2007年10月31日

負傷

車のドアに右手親指をはさんでしまい、あまりの痛さに病院に行きました。レントゲンを撮って、骨に異常がないのはわかりましたが、一部皮膚がはがれて腫れあがり、痛みます。
心ならずも、長い文章は打てないため、またお休みします。
みなさま、どうぞご自愛ください。
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2007年10月28日

じゃんけん

先日大人ばかりでじゃんけんをしたとき、「最初はグー、じゃんけんぽん」と掛け声をかける人がいて、みんなそれに従いました。
最初はグー、というのは子どもがやるものだとばかり思っていましたが、全世代に共通のものなんでしょうか。私は自分が子どものいる年になって初めて聞き、「珍しいことをするもんだ」と思った記憶があります。(そのときは近所の小学生がじゃんけんをやっていました)
娘に聞いたところ、娘の子どものときにはみんなそうするものだったらしい。知らなかったから「最初はグー」でグーを出さなかった娘は、ほかの子たちに叱られたそうです。
白状すると、私は「最初はグー」というのは掛け声だけだと思っていて、実際にみんなで揃えてグーを出すものとは知りませんでした。

もしかしたら、と思って娘に「パーは、紙? 風呂敷?」と聞いたら、へんな事を聞くね、という表情で「紙」という答え。「風呂敷なんて聞いたことない」そうです。
実際にじゃんけんするときに紙か風呂敷か言うわけではないので、私も長く気にかかりながらそのままになっていましたが、私の育った九州の田舎ではパーは「当然、風呂敷のこと」でした。
そう少数派というわけでもないようで、紙じゃなくて風呂敷、布を指す地方も少なくはないようです。
そして、韓国や中国(の一部)でも「布」を指すそうです。
石を包む(グーに勝つ)のなら紙じゃなくて布の方が適当だと思いますが、世界的に見ると紙のところのほうが圧倒的多数のようです。

もっとも、じゃんけん自体アメリカやヨーロッパにはなかったもので、日本や中国から伝わったらしいので、もとのところのものがそのまま踏襲されているのでしょう。
英語ではじゃんけんするときの掛け声で「 Rock, scissors, paper, go!」とそのまま並べるほかに、
「 Let's play Janken, 1, 2, 3!」
「Janken, go!」
のように「じゃんけん」とも言うそうですから、日本から伝わったことが伺われますね。   
日本ではチョキは「人差し指と中指」「親指と人差し指」の二通りあり、それぞれに「女チョキ」「男チョキ」と呼ばれているそうですが、ヨーロッパに伝わったのは女チョキだけ。
男チョキだとハサミより銃を連想させるかもしれませんね。
また、「紙」なら納得のいく話ですが、パーでは指を拡げずくっつけたまま出すのが正式な世界ルール(? カナダに本部のあるthe World Rock Paper Scissors Society :略称WRPS 認定)だそうです。チョキは言うまでもなく女チョキ。

石、ハサミ、紙が多数派ですが、お国ぶりをうかがわせて面白いのがインドネシア。
象、人、アリです。アリは「耳に入ることができるから」象より強いそうです。
指の形も独特で、グーから親指を出して「象」。グーから人指し指だけ出して「人」。小指だけ出すのが「アリ」だそうで、これをじゃんけんと呼んでいいのか躊躇してしまいますね。
沖縄では「木、鳥、虫」「火、へび、水」「お父さん、お母さん、子ども」というのもあるそうです。お父さんはお母さんに勝つ(子どもに負ける)、そうですから念のため。
カエル、蛇、なめくじ、というのもありますね。なめくじは蛇に勝つそうですが、なんでかしら。

昔「おかあさんといっしょ」で、焼き芋のうたをやっていました。
焼き芋焼き芋おなかがグー
ほかほかほかほかアチチのチー
食べたらなくなるなんにもパー
ほら焼き芋焼き芋グーチーパー
と歌いながら脚をそろえ、前後に伸ばし、拡げていましたが、ああいうのは「足じゃんけん」と言うそうです。

じゃんけんの語源についてはいくつか説があるようですが、私が選びたいのはこれ。
http://fukujuin.que.jp/newpage9.htm
この言葉のルーツは仏教語の「料簡法意」(りゃけんほうい)といわれています。「料簡法意」というのは、法の意志を料簡すると言う意味で、何か事を決定するときにこれを用いるとされています。つまりジャンケンポンは、天の意志を拳の勝負で推し量る方法なのです。ちなみに、大阪や鹿児島などでは「ポイ」ではなく原語に近い「ホイ」がつかわれているようです。
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2007年10月26日

雨降り

久しぶりによく降りました。
雨が好きな人もいると思うけど、私は苦手です。雨が降るだけでかなりテンションが下がるというか、なんだか気が滅入ります。
フロントガラスにうちつけられた雨粒が、ワイパーで邪険に払いのけられる。まるで泣きじゃくりながらこぶしで涙をこすりとっている姿みたいです。
ただでさえそうなのですが…。

きょうは息子の実習最終日でしたが、すべて順調に終えそうだったまさしくそのとき、上履きにしていたスニーカーを破ってしまいました。これがなければパーフェクトだったのに。
実習も終わりだから、上履きを破壊してオシマイにしたかったのかもしれません。
買ったばかりだったのに、5日間履いただけで何千円かパーだ…とショック。
さらに、前の実習でもそんなことがあったことを話していたら、職員さんに、結局最初のときの対応が悪かったのだろうと指摘されました。かつて長く悩まされた服破りのことも。

ずっと自閉症専門でやっている人のアドバイス、きっと的を得ているのでしょう。本来なら素直に聞いて反省するべきところ、どーんと落ち込んでいます。
うまく対応したら服破りもやめてくれていたのか、私のやり方が悪くて「熱中できる遊び」に「してしまって」いたのか。いわゆる「誤学習」させていたのか…。
いやあれは不可抗力だった、私は出来るだけのことはやった、と叫びたい自分がいます。
そんなやり方じゃダメだったんだよ、と言われたわけでもないのに、そう受け取って落ち込むのは、心が疲れているのかもしれないと思います。

下から見上げたとき、雨ってちょうど槍が降っているように見えることもありますね。弱った心にグサグサ…というのは大げさですが。



※今後しばらく、元気が出た日だけ不定期に更新することにします。
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2007年10月25日

近況

卒業まで半年を切った息子は、今週最後の現場実習に出ています。
月、火、水、木ときて明日は最終日。2時から実習の様子を見せてもらい、そのあと反省会の予定です。
ここに行けたらいいな、と私が思っている第一志望のところですが、息子もとても気に入ってなじんでいる様子で、朝は早く行きたがってそわそわしています。
ここは設立のときに私もほんの少し関わったところ。ノウハウの積み上げがある法人が私の居住区近くで展開してくれた、自閉症に特化した通所施設です。
一人ひとりに合わせた指導をしてもらっているようで、前もって詳しい調査票も書きましたし、実習前の面接では一時間かけていろいろ聞き取りされました。
お昼は作りたての給食、おいしいという噂です。

明日一日行って、週末を過ぎるとまた学校。
11月3日の文化祭バザー準備の忙しい日々が始まります。息子たちはバザーの案内板を作ったり、チラシを配る手伝いをするようです。
毎年、担当によってはヘトヘトになるほど熱を入れた(山ほどマドレーヌを焼いたり、連日学校に通って手芸品を作ったりしました)文化祭バザーも、いよいよ今年が最後。母子とも楽しく過ごしたいものだと思っています。
あれほど暑かった日々も遠くなり、油断すると寒さに震えるようになってきました。風邪引く人も多いようですね。
風邪なんか引いてるヒマはないぞ、とつぶやきながら、布団にカバーをかけています。

皆様もどうぞご自愛ください。
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2007年10月24日

ずる

少年事件の供述調書を漏洩した医師が逮捕された事件で、朝日新聞社などは強く抗議しています。
(逮捕までする必要はない、これは「見せしめ」だ、という主張には一理あります)
この抗議する姿勢に対して、長年朝日を購読している私はなんとも不愉快な思いをしているのですが、それが何故か考えました。
週刊朝日11月2日号を買って<「取材源」逮捕で始まる「言論封殺」>なる記事も読んでみました。
江川紹子さんのコメントがありました。これは彼女のブログから編集に都合のいい部分だけを切り貼りしたに違いない、と私は思いましたが、違うでしょうか。
江川さんのブログ:http://www.egawashoko.com/c006/000239.html
週刊朝日の記事もまず結論ありき、牽強付会の印象です。

きょう、ミートホープの社長以下幹部が逮捕されたというニュースがありました。社長の指示に従って不正を繰り返していたようです。
事情を知る人にとっては、生活のために良心を押さえつけ、きっと「いつばれるか」と気の重くなる仕事だったでしょう。我慢できなくて内部告発したり辞めた社員も何人もいたはずです。
告発した先が不適当だったから(ミートホープにかぎたばこをもらっていた?)放置され、摘発が遅れた分不正も大胆悪質になりました。
赤福や、比内地鶏のごまかしも明らかになりましたね。広島の食肉加工会社でも何かやってたようです。
雪印、不二家の虚偽記載etc.も記憶に残ります。

例の「供述調書丸写し」のジャーナリストも、やったことはこれらの食品会社と同じではないかと思うのです。
厳しいノルマを自分に課すこともなく、消費者(読者)をカモにしか見ず、社員(協力者)の迷惑や正義感(苦悩)は無視。自分の儲けや社会的地位を高める(会社を大きくする、有名になる)ことの方に重きを置く。
そのために平気で「ずる」をするということです。
…「言論の自由」を言い訳にする分、卑怯だと思います。

鎌倉に本店のある鳩サブレの会社(豊島屋)は、品質管理が出来なくなるからと、近場(神奈川県内と都内)以外には出店しない方針と聞きました。近場でもその人気のわりに扱う店は少ないと思います。
http://www.hato.co.jp/shop/index.html
出来立てを売りにしている商品ではあリませんよ、主力商品の鳩サブレは生菓子ではないです。
身の丈に合わない拡大展開は自粛して消費者の信用に応える。これが本来の姿ではないでしょうか。
赤福のようにすごい数の売り場で、その日の出来立てを売りにする生菓子なら、大量の売れ残りを出さないためには毎日「夕方には売り切れて買えない」のが当然だと思います。
そうでなければ、その日の売れ具合に応じて日に何度も生産量を調整する(コンビニの本部みたいな)、かなり高度のチェック体制が必要なはずです。

セブンイレブンは自社工場ではなく、おにぎりや弁当は食品会社に発注しています。
その日に何個注文が入るかわからないから、工場ではこれくらいだろうと見越して多めにご飯を炊く。注文が入ってから米を洗っていては間に合わないからです。
見込みがはずれて大量に余ったときには大損害、すべて廃棄処分です。工場内で余った食材を肥料にする施設が作られているそうです。
最低賃金に限りなく近い時給でそこでパートしていた人は、炊きたてのおいしいご飯で作ったおにぎりを捨てに行く仕事がイヤでたまらなかったと話していました。
ここで「もったいないから」と捨てるのをやめて、炊きたてでない米で商品を作ったら。ばれたら超大口顧客のセブンイレブンから切られ、ライバル社に仕事を奪われる。たちまち営業危機です。
大損を覚悟で廃棄せざるを得ない。
ずる」をしない(できない)会社はみんな、それくらい厳しい経営をしているのだと思います。

供述調書で知った内容が驚愕の事実で、これはぜひ世間に知ってもらいたいと思ったとする。
それなら、それをそのまま引き写すのではなく、それをもとに取材をしたらどうなんでしょう。
相手は少年だし、個人情報保護の壁があって、取材は困難を極めると思います。でも、本を一冊書いて世に出そうと思うなら、それくらいするのが当然じゃないでしょうか。
ジャーナリストの仕事って、提供されたネタをそのまま「引き写す」ほど甘ったれたものなんでしょうか。提供した医師とどんな取引があった(ないとは思えません)か知らないけど、医師が漏洩の罪に問われるはずがないと、まさか考えたわけではないでしょう。(逮捕は想定外かもしれないけど)
言い得て妙、のどどいつがあったのでご紹介します(作者は裁判官)。
「ひとの作文 丸写しする ことに決めた」じゃ 「著者」じゃない
http://blog.goo.ne.jp/gootest32

少年は広汎性発達障害だった。そのために起こった事件であり、その事情を知ってほしかった、と医師が供述しているという小さな記事が朝日に載りました。(週刊朝日の件の記事にもあります)
医師は(当事者が身内にいるなど)広汎性発達障害に特別な思い入れがある人なのかもしれません。もしかしたら、悲壮な使命感から(あるいは逮捕も覚悟の上で)漏洩したのかもしれません。
でも、もしそうなのだとしたらなおさら、安易に提供者を特定できるようなやり方で裏切り、少年を含む遺族のプライバシーに土足で踏み込んで、さんざん踏み荒らして山ほど後顧の憂いを残した本を出した草薙厚子なる女性と講談社は、これ以上ないくらいの「ずる」をしていると思います。

漏洩はたしかに立派な犯罪。でも、それを写真にとって持ち出し、そのまま本にして出版しさえしなければ医師の逮捕はなかったし、遺族が苦しむこともなかった。
今までだって、こっそり漏らされた情報から世紀のスクープが生まれ、大統領の失脚につながったようなことはありました。でも、記者は情報をそのまま、どこから漏れたかすぐわかるような形で使ったのではない。命がけの取材とセットのはずです。漏洩する人の覚悟を思えば、それくらい、当然ではないですか。
言論の自由だの、知る権利だのと、勝手な理由付けで正義漢ぶるのはやめてほしい。朝日新聞社は、著者をかばわないでほしいと思います。
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2007年10月23日

電子レンジ

飼い猫を洗って乾かそうとして電子レンジに入れたら死んでしまった、という都市伝説があります。
私はそこまでしか知りませんでしたが、ウィキペディアによればその先があり、猫の飼い主の主婦が、
電子レンジの取扱説明書に『ネコを乾燥させてはいけません』とは書かれていない」と主張、製造メーカーの落ち度であると裁判になり、企業側が敗訴し多額の賠償金を支払うことになり、結果として電子レンジの取扱説明書に「ペットを入れないで下さい。」という注意書きを書くに至ったという話」だそうです。そんな裁判例はないとのこと。
本当にそんな事件があったら日本でも報道されるはずですが、聞いたことありませんね。最初はジョークだったのかもしれません。

猫でもその残酷さに人々の関心を呼んで都市伝説となったのだと思いますが、恐ろしいことに、人間の赤ちゃんが実際にレンジで焼かれる事件が今年5月、アメリカで起こっています。
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2007102300180
2007/10/23-09:44 父親が赤ん坊を電子レンジに=弁護士は「心神喪失」と主張−米
 【ロサンゼルス22日時事】米紙によると、20歳の男が生後2カ月の自分の娘を電子レンジで加熱し、大やけどを負わせたとして、テキサス州ガルベストンの警察に逮捕された。男の弁護士は先週、善悪の判断ができない状態だったとして、心神喪失(精神障害)の認定を裁判所に申請した。
 男はアーカンソー州出身で、牧師になるために妻と娘を連れガルベストンを訪れ、ホテルに滞在。事件が起きたのは今年5月で、男は当時2カ月の娘を殴り、金庫や冷蔵庫に押し込めた後、電子レンジに入れて10−20秒程度加熱したという。


大やけどって、どこをやけどしたんでしょうね? 内臓、とくに脳は大丈夫だったのかと気になります。
電子レンジは、食品の中にある水分子(など)に高周波の電磁波を当てて摩擦で温める原理ですから、お湯を浴びるやけどのように表面だけの損傷では済まないと思うのですが。
2005年8月には、米オハイオ州で25歳の母親が赤ん坊を電子レンジで加熱、死亡させる事件も起こりました。
また、2007年5月(上の事件と同時期ですが、同じ事例でしょうか?)、アーカンソー州で19歳の父親が2歳の娘に三度のやけど(皮膚を構成している血管も神経も破壊され、深い傷あとが残る。大きいものは皮膚移植)をさせた罪で逮捕されたという事件もあるそうです。…2歳の子が電子レンジに入るんでしょうか、業務用の大きいレンジかしら。
日本よりアメリカの方が電子レンジはよく使われるから(直火での煮炊きはあまりしないと聞きます)、凶器にもなりやすいのかもしれませんね。

電子レンジの原理はアメリカで偶然発見され、1947年に最初の製品が作られたそうです。日本は戦後・焼け跡の時代ですね。
日本ではシャープが業務用を1962年に作り、1964年開通の新幹線ビュッフェに装備されました。家庭用の売り出しは1965年だそうです。
現在の冷凍食品とセットの使われ方からは想像もできませんが、電子レンジは当初はあまり売れず、苦戦していました。
値段もけっこう高くて、たしか10万以上したんじゃなかったでしょうか。
私が初めて買ったのはもう20年も前ですが(そのときのものを今も使ってますが)、5万弱の値段に「あら、だいぶ安くなったのね」と驚いたものでした。(今は単機能のは1万円しないのもありますね)
家庭用冷凍冷蔵庫の普及とともに一般的になったようです。

娘が一時、ニンジンをスライスして電子レンジでチップを作っていました。レンジが古いから加熱ムラがあって上手く出来ない、と文句言われましたが、一部真っ黒に炭化して台所中焦げ臭くなったこともありました。
検索で見つけてびっくりですが、ニンジンはスパークすることもあるそうです。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20071012_spark_carrot/
スパーク(火柱が立つ!?)のあとは真っ黒の燃えカス。
子どもだけで留守番しているときに電子レンジを使う家庭は多いと思いますが、野菜チップを作るのは禁止しないと危ないですね。
食物のカス(汚れ)でもスパークすることがあるそうなので、電子レンジの使用法については、もっと注意を喚起するべきじゃないかと思います。
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2007年10月22日

二人のダイスケ

(私から見たら)若いけど、大人だなあ…とうなった二人。

レッドソックス、松坂大輔。
すごいですね、考えられないくらいのプレッシャーの中で、最高の投球が出来る。
インタビューも調子に乗ることなく、先を冷静に見ていますよね。愛嬌のある童顔だけど、大人だなあ…と思います。
横浜高校で全国制覇したときもそうだったけど、どんな状況でも落ち着いてベストを尽くせる人ですね。
プレッシャーに押しつぶされないのは、社会的評価に負けないだけの実力という裏打ちがあるから。
(実力もないのにパフォーマンスだけで墓穴を掘った、どこかの坊やに見習ってほしいです)
他人の評価にぶれない、しっかりした軸足があるんでしょうね。
西武に入団してさほどたたないうちにゴシップがあったけど(密会での交通違反を肩代わりしようとしたのが、スケートの黒岩選手だったのには驚きました)、いったんは別れさせられたと思われた年上の相手と円満に結婚した。信念を曲げない、まっすぐな人なのでしょうね。

もう一人は、坊やに挑発されても涼しい顔で受け流していた内藤大助。
こちらは最年長防衛記録を作ったそうで、オン年33歳だそうですから、まあ立派なオトナではありますね。
試合直後の、反則の攻撃をされたせいで目の周囲がひどく腫れた状態でも、感情的なコメントは一切口にしなかったですね。
ゆっくり休みたかったでしょうに、嫌な顔はしないでずっと表に出て(世間につきあって)いました。
連日テレビに引っ張り出されていたので、私としては「はあ、腫れってだんだんひいていくもんなんだなあ」と、三角形だった目が丸くなり、優しく垂れていくのを興味深く見ていました。
悪質な反則してきた相手を「自分は18のときはもっとガキだった」とか「才能があるからがんばってほしい」など、かばうような発言も印象に残ります。

謝罪に来たときのことも「済んだこと」と語らないなど、内心は知る由もありませんが、オトナの言動です。
「先生」に推薦されるようですが、適任だと思います。
http://www.nikkansports.com/battle/kameda/p-bt-tp1-20071019-271717.html
チャンピオン内藤が「先生」になる?!

 チャンピオン内藤が「先生」になるかもしれない。日本サッカー協会は18日までに、WBC世界フライ級王者内藤大助(33=宮田)に同協会が今春スタートした「JFAこころのプロジェクト」の講師役(夢先生)をオファーする意向を固めた。同プロジェクトは小学5、6年生を対象に夢に向かって努力することの大切さなどを伝えるもので、今月からサッカー界以外の夢先生も招いている。同協会の川淵キャプテンは「ぜひ、お願いしたい」と挫折や苦労を乗り越え夢を実現した王者の登場を熱望した。


世のいい子は、ぜひこの二人のダイスケさんをお手本にしてください。
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秋千

友人の息子さんが、大学に入って第二外国語に中国語を選択したら、思いがけず苦戦しているという話をしていました。
同じ漢字を使うのだから何とかなるだろうと「甘く見た」そうです。
中国語の習得には、たしかに、漢字の知識がある分日本人は有利という面はあります。
でも、たとえば「豆腐」のように発音もよく似ていて意味も同じという言葉もあるけど、表意文字ですから耳で聞く発音と文字とは一致しない。
発音はピンインという記号で表し、日本人にはなじみのない発音や四声もあります。そして、shiやzhiなど、同音異字がどっさりあるのです。

習い始めの頃教えてもらったのに「mamamama mamamaman」というのがあります。
「お母さんは馬を罵る、お母さんの馬はのろい」という意味ですが、maと発音する文字それぞれが「おかあさん(mama)」、「罵る」「馬」を意味し、四声で区別するわけです。(manは遅い:慢)
今、「shishi」と二文字の言葉を辞書で見てみたら、27個もありました。実施、事実、逝世など比較的よく使われる言葉も含まれていますが、これを四声と前後の文脈から聞き分けなければなりません。
このように紛らわしいから、四声をはっきり言い分けないと中国人には通じないわけですが、日本人は苦手だと思います。
習い始めてすぐ脱落した級友も少なくなかったですが、日本人にとって中国語は想定外の難しさである言語かもしれません。

中国語の知識はなくても、漢字を眺めてなんとなく意味のわかる言葉も少なくないですが、全く予想外の意味を持つ言葉も少なくなく、中でも私の印象に強く残ったのは「秋千」です。
「打秋千」。何のことかさっぱりわかりませんでした。
「ブランコをこぐ」という意味だと知ったとき、教室が「ええーーっ」とどよめいたように記憶しています。
中日辞典には(一説には)「漢の武帝の長寿を祈って始められた『千秋万寿』の意味の遊戯から」来たような説明があります。
ネットで検索してみたら、詳しい解説のあるサイトが見つかりました。
http://baike.baidu.com/view/45973.htm

この説明によれば、ブランコの起源は数十万年前。生き延びるために蔓性の植物を揺らして樹に上ったり谷を越えたのが原型という話で、イメージとしては雄叫びを上げながら蔓でジャングルを飛び回るターザンですね。
そして春秋時代(紀元前770〜403年)にはすでに北方に踏み板つきのブランコが登場しているそうです。
現在の北京周辺に住んでいた異民族が軍事訓練に使っていたものが、斉の桓公が攻めて国土を燕に編入してから南に伝わり、遊具となっていった。
ずいぶん歴史のある遊具のようです。

漢の武帝のときには宮中で流行っていたようで、「漢武帝後庭秋千賦」の中には宮中の女性たちがブランコに興じるさまが描かれているそうです。
「秋千者,千秋也。漢武祈千秋之寿,故后多秋千之楽」
辞書の説明にあるのはここの部分でしょうか。
女性だけ、身体を鍛えるために用いられたようですね。

宋代になると「水秋千」というのが登場します。
夏になると北宋の大きな湖でこの「水秋千」という雑技が披露されました。
美しく飾った船に高いブランコを据え付け、雑技芸人がブランコを大きくこいで、高い位置から水の中に飛び込む。
そのときに宙返りをしたり身体をひねったりと、ちょうど現在の高飛び込み競技のようなことをしたようです。
なんだかずいぶん危険な雑技のような気もしますが、ダイナミックでとても受けたでしょうね。

朝鮮族の女性たちは、お祭りの競技として、美しいスカート姿(チマチョゴリでしょうか)で高い位置にぶら下げてある銅の鈴の束(列?)にぶつかる(蹴る?)回数を競うのをするそうです。勇ましいですね、にぎやかそうです。

1986年にはブランコ競技は「全国少数民族体育大会」の正式科目になったそうです。
女性に限り、シングルとペアがあり、種目は高さを競うものと鈴にタッチする回数を競うものとあるそうです。
ブランコの高さは12メートルもあるそうで、私には命がけのような気もします。サーカスの空中ブランコみたいにネットを張ってやるんでしょうか。
精神の鍛錬にはもってこいで、生理機能を発達させる効果があるということです。
秋千という文字面からはもっとのどかな感じを受けますが、なかなか奥が深いスポーツのようです。

こちらはロココ美術の代表作として有名なブランコの絵です。
危険な競技とは無縁の、優雅な遊びという印象ですね。
ぶらんこ (1768頃、フラゴナール作)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Fragonard%2C_The_Swing.jpg
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2007年10月20日

デブはうつる

きょう出席した訓練会で、子どもの肥満について考えさせられました。
息子はその会には長く参加していて、現在はOBの立場です。仲間は一人を除いて全員息子より年下、月に一度会うかどうかなので、名前も知らない子も増えました。
その会に所属している子どもの中で、かなりの(病的な、と言いたくなるくらいの)肥満体が何人かいます。
(母親も肥満体なのは一人だけで、あとはむしろ痩せているくらいのお母さんです)
みんな自閉症らしい子です。太っているせいも大いにあると思いますが、情緒的にもあまり安定していない感じです。
見た目はともかく過度の肥満は心臓や肝臓に負担をかけるでしょう。それに身体が重くなるとますます動かなくなってさらに太る、悪循環だと思います。

太っているのが自分の子どもだけなら、恥ずかしいとか、何とかしようと思うんじゃないか。
同じような境遇の人が集まると、油断というか馴れ合いというか、危機意識を持たず平気になるかもしれません。あまりよくない環境ではないのではないかと思いました。
親しいお母さんには「痩せさせなきゃダメ」と再三言います(ムダですけど…)が、さほど交流のない人にはあまり言えませんね。きょう、ちょっと言ったら気色ばまれた感じでした。私に言われなくてもわかってるはずですからね。
ふと思いました。「デブはうつる」って、こんなことかも…。

ショッキングなタイトルですが、たしかそんな記事があった…と思って探して見ました。7月の記事ですが、ありましたのでご紹介したいと思います。
http://www.zakzak.co.jp/top/2007_07/t2007072620.html
http://shinshu.fm/MHz/14.30/archives/0000201267.html
米ハーバード大などの研究チームが米医学誌に発表したそうですから、眉唾ものではないと思います。
マサチューセッツ州で友人や親戚関係のある成人1万2067人を32年間(1971〜2003年)にわたって追跡調査。
体格指数(BMI)が30以上の肥満になった人の人間関係と、相手のBMIの関係などを統計的に解析したそうです。
その結果は、友人に肥満の人がいると肥満になる可能性は57%増。兄弟だと40%増、配偶者だと37%増加ということです。
地域による差はあまり無くて、隣人関係では影響がなく、逆に住居が離れていても友人関係では増加傾向がみられたそうです。

1月の記事にこんなものもありました。
http://www.igm.hokudai.ac.jp/crg/tutor/index.php?e=67&PHPSESSID=08ce7627dcfa5d98c343514ac2f57a49
2006年12月21日号のNature誌に載ったそうですから、これも少なからず信憑性のある内容だと思います。
肥満者の腸内にはやせた人と異なる構成を持つ細菌叢(フローラ)、いわば「デブ菌」(fat bacteria)がいるそうです。
意味がよくわからないのでそのままコピペすると…
「…肥満者ではバクテロイデス門および発酵菌門の相対比率が変化しており,よりエネルギー回収効率のよい状態が作り上げられているのです.これはレプチン遺伝子という摂食を抑制する遺伝子に変異があるob/ob肥満マウスにても確かめられ,そのマウスの細菌叢を正常マウスに移植するとマウスの体脂肪の増加がみられました.デブは伝染るんです!?」

以前から肥満との関連が疑われてきた、アデノウイルス36というものもあります。
(米ウィスコンシン大学の研究チームは00年、このウイルスに感染させたニワトリやハツカネズミが、 感染させなかったものより脂肪を2倍多く蓄積した、という論文を発表しているそうです)
米ルイジアナ州立大の グループがボストンでの米化学会で発表した内容は…。
人間の脂肪組織から、さまざまな 細胞に変化する能力を持つ幹細胞を抽出し、このウイルスを加えた。 その結果、ウイルスを加えられた幹細胞の半分以上が脂肪細胞に変わったが、加えられなかった 幹細胞で同様の変化を示したのはわずかだったそうです。
ウィルス感染による肥満、というものもあるということでしょうか。太りやすい体質はたしかにあると思います。
研究が進めば、いずれ(過食によらない)肥満はこの世からなくなるのかもしれませんね。
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2007年10月19日

ヨブのように

読んでいた雑誌に「a patient child」という言葉があって、病気の子かと思ったら「我慢強い子ども」という意味でした。
ペイシェント(patient)と聞くと、私は映画「イングリッシュ・ペイシェント」のイメージもあって「患者」を連想してしまいます。もちろんその意味もありますが、辞書を見ると第一義は形容詞の「<人が>忍耐強い」でした。
医者にかかって治療中の病人は我慢を強いられるから、でしょうか。受身的なマイナスイメージが伴うので、イギリスでは「患者」をclient(顧客、依頼人)に代えようという動きがあるそうです。
なおpatientにはa patient workerのように、勤勉な、というプラスの意味もあります。

patientの用例としていくつかある中に「be (as) patient as Job」というのがありました。
「(ヨブのように)非常に忍耐強い」と訳があります。
息子の入学式にもらった子供向けの聖書もすぐ挫折した私は、大人向けは無論ちゃんと読んだことがなくて、そちらの知識はまるでありません。ヨブ記というのは聞いたことがあるけど、ヨブが「非常に我慢強い」象徴になるというエピソードは知りませんでした。
ちょっと調べてみて驚きました。なるほど尋常ではない我慢強さです。
クリスチャンではない私にとっては「神様に意地悪された、エライ目にあった気の毒な人」というバチアタリな印象でした。

ヨブ記は、前五世紀ごろにまとめられたイスラエルの古い民話伝承だそうで、旧約聖書に収められています。
ヨブはウズの地(死海の南のエドム?)に住む裕福な人でした。家庭的にも恵まれていて、毎日7人いる息子の家を日替わりで訪れてそこで食事を摂っていました。毎週一度は神にいけにえを捧げて、家族たちが罪を犯しているかもしれないからと許しを請うていたそうです。
「無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けてきた」ヨブは、なぜか神の試練を受けます。
わずか半日のうちに持っていた財産(たくさんの家畜など)や愛する家族を、天災(雷やシロッコ)・略奪により(妻以外)すべて失ってしまいます。
そして神は悪魔(サタン)を呼んで、無一物になっても信仰を捨てないヨブをさらに苦しめます。身体中が皮膚病に冒され、痒くてのたうちまわるほどに。

ヨブは苦しみ悩み疑いながらも(疑ってもいいんでしょうか?)最後まで神に対する信仰を捨てず、ついに祝福の晩年を迎えます。
試練に耐えたあとは以前の倍の財産を得て、男女10人の子どもたち(その後に生まれた)と孫の孫も見て140歳まで長生きしたそうです。
ヨブ記は、なぜ正しい人間が苦しまなければならないか、苦しみを体験していない賢い友人たちとの対話形式で述べた、宗教文学中の最高傑作、だそうです。
無宗教の私には理解を超えますが…。「ヨブのように」が、並みの「我慢強さ」でないのは確かですね。
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2007年10月18日

I am peaked

木原光知子さんの訃報には驚きました。まだ50代です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071018-00000106-mai-soci
プールで指導中に倒れて入院、くも膜下出血で亡くなったそうですから、死に場所としては本望だったかもしれません。
現在ではテレビで歯切れのいいコメントをするタレントとして知られているでしょうが、私などは水泳選手だった彼女の方が印象に残っています。
田中聡子さんと一緒の写真を見たときには、田中さんが平均的な水泳選手のイメージで、木原さんはモデルか女優が水着を着ているようでした。若くてずいぶん美人の選手だなあとびっくり。引退後タレント活動を始めたのも当然という感じでした。
明るい笑顔がさわやかで、とても気持ちのいい方でしたね。死ぬような歳ではないのに、としみじみと残念です。

先日、私より少し年下の友人と、雪国で暮らす彼女の両親の話になりました。
子どもは友人と妹の二人だけですが、二人とも東京の大学を出たあとこちらで家庭を持っています。友人は家を買ったときに両親用の部屋も用意して待っているのですが、まだ動けるからと引っ越してくる気配はない。
地吹雪で有名な豪雪地帯、冬は本当に大変なところらしいです。
こちらの暮らしの方がよほどラクで快適に思えますが、人的つながりもあるし住めば都なのでしょう。
友人は私が両親を亡くした話にため息をついて、「ウチの親も、そんなに長く生きてられないよね。あと何回会えるかしら」とつぶやきました。
親もだけど、自分たちだってそうだよ。頭がクリアなまま元気にしてられるのは、あとせいぜい20年ってとこかもしれない、と話したことでした。

きょう図書館で手にした本に、「I am peaked」という言葉が紹介してありました。
(上野千鶴子さんの「老いる準備」〜介護すること されること〜 学陽書房です)
peakedは「やつれた」、peak and pineで「恋やつれする」といった意味になるようですが、上野さんは文字通り「ピークを過ぎた」と理解して「峠を越した」と訳することにしたそうです。
この本のプロローグにこんな一文があります。50歳の誕生日を迎えて感慨深かった上野さんに、
「…そんな気分のところに、I am peakedという表現は、すとんとはまった。あれがピークかと言われればその程度のものだったということにもなるが、知らないうちにピークを越していたとも言える。確実なのは、この先わたしの前にあるのは下り坂だという感覚である。時間とエネルギーがむだづかいできるほど無限にあると思えた二十代、三十代には考えられなかったことだ。そして実際、わたしは自分自身も他人もアビューズ(濫用)してきた。…」。

わかるわかる、ほんとにそう。
とは言え、あとがきには「老いる」ことに対して、
「新しい経験が始まる。わくわくするではないか。さからわず、気負わず、人生の秋を味わいつくしたい」
と上野さんらしい元気な言葉が並んでいます。もっとも、「挑発には乗る、売られた喧嘩は買う、ノリかかった船からはオリない」を処世訓とする(と豪語した)往年の威勢のよさはさすがに引っ込んだかもしれませんね。
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2007年10月17日

稲荷寿司

きのう息子の学校に行って作業をしていたとき、
「○○さんはエライよ、おでんを家で作るんだもの」
と言っている若いお母さんがいました。
「あたしは買ってきちゃうけどな。他にも2品作るから」と続けるその人に、思わず
「おでんぐらい作ったらいいじゃん、簡単だよ。煮ている間にほかのを作れるよ」
と口を挟んでしまい、姑根性丸出しとあとで反省した私でした。

そのお母さんがどこでおでんを買うのか聞き逃したけど、コンビニのおでんなら家庭で作るのより美味しいかもしれませんね。
別の人が、スーパーで材料だと思って買ったらもう煮てあるおでんだった、という話をしてました。急いでいたので、ぱっと取上げてかごに入れたそうです。
そう言えば最近は出来合いのおでんが袋に入って売ってありますね。私も以前買ったことがありますが、美味しいとは思えませんでした。ことにこんにゃくは、似て非なるものだと思います。
あれはかなりお手軽だから、バザーの屋台なんかでは大量に使われているかもしれませんね。単身者や家事に手間ひまかけていられない家庭では、食卓にも上るのでしょうか。

手間ひまかかるのは覚悟の上で、きょうは稲荷寿司を作りました。
母が昔作ってくれていた味が恋しくなって、たまに作りたくなります。具材がたくさん入った、五目稲荷と呼ばれるものだと思います。
ご飯は硬めにだし昆布を入れて炊くし、シイタケやかんぴょうは水で戻す時間も必要。こんにゃくは小さく刻んで湯がきます。
油揚げは熱湯をかけて油抜きし、ごりごりとしごいて(麺棒やビール瓶がいいんですが、べたべたになるので今日は箸で)半分に切って中を開く。そして煮ます。煮たあと煮汁にしばらく漬けたまま味をしみこませる
小さく刻んで別に煮た具材を酢飯にあわせ、油揚げに詰めてようやく完成です。
味を優先して厚めの油揚げを使ったらうまく開けず、詰めているうちに破裂するもの続出。見栄えはイマイチだけど、母のと同じくらい美味しく出来ました。
サッと煮たり炒めたりするだけの料理もいいけれど、たまにはこういう昔ながらの食べものもいいなと思った次第。

それにしても、これだけ手間ひまかけられるのはヒマジンだけ。もっと手軽に稲荷寿司を作る工夫として、ネットではいろいろ書いてあります。
私は甘すぎて敬遠していますが、市販の稲荷の皮やすし酢を使えば、手軽に出来ると思います。ちなみに、すし酢と普通の酢を半々に混ぜれば甘さもちょうどいいです。
具材にザーサイや、まぐろフレークを使ったり。
http://cookpad.com/mykitchen/recipe/434963/
こちらはアボガドと市販の皮を使ったもの、これは珍しくておもてなしにもウケるかもしれませんね。
http://cookpad.com/mykitchen/recipe/422071/

…やたらでかくてはみ出して、母が見たら笑いそうな稲荷寿司。息子は一瞥して顔をそらし、残しておいた白いご飯を選んでいました。食べられないことはないけど、あまり好きではないようです。美味しいのに。残念。
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2007年10月16日

自臭症

忙しい日が続いてバテ気味だった先日の夜、歯磨き直後にすれ違った娘に「息がクサイ」と言われて大ショック。朝起きぬけならともかく、磨いたばかりなのに…。
疲れがたまったとき歯茎が腫れることは以前からたまにあって、今回もひどく腫れていましたが、歯科に行くヒマがなかったり予約が取れなかったりで3日ばかり経っていました。触ると痛いので歯磨きがお粗末になりがちで、それが原因かなと思いました。
その前日には送別会でランチだったけど、隣に座っていた人には悪いことをしたかしら。そう言えば、昼間に会った人がなんだか顔をそむけていたような気が…などとあれこれ考えてしまいました。

その翌日に歯医者さんに行って、切開して膿を絞り出すような処置をしてもらいました。
こんな荒療治は初めてでしたが、薬を飲むだけより早く治るそうです(本当でした)。
化膿には麻酔があまり効かないそうで、とっても痛かった。
レントゲンも撮って、根の方は大丈夫ということでした。(根が腐っていると口臭もひどいそうです)
何日もたっているから膿もだいぶ溜まっていたようで、「たくさんありましたねー」とあきれたように言われてしまいました。
うがいするとき吐き出したものはそれほど臭いを感じませんでしたが、膿が溜まっていると息が臭くなるものなのかもしれません。
その夜娘にチェックしてもらって、口臭は(気になるほどには)ない、ということで一安心でした。

口臭は虫歯や歯垢、歯肉炎、舌苔など口の中が原因のもののほか、糖尿病、肝臓病などの代謝系疾患、消化器系疾患(胃腸など)、呼吸器系などの病気でも起こります。
(私も口臭が気になった姉の一人に「胃が悪い?」と聞いたことがありましたが、その姉はのちに胃潰瘍の手術をしました)
蓄膿症、アデノイドなど耳鼻咽喉科系の病気だと鼻からの息も臭うことがあるそうです。
朝起きたばかりや高熱のときに口臭があるのは、口の中が乾燥して、ふだん唾液で行っている自浄システムが崩れているためです。鼻が詰まっていたり(口で呼吸する)、唾液が出にくくなる病気(膠原病、シェグレン症候群)だったり、分泌が少なくなる高齢者も同じ理由で口臭が増えそうです。
また緊張すると(ホルモンの関係で?)口臭が強くなる場合もあるそうです。

ところで、口臭を気にして受診する人の中で、実際には臭くない人が8割もいるそうです。
口の中も内科的にも何ら問題がなく、歯は平均以上にきれいに磨いてある。でも本人は口が臭いと思いこんでいる。こういう人は自臭症と呼ばれます。
容易に想像がつくとおり女性の方が多くて男性の2倍。20歳代と40歳代に発症のピークがあるそうです。
自分が人に嫌われたり敬遠されたりするのは、身体から臭いにおいが出ているからだと信じているのです。人間関係の葛藤を口臭に理由付けしようとする逃避の一種で、ときには精神科の協力を求めて治療する場合もあるそうです。
それにしても、こういう人が8割というのは驚きですね、口臭を理由に受診しようとまで深刻に考える人は少ないのかもしれません。
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2007年10月10日

呼び出し

親戚筋の人が家を売って引き払うことにしたそうで、わりと近くに住んでいる私に夜突然呼び出しがありました。
何年も空き家になっていたし、売るという話は聞いていたけど、急な電話で驚きました。
とりあえず息子を連れて駆けつけたところ、息子は長いことご無沙汰している家だからか警戒して、中に入ったもののすぐ玄関に戻って帰りたいとアピール。
そそくさと帰ってきましたが、明日からは(息子が学校に行っている時間帯に)あのゴミの山を片付ける手伝いを、しないわけにはいかないだろうと観念しています。
たぶん、分別をしなおすことになるでしょうね…。
すべて業者に任せてしまえばいいんでしょうけど、捨てたくないものもあるでしょう。目をつぶって全部ゴミにするのって、けっこう勇気が要ると思います。
息子用にスニーカーをもらうことにしたら、喜んでいました。

ということで、ここは数日お休みします。
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2007年10月09日

コンビニ

万引き犯を捕まえようとして追いかけ、刺殺された青年の葬儀があったそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071009-00000923-san-soci
責任感から追いかけたのでしょうに、「捕まりたくないから」という自己本位な理由で刺されて落命し、本当に気の毒なことでした。
犯人はまだ未成年ですし、出頭しているし、「殺すつもりはなかった、死ぬとは思わなかった」と殺意を否定するでしょう。更生の余地はあるとやらでたいした量刑にならないのではと思います。
短絡的な犯行を「未熟な、若気の至り」と思うか、「あまりに愚かで人間以下、動物並み。弁解の余地無し」と思うかで、印象もずいぶん違いそうです。

私が今回の事件を聞いて思ったのは、これは「万引きに対して寛容すぎる」社会全体が生んだ犯罪だ、ということです。
万引きした子どもたちは、「たかが万引きぐらいで」そんなに真剣に追いかけてくるとは思わなかったんじゃないでしょうか。ナイフをちらつかせたらすぐ諦めると、甘く見ていたと思います。
追いつかれて初めて、焦った。だから逃げるために刺しただけで、あとのことなんかナーンニモ考えてなかった。
つくづく被害者やそのご家族が可哀想でなりません。

ウチの近くのコンビニでも、店頭の駐車場で、塾帰りとおぼしき小学生や中学生がかたまって何やら食べたりしています。
私は個人的には、学校でちゃんと勉強しないで、塾を口実に夜遊びする習慣が諸悪の根源と思っています。9時過ぎに子どもが外にいる状態って、不健全すぎませんか。いったい何時に寝てるんでしょうね。親と話す時間なんてあるんでしょうか。
それにしても、そこで買ったものを食べているならいちおう客だから、たむろするのを追い払えないコンビニも気の毒なことだと同情してしまいます。
少し前に、コンビニの屋外コンセントから携帯の充電をした中学生(だったかな)が、巡回中の警察官に、窃盗(電気の)で補導されたというニュースがありました。
被害額は1円ということです。第三者の私としては笑ってしまいますが、コンビニは(たちの悪い)客の傍若無人ぶりに音を上げていたかもしれませんね。これで「たむろする」子どもが減ったら助かるんじゃないでしょうか。

そもそもコンビニは単価が高いから、買う品数は少ないですよね。客単価はしれたものだと思います。
雑誌と弁当(おにぎり)、ペットボトルのお茶が売れ筋ということですが、そんなもの売ってたって、いくらも儲からないでしょう。よほど立地が良くて客がひっきりなしに来るのでなければ、経営は厳しいと思います。
その上家庭ごみの捨て場にされたり、ちょこっと買ったものを店頭の駐車場で食べ散らかされたり、万引きしまくられては、コンビニもたまらないですね。

万引きは窃盗、ドロボウです。やったらすぐ捕まえて締め上げ(「かわいがる」という意味ではなく)、二度としないと泣いて後悔させるべきだと思います。いじめの一環で人にさせている子には、同じだけの罰を与えるべきです。
「万引きはゼッタイさせない、したら捕まえてすぐ警察に突き出す」方針でやってほしいし、そのためには万引き防止の対策も採ってほしいです。
ダミーを混ぜるとしても監視カメラをたくさん設置して死角を作らないとか、ICチップ(?)を導入して(TUTAYAなどでやってるみたいに)未会計のものを持ち出そうとしたら警報音が鳴るようにするとか。
本部はそれくらいの設備投資をしてあげてほしいです。各店舗の負担でなくて。
「あそこはヤバイから」と不心得の子どもが寄り付かなくなれば、商売もやりやすくなるんじゃないでしょうか。

コンビニが犯罪の温床になる状態が続けば、万引きや強盗に無抵抗となり、店員のなり手は減って時給も上げざるを得なくなるでしょう。ますます経営が厳しくなる。
大半のコンビニはフランチャイズ方式で、店長が出資する場合が多いと思います。
出店計画が不適切でつぶれたと思われる例も(私が知る範囲でも)少なくないですが、つぶれたら出資した個人ばかりが損をするようになっているようです。
それで裁判沙汰になっている話も聞きますが、コンビニの新規出店は相変わらずよく見かけますね。
コンビニはその名のとおり、「困ったとき<便利で>助かる」ために存在する、希少価値のある店であるべきなんじゃないのかあ、こんなに増えていいのかしらと思っています。
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2007年10月08日

メランコリー

♪緑のインクで手紙を書いたら それはサヨナラの合図になると誰かが言ってた
女は愚かで可愛くて 恋に全てを賭けられるのに♪
…と歌ったのは梓みちよ。題名が「メランコリー」。
全文はこちらのサイトにあります。
http://www.evesta.jp/lyric/lyrics/lyric23801.html
今確認したら、作詞:喜多條忠、作曲は吉田拓郎でした。
「神田川」の作詞家に、フォークの神様。どうりで、何かひょうひょうとした印象を受ける、しゃれた歌です。
(キャンディーズの「やさしい悪魔」もこのコンビらしいです)

この歌がヒットした頃(1976年?)に「メランコリーってどういう意味だろう」と辞書を引いたものでした。
当時からすでに載っていたかどうかわかりませんが、今では広辞苑にも載っているポピュラーな単語で、
メランコリー[melancholy]
@気がふさぐこと。悲哀感。憂鬱。
A鬱病。特に、内因性のものを指す。メランコリア。
と記述があります。
辞書を引いたとき「えっ、そんな意味なん?」と驚いたことを覚えていますが、この歌はそれほど陰鬱なイメージはなくて、私は好きです。
きょうこの歌を思い出したのは、私が疲れ気味で多少気分が重く、こういうのを「メランコリー」って言うのかも、と思い出した次第。

曲のイメージと歌詞に違和感を覚えたのは、サイモンとガーファンクルの「Feeling Gloomy」でした。
軽いノリのいい曲だと思ったのに、gloomyを調べたら、
@薄暗い
A憂鬱な、陰気な
B悲観的な、希望のない
とあって、She looks gloomy today.(彼女は今日はさえない顔をしている)などと使うようです。
メランコリーもグルーミーも、日本語の「憂鬱」ほど重苦しくなく、もっと軽い「曇ってどんより」程度みたいですね。
…なんとか明日は「晴れてスカッと」いきたいものだと思っています。
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2007年10月07日

地域の運動会で

きょうは地域の障害者団体連合の運動会に参加して、リレーで走る息子を応援したりしました。
今までは耳を押さえたりしてろくに走らなかったのが、速くはないけどまともに走っていて、おおっという感じでした。
パン喰い競走とか風船割り競走にも、私がほかのお母さんとおしゃべりしている間に、自分から出て行って(ボラさんと一緒ですが)参加しています。こんなことは初めてで、息子の中で殻を破ったと言うか、何かに目覚めたのかなあと成長を感じる出来事でした。

今は月に一度、リトミックのプログラムのときだけ参加している訓練会所属としての参加です。
子どもがいるのは訓練会ぐらいで、ほかはほとんど作業所などで働いている成人。息子の数年後という感じの青年がいたりします。
正直、この区だけでも障害者がこんなにいるのか…と圧倒される気持ちもあります。
でも障害者ばかりが(ボランティアさんや職員、保護者もですが)これだけ集まる機会はあまりないので、みんな楽しそうでした。

息子が今月実習に行く予定の通所施設は自閉症専門のところなので、行事が嫌いな自閉症の特性を尊重してか、参加していませんでした。
(3連休の中日を出勤にしたら、あとの手当て(代休とか)が大変なのかもしれません)
私も今までは、自閉症の息子は運動会は嫌いだと思っていたので、きょうは認識を新たにしたことでした。

困ったのは、はしゃいでいたのか笑顔のまま、人の帽子のひさしを押し下げるという行為を繰り返していたことです。
「いいかげんにしろー」と怒っている人もいて、ボラさんが私を呼びに来たりしました。
それくらいイイヨと大目に見てくれる人が大半なのですが(たぶんそれを見越してのことでしょう)、面白いらしくてこれはなかなか終わらない問題行動です。
お天気に恵まれた、1日早い体育の日でした。
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2007年10月06日

奇跡

この世の中には人智の及ばないものがあると背後霊(のようなもの)の存在を信じている私ですが、映画の一シーンを見ているような奇跡のニュースには驚きました。
神様が助けた!アマゾンさまよう3歳児、12日ぶり保護
http://sankei.jp.msn.com/world/america/071005/
amr0710051003002-n1.htm
2007.10.5 10:03
 ブラジル北西部アマゾナス州のカラウアリ近郊でこのほど、アマゾンの熱帯雨林に迷い込んで行方不明となっていた3歳の男児が12日ぶりに保護された。体中を虫に刺されており、脱水症状で入院したが命に別条はないという。
 男児は「誰かがバナナとスイカと水をくれた」と話したが、現地は人けのないジャングル。「神様に守られたとしか思えない」(地元の警察官)と周囲を驚かせている。
 地元紙によると、男児はネイルソン・デリマ君。9月15日、自宅近くで遊んでいるうちに姿が見えなくなり、約80人の村人が捜索したが見つからなかった。一帯にはジャガーやタカなど、どう猛な肉食の野生動物が生息しているため、両親も生還をあきらめた。
 しかし同27日、約5キロ離れた森の中で猟師がデリマ君を発見。丸太に腰掛けて歌を歌っていたという。(共同)

フィリピンのルソン島とかなら可能性はありますよね、まだ生きている日本兵が居ないとも限らないし。
でも、ジャガーやタカが生息しているジャングルで12日間も、5キロも移動するなんてね。特別に神様に愛された奇跡の子なのかしら。日本に連れてきたら人気者間違いなし。

こちらは、地球上で(おそらく)一番長命の、奇跡の有機物。
http://news.yahoo.com/photo/070922/photos
_sc_afp/7abcbe1b1be0d107c1a2c55aa03eae4a
4,700年も生きている樹だそうです。松の一種らしいですね。4,700歳ともなるとさすがにひねくれてねじまがり、こぶだらけのようです。
そんなに長い間、毎日光合成をやって、よくも生きおおせたものですね。
…でも4,700歳ってこと、どうやって調べたんでしょうね? 年輪を数えたとも思えませんが、放射線測定とやらでわかったんでしょうか。

もうひとつ。きょう、枯葉剤の被害者として知られベトナム戦争のシンボル的存在だった、もと結合双生児(1981年生まれ)の、ベトちゃんが亡くなったそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071006-00000127-san-soci
下半身が結合した二人のショッキングな姿は有名でしたが、無邪気に明るい笑顔でことに日本では支援を集めました。ドクちゃんの義足を作っているのも17年も親交がある日本人(幸幹雄さん)だそうです。
1986年、ベトちゃんが急性脳症になって日本で緊急手術を受けたものの、後遺症が残ってしまい、2年後には意識不明の重体に。放置したら二人とも死んでしまうということで分離手術する決断が下されました。
日本人医師4人、ベトナム人医師70人で17時間もかかる大手術だったそうです。分離手術の成功を伝える当時のニュースを私もかすかに覚えていますが、「そんなことできるの?」ととても驚きました。
結果的にその決断は正しかったわけで、分離された弟のドクちゃんは元気に働いていて昨年には結婚もしました。新居にベトちゃんを引き取って夫婦で介護していたそうです。
二人が元気に生まれ出たのも奇跡なら、二人を別々の個人に分けた手術も人為的な奇跡だと思います。
posted by dashi at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年10月05日

ガングリオン

右手人差し指の、もとは火傷から長いことぐずぐずしている炎症があまりにも長引くので、皮膚科に行きました。そのときに、ついでにという感覚で左手薬指に出来ていたもの(少し盛り上がった状態)も診てもらいました。
先生はチラッと見てちょっと押しつけ、私の痛がる様子を見て「押すと痛い、と」とつぶやき、「ウィルス性のいぼだね。治療するから何回か通って」。
えっ、そんなたいそうなものだったのか、とうろたえた私。
治療は「液体窒素で焼く」と説明されました。
どんなものかと内心警戒していたら、液体窒素(白煙がドライアイスを水に投げ込んだ時みたいな、と思いましたが、同じようなものでしょうか)に綿棒を浸して、いぼにちょいちょいと何度か塗るだけでした。
塗られたところは白くなって、これがけっこう痛い。
「一週間後にまた来て」と言われ、ガーゼもなしにそのまま帰りました。

夜になって痛みが増してきました。なんだかずきずきします。
二日後には、腫れた部分は膿でも溜まったように緑がかった色になり、周囲の皮膚は赤黒くなってきました。
もともと押し付けると痛む程度でたいして気にもしてないものだったので、治療を受けて却って悪化したような印象です。
ネットで「ウィルス性のいぼ」を調べると、液体窒素で焼くというのはありふれた治療のようで、なかなか治らなくて何ヶ月も通う人もあるようです。焼いたあとの2〜3日はかなり痛むと書いてあり、そんなものかと安心(?)しました。
つついて穴をあけてはダメ、中の液体が他の部分につくと、うつると書いてあるところもありました。
うつっては大変、あまりさわらないようにしようとバンドエイドを貼ったりして様子を見ました。

一週間たったのでまた受診しました。
二日ばかりバンドエイドで隠したままにしていたら、腫れもだいぶひいていました。(もとに戻っただけのような気もしましたが…)
盛り上がりの頂上に目みたいなところがあるので「先生、これってウオノメとは違うものなんですか」と聞いたら、
「ウオノメはこんなところに出来ないよ」と笑われてしまいました。いつも擦れるところにしか出来ないそうです。
(実は、受診する前には「ウオノメテープ」を貼ってみようかなと考えていた私でした)
また液体窒素を塗って、先生はいぼを見ながら何か考え込んでいます。

「先生、これって最後はどうなるんですか?」と聞いたら、
「ぽろっとはがれるんだけどね。そろそろ剥がしてもよさそうだな」
と、先の尖ったピンセットを取上げていぼをほじり始めました。さすがに専門家、痛みもなく数回ですぐ上の皮がはがれました。
おや、と先生が身を乗り出しました。「これは…ガングリオンか?」
看護師さんにティッシュを持ってこさせ、拭き取りながら「先生間違いました、だよ。これは(いぼじゃなくて)ガングリオンだったね」と照れくさそうです。言わなくてもこちらはシロウトだからわからないのに、正直なお医者さんなのでしょう。
「ほら、ゼリーみたいなのが出てきてるだろ」と言われましたが、小さくて(老眼鏡がないと)よく見えない。見えませーん、と看護師さんと顔を見合わせて笑ったことでした。
切開してゼリーを出したから、治療は今日で終わりだそうです。

名前はなんだか大げさだけど、ガングリオンは腱を包んでいる腱しょうや、関節を包んでいる関節包が風船のようにふくらんだ良性の腫瘤(しこり)なので、不都合ががないかぎりは放置していてもかまわないそうです。出来る場所によっては神経を圧迫するのでしびれや麻痺が起こったり、痛んだりします。
大きくなって中のゼリー(状のもの)を注射器で吸いだしても、再発することが多い。完治させるには切開してゼリーの袋を取り出しますが、この手術は生命保険の手術保障の給付対象外となっているくらい、簡単な手術とされています。
…それでも痛そう。手術の写真がありましたので興味のある方はご覧ください。(グロ?注意)
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5429/ganglion.html
ガングリオンは体のいろいろな関節にできますが手首の甲側がいちばん発生しやすく、手のひらや指の付け根、肘関節周辺なども多い。女性に多いのが特徴(男性の3倍とか)だそうです。
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2007年10月04日

わからないこと

私がトシを取りすぎたからでは(まだ)ないと思いますが、最近の世の中はわからない…。

学校の給食費や保育園の保育料を何年にもわたって滞納する親が話題になります。
どうしてそんなことを許すの?
携帯は滞納したらすぐ切られるから、みんな素直に払います。水道もガスも電気も、料金を支払わなかったら使えなくなります。
サービスが打ち切られるなら、滞納なんかしなくなるでしょう。打ち切られっこないとなめてかかられてますね。
失業なんかでホントに払えない人と、カネはあるけど払わない人とは区別して考える必要があるかもしれないけど、あまりに及び腰に思えます。
弁護士に頼んで内容証明なんかで督促すれば、あわてて払う親が大半なんじゃないでしょうか。どうしてやらないんでしょう?

「女王様」キャラとかいう若い女優が、主演した映画の舞台挨拶であきれた態度をとって話題になっています。
件の映像を私も見ましたが、不思議でならないのは、周囲にいた人たちがなぜ傍観したかということです。
印象に残ったシーンは、と聞かれて「別にないです」と切り口上で言った時点で、誰かがフォローするべきだったと思います。女優のためにじゃなくて、前にいた観客のために。
あんな無礼な態度がありますか、信じられない。
媚びるようなインタビューを続ける前に「女王様はご機嫌ナナメだから、○○さんに聞いてみましょうか」と他の出演者に振るなり、わざとらしく他の話を始めるとか。他の出演者が割り込んでしゃべってもよかったと思います。うまく茶化してその場をまとめる(ごまかす)べきだったのでは。
あとでブログで謝罪したり泣いたりしたって、やったことは取り返せない。可愛い若い娘のやることだからって許してくれる人も(小倉さんとか)いないことはないけど、映画を見るのをやめようと思う人の方がずっと多いでしょう。
監督がその場に居たのなら、声を荒げて叱責しても当然だと思います。
この女優、大物の愛人か何かでアンタッチャブルなんですか?
むかし「オレはビッグだから」と放言して干されたタレントも居たけど、今回はただの勘違いと違って気分悪いですね。

渦中の時津風親方が民放の番組に出て、死者を出したリンチ事件を兄弟子のせいにしようとしたようです。
どうしてこんなミエミエのウソをつくんでしょうね? 
死体を部屋で火葬するのに失敗して、解剖所見という明白な物証もあるのだから、暴行の事実を否定できるわけがない。当然警察の取調べがあって、兄弟子たちは真相に近いことを言うに違いありません(言わなきゃ偽証罪です)。今さら言い逃れしようなんて、そんなこと出来るわけがないってことは子どもにもわかると思います。
弟子たちをかばうならともかく、自分の責任逃れのために事実を捻じ曲げるなんて、正気とは思えませんね。
この親方のもとで厳しい修行に励んできた弟子たちもカワイソウです、リンチして殺した行為を差し引いても。
こんな見苦しい親方の行動を、誰もどうにも出来ないんでしょうか。どうして? すねに疵(きず)があるの?
遺体を見た親が動くまで、問題視されなかったのもおかしい。死亡診断書を書いた医師に罪はないんでしょうか。

そして、どうしてこれほどに「隔靴掻痒」という感じのペースで進むんでしょうか。
兄弟子の聴取を「検討している」ときのう報道されました。亡くなったのはたしか6月のはず。
「まだ」話を聞いていないのかとあきれます。真相究明をしたくないように見えますね。
しごきに名を借りた私的制裁(リンチ)自体よくあることで、たまたま死んで「ヘタを打った」程度に考えているとしか思えないです。
身内に甘いという体質はどこも同じだけど(社会保険庁とかね)、一人の将来ある若者の死を、真剣に受け止めているとはとても思えませんね。
どこの部屋でもそうだとは思いたくないけど、暴力が日常化している業界なら、大事な子どもを託そうと思う親はいなくなるでしょう。来春入門予定だった3人の中学生が揃って「高校へ行きます」と辞退してきたという話も聞きました。
力士を目指すなら、ある程度の実績を引っさげて(幕下付け出しとか?)入門する学生相撲出身者ばかりになりそうですね。強くない状態で入門するのは命がけ?
posted by dashi at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年10月03日

才能の発掘

小さな絵画展に行ってきました。
息子の通う養護学校の、美術の先生が主宰している小さな絵画教室の発表会です。
出展しているのは、息子の学校の卒業生のほか、商業高校やよその養護学校の卒業生など7人、「アトリエ七色」という会の名前どおりでした。それに主宰の先生と、写真を担当する協力者もいらっしゃるようで、各人の写真も数点ずつつけてありました。
前は在校生も混じっていましたが今回は全員作業所などで働いている社会人ばかりでした。はっきり聞いてはいませんが、たぶんみなさん知的障害を持つ人だと思います。

7人の中には兄弟も一組います。絵を描くこの二人は知る人ぞ知る存在で、ほかの自閉症児者の作品展でも(たぶん何度か)絵を見かけました。もう10年も前のことになりますから、二人は生涯の趣味としてずっと絵を描き続けるのでしょうね。
私は双生児かと思っていましたら兄弟とのことで、たまたまいらしていたお母様とお目にかかりました。私より少し上の世代と思われる品のある女性でした。
弟にも障害があるとわかったときのお母さんの苦悩を思い、二人を穏やかな絵を描く青年に育てあげたお母さんの歩みを思ったりしましたが、親しかったら聞いてみたいところです。

息子の学校とはもう14年ものお付き合いですから、卒業生の一人は知っている子で、もう一人はお母さんも含めよく知っている子でした。
そのよく知っている子・自閉症のYくんは、卒業する頃になって絵に目覚めたようです。
卒業する一年前ぐらいまではあまり絵らしい絵は描かなかったらしいですが、指導がぴったり合ったのでしょうか、描き始めたらめきめき上達したようでした。このことには、お母さんもびっくりされているそうです。
絵はまだ発展途上という感じですが、自閉症らしい集中力でそのうち大化けするかもしれません。次回の展示会を楽しみに待ちたいと思います。

養護学校に通う子も障害の程度はさまざまで、中には普通の学校でもいけそうな子もいますから、そういう子は絵も器用に描きます。でも、口もきけない重い知的障害のある子でも、絵だけは抜群にうまかったりする例も珍しくありません。
親としては山下清の再来を望むのも無理もないところですが、そこまで欲張らなくても、落ち着いて集中できる趣味があるのは幸せなことだと思います。
趣味を自分で選び出すことが難しい知的障害児の場合は、適切な指導者とひき合わせてあげられるかどうかですね。家族がその役割を果たせたら一番いいのでしょうけど。

日産のゴーン社長が、朝日Beのインタビューで答えていました。「人間にとって最大のムダは持って生まれた能力をムダにすることです」と。
耳が痛いですね、自分自身についてもですが、今まで長いこと息子の潜在能力(たくさんあるような気はするのです)を引き出してやれなかったなあ、時間をずいぶん無駄にしたかも…と悔いが残っています。
posted by dashi at 22:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 自閉症関連

2007年10月02日

身辺多忙につき…

…きょうはお休みいたします。明日まで時間がないかもしれません。
posted by dashi at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年10月01日

双子への疑問

今さら調べようもないけれど、私は「きんさん・ぎんさん」について気になって仕方ないことがあります。
二人はお目出度い名前の上に揃って(双子だからアタリマエですが)100歳を越える長寿だったから、国民的アイドルになりました。
二人とも元気でおしゃべりしていましたが、個性がありましたよね。しゃべり方も内容も、それに顔つきだって違っていて、二人を混同する心配はない感じでした。
子供のころはどうだったのだろう、というのが私の疑問です。もし二人が一卵性だったとしたら、環境が二人の(外見上の)個性を決定したのだと思います。
二人一緒に育ったあと、結婚で離れてから環境の違いで風貌も変わったのか、それとも最初から間違われることはない程度だったのか。
100歳すぎまで存命したから違いが出ただけで、例えば40代まではそっくりだったのかとか、そういうのにとても興味を覚えます。
「ふたりっ子」出身のタレント(まなかな)はオトナになっても瓜二つで、私は見分けがつきません。あの二人も結婚したら見た目変わっていくのかなあと、失礼ながら興味津々でいます。ちなみに、まなかなは二卵性だと聞いています。

少し前に、イギリスで白人と黒人の双子の赤ちゃんが生まれたというニュースを聞きました。
お母さんはあまり若くない白人の女性だったから、顔を出していないお父さんが黒人なのだろうと思いました。
今年の記事だったのは間違いない(…と思う)ですが、いつごろのことかわからず、探し出せませんでした。
稀なケースだけどたまにあるということで、別の双子ちゃんの画像が見つかりました。
両親ともに白い人と黒い人の混血だそうですから、順列組み合わせで、生まれても不思議はない気もします。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20060630_black_white_twins/
この二人も、成長に伴って皮膚の色も含め風貌が大きく変わっていくのか、気になります。
なお、先に私が見たお母さんは確かに白人だったから、この人とは別人です。双子ちゃんもまだ生まれて間もない赤ちゃん(女の子二人)でした。

いや、あれは母親ではなくベビーシッターか看護師さんで、写真も前のを発表しただけ(出産直後に騒がれたくなくて)、という可能性もありますが…。

双子だから同じものを食べて同じ遊びをして育つはずですが、肌の色が二人の人格形成に影響するのかどうか。二人の存在が差別撤廃運動などに何か意味を持つのかどうか。覗き趣味で悪いけど興味は尽きません。
posted by dashi at 23:11| Comment(6) | TrackBack(0) | 興味津々