2007年04月30日

暑い日でした

きょうは実に暑い日でした。真夏のような日差しの中、息子を引き取りに鶴見川の河川敷に出かけました。
横浜駅伝の日とかで、東急東横線の綱島駅から歩いていると、運動服姿の人たちと次々すれ違います。流れる汗をタオルで拭きながら歩いている人や、真っ赤に日焼けした人やら、夏を先取りした光景でした。
ランニングの愛好会など団体で参加している人が多いようで、バーベキューして楽しんでいる姿も見かけました。きょうは火のそばにいるのは拷問だったかもしれません。
息子は新幹線の高架下でシートにすわって私を待っていました。川風が渡って涼しいところでしたが、そのあとは炎天下を歩き、駅のホームではペットボトルのお茶を飲み干していました。
帰る電車の中で、大きなゴルフバッグを抱えたオジサンが隣に座りました。
「これからお出かけですか?」と声をかけたら、「きょう泊まって明日、あさってとプレー」とのことでした。
「明日は雨になるらしいですね、きょうの方がよかったですね」
「そうですね、きょうは絶好のプレー日和でした」
「でも日焼けして大変だったかもしれませんね」
などと、一期一会の会話を楽しんできました。
きょうは娘の友だちが来て食事をしたり、書類を書くなどたまった雑用に追われる忙しい一日でした。「綱引きは横向きに引っ張るのがいい」なんて話を書くつもりでしたが、また後日にしたいと思います。
お天気だったら明日は息子の潮干狩り遠足の予定です。晴れなくてもいいからなんとか降らないで、気持ちいのいい暑さになってくれないかなあと思っています。
posted by dashi at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

気の持ち方

ポジティブ・シンキングの例としてよく引き合いに出される、発明王エジソンに関する逸話があります。
エジソンが電球を発明したのは、実験で5,000回失敗したあとでした。そのことを知った新聞記者が、5,000回も失敗してよくあきらめなかったですねと聞いたら、エジソンはこう答えました。
"I found five thousand ways how NOT to make a lightbulb."
電球を作れない方法を5,000通り見つけた。失敗じゃないよというわけです。
1万回失敗してもダメだったらどうしてたか、と聞かれたら、平然と「まだ続けているだろうね」と答えた、という話もあります。
エジソンという人はとても負けず嫌いだったとも聞きますから、人に弱みを見せない、虚勢でもなんでも張る、というタイプだったのかもしれませんが、ものは考えよう、気の持ち方次第だと思わせられるエピソードです。

きょう、そういうことを考える機会がありました。
不手際があって姉のライブ(きょうでした)に行けなくなり、息子は泊まりで預けたので貴重な自由時間を入手。一人で東京をぶらつくことにしました。
乗ったことのない線で新宿に出て、これも乗ったことのない路線のバスに乗って鬼子母神へ、そこから都電荒川線で一度行ってみたいと思っていた「おばあちゃんの原宿」とげ抜き地蔵界隈へ。息子を(迎えの時間も)気にせずに思いつきで行動できる、見たいところがあったら寄り、買いたいものがあったら並んででも買う(鯛焼き一個ですが。。。)自由があるというのは、私にとってすごく贅沢な時間です。
私が一人入った食堂で、店が混んできて小さいテーブルで相席になりました。向かいに座ったのは60代ぐらいの女性の二人連れです。
聞けば、二人は川崎と大森に分かれて住んでいる友だちだけど、たまにはどこかに行こうかと誘い合って出てきたそうです。
お天気でよかったですねと一人とは笑い合えたのですが、もう一人はやけにご機嫌ななめです。何かあったのかと思いましたが、どうも、いつもそんな感じの人のようでした。

高校生ぐらいの店員(アルバイト?)3人がバタバタ働いているのですが、客が多すぎてキャパを越えている。
件のおばさんは、店員が気が利かない、あいそが悪いとぶつぶつ言います。
「時給いくらで働いてるんだか、ちゃんと仕事してるだけマシですよ。ウチの娘もあんなものかもしれない」
とフォローしようとしても手ごたえがありません。
時間が2時を過ぎていたから、空腹というのもあったようです。
「ああ、おなかすいた」と言うのに、「おなかがすいたらイライラしますよね」と笑いかけてもにこりともしません。
べつに話しかけられるのが嫌な様子ではなく、世間話も少しはしました。でもその内容というのが、
「ああいう子(店員)のことを横着もんと言うのよ。あなたのとこ(田舎)ではどう言う?」
「怠け者という意味なら、ひゆみなし、と言いますかね〜」
というやりとりだから、ポジティブな会話とは言えませんね。

二人は、誘い合って出てくるぐらいだから親しいのでしょう。
もう一人はおっとりした人のよさそうな方で、どうしてこの二人が仲がいいのか不思議になりました。いつもこんな調子なら一緒にいても楽しくないんじゃないかと思いましたが、まあそれは余計なお世話でしょう。
でも、出てきた料理にまでケチをつけるのにはいささか閉口しました。
同じものを注文してないからいいようなものですが、私の目の前で「これはしょっぱい」だの、「(レバニラ炒めの)レバーが炒めすぎて固い」とか、文句ばっかり言ってます。友だちに味見させて「ほら、しょっぱいでしょ。醤油が多いのよ、色が濃すぎるもの」と念を入れています。文句があるなら店の人に言うしかないでしょうに。
正直なところ、こっちの食事までまずくなる。迷惑です。
友だちの方は慣れているからか気にならない様子でしたが、私は内心うんざりしました。
まずいものを美味しいと言う必要はありませんが、せっかくの食事はなるべく楽しく摂りたいですよね。

「この味噌汁は美味しいわね」
食べ終わる頃になって、やっとその人が言いました。思わず「初めてほめましたね」と笑いかけると、おばさんは「え、そう?」ときょとんとしています。
悪気は全くなく、たぶんいつもどおりにふるまっていたのだと思います。普段からあまり笑わない、ネガティブな明るくない人なのでしょう。
私も若い頃はそうだったような気もするのでえらそうなことは言えませんが、気の持ちようをちょっと変えてみたらいいのに、と思います。
エジソンだったら例のニラレバ炒めも、
「醤油を多めに入れたらどんな味になるか試したのだな」
「高い醤油だけどサービスしてくれたのかもしれない」
と考えるかも(ちょっと苦しい)?。

宇野千代さんだったか、毎日寝る前に「きょうあった、良かったことを10個数える」というのを聞いたことがあります。
なんということもない平凡な日でも、お天気が良くて気持ちよかったとか、手紙をもらったとか、好きな音楽が流れていたとか、一日に10個ぐらいは考えられそうです。
きょうもいい一日だった、シアワセシアワセ、と気持ちよく眠りにつくというのは素晴らしい習慣だと思います。長寿の秘訣かもしれません。
これはたぶん、脳化学の面からも立派に説明がつくんじゃないでしょうか。
「良かった探し」というのは少女パレアナ(ポリアンナ)の専売特許でしたっけ。笑われて変人扱いされるけど、しまいには周囲の人みんなをハッピーにするんじゃなかったかな。
パレアナだったら「少ししょっぱいけど、おいしいごはんが食べられて良かった」「少ししょっぱいけど、お友だちと会えて一緒に食事できて良かった」ってとこかしら。
posted by dashi at 00:46| Comment(0) | TrackBack(1) | 身辺雑記

2007年04月28日

気まぐれ散歩

3連休を持て余すであろう息子を、きょうは私が散歩に連れ出しました。
電車に乗って、息子が走って行くのを追う形で地下鉄に乗り換え、どっち行きでもよかったのですが先に来た電車に乗って終点の湘南台へ。
息子は春休みの一日出かけたことのあるコースをなぞっている様子で、迷わず小田急のホームに進み、自動販売機のポカリスエットをコツコツ。
「ああ、前に来たときにここで買ったっけ。こういうのは良く覚えているなあ」と、自閉症らしい行動に納得。
こういうことにしか楽しみを見出せないのかと可哀想な気もします。
水分不足が発作の引き金になるのは怖いので、水分はこまめに補給したいと思っています。どこで覚えたのかコーラを欲しがりますがそれは拒否して、なるべくお茶かスポーツ飲料にさせています。

まだ就学前の年齢で療育施設に通っていたころ、電車で通っていた人が
「毎日駅の売店でジュースをせがまれる。それを振り切るのが大変」
とこぼしていました。するとそばにいた人たちが口々に、
「絶対買っちゃだめだよ」「一回買うとおしまい。それから必ず買わなきゃいけなくなるから」「ガンバッテ」
と励ましているのを、他人事として聞いていた私でした。
ウチの息子は長いこと甘い飲み物は飲まず(家で飲む習慣がなかったので、知らなかったのだと思います)、ジュースを欲しがることはなかったのです。なにしろほとんどの食品は受け付けない偏食でしたから、キャラメルなどの甘い嗜好品にも無関心でした(今から思うとウソみたいです)。
ハイチュウが大好物という子のお母さんには、とても羨ましがられたものです。その人の子はハイチュウを見かけると買ってほしがり、ダメと言われようものならとても悲しそうに泣く(劇団四季なみの「名演技」だそうです)ので、困っていました。
歯医者さんに連れて行くのが大変だから、出来ることなら虫歯になりそうなものは食べさせたくないんですよね。今はキシリトール関連商品が増えて、いい時代になりました。

これもだいぶ昔、息子が小学部だったころのことです。
自閉症ではありませんが息子の学校に通っていた子が、学校帰りに自動販売機で缶ジュースやコーヒーを数本(4,5本でしたか)買うのが習慣になって、と先輩お母さんが話していたことがありました。
その子は脳炎の後遺症で知的障害になった子で、お母さんが不憫に思う気持ちは私の比ではなかったと思います。自動販売機にコインを入れて商品を取り出す、という行為に楽しみを見出すとすれば、それを好きなだけさせてあげたいとお母さんが思ったとしても無理はありません。
でも、買いたがるだけで特別飲みたがるわけではないし、肥満が心配だから親としてはなるべく飲ませたくない。ほかの家族も甘いものはあまり飲まないとかで、家にゴロゴロ溜まる(邪魔)、ということでした。
このままでいいのかと迷って、そのお母さんはご主人に相談しました。その話を聞いたとき私は子を思う親の気持ちがとても胸に迫ってうるっとしたのを覚えています。ご主人はこうおっしゃったそうです。
「いいじゃないか。それくらいでウチは破産しやしないだろ?」

小田急の終点・湘南江の島に着いて、前回は江ノ島に行ったのですが、きょうはお天気があやしかったのでそちらには向かわず、海沿いに少し歩くことにしました。雨が降ってきたり疲れたりしたら途中から江ノ電(海岸線沿いに走っている)に乗ればいいと考えました。
きょうはどこかで突風のために怪我をした人がいたそうですが、七里ガ浜も風が強く、いつもより高くて白い波が打ち寄せているようでした。
きっといつもよりスリリングで、腕のいいサーファーにとっては面白い日だったのではないでしょうか。休日のわりに波乗りをする人が少なかったのは、風が強すぎて危険を感じた人は自粛したのかもしれないと思いました。
途中、稲村ガ崎の小さい岬(?)が公園のように整備されていることに気がつきました。歩いてここに来ることはもうないかもしれないから寄ることにして、ベンチで休憩しました。
途中で息子のトイレを借りたときに買ったコンビニのおにぎりを食べていると、近くで何か撮影している一団がいます。何を撮っているんだろうと目を上げてびっくり、正面に見えているのは富士山ではありませんか。左に江ノ島、奥に夕映えの富士山。ピンクに染まってとても美しい光景です。
前にも書いたことがありますが、富士山が稜線まではっきり見えるということはめったにありません。きょうは湘南台駅で雨が降ったようなお天気だから、見えるだけでも奇跡的です。
きれいな景色が、守護霊か神様からの贈り物(ごほうび)に思えました。

疲れ知らずの息子がどんどん行くのに早足でついて歩き、江ノ電も見えなくなったので(線路沿いには歩けない部分が多い)結局鎌倉駅まで歩き通しました。
休憩をはさんで3時間くらい歩いた計算になるでしょうか。あとで地図を見たら6キロ以上あるようです。
さすがにヘロヘロになって、駅では階段じゃなくてエスカレーターのお世話になりました。
しらすちりめんと、名物の湘南せんべい(初めて買いましたが、とても美味しいです)、息子用に鳩サブレ5枚入りを購入して、気まぐれ散歩は終わり。しっかり歩いた日は息子も満足するのか、いつもより機嫌がいいようです。夜もきっとよく寝てくれるでしょう。
posted by dashi at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症関連

2007年04月27日

ゴスペルコンサート

きょうは息子の学校でゴスペルコンサートが開催されたので出かけてきました。
来春には卒業なので、このコンサートを聞けるのは今年が最後となります。残念。
演奏して下さったのは岩渕まこと/ぺトラストリートのみなさん。ボーカルとギターの岩渕まことさん、ドラムの市原康さん、ピアノ・キーボードの西原悟さん、ベースの谷源昌さん。
西原悟さんはNHKのど自慢のバンドマスターを務めている方だそうで、「証拠」とニコニコしながらのど自慢のテーマソングをサービスしてくれました。
岩渕まことさんはドラえもんの「海底鬼岩城」などのテーマソングを歌っている人だそうですし、市原康さんは東京音大の講師。
みなさん一流の方のようなのに、ボランティア精神で楽しんでやって下さったのだと思います。

養護学校の知的障害児や、学校の関連施設数ヶ所の利用者、その保護者や職員が観客。
舞台の上を見上げるのでなくて、体育館でぐるっと囲むような形で聴く、手作りという感じのコンサートです。
目の前で素晴らしい生演奏を聞ける、この年一度の行事を楽しみにしている子も(大人も)多いと思います。
中にはずっとぴょんぴょん跳びはねている子がいたり、トイレに行くのかしょっちゅう職員に付き添われた子どもたちが出入りしますが、嫌がって泣いたり逃げ出そうとする子はいません。人目を気にせずにのびのびとノリノリで音楽を楽しめる貴重な機会です。
入学式などの説話のときには話が少し長引くとざわざわとうるさくなりますが、そんなこともなくみんな聴き入っています。
いい音楽というものは障害に関係なく誰にもすんなり受け入れられるものなのでしょう。

ゴスペル(Gospel)は、God Spell(神の言葉という意味)からきていて、神さまからのGood News(神さまからのよい知らせ:福音)という意味だそうです。
「福音:よい知らせ」は、イエス・キリストが告げた救いのメッセージのことを言います。
『なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。』(ローマ人への手紙10章9-10節)
ゴスペル音楽とはこの告白そのもの、ということですが、クリスチャンでない私には正直なところよくわかりません。
キリスト教を信じるというのは、「身体の中にイエス様が入り込んで、内側から照らし出してくれる感じ」だそうなので、ゴスペルを歌うのはその喜びを(自然に)外に出すことなんでしょうか。

岩渕まことさんはシンガーソングライターですが、クリスチャンになったのは20代後半。小坂忠さんと共にオリジナルゴスペルソングを歌うようになったのはそれ以降だと思います。
洗礼を受けてから数年後に長女を天に召されるということがあったそうで、信仰がどれだけ救いになっただろうと思いました。
きょうの歌の中から一曲:
「あの空はどうして青い」
 あの空はどうして青いのでしょう 
 あの雲はどうして白いのでしょう
 あの鳥はどうして飛べるのでしょう
 この花はどうして咲いたのでしょう
 それは神様のみ言葉のわざです
 世界のすべては神様によって作られた

わかりやすい歌詞のノリのいい曲で、小さい子や知的障害児にはぴったりかもしれません。
ここ数年は岩渕さんが続けていらしているので毎年聞いていて、すっかりおなじみ。簡単な手話といった感じのマカトンサインというものがありますが(言葉が出ない子と意思の疎通が出来たりします)、校長先生をはじめこのマカトンサインで空や花やら表現しながら、みんなで一緒に歌って楽しみました。
posted by dashi at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年04月26日

ベターハーフ(福田みどりさん)

知人が出た結婚式で、こんなスピーチをした人がいたそうです。
「一つの球形の魂を神様が二つに割って人間界に投げ落とした。二つに分かれた魂はそれぞれ別のところで生まれ育ち、やがて分かれたもう一人の自分(ベターハーフ)とめぐり合って一緒になる。
ベターハーフは、割られた瞬間はぴったりくっつく形をしていたけど、出会うころには少しずつお互いに変形している。だから、出会った瞬間はぴったりではない。
二人を合わせたときに出来る隙間や飛び出ている部分を、相手のを削ろうと思わずに、お互いに自分の形をあれこれ修正しながら歩み寄っていくのが理想的。いつか隙間なんてどこにもないくらいぴったりな球形になれるよう、二人で努力してほしい」。
神妙な顔で聞き入る新郎新婦の姿が目に浮かびます。無事ベターハーフを見つけられた人は幸せですね、羨ましい。

「better half」(「自分より良い半身」の意)妻。愛妻。と広辞苑にはありますが(妻限定?)、司馬遼太郎さんにとってのみどり夫人はまさにそんな感じだったかもしれません。
私生活をあまり語らなかった司馬さんですが、奥さんとはぴったりくっついて隙間がない人生(夫人の方が合わせてくれた?)だったように思えます。
司馬遼太郎さんは司馬遷からペンネームを決めたそうで、本名は福田定一。夫人は夫のことを「福田」と呼ぶのは気が進まず(「福田」姓があまり好きでなかったから)、「司馬さん」で通していました。夫人の「福田みどり」は本名です。
司馬さんが亡くなって秘書の仕事からは解放されたものの、司馬遼太郎記念財団の設立に奔走して理事長、自宅そばに建てられた司馬遼太郎記念館の館長を務めています。
(記念館についてはこちらに詳しい記事があります:http://www.president.co.jp/pre/20011203/02.html
月に一度産経新聞に「司馬さんは夢の中」を執筆、ある程度量がまとまったら手を入れて出版したのが2冊目。相変わらず忙しそうです。

みどりさんは結婚後5年で司馬さんの強い要望に応じて退社してからは、国民的人気作家となった夫の窓口になって、殺到する原稿や講演の依頼を見事にさばき続けました。
司馬さんはいわゆる「外面のいい」タイプだったようで、仕事では徹底的にサービスし誰にも優しく接していた。でも実は人間関係には潔癖で、少しでも裏切られたりすると大嫌いになるようなところがあったそうです。みどりさんが嫌われ役に徹して、その人からの依頼は拒絶するような形で補佐されてきたのでしょう。
「司馬さんと一緒に陽気な旅人でいられたら」といつも思っていたそうで、取材旅行などにも同行して「さびしがり」の司馬さんの世話をしていました。ホテルに着くと取材したメモをすぐ記録したがり、みどりさんにあれこれ聞いてくる。それでいて部屋の中がちゃんと片付いているのを期待する。
みどりさんは結婚したばかりの頃、バナナを買って「これをきょうの夕食にしよう」と言って司馬さんをあわてさせたこともあったそうですから、こちらもあまりこだわりのない豪快な人なのかもしれませんね。(家の中では)首尾一貫しない司馬さんの言動を面白がる余裕があったようです。

書店で見かけて初めて買った「ラジオ深夜便」5月号に、「司馬さんとの37年」と題したインタビューが載っていました。
(これは2007年2月15・16日に「ラジオ深夜便」で放送されたものですが、4月末にCDになって発売されるそうです。NHKも商売熱心。リクエストが多いのかな?)
お二人は産経新聞本社(大阪)文化部の同僚として知り合いました。デスクが向かい合っていて、こっそりメモが回ってきて連絡をとっていたそうです。(今ならメールでしょうか)
二人の交際は極秘裏に続いていたようで、結婚は青天の霹靂。ほんの少人数の披露パーティーに、記者仲間だった俵萌子さんは「結婚式と知らずに」出席したとか。
みどりさんは結婚する気なんか全くなかった。仕事は面白かったし、家庭に入るような生き方は考えてなかった(出来ると思わなかった)そうです。

司馬さんにプロポーズされた時の話が面白いです。ごく普通に結婚を求められて
「だめだめだめ。私、精神の機械が壊れてる」
と断った。すると後日また職場でメモがするすると回ってきて
「僕が壊れた機械を直してあげます」
と書いてあったそうです。
しばらくたってからプロポーズを受けることにして
「トラピストというお菓子をあなたと一緒に食べることに決めた」と返事をしたら、
「リアリズム(現実主義)でいきますか、リリシズム(抒情詩風)でいきますか」
と、持っていた手帳に書いて渡してくれたそう。作家らしいエピソードですね。
「そんなことまでばらすのやめなさい!」って、司馬さんが真っ赤になって怒りそう。先立った罰ですね。
posted by dashi at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 気になる人

2007年04月25日

低反発マット

インフルエンザで寝込んでいたときに身体が痛かったので、布団が古くなって固すぎるからかと思って買い換えました。
大きなホームセンターの家具売り場の奥にあった寝具コーナーで、寝転んでみて気持ちよかった低反発マットというのを買いました。厚さ3センチは薄すぎると思ったので7センチのにし、値段はカバーも込みで1万数千円というところでした。
初めから低反発マットを買うつもりで行ったのではなくて、気まぐれと言うか「これ気持ちいいワ」と衝動買いしたようなものです。
以前ヘルパーに伺っていたお宅で使っていたものと同じだと思いました。その方はパーキンソン病で始終身体が痛いようだったので、親孝行な息子さんが買ってくれたのかもしれません。

最初の夜は柔らかさが心地よくてよく眠れました。
でもその後、腰痛や肩凝りがひどくなってきて、マットのせいだろうかと気になり始めました。もともと硬めの布団が好きな方なので、柔らかすぎたのかもしれません。
説明書には、布団の上にマットを置けと書いてあったけど、マットの上に(固い)布団を置いて寝てみました。いくらかいいようでした。
でも肩は痛いし右腕はだるくなる、腰がぐらつくようなへんな感覚が残るなど寝覚めがよくない日が続きました。夜は気持ちよく眠れるのですが、朝起きるときにあちこち痛みます。

低反発マットってどんなものかよく知らないけど、だいぶ前から名前はよく聞くので悪いものとは思っていませんでした。(品質に限らず)問題がある製品ならウォーターベッドのように短期間で姿を消すはずです。
ネットで検索してみても、いいですよ〜という話ばかりです。
私のように腰が痛くなったり肩が凝る人はいないのかな、と、質問サイトで聞いてみて、驚きました。
肩が凝るのなら枕を低くしてみたらどうか(低反発マットでは枕はタオル一枚でいいらしい)、というアドバイスや、「安物はよくない」という意見に混じって、こんな答えがあったのです。

「私の場合枕だったんですが・・・

初めの頃は、みんなが「いいよ♪」というので買って眠りました。
確かに、顔が心地よく沈むし痛くない!毎日快適に眠っていました。
半年がたち、もともと肩こりがひどい方ですが耐えられなくなり
マッサージにいきました。(針鍼灸院)
そこで、問診されて「やっぱり」と言われました。
最近の肩こりや体のズレ、骨盤のゆがみの患者さんは低反発枕やマット使用者が多いと言ってました。

やはり、枕もマットも硬めの方が良いそうです。
私もマットも買おうと思っていましたが、それ以降枕をやめましたが
調子はなかなかです。ちなみにパイプ枕を薦められたので速攻で買い物に向かいました。最初は堅くゴツゴツしましたが今は良いですよ♪

せっかく買ったマットですが、その後の体調を考えるとどうでしょうか?とりあえず、普通のふとんで一週間様子をみることをお勧めします。
柔らかめのベッドも同じ症状になりますよ。
ほとんどのホテルが硬めなのはそういう理由もあるのかも?」

もう一つ。こんな回答もありました。

「わたしもものすごい肩凝りで、
とある肩凝りさんばかりが集まるコミュニティに入っています。
そこでもやはり低反発マット&枕を使って余計に
肩凝りが酷くなったという人が結構いるんですが、
その中の一人が医者に診察をされたときに、
「低反発マットや枕は、元々、体が歪んでいる人、
寝ているときに体を歪ませる寝相の人には、
そのままフィットしてしまうので余計に痛みが悪化する場合がある。
肩凝りもちや、腰痛もちは体の歪みがある人が大半なので
おすすめできない」といわれたそうです。

肩凝りさんたちの一番のオススメは
固めのマットに、枕は丸めたバスタオル、です。
枕をしない人も多いです。」

鍼灸師さんやお医者さんの間では「低反発マットはよくない」って常識なんでしょうかね? 悪いなら悪いって声高に言ってほしいなあ。
<使い始めの一ヶ月ぐらいは「好転反応」で、身体が良い状態に変化する。一定期間使うと自然に痛みは引く>と書いてある取り扱い説明書もあるそうです。個人的にはかなりいかがわしく思います。やっぱりよくないみたい。
布団屋さんの中にも批判的な人がいました。
http://blog.livedoor.jp/suiminkoubou/archives/2005-06.html
けっこうボロクソ言ってあります。
ところで、老舗のフランスベッドのサイトを見たら、低反発マットって高いんですね、10万台から高いのは20万円台でした。
1万数千円で安物と言われてへ? と思ってましたが、ちゃんとしたものは高いようです。こんなに高いマットなら品質もしっかりしてて、寝心地がいいのかもしれませんね。
posted by dashi at 23:10| Comment(3) | TrackBack(1) | 身辺雑記

2007年04月24日

振替通知の廃止

私と同じくソフトバンクの携帯電話を持っている友人が、「おかしいと思わない?」と聞いてきました。
ソフトバンク(157)から来たメールによれば、今後使用料金の口座自動振替に際し、通知ハガキ(封書?)を出さないことにした。使用明細を知りたい人はこちらのサイトで確認してくれ、ということでアドレス表示があって、括弧に「通信料有料」とあります。
これって、「アンタの使った分を銀行でタダで引き落としてやるから、いくらだったか知りたきゃカネを払ってアクセスしなさいね」という意味ですよね。全く、面倒なことを、、、と舌打ちでもされているような不愉快さを覚えます。

有料というのにも引っかかるけど、友人は以前初めてのサイトにアクセスしたら迷惑メールがどっと届くようになって、アドレスを変えたことがあるそうです。だからアクセスしたくないのだけども、料金がいくらかかったのかぐらいは把握しておきたい。
「何かのミスで何万も請求されてることだってありうるし、それを記帳してはじめて、あとで知るのって嫌だ」
「いくら引き落とされるかは前もって知りたい」
もっともな意見だと思いました。残高との兼ね合いもありますしね。
口座自動振替って、集金の手間(コスト)を省くために企業の方が「よろしかったら、そうさせていただけませんか」とやっているものだと思ってました。「今月はいくらいくらになりますから、その金額を引き落としますよ。いいですか?」という意味合いで明細が届いていると思っていましたが、違うんでしょうか。

私はずっと、携帯は通話とスカイメール(ソフトバンク同士、電話番号でメールできる)しか使ってなくて、プランを変更してメールを使えるようにしたのはごく最近。だからメールでのお知らせも届かなかったのでしょう。先月の使用明細に、通知を廃止するというお知らせが同封してあったような気もするけど、ろくに見てないので覚えていません。
同じソフトバンク系列の別会社、パソコンのプロバイダからは毎月の料金をメールで知らせてきます。そして「領収書及び次回振替のお知らせ」のハガキも来ます。広げると3枚分になるけどシール状に貼りついているのでハガキ1枚の料金です。
(電話で確認しましたが、廃止の予定はないそうです)
集金の手間がかからない上に取りっぱぐれがないんだから、助かるはず。これくらいしてくれていいんじゃないでしょうか。
いくらか知りたきゃ自分で調べろ、ただしカネもかかるよ、、、こんなことがよく出来ますね。メールでもいいから前もって知らせてくるべきだと思います。
つくづくソフトバンク(モバイル)にはうんざりです。

家に帰ってソフトバンクに電話してみました。
自動音声に従い、まず携帯電話の番号とパスワードを打ち込みました。
何度か番号を推して目的地に近づき(ジャングルをかき分けて進んでいく心境)、そこで「ただいま電話が大変混み合っております。5分ほどお待ちいただくことになります」と脅されます。
もういいや! と受話器を置いてもらうのが目的でしょう。それならそうと番号を打ち込む前に言うべきじゃないの、失礼なと腹が立つ。自慢じゃないけど、私は自分の携帯の番号を打ち込むためにわざわざメモを引っ張り出したんだからね。
負けるもんかとむきになり(我ながらヒマですね〜)ほかのことをしながら待っていると、「時間がかかる」と再三音声が流れ、10分ばかりたってようやくつながりました。

鼻にかかった声の総合案内の女の子が、明細の通知を廃止したことを伝え、「ご理解いただけたでしょうか」と聞くのに思わず「いいえ、ご理解できません」と切り返していろいろ聞いてみました。
引き続き通知をもらう選択も出来るけど、経費がかかるから、なんと毎月105円負担しないといけないそうです。
去年の10月から総合カタログでお知らせした、という言い分だけど、総合カタログを手にする人なんて新規契約や機種変更をする人ぐらいでしょう。古い顧客は眼中にないんでしょうね、ウチなんかJフォンからのお得意なのに。
また去年の9月から明細にお知らせを同封していたらしいですね。「重要なお知らせ」と書かれた封筒が来ていたような気もするけど。ずいぶん一方的なやり方ですね。
アクセスする通信料っていくらぐらいかかるんですか、と聞き、答えを聞いてあきれました。プランによるけど、数十円から数百円かかると平気で言うのです。それを利用者に負担しろと?

もっとも、ソフトバンクの名誉のために書くと、無料で確認する方法はあるようです。157と、55−55で確認するのは通信料はかからないということでした。
でも私が今携帯で157に電話してみると、登録しろと出ました。157とプッシュするだけではいけないようです。これは、110や119で問題になった、アレでしょうか、そのままの番号ではないんですね。
電話を切ってしまったので確認できませんが、私と同じような目に遭う人はたくさんいそうです。
「文句はなかったのか」聞いたら、ご意見はいただいております、だって。日本人っておとなしいなあ。

口座振替通知書の廃止を調べてみてちょっと驚きました。ほとんどは自治体のようですが、珍しいことではないんですね。
この春から、自治体によって町県民税、固定資産税・都市計画税、軽自動車税、国民健康保険税、介護保険料などを対象に廃止に踏み切ったところが多いようです。
でも、これらは毎月か毎年、だいたい決まった額のものだと思います。上下水道料金を除く、としている自治体もありました(納得)。
自治体の財源はもともと税金だから、経費節減することに反対する人はいないでしょう。個人情報保護の観点からも言い訳できそうですね。
毎月使用料が異なる携帯電話の料金に通知廃止するのは、どうかと思います。ソフトバンクのやり方はえげつないと思いますが、世間の流れとしてはどうなんでしょう。
posted by dashi at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年04月23日

弔い合戦

長崎市長選直前に、現職の市長が射殺されるという惨劇。
1990年、現職(3期目)の本島等市長の襲撃(奇跡的に助かりました)を思い出させる事件でした。
長崎は原爆の経験があり、また本島市長はクリスチャンで(隠れキリシタンの末裔だそうです)平和主義の人だったから、反戦平和を前面に出し公然と昭和天皇の戦争責任を口にしてもいました。
だから右翼に銃撃されたのにも、それなりに理由はあり筋は通っていた(正義ではないですよ)。一時は80台の街宣車が長崎に終結して本島市長の「天誅」を叫んでいたそうですからね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%B3%B6%E7%AD%89

共産党ですら一目置いた本島市長を、多選を批判して5期目に破ったのが自民党が推した、今回亡くなった伊藤市長。皮肉なものですね。
それにしても、昭和天皇の戦争責任を認めて右翼の凶弾を受けるのなら、卑劣と怒りは覚えるとしてもまだ納得は出来るでしょう。本人や家族にもそれだけの覚悟があっての発言だったと思います。襲撃を受けたのは「戦争責任」発言から一年余りたって警備が緩和されてからのことでした。
今回はそういう大義名分も見当たらない、私怨を晴らすための無茶苦茶な犯行のようで(何かまだ裏事情があるのかもしれませんが)、恨まれる筋合いもない(たぶん面識もない)男に理不尽に命を奪われた市長は本当にお気の毒です。遺族も夢にも思わなかった事態で、悲しむ余裕も怒りの持って行きようもないですね。

いずれあとを継ぐにしても当分先のことと心の準備も出来ないままだったに違いない、市長の娘婿が立候補したのには「ああ、弔い合戦か」と複雑な気分になりました。正直なところ、日本人は「浪花節」が好きだから、この人が当選するのだろうなと思っていました。
もとは他人、の娘婿じゃなくて血のつながった娘や(いるのかどうか知りませんが)息子や、奥さんだったら、その行政手腕とは無関係に当選したのではなかったかと思います。娘婿ですら1000票に満たない僅差だったそうですし。
長崎市職員を四半世紀務め、実績と人望のある人
(このサイトに詳しいです:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070423-00000050-mai-pol
が立ったからよかったけど、そうでなければ長崎市は全くのシロウト(人物についても未知数)を市長にいただくことになっていたでしょう。

東京で新聞記者をしていた(事件発生時は首相官邸)人の「義父の遺志を継ぐ」という言葉を白けて聞いていた私です。
だから今回の選挙結果にはなんだかホッとしました。(長崎市民でもないのに、余計なお世話ですが。。。)
同情と政治は別、と誰か言ってましたが、その通りだと思います。
特に地方政治は日常の生活に直結する分、その土地の事情をよく知る、信念を持った、安心してついて行きたくなる人に任せるべきです。時には県や国とも渡り合い、市民の幸福を最優先に模索するのが市長の仕事だと思います。ヨソモノやシロウトには無理なのではないでしょうか。
秘書などを務めてずっとその政治家に関わった人でもない限り、血縁関係だけで後継者を名乗って、政治を私物化するべきではないと思います。

弔い合戦を広辞苑で引くと「戦死者の復讐をしてその霊を慰めるためにする合戦。とむらいいくさ」とあります。亡くなった人の霊を慰めるための、自分たちの気休めのための戦いなんですね。
本命の人が亡くなったとき、殊に急死したような場合、配偶者や子どもが代わりに出馬することがあります。そういうのは俗に弔い合戦と呼ばれていますね。有権者の同情をひいて泣き落とし、かなり有利な選挙となるようです。
私が強く印象に残っているのは、現職で脳梗塞のため亡くなった小渕首相のお嬢さんです。父の死の翌月に代議士生活をスタートさせました。 
首相となった父親の私設秘書をつとめていたから多少経験はあったとはいえ、弔い合戦でなかったら20代の若い女性(小娘、と言いたいところです)が圧勝することはなかったでしょう。選挙でモノを言うのは経験や実績、人柄ではなくてカンバン、ジバンなのだと実感させられた出来事でした。
弔い合戦はもう過去の遺物にしてほしいです。
posted by dashi at 23:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年04月22日

ダイエットと脳

学校も違うのであまり話したことのない自閉症児のお母さんと会う機会がありました。
その人の子は、この春養護学校を卒業。毎日一人で電車に乗って作業所に通っています。受注作業のほか週に3回はマンションや公的施設の清掃などもするそうです。
「いいなあ! ウチの子もそんな、世のため人のために役立つ仕事を出来たらいいんだけど」とため息が出ました。
自力で通所が出来て立派に仕事が出来る。障害も軽かったんだろうと思ったら、小さいときは多動でとても苦労したという話。
3秒以上目を離すなと言われる、と聞くけどそんな感じだったようです。
薬(安定剤?)を処方してもらったけど、効いている間はともかくとしても、効き初めと切れる頃にはとても機嫌が悪くなって大変。ちょうど寝る頃にそうなるので、こちらはおちおち寝ていられない。服薬してもどのみち大変なら、と薬に頼るのはあきらめたということでした。

この子は中学部から高等部に上がるころに(多動はおさまったのでしょう)とても太っていて、健康診断で危険値が出た。きつく減量を命じられたそうです。
(お母さんは細い人なので、普段の家庭の食事に問題があるわけではなかったと思います)
それから学校では毎日何キロもランニングをさせ、食事もお代わりは禁止ということで真剣に取り組みました。
夏休みはお母さんが付き添って、涼しくなる夕方に近くの海岸を何キロも(学校と同じくらいの距離を換算して)走らせたそうです。思わず「エライですね!」とお母さんの顔を見つめてしまいました。学校と家の連携がないとダイエットは難しいでしょう。
その結果、15キロの減量に成功したそうですからたいしたものです。自閉症の子ですから食べることにこだわりがあったかもしれないし、太ってたぐらいだから走るのも好きではなかったでしょう。それでも頑張ったのは、周囲の本気さが通じたのかもしれません。
この子と同じ学校に行っていて太ったままの子(母子とも肥満体)も知っていますが、親が望まないと学校もやってくれないそうです。そりゃそうでしょうね。結局は親の反省とやる気と言えそうです。

この子は水ぶくれといった感じの肥満だったようです。お母さんの言葉を借りると「運動で余分な水が出て、締った」そうですから、イメージとしてはぎゅっと絞ったスポンジか陽に干したクラゲ?
人間の身体の65〜70%は水分、脳にいたっては90%ともと言われます。水分(大半は血液)は全身の細胞へ酸素と栄養素を運ぶ重要なものですからなくすわけにはいきませんが、必要なだけあればあとは要らないものでしょう。
そしてそのお母さんの話の中で興味深かったこと。
「身体が痩せるとね、脳も痩せるんだって」。
水びたし(?)だった脳が絞れて、頭もすっきりしたそうです。よく指示が入るようになって、やりやすくなったとか。

脳は体重の2%にも満たないのに、20%のカロリーを消費するそうです。これだけエネルギーを使う脳には、そのエネルギーを貯めておく場所がないので、すべて血液中のエネルギー(糖分:血糖)を消費します。
いきおい血液中の糖分が不足したら思考力が落ちたり集中力がなくなるなど、脳の働きは悪くなります。
脳の働きが低下すると脳から糖分をあげるように指令が行き、血糖値をあげる作用があるアドレナリンという物質が出されます。このアドレナリンは多すぎると興奮して、イライラしたり落ち着かなくなります。
身体から余分な水分が抜けて血中の糖の濃度(血糖値)が安定すると、アドレナリンの過剰分泌が防げて気分が安定するということはありそうですね。たしかに、太ってきたら落ち着かなくなったという話は聞きます。

脳はよく「柔らかい豆腐」にたとえられますね。ダイエットして痩せた脳って、さしずめ「よく水切りした木綿豆腐」かしら。
posted by dashi at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症関連

あきらめない

近々、姉がライブを開くと知りました。
4人いる姉のうちの一人で、本職は3月まで養護学校の教員でした。定年退職して九州に戻るつもりでいたようですが、役所で働かせてもらえることになり、引き続き住み慣れた関西にとどまっています。
趣味で続けていたシャンソンの、プロ試験に通ったと聞いたのは何年前になるでしょうか。姉の子が(習い事でピアノのかわりに)声楽を習っているのは知っていましたが、姉自身が歌うのは学生時代(たしか合唱サークル所属でした)以来聞いたことがありません。シャンソンをやってるなんてちっとも知らなかったのでびっくりしました。
自分の娘や親戚の結婚式などでは披露もし、今までにも何度かライブをしていてほかの姉たちは聴きに行ったこともあるようです。私もプロのシャンソンとやらを一度ぐらい聞いてみたいものだと思いながら、住まいも遠いので機会を逃していました。

定年退職をした日に姉に電話をしたら、ライブを開くと教えてくれました。
「無理してこんでもエエよ」と言われましたが、慣れたところにウチの息子を預かってもらえることになったので、行くことにしました。
私はシャンソンには詳しくありませんが、膠原病で亡くなった岸洋子さんの歌は好きで、二枚組みのCDも持っています。大ヒットした「夜明けのうた」などより、あまり知られていない「二重唱」という歌がとても気に入っています。
姉は岸洋子さんほどの美声や声量には恵まれなかったに違いないけど、少女時代からいろいろと苦労をしているので、人生経験の豊かさを歌に生かせているかもしれません。
疎遠な時期もありましたが、中年(50代)になってプロに挑戦したポジティブな生き方に姉を見直した私です。

先日テレビで、久しぶりに君島十和子さんをお見かけしました。
旧姓の吉川十和子さんの時代にクイズ番組のレギュラーだったと記憶していますが、当時よりもきれいになった印象で、売りにするだけあってきれいな肌をお持ちです。
彼女が肌の手入れの心得3原則を言っていました。
☆あきらめない
☆飽きない
☆あなどらない
彼女によれば、ケア製品は同じものを使い続けることが大事なのだそうです。効果が出るのには時間がかかる。(飽きない)
また紫外線の影響は10年後に出たりするのだそうです。彼女は部屋の中でハンガーに干した洗濯物をベランダに出すほんの5分のためにも必ず、サンバイザーやひじの上まである腕カバーをつけるそうです。(あなどらない)
そして何より重要なのが「年だから」とあきらめてしまわないこと。
肌の手入れだけに限らず、生き方全般に言えそうですね。
私も君島さんや姉を見習って、トシのせいとあきらめないで頑張ろうと思ったことでした。
posted by dashi at 00:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年04月20日

中原中也の詩

駅のホームにあったポスターに、中原中也「サーカス」の一節が書いてありました。

頭倒(さか)さに手を垂れて
汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよーん

この一節は教科書にでも載っていたのか私も記憶にあります。ランボーを翻訳して日本に紹介した人だけあって、独特のリズムが印象に残りますね。
参考までに上の詩の全文はこうなっています。

「 サーカス

幾時代かがありまして
  茶色い戦争がありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
  今夜此処でのひと盛り
    今夜此処でのひと盛り

サーカス小屋は高い梁
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(さか)さに手を垂れて
  汚れた木綿の屋根のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が
  安値(やす)いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯
  咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん


屋外(やがい)は真ッ暗 暗(くら)の暗(くら)
夜は劫々(こうこう)と更けまする
落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん 」

今年は中原中也生誕百年にあたります。故郷の山口では4月29日(日)の中也誕生日に、デザインを公募したヘッドマーク特別に取り付けた山口線「SLやまぐち号」を走らせるそうです。

中原中也というと黒い帽子をかぶった童顔の青年というイメージがありますが、
http://www.chuyakan.jp/00top/01main.html
大岡昇平によれば、「あれは肖像写真が複写されつづけた結果で、本物の中也とはまるで別人。三十歳の中也は<皺が多いどこにでもいるオトッツアン顔>だった」ということです。
駆け落ちした恋人を小林秀雄に盗られる経験もしていますが、それも中也の
「目の前の相手を、一語一語、肺腑をつくように正確に攻撃する」
罵倒癖に原因がありました。初対面で中村光夫の頭をビール瓶で殴ったこともあったそうです。

中原中也は軍医の子に生まれた分、石川啄木のような極貧の暮らしは知らずにすんだようです。
でも子どものころに弟を失い(初めての詩作のきっかけになりました)、自分の子も幼くして病死。精神不安定で入院治療を受け、自分も結核性脳膜炎で早世(30歳)し次男も翌年に亡くなるなど、薄幸な生涯でした。
「帰郷」の最後にこういう一節もあります。ちょっと耳が痛い。

あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ
posted by dashi at 23:53| Comment(4) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年04月19日

とっておきの話題

きょうは、他人のふんどしで相撲を取らせてもらおうかなと思います。
あちこちウロウロしているうちに見つけたり、紹介されていて知ったサイトの中で、とっておきの話題をいくつか。
まず、離れて見ると表情が変わる不思議な写真「ハイブリッドイメージ」
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20070415_hybrid_images/
離れて見ると、怒った顔とすました顔の写真が入れ替わる。
アインシュタインがマリリン・モンローに化ける!
ぼけたりシャープになったりするとそれによって見えるものが違ってくるため、と説明してありますが、目の錯覚を利用するんでしょうか。こういう画像がたくさんあるそうです。
頭のいい人はすごいことをするもんだなあと、古い頭で感心しています。

http://japanese.engadget.com/2007/03/22/semiauto-banana-peeler/
自動バナナ皮むき器。固定して上部に4つの切込みをいれ、そこにクリップを取り付けると「自動的に皮をむいてくれる」そうです。
大真面目で発明(?)する方ものどかでユーモラスだけど、それを紹介した文章の中に、
<「そんなの自動化しなくても手でやれば」と思った方。あなたはテクノロジーがいかに人類を進歩させてきたか分かってない携帯も水道もないところで生活してみろこのラッダイトが!(唐突に逆切れ)。>
(ラッダイトというのは、産業革命時の機械化に反発して起こった破壊運動だそうです。これについてはまた後日書いてみたいと思っています)
とあるのには笑ってしまいました。うまいことを言うものです。
正しい反応は、「最初にクリップを取り付ける部分の自動化が課題だ」と考えるべきなのだそうです。

今は日本のプロファイリング技術ももそうとう水準があがったらしいですね。
プロファイリングにはコンピューター用語と警察用語の両方がありますが、ここで言っているのは犯罪捜査に使われる方です(犯罪の性質や特徴を行動科学的に分析して、犯人の特徴を推定すること)。
テレビ番組ではよくアメリカから専門家を呼んできて、未解決の事件のプロファイルやったりしてますね。
「京都府警が約60件の連続強姦魔を逮捕した事件は、犯罪分析官によるプロファイリングが検挙の決め手となった」そうです。
http://www.zakzak.co.jp/top/2007_04/t2007041620.html
それまでのデータを分析して次の犯行場所を推定し、そこに張り込んで逮捕に至ったそうです。これはすごい。是非専門家の養成を急いで、未解決の事件に投入してほしいですね。

両目の色が違うのを「オッドアイ」と呼ぶそうです。
体毛が真っ白でオッドアイの猫は、聴覚障害であることが多いそうです。
http://nekodayomon.at.infoseek.co.jp/cat/200210.htm(10月14,19日のページ)
猫ではそれほど珍しくないようですが、人間にもごくたまに(800万〜一千万人に一人)現われます。
http://www.dreamer2313.com/katebosworth15.jpg
左右の目の色が違っているのがわかると思います。右目がヘーゼルナッツ色で、左目がブルーだそうです。
これはKate Bosworthという名の女優さんで、「モンタナの風に吹かれて」の子役や「ブルークラッシュ」の主演を務めた人。
彼女の写真はほかにもあります↓が、上の写真が一番よくわかると思いました。
http://www.dreamer2313.com/katebosworthphotogallery.htm

こちらはまん丸い氷の製氷器。
http://sanosyoukai.com/cc/
ただの製氷皿でまん丸が出来るとうたっている物もありますが、あれはつなぎ目が出来てまん丸にはならないんじゃないかと思います。こちらは3,360円もする商品なので、それなりに立派なものが出来そうに思いますが、さてどうでしょう。誰か実験して結果を教えてください。
posted by dashi at 23:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年04月18日

パイロットの話

先ごろ前輪の出なかった航空機が胴体着陸して乗客乗員無事だったことがありました。
着陸の様子が繰り返しニュースで流れて、機長の見事な操縦ぶりが話題になりましたね。
あのあと職業パイロット夫人の友人と会ったので、話を聞いてみました。例の機長はご主人も知っている人だったそうです。
胴体着陸の映像を見ながら、アナタも出来る? と聞いたら「やったことはないけど、出来るんじゃない」とあっさりした反応だったらしい。
前輪が出なかったことはないけれど、エンジンが片方故障するといったトラブルは何度か経験があるそうです。「全然平気」だって。

機械は故障するのがアタリマエだから、故障してもあわてず騒がず冷静に操縦する訓練を普段から定期的に受けている。
ホントに故障した機体で飛ぶわけにはいかないので機械装置を使った疑似体験をします。月に一度は「シミュレーションの日」というのがあるそうです。
いろんな極限状態を想定して、機体を立て直し、ちゃんと操縦する訓練をする。とても気力体力を使う仕事らしく、その日はヘトヘトになって帰宅するそうです。
例の機長が「十分訓練を受けているから大丈夫です」と落ち着いてアナウンスしたと聞きましたが、さもありなん。
こういう話を聞くと、格安航空会社はちゃんとやってるのかなと気になりますね。
私が昨年乗ったスカイマークエアラインズは往復とも外国人の機長で操縦はとても手馴れた印象でした。大韓航空は空軍出身のパイロットが多いから操縦が上手いと聞いたことありますが、日本でも自衛隊出身のパイロットは多いそうです。

友人のご主人は航空大学校を出た人ですが、ここの受験の際には2次試験の身体検査でかなりの人が落ちるということです。
視力(裸眼)聴力は当然としても、内臓(特に心臓)に問題があったらもちろんNG、血液検査も厳しいそうです。
現役のパイロットも、心電図に異常があったり血糖値が高かったりすると翌月の検査まで自宅待機(地上訓練もあるのかな)となるようです。
つまりパイロットって、完璧な肉体と頭脳の持ち主なんですね。モテるはずだわ。
裸眼視力が足りずに職業パイロットをあきらめた人(田中勝博さん:株の世界では著名人らしいですね)が、自家用飛行機なら矯正視力でもOKと知って欣喜雀躍、アメリカで自家用ライセンスを取った体験談を読みました。
http://ameblo.jp/tanaka-yoshihiro/entry-10021331875.html
いっぺんライセンスを取りさえすればこっちのもの、「アフリカ一周」なんて豪快な趣味を堪能されているようです。
今は、アメリカでは3ヶ月400万でライセンスを取れるらしいです(日本国内だと3年700万)。叶わないこともない夢、ってところでしょうか。

上のサイトで紹介されているのは「自家用パイロットの作られ方」ですが、それでもかなりハードです。
「飛行機の免許は、実技2科目(基本操縦とナビゲーション)、口述2科目(基礎知識と交信)、筆記5科目(航空法、航法、気象、機体、交信)が必要です。もちろん、すべて英語。」
「毎年の航空身体検査もパスしなければ、空に上がることができません。体調管理もライセンスに含まれています。航空身体検査は、脳波、血液、視力、視野、眼球検査、聴力など、多岐にわたります。」
「20年、700時間乗っても、フライトごとに、勉強ばかりです。PAX(※)の体重、残燃料、気象などで、飛行機はまったく違う反応を見せます。二度と同じ環境は巡ってきません。頭を使う趣味です。」
頭だけじゃなくてカネもでしょ、って突っ込みたくなりますが、パイロット仲間は普通のサラリーマンも多いそうです。一時間飛ぶのに4万円ぐらいかかるそうですが、趣味ならベラボーと言うほどでもないかしら。

※PAXというのはパッセンジャー(passenger)の略。乗客という意味でクルー(crew:乗務員)に対して使われるようです。
航空用語を解説したページがありましたので参考にどうぞ。
http://www3.famille.ne.jp/~yokota/sky/report15.htm
posted by dashi at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年04月17日

書き直します

きょう長々と書いた文章は自分でも気に入らず、とても人様にお見せできるようなものではないのです。捲土重来を期すと言ったら大げさですが、明日書き直したいと思います。どうも失礼しました。
posted by dashi at 23:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年04月16日

4月16日

毎朝、お弁当のおかずを作りながらラジオを聴いています。「きょうは何の日」というコーナーが私のお気に入りで、そう言えばそんなこともあったなあ、と思い出したりします。
きょう4月16日はチャールズ・チャップリンの誕生日、「チャップリンデー」だそうです。
チャップリンは1889年の生まれで、日本だと明治22年にあたります。
極貧の家庭で母親は精神に異常をきたすなど不幸な生い立ちの人ですが、好きな仕事で名誉も富も手に入れ1977年末まで長生きしました。

またきょうは「ボーイズビーアンビシャスデー」でもあるそうです。
ウィキペディアによれば、「1877年のこの日、札幌農学校(現 北海道大学農学部)教頭のウイリアム・スミス・クラークが、「Boys,be ambitious」の言葉を残して北海道を去ったことに因む 」ということです。
「少年よ大志をいだけ」の名文句は有名ですが、ではわざわざ設けたボーイズビーアンビシャスデーには、何か特別なことでもするのだろうかと調べてみましたが、わかりませんでした。
高校時代の親しい友人の一人が北大卒(印哲だったかな)です。何か知ってるかもと思って久しぶりに電話してみましたが、残念ながら「何も覚えてない」とのこと。もっとも、構内を移動するのに自転車が必要なくらい広いキャンバスらしいから、農学部のことは知らないのかもしれません。
記憶に残らないくらいだから特に何もやってないんじゃない、と言ったあとで、
「ボーイズビーアンビシャスの、あとの文句がいいのよ」と何よりの情報。
「あとの文句って、何!?」
「ええとね、お金のためではなく、自分のためでもなく、、、なんとかかんとか。Dr.コトーでやってたよ」
テレビドラマ? 見とらんから知らんわ。

電話を切ってネットで調べてみたら、下のサイト(2006年10月19日の日記)にばっちり載っていました。
http://www.intergem.co.jp/blog/owner/archives/cat_0060.php?page=all
「少年よ大志を抱け、
 お金のためではなく、
 自分のためでもなく、
 名声という空虚な志のためでもなく、
 人はいかにあるべきか、
 その道をまっとうするために大志をいだけ」
というのがDr.コトーで紹介された訳。若い子向けかもしれませんね。
普通知られている訳は
「少年よ大志を抱け。
 お金のためでなく、自己顕示のためでなく、
 名誉という空しいもののためでなく、
 本来、人間があるべき姿のために大志を抱け」
というのだそうです。ちなみに原文は、
Boys be ambitious,
not for money, not for selfish aggrandizement,
not for that evanescent thing men call fame.
But be ambitious for attainment of all that men ought to be.

「少年よ大志を抱け」のみで(一般には)知られるクラーク博士ですが、略歴を見てみるとなかなか波乱万丈。南北戦争の時には北軍少佐として従軍したこともあるそうです。
米マサチューセッツ州生まれ、大学卒業後ドイツの大学にも留学していて、出身大学のアマースト大学教授を経てマサチューセッツ農科大学学長。専攻は園芸学、植物学、鉱物学(この分野ではのちに事業も)です。
日本政府の強い要請を受け、大学の休暇を利用して来日(1876年:明治9年)し、初代教頭(実質最高責任者)を務め学校の基礎を作ります。札幌農学校にいたのは8ヶ月だけで、専門の植物学だけでなく自然科学一般を英語で教えたそうです。
農学校の寮生にはカレーの日以外はパン食を命じたり、聖書を配ったりもしました。クラーク博士が去った後も、彼が説いたキリスト教精神は息づき、官立学校にも関わらず学生の間で「イエスを信ずる者の誓約」が行われ、新渡戸稲造、内村鑑三などのクリスチャンを生んだということです。
博士はお雇い外国人の枠にはまらない、大きな影響を残したようです。去った日が惜しまれて記念日になっている人は、珍しいんじゃないでしょうか。
posted by dashi at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年04月15日

デマ

先日、引越しして疎遠になっていた古い友人と久しぶりに会ってランチしました。
数年会ってないと積もる話もたくさんですが、引っ越したばかりのころ隣の家が火事になって、とても怖かったというのには驚きました。
幸いにも不規則勤務で不在がちのご主人が家にいて、風向きを見てこちらには燃え移らないと判断。冷静にお風呂に水を張ったり、お隣側に張り出したサンルームの屋根に水をかけ続けたりしてくれたそうです。
「お父さんを見直したでしょ」と笑ったことでしたが、友人自身はとても動転して「何をやってるの、早く出て来て!」とパニクっていたそうです。
友人はバッグを持って逃げ出したものの、あとでよく見ると貴重品が入ったものでもない古いバックで、なぜかその中に別の(しょーもない)バッグを押し込んでいたそうです。あわて者ではない落ち着いた人なのですが、やはり極限状態になるとわけのわからないことをするようですね。

この友人の話でもう一つびっくりしたのは、例の少年A(サカキバラ)が彼女の家の近くに住んでいるらしいという件。
彼女の家のすぐそばの店舗か、そうでなければ隣の駅近くの店舗で住み込みで働いているという話です。
「まさか、そんなのトップシークレットでしょ。簡単にバレるところで働かないと思うよ」
と、いったんは驚いたものの気を取り直した私に、友人は目を丸くして、
「ウソじゃないわよ。隣の区の小学校に通達が出たんだって。気をつけるようにって」
ますますアヤシイと思った私。でもむきになって否定してもしょうがないので、
「へー。でも、気をつけろったって、どうしようもないよねえ」。

「やっぱり、なんだか気持ち悪くてね」
彼女のお嬢さんは勤務先が遠いため、連日終電で帰ってくるそうです。
「若い子って夜中でも平気なのね、歩いて帰って来たりするのよ。それだけは絶対やめなさいって言ったの」
駅から商店街を抜けて徒歩でも15分ぐらいらしいですが、必ず駅まで車で迎えに行っているそうです。
「もう10年もたつけど。ああいうのは病気でしょ、治らないんじゃない?」
「誰かがずっと張り付いてるのかもしれないよね、もと警官とか」
「警官ならいいけど、ちょっと怖いかもね」
死ぬまでそういう目で見られ続けるんだろうなあ、それも無理ないよなあと思う私でした。

でもこの話に関しては、私はデマだと感じています。
注意を促す通達が回った、という、いかにもそれっぽい小道具まで用意されている。その通達を実際に見た人はおそらく存在しないのに。
時期的に見て、エイプリル・フールのおふざけに尾ひれがついて拡大したウワサ、悪質なデマではないでしょうか。
少年Aの実名と顔写真は、当時FOCUSで暴露されました。10年たって大人の顔になっているとはいえ、小さな店舗では、そのつもりで見たら特定できるでしょう。もっと目立たないところでひっそりと働いていると思います。(もっとも、私が関係者なら整形手術を勧めるけど)

ところでこの「デマ」、根拠のない、いい加減な噂話の意味で、昭和初期頃より日本で使われるようになりました。
日本語の「でまかせ」から出た語ではなく、語源はドイツ語の「デマゴギー」(Demagogie)」「気持ちをあおってある行動を起こすようにしむける」(扇動)という意味だそうです。
「でまかせ」よりも悪意を持って意図的に流される、政治的に利用されるもののようですね。私としては流言蜚語という語感が一番ぴったり来る気がします。
デマと聞くと私などは「火星人の襲来」事件(1938年、アメリカで放送されたラジオドラマ)を連想してしまいますが、現代人はそのころほど一斉に反応せずバラバラと行動しそうですね。デマで扇動するのは難しそうです。



 
posted by dashi at 23:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年04月14日

守護霊

私はオカルトとかに興味がなくて、子ども時代にこっくりさんが流行っていたときも全く無関心でした。それらしい情報番組や映画を見ても、どっちかと言うと白けるほうです。
でも、人智の及ばない超自然現象の存在は否定しないし、UFOもあながち作り話とは思いません。
娘が、自分の部屋に何か(誰か)いる、と言い張るのには苦笑しますが、晴れた日にカーテンを開けて「消毒」してやったこともあります。
沖縄出身の友人が、沖縄は戦争時にたくさん人が死んだから霊がうようよいる、と言うのもウソとは思いませんね。霊感が強い人には見えるのだろうと思っています。なお霊が見えても興味を持ったり話しかけたりしてはいけないとか、取り付かれるそう。知らん顔するべきなのだそうです。
また沖縄には、敷きっぱなしにしていた布団には幽霊が寝るという言い伝えがあるそうです。だから朝布団をたたむヒマもなく飛び出したときには、夜いったんたたんでから敷き直さなければいけないと聞きました。

適当な言葉がみつからないので守護霊と呼んでいますが、私には、私を守ってくれている何かの力が及んでいると思うことがあります。なんという偶然、、、と呆然とすることが今までにも何度かありましたが、つい先日息子と出かけたときにもそんなことがありました。
春休みの一日、息子と電車に乗って横須賀の三笠公園に行きました。暖かいお天気の日で桜がきれい、戦艦三笠からの眺めもくっきりとよく見えました。
その帰り、まっすぐ帰るのも早すぎるので三崎のほうに行くことにしました。どこに行くのかも決めないままに電車に乗って、そうだ、息子を何度か預かってもらった個人事業者のところに寄ってみようと思いつきました。
息子をよく知っている信頼できるご夫婦なので泊まりで預かってもらっています。開所式や見学会にも行けないでいたので、ちょうどいい機会。息子が何度も泊まったのがどんなところなのか、外からだけでも見てこようと思いました。
下車駅はわかっていて、息子はそこから何度か歩いて行った場所だから、覚えているだろうと踏みました。
自閉症の息子は一度行った場所は覚えていることが多いし、ましてや何度も歩いて通った道なら知っているはずです。

いきなりはまずいので、少し手前から○○で降りるよ、どこそこに行こうね、と息子に言い聞かせました。
駅に着いて、どこそこへ行こう、連れてってねと声をかけました。
息子はわかったらしく先に立って歩き始めました。小さな路地に入って住宅街の中をどんどん歩いていきます。
ゆるやかな坂道を上って、畑の間の狭い道を迷う様子もなくさっさと歩きます。三笠公園でも歩き回ったあとなので私はへとへとだけど、遅れないように付いて行きました。
やがて田園地帯を抜けてバスも通る大きな道(といっても歩道もない道路)に出ました。そこをどんどん歩いていきます。
こっちでいいのかなと一抹の不安を覚えながら、念のためにバス停で時刻表を一瞥すると一時間に一本あるかどうか。でもいちおう出てきた駅に向かうバスがあるのはわかりました。迷ってもなんとかなりそうです。

駅を出てたっぷり30分は歩いたでしょう、いいかげん疲れてまだかなあと思っていたとき。私の携帯が鳴りました。
「いまdashiさんたちと車ですれ違ったんだけど」。えーっとびっくり仰天。さっきの駅近くに住む友人からの電話です。
この友人は息子さんが学校に通っていたときは同じスクールバスポイントでした。卒業後も年に数回会って親しくしていただいています。駅に降りたとき友人の家の近くだなとちらっとは思ったけど、その周辺でもない場所でばったり接触なんて、すごい偶然です。
どこに行くの、と聞かれてどこそこ、と答えると、「そっちじゃないわよ、道が違う」。なんだよーー。脱力しました。
「今、友だちを送ってるとこだから、そこらへんで待ってて。すぐ行く」
時間を見計らって、疲れを知らず早足で歩く息子を呼びとめ、道路そばの石に腰をおろして友人を待ちました。

ほどなくやって来てくれた友人の案内で到着した「どこそこ」は、かなりの距離でした。
しかも息子がどんどん歩いていたバス通りから折れて、田舎道を延々と行った奥の奥、こんな狭い道を車で行けるの?と聞いたぐらいのところです。
自信満々で歩いていた息子が道を間違っていたかどうかは永遠の謎。預かってもらったときには散歩をかねてわざと遠回りしていただいていたのかもしれません。
そうだとしたら、息子の後に付いて行けばいつかは到着していたでしょうが、少なくとも数時間はかかっていたと思います。駅から歩いて20分ぐらいと聞いていたので甘く見ていましたが、友人に発見されなかったらえらい目に遭うところでした。

今回、いくつか偶然が重なっていました。
友人はその道は普段通ることはめったになく、たまたま友だちが何か用事があるのに付き合ってそっちを通っていたのだそうです。
すれ違ったと思われる場所はゆるやかな傾斜とカーブのあるところで、ぱあっと見通せる場所ではありません。視界に入ったのはわずかの時間(数秒)のはず。私だったら見ても知り合いと気づかなかったでしょう。
それに私たちがその道路を歩いていたのはまだわずかな距離でした。私たちが田舎道からその道路に出て間もなく見つけてもらったことになります。
そして言うまでもなく私は(息子はわかりませんが)初めて通る道でした。
ばったり会うのは僥倖というか、昨日書いた「盲亀浮木」にも匹敵するんじゃないかと思います。

友人が言うには、彼女は動体視力がとてもいいのだそうです。道路わきの看板の文字なども割合はっきり記憶できるとのこと。私たちを見かけてすぐわかったということでした。
私たちとわかっても、友人に用があって急いでいたり気が向かずに電話をくれなかったら(あとで、あの日はどこに行ってたの? と聞かれるようなことも可能性としてはありますね)、私たちは疲れ果ててたぶん「どこそこ」を見るのは断念して帰っていたと思います。
友人の家に寄せてもらって冷たいものをいただきながら、また守護霊に助けてもらったと思った次第です。
守護霊を一番意識したのは、東京の区役所でばったり別れた夫と会ったとき。息子の関係でどうしても父親の書類が必要でしたが、本人か本人の委任状がないと発行できないと言われて途方に暮れていたら、突然目の前に現われたのです。たまたま用があって来ていたのでした。
いつも、泣きたいくらい困り果てたときには、すっと手が差し伸べられるような気がします。何かに守られているのを感じます。

私の世代では守護例というと「うしろの百太郎」ですが(あまりにリアルで怖くて、私は敬遠していました)、作者のつのだじろうさんのHPに守護霊について書かれた文章がありました。
http://www.tsunoda-jiroh.co.jp/13_ema/03.html
「うしろの百太郎」に出てきますが、つのださんは自分の守護霊に対面したことがあるそうです。
そして一人ではなく何人(柱?)もの守護霊に守られていることを確信して、調べてもらったら14人とわかったそうです。
それもちょっと怖いような。。。。
守護霊で検索したら、かなり怪しげというか胡散臭いようなサイトが多数ヒットしました。私を守ってくれている(と私が感じている)力は、そんなものとは違うような気もします。
posted by dashi at 23:56| Comment(3) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年04月13日

製造物責任法(PL法)

昨日の朝、いつもは見ずにまとめて捨てる朝刊のチラシの束から一枚が目に付きました。
これはまったくの偶然で、私には絶対守護霊がついてる、、、とあらためて思いましたが、それはさておき。
赤い帯に白抜きで「探しています!」と大きな字です。その下に冷蔵庫2台の写真があります。
松下のガスストーブみたいに、何か欠陥でもある製品なのかと思いました。
「富士通ゼネラル製 冷凍冷蔵庫をお使いのお客様へ」の下の文章の中に「発煙」「発火」の文字が見えます。
あれ、なんだかウチのに似てるな、どこの製品だったっけ。台所に行って見てみると冷蔵庫の取っ手に「HUJITSU」の文字。どきん。中を開けてチラシに図示してある場所で確認すると、ナントまさにウチのも該当機種です。

電話をしようとしていると、たまたまお休みで家にいた娘が通りがかりました。
これこれこうなんだって、と話すと、思いがけずクールに「ホントかなあ」という返事。詐欺じゃないの、本物かどうかアヤシイと言います。
そんな会社ほんとにあるの? と聞かれて自信がなくなった私。富士通とゼネラル電気(?)って合併したんだっけ?
富士通はパソコンしか知らないし、冷蔵庫を買ったときはメーカー名もろくに確認しないままでした。
「えー、まさかあ、本物でしょ」
「ネットで確認してからの方がいいよ」
それもそうだと気を取り直して、パソコンの電源を入れました。富士通のHPで同じ内容が書かれているのを確認して、
http://www.fujitsu-general.com/jp/i_info/ref0508/index.html
「大丈夫、本物みたい」「じゃ電話したら」
と、まったく、どっちが親かわからない会話でした。

朝すぐ電話したからよかったのか、翌日(きょう)すぐ修理に来てくれました。
順番で待たされたりしたら、その間に火が出るんじゃないかと不安になりますよね。ほかの家電と違って通電しっぱなしの製品ですから。対応が早いのには感心しました。
まだ幼さの残る若い技術者に話を聞いたところ、沖縄で発火して台所がこげる火事が実際にあったそうです。
新聞紙上で広告したけれども反応があまりなかったので、チラシを入れたら問い合わせが殺到している様子。きょうも朝から何軒か回ったあとのようでした。
引き出し式の冷凍庫を抜いて、奥の方の作業です。むき出しの部分に水が入らないようふさぐ修理のようでした。
ご迷惑をおかけしました、と詫びられましたが、ついでにと冷蔵庫内の掃除をしてもらって恐縮ものでした。

沖縄の火事は、水が「大量に」こぼれて(ペットボトルごと?)、冷蔵庫の扉が少し開いてた、留守で気がつかなかったという不運が重なったための火事ということでした。水をちょっとこぼすくらいでは大丈夫だし、扉が閉まっていると酸欠で火は消えるそうです。
(盲亀の浮木、という言葉を連想した私。百年に一度浮き上がって海面から顔を出す亀が、偶然流れてきた木の穴に頭を突っ込む、めったに起こることではないたとえです)
全機種の修理までする必要があるのかと私なんかは思いましたが、消防署から要請があったということでした。
防げる火事ならもちろん防がねばならないし、より安全なものを作る義務、責任がメーカーに求められるのでしょうね。PL法(製造物責任法)の趣旨はそういうことだと思います。
でも結局この屋上屋を架すような修理に伴う経費は、商品の価格に上乗せされる形で消費者が負担することになるのでは?

ついでに雑知識。
PL法のPLはProduct Liability(製品責任)の略ですが、
高校野球でおなじみのPL学園のPLはPerfect Liberty(パーフェクトリバティ教団)。
会計・財務のPLはProfit and Loss。Profit and Loss Statement(損益計算書:企業の経営成績を示す財務諸表)の別称です。
ほかにプログラミング言語のPL/SQLというのがあり、こちらのPLは手続き型言語(Procedural Language)。
カメラが好きな人にはおなじみのPLフィルターのPLは 偏光(Polarized Light) 。
小文字のplはplace;plate;plural(複数);軍事用語のplatoon(小隊)などを指すようです。
posted by dashi at 23:57| Comment(4) | TrackBack(1) | 身辺雑記

2007年04月12日

海の底

地中海東部のクレタ島南西沖100キロ、水深約2,900メートルの海底に、塩分濃度32.8%の塩水湖が発見されたそうです。
通常の海水は3.5%、死海でも25%ということですから、かなり塩分濃度の高い湖ですね。
水深2,900メートルから3,000メートルにかけての深さ100メートル、長さ80キロ幅1キロという規模だそうです。
地中海は600万年前〜500万年前に地殻変動で閉ざされて内海となった。このとき海水が急激に干上がって出来た岩塩層が、再び海洋とつながって沈んだあとで徐々に溶け出して海底のくぼみに溜まったと推定されるそうです。

時事通信、読売、産経の記事を総合すると、発見したのは東大海洋研究所とギリシャのエレニック中央海洋研究所の合同チーム。今年1月末から2月上旬にかけて調査船白鳳丸(約4,000トン)から深海作業ロボットを沈めて海底を調査しました。
深海作業ロボットのテレビカメラで撮影したほか、湖の縁の底から柱状の試料(直径15センチ、長さ4メートル)を採取。今月下旬から高知大海洋コア総合研究センターで分析するそうです。
地中海の成り立ちの解明のほか、高塩分環境下の微生物など新たな発見が期待されるとのことです。
太陽の光が届かない闇の中で、ものすごい水圧がかかるところでしょうに、4,000トンの船を沈めて調査するなんて日本もすごいなあと感心してしまいました。

春休みに息子と出かけた油壺マリンパークに、海洋深層水館というのがあったので見学してきました。
http://www.aburatsubo.co.jp/dswonder/wonder.htm
深層水は栄養分に富み細菌や汚染の心配もなくて、料理や酒醤油醸造に使うと美味しくなるとかで、一時はかなりのブームになりましたね。養殖に使われたりもしているようです。
こちらの深層水は水深200メートルまでの表層水の下の部分で、クレタ沖のような深海でもありません。
それでも展示してあった深層水は水温が低く(通年10℃前後。表層水は10℃〜30℃)、水圧(30気圧)がかかっている分濃度が高くて表層水とは混じりあわないのが色水でわかるように示してありました。
水深200メートル余りの深層水ですらそうなのだから、海底のくぼみにたまった塩分濃度の高い水が希釈されてしまわないのはわかるような気がしました。
この深層水館では、その深さでは太陽の光は届かない(水深200メートル以下は無光層と呼ぶそうです)ので館内も暗くしてある中、深層水に住む生き物(カニなど)も展示してありました。栄養があって雑菌の少ない環境ですが、引き換えに闇の中で一生を送る生物も可哀相な気もします。ほっといてくれと言われそうですが。
posted by dashi at 23:16| Comment(2) | TrackBack(1) | 興味津々

2007年04月11日

ニッチ

図書館の子ども向けコーナーで見つけた「モグラの鼻 ゾウの鼻」(筑摩書房)という本に、こんな箇所がありました。
「体型から考えるとクマとキツネはまったく反対。正反対の体型を持つクマとキツネが同じ北国に住んでいる」ことに関して、動物生態学者の小原秀雄さんが説明している部分(44ページ)です。
「きびしい自然環境の中で似たようなことをやっていては、分け前をとりあうばかりで生きていけない。両方はっきりと別々の方向にくらし分けたほうが生きのびられる。非力なキツネがとれないものを、クマは掘り返したり折りとったり、破壊することによって手に入れる。クマが走ってもおよばないし、巣穴を掘ったときなどしか手に入らぬネズミとかウサギは、敏捷なキツネのえさになる」
聞き手の谷川雁さんがそれを受けて発言しています。
「そうしますと、クマは冬ごもりするけれどもキツネは雪の上を活発に出歩くというのも、一種の住み分けですね。軽いエンジンをつけた者と、ディーゼルエンジンを搭載したトラックのような者との、、、」

ところでこのような住み分けのことを、生物学の専門用語では「ニッチの分化」と言うようです。
ニッチ(英語:niche)の語源はラテン語の巣(nidus)だそうです。もともとは生物が生態系内で安定した生存環境を獲得することです。
動物なら食べる餌とか隠れる場所、植物なら育つことの出来る土地の争奪戦を経て、手にいれた地位が生態的地位(ニッチ)。普通は「ニッチを獲得」した種がその場所を縄張りとします(ニッチの安定)が、まれに食べる餌や活動時間帯によって「ニッチの分化」が起こります。
昼行性のワシ・タカと夜行性のフクロウが共存している状態を「時間的にニッチを使い分けている」と表現するそうです。

また、ニッチは建築用語のほか、現在は使い方が広がって経済用語でも使われています。
建築用語のニッチは、西洋建築で「壁の凹み」。内側の壁面や柱を半円・方形にくりぬき、中に彫刻(教会堂の彫像など)を飾れるようにした部分のことです。
(ちなみに、建物の「外側」にうがった部分のことは、アプスと呼ぶようです。
http://www.weblio.jp/content/%E3%82%A2%E3%83%97%E3%82%B9
経済界で使われるニッチは「隙間産業」のこと。需要はあるのに誰も手を出さないでいたようなものをニッチと呼んだりするようです。
通販が一般化してロングテール現象が出てきたように、ニッチの中身も時代とともに変遷しそうですね。
posted by dashi at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学

2007年04月10日

好意

息子のお迎えのために駅に向かっていると、歩道に白い杖を持った人が立ち止まっていました。
黒い眼鏡をかけた、まだ少年と呼んでいいぐらいの、若い視覚障害者のようです。
通り過ぎる人たちに小さい声で何か言っているようなので、近づいて「どうかしましたか、駅に行くの?」と声をかけてみました。
「いえ、イトーヨーカ堂に行きたいんですけど」
どう行ったらいいかわからない、ということでしょう。そこから目的地に行くには信号を渡って少し歩かねばなりません。
誘導帯というのか、黄色い帯がつながっているような大きな道ではなく、一人で行くのは無理です。
急いで時計を見て、往復しても電車の時間に間に合うのを確認しました。

「じゃあ一緒に行きましょう」ということになり、相手は私の出した腕に軽くつかまって歩き始めました。
ヘルパー講習で眼帯をして歩いたりその付き添いをする実習はしたことがありますが、実地に生かすのは初めてです。
「信号を渡ります」「右に90度曲がります」「ゆるい坂を下ります」などと声をかけると「はい」と短く答え、
「段差があります」と声をかけると杖でずずっと地面をなぞり、慣れた様子ですいすい歩きます。
私は歩くのが早いほうだし、急いでもいたのでけっこうサッサと歩いていたのですが、
「早くないですか」「大丈夫です」と、不都合はない様子でした。
杖だけで歩くのよりは、人の腕につかまると安定感がだいぶ増すのだろうと思ったことでした。
そう言えば若いころ、信号を渡ろうとしている白い杖の人に「ご一緒しましょうか」と声をかけたら、腕につかまらせてくれと頼まれたことがあったのを思い出しました。

イトーヨーカ堂に入り、「どこに行きますか」と聞いたら「インフォメーションに行けたらいいんですが」ということだったので、サービスカウンターまで同行して、あとは店員さんにお任せして駅に向かいました。
時間があったらいろいろ話をしたいところでしたが、息子のお迎えも大切な仕事なので仕方ありません。
相手はきちんとお礼を言ってくれたし、貴重な体験ができて私もいい勉強になりました。人様のお役に立てるというのは、基本的に、とても気分のいいものでもありますね。
駅の前でどれだけの人に無視されたのか知らないけど、人の好意を求めてそれに素直に甘え、毅然とやりたいことを実行するという姿勢には学ぶものがあると思いました。

そのあと息子を迎えに行って、帰りの路線バスに乗ったときのこと。
一人で乗っていたおばあさん(80代?)が、バスの中に紐で吊るしてあるチラシを取ろうとしていました。2、3枚いっぺんに引っ張っているために千切れないでいます。手こずっているように見えたので、私が声をかけながら横から手を出して一枚めくろうとしたら、「余計なことをするな」と怒鳴られてしまいました。
おまけに降りるときには何か捨て台詞を吐いてました(聞き取れなかったけど)。
思うように指が動かない自分の老いに腹を立てたとか、人嫌いの意固地なおばあさんだったとかいう可能性もあるけれど、おばあさんにとって私の行動は迷惑な「好意の押し付け」だったのかなあと考えてしまいました。
ストレートに求められない限りお節介するべきではないのかしら。「一枚お取りしましょうか?」と丁寧に訊ねて、許可を得てから行動に移すべきだったのかな? 
そんなこと言ってたらボランティアする人なんかいなくなりそうだけど。
posted by dashi at 23:23| Comment(4) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年04月09日

入学式

きょうは息子の学校の入学式・始業式でした。
一般の学校では入学式を迎える子の保護者だけしか出席しないと思いますが、息子の学校では基本的に全保護者(ほとんどは母親だけ)が参列します。学校だけでなくPTA全体で新入生を歓迎するわけで、温かみのあるなかなかいいシステムだと思います。
小学部から高等部専攻科まで14学年あって、ウチの子は小学部から入学したのでもう14回目の入学式です。私も「いよいよ今年が最後だなあ」とちょっと感慨にふけりました。
最初のときは別居していた父親(夫)も出席してくれて、親子3人での入学式でした。娘二人のあと生まれた待望の男の子が養護学校に入ることになって、複雑な思いがあったことでしょう。息子のそばに寄ろうともせず、ほとんど口をききませんでした。
来春、最後の卒業式には出てくれるものか、声はかけるつもりでいます。

新入生紹介というのがあって、名前を呼ばれると親子揃って立ち上がり、お辞儀をします。
きょうは平日ですが休暇をもらったものか、大半のお父さんも顔を揃えていました。
毎回入学式で初々しい新入生を見るたびに、息子もこうだったなあと懐かしくなります。小学部の新入生なんかホントに可愛い。(小さい子というだけで可愛いと思えるのは、私も孫を持つような年齢になったからかもしれません)
新入生が最前列で、在校生、その後ろが保護者席ですから、背の低い小学部の新入生などは私たちには見えなかったりします。駄々をこねたり脱走しようとするのも、それもまた養護学校ならではの光景で微笑ましい。
子どもが小さいときは先行きが不安で、これからどうなるのかと心細い思いをするものです。きょう入学式に出ていた新参の保護者も、一般の学校のような晴れがましい笑顔というよりは不安そうな表情が多いように思いました。でも、子どもと一緒に親も成長するはずだから、卒業を迎えるころには悟りも開けていることでしょう(希望的観測)。

帰りのスクールバスに乗せてもらうことにしました。
保護者と一緒に車や公共機関で帰宅する子が多く、バスはがら空き。好きな席にどうぞと言われて座っていたら、去年入学したダウンちゃんが先生に連れられて乗って来ました。
この子が、お母さんが来ていないのに気づき泣きわめいて降りようとするのを、先生やバスの添乗員さんがなだめて止めています。
お母さんは子どもをバスに乗せて、自分はバスポイントまで自家用車で帰ろうとしていたようです。
学校に駐車場がないので離れたところに車を置いてきて、そこまで子どもを連れて行くのが大変だったのかもしれません。入学式でいつもよりは改まった服装なのに、子どもは歩くのが嫌になったら容赦なくおんぶやだっこをせがんできますからね。

通路の床に寝ころがって泣きわめくのを、「そこじゃ踏まれるよ、こっちにおいで」と私も席に引っ張り上げようと試みましたが、見かけより重い子(骨太?)の上に必死で抵抗します。うっかり引っ張って骨でもはずしたら大変なので、すぐやめました。
そのまま強引にバスを出すこともできるわけですが、この学校では無理強いするようなことはほとんどありません。様子を見ていた先生が諦めた様子でお母さんを呼びに行ってくれ、結局この子はバスから降りました。
添乗さんが「お母さんが来たよ、よかったねえ」と優しく話しかけながら小さいリュック(通学カバン)を背中に負わせると、その子はすぐ泣き止んで立ち上がり、嬉しそうにお母さんに抱きついていきました。
「勝ったね。粘り勝ち」と小さい背中に声をかけて笑ったことでした。

それにしても、その子の降りたあとにしみじみと「あれくらい思われてみたいわねえ」とつぶやいた私でした。
お母さんと離れるのが嫌で泣きわめき、お母さんが現われると大喜びで飛びついていく。
お母さんの背中が大好きで、おんぶされたまま安心して眠ったりもする。
時にはうっとうしくもあるけど、そこまで慕われたら母親冥利に尽きるというものではないでしょうか。
自閉症では期待できない場合が多いと思います。

息子の首がしっかりすわったら、私は次女に使っただっこひもを使うつもりでした。輸入品でけっこう高かったのに、子どもが少し大きくなったら窮屈になって長くは使えず、まだ新品同様だったのです。
もう今は使う人もいなくて生産されてないのかどうか、検索してみても見つかりませんでした。デニムの丈夫な生地の二重構造(前面にファスナー)で、カンガルーの袋みたいにすっぽりと入れた赤ちゃんを、身体の前で向かい合わせに固定するものです。ひもではなくて、ハンモックに手と足を出す穴を開けたみたいな感じでしょうか。
おんぶより、見えている分安全で、そそっかしい私が赤ちゃんを何かにぶつける心配もあまりありません。

ところが、息子はこの抱っこひも(袋)をとても嫌がったのです。腕をいっぱいに伸ばして突っ張り拒否します。身体を拘束(密着)されるのが嫌いのようで、おんぶもそっくり返って危険なのでほとんど出来ませんでした。
自閉症児の親同士で話していると、おんぶが出来なかったという話はよく聞きます。多動の子などはおんぶが出来ると親は助かるはずですが、そういう身体的接触は嫌がるようですね。
ついでに言うと、あやしても笑わず、ほかの子と一緒に遊ぶということも出来ませんでした。今も、自分の部屋に一人でこもっているのが何より好きなようです。
でも外出はしたがるし学校にも喜んで(?)行くので、まあ、これでいいのでしょう。
入学式から脱線しました。
posted by dashi at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症関連

2007年04月08日

投票

きょうは我が家の有権者3人揃って投票に行ってきました。
県知事、県議会議員、市会議員の選挙がいっぺんに行われた合理的な選挙日です。開票作業は大変だろうけれど、3回に分けるよりは経費も大幅に節約できるだろうし、棄権する人も減ることでしょう。
ただ私について言えば、街頭演説などに行きあっても、誰がどれに出ているのかよくわからないままでした。ポスターもあまり見かけなかったように思います。
昔と比べたら選挙違反の摘発が厳しくなったからか、電話がかかったり知人から勧誘されるようなことも全くなくて静かなもの、選挙があることを忘れそうになるくらいでした。
誰に入れたらいいかわからないよ、とぼやく娘を「それでも行かなきゃ」と連れて行きましたが、娘の世代(20代前半)では棄権する人も多いようでした。

ところで投票所には息子も連れて行き、外の廊下で待っていてもらいました。
「来年は○○くんも投票出来るよ」
と息子に話しかけると、娘からは「代わりに投票するのは駄目なんでしょ。みんなどうしてるの?」ともっともな疑問。
息子はこの秋で20歳になるので選挙権を持ちますが、最重度の知的障害者ですから投票はもちろん無理です。
無理だけど、選管で振り分けられるわけもなく、平等に投票用紙は送られてくるそうです。
「「うん、せめて選挙の気分を味わわせてやりたいから、って投票には一緒に行くって人もいるよ」
「白紙で投票するのかな」
「そういう人もいるでしょ」
文字は書けなくても意思表示が出来る人なら、代わりに書いてくれる人が待機していると思いますけどね。

少し前に、(自閉症の)先輩お母さんたちとランチをしたときのことです。
一人のお母さんが、成人後見人がつくと選挙権を失うという話をしていました。彼女が関わっているグループホーム(今はケアホームと呼ぶのかもしれません)に住んでいる自閉症の若者に、該当者がいるのだったでしょうか。
制約は増えるにしても、選挙権を失うというのは知りませんでした。
成人後見人がつくということは、いろんな決定権を人にゆだねる、法的に一人前と認められないということです。だからこそ成人後見人の選定には裁判所の許可など厳しい審査があるわけです。
私としては被後見人が選挙権をなくすのも無理もないと思いましたが、彼女は、
「同じ人間なのに、投票も出来ないなんて、なんだか人間であることを否定されているようで不満」
という意見です。投票に行くかどうかはともかくとしても、権利を奪われるのが許せないようでした。

私は、ほかのお母さんが、
「被後見人は市民税も納めてないわけでしょ。納税の義務を果たしていないんだから、権利ばかり主張したって駄目よ」
と言うのにも一理あると思いました。もっとも、市民税を払ってない(収入がない)けど選挙には行く人もいますけどね。
先のお母さんは、
「わかるんだけど、そりゃそうなんだけど、それでもねえ。人間扱いされてないみたいで嫌なのよね」
と未練たっぷりです。
この人のような愛情をかけてもらえば、世話を受ける障害者も幸せだと思ったことでした。
posted by dashi at 23:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 自閉症関連

「死を食べる」

図書館で衝撃的な絵本を見つけました。
「アニマルアイズ 動物の目で環境を見る」というシリーズのようで、その2、「死を食べる」。偕成社から2002年の3月に出版されています。
http://www.owlet.net/03-hon/siwotaberu/
<自然界の報道写真家>宮崎学さんの、写真がメインの子供向け絵本です。
なんだかギョッとする書名ですが、タイトルどおり「死を食べている」動物たちの姿がなにしろ写真ですから歴然と示され、食物連鎖のありのままが強く印象に残ります。

車にはねられたばかりらしいキタキツネの死骸が道路にころがっています。
著者の宮崎学さんはその死体を観察し、「キツネの血を吸って生きていた」ダニがぞろぞろと這い出してくるのを見ます。
死んだらすぐバクテリアが繁殖して腐敗が始まりますから、ダニも逃げ出すのでしょう。
私は、「そうか、野生のキタキツネにはダニがいっぱいいるんだ。やっぱり野生動物には接触してはいけないな、餌付けなんてもってのほかだ。感染病も持ってるだろうし」とのんきなことを考えました。そして何気なくページをめくると、うっと息を呑む写真が始まったのでした。
死骸を近くの土手に運び、ロボットカメラをセットして一時間ごとに写真を撮ったのだそうです。

ダニと入れ替わりにやって来たのはハエ。目や口元の柔らかい部分に卵を産み付けます。
スズメバチもやって来ました、死肉を食べるのだそうです。
腐敗ガスの影響か2週間後には死体がふくらみ、そのあと孵化したウジ(キンバエ、ニクバエ)が毛皮を食い破ってあふれ出す。この写真は圧巻です。
そして今度は、ウジを食べるためにハクビシンがやって来たそうです。
この写真の脇にある文章に、こんな一節があります。
「キツネにわいた無数のウジが、すべてハエになったら、あたりはハエだらけになってしまう。けれども、そんな心配はない。こうして、ハクビシンのような動物たちが、たくさんのウジを食べることで、ちょうどいい数にへらしてくれるのだ」。
誰が造ったものか、自然界は実によく出来ていますね。

きれいごとだけではない「死を食べる」という現実は、野生の動物だけでなく人間も同じです。
今回息子と出かけた先で、夕食に豪華な刺身の大皿が出ました。赤い魚(鯛の一種でしょうか)の頭と尾は舟型に固定してあり、大きな目玉が空をにらんでいます。
私はカマとか目玉の周囲やほおの部分を美味しいと思うので、刺身より頭の煮付けが食べたいなあなんて思ってしまいました。考えてみるとすごい残酷な発想ですね。死んだ魚がぎろっとにらみつけているようだ、と怯えてもおかしくないシチュエーションなのに。
分厚いステーキを切ったり、網で肉を焼いているとき、牛や豚の死体を切り刻んで食べていることを意識する人はいないでしょう。
でも、実はそうなんですよね。

私たちが他の動物の死体を食べて生きているのは(ベジタリアンでない限り)揺るぎのない事実。ホントは目をそむけるべきでないことなのに、特に子どもたちにとっては「食べるための死」をありのままに見る機