2007年05月31日

疲労困憊

きょうは朝からやたらと疲れ果てた状態で、出先から息子のお迎えに行くのも居眠りが怖くて車をスーパーに置いて電車に乗ったりしました。些細なことで腹が立つし、無理しないで早く休むことにします。
再開直後に軟弱なことですが、きょうはお休みとさせていただきます。
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びわの木

雨戸を開けながら何気なく外を見たら、庭のびわの木に実が付いているのが目に留まりました。大きさは十分ですがまだ青い実で、三つばかりくっついているようです。
去年も薄黄色の実を見かけたけど食べごろになる前に無くなっていました。よく野鳥がやって来る庭なので、熟すのを待っていると先を越されてしまいます。
(南天の木もありますが赤い実は毎年いつの間にか無くなってしまい、お正月飾りに使えたためしがありません)
友人に話したら「袋をかけなきゃいけないんじゃない?」と言われ、なるほど商品になるびわは一つずつ袋をかけるか、始めからハウスで育てているのかもしれないなと思いました。それに三つかたまっていたら一つだけ残して摘果する(実が大きくなる)など、手間がかかっているからあの値段なのかもしれませんね。

このびわの木は、茂木びわをいただいたときにその種を庭にほうっておいたら芽が出て、全く手入れしないのに勝手に育ったものです。二本ありますが、片方はベランダの軒につかえるのでいずれ切らなければならないだろうと思っています。
それにしても、種をほうっておくと勝手に育つような生命力の強い実なのに、今はすっかり高級果実なのは残念です。とても手が出ない値段で落ち着いているので、私も自分では買ったことがありません。
うちに届いたびわも綺麗な化粧箱に一つずつ行儀よく並んで、食べるのがもったいないくらいでした。種も捨てるのが惜しくて庭にほうりましたが、実がなるまで育つのは想定外でした。
去年ためしに食べてみたまだ未熟なびわもそこそこ美味しかったので、もし完熟まで置いておけたら店頭の物と遜色なかったと思います。

びわは皮をむくナイフもいらず食べやすい物ですが、大きな種が邪魔ですよね。種無しの品種が開発されたとも聞きますが、スイカと同じく、種が無いのは普及しないんじゃないかと思います。
種のせいで、廃棄率が30%以上。食べられる部分は少ないですね。
バラ科の常緑木だそうで、そう言えば大きな葉は紅葉しないようです。
葉っぱに薬効があるのはよく知られていて、うちに遊びに来た高血圧の友人が葉を持って帰ったこともありました。種も焼酎に漬ければ傷薬などになるそうです。
丈夫で、手をかけなくてもよく育つ。実は美味しいし葉や種は薬になる。こんな理想的な木なのに庭木としてあまり人気がないのは、「家に病人が出る」という不吉な迷信があるからでしょうか。

びわに限らず、庭に実の成る木は避けるという迷信はあるようですが、同じ実が成る柿の木は植えているおうちも多いと思います。
では「家に病人が出る」、なぜこんな迷信があるのでしょうか。
『桃栗3年柿8年枇杷13年』という言葉があるように、実がつくまでに時間がかかるため植えた人が死んだあとでしか実らないから、という説。
成長が早くて大きくなる上に大きな葉がよく茂るので、家が陰になる。風通しが悪くなるから(病気になりやすい)という説もあります。
もっとも、木陰を作ってくれたら暑い夏には助かります。涼しいびわの木の下でお釈迦様が病人を癒したことに由来する、という説もあるようです。
現代ではこういう迷信自体知る人も少なくなったようで、庭に植える人が少ないのは単にびわの木のこと(簡単に育つとか)をあまり知らないからじゃないかなと思います。

ところで、私の生まれた家には大きなびわの木がありました。
茂木びわほど見事な実ではなく甘さも負けるでしょうが、大きなざるに何杯も収穫でき、私たち子供にとって梅雨時の格好のおやつでした。
祖父が根元に灰を撒いていたような記憶もありますが、特に手入れをせずとも毎年たくさんの実をつけていたと思います。木を切ってしまうまでは食べ放題でした。
私にとってびわの実は、指で皮をむきながら好きなだけ食べられるものという印象があるので、化粧箱に並んだ上品なびわには今だに違和感があります。

先ごろ母の葬儀で姉たちと集まった折り、このびわの木が話題に出ました。
5人姉妹のうちただ一人お転婆だった姉が、「あのびわ、すごーくおいしかったよね〜」と懐かしそうに言いました。
この姉は、学校から帰ると(自然界の)おやつ探しに燃えていたそうで、ヤマモモの木があると聞けば隣町にまで出張していたそうです。(今回も墓参りの帰りに遠回りして、『秘密の場所を教えてあげる』と野イチゴが群生しているやぶに連れて行ってくれました)
この姉にとってはもちろん自宅の庭にあるびわの木は大のお気に入りだったはずです。
「あのびわの木、どうして切ってしまったんだろう」と姉が未練がましくつぶやくと、その下の姉が「縁起が悪いと聞いたから切った、と言ってたよ」と言い出しました。

そのことなら私が母に直接聞いたことがありました。
いつのことだったか、とにかく私もすっかり大人になってからのことでした。あの木をどうして切ったの、と訊ねたら、母はちょっと迷うように言いよどんだあとで、
「だって、隣のフサエさんが切ってくれって頼みに来たから」
とつぶやきました。フサエさんというのはお隣のお嫁さんで、少し年上の母のことを「隣のねえさん」と呼んで慕っていました。
当時お隣の家では姑、小姑、主人、その父親(舅)と次々に病気になって入院したり亡くなったりと不幸続きでした。うちのびわの木が陰を作るほど接近した家ではありませんが、縁起の悪いことは除きたいと藁にもすがる思いだったのでしょう。
母としては、子供たちが実りを毎年楽しみにしているびわの木を切りたくはなかった。でも頭を下げて(おそらく泣いて)切ってくれと頼まれたら、嫌とは言えなかったのだと思います。

私がそのことを話すと姉たちは「初めて聞いた」と驚いていました。姉たちがいくら理由を聞いても、母はお隣の要望だったことは決して言わなかったそうです。
お隣の家には私と歳の近い姉妹がいて、小さいころは行き来してよく一緒に遊んだものです。フサエさんの義弟も二人未婚で同居していて、こちらは姉たちの遊び相手でした。子どもたちの間に感情的なしこりを残さないよう、母は沈黙を守ったのだろうと姉たちは話していました。
母のことを「恨みごとや、人の悪口を言わない人だった」と姉の一人が言い出し、母と同居していた義兄もうなずいていました。
たしかに、自分の母親や夫のことを愚痴ることはあったけど、悪口というのは聞いたことがありません。
悪口を言わないだけでなく、人を嫌うということがめったになかったそうです。ただ一人だけ「あの人とは一緒に居たくない」と言っていた相手は私腹を肥やすようなずるいところのある人だった、ということでした。
母を送るために集まった席で思いがけず母の人となりを見直す機会を持てて、いい供養となりました。
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2007年05月29日

お久しぶり

きょう無事に「中高年のためのパソコン講座」終了しました。

ハローワークから紹介された能力開発のためのプログラムで、ワード・エクセル初級にパワーポイントの基本を合わせたものです。初級と言ってもFOM出版のテキストを一冊仕上げたので、けっこう盛りだくさんの内容でした。中高年が15人、50時間(5時間×10日)の特訓に一人の落ちこぼれもなく、楽しく終了できました。

いやあ、なんて便利なツールかと感動の連続でした。
エクセルに詳しい人には笑われそうですが、あっという間に計算してくれます。データベースを作っておくと簡単に「東京だけ」「入会の日付順」などと抽出することが出来ます。
ワードでは文書や地図のほか、名前入りの便箋や原稿用紙なども簡単に作れるんですよね。名刺を作ってみんなで交換したりしました。

この期間中、実は欠席したのは私だけです。田舎の母が亡くなったので急遽帰省する事になり、2日お休みしました。
ほかの姉たちがGWに交代で帰省したので私は息子の宿泊がある来月に帰るつもりでしたが、肺炎を起こして急変したようです。葬儀のとき、地元に住んでいるいとこから『いつもアンタのことを一番心配していた』と聞き、最後まで親不孝な娘だったと申し訳なく思いました。

週末もはさんだので講座は2日だけの欠席で済みましたが、10時間のブランクを埋めなければならず、悲しみに浸る間もありませんでした。
合間に息子の学校の授業参観、面談もあり(一日仕事)、来月の実習の打ち合わせ。娘の交際相手の両親と会ったり、息子の壊れたベッドを買い替えに行ったりと、休日もゆっくり出来なくて怒涛のような日々でした。
私の受講のために、連日息子はガイドヘルパーさんと、電車に乗ってファーストキッチンのポテトとミルクというコース。下校後の一時間半を過ごしました。服や上履きを破られたりもしましたが、私に協力してくれてありがたかったです。

出来たらエクセルはまた続きを習って、使い物になる程度の力をつけたいと思っています。
きょうのブログはワードで作成し、イラスト入れたり文字の色やフォントも変えたのですが、残念ながらそれをアップ出来ませんでした(泣)。ワードもまだまだです。

とりあえず、お久しぶり。近況報告でした。
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2007年05月22日

途中経過

中日を過ぎたので中間報告。
きょうはパワーポイントのスライドを作って、みんなで発表をしました。講習仲間ともだいぶ打ち解けて、楽しくやっています。
今更ですがタッチタイピング(今はブラインドタッチと言わないそうです)の練習をしています。
自己流で山ほど原稿を打ってきたので癖がついてますが、やはり決まった打ち方だと速いし、無駄な力が入らなくて疲れも少ないように思います。今はまだ自己流の方が速いのですが、追い越すのは時間の問題でしょう。
ブログが恋しいですが自粛して、後半も頑張ります。
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2007年05月15日

パソコンは疲れる

まだ二日行っただけですが、一日中パソコンを使うのって疲れるものだと実感しました。パートの時給が高いのも当然だと思います。
ヘルパーは身体が疲れてへとへとになりますが、パソコンは目を開けていられない眼精疲労。一時間に一度休憩がありますが、ここでちゃんと休まないと続けられない感じですね。
面白いものでつい夢中になりますが、夜になると目がしょぼしょぼします。
というわけで、集中講義を受けている間は更新をお休みしたいと思います。肩も凝るし無理も出来ないトシですが、頑張ります。
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2007年05月13日

コンピューターの難しさ

コメント欄で勧められたので早速読み始めた「痛快! コンピューター学」。
東大の先生が講義で教えている内容を、「レベルを落とさずにわかりやすく」解説してある本だそうです。
これ以上易しくは書けないらしいですが、若く元気でない上に使い込んでいない脳の私には十分にレベルが高い。
すぐ眠くなるのでなかなか読み進められないでいますが、初めの方に面白いことが書いてあったのでご紹介したいと思います。

なぜコンピューターは難しいか。
エンジンの中でガソリンが燃え、それがギアを動かしているという仕組みがわかれば、自動車がどうやって動くかも想像できる。
一方、コンピューターを動かしているのは、わずか数センチの小さなシリコンチップ。それをいくらしげしげと見つめても、何がどうなっているのか理解できない。どういう仕組みで動いているのか理解するのが難しいという話です。

それを読んで、私も自分の経験を思い出しました。
長く使った衣類乾燥機が動かなくなり、修理の方が高そうだったので買い換えたときのことです。新しいのを運び込む前に、古い方をはずして引き取ってもらいました。
搬出の際に何気なく機械の裏側を見たら、回転のベルトがはずれているのが見えました。あっ、なあんだ! と夫と顔を見合わせましたがもうすでに遅し。

もう一つは、車の温度が上がりすぎる(警告ランプがつく)ので見てもらったときのこと。修理のおじさんが「ほら、見てごらん」とパイプに刷毛で水(?)を塗りました。するとぶくぶくと泡が。「穴が開いてるね」と言われて深くうなずいたものでした。
こういうのは、機械の仕組みをよくわかっていなくても、「ベルトが外れたから動力が伝達できなかったのだな」とか「冷却水が漏れて少なくなったから、冷えにくかったんだな」などと<なんとなく>理解することが出来ます。
コンピューターはこれが出来ませんよね。

いきなりフリーズしたとき、パソコンの中を覗いてもその理由は想像できない。
コンピューターの原理と動きの間には、すごく広く、深い溝(ギャップ)がある。こういう状態のことを「セマンティック・ギャップ」と呼ぶそうです。(セマンティックsemanticは「意味的な」)
また、コンピューターやインターネットはアメリカで(軍事技術として)生まれ育ったものだから、用語はほとんど英語です。
「これが家庭用のパソコン使用者の敷居を高くしている」という指摘もあり、これには、素直にうなずけますね。
特に英語になじみのない高年齢の人には、敷居は山のようにそびえているかもしれません。


私も難しさに立ち向かわなかったクチで、長いこと何もわからないままにパソコンを操作してきました。マックからウィンドウズに換えたら文書の片付け方もわからない始末です。自分で自分に腹が立つので、集中講座を受けて少し勉強することにしました。
息子は下校後少しガイドヘルパーさんにお願いすることにして、半月ばかり頑張ってみるつもりです。
時間がなくて、ここの更新も出来るかどうかわかりません。
やるからにはしっかり教えてもらおうと思っています。少しは成長のあとをお見せできたらいいのですが。
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2007年05月12日

むずむず脚症候群(RLS)

車の仕組みはさっぱりなのでいざと言う時は他力本願しかなく、JAFの会員になっています。
「JAF会員でよかった!」と姉がしみじみとつぶやいたのは、むかし、私を送るために新神戸駅に向かうバイパスでのことでした。アクセルが効かない、ヘンな感じだと言うので計器を見てびっくり、なんと燃料が無くなっていたのです。いつもは周到な義兄が給油してくれていたので、文字通り油断したのでした。
片側一車線しかないかなり狭い道路で、脇によけることが出来ない。がくんとスピードが落ちて、アクセルをいっぱいに踏み込んでも時速20キロぐらいしか出ません。歩く方が速いんじゃないかと冷や汗が出ました。
事情を知らない後続車はビービークラクションを鳴らします。それは当然だけど停車するわけにもいかない。リヤウィンドー越しに頭を下げるしかありません。悪いことに、山の中を走っているのでトンネルまであります。
姉は「怖いよ〜」と泣きそうになりながら、とにかく前へ進みます。やっとのことで料金所にたどり着き、車を脇のほうに寄せて、携帯電話もない時代なので料金所のおじさんにJAFを呼んでもらいました。後続車はさぞかし悪態をついたことでしょう。

JAFは社団法人・日本自動車連盟(Japan Automobile Federation)の略称です。
ロードサービスのほか、各種啓蒙活動、モータースポーツ主催などの事業を行っているようですね。
会員を対象に、ふだんは見る機会のないダミー人形を使った衝突実験の見学会も企画されていたようでした。
今はロードサービスは任意保険で保証している場合も多く、年間数千円のJAF会費を惜しむ人もあるようですが、こういうことは任意保険の会社には期待できないでしょうね。
会員には機関誌「JAF Mate」というのが送られてきます。なかなか盛りだくさんで、けっこう予算がついていそうな冊子です。
車に関する情報だけをよくこれだけ集められるなと感心しますが、中井美穂インタビューにも豆知識が盛り込んであったりして、なんとか一般ドライバーの意識を高め、事故を減らそうと努力している姿勢を感じます。

このJAF Mate3月号に、「睡眠と運転」をテーマにした記事がありました。
睡眠不足が事故に直結するのは異論のないところだと思いますが、睡眠不足を引き起こす原因の一つに「むずむず脚症候群」というのが紹介してあって、これはもっと注目されてもいいんじゃないかと思いました。
調べてみると、もう2年以上も前の記事(読売オンライン)が見つかりました。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/saisin/sa522801.htm
同じ<睡眠不足につながる病気>でも「睡眠時無呼吸症候群」は認知度もだいぶ上がりましたが、「むずむず脚症候群」の方はまだあまり聞きませんね。
でも決して珍しい病気ではなく、判明しているだけでも120万人。国民の3〜4%、潜在患者も含めると500万人の患者がいるとの推測もあるそうです。

この耳慣れない病気、患者が常に脚を動かさずにはいられない状況から、「レストレスレッグス症候群」Restless Legs Syndromeとも 呼ばれます(略称「RLS」)。レストレス・レッグス、「休めない脚」。患者の苛立ちをよく表した病名だと思います。
主に夕方から夜、じっとしていると症状が現われ、動かしているといくらかマシ。だから当然、よく眠れないということになりますね。
「むずむず脚」といってもちょっとむずむずするのはまだいい方。中には痒かったり火照ったり、けいれんしたり、虫が這い回って刺しているような不快憾や激痛を訴える人もあるそうです。
ふくらはぎが多いけど脚だけのことではなくて、腰から背中、全身にまで症状が現われる人もいる。遺伝性の場合は若いうちに発症したり、足を除いた全身に出ることもあるそうです。
患者の苦しみもそうとう深刻に思えますが、これほどに情報が少ないのは、命の危険は低いと見られて研究が後回しにされているのかもしれませんね。

RLSは40代以上の、特に女性に多く(男性の1.5倍)、これは鉄不足の貧血が女性に多いからということです。
「そう言えばあの頃…」と思い当たる人もいるかもしれません、妊婦には5人に1人の高率で現われるそうです。
腎不全で透析を受けている人には3人に1人。パーキンソン病や糖尿病の人にも多いそうで、もとの病気に加えてこんな合併症で眠れなかったら、かなり辛そうですね。
そして、「抗うつ剤や抗精神病薬を服用している場合」にも。不眠を訴えて受診したらそういう薬を処方されることは多々ありそうですが、睡眠導入剤(サイレース)では却って悪化するそうです。
RLSは薬でだいぶ改善できる病気なのに、医療関係者にもまだあまり知られていないため長引くケースも多いようです。

心がけることとしては、喫煙・過度の飲酒・コーヒーなどカフェイン飲料を控える。寝る前に足をストレッチやマッサージで血行良くするのも効果があるそうです。
そして病気の原因ですが、鉄欠乏性貧血や、脳に指令を伝えるドーパミンの分泌に問題があることはわかっているようです。だから貧血の治療薬のほか、ドーパミンの働きを補うドーパミン受容体刺激薬(プラミベキソール:パーキンソン病の薬)や、(なぜ効くのかはっきりしないが効果が認められている)抗てんかん薬のクロナゼパムなどが有効。本来の用途の数分の一使用し、副作用はないということです。
現在はRLSの正式治療薬としてはまだ臨床試験の段階らしいですが、もともとの治療薬としては認められているものだし、欧米ではすでに使われている。日本でも時間の問題でしょう。
薬について詳しいページがありました。http://www.geocities.jp/yoshinobu3710/treatment.htm
「気のせい」とか「加齢によるもの」と片付けられやすい病気だそうですが、よく眠れない辛さは傍にはわからない。このRLSが広く知られるようになって、どこでも適切な治療が受けられるようになることを願っています。
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2007年05月11日

自己保身

きょうの朝、片側一車線の狭い国道を逆走する、若い女性の自転車を見かけました。
遅刻しそうになって急いでいたのでしょう、必死でペダルをこいでいます。
道路の左側を走ると、車が後ろから迫ることになるので怖いのでしょうか。
大型トラックもよく通る通行量の多い国道で、おまけに少しカーブになっている場所です。いくら路肩ぎりぎりを走っていると言っても、車からしたらとんでもない行為に見えます。
ヘルメットもかぶっていないし、ドアミラーに接触でもしたらあっさり倒れて大怪我するところでしょう。
危ないなあと思っていたら、案の定トラックに派手にクラクションを鳴らされ、あわてて歩道に入っていました。

いくら逆走をしていたといっても、自転車の相手に怪我をさせたら悪いのは車です。過失相殺が多少は認められるでしょうけど、減点の対象になり次回の任意保険料はハネ上がる。とんだ迷惑です。
よけるために中央線に寄ったら、危険だし対向車にも迷惑をかけてしまいます。
車の方がよけてくれるだろうと思わないでほしいものです。
初めて自転車対象の一斉交通取り締まりが行われたとニュースで言ってました。びしびしやってほしい。
マナーの悪い自転車に泣かされた人は、車の運転者に限らず、多いと思います。転んで骨を折った話も聞きますね。
私もバス停に立っていたとき、猛スピードの自転車を腕にぶつけられたことがありました。「いったーい!」と叫んだ頃には中学生ぐらいの子の自転車ははるか先に去っていました。

時間がたってウェブからは削除されてしまいましたが、先日こんなニュースがありました。(愛知県岡崎での事件で、毎日新聞に載ったようです)
警報機が鳴っている踏切を遮断機をくぐって渡った高校1年の女の子が、道路交通法違反で検挙されたそうです。
そばに交番でもあったんでしょうか、まあ捕まるのは珍しいでしょうね。そういうことがよくある「開かずの踏み切り」なのかもしれません。
警報機が鳴っているのに平気で渡るのが慣例化しているならそれは困る。事故が起きてからでは遅いと、警戒していたのかもしれませんね。今回の検挙、見せしめとしての効果は絶大なのではと思いました。
「急いでいたから、つい」と女の子はしょげていたらしいですが、気持ちはわかるけど絶対やめてほしいです。

信号待ちしていた自転車が青になって飛び出し、右左折のトラックに巻き込まれる事故は相変わらずなくなりません。
よく見ないで突っ込んだトラックの方が悪いのは当然ですが、轢きたくて轢いたのではないはず。横断歩道を渡っていたのだからこちらに非はない、と言ったところで失われた命や健康は賠償金で買い戻すことはできません。
事故のあとで責任問題を云々するより、不幸な事故を起こさないように万全を期すべきだと思います。
信号が変わっても飛び出さないで、左右を確認する習慣をつければ防げる事故だと思います。自転車の練習をしているときに、親はそのことを厳しくしつけるべきではないんでしょうか。
自分の身はまず自分で守る、そのことをしっかり教え込んでほしいと思います。
教え込むためには、親自身もお手本となるような行動をとらなければなりませんけどね。

ところで、先ごろ、幼い子どもたちだけ在宅の家で火事があって、子どもが焼死するという痛ましい事故が続きました。子どもは危険な遊びもしますし、非常事態に適切な行動をとれない。こっちに来い、と声をかけなければ逃げることも出来ないかもしれませんね。
でも、子どもだけで留守番させるとは、なんて非常識な親だ、と非難する資格は私にはありません。
広島に住んでいたころ、赤ん坊だった上の娘が昼寝をしている間に自転車で買物に行くことが私自身何度かありました。住んでいたマンションは坂の上にあって途中が長い階段、ベビーカーを抱えて降ろすのが面倒でもあったからです。
スーパーまで自転車で5分ぐらい、そう長いことかかっていたわけではありませんが、ある日同じマンションの奥さんに注意されました。
「赤ちゃんを一人にしたりして。アメリカでは通報されるのよ。もし地震があったらどうするの。あなたが事故にあっても帰れなくなるでしょ」
私はすっかり恥じ入って、二度と一人きりにはしませんでした。親しくもない私を穏やかに諭してくれたその奥さんには感謝しています。
赤ちゃんのときは全力で守り、そのあとは自分で自分の身を守ることを教えるのが、親の大切な仕事かと思います。
posted by dashi at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年05月10日

お休みします

野暮用に追われてしまい、時間が取れなかったのできょうはお休みいたします。明日もいい日になりますように。
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2007年05月09日

外人墓地

真夏の日差しの中、横浜山手の外人墓地見学に行ってきました。
息子の学校で「聖書を読む会」が月一度開かれていて、私はメンバーではないのですが、その会の企画にありがたく参加させていただいたものです。息子が入学して14年目になりますが、このような企画は初めて。卒業前にやってもらってよかったと思いました。
港の見える丘公園の中を通って墓地に向かったら、ローズガーデンではバラを撮影している人など観光客の姿もたくさん見かけました。(帰りにまた通ったらエレクトーンの演奏もありました)外人墓地は横浜を代表する観光スポットの中にあります。

現在の港の見える丘公園は、ベイブリッジが視界を横切りマンションが建ち並び、高速道路が立体的に走って、まるで未来都市のような眺めです。
今の外人墓地から海は見えません。でも昔は海岸線もこの近くだったようで、初めて葬られたアメリカ人水夫(二度目のペリー来航の時マストから落ちて亡くなった)のために「海が見えるところ」という条件を満たす場所だったそうです。
外人墓地は静寂に包まれていました。森という感じにたくさんの樹木が生い茂り、墓地の中はほとんど日陰で涼しかったです。本物の夏なら蝉時雨がうるさかったかもしれません。
会を指導していらっしゃる先生(牧師)のつてで、ふだん立ち入ることの出来ない地域まで見学することが出来ました。
上から覗く分にはわかりませんが、墓地は谷の底の方まで広がっていて、案外広い。5,600坪(約18,500u)もあるそうです。

ここには、日本の近代化に尽力した外国人が多く眠っています。
聖書の翻訳をした人など聖職者やその家族。
関東学院、フェリス、明治学院の創始やボーイスカウトなど後進指導の基礎を築いた人たち。
初めて鉄道を引くために無理を重ねて命を縮めた鉄道技師、キリンビールの前身となるビール製造所を作った人、ロシア革命から逃れて亡命したバレリーナ。薬学者。音楽家。
風刺画つきの記事を母国の新聞に送り続けたポンチ絵師ワーグマン。
生麦事件、井土ヶ谷事件などで攘夷派の犠牲になった人の記念碑もあります。
ユダヤ人はダビデの星を刻んだ墓石で、フリーメイソンはそのマークを刻んでありました。
外国人と言ってもおそらく一番多いであろう中国人の墓地はよそにあるそうですが、二箇所ばかり中国人らしい名前の墓碑も見かけました。

1923年に亡くなった人の名がずらーっと刻まれた墓碑がありました。1923年9月1日。関東大震災です。
関東大震災では10万5千人もの人が亡くなったそうですから、横浜近辺の外国人にも物故者が多かったでしょうね。
このときは高くて平べったい墓石はほとんど倒れて割れたようです。割れたのを補修してある墓石も目立ちました。
復旧には韓国人のみなさんがとても尽力して下さったそうです。
ここの近くにある山下公園は、震災時の瓦礫を埋め立てて作られたそうですから、震災で全壊した建物も多かったのでしょう。墓石が倒れるのは当然だったかもしれませんね。

ここは市や国の管理下にはなく財団法人「横浜外国人墓地」が管理しています。
http://www.yfgc-japan.com/index.html
広大な墓地の維持・管理には少なくない経費がかかりますが、一方、時の流れとともに後継者が途絶え、ここに葬られたまま忘れられる墓も多い。現在は無縁墓地が増えて収入(墓地使用権料)も限られたものとなり、3〜12月週末と祝日に墓地公開するときの募金や寄付金が主な収入源となっているそうです。
資金が潤沢にあれば古くなってくすんだりカビの出た大理石など(もとは輸入材を使った立派なものだったと思われます)の墓碑を磨いたり、説明板を作ったり、花を植えたり草むしりや掃除も出来るのでしょうが、汚れていたり雑草に埋もれたお墓もあったりしてなんだか気の毒でした。
今は教会の無料奉仕のボランティア頼り、とにかくカネがなくて手が回らないというのが実情のようです。

2002年7月には「外国人墓地支援チャリティーコンサート」を開いて、小澤征爾氏指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団ほかが協力。寄付金で墓地の斜面に石積みの壁が作られたそうで、感謝のプレートがはめ込まれていました。
こういう支援の手がもっと広がればいいなと思ったことでした。
横浜出身のアーチストはたくさんいるので、呼びかけようによってはかなりのことが出来るんじゃないでしょうか。
NHKあたりでキャンペーンやってくれれば効果絶大でしょうけどね。国際交流、先人の貢献という意味からも、もっと注目し整備してほしいところだと思いました。
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2007年05月08日

自己暗示

私の背中を見た娘から「段差が出来てるよ。また太りだした?」ときつい一発。
「うん、そうかもしれない。この連休、よく歩いてるからいいやと油断して食べまくったからねー」
娘の説によれば(本当かどうか知りませんが)、食べ過ぎたらその分は4日後の体重に反映されるものだそうです。今太っているなら4日以前に不摂生したからということになりますね。
いったん痩せたあとに戻ると元よりずっと太ってしまうのがリバウンド。無茶なダイエットでリバウンドを繰り返していると、しまいにはかなりの肥満になってしまいそうです。身体にも良くないでしょうね。

リバウンドはしたくない。間食はやめないと、と話していたら、娘がニヤニヤしながら、
「『私はこれを食べても太らないのよね』と言いながら食べると太らないんだよ」
と言い出しました。ケーキを食べながら「私はケーキ食べても太らないのよね」と宣言すればいいのだそうです。
「まさかあ。科学的に説明がつかないよ」と私が取り合わないでいると、
「自分はこれを食べても太らないって自己暗示をかける」のだと強調します。
自己暗示。なるほど。そう言われると効果がありそうな気もしますね。

自分で自分を その気にさせるのが自己暗示。
人間には、ふだん自分でコントロールして使っている能力と、切羽詰った時、無意識に発揮される潜在的 な能力(「火事場の馬鹿力」のような)があります。自己暗示をかけるのは、眠っている潜在能力を揺り起こすようなものでしょうか。
若い頃、朝早く出かける必要があった日に「ちゃんと起きられるかどうか心配」と話していたら、友だちが
「寝るとき、起きる時間の数だけ枕を叩けば、その時間に目が覚める」
と教えてくれました。半信半疑でしたが、寝る前に枕をトントンと6回叩いて寝たら、本当に6時近くに目が覚めてびっくりしたものでした。

私が中学校に入って初めて受けた英語の授業で、先生がこんなことを言ってました。
「人間の脳細胞は何億個もあるが、大半の人は、その数%しか使わないで死んでしまう。中学校で習う英単語はたった900個である。無駄にしてしまう脳細胞のうちのたった900個ぐらい、英単語を覚えるのに使ってもいいじゃないか」。
そ、そうなのか! と発奮した私は、中学校の英単語だけはしっかり覚えたと思います。
今調べてみたら、脳細胞の数は「生まれたときは60億個」「80歳まで生きるとして平均140億個」、使うのも「3%」「7%」「3分の一」と諸説あるようです。個人差も大きいでしょうね。

人間、使わないで終わってしまう脳細胞はたしかに、たっぷりありそう。歩く辞書(ウォーキングディクショナリー)と呼ばれるような人に比べたら、私にも無駄に眠っている細胞が果てしなくあるような気がします。
自己暗示をかけてその細胞(のごく一部)を働かせられたら、とても合理的だと思います。
呼吸も代謝もすべて脳の指令があって初めて実行されるわけですから、脳が「太るようなこと(細胞分裂とか?)をしない」と決めたなら、ほんとに太らないのかもしれません。
「信じる者は救われる」ってやつですね。私の場合は疑念が邪魔をして自己暗示をかけられそうにありませんが。
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pcイリテラシー

この前ヨドバシカメラに寄ったとき、店員をつかまえてプリンターの操作方法を聞いているおじいさんがいました。70代後半から80代くらいの人です。
おじいさんは孫の写真をデジカメで撮ってプリントするのを楽しみにしているらしい。パソコンに取り込んだ写真の加工の仕方がわからなくて、などと言っています。自分のはもう古くなったから、と使い勝手によっては買い替えも考えてもいるような口ぶりでした。
そこにあったのは最新式のプリンターとかで、しかけ絵本のように持ち上がって出てくる(ポップと呼ぶのかな?)小さい画面がついています。ややこしい操作をしなくても、そこにぐるぐるっと出てくる選択肢を画面でタッチすれば、取り込んだ写真を原寸大で見られるようでした。
店員さんはあまり慣れていないようで悪戦苦闘。おじいさんがあれこれ訊ねるのにもしどろもどろでした。応対のまずさもあって新調を見合わせたおじいさん。どうも、と会釈してさっさと去りましたが、あの年齢の人もパソコンを日常的に使っているんだなあとIT社会を再認識した私でした。

私が以前ヘルパー講座を受講したとき、最初に自己紹介し合う時間がありました。
暇なときは何をしているか聞かれたので「ネットサーフィン」と答えたら、私より少し年かさの講師がとても驚いた様子で「意外」と繰り返していました。
そりゃ、見た目さえないオバサンの私がパソコンに向かっているのはミスマッチなのかもしれないけど、今の時代パソコンぐらい出来なくてどうする。アンタの周囲に少ないだけでネットなんかみんなやってるよ、と言いたくなりました。
それとも、ネットサーフィンと聞けばあたかも匿名をいいことに2ちゃんねるあたりにけしからぬことを書き込む不届き者という先入観でもあるのでしょうか。

団塊の世代以上に多い、パソコンを使えない人たちのことを「パソコン(PC)イリテラシー」と呼ぶそうです。
イリテラシー(illiteracy)は読み書きが出来ない、文盲のこと。パソコンが出来ないと情報通信技術(IT)、特にインターネットの恩恵を受けることが出来ないということから使われる言葉です。
私が最近、便利だな〜と思うのは、市立図書館(全館)の本の予約がネットで出来ることです。
貸し出しの状況を調べることも、予約も、予約した本が届いたかどうかも自宅のパソコンで簡単にチェックできます。借り出す図書館を自由に選択することも出来ます(というか、これは指定しなければなりません)。
図書館が自宅の近くではないので、無駄足を踏む必要がなくてとても助かっています。
この恩恵に蒙れない人は、時間や交通費などかなりロスするかもしれませんね。

先日こんな話を聞きました。
路線バスも通っていない過疎の村で、行政が奮発して各戸にパソコンを貸与しました。
一人暮らしの高齢者も、自宅でネット注文して日常の買物ができる。週に一度、配達の車がやってきてくれるそうです。みんなそれで店もない山の中で不自由なく暮らしているということでした。
(病気になったり怪我をしたら村から出るしかないでしょうけどね。)
たぶん、注文の仕方だけはしっかりと教え込んだのでしょう。
私が推測するに、画面に出てくるのは文字ではなくて商品の写真かイラストではないでしょうか。それをクリックするだけで注文できるのでは。
でもそれで買物ができる高齢者は、もはやPCイリテラシーとは言いませんよね。うまく取り入れたものだと感心します。

デジタル・ディバイド【digital divide】という言葉もあります。パソコンのできる人とできない人の間に生じる経済格差をさす言葉で、ふつう「情報格差」と訳されるようです。若い人にとっては、就職口を探すのにPCの能力は大きくものを言いますね。
今は携帯電話でもネットにつなげるのでそれで用が足りてしまい、かさばって値段も高いパソコンを持たない(だから操作も出来ない)若者も増えていて、その人たちのことを「下流携帯族」と呼ぶ人もいるようです。
パソコンを扱えて就職もちゃんとできる、生活が安定する人たちと分けられ(divide)て、いわゆるワーキングプアの生活を余儀なくされている人たちのイメージでしょうか。

パッチワークや刺繍、ガーデニングにお菓子作りも素晴らしい趣味です。旅行に出て写真を撮るのも面白いでしょう。
でも、一歩進めて、自分の丹精こめた作品をデジカメにおさめてホームページで発表したり、検索してもっといいやり方を研究して実践してみるのも、自分の楽しみの幅をぐっと広げると思います。
老人対象の小規模グループホームで実習したヘルパー予備軍が言ってました。
寝て食事してお風呂に入って、それ以外の長い自由時間はみなさん「何もしないでぼーっとしてるだけ」だって。「死ぬのを待ってるだけ」だって。そんなことをしていたら、まともな脳でも機能しなくなるんじゃないでしょうか。
目が見えない人にだって使える、ほおでだって入力できるソフトがあるというのに、パソコンを使わない手はないと思います。先日ご紹介したドラゴンスピーチ(音声入力ソフト)を使えばパーキンソン病で指が震える人だって、認知症などで文字を忘れた人だって、メールのやり取りができます。古い歌を聴くことだって。
居ながらにして知的好奇心を満たされ人との交流を楽しめる、その面白さ便利さをを知ったら、パソコンのとりこになる高齢者はきっと多いに違いありません。
あまり横文字を使わない、単純な機能の、値段も安いパソコンが普及したらいいのにと思います。
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2007年05月06日

連休ぼけ

きょうはpcイリテラシーと題して書いていたものの、どうもぼやけた文章になってしまいます。
連休ぼけに加えて、お隣のおばあちゃんが亡くなったり、来客もあって疲れてしまいました。明日すっきりとした頭で(なるべく。。。)書き直したいと思います。どうも失礼しました。
posted by dashi at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年05月05日

肩の痛み

近所の奥さんが、ずっと続く肩の痛みで病院に行きました。
トシだから40肩、50肩と呼ばれるものだろう、それなら時間がたてば治るだろうから、痛み止めでももらって乗り切ろうと考えていました。ところがなにかちょっとやってもらっただけでウソのように痛みがひいたと喜んでいました。
そしてその痛みは、犬の散歩が原因と言われたそうです。
彼女のところには以前小さくてちょこちょこ歩く犬がいましたが、その犬を亡くしたあとは番犬もかねて少し大きく元気な犬を飼っていました。外に出ると大喜びで走りだそうとする犬を引っ張って散歩させていたのが、彼女の肩にとってはとても悪いことだったようです。

人間の肩は骨 (上腕骨、関節窩、肩甲骨、肩峰、鎖骨) と、それを取り巻く靱帯、腱、筋肉などで成り立っています。
鎖骨というのは肩のすぐ下、胸の上に水平にある棒状の骨。指で触れるくらい体表近くにあるので、ちょっとした事故で折れるような話もよく聞きますね。「内側は胸骨と、外側は肩甲骨の肩峰と連結してそれぞれ関節を作る」と広辞苑にあります。
で、この鎖骨は横からの力には比較的強いのだけど、前から引っ張られるような力にはとても弱いのだそうです。
何か重いものを片手で持ち上げるとき、私たちは無意識に肩を横向きに傾けていますよね。あれは理にかなっているということになります。綱引きするときも、横向きに引っ張った方がダメージが少ないそうです。
実際に肩を動かしてみると、鎖骨も一緒に動くのがわかります。腕を前に伸ばすと鎖骨と肩の間にくぼみが出来ますね。
たしかに、犬にぐいと引っ張られることをしじゅうしていると、鎖骨が形成している関節に無理な力がかかりそうに思えます。肩も痛くなりそうですね。

彼女は犬を走り出さないようにしつけ、犬のリードは片方だけでなく両手で交互に持つように心がけました。
幸い賢い犬だったからしつけはうまくいったそうですし、意識してリードを持つ手を換えることで肩の痛みは再発していないということでした。
「また痛みが出たら、今度は50肩でしょうね」
とゆったり笑う彼女は、健康診断で注文がついて本気になり、ここ数年で別人のように減量しました。がっしりした体型からほっそりとして、肩の周りの肉もかなり落ちたそうです。
これが肩の痛みに関係あるかどうかはわかりませんが、華奢になるというのはあるかもしれませんね。

ところで、炎症で痛むときは冷やすのが無難で、なるべく肩を休めてビタミンBと睡眠をたっぷりとるのが一番だそうです。
肩がこって痛む時は、叩いたりもんだり してはいけない。押しながらさするのがいいらしいです。
パソコンのやりすぎで肩がこるのは経験者も多いでしょうが、貧血、低血圧、高血圧などからも多い。歯並びが悪くても、ストレスで内臓がやられていても肩こりの原因になるそうです。 
寝具、ことに枕が合わないとひどくこるのは私も先ごろ経験しました。  
肩こりには、熱くない、温かいお風呂にゆっくり浸かり、風呂上りには軽いストレッチ運動で血行を促すのがいいらしい。血行が悪いとリンパ液の流れも悪くなってむくみが出るし、免疫力も落ちて疲れやすくもなるそうです。 
片方の腕を背中側に回してもう一方の腕(ひじあたり)を掴む、というのがいいとも聞きますね。自然に胸をそらすことになって効果があるようです。
posted by dashi at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

ハッピーラガー/ブルドッグ

一見ビールそっくりの、犬(ペット)用の健康飲料が開発されたそうです。その名もハッピーラガー。
こちらに写真があります。
http://www.zakzak.co.jp/top/2007_05/t2007050224.html
発売元は、佐賀県唐津市の小松飲料(小松重昭社長)と福岡市のブリーズ九州(和泉長利社長)です。
ペット用“ビール”は3年ほど前から米国カリフォルニア州でブームになっているのに、小松社長が着目。
米国製を参考に獣医師などの監修を受けながら日本のペットに合うように改良。商品化に成功してこのほど発売にこぎつけました。
主成分はビーフエキスで、ビタミンC、ビタミンE、カルシウム、腸の働きをサポートするオリゴ糖、毛並みに良いという酵母エキスも配合してあるそうです。
金色の液体はビールそっくりに白い泡も立つ。アルコールや炭酸は入っておらず、「ビールというより健康飲料」(小松社長)。味は牛肉風味で「人間が飲んでも大丈夫」ということです。

330ミリリットル380円(3本セットが1100円から)でそう贅沢というほどのものでもなさそう。
全国のペットショップ、動物病院、インターネットなどで販売するそうです。
初回3000本を製造し、反応を見ながら増産するそうで、けっこう控えめ。でも、注文すれば愛犬の写真をラベルに入れられるそうですから、これは贈答用などに流行るんじゃないでしょうか。
小松飲料は合資会社で、ラムネやサイダーなどの清涼飲料、うこんやかぼすサワーなどの健康飲料を小規模に生産している会社のようです。
http://www9.ocn.ne.jp/%7Ek-inryou/index.htm
でもアルコールを含まないビールやなつかしのニッキ水など、製品開発に熱心な会社という印象を受けます。
このハッピーラガーで大化けするんじゃないかと個人的には思いますが、さあどうでしょうか。

犬つながりで、こちらは「美しいブルドッグコンテスト」で優勝した犬の写真。
http://news.yahoo.com/photo/070423/480/ce33533f79d24e6880dc6f28438e4051&g=events/lf/042307beautbulldogs
どこが美しいのかよくわかりませんが。。。王冠などをかぶっていると、なんとなく気品を感じさせますね。
「ドッグ・ショウ」という映画では、愛犬をドッグショーで優勝させるための涙ぐましい努力、陰謀や駆け引きがコミカルに描かれていました。この映画ではたしか犬種ごとに4部門に分かれて(テリアとかプードルとか)いましたが、ブルドッグはブルドッグだけ独立したコンテストがあるのでしょうか。
ところで、ブルドッグで検索したら、詳しく書かれたサイトがありました。
http://www.dogfan.jp/zukan/non_sporting/bulldog/index.html

それによれば、ブルドッグという名は雄牛(ブル)と闘わせる競技「ブルベイティングbull baiting」に由来するそうです。
これはイギリスの貴族が13世紀に始めた闘犬です。杭につながれた雄牛に数頭の犬をけしかけ、最初に牛の鼻に噛み付いて牛を倒した犬の持ち主に高額の賞金が支払われました。
当然牛に噛み付いたまま呼吸がしやすく、振り落とされにくく、角の攻撃を受けにくい体型(鼻が上に向き口吻が短い。重心が低く前の方にあり、足が短い)と、獰猛な性格に作られていきました。角で突かれてもダメージが少ないようにあのだぶだぶの皮膚になったそうです。
動物愛護の観点から非合法になる1835年まで700年もの間続いたので、ブルドッグはイギリスでは格別の知名度があり、世界中にマニアも多いそうです。ソースの銘柄でもおなじみですね。

勇敢な気質から「勇気」「不屈」「忍耐」の象徴として名誉あるイギリス国犬の地位を得て、イギリス海軍のマスコットにもなっています。
現在のブルドッグは種の保存と改良に取り組んだ成果、昔とは別種のような温和な性格になっているそうです。
体型は昔のなごりで身体の後ろが貧弱、骨盤が小さいために難産になりやすくしばしば帝王切開になるとのこと。暑さにも極端に弱いそうです。
見かけと実際の性格にこれほど差のある犬はいないということですが、身体もそんなにデリケートとは驚き。優勝犬を見る目も変わってきそうですね。
posted by dashi at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年05月03日

性の決定

きのうの朝ラジオのニュースで、戸籍の性の変更した人が(法改正からこれまでにだったか、この一年でだったか、不明)500人あまりになる、と聞きました。運転しながらいいかげんに聞いていたので正確かどうかわかりません(あとで調べても出てきませんでした)。
性同一障害に悩んできた人たちが法律の改正で戸籍上の性を変更することが可能になりました。申し立てて却下されたケースも数件あったらしいですが、それだけの数の人が認められたということだったと思います。

心と体の性が一致しない性同一性障害(GID:Gender Identity Disorder)の人は全国で2,200〜7,000人と見積もられ、違和感を持ちながらも結婚して子どもを持つ人も、一割近くいるそうです。
2004年7月施行の「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(通称:特例法)」は、「家裁に審判を請求して認められれば戸籍の性別を変更できる」と規定していますが、それには「二人以上の医師が性同一性障害と診断」し、「成人」で、かつ「未婚で子どもがいない」人に限る、という条件があります。申し立てを却下されたのはこの条件を満たさない人たちなのでしょう。

結婚して子どもをもうけたあとに離婚した人が、戸籍の性別を女性に変更するのを認めるよう家裁に申し立てた事例も複数あるようです。
http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000151790.shtml
「未婚で子どものいない人」とした方が無用のトラブルは避けられるでしょうが、離婚が成立しているのなら認めてあげてもいいんじゃないのかと私は思います。本人は長いこと苦しんできたでしょうからね。
自分のGIDをはっきり自覚しないままに流されて子どもも持ってしまった人の、その後の人生にも配慮が必要とされるでしょう。条件を盾に排除されたら、勇気を奮ってやっとそこまでたどり着いた人たちを奈落の底に突き落とす、心ない仕打ちのようにも思えます。

そもそもなぜGIDが発生するのか。性はいつ、どのように決定するのでしょうか。
人間の胎児は8週ぐらいまでは(遺伝子は決まっていますが)男女の区別はまだ分化しておらず、外見も爬虫類のようなものだそうです。
生物学的に見てヒトでは女性型が基本で、ほっておくと全部女性になります。
Y染色体上にあるSRY遺伝子が働くことによって性腺に精巣(睾丸)が出来る。そこで抗ミュラー管ホルモンを分泌します。ミュラー管は子宮と卵管のもとになるものですが、このホルモンによって殺され萎縮してしまいます。そのあとで男性ホルモンが男性の生殖器に変えていくのだそうです。
8週から12週ぐらいで急速に性の分化が進むようですね。
時に性分化がうまくいかない場合があります。外性器の形態異常や両性の性腺共存,外性器と性腺の不一致などです。ホルモンの分泌だけで男女が決定するのなら、うまく分泌が出来なくて分化がきちんと進まないことも起こりうるのは当然だと思います。

ところで、男子の出生率は105:100で女子よりも多いとされています。畸形などで流産したり出生直後に死亡するのも男の方が多いそうです。子どものうちに死んでしまうのも圧倒的に男が多く、だから大人になるころには男女の数が釣り合っている、と昔習ったような気もします。
出生時に男子が多い理由は、Y(男)の精子はX(女)の精子と比べて小さいために動きが早く、Y(男)の精子の受精しやすいと考えられている、そうです。(個人的には、ホントかなあ、そんなに違いはないんじゃ、、、とかなり疑問)
ちなみに105:100というのは統計であきらかになっている数字で、厳然たる事実のようです。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/P_Detail2004.asp?fname=04-01.htm&title1=%87W%81D%8Fo%90%B6%81E%89%C6%91%B
私の身内には女の子が圧倒的に多く、私の実家も隣の家も女ばかりの5人姉妹でした。親戚には男の子だけ5人という家もありましたが、統計に入ると平均されてしまうんでしょうね。
posted by dashi at 23:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年05月02日

なにをいまさら

横浜高校野球部が春季県大会の出場を辞退する騒ぎになったようです。
特待生制度で入学した部員がいるかららしい。
なにをいまさら!!
横浜高校に息子が通っていた(もう卒業した)友人がいますが、入学のときにはっきり言われたそうです。
学業優秀で秀才クラスに入った子(特待生)はいい大学に入ることで学校にハクをつけ、スポーツ特待生の子たちは横浜高校の名前を世間に広く知らしめる宣伝部隊、それ以外の大多数の子は授業料で学校に貢献するんだって。だから滞納するなって。

運動部、特に野球部に特待生が入るのは周知の事実だったはず。べつに秘密でもなんでもないでしょう。
それがいいこととは言わないけれど、もう何十年も続いてきた悪しき慣習です。高校野球の強豪校(私立)から(大学を経て)プロになった選手のうち、高校や大学で特待生ではなかった人がいったい何人いるでしょうか。
桑田や清原がPL学園を選んだのはPL教の信者だったからですか? 違いますよね。激しい争奪戦があったと聞いています。条件が一番いいところを選んだんだろうと私は思いますが、的外れですか?
古い話ですが、作新学院で一世を風靡した江川が、希望していた大学に入れなかったときには「特待生を採らないんだ!」とその大学を見直した記憶があります。(慶応です)

ついでに言えば相撲界だって陸上だって、特待生だらけだと思います。プロゴルフ界のお姫様の父親が、先ごろ娘が特待生だったことを認めるコメントを出していたはずです。是非ウチに来てくれ、って勧誘するのだから(監督を慕い、希望してやってくる生徒もいるでしょうけど)、授業料や寮費を免除するのは自然な流れではないんでしょうか。
この春までに卒業した生徒はなんでもなくて、今在籍している生徒たちだけが割りを食うのは、人生を大きく左右される分、あまりに可哀相だと思います。本人は慣例にならっただけで、悪いことをしているつもりは毛頭なかったでしょう。
いけないことなら、周りの大人がもっと早くなんとかしなければならなかった。まずやめさせる努力をするべきだったと思います。
責任があるとすれば、それは現状を把握していながら(全く知らなかったとは思えません)指導もせず、長年漫然と放置していた、高野連や文部科学省の側にあるんじゃないでしょうか。
赤さびが出ていると知りながら2年も放置していたオーチスエレベーターと、どう違う?

いま関係者の処分を始めて、今後いったいどうするつもりなんでしょう。どこまで広げるんですか? 時効にかからないところまで?
大リーグで活躍している選手への調査、処分はどうするんですか。
どう考えても公平、公正な処分というのは不可能だと思います。
特待生制度を採っていた、と聞いて驚く人はあまりないと思います。「そりゃそうじゃないのかな。それが何か?」というのが一般的な反応なのではないでしょうか。
マスコミも無責任にあおることなく、落としどころを間違わないでほしいです。

一連のニュースに喜ぶのは地方の公立高校の野球部員でしょうか。アマチュアっぽい、地元出身の生徒だけの高校がこの夏甲子園に登場しそうですね。
もちろん、それが本来の姿だとは私も思っています(私の母校が甲子園に出場したときもそうでした)。
posted by dashi at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年05月01日

ドラゴンスピーチ

いやあ、科学の発達の恩恵を受けるというのはこういうことなんだろうなあと実感させられる出来事でした。
ヘッドホンにくっついたような小さいマイクで「こんにちは」と声を出すと、モニター上に「こんにちは」の文字列が。「改行。きょうは雨がふっています」と言うと数秒の間を置いて、次の行にその通りの文字が現われます。
話には聞いていたけど実物を見るのは初めて、音声入力ソフトなるものの仕事にすっかり魅了されてしまいました。
2,3年前のことだったか、ある掲示板でこんなやりとりを見かけました。
自立支援法制定について、視覚障害者を名乗る人が当事者の意見を書きました。するとすぐさま誰かが
「見えないのにどうやってキーが打てるんだ、ニセモノだろう」とかみついた。
すると「今は音声で入力できるソフトがあるんですよ。視覚障害者もホームページを読んだり書いたりする時代なんです」と答えがあり、
「自分はキー打つのがめんどくさいからそんな便利なものがあったら買いたい」とか、「詳しく教えてくれ」とか、場が俄然活気づきました。
私も、いったいどんなものだろう、と思いながらそのままになっていました。

横浜駅近くのかながわ県民(サポート)センターは、自閉症関係で私にはおなじみの建物。
きょう行ったのはそこの14階、障害者ITサロンというところです。
半端に時間があったので、軽い気持ちで寄ってみました。ほかに利用者もいずヒマだった(らしい)職員さんが相手してくれているところへ、リクルートスーツの一団がやってきました。新人職員が研修でも受けていたのでしょう。
ちょうどいいから一緒に説明を聞き、一団が去ったあとにも少し見学させてもらいました。
音声で入力するソフトはほかにもあると思いますが、私が見せてもらったのは「ドラゴンスピーチ」というものです。
http://www.dragonspeech.jp/index.html
このほかにも、知的障害者や弱視者向けに(?)キーボードの文字が大きく単純になっているものやら、指先が震える人のためにキー一個ずつに穴が開いていて隣のキーに触れないようになっているカバーやら、頬でキーを打てる装置やら、珍しいものがたくさんありました。
http://www.progress.co.jp/members/jinsyakyo/tomosibi/itsalon/equipment/equipment.html

私は昔読んだ「ジョニーは戦場に行った」という小説(映画にもなっていました)を思い出しました。
戦闘で四肢と視力、舌(あご?)を失い、意識ははっきりしている(耳は聞こえる)のに意思を伝えられない青年の話です。動かせるのは頭だけ。絶望して死にたくなるけど、自分では命を絶つことも出来ない。
ある日、モールス信号を使うことを思いつきます。頭を枕にどすんどすんと落として「話す」のです。
それに気づいてくれる人が現われて、彼は夢中になって語り始めます。今までずっと言いたかったこと、奪われた自分の夢、戦争の悲惨さ。
ずいぶん昔のことなので(大学一年のときに読みました)私の記憶にも自信がありませんが、たしか、「彼の発言の内容を危険視した人物の陰謀」で、彼は存分に語る自由を奪われ、孤独な施設収容となったんじゃなかったでしょうか。
(映画を下宿の隣の部屋の子が見に行きましたが、気持ち悪かったと多くは語りませんでした。)
言いたいことを自由に発言できるというのは、本当に幸せなことだと思います。身体機能のせいでそれが難しかったら、機械でそれを補ってあげられる。なんていい時代に生きているんだろうと私は素直に喜びたいです。

ドラゴンスピーチは視覚障害者をはじめ脊髄を損傷したような人にも重宝するツールだと思いますが、この紹介サイトではモータージャーナリストが取材に使っている様子が取り上げられています。たしかにテープに録音したのを起こすよりは、時間も労力もかなり節約できそうです。高齢の人などにも便利に使えるかもしれませんね。
アナウンサーのような話し方をする人なら9割がた大丈夫らしいですが、明瞭に話せなかったり子どもなどの場合では、ちゃんと変換できないという話でした。まだまだ改良の余地がありそうです。
それと、安いので2万ぐらい、高いのだと9万とかするそうなので、もっと普及してコストダウン出来たらいいなと思いました。
posted by dashi at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々