2007年05月08日

自己暗示

私の背中を見た娘から「段差が出来てるよ。また太りだした?」ときつい一発。
「うん、そうかもしれない。この連休、よく歩いてるからいいやと油断して食べまくったからねー」
娘の説によれば(本当かどうか知りませんが)、食べ過ぎたらその分は4日後の体重に反映されるものだそうです。今太っているなら4日以前に不摂生したからということになりますね。
いったん痩せたあとに戻ると元よりずっと太ってしまうのがリバウンド。無茶なダイエットでリバウンドを繰り返していると、しまいにはかなりの肥満になってしまいそうです。身体にも良くないでしょうね。

リバウンドはしたくない。間食はやめないと、と話していたら、娘がニヤニヤしながら、
「『私はこれを食べても太らないのよね』と言いながら食べると太らないんだよ」
と言い出しました。ケーキを食べながら「私はケーキ食べても太らないのよね」と宣言すればいいのだそうです。
「まさかあ。科学的に説明がつかないよ」と私が取り合わないでいると、
「自分はこれを食べても太らないって自己暗示をかける」のだと強調します。
自己暗示。なるほど。そう言われると効果がありそうな気もしますね。

自分で自分を その気にさせるのが自己暗示。
人間には、ふだん自分でコントロールして使っている能力と、切羽詰った時、無意識に発揮される潜在的 な能力(「火事場の馬鹿力」のような)があります。自己暗示をかけるのは、眠っている潜在能力を揺り起こすようなものでしょうか。
若い頃、朝早く出かける必要があった日に「ちゃんと起きられるかどうか心配」と話していたら、友だちが
「寝るとき、起きる時間の数だけ枕を叩けば、その時間に目が覚める」
と教えてくれました。半信半疑でしたが、寝る前に枕をトントンと6回叩いて寝たら、本当に6時近くに目が覚めてびっくりしたものでした。

私が中学校に入って初めて受けた英語の授業で、先生がこんなことを言ってました。
「人間の脳細胞は何億個もあるが、大半の人は、その数%しか使わないで死んでしまう。中学校で習う英単語はたった900個である。無駄にしてしまう脳細胞のうちのたった900個ぐらい、英単語を覚えるのに使ってもいいじゃないか」。
そ、そうなのか! と発奮した私は、中学校の英単語だけはしっかり覚えたと思います。
今調べてみたら、脳細胞の数は「生まれたときは60億個」「80歳まで生きるとして平均140億個」、使うのも「3%」「7%」「3分の一」と諸説あるようです。個人差も大きいでしょうね。

人間、使わないで終わってしまう脳細胞はたしかに、たっぷりありそう。歩く辞書(ウォーキングディクショナリー)と呼ばれるような人に比べたら、私にも無駄に眠っている細胞が果てしなくあるような気がします。
自己暗示をかけてその細胞(のごく一部)を働かせられたら、とても合理的だと思います。
呼吸も代謝もすべて脳の指令があって初めて実行されるわけですから、脳が「太るようなこと(細胞分裂とか?)をしない」と決めたなら、ほんとに太らないのかもしれません。
「信じる者は救われる」ってやつですね。私の場合は疑念が邪魔をして自己暗示をかけられそうにありませんが。
posted by dashi at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

pcイリテラシー

この前ヨドバシカメラに寄ったとき、店員をつかまえてプリンターの操作方法を聞いているおじいさんがいました。70代後半から80代くらいの人です。
おじいさんは孫の写真をデジカメで撮ってプリントするのを楽しみにしているらしい。パソコンに取り込んだ写真の加工の仕方がわからなくて、などと言っています。自分のはもう古くなったから、と使い勝手によっては買い替えも考えてもいるような口ぶりでした。
そこにあったのは最新式のプリンターとかで、しかけ絵本のように持ち上がって出てくる(ポップと呼ぶのかな?)小さい画面がついています。ややこしい操作をしなくても、そこにぐるぐるっと出てくる選択肢を画面でタッチすれば、取り込んだ写真を原寸大で見られるようでした。
店員さんはあまり慣れていないようで悪戦苦闘。おじいさんがあれこれ訊ねるのにもしどろもどろでした。応対のまずさもあって新調を見合わせたおじいさん。どうも、と会釈してさっさと去りましたが、あの年齢の人もパソコンを日常的に使っているんだなあとIT社会を再認識した私でした。

私が以前ヘルパー講座を受講したとき、最初に自己紹介し合う時間がありました。
暇なときは何をしているか聞かれたので「ネットサーフィン」と答えたら、私より少し年かさの講師がとても驚いた様子で「意外」と繰り返していました。
そりゃ、見た目さえないオバサンの私がパソコンに向かっているのはミスマッチなのかもしれないけど、今の時代パソコンぐらい出来なくてどうする。アンタの周囲に少ないだけでネットなんかみんなやってるよ、と言いたくなりました。
それとも、ネットサーフィンと聞けばあたかも匿名をいいことに2ちゃんねるあたりにけしからぬことを書き込む不届き者という先入観でもあるのでしょうか。

団塊の世代以上に多い、パソコンを使えない人たちのことを「パソコン(PC)イリテラシー」と呼ぶそうです。
イリテラシー(illiteracy)は読み書きが出来ない、文盲のこと。パソコンが出来ないと情報通信技術(IT)、特にインターネットの恩恵を受けることが出来ないということから使われる言葉です。
私が最近、便利だな〜と思うのは、市立図書館(全館)の本の予約がネットで出来ることです。
貸し出しの状況を調べることも、予約も、予約した本が届いたかどうかも自宅のパソコンで簡単にチェックできます。借り出す図書館を自由に選択することも出来ます(というか、これは指定しなければなりません)。
図書館が自宅の近くではないので、無駄足を踏む必要がなくてとても助かっています。
この恩恵に蒙れない人は、時間や交通費などかなりロスするかもしれませんね。

先日こんな話を聞きました。
路線バスも通っていない過疎の村で、行政が奮発して各戸にパソコンを貸与しました。
一人暮らしの高齢者も、自宅でネット注文して日常の買物ができる。週に一度、配達の車がやってきてくれるそうです。みんなそれで店もない山の中で不自由なく暮らしているということでした。
(病気になったり怪我をしたら村から出るしかないでしょうけどね。)
たぶん、注文の仕方だけはしっかりと教え込んだのでしょう。
私が推測するに、画面に出てくるのは文字ではなくて商品の写真かイラストではないでしょうか。それをクリックするだけで注文できるのでは。
でもそれで買物ができる高齢者は、もはやPCイリテラシーとは言いませんよね。うまく取り入れたものだと感心します。

デジタル・ディバイド【digital divide】という言葉もあります。パソコンのできる人とできない人の間に生じる経済格差をさす言葉で、ふつう「情報格差」と訳されるようです。若い人にとっては、就職口を探すのにPCの能力は大きくものを言いますね。
今は携帯電話でもネットにつなげるのでそれで用が足りてしまい、かさばって値段も高いパソコンを持たない(だから操作も出来ない)若者も増えていて、その人たちのことを「下流携帯族」と呼ぶ人もいるようです。
パソコンを扱えて就職もちゃんとできる、生活が安定する人たちと分けられ(divide)て、いわゆるワーキングプアの生活を余儀なくされている人たちのイメージでしょうか。

パッチワークや刺繍、ガーデニングにお菓子作りも素晴らしい趣味です。旅行に出て写真を撮るのも面白いでしょう。
でも、一歩進めて、自分の丹精こめた作品をデジカメにおさめてホームページで発表したり、検索してもっといいやり方を研究して実践してみるのも、自分の楽しみの幅をぐっと広げると思います。
老人対象の小規模グループホームで実習したヘルパー予備軍が言ってました。
寝て食事してお風呂に入って、それ以外の長い自由時間はみなさん「何もしないでぼーっとしてるだけ」だって。「死ぬのを待ってるだけ」だって。そんなことをしていたら、まともな脳でも機能しなくなるんじゃないでしょうか。
目が見えない人にだって使える、ほおでだって入力できるソフトがあるというのに、パソコンを使わない手はないと思います。先日ご紹介したドラゴンスピーチ(音声入力ソフト)を使えばパーキンソン病で指が震える人だって、認知症などで文字を忘れた人だって、メールのやり取りができます。古い歌を聴くことだって。
居ながらにして知的好奇心を満たされ人との交流を楽しめる、その面白さ便利さをを知ったら、パソコンのとりこになる高齢者はきっと多いに違いありません。
あまり横文字を使わない、単純な機能の、値段も安いパソコンが普及したらいいのにと思います。
posted by dashi at 00:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 興味津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする