25日に4人の死刑囚に対し刑が執行されたというニュース。
4人も一度に執行されたのは平成9年以来ということで、論議を呼んでいるようです。
日本弁護士連合会は死刑執行に長く反対し続けていて、今回もすぐ会長声明を発表しています。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/061225.html
それによれば、国連人権委員会は毎年、死刑制度が残っている国に対して、死刑執行を停止するよう呼びかけているらしいですね。
前任の法務相が、浄土真宗・大谷派門徒としての宗教観などを理由に執行命令にサインするのを拒んでいたそうで、今回は1年3ヶ月ぶりの執行になるということです。
マスコミの報道は概して、執行命令書にサインした法相に対して批判的な印象を受けます。ことに毎日新聞などは、国会議員有志、日本弁護士連合会やアムネスティの抗議を伝えるという形で、間接的に非難しているように私には読めます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061225-00000050-mai-soci
私個人としては、中立の立場で報道するべきではないのかと思いますが、まあ、それは社の方針もあるでしょうからやむを得ないのでしょう。
それにしても、死刑執行があるたびに法務相がサインしたことを批判されるのは、私の記憶にある範囲では毎回のことだと思います。時には署名した法相が血も涙もない冷酷な人のような書き方があったことも覚えています。マスコミの受けを良くしたいなら、なんだかんだ言って執行命令書にサインするのを拒みさえすればいいんじゃないかと思えます。
死刑を執行してしまえば、それが冤罪であった場合に取り返しがつかない。
死刑は公然と行われる殺人で、人道上容認出来ない。
死刑執行したからといって何も解決せず、せいぜい被害者遺族の溜飲が下がる程度のこと。遺族の中にすら死刑に反対する人もいる。
そういう意見があることも承知していますし、一理あると思います。
スーザン・サランドンがアカデミー主演女優賞を受賞した「デッドマン・ウォーキング」も死刑制度を強く問題視した映画でした。
でも、裁判所が死刑の判決を下した事例について、その執行を命令するのは、法相の重要な任務の一つではないのですか。三権が分立していてお互い対等ならば、執行を拒否するのは越権行為なのではないか、法相はただ職務に忠実なだけではないのかと私は考えますが、短絡過ぎるでしょうか。
冤罪が疑われる時は再審請求も出来るわけだし、どこかの国のように死刑判決が出て即執行、という前近代的なことをやっているわけではないと思うのです。
死刑制度を廃止したいなら、命令書にサインする行為を責めるのではなくて、廃止推進の機運に持って行くべく地道かつ迅速な積み重ねが必要なのではないかと考えます。

