車に並んで座っている二人。女の子はソフトクリーム(だったかな?)をなめていて、「おいしいね」と傍らの男に声をかける。
すると男は「ってゆーか、…なーんかいいことないかな〜」とつまんなさそうに言う。
セリフは正確じゃないかもしれませんが、そんな感じのCMがお昼ごろの時間帯によく流れます。
見るたんびに、つい「やなヤツ!」「サイテー」とののしっている私。CM製作者の術にまんまとはまっているかもしれません。
ユニクロのシャツみたいなのを着て、ずんぐりして風采もあがらない。女の子がよくあいそをつかさないものだわ。
あれが兄妹(または姉弟)じゃなくて、全くの他人同士、彼氏と彼女の関係なら、ゼッタイ許せない。
「こんなヤツのどこがいいの!? さっさと別れなよ!」って腹が立ちます。
せっかく可愛い女の子と一緒にいて、女の子はソフトクリームだかアイスだかの美味しさに幸福を感じているのに、「よかったね」とにっこりするどころか、つまんなさそうにため息をつく。サイテー!
・幸福の真の名前は「満足」である。
(H.F.アミエル)
・幸せとは欲しいものを得たり、なりたいものになったり、したいことをして手に入れるものではなく、
今得ているもの、今していることを、あなたが好きになるところから生まれる。
(トリーチェ)
足るを知る者は幸いなり…かな。
2007年08月31日
2007年08月30日
民主党の人選
「姫の虎退治」なるキャッチコピーで、片山虎之助氏を落選させた姫井由美子議員に、とんでもないスキャンダル。
百歩も千歩も譲って、この自称もと愛人(不倫相手)の話が事実だとしても、こんなの墓場まで持っていくべき内容でしょう。こんな汚らわしい行為、人間として許せないですね。
どうせいいかげんな話を針小棒大に拡げたんだろうと私は思いますけど(写真やビデオなんかいくらでも偽造できるんだし)、たとえ事実無根だったにしても、槍玉にあげられた本人はショックで死にたくなるかもしれませんね。
この「お姫様」、48歳のハンデを感じさせない可愛らしい女性で、選挙中はストーカーまがいのファンが続出していたそうです。
http://www.zakzak.co.jp/top/2007_08/t2007082018.html
いますよね〜、いくつになっても可愛らしい人。八千草薫さんなんかおばあちゃんという年齢になってもやっぱり可愛らしいです。
可愛らしくてモテモテなのはいいけれども、目立って狙い撃ちされるという面はあるかもしれない。虎の恨みもあるだろうし。
横恋慕した相手を道連れに自殺した警官もいたけど、ストーカーって精神状態尾がおかしくなっている場合が多いと思う。この自称もと愛人だって似たようなものではないのかしら。
鬼の首を取ったようにマスコミが追っかけるのは、あまりに低俗すぎて恥ずかしい話です。
菅さんのときもそうだったけど、民主党はスキャンダルへの対応がお粗末すぎると思う。
人選をして民主党の公認で議員にした人なら、ちゃんと責任もって対処したらどうなんだろう。
今回の記事に関しては、あまりに個人の尊厳を貶める行為。毅然と法的手段をとってもいいんじゃないかと思います。
人間、叩けば多少はホコリも出るだろうけど、そこをうまくやってくれないと、せっかくの追い風波が逆流してしまいます。
雲隠れさせてこじらせないで、ここは針のむしろでも何でも座る覚悟で潔く事実関係を説明させたら。
世間を騒がせたことを謝罪するなり、バカなことをしたが別れて正解の男だったと反省するなり、事実無根と胸を張るなり、すればどうなんだろう。10年も前のことなら、もう忘れてしまったととぼけても誰も責められないと思う。
民主党の幹部には全力で彼女をフォローしてあげてほしい。だって、こんなプライベートないいかげんなスキャンダルで、辞職にはならないでしょう? 支援者もかわいそうです。
そして、もし万が一この男の話(不倫という部分だけで十分です)が事実だとしたら、民主党の議員候補の人選はあまりにお粗末とあきれるばかりです。
まさか、ちょっと(見てくれがよくて)人気が出そう、名前が知られている(集票力がある)、というだけの理由で白羽の矢を立ててるんじゃないですよね? 人格や素行を、まさか、まったく考慮しないんじゃないですよね?
このお姫様と同時期に、なぜかプロゴルファーの父親というだけ(?)で有名人となった人が、民主党の公認を受けて当選。
ところが賭けゴルフをやっていただの借金でトラブルになっているだの、人格や品行に問題のある人物らしいことが明らかに(この話は自称もと愛人の与太話と違って、内輪では有名な話らしい。ちゃんとした人が実名で語っているようです)。
賭けゴルフは10年前にやったと本人が弁明したとかで鳩山さんが説明していましたが、それを信じる人なんているんでしょうか。
先の参院選で民主党が大躍進したのは、この国をなんとかしてほしい、安心して歳を取れる社会にして欲しいという国民の悲痛な叫びでした。私たちの期待に、応えて下さい。
員数あわせが至上命題なのはわかりますが、誰でもいいはずはない。それなりの、その後問題は起こさないようなちゃんとした人物を候補に選んで欲しいと思います。
ミッテラン大統領(当時)は非嫡出子の存在をすっぱ抜かれても「それが何か?」と平然としていたものでした。日本とはずいぶんお国柄が違いますね、真似て欲しくはないけれど。
百歩も千歩も譲って、この自称もと愛人(不倫相手)の話が事実だとしても、こんなの墓場まで持っていくべき内容でしょう。こんな汚らわしい行為、人間として許せないですね。
どうせいいかげんな話を針小棒大に拡げたんだろうと私は思いますけど(写真やビデオなんかいくらでも偽造できるんだし)、たとえ事実無根だったにしても、槍玉にあげられた本人はショックで死にたくなるかもしれませんね。
この「お姫様」、48歳のハンデを感じさせない可愛らしい女性で、選挙中はストーカーまがいのファンが続出していたそうです。
http://www.zakzak.co.jp/top/2007_08/t2007082018.html
いますよね〜、いくつになっても可愛らしい人。八千草薫さんなんかおばあちゃんという年齢になってもやっぱり可愛らしいです。
可愛らしくてモテモテなのはいいけれども、目立って狙い撃ちされるという面はあるかもしれない。虎の恨みもあるだろうし。
横恋慕した相手を道連れに自殺した警官もいたけど、ストーカーって精神状態尾がおかしくなっている場合が多いと思う。この自称もと愛人だって似たようなものではないのかしら。
鬼の首を取ったようにマスコミが追っかけるのは、あまりに低俗すぎて恥ずかしい話です。
菅さんのときもそうだったけど、民主党はスキャンダルへの対応がお粗末すぎると思う。
人選をして民主党の公認で議員にした人なら、ちゃんと責任もって対処したらどうなんだろう。
今回の記事に関しては、あまりに個人の尊厳を貶める行為。毅然と法的手段をとってもいいんじゃないかと思います。
人間、叩けば多少はホコリも出るだろうけど、そこをうまくやってくれないと、せっかくの追い風波が逆流してしまいます。
雲隠れさせてこじらせないで、ここは針のむしろでも何でも座る覚悟で潔く事実関係を説明させたら。
世間を騒がせたことを謝罪するなり、バカなことをしたが別れて正解の男だったと反省するなり、事実無根と胸を張るなり、すればどうなんだろう。10年も前のことなら、もう忘れてしまったととぼけても誰も責められないと思う。
民主党の幹部には全力で彼女をフォローしてあげてほしい。だって、こんなプライベートないいかげんなスキャンダルで、辞職にはならないでしょう? 支援者もかわいそうです。
そして、もし万が一この男の話(不倫という部分だけで十分です)が事実だとしたら、民主党の議員候補の人選はあまりにお粗末とあきれるばかりです。
まさか、ちょっと(見てくれがよくて)人気が出そう、名前が知られている(集票力がある)、というだけの理由で白羽の矢を立ててるんじゃないですよね? 人格や素行を、まさか、まったく考慮しないんじゃないですよね?
このお姫様と同時期に、なぜかプロゴルファーの父親というだけ(?)で有名人となった人が、民主党の公認を受けて当選。
ところが賭けゴルフをやっていただの借金でトラブルになっているだの、人格や品行に問題のある人物らしいことが明らかに(この話は自称もと愛人の与太話と違って、内輪では有名な話らしい。ちゃんとした人が実名で語っているようです)。
賭けゴルフは10年前にやったと本人が弁明したとかで鳩山さんが説明していましたが、それを信じる人なんているんでしょうか。
先の参院選で民主党が大躍進したのは、この国をなんとかしてほしい、安心して歳を取れる社会にして欲しいという国民の悲痛な叫びでした。私たちの期待に、応えて下さい。
員数あわせが至上命題なのはわかりますが、誰でもいいはずはない。それなりの、その後問題は起こさないようなちゃんとした人物を候補に選んで欲しいと思います。
ミッテラン大統領(当時)は非嫡出子の存在をすっぱ抜かれても「それが何か?」と平然としていたものでした。日本とはずいぶんお国柄が違いますね、真似て欲しくはないけれど。
2007年08月29日
じゃがいもの皮
出張で上京した姉と落ち合い、日本橋タカシマヤでうなぎ、そのあとスタバのコーヒーをご馳走してもらいました。
姉は関西からの日帰りなので、会議が始まるまでのわずかな時間です。二人だけで会うのはずいぶん久しぶりで、きょうだいならではのぶっちゃけ話で楽しいひとときでした。
いろいろ話をした中で、数年前に亡くなった姑さん(姉の義母)の話が出ました。
とてもきれい好きな人で、家の中(建物周りも含む)はいつもきちんとしていた。
病気で身体が思うように動かなくなってからも、庭に生えた(窓から見える)一本の草が気になってしょうがない。「取りたくて取りたくてたまらない」から、無理して庭に出て転び、骨を折ったこともあったそうです。
よく、主婦は「掃除型」と「料理型」に分けられると言いますが、姉の姑は完璧な掃除型。料理もそれなりにやるけど、味よりも盛り付けを気にする方だったそうです。
姉は仕事を持っていて忙しい上に、美味しいものを食べてくつろぐのだけが楽しみだから、掃除はやっつけ。
姑の息子である夫は家の中がごちゃついているのは我慢できず、気にならない(から、ほってる)姉とはよく喧嘩になっていたそうです。
「いいや〜ん、これくらい」って口答えすると、怒りはんねん、とニコニコ。
それでも夫や姑の影響で手早く掃除するワザは上達したよう。長い目で見たら、よかったということでしょう。
その姉の親友「ゆかりちゃん」が、同居していた姑のことで泣いて電話してきたことがあった。
ゆかりちゃんの婚家では、じゃがいもは皮付きのまま茹でて、そのあとむいてつぶしてからポテトサラダを作っていたそうです。
ゆかりちゃんも仕事を持ってる人なので、料理は手早くさっさと片付けたい。つい、皮をササッとむいてから茹でたところ、姑さんにえらい叱られたのだそうです。
「皮付きのまま茹でた方が、美味しいのは美味しいだろうね」
「でも皮の泥がついてそうで、アタシは好きじゃないな」
「皮ごと茹でてからむくのって、熱くて大変そうだね。指をやけどしそう」
「その姑さん、何も怒ることないやん。ゆかりちゃんを嫌ってたのかな」
などと話したことでした。姉の姑さんだったら考えられないこと。嫁がご飯を作ってくれるだけで喜ぶ人だったそうです。
ゆかりちゃんはその後離婚したそうですが、一事が万事だったのでしょう。
私もかつて、「こんなささいなことが積み重なって、嫁姑問題に発展するんだろうな」と思ったことがあります。
ホントにつまんないことですが、私は「いんげんの先の尖ったところ」「おくらの先っぽ」は、食べられるとわかってはいますが、切り落として捨てたいのです。そこがついたまま婚家の食卓に出てくるのには、とても違和感がありました(そんなことが気になる自分がイヤでした)。
大根おろしの水分もそう。私はびちゃびちゃの大根おろしではなくて、軽く絞ったのを小山にしたいのです。婚家でそうやって残った汁を捨てたら、義母が感極まったように「もったいない…」とため息をついたのには、とても驚きました。(絞る場合は汁を飲むらしい)
もっとも私の場合、今でも覚えているくらいだから、めったにないことではありました。
じゃがいもの皮は茹でてからむかないと許さない…ゆかりちゃんの姑さんみたいな人(料理型?)、カネのために我慢して合わせてくれる他人のヘルパーさんじゃないと、仲良くやっていけないんじゃないかと思います。
その家のやり方を知ってて無視したという、嫁のその態度に腹を立てたんでしょうけどね。ゆかりちゃんにはゆかりちゃんの言い分があるわけだから、おたがいに妥協もしないと。
婚家の色に染まります(あなたの色に染めてください)、ということで花嫁さんは白無垢を着るのでしょうけど、そういう自覚のあるお嫁さんはもう、今どきはいないでしょうね。「嫁に入る」という考え方自体、古いと笑われそうです。
姉は関西からの日帰りなので、会議が始まるまでのわずかな時間です。二人だけで会うのはずいぶん久しぶりで、きょうだいならではのぶっちゃけ話で楽しいひとときでした。
いろいろ話をした中で、数年前に亡くなった姑さん(姉の義母)の話が出ました。
とてもきれい好きな人で、家の中(建物周りも含む)はいつもきちんとしていた。
病気で身体が思うように動かなくなってからも、庭に生えた(窓から見える)一本の草が気になってしょうがない。「取りたくて取りたくてたまらない」から、無理して庭に出て転び、骨を折ったこともあったそうです。
よく、主婦は「掃除型」と「料理型」に分けられると言いますが、姉の姑は完璧な掃除型。料理もそれなりにやるけど、味よりも盛り付けを気にする方だったそうです。
姉は仕事を持っていて忙しい上に、美味しいものを食べてくつろぐのだけが楽しみだから、掃除はやっつけ。
姑の息子である夫は家の中がごちゃついているのは我慢できず、気にならない(から、ほってる)姉とはよく喧嘩になっていたそうです。
「いいや〜ん、これくらい」って口答えすると、怒りはんねん、とニコニコ。
それでも夫や姑の影響で手早く掃除するワザは上達したよう。長い目で見たら、よかったということでしょう。
その姉の親友「ゆかりちゃん」が、同居していた姑のことで泣いて電話してきたことがあった。
ゆかりちゃんの婚家では、じゃがいもは皮付きのまま茹でて、そのあとむいてつぶしてからポテトサラダを作っていたそうです。
ゆかりちゃんも仕事を持ってる人なので、料理は手早くさっさと片付けたい。つい、皮をササッとむいてから茹でたところ、姑さんにえらい叱られたのだそうです。
「皮付きのまま茹でた方が、美味しいのは美味しいだろうね」
「でも皮の泥がついてそうで、アタシは好きじゃないな」
「皮ごと茹でてからむくのって、熱くて大変そうだね。指をやけどしそう」
「その姑さん、何も怒ることないやん。ゆかりちゃんを嫌ってたのかな」
などと話したことでした。姉の姑さんだったら考えられないこと。嫁がご飯を作ってくれるだけで喜ぶ人だったそうです。
ゆかりちゃんはその後離婚したそうですが、一事が万事だったのでしょう。
私もかつて、「こんなささいなことが積み重なって、嫁姑問題に発展するんだろうな」と思ったことがあります。
ホントにつまんないことですが、私は「いんげんの先の尖ったところ」「おくらの先っぽ」は、食べられるとわかってはいますが、切り落として捨てたいのです。そこがついたまま婚家の食卓に出てくるのには、とても違和感がありました(そんなことが気になる自分がイヤでした)。
大根おろしの水分もそう。私はびちゃびちゃの大根おろしではなくて、軽く絞ったのを小山にしたいのです。婚家でそうやって残った汁を捨てたら、義母が感極まったように「もったいない…」とため息をついたのには、とても驚きました。(絞る場合は汁を飲むらしい)
もっとも私の場合、今でも覚えているくらいだから、めったにないことではありました。
じゃがいもの皮は茹でてからむかないと許さない…ゆかりちゃんの姑さんみたいな人(料理型?)、カネのために我慢して合わせてくれる他人のヘルパーさんじゃないと、仲良くやっていけないんじゃないかと思います。
その家のやり方を知ってて無視したという、嫁のその態度に腹を立てたんでしょうけどね。ゆかりちゃんにはゆかりちゃんの言い分があるわけだから、おたがいに妥協もしないと。
婚家の色に染まります(あなたの色に染めてください)、ということで花嫁さんは白無垢を着るのでしょうけど、そういう自覚のあるお嫁さんはもう、今どきはいないでしょうね。「嫁に入る」という考え方自体、古いと笑われそうです。
2007年08月28日
ブラピ小ネタ
ブラッド・ピットが21日、2年前にハリケーン「カトリーナ」で大被害を受けたニューオーリンズを訪問。
同地にタウンハウスを所有しているブラピは、環境に優しい復興作業の支援を表明したそうです。
http://news.livedoor.com/article/detail/3284130/
「ブラッドが訪れたのは環境保護団体グローバル・グリーンUSAが建設した下9区の住宅。この家は屋根につけた28枚のソーラーパネルから電力を得る設計になっている。ブラッドは成果を称え、「亡くなった家族や友人は戻らないけれど、復興作業を続けることで、しっかりした建物を建てて、住民の人々によりよい生活を送ってもらうことができる」と発言。」
ブラピはジャーナリズムを専攻していた大学を中退して(卒業間際だったらしい)ロサンゼルスに移り、グラフィックデザインを学んでいます。趣味はインテリアデザインで自称建築ジャンキーだそうです。
関心のある分野だから、住宅の支援に乗り出したのでしょうか。
「ニューオーリンズ訪問は1人だったが、25日はアンジェリーナも一緒にニューヨーク郊外のリゾート地・ハンプトンズで、この復興支援のためのチャリティ・ディナーを主催。4時間に及ぶパーティにはエレン・バーキンやダナ・キャランらが出席した。」
ということですから、大きな支援が出来たかもしれませんね。
「カトリーナ」のその後も耳にすることはほとんどなくなりましたが、復興はまだまだらしいですね。こういう支援はさぞかしありがたいことでしょう。
昨年5月、ナミビアでのブランジェリーナ騒動も思い出されますが、最近はアンジェリーナ・ジョリーとの不仲も噂されます。(実子もいるのだし仲良くやって欲しいと個人的には思ってますが、まあ、余計なお世話ですね。)
ブラピはアンジェリーナの養子二人の父親にもなっていて、養子の姓はジョリー・ピットに変更されているそうです。
ブラピは離婚したジェニファー・アニストンからも「世界で一番紳士で優しい人だった」と言われているそうで、少なくとも別れ上手の人格者であるのは間違いないようですね。
ブラピは役者を目指してからもなかなかぱっとせず、ストリッパーの送迎運転手など下積みを経てデビューしたのが26歳のころです。
私は「ジョー・ブラックによろしく」で無邪気に笑った顔がとても魅力的に思え、人気があるわけだと思いました。
よく「脱ぐとすごい」肉体が話題になりますが、脱がなくてもすごい俳優さんだと思います。
意外な特技がライフル射撃。ブラピの出身地オクラホマ州では、護身術として少年時代からライフルの撃ち方をマスターするそうです。
それから蜘蛛が苦手らしいです。(手塚治虫と同じ)
下のサイトにブラピの弟(一般人)の画像がありました。
http://abcdane.net/blog/archives/200412/bro_celeb.html
同じ親から生まれても、顔のパーツはずいぶんかけ離れました。でもやっぱり兄弟、優しそうで感じのいい人ですね。
(このサイトに載ってるケビン・スペイシーのお兄さんも面白いです。)
ところでブラピは陪審員の候補者としてロサンゼルスの裁判所に出廷したそうです。
http://news.livedoor.com/article/detail/3269128/
【PJ 2007年08月15日】− ブラッド・ピットが8月8日、アメリカ国民の義務である陪審員の候補としてLAの裁判所に出廷したとアメリカ「ピープル」誌が伝えている。
43歳のピットは、Tシャツに濃い色のジーンズ、黒い帽子姿で現れたという。そして陪審員のバッジをつけ、ランチは「サブウェイ」からデリバリーしてもらっていたとある。
候補者ですから決定はしないと思いますが、もしブラピが陪審員になったりしたら、つい見とれて審理がしばしば中断しそうです。
ちなみに、ジェニファー・ロペスにも同じことがありました。。
http://cinematoday.jp/page/N0010303
(消える前にコピペしておきます。)
ジェニファー・ロペス、陪審員候補者に
2007/04/11
ジェニファー・ロペスがビバリーヒルズの裁判所で行われる審理の陪審員候補者として出廷した。「デイリー・メール」誌によると、ロペスは候補者となった一般市民の1人として、ジーンズにスモーキーなトップスという地味な姿で登場。荷物検査を受け、裁判所内へ入った。ロペスは午前中を裁判所で過ごしたが、結局陪審員には選ばれず、帰宅したそう。
同地にタウンハウスを所有しているブラピは、環境に優しい復興作業の支援を表明したそうです。
http://news.livedoor.com/article/detail/3284130/
「ブラッドが訪れたのは環境保護団体グローバル・グリーンUSAが建設した下9区の住宅。この家は屋根につけた28枚のソーラーパネルから電力を得る設計になっている。ブラッドは成果を称え、「亡くなった家族や友人は戻らないけれど、復興作業を続けることで、しっかりした建物を建てて、住民の人々によりよい生活を送ってもらうことができる」と発言。」
ブラピはジャーナリズムを専攻していた大学を中退して(卒業間際だったらしい)ロサンゼルスに移り、グラフィックデザインを学んでいます。趣味はインテリアデザインで自称建築ジャンキーだそうです。
関心のある分野だから、住宅の支援に乗り出したのでしょうか。
「ニューオーリンズ訪問は1人だったが、25日はアンジェリーナも一緒にニューヨーク郊外のリゾート地・ハンプトンズで、この復興支援のためのチャリティ・ディナーを主催。4時間に及ぶパーティにはエレン・バーキンやダナ・キャランらが出席した。」
ということですから、大きな支援が出来たかもしれませんね。
「カトリーナ」のその後も耳にすることはほとんどなくなりましたが、復興はまだまだらしいですね。こういう支援はさぞかしありがたいことでしょう。
昨年5月、ナミビアでのブランジェリーナ騒動も思い出されますが、最近はアンジェリーナ・ジョリーとの不仲も噂されます。(実子もいるのだし仲良くやって欲しいと個人的には思ってますが、まあ、余計なお世話ですね。)
ブラピはアンジェリーナの養子二人の父親にもなっていて、養子の姓はジョリー・ピットに変更されているそうです。
ブラピは離婚したジェニファー・アニストンからも「世界で一番紳士で優しい人だった」と言われているそうで、少なくとも別れ上手の人格者であるのは間違いないようですね。
ブラピは役者を目指してからもなかなかぱっとせず、ストリッパーの送迎運転手など下積みを経てデビューしたのが26歳のころです。
私は「ジョー・ブラックによろしく」で無邪気に笑った顔がとても魅力的に思え、人気があるわけだと思いました。
よく「脱ぐとすごい」肉体が話題になりますが、脱がなくてもすごい俳優さんだと思います。
意外な特技がライフル射撃。ブラピの出身地オクラホマ州では、護身術として少年時代からライフルの撃ち方をマスターするそうです。
それから蜘蛛が苦手らしいです。(手塚治虫と同じ)
下のサイトにブラピの弟(一般人)の画像がありました。
http://abcdane.net/blog/archives/200412/bro_celeb.html
同じ親から生まれても、顔のパーツはずいぶんかけ離れました。でもやっぱり兄弟、優しそうで感じのいい人ですね。
(このサイトに載ってるケビン・スペイシーのお兄さんも面白いです。)
ところでブラピは陪審員の候補者としてロサンゼルスの裁判所に出廷したそうです。
http://news.livedoor.com/article/detail/3269128/
【PJ 2007年08月15日】− ブラッド・ピットが8月8日、アメリカ国民の義務である陪審員の候補としてLAの裁判所に出廷したとアメリカ「ピープル」誌が伝えている。
43歳のピットは、Tシャツに濃い色のジーンズ、黒い帽子姿で現れたという。そして陪審員のバッジをつけ、ランチは「サブウェイ」からデリバリーしてもらっていたとある。
候補者ですから決定はしないと思いますが、もしブラピが陪審員になったりしたら、つい見とれて審理がしばしば中断しそうです。
ちなみに、ジェニファー・ロペスにも同じことがありました。。
http://cinematoday.jp/page/N0010303
(消える前にコピペしておきます。)
ジェニファー・ロペス、陪審員候補者に
2007/04/11
ジェニファー・ロペスがビバリーヒルズの裁判所で行われる審理の陪審員候補者として出廷した。「デイリー・メール」誌によると、ロペスは候補者となった一般市民の1人として、ジーンズにスモーキーなトップスという地味な姿で登場。荷物検査を受け、裁判所内へ入った。ロペスは午前中を裁判所で過ごしたが、結局陪審員には選ばれず、帰宅したそう。
2007年08月27日
今日のランチ
今日は、かつて一緒にヘルパー講習を受けた仲間3人と久しぶりにランチしました。
一人は昼間のパートに加えて夕方から家事援助に入るのを週に二回。
一人は月に一度だけも含め週5日ぐらいはホームヘルプをやっている様子。
腱鞘炎で休んでいるもう一人も9月からまた施設勤務を再開するそうです。
みんなよくやるなあ、頑張るなあと感心した次第です。
家庭優先で昼間短時間働きたい人、「一対一では何かあったとき怖いから施設がいい」という人、環境や考え方もいろいろです。適性や相性もあるでしょう、自分に合った形態や職場で働くのが長続きする条件でしょうか。
腱鞘炎は体位交換やおむつ交換が原因かと思ったら、移動の介助するときということでした。
ベッドから車椅子に移動するとき、わきの下に手を入れて抱えるというのもやりにくいので、ウェストのベルト(ゴム?)を掴んで持ち上げることが多い。その際、手首をくっとそり返さないと力が入らない。それで手首をいためたようです。
介護も力がないと難しい、老老介護は厳しい。力なら男が一番だけど、なにしろ薄給だから居ついてくれない。
施設職員は大変な仕事なのに、待遇が悪すぎるよねえとうなずきあいました。
腱鞘炎で仕事を辞めたとき、15日(けっこう長時間)出勤して、受け取った給料はわずか10万だったそうです。
好きでこの仕事をやっている人ですが、「アタシいったいなにやってるんだろう」と考えてしまったとか。
前に集まったとき、「何ヶ月も通っているのに(利用者のおばあさんが)一度も笑顔を見せてくれない」という話をしていた人に、その後笑顔を見られた? と聞いてみました。
残念ながら、そのおばあさんはとうとう笑顔を見せないまま亡くなったそうです。
「でもね、最後に行ったとき」
と彼女はしんみりと話し出しました。
「私がキッチンで食事作ってて、ふっとふり向いたら、そのおばあさんが後ろに立ってた。そして、『大変だね〜』と言ったのよ。ほとんどしゃべらない、そんなこと一度も言ったことない人だから、びっくりしたの」
それから何日もたたないうちに、急に亡くなったそうです。
ねぎらいや感謝を口に出せない人なりに、ヘルパーの彼女にお礼を言いたかったのだろうと話したことでした。
その彼女は訪問ヘルパーの仕事を気に入って精力的に働いているのですが、「ヘルパーに入っててイヤなことは…」やっぱりあるそうです。
それは、せっかく食事の支度をしても「食欲がないの」と言われること。
「今はほしくないから、あとで食べる」と言われて置いてきた(食べてくれたら片づけまでするのでしょう)食事が、次に行ったときに冷蔵庫の中にそのままあったりするそうです。
とくに「これを作って」と要求されないので、ある食材で適当に作るらしいですが(これも経験を要する高度な仕事ではありますね)、食べる気のしないものが出来上がったのでしょう。
そう口に出せないから(好意で)「あとで食べる」と表現するのでしょうね。利用者の優しさが裏目に出て、食材はもったいないし、作る労力も無駄になる。
なかなかハッキリ言わないのも昔かたぎの日本人なら仕方のないところですが、ヘルパー泣かせではあります。
夕方からヘルプに入る家は、背中の曲がったお姉さんが統合失調症の妹と暮らしている世帯。
妹を病院や施設に入れるのを潔しとせず、結婚もしないでずっと二人でやってきたそうです。幻覚のある妹は存在しない客人の食事を並べ、目に付いた物は全部食べてしまう。
もしお姉さんが転んで骨を折っても、脳梗塞で倒れても、妹は関心を示さないだろう。死んでもわからないだろうということです。
(ヘルパーが入っているから、何日も発見されないことはないでしょうが)
先ごろ東京でそんな事件があったねと話したことでした。
「ニチイがコムスンを買うらしい」という話が出ましたが、夜のニュースで言っていたので正式に決まったようですね。
今日集まったのはみんなニチイで学んだ仲間ですが、ニチイで働いているのは一人だけです。
コムスンの代わりができるほど人材が確保できるのかどうか。
コムスンのサービスを利用している人は私の周囲にもいますが、サービスの質が落ちないでスムーズにニチイに移行できたらいいなと思っています。
一人は昼間のパートに加えて夕方から家事援助に入るのを週に二回。
一人は月に一度だけも含め週5日ぐらいはホームヘルプをやっている様子。
腱鞘炎で休んでいるもう一人も9月からまた施設勤務を再開するそうです。
みんなよくやるなあ、頑張るなあと感心した次第です。
家庭優先で昼間短時間働きたい人、「一対一では何かあったとき怖いから施設がいい」という人、環境や考え方もいろいろです。適性や相性もあるでしょう、自分に合った形態や職場で働くのが長続きする条件でしょうか。
腱鞘炎は体位交換やおむつ交換が原因かと思ったら、移動の介助するときということでした。
ベッドから車椅子に移動するとき、わきの下に手を入れて抱えるというのもやりにくいので、ウェストのベルト(ゴム?)を掴んで持ち上げることが多い。その際、手首をくっとそり返さないと力が入らない。それで手首をいためたようです。
介護も力がないと難しい、老老介護は厳しい。力なら男が一番だけど、なにしろ薄給だから居ついてくれない。
施設職員は大変な仕事なのに、待遇が悪すぎるよねえとうなずきあいました。
腱鞘炎で仕事を辞めたとき、15日(けっこう長時間)出勤して、受け取った給料はわずか10万だったそうです。
好きでこの仕事をやっている人ですが、「アタシいったいなにやってるんだろう」と考えてしまったとか。
前に集まったとき、「何ヶ月も通っているのに(利用者のおばあさんが)一度も笑顔を見せてくれない」という話をしていた人に、その後笑顔を見られた? と聞いてみました。
残念ながら、そのおばあさんはとうとう笑顔を見せないまま亡くなったそうです。
「でもね、最後に行ったとき」
と彼女はしんみりと話し出しました。
「私がキッチンで食事作ってて、ふっとふり向いたら、そのおばあさんが後ろに立ってた。そして、『大変だね〜』と言ったのよ。ほとんどしゃべらない、そんなこと一度も言ったことない人だから、びっくりしたの」
それから何日もたたないうちに、急に亡くなったそうです。
ねぎらいや感謝を口に出せない人なりに、ヘルパーの彼女にお礼を言いたかったのだろうと話したことでした。
その彼女は訪問ヘルパーの仕事を気に入って精力的に働いているのですが、「ヘルパーに入っててイヤなことは…」やっぱりあるそうです。
それは、せっかく食事の支度をしても「食欲がないの」と言われること。
「今はほしくないから、あとで食べる」と言われて置いてきた(食べてくれたら片づけまでするのでしょう)食事が、次に行ったときに冷蔵庫の中にそのままあったりするそうです。
とくに「これを作って」と要求されないので、ある食材で適当に作るらしいですが(これも経験を要する高度な仕事ではありますね)、食べる気のしないものが出来上がったのでしょう。
そう口に出せないから(好意で)「あとで食べる」と表現するのでしょうね。利用者の優しさが裏目に出て、食材はもったいないし、作る労力も無駄になる。
なかなかハッキリ言わないのも昔かたぎの日本人なら仕方のないところですが、ヘルパー泣かせではあります。
夕方からヘルプに入る家は、背中の曲がったお姉さんが統合失調症の妹と暮らしている世帯。
妹を病院や施設に入れるのを潔しとせず、結婚もしないでずっと二人でやってきたそうです。幻覚のある妹は存在しない客人の食事を並べ、目に付いた物は全部食べてしまう。
もしお姉さんが転んで骨を折っても、脳梗塞で倒れても、妹は関心を示さないだろう。死んでもわからないだろうということです。
(ヘルパーが入っているから、何日も発見されないことはないでしょうが)
先ごろ東京でそんな事件があったねと話したことでした。
「ニチイがコムスンを買うらしい」という話が出ましたが、夜のニュースで言っていたので正式に決まったようですね。
今日集まったのはみんなニチイで学んだ仲間ですが、ニチイで働いているのは一人だけです。
コムスンの代わりができるほど人材が確保できるのかどうか。
コムスンのサービスを利用している人は私の周囲にもいますが、サービスの質が落ちないでスムーズにニチイに移行できたらいいなと思っています。
2007年08月26日
ひこにゃん
先日車の運転しながらラジオを聴いていたら、「ぴこにゃんが東京の豪徳寺に行って何かをした」ローカルニュースを伝えていました。日本も平和です。
途中から聞いたため意味不明のニュースで、アナウンサーに「で、ぴこにゃんって何!?」と突っ込みたくなりました。
アナウンサーの口調では有名なキャラクターのようだったので、忘れないようにメモをとって、あとで調べてみました。
Yahoo検索では出てこず、おかしいなと思いながらGoogleで検索。すると「もしかしてひこにゃん」の文字が出てきて、検索文字の「ぴ」を「ひ」に変えたらばっちり出てきました。(Googleは親切だなあと思いました。Yahooも真似した方がいいと思う)
私の耳にはぴこにゃんと聞こえましたが、正しくは「ひこにゃん」。
で、これがそのひこにゃんです。地元や関西方面では有名のようで、キャラクターグッズもいろいろ出ているよう。
http://www.hikone-400th.jp/hikonyan/gallery/?album=album1&img=-P1020933
彦根城は今年で築城400年になるそうで、その「国宝・彦根城築城400年祭」イメージキャラクターということです。城主・井伊家由来の赤備えの兜をかぶった白い猫。
赤備えというのは武具を朱塗りにした部隊編成のことで、特に武勇に秀でた武将が率いていたことが多い。甲斐武田軍団の代名詞とされましたが、武田氏滅亡後その旧臣たちを引き継いだ井伊家の赤備えは、小牧・長久手の戦いで「井伊の赤鬼」と怖れられたそうです。
幕末まで井伊家の軍装は赤備えが基本とされたそうで、ひこにゃんの赤い兜はそれにちなんだものですね。
彦根城のイメージキャラクターがなぜ猫かというと、こんな伝説があるからです。
彦根藩二代目藩主の井伊直孝が、江戸の豪徳寺でにわか雨にあった。大きな木の下で雨宿りしていると、白い猫が現われて手招きをする。不思議に思い木から離れてその猫に近づいたところ、大音響とともにその木に雷が落ちた。
命拾いした直孝はこの猫に感謝し、寺に伽藍を創建して整備し、のちに豪徳寺(現在の世田谷区。寺の名は直孝の戒名にちなむ)を井伊家の菩提寺にしたそうです。
(桜田門外の変で殺された大老・井伊直弼の墓もここにあります。東京都指定史跡)
なおこの話は招き猫の由来の説の一つですが、白猫ではなく三毛猫という話もあり、招き猫が三毛猫であることの説明にはなりますね。
雷の話も、落雷ではなく、猫に手招きされたおかげで雷雨を避けられ、和尚の法話を聞けて喜んだ、という説などいくつかあるようです。
私は彦根城には何年か前に行きました。東京から九州まで寝台や新幹線で何度も往復しているのに、そばを通るだけで琵琶湖をちゃんと見たこともない。関西の姉のところに行くついでに、途中下車して寄ってみたものです。
彦根は琵琶湖そばの閑静な城下町という風情で、私が子供のころにNHKでやっていた(記憶がかすかにある)「花の生涯」のパネルが飾ってあったりして、時間が止まっているような気がしました。(放映は1963年、第一回の大河ドラマだそうです)
花の生涯の原作は舟橋聖一が1952〜53年に毎日新聞に連載した小説で、井伊直弼の生涯を描いたもの(珍しいですね)ですから、彦根がウリにするのは当然ではあるのですが。
ひこにゃんの知名度は花の生涯を上回りそうですね。敵役の「いしだみつにゃん」なんてのもいるそうです。
途中から聞いたため意味不明のニュースで、アナウンサーに「で、ぴこにゃんって何!?」と突っ込みたくなりました。
アナウンサーの口調では有名なキャラクターのようだったので、忘れないようにメモをとって、あとで調べてみました。
Yahoo検索では出てこず、おかしいなと思いながらGoogleで検索。すると「もしかしてひこにゃん」の文字が出てきて、検索文字の「ぴ」を「ひ」に変えたらばっちり出てきました。(Googleは親切だなあと思いました。Yahooも真似した方がいいと思う)
私の耳にはぴこにゃんと聞こえましたが、正しくは「ひこにゃん」。
で、これがそのひこにゃんです。地元や関西方面では有名のようで、キャラクターグッズもいろいろ出ているよう。
http://www.hikone-400th.jp/hikonyan/gallery/?album=album1&img=-P1020933
彦根城は今年で築城400年になるそうで、その「国宝・彦根城築城400年祭」イメージキャラクターということです。城主・井伊家由来の赤備えの兜をかぶった白い猫。
赤備えというのは武具を朱塗りにした部隊編成のことで、特に武勇に秀でた武将が率いていたことが多い。甲斐武田軍団の代名詞とされましたが、武田氏滅亡後その旧臣たちを引き継いだ井伊家の赤備えは、小牧・長久手の戦いで「井伊の赤鬼」と怖れられたそうです。
幕末まで井伊家の軍装は赤備えが基本とされたそうで、ひこにゃんの赤い兜はそれにちなんだものですね。
彦根城のイメージキャラクターがなぜ猫かというと、こんな伝説があるからです。
彦根藩二代目藩主の井伊直孝が、江戸の豪徳寺でにわか雨にあった。大きな木の下で雨宿りしていると、白い猫が現われて手招きをする。不思議に思い木から離れてその猫に近づいたところ、大音響とともにその木に雷が落ちた。
命拾いした直孝はこの猫に感謝し、寺に伽藍を創建して整備し、のちに豪徳寺(現在の世田谷区。寺の名は直孝の戒名にちなむ)を井伊家の菩提寺にしたそうです。
(桜田門外の変で殺された大老・井伊直弼の墓もここにあります。東京都指定史跡)
なおこの話は招き猫の由来の説の一つですが、白猫ではなく三毛猫という話もあり、招き猫が三毛猫であることの説明にはなりますね。
雷の話も、落雷ではなく、猫に手招きされたおかげで雷雨を避けられ、和尚の法話を聞けて喜んだ、という説などいくつかあるようです。
私は彦根城には何年か前に行きました。東京から九州まで寝台や新幹線で何度も往復しているのに、そばを通るだけで琵琶湖をちゃんと見たこともない。関西の姉のところに行くついでに、途中下車して寄ってみたものです。
彦根は琵琶湖そばの閑静な城下町という風情で、私が子供のころにNHKでやっていた(記憶がかすかにある)「花の生涯」のパネルが飾ってあったりして、時間が止まっているような気がしました。(放映は1963年、第一回の大河ドラマだそうです)
花の生涯の原作は舟橋聖一が1952〜53年に毎日新聞に連載した小説で、井伊直弼の生涯を描いたもの(珍しいですね)ですから、彦根がウリにするのは当然ではあるのですが。
ひこにゃんの知名度は花の生涯を上回りそうですね。敵役の「いしだみつにゃん」なんてのもいるそうです。
2007年08月25日
自閉症の遺伝子
娘は自閉症のことを「将来は治る病気だよ」と言いますが、それが夢物語ではないと思わせるような記事がありました。
「自閉症の発生(感受性)と遺伝子との因果関係が解明された」という書き出しです。
http://www.rikenresearch.riken.jp/japan/research/252/
遺伝子マッピングを用いたこれまでの研究で、自閉症の発症がヒト7番染色体上にある遺伝子の一つ・CADPS2(CAPS2ともいう)と関係あることは突き止めれられていました。
この分野の研究を進めてきた、理研脳科学総合研究センター(和光市)の古市貞一チーム・定方哲史研究員が、最新の研究成果を「Journal of Clinical Investigation」誌に発表したそうです。
記事の内容は難しくて私にはよくわからないので、そのまま写してみますが、
「研究チームはCADPS2遺伝子が欠損したマウスを作製・解析した結果、CADPS2が神経栄養因子の分泌と正常な脳発達に必要で、その異常は自閉症感受性に関連する可能性を示した。
CADPS2欠損マウスの視覚、聴覚、嗅覚などの機能は正常であった。しかし、他のマウスとの社会的相互作用の頻度が低下しており、不慣れな環境では不安行動の亢進や行動量の低下がみられ、慣れた環境では多動がみられた。」
いかにも自閉症のマウスという感じです。
そして、
「結果として、CADPS2の欠損は、大脳皮質と海馬の一部のGABA作動性介在ニューロンや小脳プルキンエ細胞といった特定の神経細胞の発達や生存が損なわれるなど、自閉症患者の脳で頻繁に観察される異常に酷似した細胞レベルの異常を生じさせた。CADPS2が会合する分泌小胞に含まれるタンパク質である脳由来神経栄養因子(BDNF)を脳内に投与すると、欠損マウスにおけるこれらの細胞異常は回復した。」
…そうです。自閉症児の親としては「おおっ」と注目。マウスの脳は小さそうだから、手先のよほど器用な人じゃないと出来ない実験かも、などと余計なことを考えます。
そしてこの研究班では、自閉症者(複数)に遺伝子を提供してもらい、分析したようです。
「注目に値するのは、一部の自閉症患者において、健常者にはみられない長さの短い欠損型CADPS2が発現していたことである。この欠損型CADPS2タンパク質は、健常者がもつ完全長の野生型CADPS2と同様BDNFの分泌を促進した。ところが、ダイナクチン複合体に結合したのは野生型CADPS2のみだった。ダイナクチン複合体は、神経細胞に特異的な軸索という部位へ構成成分や小胞などを輸送する機構を調節する。そのため、野生型CADPS2は、神経細胞の軸索内に分布したが、欠損型CADPS2はみられなかった(図1)。」(もとのページをご覧ください)
「欠損型CADPS2の発現は、今回の研究対象とした一部の自閉症患者でのみ観察され、また、欠損型CADPS2が生じる原因究明は残された課題」
とはいえ、「自閉症の発症および病理に関与している可能性のある特定遺伝子の存在が明らかにされた」意義は大きい。
古市TL(チームリーダー)は「今回の研究成果は、自閉症の早期診断法や有効な治療法の開発に向けた足がかりとなるものです」と語っているそうですが、的を絞り込めたら研究もはかどることでしょう。
自閉症の夢の特効薬(今も、全くないわけではないですが、時に劇的に効く場合がある、程度のようです)が誕生するのも、そう先のことではないのかもしれません。
いずれにしろ、ウチの息子には間に合わないけど…。
「自閉症の発生(感受性)と遺伝子との因果関係が解明された」という書き出しです。
http://www.rikenresearch.riken.jp/japan/research/252/
遺伝子マッピングを用いたこれまでの研究で、自閉症の発症がヒト7番染色体上にある遺伝子の一つ・CADPS2(CAPS2ともいう)と関係あることは突き止めれられていました。
この分野の研究を進めてきた、理研脳科学総合研究センター(和光市)の古市貞一チーム・定方哲史研究員が、最新の研究成果を「Journal of Clinical Investigation」誌に発表したそうです。
記事の内容は難しくて私にはよくわからないので、そのまま写してみますが、
「研究チームはCADPS2遺伝子が欠損したマウスを作製・解析した結果、CADPS2が神経栄養因子の分泌と正常な脳発達に必要で、その異常は自閉症感受性に関連する可能性を示した。
CADPS2欠損マウスの視覚、聴覚、嗅覚などの機能は正常であった。しかし、他のマウスとの社会的相互作用の頻度が低下しており、不慣れな環境では不安行動の亢進や行動量の低下がみられ、慣れた環境では多動がみられた。」
いかにも自閉症のマウスという感じです。
そして、
「結果として、CADPS2の欠損は、大脳皮質と海馬の一部のGABA作動性介在ニューロンや小脳プルキンエ細胞といった特定の神経細胞の発達や生存が損なわれるなど、自閉症患者の脳で頻繁に観察される異常に酷似した細胞レベルの異常を生じさせた。CADPS2が会合する分泌小胞に含まれるタンパク質である脳由来神経栄養因子(BDNF)を脳内に投与すると、欠損マウスにおけるこれらの細胞異常は回復した。」
…そうです。自閉症児の親としては「おおっ」と注目。マウスの脳は小さそうだから、手先のよほど器用な人じゃないと出来ない実験かも、などと余計なことを考えます。
そしてこの研究班では、自閉症者(複数)に遺伝子を提供してもらい、分析したようです。
「注目に値するのは、一部の自閉症患者において、健常者にはみられない長さの短い欠損型CADPS2が発現していたことである。この欠損型CADPS2タンパク質は、健常者がもつ完全長の野生型CADPS2と同様BDNFの分泌を促進した。ところが、ダイナクチン複合体に結合したのは野生型CADPS2のみだった。ダイナクチン複合体は、神経細胞に特異的な軸索という部位へ構成成分や小胞などを輸送する機構を調節する。そのため、野生型CADPS2は、神経細胞の軸索内に分布したが、欠損型CADPS2はみられなかった(図1)。」(もとのページをご覧ください)
「欠損型CADPS2の発現は、今回の研究対象とした一部の自閉症患者でのみ観察され、また、欠損型CADPS2が生じる原因究明は残された課題」
とはいえ、「自閉症の発症および病理に関与している可能性のある特定遺伝子の存在が明らかにされた」意義は大きい。
古市TL(チームリーダー)は「今回の研究成果は、自閉症の早期診断法や有効な治療法の開発に向けた足がかりとなるものです」と語っているそうですが、的を絞り込めたら研究もはかどることでしょう。
自閉症の夢の特効薬(今も、全くないわけではないですが、時に劇的に効く場合がある、程度のようです)が誕生するのも、そう先のことではないのかもしれません。
いずれにしろ、ウチの息子には間に合わないけど…。
2007年08月24日
かぼちゃ
かぼちゃと言うと夏の日差しを連想する私。
子供のころ夏のお昼の食卓によく、姉(炊事担当)の好物の、そうめんと煮たかぼちゃが出てきました。柔らかくてすぐ崩れ、煮汁に溶けてしまうかぼちゃが(うまくつまめなくて)私は苦手でした。
かぼちゃは戦時中に食べ飽きたから見たくもない、と義母だったか言ってましたが、もうそんな記憶のある世代も少なくなったことでしょう。
空き地に自生するほど栽培しやすい野菜のようですし、大きいから食糧難の時には食べでがあって助かったでしょうね。
ただ昔のかぼちゃは甘みもあまりなくて、美味しいものではなかったと思います。
かぼちゃには「日本かぼちゃ」「西洋かぼちゃ」「ペポかぼちゃ」の3種類があります。
昔の、むいたミカンみたいにでこぼこしていたのが「日本かぼちゃ」で、あまり甘くなくてねっとりしているので煮物に向くそうです。
「ペポかぼちゃ」はズッキーニみたいに淡白な味の外国種で、今一般に売られているものはほとんどが「西洋かぼちゃ」。
中でも甘みの強い栗かぼちゃが人気ですね。カロチンが日本かぼちゃの6倍もあるなど、栄養上も西洋かぼちゃの方が優れているそうです。
このごろは旬で安いし、ことに美味しく食べられるように思います。もっとも、今は地球の裏側のニュージーランドからも輸入されるようになって、店頭には一年中あるようですね。
かぼちゃは黄緑野菜に分類されていて、ビタミンA(カロチン)、B1、B2、C、Eをはじめカルシウム、リン、カリウムなどのミネラル、植物繊維が豊富です。
ビタミンCは加熱するとふつうは壊れてしまいますが、かぼちゃのものはデンプンに守られていて調理しても大丈夫ということです。
かぼちゃを保存しておいて冬至のころ(12月)に食べる(冬至南瓜)という風習があるのは、かぼちゃが粘膜や皮膚の抵抗力を高め、カゼの予防に効果があるから。
冷え性や肩こり、便秘や疲労回復にも効くそうですから、もっともっと食べたい食材ですね。
種やワタにも栄養があるそうですが、そこまで欲張らなくても十分という気もします。
薄いだし汁や水に日本酒だけで砂糖は加えなくても、最近のは甘みが強くて煮崩れもしにくく、美味しいです。
我が家では、きょうは塩コショウ少々にマヨネーズで和えてサラダにしました。
蒸して皮をむいてつぶし、絹さやを茹でて細く切ったものと、しその葉(大葉)を細く刻んだものを混ぜてみました。
きんとんみたいに柔らかいので、お年寄りには食べやすいかもしれません。マヨネーズを入れる前のは離乳食にいいかも。
以前、とんぶりを混ぜたことがありますが、これも変った食感で美味しかったです。
とんぶりというのは、「畑のキャビア」と呼ばれるホウキグサの実。見た目キャビアに似ています。
写真がありましたのでご覧ください。
http://www.pref.akita.jp/fpd/shokubunka/shoku-22.htm
かぼちゃを他の野菜と一緒に5ミリぐらいの厚さの薄切りにし、オーブンで焼いてさっぱりしたドレッシングでいただく、というのも以前よそで賞味しました。
パブリカやにんじん、タマネギ、ピーマン、しめじなどと一緒に焼いたと思います。彩りがきれいで食欲をそそり、もてなし料理には最適と思いました。
かぼちゃはパンプキンパイなどお菓子やパンにも使いますね。サツマイモに負けない美味しさと栄養がありそうです。
夏バテの特効薬かも、ですね。
なお、かぼちゃという名前はカンボジアから伝来したから。原産はアメリカ大陸だそうです。
子供のころ夏のお昼の食卓によく、姉(炊事担当)の好物の、そうめんと煮たかぼちゃが出てきました。柔らかくてすぐ崩れ、煮汁に溶けてしまうかぼちゃが(うまくつまめなくて)私は苦手でした。
かぼちゃは戦時中に食べ飽きたから見たくもない、と義母だったか言ってましたが、もうそんな記憶のある世代も少なくなったことでしょう。
空き地に自生するほど栽培しやすい野菜のようですし、大きいから食糧難の時には食べでがあって助かったでしょうね。
ただ昔のかぼちゃは甘みもあまりなくて、美味しいものではなかったと思います。
かぼちゃには「日本かぼちゃ」「西洋かぼちゃ」「ペポかぼちゃ」の3種類があります。
昔の、むいたミカンみたいにでこぼこしていたのが「日本かぼちゃ」で、あまり甘くなくてねっとりしているので煮物に向くそうです。
「ペポかぼちゃ」はズッキーニみたいに淡白な味の外国種で、今一般に売られているものはほとんどが「西洋かぼちゃ」。
中でも甘みの強い栗かぼちゃが人気ですね。カロチンが日本かぼちゃの6倍もあるなど、栄養上も西洋かぼちゃの方が優れているそうです。
このごろは旬で安いし、ことに美味しく食べられるように思います。もっとも、今は地球の裏側のニュージーランドからも輸入されるようになって、店頭には一年中あるようですね。
かぼちゃは黄緑野菜に分類されていて、ビタミンA(カロチン)、B1、B2、C、Eをはじめカルシウム、リン、カリウムなどのミネラル、植物繊維が豊富です。
ビタミンCは加熱するとふつうは壊れてしまいますが、かぼちゃのものはデンプンに守られていて調理しても大丈夫ということです。
かぼちゃを保存しておいて冬至のころ(12月)に食べる(冬至南瓜)という風習があるのは、かぼちゃが粘膜や皮膚の抵抗力を高め、カゼの予防に効果があるから。
冷え性や肩こり、便秘や疲労回復にも効くそうですから、もっともっと食べたい食材ですね。
種やワタにも栄養があるそうですが、そこまで欲張らなくても十分という気もします。
薄いだし汁や水に日本酒だけで砂糖は加えなくても、最近のは甘みが強くて煮崩れもしにくく、美味しいです。
我が家では、きょうは塩コショウ少々にマヨネーズで和えてサラダにしました。
蒸して皮をむいてつぶし、絹さやを茹でて細く切ったものと、しその葉(大葉)を細く刻んだものを混ぜてみました。
きんとんみたいに柔らかいので、お年寄りには食べやすいかもしれません。マヨネーズを入れる前のは離乳食にいいかも。
以前、とんぶりを混ぜたことがありますが、これも変った食感で美味しかったです。
とんぶりというのは、「畑のキャビア」と呼ばれるホウキグサの実。見た目キャビアに似ています。
写真がありましたのでご覧ください。
http://www.pref.akita.jp/fpd/shokubunka/shoku-22.htm
かぼちゃを他の野菜と一緒に5ミリぐらいの厚さの薄切りにし、オーブンで焼いてさっぱりしたドレッシングでいただく、というのも以前よそで賞味しました。
パブリカやにんじん、タマネギ、ピーマン、しめじなどと一緒に焼いたと思います。彩りがきれいで食欲をそそり、もてなし料理には最適と思いました。
かぼちゃはパンプキンパイなどお菓子やパンにも使いますね。サツマイモに負けない美味しさと栄養がありそうです。
夏バテの特効薬かも、ですね。
なお、かぼちゃという名前はカンボジアから伝来したから。原産はアメリカ大陸だそうです。
2007年08月23日
監督の熱中症
甲子園で準優勝した広島・広陵高校の監督が、押し出しとなったフォアボールをはじめ、一連の審判の判定に対して不満をぶちまけて、高野連に叱責を受ける事態になっているそうです。
http://sports.yahoo.co.jp/baseball/hs/news/20070823-00000081-mai-spo/
高校野球部の監督なら先生という立場でしょうに、ずいぶんあとのことを考えない軽率な行動をとったものです。
特待生もいない公立の学校に負けたのがそんなに悔しいのでしょうか。優勝旗を持って帰らないと立場がないというか、今後の自分の待遇にそうとう影響があるんでしょうかね。
一流の指導者なら、そんな愚かなはずはないけど…と思っていたら、去る18日のことですが、こんなニュースを見つけました。
この中井監督、第4試合の聖光学院戦の試合中に熱中症の症状を起こして、ベンチ裏で身体を冷やすなどの手当てを受けたそうです。
http://www.sankei.co.jp/sports/baseball/070818/bbl070818010.htm
(生徒たちは自分たちだけでサインを出し合って戦い、快勝したそうですから、日ごろの鍛練がものを言いましたね。)
もしかして、頭の中もまだ熱中症状態で、熱にうかれて理性がきかない。自分の行動を抑制できないでいるんじゃないでしょうか。
そうでも考えないと理解できない言動に思えます。
プロ野球では乱闘なんてこともたまにありますけどね、教育の一環のはずの高校野球ですから。
監督が試合中に手当てを受けるんだから、よほど体調が悪かったんでしょう。我慢できる限りは我慢したでしょうからね。
そうとうひどい熱中症で、無理していたと思います。ダメージもかなりあったんじゃないでしょうか。ふらつくとか、ぼんやりするとかいった後遺症が残っても当然という気がします。
それにしても、炎天下で走り回る選手じゃなくて監督が熱中症とはね。歳のせいでしょうか、ベンチの中もさぞかし暑いんでしょうねえ。
先日も書きましたが、熱中症で深刻な犠牲者が出る前に、大会の真夏開催自体をよく考えてほしいと思います。
http://sports.yahoo.co.jp/baseball/hs/news/20070823-00000081-mai-spo/
高校野球部の監督なら先生という立場でしょうに、ずいぶんあとのことを考えない軽率な行動をとったものです。
特待生もいない公立の学校に負けたのがそんなに悔しいのでしょうか。優勝旗を持って帰らないと立場がないというか、今後の自分の待遇にそうとう影響があるんでしょうかね。
一流の指導者なら、そんな愚かなはずはないけど…と思っていたら、去る18日のことですが、こんなニュースを見つけました。
この中井監督、第4試合の聖光学院戦の試合中に熱中症の症状を起こして、ベンチ裏で身体を冷やすなどの手当てを受けたそうです。
http://www.sankei.co.jp/sports/baseball/070818/bbl070818010.htm
(生徒たちは自分たちだけでサインを出し合って戦い、快勝したそうですから、日ごろの鍛練がものを言いましたね。)
もしかして、頭の中もまだ熱中症状態で、熱にうかれて理性がきかない。自分の行動を抑制できないでいるんじゃないでしょうか。
そうでも考えないと理解できない言動に思えます。
プロ野球では乱闘なんてこともたまにありますけどね、教育の一環のはずの高校野球ですから。
監督が試合中に手当てを受けるんだから、よほど体調が悪かったんでしょう。我慢できる限りは我慢したでしょうからね。
そうとうひどい熱中症で、無理していたと思います。ダメージもかなりあったんじゃないでしょうか。ふらつくとか、ぼんやりするとかいった後遺症が残っても当然という気がします。
それにしても、炎天下で走り回る選手じゃなくて監督が熱中症とはね。歳のせいでしょうか、ベンチの中もさぞかし暑いんでしょうねえ。
先日も書きましたが、熱中症で深刻な犠牲者が出る前に、大会の真夏開催自体をよく考えてほしいと思います。
2007年08月22日
冷凍保存
エキサイトニュースに、21日グワハティ(インド) ロイター発の、こんな記事がありました。
「ヒマラヤの氷河で凍った40年前の遺体、家族のもとへ」
http://www.excite.co.jp/News/odd/00081187712245.html
時間が経つと削除されてしまうので内容を大まかに書いておくと、
「1968年に、ヒマチャルプラデシュ州の山(ヒマラヤ山脈)で軍の航空機が墜落した。
この事故では102人の乗客が死亡したとみられているが、遺体はほとんど発見されていない(一人だけ)。
今月、標高5300メートルの氷河で、(この事故の犠牲者)マヘーンドラナート・プカンさんとその他2名の遺体が雪に半分埋まって凍結しているのを、兵士たちが発見した。
遺体に損傷はなく完全な状態。21日朝、プカンさんの遺体はインドの国旗で包まれ、インド北東部アッサム州のデオダイ・ガオン・デウリ・チャク村に住む家族のもとに戻された。」
実に40年ぶりの帰宅です。
40年歳をとらないままの遺体と対面して、遺族はどんな思いだったでしょうね。タイムマシンか、魔法を見てるみたい…かな。
下界に下りて冷凍が溶けたら(棺にはドライアイスが詰められていることと思いますが)たちまち腐敗が進むのかしら、などと考えてしまいました。インドなら日本より暑いでしょうしね(インドは夏かな? 地震のあったペルーは冬らしいですね)。
南極大陸に残されたゴミは、低温のため分解が進まない(バクテリアがいない)から、何十年もそのままだと聞いたことがあります。
いつか雑誌のグラビアで見た写真では、初めのころ(50年くらい昔になるでしょうか)の観測隊のものが、色もあせないでそのままになっていました。
ゴミが分解されないのはヒマラヤも同じで、登山家の野口健さんはヒマラヤを掃除するボランティアをやってますね。公式サイトに「ゴミをいくらで売るのか」と聞かれて閉口した話(2002年のものですけど)が書かれています。
http://www.noguchi-ken.com/message/b_num/2002/2_0403_b.html
それにしても、南極なら丸ごと大陸だから納得もいきますが、今回のヒマラヤとか、いつか南米アンデスで発見された少女のミイラ「フワニータ」とか、生活圏と地続きの場所にそんな天然冷凍庫があるというのも、信じられない思いがします。
冷凍保存っていうのもすごいものですね。
まぐろの刺身だって、みんな冷凍保存されたものから切り分けているのでしょうしね。
凍結した精子を使って、夫の死後2年も経ってから出産した人もいましたっけ。そういう話を聞くと、脳とかに障害は出ないんだろうか…と考えてしまうのは、私も時代遅れの人間だからかもしれません。
この夏の電力供給危機に、東京都は、築地市場の冷凍庫の設定温度を少し上げるように要請したという話です。まさか溶けはしないでしょうけどね。
「ヒマラヤの氷河で凍った40年前の遺体、家族のもとへ」
http://www.excite.co.jp/News/odd/00081187712245.html
時間が経つと削除されてしまうので内容を大まかに書いておくと、
「1968年に、ヒマチャルプラデシュ州の山(ヒマラヤ山脈)で軍の航空機が墜落した。
この事故では102人の乗客が死亡したとみられているが、遺体はほとんど発見されていない(一人だけ)。
今月、標高5300メートルの氷河で、(この事故の犠牲者)マヘーンドラナート・プカンさんとその他2名の遺体が雪に半分埋まって凍結しているのを、兵士たちが発見した。
遺体に損傷はなく完全な状態。21日朝、プカンさんの遺体はインドの国旗で包まれ、インド北東部アッサム州のデオダイ・ガオン・デウリ・チャク村に住む家族のもとに戻された。」
実に40年ぶりの帰宅です。
40年歳をとらないままの遺体と対面して、遺族はどんな思いだったでしょうね。タイムマシンか、魔法を見てるみたい…かな。
下界に下りて冷凍が溶けたら(棺にはドライアイスが詰められていることと思いますが)たちまち腐敗が進むのかしら、などと考えてしまいました。インドなら日本より暑いでしょうしね(インドは夏かな? 地震のあったペルーは冬らしいですね)。
南極大陸に残されたゴミは、低温のため分解が進まない(バクテリアがいない)から、何十年もそのままだと聞いたことがあります。
いつか雑誌のグラビアで見た写真では、初めのころ(50年くらい昔になるでしょうか)の観測隊のものが、色もあせないでそのままになっていました。
ゴミが分解されないのはヒマラヤも同じで、登山家の野口健さんはヒマラヤを掃除するボランティアをやってますね。公式サイトに「ゴミをいくらで売るのか」と聞かれて閉口した話(2002年のものですけど)が書かれています。
http://www.noguchi-ken.com/message/b_num/2002/2_0403_b.html
それにしても、南極なら丸ごと大陸だから納得もいきますが、今回のヒマラヤとか、いつか南米アンデスで発見された少女のミイラ「フワニータ」とか、生活圏と地続きの場所にそんな天然冷凍庫があるというのも、信じられない思いがします。
冷凍保存っていうのもすごいものですね。
まぐろの刺身だって、みんな冷凍保存されたものから切り分けているのでしょうしね。
凍結した精子を使って、夫の死後2年も経ってから出産した人もいましたっけ。そういう話を聞くと、脳とかに障害は出ないんだろうか…と考えてしまうのは、私も時代遅れの人間だからかもしれません。
この夏の電力供給危機に、東京都は、築地市場の冷凍庫の設定温度を少し上げるように要請したという話です。まさか溶けはしないでしょうけどね。
2007年08月21日
マンゴスチン
昨朝、息子をスクールバスに送り届けたあと、中央卸売市場に寄りました。
広大な市場の一角に小売用の建物があり、各テナントが入って、早朝からお昼ぐらいまで営業しています。
まだ普通のスーパーは開いてない時間帯なので、息子を送った帰りに買い物するにはとても便利。
業務用の大きいボトルの調味料や、卸値以下のお菓子。新鮮な魚介類や野菜も揃っていて、見て回るだけでも楽しい。食堂もあります。
息子連れだとおちおち物色してもいられませんが、久しぶりにゆっくり買い物しました。
八百屋さんの店頭で珍しいものを見つけました。タイ産のマンゴスチン。(マンゴーと発音は似ているけど関連性はない)
タイと言えば私は新婚旅行で行ったのですが、残念ながらあまりいい思い出は残っていません。
日本は春先の涼しい時期だったのに、予想外の(今年の日本のような!)真夏の暑さですっかりバテてしまい、せっかくの観光も楽しむことが出来なかったのです。
同じツアーに参加した人の中には、たしか、入院した人もいたと思います(今思うと熱中症でしょうか)。
ボートで移動したとき舟に果物を積んで売りに来たオバサンがいましたが、そういうものに興味を示す元気もありませんでした。
その舟の中には各種の見慣れない果物が山積みされていて、おそらくマンゴスチンもその中にあったと思いますが、私が覚えているのは強く勧められたドリアンだけです。
ドリアンは、今でこそ日本でも入手できるようになりましたが、当時はまだ知る人も少なかったと思います。
大きなとげに覆われた表皮は独特で、夫は「これは果物の王様と言われていて、とても美味しいらしい。いっぺん食べたら病み付きになるって。すごい臭いらしいけどね」と薀蓄を傾けていました。
せっかくだから食べたいとも思いましたが、当時(20数年前)の日本円で1500円相当とかなり高かったのと、まだ帰路ではなかったのでパスしたのでした。
その後機会がなくてまだドリアンは賞味したことありませんが、アパートで食べたあとのドリアンの皮を部屋に置いていたら、隣の部屋の人が「ガス漏れの臭いがする」と通報したという話も聞き、そんなに臭くても食べたいものかしらと面白く思っています。
閑話休題、マンゴスチンの話の続きを…。
店頭に並んだマンゴスチンは、ヘタが付いた小ぶりの柿のような可愛い形をしていて、色は黒ずんだ赤紫です。よく熟しているようで、美味しいだろうと思えました。
袋の写真や外皮の色から、ライチみたいな味かなと見当をつけました。
透明のビニール袋に10個ばかり入って380円とずいぶんお得な値段です。これは買わないテはないと迷わず籠に入れました。
買ったらまるべく早く食べろと書いてあったので、帰宅してすぐ試してみました。
袋に書いてあった通りに、ヘタを下に両手で包み込むように持って、真ん中を強く押す。するとぱかっと二つに割れ、白いミカンの房状の実が見えました。
恥ずかしながら白状すると、私は一瞬、どこが食べられるんだろう? と迷いました。二つに割れた、果肉に当たる部分が、小さい実なのに一センチもの厚みがあったのです。
イメージとしては、枇杷です。
もしかしてここも? と、濃いピンク色の果肉(実は皮)部分に軽く歯を立て、あわてて吐き出しました。すごい渋です。
ピンク部分は食べられないとわかったので、白い房状のものを取り出して口に入れました。ほんのりと甘く、上品な味です。予想したライチとは食感もだいぶ違いますが、系統としては同じ味かもしれません。
直径6〜7センチのものが一般的らしいので、私が買ったものは(5センチ程度)小ぶりだったようです。もっと大きなものは可食部分も大きいのかもしれないと思いました。
二つ目を食べたら種が入っていました。それも、房はたくさんあるのに一個だけです。ずいぶん変った果実だなあと思いました。
調べてみたら、一つの実に0〜2個の種が入っているのが普通だそうです。
そしてマンゴスチンは普通は実生で(品種改良できないそうです)、植えて収穫するまでに長い時間(8〜12年。暑い地方ではかなり遅い部類でしょうね)かかる。
また栽培に適する条件がややこしくて(気温25〜30℃、年間降水量1,500mm以上、有機質を含み多湿で、かつ水はけの良い土)、タイをはじめ高温多湿な熱帯気候の地域で栽培されているのみ。国産マンゴスチンの誕生は難しそうです。
ドリアンが「果物の王様」なのに対してマンゴスチンは「果実の女王」と呼ばれます。その上品な味わいからとも言われますが、大英帝国のビクトリア女王が「我が領土にあるマンゴスチンをいつも味わえないのは遺憾である。」と言ったから、との説もあります。
タイ産生マンゴーは、日本には1993年に輸入できるようになりました。マンゴスチンについても要望が強かったのですが、マンゴスチンにはミバエという害虫がいるため植物防疫法により禁止(日本に入るとミカンに深刻な被害を与える)されていました。
その後ミバエに対して蒸熱処理を用いた殺虫技術が確立され、2003年に輸入解禁となりました。まだタイにこの蒸熱処理の設備が整った施設が少ないために輸入量も少ないようですが、それでも飛躍的に増えているということです。
ナイフも使わずに食べられる美味しい果物ですから、普及すると固定ファンは増えると思います。
でも今回ちょっと驚いたのは、昨日の朝買ったばかりなのに、きょう夕方にはもう熟れ過ぎで固くなり、割るのに苦労した上風味も落ちていたこと。売る方も買う方も、品質確保は難しいかもしれません。
広大な市場の一角に小売用の建物があり、各テナントが入って、早朝からお昼ぐらいまで営業しています。
まだ普通のスーパーは開いてない時間帯なので、息子を送った帰りに買い物するにはとても便利。
業務用の大きいボトルの調味料や、卸値以下のお菓子。新鮮な魚介類や野菜も揃っていて、見て回るだけでも楽しい。食堂もあります。
息子連れだとおちおち物色してもいられませんが、久しぶりにゆっくり買い物しました。
八百屋さんの店頭で珍しいものを見つけました。タイ産のマンゴスチン。(マンゴーと発音は似ているけど関連性はない)
タイと言えば私は新婚旅行で行ったのですが、残念ながらあまりいい思い出は残っていません。
日本は春先の涼しい時期だったのに、予想外の(今年の日本のような!)真夏の暑さですっかりバテてしまい、せっかくの観光も楽しむことが出来なかったのです。
同じツアーに参加した人の中には、たしか、入院した人もいたと思います(今思うと熱中症でしょうか)。
ボートで移動したとき舟に果物を積んで売りに来たオバサンがいましたが、そういうものに興味を示す元気もありませんでした。
その舟の中には各種の見慣れない果物が山積みされていて、おそらくマンゴスチンもその中にあったと思いますが、私が覚えているのは強く勧められたドリアンだけです。
ドリアンは、今でこそ日本でも入手できるようになりましたが、当時はまだ知る人も少なかったと思います。
大きなとげに覆われた表皮は独特で、夫は「これは果物の王様と言われていて、とても美味しいらしい。いっぺん食べたら病み付きになるって。すごい臭いらしいけどね」と薀蓄を傾けていました。
せっかくだから食べたいとも思いましたが、当時(20数年前)の日本円で1500円相当とかなり高かったのと、まだ帰路ではなかったのでパスしたのでした。
その後機会がなくてまだドリアンは賞味したことありませんが、アパートで食べたあとのドリアンの皮を部屋に置いていたら、隣の部屋の人が「ガス漏れの臭いがする」と通報したという話も聞き、そんなに臭くても食べたいものかしらと面白く思っています。
閑話休題、マンゴスチンの話の続きを…。
店頭に並んだマンゴスチンは、ヘタが付いた小ぶりの柿のような可愛い形をしていて、色は黒ずんだ赤紫です。よく熟しているようで、美味しいだろうと思えました。
袋の写真や外皮の色から、ライチみたいな味かなと見当をつけました。
透明のビニール袋に10個ばかり入って380円とずいぶんお得な値段です。これは買わないテはないと迷わず籠に入れました。
買ったらまるべく早く食べろと書いてあったので、帰宅してすぐ試してみました。
袋に書いてあった通りに、ヘタを下に両手で包み込むように持って、真ん中を強く押す。するとぱかっと二つに割れ、白いミカンの房状の実が見えました。
恥ずかしながら白状すると、私は一瞬、どこが食べられるんだろう? と迷いました。二つに割れた、果肉に当たる部分が、小さい実なのに一センチもの厚みがあったのです。
イメージとしては、枇杷です。
もしかしてここも? と、濃いピンク色の果肉(実は皮)部分に軽く歯を立て、あわてて吐き出しました。すごい渋です。
ピンク部分は食べられないとわかったので、白い房状のものを取り出して口に入れました。ほんのりと甘く、上品な味です。予想したライチとは食感もだいぶ違いますが、系統としては同じ味かもしれません。
直径6〜7センチのものが一般的らしいので、私が買ったものは(5センチ程度)小ぶりだったようです。もっと大きなものは可食部分も大きいのかもしれないと思いました。
二つ目を食べたら種が入っていました。それも、房はたくさんあるのに一個だけです。ずいぶん変った果実だなあと思いました。
調べてみたら、一つの実に0〜2個の種が入っているのが普通だそうです。
そしてマンゴスチンは普通は実生で(品種改良できないそうです)、植えて収穫するまでに長い時間(8〜12年。暑い地方ではかなり遅い部類でしょうね)かかる。
また栽培に適する条件がややこしくて(気温25〜30℃、年間降水量1,500mm以上、有機質を含み多湿で、かつ水はけの良い土)、タイをはじめ高温多湿な熱帯気候の地域で栽培されているのみ。国産マンゴスチンの誕生は難しそうです。
ドリアンが「果物の王様」なのに対してマンゴスチンは「果実の女王」と呼ばれます。その上品な味わいからとも言われますが、大英帝国のビクトリア女王が「我が領土にあるマンゴスチンをいつも味わえないのは遺憾である。」と言ったから、との説もあります。
タイ産生マンゴーは、日本には1993年に輸入できるようになりました。マンゴスチンについても要望が強かったのですが、マンゴスチンにはミバエという害虫がいるため植物防疫法により禁止(日本に入るとミカンに深刻な被害を与える)されていました。
その後ミバエに対して蒸熱処理を用いた殺虫技術が確立され、2003年に輸入解禁となりました。まだタイにこの蒸熱処理の設備が整った施設が少ないために輸入量も少ないようですが、それでも飛躍的に増えているということです。
ナイフも使わずに食べられる美味しい果物ですから、普及すると固定ファンは増えると思います。
でも今回ちょっと驚いたのは、昨日の朝買ったばかりなのに、きょう夕方にはもう熟れ過ぎで固くなり、割るのに苦労した上風味も落ちていたこと。売る方も買う方も、品質確保は難しいかもしれません。
2007年08月20日
失くしたもの
中華航空機爆発炎上のニュースには驚きました。
まさに危機一髪だったみたいですね。パイロットが窓から飛び降りるなんて話、聞いたことがありません。
怪我した人もいるようですが、大惨事に至らなかったのは何よりでした。
乗客が巨大な滑り台みたいな(ダストシューターのような、と形容している局もありました)救命装置で脱出する映像が(不鮮明ながら)流れ、ああ、ほんとにあんなふうになってるんだ、と興味をひかれました。
私は昨年から何度も九州まで往復しその都度航空機を利用しましたが、乗ったらまず必ず救命具の説明があります。
(酸素が必要となったらマスクが自動的に降りてきます、という説明を聞くたびに、飛行機って危険な乗り物なんだなあとあらためてちょっと緊張します)
以前は乗務員が数人通路に立ち、手にマスクや救命胴衣を持って、こうやるんですよと実演して見せてくれていました。
そのあとは受像機が入って実演の映像になり、現在は可愛らしいCGを使った説明になっているようです。
その映像のイラストで、あの滑り台型救命具は何度も見ていました。
それの印象から、私はもっと幅の広い、2、3人並んですべることの出来るものだと思い込んでいましたが、きょう見た映像では一人ずつが精一杯というくらい幅の狭いもののようでした。
一人ずつすべる方が怪我はしないと思いますが、脱出までに時間がかかりそうですね。大型機だとまた違うのかもしれません。
ところで、すべり降りる人の映像を見て私が思ったことは、みんななんにも持ち出せなかったんだろうなということ。
CGを使った解説でも、手荷物は一切持ってはいけないと言っていました。時計やネックレスもはずすんじゃなかったでしょうか。たしかに身につけたままだと危険は増すと思います。
娘が小さいとき、首にかけていたおもちゃのネックレスの鎖が、らせん型の滑り台の金具に引っかかって、危うく首吊りしそうになったことがありました。滑り台に金具は危ないと思います。
とは言え、それがいざというときの換金用にいつも身につけている金のネックレスや、大事な人の形見だったら、はずせと言われても抵抗したくなりそうですね。女性だったらハンドバッグは抱えたまま降りたいと思うでしょう。
きょうの爆発直後は、命が助かっただけでありがたいと神に感謝するかもしれません。
でも日が経つにつれ、失くしたものへの未練がつのることと思います。着陸直後だから、預けた荷物はまだ全部貨物室の中だったのでしょうしね。
燃えてしまったものの中にはお金で補償できないものもたくさんあることでしょう。
無事だったんだからよかったよと慰められても、ゼイタク言っちゃバチ当たるよと突き放されても、澱のように胸の底に溜まったものに引きずられて、辛い思いをするかもしれませんね。
…爆発炎上のニュースに何を思うかは人それぞれでしょうが、私が思ったことはそんなことでした。
阪神大震災の折、こんな例を聞きました。
その人は旧家の立派な家に住んでいて、地震のほんの数ヶ月前に大金(1000万単位)かけて家の全面補修をしたばっかりだったそうです。ところが家は地震であっけなく全壊してしまった。
その人はショックで重い鬱になり、数年後には病死してしまったそうです。
地震で5000人だかの人が亡くなったのに、せっかく助かってもこの人には生き残ったことが救いにはならなかった。失くしたものがそれほどに大きかったのでしょうね。
先ごろの新潟の地震で、避難してきたおばあさんが、「命があっただけまし、命が一番」とさばさばと語っていましたが、その気持ちをずっと持ち続けて前向きに生きてほしいと思ったことでした。
まさに危機一髪だったみたいですね。パイロットが窓から飛び降りるなんて話、聞いたことがありません。
怪我した人もいるようですが、大惨事に至らなかったのは何よりでした。
乗客が巨大な滑り台みたいな(ダストシューターのような、と形容している局もありました)救命装置で脱出する映像が(不鮮明ながら)流れ、ああ、ほんとにあんなふうになってるんだ、と興味をひかれました。
私は昨年から何度も九州まで往復しその都度航空機を利用しましたが、乗ったらまず必ず救命具の説明があります。
(酸素が必要となったらマスクが自動的に降りてきます、という説明を聞くたびに、飛行機って危険な乗り物なんだなあとあらためてちょっと緊張します)
以前は乗務員が数人通路に立ち、手にマスクや救命胴衣を持って、こうやるんですよと実演して見せてくれていました。
そのあとは受像機が入って実演の映像になり、現在は可愛らしいCGを使った説明になっているようです。
その映像のイラストで、あの滑り台型救命具は何度も見ていました。
それの印象から、私はもっと幅の広い、2、3人並んですべることの出来るものだと思い込んでいましたが、きょう見た映像では一人ずつが精一杯というくらい幅の狭いもののようでした。
一人ずつすべる方が怪我はしないと思いますが、脱出までに時間がかかりそうですね。大型機だとまた違うのかもしれません。
ところで、すべり降りる人の映像を見て私が思ったことは、みんななんにも持ち出せなかったんだろうなということ。
CGを使った解説でも、手荷物は一切持ってはいけないと言っていました。時計やネックレスもはずすんじゃなかったでしょうか。たしかに身につけたままだと危険は増すと思います。
娘が小さいとき、首にかけていたおもちゃのネックレスの鎖が、らせん型の滑り台の金具に引っかかって、危うく首吊りしそうになったことがありました。滑り台に金具は危ないと思います。
とは言え、それがいざというときの換金用にいつも身につけている金のネックレスや、大事な人の形見だったら、はずせと言われても抵抗したくなりそうですね。女性だったらハンドバッグは抱えたまま降りたいと思うでしょう。
きょうの爆発直後は、命が助かっただけでありがたいと神に感謝するかもしれません。
でも日が経つにつれ、失くしたものへの未練がつのることと思います。着陸直後だから、預けた荷物はまだ全部貨物室の中だったのでしょうしね。
燃えてしまったものの中にはお金で補償できないものもたくさんあることでしょう。
無事だったんだからよかったよと慰められても、ゼイタク言っちゃバチ当たるよと突き放されても、澱のように胸の底に溜まったものに引きずられて、辛い思いをするかもしれませんね。
…爆発炎上のニュースに何を思うかは人それぞれでしょうが、私が思ったことはそんなことでした。
阪神大震災の折、こんな例を聞きました。
その人は旧家の立派な家に住んでいて、地震のほんの数ヶ月前に大金(1000万単位)かけて家の全面補修をしたばっかりだったそうです。ところが家は地震であっけなく全壊してしまった。
その人はショックで重い鬱になり、数年後には病死してしまったそうです。
地震で5000人だかの人が亡くなったのに、せっかく助かってもこの人には生き残ったことが救いにはならなかった。失くしたものがそれほどに大きかったのでしょうね。
先ごろの新潟の地震で、避難してきたおばあさんが、「命があっただけまし、命が一番」とさばさばと語っていましたが、その気持ちをずっと持ち続けて前向きに生きてほしいと思ったことでした。
2007年08月19日
任務終了
長い長い夏休みがようやく終わり、息子は明日からまた学校です。
こんな長期の休みは最後だからと、後悔を残さないように頑張ったつもりですが、いやあ猛暑もあってエライ日々でした。
地域活動センターの余暇活動や、ガイドヘルパーさんに連れ出してもらったのが計8回。登校日が1日。
それ以外の日はずっと私一人で連れ出しました。娘たちは自分のことで精一杯だし、離婚のツケとして父親は不在。
一緒に入れる更衣室があるプールにも4回ばかり連れて行きましたが、男親なら身体も大きく力もあるから、強引にでも泳ぎを教えてやれるかもしれないなあと思ったりしました。
きょうは暑さがぶり返して、私も体調がイマイチで外を歩きたくなかったので、ベイブリッジを往復するドライブに行きました。
ベイブリッジも首都高速に乗ると見晴らしも抜群ですが、あまり急いで行く必要もないので、高速道路の下を渡る一般道で行きました。今日のように晴れた日は港まわりもはっきり見えて気持ちのいい道です。
高速だとさーっと通り抜ける感じですが、一般道は橋に乗るのも降りるのもぐるーーっと大きく迂回します。インターチェンジが複雑にからんでいるのか、SF映画の未来社会みたいな、ちょっと日常ではない光景が視界に入って面白いです。
両側とも埠頭のそばだからか、同じ型のトラックがずらっと並んでいる場所があったりします。普段はあまり意識しない輸出の現場という感じですね。
息子もなんとなく雰囲気が好きなようで、ベイブリッジを渡るときは楽しそうにしています。
何もこんな遠くまで来なくても、もっと近くに3箇所もあるのに…と苦笑しながら、イトーヨーカドーに寄って休憩がてら醤油ラーメンを食べることにしました。
ラーメンが出来るのを待っていると、近くの席で子どもが泣き出しました。
普通の泣き声でなく、ギャーと全力で泣きわめく声。若い両親がなだめていますが、泣き声は激しくなるばかり。
お母さんの陰になって子どもの姿は見えませんが、泣きながら何か言っているので、話せるぐらいの年齢と思えました。
困ったな、と息子を見ると案の定両手で耳をふさいでいます。
息子ももうすぐ成人する年齢でわきまえもだいぶついたので、修羅場にはならないだろうけど…と考えました。
自閉症の子に限ったことではありませんが、子どもの泣き声が苦手、という障害児は多いです。
苦手だから泣くのをやめてほしい、というのを表現するのもいろいろで、泣いてる子のそばに行って「ごめんなさい、ごめんなさい」と連呼する子もいるそうです。
それならまだいいのですが、ウチの息子の場合(小学部のころ)、ひどいときは泣いている子を叩きに行ったりしていました。椅子から突き落としたこともありました。本を投げつけて角が当たり、痣になったこともあったそうです。
スクールバスに同乗して学校に行ったお母さんが、バスの中で泣いてる子がいたらウチの子が靴を手に持って駆け寄ろうとしてた、と教えてくれたこともありました。投げつけようとしたのでしょう。
(こんなこともあったので、息子がスクールバスに乗るのを嫌がった時期には無理をせず、学校まで送迎したりしました)
閑話休題。
泣いている子の横の席には中年のオジサンが一人で何か食べていましたが、時々ちらっと子供の方に視線を投げます。あの人もさぞかしうるさいだろうと思いました。
意を決してその席に行き、「ボク、泣くのをやめてくれない?」と(なるべく優しく)声をかけてみました。
そしてすぐ、横のお母さんに「ごめんなさいね、息子が障害児で、泣き声が苦手なものですから」と言い訳しました。
思ったより小さな子で私の言うのを理解できない年齢のようでした。泣くのもやめませんでしたが、お父さんがその子をすぐ抱き上げてくれました。
ひとつ遠い席が空いたので私たちはそっちに移りました。少しでもうるさくない席をと思ってのことですが、まもなく静かになりました。
ラーメンを食べていると、通り抜けながら「さっきはすみませんでした」と声をかけてくる男性がいます。それがさっきの子のお父さんだと気づいてびっくりしました。
「あっ、いえ、こちらこそ、もっと大きい子かと思ったので」と焦って返事したら、照れくさそうに軽く会釈して去っていきました。
息子と一緒でなかったら、私もうるさいなあと思いながらも我慢していたと思います。その子の両親は(ホントはとてもいい人たちなのに)、周囲の人が迷惑しているのに気がつかないかもしれません。
泣いて我を通すのはいけない、他の人がいるところでは静かにする、というルールは小さいときから教え込んでほしいし、まあ、必要に迫られた(と判断した)からやったことだけど、結果的にはよかったかなと思ったことでした。
自閉症の息子はマイペースで行動したがるし、歩くのもかなり早い。好き嫌いもかなり意思表示できるようになった。
だから長い休みも、仲間と誘い合って行動することはしませんでした。それがよかったのかどうかはわかりませんが、私としては、孤独な(?)長い付き添い任務が無事終了してホッとしているところです。
こんな長期の休みは最後だからと、後悔を残さないように頑張ったつもりですが、いやあ猛暑もあってエライ日々でした。
地域活動センターの余暇活動や、ガイドヘルパーさんに連れ出してもらったのが計8回。登校日が1日。
それ以外の日はずっと私一人で連れ出しました。娘たちは自分のことで精一杯だし、離婚のツケとして父親は不在。
一緒に入れる更衣室があるプールにも4回ばかり連れて行きましたが、男親なら身体も大きく力もあるから、強引にでも泳ぎを教えてやれるかもしれないなあと思ったりしました。
きょうは暑さがぶり返して、私も体調がイマイチで外を歩きたくなかったので、ベイブリッジを往復するドライブに行きました。
ベイブリッジも首都高速に乗ると見晴らしも抜群ですが、あまり急いで行く必要もないので、高速道路の下を渡る一般道で行きました。今日のように晴れた日は港まわりもはっきり見えて気持ちのいい道です。
高速だとさーっと通り抜ける感じですが、一般道は橋に乗るのも降りるのもぐるーーっと大きく迂回します。インターチェンジが複雑にからんでいるのか、SF映画の未来社会みたいな、ちょっと日常ではない光景が視界に入って面白いです。
両側とも埠頭のそばだからか、同じ型のトラックがずらっと並んでいる場所があったりします。普段はあまり意識しない輸出の現場という感じですね。
息子もなんとなく雰囲気が好きなようで、ベイブリッジを渡るときは楽しそうにしています。
何もこんな遠くまで来なくても、もっと近くに3箇所もあるのに…と苦笑しながら、イトーヨーカドーに寄って休憩がてら醤油ラーメンを食べることにしました。
ラーメンが出来るのを待っていると、近くの席で子どもが泣き出しました。
普通の泣き声でなく、ギャーと全力で泣きわめく声。若い両親がなだめていますが、泣き声は激しくなるばかり。
お母さんの陰になって子どもの姿は見えませんが、泣きながら何か言っているので、話せるぐらいの年齢と思えました。
困ったな、と息子を見ると案の定両手で耳をふさいでいます。
息子ももうすぐ成人する年齢でわきまえもだいぶついたので、修羅場にはならないだろうけど…と考えました。
自閉症の子に限ったことではありませんが、子どもの泣き声が苦手、という障害児は多いです。
苦手だから泣くのをやめてほしい、というのを表現するのもいろいろで、泣いてる子のそばに行って「ごめんなさい、ごめんなさい」と連呼する子もいるそうです。
それならまだいいのですが、ウチの息子の場合(小学部のころ)、ひどいときは泣いている子を叩きに行ったりしていました。椅子から突き落としたこともありました。本を投げつけて角が当たり、痣になったこともあったそうです。
スクールバスに同乗して学校に行ったお母さんが、バスの中で泣いてる子がいたらウチの子が靴を手に持って駆け寄ろうとしてた、と教えてくれたこともありました。投げつけようとしたのでしょう。
(こんなこともあったので、息子がスクールバスに乗るのを嫌がった時期には無理をせず、学校まで送迎したりしました)
閑話休題。
泣いている子の横の席には中年のオジサンが一人で何か食べていましたが、時々ちらっと子供の方に視線を投げます。あの人もさぞかしうるさいだろうと思いました。
意を決してその席に行き、「ボク、泣くのをやめてくれない?」と(なるべく優しく)声をかけてみました。
そしてすぐ、横のお母さんに「ごめんなさいね、息子が障害児で、泣き声が苦手なものですから」と言い訳しました。
思ったより小さな子で私の言うのを理解できない年齢のようでした。泣くのもやめませんでしたが、お父さんがその子をすぐ抱き上げてくれました。
ひとつ遠い席が空いたので私たちはそっちに移りました。少しでもうるさくない席をと思ってのことですが、まもなく静かになりました。
ラーメンを食べていると、通り抜けながら「さっきはすみませんでした」と声をかけてくる男性がいます。それがさっきの子のお父さんだと気づいてびっくりしました。
「あっ、いえ、こちらこそ、もっと大きい子かと思ったので」と焦って返事したら、照れくさそうに軽く会釈して去っていきました。
息子と一緒でなかったら、私もうるさいなあと思いながらも我慢していたと思います。その子の両親は(ホントはとてもいい人たちなのに)、周囲の人が迷惑しているのに気がつかないかもしれません。
泣いて我を通すのはいけない、他の人がいるところでは静かにする、というルールは小さいときから教え込んでほしいし、まあ、必要に迫られた(と判断した)からやったことだけど、結果的にはよかったかなと思ったことでした。
自閉症の息子はマイペースで行動したがるし、歩くのもかなり早い。好き嫌いもかなり意思表示できるようになった。
だから長い休みも、仲間と誘い合って行動することはしませんでした。それがよかったのかどうかはわかりませんが、私としては、孤独な(?)長い付き添い任務が無事終了してホッとしているところです。
2007年08月18日
猛暑
今朝は涼しくて、気持ちのいい目覚めでした。
西の方では暑かったらしいですが、こちらは昨日までの猛暑を忘れるような気候でした。秋も近いですね。
油断すると揺り戻しがコワいですが…。
きのう横浜駅でルミネの本屋さんに寄ろうとしてエレベーターを待っていたら、気持ちの悪くなる暑さでした。サウナに入っているような、と形容したらいいでしょうか。
風通しの悪いところはたちまち気温が上がるようです。地下街にもエアコンが入っているらしくて、天井に冷房効果を上げるための小さいスクリーンが吊るしてありました。
自宅に居ながら熱中症で亡くなる人が続出していますが、さもありなんという暑さの中、甲子園ではいつものように熱戦が繰り広げられています。文字通りの「熱」戦ですね、学ラン姿の応援団員をはじめ、観客にとっても拷問じゃないかと思えます。
(私も昨年だったかここで書きましたが、名物のかちわりがバカ売れしていることでしょう。)
選手はよくまあ、みんな走れるなあと感心しきりです。並みの肉体ではないのでしょうね。
昔は、沖縄や鹿児島のチームが有利で、暑さに慣れていない東北北海道のチームは早々に敗退、という図式でした。沖縄代表の選手は他の地域の選手とは肌の色も違っていたような記憶があります。
今は事情も変り、北海道のチームが優勝するような時代になりました。北海道の高校に所属するといっても道産子は少なくて、全国から精鋭が集まっているのでしょうし、甲子園の暑さを意識した練習もしているのでしょう。
それでも、この暑さでは本来の力を発揮できなかったり、体調の悪さを言い出せない選手もいるんじゃないかと気になります。
熱中症で死者が出るとか、重い後遺症が残る選手が出る前に、夏の甲子園開催は再考したほうがいいんじゃないかと私は思っています。
やめるわけにはいかないなら、気温何度以上は涼しくなる夕方に始めるとか、なんとか工夫できないでしょうか。
私も在校中貸し切りバスで母校の応援に駆けつけ、一勝して旅館に泊まった経験があるので、スケジュールが狂うと出費がかさむ(遠方の応援団関係者が連泊すると額も半端じゃない)のはよくわかるのですが。
ドーム球場は人工芝だからやるわけにはいかない(慣れてないと滑って危険?)と聞きますが、それも検討してほしいと思います。
暑さに負けないで頑張っている選手を、無邪気に称える気には、とてもなれません。
24時間テレビとやらで、今年66歳になる欽ちゃんがチャリティーマラソンに挑戦するそうで、お医者さんの団体が「医学的に非常識」と批判しています。
http://www.asahi.com/culture/update/0817/TKY200708170305.html
この記事によれば、欽ちゃんってヘビースモーカーなんですね。
(ほかのサイトの情報では、一日40〜60本吸うそうです。健康診断でも肺に問題があるから禁煙するように言われているとか)
そして70キロも走る気らしいです。
本人は7月に合宿までやって走る気満々らしいですが、テレビ局、こんな無謀なこと、やらせていいんですか? 明日がもしまた猛暑なら、命取りにもなりかねないですね。
こんなことで感動や勇気を押し付けないでほしい。
地震や猛暑は、人間には刃向かうことの出来ない大きな力。少しでもその被害を小さくするように、謙虚にやり過ごす叡知を持つべきだと思います。
西の方では暑かったらしいですが、こちらは昨日までの猛暑を忘れるような気候でした。秋も近いですね。
油断すると揺り戻しがコワいですが…。
きのう横浜駅でルミネの本屋さんに寄ろうとしてエレベーターを待っていたら、気持ちの悪くなる暑さでした。サウナに入っているような、と形容したらいいでしょうか。
風通しの悪いところはたちまち気温が上がるようです。地下街にもエアコンが入っているらしくて、天井に冷房効果を上げるための小さいスクリーンが吊るしてありました。
自宅に居ながら熱中症で亡くなる人が続出していますが、さもありなんという暑さの中、甲子園ではいつものように熱戦が繰り広げられています。文字通りの「熱」戦ですね、学ラン姿の応援団員をはじめ、観客にとっても拷問じゃないかと思えます。
(私も昨年だったかここで書きましたが、名物のかちわりがバカ売れしていることでしょう。)
選手はよくまあ、みんな走れるなあと感心しきりです。並みの肉体ではないのでしょうね。
昔は、沖縄や鹿児島のチームが有利で、暑さに慣れていない東北北海道のチームは早々に敗退、という図式でした。沖縄代表の選手は他の地域の選手とは肌の色も違っていたような記憶があります。
今は事情も変り、北海道のチームが優勝するような時代になりました。北海道の高校に所属するといっても道産子は少なくて、全国から精鋭が集まっているのでしょうし、甲子園の暑さを意識した練習もしているのでしょう。
それでも、この暑さでは本来の力を発揮できなかったり、体調の悪さを言い出せない選手もいるんじゃないかと気になります。
熱中症で死者が出るとか、重い後遺症が残る選手が出る前に、夏の甲子園開催は再考したほうがいいんじゃないかと私は思っています。
やめるわけにはいかないなら、気温何度以上は涼しくなる夕方に始めるとか、なんとか工夫できないでしょうか。
私も在校中貸し切りバスで母校の応援に駆けつけ、一勝して旅館に泊まった経験があるので、スケジュールが狂うと出費がかさむ(遠方の応援団関係者が連泊すると額も半端じゃない)のはよくわかるのですが。
ドーム球場は人工芝だからやるわけにはいかない(慣れてないと滑って危険?)と聞きますが、それも検討してほしいと思います。
暑さに負けないで頑張っている選手を、無邪気に称える気には、とてもなれません。
24時間テレビとやらで、今年66歳になる欽ちゃんがチャリティーマラソンに挑戦するそうで、お医者さんの団体が「医学的に非常識」と批判しています。
http://www.asahi.com/culture/update/0817/TKY200708170305.html
この記事によれば、欽ちゃんってヘビースモーカーなんですね。
(ほかのサイトの情報では、一日40〜60本吸うそうです。健康診断でも肺に問題があるから禁煙するように言われているとか)
そして70キロも走る気らしいです。
本人は7月に合宿までやって走る気満々らしいですが、テレビ局、こんな無謀なこと、やらせていいんですか? 明日がもしまた猛暑なら、命取りにもなりかねないですね。
こんなことで感動や勇気を押し付けないでほしい。
地震や猛暑は、人間には刃向かうことの出来ない大きな力。少しでもその被害を小さくするように、謙虚にやり過ごす叡知を持つべきだと思います。
2007年08月17日
反復学習
ここの更新を「自粛」して本気モードになり、かといって出来た時間をすべて振り向けたわけでもないですが、エクセルを受験してきました。
資格試験にもいろいろありますが、私の受けたのはMicrosoft Office Specialist(通称MOS)の、Excel2003というものです。
スペシャリストと言うにはあつかましい、ごく基本的な操作をマスターしたという段階ですね。それでもこれを持っていると、就職には俄然有利になるようです。(年齢の壁がないなら、仕事先はいくらでもある様子)
過ぎてしまうとたいして難しいものでもないようだけど、やはりそれなりに時間をかけて勉強しなければ、出来るようにはなりません。コマギレの時間を利用しての反復学習、実に久しぶりにやりました。
忍術の「水蜘蛛」で「沈む前にもう一方の足で先に進めばいい」と言う笑い話がありますが(猛スピードで水面を駆け抜けるトカゲもいますね)、「すっかり忘れてしまう前にまた覚えてマスターする」のが反復学習でしょうか。
私もいい年をして思い立ったので、自分でもあきれるくらいのみ込みが悪く、たぶん若い人の何倍もの時間をかけたと思います。
「よくわかる マスター」問題集(FOM出版)の、巻末にある模擬試験問題。
各回17問の模擬試験問題が6回分だから全部で102問(一つの問題に1〜3問あるので、130問ぐらいになるかもしれません)を、「またこれか」と苦笑するくらい何回もやりました。
先月5日間の講習を受けたときには恥ずかしくなるような点数しか取れなかったのが、何度もやるうちにいいかげん出来るようになって、6回分の問題からアトランダムに出題される回でもコンスタントに9割以上取れるようになったので受験に踏み切りました。
講習で「模擬試験で9割できたら合格できる」と聞いていたので落ちるとは思いませんでしたが、受験料が10290円、振込み手数料を併せると10500円かかったので、失敗はゼッタイ許されないと自分にプレッシャーかけました。
受験できる会場はあちこちにありますが、前もってネットで登録したあと申し込む必要があります。キャンセル(払い戻し)できないから、申し込みと受験日にあまり間があいてないところが好都合。
家から歩いて行けるところにも試験会場となるパソコン教室がありますが、そこで受けるなら(教室の夏休みをはさむので)また10日も待たなくてはなりません。
検討した結果、場所は横浜駅近くの会場。ちょうどガイドヘルパーさんに息子を託す日だったので、きょうを選んだ次第です。
上の問題集のほか別の参考書2冊も(ざっと)目を通していて、自信をもって臨んだ検定試験でしたが、イキナリ見たことのない問題が出てきて焦りました。
スキップといって「あとまわし」できる機能があるのでそれを使ったら、なんとそのあとの2問もかなり不安なのでスキップしました。うろたえ、たちまち「暗雲たちこめる」気分に。
まさか、あれだけ勉強したのに出来ないわけがない、と気を取り直してあとの問題を片付けました。最後の問題をやったあとにスキップした問題に戻り、なんとか完了。一問をのぞき、落ち着いたらちゃんと出来たので、このトシでもやっぱり多少はあがったり緊張したりするのだなと可笑しくなりました。
正直言って「100点とるぞ」となめていた甘い姿勢を反省。最低合格点数690(1000点満点のようです)だったから今回は少し難しかったのかもしれません。(私は964でした。試験終了と同時に成績がわかります)
以前、うちの近くのパソコン教室を(受験の)下見に行ったら、受験対策の単発コースを勧められました。「受験料を無駄にしないために」と言われてちょっと心が動きましたが、90分6000円という価格には驚き、すぐ諦めました。
受験料を無駄にすることなく一発合格できてよかったです。
参考までに、これまでかかった経費は…。(交通費も少々)
★中高年のためのパソコン講座(横浜市勤労福祉財団 能力開発室)
ワード・エクセル初級、パワーポイント基礎
(10日間×5時間)
17000円+教材費2500円(2冊)
★女性のためのパソコン講座・エクセル中級資格コース(同)
(5日間×3時間)
7500円+教材費2000円
かなり安上がりのコースだったようです。それにしても民間のパソコン教室って高すぎませんかねえ。
来春息子が卒業して、遠い学校まで送ったり行事に出たり、長期に休むことがなくなったら、私も自分の食い扶持ぐらいは稼ぎたいと思っています。このトシだからヘルパーかなとヘルパー2級はとりましたが、正直なところ最近とみに体力の衰えを感じる。
ハローワークでそう言ったら、相談員の男性は即座に「ヘルパーはきついですよ、みんな続かないですねえ。男の人もすぐ辞めるみたいですよ」と同情的でした。
グループホームの事務とかどうだろう。ワードもちゃんと勉強してパンフレット制作やHPの更新、エクセルで会計事務もできるなら仕事もあるかも、と思っています。
資格試験にもいろいろありますが、私の受けたのはMicrosoft Office Specialist(通称MOS)の、Excel2003というものです。
スペシャリストと言うにはあつかましい、ごく基本的な操作をマスターしたという段階ですね。それでもこれを持っていると、就職には俄然有利になるようです。(年齢の壁がないなら、仕事先はいくらでもある様子)
過ぎてしまうとたいして難しいものでもないようだけど、やはりそれなりに時間をかけて勉強しなければ、出来るようにはなりません。コマギレの時間を利用しての反復学習、実に久しぶりにやりました。
忍術の「水蜘蛛」で「沈む前にもう一方の足で先に進めばいい」と言う笑い話がありますが(猛スピードで水面を駆け抜けるトカゲもいますね)、「すっかり忘れてしまう前にまた覚えてマスターする」のが反復学習でしょうか。
私もいい年をして思い立ったので、自分でもあきれるくらいのみ込みが悪く、たぶん若い人の何倍もの時間をかけたと思います。
「よくわかる マスター」問題集(FOM出版)の、巻末にある模擬試験問題。
各回17問の模擬試験問題が6回分だから全部で102問(一つの問題に1〜3問あるので、130問ぐらいになるかもしれません)を、「またこれか」と苦笑するくらい何回もやりました。
先月5日間の講習を受けたときには恥ずかしくなるような点数しか取れなかったのが、何度もやるうちにいいかげん出来るようになって、6回分の問題からアトランダムに出題される回でもコンスタントに9割以上取れるようになったので受験に踏み切りました。
講習で「模擬試験で9割できたら合格できる」と聞いていたので落ちるとは思いませんでしたが、受験料が10290円、振込み手数料を併せると10500円かかったので、失敗はゼッタイ許されないと自分にプレッシャーかけました。
受験できる会場はあちこちにありますが、前もってネットで登録したあと申し込む必要があります。キャンセル(払い戻し)できないから、申し込みと受験日にあまり間があいてないところが好都合。
家から歩いて行けるところにも試験会場となるパソコン教室がありますが、そこで受けるなら(教室の夏休みをはさむので)また10日も待たなくてはなりません。
検討した結果、場所は横浜駅近くの会場。ちょうどガイドヘルパーさんに息子を託す日だったので、きょうを選んだ次第です。
上の問題集のほか別の参考書2冊も(ざっと)目を通していて、自信をもって臨んだ検定試験でしたが、イキナリ見たことのない問題が出てきて焦りました。
スキップといって「あとまわし」できる機能があるのでそれを使ったら、なんとそのあとの2問もかなり不安なのでスキップしました。うろたえ、たちまち「暗雲たちこめる」気分に。
まさか、あれだけ勉強したのに出来ないわけがない、と気を取り直してあとの問題を片付けました。最後の問題をやったあとにスキップした問題に戻り、なんとか完了。一問をのぞき、落ち着いたらちゃんと出来たので、このトシでもやっぱり多少はあがったり緊張したりするのだなと可笑しくなりました。
正直言って「100点とるぞ」となめていた甘い姿勢を反省。最低合格点数690(1000点満点のようです)だったから今回は少し難しかったのかもしれません。(私は964でした。試験終了と同時に成績がわかります)
以前、うちの近くのパソコン教室を(受験の)下見に行ったら、受験対策の単発コースを勧められました。「受験料を無駄にしないために」と言われてちょっと心が動きましたが、90分6000円という価格には驚き、すぐ諦めました。
受験料を無駄にすることなく一発合格できてよかったです。
参考までに、これまでかかった経費は…。(交通費も少々)
★中高年のためのパソコン講座(横浜市勤労福祉財団 能力開発室)
ワード・エクセル初級、パワーポイント基礎
(10日間×5時間)
17000円+教材費2500円(2冊)
★女性のためのパソコン講座・エクセル中級資格コース(同)
(5日間×3時間)
7500円+教材費2000円
かなり安上がりのコースだったようです。それにしても民間のパソコン教室って高すぎませんかねえ。
来春息子が卒業して、遠い学校まで送ったり行事に出たり、長期に休むことがなくなったら、私も自分の食い扶持ぐらいは稼ぎたいと思っています。このトシだからヘルパーかなとヘルパー2級はとりましたが、正直なところ最近とみに体力の衰えを感じる。
ハローワークでそう言ったら、相談員の男性は即座に「ヘルパーはきついですよ、みんな続かないですねえ。男の人もすぐ辞めるみたいですよ」と同情的でした。
グループホームの事務とかどうだろう。ワードもちゃんと勉強してパンフレット制作やHPの更新、エクセルで会計事務もできるなら仕事もあるかも、と思っています。
2007年08月13日
おことわり
個人的事情で数日お休みいたします。16日までは猛暑が続くそうですが、お互い夏バテに負けず頑張りましょう。
2007年08月12日
日航機事故の思い出
きょうは日航ジャンボ機墜落事故の起こった日です。あの惨劇からもう22年が経過したそうです。
私などはテレビの画面に釘付けになったものですが、もう事故の記憶もない世代も増えたことでしょう。
夕方のニュースで「連絡が途絶えた、レーダーから機影が消えた」と一報があって、山が燃えているとか、火の玉が飛んでいったと目撃情報があったとか、続報がわずかにありました。
墜落を避けられないと判断した機長が、二次災害を防ぐために人里離れた山の中に機体を運んだものだったと記憶しています。これがもし本来のルートを飛んだままだったら、被害もさらに甚大だったはずです。
でもそのために捜索は明るくなってから(一晩経過)と出遅れ、救出活動は難航を極めました。
一説によれば、事故を察知した、静岡県に駐留していた米軍が協力を申し出たのに、日本政府はそれを断ったとか言われました。米軍の最新鋭の軍用機(夜間でも飛べるヘリとか?)の威力があったら、生存者はもっと増えていたかもしれません。
(米軍のヘリがいち早く現場に駆けつけたのに、命令で引き返したという話もあります)
生存者は4人きりでしたが、助かった人たちはあまりひどい状態ではありませんでした。(それでも腰の骨を折るなど、軽い怪我ではないですが。)救出までに時間がかかったことから、一刻を争う重傷者はそれまでにみな亡くなったのではないかと思っています。
墜落当時は生存していた人も夜闇の中で絶命したという事実は、奇跡的に生還した川上慶子さんの証言で明らかになりました。大勢の声が聞こえ、慶子さんの妹やお父さんも初めは声をかけあったりしていたのに、だんだん聞こえなくなったそうです。
川上慶子さんは当時まだ小学生だったでしょうか、スリムで短髪だったから、最初「男の子が生存」と速報が流れました。
自衛隊のヘリコプターに抱きかかえられて収容される映像には私も涙がこぼれました。
夏休みの家族旅行が最悪の結果になってほんとうに気の毒なことでした。後年、看護師として元気に働く彼女の消息を聞いて、我が事のように嬉しく思いました。
慶子さんに関しては「奇跡の少女」と救世主的扱いで好意的でしたが、偶然乗り合わせていた日航乗務員の女性は(ごく一部の人に)いわれもない中傷を受けていました。事故を起こした日航に対する不信感が彼女に向けられたのだと思いますが、人間の冷たさ卑劣さを思い知らされる嫌な出来事でした。
この女性は後に専門家らしい詳細な証言をして、事故調査や再発防止に大いに尽力してくれたと思います。
当時、航空機は今ほど一般的でなく、ことに羽田−大阪路線は新幹線もあることですからどちらかと言うと贅沢な感じでした。航空券を高いと思わない(時間を買う)裕福な層が多く搭乗していたのではないかと思います。
歌手の坂本九さんが乗り合わせていたり、どこかの社長さんなど重要人物も多数犠牲になりました。
ダッチロール状態で数分飛んだから、家族宛に遺書(メモ)を書き残した人も多く、数々のドラマが報道されました。
生存者の証言でも、機内は助け合って救命具をつけるなど乗客は比較的冷静で、乗務員の指示に良く従ってくれたような話でした。日本人じゃないとこうはいかないんじゃないかと思いました。
事故機の一本前の便、あとの便に乗った人は何事もなかったわけですよね。家でそんな話をしていたら、夫が「親父はアメリカで命拾いしたんだって」と話し出しました。
義父は仕事の関係でときどきアメリカに出かけていましたが、その日、相手(取引先)に引き止められて予定を一日延ばしたそうです。そんなことはめったにない人で、予定を変更するのも初めてだったとか。
そしたら、乗るはずだった飛行機(国内便?)が墜落して、多数の死傷者が出たということでした。
もしかしたら、その機にキャンセル待ちをして乗った人がいたかもしれません。人の運命って紙一重ですね。
私の良く知る知人は、報道記者として取材のため日航機墜落現場に向かいました。
電車や車で行ける所まで行って、あとはクマザサをかき分けながら何時間も歩いたそうです。そのクマザサは人の背丈ほどもある深いもので、一歩一歩踏みしめてたどり着くまでに、すっかり消耗してしまった。
人に先んじようと単独行動で急いだら、途中で方向を間違えて迷いそうになった。周りはひと気のない原生林、ここで遭難したら死ぬしかないと頭を掠めたとか。タフな人ですが「オレはいったい何をしてるんだろう」と自問せずにおれなかったそうです。
すごい臭いに、真夏の太陽。ヘリの爆音。この世のものとは思えない墜落現場ではずっと吐いている記者もいたそうです。
途中の木の枝にひっかかった肉片や焦げた遺品の写真がFOCUSに載りましたが、あの通りだった。この取材で人生観がすっかり変わったとあとで話していました。「どう変ったの?」と聞いても簡単には言葉にならないと、教えてもらえませんでしたが。
私の記憶だけで書きましたが、なにぶん昔のことですから、もし事実誤認があったらお詫びいたします。
私などはテレビの画面に釘付けになったものですが、もう事故の記憶もない世代も増えたことでしょう。
夕方のニュースで「連絡が途絶えた、レーダーから機影が消えた」と一報があって、山が燃えているとか、火の玉が飛んでいったと目撃情報があったとか、続報がわずかにありました。
墜落を避けられないと判断した機長が、二次災害を防ぐために人里離れた山の中に機体を運んだものだったと記憶しています。これがもし本来のルートを飛んだままだったら、被害もさらに甚大だったはずです。
でもそのために捜索は明るくなってから(一晩経過)と出遅れ、救出活動は難航を極めました。
一説によれば、事故を察知した、静岡県に駐留していた米軍が協力を申し出たのに、日本政府はそれを断ったとか言われました。米軍の最新鋭の軍用機(夜間でも飛べるヘリとか?)の威力があったら、生存者はもっと増えていたかもしれません。
(米軍のヘリがいち早く現場に駆けつけたのに、命令で引き返したという話もあります)
生存者は4人きりでしたが、助かった人たちはあまりひどい状態ではありませんでした。(それでも腰の骨を折るなど、軽い怪我ではないですが。)救出までに時間がかかったことから、一刻を争う重傷者はそれまでにみな亡くなったのではないかと思っています。
墜落当時は生存していた人も夜闇の中で絶命したという事実は、奇跡的に生還した川上慶子さんの証言で明らかになりました。大勢の声が聞こえ、慶子さんの妹やお父さんも初めは声をかけあったりしていたのに、だんだん聞こえなくなったそうです。
川上慶子さんは当時まだ小学生だったでしょうか、スリムで短髪だったから、最初「男の子が生存」と速報が流れました。
自衛隊のヘリコプターに抱きかかえられて収容される映像には私も涙がこぼれました。
夏休みの家族旅行が最悪の結果になってほんとうに気の毒なことでした。後年、看護師として元気に働く彼女の消息を聞いて、我が事のように嬉しく思いました。
慶子さんに関しては「奇跡の少女」と救世主的扱いで好意的でしたが、偶然乗り合わせていた日航乗務員の女性は(ごく一部の人に)いわれもない中傷を受けていました。事故を起こした日航に対する不信感が彼女に向けられたのだと思いますが、人間の冷たさ卑劣さを思い知らされる嫌な出来事でした。
この女性は後に専門家らしい詳細な証言をして、事故調査や再発防止に大いに尽力してくれたと思います。
当時、航空機は今ほど一般的でなく、ことに羽田−大阪路線は新幹線もあることですからどちらかと言うと贅沢な感じでした。航空券を高いと思わない(時間を買う)裕福な層が多く搭乗していたのではないかと思います。
歌手の坂本九さんが乗り合わせていたり、どこかの社長さんなど重要人物も多数犠牲になりました。
ダッチロール状態で数分飛んだから、家族宛に遺書(メモ)を書き残した人も多く、数々のドラマが報道されました。
生存者の証言でも、機内は助け合って救命具をつけるなど乗客は比較的冷静で、乗務員の指示に良く従ってくれたような話でした。日本人じゃないとこうはいかないんじゃないかと思いました。
事故機の一本前の便、あとの便に乗った人は何事もなかったわけですよね。家でそんな話をしていたら、夫が「親父はアメリカで命拾いしたんだって」と話し出しました。
義父は仕事の関係でときどきアメリカに出かけていましたが、その日、相手(取引先)に引き止められて予定を一日延ばしたそうです。そんなことはめったにない人で、予定を変更するのも初めてだったとか。
そしたら、乗るはずだった飛行機(国内便?)が墜落して、多数の死傷者が出たということでした。
もしかしたら、その機にキャンセル待ちをして乗った人がいたかもしれません。人の運命って紙一重ですね。
私の良く知る知人は、報道記者として取材のため日航機墜落現場に向かいました。
電車や車で行ける所まで行って、あとはクマザサをかき分けながら何時間も歩いたそうです。そのクマザサは人の背丈ほどもある深いもので、一歩一歩踏みしめてたどり着くまでに、すっかり消耗してしまった。
人に先んじようと単独行動で急いだら、途中で方向を間違えて迷いそうになった。周りはひと気のない原生林、ここで遭難したら死ぬしかないと頭を掠めたとか。タフな人ですが「オレはいったい何をしてるんだろう」と自問せずにおれなかったそうです。
すごい臭いに、真夏の太陽。ヘリの爆音。この世のものとは思えない墜落現場ではずっと吐いている記者もいたそうです。
途中の木の枝にひっかかった肉片や焦げた遺品の写真がFOCUSに載りましたが、あの通りだった。この取材で人生観がすっかり変わったとあとで話していました。「どう変ったの?」と聞いても簡単には言葉にならないと、教えてもらえませんでしたが。
私の記憶だけで書きましたが、なにぶん昔のことですから、もし事実誤認があったらお詫びいたします。
2007年08月11日
夏休み
毎年思うことだけど、マッタクいつまで続くんだろう、この夏休み。
学校の夏休みっていくらなんでも長すぎると思う。
長期の休みを利用して海外旅行するとか、田舎に滞在するような人にはいいだろうけど、大半の家庭では終わる日を指折り数えているんじゃないでしょうか。塾の集中講座を受けるぐらいなら、それを学校でタダでやってもらいたいもんです。
お母さんも仕事に出ているような家庭では、給食がないから昼食だっていいかげんになりそうです。
子どもたち(一人っ子なら一人)で留守番できないような小さい子や、ウチみたいな障害児を抱える家庭にとっては、夏休みは「じっと我慢の修行の毎日」…じゃないかしら。
ウチの息子は来春卒業だからこんな長い夏休みももう最後。一緒に堪能できればと頑張ってますが、いいかげんくたびれる。
ほっとくとクーラーの効いた部屋でごろごろして音楽を聴くぐらいだから、なるべくお手伝いをさせていますが、たいして時間稼ぎにもならない。
連れ出さないと一人では外出できないので、炎天下お供をすることになります。少しは運動もさせたいし、刺激もほしいです。
きょうは普通電車にのんびり乗って、(交通費の安い)東急東横線に乗り換えて終点の渋谷へ。渋谷に何があるかと考え、何年か前に行ったことのあるNHK放送センターにしました。初めてのところは自閉症の息子が警戒するので。
暑いので日陰をたどり、なるべく人の少なそうな通りを選んで行きました。きょうはこの夏最高の暑さだったそうで、さもありなんというところです。(NHKホールの脇を通ったら「思い出のメロディ」受付けをやっていました。夜テレビとラジオで生放送していた、アレです)
スタジオパークの自動販売機で息子は紙コップのカルピスを選び、長椅子にかけて飲むことにしました。
背もたれのない長椅子を二つくっつけたような場所の真ん中に斜めに寝そべっている子がいて、脇にリュックも置いてあります。
ずいぶん行儀の悪い子だなあと思いながら、ほかに空いた席もないので「ここ、いいですか」と声をかけ、リュックをちょっとずらそうとしました。
すると後ろにいた女性が「腕が伸びてくるかも、ぶつかるかもしれません」と言うので、ああそういうことかと事情がつかめました。
わかりました、と返事して腰を下ろしました。近くで見ると、養護学校によくいるタイプの子、おそらく息子のお仲間です。
「今動かせないものですから、どうにもならなくて」と横の人にも言っている声が聞こえます。
あらためて女性の顔を見ると、お母さんと言うには若すぎる。「ガイドヘルパーさんですか」と訊ねると「はい、そうです」と元気に返ってきました。
子どものことを「何年生ですか」と聞いたら、ちょっと間があって「19歳なんですよ」ということでしたから、ウチの息子と同じです。
目をつぶっていて顔はよくわかりませんでしたが、とてもその年齢には見えず、服装なども19歳の青年にしたら幼稚だったかもしれません。
(知的障害児に対しては親はつい、精神年齢に合わせて、子ども扱いしてしまいますね。ウチの息子も傍目には中学生ぐらいに見えるかもしれないなあと思いました)
その子はほとんど動かず、眠っているように見えました。「発作ですか?」と聞いたら、ヘルパーさんも慣れているようで「はい、これは、発作なんです」と冷静に答えが返ってきました。(発作のあとはみんな少し眠るようです)
発作のある子を家まで迎えに行って、おそらく楽しませようと(ドーモくんなんかが好きなのかも)NHKまで連れて来てくれるガイドヘルパーさんの存在は、お母さんにとってどれだけありがたいことかと思いました。
椅子を占領して眠ることに対しても、お母さんならとても恐縮して周囲に謝りまくっていたかもしれません。(そういう思いをしたくないから、自分ひとりでは連れ出さないという人もいます)
今回は、「仕事」と割り切ったさばさばした印象のガイドヘルパーさんの態度に、いろいろ考えさせられました。
高齢者の介護にしても、自分の親を見るのは嫌だ、という人は多いです。仕事でするなら、お金のためと割り切って我慢もするし、時間が来たら解放され、あとは忘れていられる。
親となるとそうはいきません、献身的に働いてアタリマエ、感謝どころかわがままを言って振り回されます。
(看護師をしている私の姉は、スープの冷めない距離で一人暮らしの義母を介護していましたが、「仕事に行く方がずっとラクやわ」と笑っていました。看護師だからプロと周囲は期待もするし甘えもしますよね。給料は出ないのに)
障害児相手も同じことです。親の場合は恩もあるし「先が長くないんだから」とカワイソウにも思いますが、子どもの場合は普通自分より先まで生きますしね、終わりがない。
ずっと自分で見るのは無理と達観して、他人に託すことに慣れるのもお互いのためかなとも思います。
私もこの夏は初めてガイドヘルパーさんのお世話になっています(ガイヘルさんも家庭もちが多いとかで、あまり利用できないですが)。他に地域活動センターの余暇活動で、4回はプールなどに連れて行ってもらえ、とても助かりました。
とは言っても長い長い夏休み、大半の日は私があちこち連れて歩いています。初めての路線バスに乗ったりとか、駆け抜けるだけの動物園とか。江ノ電はとても好きなようです(海が見えるから?)。
はるばるNHKまで行ってもキャラクターにも無関心、おじゃる丸(おなじみのはずだけど)のアニメは声を出すのですぐ退室。
嬉しそうに笑顔を見せたのは紙コップのカルピスを買うときのみ。NHKは通り抜けただけだったけど、普通電車にゆっくり乗れたし、運動にはなりました。
息子の学校は20日から授業再開なので、あと一週間の辛抱です。頑張らなくっちゃ。
学校の夏休みっていくらなんでも長すぎると思う。
長期の休みを利用して海外旅行するとか、田舎に滞在するような人にはいいだろうけど、大半の家庭では終わる日を指折り数えているんじゃないでしょうか。塾の集中講座を受けるぐらいなら、それを学校でタダでやってもらいたいもんです。
お母さんも仕事に出ているような家庭では、給食がないから昼食だっていいかげんになりそうです。
子どもたち(一人っ子なら一人)で留守番できないような小さい子や、ウチみたいな障害児を抱える家庭にとっては、夏休みは「じっと我慢の修行の毎日」…じゃないかしら。
ウチの息子は来春卒業だからこんな長い夏休みももう最後。一緒に堪能できればと頑張ってますが、いいかげんくたびれる。
ほっとくとクーラーの効いた部屋でごろごろして音楽を聴くぐらいだから、なるべくお手伝いをさせていますが、たいして時間稼ぎにもならない。
連れ出さないと一人では外出できないので、炎天下お供をすることになります。少しは運動もさせたいし、刺激もほしいです。
きょうは普通電車にのんびり乗って、(交通費の安い)東急東横線に乗り換えて終点の渋谷へ。渋谷に何があるかと考え、何年か前に行ったことのあるNHK放送センターにしました。初めてのところは自閉症の息子が警戒するので。
暑いので日陰をたどり、なるべく人の少なそうな通りを選んで行きました。きょうはこの夏最高の暑さだったそうで、さもありなんというところです。(NHKホールの脇を通ったら「思い出のメロディ」受付けをやっていました。夜テレビとラジオで生放送していた、アレです)
スタジオパークの自動販売機で息子は紙コップのカルピスを選び、長椅子にかけて飲むことにしました。
背もたれのない長椅子を二つくっつけたような場所の真ん中に斜めに寝そべっている子がいて、脇にリュックも置いてあります。
ずいぶん行儀の悪い子だなあと思いながら、ほかに空いた席もないので「ここ、いいですか」と声をかけ、リュックをちょっとずらそうとしました。
すると後ろにいた女性が「腕が伸びてくるかも、ぶつかるかもしれません」と言うので、ああそういうことかと事情がつかめました。
わかりました、と返事して腰を下ろしました。近くで見ると、養護学校によくいるタイプの子、おそらく息子のお仲間です。
「今動かせないものですから、どうにもならなくて」と横の人にも言っている声が聞こえます。
あらためて女性の顔を見ると、お母さんと言うには若すぎる。「ガイドヘルパーさんですか」と訊ねると「はい、そうです」と元気に返ってきました。
子どものことを「何年生ですか」と聞いたら、ちょっと間があって「19歳なんですよ」ということでしたから、ウチの息子と同じです。
目をつぶっていて顔はよくわかりませんでしたが、とてもその年齢には見えず、服装なども19歳の青年にしたら幼稚だったかもしれません。
(知的障害児に対しては親はつい、精神年齢に合わせて、子ども扱いしてしまいますね。ウチの息子も傍目には中学生ぐらいに見えるかもしれないなあと思いました)
その子はほとんど動かず、眠っているように見えました。「発作ですか?」と聞いたら、ヘルパーさんも慣れているようで「はい、これは、発作なんです」と冷静に答えが返ってきました。(発作のあとはみんな少し眠るようです)
発作のある子を家まで迎えに行って、おそらく楽しませようと(ドーモくんなんかが好きなのかも)NHKまで連れて来てくれるガイドヘルパーさんの存在は、お母さんにとってどれだけありがたいことかと思いました。
椅子を占領して眠ることに対しても、お母さんならとても恐縮して周囲に謝りまくっていたかもしれません。(そういう思いをしたくないから、自分ひとりでは連れ出さないという人もいます)
今回は、「仕事」と割り切ったさばさばした印象のガイドヘルパーさんの態度に、いろいろ考えさせられました。
高齢者の介護にしても、自分の親を見るのは嫌だ、という人は多いです。仕事でするなら、お金のためと割り切って我慢もするし、時間が来たら解放され、あとは忘れていられる。
親となるとそうはいきません、献身的に働いてアタリマエ、感謝どころかわがままを言って振り回されます。
(看護師をしている私の姉は、スープの冷めない距離で一人暮らしの義母を介護していましたが、「仕事に行く方がずっとラクやわ」と笑っていました。看護師だからプロと周囲は期待もするし甘えもしますよね。給料は出ないのに)
障害児相手も同じことです。親の場合は恩もあるし「先が長くないんだから」とカワイソウにも思いますが、子どもの場合は普通自分より先まで生きますしね、終わりがない。
ずっと自分で見るのは無理と達観して、他人に託すことに慣れるのもお互いのためかなとも思います。
私もこの夏は初めてガイドヘルパーさんのお世話になっています(ガイヘルさんも家庭もちが多いとかで、あまり利用できないですが)。他に地域活動センターの余暇活動で、4回はプールなどに連れて行ってもらえ、とても助かりました。
とは言っても長い長い夏休み、大半の日は私があちこち連れて歩いています。初めての路線バスに乗ったりとか、駆け抜けるだけの動物園とか。江ノ電はとても好きなようです(海が見えるから?)。
はるばるNHKまで行ってもキャラクターにも無関心、おじゃる丸(おなじみのはずだけど)のアニメは声を出すのですぐ退室。
嬉しそうに笑顔を見せたのは紙コップのカルピスを買うときのみ。NHKは通り抜けただけだったけど、普通電車にゆっくり乗れたし、運動にはなりました。
息子の学校は20日から授業再開なので、あと一週間の辛抱です。頑張らなくっちゃ。
でき婚は真似しないで
ダルビッシュ有なる青年は、そりゃあ文句なしにカッコイイです。
野球選手というのは特別なオーラがあってとにかく素敵、と書いていたのは作詞家の山口洋子さんだったと思いますが、その中でも投手となると格別ですよね。
中東系(イラン人)の血を引くエキゾチックな顔立ちに、196センチの長身。鍛えぬいた肉体。
どんな球種でもマスターしてしまう天賦の才能に、あまり笑わないクールな印象。
稼ぐだけじゃなく、 特定非営利活動法人 日本水フォーラムの「ダルビッシュ有 水基金」というのもやっていて、一勝するたびに10万円ずつ寄付。賛同する人の寄付も併せて、開発途上国の水資源開発のために資金提供しているそうです。
http://darvish-yu.jp/waterfund.html
この基金の説明に、
<※基金は、日本水フォーラムの活動・経費等には一切充てず、全てを「水で生命を救う活動資金(海外送金経費等を含む)」として充当します >
という一文がありました。非営利団体の活動に対しては、寄付金の使途について明朗でない団体に批判があるからでしょうね。
ダルビッシュ有、若いのになかなかやりますね。
まだ高校生のころにタバコを吸いながらパチンコしてたのを写真週刊誌に撮られ、謹慎したのもものかは。日本ハム入団後は、それがどうした、とせせら笑いそうな活躍ぶりです。
(こういう不良っぽいのがまた、女性受けするんですよねえ。親の金で遊んでるんじゃないし。)
喫煙すると背が伸びないと聞いてますが、彼の場合はDNAの方が勝ちましたかね。
いずれにしろ品行方正な青年ではないようで、いわゆる不純異性交遊も年季が入っていそう。きょうは早々と恋人の懐妊と結婚することをお立ち台で宣言しました。
これほどの人気者で、堂々としているから、マスコミはとても好意的です。おめでとう、と祝賀ムードいっぱい。
小倉キャスターが「巨人だったらゼッタイもみ消されてたよ!」と言ってましたが、私にも「よくもまあ…」とあきれる軽率さに思えます。
(相手の女の子は事情通によれば「とてもいい子」だそうですから、うまくいくのかもしれないけど。彼のお父さんも早婚だったらしくてまだ40歳とかいう話ですね /訂正:47歳だそうです。私が40代と40歳を聞き間違えたのだと思います、どうも失礼しました。12日記)
できちゃった婚、今は「でき婚」と言うらしいですが、珍しいものでも恥ずかしいものでもなくなったような風潮に、私は大いに不満です。
安室奈美恵、土屋アンナ、最近ではモーニング娘のなんとか。まだ遊びたい盛りの年齢で妊娠して結婚、出産。
そりゃ、中絶よりはいいですよ。でも出産が一過的なものならともなく、生まれてきた子どもに対してはそのあとずーーーっと母親として責任を負うわけでしょ。育児は放棄できませんよ。
代わりに育ててくれる人がいるのかもしれないけど、成り行きで覚悟もなく安易に母親にならないでほしい。
でき婚でないとたぶん結婚できなかった(から、確信犯の)人気者の真似をして、避妊をさぼらないでほしい。
私はどうしても考えてしまいますが、生まれてきた子が重い障害を持っていたらどうする? そのときはわからず、数年後に知的障害がわかったり、病気や怪我で障害が残ったら。
障害がなくても、親からしたら「とても出来の悪い」子だったら? ブサイクで頭が悪くて、かけっこしたらビリ。いじけて暗い性格だったら?
ちっとも可愛く思えなかったら。この子のせいで私の人生台無しだ、と憎らしくなったら…。
まさか、赤ちゃんポストに入れてしまえ、なんて考えないでしょうね。
でき婚は真似しないで。見習うとしたら山口百恵みたいにいさぎのいい、真剣な生き方を真似てほしいと思います。
野球選手というのは特別なオーラがあってとにかく素敵、と書いていたのは作詞家の山口洋子さんだったと思いますが、その中でも投手となると格別ですよね。
中東系(イラン人)の血を引くエキゾチックな顔立ちに、196センチの長身。鍛えぬいた肉体。
どんな球種でもマスターしてしまう天賦の才能に、あまり笑わないクールな印象。
稼ぐだけじゃなく、 特定非営利活動法人 日本水フォーラムの「ダルビッシュ有 水基金」というのもやっていて、一勝するたびに10万円ずつ寄付。賛同する人の寄付も併せて、開発途上国の水資源開発のために資金提供しているそうです。
http://darvish-yu.jp/waterfund.html
この基金の説明に、
<※基金は、日本水フォーラムの活動・経費等には一切充てず、全てを「水で生命を救う活動資金(海外送金経費等を含む)」として充当します >
という一文がありました。非営利団体の活動に対しては、寄付金の使途について明朗でない団体に批判があるからでしょうね。
ダルビッシュ有、若いのになかなかやりますね。
まだ高校生のころにタバコを吸いながらパチンコしてたのを写真週刊誌に撮られ、謹慎したのもものかは。日本ハム入団後は、それがどうした、とせせら笑いそうな活躍ぶりです。
(こういう不良っぽいのがまた、女性受けするんですよねえ。親の金で遊んでるんじゃないし。)
喫煙すると背が伸びないと聞いてますが、彼の場合はDNAの方が勝ちましたかね。
いずれにしろ品行方正な青年ではないようで、いわゆる不純異性交遊も年季が入っていそう。きょうは早々と恋人の懐妊と結婚することをお立ち台で宣言しました。
これほどの人気者で、堂々としているから、マスコミはとても好意的です。おめでとう、と祝賀ムードいっぱい。
小倉キャスターが「巨人だったらゼッタイもみ消されてたよ!」と言ってましたが、私にも「よくもまあ…」とあきれる軽率さに思えます。
(相手の女の子は事情通によれば「とてもいい子」だそうですから、うまくいくのかもしれないけど。彼のお父さんも早婚だったらしくてまだ40歳とかいう話ですね /訂正:47歳だそうです。私が40代と40歳を聞き間違えたのだと思います、どうも失礼しました。12日記)
できちゃった婚、今は「でき婚」と言うらしいですが、珍しいものでも恥ずかしいものでもなくなったような風潮に、私は大いに不満です。
安室奈美恵、土屋アンナ、最近ではモーニング娘のなんとか。まだ遊びたい盛りの年齢で妊娠して結婚、出産。
そりゃ、中絶よりはいいですよ。でも出産が一過的なものならともなく、生まれてきた子どもに対してはそのあとずーーーっと母親として責任を負うわけでしょ。育児は放棄できませんよ。
代わりに育ててくれる人がいるのかもしれないけど、成り行きで覚悟もなく安易に母親にならないでほしい。
でき婚でないとたぶん結婚できなかった(から、確信犯の)人気者の真似をして、避妊をさぼらないでほしい。
私はどうしても考えてしまいますが、生まれてきた子が重い障害を持っていたらどうする? そのときはわからず、数年後に知的障害がわかったり、病気や怪我で障害が残ったら。
障害がなくても、親からしたら「とても出来の悪い」子だったら? ブサイクで頭が悪くて、かけっこしたらビリ。いじけて暗い性格だったら?
ちっとも可愛く思えなかったら。この子のせいで私の人生台無しだ、と憎らしくなったら…。
まさか、赤ちゃんポストに入れてしまえ、なんて考えないでしょうね。
でき婚は真似しないで。見習うとしたら山口百恵みたいにいさぎのいい、真剣な生き方を真似てほしいと思います。
2007年08月09日
楳図さんの家
漫画家の楳図かずおさんが東京・吉祥寺に建築中の家に対し、近隣住民が工事差し止めを求めた事件。
閑静な高級住宅地に突如赤白ボーダーの派手な建物が出現し、あまつさえ鼻水を垂らした(ふざけた?)人形が塔になるわけですから、近所の人たちが当惑し抗議するのもアタリマエですね。
でも「景観利益を個人が権利行使することはできない」ことになっているそうで、お騒がせ楳図邸は計画通り建てられることになりそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070804-00000007-sanspo-ent
あの奇っ怪なキャラの人ですから、風変わりなと言うか個性的な家を建てたがるのは無理もない気がします。
静かな住宅街に住んでいる近隣住民にとっては、迷惑この上ないことなのでしょうか。目立つからファンなども見物にやって来てざわつきそうです。
それにしても、外壁が赤白のボーダー、シンボルキャラの塔を建てるのって、よくわかりませんが、それほど論外でしょうか。楳図かずおさんのファンや、ファンというほどじゃなくても親しみを感じている人なら、マッタクしょうがないわねと苦笑してすませたかもしれません。
先日テレビで放送していましたが、別荘も外壁が赤白模様だけど、そちらは道路の間に樹木が並んでいました。別の側は派手な黄色でしたが、地元の人は「黄色の家の前を通って来て」などと目印に使っているとかで、概して好意的(無関心?)なようでした。
楳図さんの公式HPにこんなページがありました。
http://umezz.com/interview/
寝るときも含め、赤白ボーダーの服しか着ないみたいですね。同じようなのが40着もあるらしいけど、本人にはこだわりがあるようです。
本人にとっては大切なトレードマークでしょうか。
服だけじゃなくて内装もそうだし、(ここに写真がありますが)傘までそうらしいです。便器カバーセットや、たしか対談で、寝具のカバーもそうだと話していたと思います。(寝室までそうじゃ、興奮してよく眠れないんじゃないかと凡人の私は思いますが…)
さすがに「まことちゃん」生みの親です、かなりキョーレツ。
世俗的なものは超越しているのか映画も小説も見ないそうで、でもやっぱりと言うか、ヒッチコックは好きだそうです。
楳図さんは高野山地方の生まれで、おばあちゃんのコワい話を子守唄に育ったと聞いたことがあります。日本の昔話、民話というのは不気味で怖いものが多いですよね、高野山なら本格的という感じです。楳図さんの恐怖漫画の世界はそこで素地が出来たのだと思います。
「少女フレンド」のへび少女でブレークしましたが、その前に貸本に描いていた恐怖漫画の不気味さはあんなもんじゃなかったです。
私が(姉が借りてくるのを)読んでいたのはほんの子どものときですが、今でもお椀から出てきたながーーい髪の毛とか、人の頭の上で燃える火(鬼火?)とか、ぞーっとしたシーンを断片的に覚えています。
コワい漫画ばかりじゃなくてハチャメチャな漫画も描いているのは、無意識にバランスをとっていたのかもしれませんね。「まことちゃん」を恐怖漫画と同じタッチで描くのには個人的には今でも違和感がありますが。
それにしても楳図さんってもう70歳なんですね。9月3日には71歳になるようです。
昔から異様なくらいのやせぎすで顔はシワシワだから、トシを感じさせませんね。(20年以上も前に蕎麦屋で相席しましたが、そのころとあまり印象は変りません)
人気絶頂の頃、無理がたたって身体を壊し(顔がまっ黄色になったことも)、故郷で静養した時期もあるそうです。あまり寝ずに精力的に動きそうだし、太れないのかもしれませんね。本人はやせぎすなのを気にしているようで、赤白ボーダーを着るのも痩せて見えないという理由もあるそうです。
今は腱鞘炎の悪化で(いかにも腱鞘炎になりそうなタッチではありますね)漫画は描いてないそうですが、イベントに顔を出したりと毎日いろいろ忙しそうです。好みどおりの家を建てても、そこでゆっくりくつろぐヒマがあるのかどうか。
閑静な高級住宅地に突如赤白ボーダーの派手な建物が出現し、あまつさえ鼻水を垂らした(ふざけた?)人形が塔になるわけですから、近所の人たちが当惑し抗議するのもアタリマエですね。
でも「景観利益を個人が権利行使することはできない」ことになっているそうで、お騒がせ楳図邸は計画通り建てられることになりそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070804-00000007-sanspo-ent
あの奇っ怪なキャラの人ですから、風変わりなと言うか個性的な家を建てたがるのは無理もない気がします。
静かな住宅街に住んでいる近隣住民にとっては、迷惑この上ないことなのでしょうか。目立つからファンなども見物にやって来てざわつきそうです。
それにしても、外壁が赤白のボーダー、シンボルキャラの塔を建てるのって、よくわかりませんが、それほど論外でしょうか。楳図かずおさんのファンや、ファンというほどじゃなくても親しみを感じている人なら、マッタクしょうがないわねと苦笑してすませたかもしれません。
先日テレビで放送していましたが、別荘も外壁が赤白模様だけど、そちらは道路の間に樹木が並んでいました。別の側は派手な黄色でしたが、地元の人は「黄色の家の前を通って来て」などと目印に使っているとかで、概して好意的(無関心?)なようでした。
楳図さんの公式HPにこんなページがありました。
http://umezz.com/interview/
寝るときも含め、赤白ボーダーの服しか着ないみたいですね。同じようなのが40着もあるらしいけど、本人にはこだわりがあるようです。
本人にとっては大切なトレードマークでしょうか。
服だけじゃなくて内装もそうだし、(ここに写真がありますが)傘までそうらしいです。便器カバーセットや、たしか対談で、寝具のカバーもそうだと話していたと思います。(寝室までそうじゃ、興奮してよく眠れないんじゃないかと凡人の私は思いますが…)
さすがに「まことちゃん」生みの親です、かなりキョーレツ。
世俗的なものは超越しているのか映画も小説も見ないそうで、でもやっぱりと言うか、ヒッチコックは好きだそうです。
楳図さんは高野山地方の生まれで、おばあちゃんのコワい話を子守唄に育ったと聞いたことがあります。日本の昔話、民話というのは不気味で怖いものが多いですよね、高野山なら本格的という感じです。楳図さんの恐怖漫画の世界はそこで素地が出来たのだと思います。
「少女フレンド」のへび少女でブレークしましたが、その前に貸本に描いていた恐怖漫画の不気味さはあんなもんじゃなかったです。
私が(姉が借りてくるのを)読んでいたのはほんの子どものときですが、今でもお椀から出てきたながーーい髪の毛とか、人の頭の上で燃える火(鬼火?)とか、ぞーっとしたシーンを断片的に覚えています。
コワい漫画ばかりじゃなくてハチャメチャな漫画も描いているのは、無意識にバランスをとっていたのかもしれませんね。「まことちゃん」を恐怖漫画と同じタッチで描くのには個人的には今でも違和感がありますが。
それにしても楳図さんってもう70歳なんですね。9月3日には71歳になるようです。
昔から異様なくらいのやせぎすで顔はシワシワだから、トシを感じさせませんね。(20年以上も前に蕎麦屋で相席しましたが、そのころとあまり印象は変りません)
人気絶頂の頃、無理がたたって身体を壊し(顔がまっ黄色になったことも)、故郷で静養した時期もあるそうです。あまり寝ずに精力的に動きそうだし、太れないのかもしれませんね。本人はやせぎすなのを気にしているようで、赤白ボーダーを着るのも痩せて見えないという理由もあるそうです。
今は腱鞘炎の悪化で(いかにも腱鞘炎になりそうなタッチではありますね)漫画は描いてないそうですが、イベントに顔を出したりと毎日いろいろ忙しそうです。好みどおりの家を建てても、そこでゆっくりくつろぐヒマがあるのかどうか。
2007年08月08日
奥さん
「人がみな我より偉くみえる日に 花を買いきて妻と親しむ」と歌ったのは石川啄木。
貧しさと病気の挙句夭折したこの詩人は、現代でこそ熱心なファンも記念館もありますが、存命中はずっと恵まれない境遇のままでした。今なら死ぬこともなかった病気でしょうし、生まれ合わせた時代が不運だったということでしょうか。
それでも、一緒に花を愛でて親しんでくれる奥さんがいてよかったですね。
先日亡くなった作詞家の阿久悠さんは、プライベートなことはほとんど知られていませんでした。
多くの女性歌手と接触があったはずですが、都倉俊一さんによれば「とてもクールでそっけなかった」そうで、そういえばゴシップめいたことは全くない人でした。
今朝のワイドショーでたまたま知りましたが、広告代理店勤務時代に同僚だった女性と結婚していたそうです。
奥さんの妹は数年前に亡くなるまでずっと阿久悠さんの秘書を務めていたそうですし、一人息子は阿久悠さんと同じ業界で働き、父子で一緒に仕事したこともあるそうです。家庭的には恵まれた人だったんですね。
きょうちょっと立ち読みした週刊誌に、吉田拓郎夫妻が出ていました。
吉田拓郎は癌を患ったあと更年期障害&うつで体調がよくなく、飛行機の中で失神するようなこともあったそうです。
病気で苦しんだことは本人のブログで告白したそうですが、反響のあまりの大きさからか、今は削除されているとのこと。
男性のうつや更年期障害はあまり知られていない分(はらたいらさんの闘病記で一時期ちょっと話題になりました)、一人で悩んで追い詰められ、自殺の引き金になっている場合も多いと思います。克服した人の体験談はとても励みになると思いますから、もっと発信してほしいですね。
それで吉田拓郎の幸運だったのは、愛妻がずっと支えてくれたこと。それは浅田美代子のあとの3人目の妻、森下愛子です。
人気絶頂のころに結婚して引っ込みましたが、こんな破天荒な男に良く尽くしている賢い女性だと感心しています。
ところで、きのう杉並のアパートで84歳の男性が死後一週間で発見され(病死らしい)、一緒にいた妻は認知症のためそのことが認識できず、夫のことを「起きてこない」と話していたというニュースがありました。
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/m20070808036.html
亡くなった夫は、身体が動かなくなって絶命するまでの間、意識はあったのでしょうか。もしはっきりと意識があったら、認知症の妻を残して先に行くことに、どれほどの心残りがあったかと心が痛みます。
発見後、妻も熱中症で入院したそうですから、部屋が暑い上に水分補給が十分でなかったのでしょうか。連日こんなに暑さが続くのに一週間も無事に生きていられたのは、亡き夫が愛する奥さんを守ってくれていたのかもしれませんね。
貧しさと病気の挙句夭折したこの詩人は、現代でこそ熱心なファンも記念館もありますが、存命中はずっと恵まれない境遇のままでした。今なら死ぬこともなかった病気でしょうし、生まれ合わせた時代が不運だったということでしょうか。
それでも、一緒に花を愛でて親しんでくれる奥さんがいてよかったですね。
先日亡くなった作詞家の阿久悠さんは、プライベートなことはほとんど知られていませんでした。
多くの女性歌手と接触があったはずですが、都倉俊一さんによれば「とてもクールでそっけなかった」そうで、そういえばゴシップめいたことは全くない人でした。
今朝のワイドショーでたまたま知りましたが、広告代理店勤務時代に同僚だった女性と結婚していたそうです。
奥さんの妹は数年前に亡くなるまでずっと阿久悠さんの秘書を務めていたそうですし、一人息子は阿久悠さんと同じ業界で働き、父子で一緒に仕事したこともあるそうです。家庭的には恵まれた人だったんですね。
きょうちょっと立ち読みした週刊誌に、吉田拓郎夫妻が出ていました。
吉田拓郎は癌を患ったあと更年期障害&うつで体調がよくなく、飛行機の中で失神するようなこともあったそうです。
病気で苦しんだことは本人のブログで告白したそうですが、反響のあまりの大きさからか、今は削除されているとのこと。
男性のうつや更年期障害はあまり知られていない分(はらたいらさんの闘病記で一時期ちょっと話題になりました)、一人で悩んで追い詰められ、自殺の引き金になっている場合も多いと思います。克服した人の体験談はとても励みになると思いますから、もっと発信してほしいですね。
それで吉田拓郎の幸運だったのは、愛妻がずっと支えてくれたこと。それは浅田美代子のあとの3人目の妻、森下愛子です。
人気絶頂のころに結婚して引っ込みましたが、こんな破天荒な男に良く尽くしている賢い女性だと感心しています。
ところで、きのう杉並のアパートで84歳の男性が死後一週間で発見され(病死らしい)、一緒にいた妻は認知症のためそのことが認識できず、夫のことを「起きてこない」と話していたというニュースがありました。
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/m20070808036.html
亡くなった夫は、身体が動かなくなって絶命するまでの間、意識はあったのでしょうか。もしはっきりと意識があったら、認知症の妻を残して先に行くことに、どれほどの心残りがあったかと心が痛みます。
発見後、妻も熱中症で入院したそうですから、部屋が暑い上に水分補給が十分でなかったのでしょうか。連日こんなに暑さが続くのに一週間も無事に生きていられたのは、亡き夫が愛する奥さんを守ってくれていたのかもしれませんね。
2007年08月07日
角界に言いたい
仮病でおしおきを受けたはずの横綱が、抑うつとやらで帰国が検討されてるらしい。それじゃ謹慎でもなんでもないんでは?
帰国させるんなら廃業届けを出させてからにしろ、と思ってる相撲ファンも多いんじゃないでしょうか。
謹慎期間にちゃんと監視(指導?)ができないのが見えてるからかしら。無断帰国しそうだもんね。
仮病で巡業をさぼり、モンゴルで元気にサッカーする。その映像が日本で流れてしまったからごまかしようがありません。
巡業を楽しみにしていたファンや、準備に奔走した東北の後援者はいい面の皮です。
審議委員会も巡業部長も、バカにするなって本気で怒っているのに、親方はかばう(励ます)だけ。違うでしょ! …この人が将来を期待されながら横綱になれなかった理由がわかるような気がする。
横綱の地位にある人間が平気でウソをついてトンズラするなんて、信じられない。横綱が泣くってもんです。
一人横綱で何年も頑張ったからって、それとこれとは話が別。その間べつに無給のボランティアしてたんじゃないでしょう。休暇だってないわけじゃない。
新横綱が誕生して、横綱土俵入りの代わりが出来たからいいだろう、という理屈でしょうか。ずいぶん甘く見られたものです。
双羽黒はさっさと辞めさせた相撲協会も、今はずいぶん商業主義というか、弱腰になりましたねえ。
私の祖父は老いたのちテレビで相撲中継を見るのが一番の楽しみで、キセルをくわえながらじーっと見ていました。ひいきの力士が出ると正座して応援していたものです。
私も祖父の傍らで柏戸・大鵬や明武谷の名を覚えました。
ずっと庶民の娯楽として親しまれてきた、相撲の長い歴史をないがしろにしてほしくないです。
八百長疑惑は裁判に持ち込まれたようだけど、若い(15歳?)弟子がしごきという名の集団リンチで亡くなった事件は、どうなったんだろう。
上はわがままし放題、それをじかに諌める人もなく、「にんべんにゲンコツ」が残る古い社会。
…こんなことをしていては、今後も新弟子が集まらず(前回は応募がゼロと聞いています)、相撲人気は廃れると思います。
帰国させるんなら廃業届けを出させてからにしろ、と思ってる相撲ファンも多いんじゃないでしょうか。
謹慎期間にちゃんと監視(指導?)ができないのが見えてるからかしら。無断帰国しそうだもんね。
仮病で巡業をさぼり、モンゴルで元気にサッカーする。その映像が日本で流れてしまったからごまかしようがありません。
巡業を楽しみにしていたファンや、準備に奔走した東北の後援者はいい面の皮です。
審議委員会も巡業部長も、バカにするなって本気で怒っているのに、親方はかばう(励ます)だけ。違うでしょ! …この人が将来を期待されながら横綱になれなかった理由がわかるような気がする。
横綱の地位にある人間が平気でウソをついてトンズラするなんて、信じられない。横綱が泣くってもんです。
一人横綱で何年も頑張ったからって、それとこれとは話が別。その間べつに無給のボランティアしてたんじゃないでしょう。休暇だってないわけじゃない。
新横綱が誕生して、横綱土俵入りの代わりが出来たからいいだろう、という理屈でしょうか。ずいぶん甘く見られたものです。
双羽黒はさっさと辞めさせた相撲協会も、今はずいぶん商業主義というか、弱腰になりましたねえ。
私の祖父は老いたのちテレビで相撲中継を見るのが一番の楽しみで、キセルをくわえながらじーっと見ていました。ひいきの力士が出ると正座して応援していたものです。
私も祖父の傍らで柏戸・大鵬や明武谷の名を覚えました。
ずっと庶民の娯楽として親しまれてきた、相撲の長い歴史をないがしろにしてほしくないです。
八百長疑惑は裁判に持ち込まれたようだけど、若い(15歳?)弟子がしごきという名の集団リンチで亡くなった事件は、どうなったんだろう。
上はわがままし放題、それをじかに諌める人もなく、「にんべんにゲンコツ」が残る古い社会。
…こんなことをしていては、今後も新弟子が集まらず(前回は応募がゼロと聞いています)、相撲人気は廃れると思います。
2007年08月06日
お休みします
きょうは広島の原爆の日で、いろいろと思うことがありました。
思うままに書いていましたが、どうも自己嫌悪に陥るようなものしか書けず、アップしない方がよさそうなのでお休みします。
思うままに書いていましたが、どうも自己嫌悪に陥るようなものしか書けず、アップしない方がよさそうなのでお休みします。
2007年08月05日
業界用語
娘の友だちがバイトしたレストランでは、ゴキブリのことを「花子」と呼んでいたそうです(ネズミはなんて言うんだろう?)。料理が遅くてクレームがつくと「ご請求がありました」と調理場に伝えていたとか。
デパートではひやかし客のことを「うろこ」、万引きのことを「キーノー」「在庫」と言う。
銀行で「ドンゴロス」と言われたら、硬貨の詰まった重い麻袋のことを指すそうですよ。
それぞれの世界でその業界独特の用語(隠語)があるようですね。
ここで以前、スキッパーが「宿泊費や食事代を踏み倒して逃げる客」ということを書いたホテル用語では「ノーショウ(No Show)」というのもあるそうです。
予約しているのに現われない客のことで、これもスキッパーほどではないにしろかなりの迷惑客であることは確か。せめてキャンセルの電話を入れてもらえば他の客を泊めることもできますが、飛び込み客ってそうそういないでしょうしね。
ノーショウ対策として予約の確認電話を入れることもありますが、自宅に電話するととんでもないことになるケースもありうるので、勤務先が鉄則とか。いろいろ大変ですね。
またホテル業界でスチュワード(steward)と言うと、スッチーのことではなくて、食器を洗って管理する部門のことだそうです。
コックさんは調理用具の洗浄や管理はするけれども、食器は別なのだそうです。そりゃそうですね、結婚式をするようなところじゃ数が半端じゃないですし。
銀器や漆器など扱いに知識が必要なものがあったり、割れて補充が必要だったりと、大切な反面なかなか面倒な仕事らしいです。
医学関係では、外国語(特にドイツ語)由来のものが多いようですね。
患者が死ぬことを、ドイツ語で死を表すステルベンから「ステる」。
bloodのドイツ語読みから、血のことを「ブルート」。
英語のpsyco(精神病患者)はサイコと発音しますが(古いけどヒッチコック&アンソニー・パーキンスのホラー映画でおなじみ)、これを綴りどおりに「プシコ」と読んだ隠語は、精神科のことで、転じて理不尽なクレームをつけてくる患者のことを指すそうです。(最近は多そうですね…)
警察関係はすごく多いですね、報道記者も使っていると思います。
自供寸前の状態を半落ちとか、ホシ(犯人)とかクロ、パンダ(パトカー)やチャカ(拳銃)というのはなんとなく日常的に耳にします。探偵少年コナンなどで、子どもでも聞き知っているかもしれませんね。
警察関係で私が興味を覚えたのは、漢字の部首を使ったもの。そのものズバリで、スジが通っていると思います。参考までにご紹介いたします。
★ウカンムリ…窃盗
★ゴンベン…詐欺
★サンズイ…汚職
★ニンベン…偽物
★ユミヘン…強姦
(同じユミヘンでも、強盗はタタキと言います)
また、高層マンションに侵入する泥棒を「蜘蛛」、二人組みのスリのことを「おしどり」と呼ぶなど、その絶妙なネーミングには感心しています。
蜘蛛もおしどりも、近くにいてもらっちゃ困りますけどね。
デパートではひやかし客のことを「うろこ」、万引きのことを「キーノー」「在庫」と言う。
銀行で「ドンゴロス」と言われたら、硬貨の詰まった重い麻袋のことを指すそうですよ。
それぞれの世界でその業界独特の用語(隠語)があるようですね。
ここで以前、スキッパーが「宿泊費や食事代を踏み倒して逃げる客」ということを書いたホテル用語では「ノーショウ(No Show)」というのもあるそうです。
予約しているのに現われない客のことで、これもスキッパーほどではないにしろかなりの迷惑客であることは確か。せめてキャンセルの電話を入れてもらえば他の客を泊めることもできますが、飛び込み客ってそうそういないでしょうしね。
ノーショウ対策として予約の確認電話を入れることもありますが、自宅に電話するととんでもないことになるケースもありうるので、勤務先が鉄則とか。いろいろ大変ですね。
またホテル業界でスチュワード(steward)と言うと、スッチーのことではなくて、食器を洗って管理する部門のことだそうです。
コックさんは調理用具の洗浄や管理はするけれども、食器は別なのだそうです。そりゃそうですね、結婚式をするようなところじゃ数が半端じゃないですし。
銀器や漆器など扱いに知識が必要なものがあったり、割れて補充が必要だったりと、大切な反面なかなか面倒な仕事らしいです。
医学関係では、外国語(特にドイツ語)由来のものが多いようですね。
患者が死ぬことを、ドイツ語で死を表すステルベンから「ステる」。
bloodのドイツ語読みから、血のことを「ブルート」。
英語のpsyco(精神病患者)はサイコと発音しますが(古いけどヒッチコック&アンソニー・パーキンスのホラー映画でおなじみ)、これを綴りどおりに「プシコ」と読んだ隠語は、精神科のことで、転じて理不尽なクレームをつけてくる患者のことを指すそうです。(最近は多そうですね…)
警察関係はすごく多いですね、報道記者も使っていると思います。
自供寸前の状態を半落ちとか、ホシ(犯人)とかクロ、パンダ(パトカー)やチャカ(拳銃)というのはなんとなく日常的に耳にします。探偵少年コナンなどで、子どもでも聞き知っているかもしれませんね。
警察関係で私が興味を覚えたのは、漢字の部首を使ったもの。そのものズバリで、スジが通っていると思います。参考までにご紹介いたします。
★ウカンムリ…窃盗
★ゴンベン…詐欺
★サンズイ…汚職
★ニンベン…偽物
★ユミヘン…強姦
(同じユミヘンでも、強盗はタタキと言います)
また、高層マンションに侵入する泥棒を「蜘蛛」、二人組みのスリのことを「おしどり」と呼ぶなど、その絶妙なネーミングには感心しています。
蜘蛛もおしどりも、近くにいてもらっちゃ困りますけどね。
2007年08月04日
左利きの作られ方
きのうの「こども科学電話相談」で出た質問の中に、「なぜ右利き左利きがあるのですか」というのがありました。
(左利きについては以前ここでも取上げました。左利き用の包丁の存在など話題にしましたが、興味のある方はどうぞご覧ください。http://dashisroom.seesaa.net/article/23219765.htm)
質問してきた相手が子どもですから、回答者も答えにくそうでした。神経だのシナプスだのと言われてもちんぷんかんぷんの相手に、右手は左の脳で、左手は右の脳で制御している、ということから説明を始めるのはちょっと大変ですよね。
これは無理だな、って感じで早口でさっと流して話された中に、へえっと思うような内容があったのでご紹介しようと思います。
なぜ利き手が出来るかというのには、よくわからないまでも、いくつかの説があるそうです。
その中のひとつ、プレビックという人の説はこんな内容です。(聞いてすぐメモを取りましたが、「プレビック」で検索しても見つからないので、もしかしたら聞き間違えたかもしれません)
赤ちゃんはお母さんのおなかにいるとき、右耳を子宮の壁(おなか)にくっつけていることが多いそうです。
そして子宮の中では羊水に浮かんでいるわけですから、姿勢は不安定。自由に動かせる左手でバランスをとっている。だから右手の方が好きに使いやすい。
子宮の中でよく使う(特に口に入れてしゃぶる)手の方が利き手になる、利き手は胎児時代に決まるというのは定説らしいですね。右耳を壁にくっつけているなら、ちぢこまった右手の指をしゃぶるのが当然でしょう。
でも上のところでも書いたように、人間もチンパンジーも生まれて間もないころは4割が左利きだそうですから、これはさほど説得力のある説とも思えませんが…。
左利きの人は乳幼児・胎児のときに受けた脳の損傷によって、右手が使えなくなった。そういう場合は無理に矯正しようとすると失語症になったり吃音が出る、という説もあるようです。
http://plaza.rakuten.co.jp/tomo2764/diary/200606280000
そう言われてみるとたしかに、ウチの娘のように特に抵抗もなく自然と右利きになる人と、どんなに頑張ってもならない人といるようですね。
今はあまり気にしない場合が多いと思います。不便なのは仕方のないところですが、みっともないという偏見はかなりなくなったと思います。有名俳優でも時々左手で何か書いてるのを画面で見かけたりしますね。
それにしても「左利きの人の寿命は右利きより9年も短い」というのは、たしかな統計に基づいた話なんでしょうか。たしかにストレスや事故は多くなりそうではありますね。
(左利きについては以前ここでも取上げました。左利き用の包丁の存在など話題にしましたが、興味のある方はどうぞご覧ください。http://dashisroom.seesaa.net/article/23219765.htm)
質問してきた相手が子どもですから、回答者も答えにくそうでした。神経だのシナプスだのと言われてもちんぷんかんぷんの相手に、右手は左の脳で、左手は右の脳で制御している、ということから説明を始めるのはちょっと大変ですよね。
これは無理だな、って感じで早口でさっと流して話された中に、へえっと思うような内容があったのでご紹介しようと思います。
なぜ利き手が出来るかというのには、よくわからないまでも、いくつかの説があるそうです。
その中のひとつ、プレビックという人の説はこんな内容です。(聞いてすぐメモを取りましたが、「プレビック」で検索しても見つからないので、もしかしたら聞き間違えたかもしれません)
赤ちゃんはお母さんのおなかにいるとき、右耳を子宮の壁(おなか)にくっつけていることが多いそうです。
そして子宮の中では羊水に浮かんでいるわけですから、姿勢は不安定。自由に動かせる左手でバランスをとっている。だから右手の方が好きに使いやすい。
子宮の中でよく使う(特に口に入れてしゃぶる)手の方が利き手になる、利き手は胎児時代に決まるというのは定説らしいですね。右耳を壁にくっつけているなら、ちぢこまった右手の指をしゃぶるのが当然でしょう。
でも上のところでも書いたように、人間もチンパンジーも生まれて間もないころは4割が左利きだそうですから、これはさほど説得力のある説とも思えませんが…。
左利きの人は乳幼児・胎児のときに受けた脳の損傷によって、右手が使えなくなった。そういう場合は無理に矯正しようとすると失語症になったり吃音が出る、という説もあるようです。
http://plaza.rakuten.co.jp/tomo2764/diary/200606280000
そう言われてみるとたしかに、ウチの娘のように特に抵抗もなく自然と右利きになる人と、どんなに頑張ってもならない人といるようですね。
今はあまり気にしない場合が多いと思います。不便なのは仕方のないところですが、みっともないという偏見はかなりなくなったと思います。有名俳優でも時々左手で何か書いてるのを画面で見かけたりしますね。
それにしても「左利きの人の寿命は右利きより9年も短い」というのは、たしかな統計に基づいた話なんでしょうか。たしかにストレスや事故は多くなりそうではありますね。
2007年08月03日
カマキリ
今朝運転しながらラジオを聴いていたら、「こども科学電話相談」をやっていました。
こども相手のQ&Aといってもあなどれません、「人間はなぜ死ななきゃいけないか」「心はどこにあるのか」といった、哲学的とも言える素朴な質問に回答者もたじたじ。大人が聴いていてもなかなか面白く、勉強になる番組です。
回答者はその道の専門家を揃えてあるのだと思いますが、説明がとてもわかりやすい人と、なんとなく丸め込まれたような印象を残す人があったりします。豊かな知識があることと、それを上手く人に伝えるのとは別物。名選手は必ずしも名監督にならない、というのを実感し、そっちにも興味を覚えました。
男の子の質問に「カマキリのメスはなぜオスを食べてしまうのですか」というのがありました。男の子にとっては、なんだか納得のいかない話かもしれませんね。
交尾のあとメスのカマキリがオスを食べてしまう、というのはよく言われます。
番組での説明は、(私の記憶では)
「メスは卵を産むために栄養が必要だから、とにかくおなかがすいてたまらない。だから目の前にいるオスを餌にしてしまう」
「まず頭を食べてしまうのだけど、カマキリのオスは頭がなくなっても交尾できる」
といったことでした。
カマキリはメスの方が大きい(強い)からオスを食べてしまうだけで、用が済んだからということではないようです。おなかがすいてなければ食べないし、餌が足りなければ雄雌関係なく共食いするそうです。
(オスがメスよりずっと小さい蜘蛛でもそんなことがあるそうで、高校の生物の先生が蜘蛛の話をしながら「男ってミジメだよなあ」とニヤニヤしてたのを覚えています)
そのとき付け加えてお話されていたのが、オスのカマキリが全部メスに食べられるわけじゃない。交尾したあとサッと飛びのいて食べられずに済むのもいるそうです。
カマキリは目の前でチラチラするものに本能的に飛びつく。交尾の前に食べられなかったオスが素早く逃げ出したら、無事らしいです。一回きりでなくて何度も交尾し、子孫をたくさん残す固体もあるわけですね。
また、この回答者の先生は世界でも珍しいカマキリを飼っていたとき、オスが食べられるのを防ぐ(再入手が困難だから)ために、メスの前脚をしばって襲わないようにしていたそうです。
「蟷螂の斧」という言葉で表されるような、大きな前脚を振り上げることができなければ、メスも凶暴ではないのでしょう。
あの前脚を胸の前に折りたたんで獲物を待ち伏せするのですが、その姿からカマキリを日本人は「拝み虫」と形容し、英語でも"praying(祈る)mantis" と呼ぶそうです。
ところであの独特なカマキリの卵のかたまり、卵鞘と書いて「らんしょう」と読みます。卵と一緒に分泌される粘液が気泡となって卵を包みこんで、衝撃や暑さ寒さ、天敵から守っているものです。
一個の卵鞘に数百個の卵があるそうで、私も一度赤ちゃんカマキリが這い出してくるのを見たことがありますが、ぎょっとするほどの数でした。
卵鞘から出る瞬間に最初の脱皮をするそうで、出たときは小型のカマキリの姿をしています。でもまだ翅がなくて飛ぶことは出来ず、アリの餌になったりするそうです。
(もっとも、カマキリはわりと大きな翅を持ってますが飛ぶのは苦手で、短い距離をまっすぐ飛ぶのがせいぜい。飛ぶのは威嚇のためだそうです)
また、この卵鞘の位置でその年の積雪量が推定できるらしいです。カマキリは卵が雪に埋もれることがないように、(本能的に知った?)雪の積もらない高さに卵を産み付けるということです。
その予知能力、人間にもほしいものですね。
こども相手のQ&Aといってもあなどれません、「人間はなぜ死ななきゃいけないか」「心はどこにあるのか」といった、哲学的とも言える素朴な質問に回答者もたじたじ。大人が聴いていてもなかなか面白く、勉強になる番組です。
回答者はその道の専門家を揃えてあるのだと思いますが、説明がとてもわかりやすい人と、なんとなく丸め込まれたような印象を残す人があったりします。豊かな知識があることと、それを上手く人に伝えるのとは別物。名選手は必ずしも名監督にならない、というのを実感し、そっちにも興味を覚えました。
男の子の質問に「カマキリのメスはなぜオスを食べてしまうのですか」というのがありました。男の子にとっては、なんだか納得のいかない話かもしれませんね。
交尾のあとメスのカマキリがオスを食べてしまう、というのはよく言われます。
番組での説明は、(私の記憶では)
「メスは卵を産むために栄養が必要だから、とにかくおなかがすいてたまらない。だから目の前にいるオスを餌にしてしまう」
「まず頭を食べてしまうのだけど、カマキリのオスは頭がなくなっても交尾できる」
といったことでした。
カマキリはメスの方が大きい(強い)からオスを食べてしまうだけで、用が済んだからということではないようです。おなかがすいてなければ食べないし、餌が足りなければ雄雌関係なく共食いするそうです。
(オスがメスよりずっと小さい蜘蛛でもそんなことがあるそうで、高校の生物の先生が蜘蛛の話をしながら「男ってミジメだよなあ」とニヤニヤしてたのを覚えています)
そのとき付け加えてお話されていたのが、オスのカマキリが全部メスに食べられるわけじゃない。交尾したあとサッと飛びのいて食べられずに済むのもいるそうです。
カマキリは目の前でチラチラするものに本能的に飛びつく。交尾の前に食べられなかったオスが素早く逃げ出したら、無事らしいです。一回きりでなくて何度も交尾し、子孫をたくさん残す固体もあるわけですね。
また、この回答者の先生は世界でも珍しいカマキリを飼っていたとき、オスが食べられるのを防ぐ(再入手が困難だから)ために、メスの前脚をしばって襲わないようにしていたそうです。
「蟷螂の斧」という言葉で表されるような、大きな前脚を振り上げることができなければ、メスも凶暴ではないのでしょう。
あの前脚を胸の前に折りたたんで獲物を待ち伏せするのですが、その姿からカマキリを日本人は「拝み虫」と形容し、英語でも"praying(祈る)mantis" と呼ぶそうです。
ところであの独特なカマキリの卵のかたまり、卵鞘と書いて「らんしょう」と読みます。卵と一緒に分泌される粘液が気泡となって卵を包みこんで、衝撃や暑さ寒さ、天敵から守っているものです。
一個の卵鞘に数百個の卵があるそうで、私も一度赤ちゃんカマキリが這い出してくるのを見たことがありますが、ぎょっとするほどの数でした。
卵鞘から出る瞬間に最初の脱皮をするそうで、出たときは小型のカマキリの姿をしています。でもまだ翅がなくて飛ぶことは出来ず、アリの餌になったりするそうです。
(もっとも、カマキリはわりと大きな翅を持ってますが飛ぶのは苦手で、短い距離をまっすぐ飛ぶのがせいぜい。飛ぶのは威嚇のためだそうです)
また、この卵鞘の位置でその年の積雪量が推定できるらしいです。カマキリは卵が雪に埋もれることがないように、(本能的に知った?)雪の積もらない高さに卵を産み付けるということです。
その予知能力、人間にもほしいものですね。
posted by dashi at 23:10| Comment(