介したいと思います。

ちなみに、「成語」とは。広辞苑には
@古人がつくり、後人によく引用される語句。成句。「故事ー」
A「熟語」に同じ。
とあります。ここではもちろん@の意味です。
本の53ページにある訳文から、少しはしょって載せてみます。

戦国時代、斉国の宣王は竿(笙に似た大型の楽器)の合奏を聴くのが好きでした。
ある年、王は竿を吹ける者300人を集めて大楽隊を編成することにしました。
これを聞きつけた南郭という人が、一本の竿を携えて王の前に現われ、自らの名手だと名乗りました。王は300人集まらなくて困っていたので喜んで彼を迎え、ほかの奏者たちと同じ待遇をしました。
ところがこの南郭先生は竿など全く吹けず、中に紛れこんで吹いているふりをするだけだったのです。
それで何年もごまかし続けましたが、ある日宣王が亡くなり、息子のびん王があとを継ぎます。
びん王も竿は好きでしたが独奏を聴くのを好み、楽隊員が一人ずつ順番に吹奏することを求めました。
南郭先生はたちまち正体がばれて、布団を丸めて(昔の中国人は布団をかついで?移動したようですね)こそこそと逃げ出しました。

「濫」はいい加減であるという意味で、「濫竿数を充たす」は、才能も実力もないのに専門家の中に員数あわせで紛れこんだり、粗悪な品を上等の物の中に混ぜたりする例えに使われます。
また、時には自ら謙遜する言葉として使われます。

…ということです。
日本語で該当する言葉があるでしょうか。
さてこの「濫竿数を充たす」。
私としては、どさくさに紛れてとんでもない人物が当選したとしか思えない、小泉チルドレンを連想してしまいました。民主党にはじっくり人選をして、その轍を踏まないでもらいたいなあと思っています。
posted by dashi at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

2008年01月10日

草思社の危機

目がしょぼつく日が続いて、ネットも新聞も思うように読めない状態。世の中はそんなこととは無関係に流れるように歴史が作られていきます。

新聞を読まなかったら気がつかなかったニュースに、草思社が民事再生法適用を申請した、というのがありました。
潰れるわけではなく、吉野家のように生き延びるのだろうとは思いますが…。
とても真面目な、大衆受けはしそうにもない本をたくさん出していて、個人的にはとても好感を覚える出版社。これから出る予定の本一覧を見ても、なかなか面白そうでポシャるのは惜しいです。
http://www.soshisha.com/book_soon/index.html
草思社は堅い本ばかりでなく、「間違いっだらけのクルマ選び」シリーズや「声に出して読みたい日本語」など、大ヒットも多数出している出版社。ヒットした儲けで売れない本を出していたのでしょうか、返本率もそうとう高かったようです。

新聞だって紙のはいずれなくなるだろうと言われるくらいですから、本が売れないのは無理もないところ。草思社のHPを見たら、ネットでタダで読めるものもたくさんアップしてありました。
http://web.soshisha.com/#word
もともと草思社の本は高いし、ますます売れなくなっていたんでしょうねえ。
草思社の本は私には、千円札2枚必要なハードカバーというイメージがあります。ビンボーな私には読みたいけど買えなくて、図書館で予約して借りたのも多いです。

出版社の不況は深刻で、それに伴い印刷会社の受注仕事も減っているようです。
知り合った人が印刷会社に勤めているとわかったので、最近は厳しいんじゃないかと聞いたことがあります。その人は、この業界は先細りと苦笑し、昔は名刺で食べられたんだけどね、と話していました。
名刺、今はパソコン使って自分で作りますよね。年賀状だって印刷会社に頼む人は(法人はともかく)稀になったでしょう。
長年働いて身につけた技術が不要となるような、そういうシビアな時代。昔、私がOLだったころにお世話になっていた写真植字会社の夫婦は、今ごろどうしているのかなとふと思ったりします。

草思社の土俵際うっちゃりに期待する一方、後に続く出版社も多いだろうなあと、職をなくす人も出るのかなあと思っています。
posted by dashi at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2008年01月06日

その後

家に籠っているうちにもう6日になってしまいました。

時間の経過とともに体調は戻ってきて、起きていられるようになりましたが、今回はなぜか目の回復が異様に遅いのです。
新聞も数行読むとくらくらして来て、涙がにじむ始末。
テレビもコマギレにしか見られないし、パソコンも自粛中。休み休み、ちょこっとだけです。
新聞もネットもテレビもダメとなるとあとはラジオくらい、かなり不便な、つまんない毎日。日にち薬とあきらめてのんびりやりたいと思います。
視覚のありがたさ、重要さを再認識、今後は目を酷使しないように気をつけたいと思いました。
(娘が黒豆を買ってきたので、醤油抜きで煮ました。アントシアニン補給します)

コメントをいただいた皆様、どうもありがとうございました。
posted by dashi at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2008年01月04日

来た年

遅ればせながら、
明けましておめでとうございます。
皆様良いお正月をお迎えのこととお慶び申し上げます。


いや〜お正月早々エライ目に遭いました。
例の、息子の風邪がうつったものらしく、元旦早朝(5時ごろ)から突然激しい吐き下し。まるきり寝たきりの二日を経て、まだ起きてるとグラグラします。
今年は仕事なんて言う前に、この、風邪ぐらいで数日も寝込んでしまうヤワな身体をなんとかしたい。差し当っては献血でいつも断られる慢性貧血をきちんと治療して、更年期と老化を迎え撃ちたいものだと考えています。

今年も引き続きどうぞよろしくお付合いください。
posted by dashi at 17:27| Comment(5) | TrackBack(0) | 身辺雑記