2007年03月31日

過失相殺

可愛がっていたペットが急死したとき、友人のご主人がすっかり参ってしまったという話を聞きました。それまで深刻なトラブル続きにも平静を保ち、さすがに男は違うと思っていた友人にとって、思いがけないことだったようです。
こういうのにはペットロス症候群というれっきとした病名もありますね。高齢者の場合認知症の引き金になることがあるとも聞きます。
「ペットロス症候群」とは「Pet Loss」(ペットを失うこと)による精神的・身体的ダメージを指します。
悲しくて泣き、外出したくない、 誰とも話したくない、 家事が出来ない 。不眠、食欲不振、過食、疲労感、胃痛など、さまざまな症状が現れます。「うつ」と診断されそうですね。

飼い主にとってはそれほどに大きな存在であるペットですが、法律上はペットは「モノ」扱い。ペットの犬を怪我させたり死なせたりしても「器物破損」になってしまいます。
平静11年に春日井市でこんな事件がありました。
散歩中のポメラニアンが、手綱を離れた別の飼い主の犬に咬まれて死亡。ポメラニアンの飼い主が相手犬の飼い主に対し、38万円の損害賠償を請求しました。
判決は6万3,300円の支払いを命じます。毎日散歩させて可愛がっていたことを考慮し、慰謝料3万円を含めての額だそうです。
事故当時の被害犬のような犬の時価は8万円だったそうですが、このポメラニアン(人からもらった犬で血統書なし)は8歳前後ですでに老齢期でした。だから犬の価値はわずか3万3,300円、器物だからこんなものなのでしょうか。慰謝料3万円というのもあんまりな気がしますね。

人が犬に咬みつかれた事例で興味深いものがありました。
平成13年に京都で起きた事件です。
会社一階の階段口付近に鎖でつながれていた犬に、仕事で訪問してきた女性が腕を咬まれた。女性は約5か月の通院(22日ほど)を経て、腕に傷跡としびれの後遺症が残ったそうです。
被害者は飼い主に対し約493万円の損害賠償を求めました。  
これに対し判決は、犬の保管場所は鎖の長さも含め会社の出入りに支障のない場所であり、自ら近寄って犬に触って(! ちょっとびっくりですね)咬まれた女性の過失を6割としたそうです。      
犬の飼い主としては4割の支払いでも不満かもしれませんね。子どもならともかく、いい大人が知らない犬に触るなよ、と怒鳴りたいかもしれません。ただ、それまでにも2回咬み付いた経歴のある犬だったそうなので、裁判所もそこは考慮したのでしょう。

もう一つ、平成11年に愛知県で起きた事件。
道路を歩いていた49歳の男性が、急に現われた犬に左足のふくらはぎを咬まれました。
この犬は飼い主宅の裏庭で放し飼いされていたものの、囲いに隙間があって外に逃げ出した。以前にも咬み付いたことがあったそうです。 
男性は怪我をした上に、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症。その影響で仕事が出来なくなったとして慰謝料を含め1,807万円の損害賠償を求めました。
これに対し判決は4割減額した790万円の支払いを命じました。「PTSDには個人差がある」という判断で、過失相殺の法理を類推適用したのだそうです。
(以上事件のネタ元:http://homepage2.nifty.com/dragonsam/ryoko_126.htm

「PTSDには個人差がある」。どこかで聞いたようなセリフです。
そりゃあ当然個人差はありますよね。同じことをされても怒る人、泣く人、我慢する人いろいろだと思います。怒って倍返しする人はPTSDにはならないでしょう。
過労によりうつ病を発症して自殺した小児科の医師に対し、「うつの発症には個人差があるから、労働時間との因果関係は認められない」として労災が門前払いだったのに、先日、裁判で一転認められるということもありました。
なんだか、PTSDやうつを発症するのは本人の過失と言われてるみたいですね。繊細で心優しき者には住みにくい社会かもしれません。
安易に個人差で片付けず、常に誰もが納得のいくような過失相殺にしてほしいと思います。
posted by dashi at 22:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題

低い窓

福岡の高裁で先日こんな判決があったそうです。
http://kanz.jp/hanrei/detail.html?cat=12&date=20070327&idx=1576
高さ73センチの腰高窓から身を乗り出して洗濯物を干していた主婦が、転落して頭を打ち急性硬膜下血腫で亡くなった。その遺族が、主婦が転落したのは低い窓に手すりがなかった建物の欠陥のせいだと主張して、大家を訴えた裁判です。
裁判所は原告の言い分を認めて治療費、葬儀費用、逸失利益や慰謝料の支払いを命じますが、過失相殺で原告の負担を1割だけとしました。亡くなった主婦に9割の過失があるとしたわけですね。

現場となったアパートは築30年になるけれども今まで事故がなかった。
被害者はそこに2年住んでいて窓が低いのは熟知していた。
窓の高さが一般に適当と考えられている65p(子どもが足をかけてよじ登れる高さ)〜85cm(幼児の転落を防止するに足る高さ)の範囲内である。
物干しは蛇腹部分がさび付いていて動かず、身を乗り出さなければ干せない状態であったけれども、被害者が大家に対し修理や交換を求めたことがなかった。
ほかの居住者も含め、今まで手すりの設置を要求したことはなかった。
、、、ことなどが勘案されたようです。

遺族としては9割もの過失というのは納得できないかもしれませんが、私の個人的な感想としてはしごく妥当な判決に思えます。たしかに手すりがあったら防げたのかもしれませんが、これはやはり、不幸な事故と言うべきでしょう。
2年も毎日のように使っていた物干しで慣れていたでしょうに、よほど干しにくいものでもあっていつもより身体を乗り出したのでしょうか。
高層マンションならいざ知らず、アパートの2階から落ちたぐらいで亡くなるというのも、よほど打ちどころが悪かったのかもしれませんね。お気の毒なことでした。

普通に判断力のある人なら気をつければいいことですが、言ってもわからない幼児や知的障害児(多動の子はなおさら)、認知症のお年寄りなどに対しては周囲が配慮し、危なくない環境を整える必要がありますね。
私の息子が養護学校の小学部高学年のとき、校舎建て替えの間プレハブの教室だった時期がありました。
初めて入った二階の教室で、窓が低いのには驚きました。65〜85cmの範囲が一般的なら、大量生産される(たぶん)プレハブ住宅の規格もそれに沿っていたのだと思いますが、養護学校なのにこれでは危ないと思いました。
担任の先生にそう言ったらすぐ手配してくれて、手すり代わりの幅10cmぐらいの板を全部の窓の下の方に釘付けしてくれました。その板をよじ登ろうとした子がいた、というのをあとで聞き、板がなかったら転落していたかもと思ったことでした。

低い窓と聞いて思い出すのは、息子がまだ障害児とわかる前に住んでいた北京の高層住宅です。
窓が極端に低いわけではないけど、手すりがなくていきなり外(空)という窓だったのです。手すりの高さに比べるとだいぶ低くなるわけで、とても怖く感じました。
またスライド式ではなくて、ハンドルをはずし外に突き出して開く窓でした。勢いよく開くと飛び出してしまいそうです。
小学生だった娘たちには窓のそばには近づかないようにきつく言い、ベランダにも一人では出ないように言い聞かせました。ベランダには手すりがなく、その分低い壁だったのです。
夫が個人負担で工事を依頼して手すりを取り付けてもらうまでは、子ども(とくに息子)がベランダに出ないように気をつけました。それ以降もあまり出る気になれませんでした。
たしか天安門広場を望める見晴らしのいいベランダだったと思うのですが、そのベランダでゆっくり外を見たのは、旧正月を祝う爆竹で白く煙った街を俯瞰した日ぐらいだったと記憶しています。

高層階のベランダでは昨年だったかこんな事件がありました。
「こうやって降りれるんだよ」と雨水用(?)のパイプを伝って下の階に降りて見せようとした子どもが、手を滑らせたのか友だちの目の前で転落、即死。
子どもは何の考えもなく危険な遊びをしたがるものですよね、怖がりの私ですら高い塀の上を平気で歩いていたのを覚えています。
ホテルのベッドで飛び跳ね、窓から転落して亡くなった子どももいたと思います。重力の影響を受けて生きている以上、高層階の窓はあの世の入り口。うっかり飛び込ま(せ)ないように気をつけたいですね。
posted by dashi at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年03月30日

五体不満足な人生

「五体不満足」でおなじみのスポーツライター乙武洋匡さんが、4月から杉並区で小学校の先生になるそうです。
http://www.ntv.co.jp/pda/news/79611.html
去年3月の法律改正で市区町村が直接教員を採用出来るようになったとかで、杉並区が直接採用を決めた。みんなと一緒に教員採用試験を受けたというわけではないようですね。
私の甥が、教員採用試験を受けるためにピアノの練習をしていたことがありました。何メートルだったか泳げないといけないからとプールにも通っていました。
普通の条件ではオトくんの採用は難しいでしょうし、特別枠のような感じでしょうか。特定の教室で担任を持つより、全部の学校を回って生きた授業をしてほしいものだと思います。

サリドマイド禍で両腕の(ほとんど)ない辻典子(現:白井のり子)さんのことは以前ここでもご紹介しましたが、主演したドキュメンタリー映画「典子は、今」の、足の指でミシンに糸をかけて縫い物をするシーンや、足でカレーを作る映像はとても感動的でした。
残存能力をいっぱいに生かしたたくましい前向きな姿に、どれだけの人が勇気づけられたことでしょう。全国からファンレターが毎日ダンボールで届いていたそうです。
オトくんの場合は手の代わりをする足もないわけですから、のり子さんよりさらにハード。
いつかテレビの画面で、バスケットに興じるオトくんの姿を見て驚きました。
わずかに残った腕でドリブルしてちょこちょこ走っていました。とても自然で楽しそうで、「障害があるのは不便だけど不幸ではない」という言葉が実感されました。
明るく自然にその運命を受け入れているオトくんの姿には、子どもたちにとって学ぶものが多いと思います。杉並区といわずほかでも出張授業をしてほしいですね。

ところで上の二人は生まれつき、先天的な障害ですが、明治の時代に後天的四肢障害を負った中村久子という女性の存在を、先日知りました。
生まれたのは1897年(明治30年)、明治大正昭和と生きて1968年(昭和43年)に脳溢血で亡くなりました。
岐阜県高山に生まれ、左足甲の凍傷から突発性脱疽になり、3歳のとき両手両足を切断します。就学年齢になっても、身体障害のため学校には行けませんでした。
父が亡くなり、再婚した母は久子女史が独り立ち出来るように厳しくしつけたそうです。
泣きながら箸を使い針を使って、生活に必要なスキルはほとんど身につけていきます。最終的に彼女に出来ないことは、帯を結ぶのと髪を結うことだけだったとか。
20歳から生活のために興行界に入り、そのスキル(裁縫など)を見世物小屋で披露し、「だるま娘」と呼ばれて評判だったそうです。腕はひじの上、足はひざの上まであったそうですから、根元からないのよりはいくらかラクだったかもしれません。

仕事仲間と結婚して出産もしています。先立たれて再婚したり、離婚再婚もと波乱万丈な人生です。
芸人生活は41歳でやめて上京、講演や執筆活動、書も残しています。
41歳のとき来日したヘレン・ケラーと会見した際には、自分で作った人形を贈り、ヘレン・ケラーを感涙させしめたそうです。HPにその人形の写真がありますのでご覧ください。
http://www.nakamura-hisako.co.jp/
泣きごとを言うのが恥ずかしくなりますね。私も頑張らなきゃ。
posted by dashi at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年03月28日

大貧民とマタイ効果

引き出しの隅にトランプがあるのを見て懐かしく思い出しました。一時期、娘二人や娘の友だちと一緒に「大貧民」に熱中したものです。
トランプゲームにもいろいろありますが、ドラマチックという点ではこれが一番。地域ルールが各種あるそうですが、ウチでやる時はこんなルールです。
「カードは全部配ってしまう。前の人より強いカードを順に出していくゲームで、出せる人がいなくなったところでその巡は終了。最後のカードを出した人が次巡の最初のカードを出す権利を持つ。
最初に出す人は同じ数字だったら何枚出してもよく、ほかの人は必ず同じ枚数を出さねばならない。出したくない場合や手元になかったらパスをする。手持ちがなくなったら勝ち」。
一番強いのがジョーカーで次がスペードのエース、次が(なぜか)2。あとは1の次に数字の大きい方から。ジョーカー(2枚)だけはオールマイティーとして使えます。
たとえば、前の人が6を4枚出して、次に出す自分は7を3枚持っているとする。そこでジョーカーがあれば3枚の7とジョーカーを出すことが出来ると、そういうことです。

弱いカードを何枚も持っていたら、最初に出せる権利がないと処分できません。
4を4枚持っていている時、自分の前の人が3(一番弱い)を3枚出したとすると、4を3枚いっぺんに出せるチャンスです。最初以外で4を出す機会はもうないかもしれません。
でも、最初に出す場合は4枚揃っているのは(めったにないから)圧倒的に有利。ほかに4枚出す人がいないと、また最初にカードを出すことが出来ます。
ここでパスをするか、4を一枚手元に残して3枚出すか、判断が分かれるところです。
どうすれば自分のカードを残さず出してしまえるか、手元のほかのカードと場に出たカードを見て判断するわけですが、頭の良さや性格、決断力、運の強さが試されることになります。

そしてこの大貧民ゲームの面白いところは、2回目以降は前回一番先に上がった人(大富豪)はビリ(大貧民)にいい方から2枚のカードをもらい、いらないカードを2枚渡す(つまり交換する)ことが出来るのです。
富の集中が行われるわけです。普通、いいカードを2枚失い弱いのが2枚増えたら絶対的に不利。大貧民は次も負けて大貧民のままかせいぜい平民(大富豪、大貧民以外)になれるぐらい、大貧民が大逆転で勝てることはめったにありません。
こうなると俄然やる気を失い、愚痴を言うような人もいます。一方めげずに沈着冷静に作戦を考え、見事逆転して大富豪にのし上がる人もいます。
運に大いに左右され恣意的に出来ることには限りがありますが、その人の本性がむき出しになるようで、見ていて興味深いですね。
なお、5人以上でやるときには大貧民、大富豪以外に貧民と富豪も設定(残りが平民)し、それぞれ1枚ずつ交換します。

何回やっても大貧民から脱出できないのは、さしずめワーキング・プアでしょうか。いじけたりすねたりします。大富豪は優良株を召し上げてますます資産を増やし、余裕の笑みを浮かべます。
格差社会の縮図のようなゲームだと思います。たまに運と才気に恵まれて驚異的な成り上がりを果たす人もいるのと同じように、大貧民が大富豪と入れ替わることもありますね。
こういう奇跡もたまには起こるけれど、普通は富める人はさらに富み、貧しい人はさらに貧しくなる場合が多いと思います。
社会心理学では、こういう現象を「マタイ効果」と呼ぶそうです。
由来となるのは新約聖書・マタイ伝のこういう文句。
「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書第13章12節)。

ノーベル賞をもらうような有名な学者はますます高名になり、優れた研究をしていても無名な学者はさらに不遇をかこつ。
チームで仕事をしたとき、その中に有名人や上司がいたら、チームの業績はその人たちの名声をさらに高めるのにだけ役立つ。それ以外の人は報われない。
科学の分野では、ある原子のところには同じ原子が集まる傾向がある、という意味での使われ方をするようです。
いろいろと応用が出来そうな用語だと思います。
posted by dashi at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年03月27日

野暮用のため、、、

きょうは途中まで書いたところで野暮用が入り、間に合いそうもないので更新はお休みさせていただきます。すみません。

ウチの近くの桜も少し咲き始めました、明日はぱあっと開くかもしれませんね。春らしくなりました、どうぞよい一日を。
posted by dashi at 23:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年03月26日

クイズ

日曜日の昼間に家にいたら、アタック25を見ます。児玉清さんの嫌味のない司会も好感を持てるし、答え(字幕)が即座に出るところも気に入っています。目下私の好きなクイズ番組はこれだけ。
昔はタイムショックとかジェスチャーとか、クイズ・グランプリ、そんなに古くなくても連想ゲームとか、スピード感のあるクイズ番組も多かったです。
クイズダービーは、放送局にコネのある友人が見に行って、(例の二人だけに)答えを教えてるんだよ〜と怒ってましたが、そんなことを承知の上でも楽しめる番組でした。
いったいいつから、特に民放では、うんざりするくらいのばしまくるクイズ番組が席巻するようになったんでしょう。見てる人は、解答の前にコマーシャルが入ったり、同じ映像が繰り返し流れてもイライラしたり白けたりしないんでしょうか。
昔は好きだった「クイズ 世界ふしぎ発見」も、ショー化が進んで面白くなくなりました。
「みんな解答なんかどうでもいいの。真剣に見てる人なんかいないから」と娘は言いますが、ずいぶん視聴者をなめたやり方じゃないのと個人的には腹を立てています。あまり見ませんけどね。

何年か前に我が家で話題になった、古典的な算数クイズをネットで目にしました。こんな問題です。
「旅館に3人連れの客が泊まりに来た。宿代は一人5000円と言われ、女中さんに15000円払った。女中さんが15000円を持っていくと主人は、今日は3人で10000円でいいから5000円は返すように言った。女中さんは5000円は3人では割り切れないから2000円はもらってしまおう、と3000円返した。お客一人4000円なので3人で12000円、それに女中のネコババ分2000円で計14000円。もともとお客3人が払ったのは15000円だった。残りの1000円はどこへ消えた?」
3人で12000円、というところがアヤシイと思うのですが、うまく説明できません。
理科系の秀才に聞いてみました。相手はなぜわからないか理解できない様子で「払ったのは4000円じゃないでしょ」と言うばかり、この詭弁を打ち破れないままです。

電車の中で見かけた城南予備校のクイズに「円周率が3.05より大きいのを証明せよ」というのがありました。帰って城南予備校のHPで解答を見たら、東大の入試問題だそうで、sinを使うようでした。サインコサインタンジェントってたしか習ったけど、こういうところに使うものだったのか、、、こりゃ無理だと読むのをすぐ断念。
「四角い頭を丸くする」というシリーズ(日能研)は小学生向け(中学入試問題)で私にも出来たりします。ああいうもので勉強の面白さに目覚められれば幸せですね。
http://www.nichinoken.co.jp/sikakumaru/mondai/f_mondai_01.html
女優の菊川怜さんが、東大に入れたのは塾で習った算数のおかげだと言ってました。数学のみならず、好きになるのは教えてくれる先生次第と言う面はあるでしょうね。

私は数学は苦手ですが、連立方程式はクイズみたいで好きでした。就職試験に
「いくらいくらで仕入れた商品を何割引で売ったらいくらだった。仕入れ値は」
なんて出たのを覚えてますが、案外日常生活でも役に立つことはあるような気がします。
小学校で習う「比」も使いますね。a:b=x:yのときay=bx、内項の積イコール外項の積というやつ。
ケーキ焼くときにレシピの量通りに作らない場合、材料の増減に必要。算数習っててよかったなと思ったりします(レベルが低いですね)。

パソコンに入っていた「クイズの楽園」の問題に、半径3センチの球体の体積は? というのがあって、全くお手上げでした。
調べてみたら球体の体積を求めるには「3分の4×π×半径の2乗」という公式を使うらしい。たぶん高校あたりで習ったと思うのですが、全然記憶にありません。
仕事で使う人にとっては常識なのでしょうが、私にとって球体の体積が必要となる場面は思いつきません。
日常生活で全く使う機会もない知識は脳の奥底にしまいこまれるのでしょう。それを引き出すネットワークが私の脳には出来てないのだと思います。たしか「海馬 脳は疲れない」に、「記憶を消すことは出来ないから、忘れるということはない」と書いてあったと思うので。
まあ欲は出さないで、ボケ防止にクイズを楽しめたらいいかと思っています。
posted by dashi at 23:58| Comment(12) | TrackBack(0) | 趣味

2007年03月25日

命拾い

日曜日の昼間に起こった地震。テレビの画面に釘付けになり「えらい揺れだねーー」と娘と話したことでした。
一報を聞いて「原発は大丈夫か!?」と心配になった私。能登半島近辺にあると記憶していました。
少し古いデータですが、震源に近いところにたしかにあるようです。
http://sta-atm.jst.go.jp:8080/atomica/pict/02/02050105/03.gif
隠蔽体質が明らかになって反省の姿勢を見せた直後だから、何かあってももみ消されることはないでしょうか。
地震国日本で原子力発電所を作るのは、やはりとても無謀なことに思えます。地震がなくても臨界状態になる危険なものらしいですからね。
いったん事故になればひどいことになるのはチェルノブイリで実証済み。風力発電や太陽光発電など、コストの問題をクリアして、早く安全な発電方法にシフトしてほしいものだと思います。

ちょっと驚きましたが、新幹線の復旧はずいぶん早かったですね。それなりに丈夫に作ってあるということでしょうか。
高速道路らしきところの山肌を走る部分が激しく崩れ、その先の橋梁になった部分は大丈夫そうな映像がとても印象的でした。
亡くなった方もいらっしゃるし怪我された方もお気の毒ですが、揺れの割には人的被害は少ないように思いました。人口密度の関係でしょうか。みんなが寝静まった夜中や早朝(阪神大震災のような)なら被害はもっと大きかったかもしれませんね。
まさに危機一髪。全壊した家の中で、柱のすきまに入っていたため無傷で救出された女性がいたそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070325-00000077-jij-soci
50cmくらいの狭い空間に入り込んでいて、救助隊員の呼びかけに「痛いところはないが、窮屈やな」と応じたとか。

すきまで命拾いと言えば、中越地震の土砂崩れで車ごと生き埋めになり、4日後に奇跡的に助け出された坊やがいました。
お母さんとお姉ちゃんは亡くなったけど、この子はシートとシートのすきまにすっぽりはまり込んでいて助かった、と当時報道されました。怪我もほとんどないようでしたね。
そのときの県道が2年半たってようやく復旧され開通したそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070325-00000037-mailo-l15
坊やももう5歳になりました。せっかく拾った命だし、元気に長生きしてほしいですね。

阪神大震災のとき、尼崎に住んでいる私の義兄も命拾いしました。
何度も大きく報道された、倒壊して横倒しになった高速道路。義兄は毎朝あの道路を利用して通勤していました。
地震当日もあの現場を、ほんの5分だか10分だか前に通過したばかりだったそうです。
無事だと伝えたくても電話が通じない。家にいた姉はずいぶんやきもきしたらしいですが、どうしようもありませんでした。
私も姉3人の家族が関西に住んでいるので安否を知りたかったのですが、連絡は全くとれず。姉の一人が九州の実家に「みんな無事だから」と電話したのを、当時はまだ元気だった母が伝えてくれました。
神戸の姉の家では「割れるものは全て割れ」、駅の反対側は壊滅状態だったそうです。

今回の地震のニュースで阪神大震災の記憶が甦りました。
余震もしばらくは続くのではないでしょうか、片付けも気の重い仕事ですね。テレビのインタビューで「どうしたらいいのか」と途方に暮れた様子の人を見かけましたが、突然何もかも奪い去る地震は本当に怖いと思います。
襲われたらどうしようもないけれど、買物に出た際に非常用の「釜飯パック」を買い求めて気休めとした私でした。
posted by dashi at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年03月24日

階段上り

息子と散歩に出て、バス通り沿いにかなりの距離を歩きました。
その途中に横断歩道のない大きな交差点が二つありました。危険を覚悟の上信号無しで横断するか、大きく迂回するか、残りは横断歩道橋を渡るかです。
息子の教育上信号のないところを渡るのは避けたいので、踊り場つきのらせん型歩道橋を上りました。道路の幅だけの距離を進むために、軽く4,5倍の距離を歩かされる感じです。
交差点から歩行者を締め出すことで、おそらく慢性的な渋滞が解消されるのでしょう。車優先社会の見本のようなものです。

息子は一段抜かしでひょいひょい上って行きます。若くて元気な人にとっては苦にならないのでしょう。
でも身体、特に心臓が弱い人とか、足が痛かったり疲れていたり、高齢でしんどいという人にとっては、とても腹立たしいことだろうと思いました。ベビーカーの人は遠回りして横断歩道のある道を選ぶのかもしれません。
歩行者をなんだと思っているんだ、と不愉快にはなりますが、私は、階段を上ること自体は悪いことではないと思っています。ダイエットと心臓のためには、階段上りはとても効果があると身をもって経験したからです。

昔聞いた話ですが、友人がジムやエステに通ってダイエットしたら、1キロにつき1万円の経費がかかったそうです。「みんな、だいたいそれくらいかかるみたい」と言われてダイエットを諦めた私でした。
だから私が一昨年ダイエットに成功(と言うほどでもありませんが)したとき、カネがかからなかったのはちょっと自慢でした。間食をやめて油ものを絶ったこととともに、効果を実感したのが階段上りです。
駅など階段があるところは積極的に上りました。ちょっと上っただけで汗ばんだりして、短時間で効率的に運動できると思いました。
途中で休んだり速度をゆるめて自由に調整できるのもいいですね。エレベーターがあるところなら途中までということも出来ますし。

ダイエット中、ヘルパー講座受講のため週一回教室に通いました。
教室はビルの7階にあり、もちろんエレベーターも2基ありましたが、時間が許す限り階段を使うことにしました。
初めのころは3階分も上ると息が切れ、踊り場で休んでは上るという有様。
そのうち5階まで一気に上れるようになってそこの踊り場で息を整えていると、「下から上ってきたの?」と声をかけられました。5階の階段脇に掃除道具置き場があって、作業服姿の女性が片付け作業していたのです。
「はい、太りすぎたから痩せようと思って」と荒い息で答えると、エライネとほめてくれました。
その後、ゆっくりなら休まないで7階まで上がれるようになり、継続は力なりを実感しました。階段を上るのがラクになったのには、太ももの肉が落ちたのも大きかったと思います。

以前は階段は敬遠していましたが、今はエスカレーターが併設してあってもなるべく階段の方を上るようにしています。すぐ息切れして休んでいたのが、ゆっくりなら苦もなく上れるようになりました。
階段を上っていれば、油断してリバウンドしかけるとタチマチ身体が重く感じられるので、ブレーキになるという面もありますね。
それまでは見ると避けていたのに、階段があると「タダでダイエットするチャンス!」と張り切って上る気になるのだから単純で可笑しいですが、ホント、ものは考えようだと思います。

心臓から出てきて足の先まで巡った血液を、重力に逆らって上向きに流れさせるのはふくらはぎの強力な筋肉群。ふくらはぎは心臓と同じ横紋筋で出来ていて「第二の心臓」と呼ばれているそうです。
階段を上るのは、ここを鍛える意味でもとてもよさそうですね。ホントは後ろ向きに昇降するのが何倍も効果があるらしいです。
余談ですが、ふくらはぎの中央より少し上、つかむと痛みを感じるあたりにツボがあります。そこを刺激(さするだけでOK)するとポカポカしていい気持ちですよ。足が冷えて眠れないときなどに是非お試しください。



※こちらの不手際で、記事のフォント(文字の大きさ)が何度も変わってしまいました。今ので決定するつもりです。失礼しました。
posted by dashi at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年03月23日

付加価値

信号待ちをしているときにふと思いました。日本って豊かな国だなあ、日本人っていい生活してるなあ。
周りはみなピカピカの高そうな車。ぶつけたのをそのままにしている車もあまり見かけませんよね。見た目だけでなく、日本は車検制度があるから、ひどく古いのや整備してない車ってあまり走ってないと思います。
世界には、ほこりまみれのおんぼろ車にしか乗れない国もたくさんあるというのに。
飽食の時代と言われたのはもうだいぶ昔のことになりましたが、今の子どもたちって、ほしいけど買ってもらえないものなんてあるんでしょうか。もうたいていのものは間に合っている感じですね。

毎年、保険の更新をすると営業さんが「雑巾にでもしてください」とタオルを置いていきます。
バザーには必ず出品されることからもわかるように、タオルは需要をはるかに上回って流通している商品ですね。贈答用が大半らしいですし。
足りているものを贈るなら、そして喜んでもらいたいなら、プラスアルファがほしいですよね。
私が昨年もらったプレゼントのタオルは、夏みかん型にラッピングしてあるものでした。小さい葉っぱがアップリケしてあるオレンジ色のタオルを丸めて包んであるだけですが、思わず「可愛い!」と叫び、くれた人も嬉しそうでした。
少し遠くの大きなホームセンターではケーキ型やデザート型のタオルも見かけました。タオルだから値段も手ごろだし、ちょっとしたプレゼントにはサプライズつきでいいと思います。

最近は卒業などでお別れする人に、刺繍で名前を入れてもらったタオルを贈ったりしています。ハンドタオルからバスタオルまで各種サイズあるタオル(多少割高)に、サービスで刺繍してくれます。
中国製の安いタオルに対抗するには、こういう付加価値が大事になるでしょうね。
大手のおみやげ屋さんでは、浮世絵の絵柄に文字を入れるといったサービスをしているようです。
http://www.rakuten.co.jp/miyage/445679/1770478/
白いタオルに店名を入れただけのものは、今はもうダサいと言われるかもしれませんね。

文字を入れるといえば、リンゴにシールを貼って好みの字を入れるサービスもあるようです。
http://www15.plala.or.jp/smilecafe/fruits/apple/2004_mojiiri/page_thumb3.html
安くはないでしょうが、インパクトは抜群ですね。
同じ文字を入れたのを大量にまとめて出荷する方が生産者としてはラクでしょうけど。

こちらはガラス製のリンゴ型ペーパーウェイト。文字を入れるのは彫るだけだからなま物相手よりは簡単そう。ゴージャスなプレゼントですね。
http://www.satoh-glass.com/aring_moji.htm
誕生祝、還暦祝などにフォトフレームやグラスほか、いろいろあるようです。
お祝いで(特に女性に)受けそうなのがこれ。なんと花に文字を入れるサービスです。その名も言花(ことはな)。
http://www.xenlon.co.jp/item/kotobana01.html#list
まだ珍しいと思うので、贈ると驚かれ、感激されるかもしれません。
文字が入っただけでバラが一本3000円(送料込み)になるというのは、究極の付加価値製品と思います。アイデアの勝利ですね。
posted by dashi at 23:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 興味津々

電気ウナギ

品川水族館に電気ウナギが展示してありました。
大きいものは2メートルにもなる巨大なウナギのような姿をしているけれども、生物学的にはウナギとは全く別の種だそうです。デンキウナギ目デンキウナギ科、一属一種。
デンキウナギ目は60種類以上知られ、すべて中央アメリカ、南アメリカに分布しています。
発電する魚というのは古くからいたそうですが、今はごく限られた地方にわずかばかり生息している。そして電気ウナギ以外は弱い電気しか出せず、様子をさぐるためだけに使っていますが、電気ウナギは周囲の状況を知るために弱い電気を出すほかに、護身や捕食のために強力な電気を出すことが出来るそうです。

発電器官が電気を作り出するわけではないので、本当は「発電」ではなく「放電」と呼ぶ方が正しいそうです。
発電細胞(発電する細胞:発電板)が集まって一つの臓器となったものが発電器官(電気器官)。
一個一個の細胞のわずかな電気が何千個と集まって600〜800ボルトの電圧にもなるそうです。
発電細胞は、筋肉細胞または神経細胞が効率よく発電できるように進化したと考えられています。体の大部分を腹巻のように囲んだ形の発電器官(電気ナマズ)もありますが、電気ウナギの場合は腹部から尾部にかけての体幹部分(体長の3分の2)が発電器官。肛門より後ろはほとんど発電器官になるそうです。

電気ウナギは淡水に住んでいて、淡水は海水より電気を通しにくいために高い電圧を発生するということです。
電気ウナギ自身も少しは感電するけれども、厚い脂肪の層(絶縁体になる)があるから大丈夫なのだそうです。たしかに水族館でゆうゆうと泳いでいた電気ウナギは細めの丸太のような身体つきでした。
電気ウナギは濁った水の中に住んでいるので目が退化した(あまり見えない)、と水族館の説明にはありました。
体の大きさのわりに申し訳程度の小さな目を見てナルホドと納得しましたが、実は夜行性の魚なのだそうです。
夜行性ならどうせ見えないでしょうから(深海魚みたいな発光器はないでしょうから)目が退化したのか、退化したから夜行性になったのか、さてどっちなんでしょうか。

餌となる小魚の存在をキャッチすると体当たりして感電(麻痺)させ、捕食するそうです。大きな動物が触れたときも感電させてその間に逃げます。たまには人間や馬が踏みつけて感電することもあるそうです。
感電するのは身体に触ったときだけで、水槽に手を入れるぐらいでは大丈夫。
高圧の電流は1000分の1秒ぐらいの短い時間しか発電しないそうですが、筋肉を激しく動かすのと同じで体力を消耗する。
だから年取ったウナギや疲れたのはうまく発電できないことがあり、それを利用した漁法があるそうです。水面を棒などで叩いて刺激を与え、何度も発電をくりかえさせて、疲れて出来なくなったころに安全に捕獲。
大きな魚だから食べる部分が多くて貴重な食糧なんでしょうか。それとも水族館などに売るのかな。
posted by dashi at 00:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年03月21日

火事

よく通る国道沿いの家で先日火事があり、壁は残っているものの丸こげ。火が上に抜けたらしく屋根に大きな穴が開いているのが遠目にも見えます。
近くに住んでいるらしい知人に会ったので聞いたら、燃えたのは3軒となりの家だったそう。けっこう建て込んだ地域なので「ウチも危なかった。怖かったわよ〜」という言葉が真に迫っていました。
建物自体は古い家だけど(私はもとの家に記憶があったので、建て替えたのかと思っていました)、数年前にリフォームしてモルタルの壁にしたそうです。モルタルは燃えないから中が燃えただけで類焼はなかったのが不幸中の幸いでした。
もとの木造家屋だったら知人の家も丸焼けだったかもしれません。

火事があったのは日曜日の正午近く、その家の人たちはみな出かけていて留守だったそうです。
知らせを聞いて急いで帰ってきたそこの奥さんが半泣きだったと知人は言ってましたが、そりゃそうでしょう、号泣や卒倒したっておかしくないですよね。
昼間の火事だから発見は早かったと思いますが、消火に2時間もかかったそうです。いいお天気だったから炎が見えにくくて、ほんとに消えたか確認に手間取ったのかもしれません。
近隣の区から消防車が何台も集まり、パトカーも来て、片道一車線しかない国道は全く動けない大渋滞。知人は「消防署員の制服(防火服)って区ごとに違うのよ」なんてのんきなコメントをしていました。

「お隣の奥さんは何を持ち出したと思う?」と知人が目をくりくりさせながら聞きました。答えは、なんと「母子手帳」。
窓ガラスが割れたかパンパン破裂音も響き、熱気や地響きなど、やはりかなり不安になる状況だったようです。
危ないから避難しないと、となったときに通帳やハンコ、貴重品じゃなくてなぜか「母子手帳を持って逃げなきゃ!」と思ったそうです。
「そりゃ、カネじゃ買えないけどね」と笑ったことでした。いざとなるとなかなか冷静な判断は出来ないようです。
「何を持って逃げるべきだと思う?」と聞かれて、「もちろん枕よ!」と応じた私。
火事のときに大事に持って逃げたのが枕だった、という笑い話を聞くのでジョークを飛ばしたつもりですが、残念ながら全く受けませんでした。

火事と聞いて気になるのは、火災保険に入っていたのかな、建て替えられるのかな、という点。明日はわが身、他人事とは思えませんね。
私は年に一度、掛け捨ての火災保険・地震保険を更新しています。そのとき長いお付き合い(20年以上)の営業さんから聞いた話。
その人のお客さんの中で、今までに火災保険を使った人はたった一人しかいないそうです。火事は交通事故と違い、そうそうあるものじゃないようですね。
そのお客さんはアパートに住んでいた人で、最初持ち家じゃないから保険はいらないと言っていたけど、営業さんの忠告を容れて契約した。「勧めてもらってホントによかったよ」と感謝されたそうです。

アパートなど借家の場合は、退去のとき原状回復の義務があります。これは法的に規定があり、
「借主は借用物を善良な管理者の注意をもって保管する義務がある(民法400条)」、
「期間満了時には借用物を原状に復して返還する義務がある(民法597条、598条、616条)」そうです。
火災で損失した部屋は大家さんに賠償する責任があり、それをカバーするのが「借家人賠償責任担保特約」。これは単独では加入できないため、家財の火災保険に加入しその特約としてつけることになります。
火災保険はふつう建物と家財にかけますが、最近は臨時に発生する費用(一時的に宿泊するホテル代など)をカバーする商品もあるそうです。
火事自体めったにないことだけど安心代としてそこまでカバーしておくか、(保険料は割高になるでしょうから)費用対効果的に見たらどうなんでしょうね。

日本では失火責任法という法律で、重大な過失がない限りは失火者に加害者責任を問えないことになっています。
重大な過失がある場合でも、現実問題として実際に賠償してもらうのは難しいでしょう。
自分に何の落ち度もないもらい火による火事でも、自分で火災保険に加入しておかないと、誰も補償してくれないということですね。
アパートを焼け出されたとき、パソコンからCDから服から全部失うと馬鹿にならない額になりそうです。燃えなくても部屋の中が水浸しで、家財が全滅になるようなこともあるでしょう。
一人暮らしを始める若い人には、火災保険だけは入っておくように勧めた方がいいかもしれません。

なお、火事にあったらなるべく早く保険会社に連絡を入れるのが大切だそうです。
保険証書などはなくても、保険会社にデータがあるから大丈夫。とにかく火事の一報を入れて判断を待つこと。
時には鑑定人(損害保険登録鑑定人)がやって来て調査し、報告書を作成します。損害の程度をちゃんと査定してないと保険金がスムーズに支払われないこともあるそうです。
思えば保険で車の修理をする時もそうですね、過剰な修理をしないか鑑定人が調査に来るようです。
この鑑定人というのは、日本損害保険協会の認定試験に合格して登録している人たちで、契約者と支払い側両方の利害から離れた中立的な立場。保険の知識はもちろんのこと、建築全般、電気全般、機械設備全般、簿記会計の知識も持ち合わせたプロだそうです。MASTERーキートンもそれですね。
posted by dashi at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年03月20日

洗脳

今日は地下鉄サリン事件から12年になるそうです。
あの日は息子の学校の卒業式の日でした。朝、東京の地下鉄で何かあったらしいと話している人もいましたが、式はごく平穏に行われ、式のあとクラスに戻っての会食や懇談もいつもどおりでした。終わって駅から電車に乗っても変わったことはなく、帰宅後テレビを見てびっくりしたものです。
東京に通勤通学する人も多い地域ですが、あれほどの惨事にも無関係で行われた卒業式。
修羅場となった地下鉄の車両に、乗り遅れた人もいたでしょう。一本早い電車に乗ったり隣の車両に乗って被害を免れた人も多かったと思います。

12年後の今日もやはり卒業式が行われ、私も列席しました。
小さな養護学校なので卒業式と終了式を同時に行い、退職する先生の紹介や皆勤賞や精勤賞の表彰もあります。
在校生の親も一緒に卒業を祝い、式の最後には両側に並んだ保護者が手を伸ばして作ったトンネルを、小さな花束を持った卒業生とその保護者が通るのが慣例です。
卒業生の中には泣く子もいますが、「おめでとう」の言葉と笑顔があふれます。
サリンで亡くなったり、今も身体の障害やトラウマに苦しむ人と、無関係に笑っていられる人を隔てるものは、いったい、なんなのでしょう。
元気で今ここに存在していることは、それだけですごい幸運の積み重ねなのだと実感します。

オウム事件で心が痛んだことのひとつは、傍目には幸福な生活を送っていたと思われる人たちが、一人の男に受けた洗脳で人生を滅茶苦茶に狂わせてしまったことです。
信じられないくらい多くの償いようのない犯罪に手を染め、取り返しのつかない不幸の元凶こなりました。彼らの抜きん出た頭脳が、一人の誇大妄想に利用されました。
彼らは、あの教祖と称する男にめぐり会いさえしなかったら、洗脳されさえしなかったら、たぶんありふれた(もしかしたらハイソな)家庭を持ち、世俗的な幸せに満足して一生を送ったのではないでしょうか。

自首を認められて無期懲役になった医師もいますが、多くの若い人が死刑判決を受けました。死刑を言い渡されてもなお、教祖への忠誠を誓ってはばからない人もいるようです。
彼らはアイデンティティを否定されるのが耐えられずに虚勢を張っているのでしょうか。ホントは、内心自分の犯した罪の怖ろしさに怯えているのでしょうか。殺された人の断末魔に眠りを破られるようなこともあるのでしょうか。
未だに逃亡を続けている人たちは、何を思っているのでしょう。
彼らの洗脳は、一生解けないのでしょうか。
オウムではないけれど、もと新体操の女王とか、ニュースキャスターや女優とかで、洗脳が解けて話題になった人たちがいました。同じような境遇の人のために、彼女らの体験談をもっと聞かせてもらえないものかと個人的には思っています。

私の高校の同級生が某宗教団体の信者になり、高そうな単行本を2回送りつけて来たことがありました。
20代前半から全く付き合いがなく、お互いに結婚した姓も知らない程度の間柄です。誰かから私の現在の住所と姓を聞いて飛びついたのでしょう、手当たり次第に本(教祖の著書)を送りつけているのだろうと思いました。
本代に送料も入れて、それを2回、全くもったいないことをしたものです。せっかくだからと手にすることを期待してのことでしょうが、私は関わりを持ちたくなくて、彼女には連絡を取らずそのままゴミに捨てました。
ベストセラーの上位にそこの教祖の本がよく入っているのはこういうことか、とため息が出ました。
本を送りつけてきた人は、秀才で美人で弁舌が巧みな、特に男子生徒に絶大な人気のある人でした。留学して幸福な結婚もしたと聞いていました。こういう人が、なぜ宗教のとりこになるのかと残念です。

宗教ではないですが、自閉症の息子がお世話になったある女性は、美顔器のマルチ販売に手を染めています。
素朴で優しくてとってもいい人で、犯罪の対極にいるような人だと思っていました。マルチの話を聞いたときはまさかと思い、実際に販売会に勧誘された人や、40万払って買った人から直接話を聞くまでは半信半疑でした。
「やっとの思いで断った」人もいると知り、貧乏人の私に勧誘はしないだろうとは思うものの、もうその女性とは会いたくない。もし会うことがあったらマルチはやめろと言うつもりです。
この女性はたぶん人を疑うことを知らず、販売員に洗脳されて「ホントにいいものだから、みなさんにも勧めてあげよう。みんなで奇麗になって幸せになろう」と本気で信じ込んでいるのだろうなあと思っています。

この女性から美顔器を買った知人(親しくはない)が、夫婦してはまってしまったらしい。ご主人は社会的地位も高い人ですが、職場の女の子たちに声をかけて誘っているという話を先日聞きました。
私に話してくれた人は知人と親しく、ご主人が失職するんじゃないかと心配していました。
かなり高収入だし資産もある人だそうですから、カネが目当てとは考えにくい。頭もいい人だろうに、洗脳されたんだろうなあと気が滅入ります。

それにしても、洗脳という表現はいい得て妙だと思います。ほんとに脳をじゃぶじゃぶ洗って一から作り変えるイメージ。
広辞苑によれば、第二次大戦後の一時期、中国の思想改造をbrain washiingと評したものの訳語らしいですけどね。
posted by dashi at 23:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題

2007年03月19日

百聞は一触にしかず

夕食の支度をしながらラジオを聴いていたら、自宅で視覚障害者向けの「手で見る博物館」を開設している桜井政太郎さんのお話がありました。
もう20数年も前から自宅の部屋や別棟を博物館として提供していて、長年の功績に対し今年の吉川英治文化賞が贈られたそうです。
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20070302_12
桜井さんは岩手県盛岡市在住、自身も全盲でずっと盲学校で働き、70歳の現在も県立盲学校の講師を勤められています。
青森県立盲学校に模型などの展示品を持ち込んで、出張授業・講演会をしている様子を報じたページもありました。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2004/1031/nto1031_1.asp
中学部・高等部の生徒たちが、サソリの模型で「ここで刺すんだよ」などと教えてもらったそうです。

「手で見る博物館」は、ガラスケースにしまって展示するのではなく、すべて手にとって触るための博物館。
百聞は一見にしかずと言うけれど、視覚障害者には見て理解することが出来ないのだから、触覚でそれを補う。桜井さんが好んで口にする「百聞は一触にしかず」です。
「ラグビーボールのような」と例えられても、口で説明するのは難しいですよね。実際にラグビーボールを触ったことがなければピンと来ない。
航空機のタイヤや電車の車輪も、触って撫で回して初めて、こんなに大きいのかと驚くでしょう。
太陽と月の地球との距離も、太陽系の10億分の1の模型に触れれば即座に実感出来ると思います。
博物館を訪れた視覚障害者のみなさんが知的好奇心を満足させる姿が見えるようです。

こういう博物館は日本にただひとつ、ここしかないそうです。日本は文化度が低いと言うか、こういうものが個人の善意に甘えて公営で作られないのは情けない気もします。
たしか新宿の点字図書館も一般の人が私費を投じて作ったのじゃなかったか、と思って検索してみました。
http://www.nittento.or.jp/index.htm
やはり、昭和15年(1940年)に本間一夫さんという方が設立しています。今は規模も拡大されて社会福祉法人化されていますが、主として募金によって運営されているようですね。企業に寄付を求めて、その代わり社名を点字で貼り付けたり録音に入れるなどの工夫をされています。
職員・パートタイマー計136名に対し、点訳や朗読、対面リーディングなどのボランティア528人(平成18年4月1日現在)の協力を得ているということです。

障害児の親をやっててつくづく思いますが、障害者というのは決して少なくはないのですが、相対的にはやはり少数派です。身近にいる人でもなければ、なかなか理解が及ばない。他人事となってしまいますね。
バリアフリーと言っても、一般の人のものさしで計られるとかえって困ることもあります。障害の内容に応じた援助が求められると思います。
見えない人にとっては百聞は「一触にしかず」であって、「一見にしかず」ではない。聞こえない人にとっては「百聞」ではないでしょう。そういうことはお互いに理解しあい、協力しあいたいものだと思います。
posted by dashi at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年03月18日

PASMOスタート

いいお天気なので息子と散歩に出て、駅に行ったら切符売り場に長蛇の列。
こんなことはめったにないので、いったい何事かといぶかりながら列の後ろに並びました。駅員さんも出て説明しているようだし、一人一人がやけに時間がかかる。
周囲を見回して、きょうがPASMOスタートの日だとわかりました。定期券をPASMOに移す(?)作業をしている人が多くて時間がかかっていたようです。
PASMOというのは電車の中吊りやテレビのスポット広告で聞いたことはありましたが、最近は車で移動することが多く、あまり関心を持てないでいました。
PASMOの概要はこちらにあります。http://www.sf-card.net/pasmo/index.php?PASMO%A4%C8%A4%CF%A1%A9

私もSuicaとパスネット、両方のカードを持っています。パスネット一枚で(JR以外の)異なる会社の電車を乗り継ぐことが出来てとても便利、間にJRがはさまると面倒だなあと思ってはいました。
パスネットでJRも乗れたら便利だけど、JRはカバーする範囲が広すぎて他社と共有できないのかと思っていましたが、その点はクリア出来たわけですね。
私は切符売り場に並ぶ時間節約や小銭がないときに備えてSuicaを使っています。いちいち取り出さなくてもかざすだけで通過できるというのは確かに便利、改札の処理能力も格段に上がったことでしょう。
これがほかの私鉄でもバスでも共有でき、定期券やちょっとした買物にも使える。料金が足りなかったらクレジット決済で入金も出来る(PASMO)というのは、なんだか未来社会に到達したような感慨も覚えます。私の祖父の世代だったら、「なんでこれ一枚で用が済むんだ? まるで打ち出の小槌だな」と不思議がることでしょう。

ところで、Suicaとパスネットどっちが好きかと聞かれたら、私は断然パスネットの方です。
パスネットは裏に使用履歴が刻印され残額もわかるので、把握しやすい。そろそろなくなりそうだと思ったら次を買えばいいし、二枚を重ねて使うことも出来ます。私は息子と一緒に障害割引の切符(子ども料金)を購入することもありますが、現金がなくてもそれも出来ます。
JRでそれが出来たイオカードを私は愛用していましたが、Suicaの発売に伴い廃止されてしまいました。
古いと笑われそうですが、正直なところ、私はSuicaが信用できません。初期のころ料金二重取りなんてことがしばしば報道された記憶も残っているせいで、ほんとにちゃんと処理されたのかと疑ってしまいます。

一万円札でわずかな買い物をした時、千円札ばかりでおつりをもらったとする。そのときにちゃんと9枚あるかどうか、普通みんな確認すると思います。Suicaで電車に乗ったりチャージしたりするのって、受け取ったおつりをそのまま財布に突っ込むようなものではないでしょうか。
かといって、金額がしれていて使い捨てのパスネットと違い、チャージして長く使う(カード本体にも500円前払いしている)ものですから、使用履歴を記録したり紙片を出すのは(コスト的にも)無理ですね。
Suicaと似た感じで共有も出来るというPASMOですが、使っているうちにその便利さにどっぷり浸かり、私もすぐ「PASMO大好き」人間になるのでしょう。

PASMOに関するサイトを見ていたら、カードを持つのは面倒だから携帯でできるようにならないの? という書き込みを見かけました。そういう話もありましたね、いずれはそうなるのでしょうか。携帯を落としたり盗まれたりしたら大変ですけどね。
それにしても、こんなに便利なPASMOにも飽き足らない人がいるんだ、そういう<欲張りな>人の声がさらに科学を発展させていく推進力になるのだろうなと思ったことでした。
posted by dashi at 23:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年03月17日

脳の中

遅ればせながらかつての大ベストセラー、「海馬 脳は疲れない」を読んでみました。
私が読みたがっていると知った娘がブックオフで見つけて買ってきてくれましたが、とても面白くて350円は安かったです。(新潮文庫・定価590円)
その中に「やる気を出すには」という話がありました。
脳の中には、脳全体をリンゴに例えるとリンゴの種みたいな、小さくて脳の奥にある側坐核という場所があり、ここの神経細胞が活動すればやる気が出る。
ここから海馬と前頭葉に信号を送る神経伝達物質アセチルコリンの量によって、やる気の有る無しが決定しているそうです。
アルツハイマーの患者はアセチルコリンがすごく減ってしまっているので、生気のない、覇気のない状態になるとのこと。

そしてこの本によれば、なかなか活動してくれない側坐核を活発にするのはまず刺激ありき。気が進まなくてもまずは始めるしかないそうです。
やっているうちに脳が興奮してきて、作業に見合ったモードに変わっていく。集中力が高まって気分が乗ってくる。
これが作業興奮と呼ばれる現象だそうです。アセチルコリンが大放出されているのでしょう。
ところでこちらのサイトに、神経伝達物質は数十種類あり、「ニコチン」は「アセチルコリンの受容体への結合を阻害」とありました。
http://www17.ocn.ne.jp/~nitta/nou8.html
ということは、タバコをくわえて仕事をするのは作業興奮の妨げとなりそうですね。今は職場でも禁煙・分煙が進んでいるらしいですが、脳科学の面からも合理的と言えそうです。

上のサイトのトップに紹介してあるドーパミンですが、「覚醒、興奮」「攻撃性性格、、、、、多動症に関係する」とあるとおり、多動や不眠、粗暴な自閉症児の説明でよく耳にする脳内物質です。
ドーパミンに関してこんなサイトもありました。
http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/AriceptMayaku0718Asahi.shtml
麻薬中毒患者は側坐核の中のドーパミンの濃度が高まり、神経細胞の働きが過剰に活発になる。それが麻薬の中毒症状や依存症につながると考えられているそうです。
そして、ネズミの実験では、アセチルコリンが側坐核のドーパミンの働きを抑制すると突き止められたらしいのです。
アルツハイマーの治療薬として広く使われている薬(アセチルコリンの濃度を高める)が、麻薬中毒の治療薬に応用できそうだという話。
それではアルツハイマーの治療薬は多動の自閉症児にも効果がありそうですね。多動の子に薬が劇的に効く場合があると聞きますが、こういう仕組みだったのかなと思ったりしています。

やる気の話でもうひとつ。
集中力の上げ方について、「初頭効果」「終末効果」というのがあります。
「さあやるぞ!」が初頭効果、「もうちょっとだ、頑張るぞ」が終末効果。能率が上がって仕事がはかどるそうです。アセチルコリンがどっと出るんでしょうか。
1時間の作業だと最初と最後の10分ぐらいがそうだから、間が40分もあってもったいない。だらだらと続けるのではなくて、1時間を30分2回に分け、それぞれで初期効果、終末効果を出せるように工夫すると効率がよさそうですね。
ずっと同じ事を続けるよりは、ちょっと別の作業に移って気分を変え、また戻るというやり方の方がいいんでしょうか。

脳の活動はすべて化学反応、だそうです。
「海馬」の著者の一人脳科学者の池谷裕二センセイは、感情が高ぶると「ああ、今は脳のあの部分がこうなってるんだな」と考えてしまうとか。失恋して絶望し、自殺しようとしている人に「今はセロトニンの分泌が足りなくて悲しいだけだから、少し待って」と声をかけたら、白けて思いとどまるかもしれません。
脳の中はどんどん開墾が進むジャングルみたいですね。
posted by dashi at 23:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年03月16日

向井千秋さん

近くに行ったついでに図書館の視聴覚室に寄ったら、書架にあったビデオが目に付き、50分のテープを見せてもらいました。
NHKから出ている「日本初・女性宇宙飛行士 /向井千秋さん」というタイトルのビデオです。
向井さんの場合は女性初なんていう形容詞は似合わないように思います。もともと石原裕次郎の担当もした心臓外科医として、男社会の中でバリバリ活躍していた人ですしね。
ビデオは、向井さんが初めて宇宙へ行ってメダカやヤモリの実験をしたときの話がメインです。1994年ですからもう一昔も前の話になりますね。

宇宙船コロンビア号では交代で眠るのでベッドは4つしかなかったそうで、天袋みたいな寝室から出てくる珍しい映像もありました。
このビデオには向井さんの医学博士の顔を伺わせる場面もありました。一緒に宇宙で実験をしているパートナーに聴診器を当ててデータを取っていましたが、その素早く正確なこと。さすがに手馴れた様子で、きっと外科医としての信頼も厚い人だったのだろうと思いました。
宇宙飛行士に決まったときの記者会見(1985年)の様子もありましたが、その時の方が10歳近く若いのに老けた感じでした。目も腫れぼったくて、外科医として働いていたときは慢性的睡眠不足でお疲れだったのかもしれないな、と過労から自殺したと先日労災が認められた小児科医のことを思ったりしました。

向井さんは、弟が身体が弱くて医者通いをしていたのをきっかけに、10歳から医者を目指していたそうですが、頭がいいばかりじゃなくてとても努力もしていたようです。
中学3年から進学のために親元を離れて東京に下宿しますが、その下宿の大家さんは、向井さんがあまりに夜遅くまで勉強するから、気になって困ったという話を昔聞きました。
スポーツも万能で医大時代はスキー部の主将を務めたとかいうことで、神は二物を与えずというのはウソだと言いたくなりますね。
なお趣味のひとつがバス釣りだそうで、実弟ヒロ内藤はバスプロとして有名な人だそうです。

向井さんの挫折体験は、慶応高校から推薦で医学部に入れなかったことぐらいでしょうか。
彼女自身の書いたものによれば、日本史など歴史はあまり(と言ってもかなりの高いレベルの話でしょうけれど)得意ではなく、医学部の推薦を受けるには足りなかったそうです。もっとも一般入試で合格したのですから、挫折とも言えませんね。
今回見たビデオで、私は初めて向井さんの英語を聞きました。ちょっと意外でした。
意思疎通に困ることはないと思いますが、「カタカナ英語」という感じ(日本人には聞き取りやすい)なのです。完璧というイメージのある向井さんが身近に感じられ可愛く見えました。
彼女は忙しい外科医時代に、「得意じゃないから」と英語の学校に通ったこともあるそうです。

彼女が宇宙飛行士に選ばれた4ヵ月後に、チャレンジャー号爆発事故がありました。以降の打ち上げ計画は延期になり先行き不明、このときはさすがの向井さんもかなり悩んだそうです。営々と積み上げた心臓外科医としての地位もあり、望めばそこに戻れたわけですからね。
宇宙から戻ったあとのインタビューで、地球の美しさに触れ、
「生命圏から自分たちだけが切り離されてしまって、自分たちの生きる場所がそこ(地球)しかない、なおかつ、もしかしたら事故で戻れないかも知れない、という感じ方がある。そういうところから、自分のふるさとを見るので、より一層きれいだと思うのではないでしょうか。」
http://www.avcc.or.jp/network/html/katudo/mukai/index.htm
とあり、チャレンジャー号事故の影響はどうしても残るのだろうなと思いました。

向井さんは群馬県館林市の出身ですが、その館林市には「向井千秋記念子ども科学館」というのが作られたようです。郷里の誇りとして、子どもたちに与えた影響も計り知れないものがあるでしょう。
宇宙船の中から「宙返り 何度も出来る 無重力」の下の句を募集したときは14万件の応募があったとかで、彼女の人気を端的に現すエピソードだと思いました。
男女を超越した人だと思いますが、宇宙から見た地球の印象を聞かれて、(上のインタビュー)
「ものすごくきれいなんです。キリッとした貴婦人が、白いレースの洋服を着て自分たちの前にいる感じ。弱々しいところもあるけれど、威厳もあるし、堂々としている。
地球の海が青く見えるのはきれいなんですが、雲が三次元的に見えて、何層にもなった薄いレースの洋服を着ている感じで、美しい。」
という表現には、女性らしい目を感じました。

ところで、彼女が選ぶだけあって、夫の向井万起男さんもすごい人です。
自分で切るというおかっぱ頭でおなじみですが、中学からひと筋の慶応ボーイで病理学の権威(医学博士)。
教師は超然としているべきだという信念から、学生とは一切付き合わない。とても怖い先生らしいですね。
会いたいとアポイントを取ってきた人が待ち合わせ時間に5分遅れたら、もう二度と(一生)その人とは会わない、という厳しさを持っている人だそうです。
千秋さんはそのくらいの厳しさには十分応えそうですね。

彼自身も最初は宇宙飛行士応募を考えたそうで、千秋さんの挑戦を二人で楽しんだ様子。
千秋さんは結婚は考えたこともなかったそうですが、理解のあるいい伴侶にめぐり会えて幸運だったと思います。万起男さんが、結婚式は君の好きなようにしていい、と言ったら「ほんとにそれでいい?」と、式は挙げず、「こんばんわー」とカバンひとつでやって来たとか。
毎日長電話するほか、一緒にいるときはともに楽しみ、ディズニーランドに行くと(大好きだとか。本場の方)二人して目いっぱい遊びまくるそうです。

万起男さんが「思う存分」活躍したい女性へ贈るアドバイスがあります。
http://www.ntt-f.co.jp/fusion/no32/tokusyu/index.html
「一人で頑張るのはやめなさい、強い味方を一人だけ手に入れておくことですよ。旦那さん、もしくはオフクロさん。何もかも自分でやるなんて無理なんだから、だったら家族の中に強い味方を手に入れておくに限りますよ」。
あやかりたいものです。
posted by dashi at 22:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 気になる人

2007年03月15日

保留

申し訳ありませんが、今日書いた文章の中に確認したいことがあり、大事をとって今日はアップせずに保留とさせていただきます。悪しからずご理解ください。
posted by dashi at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記

2007年03月14日

塩分と高血圧

さっきヤフーニュースで知りましたが、歌手・俳優の鈴木ヒロミツさんが亡くなったそうです。まだ60歳。
http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20070314-OHT1T00158.htm
きのう書いた10年前の番組に、元気な鈴木ヒロミツさんがゲストで出ていました。血糖値が高いから心配、とか話されていたと記憶しています。肝細胞がんのために亡くなったということですが、血糖値や血圧が高いなど闘病を難しくする要素があったのかもしれません。
(この番組には、元気な頃の塩沢ときさんも出ていました。10年の時の流れを思います)
高血圧はいろんな病気の引き金となり、結果抵抗力・免疫力も落ちて病気が治りにくくなるでしょう。高いと言われたら甘く見ないで落とす努力をするべきだと思います。

肥満者はそうでない人に比べて2〜3倍高血圧が多いそうです。減量すると確実に効果があり、1キロの減量で血圧は1〜1.5下がると言われています。でももし血圧が思うほどに下がらなくても、体脂肪が減って代謝や血行で改善が見られるはずなので、根気よく続けるのが大切とのこと。
高血圧の征服には、お酒をほどほどにすること、禁煙も必要です。
そして何より一番重要なのが、塩分の制限。食塩制限1グラムあたり血圧は0.5〜1下がるそうですが、家庭で続けるのは難しそうですね。

家森幸男京大名誉教授は、1987年に、東アフリカ・タンザニアの遊牧民マサイ族を調べました。マサイ族は長身で肥満体の人は一人もいず、驚くばかりの健康体だったそうです。
普通、50代となると5人に一人は高血圧がいるものだけど、マサイ族には全くいない。
それは彼らの食生活に理由があって、彼らは塩分を全く摂っていなかったそうです。飼っている牛の乳を一日に2〜3リットル、腰につるしたひょうたんの中で発酵させたヨーグルトを主食としている。不足する鉄分やビタミンCは牛の生き血やトウモロコシの粉をヨーグルトに混ぜて補い、羊や山羊の肉を食べる時にも塩は使っていなかった。
サバンナだから野菜はないということでした。

ところが10年後にまたマサイ族を調査すると、彼らは塩を使うことを覚え、焼いた肉に塩を振りかけて食べていた。そして彼らの血圧は、世界的に見てまだうんと低いけれども、確実に上がっていたそうです。
塩を使わず(食品にももともと含まれていますけど)ヨーグルトを主食とすれば、マサイ族のようにすらりとした体型で健康に暮らせるのかもしれませんが、ちょっと真似は出来ませんね。
なお、塩分摂取は高血圧に悪いばかりではありません。塩(塩化ナトリウム)のナトリウムはカルシウムを「追い出す」ために、骨粗しょう症の原因ともなるそうです。この点からもヨーグルトを習慣として食べるのはとても効果がありそうです。
家森教授がマサイ族の次に調査したカスピ海沿岸の長寿の村でも、豆や果物とともにヨーグルトをよく食べていました。
教授が日本に紹介したカスピ海ヨーグルト、一時のブームで終わらせずに、特に高齢者はずっと食べ続けると良さそうですね。

家森教授が高齢者社会を先取りしていると言われる島根県の老人ホームでの死亡者を調査したところでは、死亡前に老人性認知症の兆候が見られた人が3分の1、その半数以上に脳梗塞、軟化巣があって脳血管系の認知症であることが確認されたということです。
http://www.pref.shizuoka.jp/kikaku/ki-03/health/1st/yamori_j.html
そして高血圧と脳血栓症は多発性脳梗塞の原因となり、脳血管性認知症を引き起こしてもいるそうです。
高血圧と脳血栓を防ぐための食事は、減塩と、カリウム(塩の害を消す)や植物繊維が多い野菜(イモ類も)・果物、そのほか海藻、大豆、魚、乳製品、肉からの蛋白質。昔からの和食にあっさりめの肉類ということになるでしょうか。
高血圧の人が15ml程度の酢を毎日摂取すると、1〜2か月後くらいに血圧を下げる効果が現れてくることもわかっているそうです。

高血圧の主な合併症として、以下のものが挙げてあるサイトがありました。
「脳出血、脳梗塞、心不全、狭心症、心筋梗塞、腎不全など」
自覚症状がなくて急にくるから怖い、そうです。まさにサイレントキラー。
脳出血は脳溢血と同じもので、脳の血管が切れて出血し脳組織を圧迫、破壊するもの。脳卒中は脳の急激な血液循環障害で大半が脳出血によるものですが、脳塞栓(血管が詰まったもの)、脳膜出血なども含みます。
脳梗塞は、脳血栓または塞栓で脳血管が詰まり、その支配域の脳実質が壊死・軟化するものです。
血栓は血液が固まったものですが、塞栓は血液に限らず不溶物が固まったもののようですね。どろどろの血液だといかにも出来やすそうです。
減量、減塩、減アルコール、禁煙、適度な運動に脱ストレス。そして粗食で血圧を下げ、健康を手に入れましょう。

ところで、アメリカの話ですが、
「最も一般的な鎮痛薬であるアセトアミノフェン、イブプロフェン、アスピリンを定期的に使用する中高年男性は、高血圧の発症リスクが高い」
という報告が医学誌「Archives of Internal Medicine」に載ったそうです。
http://www.drakahige.com/NEWS/DAILY/2007/2007031201.shtml
アメリカ人はすぐアスピリンを飲む、と誰か言ってましたが、こんな副作用があるんじゃ怖いですね。
薬は所詮毒、と思っておくのがよさそうです。
posted by dashi at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年03月13日

静かな殺し屋

きょう放送ライブラリーで、10年ばかり前のテレビ番組を見る機会がありました。
高血圧に関する健康番組です。
それによれば、日本人のうち高血圧とされている人の数、なんと3300万。
(高血圧とは、最高血圧が140 mmHg以上、最低が90mmHg以上)
投薬で高血圧の治療を受けている人は700万もいるそうです。
高血圧をほっておくと、脳卒中や心臓病になる確率が数倍にもなります。でも血圧が高くても痛くも痒くもなく、よほど高くならない限り自覚症状もあまりありません。静かにしのびよる殺し屋のようなものです。
高血圧のことをサイレントキラー(静かな殺し屋)と呼ぶそうですが、絶妙なネーミングだと感心しました。

私のもと姑は、交通事故で入院したのがきっかけで高血圧がわかり、それからずっと投薬を受けていました。
仕事や趣味の世界で多忙、人間関係などで常にストレスを抱えていましたし、また出来の悪い嫁(私のことです)にイライラすることも多かったかもしれません。いつも車で移動して運動不足というのもあったと思います。
それでも検査で高血圧とわかるまでは病院とは無縁のとても元気な人でした。薬を飲み始めなかったら、ある日突然ばったり、だったかもしれません。交通事故が静かな殺し屋の存在を明らかにしてくれました。

高血圧は遺伝も大きいようです。
同じような食事をしていても高血圧になる人と、ならない人がいて、4:6の確率とか言ってました。
思い当たるような理由がなく高血圧になる人(原因がわからない/本態性高血圧)もいるそうで、気の毒な気もします。
でも塩分の取りすぎで高血圧になることははっきりしていて、全県あげて食生活の改善(減塩食の推進)に取り組んだ秋田県の場合は、高血圧の患者が激減し、脳卒中や心臓疾患で亡くなる人が何分の一かになったようです。
結果的に医療費(税金)も大幅に節約でき、県民も健康で快適な老後を送れて、行政はこうあるべきだと思いました。

(中途半端で申し訳ありませんが、続きはまた明日書くことにします。)
posted by dashi at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

2007年03月12日

白い杖

昼間の路線バスに乗っていたら、途中のバス停で視覚障害のある少女が一人で乗ってきました。
白い杖を持っていますが、全く見えないわけではなさそうです。私の向かいにある優先席に空席がありましたが、私が声をかけるまでもなくさっさと腰を下ろしました。そして、私はちょっと驚きましたが、すぐかばんから携帯のゲーム機を取り出して、遊び始めたのです。
ゲーム機に目をくっつけるようにして、夢中でやっています。かすかな電子音が聞こえます。
白い杖をついたり、一見して視覚障害者とわかる姿をしていたら、どうしても注目を浴びると思います。盗み見する人や、ぶしつけにジロジロ見る人もいるでしょう。
彼女はそういう好奇の視線を忘れるために、ゲームに没頭したいのかもしれないなと思いました。

気になったのは、彼女の両足に挟んだ白い杖です。少しずり落ちて、彼女のつま先より10センチばかり外に出ています。バスに乗り込んで来た人が、杖に気づいてよけたり、大きく跨いで通ったりしていました。
一人おいたとなりに座った年配の婦人が持っている杖は、しっかりと両足の内側に押し込まれています。彼女の杖もほんとはそういう持ち方をするべきです。
足が当たってもすぐ動くだろうからつまづくことはないか、危なくはないかと思いますが、邪魔なのは確かです。
私が足を伸ばして杖の先を押しやるなり、彼女に声をかけて注意を促すなり、するべきかとても迷いました。
乗ってくる客も途絶えたので特に注意する必要もなくなって、迷っているうちに彼女は降りていきました。

なぜあそこで気軽に注意できなかったのか、バスに揺られながら考えました。
注意されたからといって、彼女は気を悪くはしなかったと思います。それ以降バスに乗る度に気をつけるとしたら、それは彼女のためにもなります。ホントは注意するべきなのです。
彼女の障害を理由に気後れしたり、遠慮したりするのは、それは結局彼女を差別していることになります。哀れみの目で見られたり、対等に扱ってもらえないのは彼女の望むところではないでしょう。
きょう杖が飛び出していたのは、単にうっかりしていただけだと思います。危ないから引っ込めてね、とひとこと声をかければいいだけの話です。でも真向かいに座っていた私をはじめ、周囲にいた誰一人としてそれをしませんでした。

数年前地下鉄の中で、自閉症と思われる青年がすさまじい勢いで駆け抜けていったことがありました。なにやら独り言をつぶやきながら、がらがらでもない車内を走っていくのですから、当然人にぶつかります。
彼はお構いなし、むしろ人を突き飛ばしながら走っている感じです。まるで周囲の人が目に入らないような、文字通りの傍若無人ぶりです。
ぶつけられた人はギロっとにらみますが、文句を言おうにも、青年はもう次の車両に移っています。
こういうはた迷惑な人は、障害者への偏見を増長させるなあと思ったことでした。

ウチの息子も小学部低学年のころ、電車の中を走るのを止めないことがありました。車両の端から端まで何往復もします。ニコニコと実に楽しそうに(笑い声まであげながら)トコトコ走っていました。
一度人の足を踏んでどやされ、駅員さんにも叱られましたが、どうしようもありませんでした。抱きとめてもまたすぐするりと逃げてしまいます。
立っている人はいないぐらいのすいた時間帯の電車ですが、降りるまでの10分ばかりが途方もなく長い時間に感じられたものでした。
同じような話はよく聞きますが、たいていは一過的なもの。地下鉄の青年のように大人になってまでやる人はちょっと珍しいと思います。

ぶつかるほど乱暴な人はあまりないとしても、作業所から帰る障害者がバスの中でぶつぶつ独り言を言ったり、奇声を上げるのはよく見かけます。
周囲の人を観察すると、全く気にならないらしく無視を決め込んでいる人、不機嫌な顔をしてときどきちらっと横目で見る人、何か言いたげにジロジロ見る人とさまざま。でも「静かにしてね」と注意する人はまずいませんね。反応が怖いんでしょうか。
私も初めて奇声をあげる青年(一見自閉症)とバスに乗り合わせたときは、うっかり注意してパニックでも起こされたら困るな、と躊躇したものでした。
でも運転手さんの後ろの席で間歇的に大声をあげるので、事故が心配で声をかけてみました。もう少しで着くから静かにしてね、と言ったら、びっくりしたように私の顔を見て、あとは黙っていてくれました。一人でバスに乗っているくらいだから、ある程度のコミュニケーションはとれる人なのでしょうね。
もっとも、私は障害者も見慣れていますが、慣れない人は声をかけるのもなかなか難しいでしょう。

白い杖の少女は、知的障害者の場合ほど子ども扱いも出来ず、プライドを尊重しないといけないから、声をかけにくかったのかなと思っています。
posted by dashi at 23:23| Comment(4) | TrackBack(0) | 自閉症関連

2007年03月11日

高次脳機能障害

私の田舎でくも膜下の手術を受けた叔母が、手術後とても意地が悪くなったと娘(いとこ)がぼやいていました。
若くして未亡人になった人なのでもともと気丈ではあると思いますが、私が会うときはいつもニコニコして優しそうな女性でした。それが生死の境から甦ってからは、やけに人柄が悪くなったそうです。
ずけずけものを言うので人を怒らせることもしばしば。命が助かっただけで有り難いと感謝していても、度重なると疲れてしまうとこぼしていました。
「高次脳機能障害」という本(橋本圭司著、PHP新書)を読んでいたら、似たような例が載っていました。

脳血管障害(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など)、事故などによる脳外傷、脳炎、低酸素脳症などで脳を損傷したのちに、人が変わったように暴力的になったり、無気力になったり、物忘れが激しくなるようなことはしばしば見られるそうです。
これを「高次脳機能障害」と呼び、
・易疲労性(精神的に疲れやすい)
・注意障害(集中力がない)
・失語(言葉を理解・表現できない)
・記憶障害(新しく何かを覚えられない)
などなど深刻な症状が見られるそうで、その中に
・脱抑制(抑制がきかない)
というのもあるので、叔母の場合はこれだったのだと思います。
2004年の厚生労働省の調査では、高次脳機能障害者は全国に30万人いて、確実に増え続けているとのこと。

脳の損傷した箇所により症状は異なり、このような症状が出る人も出ない人もあるようです。
早期にリハビリが受けられれば症状はかなり改善されるそうですが、外見からぱっと見てわかりにくい、どこまでが正常でどこからが障害かの線引きが難しいことから、医療現場で見過ごされているケースも多々あるそうです。
極端な例としてあげてあるケース。
20歳の若者がスキー場の事故で脳外傷になった。奇跡的に命をとりとめ、手足の麻痺など運動障害は残らなかったため、日常生活は不自由ないくらいまで回復しました。
ところが、今話したことも、ご飯を食べたことも覚えていない。時間の感覚もわからない、突然キレて家の壁を蹴飛ばして穴を開ける、など以前には考えられなかったような行動が続出しました。

これはまさに高次脳機能障害の症状なのですが、事故後すぐにそういう後遺症があると診断されなかった(よく知らない医療関係者もいる)そうです。
意識不明から目覚めてしばらくはあまり動くことも出来ないでしょうし、手足がちゃんと動くようになることの方に注意が向けられて、それ以外のことは後回しになるのかもしれませんね。
理解のある医師となかなかめぐり会うことが出来ず、家族は彼を連れて病院を転々とした。自殺未遂までする辛い日々が続きました。
ようやく「高次脳機能障害」と診断されたのは、受傷してから4年7ヶ月も後のことだったそうです。
その後この青年は診断がついたことでもう一度自分を取り戻し、立派に社会復帰を果たしたということです。

上の本によれば、人の脳には、
1)手足や顔を動かす運動機能
2)音やにおい、手触りなどを感じる知覚機能
3)記憶、認知、感情、言語などを支配する高次脳機能
というおもに3つの機能があり、3)の機能が損傷したものが高次脳機能障害です。
そして、「高次脳機能障害」という用語は誤解を招くから、「神経心理機能障害」などとした方が混乱は少なかったかも、と書かれています。欧米では「高次脳機能」という言葉を使わず、「認知機能」「神経心理学的機能」という言葉を使っているそうです。

高次脳機能障害とわかれば、数は多くないけれども、それなりのリハビリを受けられる病院もあります。
でも回復には時間がかかるでしょうし、先のことを考えるとどうしても不安になりますよね。受傷後あまり時間をおかずに心のケア(気持ちを吐き出せる場所を持つ)を受けられた患者は、そうでない人に比べ、その後の日常生活能力や就労能力が、明らかに高いそうです。
そして高次脳機能障害が残った場合、当事者のみならず、介護に当たる家族も、不眠、不安、悪夢などのPTSD(心的外傷後ストレス障害)に侵されている可能性が高いそうです。
家族に対しても精神的サポートがほしいところですね。

こんな情報もありました。
http://health.yahoo.co.jp/news/detail?idx0=w14061010
オーストラリアの研究では、脳卒中後(大半が高次脳機能障害者やその予備軍と言えるでしょうか)にうつ病を発症する患者が17%もいるが、大半は見過ごされてうつの治療を受けている人はその22%に過ぎない。(でもうつの投薬治療を受けたら治療効果は72%で見られるそうです。)
日本でも似たような状況ではないかと思います。うつではない患者の方が長命で生活の質が高いのは常識、だそうですから、うつの症状に早く気づき、対応してあげられる体制が整うといいですね。

高次脳機能障害の存在、その内容について、もっと広く告知され、世間の理解が進めば救われる人も多いと思います。
posted by dashi at 23:13| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会問題

2007年03月10日

80条許可車両

昨年初頭ホームヘルパーの仕事に入る前の面接で、「車の運転をする仕事は出来ないか」聞きました。
病院への送り迎えや買い物など出来たら、利用者はとても助かると思ったのです。
必要に迫られているから、もみじマークつけて気乗りのしない運転をしている世帯なら、その部分を交代できないかと思いました。代わりに運転してくれる人がいるなら免許証を返納してもいいと考える人は、少なくないのではないでしょうか。
事業所では「そういうこと(ヘルパーの運転)はしていない」という返事でした。
私としても、いくら必要に迫られるにしても素人が仕事として運転業務をするのは、白タク行為になるのだろうなと思って、あきらめていました。

「マッサージの出来るヘルパー」とともに、「運転の出来るヘルパー」をひそかに考えました。
どうせやるなら、本当に利用者の需要に応える、やりがいのある仕事をしたいですからね。
タクシーなど職業運転手の持つ、普通2種の免許を取って、さらに念を入れるなら「代行運転」の認可をもらえば、大いばりで利用者の送迎が出来るはずです。
代行運転は飲酒した人などに代わって運転する業務です(現在、需要は右肩上がりで増えていると思います)。以前は野放しだったのが事故が多くてトラブるために、今は普通2種の免許を取得した上で、警察の認可が必要とされています。
私の車で送迎するならいいですが、利用者の車を運転するなら代行運転業でしょう。

普通2種は頑張れば手が届きそうだと思い、ガイドブックを買ってみました。2種は学科試験が90点(!)とれないといけません。これは厳しい。20数年前の普通1種の学科では98点だったけど、あのころよりは記憶力もだいぶ落ちます。
実技も、一回では合格できないのが普通とか。S字クランク、鋭角カーブ、直角や縦列の駐車もやるそうです。はっきり言って、まったく自信ありません。
自動車学校に通って取得する(確実)ことも考えましたが、息子の送迎とぶつからないで通える距離にないのが判明。2種を扱う学校は少ないのです。

なんとか息子の卒業までに2種を取れないか、、、と考えていましたが、実はその必要がないことを先日知りました。
マイクロバスでない普通車に事業所の名前とともに「80条許可車両」と書かれた車を見かけたのです。ピンと来るものがあって、すぐメモを取り、帰ってから調べてみました。
まさに、私の望んでいるとおりのものでした。

<自家用車による有償運送>
【法80条許可】(二種免許が望ましいが一種免許でも可)
  緊急時または公共の福祉の確保のためやむを得ない場合
例) NPO法人や医療法人などによる福祉、過疎地有償運送
ヘルパーなどが自家用車で訪問介護と連続・一体として行う有償運送

<80条許可車両>           
車両は決まりが無く、介護事業所の車やヘルパーの私用車の場合もある。
車には80条許可車両または有償運送車両の表示義務あり(ナンバーは白色)。
運転手は普通免許で可だが必要な講習を受ける義務がある。
利用者は介護保険の対象者のみ。介護保険を利用して(乗降介助/身体介護・見守り)の通院の利用に限られる。
あくまで介護保険の利用が前提なのでケアマネージャーが認めプランに入っていることが必須。

こんな制度があるなんて、ちっとも知りませんでした。
私も知らなかったぐらいだから、介護保険を使ったこともない人は全く知らないと思います。行政としては、あまり使って欲しくないのかもしれませんね。でもこれはとても便利な制度で、上手く使うと助かる人は多いと思います。
少し前の民放のドキュメンタリー番組で、過疎の村(バスがない)で老人を病院に送迎していた人が、ガソリン代として500円をもらっていたら、白タク行為として逮捕(?)されたというのをやっていました。
介護タクシーを使え、というのが行政の言い分でしょうが、タクシーを使えるほど経済的余裕のある老人は(特に地方には)多くはないでしょう。タクシー業界の都合よりも、年老いて病気を抱える人の側に立って欲しいものです。
80条許可車両、すべての事業所で扱ってほしいと思っています。私もいずれやりたい。
posted by dashi at 22:36| Comment(6) | TrackBack(0) | 介護

2007年03月09日

仏頂面

古い週刊誌(週刊文春11月23日号)を読んでいたら、
「仏頂面(ぶっちょうづら)とは仏頂尊という知恵に優れた仏の面相に由来する(他説あり)」
と書いてありました(132ページ欄外)。
ふだん何気なく使っている「仏頂面」が、お釈迦様に由来する言葉とは知りませんでした。
広辞苑で「仏頂面」をひいてみたら、
「(仏頂尊の恐ろしい相にたとえた語という)無愛想な顔。不機嫌な顔つき。ふくれづら」。
仏頂尊って恐ろしい顔なのか、とこちらをひいてみると、
「仏の頭頂に宿る広大無辺の功徳を仏格化した尊」
とあります。どういうことかよくわかりません。

仏頂、とひくと、
1)仏の頭の頂。頂肉が盛り上がっている。→三十二相。
2)仏頂尊の略。
とあります。仏像を見ると頭のてっぺんが盛り上がっていますね、あれが仏頂と呼ぶものらしいです。
イメージとしてはこんなところ。
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/1b/b9cb4d75086d58ef2f88afab0b585409.jpg
ちなみに三十二相というのは「仏がそなえているという32の優れた姿・形」のことで、手が膝より長い、身体が金色、眉間に白い毛がある、などとともに頭頂に隆起があるというのも含まれています。

古代インドでは英雄や偉人には常人と異なる相があるとされ、釈迦には32の異相がある。頭の頂に骨肉塊があるとされているそうですから、肉だけが盛り上がったのではなく骨も詰まっているようですね。
そもそも昔から神格化されたものは異形な姿であるとされ、仙人や聖人には角が生えていたとされるそうです。
仏の頭の盛り上がりも、ここには高い霊性が宿るとされました。この信仰が発展して仏格化、仏頂尊となり、その仏頂から放たれる光明によって全ての悪害が消えるのだそうです。
仏頂尊の威力はすさまじく、仏教説話集「紗石集」には「尊勝陀羅尼」(仏頂尊勝陀羅尼のことだそうです)と唱えただけでのろいが解けたり、鬼が近づけないといった話が出てくるそうです。

それでこの仏頂尊は知恵にすぐれ威厳に満ちていて、やはりおっかないご面相のようです。
(仁王様のイメージかなと私としては勝手に解釈しています)
仏頂尊が無愛想で不機嫌にも見えることから「仏頂面」という言葉が生まれたという説が有力のようです。
不機嫌な「不承(ぶしょう)面」から転じた、ふて腐れた「不貞(ふて)面」から、という説もあるようですね。
いずれにしても、仏ならぬ身、あまり仏頂面はせずに楽しくいきたいものです。
posted by dashi at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学

2007年03月08日

自閉症の難しさ

昨日の続きです。

給食を食べ始めるときに、Aくんが「きょうはボク野菜も食べます」と宣言しました。
この子は高等部から入った生徒ですが、IQはわりと高い。身辺自立という面では問題なく、会話も読み書きも出来るし、学校にも一人で地下鉄に乗って通ってきています。
お母さんの話では、下校後一人でプールに行って泳ぐのを日課にしているそうです。
クリスマス会などクラスで集まる席では、習っているバイオリンを披露してくれたりもします。

でも自閉症特有のこだわりの強い子で、先生の指示には従わず、制止されると狂ったように興奮して暴力も振るうし口汚くののしる。長いこと文字通り「腫れ物に触るような」扱いを受けていました。
2年ばかりはクラスのほかの子たちがみな不安定になり、直接関係あるかどうかはわかりませんが、途中で二人学校をやめました。
入学して4年になる現在はかなり落ち着いて、入学当初からすると別人みたいですが、偏食は今でも治っていないようす。家でも希望したものだけを食べさせてもらっているようです。
このAくんにとっては、嫌いな野菜を食べるというのは高い壁を越えるようなものなのでしょう。

もうちょっと早くなんとかしてあげられなかったのかと私としては思いますが、19歳の今からだって、遅すぎるってことはありません。
Aくんの宣言を聞いた先生(3人)は口々に「頑張って」「偉いじゃん」と笑顔で励ましています。残念ながらほかの生徒たちは関心を示しません。
私は離れた席だったので遠くから観察していました。
Aくんは何度も「ボク野菜も食べます」「野菜を食べたら若々しくなりますよ」「ビタミンCが、、、、」などとぶつぶつ言いながら、少しずつ食べていきます。お母さんがそういう言葉を使ったのだろうと微笑を誘われました。

野菜と言っても、ハムサラダにレタス、トマト煮に根菜類やインゲンが入っているぐらいで、いわゆる「野菜臭い」ものはなく食べやすかった方だと思います。
それでもAくんにとっては、なにせ19年の年季が入った偏食ですから、たやすいものではなかったでしょう。
努力して克服する、というのは評価に値すると思います。食べ終わったときには、Aくんには嫌われている私(うっかり注意してひどく面罵された経験あり)ですら「頑張ったね」と声をかけました。
先生たちはもちろん、「エラいねー」と拍手でたたえていました。

自閉症の難しさを痛感したのはそのあと。
彼は自分が頑張って野菜を食べたことを、ずーーーーーっと訴え続けたのです。
「頑張ったね、偉かったね」と一、二回言ってもらっただけでは気がすまないのでしょう。
連絡帳を書いている先生の首にかじりついて。ほかのクラスの先生が出入りする度に。ほかの子の世話をしている先生につきまとって。急いで移動している先生について早足で歩きながら。そっぽを向いているウチの息子にまで。
お帰りの会で授業の感想を聞かれたときにも言っていました。周囲の思惑に全く無頓着なところが障害児たる所以でしょうか。
「きょう野菜を食べたAくんは偉かったけど、それじゃ、ずっと前から野菜が好きなBくんはもっとエライね」
と言いたくなるのを我慢した私でした。
しつこいよ、とうんざりしたり怒った顔を見せなかった先生方は、さすがにプロです。

自閉症の子(知的な遅れがあまり大きくない子限定)は、「耳で聞いた言葉は飛んでいってしまう」のだそうです。聞く端からすぐ忘れる。だから何度でも繰り返して確認しないと不安でたまらない。
相手にしてみれば「そのことならさっきも言っただろ、何回言えばわかるんだ、しつこいぞ」と腹が立つところです。
有効な対策としては「文字にして書いたものを渡してあげるか、張り出す」。
アメリカの図書館で本の整理をしている高機能の自閉症者が、決まったところに戻さない利用者を見るとカッとなって、噛み付くので困っていた。彼はポケットに「人に噛み付かない」と書いたメモを入れることで解決、時々取り出して見ているそうです。
トイレの水を何回も流すのに悩んでいたお母さんが、専門家のアドバイスで「水を流すのは一回だけ」と張り紙したところ、ぴたっと収まったという話も聞きました。

Aくんを見ていてそんな話を思い出しました。
「Aくんは頑張って野菜を食べました。偉かったです」と書いたメモを渡してあげたらよかったのかな。
あらためて、自閉症には独特の難しさがあるなあと思った次第です。
posted by dashi at 23:06| Comment(7) | TrackBack(0) | 自閉症関連

2007年03月07日

授業参観

インフルエンザのために延期してもらっていた、授業参観と個人面談に行ってきました。
いつもなら朝の登校から終日参観してその後面談という流れ。けっこう長丁場で疲れます。
まだ慣れない(息子が)小学部のころは、一日終わるとぐったりして夕食の支度も出来ないくらいでした。
なにしろ養護学校ですから、意味もなく走り回る子やパニックを起こす子もいたりして、目が回るのです。高等部になってからは子どもた