2006年11月29日

狂犬病

日本では映画やマンガ(ブラックジャックとか)の世界でしかなじみのない狂犬病。
先ごろ京都と横浜で相次いで死亡者が出て、日本でも野良犬やコウモリに狂犬病ウィルスが!? とびっくりしました。幸いにも国内でなく、いずれもフィリピンで犬に噛まれて感染したものらしいです。
噛まれた当人には狂犬病の危険性に対する認識がなかったのでしょう。噛まれてすぐ病院に行ってワクチンを打てば発症を防げる(こういう感染症はほかに例がない)らしいですが、いったん発症してしまうと有効な治療法がないため致死率100%の恐ろしい病気です。

1970年を最後に国内では発生することのなかった狂犬病ですが、この36年前の発生というのもネパールで犬に噛まれて感染したもの。国内感染は昭和32年を最後に報告されていません。
日本はイギリス、スカンジナビア半島の一部、オーストラリアなどとともに狂犬病の発生がない国とされていますが、それ以外はたいていの国に見られるありふれた病気です。
野生の動物に噛まれたら狂犬病の恐れがあるという認識を、海外に出る人はもっと徹底して持つべきかと思います。頻発している国へ行くときは、事前に予防接種(破傷風も)を受けておくと安心ですね。
日本人は野生の動物に対して抵抗がなく、迷い込んだアザラシが人気者になったり、崖で動けなくなった野良犬が救出されたら喜ぶといった、ある種無邪気な反応がありますね。野良犬は狂犬病の予防注射はしてないだろうから、救出に向かった保健所の職員は大丈夫かな、と私は考えましたが少数派だと思います。
なお狂犬病ウィルスはヒトからヒトへの感染の心配はないそう(終末感染)です。

水を飲もうとすると喉がけいれん発作を起こし、水や食物を飲み込めなくなる。飲むと非常に苦しいので、しまいには水を見るだけで怯える。これが狂犬病の特徴とされる恐水症です。風の刺激を怖がる恐風症というのもあるそうです。
人間は幻覚、錯乱や高熱、麻痺などの神経症状を起こす。犬の場合はやたらと歩き回って吠え、見るものすべてに噛みつくようになるということですから、狂犬病という命名もうなずけますね。
凶暴にならない麻痺型の狂犬病もあり、こちらは特にコウモリに噛まれたときに多い。これは死亡まで比較的時間があるそうですが、普通は2〜7日で昏睡に陥り死亡するそうです。
狂犬病ウイルスに感染してから潜伏期間が平均30日、2週間から1年と幅があります。感染から時間が経って発症し、恐水症など典型的な症状を見せない人もいるので、原因不明の神経症状の患者が死後の解剖で初めて狂犬病とわかる場合もあるそうです。

日本の狂犬病が封じられたのには戦後の徹底した野犬狩りが効を奏したのと、狂犬病予防法で飼い犬に年に一度の予防接種を義務づけていることが大きいようです。ただ高価なこともあってその予防接種率は38%前後。日本で狂犬病になりっこないと油断している飼い主も多いのでしょう。
でも未接種の飼い犬が人を噛んだら大変な事態。相手は高いワクチンを6回も受けなければならないし、通院の補償も必要です。未接種では傷害保険も出なかったりするようですね。それに犬は薬殺処分になると思います。
接種率が低いのは費用がかさむのが主な理由でしょう。ワクチンの原価はびっくりするくらい安いものだそうですから、国としては予防接種の料金を下げて接種率をあげるように指導するべきではないかと思います。

でも国内でいくら防止しても、外国船に乗って来た動物が埠頭でいなくなったり、密輸入される動物もいるようですから、流入の危険はあると思います。
狂犬病は犬だけでなくすべての哺乳類に感染する珍しい病気だそうです。感染しても発症まで時間があるので、その間は一見異常のない元気な姿。でも餌をくれた人に噛みついたら伝染させてしまいます。野生のリスなどに手渡しで餌を与えるのは危険かもしれません。
わが家の庭に現われたことのあるアライグマも、外国では感染源と見なされているようです。可愛い姿をしていますが気性どおりに危ないヤツかもしれません。
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2006年11月28日

死刑囚

先日「ピア・プレッシャー」の項でも書いた加賀乙彦著・集英社新書の「悪魔のささやき」は、とても面白い本でした。
加賀さんは東京拘置所の医務技官を務めたあとフランス留学、東京医科歯科大や上智大で教鞭をとった精神科医兼作家。現代の日本に対する鋭い分析や警鐘もさることながら、彼自身の体験談が実に興味深いのです。
戦時中には幼年学校に入学した軍国少年。
死刑囚と数多く面談し、「メッカ殺人事件」の正田昭と親交をもった。
フランス留学中には鬱になり、死の寸前までいく交通事故にもあった。
学園紛争のころには教え子に胸ぐらをつかまれて悪態をつかれた。
オウム真理教・麻原彰晃の精神鑑定をして訴訟能力なしと意見書を書いた。
いろんな興味深いエピソードがぎっしりと詰め込まれています。

現在77歳だそうですが元気いっぱいのご様子。
今の世の中を精神科医の目で見て、現代の日本人の意識状態を分析したくなった。ただ本業の小説書きに忙しくて書きたいことを本にする時間がないので、口述筆記ならと引き受けて、二人の女性にまとめてもらったそうです。
話し言葉だから読みやすく、体験者の説得力のある文章で世相を斬ってあり、とても参考になります。
子供にどう接したらいいか悩む教育関係者や子を持つ親、若い人にはお勧めしたい本です。
日本の現近代史のおさらい(けっこう知らなかったりしますね。私だけ?)にもいいかもしれません。

「悪魔のささやき」については本を読んでいただくとして、ここでは私の心に残ったところを(160Pにあります)。
加賀さんは上智大学で教えていたアルフォンス・デーケン神父から、死について教えている各国の小学生用教科書を見せてもらった。その教科書の中で神父の母国ドイツのものが一番よく出来ていたそうです。
「人間は死ぬとどういう状態になり、どういうプロセスで腐敗し、骨になっていくか。あなたたち子供でも突然死ぬ可能性はあり、それはどういう病気や事故によるのか。……死はアニメで描かれるような美しいものでは絶対にありえない。……死はおそろしく、苦しく、そして醜いもの……。家族をはじめ関係者がどれほど衝撃を受け、悲しむか。その悲しみを癒す意味もあって葬儀という儀式が生まれた……(……は途中略)」
というふうに、「一連の死の真実が驚くほどシビアに、克明に書かれていた」そうです。

羨ましい話です。日本では「死体を見て悟る」ことよりも「死体を見てしまったあとの心の傷」を恐れるあまり、子供に死体は見せないようにしますね。祖父母もたいていは病院で亡くなり、死に至るプロセス(断末魔とか)を目にする機会、詳しく知る機会はほとんどないと思います。
幼いころから美化しないありのままの死を教えられ、その現実に向き合っていれば、ちょっとした仕返し程度の動機で簡単に殺人を犯す子供はいなくなるかもしれませんね。
私も先ごろ(父の)骨拾いを初めて体験して、死ねばこうして焼かれて灰になってしまうんだなあと、あらためて実感しました。死ぬときが来るまでの時間がとても貴重に思えたものでした。

パスカルが「パンセ」の中ですべての人間を死刑囚に例えて書いた一節が、この本の192Pに紹介してあります。
「人は誰でも、いつかは必ず神様から呼び出されて処刑される死刑囚だけれど、その順番はわからない。わからないから、みんな安心して自分はまだ大丈夫だと考え、いろんな気晴らしをしては死という問題からなるべく離れて暮らそうとしている。しかしときどきは自分が死刑囚であることを思い出し、真剣に死と対峙しておかないと、いざ処刑の日が来たときにあわて騒ぎ後悔することになる。」
ほんとにね。処刑を待つ死刑囚同士、戦争なんかしないで仲良くやりたいものです。
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2006年11月27日

働くお母さん

数年ぶりに道でばったりと会った友人と立ち話しました。彼女の末っ子がうちの次女と同級生、私より少し年上の人です。
彼女については常に働いているイメージがありましたが、仕事を探すにもトシだし学歴もコネもなくて正社員にはなれない。パートやアルバイトを掛け持ちして働き詰めでした。
大学院に行っていた長男も無事就職が決まり、次男三男は先に就職しているのでやっと学費が要らなくなった。家も建て替えたし、もう働かなくてすむと晴れ晴れした表情でした。
秀才の長男は私立の薬学部に行きました。卒業してラクになると思っていたら、大学院に進みたいと言い出し、博士課程まで行ったそうです。薬学部は忙しくてアルバイトするヒマもない上に、学費もそうとうするようですね。
次男が高校を出たあと調理専門学校に進んで板前の修行を始めたのは、家計を考えてのことかもしれません。三男は車が好きでフォークリフトの免許を取り、運送会社で働いているそうです。

男の子が3人だから、学費の前の育ち盛りは、食費がハンパじゃなかったようです。月に30キロの米を食べると聞いて驚いたこともありました。夕食時に自分のご飯が残ってないことはしょっちゅう。「残ったパンをもらいたくて」パン屋さんで働いていたこともありました。
今度話している時に彼女が「ホントに苦しかった」時代の話をしてくれました。
3人分の学費が出ていく上に、もともと古い家を買ったから建て替えなければならなくなった。どんなに働いてもお金が足りなくて、ほしいものなんかなーんにも買えなかった。
スーパーで買い物するとき、横の人のカゴを見ては「みんな、どうしてこんなにたくさん買えるんだろう。どうしてこんなにいろいろ買えるんだろう」と泣きたくなったそうです。
今は家で一人のんびり過ごすのが何よりシアワセ。3人の息子が立派に独り立ちして、孫を抱ける日が楽しみと笑っていました。

もう一人、好きではないけどずっと仕事をしている、という友人がいます。
会う度に「早く仕事を辞めたい」と言ってますが、その日はまだまだ先になりそうです。
今の仕事の契約が来年で切れるけど、年齢からしてまた事務の仕事にありつくのは難しい。職探しのためにケアマネージャーを受験したと聞いて感心しました。
出産前にしていた仕事の関係で、ケアマネの受験資格があるそうです。働いていたのはずいぶん古い話なので、書類を揃えるのが大変だったということでした。
彼女のご主人は目指している夢があって働きながら勉強を続けているので、子供(大学生)以外にこちらにも学費がかかります。(もうあと一歩。数年のうちには実現出来るらしいです)
少し前には年老いた両親の同居に備えて大きな家も買ったので「私が働かなくちゃいけないわけよ」。

エライなあと思うのは、二人ともとても夫婦仲が良くて明るいことです。
ご主人の愚痴なんて聞いたことがありません。ご主人も家族を大切にしながら一生懸命働いていらっしゃるのでしょうね。
子供たちもみな親思いの優しい子たちみたい。子は親の背中を見て育つと言いますからね、外に出て忙しく働き、かつ家庭を大切にしているお母さんは、何よりの生きた見本かもしれません。
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2006年11月26日

きょうは挫折

dashi's roomにお越しいただきありがとうございます。
きょうは、シンプルテキストに書いていた文章を娘に読まれ、
「小学生の作文みたい。面白くない。もっとシャレた文章書けないの」
と突っ込まれて大ショック。
ご説ごもっとも。反論できないから情けないです。
明日また捲土重来を期したいと思います。See you〜。
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2006年11月25日

銚子電鉄頑張れ

千葉県の銚子市と犬吠埼を結ぶわずか6.4キロのミニ鉄道・銚子電鉄。1913年から始まる歴史のある鉄道ですが(途中中断期間もあります)、全線単線で10駅しかない小さい路線です。
もともと財政難のところに前社長の借金まで引き受けてしまったため、資金不足から車輛を法定検査に出すことが出来ないという深刻な事態に。
このままだと運行出来なくなるから、資金づくりのために副業で販売している「ぬれ煎餅」を買って下さい! とホームページで呼びかけました。
http://www.choshi-dentetsu.jp/

販売しているのには、ぬれ煎餅以外にも玄米あげもち、クッキーなど別商品もいくつかあります。(お酒や文鎮なども)
銚子にはヤマサ醤油とヒゲタ醤油という全国区のメーカーがあるので、ご当地ものを生かした商品開発というわけですね。ぬれ煎餅はヤマサの専用醤油を使い、玄米あげもちにはヒゲタ醤油を使っているそうです。
固くパリッと焼かずに醤油をたっぷりしみ込ませたぬれ煎餅は、千葉県ではもともと人気商品。お茶がほしくなるしょっぱさという意見もありますが、やみつきになる味だそうです。
私もミニ鉄道応援がてら、このぬれ煎餅ほかを試しに注文してみました。届くのが楽しみです。

その後テレビで、この呼びかけを紹介しているのを2度見かけました。いずれもスタジオにぬれ煎餅を用意して、司会者やゲストがかじって「美味しい」と言っていました。
銚子電鉄がCM料を払えるわけないですから、タダですごい宣伝してもらったなあ、ヤッタネとある意味感心しました。
その番組で言ってましたが、売店には長蛇の列、ネット販売には注文が殺到。今注文しても年内の発送は無理ということでした。
一人一人の単価はたいしたことなくても、(私のように)マスコミで知って注文してくれる人が大勢いたら、ロングテール現象で相当効果が出ることでしょう。

すでにかなりの売り上げがあって、対象車輛を無事検査に出すことが出来たそうです。法定の点検修理が終わっていないと運行させられないらしいので(車検みたいなものでしょうか)、まずはめでたしですね。
その後25日付けで関東運輸局から鉄道事業の改善命令が出たという新聞記事も読みました。さっそくホームページにも緊急報告2としてアップしてあります。
なりふりかまわぬ必死の経営努力で、今後も頑張ってほしいと思っています。
私の田舎にもこの銚子電鉄を彷彿とさせる赤字路線があり、つぶれないのが不思議と噂されています。銚子電鉄を見習ってもっと真剣に、本気で鉄道の赤字を副業で穴埋めの工夫したらどうだろう、と思ったことでした。
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ピア・プレッシャー

いじめによる自殺の連鎖、ついには授業中に、制止する先生を振り切って校舎から飛び降りるという事件まで起こりました。そこまで追いつめられた女の子には同情するとしても、力及ばず目の前で生徒を死なせてしまったその先生は、一生悪夢にうなされるのではないかと気にかかります。
そんなに辛いのに、どうして学校に行くんだ。死ぬくらいならその前に、なんで逃げたりいじめを訴えたりしなかったんだ、今ならいじめと言えば周囲もほっておかないだろうに……と疑問に思いますよね。

きょう読んでいた本(悪魔のささやき・加賀乙彦著・集英社新書)の中に、ヒントになりそうな言葉が出てきました。心理学用語で「ピア・プレッシャー(peer pressure)」というものです。
peerは「(地位・年齢・能力などが)同等の人、同僚、仲間」を指し、ピア・プレッシャーは「仲間からの圧力」と訳されているようです。(そのほかpeerには「じっと見つめる、目をこらす」という意味もあるので、「お互いに監視し合っている圧力」という印象もありますね)
この本では、日本社会は欧米に比べピア・プレッシャーが強く、それに抗する力が弱い。だから誰かが始めたいじめがクラス中に広がったり、新歓コンパのイッキのみで命を落とす若者が絶えない、と指摘されています。
たしかに昔から村八分の伝統のある国ですから、みんなでいじめて自殺に追い込む社会的体質はあるかもしれませんね。

そしてこのピア・プレッシャーは、思春期は特に受けやすい時期だそうです。
http://www.ask.or.jp/lifeskill/columns/colum_05_01.html
その年代では、自分が仲間うちでどう見られているのか、とても気になる。まだ学校に行っている年齢ですから、学校の仲間が社会のすべてになるんでしょうか。
ピア・プレッシャーからのライバル意識がいい方に働いて学業やスポーツなどで高め合う面もありますが、集団いじめや犯罪の誘因になったりもするわけですね。
タバコや飲酒も、友人仲間から教えてもらう(強制される?)場合が多いと思います。

私の身内にあまり治安がよくない地域で育った青年がいます。いわゆる悪ガキの多いところですが、その子はおっとりした優しい性格で、親はその子に全幅の信頼を置いていました。
その子の母親は子供たちが大人になってから「ここらへんでは万引きがとても多いらしいけど、やってた子を知ってる?」と聞いたそうです。すると妹にアッサリと「お兄ちゃんも中学生の頃よくやってたよ」と言われて大ショック。「万引き、上手だったよ」の追い打ちに、夜も眠れないくらい落ち込んだそうです。
比較的裕福な家庭の子で万引きしなくても買う金には困ってなかったはずですが、誘われたら断れなかったんでしょうか。もっともピア・プレッシャーのなせるワザだ、と母親が言うとしたら、親バカというものでしょうね。

ピア・プレッシャーはビジネスの世界でも
「個人よりも集団を優先する」「金銭的報酬よりも同僚の評価を気にする」
日本社会の特徴として注目されているようです。
雇用主からしたら、これはまたずいぶん扱いやすい被雇用者ですね。
終身雇用制が崩れてきた今ではだいぶ事情も変わってきたかもしれません。それでも、同僚に迷惑(負担)をかけるのを何より恐れるからサービス残業を厭わなかったり、有給休暇を消化する労働者が少ない、という体質は残っていると思います。
posted by dashi at 01:14| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会問題

2006年11月23日

若き引退(イアン・ソープ)

引き際が実にいさぎよい、と讃えるべきでしょうか。
イアン・ソープの現役引退表明には驚きました。まだ24歳です。北島康介と同い年だそうで、そう聞くと彼の若さが実感できますね。
人より早く成熟したのか、彼が400m自由形で史上最年少の世界チャンピオンになったのは、15歳のときの世界選手権です。
オリンピックでは17歳で出場したシドニーで3個(400m自由形とリレー2種)、4年後のアテネでも2個(200m、400m自由形)と計5個の金メダル、銀3、銅1。200mと400mの自由形では、今でも世界記録を保持しているそうです。
病気やケガのせいもあるでしょうが、「水泳が人生で一番重要なものでなくなった」と言って引退出来る自由があるのは、ちょっと羨ましい気もします。

競泳の選手として、あの全身を覆うようなボディスーツ型水着のイメージの強いイアン・ソープ。
あの水着はアディダスの特製で、イアンの身体に合わせて作られました。きわめてタイトだから、着るのに10〜15分もかかることがある、とインタビューで答えています。
水の溜りやすい背中とお尻の部分にシリコンを入れて水の流れをよくする。またアシカの足をヒントにした素材で、飛行機の形を参考に水の抵抗をなくす作りになっているそうです。
ちなみに彼は大柄な人で(195cm?)、足のサイズは35pもあるそうです。水着だけでなく特注にするものが多そうですね。

イアンは家族の愛に恵まれた人なのでしょう、尊敬する人はと聞かれて父と母をまずあげています。
http://www.nichigo.com.au/topics/int/2004/0405.htm
両親は決して彼にプレッシャーをかけたりせず、水泳を続けたいかと常に彼の意思を確認してくれていたそうです。
彼が水泳を始めたきっかけは、8歳のとき、姉の水泳の試合を見に行くのに飽きて、自分もやろうと思ったということです。始める年齢として早くはないように思いますが、彼の天分を見抜いて能力を素早く引き出した、優秀なコーチに恵まれた幸運も大きかったのでしょうね。

イアンの人気の秘密がルックスや水泳の記録のせいばかりではないことは、彼の水泳以外の活動を見るとよくわかります。
※ヤクルトとの共同開発飲料「THORPEDO」の発表。(ソーピード:魚雷を意味するtorpedoをもじった彼の愛称。イアン・ソープはIan James Thorpe)
※男性用下着デザイン(共同事業)。
※ゴールドコーストの超高層マンションマーケティングに参加
※コナミスポーツクラブ・オフィシャルアドバイザー
といった実業的な面のほか、
※テレビ朝日の番組に多数出演。(彼は日本びいきで、京都が大好きだそうです)
※オーストラリア観光親善大使
など広告塔としても有能。さらに、若くしてチャリティー活動にも熱心で、
※イアン・ソープ基金(イアン・ソープ・ファウンテン・フォー・ユース)を設立。
オーストラリアの先住民アボリジニなど貧困層の救済を目指す「マターナル・チャイルド・ヘルス・プログラム」に資金提供しているようです。
水泳を引退しても、ヒマを持て余すことはなさそうですね。

「僕は才能を授かったと信じている。そして、集中力と決意を持って、最高の結果を出すためにあらゆる機会を通して自分を鍛えてきた」
「(ビジネスの才能について聞かれて)プールで楽しむのと同じくらいプールの外でも楽しみたい。ほかの分野でも自分にチャレンジしたい」
「(基金に関して)僕は、命に関わる深刻な病気にかかっている子供たちの状況を変えることができる立場にいると思う。そうした子供たちの健康をめぐる問題に人々の関心を引き付けることもできる」
「人生の大切なものを得るために、潜在能力を最大限に引き出すためにハードに働くことは重要」
「(人生に一番重要なことはと聞かれて)生活をエンジョイすること、人生を楽しむこと、体験すること!」
などなど姿勢は実に前向きで、語録も素晴らしいです。

アメリカの同時多発テロの日、彼はニューヨークにいて、間一髪で危機を逃れたそうです。
その時のことを聞かれたインタビューで、
「あの事件は、いわゆる”ウェイクアップ・コール”だったんじゃないかと思う。何が大切なのかをもう一度考え直すための」
と答えています。(日豪プレスQLD版2002年1月号の独占インタビュー)
まだ20歳前の年齢で、ずいぶん大人びたことを言う人だと思いました。思慮深く視野の広い、豊かな知性と人間性を備えたオトナですね。
以前、医者志望という報道に接したような気もするのですが、まだ24歳、前途洋々。彼ならなんでも出来そう。これからどんな人生を歩くのか興味津々です。
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2006年11月22日

脚本を書く人

きのうの続きです。
京急脚本大賞は、京急沿線を舞台にするというしばりがある以外は全く来るもの拒まずのようです。
昨日おしゃべりした一人は規定の枚数に全然足りなかったけど、時間がなかったからそのまま出した、と言ってました。門前払いにならず招待もしてもらえたのは、京急のお客様だからでしょうか。
その時期になると京浜急行の駅や電車の中に大きなポスターが貼られますが、これほど広く一般から公募するシナリオは他にはないんじゃないでしょうか。だいたい、映画関係の雑誌や専門学校、その業界の中で公募することが大半だと思います。

だからかどうか、応募した人の中にはズブのシロウトも少なからずいたようで(私もそうですが)、私が声をかけて聞いた人の中で、ちゃんと学校に通って習ってる(習った)という人はほとんどいませんでした。
入賞したうちの青年の一人も、聞いたら、独学で本や雑誌を買って勉強したと言っていました。
もっとも、それとわかるシナリオ学校の生徒さんも大勢いたので、それ以外の人の話です。
また受賞して挨拶した人の中に「シナリオの書き方がわからないから2ちゃんねるで聞いた。ちゃんとした答えがなかったから薄い本を買って研究した」と言っている人もいましたが、これはかなり脚色が入っているんじゃないかと思いました。

公募シナリオの中では、ひときわ敷居が低いところと言えそうですね。
審査委員長の脚本家先生も、自分の名を冠した賞を手渡す席で受賞者に(応募先が)「京急脚本大賞でよかったね」とシニカルでした。
ただ、前回の初めての公募の際はもっとひどかったようで、このシビアな先生が「こんなレベルの低いのは初めて。シナリオをなめてる」と憤慨したように挨拶されていた記憶があります。そのとき私は隣の知り合ったばかりの女性と「レベルを下げたのは私」「私も」なんて苦笑したものでした。

今回は大賞(映画化の対象。賞金300万円)は前回に続いて該当作なし。最優秀賞の賞金が倍額の100万円に変更になっていました。
シナリオで100万円も稼げるのはとてもすごいことらしくて(小説と比べ賞金・稿料が安いみたいですね)、件の先生が「次回は審査委員を降りて自分が応募したい」と、本音っぽい講評をされていました。
賞金と言えば、審査委員の一人阿木燿子さんが、紫綬褒章を受けたことを祝福されて「褒章をもらっても一円ももらえないから、こっちの方がいいかも」といったジョークを、あのゆったりとした上品な口調で話されていました。

会場には学生服を着た高校生らしき若者もいましたが、案外、中高年の姿も目立ちました。
会場で話をした人は定年退職した64歳だかで、ノミネートされた20代からせいぜい40代の人たちが並んだ壇上を見上げながら、「こういうのを書く人って、人生経験は必要ないんですかね。みんな頭の中の空想だけで脚本を書いてるとしか思えない。そんなんでいいものが書けるのかな」と首をひねっていました。
60代から見たら、みんなクチバシの黄色いヒヨッコかもしれませんね。でも老人が自分が重ねた人生経験をもとに力を入れて書いたものは、説教臭い作品になるように思いますが、どうでしょうか。

鉛筆と紙さえあれば(またはPCがあれば)書けるものですから、カネも体力も要らないし時間も場所も選ばない。シナリオは絵手紙同様、老若男女を問わず長く楽しめる趣味かも知れません。
しかも、ひょっとしたら自分の脚本で映画が出来るかもしれないんですから、夢がありますね。宝くじが当たるの待つより楽しいと思います。
映画作りに命をかけて、生涯の仕事として脚本を書いている人たちから見たら、趣味で書いている人たちはテリトリーを引っ掻き回す目障りな、腹立たしい存在でしょうけどね。
阿木燿子さんが最後にきっぱりと、「仕事は、覚悟です。みなさん覚悟を決めてこの仕事に打ち込んで下さい」といったようなことを話されてて印象的でした。

受賞作品集とお菓子の箱とパスネットの入った紙袋をおみやげにもらって帰途につきました。
ゆりかもめの駅で同じ袋を下げた中年の男性に「せっかく来たのでお話しをしたいんですが、かまいませんか」と声をかけたら「もちろんですとも」とありがたいお言葉。
たちまち盛り上がって、一緒に電車に乗って話しこんでいたら「私もお仲間に」と若い女性が男性の横に座りました。
シナリオを学んでいるわけではないけど、舞台女優をしている人でした。演技の勉強のために書いてみたそうで、知り合いの脚本家に見てもらったりはしているようです。取材で漁船に乗って地元の人と話せたのが、とっても楽しかったと目を輝かせていました。

同じ袋が同好の士の目印、脇の座席の男性も会話に入って来ました。こちらは私同様前回も応募した人で、前はああだったこうだったと思い返しました。
途中でもう一人加わって、あれこれお話し出来て刺激を受け、とても楽しいひとときでした。書いたご褒美をもらった気分になりました。
名前も聞かずに別れた人たちと、また再会出来たらなと思っています。
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2006年11月21日

京急脚本大賞パーティーに行ってきました

きょうは、私のために仕事の休みを合わせてくれた娘の協力で、京急脚本大賞のパーティーに行って来ました。夕方から出かけて帰りは夜なので、その間息子の世話をする人が必要なのです。
授賞式がありましたが、もちろん私が賞をいただいたわけではなく(もらってたらここで大騒ぎしますともさ!)、ノミネートされた人たちが壇上に並ぶのを、ジュースやウーロン茶をヤケのみ(?)しながら見ていただけです。
授賞式が終わったら料理を喰いまくり、さすがにホテルの食事は美味しいワと満足して、おなかいっぱいで帰って来ました。

今思うとまことに恥ずかしい限りですが、私は以前、狂ったように小説を書きまくっていた時期があり、その最後の作品(と言うほどのものだったかどうか……)が京急脚本大賞に応募した脚本です。
これは第2回の公募で、最初のにも応募しました。その時知り合った女性と、次回も是非来ようねと別れたのですが、残念ながら会えませんでした。

京急の顧客サービスも兼ねているのでしょう、作品の出来は度外視して、応募した全員を招待して授賞発表及び懇親パーティーを開いてくれます。
もっとも前回は500人あまり、今回は299人という応募だそうですが、出席者はその何割かだと思います。
今回も、招待状が届いたので楽しみに出かけて来ました。
お台場のホテルの立食パーティー、立ちづくめで疲れましたが、今回はせっかく来たからと何人もの人に話しかけ、楽しいひとときでした。

ブログのネタはたくさん拾えましたが、遅くなってしまったので、ご披露する時間がありません。明日またあらためて書きたいと思います。
中途半端なことで申し訳ありませんが、自閉症の息子に免じてご了承下さい。
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事故のあと

きのう救急車に乗りそこねたので、娘と今朝病院に行ってきました。
精神的なものかもしれないけど、二人とも肩が凝って違和感があります。
息子をスクールバスに乗せたその足で近くの救急指定病院へ。どこでもよかったのですが、交通事故に慣れたところがいいかと思って選びました。
私が去年そこの隣の老健施設(経営者は同じ医療法人)でヘルパー実習をしたり、昔(当時の)夫の両親が交通事故(軽いむち打ち)で入院したこともある、因縁のある病院です。

初診受付を済ませ、待つこと2時間半。
整形外科だからさすがに老人が多くて、座る椅子も足りない混雑にもおとなしく待っています。
診察室に呼ばれてからは早くて、診察・レントゲン撮影・もう一度診察・薬局で湿布薬をもらう・会計まではベルトコンベアーに乗ってるようでした。
医師も受付嬢も手慣れたもので、あっという間に診断(軽いむち打ち)は下るし薬は出る、会計は「保険会社に連絡をとって処理しますから」と保留。立て替えたのは駐車代300円だけでした。
「レントゲン高そうだね、手持ちのお金で足りるかな」と娘と話していたのは杞憂に終わりました。

きのう、調書を取るから診断書を持って署に来てくれと言われていたので、病院から警察署に向かいました。
事故現場がなじみのない場所だったので、その警察署も初めて行くところ。昨夜ネットで調べたり、電話で道順を聞いたりしながらたどり着きました。
担当の警官は人の良さそうなオジさんで、わざわざ来てもらってスミマセンと何度も言ってくれました。警察と思えない感じの良さ。娘が気にしていた「免許に傷がつかない」ことも保証してくれてひと安心です。調書も無駄なく用意されていてすぐ終わり、気持ちよく署を出ました。
なんだか可笑しかったのは、その調査室(?)の奥にはお偉いさんらしい制服を着た人が二人も、腕組みをしつつ「ヒマで死にそう」といった表情でこっちを見ていたことです。ヒマなのも困るんだろうなと思った次第。

息子のお迎えに回ってから帰宅したら、タイミングよく相手側の保険屋さんから電話が入りました。
修理に出す間の代車の希望まで聞いてくれて、これで前回閉口したタバコ臭い代車に乗ることもないと喜んでいます。(希望したら大型車にも乗れるようですね。料金はだいぶ違うでしょうに)
ぶつけた車の持ち主はちゃんとした人で、安かろう値切ろうの保険屋さんじゃなくてホントによかったです。これが任意保険にも加入してない若い子だったらイヤな思いをしたかもしれません。
病院で順番を待っている時、意識のない女性が点滴を受けながらストレッチャーで目の前を往復しました。娘が「交通事故かな」とつぶやき、私もそうかもしれないと思いながら見送りました。
自分があれほどのケガを負っていたら、こうしてPCに向かうことも出来ないわけですから、輪禍といってもたいしたことなくて幸いだったと思いました。
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2006年11月20日

もらい事故

犬も歩けば棒に当たる。
雨の日曜日、おとなしく家でDVDでも見ていれば起こらなかった事態ですが……。
きょうは若葉マークの娘が運転する車で、止まったところを後ろから追突され、はずみで前の車にぶつかるという玉突き事故に遭いました。
もう暗かったし雨もだいぶ降っていたので、後ろの車も前がよく見えなかったか、スリップしたのかもしれません。
赤信号で止まっているのに追突されるというのは去年も経験しましたが、そのときには物損で処理してもらい病院には行きませんでした。大丈夫と判断してのことでしたが、あとで首のあたりがなんとなく不調の時に、ちゃんと診てもらっておけばよかったと未練が残りました。

それで今回は救急車を呼んでもらったのですが、いざ息子を連れて乗り込もうとしたら、息子が大声をあげ激しく拒否して車から降りません。仕方なく、後日病院に行って診断書をもらい、それを持って警察署に行くことになりました。
事故当時は胸周辺がヘンで少し気持ちが悪い感じでしたが、今は特になんともなく、気分的なものだったかなと思っています。無駄に人身にしてしまったかもしれないと気になります。

事故に対する娘の意見は「次に車を買うときは明るい色にしよう」でした。「よく目立つ方が事故は少ないでしょ」。
たしかに、夜目にも目立つ白い車の方がより安全かもしれませんね。
それにしても、交通法規を守っておとなしく運転していても事故には遭う。ほんの一瞬よそ見をするだけでたちまちガツンです。飲酒運転なんてもってのほかとあらためて思ったことでした。
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2006年11月18日

ロングテール

きょうは障害者団体の活動に息子を一時間半ばかりあずかってもらえたので、その間に会場近くのアウトレットモールをのぞいてみました。
数年前に行ったときはしょぼいという印象でしたが、お店も増えイルミネーションも派手になって、華やかなショッピングモールになっていました。
小さい子どもを連れた家族連れも多く、店舗に挟まれたスペースが噴水やジャングルジムも置いた子どもの遊び場になっています。
アウトレットは売れ残りや廃番になったものを販売するのだからお買い得のはずですが、普段ブランドものに無縁の私には場違いなところでした。

あらためてアウトレットとは何かと検索してみました。
あらゆるブランドショップでは、新商品が次々と店頭に並びますが、その裏で過剰在庫、新商品開発のための試作品・サンプル品、季節遅れの商品、製造過程で若干のキズがついた商品なども発生します。
季節遅れと言えば、たしかに今日見た商品の中には薄手の半袖など、どう見ても夏物で普通の店にはこの時期ゼッタイあり得ないものも多くありました。
こうした「正規の店頭では扱わない商品」を「正規の価格よりも安く」提供するのがアウトレットストア。その集合体がアウトレットモールだそうです。
一般的には正規品より30〜50%安いそうですが、元が高いからそう安くは感じないですね。

正規品よりなぜ30〜50%も安い価格で販売出来るのかと考えると、ここによく言われる「80:20の法則」が成立しているからだと思います。
経営学的には「80%の売り上げは20%の商品から」得ているそうですし、「80%の利益は20%の大口優良顧客から」得ているものなのだそうです。
だから、バカ高い(と思える)ブランド品を正規の値段で買ってくれる優良な20%の顧客(商品も全体の20%)がいれば、その人たちだけですでに80%を売り上げられるわけです。残りの80%の商品を売り上げ全体の20%で売りさばけば損はしないことになります。
30〜50%どころか、もっとうんと安くしても良さそうですね。

20%の顧客(商品)で売り上げの80%の占めるなら、経営効率的には残りの80%の顧客(商品)は「取るに足りないもの」と見なされても仕方ないです。だから売れ筋じゃない商品は流通からはずれ、小口の客はないがしろにされがちでした。
これの反対の概念が「ロングテール long tail(長い尾)」です。
在庫をかかえることがほとんどコストに反映しないネット販売では、ほとんど売れないものをも販売ルートに乗せることが可能になりました。
オンラインショップの売り上げを調べると、少しずつしか売れないものの売り上げを合計すると無視出来ない割合になり、売り上げ上位の合計がたいした割合にならない。
販売数量を縦軸、売れた商品を横軸にしたグラフにすると、ほとんど平らなカーブが横長に延々と続く。これを恐竜の長ーーい尾に例えてロングテール現象と呼んだものです。
ほとんど平らでもゼロではないから、延々と続くのを合計すると売れ筋に拮抗する割合になるということですね。
2004年10月に米で発表された法則だそうですから、まだ「若い」理論のようです。
アウトレットでもひとつひとつの単価を下げて、ロングテールでやってほしいですね。
posted by dashi at 22:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 興味津々

訃報

先日友人二人と会ったときに、先月89歳目前で亡くなった私の父のことを聞かれました。
それだけ長生きしたら本人も本望だろうし、葬儀で泣く人はあまりいなかった。連れ合いの私の母も、悲しそうには見えませんでした。
事故(火傷)だったので激しい痛みはあったようです。私が気をつけていれば……と介護していた姉には悔いが残ったと思いますが、じきに意識をなくして数時間後には昇天したので、長く苦しむことはありませんでした。
以前にも書いたことがありますが、パーキンソン病で何年も寝たきりだった親戚のオバさんに、そんなになってまで生きてたいのかと呆れたように声をかけた父ですから、最期はサッサと去りたかっただろう、望んだ死に方だっただろうと私は思いました。

友人二人と「PPK(ぴんぴんコロリ)がいいよね」「あんまり長生きしなくてもいいワ」などと話していたら、一人が「還暦過ぎたら、もういいかな〜」と言い出し、還暦じゃ早すぎるよと笑いました。
「糖尿になってもいいから太りたい」という先代貴乃花の言葉に象徴されるように、勝つために健康を犠牲にする相撲界では、昔は還暦まで生き残る人がまれで、還暦のお祝いは盛大だったと聞きます。
でも今は健康管理(主に引退後の減量)が進んで、親方も長命な人が増えました。無理に太る必要がない一般人は、もっと長生きしたいものです。

漫画家のはらたいらさんの死は、クイズダービーを毎週見ていた私にとっては感慨深いものがありました。はらさんは高知出身の大酒豪、淡々と浴びるように飲んでいたとか。肝硬変から肝臓ガンになったけど、飲みたいだけ飲んで「もう十分生きた」と言っていたそうです。
男性には珍しい(と思われていた)更年期障害にも長く苦しんだ経験がある人ですから、死生観にもだいぶ影響があったかもしれませんね。
漫画家は「人間の生活が出来ない」そうで、若く亡くなる人も多いですね。きょうは石川賢氏の訃報を知りました、急性心不全、まだ58歳です。
おじゃる丸の原案者とか、古くはちばあきお氏とか、自殺する人も珍しくありません。

私の祖父も父同様平均寿命以上に長生きしましたが、晩年には同世代のご近所さんがいなくなって淋しそうでした。認知症にもならず元気にしていましたが、腎不全で入院したら急速に弱り一週間ばかりで亡くなりました。
見舞いに大阪から駆けつけた姉に、ベッド脇の点滴スタンドを見上げながら「こんな死に方だけはしたくなかった」とつぶやいたそうです。
今年も一ヶ月あまりを残すのみとなり、私も書いた喪中ハガキが友人からも届きました。
ご主人のお父さまが亡くなったようです。お父さまなら順番だから、仕方ないよね。
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2006年11月16日

うるし茶

去る13日のラジオで「きょうは漆(うるし)の日です」と言っていました。
毎日「今日はなんとかの日」に決まっていて11月13日は漆の日らしいですが、知っている人はあまりいないでしょう。昭和60年(1985年)に社団法人 日本漆工協会が制定したそうです。
11月13日に決まったのにはちゃんとした由来があります。
時代は平安初期。文徳天皇の第一皇子である惟喬(これたか)親王が、京都嵐山の法輪寺に籠り、「漆器の製造法」完成を祈願します。満願の11月13日は霊験あらたか、本尊の虚空蔵菩薩によって教示・伝授されたという言い伝えの日だそうです。

13日には漆の日を記念して、石川県輪島市にある漆芸美術館では来館した見学者にうるし茶がふるまわれました。独特の苦味があって風味豊か、そば茶に似た珍しい味に見学者は大喜びだったということです。
うるしと言うと激しい「かぶれ」を連想しますが、うるし茶には漆の樹液は使わないのでかぶれる心配はないそうです。このお茶はうるしの葉っぱではなくて、実を使います。
収穫した実を天日に干して乾燥させ、固い皮を取り除いてよく洗う。表面のロウ質を洗い流すのだそうです。それをフライパンでこんがり炒め、ミキサーで細かく粉状にしたものを普通の粉茶のように入れるそうです。実の量に比べわずかしか出来ない貴重な珍味らしいです。
なお、滋養強壮に効くという説もあるけれど、はっきりした効能はわかっていないということです。

漆の実と言っても見たことのある人はあまりないんじゃないでしょうか。こちらに画像がありました。
http://www.city.wajima.ishikawa.jp/art/urushi_tea.html
私も漆の実は見たことありませんが、私の田舎に多いハゼの実とよく似ていると思いました。
ハゼもかぶれると注意されていたので、ハゼの木のそばを通るときは息を止めて走り抜けたものです。ハゼはうるし科の植物だそうなので、うるしに近い性質なのでしょうね。実はお茶に出来るのかもしれません。
ハゼは、昔は和ロウソクの原料にされたそうですが、今は和ロウソクを目にする機会もありませんね。本格的な時代劇では使っているでしょうか、真っ白ではなくて(生成り?)下が細くすぼまっているロウソクです。私は「赤いロウソクと人魚」という童話の挿絵を思い出しますが、赤く色を塗れるのも和ロウソクならではでしょうか。

お茶と言えば、健康食品に敏感な知人が、身体にいいと評判のイチョウの葉を干して粉にしたお茶をくれたことがありました。とても効能のあるものらしいですが、枯れ葉の味(?)がしてチョー不味く、とても飲めたシロモノではなかったです。でもあれを、野趣がある、と好んで飲む人もいるのかもしれません。
お茶ひとつにしても、「タデ食う虫も好きずき」とは言えますね。
うるし茶も、見学者の中には「柿や生栗のような渋が残る」と言って歓迎しない人もいたそうです。
posted by dashi at 23:25| Comment(0) | TrackBack(1) | 興味津々

2006年11月15日

難しい子

きょう自閉症関係の小さな集まりに出かけたら、数年ぶりに会うお母さん(Nさん)がいました。
Nさんとは親だけのつきあいで、家や学校が遠いこともあって子どもさんの顔は見たことがありません。
その人の子はウチよりいくつか年上で、養護学校を何年か前に卒業しました。問題行動の激しい子で大変だったけど、今は落ち着いて作業所に通っているらしいと人づてに聞いたのが、もう3年ばかり前のことになるでしょうか。
今もそこに通っていると思ったら、精神科で知られた病院にもう2年も入院していると言うので驚きました。

Nさんはあごを突き出し、そこに残った傷あとを撫でながら「噛みつかれたの。6針縫ったのよ」と苦笑しました。色白の痩せた顔で、その傷はよく目立ちます。
「噛みついて放さないわけ? ギリギリって噛みしめるの?」
痛そう……と眉をひそめながら(たぶん)、その情景を思い浮かべて身震いの出る思いがした私でした。
Nさんは自分の手指の傷あとを示しながら、「ここも噛まれたあと。ここも……」と淡々と話し、
「もう2年にもなるから聞かれても大丈夫。初めのうちは、とても人に話せる気分じゃなかったけどね」
とニッコリしました。

私が直接見たわけではないですが、Nさんの子の問題行動ぶりは仲間うちでは有名でした。
どこかへ行ってしまうとか、睡眠障害があるとか、他の子に噛みつくなどの他傷行為は、深刻は深刻だけど珍しい話ではありません。
以前話を聞いて「えーーっ」と私がびっくりしたのは、調理前の生の肉や魚も平気で食べてしまうから、食糧をしまった部屋には鍵をかけている。冷凍品も食べたこともあるが、不思議とおなかはこわさない、という話でした。
家族は、冷たいものを飲みたくなったらわざわざ鍵を開けて冷蔵庫にたどりつくわけです。
正直な話、よくそれで普通に生活出来るな〜とあきれました。お兄さんもいたと思いますが、そんな家庭がイヤにならないのかと同情したくなりました。

難しい問題行動が、投薬の成果があがって収まる子もいると聞きます。Nさんの子はアトピーもあって、効果のあがる薬にめぐり会えなかったという不運もあるようです。
Nさんが入院を選択したと聞いて、無理もないと思いました。家庭で見る限度を越えてると思う。
家族だって生身の人間なのだから、噛まれたら痛いし夜中に騒がれたら辛い。遠くで見つかって迎えに行くには交通費だってかかるし、頭も下げなければならない。
自分が噛まれるのも悲しいけど、よその子をケガでもさせたら大変です。
「こんな子は鎖でつないでおけ」だの「ちゃんとしつけろ」だのと罵られても反論出来ません。
本人が悪いんじゃない、悪いのはそういう行動をとらせる障害だ、と理屈を言われても、表に出る結果は同じです。
そこで耐えて耐えぬけば、明るい未来が約束されているというのなら話は別ですけどね。

なぜそういう行動に出るのか推測出来る場合も多いけど、全くなんの脈絡もなく突飛な行動に走る子もいます。
脳の障害であるからには、アドレナリンの異常分泌といったことがおこるのでしょうか。
人権がおろそかにされていた時代には、おとなしくさせるためだけに安易にロボトミー手術がされていました。故ケネディ大統領のお姉さんも施術されたそうですし(以前書きました)、映画「カッコーの巣の上で」で広く問題提起されましたね。
いい精神安定剤も増えて来た(という話です)今ではそんな乱暴なことをする必要もないでしょう。凶暴な場合に安定剤を大量投与して、副作用でおとなしく(朦朧と)なる、ということはあるでしょうけどね。
Nさんの子は病院(個室)がイヤではないようすで、落ち着いて暮らしているそうです。
posted by dashi at 23:54| Comment(4) | TrackBack(0) | 自閉症関連

2006年11月14日

生まれ変わり

きょう、ひと回りも上の先輩お母さん(Hさん)と話す機会がありました。その人のお嬢さんは、週日はグループホームに暮らし、パート勤務で働いている社会人です。
自閉症独特の難しさもあるようですが、周囲の理解やサポートを得て、「ずっと働きたい」と仕事を楽しんでいるそうです。
Hさんは穏やかな人で、一人娘をいつくしむという表現がピッタリの育て方をされて来ました。子どもの障害をごく自然に受け止め、小さいころは一緒に遊ぶのを純粋に楽しんだそうです。
お嬢さんもお母さんの影響で刺繍や折り紙の上手な、趣味の多い人です。ディズニーランドの年間チケットを買って休みに出かけたり、一人旅で手塚治虫記念館を訪ねたりもしています。

このお嬢さんは以前、「人は死んだらどうなるのか」ということを強く意識していた時期があったそうです。子どもが暴行のあげく殺されるといったニュースを聞くと「もうダメで」、とても不安定になっていたということでした。
具体的にどういうことをしていたのかは聞きませんでしたが、おそらく強迫神経症的に、同じ事を何度も繰り返し聞いたりつぶやいたり、眠れずに困ったり、苛立たしげに歩き回ったりしてたんじゃないかなと、私なりに想像しました。
その危機を救ったのは、お嬢さんが可愛がって育てていた蝶でした。

お嬢さんは毎年、蝶の卵が産みつけられた葉っぱを見つけてはもらって来て、朝夕餌を与えて育て、「蝶々のお母さん」をしています。グループホームに入った今も近くの茂みや馴染みの園芸店で探しているそうです。
ある日、ミヤコ蝶々さんが亡くなったというニュースが流れた時に、ちょうど一匹の蝶が羽化しました。彼女が集める卵はアゲハチョウばかりのようなので、大きなアゲハが見事な羽をゆっくりと広げて羽ばたいたのではないでしょうか。
するとお嬢さんは「そうかー、人って生まれ変わるんだ!」とつぶやき、それがすっと心に落ちたそうです。ミヤコ蝶々さんの名前との語呂合わせに納得できたのでしょうか。

それ以来、不幸なニュースを聞いたあとには、新しい蝶が羽化する度に「この蝶はあの子、これはあの女の子の生まれ変わり」と自分なりに決めているそうです。だからオスメスの区別がとても大切なのだとか。
これはHさんにもとても印象的な出来事で、「幼虫にもオスメスがあるのよ〜。私も見分けられるようになったわ。模様が違うの」と眼を輝かして話してくれました。
理不尽な悲しみに心を傷めていたお嬢さんの目に、サナギから抜け出て大きく羽を広げたアゲハは希望に満ちた新しい命の象徴と映ったのでしょう。

自閉症者にとって一番大事なのは、「本人が納得すること」だと私は思います。
ウチの息子はHさんのお嬢さんほどIQも高くなく会話も出来ませんが、わからないなりに納得させることは可能な場合もあります。納得できたことではトラブることはありません。
すっと心に落ちる理論付けが、すべてのことで出来たらいいのですが。
posted by dashi at 23:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 自閉症関連

2006年11月13日

絵手紙の愉しみ

きょう出先で郵便局に寄ったら、折よくロビーで絵手紙展をやっていました。
郵便局に来たついでに立ち寄ったものか、それともわざわざ足を運んだのか、けっこうな人出です。
絵手紙は老若男女・絵の巧拙は問わず自由に楽しめる、そして相手は喜んでくれる、実益も兼ねた趣味として人気が定着しているのだろうと思いました。
老親と離れて暮らしている人はもちろん、グリーティングカード代わり、病気入院のお見舞い、自分のリハビリのためなどと守備範囲は広そうです。お仕着せの「大人の塗り絵」よりずっと楽しそう。
ハガキに書けば50円で全国に発送、手軽でいいですね。

壁や衝立てに所狭しと作品が並べられていました。
奥の方には年季が入った人の作品なのか、星野富弘を彷彿とさせる力作もありました。似顔絵あり、外国旅行に材を取ったもの、ハガキでなく巻き紙状の「ふみ」もあります。
入り口には、何冊もの著書もある絵手紙作家・中井桂子さんの大きな墨絵も展示してありました。
それはそれで見事なのですが、初心者の作品っぽい素朴なものにもまたそれなりの味があり、趣味としては実に幅も奥行きも深いものだと思いました。

少し縮小してあるのかハガキよりひと回り小さいサイズの紙に、紙面いっぱいに絵が描かれその余白に思い思いのひと言が押し込まれています。
カニの絵に「蟹です」。
カタツムリの絵に「遅くてもいい」。
ひっくり返ったセミの絵に「おらあしんじまったぜ」。
カブトムシの絵に「甲虫も鳴くんだね」。
かぶの絵に「かぶのお漬けものおいしいよね 大好き」。
真っ二つにしたしいたけに「野菜の断面と対話する日」。
題材も言葉も「何でもいいんだなあ」とその自由さに感心しました。

彼岸花の絵に「曼珠沙華 何かをつかもうとする手のようだ」。
これは花自体の造形美もあってなかなか華やかな絵でした。
こんなのもありました。カボチャの絵に「実篤になった気分です」。
そうそう、と笑みがこぼれました。絵手紙は武者小路実篤の色紙を連想させますね。
と言っても、氏が亡くなってからもう30年になるそうなので、それダレ? の世界かもしれませんね。記念館のHPに絵手紙っぽい作品がありますのでどうぞご覧下さい(一番下です)。
http://www.mushakoji.org/saneatsu_shougai.html
こういう絵が、色紙のほかお皿や湯のみなどにもよく使われていて昔はおなじみでした。今から思うと絵手紙のハシリのような人でしたね、健在なら講師に引っ張りだこかもしれません。

この展覧会は「第13回 みなと・横浜絵手紙展ーヘタが魅力に変わるときー」と題して、11月7日〜13日、横浜港郵便局で開かれていたものです。
主催したのは「横浜港郵便局 絵手紙愛好会」。この郵便局ビルで2ヶ月に一度中井桂子さんを講師に迎えた講習会が開かれ、毎回定員を上回る申し込みがある人気で楽しく研鑽されているそうです。
会員が入院した時には仲間から毎日どっと絵手紙が届けられたそうで、さすがですね。
偶然立ち寄ったのですが、きょうは最終日。運良くこの展覧会に出会えたのはいい経験でした。私も描こうかな〜とホームセンターに寄り文具売り場のハガキを物色した次第。
近くで開催される機会があったら、皆様も是非お出かけ下さい。
posted by dashi at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味

2006年11月12日

風伝おろし

先日、出かけようとバタバタしている時に、テレビ画面に美しいものが現われました。
真っ青な空を背景に、緑の斜面を滝のようにとうとうと流れ下る真っ白な朝霧(さぎり)です。
前の日に雨が降って、よく晴れて冷え込んだ翌日の朝だけに見られる自然現象で、年に数回しか見られない珍しいものらしいです。
10月から翌年の5月ぐらいまでの間だそうですが、冷え込む必要があるためか晩秋によく見られるようです。
とてもきれいで壮大な現象に見とれましたが、紹介しているアナウンサーも心なしか「ね、見事なものでしょ?」と誇らしげでした。

この山肌を駆け下りる朝霧は風伝おろしと呼ばれます。
風伝とは風顛の当て字で、風のよく通る峠を意味しているそうです。風伝峠は熊野古道の中、三重県の南端に近い御浜町と熊野市紀和町の境にあるにある峠です。おろし(颪)は山地から吹き下ろす風。
風伝おろしは風伝峠一帯から、御浜町尾呂志地区に向かって流れ落ちます。この地区の名前は風伝おろし(颪)に由来するとか。
霧は寒い熊野市で前日の雨で湿った空気から発生し、山の反対側にある暖かい御浜町に流れ落ちるものです。
こちらのサイト(http://blog.livedoor.jp/iwachidori/archives/50812655.html)のご意見では、紀和町側にたまった霧を北風が押し出しているのだろうという推測です。

2年前に熊野古道を含む一帯は世界遺産に登録されました。
登録された三重県、和歌山県、奈良県の3県にまたがる「紀伊山地の霊場と参詣道」は、3つの霊場(熊野三山、吉野・大峯、高野山)とそこへ至る参詣道(熊野参詣道、大峯奥駈道、高野長石道)から構成され、熊野古道はそのひとつ「熊野参詣道」の通称です。
伊勢神宮から紀伊半島をぐるっと回って京都に至る位置関係はこちらの地図を参考にして下さい。
http://kumadoco.net/kodo/entry/entry/index.html
今は国道311号に風伝トンネルが出来てあっという間に通り抜けられるそうですが、その上の風伝峠は石畳が続く急な道。信心深い昔の人たちがひと足ひと足踏みしめながら通ったことでしょう。道中の安全を見守るお地蔵さまが二体並んでいるそうです。
風伝おろしの生まれる舞台装置としては、ぴったりの雰囲気だと思いました。
posted by dashi at 23:47| Comment(2) | TrackBack(1) | 興味津々

レバーの栄養

食料品の買い出しに行った生協で、珍しく鶏レバーが2パックもあったので買って来ました。ここではあまり売れないのか入荷も少なくて品切れの日が多く、2パックも残っていることはめったにありません。
二つのうち片方は朝の入荷で時間がたっていたらしく、一割引でした。二つ並べて見ると、鮮度の落ちていることがハッキリわかります。
レバーはいたみが早いのでその日のうちに調理することが求められます。鮮度の見分け方としては「鮮やかな赤褐色で弾力のあるもの」ですが、時間のたったものは色が薄くだらっとなって、見るからに「まずそう」だからすぐわかりますね。やはりプリプリしてる方が美味しそうです。

レバーは栄養がある、というのに反論する人はいないと思いますが、具体的にどんな栄養があるのか調べてみました。
まずあげられるのが鉄分。生のレバー100gあたり、牛なら4mg、豚なら13mg、鶏は9mg。他の部位に比べて格段に多いです。また鉄分の吸収率が良いので、貧血の症状等に覿面に効果があるようです(私もこれを期待して食べています)。
良質のタンパク質やビタミン類がたっぷり含まれ、その上低カロリーというのも有り難いですね。
ビタミンAはレバー1食分(80g)で卵110個分のビタミンAを含むそうです。ビタミンAは皮膚や粘膜の働きを保つので美肌、風邪防止に効果がありそう。視力低下や目の充血にも効くそうですから、PCをよく使う人にもお勧めしたいですね。
ほかにもビタミンB類、C、Eも豊富です。ビタミンEはホルモン活動を促す働きがあるそうですから、なんだかとても身体に良さそうですね。

上に書いたように豚レバーの鉄分は突出していますが、牛、鶏のレバーは生でも食べられるのに対し、豚レバーはしっかりと火を通すことが必要です。北海道で豚レバーを十分加熱しないで食べたことが原因と見られるE型肝炎患者が発生する例があったり、寄生虫(豚回虫)の存在が指摘されています。
(レバーに限らず豚肉はよく加熱するようにと言われます。真偽のほどはわかりませんが、イスラム圏で豚肉を食べないのは寄生虫のせいという説もあるようですね)
ちなみに沖縄には刺身用の豚レバーが売られていて、柔らかくて中トロより美味しいという話もあります。こういうところのは大丈夫でしょうけどね。
薬膳では「人体の悪いところは動物の同じ部位を食べれば良い」という考え方で、「以肝補肝」(レバーを食べて肝臓強化)を薦めるそうです。

ところで先月帰省した折りに居合わせた姉が、冷蔵庫に少しだけあった鶏レバーを早ワザで調理しました。フライパンの油でチャッチャッと炒め、焼き肉のタレをジュッと回しかけるだけ。
もう出来たの、と驚く私に「うまいデ」とにっこりしました。
私の場合はさっと湯がいたあと生姜と煮詰めるのでいつも時間がかかります(他の料理で試してみても美味しいと思えなかったので、ワンパターン)。
パッと出来て美味しいなら、そりゃそっちの方がいいに決まっています。栄養も逃げないようだし。
でも残念ながら、これはぐにゃっとした食感で臭みもあり、一切れ食べるのがせいぜいでした。姪は「パパが『生じゃないの』と言ってたけど?」と聞いていましたが、私もその気持ちはわかりました。
でもレバーには栄養があるのだから薬と思えばいいのだし、鶏レバーは生でもOKなのなら焼き肉のタレの旨味で妥協して、我慢しても食べるべきだったかなと今さらながら思っています。
今度新鮮なものを入手出来たらやってみようかな……。
posted by dashi at 01:10| Comment(0) | TrackBack(2) | 興味津々

2006年11月10日

「明日の記憶」を見て

渡辺謙主演の話題作「明日の記憶」、泣けるのがわかっているからDVDになったら一人でこっそり見ようと思っていた映画。新作の棚で見つけたので即借りて来ました。
子どもたちは仕事や学校に行った昼間、お天気が良すぎて明るいのでカーテンやブラインドを閉じ、コーヒーを用意してじっくり見ました。
予想通り泣ける場面がいくつか。最近物忘れがひどい私ももしかして? と不安がよぎったりします。
でも手放しで感動したかというとそれにはほど遠い。病名がわかるまでの描写はいいとして、特に後半部には不満が残りました。

若年性アルツハイマーに苦悩する話なら、夏樹静子の「白愁のとき」の方が真に迫っていると思います。
「白愁のとき」は、まだ51歳、脂の乗りきった自営の造園設計家が主人公。もう20年近くも前になるでしょうか、話題になった頃ハードカバーで読みました。もっと注目されてもよかった本かもしれません。
映画と小説という違いはありますが、記憶をなくしていくことへの恐怖、焦り、苛立ちがこの「明日の記憶」では迫力不足だと思いました。広告代理店のやり手の部長という仕事人間でプライドもあるのか、自分の症状を隠そうとするし、妻にもちゃんと向き合ってない感じ。

医者には食ってかかりながら、仕事は続けようとする。直属の部下の名前を忘れるから、名詞に似顔絵を入れてマッチングするなど、人知れず努力工夫します。
でも自分がちゃんと仕事が出来る状態ではないのは、わかりそうなものです。誰にでも出来るような単純作業じゃないんですから。すでにクライアントや部下には心配をかけ、士気に影響を与えている。
大きなポカをして周囲にとんでもない迷惑をかける日が来るのは時間の問題。部長のまま希望退職してはと説得されて(その方が退職金はだいぶ高いらしい)、どうしてそこで妻に相談するなりして熟考しないのでしょう。
娘の結婚式が終わるまで退職したくないなら、病気を理由に休職出来ないんでしょうか。長年勤めた会社に対してあまりに自分本位で無責任な態度に思えます。

妻は妻で、「私がついてる」。ちっとも「ついてないじゃん!」って突っ込みたくなります。
だいたい、よく病人を日中一人だけにして仕事に行けるものです。せめて食事の時間ぐらい一緒にいられるように近場で短時間のパートをするとか、どうしてもお金が必要なら車を処分するなりして作るとか、もっとやりようはあるんじゃないかと思うのです。
店長のような仕事をどうして引き受けるんでしょう、夫の世話をする余裕がなくなるのは見えてる。夫との生活より自己実現を優先させているように思えます。
夫の病気を共に引き受ける覚悟があるとは思えないのです。

進行性の病気なんだから、そのうちすべての記憶をなくしてしまう日は近い将来必ずやって来る。
今はまだ会話も出来る、壊れていない夫との残された日々は、かけがえのないもののはずです。一日一秒が貴重なはず。それなのにひとりぼっちで一日の大半を過ごして、病気の進行を待つだけの日々。
残り少ない大事な精神的余命を不安な気持ちで送らなければならない夫の苦悩に対して、あまりに無頓着に思えます。遅くなるなら電話をしてくれと言う夫に、「あなただって電話をくれたことなんかなかったわ」と仕事人間だった時代をなじる。不安の度合いは比較にならないと思うのです。
それなりの年齢で認知症になる人と違って、本人の苦しみは耐え難いと思います。せめてずっとそばに寄り添って、手を重ねてあげてほしいです。すべての記憶をなくすまでは。
posted by dashi at 23:45| Comment(9) | TrackBack(1) | 趣味

オイルボール

朝のテレビで「油抜きレシピ」というのを紹介していましたが、考案者がナント東京都下水道局の職員さん。家庭から出る油をなんとか減らしてほしい。油を控えたらダイエットにもなるし血圧も下がっていいことばかり、という話でした。
なぜ下水道局の人がやっきになって油を減らそうとするかというと、「オイルボール」に困っているからだそうです。
油を大量に使うにしても使用済みの油をみんなが下水道に流さず、ちゃんと処理をしていればオイルボールも出来ないのでしょうが、面倒で流してしまう人が多いのでしょうね。
器から洗剤で洗い流された油もオイルボールになるので、皿のベトベトは不要の紙やボロ切れで拭い取ってから洗う、という習慣をつけたいものです。天ぷら油は固めるか、牛乳パックに新聞紙を詰め込んだのに(温めて)流し入れて。

オイルボールとは、動植物の油を主成分とする白っぽい色の固形物で、大雨の時などに下水道から放流された未処理の排水に含まれているものです。
お台場の海浜公園に打ち上げられたオイルボールの画像がありましたのでご覧下さい。
http://www2.kankyo.metro.tokyo.jp/odaiba/faq/oilball.htm
ここのはだいぶ大きいですが、豆粒大から直径30センチぐらいのものまであるそうで、小さいのがびっしりと打ち上げられた写真(中ほど)もありました。
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KANKYO/SAISEI/photo/odaiba-n.html
せっかくの海浜公園が台無しですね。
打ち上げられるのももちろん困りますが、下水管の壁にくっついて流れが悪くなったり詰まったり(オイルボールになる前の段階ですね)という被害も深刻なようです。

この番組で紹介されていたのは、鶏の唐揚げや海老のチリソース、マーボ豆腐といった料理でした。中華料理の定番って感じで、普通ならすごい量の油を使いそうです。
私はほかのことをしながらチラチラ見ただけでメモも取れなかったのですが……。
鶏の唐揚げはいちごジャムを少し加えてコク(?)を出して、少量の油で焼くように揚げていました。ほかのは電子レンジを使うことで「油で炒める」行程を省略していたようでした。
スタジオのゲストや、通りすがりの人たちが試食して一様に「とても美味しい。(油気が少なくても)物足りなくない」と驚いていました。

わが意を得たりという気分でした。ウチはだいぶ前から油控えめを実践しています。
去年ダイエットした時に天ぷら鍋を捨ててしまって徹底しましたが、その前から強力テフロン加工のフライパンばかりをセットで使ってきました。
(それなのに何故太ってたかというと、食べすぎと甘いものが原因だったようで……)
卵焼きもごま油をほんの数滴垂らす程度(なくてもOK)、餃子や肉類は中から滲み出した油分だけで焼いています。鶏のもも肉を焼いたりすると、すごい量の油(脂)が出て来て驚きます。途中でキッチンペーパーを2、3枚分拭き取ったりしています。
だから、(和食以外の)外食の時は油のしつこさに閉口することが多いです。オリーブオイルをたっぷり使ったイタリアンを食べたあとは気分悪くなったりしていました。
テレビで料理番組を見ると「よく平気であんなにたくさんの油を使うなあ」と呆れます。

この前、家に唐揚げ粉があったので使いたくなり、薄めに水でとき(溶くタイプの唐揚げ粉です)肉をくぐらせて揚げるだけの状態にしてから、フライパンで焼いてみました。
弱火で蓋をして、蒸し焼きという感じでしたが、味は唐揚げになりましたよ。かりっとした歯ごたえは無理ですが、油は一滴も使わなくても子どもの喜ぶものにはなりました。オーブン(トースターでも)で焼いたらもっと美味しかったかもしれない(でも薄くする必要がありますね)。
フライは油なしでは無理だと思いますが、唐揚げもどきは可能です。

実はそれほど使わなくてもいいのに、なんとなく今までの習慣で使っているもの。でもホントはなるべく使わない方がずっといいもの。料理の油はその代表的なものかもしれません。
人間の身体で言えばオイルボールはさしずめ血栓。人間の血管にも溜らない方がいいに決まってますから、ここは是非東京都下水道局の人のお勧めどおり油抜き(油控えめ)のメニューに切り替えたいところですね。
オイルボールのないきれいな海と、健康な肉体を手に入れましょう。
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2006年11月08日

竜巻

さだまさし「無縁坂」の一節に、
「……運がいいとか悪いとか 人はときどき口にするけど
 そういうことって確かにあると あなたを見てて そう思う」
というのがありますが、私もさだまさしさんに同感です。
今回の竜巻で一瞬にして命を奪われたり家を壊されたりした人たちは、ただ運が悪かったとしか言いようがありません。道を隔てたよその家は無傷なのに、竜巻の通り道となったばかりの輪禍です。

「なんで私が、ウチの家が……。私がいったい何をした?」
とボーゼンと瓦礫の山の前で立ちすくんだことでしょう。
牛を飼って静かに暮らしていた人は、牧草にガラスの破片や金属片が混じっていたら牛の胃に穴が開くから、うっかり食べさせられないと途方に暮れた様子でした。
これが地震とか洪水とかなら被害は広範囲に及び、影響が甚大な分、復興に向けた救援の手も素早く届くでしょう。でもこの珍しい災害に対しては、学術的な興味を持たれるぐらいで、人々の記憶からもすぐ消えてしまうのではないかと心配です。天災に対しての保険金は出るんでしょうか。

竜巻自体は富山県に多いと聞きますし、何年か前には横浜でも生協のトラックが軒並み壊される竜巻もありましたが、こんな大規模な竜巻のニュースは初めて。
「アメリカみたいだね」と娘がつぶやくのにうなずいた私です。
家を根こそぎ持ち上げるような大きな竜巻は「オズの魔法使い」でおなじみの、アメリカ中西部(ネブラスカ州など)のものだと思っていました。日本も温暖化の影響で気候が変わったんでしょうか。
気象予報士・森田さんのサイト「お天気ですかァ?」のQ&Aコーナーでも、「日本ではF5の竜巻は起こらない」と書かれていますが、訂正を要するかもしれませんね。
http://www.tbs.co.jp/morita/qa_kaze/faq_040717-236.html

スピルバーグ総指揮の「ツイスター」という映画(1996年)は、竜巻のメカニズムを研究する若者の話です。まだ今ほど一般的でなかったCGを駆使した、迫力ある映像の竜巻の威力に舌を巻きました。
竜巻の被害を防ぐために、発生の条件や竜巻の内部がどうなっているか命がけで知ろうとする姿勢に、アメリカは竜巻が多くて大変だな〜と思ったものですが、日本もひとごとではなくなりました。
今後の研究でいろんなことが解明されることを願っています。
核施設や原子力発電所が竜巻に襲われたら、いったいどんなことになるのか、考えるのも恐ろしいですね。人間の知恵は平和的な方面に使ってほしいものです。
posted by dashi at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題

2006年11月07日

クロ現を見て

NHK「クローズアップ現代」で介護現場の話をやっていたので見てみました。
特養で職員が高齢の利用者の脇腹を殴ってアザを作った、虐待事件のことが出ました。夜二人体制でトイレを済ませたあと、一人でユニットのベッドに連れ帰った。そこで着替えさせようとすると、トイレでもそうだったのだけど暴れて、ツバを吐きかけて来たそうです。
ついカッとなって我を忘れ、手を出してしまった。
そこの副施設長が画面に出て来て「専門家として共感も同情もすることは出来ない」と話していましたが、そりゃーうっかり共感や同情をしたらどれだけ世間やマスコミに叩かれることかと思いました。

先日も書いた、特養で働いているヘルパー講習仲間のことを思い出しました。
袖をめくって見せてくれた腕に、無数のアザがありました。暴れて振り回した腕で殴られたり、つねられたり引っ掻かれたり噛みついたりされても、抵抗は御法度。
「痛いっ」と突き飛ばすどころか、暴れて転びそうになったら必死に支えなくてはなりません。相手は高齢者だから簡単にケガをします。大腿骨を折ったりすれば即寝たきりです。
ひたすら我慢。せいぜい手首を「軽く」握るくらいですね、と言われて、私にはできない仕事だなあと思ったものでした。

クロ現、わずか30分弱の時間では掘り下げた内容にもなり難いですが、ゲストの介護アドバイザーが歯に衣着せない発言でなかなか参考になりました。
特養での虐待をなくす試みのひとつとして、地域のボランティア(中高齢の婦人が多い)を活用している施設が紹介されました。専門的な介護は職員に任すとしても、見守りや話し相手になってくれるだけで、人手不足の施設としてはとても助かりそうです。
一見、とてもいい成功例に見えました。でも、意見を求められた介護アドバイザーの女性は、
「ボランティアと言ってもホントにピンキリで、中には利用者よりも気を使わされるボランティアもいる。そういう場合は却って疲れる」
といった内容のことを早口で言ったのです。

ボランティアを考えていた視聴者の中には、冷水を浴びた思いの人もいたんじゃないでしょうか。
でも、これは本当です。ボラさんの対応に困ったという話は、私の周囲でもたまに聞きます。
社会的弱者相手だから(無意識のことでしょうけど)優越感を隠さない人もいますが、まあこれは論外。
なまじ「好意」から出ている行動だから、迷惑に感じても注意しにくいところがあったりしますね。
本人の残存機能を生かすためには、手を貸すのをじっと堪えなければならないこともあります。無邪気に「親切にする」だけが求められるのではないこと、判断が難しいです。
ボランティアさんにしてもらえたことを当然のこととして職員にも求められたら、困ることもあると思います。ボランティアに比べて職員は冷たいと言われたら、立場がないでしょう。
善かれと思ってすることが、必ずしも歓迎されることとは限らないというのも現実です。

私にとって有り難迷惑だった思い出をひとつ。
ウチの息子がまだ小学部だったころ、ひと回り年上の顔見知りのお母さんと電車の中で一緒になりました。その人はむかし学校の先生をしていた人で、子どもの扱いには自信があるようでした。
何が原因だったか忘れましたが、ぐずぐず(言葉にならない喃語ですが)言いだした息子を、このお母さんが肩を抱かんばかりにあやし始めたのです。
「そうなの、立ってるのがイヤなのね〜。ほら、外を見てごらん、アレは何かな〜」
って感じに、優しい声でしきりとなだめにかかります。
ところがこっちは、ごちゃごちゃ話しかけられたり身体に触られるのが大嫌いな自閉症。ますます不機嫌になります。
お母さんは、(やめてもらおうと)声をかけようとする私を「大丈夫、大丈夫」と遮って(自分に気を使っていると思ったのでしょう)、暴れる息子を抱きしめたりまでするので、とても困りました。
幸い間もなく目的地に着いたので降りましたが、好意というものについて、考えさせられる体験でした。
posted by dashi at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護

2006年11月06日

選挙のハナシ

選挙に関して、なんだかユーモラスなニュースがありました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061106-00000406-yom-soci
昨年12月に行われた徳島県鳴門市議選の折り、「バンド ヒゲ」などと書かれた投票用紙があったそうです。
これが市民の間で通称「ヒゲ」で通っていた「ばんど」うさん、坂東成光氏の得票となり、坂東氏は最下位で当選しました。
これでおさまらないのが1票差の次点で落選した元市議。この票は無効だとして、県選管を相手取り当選無効を求めました。
これが無効票となれば決選投票になるのでしょうか。たった1票で天国と地獄では、政治生命をかけて必死になる落選議員にも同情したくなりますね。

きょう高松高裁で出された判決では、
「『バンド』という市議の氏名の一部と、通称と判断される『ヒゲ』とを合わせた記載で、公職選挙法で無効とされる(氏名以外の)他事記載には当たらず、投票した人の意思は明白」
と原告の訴えを棄却したそうです。
坂東成光というフルネームを書けなかったのか(日本にも数は少ないけど読み書きに不自由する人もいるし)、ただふざけて書いただけなのかわかりませんが、わざわざ投票所に足を運んだ有権者の一票を尊重してくれた判決と、私はほのぼのとした気分になりました。
ただ厳密には法的にこれでいいのか、ちょっと気になります。


私が大学生の時の国政選挙で、選挙事務のアルバイトをしたことがあります。
私は受付で有権者持参のハガキを名簿でチェックするだけでしたが、それでも二人一組でお互いの仕事を監視(?)し合わねばならず、とても真剣な仕事なのだと思いました。
その地区は有力な野党議員の選挙区だったからか、今で言う(あまり身ぎれいではない)ホームレスみたいな人も多くて(住民票がないと選挙権も無いはずなので、住所不定ではなかったのでしょう)、有権者の熱意を感じる一日でした。

そんなホームレスみたいな人の中に、「書いてほしいのだけど」とやって来たおばあさんがいました。
きょとんとした私たちでしたが、感心したのは、それを聞くと責任者みたいな人が二人サッとやって来て、おばあさんをすぐついたての後ろに連れて行き、口述筆記をしていたことです。
一人が言われた名前を投票用紙に書き、もう一人がそれを確認していたようでした。とても手際のいい事務的な処理でした。
おばあさんの参政権はこうやって守られるんだ、と感動したひとときでした。
字を書けなくても臆することなく投票に来て、堂々と一票を投じたおばあさんも立派。
どんなエラい金持ちとでも対等に、持つ票は同じ1票。国政を左右する選挙にみんなと肩を並べて参加出来る。この日ばかりは誇らしい気分で投票所に来たのかもしれませんね。
posted by dashi at 22:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 興味津々

2006年11月05日

モンゴルと非電化

先日運転しながら聞いていたラジオに、発明家の藤村靖之さんという方が出ていました。
二日前にモンゴルから帰ったばかりということでしたが、疲れた様子もなく精力的にいろんなお話をされていました。
モンゴルはご承知の通り一面草原と砂漠の国ですから、広い空を電線が横切っているわけでもない。電化製品を国内各地で便利に使うためには、発電装置や電気がなくても使える製品(これを非電化製品と呼んでいます)の開発が大きく貢献するわけです。
冒頭で、馬が引きずって蓄電出来る発電機の話が出て、モンゴルらしいなと感心しました。

モンゴルは冬は零下30℃にもなるので、モンゴルの犬は熊のように毛が長く密集した防寒仕立て(?)だそうです。一方夏の日中には気温が30℃にもなるので、夏場の肉の保存は頭の痛い問題でした。
そこで藤村さんが考えたのが、放射冷却現象(輻射)を利用した非電化の冷蔵庫。
http://www.hidenka.net/hidenkaseihin/frig/frig.htm
ここに詳しい原理が解説してありますが、水で囲んで外気からの熱伝導を遮断し、温まった水は上に上がっていきその熱を外に逃がす、この原理で真夏の昼間でも庫内を7〜8℃に維持出来るそうです。
現地で作っているのはその地で調達出来るものを材料にするので、こんな立派な装置ではなく、水を入れたペットボトルを並べて作るそうです。
たいしたものですね。モンゴルの人たちがどんなに喜んだかと思います。

文藝春秋11月号を人からもらったので読んでいたら、横綱朝青龍関と作家の津本陽さんの対談が載っていました。題して「我らが英雄 チンギス・ハーン」。
1924〜1990年の間は一党独裁の社会主義国家だったので、自由がなく、チンギス・ハーンのことを話題にするのもタブーだったそうですが、モンゴルの人にとってはかけがえのない英雄。
敵に対しては容赦がなく強いものだけが生き延びるという厳しい世界はモンゴル相撲に生かされていて、だから朝青龍はモンゴルの大英雄です。

朝青龍をはじめモンゴル出身の力士たちの活躍は、NHK衛星放送を通じてモンゴルの人たちに歓迎されているわけですから、テレビも楽しみに見られています。今のところテレビを非電化で見るのは無理で、コンセントが無いところでは馬にひかせたバッテリーに繋ぐしかないようですね。
でもラジオなら手巻き製品があるので、モンゴルの人たちにとても喜ばれているそうです。
コンセントも乾電池もなくて聴けるラジオ、場所を選ばずに使えて、ホントに役に立ちそうですね。
モンゴルのみならず、世界中で歓迎されているようです。
詳しくはこちらで。http://www.hidenka.net/jtop.htm

非電化ラジオはわが家でも災害用にひとつ買ってますが、1分の手巻きでラジオ1時間、ライト20分使用可能。懐中電灯がすうっと消えるのに「ああっ、電池が〜〜」とパニック映画でおなじみのシーンとはもうサヨウナラです。
個人的には「イングリッシュ・ペイシェント」の、砂漠の洞窟の闇の中で一人絶命した、哀れな不倫女に持たせてあげたい。
posted by dashi at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 興味津々

2006年11月04日

米づくりの工夫

先日ラジオのローカルニュースでこんな話を聞きました。
「(どこかの農業試験場で)鉄粉をまぶしたモミを田んぼに直播きにする実験を始めた。この方法だとモミが重くなって水に沈むので流されることが無く、田植えをしないで稲を育てることが出来る」。
そう言われてあらためて気がつきましたが、米の栽培って、苗床でモミから育てた苗を束ねて、運んで来て田んぼに植えますよね。水を張った田んぼにひとつひとつ植えていきます。
人手を必要とする、手間のかかる作物ではありますね。機械で植えることも出来るようですが、田植機を持っている農家は多くはないんじゃないでしょうか、高いでしょうしね。
直播きで稲の栽培が出来るのならば、コストも大幅に削減出来るでしょうし、後継者不足に悩む農家にとっても有り難い話ではないかと思いました。

ネットで調べてみたところ、これは
「鉄コーティング種もみ湛水表面直播(たんすいひょうめんちょくは)」
と呼ばれる農法らしいとわかりました。
ラジオのニュースは運転しながらだったのでちゃんとは聞いてませんが、たしか「鉄粉をまぶした」と言っていたので、私は「まぶしただけじゃ落ちてしまわないんだろうか」と疑問に思っていました。
この農法の解説によれば、「鉄粉と焼き石膏を混ぜてコーティングした種モミ」を直播きするそうです。モミが重みで水田に少し埋没するために、苗がしっかりと根付くそうです。
種モミを均等に播くのがちょっと難しそうですね。

この直播き以外に、へえっと驚く農法が書いてあったのでご紹介したいと思います。
「再生紙マルチ水稲直播(すいとうちょくは)」。
なんと、マルチシートにモミを固定し、水田にカーペットを敷くように敷設する、というものです。シートは段ボールを再生して作ったものだそうですから、苗が伸びて来たころには分解して肥料になるのかもしれませんね。
この方法だと除草剤を使わずに済み(土にじかに植えないから雑草も伸びて来ないのでしょうか)、育苗・田植えが不要なほか、小区画水田に適するという長所があるようです。
たしかに、カーペットみたいに敷くだけなら、狭かったり形状が悪くて機械が入れられない田んぼでも、簡単に栽培出来そうですね。

また、これもびっくりですが、無人田植機というのもあるそうです。
IT技術の進歩が、こういう分野にも生かされているのですね。
GPS(全地球測位システム)で位置を確認しながら苗を植えていく機械だそうです。設定から10センチぐらいの誤差で操作出来るそうですからたいしたものです。
この機械の画像がありましたのでご覧下さい。
http://www.affrc.go.jp/ja/press/2006/060412_02/060412_02-1.html
全く土に触れずに米づくりが出来る時代が、もうすぐそこまで来ているようですね。
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2006年11月03日

ゲイのトイレ

古いネタになってしまいましたが、先日こんな報道がありました。
イタリア下院でゲイの議員が女子トイレに入ろうとしたら、女性議員に「入るな」と怒鳴られて大ゲンカ。どちらも「セクハラだ」と譲らず、議長に判断を仰ぐことにしたそうです。
http://mfeed.asahi.com/international/update/1030/008.html
「いつも女子トイレを使っている。私が男子トイレに入ったらもっと大きな問題になる」
「トイレに『彼』がいたので驚いた。気分が悪くなった」。

どっちの言い分にも一理あって「そりゃ困ったね」と苦笑いしたくなりますが、当人たちにとっては笑い事ではないでしょう。
今は絶対少数派でひた隠しにされがちのゲイの人たちがごく普通の存在になれば、「アリーmyラブ」に出て来るような男女共用(ジェンダーフリー)の洗面所が一般化するのかもしれませんね。男性用小便器なんて淘汰されて、いずれはすべて個室となるのかもしれません。
なお報道にゲイとあるのでそのまま使いましたが、ゲイという呼び方は適切ではないようです。ゲイの人は普通異性装はしないそうなので、新聞の写真で見るところなかなか美人の華やかな女性といった風情のこの議員、性同一性障害者(GID/Gender Identity Disorder)と呼ぶべきかと思います。

XY遺伝子や外見(性器の構造)など生物学的性、男らしさ女らしさといった社会的・文化的に作り上げられた性(ジェンダー)、自分の性に対する認識。普通はこれらが一致しているから外見上と内面的な性は同じです。
性同一性障害者はこれらが一致していないわけですが、それは受精期から胎児、幼児の時期にちょっとした不具合(ホルモンの分泌異常とか)で一般的な成長が阻害されて起こることです。
これは本人には責められるいわれのないもの。差別するのは不当なものであるという認識を社会は持つべきだと私は思っています。
成長のつまづきが内臓の機能に出たら、世間の同情も集まり、巨額の手術の費用がカンパされるようなこともあるのに、こと性同一性障害に対しては根強い偏見が相場ですから気の毒なものだと思います。

高校の同級生が歌舞伎町でゲイバーのママをしていると誘われて、出かけたことがあります。
ミニ同窓会はランチを一緒に摂りながら思い出話で盛り上がりました。ママは商売柄話術も巧みです。
その同級生は一見普通の男性(ちょっとごつい)ですが、シナを作るような話し方が外見とマッチせず、見慣れない私には多少違和感がありました。でもその通称「アケミちゃん」には同級生の気安さから本音のところが聞けて、とても興味深い経験でした。
(私たちが帰るころにアケミちゃんの「彼氏」が迎えに来て、話しているアケミちゃんの手を握ったりしました。その姿になぜかとても「見てはいけないものを見てしまった」と居心地の悪さをを覚えたものでした)

「自分が男じゃないとハッキリ気づいたのはいつごろか」
聞いてみました。アケミちゃんはちょっと考えてから
「幼稚園のころから、なんか違うとは思ってたけど。ハッキリ悟ったのは高校生になるころだったかしら」
と自信なさそうに首を傾げました。高校時代は本能的に目立たないようにしていたようで、私もあまり記憶にありません。
アケミちゃんの出身地は、私の田舎よりははるかに都会だけど九州の小さな街のことですから、周囲の偏見も無理解も今日の比ではなかったでしょう。周囲との軋轢を恐れて普通の勤めは続けられず、水商売に飛び込んでやっと自分の居場所が出来たということでした。

アケミちゃんが家族にカミングアウトしたのは大学生になってから、一大決心して帰省した折りだったそうです。
「おうちの人はなんて?」
「しょうがないね、って感じかな。ずいぶんショックだったと思うけど、アタシの前で泣いたりはしなかったわよ。でもやっぱり家には帰りにくくて、しばらくは音信不通だったわね」
親が苦しむのはわかっているから、なかなか言い出せなかった。でも話してわかってもらったら、とってもラクになったそうです。今は良き理解者とか。

もしこのアケミちゃんが普段から女装する人で、出先で私たちと一緒に女子トイレに入ろうとしたら、「……え?」とやっぱりちょっとは気になるかもしれません。ダメとは言わないですけどね。
今回のイタリアの議員さんも、有名人で「実は生物学的には男である」ことを知られているからこそ起こった騒ぎ。どう決着がつく(ついた?)のか、覗き趣味と呆れられそうですが、気になっています。
posted by dashi at 23:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 興味津々

2006年11月02日

お姉さんの結婚

明日のバザー準備で学校に行って担当仲間でお昼を摂っていたら、お弁当のご飯をほとんど食べない人(Mさん)がいました。
もうすぐお嬢さんの結婚式があるのでダイエットし