私の親戚に、子どものできなかった夫婦がいます。
40近くまで不妊治療を受けたものの、とても痛い思いをする上にお金もかかる(100万単位?)ものだそうで、叶わないまま諦めたようでした。
二人とも子どもが大好きで、とてもいい父親母親になれたと思える人たちです。
奥さんの方は就職はしなかったけど教職課程を履修した人で、小学校で教育実習をしたのがとても楽しかったと言っていました。
この人から最近私に電話があり、養子を考えていると打ち明けられました。
二人とも私より少し年下で、早い人なら孫がいてもおかしくない年齢です。
夫婦仲が良く、夫の仕事で何年か海外赴任だったときは、子どものいない身軽さからあちこち旅行したりと外国生活を楽しんでいたようでした。
子どものいない仲良しの夫婦も珍しくありませんから、私はてっきり二人もそうなるのだと思っていましたが、子どものいる暮らしを諦め切れなかったものとみえます。
生まれたばかりの赤ちゃんを考えている、という彼女に、
「私はどうしても考えてしまうけど、生まれたばかりでは自閉症はわからないよ」
と言わずにはおれませんでした。私の味わって来たものを、彼女に勧める気にはなれません。
ダウン症など染色体の異常や、身体に現われる障害なら生まれてすぐでもわかると思います。
成長の過程で事故や病気で障害を負った場合は、二人なら実子と同じように悲しみ、苦しみを分かち合うでしょう。でも、たった一人の他人の子を引き取って育てるのに、その子が障害児だったら、引き取る方も引き取られる方もお互いに不幸だと思います。
不妊治療を受けていた頃、高年齢出産で障害児発現の割合が増すのは「覚悟の上」と話していた人ですが、実子ならともかく養子にまでその覚悟をしろと言うのは酷。
「この子がいてよかった」と話す障害児の親も、「自分の子にも(障害児を)産んでほしいとは思わない」と言います。
自閉症の子の中には、普通かそれ以上の速さで成長してしゃべり始め、そのあと言葉が消えてしまったという過程の子も少なくありません。
そういう話をするお母さんに、何人も会いました。
まるで退化するみたいに、言えていた言葉を言わなくなり、出来ていたことが出来なくなるそうです。
ウチの息子も、ほんの少しですがしゃべりかけていて消えたクチです。
見た目可愛くて賢そうに見えるから、障害があるとはにわかに信じ難かったりしますね。
2歳か3歳ぐらいならわかるんじゃない…と言っていたら、彼女は実子として入籍したいのだそうです。だから生まれたばかりの赤ちゃん。
それなら、特別養子縁組というのがあるよ、と話したことでした。
子どもの福利のためにともうけられた制度らしいですが、この特別養子縁組という制度については、もっと知られてもいいんじゃないかと思います。
裁判所のサイトに詳しい説明がありました。
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui/kazi/kazi_06_09.html
特別養子縁組とは,原則として6歳未満の未成年者の福祉のため特に必要があるときに,未成年者とその実親側との法律上の親族関係を消滅させ,実親子関係に準じる安定した養親子関係を家庭裁判所が成立させる縁組制度です。そのため,養親となる者は,配偶者があり,原則として25歳以上の者で,夫婦共同で養子縁組をする必要があります。また,離縁は原則として禁止されています。
養子縁組を解消することを離縁といいます。
この子はヤダ、や〜めた、が許されないわけですね。
実子と同じように愛情を注いで育てることが求められるわけで、だから(それまでの記憶があまり残らない?)5歳までしか認められていません。一定期間里子として過ごしたとか、兄弟の子であるとかいった、実績や事情も考慮されるようです。
縁組には裁判所の許可が必要なわけですが、これが認められると実子と同じ扱いとなって、実の親の存在も戸籍には残らないと思います。
子どもがほしいけど出来ない人は、DNAにこだわって危険な代理母を考えるよりも、こっちの方が合理的ではないでしょうか。
たいして費用もかからないようだし、赤ちゃんポストに捨てられて親が迎えに来ない子などに対し、もっと積極的に進められてもいいんじゃないかと個人的には思っています。生みの親に育てられるのが一番幸せ、というのは、幻想ですから。
2007年09月30日
2007年09月29日
米良美一さんの印象
何年か前のこと、「もののけ姫」のカウンターティナーとして一躍その名を知られた米良美一さんが、ウチの息子の通う養護学校でコンサートを開いたことがありました。
正直なところ、こんな小さな会場(狭い体育館です)の粗末な舞台で、ほんとにやってくれるのかしらと半信半疑でした。
「ゲイのデリヘルを殴打」という衝撃的な事件のあと、マスコミにもほとんど登場していなかったころのことです。
ゴシップで干されて仕事を選べないから、こんな地味〜なコンサート(半分以上はボランティア?)を引き受けたのかと思っていました。
歌が始まって驚きました。まるで声が出ていないのです。
あんな狭い会場なら、紅白の会場でノーマイクで歌った和田アキ子ほどの声量は要らないはず。本人もそのつもりだったと思います。
プロの歌とは思えませんでした。イタリア語も交えて本格的な(クラシックのプロっぽい)曲を歌っているのですが、歌っている本人も思うような声が出ないことに苛立ち焦っているのが客席からもよくわかりました。
途中で、観念したようにマイクを持ちました。マイクの助けを借りたらあの美声も復活して、ああ、やっぱりホンモノだったのだと思いました。
おそらく本人にとっても、かなり不本意な出来のコンサートだったに違いありません。
(あとで、5年ほど声の出ない時期があって苦しんでいたと聞いたので、あれはちょうどその頃だったのだろうと思いました)
コンサートが終わって、客席の真ん中の通路を退場する米良さんを、至近距離で見ました。
とても小柄なのにはびっくりしました。相対的に頭の大きい、幼児のような体型です。
私の隣に座っていた女性(保護者)は、立ち上がって握手をしてもらいました。その人は平均的な身長の人ですが、米良さんは彼女よりずっと小さい。
その人は「ちっちゃい手! 私の手にすっぽり、よ。カワイイ!」と興奮していました。
米良さんは公称150cmらしいですが、私の見るところではそんなになくて、せいぜい140cm台後半というところだと思います。
小柄で華奢で、肌も色が白くすべすべしていて(さわったわけじゃないですが)、子どもの皮膚みたいでした。
例のゴシップでゲイであることを暴露された形になりましたが、率直に言って、あの身体で男として生きていくのはしんどいかもしれないと思います。
その後朝日新聞やネットの情報などで、米良さんは原因不明の難病「先天性骨形成不全症」のために、青春時代の大部分を病院のベッドで過ごしたと知りました。全寮制の養護学校で学んだ時期もあるようです。
養護学校の体育館なんかで…と恐縮する気持ちのあった私ですが、養護学校は米良さんにとって身近な場所であったわけですね。
私は今までに、骨形成不全症で寝たきり、という例は聞いたことがありました。すぐ骨が折れてしまうのだから痛そうだし、うっかり身体に触れられないようなイメージがありました。
声帯や腹筋(プロの発声)に影響が残らず、完治して普通に生活できるようになる病気とは知らなかったので、米良さんがそうだったと知ってとても意外でした。
同じような病気で悩んでいる人や周囲にとって、病気を克服した彼の活躍は、とても勇気付けられるものではないかと思います。
また病気ばかりでなく、貧しい生い立ちであることにも驚きました。
病気の治療費も、母親までが日雇い労働をして稼いでくれたそうです。「ヨイトマケの唄」そのものの世界だという話。
洗足学園音大を首席で卒業したという経歴からは、いいとこのボンボンという印象を受けます。学校の支払い以外にも個人レッスンの費用とかかかっただろうに、余計なお世話だけど、どうやって工面したんだろう? なんて考えてしまいました。
小さい華奢な身体からは想像できない、強い意志と根性のある人なのでしょうね。
長いスランプを脱して、自ら生い立ちを記した自叙伝も出した。育った家庭や病気のこともタブーではなくなって、ご両親は喜んでいらっしゃるでしょう。
恋愛に関しては、インタビューでこのように答えています。
http://www.zakzak.co.jp/hitorigoto/20051022.html
「好みは、一言でいうと美しい人。ゲイってことよりも、美しいものに手を出したい。美意識が高いんです。
この夏、スペイン、ドイツの音楽祭に参加して高い評価をいただきましたが、ヨーロッパで生活するうちに、彼らは男とか女とか関係ないってことが分かりました。アーティストであるほど中性的で神みたいになっていく。求めるのは、肉じゃなくて中身、ソウルなんですよ。
今は、自分のために歌っているし、一人でいることが幸せに感じる。背負っているものを他人で埋めようとはしません。
恋愛相手も一生現れないかもしれないけど、自分の中にある新しい感覚、それが咲き始めた花みたいに思えます。 」
正直なところ、こんな小さな会場(狭い体育館です)の粗末な舞台で、ほんとにやってくれるのかしらと半信半疑でした。
「ゲイのデリヘルを殴打」という衝撃的な事件のあと、マスコミにもほとんど登場していなかったころのことです。
ゴシップで干されて仕事を選べないから、こんな地味〜なコンサート(半分以上はボランティア?)を引き受けたのかと思っていました。
歌が始まって驚きました。まるで声が出ていないのです。
あんな狭い会場なら、紅白の会場でノーマイクで歌った和田アキ子ほどの声量は要らないはず。本人もそのつもりだったと思います。
プロの歌とは思えませんでした。イタリア語も交えて本格的な(クラシックのプロっぽい)曲を歌っているのですが、歌っている本人も思うような声が出ないことに苛立ち焦っているのが客席からもよくわかりました。
途中で、観念したようにマイクを持ちました。マイクの助けを借りたらあの美声も復活して、ああ、やっぱりホンモノだったのだと思いました。
おそらく本人にとっても、かなり不本意な出来のコンサートだったに違いありません。
(あとで、5年ほど声の出ない時期があって苦しんでいたと聞いたので、あれはちょうどその頃だったのだろうと思いました)
コンサートが終わって、客席の真ん中の通路を退場する米良さんを、至近距離で見ました。
とても小柄なのにはびっくりしました。相対的に頭の大きい、幼児のような体型です。
私の隣に座っていた女性(保護者)は、立ち上がって握手をしてもらいました。その人は平均的な身長の人ですが、米良さんは彼女よりずっと小さい。
その人は「ちっちゃい手! 私の手にすっぽり、よ。カワイイ!」と興奮していました。
米良さんは公称150cmらしいですが、私の見るところではそんなになくて、せいぜい140cm台後半というところだと思います。
小柄で華奢で、肌も色が白くすべすべしていて(さわったわけじゃないですが)、子どもの皮膚みたいでした。
例のゴシップでゲイであることを暴露された形になりましたが、率直に言って、あの身体で男として生きていくのはしんどいかもしれないと思います。
その後朝日新聞やネットの情報などで、米良さんは原因不明の難病「先天性骨形成不全症」のために、青春時代の大部分を病院のベッドで過ごしたと知りました。全寮制の養護学校で学んだ時期もあるようです。
養護学校の体育館なんかで…と恐縮する気持ちのあった私ですが、養護学校は米良さんにとって身近な場所であったわけですね。
私は今までに、骨形成不全症で寝たきり、という例は聞いたことがありました。すぐ骨が折れてしまうのだから痛そうだし、うっかり身体に触れられないようなイメージがありました。
声帯や腹筋(プロの発声)に影響が残らず、完治して普通に生活できるようになる病気とは知らなかったので、米良さんがそうだったと知ってとても意外でした。
同じような病気で悩んでいる人や周囲にとって、病気を克服した彼の活躍は、とても勇気付けられるものではないかと思います。
また病気ばかりでなく、貧しい生い立ちであることにも驚きました。
病気の治療費も、母親までが日雇い労働をして稼いでくれたそうです。「ヨイトマケの唄」そのものの世界だという話。
洗足学園音大を首席で卒業したという経歴からは、いいとこのボンボンという印象を受けます。学校の支払い以外にも個人レッスンの費用とかかかっただろうに、余計なお世話だけど、どうやって工面したんだろう? なんて考えてしまいました。
小さい華奢な身体からは想像できない、強い意志と根性のある人なのでしょうね。
長いスランプを脱して、自ら生い立ちを記した自叙伝も出した。育った家庭や病気のこともタブーではなくなって、ご両親は喜んでいらっしゃるでしょう。
恋愛に関しては、インタビューでこのように答えています。
http://www.zakzak.co.jp/hitorigoto/20051022.html
「好みは、一言でいうと美しい人。ゲイってことよりも、美しいものに手を出したい。美意識が高いんです。
この夏、スペイン、ドイツの音楽祭に参加して高い評価をいただきましたが、ヨーロッパで生活するうちに、彼らは男とか女とか関係ないってことが分かりました。アーティストであるほど中性的で神みたいになっていく。求めるのは、肉じゃなくて中身、ソウルなんですよ。
今は、自分のために歌っているし、一人でいることが幸せに感じる。背負っているものを他人で埋めようとはしません。
恋愛相手も一生現れないかもしれないけど、自分の中にある新しい感覚、それが咲き始めた花みたいに思えます。 」
2007年09月28日
世界に一つだけの花
SMAPの歌う「世界に一つだけの花」が一世を風靡したのは、何年前のことになるでしょうか。
人より遅れているところの多い障害児の世界では、その存在を堂々と主張できるお墨付きといった風にも受け止めて歓迎されていたようでした。
ことさらに言い張らなくても、個人は、特に生み育てた親にとっては、世界に一つだけの大切な花です。
私も、重い知的障害のある息子が(5時間)いなくなったら、心配で不安でいたたまれませんでした。
昨日の(行方不明の)話の続きですが、水族館は海のそばにあるので、万が一ということも頭をよぎりました。無事に家に戻ったと知ったときは、ほっとして泣きそうになったくらいです。
夜中に寝かせてくれないときや服を破られたときなど「出てって! アンタなんかいらん!!」と怒鳴ったことも(恥ずかしながら)一度や二度ではありませんが、本心ではなかったことを昨日再確認しました。
「おかあさん」と呼ぶこともない子ですらそうなのですから、甘えん坊の幼児期から人並みの成長をしてきた子なら、たとえ一時期反抗的な態度をとっていたとしても、それなりに期待もしつつ可愛く思うのが当然だと思います。
世界にたった一つしかない花を引きちぎって何度も叩きつけ、へし折って、ぐちゃぐちゃに踏み潰されたら。
その花をほしい、大切に育てるからと言われて渡した相手にそうされたら。
どうして渡してしまったのだろう、取り返すチャンスはあったのにと一生後悔することになるでしょうね。
ゾッとするような情報があります。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070928-00000169-jij-spo
相撲協会、独自調査へ=過去10年の死亡例も−力士急死
9月28日19時38分配信 時事通信
6月に時津風部屋の序ノ口力士、斉藤俊さん=当時(17)、時太山、新潟県出身=が急死した問題で、日本相撲協会の北の湖理事長(元横綱)は28日、文部科学省の指導に基づいて独自調査を行う考えを示した。過去10年分の現役力士死亡例も検証するという。
(中略)
過去の死亡例は、協会に記録が残っている1985年以降、斉藤さんの前に16人おり、最近10年では4人。病気入院中の例もあるが、死亡時の状況などを把握し、再発防止策に生かす。
(後略)
16人も死んでるんですって! この10年で4人ですって!
そんな、命がけで飛び込む危険な(恐ろしい)世界だったんでしょうか。
どうして今まで問題にならなかったんでしょうね?
事件を報じた週刊誌もあったような気もしますが、大きく取上げられることはこれまでありませんでした。
理事長をはじめ、関係者がこれらの事実(事件性があるかどうかは別として)を把握してなかったとは思えません。
今回、部屋で火葬するというのを断って遺体を新潟まで運び、その姿に驚いて解剖を依頼したからこそ公になったわけですよね。
何も知らないで火葬に応じていれば闇に葬られて、18人目の犠牲者が出たに違いありません。
この事実を知っていれば、日常的に暴力のある部屋に、かけがえのないわが子を預ける鬼親はいないと思います。
わが子の額で親方のビール瓶が砕けるなんて! 金属バットで殴られ、タバコの火を押し付けられていたなんて!
オレはそんなに悪い子だった? どうしてこんな目に遭うんだ、と亡くなった17歳は無念でならなかったでしょう。
相撲部屋はタコ部屋じゃないですよね? 刑務所でも女郎部屋でもないですよね?
まさかそんなところに息子を送り込んだなんて、親は夢にも思わなかったでしょう。支度金をもらったのかもしれないけど、息子の命を売ったつもりはなかったでしょう。多少荒い修行も、息子のためになると信じていたに違いありません。
今のこの平和な時代に、リンチで殺すなんて…。連合赤軍を思い出します。
そしてコワいな〜と思うのは、この時津風部屋や親方は評判がよかったという点です。
部屋の力士たちは礼儀正しく素直だということで、支援者には好感を持たれていたようです。
親方は人格者として知られているそうです。
そういう人だと信じて息子を託した親は責められないですね。愛の鞭以上のものとは思わなかったでしょう。
ウチの娘が小学生のとき、クラスの女子から手首に爪を立てられて、泣いて帰ってきたことがありました。
手首に爪のあとがいくつも残っていました。
たまたま家にいた父親がすぐその子の家に電話して、母親に、
「…お宅のお嬢様は、いったい、どうして私(わたくし)の子にこんなことをなさるのか、理解できないのですが…」
とか何とか、低音で(とてもいい声と定評がありました)ゆっくりと、慇懃無礼に抗議したことがありました。
母親がすぐさま謝罪に飛んできましたが、コワい人と思われたのかもしれません。
たった一度だけど「オレの大事な娘に何をする!」と本気で怒った、ちょっと嬉しかった思い出です。
人より遅れているところの多い障害児の世界では、その存在を堂々と主張できるお墨付きといった風にも受け止めて歓迎されていたようでした。
ことさらに言い張らなくても、個人は、特に生み育てた親にとっては、世界に一つだけの大切な花です。
私も、重い知的障害のある息子が(5時間)いなくなったら、心配で不安でいたたまれませんでした。
昨日の(行方不明の)話の続きですが、水族館は海のそばにあるので、万が一ということも頭をよぎりました。無事に家に戻ったと知ったときは、ほっとして泣きそうになったくらいです。
夜中に寝かせてくれないときや服を破られたときなど「出てって! アンタなんかいらん!!」と怒鳴ったことも(恥ずかしながら)一度や二度ではありませんが、本心ではなかったことを昨日再確認しました。
「おかあさん」と呼ぶこともない子ですらそうなのですから、甘えん坊の幼児期から人並みの成長をしてきた子なら、たとえ一時期反抗的な態度をとっていたとしても、それなりに期待もしつつ可愛く思うのが当然だと思います。
世界にたった一つしかない花を引きちぎって何度も叩きつけ、へし折って、ぐちゃぐちゃに踏み潰されたら。
その花をほしい、大切に育てるからと言われて渡した相手にそうされたら。
どうして渡してしまったのだろう、取り返すチャンスはあったのにと一生後悔することになるでしょうね。
ゾッとするような情報があります。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070928-00000169-jij-spo
相撲協会、独自調査へ=過去10年の死亡例も−力士急死
9月28日19時38分配信 時事通信
6月に時津風部屋の序ノ口力士、斉藤俊さん=当時(17)、時太山、新潟県出身=が急死した問題で、日本相撲協会の北の湖理事長(元横綱)は28日、文部科学省の指導に基づいて独自調査を行う考えを示した。過去10年分の現役力士死亡例も検証するという。
(中略)
過去の死亡例は、協会に記録が残っている1985年以降、斉藤さんの前に16人おり、最近10年では4人。病気入院中の例もあるが、死亡時の状況などを把握し、再発防止策に生かす。
(後略)
16人も死んでるんですって! この10年で4人ですって!
そんな、命がけで飛び込む危険な(恐ろしい)世界だったんでしょうか。
どうして今まで問題にならなかったんでしょうね?
事件を報じた週刊誌もあったような気もしますが、大きく取上げられることはこれまでありませんでした。
理事長をはじめ、関係者がこれらの事実(事件性があるかどうかは別として)を把握してなかったとは思えません。
今回、部屋で火葬するというのを断って遺体を新潟まで運び、その姿に驚いて解剖を依頼したからこそ公になったわけですよね。
何も知らないで火葬に応じていれば闇に葬られて、18人目の犠牲者が出たに違いありません。
この事実を知っていれば、日常的に暴力のある部屋に、かけがえのないわが子を預ける鬼親はいないと思います。
わが子の額で親方のビール瓶が砕けるなんて! 金属バットで殴られ、タバコの火を押し付けられていたなんて!
オレはそんなに悪い子だった? どうしてこんな目に遭うんだ、と亡くなった17歳は無念でならなかったでしょう。
相撲部屋はタコ部屋じゃないですよね? 刑務所でも女郎部屋でもないですよね?
まさかそんなところに息子を送り込んだなんて、親は夢にも思わなかったでしょう。支度金をもらったのかもしれないけど、息子の命を売ったつもりはなかったでしょう。多少荒い修行も、息子のためになると信じていたに違いありません。
今のこの平和な時代に、リンチで殺すなんて…。連合赤軍を思い出します。
そしてコワいな〜と思うのは、この時津風部屋や親方は評判がよかったという点です。
部屋の力士たちは礼儀正しく素直だということで、支援者には好感を持たれていたようです。
親方は人格者として知られているそうです。
そういう人だと信じて息子を託した親は責められないですね。愛の鞭以上のものとは思わなかったでしょう。
ウチの娘が小学生のとき、クラスの女子から手首に爪を立てられて、泣いて帰ってきたことがありました。
手首に爪のあとがいくつも残っていました。
たまたま家にいた父親がすぐその子の家に電話して、母親に、
「…お宅のお嬢様は、いったい、どうして私(わたくし)の子にこんなことをなさるのか、理解できないのですが…」
とか何とか、低音で(とてもいい声と定評がありました)ゆっくりと、慇懃無礼に抗議したことがありました。
母親がすぐさま謝罪に飛んできましたが、コワい人と思われたのかもしれません。
たった一度だけど「オレの大事な娘に何をする!」と本気で怒った、ちょっと嬉しかった思い出です。
2007年09月27日
行方不明
きょうは久しぶりに、障害児の親らしい気のもみ方をした日でした。
学校が秋休みなので退屈している息子を連れ、電車を乗り継いで水族館に出かけました。
改札を出て外を少し歩く乗換えが二回あります。
ここの水族館は初めてですが、近くには何度か行ったことがあり、初めて通るルートではありません。
展示物をさーっと見て、イルカのショーも見た帰り際、私がサメに見とれているうちに見失ってしまいました。
いつもならちょっと先で待っていてくれるのですが、どんなに探しても見つかりません。水族館の人に事情を話して館内で探してもらう一方、私は駅までの道を2往復し、交番に寄って手配をお願いしました。
見つかったら携帯に連絡するから家に帰っているようにと言われ、電車でいったん帰宅しました。
交番でもいろいろ聞かれましたが、あとでまた本署からの電話で「行方不明になったのは今まで何回ぐらいか」など聞かれました。
娘の帰宅を待って留守番を頼み、もう一人の娘と車で水族館に引き返しました。暗くなってくるし雨はぱらつくしで、いったいどこで心細い思いをしているかと気が気じゃありません。
水族館では閉館後ながら中に入れてもらい、警備員さんたちと一緒に、もう一度念のためにトイレなどを見回りました。
そうこうしているうちに、留守番の娘から携帯に電話が入り、なんと息子が一人で帰ってきたとのこと。行方不明になってから5時間近くたっていました。
はいていたビーチサンダルも足も真っ黒に汚れていたそうで、かなりの距離を歩いたのは間違いありません。
でも5時間で全部歩ける距離か、家までの道が分かるのかは微妙なところで、もしかしたら途中で無賃乗車をしたのかもしれません。ここは本人に聞けないので、永遠の謎です。
あとで交番のお巡りさんが電話をくれたり(本署に報告したのが伝わってなかったらしい)、娘の彼氏が心配して遠くから駆けつけてくれたりと、ホッと心の温まることもありました。
それにしても、これに懲りて、もう二度と行方不明にならないでくれ〜と思った次第。今度は何時間で帰ってくるかな、などと余裕こいて待つわけにはいきませんから。
学校が秋休みなので退屈している息子を連れ、電車を乗り継いで水族館に出かけました。
改札を出て外を少し歩く乗換えが二回あります。
ここの水族館は初めてですが、近くには何度か行ったことがあり、初めて通るルートではありません。
展示物をさーっと見て、イルカのショーも見た帰り際、私がサメに見とれているうちに見失ってしまいました。
いつもならちょっと先で待っていてくれるのですが、どんなに探しても見つかりません。水族館の人に事情を話して館内で探してもらう一方、私は駅までの道を2往復し、交番に寄って手配をお願いしました。
見つかったら携帯に連絡するから家に帰っているようにと言われ、電車でいったん帰宅しました。
交番でもいろいろ聞かれましたが、あとでまた本署からの電話で「行方不明になったのは今まで何回ぐらいか」など聞かれました。
娘の帰宅を待って留守番を頼み、もう一人の娘と車で水族館に引き返しました。暗くなってくるし雨はぱらつくしで、いったいどこで心細い思いをしているかと気が気じゃありません。
水族館では閉館後ながら中に入れてもらい、警備員さんたちと一緒に、もう一度念のためにトイレなどを見回りました。
そうこうしているうちに、留守番の娘から携帯に電話が入り、なんと息子が一人で帰ってきたとのこと。行方不明になってから5時間近くたっていました。
はいていたビーチサンダルも足も真っ黒に汚れていたそうで、かなりの距離を歩いたのは間違いありません。
でも5時間で全部歩ける距離か、家までの道が分かるのかは微妙なところで、もしかしたら途中で無賃乗車をしたのかもしれません。ここは本人に聞けないので、永遠の謎です。
あとで交番のお巡りさんが電話をくれたり(本署に報告したのが伝わってなかったらしい)、娘の彼氏が心配して遠くから駆けつけてくれたりと、ホッと心の温まることもありました。
それにしても、これに懲りて、もう二度と行方不明にならないでくれ〜と思った次第。今度は何時間で帰ってくるかな、などと余裕こいて待つわけにはいきませんから。
姉をヨロシク
お嬢さんの結婚が決まった友人が、嬉しそうにツーショットの写真を見せてくれました。
ついこの間まで学生していた気がするけど、もう就職して12年、33歳になったそうです。
(お相手は39歳とかで、優しそうな人です。若いカップルとは違い落ち着いた雰囲気の二人でした)
しっかり者で結婚願望も特にない(一人でも生きていけるタイプ)ながら、突っ張っていたわけではなく、親の勧めるお見合いも何度かした。
傍目には文句のつけようもない条件のいい相手もいたようですが、本人がその気になれなかったようです。
慎重な人なのでしょう、一年間じっくり付き合って様子を見たそうです。
そして、今回巡り会った人のことを、お母さんに、
「いいもんめっけた、と思った」
と形容したそうです。いい話だなあと感動しました。
焦らず騒がず、マイペースで歩いているときにふっと見つけた「いいもん」。すかさず拾い上げて両手で包み込み、大事に胸に抱いている姿が目に浮かびます。
できちゃった婚に象徴される性急な野放図な恋愛ではない、品格のあるオトナの恋ですね。
このお嬢さんにも障害者の弟がいるのですが、初めて相手と会ったとき、慣れない相手には警戒して「固まる」その弟が、帰り際には自分から握手を求めに行ったそうです。
自分が温かく受け入れられていることを、本能的に察したのかもしれませんね。
そして「姉をヨロシク!」という思いが伝わってくる話で、聞いた私もうるっと来てしまいました。
お姉さんの幸せを願う気持ちは、知的な遅れがあってもきっと誰にも負けないくらい、持ち合わせているに違いありません。
障害児(者)の弟の存在が結婚にどう影響するか、ウチの娘たちにとっても近い将来直面する(かもしれない)現実です。
私の息子が養護学校に入学したとき、遠くに住む義母のお母さん(息子のひいおばあちゃん)からお祝いが届きました。
当時夫(孫)は北京駐在で別居中、仕方なく私が電話をして(あとで手紙も書いたと思います)お礼を言いました。そこはとても格式の高い家で、もともと口をきくのも緊張する人でしたが、やけに冷ややかな対応だったのが印象に残りました。
ひいおばあちゃんはあとで義母に「どうして本人に直接お礼を言わせないのか」と不満を言っていたそうです。
義母は「私立の学校に入った」と説明しただけで、養護学校というのは内緒にしていました。私も、その点はぼかすようにと言われました。
障害児のひ孫が存在するなんて、たぶん亡くなるまでご存知なかったと思います。
遠くだったから隠せもしたけど、これがすぐ近くに住む人だったら揉めるのは必至。…離婚が早まっていたでしょう。
娘の交際相手やそのご両親と会ったとき、肩が凝らない相手でほんとうに安心しました。
自閉症の息子が自分から握手を求めることはない(と思う)けど、存在を否定されることなく平和裏におつきあいできたらと願っています。
ついこの間まで学生していた気がするけど、もう就職して12年、33歳になったそうです。
(お相手は39歳とかで、優しそうな人です。若いカップルとは違い落ち着いた雰囲気の二人でした)
しっかり者で結婚願望も特にない(一人でも生きていけるタイプ)ながら、突っ張っていたわけではなく、親の勧めるお見合いも何度かした。
傍目には文句のつけようもない条件のいい相手もいたようですが、本人がその気になれなかったようです。
慎重な人なのでしょう、一年間じっくり付き合って様子を見たそうです。
そして、今回巡り会った人のことを、お母さんに、
「いいもんめっけた、と思った」
と形容したそうです。いい話だなあと感動しました。
焦らず騒がず、マイペースで歩いているときにふっと見つけた「いいもん」。すかさず拾い上げて両手で包み込み、大事に胸に抱いている姿が目に浮かびます。
できちゃった婚に象徴される性急な野放図な恋愛ではない、品格のあるオトナの恋ですね。
このお嬢さんにも障害者の弟がいるのですが、初めて相手と会ったとき、慣れない相手には警戒して「固まる」その弟が、帰り際には自分から握手を求めに行ったそうです。
自分が温かく受け入れられていることを、本能的に察したのかもしれませんね。
そして「姉をヨロシク!」という思いが伝わってくる話で、聞いた私もうるっと来てしまいました。
お姉さんの幸せを願う気持ちは、知的な遅れがあってもきっと誰にも負けないくらい、持ち合わせているに違いありません。
障害児(者)の弟の存在が結婚にどう影響するか、ウチの娘たちにとっても近い将来直面する(かもしれない)現実です。
私の息子が養護学校に入学したとき、遠くに住む義母のお母さん(息子のひいおばあちゃん)からお祝いが届きました。
当時夫(孫)は北京駐在で別居中、仕方なく私が電話をして(あとで手紙も書いたと思います)お礼を言いました。そこはとても格式の高い家で、もともと口をきくのも緊張する人でしたが、やけに冷ややかな対応だったのが印象に残りました。
ひいおばあちゃんはあとで義母に「どうして本人に直接お礼を言わせないのか」と不満を言っていたそうです。
義母は「私立の学校に入った」と説明しただけで、養護学校というのは内緒にしていました。私も、その点はぼかすようにと言われました。
障害児のひ孫が存在するなんて、たぶん亡くなるまでご存知なかったと思います。
遠くだったから隠せもしたけど、これがすぐ近くに住む人だったら揉めるのは必至。…離婚が早まっていたでしょう。
娘の交際相手やそのご両親と会ったとき、肩が凝らない相手でほんとうに安心しました。
自閉症の息子が自分から握手を求めることはない(と思う)けど、存在を否定されることなく平和裏におつきあいできたらと願っています。
2007年09月25日
ピピッとコンロ
台所のガスレンジが故障し、二口コンロの片方が使えないままにひと月経過。
初めはしばらく押さえていたら火がついてましたが、そのうちどんなに長く頑張っても着火できなくなりました。
暑くてあまり煮焚きしたくないし、電子レンジもオーブンもあるから工夫次第で調理は可能。片方使えたら十分かも…と粘ってみたものの、あまりの不便さに解決策を講じることにしました。
近くのエネスタで聞いたら、おそらく電子部品の交換になり、修理費は5〜6000円ぐらいだろうということでした。
購入したとき2万ちょっとだったと思います。これを機に買い換えるか、修理して安くあげるかまたしばらく考えることにしました。
使っていたコンロは、右側だけに空焚き防止・高温消火装置がついていました。
以前、煮豆を作るため鍋をかけているのを忘れて外出してしまい、慌てて戻ったら真っ黒に炭化していたことがありました。このときはあいにく左側のコンロを使っていたのです。右でやっていればよかったと後悔しました。
同じ時期に、カレーを焦げ付かせるのもやりました。それ以来娘が書いた「火の用心じゃ!!」という紙が(外に出るとき目に付くように)玄関に貼られています。
今回故障したのは左側なので、右側だけで調理していました。
無水鍋に水とさつまいもを入れて火にかけていたら、さつまいもが水を吸ってしまって焦げ付きそうになって、ピーと音を立てて火が消えました。火がついたままで鍋をどかすと数秒で消えるのは知ってましたが、これには感動。
震度5でガスの供給は止まるようになっているし、吹きこぼれて火が消えたらガスが止まる安全装置はどちらにもついていますが、焦げ付き防止装置は右側だけです。
ふと、「両方についているのはないのかなあ」と思いました。今のを買ったときにはなかったけど、もう発売されているかもしれません。
店舗に行って聞いてみたらアッサリ「ありますよ」。店頭に展示してあるものを見せてもらいました。
それは最新式の、天板がガラス製で8万台の高級品、ちょっとゼイタクすぎる気がします。
他のはないのかと聞いたら、少し前(2年?前)の製品で琺瑯びきで5万ちょっとのがあるという話。
少し割引があって、元のを回収する費用と工事費を入れてきっかり5万円。それでも安くはないけど、安全を買うことにしてそれに決めました。
取り付けに来た若い人が、いろいろ説明してくれました。
天ぷら油は350度になると発火するそうで、270度だかになると警告音のあと自動的に消える。
温度が上がりすぎると消える仕組みなので、空焚きや焦げ付きが防止できるわけですね。前はこれが右側だけについていたけど、今度は両方なので安心です。
高温で長く調理するときのために、安全装置を解除したり設定温度を高くすることも出来ます。その上、一度火を消すと解除した安全装置がまたもとどおりになるのだそうです。よくできてますね〜〜と感動してしまいました。
テレビでCMがよく流れている(妻夫木?)ようですが、私はこの「ピピッとコンロ」のCMだとは知りませんでした。
前のから数年経っているので、やはり改良が進んでいます。
魚焼きのグリルが、水を張らなくてよく(!)、ひっくり返さなくても焼け(!!)、上下別々に火の調節ができる(!!!)ようになっていました。
きょう味醂干を焼いてみたら、自動で火が消え(焼く時間を自動で計算するのです!)、ほどよい焼き上がりでおいしくいただきました。
焦げやすい味醂干は、ほかのことをしているうちに真っ黒にしてしまうことがよくありましたから、これはいいやと感動した次第。
解体して洗うのも、だいぶやりやすくなっていました。
古いものを大事に長く使うのも立派だけど、安全性・利便性を高めるために改良が進んだ、その恩恵にあずかれるのもシアワセなことだと思いました。
「わあ、(両方とも)火がつく!」と娘が喜んでいました。
私はこれで火事を出す心配はなくなったかと嬉しく、玄関の貼り紙をはがしに行きました。
美味しいものをたくさん作ってモトをとらなきゃ♪
初めはしばらく押さえていたら火がついてましたが、そのうちどんなに長く頑張っても着火できなくなりました。
暑くてあまり煮焚きしたくないし、電子レンジもオーブンもあるから工夫次第で調理は可能。片方使えたら十分かも…と粘ってみたものの、あまりの不便さに解決策を講じることにしました。
近くのエネスタで聞いたら、おそらく電子部品の交換になり、修理費は5〜6000円ぐらいだろうということでした。
購入したとき2万ちょっとだったと思います。これを機に買い換えるか、修理して安くあげるかまたしばらく考えることにしました。
使っていたコンロは、右側だけに空焚き防止・高温消火装置がついていました。
以前、煮豆を作るため鍋をかけているのを忘れて外出してしまい、慌てて戻ったら真っ黒に炭化していたことがありました。このときはあいにく左側のコンロを使っていたのです。右でやっていればよかったと後悔しました。
同じ時期に、カレーを焦げ付かせるのもやりました。それ以来娘が書いた「火の用心じゃ!!」という紙が(外に出るとき目に付くように)玄関に貼られています。
今回故障したのは左側なので、右側だけで調理していました。
無水鍋に水とさつまいもを入れて火にかけていたら、さつまいもが水を吸ってしまって焦げ付きそうになって、ピーと音を立てて火が消えました。火がついたままで鍋をどかすと数秒で消えるのは知ってましたが、これには感動。
震度5でガスの供給は止まるようになっているし、吹きこぼれて火が消えたらガスが止まる安全装置はどちらにもついていますが、焦げ付き防止装置は右側だけです。
ふと、「両方についているのはないのかなあ」と思いました。今のを買ったときにはなかったけど、もう発売されているかもしれません。
店舗に行って聞いてみたらアッサリ「ありますよ」。店頭に展示してあるものを見せてもらいました。
それは最新式の、天板がガラス製で8万台の高級品、ちょっとゼイタクすぎる気がします。
他のはないのかと聞いたら、少し前(2年?前)の製品で琺瑯びきで5万ちょっとのがあるという話。
少し割引があって、元のを回収する費用と工事費を入れてきっかり5万円。それでも安くはないけど、安全を買うことにしてそれに決めました。
取り付けに来た若い人が、いろいろ説明してくれました。
天ぷら油は350度になると発火するそうで、270度だかになると警告音のあと自動的に消える。
温度が上がりすぎると消える仕組みなので、空焚きや焦げ付きが防止できるわけですね。前はこれが右側だけについていたけど、今度は両方なので安心です。
高温で長く調理するときのために、安全装置を解除したり設定温度を高くすることも出来ます。その上、一度火を消すと解除した安全装置がまたもとどおりになるのだそうです。よくできてますね〜〜と感動してしまいました。
テレビでCMがよく流れている(妻夫木?)ようですが、私はこの「ピピッとコンロ」のCMだとは知りませんでした。
前のから数年経っているので、やはり改良が進んでいます。
魚焼きのグリルが、水を張らなくてよく(!)、ひっくり返さなくても焼け(!!)、上下別々に火の調節ができる(!!!)ようになっていました。
きょう味醂干を焼いてみたら、自動で火が消え(焼く時間を自動で計算するのです!)、ほどよい焼き上がりでおいしくいただきました。
焦げやすい味醂干は、ほかのことをしているうちに真っ黒にしてしまうことがよくありましたから、これはいいやと感動した次第。
解体して洗うのも、だいぶやりやすくなっていました。
古いものを大事に長く使うのも立派だけど、安全性・利便性を高めるために改良が進んだ、その恩恵にあずかれるのもシアワセなことだと思いました。
「わあ、(両方とも)火がつく!」と娘が喜んでいました。
私はこれで火事を出す心配はなくなったかと嬉しく、玄関の貼り紙をはがしに行きました。
美味しいものをたくさん作ってモトをとらなきゃ♪
2007年09月24日
表現の自由
少年事件(奈良医師宅放火殺人)の供述調書などを著書に引用したフリージャーナリスト(と出版社)が、プライバシー侵害の程度が著しく人権侵害に当たるとして、関係者への謝罪と被害回復措置を講じるよう勧告された事件で、記者会見があったそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070923-00000049-jij-soci
(消えてしまうのでコピペすると…以下同様)
取材源明らかにしない=調書引用「違法性ない」−奈良母子放火殺人の著者草薙さん
9月23日16時31分配信 時事通信
奈良県田原本町で起きた母子放火殺人をめぐり、少年院送致された長男(17)らの供述調書を引用した本が出版された秘密漏えい事件で、家宅捜索を受けた著者のジャーナリスト草薙厚子さんが23日、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見し、「取材源は、命を差し出しても言えないと捜査当局に説明している」と話した上で、取材方法にも違法性はないと強調した。
14日に奈良地検が家宅捜索した後、草薙さんが公の場で事件について説明したのは初めて。
草薙さんや弁護士によると、地検の事情聴取は、家宅捜索があった14日から23日まで計5回。草薙さんは聴取に対し、ある人物から許可を受けて捜査資料を閲覧し、一部をカメラで撮影したと説明した。取材源を特定する質問については、回答を拒否しているという。
草薙さんは取材源との間に金銭の授受などは一切ないとした上で、「取材手法に違法性は全くない」と訴えた。
著者は、写真もありますが、なかなかの美人です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070923-00000026-jijp-soci.view-000
Yahooの日本タレント名鑑にも載ってました。
http://dir.yahoo.co.jp/talent/8/w07-1586.html
この件に関しては、日本ペンクラブが「表現の自由を侵すものだ」として捜査に抗議したそうです。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200708/2007083000710&rel=y&g=soc
2007/08/30-16:39 日本ペンクラブが抗議声明=「僕はパパを殺すことに決めた」への勧告で
奈良県での放火殺人事件を扱った本「僕はパパを殺すことに決めた」(講談社)について、東京法務局が7月に「人権侵害」を理由に関係者への謝罪と被害回復措置を行うよう著者のフリージャーナリスト草薙厚子さんと同社に勧告したことに対し、日本ペンクラブ(阿刀田高会長)は30日、「表現の自由へのあからさまな介入」とする抗議声明を出した。
阿刀田高さんが会長だそうですが、ペンクラブは事情をよく調べてから声明を出したんでしょうかね。日本ペンクラブとして、その姿勢をサポートするべきジャーナリストなんでしょうか。
ずいぶん安易な仕事をするなあ、とあきれたのは私だけでしょうか。
取材手法に問題はない? 正気で言ってるとは思えませんね。
取材源は言えない? バカなことを。
アンタが命を差し出そうが差し出さまいが、そんなの調べたらすぐわかるに決まってるでしょう。供述調書を手に出来る人はごく一握りなんだから。その上手袋もしないで(指紋を残して)コピーしたらしいし。
アンタの口から言わなきゃ秘密が守れると思ってるなら、シロウト以下だと思います。
秘密漏示容疑で、医師宅は14日、強制捜査に。
秘密漏示罪は医師や弁護士などが、正当な理由もなく業務上知り得た人の秘密を漏らした時に適用されるもので、六カ月以下の懲役か十万円以下の罰金となるそうです。確定するかどうかはともかく、医師はえらいツケを払わされました。
漏洩に手を貸した医師とどういう関係なのか知らないけど、何か断れない事情があったのだと誰でも思います。
医師生命を懸けてまで(それだけの自覚はあったでしょう)渡さなきゃいけなかった、二人は何か特別な関係に違いないと、三流週刊誌はほっておかないでしょう。
おそらくイヤでイヤでたまらなかったけど断れなくて、医師は供述調書を渡した。そのコピーをそのまま引用するなんて、取材源を名指しするようなものじゃないですか。
「まさかそのまま引用するとは思わなかった」と医師は供述しているらしいですが、ホンネだと思います。
ひどい迷惑をかけたのは無論医師だけじゃない。表に出す必要のないプライバシーもぶちまけられた、少年法で守られるべき少年やその親族の人生はどうなる。償いようがない。
表現の自由の範疇じゃないです。
世間が忘れないうちに本を出したくて急いだんでしょう。調書をいじる時間も才覚もなかったんじゃないのかと私は思っていますが、違うでしょうか。
この人はジャーナリストと名乗るのはあつかましい。日本ペンクラブはかばうべきではない。
これは売れると踏んで、安易に出版させた講談社も同罪です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070923-00000049-jij-soci
(消えてしまうのでコピペすると…以下同様)
取材源明らかにしない=調書引用「違法性ない」−奈良母子放火殺人の著者草薙さん
9月23日16時31分配信 時事通信
奈良県田原本町で起きた母子放火殺人をめぐり、少年院送致された長男(17)らの供述調書を引用した本が出版された秘密漏えい事件で、家宅捜索を受けた著者のジャーナリスト草薙厚子さんが23日、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見し、「取材源は、命を差し出しても言えないと捜査当局に説明している」と話した上で、取材方法にも違法性はないと強調した。
14日に奈良地検が家宅捜索した後、草薙さんが公の場で事件について説明したのは初めて。
草薙さんや弁護士によると、地検の事情聴取は、家宅捜索があった14日から23日まで計5回。草薙さんは聴取に対し、ある人物から許可を受けて捜査資料を閲覧し、一部をカメラで撮影したと説明した。取材源を特定する質問については、回答を拒否しているという。
草薙さんは取材源との間に金銭の授受などは一切ないとした上で、「取材手法に違法性は全くない」と訴えた。
著者は、写真もありますが、なかなかの美人です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070923-00000026-jijp-soci.view-000
Yahooの日本タレント名鑑にも載ってました。
http://dir.yahoo.co.jp/talent/8/w07-1586.html
この件に関しては、日本ペンクラブが「表現の自由を侵すものだ」として捜査に抗議したそうです。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200708/2007083000710&rel=y&g=soc
2007/08/30-16:39 日本ペンクラブが抗議声明=「僕はパパを殺すことに決めた」への勧告で
奈良県での放火殺人事件を扱った本「僕はパパを殺すことに決めた」(講談社)について、東京法務局が7月に「人権侵害」を理由に関係者への謝罪と被害回復措置を行うよう著者のフリージャーナリスト草薙厚子さんと同社に勧告したことに対し、日本ペンクラブ(阿刀田高会長)は30日、「表現の自由へのあからさまな介入」とする抗議声明を出した。
阿刀田高さんが会長だそうですが、ペンクラブは事情をよく調べてから声明を出したんでしょうかね。日本ペンクラブとして、その姿勢をサポートするべきジャーナリストなんでしょうか。
ずいぶん安易な仕事をするなあ、とあきれたのは私だけでしょうか。
取材手法に問題はない? 正気で言ってるとは思えませんね。
取材源は言えない? バカなことを。
アンタが命を差し出そうが差し出さまいが、そんなの調べたらすぐわかるに決まってるでしょう。供述調書を手に出来る人はごく一握りなんだから。その上手袋もしないで(指紋を残して)コピーしたらしいし。
アンタの口から言わなきゃ秘密が守れると思ってるなら、シロウト以下だと思います。
秘密漏示容疑で、医師宅は14日、強制捜査に。
秘密漏示罪は医師や弁護士などが、正当な理由もなく業務上知り得た人の秘密を漏らした時に適用されるもので、六カ月以下の懲役か十万円以下の罰金となるそうです。確定するかどうかはともかく、医師はえらいツケを払わされました。
漏洩に手を貸した医師とどういう関係なのか知らないけど、何か断れない事情があったのだと誰でも思います。
医師生命を懸けてまで(それだけの自覚はあったでしょう)渡さなきゃいけなかった、二人は何か特別な関係に違いないと、三流週刊誌はほっておかないでしょう。
おそらくイヤでイヤでたまらなかったけど断れなくて、医師は供述調書を渡した。そのコピーをそのまま引用するなんて、取材源を名指しするようなものじゃないですか。
「まさかそのまま引用するとは思わなかった」と医師は供述しているらしいですが、ホンネだと思います。
ひどい迷惑をかけたのは無論医師だけじゃない。表に出す必要のないプライバシーもぶちまけられた、少年法で守られるべき少年やその親族の人生はどうなる。償いようがない。
表現の自由の範疇じゃないです。
世間が忘れないうちに本を出したくて急いだんでしょう。調書をいじる時間も才覚もなかったんじゃないのかと私は思っていますが、違うでしょうか。
この人はジャーナリストと名乗るのはあつかましい。日本ペンクラブはかばうべきではない。
これは売れると踏んで、安易に出版させた講談社も同罪です。
2007年09月23日
ひまダネ
きょうは、肩のこらないのんきな話題を…。
★<長寿>双子姉妹が100歳の誕生日 福島・二本松
(きょう毎日新聞が配信したニュースです)
福島県二本松市の双子姉妹、高宮サキさんと高島ツキさんが23日、100歳の誕生日を迎えた。親族ら約100人が祝福し、市長から「福寿」の色紙が贈られた。1907年生まれで、先に生まれたから「サキ」、次に生まれたから「ツキ」だという。赤いちゃんちゃんこ姿の2人は「ありがたい」と顔をほころばせた。
「きんさん・ぎんさん」の再来ですね。敬老の日に間に合わなかったのが惜しまれます。
ぜひ写真を見たいものですね、明日の朝刊には載るでしょうか。
※画像ありました。http://mytown.asahi.com/fukushima/news.php?k_id=07000000709180006(24日 追記)
★パリで、日本の化粧品が人気だそうです。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=90997&servcode=400§code=410
6日午後、パリ市内の名品デパート「ボン・マルシェ」。「日本特別企画展」が開かれている3階がにぎわっている。日本製化粧品販売コーナーだった。化粧品売り場は来月13日まで開かれる特別展で最も人気が高いコーナー。よーじや、シュウウエムラ、資生堂などの商品が展示されている同コーナーは、一日中、フランス人女性客が絶えない。
…ということですが、「よーじや、シュウウエムラ」って何? 私には資生堂しかわからないですが…。
きょうのテレビニュースでは、北京に日本製品(食品?)を売る専門店が出来たとか言ってました。富裕層に日本製が人気だそうですが、パリでもそうなんでしょうか。
海外で売るより、日本での小売値を下げてほしいと個人的には思います。
★離陸直後の飛行機を襲う、巨大カミナリhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070904-00000004-giz-ent&kz=ent
これはすごいです、GIF動画をご覧ください。飛行機に落ちた雷が、爆発したかのように閃光をあげています。
墜落するのかと思ったら、機体はアルミニウムだから全然平気なんだそうです。
私は子供のころに、航空機の機体はジェラルミンという金属だと習った記憶がありますが、今はアルミニウムなんでしょうか? 調べてみたら、
「ジュラルミンはアルミニウム95%、銅4%、マグネシウム0.5%、マンガン0.5%を基本組成とする合金」
ということがわかりました。ナンダ…。
http://www.tdk.co.jp/techmag/museum/museum52.htm
そして、「ジュラルミンをしのぐ夢の金属として登場したのがチタン合金」ということです。
いずれにせよアルミニウム主体なのは間違いなさそう。
★クラゲから色素抽出 透過率99%以上
http://www.f7.dion.ne.jp/~moorend/news/2006073101.html
千葉電波大学の研究グループは、クラゲから透明色素を抽出することに成功した、と発表した。この色素をさまざまな素材に混合することによって、一層透過性の高い物質を作ることが可能になる。
今回色素抽出に成功したのは、千葉電波大学の近藤教授らの研究グループ。エチゼンクラゲ200匹から約0.1グラムの透明色素「T−800」を抽出した。T−800には、光の屈折を自然に補正するはたらきが見られるため、どのような角度から見ても、反射が起こらず、ほぼ完全な透明を再現できるという。
同研究グループでは、受付窓口のガラスや、全く目に見えないビー玉作りなどへの応用が期待できるとしている。(サイトに写真があります)
…まさか、本気にした人はいないでしょうね? 「虚構」新聞の記事です。
★<長寿>双子姉妹が100歳の誕生日 福島・二本松
(きょう毎日新聞が配信したニュースです)
福島県二本松市の双子姉妹、高宮サキさんと高島ツキさんが23日、100歳の誕生日を迎えた。親族ら約100人が祝福し、市長から「福寿」の色紙が贈られた。1907年生まれで、先に生まれたから「サキ」、次に生まれたから「ツキ」だという。赤いちゃんちゃんこ姿の2人は「ありがたい」と顔をほころばせた。
「きんさん・ぎんさん」の再来ですね。敬老の日に間に合わなかったのが惜しまれます。
ぜひ写真を見たいものですね、明日の朝刊には載るでしょうか。
※画像ありました。http://mytown.asahi.com/fukushima/news.php?k_id=07000000709180006(24日 追記)
★パリで、日本の化粧品が人気だそうです。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=90997&servcode=400§code=410
6日午後、パリ市内の名品デパート「ボン・マルシェ」。「日本特別企画展」が開かれている3階がにぎわっている。日本製化粧品販売コーナーだった。化粧品売り場は来月13日まで開かれる特別展で最も人気が高いコーナー。よーじや、シュウウエムラ、資生堂などの商品が展示されている同コーナーは、一日中、フランス人女性客が絶えない。
…ということですが、「よーじや、シュウウエムラ」って何? 私には資生堂しかわからないですが…。
きょうのテレビニュースでは、北京に日本製品(食品?)を売る専門店が出来たとか言ってました。富裕層に日本製が人気だそうですが、パリでもそうなんでしょうか。
海外で売るより、日本での小売値を下げてほしいと個人的には思います。
★離陸直後の飛行機を襲う、巨大カミナリhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070904-00000004-giz-ent&kz=ent
これはすごいです、GIF動画をご覧ください。飛行機に落ちた雷が、爆発したかのように閃光をあげています。
墜落するのかと思ったら、機体はアルミニウムだから全然平気なんだそうです。
私は子供のころに、航空機の機体はジェラルミンという金属だと習った記憶がありますが、今はアルミニウムなんでしょうか? 調べてみたら、
「ジュラルミンはアルミニウム95%、銅4%、マグネシウム0.5%、マンガン0.5%を基本組成とする合金」
ということがわかりました。ナンダ…。
http://www.tdk.co.jp/techmag/museum/museum52.htm
そして、「ジュラルミンをしのぐ夢の金属として登場したのがチタン合金」ということです。
いずれにせよアルミニウム主体なのは間違いなさそう。
★クラゲから色素抽出 透過率99%以上
http://www.f7.dion.ne.jp/~moorend/news/2006073101.html
千葉電波大学の研究グループは、クラゲから透明色素を抽出することに成功した、と発表した。この色素をさまざまな素材に混合することによって、一層透過性の高い物質を作ることが可能になる。
今回色素抽出に成功したのは、千葉電波大学の近藤教授らの研究グループ。エチゼンクラゲ200匹から約0.1グラムの透明色素「T−800」を抽出した。T−800には、光の屈折を自然に補正するはたらきが見られるため、どのような角度から見ても、反射が起こらず、ほぼ完全な透明を再現できるという。
同研究グループでは、受付窓口のガラスや、全く目に見えないビー玉作りなどへの応用が期待できるとしている。(サイトに写真があります)
…まさか、本気にした人はいないでしょうね? 「虚構」新聞の記事です。
2007年09月22日
殺される子
幼い子どもを道連れに無理心中を図った、というニュースに接する度に、「障害児かしら」と考えてしまう私ですが、たぶんそう的外れではないと思います。
夫の暴力とか不倫とか、人生に絶望するようなことがあったとしても、一緒に死のうとまで思い詰めるのはよくよくのことではないでしょうか。まだ子どもが小さいなら母親も若いはずだし、同情して助言したり助けてくれる人もいると思います。
周りにわかってくれる人が居ない、未来は出口のない真っ暗なトンネルとしか思えない、深い絶望の中で死を選ぶのでしょう(実際にはなかなか死ぬことは出来ないようで、生き残る親も多いですね)。子どもを残して行けないのは、子ども自身にその原因があるからだと思います。
有名な大学病院で小児科医として働いていた人が、生まれた子がダウン症だったとき「迎えに来ない親もいる」と話していました。(ダウンちゃんは心臓に奇形があることが多いと聞きますが)手術をしないと助からないとわかっていて、手術を断る親も珍しくないそうです。
赤ちゃんポストに入れられたダウンちゃんもいたようですね。(幸いあとで迎えに来たそうです)
警察が介入することなく、闇に葬られた障害児も少なくないでしょう。
自閉症の場合は生まれてすぐにはわからないので、殺されるとしたら多動で走り回る(親をふりまわす)ようになったあとでしょうか。
事件になっても自閉症であることが明らかにされることは少ないと思いますが、きょう、珍しく二人の「自閉症」を苦にした殺人の報道を見つけました。
事件自体は昨年、二人の子どもを殺して自分は死に切れなかった母親が、殺人の罪に問われたものです。
この事件のニュースを聞いたとき、私は例によって「どっちかが障害児か? 自閉症では?」と思いましたが、そういう報道はなかったように記憶しています。
二人とも自閉症の子だったようですね。
これは地裁で被告が述べたことを報じる7月のニュースですが、広島の事件なのでこちらではあまり報道されなかったように思います。
2007年7月25日(水) 、 共同通信社が提供したニュースです。
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「生きていても幸せでない」 2児殺害の母が心境
広島県福山市で昨年、自閉症の長男(5)と二男(3)を殺したとして殺人罪に問われた無職泉ひろみ被告(35)は25日の広島地裁(奥田哲也裁判長)の公判で被告人質問に答え、「世間では障害者は不幸という見方が強く、生きていても幸せになれないなら一緒に死んだ方がいい」と殺害を決意した心境を話した。
泉被告によると、二男は知的障害もあり、パニックになると手に負えなかったといい「わたしの養育方法が間違っていたのか」と悩んでいたと説明。一方で「かわいいという気持ちはなくなっていなかった」と言葉を詰まらせた。
また「夫に助けを求めたが、『おまえの育て方が悪い』と言われた」「自閉症は障害なので薬をのませるものではないのに、母親に『のませろ』と言われ無理解だと思った」と孤立感を深めていった状況を話した。
奥田裁判長は、弁護側が求めた精神鑑定の実施を決めた。
ひとごととは思えないですね。私も上に二人の子がいなかったら、子ども二人が自閉症でパニックを起こす子だったら、同じことをしたかもしれません。
『おまえの育て方が悪い』
『(薬を)のませろ』
私も同じことを言われました。(薬は夫が強く希望して処方してもらいましたが、二回で飲ませるのをやめてしまってなじられました。お医者さんの話ではとても苦い、ぴりぴりする薬だそうです)
「オレの血筋にはこんな子は居ない。お前の方の血だ」とも言われましたね。
夫のもとを離れて実家に身を寄せたら、実の姉には「母原病」と決め付けられたし、他の姉には「3回も帝王切開をしたからだろう」と言われました。
私の場合、経済的なこと以外身内に頼ることは出来なかったですが、今まで無事にやってこれたのは、こういう子を専門に療育してくれる場があったからです。
上の子たちを幼稚園に預けた経験はあるのに、この子は無理だろうという思い込みがあって(保育園を2日で断られたから)、「えっ、この子を預かってくれるの? 私はいなくていいの?」と感激しました。子どもと離れられる時間が全くなかったら、息抜きも出来ず絶望的な気分になっていたかもしれません。
若いお母さんたちは誘い合ってカラオケに行っていましたが、療育施設の先生はそういう気晴らしを積極的に勧めていました。(親同士仲がいいのは武器になるでしょうから、親睦は大切だと思います)
その後の養護学校でも、母子ともどもよく助けていただいています。
そしてとても大きかったのが、同じような悩みを持つ人たちと出会い、自閉症の団体で一緒に活動したことです。
「離乳食を食べなかった」と人が話すのを聞いて、思わず「うちの子もですよ!」と叫んだことは忘れられません。
いろんな奇異に見える行動のことを「ウチの子もそうだったわね」とアッサリ笑われて驚き、自分が「悲劇の主人公」ではなくて、<よくいる>「障害児の母親」の一人にすぎないことを悟りました。
顧問的な先生をはじめ専門家からは適切なアドバイスをもらって自然と勉強もしましたし、先輩お母さんは小難しいことは言わず、「そういうときはこうしたらいいわよ」と実践的な対処法を教えてくれるので、とーーっても助かりました。
子ども二人が自閉症の人も何人も、中には双子という人もいます。こういう人の体験談を聞くことが出来ていれば、先の母親は子どもを殺すことはなかったと思います。
『おまえの育て方が悪い』 と言われた。
「そうそう、みんな言われてるのよね!」と笑い飛ばされ、
『(薬を)のませろ』と言われた。
「アタシも飲ませてみたけど効果なかったよ」「アイスやコーヒー牛乳に混ぜても気がついて飲まないのよね。こういうのは敏感だからしかたないよ」と体験談を聞き、
「なんとか治ったらいいな、薬があるなら(ダメモトで)飲ませてみようって思うよね、普通。無理もないよ」と慰めてもらっていれば、未来に絶望することもなかったと思います。
たとえ身内の中で孤立していても、世界は身内以外のほうが親切だし数も圧倒的に多いのだから、大丈夫。
「生きていても幸せでない」 かどうか、先輩お母さんや子どもたちの笑顔を見てから考えてほしいです。
夫の暴力とか不倫とか、人生に絶望するようなことがあったとしても、一緒に死のうとまで思い詰めるのはよくよくのことではないでしょうか。まだ子どもが小さいなら母親も若いはずだし、同情して助言したり助けてくれる人もいると思います。
周りにわかってくれる人が居ない、未来は出口のない真っ暗なトンネルとしか思えない、深い絶望の中で死を選ぶのでしょう(実際にはなかなか死ぬことは出来ないようで、生き残る親も多いですね)。子どもを残して行けないのは、子ども自身にその原因があるからだと思います。
有名な大学病院で小児科医として働いていた人が、生まれた子がダウン症だったとき「迎えに来ない親もいる」と話していました。(ダウンちゃんは心臓に奇形があることが多いと聞きますが)手術をしないと助からないとわかっていて、手術を断る親も珍しくないそうです。
赤ちゃんポストに入れられたダウンちゃんもいたようですね。(幸いあとで迎えに来たそうです)
警察が介入することなく、闇に葬られた障害児も少なくないでしょう。
自閉症の場合は生まれてすぐにはわからないので、殺されるとしたら多動で走り回る(親をふりまわす)ようになったあとでしょうか。
事件になっても自閉症であることが明らかにされることは少ないと思いますが、きょう、珍しく二人の「自閉症」を苦にした殺人の報道を見つけました。
事件自体は昨年、二人の子どもを殺して自分は死に切れなかった母親が、殺人の罪に問われたものです。
この事件のニュースを聞いたとき、私は例によって「どっちかが障害児か? 自閉症では?」と思いましたが、そういう報道はなかったように記憶しています。
二人とも自閉症の子だったようですね。
これは地裁で被告が述べたことを報じる7月のニュースですが、広島の事件なのでこちらではあまり報道されなかったように思います。
2007年7月25日(水) 、 共同通信社が提供したニュースです。
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「生きていても幸せでない」 2児殺害の母が心境
広島県福山市で昨年、自閉症の長男(5)と二男(3)を殺したとして殺人罪に問われた無職泉ひろみ被告(35)は25日の広島地裁(奥田哲也裁判長)の公判で被告人質問に答え、「世間では障害者は不幸という見方が強く、生きていても幸せになれないなら一緒に死んだ方がいい」と殺害を決意した心境を話した。
泉被告によると、二男は知的障害もあり、パニックになると手に負えなかったといい「わたしの養育方法が間違っていたのか」と悩んでいたと説明。一方で「かわいいという気持ちはなくなっていなかった」と言葉を詰まらせた。
また「夫に助けを求めたが、『おまえの育て方が悪い』と言われた」「自閉症は障害なので薬をのませるものではないのに、母親に『のませろ』と言われ無理解だと思った」と孤立感を深めていった状況を話した。
奥田裁判長は、弁護側が求めた精神鑑定の実施を決めた。
ひとごととは思えないですね。私も上に二人の子がいなかったら、子ども二人が自閉症でパニックを起こす子だったら、同じことをしたかもしれません。
『おまえの育て方が悪い』
『(薬を)のませろ』
私も同じことを言われました。(薬は夫が強く希望して処方してもらいましたが、二回で飲ませるのをやめてしまってなじられました。お医者さんの話ではとても苦い、ぴりぴりする薬だそうです)
「オレの血筋にはこんな子は居ない。お前の方の血だ」とも言われましたね。
夫のもとを離れて実家に身を寄せたら、実の姉には「母原病」と決め付けられたし、他の姉には「3回も帝王切開をしたからだろう」と言われました。
私の場合、経済的なこと以外身内に頼ることは出来なかったですが、今まで無事にやってこれたのは、こういう子を専門に療育してくれる場があったからです。
上の子たちを幼稚園に預けた経験はあるのに、この子は無理だろうという思い込みがあって(保育園を2日で断られたから)、「えっ、この子を預かってくれるの? 私はいなくていいの?」と感激しました。子どもと離れられる時間が全くなかったら、息抜きも出来ず絶望的な気分になっていたかもしれません。
若いお母さんたちは誘い合ってカラオケに行っていましたが、療育施設の先生はそういう気晴らしを積極的に勧めていました。(親同士仲がいいのは武器になるでしょうから、親睦は大切だと思います)
その後の養護学校でも、母子ともどもよく助けていただいています。
そしてとても大きかったのが、同じような悩みを持つ人たちと出会い、自閉症の団体で一緒に活動したことです。
「離乳食を食べなかった」と人が話すのを聞いて、思わず「うちの子もですよ!」と叫んだことは忘れられません。
いろんな奇異に見える行動のことを「ウチの子もそうだったわね」とアッサリ笑われて驚き、自分が「悲劇の主人公」ではなくて、<よくいる>「障害児の母親」の一人にすぎないことを悟りました。
顧問的な先生をはじめ専門家からは適切なアドバイスをもらって自然と勉強もしましたし、先輩お母さんは小難しいことは言わず、「そういうときはこうしたらいいわよ」と実践的な対処法を教えてくれるので、とーーっても助かりました。
子ども二人が自閉症の人も何人も、中には双子という人もいます。こういう人の体験談を聞くことが出来ていれば、先の母親は子どもを殺すことはなかったと思います。
『おまえの育て方が悪い』 と言われた。
「そうそう、みんな言われてるのよね!」と笑い飛ばされ、
『(薬を)のませろ』と言われた。
「アタシも飲ませてみたけど効果なかったよ」「アイスやコーヒー牛乳に混ぜても気がついて飲まないのよね。こういうのは敏感だからしかたないよ」と体験談を聞き、
「なんとか治ったらいいな、薬があるなら(ダメモトで)飲ませてみようって思うよね、普通。無理もないよ」と慰めてもらっていれば、未来に絶望することもなかったと思います。
たとえ身内の中で孤立していても、世界は身内以外のほうが親切だし数も圧倒的に多いのだから、大丈夫。
「生きていても幸せでない」 かどうか、先輩お母さんや子どもたちの笑顔を見てから考えてほしいです。
2007年09月21日
義父の虐待
もう何日も前のことになりますが、息子のスクールバスを待つ間にラジオを聞いていたら、子どもの療育相談をやっていました。いつもはちょっとしたクセとか登校拒否などの相談が多いようですが、この日はすごいのがありました。義父の虐待です。
電話に出てきたのは子どもたちの母親のお母さん。母方のおばあちゃんにあたる人。
誰かに聞いてもらいたくてたまらなかったようで、電話がつながるや否や堰を切ったように勢い込んで話し出しました。本人も興奮している上になまりも強くて、正直なところ何を言っているのかよくわからない。支離滅裂で、背景の時間もたびたび錯綜します。
気おされていた司会者が割って入って、話の整理を始めました。
中学生と小学2年生の、二人の孫がいるらしい。離れて住んでいるけど、その気になればすぐ会えるぐらいの距離のようです。別れたのか死別かわからないけど実父はいなくて、母親とともに義理の父親と暮らしているようです。
この子たちを預かっていたときに、突然おばあちゃんの目の前でハサミで自分の手を切ったそうです。
びっくりしてやめさせたけど、手や身体が傷だらけなのにそのとき気がついた。
これはどうした、と問い詰めても自分の不注意で怪我した、などとミエミエのウソをついて、本当のことを言おうとしないそうです。
そのあと母親と一緒に迎えに来た義父の前で、子どもたちは「直立不動で」義父の言いつけを聞いていた。義父は何か脅すような口調ですごんでいたようです。
娘に事情を聞こうとしてもうるさがられるだけで、最近は訪ねて行っても居留守を使って会ってくれない。
実はこの男にはマエがあるらしい…と言いかけたのを回答者がさえぎっていましたが、前科がある(凶暴)という意味だったでしょうか。
相談の電話がつながったときには、これで孫を助けてやれるかも! と藁にもすがる思いだったかもしれません。
頼れる人もなく、おばあちゃんは一人でもんもんとしていたようです。(おじいちゃんはいないのでしょう、話に全く出てきませんでした)
泣き出さんばかりに話し続けるおばあちゃんに対し、司会者(女性)と回答者(中年以上の男性)はあくまでも冷静で、聞いていると冷たくすら感じます。相手を落ち着かせるためにはそうするべきなのでしょう。
これは余談ですが、私が以前住んでいた家のそばで交通事故があり、頼まれて119番したことがありました。こっちは初めて目撃する事故に動転して(失神して動かなかった人を死んだと思った)、舌ももつれそう。電話の相手が低いゆっくりした声で「まず住所を言ってください」と答えるのに、「何を悠長なことを! 大変なのに!」と苛立つ一方で、そうだ、場所がわからないと救急車も来れないや、とクールダウンしたものでした。
おばあちゃんは警察にも児童相談所にも相談に行ったけれど、あまり取り合ってもらえなかったようです。
私の想像ですが、電話に出てきたときのように意味不明のことをまくし立てて、相手も困ったのではないでしょうか。生放送のラジオ番組だから気長につきあってもらえたけど、相手が公務員なら適当にあしらわれたんじゃないかと思います。
警察には、何か起こらないと手が出せないと言われたそうです。でも傷だらけの肉体という証拠があるのだから、何とかしようという気があればやりようはあると思います。
児童相談所には、親権者の母親がどうかしようと思わない限り、どうにもならないと言われたようです。調査ぐらいしたらどうなんでしょう。
いいところで息子が帰ってきたので私も最後まで聞けなかったのですが、回答者は児童相談所に一回だけでなく何度も相談に行くことを勧めていました。そして、母親が子どもを連れて逃げ込める施設の存在を教えていたようでした。
別れ話に逆上して殺すというのは珍しくもないし、遠くに逃げた先を突き止めて殺した、なんて事件も先ごろありました。この母親もそういう不安があるのかもしれません。
母親が相談に来ないとどうにもならないなんて、寝ぼけたことを言うなとどやしたくなります。
おばあちゃんの目の前で手(手首?)を切る行為のことを、回答者は「助けてくれ、というサイン」だと言っていました。今すぐ助けてあげるべきです。
やられる前にと思い詰めて殺したり、やられて大怪我したり、食べ物を与えられずに餓死するような事態になる前に、虐待があるようだと相談があった時点ですぐ適切な対応をするべきだと思います。
電話に出てきたのは子どもたちの母親のお母さん。母方のおばあちゃんにあたる人。
誰かに聞いてもらいたくてたまらなかったようで、電話がつながるや否や堰を切ったように勢い込んで話し出しました。本人も興奮している上になまりも強くて、正直なところ何を言っているのかよくわからない。支離滅裂で、背景の時間もたびたび錯綜します。
気おされていた司会者が割って入って、話の整理を始めました。
中学生と小学2年生の、二人の孫がいるらしい。離れて住んでいるけど、その気になればすぐ会えるぐらいの距離のようです。別れたのか死別かわからないけど実父はいなくて、母親とともに義理の父親と暮らしているようです。
この子たちを預かっていたときに、突然おばあちゃんの目の前でハサミで自分の手を切ったそうです。
びっくりしてやめさせたけど、手や身体が傷だらけなのにそのとき気がついた。
これはどうした、と問い詰めても自分の不注意で怪我した、などとミエミエのウソをついて、本当のことを言おうとしないそうです。
そのあと母親と一緒に迎えに来た義父の前で、子どもたちは「直立不動で」義父の言いつけを聞いていた。義父は何か脅すような口調ですごんでいたようです。
娘に事情を聞こうとしてもうるさがられるだけで、最近は訪ねて行っても居留守を使って会ってくれない。
実はこの男にはマエがあるらしい…と言いかけたのを回答者がさえぎっていましたが、前科がある(凶暴)という意味だったでしょうか。
相談の電話がつながったときには、これで孫を助けてやれるかも! と藁にもすがる思いだったかもしれません。
頼れる人もなく、おばあちゃんは一人でもんもんとしていたようです。(おじいちゃんはいないのでしょう、話に全く出てきませんでした)
泣き出さんばかりに話し続けるおばあちゃんに対し、司会者(女性)と回答者(中年以上の男性)はあくまでも冷静で、聞いていると冷たくすら感じます。相手を落ち着かせるためにはそうするべきなのでしょう。
これは余談ですが、私が以前住んでいた家のそばで交通事故があり、頼まれて119番したことがありました。こっちは初めて目撃する事故に動転して(失神して動かなかった人を死んだと思った)、舌ももつれそう。電話の相手が低いゆっくりした声で「まず住所を言ってください」と答えるのに、「何を悠長なことを! 大変なのに!」と苛立つ一方で、そうだ、場所がわからないと救急車も来れないや、とクールダウンしたものでした。
おばあちゃんは警察にも児童相談所にも相談に行ったけれど、あまり取り合ってもらえなかったようです。
私の想像ですが、電話に出てきたときのように意味不明のことをまくし立てて、相手も困ったのではないでしょうか。生放送のラジオ番組だから気長につきあってもらえたけど、相手が公務員なら適当にあしらわれたんじゃないかと思います。
警察には、何か起こらないと手が出せないと言われたそうです。でも傷だらけの肉体という証拠があるのだから、何とかしようという気があればやりようはあると思います。
児童相談所には、親権者の母親がどうかしようと思わない限り、どうにもならないと言われたようです。調査ぐらいしたらどうなんでしょう。
いいところで息子が帰ってきたので私も最後まで聞けなかったのですが、回答者は児童相談所に一回だけでなく何度も相談に行くことを勧めていました。そして、母親が子どもを連れて逃げ込める施設の存在を教えていたようでした。
別れ話に逆上して殺すというのは珍しくもないし、遠くに逃げた先を突き止めて殺した、なんて事件も先ごろありました。この母親もそういう不安があるのかもしれません。
母親が相談に来ないとどうにもならないなんて、寝ぼけたことを言うなとどやしたくなります。
おばあちゃんの目の前で手(手首?)を切る行為のことを、回答者は「助けてくれ、というサイン」だと言っていました。今すぐ助けてあげるべきです。
やられる前にと思い詰めて殺したり、やられて大怪我したり、食べ物を与えられずに餓死するような事態になる前に、虐待があるようだと相談があった時点ですぐ適切な対応をするべきだと思います。
2007年09月20日
2007年09月19日
台湾リス
我が家の南側は段差のある下向きの法地(のりち)で、ほとんど人が立ち入らない雑木林です。
この家に住み始めた20年前と比べ樹木が伸びてきて、ウチのリビングからは、幅は狭いですが山の中という感じの風景が見えます。
緑が多いのはいいけれど、なんだか風通しが悪くて洗濯物が乾きにくい。植木屋さんに枝を落としてもらいたいところだけど…とぼんやり考えながら茂みを見ていたら、黒いものがサッと横切りました。
それほど動きが速くなく、また反対側にやってきました。枝を伝って移動する濃い灰色の体表。それほど大型の動物ではなく、身体と同じくらいの大きなシッポが見えます。
鎌倉の鶴岡八幡宮で見かけたことのある、台湾リスだと気がつきました。
リスと言ってもこの台湾リスはあまり可愛くなく、巨大なシッポを持ったネズミという印象です。可愛い縞模様でおなじみの(郵便局のマスコットとか)シマリスは、この台湾リスに駆逐されつつあるということです。
シマリスはどんぐりなど種を土に埋めて森を作る役割を果たしているそうですが、台湾リスの方は電線をかじったり果樹や木の皮をはがすなどの害獣として扱われ、駆除の対象になっているようです。
ただ、アライグマなどと比べると被害が小さく(数もまだ少ないのでしょうか。猛禽類や蛇、カラス、ネコなど天敵も多いので、アライグマほどには増えないのかもしれません)、公的な対策はこれからのようですね。
台湾リスの食害を示す写真がありましたのでご覧ください。
http://7island.dip.jp/info22.html
もともと伊豆大島で飼われていたのが海を渡って増えたとか、江ノ島で飼われていたのが橋を渡って上陸し野生化した、などいくつか説があるようです。江ノ島から渡った鎌倉や逗子には天敵から身を隠せる深い森も多いので、住み心地がよくて繁殖したのかもしれません。
鶴岡八幡宮や北鎌倉近辺のお寺ではこの台湾リスが観光客に人気。餌を与える人が多いため人馴れしていて、すぐ近くまで寄ってくるそうです。
そう言えば私が初めて鶴岡八幡宮で見かけたとき(大銀杏のそばでした)も、ほんの1メートルぐらいの距離で悠然と餌をかじっていて、「えっ、こんなところにリスが!?」とびっくりしたものでした。
餌を手渡しでやろうとする人もありそうですが、野生の動物の常でそれは危険。引っかかれたり噛み付かれたりすると感染症の危険があります。日本ではあまり心配はないでしょうけど、狂犬病の恐れもありますね。
鎌倉にほど近い、関東学院大学八景キャンパスで発見された台湾リスの巣の写真がありました。
http://univ.kanto-gakuin.ac.jp/modules/wordpress/index.php?p=86
高い木の上に小枝で巣を作るんですね。カラスに狙われないのかしら。
シマリスは3.5mにも及ぶ長い巣穴を掘って入り口を巧妙に隠し、食料を貯めこんでそこに冬眠します。日本でシマリスと呼ぶのはシベリアシマリスのことだそうで、暖かい地域出身の台湾リスとは生態がだいぶ違うようですね。
我が家の庭先に現われる台湾リスを歓迎していいのかどうか迷うところですが、電線をかじられても困る。やはり招かれざる客です。
生息数を減らすためには(天敵に見つかりやすい状態にするべく)樹木の枝を払い、下草を刈るのが効果的だそうです。我が家の場合、暑いから、指を怪我したからとサボっていた庭の草むしりを、しろという天の声かもしれません。
この家に住み始めた20年前と比べ樹木が伸びてきて、ウチのリビングからは、幅は狭いですが山の中という感じの風景が見えます。
緑が多いのはいいけれど、なんだか風通しが悪くて洗濯物が乾きにくい。植木屋さんに枝を落としてもらいたいところだけど…とぼんやり考えながら茂みを見ていたら、黒いものがサッと横切りました。
それほど動きが速くなく、また反対側にやってきました。枝を伝って移動する濃い灰色の体表。それほど大型の動物ではなく、身体と同じくらいの大きなシッポが見えます。
鎌倉の鶴岡八幡宮で見かけたことのある、台湾リスだと気がつきました。
リスと言ってもこの台湾リスはあまり可愛くなく、巨大なシッポを持ったネズミという印象です。可愛い縞模様でおなじみの(郵便局のマスコットとか)シマリスは、この台湾リスに駆逐されつつあるということです。
シマリスはどんぐりなど種を土に埋めて森を作る役割を果たしているそうですが、台湾リスの方は電線をかじったり果樹や木の皮をはがすなどの害獣として扱われ、駆除の対象になっているようです。
ただ、アライグマなどと比べると被害が小さく(数もまだ少ないのでしょうか。猛禽類や蛇、カラス、ネコなど天敵も多いので、アライグマほどには増えないのかもしれません)、公的な対策はこれからのようですね。
台湾リスの食害を示す写真がありましたのでご覧ください。
http://7island.dip.jp/info22.html
もともと伊豆大島で飼われていたのが海を渡って増えたとか、江ノ島で飼われていたのが橋を渡って上陸し野生化した、などいくつか説があるようです。江ノ島から渡った鎌倉や逗子には天敵から身を隠せる深い森も多いので、住み心地がよくて繁殖したのかもしれません。
鶴岡八幡宮や北鎌倉近辺のお寺ではこの台湾リスが観光客に人気。餌を与える人が多いため人馴れしていて、すぐ近くまで寄ってくるそうです。
そう言えば私が初めて鶴岡八幡宮で見かけたとき(大銀杏のそばでした)も、ほんの1メートルぐらいの距離で悠然と餌をかじっていて、「えっ、こんなところにリスが!?」とびっくりしたものでした。
餌を手渡しでやろうとする人もありそうですが、野生の動物の常でそれは危険。引っかかれたり噛み付かれたりすると感染症の危険があります。日本ではあまり心配はないでしょうけど、狂犬病の恐れもありますね。
鎌倉にほど近い、関東学院大学八景キャンパスで発見された台湾リスの巣の写真がありました。
http://univ.kanto-gakuin.ac.jp/modules/wordpress/index.php?p=86
高い木の上に小枝で巣を作るんですね。カラスに狙われないのかしら。
シマリスは3.5mにも及ぶ長い巣穴を掘って入り口を巧妙に隠し、食料を貯めこんでそこに冬眠します。日本でシマリスと呼ぶのはシベリアシマリスのことだそうで、暖かい地域出身の台湾リスとは生態がだいぶ違うようですね。
我が家の庭先に現われる台湾リスを歓迎していいのかどうか迷うところですが、電線をかじられても困る。やはり招かれざる客です。
生息数を減らすためには(天敵に見つかりやすい状態にするべく)樹木の枝を払い、下草を刈るのが効果的だそうです。我が家の場合、暑いから、指を怪我したからとサボっていた庭の草むしりを、しろという天の声かもしれません。
2007年09月18日
なぜ可笑しい?
(敬称、略させてもらいます)
さっきちらっと見たテレビで、ルー大柴の話題が出ていました。
ルーさんは英語が堪能、といったことを誰か言ったようで、それを受けて関根麻里(父親が彼の親友)が
「ルーさんの英語は中学校レベルですから」
とかなんとか言いつつ、彼の語録(?)から、
「ちりも積もればマウンテン」
と紹介して会場の笑いを誘っていました。
私も思わず笑ったクチですが、「…なぜ可笑しいんだろう?」と自問してしまいました。
不思議なユーモアですね。
ルー大柴のHPを見てみました。
http://ameblo.jp/lou-oshiba/
「ルー語」炸裂。キョーレツです。
サイドに■みんなへの一言! というのがあって、
恥かけ汗かけ涙しろ!ライフイズワンス!
と書いてあります(さすが…)。ルー大柴はあのくどすぎるキャラとは裏腹に、よく気のつく好人物らしいですね。
コピペすると絵文字も字の色や拡大も消えてしまうので迫力減退ですが、こんな内容。
私が20イヤーズ(20歳)の時、あの「ゴッドファーザー」がジャパンで公開され新宿のシアターでウォッチしたが、パチーノのあまりのパワフルプレー(迫力のある芝居)にオープンしたマウスが塞がらなかったメモリー(記憶)がある。
その時から私はパチーノのチャームに魅かれファンになり、「ゴッドファーザーPART2」や「狼たちの午後」などの作品もウォッチ
(中略)
エニーウェイ、これは余談だが「ゴットファザー」をファーストタイム(初めて)ルックした時、パチーノと私のフェイスがリトルビット、ルックスライク(似ている)だったので、ムービーがフィニッシュ(終わる)すると、私はハンドでフェイスを隠してゴーホーム(家に帰る)した事があった。
わざわざ( )入りで日本語訳がついているのが親切ですね。書くのめんどくさそうですけど。
小中学生がボキャブラリーを増やすにはいいかもしれません。会話にはさむと楽しそうです。
書いていて思い出しましたが、昔、
「牛若丸はジャンプして 持った扇をスラリング 来い来い来いと欄干の 上に上がってハンド叩く」
という戯れ歌がありました。あれはいったいナンだったのかしら。
それにしても、英語を取り混ぜただけなのに、なんでこんなに可笑しいんだろう。
日本語を学習している外国人にはゼッタイ通じない可笑しさだろうな、と思います。
その昔私が若いとき、学生ばかりのツアーで香港・広州に行きました。
(まだ中国旅行が自由に出来ないころで、香港から陸路で広州入りしたのです。時代も変りました)
香港の学生たちと交流する企画があって、一緒に食事して香港を案内してもらいました。香港の学生は日本語は出来ないけど中国語と英語が話せるので、みんなコミュニケーションはなんとか出来ていました。
最後に別れるとき、お互いにちょっとした出し物をすることになりました。香港の学生が何をしてくれたかは、申し訳ないことにすっかり忘れてしまいましたが、日本側は有志が何人かで、当時日本で大ブームだった「電線音頭」を披露したのでした。
芸達者な学生たちでした。身体が柔らかくて、くねくねとうまいこと踊ります。
当然、日本の学生は笑い転げます。手拍子ではやしたてました。
当時テレビを持ってなくて、リアルタイムでその番組を見たことがなかった私ですら、声をあげて笑ったように記憶しています。
困ったのは香港の学生たちです。戸惑って「あれは何をやっているのか」と聞いてきました。
歌詞を中国語訳して伝えると、「それのどこが面白くて笑うのか」と真面目な顔をして聞きます。それもそうです…。
無礼なことをしたなあと反省したけど、どうしようもありませんでした。
物真似のコロッケが、ちあきなおみの「喝采」を歌うことがあります。
私などはよく似てるな〜とニヤニヤしてしまうけど、彼女を知らない世代の人にとっては、なぜみんなが笑うのかわからないでしょう。
淡谷のり子の出し物をすることもあります。
たしかにあんな顔をしていたし、あんな声・あんな話し方だったし(よくシビアな感想を言い放っていました)、かなりの高齢だったからあんな仕草にも私は記憶があります。
よく似ているけれども、あれには可笑しくて笑うことはできない。高齢者を揶揄しているだけの見苦しい芸なのではないかと気になっています。
さっきちらっと見たテレビで、ルー大柴の話題が出ていました。
ルーさんは英語が堪能、といったことを誰か言ったようで、それを受けて関根麻里(父親が彼の親友)が
「ルーさんの英語は中学校レベルですから」
とかなんとか言いつつ、彼の語録(?)から、
「ちりも積もればマウンテン」
と紹介して会場の笑いを誘っていました。
私も思わず笑ったクチですが、「…なぜ可笑しいんだろう?」と自問してしまいました。
不思議なユーモアですね。
ルー大柴のHPを見てみました。
http://ameblo.jp/lou-oshiba/
「ルー語」炸裂。キョーレツです。
サイドに■みんなへの一言! というのがあって、
恥かけ汗かけ涙しろ!ライフイズワンス!
と書いてあります(さすが…)。ルー大柴はあのくどすぎるキャラとは裏腹に、よく気のつく好人物らしいですね。
コピペすると絵文字も字の色や拡大も消えてしまうので迫力減退ですが、こんな内容。
私が20イヤーズ(20歳)の時、あの「ゴッドファーザー」がジャパンで公開され新宿のシアターでウォッチしたが、パチーノのあまりのパワフルプレー(迫力のある芝居)にオープンしたマウスが塞がらなかったメモリー(記憶)がある。
その時から私はパチーノのチャームに魅かれファンになり、「ゴッドファーザーPART2」や「狼たちの午後」などの作品もウォッチ
(中略)
エニーウェイ、これは余談だが「ゴットファザー」をファーストタイム(初めて)ルックした時、パチーノと私のフェイスがリトルビット、ルックスライク(似ている)だったので、ムービーがフィニッシュ(終わる)すると、私はハンドでフェイスを隠してゴーホーム(家に帰る)した事があった。
わざわざ( )入りで日本語訳がついているのが親切ですね。書くのめんどくさそうですけど。
小中学生がボキャブラリーを増やすにはいいかもしれません。会話にはさむと楽しそうです。
書いていて思い出しましたが、昔、
「牛若丸はジャンプして 持った扇をスラリング 来い来い来いと欄干の 上に上がってハンド叩く」
という戯れ歌がありました。あれはいったいナンだったのかしら。
それにしても、英語を取り混ぜただけなのに、なんでこんなに可笑しいんだろう。
日本語を学習している外国人にはゼッタイ通じない可笑しさだろうな、と思います。
その昔私が若いとき、学生ばかりのツアーで香港・広州に行きました。
(まだ中国旅行が自由に出来ないころで、香港から陸路で広州入りしたのです。時代も変りました)
香港の学生たちと交流する企画があって、一緒に食事して香港を案内してもらいました。香港の学生は日本語は出来ないけど中国語と英語が話せるので、みんなコミュニケーションはなんとか出来ていました。
最後に別れるとき、お互いにちょっとした出し物をすることになりました。香港の学生が何をしてくれたかは、申し訳ないことにすっかり忘れてしまいましたが、日本側は有志が何人かで、当時日本で大ブームだった「電線音頭」を披露したのでした。
芸達者な学生たちでした。身体が柔らかくて、くねくねとうまいこと踊ります。
当然、日本の学生は笑い転げます。手拍子ではやしたてました。
当時テレビを持ってなくて、リアルタイムでその番組を見たことがなかった私ですら、声をあげて笑ったように記憶しています。
困ったのは香港の学生たちです。戸惑って「あれは何をやっているのか」と聞いてきました。
歌詞を中国語訳して伝えると、「それのどこが面白くて笑うのか」と真面目な顔をして聞きます。それもそうです…。
無礼なことをしたなあと反省したけど、どうしようもありませんでした。
物真似のコロッケが、ちあきなおみの「喝采」を歌うことがあります。
私などはよく似てるな〜とニヤニヤしてしまうけど、彼女を知らない世代の人にとっては、なぜみんなが笑うのかわからないでしょう。
淡谷のり子の出し物をすることもあります。
たしかにあんな顔をしていたし、あんな声・あんな話し方だったし(よくシビアな感想を言い放っていました)、かなりの高齢だったからあんな仕草にも私は記憶があります。
よく似ているけれども、あれには可笑しくて笑うことはできない。高齢者を揶揄しているだけの見苦しい芸なのではないかと気になっています。
2007年09月17日
敬老の日に
きょうは敬老の日でした。
スーパーに行ったら、少量パックの和食弁当やおはぎやお団子など、老人へのおみやげを意識したようなものが山積みになっていました。
少し前から雑貨や衣料品なども老人向けのが表に出ていました。
敬老の日も、デパートやスーパーにとっては「いい商機」なのだろうと思ったことでした。
それにしても、
「老人は淡白な和食と甘い和菓子が好きで、くすんだ色の服を好み、演歌を聞く」
というステレオタイプの老人像(そんな品揃えでした)は、もう時代遅れではないかと思います。
今はマクドナルドで食事する高齢者もよく見かけますし、あんこよりチーズケーキが好きという人も多いでしょう。
スパンコールの入ったものや、男性でもピンクのシャツをおしゃれに着こなしている人も見ます。
そういうことを考えると、老人施設で一律に給食をあてがわれる生活は、健康な人ならまっぴらかもしれませんね。不自由でも一人がいいかもしれません。
先日テレビで、三國連太郎さんと対談している日野原重明先生(もうすぐ96歳)をお見かけしました。
東京駅の階段、54段だかあるそうですが、そこをせっせと上ったらエスカレーターを利用した連れがずっと遅れてやってくる。やったぞ、と小さい達成感を覚えるそうです。
なんて元気なとあきれ(驚き、感心し)ましたが、若いときに結核をやったという話にはもっと驚きました。結核で死にかけて生き返ったら、すっかり丈夫になってそれからは全く病気をしないそうです。
三國さんも昔カリエスだったかで命拾いし、その後は病気知らずだという話でした。高熱が出て悪い菌を全部殺したのかな、なんて話していた(と思う)のですが、人間の細胞はほとんど全部数日で入れ替わるんだから、医学的にはどうなんでしょう。
なお日野原先生の話では、「熱があってもお風呂に入ったらいい、気持ちいいですよ」「安静にしていたら弱ります」などと旧来の常識を批判的に見ていらして、なんて柔軟な若々しい発想をする人かと、その点でも驚きました。
対談ではさっと流されてしまいましたが、三國さんのお話の中でとても印象的な内容がありました。
10年前(?)に亡くなった三國さんのお父様は、金貸し業をされていたそうです。
入院していた病室の引き出しに、借用書の束があった。亡くなる前に、お父様はその束を全部細かく裂いて、燃やしてしまったそうです。「お前たちには関係ないから」と言い残して。
三國さんは生前お父様と確執があったようですが、その話を聞いて「親父を見直した」と話されていました。
詳しいことはわかりませんが、(高利の)金貸しにお金を借りた人にはそれぞれ深刻な事情があることでしょう。借金を返さなくてよくなったと知ったら、涙を流して感謝してくれたかもしれません。
借用書をめぐって遺族がトラブルに巻き込まれるのを避けたかったのかもしれませんね。
それまで非情な取立てで恨まれることも多かったかもしれないけど、蜘蛛を踏み潰さなかっただけで蜘蛛の糸をおろしてもらえた(無駄にしましたが…)カンダタのように、息子に見直されるというご褒美をもらって、いい死に方をした人だなあと思ったことでした。
総務省が16日に発表した資料(15日現在)によれば、80歳以上の人口は約713万人。前年は674万人だったそうですから、急激に増えた印象です。これからしばらくは増加が続くのでしょう。
男性236万人に対し、女性は478万人と倍以上です。
80歳以上で働いている人や、株や不動産などで高い収入のある人は、数から言ったら少ないと思います。ほとんどの人は年金や貯蓄の取り崩し、子どもの援助などでつつましく暮らしていることでしょう。
また80歳以上で、頭も身体も健康という人は少ないと思います。
今の勢いで高齢者が増え続けたら、現在でさえ予算がないと言われている介護保険がどうなるのか、心配です。
少ないパイの取り合いは結局一部のパイプを持つ人間が勝つのか。妻がいとこ同士だからと収賄としか思えないようなことを繰り返していた役人の、今後が気になります。
マスゾエさんが大なたを振るってくれるのか、内閣改造で交代させられるのか、個人的には自民党総裁選よりも気になっています。
スーパーに行ったら、少量パックの和食弁当やおはぎやお団子など、老人へのおみやげを意識したようなものが山積みになっていました。
少し前から雑貨や衣料品なども老人向けのが表に出ていました。
敬老の日も、デパートやスーパーにとっては「いい商機」なのだろうと思ったことでした。
それにしても、
「老人は淡白な和食と甘い和菓子が好きで、くすんだ色の服を好み、演歌を聞く」
というステレオタイプの老人像(そんな品揃えでした)は、もう時代遅れではないかと思います。
今はマクドナルドで食事する高齢者もよく見かけますし、あんこよりチーズケーキが好きという人も多いでしょう。
スパンコールの入ったものや、男性でもピンクのシャツをおしゃれに着こなしている人も見ます。
そういうことを考えると、老人施設で一律に給食をあてがわれる生活は、健康な人ならまっぴらかもしれませんね。不自由でも一人がいいかもしれません。
先日テレビで、三國連太郎さんと対談している日野原重明先生(もうすぐ96歳)をお見かけしました。
東京駅の階段、54段だかあるそうですが、そこをせっせと上ったらエスカレーターを利用した連れがずっと遅れてやってくる。やったぞ、と小さい達成感を覚えるそうです。
なんて元気なとあきれ(驚き、感心し)ましたが、若いときに結核をやったという話にはもっと驚きました。結核で死にかけて生き返ったら、すっかり丈夫になってそれからは全く病気をしないそうです。
三國さんも昔カリエスだったかで命拾いし、その後は病気知らずだという話でした。高熱が出て悪い菌を全部殺したのかな、なんて話していた(と思う)のですが、人間の細胞はほとんど全部数日で入れ替わるんだから、医学的にはどうなんでしょう。
なお日野原先生の話では、「熱があってもお風呂に入ったらいい、気持ちいいですよ」「安静にしていたら弱ります」などと旧来の常識を批判的に見ていらして、なんて柔軟な若々しい発想をする人かと、その点でも驚きました。
対談ではさっと流されてしまいましたが、三國さんのお話の中でとても印象的な内容がありました。
10年前(?)に亡くなった三國さんのお父様は、金貸し業をされていたそうです。
入院していた病室の引き出しに、借用書の束があった。亡くなる前に、お父様はその束を全部細かく裂いて、燃やしてしまったそうです。「お前たちには関係ないから」と言い残して。
三國さんは生前お父様と確執があったようですが、その話を聞いて「親父を見直した」と話されていました。
詳しいことはわかりませんが、(高利の)金貸しにお金を借りた人にはそれぞれ深刻な事情があることでしょう。借金を返さなくてよくなったと知ったら、涙を流して感謝してくれたかもしれません。
借用書をめぐって遺族がトラブルに巻き込まれるのを避けたかったのかもしれませんね。
それまで非情な取立てで恨まれることも多かったかもしれないけど、蜘蛛を踏み潰さなかっただけで蜘蛛の糸をおろしてもらえた(無駄にしましたが…)カンダタのように、息子に見直されるというご褒美をもらって、いい死に方をした人だなあと思ったことでした。
総務省が16日に発表した資料(15日現在)によれば、80歳以上の人口は約713万人。前年は674万人だったそうですから、急激に増えた印象です。これからしばらくは増加が続くのでしょう。
男性236万人に対し、女性は478万人と倍以上です。
80歳以上で働いている人や、株や不動産などで高い収入のある人は、数から言ったら少ないと思います。ほとんどの人は年金や貯蓄の取り崩し、子どもの援助などでつつましく暮らしていることでしょう。
また80歳以上で、頭も身体も健康という人は少ないと思います。
今の勢いで高齢者が増え続けたら、現在でさえ予算がないと言われている介護保険がどうなるのか、心配です。
少ないパイの取り合いは結局一部のパイプを持つ人間が勝つのか。妻がいとこ同士だからと収賄としか思えないようなことを繰り返していた役人の、今後が気になります。
マスゾエさんが大なたを振るってくれるのか、内閣改造で交代させられるのか、個人的には自民党総裁選よりも気になっています。
2007年09月16日
漢字備忘録
新聞の付録に漢字パズル(ナンクロ)があったのでやってみました。
四字熟語にはわりと強い方だとうぬぼれていましたが、聞いたような聞かないような…という熟語がいくつもあったので、参考までに書いておくことにします。
★月長石(げっちょうせき)
「長石の一。透明で、青みを帯びた白色。特殊な光沢がある。宝石として用いる。ムーン・ストーン」(広辞苑)
ムーン・ストーンというのは聞いたことありますが、宝石が好きな人以外には縁がない石でしょうか。
画像を探してみました。
http://images.google.co.jp/images?q=%E6%9C%88%E9%95%B7%E7%9F%B3%E3%80%80%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%B3%EF%BD%A5%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B3&gbv=2&ndsp=20&svnum=10&hl=ja&start=20&sa=N
なんだ、これなら実家の数珠に使ってあったぞ。そういえばこれは高い数珠だって言ってたっけ。
★山高水長(さんこうすいちょう)
「仁人・君子の徳の高潔さを、山が高くそびえ水が長く流れて変らぬことにたとえた語」(広辞苑)
語源からはそうなるのかもしれませんが、
「不朽の功績・名誉を、山がいつまでも高くそびえ、川が永久に流れ続けることにたとえた語」
と解説したところもあって(http://ww5.enjoy.ne.jp/~hajime.hunt/4moji.htm#s)、意味としてはこっちの方がわかりやすいですね。
山、高、水、長といずれもおなじみの字ですが、私はこの組み合わせには記憶がなかったです。
★鏡花水月(きょうかすいげつ)
似たような言い回しはほかにもありますが、この言葉はちょっと面白いです。
「鏡にうつった花、水にうつった月のように、目には見えながらも手に取りにくいものたとえ。また、感知できても言い表すことのできぬものの形容」(広辞苑)
とくに後半部分は、ほかに類似した言葉が思いつきません。独特な言いまわしだと思います。
とても素晴らしくて、どう形容したらいいかわからないようなときにも使う言葉なんでしょうか。今の若者なら全部「カワイイ」で済ますのかもしれませんけどね。
★地方時(ちほうじ)
「その地の子午線を基準として定めた時刻」(同)
反対語の「標準時」はよく耳にしますが、地方時というのはあまり聞きませんね。
アメリカのように国内で時差(2時間?)があるような国では、必要不可欠な用語だと思います。
「数独」には及びませんが、漢字ナンクロも頭の体操にはうってつけ。話のタネになるのはこっちですね。
四字熟語にはわりと強い方だとうぬぼれていましたが、聞いたような聞かないような…という熟語がいくつもあったので、参考までに書いておくことにします。
★月長石(げっちょうせき)
「長石の一。透明で、青みを帯びた白色。特殊な光沢がある。宝石として用いる。ムーン・ストーン」(広辞苑)
ムーン・ストーンというのは聞いたことありますが、宝石が好きな人以外には縁がない石でしょうか。
画像を探してみました。
http://images.google.co.jp/images?q=%E6%9C%88%E9%95%B7%E7%9F%B3%E3%80%80%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%B3%EF%BD%A5%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B3&gbv=2&ndsp=20&svnum=10&hl=ja&start=20&sa=N
なんだ、これなら実家の数珠に使ってあったぞ。そういえばこれは高い数珠だって言ってたっけ。
★山高水長(さんこうすいちょう)
「仁人・君子の徳の高潔さを、山が高くそびえ水が長く流れて変らぬことにたとえた語」(広辞苑)
語源からはそうなるのかもしれませんが、
「不朽の功績・名誉を、山がいつまでも高くそびえ、川が永久に流れ続けることにたとえた語」
と解説したところもあって(http://ww5.enjoy.ne.jp/~hajime.hunt/4moji.htm#s)、意味としてはこっちの方がわかりやすいですね。
山、高、水、長といずれもおなじみの字ですが、私はこの組み合わせには記憶がなかったです。
★鏡花水月(きょうかすいげつ)
似たような言い回しはほかにもありますが、この言葉はちょっと面白いです。
「鏡にうつった花、水にうつった月のように、目には見えながらも手に取りにくいものたとえ。また、感知できても言い表すことのできぬものの形容」(広辞苑)
とくに後半部分は、ほかに類似した言葉が思いつきません。独特な言いまわしだと思います。
とても素晴らしくて、どう形容したらいいかわからないようなときにも使う言葉なんでしょうか。今の若者なら全部「カワイイ」で済ますのかもしれませんけどね。
★地方時(ちほうじ)
「その地の子午線を基準として定めた時刻」(同)
反対語の「標準時」はよく耳にしますが、地方時というのはあまり聞きませんね。
アメリカのように国内で時差(2時間?)があるような国では、必要不可欠な用語だと思います。
「数独」には及びませんが、漢字ナンクロも頭の体操にはうってつけ。話のタネになるのはこっちですね。
2007年09月15日
リバウンド
きょう息子の運動会で学校へ行ったら、久しぶりに会った友人から「ダイエットして、少し…戻った?」と遠慮がちに声をかけられました。
昨夜測った時にはいつもより1キロちょっと多めだったので、「うん、そうね、1キロぐらい」と答えたら、「1キロぐらいならね」とうなずかれました。
白いTシャツを着てたから太って見えたのだろうと気にもしてなかったのですが、帰ってから測ったらなぜか2キロも増えていました。豚肉2キロを考えるとけっこうな量です、2キロ増えたらリバウンドしていると言われても無理ないかと思いました。
体重が増えたときは、立ったままちょっとひざを曲げるとてきめんに痛くなります。
ここのところお天気や疲れ気味を理由に車で移動することが多く、運動不足だったと反省したことでした。
この友人は「わかっちゃいるけど(甘いものを)やめられない」タイプで、血糖値を下げる薬を飲んでいるようだし、肩こりがひどいと嘆きながらも、ダイエット出来ないでいます。
「肩の肉が落ちたら凝らなくなるよ」と私が経験から再三忠告しても、細くなる気配はありません。痩せるとどんなにか可愛い人だろうと思うけど、本人がその気にならない限りどうしようもなく、残念です。
甘いものを断つのは無理なようなので、揚げ物をやめたらどうかと提案してみました。
20代のお兄ちゃんが結婚して家を出たため、家にいるのは彼女夫婦と障害のある子どもだけ。この子も肥満に気をつけないといけないようなので、和食中心の食卓に切り替えるべきだと思っています。
その友人のクラスには、最近20キロ痩せたという人がいました。それだけ痩せるとさすがに別人みたいで、服もだぶだぶという感じです。
心臓に問題があって医者にダイエットを厳命されたそうですが、その方法を聞いて驚きました。バナナしか食べないというのです。
そして、養護学校に通っている娘にも同じようにさせたら、その子もだいぶ痩せたそうです。
りんごダイエット、大豆ダイエット、マイクロダイエットなどなど「ばっかリ食べ」は昔からありますね。
でもそういうのは長続きしないでしょうし、身体にもよくないと思います。
バナナはたしかに栄養はあるし食品としてはすばらしいものだと思いますが、あんな柔らかいものばかり食べていたら、あごや歯も悪くしそうです。
ただ、乱暴なやり方でも急いで体重を落とす方がいい場合もあるだろうし、心臓の負担を考えたらバナナダイエットでもやらないよりはいいのかもしれません。
午前の部が終わって昼食のため教室に戻ったら、半年ぶりぐらいに会う(クラスの子の)お父さんが来ていました。今は単身赴任のため地方で一人暮らしをしている人(私より少し年長)です。
小学部入学以来の長いつきあいで、学校にこまめに出てくる人なのでその都度お会いし、親しくおしゃべりしています。
会社の健康診断でひっかかり、検査入院したのは子どもたちが中学部のときだったでしょうか。食事と運動ですっきり痩せて、背広も全部買い換えたという話だったのですが…。
私の顔を見ると言われる前に(身体が重そうですね、などと言うので)「すっかりリバウンドしちゃったよ〜」と自分から話し出しました。
「痩せる前より太りました?」
「うん。20キロ以上」
すっかり猪首になり、おなかもぽっこり出て、なんだか苦しそうです。
「肝臓は大丈夫なんですか」
「ん 、肝臓はなんともない」
「血糖値が高いとか?」
「糖尿病の入り口」
「えっ、糖尿はコワいですよ! ひどい合併症が出るもの」
「まだ糖尿病にはなってないの、危険水域」
「やっぱ、またダイエットするしかないですよ」
「もったいないから、ついあるもの全部食べちゃうんだよね〜」
「あっ、それはやめなきゃダメですよ、気持ちわかりますけどね」
戦後の食糧難時代を経験した人ではないでしょうけど(もうちょっと若い)、もったいないから捨てられないのは、年齢的に無理もない話。
それに、単身赴任の寂しさ(気安さ?)もあるのか、お客さんが来たらすぐ酒盛りになるようです。
肴が美味しいところだろうと聞いたら、困ったように、
「そうなんだよ〜、魚もうまいし、野菜もうまいし。ついつい食べちゃうんだなあ」
とため息まじり。横で奥さん(私の友人)が苦笑しています。
「お客さん出入り禁止、面会謝絶にしないとダメですね」
と冗談にまぎらしたものの、地方の単身赴任生活ではそういうわけにもいかないでしょうね。
それにしても、ダイエットのあとリバウンドしてもとよりずっと太るなら、この人の場合、ダイエットしない方がまだましだったのかと考えさせられました。
ダイエットして痩せることより、それを維持することの方がはるかに難しい。戻るのはあっという間だし、だいたい前より太るようです。
やはり無理なく維持できるように、長い時間をかけて食習慣や身体を改造する(胃を小さくして、少しでおなかいっぱいになるようにするとか)必要があるのでしょう。
私が夏休み前に何年ぶりかで見かけた人は、病気じゃないのかと思うほど身体がむくんで(太って?)いました。一緒にいた息子(卒業生)が、別人のように太っていたのもとてもショックでした。この人は無茶なダイエットをやって身体を壊し、何ヶ月か入院する羽目になったことのある人です。
障害児の親はストレスと無縁ということはあり得ないので、やけ酒ややけ食いで太る人も少なくありません。
でも健康あっての物だね、ストレス解消にはなんとか別の方法を考えて、前向きにいきたいものです。
昨夜測った時にはいつもより1キロちょっと多めだったので、「うん、そうね、1キロぐらい」と答えたら、「1キロぐらいならね」とうなずかれました。
白いTシャツを着てたから太って見えたのだろうと気にもしてなかったのですが、帰ってから測ったらなぜか2キロも増えていました。豚肉2キロを考えるとけっこうな量です、2キロ増えたらリバウンドしていると言われても無理ないかと思いました。
体重が増えたときは、立ったままちょっとひざを曲げるとてきめんに痛くなります。
ここのところお天気や疲れ気味を理由に車で移動することが多く、運動不足だったと反省したことでした。
この友人は「わかっちゃいるけど(甘いものを)やめられない」タイプで、血糖値を下げる薬を飲んでいるようだし、肩こりがひどいと嘆きながらも、ダイエット出来ないでいます。
「肩の肉が落ちたら凝らなくなるよ」と私が経験から再三忠告しても、細くなる気配はありません。痩せるとどんなにか可愛い人だろうと思うけど、本人がその気にならない限りどうしようもなく、残念です。
甘いものを断つのは無理なようなので、揚げ物をやめたらどうかと提案してみました。
20代のお兄ちゃんが結婚して家を出たため、家にいるのは彼女夫婦と障害のある子どもだけ。この子も肥満に気をつけないといけないようなので、和食中心の食卓に切り替えるべきだと思っています。
その友人のクラスには、最近20キロ痩せたという人がいました。それだけ痩せるとさすがに別人みたいで、服もだぶだぶという感じです。
心臓に問題があって医者にダイエットを厳命されたそうですが、その方法を聞いて驚きました。バナナしか食べないというのです。
そして、養護学校に通っている娘にも同じようにさせたら、その子もだいぶ痩せたそうです。
りんごダイエット、大豆ダイエット、マイクロダイエットなどなど「ばっかリ食べ」は昔からありますね。
でもそういうのは長続きしないでしょうし、身体にもよくないと思います。
バナナはたしかに栄養はあるし食品としてはすばらしいものだと思いますが、あんな柔らかいものばかり食べていたら、あごや歯も悪くしそうです。
ただ、乱暴なやり方でも急いで体重を落とす方がいい場合もあるだろうし、心臓の負担を考えたらバナナダイエットでもやらないよりはいいのかもしれません。
午前の部が終わって昼食のため教室に戻ったら、半年ぶりぐらいに会う(クラスの子の)お父さんが来ていました。今は単身赴任のため地方で一人暮らしをしている人(私より少し年長)です。
小学部入学以来の長いつきあいで、学校にこまめに出てくる人なのでその都度お会いし、親しくおしゃべりしています。
会社の健康診断でひっかかり、検査入院したのは子どもたちが中学部のときだったでしょうか。食事と運動ですっきり痩せて、背広も全部買い換えたという話だったのですが…。
私の顔を見ると言われる前に(身体が重そうですね、などと言うので)「すっかりリバウンドしちゃったよ〜」と自分から話し出しました。
「痩せる前より太りました?」
「うん。20キロ以上」
すっかり猪首になり、おなかもぽっこり出て、なんだか苦しそうです。
「肝臓は大丈夫なんですか」
「ん 、肝臓はなんともない」
「血糖値が高いとか?」
「糖尿病の入り口」
「えっ、糖尿はコワいですよ! ひどい合併症が出るもの」
「まだ糖尿病にはなってないの、危険水域」
「やっぱ、またダイエットするしかないですよ」
「もったいないから、ついあるもの全部食べちゃうんだよね〜」
「あっ、それはやめなきゃダメですよ、気持ちわかりますけどね」
戦後の食糧難時代を経験した人ではないでしょうけど(もうちょっと若い)、もったいないから捨てられないのは、年齢的に無理もない話。
それに、単身赴任の寂しさ(気安さ?)もあるのか、お客さんが来たらすぐ酒盛りになるようです。
肴が美味しいところだろうと聞いたら、困ったように、
「そうなんだよ〜、魚もうまいし、野菜もうまいし。ついつい食べちゃうんだなあ」
とため息まじり。横で奥さん(私の友人)が苦笑しています。
「お客さん出入り禁止、面会謝絶にしないとダメですね」
と冗談にまぎらしたものの、地方の単身赴任生活ではそういうわけにもいかないでしょうね。
それにしても、ダイエットのあとリバウンドしてもとよりずっと太るなら、この人の場合、ダイエットしない方がまだましだったのかと考えさせられました。
ダイエットして痩せることより、それを維持することの方がはるかに難しい。戻るのはあっという間だし、だいたい前より太るようです。
やはり無理なく維持できるように、長い時間をかけて食習慣や身体を改造する(胃を小さくして、少しでおなかいっぱいになるようにするとか)必要があるのでしょう。
私が夏休み前に何年ぶりかで見かけた人は、病気じゃないのかと思うほど身体がむくんで(太って?)いました。一緒にいた息子(卒業生)が、別人のように太っていたのもとてもショックでした。この人は無茶なダイエットをやって身体を壊し、何ヶ月か入院する羽目になったことのある人です。
障害児の親はストレスと無縁ということはあり得ないので、やけ酒ややけ食いで太る人も少なくありません。
でも健康あっての物だね、ストレス解消にはなんとか別の方法を考えて、前向きにいきたいものです。
2007年09月14日
刑務所の雑学
Yahooで「刑務所理解度検定」というのを見つけ、面白そうなのでやってみました。
http://minna.cert.yahoo.co.jp/bbcv/4836
今のところ縁のない世界だから、思ったより何も知ってなくて、私は10問中3問しか出来ませんでした。
知ってても日常生活にはあまり役に立たない雑知識だけど、知らないよりは知ってる方がいいかもしれない。アタック25を見てるときにそばにいる人間に一目置かれるかもしれないし。刑務所検定ではちょっとビミョーですけどね。
問題を3つばかりご紹介してみます、興味のある方はぜひ他のもやってみてください。
A: 刑務所にはA級、B級とありますがそれはどうやって区別されているでしょう?
(1) 性別によって
(2) 年齢によって
(3) 国籍によって
(4) 刑務所に入る回数によって
B:「社会復帰促進センター」という名前の刑務所が2つ新しく作られます。それは山口県とどこでしょう?
(1) 島根県
(2) 長崎県
(3) 佐賀県
(4) 愛媛県
C:死刑が確定された受刑者はどこに収容される事になるでしょう?
(1) 留置所
(2) 刑務所
(3) 拘置所
(4) 裁判所
正解
A:(4) 初めて入る人はA級で何度も出たり入ったりしている人はB級です。女の人はW級、外国人はF級、26歳未満の人はY級、少年はJ級、精神障害者はM級と分けられています。
…だそうです。Bの「社会復帰促進センター」に収容される人は、もちろんA級(初収容)ですね。
ちなみに、ころころ変った内閣で最後に法務大臣やってる鳩山邦夫さんはこの「社会復帰促進センター」という呼び名が気に入らないと言ってましたね。こらしめにならないって。刑務所のままがいいってことでしたが、どうなるんでしょうね。セコイ話だけど、看板を付け替えるのにも税金がかかると思うけどなあ。
で、A級犯収容の「社会復帰促進センター」、山口県以外で出来るのは?
B:(1) 山口県には平成19年4月A級受刑者男女500人収容、島根県には平成20年4月A級受刑者男子2000人収容される事に決まっています。
…テレビで紹介されているのを見ましたが、とても居心地のいい個室って感じでした(新築だし)。職業訓練も受けられるし、衣食住の心配もない。娑婆よりイイかも、出たくない人もいるだろうと思いました。
でも2度目からはB 級だからここには入られないですね。
C:これは刑務所じゃなくて(3) 拘置所になるそうです。
なお、「死刑囚になったら刑務作業もしなくて良いし、お菓子や果物など被告と同じで自由に食べれます 」とのことです。
だからって死刑囚になりたい人はいないでしょうけどね。
http://minna.cert.yahoo.co.jp/bbcv/4836
今のところ縁のない世界だから、思ったより何も知ってなくて、私は10問中3問しか出来ませんでした。
知ってても日常生活にはあまり役に立たない雑知識だけど、知らないよりは知ってる方がいいかもしれない。アタック25を見てるときにそばにいる人間に一目置かれるかもしれないし。刑務所検定ではちょっとビミョーですけどね。
問題を3つばかりご紹介してみます、興味のある方はぜひ他のもやってみてください。
A: 刑務所にはA級、B級とありますがそれはどうやって区別されているでしょう?
(1) 性別によって
(2) 年齢によって
(3) 国籍によって
(4) 刑務所に入る回数によって
B:「社会復帰促進センター」という名前の刑務所が2つ新しく作られます。それは山口県とどこでしょう?
(1) 島根県
(2) 長崎県
(3) 佐賀県
(4) 愛媛県
C:死刑が確定された受刑者はどこに収容される事になるでしょう?
(1) 留置所
(2) 刑務所
(3) 拘置所
(4) 裁判所
正解
A:(4) 初めて入る人はA級で何度も出たり入ったりしている人はB級です。女の人はW級、外国人はF級、26歳未満の人はY級、少年はJ級、精神障害者はM級と分けられています。
…だそうです。Bの「社会復帰促進センター」に収容される人は、もちろんA級(初収容)ですね。
ちなみに、ころころ変った内閣で最後に法務大臣やってる鳩山邦夫さんはこの「社会復帰促進センター」という呼び名が気に入らないと言ってましたね。こらしめにならないって。刑務所のままがいいってことでしたが、どうなるんでしょうね。セコイ話だけど、看板を付け替えるのにも税金がかかると思うけどなあ。
で、A級犯収容の「社会復帰促進センター」、山口県以外で出来るのは?
B:(1) 山口県には平成19年4月A級受刑者男女500人収容、島根県には平成20年4月A級受刑者男子2000人収容される事に決まっています。
…テレビで紹介されているのを見ましたが、とても居心地のいい個室って感じでした(新築だし)。職業訓練も受けられるし、衣食住の心配もない。娑婆よりイイかも、出たくない人もいるだろうと思いました。
でも2度目からはB 級だからここには入られないですね。
C:これは刑務所じゃなくて(3) 拘置所になるそうです。
なお、「死刑囚になったら刑務作業もしなくて良いし、お菓子や果物など被告と同じで自由に食べれます 」とのことです。
だからって死刑囚になりたい人はいないでしょうけどね。
2007年09月13日
お姫様の裏切り
江川紹子さんが、オウム真理教教祖の四女に対して務めていた、未成年後見人を辞退したそうです。
「父親を『グル』とあがめる気持ちが深まっている。教祖の後継者という自覚で行動している者を支援していくわけにはいかない」と説明しているそうで、こんな裏切りを受けて江川さんは、どんなにか無念なことだろうと心が痛みます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070912-00000234-jij-soci
もともと四女は「教団と距離を置きたい」として、江川さんに電子メールで相談するようになったということです。
江川さんは四女の人権を守るという立場から受けて立ち、父親の控訴審弁護人を務めた弁護士を解任して、3月から後見人を務めていました。
江川さんが住居や生活費の面倒を見て自立支援をしてきたそうですが、オウム側に接触されて洗脳されたのか、7月末に家出、8月からは音信不通ということです。
そもそも、教祖の子としてお姫様で育った子ですから、教団内部にいる方が待遇はいいでしょう。
行動に対して意見する人(江川さんが厳しかったわけではないと思いますが)もいない。
後ろ指をさしたり仲間はずれにするどころか、神聖な後継者扱い。
家族が恋しくなるのも無理もないことですし、姉たちとは悩みを共有できるでしょう。教団は居心地のいい空間かもしれません。
麻原妻子は今も教団(もと信者も含む)から高額の生活支援を受けているそうです。理解に苦しみますが、自由に海外旅行にも行く優雅な生活のようです。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/44055/
私としては、松本や地下鉄のサリン事件をはじめ、今も辛い苦しみが続く被害者を生んだ教団に対して、どう考えているのか聞きたくなります。
そして、この夏のセミナーでオウム真理教(アーレフ)は約2000万円、教団と袂を分かった上祐史浩前代表の「ひかりの輪」は700万円も集めたということです。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200708/2007082900362&rel=y
その指示に従ったばかりに死刑となった者が何人もいて、自身も大量殺人犯として死刑が確定。そんな男を教祖として慕い続ける人間が今もいて、これほどに金が集まるということには、いったいどんな魔法を使ったのかと不思議でなりません。
宗教のよろいを着た人には、力づくでも札束を積んでも、泣き落としも説得も無駄。
殺されても殉教者になるなら喜んで命を差し出すのでしょうから、お手上げ。部外者のものさしでは測れないと思います。
それにしても、坂本弁護士をオウム被害者に紹介した(から一家殺害事件につながった)という負い目から、暗殺されかけてもひるまずずっとオウムを告発し続けてきた江川さん。後見人を引き受けたと聞いたときには私も驚きましたが、彼女の命を張った誠意が裏切りという形で終結したのは残念でならないです。
社民党福島党首がうまいこと言うところの(さすがに弁護士さん)、「ぼくちゃんの投げ出し内閣」騒ぎですっかりかすんでしまったけれど、私にとってはとても気が重くなるニュースでした。
(9月16日追記)
江川さんがご自身で書かれた文章がありましたので、ご紹介いたします。
http://www.egawashoko.com/c006/000237.html
「父親を『グル』とあがめる気持ちが深まっている。教祖の後継者という自覚で行動している者を支援していくわけにはいかない」と説明しているそうで、こんな裏切りを受けて江川さんは、どんなにか無念なことだろうと心が痛みます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070912-00000234-jij-soci
もともと四女は「教団と距離を置きたい」として、江川さんに電子メールで相談するようになったということです。
江川さんは四女の人権を守るという立場から受けて立ち、父親の控訴審弁護人を務めた弁護士を解任して、3月から後見人を務めていました。
江川さんが住居や生活費の面倒を見て自立支援をしてきたそうですが、オウム側に接触されて洗脳されたのか、7月末に家出、8月からは音信不通ということです。
そもそも、教祖の子としてお姫様で育った子ですから、教団内部にいる方が待遇はいいでしょう。
行動に対して意見する人(江川さんが厳しかったわけではないと思いますが)もいない。
後ろ指をさしたり仲間はずれにするどころか、神聖な後継者扱い。
家族が恋しくなるのも無理もないことですし、姉たちとは悩みを共有できるでしょう。教団は居心地のいい空間かもしれません。
麻原妻子は今も教団(もと信者も含む)から高額の生活支援を受けているそうです。理解に苦しみますが、自由に海外旅行にも行く優雅な生活のようです。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/44055/
私としては、松本や地下鉄のサリン事件をはじめ、今も辛い苦しみが続く被害者を生んだ教団に対して、どう考えているのか聞きたくなります。
そして、この夏のセミナーでオウム真理教(アーレフ)は約2000万円、教団と袂を分かった上祐史浩前代表の「ひかりの輪」は700万円も集めたということです。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200708/2007082900362&rel=y
その指示に従ったばかりに死刑となった者が何人もいて、自身も大量殺人犯として死刑が確定。そんな男を教祖として慕い続ける人間が今もいて、これほどに金が集まるということには、いったいどんな魔法を使ったのかと不思議でなりません。
宗教のよろいを着た人には、力づくでも札束を積んでも、泣き落としも説得も無駄。
殺されても殉教者になるなら喜んで命を差し出すのでしょうから、お手上げ。部外者のものさしでは測れないと思います。
それにしても、坂本弁護士をオウム被害者に紹介した(から一家殺害事件につながった)という負い目から、暗殺されかけてもひるまずずっとオウムを告発し続けてきた江川さん。後見人を引き受けたと聞いたときには私も驚きましたが、彼女の命を張った誠意が裏切りという形で終結したのは残念でならないです。
社民党福島党首がうまいこと言うところの(さすがに弁護士さん)、「ぼくちゃんの投げ出し内閣」騒ぎですっかりかすんでしまったけれど、私にとってはとても気が重くなるニュースでした。
(9月16日追記)
江川さんがご自身で書かれた文章がありましたので、ご紹介いたします。
http://www.egawashoko.com/c006/000237.html
2007年09月12日
自閉症者の辛さ
きのうちょっとした集まりの席で、アスペルガーの判定を受けている人が、こんな話をしていました。
(アスペルガーの定義はいろいろあるようですが、ここでは「知的障害を伴わない、広い意味での自閉症」といった意味合いでご理解ください)
その人が前の日に出席した会合は最悪だった。
一つの部屋で、集まった人たちが3つのグループに分かれて、それぞれで話し合いをしたそうです。
それほど狭くもない部屋で、ギャーギャーわめき散らすようなこともないなごやかな話し合い。
でも彼女には、ざわざわと別の話をしているのが四方から聞こえてとても疲れ、耐え難い苦痛だったそうです。
「だって、自分のところで話していたら、別のグループの話なんか聞こえないでしょう」
と誰かが言ったら、「聞こえないんですか!?」と驚いていました。
自閉症の子が騒がしいところが苦手だったり、子どもの泣き声に過剰に反応したりするのは、こういうことなんだろうなあと考えさせられました。
補聴器を初めてつけたときには、うるさくて我慢できないという話を聞きます。自分にとって不要な雑音も全部拾ってしまうからですね。
私たちの脳は、自分に関係ない雑音をシャットアウトして聞かない、という高度なふるい分けを無意識のうちにやっています。だからかなりうるさいところでも隣の人と会話が出来るし、雑踏の中で自分の名を呼ぶ声に気がついたりします。
アスペルガー(自閉症)の人は、このふるい分けの能力が低いのかもしれません。あまり高性能でない補聴器のように、周りの音を取捨選択しないですべて拾ってしまうのかも。
それと、嗅覚と同じように、うるさい場所でも少し時間がたつと慣れて平気になりますが、自閉症者にはこういうファジーさが欠けているのかもしれないと思います。
良く言えば潔癖できちんとしているのが好き。許容範囲が狭い、と言えるでしょうか。
「まあいいか、これくらい」といういい加減さは我慢できないかもしれません。
会話の出来る子ならそれを言葉にして伝えることも可能だけれど、生まれたときからそうならば人は自分と感覚が違うということが理解できないでしょう。
言葉のない子ならその場を逃げ出したり、泣きわめいたり暴れたりするかもしれません。いずれにしても、なかなか人にはわかってもらえない辛い立場だなあと思いました。
アスペの彼女の話が一段落したとき、彼女の斜め前にいた人が、
「そうそう、あなたはこれが苦手なんだったね」
と言いながら飲みかけのペットボトル(小さい、背の低いサイズ)の、下に置きっぱなしだったふたを締めました。
聞けば、アスペの彼女はペットボトルの口が開いたままになっているのがどうにも気になって落ち着かないそうです。
彼女は笑いながらジェスチャーつきで、
「締めようと思って立ち上がろうとすると(取上げて)飲むから、すわって、また締めようとしたら飲み始める、の繰り返しだった」
と話していました。やっと締めてくれたからとても嬉しそうでした。
私自身、粗忽者でよくものを倒す方なので、ペットボトルを机に置くときは必ずいちいち口を締めることにしています。大事な書類のそばにコーヒーカップがあったりするのは我慢できない方。だから彼女の気持ちはよくわかります。でも、人のペットボトルのふたまで締めようとする人は、あまりいないかもと思ったことでした。
アスペルガーの人の中には知能が天才的に高い人も少なくありません(アインシュタインやビル・ゲイツもそうだと言われています)。
私の知っている人もみな、「勉強は出来た、成績は良かった」そうです。だから一般の優秀な学校に進んで、「変わり者」のレッテルを貼られて仲間はずれやいじめの対象になる。こういう人は殊に苦しい思いをするのではないでしょうか。
知り合って間もない別のアスペの女性と二人きりで話しこんでいたとき、
「私には友だちがいないんです。友だちはいらないんです」
と言うので言葉に詰まったことがありました。でもその後彼女も、光が三角に尖って見えるなど独特の感性を解りあえる同じようなタイプの人に巡り会って、仲良くしているようです。
その彼女は息子が自閉症と診断される過程の中で自分の障害にも気がついたそうです。息子の、傍目には奇異に見える行動が、なぜそんなことをするのかよくわかって共感する(時には一緒にやる)ということでした。
彼女にはもう久しく会ってないけど、辛い思いからは解放されて、息子や「友だち」とともに心地よい日々を過ごしていることを願っています。
(アスペルガーの定義はいろいろあるようですが、ここでは「知的障害を伴わない、広い意味での自閉症」といった意味合いでご理解ください)
その人が前の日に出席した会合は最悪だった。
一つの部屋で、集まった人たちが3つのグループに分かれて、それぞれで話し合いをしたそうです。
それほど狭くもない部屋で、ギャーギャーわめき散らすようなこともないなごやかな話し合い。
でも彼女には、ざわざわと別の話をしているのが四方から聞こえてとても疲れ、耐え難い苦痛だったそうです。
「だって、自分のところで話していたら、別のグループの話なんか聞こえないでしょう」
と誰かが言ったら、「聞こえないんですか!?」と驚いていました。
自閉症の子が騒がしいところが苦手だったり、子どもの泣き声に過剰に反応したりするのは、こういうことなんだろうなあと考えさせられました。
補聴器を初めてつけたときには、うるさくて我慢できないという話を聞きます。自分にとって不要な雑音も全部拾ってしまうからですね。
私たちの脳は、自分に関係ない雑音をシャットアウトして聞かない、という高度なふるい分けを無意識のうちにやっています。だからかなりうるさいところでも隣の人と会話が出来るし、雑踏の中で自分の名を呼ぶ声に気がついたりします。
アスペルガー(自閉症)の人は、このふるい分けの能力が低いのかもしれません。あまり高性能でない補聴器のように、周りの音を取捨選択しないですべて拾ってしまうのかも。
それと、嗅覚と同じように、うるさい場所でも少し時間がたつと慣れて平気になりますが、自閉症者にはこういうファジーさが欠けているのかもしれないと思います。
良く言えば潔癖できちんとしているのが好き。許容範囲が狭い、と言えるでしょうか。
「まあいいか、これくらい」といういい加減さは我慢できないかもしれません。
会話の出来る子ならそれを言葉にして伝えることも可能だけれど、生まれたときからそうならば人は自分と感覚が違うということが理解できないでしょう。
言葉のない子ならその場を逃げ出したり、泣きわめいたり暴れたりするかもしれません。いずれにしても、なかなか人にはわかってもらえない辛い立場だなあと思いました。
アスペの彼女の話が一段落したとき、彼女の斜め前にいた人が、
「そうそう、あなたはこれが苦手なんだったね」
と言いながら飲みかけのペットボトル(小さい、背の低いサイズ)の、下に置きっぱなしだったふたを締めました。
聞けば、アスペの彼女はペットボトルの口が開いたままになっているのがどうにも気になって落ち着かないそうです。
彼女は笑いながらジェスチャーつきで、
「締めようと思って立ち上がろうとすると(取上げて)飲むから、すわって、また締めようとしたら飲み始める、の繰り返しだった」
と話していました。やっと締めてくれたからとても嬉しそうでした。
私自身、粗忽者でよくものを倒す方なので、ペットボトルを机に置くときは必ずいちいち口を締めることにしています。大事な書類のそばにコーヒーカップがあったりするのは我慢できない方。だから彼女の気持ちはよくわかります。でも、人のペットボトルのふたまで締めようとする人は、あまりいないかもと思ったことでした。
アスペルガーの人の中には知能が天才的に高い人も少なくありません(アインシュタインやビル・ゲイツもそうだと言われています)。
私の知っている人もみな、「勉強は出来た、成績は良かった」そうです。だから一般の優秀な学校に進んで、「変わり者」のレッテルを貼られて仲間はずれやいじめの対象になる。こういう人は殊に苦しい思いをするのではないでしょうか。
知り合って間もない別のアスペの女性と二人きりで話しこんでいたとき、
「私には友だちがいないんです。友だちはいらないんです」
と言うので言葉に詰まったことがありました。でもその後彼女も、光が三角に尖って見えるなど独特の感性を解りあえる同じようなタイプの人に巡り会って、仲良くしているようです。
その彼女は息子が自閉症と診断される過程の中で自分の障害にも気がついたそうです。息子の、傍目には奇異に見える行動が、なぜそんなことをするのかよくわかって共感する(時には一緒にやる)ということでした。
彼女にはもう久しく会ってないけど、辛い思いからは解放されて、息子や「友だち」とともに心地よい日々を過ごしていることを願っています。
2007年09月11日
9月11日
今日の夕刊に「イラク米軍3万人削減」の見出しがありました。
「削減」が3万人。いったいどれだけの人がイラクに投入され、無意味に殺しあい、終わりの見えない不毛な戦いをやっているのかと暗澹たる気分になりました。
きょうは9月11日。
9月11日と言えば世界的に記憶される記念日となってしまいました。
アメリカは本土を攻撃されたことはないから、それこそ「オレ様に何をする!」と怒った。
なぜ相手がそんな強行手段をとってまで歯向かってきたのか、自らを省みて検証することはしないで、いきなり報復に走ったと私は理解しています。
周りが止めても聞く耳を持たない。ジャイアンがスネ夫をふり回すみたいに、ごねにごねてきた6年間だったと思います。
常識家の出来杉クンもしずかちゃんも、ジャイアンには意見するのを諦めて静観してる、そんな感じ。
イラクに投入する軍事費を平和的に使っていたら、人々の暮らしは落ち着いて豊かになり、無辜の人々が次々と殺されることもなかったでしょうに。
昔見た「プラトーン」という映画に、ソンミ村虐殺事件をモデルにしたようなシーンが出てきました。
ベトナム戦争時、ゲリラ(ベトコン)に手こずる冷酷な小隊長が、何の関係もない村民をゲリラをかくまっていると決めつけ、次々と惨殺していく。何の武器も持たない村民相手に機関銃を乱射するシーンもあったように思います。戦争の狂気を具現化したようなむごたらしいシーンでした。
そして、仲間とはぐれて一人になった軍曹(無用な殺人に反対する人だったでしょうか)が、ゲリラに追い詰められて延々と逃げ回った挙句、報復に(?)殺されてしまいました。
ゲリラをあぶりだすためにと撒かれた枯葉剤は今も後遺症を残しています。帰還兵が精神を病んだり畸形児が誕生しているのも厳然たる事実。
…ベトナムの教訓を、アメリカはなぜ生かすことが出来ないのでしょう。
なぜ9・11の悲劇を、被害者としてしか考えられないのでしょう。
戦争は不毛な殺し合い。報復の連鎖。
一日も早く断ち切って、異文化を理解して許容し合い、資産や労力は平和な世の中を作るための教育に(無知が暴力を生むと私は思っています)使ってほしいと思います。
「削減」が3万人。いったいどれだけの人がイラクに投入され、無意味に殺しあい、終わりの見えない不毛な戦いをやっているのかと暗澹たる気分になりました。
きょうは9月11日。
9月11日と言えば世界的に記憶される記念日となってしまいました。
アメリカは本土を攻撃されたことはないから、それこそ「オレ様に何をする!」と怒った。
なぜ相手がそんな強行手段をとってまで歯向かってきたのか、自らを省みて検証することはしないで、いきなり報復に走ったと私は理解しています。
周りが止めても聞く耳を持たない。ジャイアンがスネ夫をふり回すみたいに、ごねにごねてきた6年間だったと思います。
常識家の出来杉クンもしずかちゃんも、ジャイアンには意見するのを諦めて静観してる、そんな感じ。
イラクに投入する軍事費を平和的に使っていたら、人々の暮らしは落ち着いて豊かになり、無辜の人々が次々と殺されることもなかったでしょうに。
昔見た「プラトーン」という映画に、ソンミ村虐殺事件をモデルにしたようなシーンが出てきました。
ベトナム戦争時、ゲリラ(ベトコン)に手こずる冷酷な小隊長が、何の関係もない村民をゲリラをかくまっていると決めつけ、次々と惨殺していく。何の武器も持たない村民相手に機関銃を乱射するシーンもあったように思います。戦争の狂気を具現化したようなむごたらしいシーンでした。
そして、仲間とはぐれて一人になった軍曹(無用な殺人に反対する人だったでしょうか)が、ゲリラに追い詰められて延々と逃げ回った挙句、報復に(?)殺されてしまいました。
ゲリラをあぶりだすためにと撒かれた枯葉剤は今も後遺症を残しています。帰還兵が精神を病んだり畸形児が誕生しているのも厳然たる事実。
…ベトナムの教訓を、アメリカはなぜ生かすことが出来ないのでしょう。
なぜ9・11の悲劇を、被害者としてしか考えられないのでしょう。
戦争は不毛な殺し合い。報復の連鎖。
一日も早く断ち切って、異文化を理解して許容し合い、資産や労力は平和な世の中を作るための教育に(無知が暴力を生むと私は思っています)使ってほしいと思います。
2007年09月10日
DDTの功罪
書店で見かけて興味を覚え、買ってきた「メディア・バイパス あやしい健康情報とニセ科学」(松永和紀/光文社新書)。
ひどい食中毒に見舞われた「白インゲン豆ダイエット」騒ぎをはじめ、誤解や偏見に満ちた報道や有機栽培、バイオ燃料など、いろんな事例が取上げてあります。
著者は毎日新聞の記者を10年勤めたあとフリーの科学ライターとして活躍している人。中学生の娘もいる主婦(女性です!)としての視点も生かし、わかりやすく説明してあってなかなか勉強になりました。
マスコミはセンセーショナルであることを優先して、一面的・一方的な報道をすることが多いのですが、ものごとには裏表、功罪(リスクとベネフィット)併せ持つ場合が多い。そのことをあらためて考えさせられました。
その中でひときわ私の興味をそそったのは、DDTに関する記述です。
スリランカでは、DDTが(禁止されて)使われなくなった結果、それまでにほとんどなくなりかけていた(110人)マラリアの年間患者数が、100万人(!)を超えてしまったそうです。
アフリカの貧しい地域ではもっと深刻で、毎年3億人がマラリアにかかり100万人が死亡。その大半は抵抗力の弱い子どもです。
この事態を受け、WHOでは農薬としての禁止は続けるものの、殺虫剤として家の壁にスプレーする方法は推奨しているそうです。マラリアを媒介する蚊が壁に止まって休む性質を利用したものですが、壁にスプレーするだけで蚊が死ぬ、しかも一年に一度スプレーするだけで効果は持続する
(これはこちらのサイトに書いてあります。http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak386_390.html#zakkan388)
そうですから、その毒性・保持性はちょっとコワい気もします。
DDTというと私には、戦後海外から引き揚げて来た人たちが通関の際に頭からかけられた白い粉、というイメージがあります。
(まだ生まれてなかったので、実際に見たわけじゃないですが)
ノミ、シラミに対し、殺虫剤として抜群の効果をあげる薬品だったようですね。
シラミ退治は(なかなか死なないしすぐ増える)とても困難を極めるようです。DDTを頭からかけられた人は災難でしたが、そのおかげでシラミ(その子孫)もずいぶん死んだことでしょう。
取り付いていた人が死ぬときはシラミがごっそり引っ越す。ぞろぞろ這い出してくるので死ぬとわかるというのを何かで読んで、ゾッとしたのを覚えています。身体が弱っているときにシラミに血を吸われて、どんなに痒く辛かったことかと思いました。こういう人にはDDTを全身スプレーしてあげたら感謝されるかもしれません。
DDTが使用禁止になったときのニュースを私も聞いたような気がしますが、日本では1971年に全面使用禁止となりました。
とても安く大量生産が出来る上に少量で効果があるため、貧しい国などはとても助かったと思いますが、発癌性が疑われ、「沈黙の春」などでその有害性を無視できなくなったという事情はあったようです。
殺虫効果が高いものはそりゃ人体に有害でないとは思えないですね。でも当時考えられたほどには毒性が強くなく、発癌性自体も現在では疑問視されています。
ただDDTは自然界では分解しないので生体内に残って蓄積し、猛禽類の卵の殻を弱くする(孵化できない)など生態系に悪い影響を与えるのは疑いのないところだそうです。
DDTのリスクは認めたうえで、マラリア発生を防ぐために使われるということですね。
ずいぶん昔のことになりますが、テレビでこんなシーンを見ました。
食品添加物、保存料の有害性についてとても批判が強まっていた時期に、そういうのを使用している食品会社の人がインタビューを受けていました。
発癌性や催奇性について非難がましいことを言われたとき、この社員(社長だったかもしれません)は躊躇しながら言葉を選ぶようにゆっくりと、
「みなさん批判ばかりなさるけど、こういうものを使うようになってから、食あたりで亡くなる人はうんと減ったんですよ」
と言いました。子どもだった私も、それはそうかもしれないと妙に納得したものでした。(今は当時よりはるかに安全なものが使われていると思います)
なにごとも功と罪を天秤にかけて、その都度判断しながら選んでいくしかないのかもしれません。
ひどい食中毒に見舞われた「白インゲン豆ダイエット」騒ぎをはじめ、誤解や偏見に満ちた報道や有機栽培、バイオ燃料など、いろんな事例が取上げてあります。
著者は毎日新聞の記者を10年勤めたあとフリーの科学ライターとして活躍している人。中学生の娘もいる主婦(女性です!)としての視点も生かし、わかりやすく説明してあってなかなか勉強になりました。
マスコミはセンセーショナルであることを優先して、一面的・一方的な報道をすることが多いのですが、ものごとには裏表、功罪(リスクとベネフィット)併せ持つ場合が多い。そのことをあらためて考えさせられました。
その中でひときわ私の興味をそそったのは、DDTに関する記述です。
スリランカでは、DDTが(禁止されて)使われなくなった結果、それまでにほとんどなくなりかけていた(110人)マラリアの年間患者数が、100万人(!)を超えてしまったそうです。
アフリカの貧しい地域ではもっと深刻で、毎年3億人がマラリアにかかり100万人が死亡。その大半は抵抗力の弱い子どもです。
この事態を受け、WHOでは農薬としての禁止は続けるものの、殺虫剤として家の壁にスプレーする方法は推奨しているそうです。マラリアを媒介する蚊が壁に止まって休む性質を利用したものですが、壁にスプレーするだけで蚊が死ぬ、しかも一年に一度スプレーするだけで効果は持続する
(これはこちらのサイトに書いてあります。http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak386_390.html#zakkan388)
そうですから、その毒性・保持性はちょっとコワい気もします。
DDTというと私には、戦後海外から引き揚げて来た人たちが通関の際に頭からかけられた白い粉、というイメージがあります。
(まだ生まれてなかったので、実際に見たわけじゃないですが)
ノミ、シラミに対し、殺虫剤として抜群の効果をあげる薬品だったようですね。
シラミ退治は(なかなか死なないしすぐ増える)とても困難を極めるようです。DDTを頭からかけられた人は災難でしたが、そのおかげでシラミ(その子孫)もずいぶん死んだことでしょう。
取り付いていた人が死ぬときはシラミがごっそり引っ越す。ぞろぞろ這い出してくるので死ぬとわかるというのを何かで読んで、ゾッとしたのを覚えています。身体が弱っているときにシラミに血を吸われて、どんなに痒く辛かったことかと思いました。こういう人にはDDTを全身スプレーしてあげたら感謝されるかもしれません。
DDTが使用禁止になったときのニュースを私も聞いたような気がしますが、日本では1971年に全面使用禁止となりました。
とても安く大量生産が出来る上に少量で効果があるため、貧しい国などはとても助かったと思いますが、発癌性が疑われ、「沈黙の春」などでその有害性を無視できなくなったという事情はあったようです。
殺虫効果が高いものはそりゃ人体に有害でないとは思えないですね。でも当時考えられたほどには毒性が強くなく、発癌性自体も現在では疑問視されています。
ただDDTは自然界では分解しないので生体内に残って蓄積し、猛禽類の卵の殻を弱くする(孵化できない)など生態系に悪い影響を与えるのは疑いのないところだそうです。
DDTのリスクは認めたうえで、マラリア発生を防ぐために使われるということですね。
ずいぶん昔のことになりますが、テレビでこんなシーンを見ました。
食品添加物、保存料の有害性についてとても批判が強まっていた時期に、そういうのを使用している食品会社の人がインタビューを受けていました。
発癌性や催奇性について非難がましいことを言われたとき、この社員(社長だったかもしれません)は躊躇しながら言葉を選ぶようにゆっくりと、
「みなさん批判ばかりなさるけど、こういうものを使うようになってから、食あたりで亡くなる人はうんと減ったんですよ」
と言いました。子どもだった私も、それはそうかもしれないと妙に納得したものでした。(今は当時よりはるかに安全なものが使われていると思います)
なにごとも功と罪を天秤にかけて、その都度判断しながら選んでいくしかないのかもしれません。
2007年09月09日
キリコ
9月10〜11日、「蛸島(たこじま)キリコ祭り」というのがあるそうです。
http://local.yahoo.co.jp/static/event/a117/43451.html
石川県珠洲市の蛸島町一帯で開催されるお祭りで、11日は夜10時から「早船狂言」(県無形民俗文化財指定、江戸文化の華を伝える貴重なもの)が始まる由。
「高倉彦神社にキリコが勢揃いしたところで始まる」そうです(ねり歩いたあと?)から、その時間になるのでしょうか。
余計なお世話だけど、みんな次の日は学校や仕事に行けるんでしょうか。
会場では「総漆塗で金箔をふんだんに用い、見事な彫り物を施した能登でもひときわ美しいと言われている16基のキリコを見ることができます。」
…と書いてあるのですが、北陸地方に縁のない私は「キリコってなに?」のレベルです。
キリコ、と聞いてまず連想するのは私の場合「ドクター・キリコ」。ブラック・ジャックに出てくる「患者をすぐ安楽死させようとする」敵役の医師です。
それから玖保キリコ。独特の画風の漫画家というかイラストレーター。
(HPをのぞいたら、現在はイギリス人と結婚してロンドンに住んでいるそうです。
http://www.kubokiri.com/zakki/profile/profile.html)
あと、画家のジョルジョ・デ・キリコ。私は名前を知っているぐらいでよくわかりませんが、ダリの次に日本のシュールレアリズムに影響を与えた人だそう。
1978年に90歳のお祝いをしたあとに亡くなりました。長生きしたからか、過去の自分の作品を否定するようなこともあったようです。毒舌家で気難しくて、しばしばデタラメの制作年を記していたとも。
私にとって「キリコ」という語感は、一風変ったイメージがありますが、あながち的はずれでもないようです。
それから一般名詞でよく耳にするのは「江戸切子」。カットグラスですね。
昔はところてんやカキ氷の容器としておなじみで、夏の風物詩という感じでしたが、今はあまり見かけないような気もします。
お土産屋さんや博物館に行儀よく並んで飾られているのを見る方が多いかもしれません。
家族でお酒を楽しむ家庭には、ワイングラスなどがあるかもしれませんね。シャンデリアなどにも使われているでしょうか。
ガラスに切子細工をするのですから、ゼイタクなものではありますね。
で、この「キリコ祭り」のキリコですが、能登半島あたりのお祭りでは一般的なもののようです。
直方体の形をした山車(だし)の一種で、神輿のお供として道中を練り歩き、夜には中に明かりが灯って大きな「行灯」となる。
切篭灯篭(きりこどうろう)をつづめた呼び名、と解説にありました。
切篭灯篭は広辞苑にも記載があり、「枠を切篭の形に組み、四方の角に造花をつけ、紙または布を細く切って飾り垂らした灯籠。盂蘭盆会などに用いる」と説明されています。
では「切篭」とは? 四角いものの角を切り落とした形を言うそうです。直方体そのままではいけないようですね、怪我をしないようにでしょうか。
現在は高さ4〜5mのものが多いけれど、中には高さ15〜16m、100人以上で担ぐキリコもあるそうです。
百聞は一見にしかず、巨大なキリコが並ぶ画像がありましたのでご覧ください。
http://kouryu-kyoju.net/172057/uploads/photos/aa0a63533352aabc6975335764f20dea.jpg
直方体ではないものもある、キリコあれこれ。
http://shofu.pref.ishikawa.jp/shofu/kiriko/about/index2.html
輪島市にはキリコ会館というのもあるそうです。
本場の漆で加工した芸術作品が並んでいるそうですから、近くに行ったら寄ってみると面白そうですね。
http://local.yahoo.co.jp/static/event/a117/43451.html
石川県珠洲市の蛸島町一帯で開催されるお祭りで、11日は夜10時から「早船狂言」(県無形民俗文化財指定、江戸文化の華を伝える貴重なもの)が始まる由。
「高倉彦神社にキリコが勢揃いしたところで始まる」そうです(ねり歩いたあと?)から、その時間になるのでしょうか。
余計なお世話だけど、みんな次の日は学校や仕事に行けるんでしょうか。
会場では「総漆塗で金箔をふんだんに用い、見事な彫り物を施した能登でもひときわ美しいと言われている16基のキリコを見ることができます。」
…と書いてあるのですが、北陸地方に縁のない私は「キリコってなに?」のレベルです。
キリコ、と聞いてまず連想するのは私の場合「ドクター・キリコ」。ブラック・ジャックに出てくる「患者をすぐ安楽死させようとする」敵役の医師です。
それから玖保キリコ。独特の画風の漫画家というかイラストレーター。
(HPをのぞいたら、現在はイギリス人と結婚してロンドンに住んでいるそうです。
http://www.kubokiri.com/zakki/profile/profile.html)
あと、画家のジョルジョ・デ・キリコ。私は名前を知っているぐらいでよくわかりませんが、ダリの次に日本のシュールレアリズムに影響を与えた人だそう。
1978年に90歳のお祝いをしたあとに亡くなりました。長生きしたからか、過去の自分の作品を否定するようなこともあったようです。毒舌家で気難しくて、しばしばデタラメの制作年を記していたとも。
私にとって「キリコ」という語感は、一風変ったイメージがありますが、あながち的はずれでもないようです。
それから一般名詞でよく耳にするのは「江戸切子」。カットグラスですね。
昔はところてんやカキ氷の容器としておなじみで、夏の風物詩という感じでしたが、今はあまり見かけないような気もします。
お土産屋さんや博物館に行儀よく並んで飾られているのを見る方が多いかもしれません。
家族でお酒を楽しむ家庭には、ワイングラスなどがあるかもしれませんね。シャンデリアなどにも使われているでしょうか。
ガラスに切子細工をするのですから、ゼイタクなものではありますね。
で、この「キリコ祭り」のキリコですが、能登半島あたりのお祭りでは一般的なもののようです。
直方体の形をした山車(だし)の一種で、神輿のお供として道中を練り歩き、夜には中に明かりが灯って大きな「行灯」となる。
切篭灯篭(きりこどうろう)をつづめた呼び名、と解説にありました。
切篭灯篭は広辞苑にも記載があり、「枠を切篭の形に組み、四方の角に造花をつけ、紙または布を細く切って飾り垂らした灯籠。盂蘭盆会などに用いる」と説明されています。
では「切篭」とは? 四角いものの角を切り落とした形を言うそうです。直方体そのままではいけないようですね、怪我をしないようにでしょうか。
現在は高さ4〜5mのものが多いけれど、中には高さ15〜16m、100人以上で担ぐキリコもあるそうです。
百聞は一見にしかず、巨大なキリコが並ぶ画像がありましたのでご覧ください。
http://kouryu-kyoju.net/172057/uploads/photos/aa0a63533352aabc6975335764f20dea.jpg
直方体ではないものもある、キリコあれこれ。
http://shofu.pref.ishikawa.jp/shofu/kiriko/about/index2.html
輪島市にはキリコ会館というのもあるそうです。
本場の漆で加工した芸術作品が並んでいるそうですから、近くに行ったら寄ってみると面白そうですね。
2007年09月08日
「負けない」人
関西発YOMIURI ON LINEに、こんな記事がありました。
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20070904p202.htm
消費者金融業者から不当に高い金利を払わされたとして、京都市の女性(45)が、弁護士に依頼せず、貸し手12業者を相手に計約460万円の過払い金返還請求訴訟を起こし、勝訴や実質勝訴の和解で全額を取り戻した。
女性は、法律とは無縁のシロウト。返済に苦しんでいたとき、たまたま立ち読みした本で払う必要のない金を7年間も払い続けていたことを知り、悔しさがこみ上げた。
弁護士を雇う金はないから自力で訴訟を起こす決心をしたそうです。
20代半ばで始めた夫の夢だった店をつぶしたくない一心で、多重債務に陥って払いすぎていた利息を全額取り返した。
昼間は夫の店を手伝いながら、独学で次々と訴訟を起こし、2件は最高裁まで闘って先月確定、全部勝訴したそうです。
女性は「借り手の弱みにつけ込み、不当な利息で貸し付ける業者の姿勢をあきらめずに追及したことが全面解決につながった。ほかにも多くの人が被害に遭っていると思う。絶対負けないで」と訴えている。
ということですが、まったくそうですね。マスコミにはこれから取上げられるのかもしれませんが、大々的にPRして、多重債務で苦しんでいる人、ことに一家心中や自殺に走ろうとする人に、こんな例もあるんだぞと教えてあげてほしいです。
自力で勝訴するところまでいかなくても、弁護士費用を払ってでも助かる人は多いでしょう。
「そのお金は払わなくてもいいんですよ、もしかしたら戻ってくるかも」と言ってもらうだけで救われる人も多いと思います。
30年ぐらい前になるでしょうか、サラ金地獄で一家心中(子ども連れの無理心中)が相次ぎ、深刻な社会問題になっていた時期がありました。
そのあと規制が厳しくなってベラボウな利息は禁止となったはずですが、法には抜け道が作られるようで、今でも時々追い詰められて死を選ぶ人がありますね。
何年か前には、関西で線路にしゃがみこんで心中した老家族がいました。たった2万円だったかの借金が雪だるま式に増えて、違法な取立てに悩まされてのこと。
可愛い女の子や犬まで使って気軽に貸し付けようとする業者に、生活苦(夫や義弟の病気)から引っかかったおばあさんを軽率と責めるのは酷です。
(警察にも相談したけど、埒が明かなかったようでした。私の知る範囲でも、警察は相談機関としてはあまり、と言うかほとんど、機能してないように思います。)
その返済はおかしい、ここに行けばなんとかしてくれるよ、と適切な助言をしてくれる人が周囲にいたら防げた死だったと思っています。
ほんとは市役所にそういう窓口を設けるべきだと思うのですが、今は弱者に冷たい、生活保護の申請用紙もくれないトンでも役所も実在する世の中ですから、なかなか難しいですね。
私の親もそうでしたが、(トシを取ると特に)人と争うのを嫌がる人は多いです。言いたいことも呑み込んで、払えるものなら払って穏便に済まそうとする。
詐欺に引っかかっても、騙された自分が悪いんだから勉強代だと思ってあきらめる。騙されるより騙す方が辛いんだよ、とまだ性善説に立っていたりします。
それでもなんとか生きていけるのならいいけど、身ぐるみはがされて赤裸、今日食べる米もない窮地に陥ったら?
死ぬしかないと思い詰めないで、「負けないで闘った」人のことを思い出して、立ち上がってほしいと思います。
立ち上がってどこに行くかわからなくても、とにかく誰かに相談してみましょう。人に甘える勇気もたまには必要だと思います。
北九州で餓死した男性だって、何か食べたいと言いさえすれば、なんとかしてくれた人が周囲に必ずいたはずです。
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20070904p202.htm
消費者金融業者から不当に高い金利を払わされたとして、京都市の女性(45)が、弁護士に依頼せず、貸し手12業者を相手に計約460万円の過払い金返還請求訴訟を起こし、勝訴や実質勝訴の和解で全額を取り戻した。
女性は、法律とは無縁のシロウト。返済に苦しんでいたとき、たまたま立ち読みした本で払う必要のない金を7年間も払い続けていたことを知り、悔しさがこみ上げた。
弁護士を雇う金はないから自力で訴訟を起こす決心をしたそうです。
20代半ばで始めた夫の夢だった店をつぶしたくない一心で、多重債務に陥って払いすぎていた利息を全額取り返した。
昼間は夫の店を手伝いながら、独学で次々と訴訟を起こし、2件は最高裁まで闘って先月確定、全部勝訴したそうです。
女性は「借り手の弱みにつけ込み、不当な利息で貸し付ける業者の姿勢をあきらめずに追及したことが全面解決につながった。ほかにも多くの人が被害に遭っていると思う。絶対負けないで」と訴えている。
ということですが、まったくそうですね。マスコミにはこれから取上げられるのかもしれませんが、大々的にPRして、多重債務で苦しんでいる人、ことに一家心中や自殺に走ろうとする人に、こんな例もあるんだぞと教えてあげてほしいです。
自力で勝訴するところまでいかなくても、弁護士費用を払ってでも助かる人は多いでしょう。
「そのお金は払わなくてもいいんですよ、もしかしたら戻ってくるかも」と言ってもらうだけで救われる人も多いと思います。
30年ぐらい前になるでしょうか、サラ金地獄で一家心中(子ども連れの無理心中)が相次ぎ、深刻な社会問題になっていた時期がありました。
そのあと規制が厳しくなってベラボウな利息は禁止となったはずですが、法には抜け道が作られるようで、今でも時々追い詰められて死を選ぶ人がありますね。
何年か前には、関西で線路にしゃがみこんで心中した老家族がいました。たった2万円だったかの借金が雪だるま式に増えて、違法な取立てに悩まされてのこと。
可愛い女の子や犬まで使って気軽に貸し付けようとする業者に、生活苦(夫や義弟の病気)から引っかかったおばあさんを軽率と責めるのは酷です。
(警察にも相談したけど、埒が明かなかったようでした。私の知る範囲でも、警察は相談機関としてはあまり、と言うかほとんど、機能してないように思います。)
その返済はおかしい、ここに行けばなんとかしてくれるよ、と適切な助言をしてくれる人が周囲にいたら防げた死だったと思っています。
ほんとは市役所にそういう窓口を設けるべきだと思うのですが、今は弱者に冷たい、生活保護の申請用紙もくれないトンでも役所も実在する世の中ですから、なかなか難しいですね。
私の親もそうでしたが、(トシを取ると特に)人と争うのを嫌がる人は多いです。言いたいことも呑み込んで、払えるものなら払って穏便に済まそうとする。
詐欺に引っかかっても、騙された自分が悪いんだから勉強代だと思ってあきらめる。騙されるより騙す方が辛いんだよ、とまだ性善説に立っていたりします。
それでもなんとか生きていけるのならいいけど、身ぐるみはがされて赤裸、今日食べる米もない窮地に陥ったら?
死ぬしかないと思い詰めないで、「負けないで闘った」人のことを思い出して、立ち上がってほしいと思います。
立ち上がってどこに行くかわからなくても、とにかく誰かに相談してみましょう。人に甘える勇気もたまには必要だと思います。
北九州で餓死した男性だって、何か食べたいと言いさえすれば、なんとかしてくれた人が周囲に必ずいたはずです。
2007年09月07日
砂を噛む日
息子への対応をめぐり、久しぶりに娘と大喧嘩。
いたたまれない気分でプチ家出をし、閉店まで(一時間ぐらい)書籍売り場で立ち読みしたりしてました。新書を一冊購入。
それから地下の食料品売り場に行き、閉店前で半額になった食料(鯵寿司とか)をいくつか買って、スケールの小さい家出は終了。
帰ってきたら息子はおとなしくジグソーパズルをやっているし(部屋から引っ張り出されたらしい)、台所の洗い物は片付いている。息子の食事も、どうやら作っておいた肉じゃがを食べさせてもらった様子。
ジグソーパズルが終わって部屋に引っ込んだ息子は、苛立ってずっと声を出しています。今夜は興奮して寝ないかもしれません。
ゆうべも、台風でうるさくてよく眠れなかったのに。
…きょうは、砂を噛む気分。やれやれです。
いたたまれない気分でプチ家出をし、閉店まで(一時間ぐらい)書籍売り場で立ち読みしたりしてました。新書を一冊購入。
それから地下の食料品売り場に行き、閉店前で半額になった食料(鯵寿司とか)をいくつか買って、スケールの小さい家出は終了。
帰ってきたら息子はおとなしくジグソーパズルをやっているし(部屋から引っ張り出されたらしい)、台所の洗い物は片付いている。息子の食事も、どうやら作っておいた肉じゃがを食べさせてもらった様子。
ジグソーパズルが終わって部屋に引っ込んだ息子は、苛立ってずっと声を出しています。今夜は興奮して寝ないかもしれません。
ゆうべも、台風でうるさくてよく眠れなかったのに。
…きょうは、砂を噛む気分。やれやれです。
2007年09月06日
家庭料理
先日会った私の姉はフルタイムで働いていて、お昼は社員食堂で摂るそうです。
「へえ、社員食堂があるんだ〜」
「うん、日替わり定食。安くてうまいデ」
「そりゃあいいね」
と羨ましがったら、姉はニヤニヤしながら
「中国野菜ばりばりやけどナ。冷凍食品も」。
「コストから言ったらそうなるだろうね〜」と話したことでした。
どこかで読んだ記事では、外食の場合材料費はわずか2割だそうです。日本では人件費が大きいのでしょう。
社員食堂なら会社から補助も出て、もうちょっ
「へえ、社員食堂があるんだ〜」
「うん、日替わり定食。安くてうまいデ」
「そりゃあいいね」
と羨ましがったら、姉はニヤニヤしながら
「中国野菜ばりばりやけどナ。冷凍食品も」。
「コストから言ったらそうなるだろうね〜」と話したことでした。
どこかで読んだ記事では、外食の場合材料費はわずか2割だそうです。日本では人件費が大きいのでしょう。
社員食堂なら会社から補助も出て、もうちょっ