2007年06月30日

out of sight

お昼過ぎにパソコンを修理に出し、しばらくはブログともご無沙汰、と思っていました。
かなり淋しいです。
調子が悪くて(すぐスリープ状態になる)死蔵されていた娘のパソコン(マック)を持って来て、試しに使ってみたところ、なんと、ちゃんと動くじゃあ〜りませんか。Air Macを使っているので、パソコンを置く場所によって受信状態が異なるようです。
ただ、異様に作業音が大きいので、いつ切れるかわかりません。

久しぶりにマックを使ってみて、操作を忘れているのに驚きます。
あきれた事に、英数とかな文字の変換に、「あれ? どうするんだっけ?」と、数秒ですがうろたえてしまったくらいです。毎日、あれほどに熱中して操作していたマックなのに。
去る者は日々に疎し。Out of sight,out of mind.
マックでは(手持ちのプログラムが使えないから)タッチタイプの練習もエクセルやワードの問題も出来ません。あらためて少数派だったなあと思っています。

アメリカでアップルのiPhone(iPod+携帯電話機能)発売のニュースに、そんな便利な物ならいずれ多数派になるだろうな。それでもパソコン分野はアップル製は席巻出来ないだろうと思ったことでした。
あまりに操作が簡単だと、人間の方が退化しそうですけどね。
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どじを踏む

先日携帯電話の機種変更を考えたとき、「子どもを当てにしないで、自分で何でも出来るようになろう」と一念発起。せっかくのIT社会に生きているのに、すぐ子どもをアテにして自分は使うだけ、という姿勢は改めたいと考えました。
娘たちはいずれ独立して出て行くべきだし、そうなると私は老後は一人か、会話も出来ない息子と二人で暮らすか。いずれにせよ誰にも甘えることは出来ません。子離れの準備です。
とりあえず娘たちに相談しないで一人で携帯電話の機種変更とプラン変更を済ませました。
昔人間の機械音痴だけど、「これ、ちょっとやって」をやらずに、一人で操作出来るようになりたいと思っています。
これがなかなかの高い壁で、前のと違うとたちまちうろたえ、メールひとつ打つのに説明書をあちこちめくる始末。トップ画面には意味不明のアイコンが現われていますが、…そのうちにね…。

息子の写真が必要になったので、携帯電話(写メール)で撮った画像をパソコンに取り込んで印刷しようと思いました。
そのためにメモリーカードを買い、店で装着してもらいました。とても小さくて驚きましたが、これを少し大きなカバーみたいなのに差し込んでからパソコンに挿すということでした。さらにもうひとつ大きなサイズのカバーもあります。
なんという名称か、何度聞いても忘れてしまいますが、周辺機器を使うときのあそこね、と合点しました。
たぶん差し込むとああしろこうしろと出るだろうと楽観しました。ウィンドウズはなにしろマックと大違いで、至れり尽くせりだもの。PCのセットアップだって私にも出来たぐらい。
帰宅してからさっそく試してみました。このために前もってプリンターも購入しPCにインストールしたのですから…。
小さいのを中サイズのカバー(みたいなの)に差し込んで、横のに入れようとしたら入りません。サイズが合わないようです。

あれ? と首をひねり、(マックと違うところですが)本体の正面のカバーの中に、サイズの違う差し込み口があるのに思い至りました。
ちゃんと説明書を読んでからやらない、変なところがいいかげん(せっかち)な私のイケナイところですが、「ここかな?」と差し込んでみました。すると、なんだか小さすぎたようで入り込んでしまいました。取れない!
冷静に考えると、どうしてそこで止めなかったのか、自分でもわかりません。好奇心が優先したということでしょうか、
「そうだ、大きいカバーにセットするものなんじゃないだろうか。入れたら中でうまくはまるかも!」
とアサハカなことを考えつき、思うや否や突っ込んでいました。サイズはぴったり、始めからセットしておけば問題なかったのです。
そして、言うまでもなく「うまくはまる」どころか、奥のほうに異物を押し込んでしまったのでした。

さあ困った、まずはサイトで調べました。似たようなことをした人が似たような質問をしている(世の中には結構いるものです…)Q&Aをいくつか探してみたところ、結論はいずれも「修理に出すべし」。
いちおうやってはみました、セロテープ、パソコンを傾ける、ガーゼを取り付けた掃除機…。
なんとか方法はないか(どこか押したら飛び出すとか…)とダメモトでメーカーに電話しました。メーカーの通販で買ったPCだからか親切に応対してもらいましたが、結局裏ワザはなく、修理に出すことになりました。なんだか相手が笑いを押し殺していたように感じたのは気のせいかしら。
修理に出している間パソコンを使えないし修理も自己負担だけど、仕方ありません。息子の写真も諦めるしかない。子離れも修行です。
明日お昼過ぎに引き取りに来るそうで、時間は「一週間見といてください」だって。ブログもお勉強もお休みです、いちおうネットは携帯でチャレンジしてみるつもりだけど。
久しぶりに笑ってしまうようなどじを踏みました。

さてこの「どじを踏む」という言葉。語源には3説あるようです。
一般に広く知られているのは、「江戸時代には相撲で土俵を割ることを『土地を踏む』と言った。土地がなまってどじとなった」という説のようです。
二つ目は、やりそこなう「とちる」が変化したという説。トチる→トチ→ドジと変化し、あわてる足取りから「踏む」をつけて「どじを踏む」と言うようになったという説。
もうひとつ、江戸時代には、ものを取り違える様子を示す「どじぐじ」という言葉(「どちこち」が変化)があったそうで、この「どじぐじ」の「ぐじ」が省略されて「どじを踏む」という言葉が生まれた、という説もあるそうです。

なお英語ではどじを踏むことを「make a boo-boo(ブーイングのboo)」と言うそうです。
I made a mistake.よりI made a boo-boo.の方がぺろっと舌でも出して照れ笑いしているような印象を受けて親しみがわきますが、日本語同様、上品な表現ではないようですね。
中国では同じような局面で舌打ちとともに「zaogao!」とつぶやいていたイメージがあり、日本のほうがどじを踏むことに対して許容範囲が広いのかなと思います。

余談ですが、今のプリンターってスキャナーやコピーの機能も備えて小型化されてるんですね〜。カラーコピーをとってその美しさに感激しました。日進月歩、ドッグイヤーを実感。
携帯は機能が多すぎて大半は無用の長物(削除できないか思案中)ですが、なんとか使いこなして恩恵に蒙りたいものだと思いました。

(seesaaaブログのメンテナンスで、アップすることが出来ませんでした。29日記)
posted by dashi at 07:07| Comment(0) | TrackBack(1) | 身辺雑記

2007年06月28日

会社の罪

北海道・苫小牧の食品加工会社で、20年にもわたって呆れるような不正が行われていたのが明らかになりました。
肉の種類をごまかすだけなら、まだしも健康被害は(アレルギーの人を除けば)出ないかもしれませんが、臭いがするような古い肉や廃棄するはずの冷凍コロッケまで出荷していたそうで、いったい叩けばどこまでホコリが出るかわかりませんね。
他社で使っている袋を入手して、同じもの(用があるのは、そこに印刷された文面ですね)を印刷会社に発注して使ってまでいたらしいですから、かなり悪質です。いつばれるかと内心びくつきながらも、明るみに出ないままにずるずるとエスカレートしたものでしょう。
5年も前から、思い余ったもと役員が現物を持ち込んでまで再三告発したのに、放置した挙句いいかげんなウソで責任逃れをしようとする農政事務所(国・農水省)にも腹が立ちますね。

私も生協の店舗で件のコロッケを買って食べたこと何度かあります。家庭で作るようなコロッケとは似て非なるものですが、まあそこは妥協していました。
家で揚げるからアツアツだしコロッケは好物なので、毎回それなりに美味しくいただいていました。
いつも「ずいぶん安いものだなあ」と思っていましたが、安くあげるためにこんなからくりがあったなんて…。
規格外のジャガイモを(地元だし)大量に仕入れて原価を抑えているのかなと思ってましたが、いくらも入ってない(とっても少ないです)肉片をごまかすぐらいで、そんなに違うもんなんですね。

生協の商品は(生協は直接工場は持たず)委託製造していることは知ってました。
相手の工場には生協の定める厳しい検査基準があるに違いありません。合格したところにだけ委託しているのだと思います。
それなのにその会社が(ここでは北海道カト吉)孫請けに出すなんて、そんなこと許されるんでしょうか。カト吉の工場で作るものだから(と信じていたから)納入させてたんじゃないんでしょうか。
ミートホープ社や北海道カト吉の担当者は論外としても、生協の管理体制も甘かった。全国の生協利用者は「信じてたのに…」とがっかりしたことでしょう。

今回の事件を知って私がまず思ったのは、「パートのオバちゃんカワイソー」ということでした。操業停止になればパートは自宅待機、時給雇用でしょうから収入が途絶える。その間予定していた給与が入らなければ、みんな困ると思いました。
実はそんな生易しいものじゃなくて、会社は刑事罰対象になりそうで(封鎖?)、みんな失業ですね、未払い分の給与も退職金ももらえないんじゃないでしょうか。何も知らないで真面目に働いていたオバちゃんにしたら寝耳に水。再就職も難しそうですね。
(深刻さからいったら一家の主の正社員でしょうけど、正社員にはそれだけ責任もあるし)

それにしてもテレビカメラの前で「迷惑している。ちゃんと補償してもらわないと」とやけ気味につぶやいていたオバちゃんには、思わず「そりゃ違うでしょ」とつぶやいた私でした。
たとえ何も知らなかったにせよ、結果的に不正に加担していたのは従業員ならみんな同じ。「あたしゃ言われたとおりにしただけ、関係ない」ではすまさえないと思います。
迷惑したのは事実だし、私も大いに同情はするけれど、「被害者づら」するのは間違っている。会社への不満をぶちまけるのは内輪の場所だけにして、あそこでは沈黙するか、心ならずも「世間をお騒がせして申し訳ない」と神妙にするべきだと思います。

ここまで書いたところで、こんなニュースを見つけました。
解雇通告を受けた従業員が「一方的に解雇されるのは不当」として、27日付で労働組合を結成した、そうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070628-00000029-mai-bus_all
「全員解雇の撤回と雇用の確保」ほかを求め、「生活がかかっている」と涙ながらに訴えたということですが、この人たちは自分の働いていた会社がやったことを、ほんとにわかっているのかと聞きたくなりました。
たとえば唯一の路線を抱える鉄道会社みたいに、つぶすわけにはいかない会社は別です。ほかにいくらでも代わりがある、長年にわたって世間を欺いてきた会社の存続を、社会が許すと思っている? 悪いのは社長だけ?
重ねて言いますが、私も大いに同情はしますよ。でも、本当の被害者はあなたたちではないでしょう。泣き落としはみっともないです。
posted by dashi at 14:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年06月27日

映画「ゾディアック」

最近ストレスが溜まっているのが自分でもわかり、たまには気分転換しようと久しぶりに映画を見てきました。
面白いと聞いていたゾディアックを、レディスデーの1000円で鑑賞できました。(私がレディーというのもあつかましいですが、それはともかく…)
ほかのカリビアンとか大日本人の入りはわかりませんが、ゾディアックの観客は全部でも20人弱。男性も多かったのでみんなが1000円で見たわけじゃないですが、これでは赤字だろうなあと思いました。
きょうは1800円のところを1000円で見られるのだから、映画人口が多ければもっと詰め掛けそうなものです。
もう、わざわざ映画館に出かけて見る時代ではないのかもしれないなあと思ったことでした。

きょうは暑かったので、涼しい映画館の中は快適でした。
前の人の頭が気にならない角度に椅子が工夫されているらしく、すいてたこともありますが、画面がよく見えました。
評判どおり、長い映画ですが(2時間半ぐらい?)冗長にも思えずなかなか楽しめました。少しお尻が痛くなったので初めて、長かったことを再確認したぐらいです。
主演がジェイク・ギレンホール。
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail/typs/id285920/
トビー・マクガイアをちょっと絞って渋さをプラスした感じでなかなか魅力的です。トビーが降りたらスパイダーマン2に起用、との話があったそうですが、もしそうだったら日本でもブレイクしていたかもしれませんね。
どこかで見た顔だなあと思い出せませんでしたが、帰って調べて、「遠い空の向こうに」のロケット少年だったと膝を打ちました。頑固親父に抑えつけられる線の細い少年から、立派な大人の俳優に成長したようです。

もう一人、マーク・ラファロという人ですが、はじめ、刑事コロンボが出てきたのかと思いました。
身長が175だそうでハリウッドでは小柄な人でしょう。役柄も似てたし、多少コロンボを意識したかもしれませんね。観客サービスかしら。
この人の画像をまとめて見てみると印象もいろいろで、俳優というのは化ける仕事だとあらためて思いました。
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&lr=lang_ja&ie=SJIS&oe=SJIS&num=100&q=Mark+Ruffalo%81%40
注文つけるとすれば、何年後かの映像の方が若返った感じだったなあ。時間の経過をもうちょっと印象付けて、難事件でくたびれた感じを出してほしかった。

この二人のほか、ロバート・ダウニー・Jr.はさすがだし、ちょっとだけ出てくる役のクレア・デュバル(パラサイトのダサい女の子役が印象的でした)も映画を引き締めていると思いました。
実際に起こった事件をもとにしてあるので、結末は物足りないですが仕方のないところでしょう。
「あの件はどうなった?」と中途半端なところもありましたし、正直理解できないシーンもありましたが、最後まで飽きさせず見せる手腕はたいしたものだと思いました。
メガホンを取ったのが「セブン」や「パニックルーム」のデビッド・フィンチャー監督ですから、エンタメの王道、かな。私にはいい気分転換になりました。
posted by dashi at 22:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 趣味

2007年06月26日

眼精疲労

きょうは昼間、携帯電話のことを調べていて(機種変更を考えています)、ややこしい文章をあれこれ読んだ後にエクセルの問題集をやって(パソコンにデータを打ち込むところから)、すっかり目が疲れてしまいました。
夜テレビをつけたら懐かしいドリフのコントをやっていて、ドタバタを少し見たから拍車がかかりました。(久しぶりにコントで爆笑しました)
しょぼしょぼして開けてられないので、無理しないでお休みしたいと思います。
明日もいい日になりますように。
posted by dashi at 21:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年06月25日

抜けた乳歯

近所の人が抱っこしていた赤ちゃん。ご機嫌でニコニコ笑うと、生え始めたばかりの可愛い歯が見えました。
手には歯がためといった感じの小さなおもちゃを持たされています。生え始めのころはむずむずするらしくて、やたらと噛みたがりますよね。
私も初めての子育ての時、「あっ、歯が生えてる!」と思わず指を突っ込んで噛まれたことを思い出しました。乳歯は小さくて薄いから、噛まれると結構痛いです。

ウチの子たちはもうすっかり大きくなったので、乳歯だった時代は遠い昔。次女の上の歯が抜けたときに「床下に放っておいで」と声をかけた記憶があるくらいでほとんど覚えてもいないし、もちろん保管してもいません。
私と同じ頃に出産した友人は、引っ越して数年後に遊びに行ったら、抜けた乳歯を記念品として大切に保管していました。友人はきちんとしたお母さんで、一人っ子ということもあるのか、子どもの生長をしっかり見守っていたようす。
見せてくれた乳歯数個に小さい穴がいくつも開いていたので虫歯かと思ったら、友人は「虫歯は一本もないのが自慢だったの」と残念そうに言っていました。
乳歯は根っこの部分が溶けて抜けるからそのままの形で保存するのはもともと難しいそうですが、エナメル質自体も風化していくようです。抜けたときはきれいな形でもだんだん分解して消滅するらしく、だいぶ変形して小さくなった歯もありました。
置いておこうと思えば薬品処理しないといけないんでしょうか。マニキュアやニスみたいなの(中性の)を塗ったらどうなのかなと思いましたが、未確認。

ところで抜けた乳歯、上の歯は下に向かって伸びてくるように(床下など)下のほうに、下の歯は上に向かって伸びてくるように屋根の上など高いところに投げるのが日本では一般的だと思います。
日本の土は弱酸性(火山灰土)で土葬した骨も溶けてしまう(犬の死体などは2,3年でぼろぼろになる)そうですから、小さくて柔らかい乳歯などは(燃えないゴミか? などと悩むまでもなく)すぐ分解してしまうのでしょうね。公園などで投げたり埋めたりしても、迷惑にはならないと思います。
上や下に投げるのは、日本のほかアジア全体やオーストリアなどで広く見られる風習ということです。投げるときに「ネズミの歯になーれ」とか「鬼の歯になーれ」とかおまじないを唱える地域もあるそうです。

中近東やアフリカでは太陽に向かって投げ、「新しい歯を持ってきて!」とお願いするそうです。
タジキスタンでは「埋めた歯は成長して勇ましい兵士になる」と言われているそうで、畑に埋めるとか。ネパールも同じ。
モンゴルやキルギスでは肉やパンに包んで動物(犬やネズミ)に食べさせ、歯を守ってくれるよう願うらしいです。
ネズミの穴(巣)に投げ込むという国(ロシア、アフガニスタン、バングラディシュなど)もあるそうですが、現代ではそんな穴を見つけるのは難しそうですね。


そして文化の違いを感じるのは、ヨーロッパや南北アメリカの風習。
抜けた歯を枕の下に入れて休み、硬貨やプレゼントと交換してもらうそうです。乳歯が大人の歯と生え変わるのをお祝いしてもらうという意味で、子どもにとっては一番幸せな風習だと思います。
交換してくれるのは、ネズミ、ウサギなど歯が丈夫な(折れても次々伸びてくる)動物や、歯の妖精など。魔法の国のネズミには名前もあるようですよ。

ところで、抜けた乳歯の歯髄から(これからいろんな細胞に分化する)幹細胞の分離に成功したというニュースからもう4年にもなります。
http://www.h5.dion.ne.jp/~iyaku/putitopi0304.htm
アメリカでは乳歯バンクも出来たそうですが、研究はその後どこまで進んだんでしょうね。
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2007年06月24日

情報提供

1992年に発生し未解決のままになっている(時期も現場もきわめて近い)2件の強盗殺人について、北海道警釧路本面本部(訓本と略するらしいですね)と釧路署が捜査検討会を開き、
「最後まで全力で事件解決に取り組むことを確認するとともに、現場近くの大型店で情報提供を呼びかけるビラを買い物客に配り、協力を求めた」そうです。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/society/33781.html
時効目前の、事件から15年もたつ今じゃなくて、どうしてもっと早くやらなかったんでしょうね?
時効寸前のキャンペーンが功を奏して逮捕されたというと福田和子を思い出します。緊張の糸が切れたのか収監されて間もなく亡くなりました。時効寸前じゃなくてもっと早く捕まえていれば、被害者も浮かばれ、彼女もちゃんと罪を償い更生出来たと思います。

刑法が改正されて現在は殺人事件の時効は25年(死刑に当たる罪)になっていますが、これは法改正以降に発生した事件に適用されるので、改正前の事件は時効15年のままです。
それでも15年は長いです。事件当時5歳の子なら成人を迎えてしまう。もしかしたら被害者の遺族にも無念のうちに亡くなる人がいたかもしれません。
上の事件は92年の7月と8月に相次いで起こった強盗殺人事件だそうです。北海道の釧路地方ですし、15年前なら行きずりの外国人の犯行といった捜査しにくい事件でもなかったでしょうに、迷宮入りしそうなのは残念です。
それにしても、一般の人に情報提供を求めるなら、もう遅すぎるのでは。初期の捜査が決め手になるんじゃないでしょうか。
犯人を見た人がもしいたとしても、事件の経過とともに記憶は不確かになるし、犯人だって風貌がかなり変わってしまうでしょう。証拠物件だって残っているわけがない。
時効になりそうだとあわてて情報提供を求めるのではなくて、もっと早い段階で、マスコミに協力を呼びかけてキャンペーンを張ったらどうなんでしょう。福田和子だってそれで捕まったんだし。

ほんとに情報を求める気があるんだろうか、と私がかねがね疑問に思っているのはオウム真理教の3人組です。
あの3人の写真はあちこちで見かけます。もし今でもあの3人が写真そっくりの姿かたちだったら、そりゃ通報のひとつもあるかもしれない。でもそんな間抜けなことはあり得ないですよね。
とってつけたように、少し顔のシワを加えたイラスト(「現在のイメージ図」だそうです)が公開されています。
http://www.iga-younet.co.jp/modules/x_movie/images/shots/688.jpg
あれで情報が集まると警察が本気で考えているとしたら、あまりにおめでたいと思います。
スキンヘッドを含めた各種の髪型を想定し、正面、横顔、斜め下、笑った顔に怒った顔、驚いた顔、寝顔、泣き顔。10キロばかり太った、痩せた顔。各種眼鏡着用。
写真(動画がベスト)を手を尽くして入手し、コンピューターグラフィックスを駆使して加工し、あらゆる表情の顔を掲示するべきじゃないんでしょうか。

イギリス人英会話講師の若い女性を殺して逃走している男についてもそうです。
身元までわかっているのに、どうしてもっと本気を出して探そうとしないんでしょうか。
あの眠そうな顔の写真だけじゃなくて、にっこり笑った顔、考え込んだような顔、上を見上げた顔、長髪などなど。知人や身内に写真を提供してもらうなり、CGでシュミレーションするなり、やりようはあると思うのです。
被害者の父親が来日して会見した時、その流暢な日本語に胸を打たれました。お父さんが日本びいきだから彼女も日本に関心を持ってやって来たのだと思います。
治安のいいはずの大好きな日本で、まさかこんな恐ろしい目に遭うなんて微塵も予想していなかったでしょう。早く犯人を挙げて、彼女の霊を慰め、お父さんに報告してあげてほしいと思います。

もうひとつ、暮れの東京の街中で、一家4人がむごたらしい殺され方をした事件も。
犯人に結びつくと思われる情報が、ずいぶん時間がたってから小出しにされている印象を受けます。後手に回りすぎていませんか。
今は次々と驚くような凶悪犯罪が起こるので、世間の関心もいつまでもひとつの事件に留まっていません。発生当時は大きなショックを受けた事件も、そう言えばあったわねえそんな事、という位置づけになってしまいます。

最近は何か事件が起こると、被害者を異様に英雄扱いしてお涙頂戴に仕上げてしまうマスコミの風潮も気になっています。
被害者をいたずらに美化したストーリーを作るのではなくて、冷静な目で事件を見てほしい。客観的事実を提示し、解決に結びつく手がかりがないか情報提供を呼びかけ、再発防止策を考えてほしいと思います。
posted by dashi at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年06月23日

虹のにおい

きのうはようやく梅雨らしくなったと思っていたのに、一夜明けると真夏。さっきテレビの気象情報で、水を使いすぎないように気をつけてほしいと言ってました。
四国では早くも水不足らしいですが、関東地方も水源のダムの水位がだいぶ低くなったような話を聞きます。なにせ使う人口が四国の比じゃないでしょうから、不足となると深刻な影響が出そうですね。
じめじめしないし服も濡れないのは助かるけど、梅雨には雨が降らないと野菜も不作になるでしょう。植えたばかりの稲をかかえる農家も気を揉むと思います。

きょうはピーカンで、お昼過ぎに散歩に出たらじりじり焦げ付くような暑さでした。電車の窓から多摩川の河川敷で遊んでいる人たちがよく見えましたが、水辺は気持ちよさそうで羨ましかったです。
渋谷に向かう電車に乗っていると、ベージュのフリルつきスーツを上品に着こなした、子ども連れの女性が前に立ちました。
水色のワンピースを着た子どもは真っ赤な顔をしていて、クーラーが効いて涼しいねと笑っています。
お母さんの脚には透明のストッキング。こんな暑い日に穿きたくはないだろうに、快適さを犠牲にしても納得のいく身づくろいをするんだなあと脱帽。
ストッキングの細かい網目が、光を受けて虹色に光りました。

昔アリストテレスは言ったそうです、雨のにおいは虹のにおいだと。
水は無色透明で無臭だから雨ににおいがあるはずはない。雨が降るときの独特のにおいは虹によるものだとアリストテレスとプリニウスは考えたそうです。そのころには今よりずっとたくさんの虹が見られたのかもしれません。
うっとうしい梅雨時の空気が俄然ロマンチックに思えてきますね。
現在ではこの「虹のにおい」は原因物質がつきとめられていて、この物質には「大地のにおい」を意味するジオスミンという名がつけられています。
ジオスミンは土壌中のバクテリア、水中の放線菌、藍藻類のある種のものによって生産される物質で、ごく微量でもカビ臭を発散させるそうです。川魚(鮎や鯉など)、どじょうの独特のにおいも、この物質によるものだそうです。

オーストラリアなど雨の少ない地域ではもうひとつ、ギリシア語で「石のエッセンス」を意味するペトリコールというものがあります。
これは地中にある粘土で、植物が土壌に発する油分を含んでいる。そして相対湿度が80%に達したとき、土壌中の鉄分と反応して雨のにおいを発散させるのだそうです。
つまり雨になるのがにおいでわかる。天気予報がはずれる心配はなさそうです。
そして雨が降ってしまえば油分は洗い流されてにおい成分はなくなってしまうそうですから、めったに雨の降らない地域限定。
日本では原因となり得ないから嗅げないですね。油臭い嫌なにおいかしら。
posted by dashi at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年06月22日

失敗…

またうっかり下書きしないで直接書き込んでいたら、操作ミスで(一部のつもりが)全部削除されてしまいました。がっくし…。
梅雨空のように冴えない気分です。
せっかく開いていただいたのに、申し訳ありません。反省して、以後気をつけます。
posted by dashi at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年06月21日

朱鷺の飛ぶ空

中国産のおもちゃ(機関車トーマス)から有害な鉛が検出され、話題になっています。
塗料に鉛を混ぜると、安いコストできれいに仕上がるらしいですね。100円ショップで買ったおもちゃを、なめて遊んでいる赤ちゃんからあわてて取上げたお母さんもいたかもしれません。
きょうは中国産ピーマンから禁止農薬が見つかったというニュースも見ました。
シイタケもピーマンも中国から輸入するしかないなら、輸入商社は監視を緩めないでほしいですね。
国内にいったん入ってしまえば、消費者が国産の野菜にこだわったところで、加工されて外食のランチや給食、冷凍食品にも使われるのでしょうし、防ぎようがないと思います。

もうずいぶん前のことになりますが、無農薬をうたった、日本で販売する冷凍用のほうれん草を作っている中国の農場を訪ねた朝日の記者が、農薬を使わないで青虫を「箸で」取り除いているという記事を書いていました。
その記者は相手の話をまるきり信用していたようで、中国の人の細やかな心配りで無農薬の野菜が供給されると感激した様子でした。私としてはかなり胡散臭く思っていたところ、案の定、そのすぐあとに禁止農薬検出で回収騒ぎになりました。

だいたい、青虫を一匹ずつ箸でつまんで駆除するような原始的な農法で、売り物になるような青菜を一定量供給できるわけがない。宮崎産マンゴーみたいに法外な値段がつけられる作物ならともかくね。
ホントに虫を箸でつまんでいると信じた記者は、かなりおめでたいと思いました。
中国の農民だって、なにも滅私奉公のボランティアではありません。ペイしないことをやるはずないです。
ほどほどの値段で無農薬の野菜を供給したいなら、管理された工場で人工太陽の光を浴びたものしかないと思います。(小松菜や小ねぎ、スプラウトではもう出回っているようですね)

ところで、日本の朱鷺(トキ)が絶滅したのは、乱獲(美しい羽根が珍重され、その肉は産後、冷え症の妙薬とされた)で数が減ったところに、1950年代から使われだした化学肥料と農薬で餌が激減したかららしいですね。見通しのいい高い木に巣(ねぐら)を作るので、それが出来なくなる森林の伐採も拍車をかけたようです。
朱鷺が棲めなくなった環境の意味するものを、私たちはもっと考えるべきなのではと思います。有吉佐和子「複合汚染」も知る人が少なくなり、環境汚染に対する感覚がかなり麻痺している気もします。
中国から贈られた番から増殖を試みている(現在108羽)佐渡トキ保護センターでは、朱鷺を野生に帰す日を目指して、生息地となる周囲の森と水辺の確保や、有機農業推進とセットで取り組んでいるようです。

中国でも朱鷺の保護政策が進められていて、陝西省の保護区(洋県。佐渡の朱鷺もここから来た)では、朱鷺のエサ場となる麓の村での農薬や化学肥料の使用が制限されています。
先日テレビで見た映像では、農民が不満そうに「朱鷺のせいで収益があがらず大変だ」とこぼしていました。
農薬や化学肥料を使わないで生産性が落ちる分に対しては補償を受けられることになっているのでしょうが、実際には農民の手に渡る前にピンハネされているのかもしれないなと思いました。

野生の朱鷺が繁殖できる土地は、人間も含め朱鷺以外の生物にとっても(一部は朱鷺の餌になるにしても)豊かな自然の残る天国。
日本の佐渡でも、朱鷺が生息できるくらいなら人間にとっても安全な作物が生産されるはず。この点をうまくPRして付加価値のついた農産物を作り、朱鷺の棲息できる地域を広げていけないものかと思いました。
朱鷺はニッポニア・ニッポンの名のとおりかつては日本全国で普通に見られた、朱鷺色(淡紅色)の羽を持つ美しい鳥です。(下のサイトに羽を広げて飛翔する写真があります)
http://www4.ocn.ne.jp/~ibis/goannai.htm
広い空を飛び交う野生の朱鷺を、私も一度見上げてみたいです。
posted by dashi at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年06月20日

スキッパー

クイズサイトで遊んでいたら、「ホテル用語でスキッパーとは何か」という問題がありました。
スキップにerがついたものでしょうか。ピョンピョン飛び跳ねる明るいイメージから、私は4択の中で「何度も利用してくれる客」というのを選びました。でもこれはハズレで、正解は「無銭宿泊者」と書いてあります。
意外な気がして調べたら、「ホテル利用料金の支払いを意図的に済ませずに逃げ去る人」と説明がありました。
都内の大手ホテルの状況では、スキッパーの半分以上は40代の男性だそうです。予約無しか、前日か当日ぎりぎりの予約でチェックインして、滞在を延長。さんざん飲み食いしたあと外出を装って逃走するそうです。

こういうのって病み付きになって繰り返しそうな気もします。
業界のことはよくわかりませんが、常習者ならブラックリストに顔写真(防犯カメラの画像とか)ぐらい載ってそうですね。スキッパー被害にあったら、その情報はホテル間では流されるようです。
被害防止のために、客に文句(「客を信用しないのか」とか)言われながらも、前払い制(デポジット)を採用しているホテルも増えているそうです。

skipにはもちろん飛び跳ねるという意味はあって、「羊が一匹…」と数えるときの、羊が柵を飛び越えるのもskipだし、平たい石を池や川で投げて水面をぴょんぴょん走らせる(なんという名称だったか思い出せません)のもskipと言うようです。
省略する、飛ばし読みすることも、それから「飛び級する」ことや、授業をサボることも意味するようですね。
パソコンでもskipというのは飛ばして次に行くという意味で使っていると思います。
skipperには「跳びはねる人、虫」のほかに「船長、主将、支配人」といった意味もあって、だいぶ守備範囲の広い単語のようです。

冒頭のスキッパーは(俗語ではなく)ちゃんとした英語らしくて、ジーニアス英和辞典には
skip out without paying the bill(支払いせずにずらかる)
と、そのものズバリの用例が載っています。
またアメリカ独特の表現らしいですが、
skip out on one's wife
というのもありました。「妻から逃げる」または「妻を捨てる」という意味になるようです。
どっちかというと、<コワい奥さんから嬉々として逃げる>イメージを持ってしまうのは私だけでしょうか。
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2007年06月19日

現場実習(3回目)

月曜日から息子は3度目の現場実習に出ています。
小学部から通い慣れた養護学校も来春はいよいよ卒業。その後の進路先を決めるための現場実習が在学中に都合4回予定されていて、最後は秋にもう一度やります。
今回の実習先は、月に一度訓練会のリトミックで出入りしている建物だからか、初日(きのう)からすんなりなじんでくれて助かっています。ここに通うのだとわかるまでは不安そうにいらついていたので、また何か破ったりしないか不安でしたが、杞憂に終わりました。

朝が9:45からの始まり。自宅から車で10分ほどの近場なので、家を出るのが9:30ごろになります。学校に行くときより一時間以上も遅く、朝食後は時間を持て余し気味です。
きのうは落ち着かないのでジグソーパズルをやって待ってもらったところ、時間になって途中で家を出たら、残りは帰宅してからすぐ、自主的にやっていました。やりかけのまま置いておくのが嫌いな自閉症らしい姿でした。

ここは同じ建物に入っていた二つの作業所が統合されて一つになり、機能強化されたところです。といっても必ずしも予定通り機能しておらず(なにしろ職員がとても対応しきれないという現実があるようです)、私にも実際のところはよくわかりません。
一つは身体障害の人向けの作業所だったようで、車椅子姿の利用者も見かけます。もう一方は自閉症者が多いとかで、息子の学校の卒業生二人も利用しています。

お帰りの会が終わると、24時間テレビで寄贈を受けたらしいマイクロバスで送迎される利用者は、さっさと乗り込んで待っています。家が近いのか、歩いて一人で帰宅する利用者も見かけます。
学校と一番違うのは所属している障害者の年齢が高いところでしょうか。ついこの前までは幼稚園に行っていた小学生や、成長期の少年が走り回る学校には無秩序とも言える活気がありますが、成人ばかりの施設はあまり声も聞こえず、動きも鈍いような印象を受けます。

にぎやかなのは好きでない息子は、ここの静かな環境が気に入った様子。
実習日誌には、ありがたいことに「一日通して、笑顔も多く見られました」と書いてありました。
作業もすぐなじんでこなし、ほめてもらえるほど頑張ったようです。
初日はバスタオル(古いもの)を裁ちばさみで裁断するウエス切り。
ウエスというのは、(wasteから)機械類の汚れを拭き取るぼろきれ(広辞苑)のことです。
使い捨てなので扱いやすい大きさに細かく切ります。機械工場で需要があるらしいですが、幸いここは近くに工業団地を控えているので、販路に苦労しないのかもしれません。
(息子は左利きなので、左利き用のはさみも置いてあるのは面接で確認していました)

二日目のきょうは、前日とは別の作業室で金属部品の仕分けなどをやらせてもらったようです。こういう仕事はおそらく得意だと思いますが、案の定、「すぐベテランの域に達した」ということでした。
とは言ってもやはり気疲れするのか、帰宅するなり部屋にこもって暗くなっても灯りもつけず、パソコン(CDプレーヤーとして使用中)の光だけで夕食まで過ごしています。
夕食も、最近は断固8時過ぎないと「いらない、いらない」とわめいて受け付けません。きょうは9時過ぎになってやっと部屋から出てきました。一人になりたいようです。
残りの3日、出来たら少しは楽しんで、問題なく過ごしてくれたらと願っています。
posted by dashi at 23:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 自閉症関連

2007年06月18日

一目瞭然

いやあ、これはすごい。
「人生ってやり直し出来るんだ。人生に失敗したと思ってあきらめている人も、見習うといいかもしれない」とうならされました。
22ヶ月かけて薬も使わず182kgの減量に成功した男性です。286kgから104kgになったそうで、まるきり別人。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20070618_incredible_weight_lost/
脂肪が消えてだぶついた皮膚の写真(気持ち悪い〜)もあってリアル。これがないと、同一人物とはにわかに信じがたいですね。
まだ若いようなのにどうしてここまで肥満したのか、カロリーの高いジャンクフードを漫然と食べ続けたのでしょうか。
たぶんこれから体験記などを出版して詳しく教えてくれることでしょう。ベストセラーになりそうですね。
個人的には是非KONISHIKIに読んでほしいです。

こちらはかわいらしい画像。二本足でトコトコと「自分だけで」横断歩道を渡れるようになったというトイプードルです。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070618k0000m040118000c.html
4年ほど前から二本足歩行をして地域(三重県松阪市)の人気者だったそうですから、動物虐待とは縁がなさそう。
飼い主と呼吸を合わせて交通ルールを守る姿が話題。幼稚園などの安全教室にも招かれて交通安全に一役買っているそうです。
犬もちゃんと渡るんだから、人間のヨイ子は手を上げて左右をよく見て、必ず横断歩道を渡りましょう。

「シザーハンズ」を見たことのある人なら、きっと思い出したことでしょう。
福知山市の京都府立大江高校には、鬼のまち大江町ならではのユーモラスな鬼の顔の刈り込みがあるそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070614-00000004-rtn-l26
ここは昨年元旦、平成の大合併で福知山市に編入されましたが、それまでは京都府加佐郡大江町。大江山、由良川などの豊かな自然に恵まれ、大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)伝説が残る鬼の里だそうです。
酒呑童子というのは鬼(盗賊)の頭領で、大江山のほか近江の国息吹山に伝説が残っています。大江山のは特に源頼光が四天王と共に退治したということになっていて、絵巻物や御伽草子、歌舞伎の題材となって親しまれています。ねぶた祭りに山車が出るといったこともあるようです。
大江駅前では、敷石にはめ込まれた鬼の顔のモザイクも見られるとか。

留守の家だと信じて近寄った空き巣狙いはびっくりして腰を抜かすかもしれません。
センサーで不審者を発見すると、ドーベルマンの吠え声にうなり声、サイレン(選択できる)まで鳴らして撃退してくれるバーチャル番犬です。
http://computers.news.livedoor.com/series_detail?id=49827
財)日本都市防犯センターの調査によれば、空き巣狙いの手口はガラス破りが71.1%、鍵のかけ忘れ(かけないも含む)が15.5%。ドアの錠を壊す・ピッキングは併せても3.3%しかありません。
ガラス破りを選ぶ理由は、人目につかない場所を選べ、音を出さずに簡単に割れるから。
また侵入をあきらめるまでの時間は2分以内が53%、2〜5分以内が20%だそうですから、執着せずにすぐ「次行こう、次」となるようです。しのび寄ったらいきなり犬が吠えたりサイレンが鳴ったりすれば、あわてて立ち去りそうですね。
犬の吠え声が続くのに周囲の人がまるきり無視するような希薄なお近所づきあいをしてなければ、かなりの効果をあげられそうな気がします。
使ったことはない私が推薦するつもりはありませんが、こういうグッズをうまく使って防犯できたら、セコムに頼むよりずっと安上がりかなと思っています。

オマケ。
店頭に出回ることはない自然の造形をお楽しみ下さい。
http://www.cc9.ne.jp/~ssuto/h-yasai.htm
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2007年06月17日

テミスの秤

法学者らしい人のHPに天秤(てんびん)のイラストが載っていて、なんとなく気になっていたところ、それがテミスの秤(はかり)と呼ばれるものであると今日知りました。
公平、正義を象徴するものとして、弁護士バッジのデザインにも用いられています。(周囲はひまわり)
http://plaza.rakuten.co.jp/img/user/51/01/6105101/42.jpg
片手にこの秤(公平)を持ち、もう一方の手に剣(正義)を持って、目隠しをした女神がテミスです。ヨーロッパでは街角に立っていておなじみだそうですし、日本でも裁判所のレリーフに用いられたり、弁護士事務所に飾られたりとあちこちで見られるようです。
中央大学のキャンパスには卒業生(弁護士)の寄贈したテミス像があるそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:P1010063.JPG
(2007年10月15日追記:この像は千賀修一氏の寄贈で、像を制作したのは日展評議員の堤直美先生ということです。千賀修一氏のブログに説明がありましたので参考までに。
http://blogs.yahoo.co.jp/toranomonhousoubiru/19511182.html

テミス(Themis)は
「ギリシア神話で、掟を擬人化した神。チタン神族でありながらオリンポスの神々に列せられた。予言の術を所有し、アポロンにそれを伝授」
と広辞苑にあります。アポロンの父であるゼウスとの間に、エウノミア(「秩序」)、ディケ(「正義」)、エイレネ(「平和」)の三人の子供も持ったようですね。
テミスは英語表記だとJusticeになり、同じ大文字で裁判官、小文字で公正、正義を表す一般名詞となっています。女神は一般に「Lady Justice」と呼ばれるそうです。
目隠しをするのは先入観を持たずに公正な審判を下すためということですが、目隠しがなかったり、剣を頭上に上げたり下げたり、右手と左手がどっちを持つか決まってなかったり、像もいろいろのようです。
法曹関係者にインテリアとして人気があるようで、テミス像製造販売専門のサイトもあるそうです。

ところでこの「秤」というのは面白いことに仏教にもあります。
「業の秤(ごうのはかり)」と呼ばれるもので、誰でも死んだら裸になって秤にかけられるのだそうですよ。下のサイトの真ん中あたりに実物の(!?)写真があります。
http://www02.kani.or.jp/~ido/juuoudou.html
死んで第4週に、普賢菩薩から秤にかけられる。生前の善行が少なくて軽ければ、蓮台の男が怒って火を吹くので(地獄の業火に?)焼かれるそうです。
なお最終判決は四十九日に閻魔大王(地蔵菩薩)から言い渡されます。最悪は「地獄」、次が「餓鬼」、「畜生」、「阿修羅」の順で、善人の行く世界は人間世界の「人道」と天人の住む「天道」、らしいです。

日本の場合は軽いと怒られますが、重いとひどい目に遭うのが古代エジプト。
http://www4.airnet.ne.jp/sakura/hakari/hakari_10.html
「死者の書」によれば、冥界の王オシリスの裁判の広間で,死者の心臓(心)と「正義と真理の女神の羽」を天秤にかけるそうです。
「羽より心臓が重ければ死者の心臓はけものに食べられ,羽とつりあえば永遠の魂と,魔法が使えるようになる力をもらうことができる。」
悪い事をすれば心臓が「重くなる」らしいですね。…毛が生える…から?
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2007年06月16日

介入が遅すぎる

英会話のNOVAとコムスンで学ぶ人に対して、「教育訓練給付金」が出ないことになったそうです。
その補助金を当て込んで受講を申し込んでいた人(今からキャンセルできるのでしょうか?)にとっては、とんだ迷惑。わざわざ役所や勤務先で用紙をもらって申し込んだのでしょうに、時期が悪かったとあきらめるには不満が残ることでしょう。
教育訓練給付金についてはこちらに詳しい説明があります。
http://insurance.yahoo.co.jp/social/info/unemployment_each_03.html

私の知っている人は大手企業を早期退職して、会社の世話で学校に通い資格を取りました。今のところ、その資格を生かして再就職するつもりはないけど、自己負担がないから申し込んだと言っていました。面倒見のいい会社で、退職後のことまで心配して勧めてくれたようです。
この人はほかに再就職するだけの技術や人脈もあるよううでしたが、ない人にとっては、この制度が出来て助かっていると思います。
私が受講したパソコン講座もこの給付の対象になっていたようで、みなさん書類をもらっていました。マウスにさわったこともない人がエクセルを操作出来るようになるのだから、教育訓練という意味ではとても実効のある講座でした。
この制度を創設した人は、こういう実効のある使い方をしてほしいと思っているでしょう。お粗末な授業や不満が残るような教育に、食い物にはされたくなかったと思います。

それにしても、NOVAで途中解約するとかなり割高で納得できないとか、希望の時間に受講できないといった不満は、全然関係ない私の耳にもずいぶん前から届いていました。
どこかのサイトでは、以前NOVAで働いていたという人が、資料をもらいに来た(だけの)人を入会させないとペナルティーがあるとか、文句言ってくる人をなだめるのが大変(マニュアルはある)といったことを書き込んでいるのも見ました。(NOVAならずとも英会話学校はノルマもあってきついらしいですね)
こういう不満が行政に届いていなかったとは思えません。
いきなり学校の存続が危ぶまれる事態になる前に、もっと早い段階で厳しく(全くしてないとは思えないので、なめられない程度に)指導するとか、マスコミにリークして自浄作用を期待するといったことを、してくれていてもよかったんじゃないでしょうか。

コムスンのこともそうです。利用者が7万人にも膨れ上がる前に、きっちり指導するべきではなかったのですか。
介護保険を利用している人は、(そうでない人もいますが)毎日が綱渡りです。急にコムスンのサービスを受けられなくなって介護疲れの殺人や無理心中が起きたら、いったい誰が責任をとれますか。
コムスンの不正を告発した人が今までいなかったはずはないです。内部告発や生活相談センターへの電話相談は多数あったに違いありません。放置できない数に達しただけだと思います。

私はソフトバンクのことで消費者生活センターに行ったことがあります。(近くまで行く用があったからついでに寄っただけで、そう切羽詰ったことではありません)
「どう考えてもおかしいと思うのだけど、こういうやり方は問題ではないのか」と相談員に訊ねたところ、
「実はソフトバンクについては相談が多数寄せられています」ということでした。
センターは問題のある相手と相談者との仲介をするだけ(上に報告はする)で、相手の事業を差し止めるといった権限はないそうです。多少圧力にはなるでしょうが、意に介さないようなあつかましい企業相手だと、適当にあしらわれるのだろうと思いました。

そしてそこでは「ぜひ、ここに電話して訴えて下さい」とメモをくれました。
「総務省 電気通信消費者相談センター、消費者用相談窓口  電話:03-5253-5900」
(この場合ソフトバンクだから電気通信になります)
国は、少数の意見には耳を貸さないのだそうです。無視できないくらいたくさんの人が電話して苦情を言い、看過できない惨状を切々と訴えて、初めて動いてくれるのだそうです。

それでは遅すぎます。
犠牲者がわずかなうちにこそ介入し、適切に指導するべきだと思います。処分に至らないうちに改善されれば、社会的影響も未然に防げ、お互いその方がいいんじゃないでしょうか。
第二のNOVA、第二のコムスンを出さないよう、芽は早く摘んでほしいと思います。
posted by dashi at 23:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題

いいわけ

昨夜アップしたものが、パソコンの不調のために消えてしまいました。
しょーもないものを書くなという天の声だと思って、また書き直したいと思います。
posted by dashi at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年06月14日

やっていいこと、悪いこと

高田の馬場・スーパー「オリンピック」の火災で、近くに住む小学生が放火の疑いで補導されたそうです。
きのうニュースを聞いて「知的障害の子じゃないのかな」と思っていたら、案の定、そう書いた記事を見つけました。
http://www.sankei.co.jp/shakai/jiken/070613/jkn070613003.htm
ショッキングなニュースのわりにその後の報道が控えめ(続報を聞かない)なのは、やはりこの知的障害というのが大きいんじゃないかと思っています。
同じ知的障害の子(最重度の知的障害を伴う自閉症)を持つ身としては、世間の目が厳しくなるようで複雑な気分。
児童相談所に通告されてそのあとどうなるのか知りませんが、こういう事件を起こしても知的障害があるからと全く社会的制裁を受けなくてもいいとすれば、それは大いに疑問です。
子どもに知的障害があるのは母親のせいではない。でもそういうことをしかねない知的障害のある子なら、目を離さない責任が周囲(この場合は母親)には絶対あると思います。

さっと消えてしまって追いつけない、でも何をするかわからないような子なら、少なくとも危険物のあるスーパーには連れて行くべきではない。どうしても連れて行く必要があるなら、自分の買物は最低限そそくさと済ませて、極力子どもを視界に入れておくべきです。
ほかの売り場でも火をつけようとしてるのを目撃されているのだから、一瞬目を離しただけというのではないでしょう。
最近は火に興味を持って、いろんなものを燃や(そうと)したりしていたのではなでしょうか。
段ボールに火をつけようとしたのを見つけたとき、周囲の大人はなぜ放置したのでしょう。その時点でもう立派な放火未遂犯。その場で取り押さえて警察を呼んでもやりすぎではないと思いますが、今はそんなことをしたら中傷されて大変でしょうか。
万引きした子どもを追いかけたら逃げる途中列車にはねられて死亡。追いかけるのが悪いと非難されて(なぜ?)閉店に追い込まれた書店主もいましたからね。

程度はさまざまですが、あまり軽くない知的障害のある子なら、(家族を含め)周りに負担をかけないで生きていくことは不可能だと思います。独立してグループホームで暮らすにしても、そこの運営には税金から補助が出ているでしょう。
卑屈になる必要はないし、多少のことはお互い様としても、「お世話になっている」周りに我慢を強いるようなこと、迷惑をかけるようなことは極力自粛させるべきです。
「やっていいことと悪いこと」を教え込むのは、親として何より大事な仕事だと思いますし、言ってもわからない子なら付き添って未然に防ぐしかないんじゃないでしょうか。
未然に防げないことももちろんあります。ウチの息子はこのところまた自分が着ているズボンや履いている上履きをバリバリ手で裂いて破いてしまいますが、これはいったん始めたらもうどうやっても抑えることは出来ません。他人に危害を与える行為ではないからと目をつぶっています。
これが人の着ている服を破るのなら、どんなことをしてもやめさせなければなりません。

「やっていいこと、悪いこと」をわきまえさせる、これは障害児のことだけじゃなくて、知的に遅れのない子も同じです。
私の娘が幼稚園に通っていた遠い昔の話ですが、(あまり話したことのない)お母さんと言葉を交わしていたら、その人が連れていた下の子が、何を思ったか急に私のすねを蹴飛ばしたことがありました。
正直、びっくりしました。「なんで蹴飛ばすの。痛いよ」ととがめました。(実際、かなり痛かったです。弁慶の泣き所ですからね)
私の感覚では、よその大人に向かっていきなり蹴飛ばすなんて、信じられない蛮行でした。蹴飛ばされるだけの理由があるならともかくね。
あきれたのは、その母親の反応。ちょっと眉をひそめただけで、無言、知らん顔なのです。わが子を叱るでもなく私に詫びるでもない。なぜそんなことをしたのか問いただすでもない。子どもは(謝りもせず)ぷいっと逃げてしまいました。
この母親はどんな場面で子どもを叱るんでしょうね、テストの成績が悪いとき?

子どもは親の言うことは聞かないけど、まねはする。子どもに「やっていいこと、悪いこと」を教えるなら、大人はその範を垂れなければなりませんよね。
発車間際の電車に駆け込むなんてもってのほかです。どうしてもその電車に乗らなければならない事情があるなら、命をかける覚悟でやってほしい。
そしてマスコミは、立場上へりくだって「車掌の確認不足」と言わざるを得ない(本屋さんの二の舞は避けたい)小田急の言い分に便乗しないで、次の電車を待て、駆け込み乗車はとっても危険だ、と警鐘をこそ鳴らしてほしいものです。
監視カメラで安全を確認したあとにも駆け込もうとする人がいるのは、私も日常的に目撃します。
(もっとも、今回大怪我をした人が無理な駆け込み乗車をしようとしたかどうかはよくわかりませんね、駆け込もうとしたのは確からしいですが)
いずれにしろ、車掌さんが責められるのはとても気の毒です。安全確認のため電車が遅れたら遅れたでまた文句言われるのでしょうし。まあ、遅れても小田急には日勤教育とやらはないでしょうけどね。
posted by dashi at 23:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年06月13日

お休みします

きょうは高速道路を時間をおかずに往復して、すっかり疲れてしまいました。
停車中に後続車からぶつけられたことが今の車で2回もあるため、あまり車間距離を置かない車が後ろに迫ると、とても嫌な気分。一般道ならすぐよけて先に行かせますが、高速道路だとそれも難しい。
車間を詰めて走るのは、あおっているとは限らず、運転のクセみたいですね。前の車が急ブレーキかけたら必ずぶつかるでしょうにね。
…ここはお休みすることにします。
posted by dashi at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年06月12日

ニチイ学館CMを見て

昼間、いつもは見ないチャンネルのテレビを見ていたら、鈴木京香のCMが流れました。決めゼリフは忘れてしまったけど、高い理念を強調した、なかなかカッコイイCMです。専門性を兼ね備えた優秀なヘルパーが介護に当たるとか何とか。
ところがそれがニチイ学館のCMと知り、失笑してしまった私です。

コムスンが介護事業から手を引くことにしたそうで(まともにやっていては儲かるわけのない事業だから、見切りをつけるのでしょう)、ヘルパー派遣事業はニチイが引き受けることになるようです。ニチイとしては登録ヘルパーごとそっくり引き継ぐので、現在深刻な人手不足という問題に関しては解決済みなのでしょうか。
でも、コムスンほど悪質じゃないし違法ではないかもしれないけど、いいかげんなことをしているのはニチイだって同じです。

私が、週に一度、2ヶ月間だけ学校に通えばヘルパー2級の資格を取れると知り、週に一度ぐらいならなんとかなる(息子のお迎えと見守りを頼める)と思って申し込んだのは、通える距離に教室があるニチイ学館でした。
熟慮断行じゃなく即断即決、よく調べなかった私も悪かったですが、申し込みの案内のどこにも「通信教育」という文字はありません。(家庭学習、という表記はあります)
http://www.e-nichii.net/cgi-bin/usr/school/school.cgi
だからネットで申し込んで前払いの学費を振り込むとすぐに、どさっと教材が届いたのには驚きました。なるべく講習が始まるまでに独習してレポートを出せと書いてあります。

レポートといっても簡単なマークシート式選択クイズです。(実習の分は別)
私は老人介護(特に認知症)にはもともと関心がありましたし、息子のことがあって多少知的障害に知識がある方なので、たいして勉強しなくてもクイズは出来ました。栄養や病気のことも、(主婦の経験から)けっこう常識の範囲内だったように記憶しています。
講習が始まったら、レポートが不合格で(70点以下でしたか?)再提出しないといけないと話している若い人がいましたが、彼女は中でおそらく一番有能なヘルパーになったと思います。
ヘルパーに要求されるのは、まず体力(若くて大柄な人がいいのは当然ですね。体育会系の男性も最適)。そして多少(かなり)のことにはめげない強靭な精神力です。白衣の天使気分でつとまる仕事ではないからです。(小遣い程度のホームヘルパーは別です)

教科書の内容は(たとえ完璧に身につけたとしても)机上の知識であって、ヘルパーの資質のごく一部。実技講習にこそ力を入れるべきなのは当然です。教科書の知識がないがしろにされている(としか思えない)のは、そういう事情に「つけ込んだ」としか思えません。
でも、実技をみっちりやるのはアタリマエとして、ろくに教科書も読まないまま「たまたまクイズが出来たら」、資格試験を受けることもなく(そもそも資格というのではないようです)粗製乱造のヘルパーの誕生で、いいんでしょうか。
わずかな受講時間内でパーフェクトにやるのはもちろん不可能でしょうから、独習を強いられるのは仕方ないことかもしれない。でも通信教育ということを隠して受講させ、クイズをさせて学科が終わったことにする。そういうやり方を放任して、とにかくヘルパーの頭数を増やそうとしたのは間違っていると思います。
その証拠に、高いお金を払ったはずのヘルパー受講者のうち、定着して(ヘルパーの)仕事をしているのはほんのわずか(2割とも3割とも聞きます)。粗製乱造だから技術もプライドも持てないし、待遇も悪い。すぐ辞めてしまいます。

学科はささーーっと流し、実技だって、申し訳程度のものでした。
もっとも、申し訳程度でも受けないよりはマシです。わずか3日間だけど施設の現場実習に行き、ホームヘルパー見習いを2回(各2時間)やったのは、たしかにとても勉強になりました。
ヘルパーの仕事をしなくても、いつかどこかで役に立つこともあるでしょう。講習仲間にも、年取った親の介護に役立てたいと言っている人がいました。
でも、これで十万近いカネを取るのはあざとい。詐欺に近いんじゃないかと思います。

何度目かの受講中、講師が私たちを愕然とさせることを言いました。ニチイのヘルパーは現場では評判が悪いというのです。「使い物にならないから」。
こんな講座じゃ当たり前、使い物にならないヘルパーを粗製乱造してるのはほかならぬアンタたちじゃないのかと腹が立ちました。
現場実習で知り合った、ほかの学校の生徒からも言われました。「ニチイって学費が高いんでしょ。金儲け主義だって聞いてるよ」と。
時間が短くても、教え方の上手下手というのもあるとも思います。私の受講した人は、ろくに授業をせずに雑談でごまかしたり、やたらと眠くなるだけの退屈な授業だったり、若くて未熟な人だったり。ちゃんとした面白い授業をしてくれた講師は一人だけでした。講師としての資質や育成は問題外なのだろうと思います。
これでは終了しても働く自信がない、とみんな言ってました。

それでも、なにしろヘルパーは慢性的人手不足ですから、使い物になろうがなるまいが、仕事はあります。ニチイの事業で職場は用意されている。私と一緒に受講した新人が、老人のグループホームで働かないかと誘われ、(夜は一人だから)怖くてできないと断った話は以前にも書きました。
ニチイの通信教育で促成した新人ヘルパーは、介護のプロではない。「プロになるために給料もらって修行している」人だと思います。利用者はいい面の皮。

まるでニチイ学館が、「プロのヘルパーです」と胸を張る人ばかりを輩出しているような自信過剰のテレビコマーシャルに、我慢できなくて書きました。
posted by dashi at 23:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 介護

2007年06月11日

ぷち・うつ

きょうはプチ・うつという感じで元気が出ません。
母が残したわずかばかりの土地(身寄りのなかった親戚から母がもらったもの。田舎だから資産価値はほとんどない)のことで姉妹で意見が割れたり、歯茎が腫れ上がって痛んだり(明日歯科に行きます)、息子の実習予定先の面接でずいぶん警戒されたり、娘と喧嘩したり…とさんざんな一日。おまけにタッチタイプの練習をしていると「スピードが落ちましたね」とパソコンにはバカにされる(泣)。
明日はいい日になるだろうと気をとりなおして寝ることにします。
posted by dashi at 22:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年06月10日

犬の耳ほか

きょうの昼間、雷が鳴って一時ひどく降りました。幸い長い時間ではなかったですが、近県ではハイキングに出ていた子どもたちが落雷で怪我をする事故もあったようです。
こういう降り方を cats and dogs と言うのかなと思いました。
英語の時間にどしゃぶりのことを raining  cats and dogs と習って、なんでかなあと思ってそのままになっていました。今はネットがあるからすぐ調べられますね、この言葉の由来には二説がありました。
一つは、犬と猫の喧嘩のようにけたたましいから。だから雷鳴を伴うような激しい吹き降りを形容する慣用句になったのでしょう。
また二つには、古代の北欧神話で、猫は天気を左右して大雨を引き起こし(しっぽに嵐を隠している)、犬は風のシンボル(暴風雨の神オーディンのしもべ)で強風を招くものと考えられていたから、という説もありました。

dogといえば、こんなのも見つけました。
Every dog is a lion at home.(どの犬も家ではライオンである)
日本語で「家の前の痩せ犬」という慣用句だそうです。私は聞いたことがないのですが、地方によっては使われているのかもしれませんね。
痩せて弱い犬でも、飼い主の家の前では強そうに吠えることから、「後ろ盾があると威張っているが、ないときは意気地のないたとえ」だそうです。類義語は「虎の威を借る狐」。

dogは概してあまりいい意味には使われないようで、
go to the dogs(堕落する)
be in the doghouse(面目を失う)
live a dog’s life(惨めな生活を送る)これはチャップリンの映画のタイトルにもなってますね。
put on the dog(見栄を張る)
work like a dog(あくせく働く)
また、犬は吠えたり噛み付いたりしますから、寝ている犬はそのままにしておけ、
Let sleeping dogs lie.さわらぬ神に祟り無し、とも言うようです。

英語で「犬の耳(dog ear)」と言えば、本のページの隅を折ることだそうです。犬の耳が垂れた様子から、と聞いて、うまいことネーミングしたものだと感心してしまいました。
(耳が三角に立った犬もカッコイイですが、折れて下がった耳も愛嬌があって可愛いですね)
辞書で確認したら、中にハイフンが入っています。ページの隅折れという名詞のほかに、隅を折る、転じて「(使いすぎて)…をぼろぼろにする」という他動詞もあります。また、dog-eared(隅の折れた)と形容詞にもなっています。

そして、このdog-earは日本語表記では「ドッグイア」と書かれ、同じ発音のdog-year「ドッグイヤー」と区別されているようです。
ドッグイヤーの方は直訳すると「犬の年」。ものすごいスピードで進化が進むIT業界を形容する言葉です。
と言うのも、犬は人間の7倍の速さで年を取るから。IT業界の一年はほかの業界の7年に相当するということでドッグイヤーと呼ばれるようになったそうです。

もっともこの、7倍の速さで年を取るというのはあまり正確ではないようですね。
犬種によって差があるようですが、犬は一般的に生後1年で人間の17歳程度まで成長し、その後は1年で4歳ずつ年を取るそうです。
3歳だと(17+2×4)人間の25歳、6歳だと(17+5×4)人間の37歳に相当。7倍数とはだいぶ数字がずれますね。ちなみに平均的な寿命は大型犬で10歳前後、小型犬で15年というところだそうです。
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2007年06月09日

天網

きょう、「天網恢恢疎にして漏らさず」を実感するニュースを見ました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070609-00000171-mailo-l14
主婦をひき殺して逃げていたトラックの運転手が逮捕されたという事件ですが、逮捕の決め手となったのは、車体の底に残っていたわずか3センチの綿だったというのです。
主婦が着ていたダウンジャケットが事故で裂けて、中の綿がマフラーをつるす金属部品に引っかかっていました。調べると主婦と血液型が一致する血痕もあったそうですから、物証としては十分なのでしょうか。運転手が強硬に否定すると決め手に欠けるような気もしますが、今はわずかな血痕からDNA鑑定も可能なのでしょうね。運転手も真っ青になって犯行を認めたということです。
3センチの綿の背後に、天を覆う巨大な網の目を見るような記事でした。

それにしてもこのトラックを絞り込むのに相模原署では、
『事故発生と同じ時間帯に通行する車の検問で目撃者を探した。同時に近くの道路が映る防犯カメラで速度や交通量を調べ、目撃情報と照合するなどして、トラック280台を抽出。1台1台の所有者を訪ねて確認する「車(しゃ)当たり」を始めた。』
ということですからすごい執念です。
午前3時半では人通りも少なかったでしょうし小雨も降っていたなら視界は悪かったでしょう。目撃証言はあまり取れなかったのでは…と思いますが、そこをよく通るトラックででもあったのでしょうか。
死亡事故でなかったらここまで一生懸命探してもらえなかったんじゃないかという気もしますが、短期集中的な捜査でホシを挙げた相模原署はほんとうにお手柄でした。マスコミも警察を叩くだけじゃなくて、その的確で迅速な仕事ぶりをもっと高く評価してほしいですね。

「天網恢恢疎にして漏らさず」は広辞苑によれば、
老子・第七十三章「天網恢恢、疎爾不失」
天の網は広大で目があらいようだが、悪人は漏らさずこれを捕える。悪い事をすれば必ず天罰が下る意。です。(以前にも書いたことがありますが個人的に気に入っている言葉なので再度)
最近はやり逃げみたいな後味の悪い事件も多発しますが、世の中は勧善懲罰でないとフラストレーションがたまるし、天網恢恢であってほしいなあと思います。

きのうは「23日の刑期をたった4日に短縮? それじゃお灸にもならないわ。天網も金には負けるのかしら」とちょっとがっかりしていた「パリス・ヒルトン釈放」のニュースでしたが、さすがにブーイングの嵐。裁判所が取り消し命令を出して再度収監されたそうです。
その決定を聞いたときにパリスは「ママ、これは間違っている!」と泣き叫んだとか。刑務所でもそうだったらしいけど、泣いて駄々をこねたらわがままが通ると思っている。幼稚園の子どもじゃあるまいし、26歳にもなるのに反省は全く無し、世の中は自分とその一族を中心に回っていると信じて疑わないのでしょうね。
そもそも収監されたのが飲酒運転、無免許運転をやめないという世間をなめきった行動。事故を起こしたら「私の車の前にノコノコ出てくるから悪いのよ!」なんて開き直りそう。ティーンのアイドルらしいですが、世のイイ子は変な影響を受けないでほしいものです。

介護の世界では悪評高かったコムスンも(あそこはダメよ、と私も聞いていました)制裁を受けるようですが(まだ流動的ですね。会長の年収6000万というのには到底納得できません)、税金や善意を食い物にするのは絶対許されるべきではない。「悪いやつほどよく眠る」のではない、きちんと天網に絡め取られる社会であってほしいと思います。
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2007年06月08日

午後の遺言状

能楽師の観世栄夫(かんぜひでお)さんが亡くなりました。
79歳、大腸癌だったそうですが、今は70代ではまだ早いような気がします。
5月に交通事故で肋骨を折る怪我をしたということですから、死期が多少早まったかもしれませんね。ちなみにこのときは本人がハンドルを握っていて、助手席のマネージャーは死亡したそうです。
http://mfeed.asahi.com/culture/nikkan/NIK200705040009.html
七世観世流銕之丞の次男として生まれ、兄、弟とともに観世三兄弟と呼ばれた由緒正しい能楽師です。(八世銕之丞となった弟・静夫さんは人間国宝。肝不全のため00年、69歳で亡くなりました)
本人は喜多流に属してのち観世流に復帰するなど、波乱に富んだ芸歴ではあるようです。
一般大衆には能楽師としてより、俳優や演出家として知られていらした方でしょうか。

昨年の8月には、草津で室内オペラ「絵師」の公演に出演されたようです。その時のことが書かれた能楽師・柴田稔さん(弟子?)のサイトがありました。
http://aobanokai.exblog.jp/3161083/
「絵師」は芥川龍之介の「地獄変」で知られる話です。
広いとは言えない能舞台で牛車が炎上する(ように見せる)のはなかなか難しそうですが、裏方さんの努力で臨場感たっぷりのクライマックスに仕上がったとか。
ストーリーは上のサイトにありますが、長老の観世さんは、美しい娘を持つ偏屈な醜い天才絵師を演じられたそうです。
私はかねがね思っているのですが、演技というのは(厳しい修行が必要とはいえ)、幾とおりもの人生を疑似体験する、実に面白い職業。特にこの絵師のようなエキセントリックな人間というのは、(たぶん)自分の実生活とかけ離れていて、演じていて楽しそうです。
観世さんの場合は演じるだけでなく演出もされていたので、さらに密度の濃い面白い人生だったのではないかと思います。

ところで私の印象に強く残っているのは、「午後の遺言状」という映画での観世さんです。
この映画は、肝臓癌に冒された妻・音羽信子の遺作になるのを覚悟した新藤兼人監督がメガホンを取ったものです。彼女の最後の作品にはなりませんでしたが、音羽信子も主演の杉村春子も間もなく世を去り、そしてきょうは主要キャストの観世栄夫さんも。
時は矢のように過ぎ去っていくものだ、自分も含め知っている人がどんどん出口の方に押しやられていく…と改めて思いました。
この映画での観世さんは、認知症の愛妻に付き添って妻の親友(老大女優)を夏だけ滞在する別荘に訪ねる老人役です。
刃物を持った強盗を認知症の妻が撃退する楽しい場面もあり、老い、認知症、裏切りと深刻なテーマをさらりと描いてある秀作でした。

観世さんが、長門裕之をもっと渋くしたような顔で、長年連れ添った愛妻が壊れていくのに戸惑い、苦悩する姿がとても心に迫りました。
どんなに若くて美しい女性にも等しくおとずれる老い。髪が白く薄くなったり老眼になったり、足元がおぼつかなくなるようなことは仕方のないことと受け入れるとしても、認知症の進行を見守るのには(愛情が深ければ深いほど)周囲が実に辛い思いをします。
観世さん演じる夫の行動が決して賛成できないものであるとしても、身につまされた観客は多かったでしょう。高齢者社会が深刻化する今、この映画はもっと見直されていいんじゃないかと個人的には思っています。(一部敬称略)
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2007年06月07日

きょうは自粛

きょう書いた文章(パリス・ヒルトンなどに関して)、アップするほどのものか迷うので自粛したいと思います。
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2007年06月06日

魂の重さ

先ごろ母の葬儀で帰省した話をしていたら、友人が、自分も昨年父親を亡くしたと言い出しました。
数年闘病していたそうですが、ずっと看病していたお母さんが用足しのためちょっと外出するのを待っていたように臨終が訪れ、立ち会えたのは友人とお姉さんだけ。お母さんが死に目に遇えなかったことを、あとで「最後まで相性が悪かったのね」とお姉さんと笑ったそうですから、あまり仲良くなかったのかもしれません。
私は遠くに住んでいる上に息子のことがあるし、父も母もわりと急に亡くなったので、もちろんどちらも死に目には遇えませんでした。
今も言うのかどうかわかりませんが、「夜に爪を切る」のと「霊柩車を見たときに親指を隠さない」行為は、どちらも「親の死に目に遇えない」という言い伝えがあるようです。死に目に遇えないというのはつまり、最大に近いぐらいの親不孝ということになるのでしょうか。

その友人が興味深いことを言いました。お父さんの臨終のとき、死んで、いわば魂が抜けた瞬間がはっきりわかったそうです。
お父さんが亡くなったあとでベッドに横たわっているのはもはやお父さんではなく、ぬけがら、『遺体』という感じ。お父さんではない物体なのだから、取りすがって泣く気には全然なれなかったそうです。
何年も苦しんでいたお父さんを見ていたから、これでラクになれたね、という気持ちもあったのかもしれませんが、そんなものかなあと好奇心を刺激されました。
そのとき私が思い出したのは「21グラム」という映画です。ベネチオ・デル・トロ、ショーン・ペンやナオミ・ワッツらが競演した、命の重さを考えさせられる真面目な映画でした。タイトルのもととなったのは、100年ばかり前にアメリカの医者が行った実験の結果です。

アメリカの内科医ダンカン・マクデューガルが、今まさに昇天しようとしている6人の「魂の目方」を量りました。精密な秤を用意してそこに乗ってもらったそうです。
本人や遺族になる人たちをどう言って説得したのか知りませんが、ずいぶんえげつない実験をしたものですね。
その瞬間に10〜70グラムの減少があったそうで、平均値なのか『人間の魂の重さは21グラムだ』と結論付けました。興味深い実験ではありますが、やはりこれは世間と学界の大顰蹙を買った。真面目に取り合ってはもらえず無視されたようです。
とはいえ、科学者にとって面白い実験であることは間違いないでしょう。
この実験結果に対して、「いやそうではない。人間は死んだら体温が下がるから、身体の表面に対流が起こる。秤の分胴を押し上げたのはこの対流だ」と真っ向から反論する意見もあるようです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4105051210/daiya0b-22/

15頭の犬で実験したときは体重に変化はなかったそうですが、人間サマは犬とは違うような。
魂に重さがあって(つまり物理的に存在していて)死んだらすっと抜ける、と考えた方が人情としてはしっくり来るような気もしますね。
肉体と一緒に焼かれるのではなくて魂だけは抜け出し、そこいらに漂って残った者を見守っている。時には守ってもくれる。
守護霊(のようなもの)の存在を確信する私としては、魂の重さに一票。
posted by dashi at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 興味津々

無名指

少しはパソコンを使いこなせたら……と気軽に受けたパソコン講座でしたが、終了したあとも、成り行きでタッチタイプの練習を続けています。
フリーソフトや安い(2000円弱)ソフトを試してこれでは埒があかないと判断し、講座で使っていた練習ソフトを購入(1万円ちょっと)したので、途中で止めるわけにはいきません。ちなみに人気のあるソフトらしく、amazonでは売り切れ。量販店を4軒はしごしてやっと手に入れたものです。
このトシなので上達が遅いし肩が凝りますが、若いときなら今ほど面白いと思えなかったでしょう。ぼちぼち打てる字が増えるのを楽しんでいます。

タイピングには普段使わない指を使うので、これはボケ防止というか脳の活性化にとてもいいんじゃないかという気がします。
初めのころは、親指、人差し指、中指以外を使うと指がつりそうでした。特に薬指を自在に動かすというのはなかなか難しいです。
これは私が特別不器用なのではなくて、薬指というのはウィキペディア(フリー百科事典)によれば「一般的に5指の中でもっとも動かしにくく、薬指だけを独立して動かしたり立てたりできる人は稀である。これは薬指の腱が両隣の指の腱と繋がっているためであり、異常ではない。」のだそうです。

薬指について、広辞苑には「薬を溶かす時、主にこの指を用いることからいう」と解説があり、べにさしゆび、無名指、くすしゆび(薬師指)と異名が載っています。
(薬師如来は左手に薬の壷を持ち、右手の薬指を前に出していると書いてあるサイトもあったので、画像を探してみました。
http://www.banetsu-koryu.jp/bange/image/unaiyakushi_big.jpg
今は薬を(指でこすり混ぜて)溶かして飲むことはまれでしょうが、口紅を指でのばす(べにを差す)ときにはたしかに薬指を使う人が多いかもしれません。この二つは納得するとして、無名指(ななしゆび)というのにはあまり馴染みがないと思います。
この命名は日本に限ったことではなくて、中国語、サンスクリット語、ペルシャ語、ロシア語、モンゴル語、フィンランド語やブルガリア語でも同じように呼ぶそうです。

まず、薬指は魔力(病気を治すなど)がある大切な指と信じられていた。古代エジプト人は、特に心臓に近い左手の薬指を、心に直結するとして大事にしたのだそうです。
結婚指輪を左手の薬指にはめるのも、こういうところからだということです。
孫悟空に出てくるひょうたんは、名前を呼ばれて返事をすると吸い込まれるものでした。邪悪な者が魔法(のろい)をかけるには、相手の名前を知り呼ぶ必要があるそうです。
だから無名指と呼んで薬指を守ったわけですね。
なお英語ではthird finger(三番目の指)。どこから数えたら3番目になるんだろう? と思ったら、指輪をはめる結婚式ではfour fingerと呼ぶそうですから、わざと間違った言い方をして悪霊を混乱させているんでしょうね。

余談ですが、日本でも悪霊に名前を呼ばれないようにするため、本当の名前を知られないように通称や別名を用いたり、子どもにわざと汚い名前をつける習慣「辟邪名(へきじゃめい)」がありました。
(モンゴルには今も残る慣習らしいです)
ちなみに紀貫之の幼名は「阿古屎(あこくそ)」というそうですし、幼名によく用いられる「丸」というのは便器のおまるに由来するということです。

天皇家では今も名前を直接呼ばない習慣が残っているようですね。
皇太子の徳仁(なるひと)というお名前は「ナルちゃん憲法」以来耳にすることもめったにありません。いつだったか書類の署名をテレビで見て、そう言えばそんな名前だったっけと思い出しました。
天皇は明仁(あきひと)というお名前ですが、大半の国民は知らなさそうですね。

タイピングでは左薬指でsやw、右手ではl、oなど割合よく使う字を打ちますが、ミスも多い。
講習仲間に篠笛の師範やってる人がいました。キーボードに向かうのは初めてだったけど、笛で鍛えているからどの指も自由によく動くそうです。何が役に立つかわからないわねえと笑っていました。
posted by dashi at 00:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年06月04日

6月4日

きょうは「6・4」、いわゆる天安門事件が起こった日です。
1989年のことですからもうずいぶん時間がたってしまいました。天安門事件と聞いても「それなんだっけ?」「私の生まれる前の事件だ〜」という人も増えたことでしょう。
民主化を求めて天安門広場に結集した学生たち(とそれを支持する一般民衆)を戦車で排除した映像に、戦慄を覚えた人も多かったと思います。戦車の前に立ちはだかって兵士を説得した若者が、英雄のように伝えられたりもしました。
でも結局は民衆の敗北に終わり、リーダー格だった学生たちは命からがら逃げ出して、一部はアメリカに亡命しました。
ハンガリーでは、弾圧を怖れて逃れてきた人たち(数百人いたそうです)がもととなって、今ではちょっとしたチャイナタウンが出来上がっているという話も聞きます(首都のブダペストに4万人の中国人がいるとか)。
つてを頼れたり海外逃亡する資金のある学生は幸いで、さほど政治的意識は高くないのにつられて騒動に参加した学生の中には、命をはじめ社会的身分(今のことはよくわかりませんが、当時の中国では大学生は数も少なくかなりの特権階級でした)など大切なものを失った人も多かったと思います。

北京大学の柴玲という女性は美人でマドンナ的存在でしたが、逃げたアメリカで整形手術を受けて顔を変えたという話も聞きました。やはりテロを怖れたのでしょう。
ウイグル族出身のウーアルカイシ(吾爾開希)という変わった名前の青年は、私がちょっと通った大学の先生の教え子だったそうで、「不真面目なふざけた学生だった」と吐き捨てていらしたのが印象的でした。立場上、擁護は出来なかったでしょう。(彼は、今は台湾に住んでいるそうです)
きょうはビザ無しで成田に着いた魏京生が入国を拒否されたというニュースも流れました。日本で開かれる記念集会に出て講演しようとしたようです。
事件の前もあとも報道が錯綜して、何百人も殺されたとか、虐殺なんかなくて静かなものだった、と正反対の情報が流れました。
当時、私のよく知る人は出張で北京に行っていて、この騒ぎに巻き込まれました。日本人であることを隠し、知り合いの中国人に助けられて必死で逃げたそうです。
流れ弾がほおをかすめたと言っていたので、軍部が無差別に発砲したのは間違いないでしょう。大勢の人が無抵抗のまま殺されたのは疑いのないところだと思います。

私たちが北京に住んだのはその少しあとで、駐在員の奥さんや日本人学校の先生などから事件のことを聞く機会もありました。みなさんそうとう怖い思いをされたようでした。
日本人には恨みを持つ人も少なくないので、暴徒化した群集が(相手が日本人とわかると)何をするかわからない。危険だから外に出るなと指示されていたようです。
当時は日本人など外国人が住む団地(マンション群)には敷地の入り口や棟の入り口に警備員(人民解放軍の兵士?)が常駐していて、家にこもる分には安全だったのです。
私たちの住んだ高層住宅は天安門広場から歩いて行けるところだったので、もし当時そこにいたら、家にこもっていても銃声や悲鳴がよく聞こえたことでしょう。まだ幼い子どもたちにその阿鼻叫喚地獄を見聞きさせなくて済んだのはよかったかなと思っています。
天安門広場に立つと、その広さに圧倒されます。あの広場を埋めつくした群集を抑えようとすれば、(あまりに数が多いから制御不能で)軍力をもって制圧するしかなかったのかと考えさせられました。
……フセイン大統領の強権政治は非難の的だったけど、今の混乱の方がいいのかどうか。

逃げ込んだ先が中国だったら、韓国じゃなくてもと来た場所へ投げ返されていたでしょう。
北朝鮮から小船で逃げてきた4人に対して、世間の反応は概して温かいように思います。人権に配慮して、希望通り韓国に行けるようですね。
でも、同情して済む問題なんでしょうか。
スパイじゃなかった(らしい)からいいようなものの、沿岸警備が甘すぎるんじゃないの? と首をひねってしまった私です。
密輸や拉致も、把握されていない分がたくさんあるんだろうなあ。日本では根絶したと言われる狂犬病や、西ナイル病の保菌者が乗り込んでいたらどうなったんでしょうか。ツボカビ病を持ち込まれたら? 何のための検疫でしょう。
去年だったか、密入国と思われる集団が山陰の港に(?)現われて、トラックが来てみんなを乗せていった、というニュースも聞きました。こんな無防備で、お人よしでいいんでしょうか。
天安門事件のようなことが起こらない(に違いない)国なのはありがたいけど、今の政権はどうも頼りなく思えて心配です。
posted by dashi at 19:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年06月03日

脳の損傷

最近矢継ぎ早に、高次脳機能障害といわれる例に3件接する機会がありました。多いとは聞いていたけど、これほどに身近なものかと驚いています。
高次脳機能障害については先日書きましたので、よろしければご確認ください。
http://dashisroom.seesaa.net/article/35745346.html

一例は先ごろ知り合った人のお兄さんで、自殺を図って走行中の電車の窓から飛び降りました。命は取りとめたし、列車を止めたわけじゃないから賠償請求がなかったのはまだしも幸いだったけど、脳(前頭葉)に重大な損傷を受けて障害が残った。
婿養子に入っていた婚家には縁を切られ、担ぎ込まれた病院(外科)や精神科で長いこと治療やリハビリを受けました。認知症となった高齢の母親と共に、今は自称「行かず後家」の妹(知人)の世話になっているそうです。
まるきり寝たきりで動けない人と違って、自由に歩き回れるし会話も出来る。傍目にはブラブラしている怠け者としか見てもらえず、本人も家族も辛い思いをしたようです。
買物に行ってもお釣りの計算は出来ないけれど、古い記憶(技能)はそのまま残るようですね。昔から好きだった囲碁は今も唯一の楽しみで、日中は地区センターに出かけてパチリパチリやっているということでした。

あとの二例は本人に会いました。
一人は障害のある子のお兄さん。学校の卒業目前に、就職が内定した職場での事故だったそうです。
男の子二人だけの兄弟で、弟は頻繁に発作を起こす重い知的障害児。お母さんは(よく知っている人です)この子まで、とどれだけ悩み悲しんだことでしょう。
幸い適切な治療(リハビリ)を、時期を失さずに受けられたようで、だいぶ良くなったらしいという話を聞いていました。
たまたま本人と出会う機会があったので、声をかけたらこころよく応じて話してくれました。会話は出来ますが、なんとなくかみ合わない。こちらの言っていることを理解したり、自分の話したいことを言葉にするのに、努力を要するようでした。
どんな事故だったのか聞いてみましたが、事故の前後の記憶はすっぽり抜けていて何も知らないそうです。
大きな開頭手術を受けたらしく、髪を伸ばしている途中(と思われる)の頭には、白い筋が何本も走っていました。まだ20代始めの若さだから、脳の可塑性に期待したいところです。

もう一例は、県で一番の進学校に通っていた高校生の交通事故です。塾の帰りに自転車に乗っていて、女性ドライバーの軽乗用車にはねられました。
女性は、自転車に気づいてブレーキを踏もうとして、誤ってアクセルを踏んでしまったということでした。頭の前部を道路に激しく打ち付けて脳を損傷してしまいました。
どこの大学にも行けると言われたくらい、優秀な高校生だったそうです。兄弟がたくさんいる中の末っ子で、ご両親からしたら可愛さも一入の子だったに違いありません。
出来ることは何でもしてやろうと決心されたのでしょう、お父様は仕事を辞めて息子の治療介護に専念。一年半、家から片道3時間あまりもかけてリハビリに通ったりしたそうです。身体的な課題はその時期に克服出来たようでした。
事故の前はチェロを習っていたとかで、今は演奏こそ出来ないけれど、音楽を聴くとかなりいい反応があるそうです。
この子も、言語野に損傷を受けなかったのでしょう、普通に会話が出来ます。スポーツも問題ないようです。話す内容が幼稚で不自然なことや、言葉に詰まったり「わかんない」と照れくさそうに笑う姿を見て初めて、障害の存在を悟ります。
中途障害者は、もとの有能さを知っているだけに、家族にとってありのままを受け入れるのには辛いものがあることでしょう。でも彼の場合は屈託のない笑顔を振りまいていて、注がれている愛情の深さを感じさせられました。

人間の脳は頑丈な頭蓋骨に守られていますが、猛スピードで走る鉄のカタマリ(車)にぶつかったのではひとたまりもない。一瞬にして将来有望な少年の未来を奪ってしまい、どんなに札束を積んでも取り返すことは出来ません。
私もハンドルを握る一人として自戒したいと思うし、危険な職場には安全対策を万全にして、高次脳機能障害の増殖に歯止めをかけてほしいものです。
そして不幸にして事故にあった人には、「まだ治らないのか、いつまでかかるんだ」なんて言わないで、きちんと検査や治療を受けさせて下さい。
亡くなった女性のことばかりが報道されましたが、ジェットコースターの事故だって、頭を強打した人もいたかもしれません。高いお金を払って遊具に乗るのは、安全が保証された上でのスリルを楽しみたいから。命がけな