長崎市長選直前に、現職の市長が射殺されるという惨劇。
1990年、現職(3期目)の本島等市長の襲撃(奇跡的に助かりました)を思い出させる事件でした。
長崎は原爆の経験があり、また本島市長はクリスチャンで(隠れキリシタンの末裔だそうです)平和主義の人だったから、反戦平和を前面に出し公然と昭和天皇の戦争責任を口にしてもいました。
だから右翼に銃撃されたのにも、それなりに理由はあり筋は通っていた(正義ではないですよ)。一時は80台の街宣車が長崎に終結して本島市長の「天誅」を叫んでいたそうですからね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%B3%B6%E7%AD%89
共産党ですら一目置いた本島市長を、多選を批判して5期目に破ったのが自民党が推した、今回亡くなった伊藤市長。皮肉なものですね。
それにしても、昭和天皇の戦争責任を認めて右翼の凶弾を受けるのなら、卑劣と怒りは覚えるとしてもまだ納得は出来るでしょう。本人や家族にもそれだけの覚悟があっての発言だったと思います。襲撃を受けたのは「戦争責任」発言から一年余りたって警備が緩和されてからのことでした。
今回はそういう大義名分も見当たらない、私怨を晴らすための無茶苦茶な犯行のようで(何かまだ裏事情があるのかもしれませんが)、恨まれる筋合いもない(たぶん面識もない)男に理不尽に命を奪われた市長は本当にお気の毒です。遺族も夢にも思わなかった事態で、悲しむ余裕も怒りの持って行きようもないですね。
いずれあとを継ぐにしても当分先のことと心の準備も出来ないままだったに違いない、市長の娘婿が立候補したのには「ああ、弔い合戦か」と複雑な気分になりました。正直なところ、日本人は「浪花節」が好きだから、この人が当選するのだろうなと思っていました。
もとは他人、の娘婿じゃなくて血のつながった娘や(いるのかどうか知りませんが)息子や、奥さんだったら、その行政手腕とは無関係に当選したのではなかったかと思います。娘婿ですら1000票に満たない僅差だったそうですし。
長崎市職員を四半世紀務め、実績と人望のある人
(このサイトに詳しいです:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070423-00000050-mai-pol)
が立ったからよかったけど、そうでなければ長崎市は全くのシロウト(人物についても未知数)を市長にいただくことになっていたでしょう。
東京で新聞記者をしていた(事件発生時は首相官邸)人の「義父の遺志を継ぐ」という言葉を白けて聞いていた私です。
だから今回の選挙結果にはなんだかホッとしました。(長崎市民でもないのに、余計なお世話ですが。。。)
同情と政治は別、と誰か言ってましたが、その通りだと思います。
特に地方政治は日常の生活に直結する分、その土地の事情をよく知る、信念を持った、安心してついて行きたくなる人に任せるべきです。時には県や国とも渡り合い、市民の幸福を最優先に模索するのが市長の仕事だと思います。ヨソモノやシロウトには無理なのではないでしょうか。
秘書などを務めてずっとその政治家に関わった人でもない限り、血縁関係だけで後継者を名乗って、政治を私物化するべきではないと思います。
弔い合戦を広辞苑で引くと「戦死者の復讐をしてその霊を慰めるためにする合戦。とむらいいくさ」とあります。亡くなった人の霊を慰めるための、自分たちの気休めのための戦いなんですね。
本命の人が亡くなったとき、殊に急死したような場合、配偶者や子どもが代わりに出馬することがあります。そういうのは俗に弔い合戦と呼ばれていますね。有権者の同情をひいて泣き落とし、かなり有利な選挙となるようです。
私が強く印象に残っているのは、現職で脳梗塞のため亡くなった小渕首相のお嬢さんです。父の死の翌月に代議士生活をスタートさせました。
首相となった父親の私設秘書をつとめていたから多少経験はあったとはいえ、弔い合戦でなかったら20代の若い女性(小娘、と言いたいところです)が圧勝することはなかったでしょう。選挙でモノを言うのは経験や実績、人柄ではなくてカンバン、ジバンなのだと実感させられた出来事でした。
弔い合戦はもう過去の遺物にしてほしいです。

